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哲学学習25 ヘーゲル『哲学史序論』ノート6ヘーゲル『哲学史』序論の学習、今回は、「A 哲学史の概念」の3「哲学史の概念に関する結論」の部分に入ります。岩波文庫の武市健人訳では、P80-109、第39節から65節になります。私などは、ここでヘーゲルは壮大な課題を提起していると思っているんですが。3「哲学史の概念に関する結論」は、4つの部分からなっています。まえがき P80-84 第39-44節、a 多様な哲学の時間的発展 P45‐90 第45-51節、b 発展と具体の哲学史の取り扱いへの適用 P91‐95 第52-55節c 哲学史と哲学の立ちいった比較 P95-109 第56-65節一、最初に、「まえがき」の部分ですが、ここを読んでいると、エンゲルス『空想から科学へ』第2章で述べている次の思想が浮かんできました。「現代の唯物論は歴史を人類の発展過程とみるのであり、この発展過程の運動法則を発見することをその課題とするのである」「現代の唯物論は自然科学の最新の進歩を総括している」「〔歴史でも、自然でも〕どちらの場合でも、現代の唯物論は本質的に弁証法的であって、他の諸科学の上に立つような哲学をもはや必要としないのである。それぞれの個別科学に対して、事物と事物に関する知識との全体的関連の中で自分の占める位置を明らかにせよという要求が提起されるやいなや、全体的関連を取り扱ういっさいの特殊な科学は余計なものになる。そのとき、従来のすべての哲学の中でなお独立に存在しつづけるものは、思考とその法則についての学説-形式論理学と弁証法である。そのほかのものはみな、自然と歴史についての実証科学に解消してしまうのである」。今回、ヘーゲルの3の「まえがき」を読んでいると、この思想が浮かんできました。ヘーゲルは、これほど明確な把握や表現ではないのですが、観念論の立場でもあり、独特の表現の仕方ですが、それでもこれと共通することがらを、この箇所で述べているんですね。ヘーゲルの弁証法的世界観ですが、それは、マルクスとエンゲルスの世界観とかなり接近した関係があり、その思想を準備した関係にあったことを、あらためて感じさせられました。「まえがき」に入ります。P80 第39節「哲学とおなじく、哲学史が発展の体系であることが、この章の中心問題だ」、と。「思想の発展における異なる段階の生起は、各々順次、必然性にしたがって出てくるし、必然性にしたがってのみ特定の規定と形態は現れる」。P91 第40節「この生起の唯一のあり方、即ち諸々の形態の由来、諸規定の思惟的、認識的必然性を叙述することこそ哲学の課題であり、仕事である」。(問題はここからですが、ヘーゲルは純粋理念と、それとは別な、区別されるものとして哲学史の発展を考察しています)「重要なのは純粋理念で、それはまだ自然や精神といった、純粋理念の特殊化された形態ではないから、その叙述は『論理学』の課題である。もう一つの別の生起の仕方、あり方、即ち異なる諸々の段階や諸々の発展契機が、時間の中での生起の相において、特殊な場所に、あれやこれやの民族の中に、特殊な政治的状態の下に、これらがコンガラがって起こってくる模様、要するにこれらの諸段階や諸発展契機が特殊な経験的形式のもとに起こってくる―これは哲学史の我々に見せてくれる舞台である。この見方こそ学問にふさわしい唯一の見方である。それが現実面からみても明らかであり、立証されるものだということが、哲学史の研究から明らかになるだろう」と。二、ヘーゲルは、純粋理念の領域での問題と、具体的に現れてくる哲学などの問題とを区別して考察しています。純粋理念は抽象的で一般的な形式として、要するにこれは弁証法的な運動だと思うんですが、これは思考であり、精神であり、客観的なものごとの理念として、一般的な運動でとしてあるとのことでしょうか。ヘーゲルはその理念が特殊な形態に外化することで、哲学をはじめ自然やその他の諸々の領域になるとしていますが、そこが観念論的逆立ちの問題になっているわけですが。そしてそれぞれの領域においては、特殊な時、特殊な場所、特殊な政治状態のなかに、こんがらがって現れてくる。そのこんがらかりの中に、理念が必然性をもって、唯一の形として貫かれていること、このことを立証するのが哲学史の研究の課題である、と。ヘーゲルは、理念すなわち思考の法則を、弁証法を、原理的な一般法則と考えていますが、そのほかの自然や哲学、政治や諸々の(すべての)分野についても、それぞれ固有な特殊な領域においてあらわれてくるとみていて、それらには共通する法則性がはたらいており、それが特殊な時と場所において、唯一の必然性をもってそこでの経験の中に、それぞれの領域に固有の形で現れてくると見ています。その様を解明することを課題として提起しています。先に紹介したエンゲルスの考え方を考えてみると、唯物論と観念論という立場の違いはあっても、ものごとの全一的な発展観を明らかにしようとしている、世界の中にその姿をとらえようと課題提起している点において、二つは相ともに接近しているように思いませんか。ヘーゲルは1831年に死去していますが、その遺産をどの様に生かすか、その観念論の逆立ちをただして、その理論を発展させることが課題となっていたんですね。