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マルクス『ヘーゲル法哲学批判』の学習4マルクスの『ヘーゲル法哲学批判』の学習をしていますが、4回目です。唯物弁証法ないし唯物史観を学ぶ上で、一つの材料にもなると思っているんですが。 マルクスのヘーゲル『法の哲学』批判は、マルクス・エンゲルス全集の第1巻にあります。大月文庫にもありますが、入手が難しくなっているようです。これはマルクスが1843年夏に、25歳の時に書いたものだそうです。 一、どうしてマルクスはヘーゲルの『法の哲学』を検討したのか。どの様な問題意識で検討したのか、この前提となる問題が重要ですが。 私は、一昨年・2018年の5月に映画『マルクス・エンゲルス』を見ました。その最初のシーンは、森林で枯れ枝を拾い集めていた村人たちが、地主の傭兵によって追い立てられて、鞭うたれるシーンから始まっていました。これはマルクスが『ライン新聞』に掲載した『第六回ライン州議会の議事-木材窃盗取締法にかんする討論』(1842年)を映像にしたものですが、同じ問題が日本でも「入会権」の問題としてあります。『小繋事件』(戒能通孝著 岩波新書)などで知ることが出来ます。 マルクスの論文は、貧しい農民の歴史的な権利を擁護したもので、州議会の議事録によって問題を検討しているんですね。そこでは物質的利害ということが問題となります。議論の対立がこの経済的な利害をめぐって争われているんですね。マルクスの立場というのは民主主義の立場から農民たちを擁護するものでした。これは当時の地主などの支配層からしたらとんでもない新聞とみなされて、『ライン新聞』は検閲を厳しくされ、廃刊にさせられたんですね。 マルクスがヘーゲルの『法哲学』を検討する直前には、こうした経験がありました。 二、何故、ヘーゲル『法の哲学』を検討したかということですが。 『法の哲学』は1821年に刊行されてます。(ヘーゲル自身は1831年には死去してます)。 その中の「国家論」の部分を、マルクスは1844年に検討しているわけです。 この論文の冒頭の部分は、国法論(憲法論)の一般的な問題です。 その問題意識ですが。 1つは、ヘーゲルは「物質的な利害」「経済的に利害」ということをどのように扱っていたか、この問題があると思います。国家と家族・市民社会との関係の問題です。 ヘーゲルは国家が家族・市民社会を規定するものとしてとらえていますが、マルクスはそれは逆であり、逆立していると批判しています。 2つには、マルクスはヘーゲルの積極面を評価していると思います。同時に、その中にある問題点を検討していると思います。学習2で紹介しましたが、批判している部分だけから見ると全体的な評価が見えにくくなるんですね。 マルクスは『ヘーゲル法哲学批判序論』で、次の様に述べています。 「ヘーゲルによってもっとも筋道だった、もっとも豊かな、そして究極的な形にまとめられたドイツの国家および法の哲学に対する批判は一面、現代国家とそれにつながる現実との批判的分析であるとともに、他面またドイツの政治的および法的意識の従来のあり方全体に対する決定的否定でもある。そしてこのドイツの政治的および法的意識のもっとも高邁な、もっとも普遍的な、学にまで高められた表現こそはまさに思弁的法哲学そのものにほかならない」 (文庫 P340) と。 こうした積極的な評価をしたうえで、マルクスはその批判を展開していくわけです。 三、マルクスは、このヘーゲルの『法の哲学』の国法論一般の部分で、ヘーゲルに対してどの様な批判をしているか。 同じ問題が、様々な角度と事例でくりかえされているように思いますが。 第262節に関して、マルクスは次の様に結論的に評価しています。 「この節のうちに法哲学、またヘーゲル哲学一般の全秘密が蔵されている」(文庫P11)と。 これはどういうことなのか。マルクスは何をつかんだのか。 ともかく、私などが端的にいえば、ヘーゲルの場合、現実的な諸事実をそのものとしてとらえるのではなくて、理念(精神)のあらわれとしてとらえている。精神がそうしたものとしてつくっている。精神の派生物としての現実があると。あくまで理念(精神)の活動が主体的にあり、現実というのはその現れでしかすぎないと。事実が論理の添物になっちゃっている、といったことでしょうか。マルクスからの引用ですが。 「この事実が、この現実的関係が、思弁によって「あらわれ」とか「現象」とかいうことばで言いあらわされる。ある特定の境遇、ある特定の個人の自由、ある特定の職業の選択、こういった特定の現実的媒介は、現実的理念がそれ自身を相手におこなうような媒介、しかも舞台裏でおこなわれるような媒介のあらわれであるにすぎない。現実はそのもの自体としてではなく、なにか別の現実として言いあらわされる」(P8) 「理念は主体化され、そして家族と市民社会との国家に対する関係は、理念の内的な、想像上のはたらきと解される。家族と市民社会は国家の前提であり、それらはもともとアクティブなものであるが、思弁のなかではあべこべにされる。」(P8) もとのヘーゲルの文章というのは、私などが読んでもたいへん分かりにくいんですが。それをマルクスは「なんでもない言い方に直し」てみたり、一般的な考え方の特徴をとらえて吟味し・追跡していきます。ヘーゲルの言っていることを、フェアーな議論のレベルにおくことで批判していきます。ヘーゲルもすごいけれど、それをひも解こうとするマルクスの努力もすごいですね。ヘーゲル哲学が持つ問題点について、大よその基本的問題が見えてくるように思います。マルクスの探究にはすさまじい努力があるとおもうんですよ。理論的に整理していくには、その後の大変な努力が求められたとおもいます。 少なくとも、ここでの若きマルクスのヘーゲルの分析の仕方ですが、難しい文章を読み解いていく上で、一つの学習の仕方をしめしてくれていて、多くの人たちにアドバイスしてくれているように思います。 私などがいくらこだわっても、解決できることと出来ないことがあると思いますので、次回は、第272節から286節 Ⅰ内部体制 a君主権 にすすみます。
2020年07月31日
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日本共産党創立98周年の志位委員長の講演7月15日に日本共産党創立98周年の志位委員長の記念講演会がありました。私なども、どの様な話をされるのか、注目していたんです。7月16日付「しんぶん赤旗」には講演会の概要が、7月17日付には、志位講演の全文が4ページで掲載されました。共産党のホームページでは、ユーチューブでその映像をみれるんです。https://www.youtube.com/watch?v=9rK_yaQNIrM&feature=youtu.be全体では、1時間50分の講演会ですが。大事な中身だと思いますが、私などは梅雨の切れ間の限られた時間に草刈り仕事におわれますから、これを読みこなすというのは、なかなか簡単なことではないんですね。でも、今の日本社会に大事な問題が提起されていると思っています。私などの1つ、2つの、勝手な感想ですが。ベースになっているのは、今の新型コロナウィルス感染の問題で、これにどう対処するかですが。この中で、コロナを乗り越えていく先に、新たな日本社会の7つの目標を提案しています。こうした目標にむけて国民的な合意をつくって、新たな社会を拓こうという提案ですが。私などは、80年代に始まった臨調行革ですが、医療、福祉、教育、国鉄、郵政、労働、・・・様々な分野で、国は予算を削ってきたけれど、反対をねじ伏せて、押しすすめてきたけれど。今日のコロナ事態は、あらためて根本的にそれらの是非が、問い返されていると思います。講演の中でも、イギリスやドイツなどなど、諸国の政府では、その閣僚から、きっぱりとした救済への明確な意思表示がされています。それに対して、日本の政府は従来よりは新たな対応が探られている面もあるようですが、現実把握が曖昧だし、決めた少しのこともその実行が遅いですね。しかも従来形の骨格をそのまますすめようともしている。今の日本の現状を、そこにある問題を、どの様な点で、どの様に変えるか。この講演ですが、その新たな国民的な合意をつくっていく上で、一つの大事な提起がなされたと思います。