誤りを正してより正確なものにすることが求められていたわけです。エンゲルスの『空想から科学へ』(もとになる『反デューリング論』は1876‐8年執筆)に示された見解は、それに正面から答えて、批判的に発展させた理論として、とくに唯物史観などは、そうした努力が結実したものです。この仮説を、基本思想を生かすかどうかは、その後の私たちの努力にかかっているわけですが。そうした関係にあると思います。三、レーニンが『哲学ノート』においてヘーゲルの『哲学史序論』からピックアップした箇所が6か所ありますが、すでに2か所については紹介しましたが、ここには3番目の注目が出てきます。P91 第41節「歴史における諸々の哲学体系の継起の順序が、諸々の概念規定の論理的展開における理念の継起の順序と同一であること」「哲学史の中に現れる諸々の体系の根本概念から、それらの外面的な形態とか、それらの特殊的なものへの適用とか、そういったものがすべて取り除かれると、理念そのものの規定のそれぞれ異なる段階が論理的概念の形でみいだされる。また逆に、論理的進展をそれだけとれば、そこにその根本契機から見た歴史的現象の進展がみられる。もっとも、これらの純粋概念が、もちろん歴史的形態の中で認識されることをしらなければならない。」これはマルクスの価値形態論にも使われていますね。より根本的に経済学批判の方法論としても考慮されている問題かとおもいます。これにレーニンが注目するのも当然のことかと思います。四、「まえがき」の最後にヘーゲルは自らの確信とおもわれることを述べています。P83 第43節『人間的なものの中には偶然は支配しない』どの様な意味でこのような言葉を述べたのか、テレンティウスの言葉ではありませんが、ヘーゲルがものごとの一般にたいして、また理性を扱った哲学という学問に対して、その信頼と確信を述べたものかともとれます。しかし、ここだけでその中身に確たることがらをつかもうとするには、私などには無理があります。ここでは、ヘーゲルが若者たちへ送ったメッセージとして記憶しておくことにします。今回は、ここまでです。3の「まえがき」だけでした。次回は、a「多様な哲学の時間的発展」からです。
2020年11月30日
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今が、みかんの収穫です真鶴と小田原・石垣山のみかん園で、11月26日、29日にみかんの収穫をしてきました。みかんの収穫は、広いみかん畑を営む農家にとって、みかんの成熟状況と、雨滴を避ける空模様の判断、この二つが決定的です。11月24日(火)に、農家の人たちが一生懸命に収穫作業をしていました。当方は、「翌日に収穫すればよい」として、イノシシ対策へ力を集中していたんですが。畑のあちこちでは、農家の人たちがせっせせっせと収穫作業をしていたんですね。農家のひとたちにとって、収穫作業への集中力というのはたいしたものなんですよ。前日までたわわになっていたみかんが、たちどころのうちに収穫されて消えているんですから。この収穫の時こそは、その家族のもつ最大の力が、一気に発揮されるんですね。みかんの収穫にとっては、天候も大事な要因なんです。これは11月24日(火)、みかん園に向かう途中で、小田原かに見えた富士山です。雨雲が接近していました。みかんの収穫作業は、みかんが雨滴で濡れいては収穫は出来ませんから、気象判断が重要です。当方は、インターネットでの天気予報-「曇り」というのを信用していたんですが、みかん農家の人たちは、体感による判断で空模様を判断しているようです。それが、当方が収穫を先送りした時に、必死になって収穫をしていた。当方は、夜中になって雨音を聞いたことで、農家の人たちが収穫を急いでいたわけをしりました。「曇りのはずなのに、このためだったのか」と。しかし、後の祭りです。11月25日(水)は、みかんの木に水滴がついていたために、まったく作業は出来ませんでした。そんなあれこれはあっても、収穫期です。天気が戻った11月26日(木)には、東京から遠路はるばる収穫応援者が来てくれました。その力も借りて、真鶴のみかんを収穫しました。みかんの木というのは隔年結果があります。実のつく表年と、ほとんどつかなく葉だけの裏年が、年ごとに表と裏を交互に繰り返します。去年は実がほとんどついていなかった木ですが、今年は素晴らしいみかんをつけてくれていました。去年はたわわになっていた木が、今年は実がさっぱり着いていないわけです。本日、11月29日(日)ですが、幼稚園時代からの幼なじみが収穫に来てくれました。みかんの産地を郷里もつもののなつかしさなんですね。みかんにたいする愛着がつくってくれる縁でもあります。しかし、この美味しいみかんは、イノシシとってもねらっている対象なんですね。「今が収穫時」だと、あちこちに紹介するんですが、人にはあれこれの人間関係、都合があって、みかん園にすぐには来れないんです。その間にも、イノシシにとっては、まったくお構いなしです。ただ、美味しくなれば、ただちに『いただきます』と食い荒らしていくわけですから。今日はこの木を収穫したんですが、イノシシの方が先に、美味しいところを、たらふく食べたあとが散らかっていました。地面から1メートルくらいのところにあったみかんが、完全に消えていました。万全に鉄柵を張り巡らして備えたつもりだったんですが、イノシシの執念はすごいもので、柵をこじ開けて園内に入り、美味しいところを荒らしていました。みかんの収穫は、イノシシとの競争になっていますが、応援者の協力を得て、人の取り分を、なんとか少しですが、余分に確保できました。
2020年11月29日
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みかんの朝市です11月28日(土)は、多摩の団地の朝市ですが、いよいよ、みかんがかなりのスペースを占めるようになりました。今は、早生みかんが中心ですが、これから普通温州みかん、そして大津とつづき、年末のギリギリまで、毎週土曜日には、小田原のみかんがならびます。毎週、収穫・袋詰め-搬送-販売のサイクルですが、みかんを介して、小田原と多摩の団地住人とをつなぎます。
2020年11月28日
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イノシシによるみかんの被害みかんが成熟してきた今、イノシシによる被害が大変です。小田原、石垣山のみかん園でのことですが。みかん園では、日々、イノシシとの攻防が続いています。みかん園は、イノシシの加害を防ぐための鉄柵で囲ってありますが、その柵を破ってみかんを食べに来るんです。地面から1メートルくらいのみかんが、一夜にしてご覧の通りです。みかんが、みごとになっているのを見てもらおうと思って、木のオーナ―(担当者)が来るまで、手を付けずに待っていたんですが。人間の都合などは、イノシシにあっては、まったくお構いなしでした。おそらく、木全体の半分くらいでしょうか、裾の方に、垂れ下がった美味しいみかんが沢山ついていたんですが、ほとんど食べられちゃいました。みかくの木の近くには、たらふく食べた結果ですが、あちこちに糞を残していきます。次のは、また別のみかんの木ですが、やはり同様の被害です。こちらは、柵をくぐり抜けて、内側に入って食べたイノシシとともに、柵の外側から、先を押し倒すようにして食べたイノシシがいたようです。柵がみかん園の内側の方に押し曲げられていて、柵沿いのかなりの高い位置にあるものが食べられています。当方のみかん園は、今年は裏年ですから、実をつけた木は数が極めて少ないんです。その希少価値になっているわずかな木を、イノシシは見逃してくれません。「この範囲は、オレの食事場だ」としているようで、熟したみかんをよく知っていて、目ざとく執拗に荒らしていきます。何度も鉄柵を補強していますが、またすぐその後に破って、食い荒らしていきます。自然は競争です。人間のグズグズしている都合などは、イノシシは見逃してくれません。私などもイノシシが餌場としてかき回わすのを見ていると、この一年、何のために手入れをしてきたのか、ガックリ来るわけです。イノシシとの取り合いにおいては、鉄柵を補強して守るだけでは、加害は防げません。そのうちに、上の方からはヒヨドリが襲ってきますから、もはや、みかんの収穫は待ったなしだということです。
2020年11月27日
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哲学学習24 ヘーゲル『哲学史序論』ノート5 哲学史の内的な関連を探るヘーゲル岩波書店の『哲学史』(武市健人訳)で読んでます。A 哲学史の概念 P49-109 1 「哲学史に関する通俗的諸観念」 P53—66 第7節-22節 2 「哲学史の概念規定に対する説明」P66—79 第24節-38節 a発展、b具体者、c具体者の発展の認識 3 「哲学史の概念に関する結論」 今回は、この「2 哲学史の概念規定に対する説明」を中心にするものですが。 P49-79 第1節から38節までです。 ヘーゲルは哲学史というものをどの様にとらえようとしているのか。 1 「哲学史に関する通俗的諸観念」 一、ヘーゲルは、まず諸々の哲学説の相違ということをどのようにとらえるべきか、この点を提起します。 P63 第20節「いろいろな哲学があったこと、あることは確かに否定できない事実である。しかし真理は唯一である」 P64 第21節「しかしどんなに異なっていても、哲学として共通のものをもつ。どれでも一つの哲学を知ったものは、とにかく知ったことにはなる。ところが差異性に固執するあまり、普遍が特殊性の中にあるのに、特殊性をきらい、不安を感じて、この普遍性をつかもうとしない認識態度がある。」 P65 第22節「諸々の哲学の相違とはなにか、この洞察が大事だ。哲学的認識というのは、真理と誤謬との抽象的対立から見るのとは違った意味でその相違を認識することであり、 この点こそ全哲学史の意味を明らかにするだろう」と。 2 「哲学史の概念規定に対する説明」 二、次に、この諸々の哲学の差異をどの様にとらえるか、ヘーゲルは諸哲学と「真理は唯一」との関連を説明して、哲学史というものについて一般的なイメージを提起します。 P66 第24節「『真理は唯一』というのは、まだ抽象的だし形式的だ。出発点だ。 哲学の目的は、そこからすべての他のもの、自然の全法則、生命と意識との全現象の流れ出る源泉であることを(即ちこれらは、この唯一の真理の反映に過ぎない)認識することだ。 