2020年07月27日
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多摩の団地朝市7月25日(土)は多摩の団地朝市でした。群馬や地元・多摩市の農家から新鮮野菜が寄せられましたが、当方は、その一角に、昨日小田原から搬送してきた野菜をならべました。
2020年07月25日
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なんと、シカまでも来ていた小田原の石垣山の畑ですが。今、農作物への被害が大変深刻な問題になっています。雑木林を拓いて、伐根作業をして、ようやく畑をつくったんです。前からイノシシの被害については、小田原市や農協の支援も駆使して、畑を鉄柵で囲うなどの防御策を採ってきたんですが。それでも、被害が続発していたんです。せっかくのスイカもごらんのとおり。次の写真は、指をさしているあたりにサツマイモがあったんですが、土が掘り返されて、せっかくのサツマイモは完全になくなっていました。いったい何がこんな悪さをするのか?今回、園主さんが監視カメラを付けて、夜の動きも探ったんです。そうしたところ、朝方にはカラスが、夜な夜なにはイノシシに加えて、なんと鹿までもが、写っていたというんです。畑は完全に鉄柵で囲ってあるはずなんですが、それでも被害が多発していた。加害の主ですが、柵にすき間をつくるだけでなく、ジャンプして柵を飛び越えてきたり、さらには空からも来ていることがわかりました。鹿までもが石垣山の畑に来ていたというのは、今回初めて知ったことなんです。イノシシの方は、この数年、いたちごっこが続いているところなんですが。鹿については、まだ見たこともなく、箱根山の方ではシカの被害が深刻だと話には聞いていたんですが。ついに小田原の石垣山にまでも下って来るようになったということです。昨日、そうした「敵」が誰なのかを、ようやくにして知ったところでして、これから、これらの加害に対する防御をどうするか、せっかくの作物を、人が収穫するためには何が必要か、対処策を探ります。
2020年07月25日
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矢野絢也著『黒い手帳』をご存じでしょうかつい先日、フェイスブックでこの本を知りました。公明党・元委員長の矢野絢也氏が『黒い手帳』(講談社)を出していました。2009年2月に刊行されてますから、もう10年以上前のものですが、私などは、今頃になって初めて知りました。一般に政治家の人が、現役を引退すると「回顧録」的な著書をよく出しますね。現役時代には、語ることのできなかった事柄を、回想として、当時の実情、経緯、自己の努力や真意などを語る場合がよくあります。時がたてば、ものごとには時効ということもありますから。ところが、私などはその事情をまったく知らなかったものですから。矢野氏の語ることが示しているのは、まったく「時効」どころではなく、まさに渦中も渦中、大渦中のにあったんですね。大きな問題の一つは、公明党の元委員長が、その経験から、公明党と創価学会の関係を語っている点です。この点は、実際を知ろうとする上では、それなりの貴重な証言だと思うんですよ。当事者が語っているんですから。私などが注目したもう一つの点ですが、1974年(昭和49)12月28日に調印された、創価学会と日本共産党との「共創協定」ですが、それが反古になってしまった事情がよく分からなかったんですが。今回の著書は、これこそ「回想録」ともいえるでしょうが、当時の公明党の竹入委員長と矢野書記長がどの様に受けとめて、どの様に対処したのか。公明党の対応を当事者としてかなり率直に語っています。外から見ていると、なかなか歴史的なロマンのある協定なのに、それがどの様に要因によって投げ捨てられ死文となってしまったのか、よくわからなかったんですが。この点が、ある程度分かってきます。どうしてああした流れになったのか、実際の流れをある程度説明してくれるものとなっています。私などは、長年にわたり、結果の事実は分かるんですが、いったいどういった事情があって死文になったのか、説明らしきものがわからずにもやもやしていたんですが。大よそは、仲介者としては松本清張氏が、1980年『文芸春秋』新年号で経過を語ってくれていました。しかし、仲介者の配慮からして、暗礁となった問題がどこにあるのか、踏み込んだ発言は極力控えていましたたから、謎のままだったんですね。今回、遅ればせながらでしたが、矢野氏の『黒い手帳』を読んで、そのわけが見えてきました。この本は、私たちが今の日本の社会にあって、どの様な問題に直面しているのか。日本の民主主義はどのような試練にあるのか。現実をとらえるうえでの大事なヒントを与えてくれていると思います。
2020年07月24日
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イノシシ対策で鉄柵を設置7月18日(土)の朝市のあとでしたが、臨時に小田原のみかん園へ行き、イノシシ対策で鉄柵を設置してきました。ビニール製の網柵は前回設置しておいたんですが、イノシシがその気になれば、ビニール柵なんて破られてしまいます。それは以前に経験済みだったんですね。今回、ホームセンターで鉄の網を13枚購入して、ビニール柵と二重になりますが、設置しておきました。それは、やはり正解でした。翌日・19日(日)の朝、柵のあたりを見回りしてみたところ、境を接するお隣の土手ですが、新たに掘り起こされ、いくつかの穴がつくられていました。お茶の木にヤブカラシが巻き付いてるんですが、イノシシはその根っこを食べようとして、お茶の木の土手を掘っているんですね。20センチくらいの穴を、点々と掘り起こしていました。もしも、前日に鉄柵を設置しておかなかったら、ビニール柵だけの箇所は、どこかしら破られていたと思います。イノシシも餌がないから必死ですが、今の時点でしっかりと防いでおかないと、みかんが熟す頃には、地面から1メートルくらいの高さまで、全部食べられちゃいますから、こちらとしても必死で守ります。今回は、「どうだ、入れなかったろう」とこちらの勝ちでしたが。つぎは、イノシシが、あの手この手で、別な侵入口をつくろうとするはずです。梅雨明け前の草刈りとともに、このイノシシとの攻防戦が続きます。