言いかえると哲学の目的は、これらの全法則と全現象とを、その唯一の源泉から概念的に把握するために、即ちこれらのものの由来をそこから認識するために、これらの法則と現象とを外観上逆の途において、その唯一の源泉に還元することである。」 〈この後段を長谷川宏訳でみると「別の見かたをすれば、一切の法則や現象はさかのぼればかの一つの源泉へとかえりつき、そこから概念的にとらえられ、流出のさまが認識される」〉 〔ヘーゲルのこの哲学史の考え方、イメージというのは、大きな考え方=方法をしめしていると思います。この箇所でヘーゲルは二つの道があることを認めているととれます。つまり一方では具体的な全現象から唯一の真理を導き出そうとする道。他方ではその獲得された、ないし初めからある一般的な事柄から全現象を概念的に認識ようとする道です。しかし、ヘーゲルがもっぱら行っているのは、あとの道、すなわち一般的な理念から諸現象を概念的に導き出そうとしていること、思想から諸現象を展開しようとしている道であり、このことこそが問題だとおもうんですが。しかしそれは今の時点では先走りすぎているかとおもいます。だけどこの問題に留意しておくことは必要だと思います。 すくなくとも今の時点では、ここでヘーゲルが提起している、このイメージ・方法論というのは、ヘーゲルの独創的な洞察だとおもいます。一つの見方であり、画期的な仮説だとおもいます。この『哲学史序論』では、その方法論として提起している論点を学ぶということだとおもいます。はたしてこれが『哲学史』の本論で、実際にはどの様に探究されているか、どのように論証されているか、そこにどの様な問題があるのか、それはこの問題のあとにつづく事柄ですから〕 P66「それ故に最も大切なことは、この唯一の真理がただ単純な、空虚な思想ではなくて、それ自身において規定された思想であることを認識することにある。これを認識するために『発展』と『具体者』の二つの規定を考えておく」と。 ヘーゲルはここで矛盾したことを言います。この二つの概念は、一方では「それ自身としては全く一般的で味気ない抽象的概念である」といい、他方では「実際ここですべての問題を発展という唯一の規定の中に総括することが出来る。この発展ということが分かれば、他のものはみな、おのずから明らかになる」と。 〔単なる言葉の問題と、その言葉の中身がもつ問題とのことでしょうか。とにかく「発展」ということが問題を理解していく上で大事な点だと強調しています。 それともう一つ、『哲学史』はヘーゲルの講義を関係者がまとめたものです。ヘーゲルの著作ではありません。学生が理解しやすいようにと、本筋にあたる見解に対して、それを説明するために、それこそいろいろな領域からたくさんの例をあげています。そこを区分けして、本筋を筋としてつかむようにすると、一見長たらしい文章ですが、それが意外と簡潔な論点からなっている場合もあるようにおもいます〕 三、この「2 哲学史の概念規定に対する説明」は、3つの章からなっています。 a 発展の概念 、b 具体者の概念、c 具体者の発展の認識としての哲学 a 発展の概念 P67⁻72 第25節-30節 P67 第26節「発展を理解するためには二種の状態を区別すること。第一の規定は素質、能力、即自有、第二の規定は向自有、現実性。例として子供の成長と、人としての目覚め。 第27節「即自的なものが向自的なものに進展する、この二つの区別は、向自有の形式は大変な相違です。世界史の発展の全区別は、この区別に帰着する。」とまで言っています。 また、こうも言ってます。 P71 第30節「天上と地上に起こる(即ち永遠に起こる)すべてのものは、精神が自分を認識し、自分自身を自分の対象となし、自分を見出し、自分自身を自覚し、自分を自分と結合することに向かっての努力にほかならない。精神は二重化であり、疎外である。しかし、それは精神が自分自身を見出しうるためであり、自分自身に帰還しうるがためである。これにより精神は自由を獲得する」。 〔ヘーゲルが精神の発展過程をとらえていることはすばらしいんだけれど、しかしすべてを精神に帰着させてしまうという問題の癖がここにも出ています。〕 b 具体者の概念 P72-77 第31-35節 P72 第31節 具体的ということは、「何が発展するのか、何が真の内容なのか」の問題。 「即自有と向自有とは活動性の契機となっており、行為はこの区別を自分の中に含むもの。この区別された両契機の統一が、まさに具体者なのである。」 この章には、レーニンが『哲学ノート』の「哲学史序論」において注目した6点のうちの2点が出てきます。 一つは、P74 第32節「真なるものが抽象的だとすれば、それは真なるものではない。健実な人間理性は具体的なものを志向する。悟性の反省は、せいぜい抽象的理論であって真なるものではない。ただ頭の中でのみ正しく、何よりも実践的でない。哲学は抽象的なものとはもっとも相容れないものである。従って哲学の真の内容は具体者である。」 二つは、P77 第35節「この思惟の行動は前に形成されたものを、もう一歩進んで形成する。それに一層の規定をあたえ、それを自分の中でより規定されたものとする。一段と発展、深化したものとする。この運動は、具体的なものとして、諸々の発展の一つの系列である。