2020年07月21日
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貴重なお店の店じまい小田原・真鶴方面は、新鮮な地魚・みかん・温泉が魅力の地ですが。先日、一つの便りがありました。「諸般の事情により7月26日をもちまして閉店いたすこととなりました」と。コロナの問題だけではないとは思いますが、残念なことです。本日・7月20日に、知人とともに、最後の賞味をさせていただきました。これまでにも、そこでふるまわれた地魚を、何回か紹介させていただきました。遠路はるばる、東京方面から来てくれた人たちにたいして、当方が小田原・真鶴の土地柄の魅力として、胸を張って紹介できたのは、当地の頼朝や秀吉などの史跡や箱根の温泉、そしてみかんがありましたが、加えて欠かせないものに、相模湾の地魚がありました。多彩で新鮮に美味しく、しかも安く賞味していただけるわけですから、遠路出かけてきた来た甲斐ありと、満足していただけるこ間違いなしだったんですが。その大切な場所が、また一軒お店を閉じることとなりました。諸事情のなかで精いっぱいに努力してきた結論ですから、私などとしては仕方がないんですが、残念なことです。今日は、早川のみかん園の園主さんご夫婦とともに、急な事でもありましたが、最後の機会となりますが、その味をご相伴させていただきました。この魚がし旅館「まるなか」は、「昭和52年に開店して以来、42年余にわたって」営業を続けてきたそうですが、学生時代の同窓会や職場の旅行会、地元の関係の知人たちにも、胸を張って紹介してきました。とかく、外から来た人たちには、名ばかりの観光ずれしたお店が多い中で、ここであれば、いつでも安心して案内できるお店だったんですが。そして、いつでも期待にたがうことのなかったお店だったんですが。この間の42年余の勤労に感謝です。なにごとも終わりというのは、新たな始まりということでもありますから、次のさらなるステージにおいて、出来うる協力を探っていこうと思います。
2020年07月20日
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雨の中の団地朝市7月18日(土)は、多摩の団地の朝市でしたが、朝から雨模様の天気でした。いつもは表通り側に並べるんですが、今日は雨模様のため、アーケードの内側に向けました。昨日、小田原から搬送してきた品は、ミョウガ、カボチャ、キューリ、バレンシアオレンジと、品物も少なかったんですが、何よりも、道行く人の方も少なくて、1950円の売り上げでした。午前10時には、引き揚げさせてもらいました。というのも、当方は、携帯電話を小田原に置き忘れてきたんですね。いろいろ支障が出てきていますので、これから臨時の早川行きです。
2020年07月18日
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雑草が復活してます7月16日、小田原のみかん園ですが。紹介したように、イノシシに崩された石垣を組直しに行ってきました。今年の梅雨は雨の日が多くて、表仕事の草刈りが出来ずに来ていました。今回のイノシシの動きですが、たかだかこの1週間うちのことです。いなくなったかと思ってたら、石垣を壊して進入路をつくったわけですから、その後のイノシシの動きをつかむべく、みかん園の内側とその周辺をまわって、その痕跡をしらべてみました。すると、イノシシ問題も重要でしたが、それ以上の大仕事が明らかになりました。この2-5月に雑木払いをしてきれいにしたはずのみかん園の周辺でしたが、この梅雨の期間に、つる草が繁茂して元の状態に復活しだしていたんです。これは、5月10日時点での様子です。鉄塔のあたり、みかん園周辺の藪を払ったんです。そこからイノシシが侵入して来ていましたから。藪を払って、野焼きして、みかん畑が引き立つるようになったんですが。それから梅雨に入って、たかだか約一カ月の期間でしたが。草木を払って設置したイノシシ除けの鉄柵は、完全につる草に覆われて見えなくなっていました。今回イノシシが侵入した箇所をふさぐ為、ビニール柵を応急措置として設置したんですが、その柵の主柱に使うべく、鉄塔のあたりの竹を切り出そうとしたんですが、草木が繁茂してしまい、とても竹のある場所まで近づけなくなっていました。これが自然の力なんですね。草木が払われたのは、ほんの一時でした。春から夏へ、梅雨の雨が降り出すとともに、地下の根が活動を開始したんです。たちどころに、2-5月の草刈り仕事の成果が消えてしまいました。畑とその周辺がきれいに維持されているというのは、農家の人たちが、あまり人の目にはつかないんですが、要所、要所で、草刈りして、たえず畑の手入れをしているからなんですね。当方の草刈りは、一時的な瞬間風速的な仕事でしかなかったということです。やらなかったよりかは、よかったとは思うんですが、でも、それは自然との綱引きの始まりでしかなかったということです。その意図を貫徹するには、梅雨の雨滴を受けて繁茂してくる草木と、この時期に、もう一仕事が必要だということです。本来のみかん畑の内側の草刈りもまだできていないのに、みかん畑の周辺の草刈りもしなければならないというのは、それを想像するだけでも気が遠くなりますが、グズグズぼやいていても、ことはすすみません。ここを頑張らないと、収穫の秋は迎えれませんし、自然は強力な力で雑木林を復活させてしまうということです。イノシシが石垣を崩してみかん園に侵入してくるのも、大きくは、人間と自然との綱引きの力関係なんですね。農家の人たちは、多くの人は高齢化していますから、外からの応援もなく、それでいて、きれいな畑を維持し続けているわけですから、よくがんばってるなぁと、あらためて感じている次第です。
2020年07月18日
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イノシシがまた出没ですここしばらくイノシシの動きは無かったんですが。この2-5月に、みかん園の周辺を整備してきましたから。みかん園のまわりを鉄柵で囲って、その周辺の雑木を払ってきました。その後、イノシシの動きはほとんど無かったんです。ところが、7月13日(月)に現地から連絡が入りました。「イノシシが、みかん園の石垣を崩して、みかん畑の中を荒らしている」と。7月16日に現地の様子を見てみると。農道には石垣の大きな石が転がっていて、石垣が2か所で壊されていました。みかん畑に入るため石垣を壊して、通路となる獣道が出来ていました。7月10日(金)の時点では何ともなかったですから、その2,3日後の仕業です。今回は、その石垣の修復で手を取られてしまい、伸びた雑草の草刈りは出来ませんでした。この2-5月にみかん畑の周辺を鉄柵でコの字型にはりました。あとの一辺は農道沿いにお茶の木の植え込みがあったので、それが自然の柵となっていたんです。イノシシはこの鉄柵まない一辺に目を付けたんですね。この農道はイノシシの通路になっていて、農道の上側からおりてきているようです。すでに道沿いの農家は、道沿いにも鉄柵を張って、侵入を防いでいましたから、目ざとく、鉄柵のはってなない、お茶の木の生垣だけだった当園に目を付けたんですね。今回イノシシは、お茶の木の下のすき間から畑に入って、ヤブカラシの根を食べるためですが、石垣の裏側の土を掘ったんですね。土がなくなった石垣はもろいものです。三角錐の石がむき出しになり、ささえるものが無くなっていた。そうした石垣を、裏側から押すようにして突き崩したんです。2か所の獣道ができていて、ここを通路にして、みかん園の中をあちこちが荒しまわっていました。イノシシはみかんシーズンにはみかんを狙らいますが、今はみかんの実はまったくありません。その代わり、お茶の木の根もとにあるヤブカラシの根が目的なんです。それがイノシシの好物なんですね。畑のあちこちに大きな穴を掘って、荒らしていきます。相当に、お腹がすいているようで、執念を感じさせられます。今回は、本来なら草刈りをする予定でしたが、崩された石を元に戻して、石垣を元の形に組み直しました。もう、これだけで大変な仕事になりました。すべてはイノシシの畑への侵入をふさぐためですが。加えて今回は、お茶の木の内側にビニール柵をはりました。イノシシが本気になれば、鉄柵でもへし曲げる力をもってますから、これで防げるとは思ってないんですが。それでも「勝手にはさせないぞ」との、人間の側の一つの意思表示になります。それに、どこの箇所がイノシシの通路になるか、その動線が分かります。30メートルくらいでしょうか、最後はここにも鉄柵を設置するつもりです。その前の、有り合わせの材料での応急対策ということです。農道の反対側の畑ですが。ここは、四辺をすべて鉄柵で囲ってあったはずなんですが、ここで野菜をつくっていた方によると、同じころに、植えてあったサツマイモが全部、ひとつ残らず食べられちゃったそうです。またスイカが10センチくらいの実がだ来ていたんですが、カラㇲかアナグマでしょうが、果皮だけを残して果肉が完全にえぐり食べられていました。厳しい生存競争です。ガックリかと思いますが。小田原・石垣山では、せっかくの作物を人間が収穫するためには、手立てを尽くして、この自然の盗人たちとの競争に勝たなければならないということです。10年前くらいは、防御柵をはるなんてことは無かったんですが、いまは、畑づくりには欠かせなくなっています。
2020年07月17日
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哲学の学習3 マルクスの「ヘーゲル『法哲学』批判」を材料にして哲学を学習しだしています。 今回が3回目ですが、これまでの要点ですが。 第1回(6月16日)では、今の日本社会と自分個人の状況からして哲学学習が必要になっているんじゃないか。また、マルクスの1843年当時と今の日本とが似ている面があるんじゃないか。 第2回(7月6日)では、都知事選挙の結果も哲学を求めていると思う。 マルクス(1818-1883年)がこの『ヘーゲル法哲学批判』を書いたのは1843年夏で25歳の時。ヘーゲル(1770-1831年)が『法の哲学』を刊行したのが1821年、51歳の時でした。1840年にプロイセンのウィルヘルム4世が即位して反動政治が強まり、新聞も発行できなくなる。この反動化した社会にどう対処するのか。 そうした中でのマルクスのヘーゲル『法の哲学』の批判的検討でした。 ここでマルクスはヘーゲルのもつ積極性を評価するとともに、現実性の乏しい彼岸にとどまる弱点のわけをしらべて、哲学の根本問題まで検討しています。フォイエルバッハの『キリスト教の本質』(1841年)の唯物論の成果を踏まえています。 エンゲルスは晩年に『フォイエルバッハ論』を出しますが、『ヘーゲル法哲学批判』はこれに対応した若き頃の探究であり、その原材料の位置をもっているとおもいます。 一、ここでのマルクスのテーマですが、 ヘーゲルの文章はじつに難解で理解に苦しめられますが、たしかにマルクスはヘーゲルの社会観を唯物論の立場から批判しています。ヘーゲルの思弁的(観念論的)弁証法をとらえて批判しています。それは新たな唯物弁証法をつくろうとする生みの苦しみであり、それは唯物論的な社会論(歴史観)をつくろうとしている過程なわけで、それは新しい世界観の基本をつくり出すことにつながっていく努力だったんですね。 このことを念頭に置いて読んでみると、厄介な文章の中で何が問題になっているのか、だいたいですが問題が見えてくるようにおもいます。 二、この点で、マルクス自身による明確な指摘があります。 「私を悩ました問題の解決のための最初の仕事は、ヘーゲルの法哲学の批判的検討であって、その仕事の序説は1844年の『独仏年誌』に掲載された。私の研究の到達した結果は、法的諸関係ならびに国家諸形態は、それ自体からも、またいわゆる人間精神の一般的発展からも理解できるものではなく、むしろ物質的な諸生活関係に根ざしているねのであって、これらの諸生活関係の総体をヘーゲルは「市民社会」の名のもとに総括しているが、この市民社会の解剖学は経済学のうちにもとめなければならない、と」(『経済学批判』序言 1859年1月)(これが、マルクス自身の「ヘーゲル法哲学批判」序説(1844.2)の要点です。ここには社会を唯物論的に見る見方を提示しています。しかし、まだ唯物論的歴史観の思想は形成の途上です。1844.4-8月に『経済学・哲学手稿』(ヘーゲル弁証法批判、経済学開始) 8月末-11月後半に『聖家族』1845.春 フォイエルバッハに関するテーゼ 9月-1846.夏に『ドイツ・イデオロギー』(唯物史観を提起)マルクスの唯物弁証法と唯物史観の探求深化の歩みです。 マルクスの疾風怒濤、短期間に科学的社会主義の思想をつくり出していく過程です) 三、この『ヘーゲル法哲学批判』でマルクスが批判している箇所ですが、 ヘーゲル『法の哲学』の第三部・第三章「国家」の部分です。 「A国内公法 Ⅰそれだけとしての内部体制(憲法)(272節-320節) a君主権(275節-286節) b統治権(287節-297節) c立法権(298節-320節)」 このうち、マルクスの「ヘーゲル法哲学批判」として手稿が残されているのは、第261節から第313節までの分です。国民文庫にして230ページもあるんです。ヘーゲルの文章自体が難解ですし、それをマルクスは批判しているわけですから、難渋なものですが。 四、そこで実際にどのような批判的検討がなされたのか。 これから、〔はじめに〕、a君主権、b統治権、c立法権の、4回にわたって調べてみたいと思います。どこまで私などの歯が立やら、わかりませんが。
2020年07月15日