この発展は直線に抽象的に進行するのではなく、自分自身に帰還する円環と考えられなければならない。しかもこの円環はまた円周として非常に多数の円環をもっている。だからそれらの円環の全体は、それぞれ自分に帰還するたくさんの発展群の一大組織なのである。」 また、もう一つ欠かせない注目点があります。 P76 第34節の中でヘーゲルは、「自由と必然性」との関係について洞察しています。 c 具体者の発展の認識としての哲学 P78-79 第36節-38節P78 第36節「哲学はこの発展の体系である。この発展がすすむだけ、ますます完全になる」P79 第38節「全体の中にも、すべての部分の中にも唯一の理念がある。理念の中に現れる全部分とその体系とは、この唯一の理念から生ずる。すべてのこれらの特殊なものは、ただこの唯一の生命の鏡であり、映像にすぎない。これらは自分の現実性を、ただこの統一の中にのみもつ。理念は中心点であるが、同時に円周である。」〔ヘーゲルの結論は検討を要する問題をもっていますが、それは別の機会とします〕 今回は以上とします。次回は、3「哲学史の概念に関する結論」です。
2020年11月23日
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遠路、みかん園への来客11月19日(木)のことですが、東京から小田原のみかん園へ来客がありました。2年前まで、私のみかんの手入れには、Iさんという相棒がいました。Iさんは、今年6月7日に、コロナ騒動の最中にガンで亡くなられたんですが、そのIさんのご家族です。Iは芸術家で、現代の円空のように手のひらサイズの人形をつくるのを仕事にしていました。私などの手元にも、その遺作のいくつかがあるんですが。以前にNHKドラマ「透明なゆりかご」が放映されましたが、このみかん園の小屋が、そのドラマのシーンの撮影の場所になったんですね。この場所が、みかん畑がひろがり、広大な相模湾の景色が楽しめる所でもあったからですが。Iさんは遊び心もあって、そのドラマの一シーンを再現して、バス停を作ってくれました。放映されてからかなりが立った今でも、史跡・一夜城へ登るハイカーのなかには、このバス停を見つけて、『ここが撮影の場所だったんですね』などと回想する人もいます。その芸術家が、みかん園のイノシシ柵をはりめぐらす作業をしたり、みかんを収穫したり、みかん小屋をギャラリーに改造しようとしたり、畑に転がっていた切り枝をつかって人形をつくったり、ビワの葉をとってお茶や化粧水にしようとしたり、それこそじつに様々なアイディアを試みていたんですが・・・。その時計の針は止まってしまったんですが、その創造の活動のあとは、いろいろな形でのこっています。
2020年11月23日
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多摩の団地朝市11月21日(土)は、東京・多摩の永山団地での朝市です。昨日、小田原・早川から運んできたみかんと野菜がならびました。秋の産物が並びました。みかんが中心ですが、農家からあずかった様々な野菜が並べられました。いよいよみかんのシーズンが始まりだしました。
2020年11月21日
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富士山、野焼きと早生みかんの収穫11月17日(火)、小田原から見た富士山です。午前11時31分でした。天気も良かったので、みかん畑での最初の仕事は野焼きでした。第36回目の野焼きですが、剪定で出た切り枝の山を燃やしました。さらにもう一か所、第37回目の野焼きをしました。こちらは、原野を切り開いたことで出た木やつる草を集めての焼却です。草刈りをただかさねているだけでは、仕事に張りあいもありませんから、この雑木林を切り開いた後に、みかん畑を復活させようと思っています。みかんの苗木を植え付けても、ある程度実をつけるには10年はかかりますから、私自身が生きているかどうかも分かりませんが、行けるところまで頑張るということです。さて、今は早生みかんの収穫の時です。翌11月18日(水)は、真鶴のみかん園で、早生みかんの収穫作業をしました。太陽に当たると、みかんが輝いて見えます。真鶴園の方は、畑も狭く、木の本数の少ないんですが、相対的には表年に当たっているようです。逆に、小田原・早川のみかん園の方は、今年は裏年基調なんですね。それにしても自然は大したものですね。新米農夫の乱雑な手入れにたいしても、自然は、それなりに恵みを返してくれています。今回の収穫は、早生みかん3コンテナ、それとスダチ100個です。これは、小田原・早川の石垣山で収穫したみかんと合わせて、明日11月21日(土)に、東京多摩市・永山団地での朝市にて販売する予定です。
2020年11月20日
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哲学学習23 ヘーゲル『哲学史序論』のノート4以前にノート2で、レーニンの『哲学ノート』を紹介しました。レーニンは『哲学史』全体を61ページにわたるノートをとって学習していました。これは個人的な学習記録、手稿です。公刊されるなどとは思ってもいなかったでしょうから、率直なものです。このヘーゲルの大著を読んでいく上で、私などはこれを参考にしています。というのは、『哲学史』については、総論的な解説書はいくつもありますが、ヘーゲルの『哲学史』の原典そのものに具体的にあたって検討しているものというのは、これ以外には見あたらないからです。レーニンは亡命していた政治家ですし、1915年に執筆とのことですから、世界大戦がはじまり、その最中のことです。同じように「政治家」とされていても、どこかの学術をけとばすような政治家とは、月とスッポンの大違いですね。その渦中のなかで、この大著を丹念に学習していたなんて、すごい努力家だと思いませんか。本来、政治家とは、学術を国民生活に生かすのが務めのはずとおもうんですが。それでも、ここにも注意が必要なんです。レーニンは『哲学史』の全体に当たって、61ページの記録を残しています。その内、「序論」については、2ページ、6か所の部分に注目の印をつけています。私などは、その6か所については、その注目に納得するんですが。レーニンの関心が弁証法を学びとろうとする点にあったことも推察できるんですが。私などのような客観主義的な学びの習性からみると、この6か所だけでもって、はたして「序論」そのものの評価としてよいのか、との問題がでてきます。もちろんこれは、レーニンにとっては公刊するつもりもない、個人的な学習記録ですから、問題意識においてもその時の中心的な関心事という、いたって限定的な記録だったとは思うんですよ。だから、その時のレーニンの感想であって、公刊できる客観的なものではないものであることは分かるんですが。だけど、歴史というのは、レーニンを尊敬するあまり、この言葉を絶対視して一人歩きしだすこともありうるじゃないですか。その点で、ここでの『哲学史』にたいするレーニンの評価については、注意が必要だと思うんです。レーニンにとっても、そうした扱いのされ方は不本意なものと思うんですよ。「序論」の締めくくりのコメントですが。「総じて哲学と宗教との関係について述べてあるところは、ひどく長ったらしく、空虚である。ほとんど200ページにわたる序文-がまんがならない!!」(P215)後段についてですが、さしものレーニンも、序文が長すぎて「がまんがならない」と文句をいってます。レーニンも読み込むのに苦労を強いられたようです。私などは、我慢すべきものがそこにはあるし、仮に「我慢がならない」ような時は、自然に関心が薄らいで途中放棄して投げ出してしまうんですが。問題意識を持っているレーニン、政治活動をしているレーニンには、忙しい中で「がまんがならない」と対峙する姿勢となったんでしょうね。私などはレーニンのこの評価には、気持ちは分からなくもないけど、同感しません。理解するのに手間取ることは、凡人として当然かとおもうし、いろいろ注目される事柄があると思います。苦労はあっても、せっかちとか途中放棄にならないようにとの注意が必要だと思っています。ただし、その「がまんがならない」とするレーニンですが、『哲学ノート』には、大著『哲学史』の終わりまで読んで、その学習記録を残しているんです。これはすごいですよ、並大抵な努力ではやりえないことで、そうした学習を実際にしていたということです。この先人の貴重な努力を、今を生きる我々が生かさない手はありません。そうでないと、なまけものといわれても仕方ないですね。それだけでなく学術にたいする態度が問われます。どこかの総理大臣のように、学術そのものをけとばして、居直ってしゃあしゃあとしていられるようなレベルと事態があるわけですから。もしも主権者がこうした事態にぬくぬくとしていたとしたら、歴史のなかでの存在が問われます。多少とでも同類とみなされるのは、まったくの心外であり、御免です。誤りを根本的に正す必要があることを、あえて一言、言っておきます。次回は、A「哲学史の概念」です。
2020年11月16日
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みかん園のなり年の木小田原・早川の一夜城に通じる農道ですが、いま、みかんが道沿いに輝いています。当方の畑は、裏年ですからみかんは着いていないんですが、道行く人の目を楽しませてくれています。ここに来て、秋晴れの日が続いていますが、みかんのおいしさは、太陽の恵みですから、絶好の日和となっています。この畑は、みかんの木を低く抑えて、摘果もして、収穫すれば、ほとんど無駄なく出荷できる状態になっています。これが農家の技なんですね。これらの木は、おそらく「大津」「青島」の種類だと思うんですが、そうだとすると、収穫は12月に入ってからですが、年内には採り終わるはずです。当方のみかんは、ほとんどが「大津」ですから、今日は収穫しようと思い、焦って出かけてきたんですが、試食してみたら、色はまずまずですが、まだ少し早かったんです。しかし、今回発見したんですが、14日(土)の前後に、イノシシがみかんを食い荒らしだしています。鉄柵で囲ってあるので、それは破られてはいないんですが、それでも何か所か食い散らかしてありました。柵の枠をくぐり抜けた小形のウリボウの仕業でしょうか。この石垣山では、みかんを栽培するには、イノシシの加害を防ぐために、畑を鉄柵で囲うことが必須になっています。鉄柵で囲ったとしても、それでも万全ではないということです。どちらが美味しいみかんを採るか、攻防戦がはじまっています。