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『資本論』の学習12みかん農夫は、草刈りとともに、哲学と経済学の学習の再構築中です。7月5日の東京都知事選挙は、さまざまなすばらしい現実が展開しましたが、木が沈んで鉄が浮くような結果になりました。それが都民の懸案にとって本当に妥当な結果なのかは別にして、今の現実が示されました。しっかりした転換を引き寄せるには、さらに努力が必要だということですね。私などの『資本論』学習も、新たな決意をかためてまき直しが必要になっています。先日第二巻の第5分冊目が手元にとどいたんですが、学習の方はというと、この間は遅々とした足踏み状態でしたから。この間の学習がどこまで来たか、状況を確認してみました。学習ブログの発信ですが、第1回 2019年9月27日 第1分冊到着で学習宣言 9月29日 始まり 10月1日 みかん収穫で忙しくなる中でも、「険しい小道をよじ登れ」(P36)第2回 10月4日 序文とあとがき 基本思想と唯物弁証法第3回 10月7日 同 続き 『資本論』の方法第4回 10月22日 第一章商品 手紙に書かれた商品論での問題の所在第5回 10月29日 商品その2 マルクスの商品の探求の歩み第6回 11月16日 第一章商品第二節「労働の二重性」 「労働の二面性は私が初めて解明した、これは経済学の理解に決定的な点だ」(P77)第7回 11月24日 第三節「価値形態論」 商品の価値をとらえることの難しさは、寡婦のクイックリーさんと同じ(P87) 商品の簡単な交換から貨幣形態の発生を立証する、これまでの経済学に無ったこと(P88) 第8回 2020年2月2日 第一章商品第四節「商品の物神的性格」 労働の社会的性格が、外にある対象物の社会的関係に置き換わって現れる、それが資本主義的生産の歴史的性格(P130~)第9回 2月4日 第二編第三節「労働力の購買」 マルクス経済学の独壇場-剰余価値論第10回 2月22日新版『資本論』の持ち歩るき 第11回 7月8日 学習の再構築 えてして中身をしっかりつかむ問題よりも、意義に傾く傾向の問題があること、 マルクス30年の探究を、刊行されるペースで学習しようとすると無理をきたすこと 基本をつかむとともに、それを私たちが今日にどの様にそれぞれが生かすか問われている。これが、昨年9月からの到達です。11月からみかんの収穫が忙しくなって、5月の甘夏が終わるまではみかんの収穫でヘトヘトだったことが見てとれますが、コロナ問題もあり、都知事選挙もあったし、梅雨にはいって草刈りも続いていますが、忙しさを言い訳に棚上げしていては、せっかくの宝を無為にすることになります。新版の刊行も、もうすでに第5分冊まできています。あらためて「フランス語版への序言とあとがき」からですが、 心構えをしていただくしか無し 「学問に平たんな道は無し、学問の険しい小道をよじ登る苦労を恐れない人々だけが、その輝く頂上にたどりつく幸運にめぐまれる」 私などは、各章をブロック、階段の一段とみて、そこにある難解さに立ち止まることなく、疑問は疑問として留保して、とにかく粘り強く登って行こうと思います。先ずは第一部「資本の生産過程」の、第七編「資本の蓄積過程」の1337ページを目標にして、第二編から一段一段を登っていこうとおもっています。
2020年07月13日
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倒れた巨木の後片付け数日前にみかん園の土手にあった巨木が倒れました。梅雨前線は九州に大きな被害を残していますが、関東の小田原でも、風雨が強くて、巨木を倒しました。7月12日に、その倒れた巨木の後片付けをしました。倒木は、お隣の畑にあった栗の木を直撃してへし折りました。畑の通路をバリケードで塞ぐ様に倒れたんですね。なにしろ幹の根元方は直径50センチくらいありましたから、細断するのも容易ではありません。重量のかかり具合を考慮しないとチェーソウがかみつかれてしまいます。重心のかかり具合を考慮しないと、人のいる側にゴロンと倒れてきかねません。樹木の伐採経験のあるベテランの方が応援に来てくれて、何とか、倒れた巨木を片付けることが出来ました。年輪をみたら、枝の方で30年くらいが数えれました。ということは、この巨木はせいぜい40年くらいなんですよ。年輪の幅が1センチくらいもあったりして、小田原・石垣山は自然条件が樹木に良くて、木の生育が早いことをしめしていました。とにかく、ベテランの応援により、この自然災害にも事なきを得ました。素人では、いろいろあがいたんですが、巨木の細断は出来ないんですね。困った時の神頼み、このSOSに朝早くから、遠路ベテランが駆けつけてくれました。また、栗の木の畑の、お隣の園主さんも様子を見に来てくれました。この方も、以前に倒木処理の大変さを経験されていたようで、「これなら大丈夫です」「やれやれですね」と労をねぎらってくれていました。突発的な大仕事でもあり、炎天下の仕事となったため、大汗をかいての後片付けとなりました。それにしても、今回の突発的な強い風雨の被害でしたが、この後始末が、早期に円満に片付いたというのは、不幸中のさいわいでした。
2020年07月12日
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梅雨空の下での団地朝市7月11日(土)は、多摩の団地の朝市です。今はみかんのシーズンとしては、オフの時ですが、柑橘の年間サイクルとしては最後なんですが、バレンシア・オレンジを早川から運んできました。その他には、今がシーズンのミョウガです。これが「小田原産コーナー」でした。このほかに、隣には、地元の多摩や群馬の農家から、様々な野菜が並べられました。人間、生きていくためには、安くて新鮮な野菜が欠かせません。産地では、せっかくの産物も、綺麗でまとまった量でないと出荷ルートに乗りませんから、その多くは消費されることなく無駄になっているんですね。「もったいない!」それで、数は少なかったとしても、新鮮で美味しい産物は、値を安くして、団地の生活者向けに、有効利用させてもらっています。こちらとしても休む時間が必要ですから、1時間という短時間の朝市です。そうした機会をもつことで、農家も消費者も、お互いに助かっているわけです。今回も、梅雨空のもとでしたが、作業-集荷・搬送-販売の週間サイクルですが、すべては無事に終了することが出来ました。
2020年07月11日
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巨木が倒れる今回は、雨でのびた雑草を草刈りするために出かけたんですが。みかん園の園主さんより、SOSの連絡が入りました。みかん園の土手にあった木が、今回の風雨のために倒れてしまったとのこと。7月9日(木)に、倒木の様子を確認するため、写真どりに出かけました。人と比べると木の大きさが分かるかと思います。当方のみかん園のまわりでも、切断した木の幹が、蔓が支えあってびくともしなかったんですが、今回みたら、風に引っ張られて、切断面が半分以上ずれていました。今回の風雨は、小田原方面でもかなり強かったようです。隣の畑の栗の木の上に倒れちゃったんですね。栗の木は、その倒れた木によって、おしつぶされるようになっていました。何しろ倒れた木は、太さもかなりのものだし、高さも相当の大きさでですから、後始末するための処理が、大変なんな大仕事になるんですね。以前に幹に傷をつけて木を枯らそうとしていたようですが、今回の強い風にあおられて、そのうちの1本が倒れちゃったんですね。このため、本日・7月10日は、朝の2時間でしたが、急きょ、倒れた木の応急措置として、可能な範囲で枝切り作業をしました。幹の部分は、相当の重量がかかっているので、容易には切断が出来ないんですね。これから先は、しっかりした技術をもっている人の力を借りなければ難しいんですね。今回の作業で、とりあえず下にあった果樹の木を押しつぶしていた枝については取り除きましたから、応急措置として、一応の措置はなされたと思うんです。問題はこれからです、太い幹の処理は私など素人の力では難しいんです。どうやって、この太い幹を片付けるか、重要課題になってます。