2020年11月16日
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裏年でもみかんの渦中に今年の当方のみかん園は裏年です。なにしろ南園の36本の木のうち、まともに実をつけているのは4本の木だけですから。みかんの収穫は、今まさに始まりだしたところで、11月5日が30キロ、12日が50キロの収穫でした。次の写真が、そのみかん園です。中央の二つのみかん小屋の周りが当方が手入れをしている畑です。みかんがたわわについている上側は、お隣の畑です。そうしたことで、今年はボチボチやればよい…、などと思っていたんです。みかんの木が隔年結果するのは当たり前のことですから。ところが、みかんの記録を振り返ってみると、一昨年も裏年でしたが、11月に20キロ×36コンテナ、12月に126コンテナをあつかっていたんです。いくら裏年で少ないからとはいっても、これが一つの目安となります。もしもこの水準でみかんが出てくるとなると、この間のスローでゆったりとして状況は、この秋の陽よりのために成熟が遅れた要素もある。この1-2週間の秋らしい小春日和が続いているために、みかんの成熟の速度が変化して、急速にすすみだすきらいがあるということです。各駅停車の状況から、急行列車に変わる可能性があるということです。これまで今年は、水・木での週に一度のペースの収穫でしたが、去年の今頃は、週に二往復しないとみかんの成熟に追いつかなかったんです。熟したみかんの収穫が遅れれば、ヒヨドリたちの格好の餌場になってしまいますから。いよいよ今年も、そうした渦中の時期に、今現在さしかかっているということです。まだ、各駅列車状態で、実際の感覚がついて行ったませんが、収穫作業は、間違いなく変わり目に来ているということです。みかんの成熟していく事態に、人が合わせなければならないということです。
2020年11月15日
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秋日和りの多摩の団地朝市11月14日(土)は、多摩の団地の朝市でした。気候も秋晴れ、作物も秋らしい豊かな色合いになりました。小田原からの様々な産物が並びました。農家から託されたさまざまな野菜も並びました。もちろん今は、早生みかんが中心ですが。『美味しくなってきたね』『味が濃いね』などの声がよせられました。団地の生活者も、みかんの味の通になってきているということです。
2020年11月14日
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早生みかんの収穫と野焼き11月11日(水)は真鶴のみかん園で早生みかんの収穫をしてきました。早川の当方のみかん園は、全体として今年は裏年でして、早川の南園では、みかんの木34本のうち、実をつけている木は4本しかありません。そんな中、真鶴では早生の木が、木の数は少ないんですが、そこそこの実をつけてくれています。「やれやれ」と言ったところです。太陽の光に照らされて、みかんが輝きだしています。今回の真鶴での収穫は、早生みかん1.5コンテナと、スダチが少しでした。これで何とか早川のみかんと合わせて、明日の朝市と委託者へ渡せる量が確保できました。今回のみかん園行きで、最初の作業は野焼きでした。剪定にともなう切り枝ですが、かなりの量が出て来ていたんですね。今回は、同時に2か所での野焼をしました。先ずは、市民園での野焼きで、今季34回目の野焼きでした。空気が乾燥していますから、火がすぐについて燃えるのも早いんですね。それなら、もう一か所の切り枝も、この際だから片付けちゃえと、こちらは、伐採した枯れ木を燃やそうというものでしたが、これが第35回目の野焼きでした。これまでたまっていた切り枝はこれで片付きました。しかし、まだ終わりじゃありません。今年が裏年の基調になっていますから、これから裏年の木の剪定です。実がついていない木ですから、密集部分や徒長枝などの剪定が思い切って出来るんですね。実がついている木は、せっかく実がついているわけですから、なかなか手は入れられません。この間は、原野の開拓・草刈りに多くの時間を取られてきましたから、みかんの木の剪定には、ほとんど手がついていなかった。まわりの農家を見れば、剪定はすでに住んでいるんですね。みかんの収穫作業が本格化する前に、手つかずでいた剪定ですが、そのままだと、ボサボサの木になり、良いみかんが採れません。遅れを取り戻して、終わらせなければならないわけです。収穫と剪定を並行するようにして、まだまだ続きます。
2020年11月13日
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群馬県・月夜野を往復してきました11月8-9日、紅葉の群馬県・月夜野を往復してきました。上さんのお母さんの介護のための相談でしたが。とまった先の庭も紅葉が綺麗だったので、宿舎の人にシャッターを押してもらいました。猿ヶ京あたりは、山々の紅葉が鮮やかでした。この往復では、この半年間の観光客の少なかったのと比べて、今回は、家族による行楽が復活しだしているように見えました。
2020年11月09日