2020年07月10日
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第11回『資本論』-学習の再構築新版『資本論』が2019年9月に刊行され始めて10カ月が過ぎました。私などの手元にも第2巻の初めの第五分冊が届きました。この間に、みかんの収穫があったり都知事選挙があったりで、すっかり頓挫して来ました。私なども一般の学習でよくあるように、途中でなげだしかけていたんですね。それで今回、その学習姿勢を再構築するようにします。最後に発信したのは、第10回「新版『資本論』の持ち歩るき」(2020.2.22)でした。もうこのタイトル自体にその時点の客観的な状況が出ていると思います。そこで発信していた中身ですが、1、マルクスの第2版の刊行から120年がたっているわけで、その今日的な意義はどこにあるのか。2、マルクス自身も1844年の経済学研究の開始から30年の努力の結果だかし、それを2カ月に1分冊という刊行ペースで学習を進めるというのは、無理がある。3、だけど、レーニンの『ロシアにおける資本主義の発展』のように、自国を理解する上でこの理論を応用した例もある。などだったと思います。私などは以前に、多摩地域の学習サークルで『資本論』学習したことがあります。1994年8月から2001年10月まで、1巻が54回、2巻が33回、3巻が62回の計149回の学習会でした。中身は長い長いトンネルを掘り進んだようなもので、その章その章の理解に集中した結果、なんとか終わりまで行けたというものでした。理解度に多分に怪しいものでしたが、とにかく3巻の終わりまで行ったわけです。みんなでああでもない、こうでもないと議論できたのも、大事な刺激になったんですが。そのことがあるので、今から20年近くも前の話ですが、きっと今回も終わりまで行けるし、多少なりと今日的な理解が出来るんじゃないかと思っているんですが。しかし、今回の10回の発信を振り返ってみると。特定な箇所の今日的な意義ということに光をあてること、それは大事ですが、あまりに自分の意識がそれに集中しすぎている。そのために個を見て全体を見れずに、断片集になっている。もっと基本的な中身について、全体観と基本思想を考えつつ、各章の中身を全体系の中のブロックのようにみて、その一段一段ずつ這い登っていく、このことが山登りをする上で大切なようにおもいます。この間の自分自身をふりかえると、みかんの値付けと労働価値論だとか、個の発見はあるんですが、実際としては、著者マルクスの努力とくらべると、かなり気まぐれ的で、あれこれの関心事のなかで、骨格をとらえるようになっていなかったんじゃないかと思います。これだけ体系だったの本ですから、第一巻だけでも25章、1352ページもあるわけですから、一つ一つののブロックの全体観をとらえた上で、個々の問題を見ていく必要がある。そうした集中力と、持続性が大事になっている。全体の成果に迫って行くには、一歩一歩、自分自身で這い登っていくしか道は無し、と思えてきました。まぁこれが、私なりのこの10カ月の反省なんですが。はたして生きた反省になっているかどうか、再構築できるかどうか、これからが問われています。
2020年07月08日
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哲学の学習2マルクスの『ヘーゲル法哲学の批判』を学習しようとしています。 以前には文庫本でも手軽に入手できたんですが、しかし今回調べてみるとそれは品切れで、入手が大変なようです。その代わりとしては、エンゲルスの『フォイエルバッハ論』などが中身として重なっているし、参考になるんじゃないかと思います。 前回、6月16日付ブログで「哲学の学習」の1回目を発信しました。 なぜ今、哲学の学習をするの? マルクスの『ヘーゲル法哲学批判』の学習なのか?ですが。 最近、何故か、その学習の必要性を感じているんですね。基本な考え方として、生きているし、今日でも大事なものだと思うんですね。昨日・7月5日に東京都知事選挙の結果がでました。木が沈んで石が浮くような結果でしたが、こうした時に哲学の学習をするのも大事だと思うんですね。しかし面白いですね、『フォイエルバッハ論』(1888年刊)は今から130年前の刊行ですし、そのもとになる『ヘーゲル法哲学批判』にいたっては170年前の著作ですから、日本の江戸時代のころのものなんです。そうした昔の著作が私たちの直面している問題ともなり、その学習が必要だと感じているんですから、じつにおもしろいですね。内容が生きているんですね。 じつは、私などのマルクスの『ヘーゲル法哲学の批判』の学習は、私のブログの過去をみると、以前に、2011年の8月9日から15回にわたって挑戦しているんですね。その時は、なにしろ難解でもあり、文庫にして230ページ近くもあるものですから、長いトンネルを掘っていくようなもので、とにかく終わりまで読み通すことが肝心だとした学習でした。今回はそれらも吟味しながらの再挑戦です。 もとになっているヘーゲル(1770‐1831)ですが、彼がベルリン大学教授として『法の哲学』を刊行したのは1821年、51歳の時でした。それをマルクス(1818-1883)がそれを批判したのは1843年で、25歳の時でした。 当時のドイツ(プロイセン)は封建制度の君主制国家だったんですね。隣国のイギリスやフランスは市民革命を経て近代的な立憲国家に発展していましたが、ドイツに関してはフランス革命の影響を受けつつも、まだ封建的な諸国に分かれた君主制の国でした。ナポレオンの軍隊を破ってヨーロッパにウィーン体制が出来ますが、そうした中でヘーゲルのころは改革の時代もあったけど、1840年にウィルヘルム4世が即位すると立憲的なものから専制的君主制に変わり、警察国家にかわった。マルクスがドイツを離れ亡命したのもそうした社会事情があったんですね。 マルクスのヘーゲル法哲学に対する評価ですが。マルクスが『ヘーゲル法哲学批判』を行ったのは1843夏でした。その後、1843年末にパリに亡命して『独仏年誌』という雑誌をだし、そこに小論「ヘーゲル法哲学批判序論」を掲載しました。その中で、「ヘーゲルによってもっとも筋道だった、もっとも豊かな、そして究極的な形にまとめられたドイツの国家および法の哲学に対する批判は、一面、現代国家とそれにつながる現実との批判的分析であるとともに、他面またドイツの政治的および法的意識の従来のあり方に対する決定的否定でもある。」(文庫 P340)と書いています。さらに「このドイツの政治的および法的意識のもっとも高邁な、もっとも普遍的な、学にたかめられた表現こそはまさに思弁的法哲学そのものにほかならない。この思弁的法哲学は現代国家の抽象的な不ま奔放な思惟なのであって、この思惟の現実性はどこまでも一つの彼岸たるにとどまる」と批評しています。マルクスはヘーゲルの『法の哲学』の批判的検討をしたわけですが、『法の哲学』の全体について、こうして積極的な評価と問題点を指摘した上での批判だったんですね。(これから学んでいく上ではそうなんですが、実際は逆です。これがヘーゲル『法の哲学』の国家論を批判的検討をした後の結果であり、それから導き出されたところの総評なんですね)。 このヘーゲルの持っている大事な中身、それは一般には誤解されていがちなんですが、彼がとらえた歴史社会の弁証法なんですが。このことは、エンゲルスも『フォイエルバッハ論』第一章で、『法の哲学』序文の「現実的なものはすべて合理的であり、合理的なものはすべて現実的である」の命題を例に挙げて、この誤解されがちなヘーゲルの命題の真意がどこにあるのか解説しています。単純な現状の合理化論ではないんだよ、この命題は歴史発展の弁証法への洞察があるんだよ、ということですが。 このヘーゲルの『法の哲学』の序文ですが、私などは中央公論社『世界の名著 ヘーゲル』で確認しているんですが、確かにそこには彼の社会に対する積極的な批判が展開されていて、全体として面目躍如で光っています。しっかりと辛らつな形で社会へのヘーゲルの見方が書かれているんですね。多くの学者たちが見逃してしまっている弁証法なんですが、それをマルクスたちはとらえて、唯物論的な弁証法につくりかえようとする努力が始められているわけです。 これからその作業のいくつかを吟味したいと思いますが、マルクスがヘーゲルを批判する作業というのはたいへんな努力です。だけどその相手となっているヘーゲルという人もすごい、その哲学や社会観にはすごい宝がふくまれているんですね。 マルクスはこのヘーゲル『法の哲学』の国家論部分の検討をとおして、ヘーゲル哲学の考え方の基本を批判しました。そのヘーゲル法哲学の批判がどのようにおこなわれたのか、そこが今回の学習でたどっていくところです。 ここにはフォイエルバッハの名前は出てきませんが、その成果が生かされています。この時点では彼の著作『キリスト教の本質』(1841年)、唯物論の立場からの宗教批判が出されており、マルクスがヘーゲル法哲学の批判的検討をしていたちょうどその時に、1843年7月にはフォイエルバッハの唯物論の立場からのヘーゲル哲学批判の書、『将来の哲学の根本命題』が出されたんですね。 ですから、ここでのマルクスの努力のポイントですが、ヘーゲルの法哲学の国家論の検討ですが、ヘーゲルの概念弁証法を批判して唯物弁証法の見地をつくり出すための生みの苦しみでもあり、その努力だったんですね。 この批判が新たな唯物弁証法を発見する基礎となったし、同時に唯物論的な社会観をたてていくその後の道が、ここから始まったということです。これが、これから私たちが学びとろうとしている内容の輪郭です。エンゲルスの『フォイエルバッハ論』ですが、後年にエンゲルスはマルクスの死後にその遺稿の中から二人の若き頃の『ドイツ・イデオロギー』をみつけた。それは大部のものでしたから、その要点を『フォイエルバッハ論』というコンパクトな形にまとめて、紹介したんです。他方、今回のマルクスの『ヘーゲル法哲学の批判』というのは、その問題についての、二人の若いころに探究していた生まのもの、いわば原点そのものといった位置にある材料です。この二つの著作は、晩年に結論的に要約したものと、それを生みだそうとして若いころに四苦八苦した批判作業と、こうした関係になっているんですね。ですから、私たちが哲学を学習する上で、この二つは基礎的な材料になっているわけです。これからマルクスの著作『ヘーゲル法哲学批判』を順次たどることで、その内容のいくつかを吟味したいとおもっています。
2020年07月06日
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東京都知事選挙の投票日に思うことまだ投票の締め切り時間ではありませんから、選挙結果は分かりませんが。この選挙が示した問題、課題については、結果が出てからではそれに従属してしまいますから、今のうちにまとめておくことも大事だと思いますので。一、「この都知事選挙の争点は何なの?」、昨日街で会った人に話しかけられました。選挙というのは、候補者の政策や人柄、抱負を比べることで、有権者が誰がよいか選択すること。これが当たり前の基本ですが。今回の場合、その比較がよく示されなかったと感じています。告示日を伝える新聞では、その対比があったんですが。こうした対比が、初日にしか見られなかったのはなんとしたことでしょう。コロナ問題が、議論を避けるための方便として使われたんじゃないでしょうか。従来の様な、日本記者クラブだとかのテレビ討論会が行われなかった。掲示板のポスターと選挙公報くらいしか対比できる材料がなかった。選挙ですから、それぞれ候補者は主張があるはずですし、この選挙でどんな論争が交わされたのか、その議論にどのような展開があったのか、そうしたことを知る機会が無かったんですね。討論の場がなかったわけですから、それぞれの勝手な一方通行の話しかなかったわけです。これは、有権者に対して判断材料を提供しなかったということです。この選挙に対する有権者の関心や願いについて、それを喚起しなかったということです。いったい、なぜこうなったのか、どこに原因があったのか、客観的検証が必要ですね。今後、こうしたことが繰り返されないようにしっかり改善する必要がありますね。二、都知事選挙の流れを見ておくことも、結果が出る前に大事だと思います。 2014年2月9日 2016年7月31日 2020年7月5日 当 舛添 211万票 当 小池 291万票 小池 宇都宮 98万 増田 179万(自民・公明) 宇都宮 細川 95万 鳥越 134万(共産・社民) 山本 前回小池氏は、自公都政に対抗して都民ファースト(第一)として出馬したわけですが。今回は自民・公明が小池氏の応援にまわっています。宇都宮氏を多くの野党が応援しています。はたして、どの様な結果となるか。三、選挙の結果はまだわかりませんが、たとえどの様な結果が出たとしても、コロナ問題については、広がりつつあるコロナ感染を防止する為に、責任ある施策の展開がもとめられています。検査体制の強化、医療機関を強化・支援して崩壊を防ぐ必要があります。営業をまもる急ピッチの政策展開がもとめられています。その他にもこの4年間の施策展開の検証、カジノ問題、等々。都民の生活を守る東京都政として、しっかりしたものにさせていくためには、この間の力以上に、都民の努力が求められているということです。
2020年07月05日
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7月4日(土)の団地朝市今朝はミョウガと、インゲン・新ジャガ・キュウリなどの野菜の朝市でした。柑橘類は11月-12月が中心ですから、季節は今は裏側なんですね。畑で野菜も作っている方が、この時期の産物を出してくれているんです。とれたての旬の野菜ですから、美味しいことは間違いなし、それに安いでしょう。多摩ニュータウンに住んでいる人たちにとっても、スーパーで買うよりも魅力的かと思うんです。今朝は、午前8時40分には店開きして、品数が限られてましたから、すぐに準備完了です。午前9時22分には引き上げです。1時間弱の商いでした。商店街の土曜の朝は、人影も少ないんですよ。それでも「継続は力なり」です。この小さな販売を当てにしている方が何人かいるんですね。また、すぐ前の公園でランニングをしていた人が寄ってくれたりして、短時間で販売のめどが立ちました。こっちだって、都知事選挙の最終日だし、4日間の雨・晴れの作業の後で、くたびれてましたから、朝市を早じまいするのは、大いに歓迎だったんです。やれやれです。これで今週の仕事も、すべては無事に、新米農夫としては全ての作業は完了したということです。
2020年07月04日
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「治安維持法」は生きていたつい先日のこと、どうしたものでしょうか、風早八十二著『治安維持法五十年』(合同出版 1976年刊)を読んだんですね。おそらくは、戦後生まれの私などとしては、戦後の民主的な現行憲法の下で生活していて、その尊厳が鈍感になっていて、そのために憲法の前提に立つ内閣総理大臣が憲法の改悪をしたくてしょうがなくなっている。じっさいには現行憲法が出来る前に、とてつもない人々の苦労があり、その土台の上に今日がある。だから、当たり前で、自然のようになっている今の私たちの暮らしも、歴史的な獲得物なんだと、そんなことを感じつつ、この本を読んでいたんじゃないかと思います。ところが、いわばこの戦前の亡霊ですが、これがこのアジアの中ではまだ生きているんですね。7月1日付の各紙で、中国の「香港国家安全法」が、中国の全人代(国会)の常務委員会で全会一致で採択それたことが報じられました。中国にたてつくものは、本土の国内はもちろんでそうだったんでしょうが、これまで香港に認められてきた民主主義的自由をはく奪して、取り締まりの対象となる。日本の民主主義は、戦前においては治安維持法により取り締まられてきた。日本国民はその歴史的な体験をもっているわけですね。理解の度合いはともかくとしても。民主主義を主張することは取り締まりの対象だったし、そのような国家体制を否定した上に現行の憲法はあるわけですが。どれだけそれがしっかりし認識をもっているかの問題はありますが、とにかく日本社会で治安維持法を復活させようなんてことは、まともな人間ではなく奇人変人の類ですよね。ところが、このアジアで見ると、お隣の中国ですが、国家がそれをやろうとしているんですね。日本という国は、それによって苦しめられた傷を負っていますから。今回の風早八十二氏の『治安維持法五十年』も、まさにそのものを主題にした傷の本ですが。あらためて読み返してみる必要性をかんじています。この歴史体験を持つ日本国民は、香港の民主主義を主張してきた人たちが今置かれようとしている苦難に心を寄せる条件があると思います。そして、もしも歴史に進歩があるものとしたら、この歴史進歩に逆らうものたちに、しっかりした審判を下していく一つの力にならなければならないとおもいます。もしもそれが曖昧だとすると、今の自分たちの立脚点がぼやけたものに、お仕着せ的なファッションでしかなかったことに、そんなものでしかなかったことになりかねません。そうした意味で、今香港が直面している試練に、注目したいと思っています。それは、自分たちの今の歴史条件をとらえかえすことでもあります。国際的な民主主義・人権意識の発動ということでもあります。それにして、「共産主義」を看板とする大国の政権党が、なんと得て非道なことをやらかすものですね。歴史は、必ず乗り越えていくと思いますが、それを乗り越えていく力を、こうした中で、自分と世界がどの様に発揮することができるか、注目される今の課題です。
2020年07月03日
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梅雨の切れ間の草刈り作業梅雨の時期のみかん園は、ひと雨降るごとに雑草が繁茂してきます。みかん栽培というのは、ようするにこの草刈りなんですね。小田原・石垣山のみかん園ですが、その内の今回、草刈りの対象とした北園です。これが手前にみかん小屋がありますが、その後ろ側にあるみかんの木々が、今回の対象で、これで北園の半分くらいです。近づいて見ると、巨木が切り倒されていますが、これは、お隣の木なんですが、園主の許可を得て、この間に伐採したものです。左側のみかんの木に覆いかぶさるようになってしまい、その箇所が日陰になっていた。伐採した木は少しずつ片付けているんですが、今回の主題は、左端のみかんの木の根まわりの草刈りでした。ほっておくと、イノシシ除けの鉄柵の内側ですが、つる草が伸びて、みかんの木に覆いかぶさってしまうんです。だから、根回りの草取りが大事になってくるんです。次の写真は、別の個所ですが、先週にみかんの木の根まわりを、樹冠下を、草刈りしたばかりなんですが、この間の、わずかな間に、再び草が伸びだしているんです。「一雨ごとに、雑草が繁茂してくる」「みかんの手入れは、とどのつまりは草刈りの難行苦行」ということは、まさにこのことなんですね。それを放置しておくとどの様になるか。それを示しているのが次の写真です。人の腰くらいの高さまで、クズだとかヤブカラシだとかが繁茂してくるんですね。こごんで作業している人が、見つけにくくなるくらいです。同じこの個所の3月30日時点の様子です。以前はみかん園でしたが、人の手が及ばなくなって、雑木林になっていた。イノシシの出没してくる場所になっていたんで、この2‐5月に切り開いたんですね。切り開いたのはいいんですが、そのあとが大変なんですね。地上部分を草木を刈り取っただけでは、地下の根は生きてますから、梅雨の雨とともに、雑草はふたたび繁茂してくるんですね。いまでは、前の写真の通りに、もとの雑木林に戻りだしているんです。とても当方の力では、こんなみかん園の外側の部分の草刈りまでは、とてもしてられません。自分の蠅すらおえないのに、どうして隣の区域まで草刈り出来るか、と思っていたんですが。さいわいにも、すくう神ありで、「開墾して畑をつくってみたい」という人や、「柑橘の木を植えてみたい」という人、「花壇をつくりたい」という人が、何人か現れてきて、その人たちが、この雑草相手の「ケンカ」をかって出てくれているんです。まだ、「雑草が勝つか、人が勝つか」その綱引きは始まったばかりで、わかりませんが。雑木林だったところが、有効利用しようと人の努力が始まったことは、確かです。当方はというと、今はひたすら、みかん園の方の、樹冠下の草刈りですが、ようやくにして、それをなんとかひと回り終えたところです。「ヤレヤレ」と思った時には、最初に草刈りしたところは、もう雑草が伸びだしているわけですが。まぁ、こんなことはみかん栽培のごく基本のことですが。皆さんに、11月‐12月になれば、楽しくみかん狩りをしてもらうためには、いわば楽屋裏の苦労でして、誰も省みない苦労でして、農家の人は文句も言わずに、この梅雨空の下でこの草刈り作業に、汗を流しているということです。いちど、都会人に、みかん大好き人間たちに、この苦労を体験してもらいたいんですが、まぁ、だれもそんな苦労は知らないし、知ったとしても見向きもしないでしょうが。
2020年07月03日
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