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雑木林の開拓小田原・早川の石垣山のみかん園ですが。みかんの収穫期までにみかん園の周辺を整備してきました。2月17日から草刈り機とチェーンソウをつかって雑木林を開拓してきたんですが、なんとか、一段落することが出来ました。梅雨入りの5月までには、一度は全体の整備を完了したんですが、梅雨が明けたころには雑草の繁茂は元に戻ってしまい、二度目の整備をしてきました。元はここもみかん園だったそうなんですが。雑木林となってイノシシの住家となっていたんです。広く視界が広がるようになりました。残っている雑木林はお隣の土地です。以前は全体が、こうした雑木林の状態だったんです。なんとか、境界の内側については整備しました。これは途中の、3月の時点での様子です。大きな木については、知人の力も借りて、伐採しました。伐採も大変でしたが、その後の草刈りも大変でした。草というよりも低木と化していましたから、普通の草刈り程度ではなかったんです。この開拓で倒された木と、積み上げられた草の片づけが大変でした。結局、10月26日までに33回もの野焼きをして片付けたんです。本来なら、剪定で出てた切り枝を燃やす程度の野焼きですが、「どんど焼き」のような野焼きを33回もやったわけです。『焼き芋でも焼けばよかったじゃない』なんてアドバイスもあったんですが、実際の野焼きの渦中の中では、そんな余裕はまったくなし。燃え盛る火で山火事にならないか、周辺にちらばる切り枝をどれだけ集めれるか。火が着いてから燃え尽きるまで、事故のないよう緊張の連続でしたから。開拓したあと、ここからのイノシシの動きはなくなりました。雑木林は畑となり、知人が開墾して野菜畑を始めました。当方も、折を見て、レモンと甘夏の苗木を植えようと思っています。何かしら目標がないと、ただ草刈りするだけでは徒労になりますから。とにかく雑木林の整備は一段落したということです。これで、みかん仕事に集中することが出来るようになりました。
2020年11月08日
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多摩の団地朝市11月7日は、東京も秋晴れです。ようやく秋らしくなりました。今朝は多摩の団地朝市でした。小田原・早川から運んできたみかんや野菜も、ならべられました。奥の方には群馬や多摩の農家からの野菜が並んでいます。リンゴ、白菜、キャベツ、ゴボウ、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、大根、カボチャ等です。農家の丹精込めた新鮮な野菜が安価でならべられています。手前の方は早川・真鶴からのみかんや野菜です。こちらも、秋らしいカラフルな作物が並びました。みかん、レモン、かりん、渋柿、ユズ、アケビ、シイタケ、里芋、赤カブ、千成ウリ、ワサビ菜、カボチャ、等です。午前9時から始まった朝市ですが、午前10時半には早川産の品物は完売する目途が立ったので、当方は予約者への宅配活動に移りました。
2020年11月07日
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真鶴の早生みかんの収穫開始神奈川県の真鶴町にあるみかん園ですが、11月14日、いよいよ早生みかんの収穫が始まりました。今回は、小木の3本からの収穫で、コンテナに1箱、すなわち約20キロの収穫でした。この収穫の始めだす時期は注意が必要なんです。みかんが色づきだすと、こちらが気をよくして、ついつい早もぎをしてしまいがちなんです。せっかくここまで育ててきたのに、いくら鳥たちが狙っているにしても、ここで早もぎしたら、画竜点睛を欠くことになるんですね。「味がのる」と農家の人はいいますが、美味しさが出てくるんです。色づきだけで判断しちゃダメなんです。あくまで慎重に、よく選択して収穫していきます。真鶴のみかんの木は素人栽培ですが、早川のみかんはプロによる栽培です。同じ日に、早川の石垣山のみかん園で、農家の人が手入れをしていました。その様子が、次のもの。逆光ですが、みかんの木の様子が分かるかと思います。みかんの木を、比較的に低木に抑えて、手入れをしやすくしています。みかん園のすぐわきには、作業する車が止めれるよう道が整備されています。それにしても見事に、形と色の整ったみかんがびっしりとついています。これがみかん農家の技なんですね。これにたいして、当方の早生の成木ですが、カミキリムシにやられて、主枝が欠けています。摘果してないからみかんが密集しすぎています。そうした技の違いというのは、仕方ありません。年季と熟練度が違いますから。でも、みかんの木はえらいでしょう。素人の栽培であっても、ちゃんとその勤労にたいして、それなりのみかんがついてくれるんです。去年は裏年だったんで、この木はあまり実がつかなかったんですが、今年は、それなりのみかんがついてくれました。ちなみに、この木はまだ少し早いとして、今回は手を付けていません。収穫したのは、小木の色づいた部分でけでした。明日の朝市に、早川の分と合わせて提供する予定です。いよいよ、11月‐12月のみかんシーズンが始まりだしたということです。今日は平日でしたが、小田原・早川の石垣山のみかん畑には、一夜城跡とみかん畑、鎧塚レストランをめざして、広大な相模湾の景色をたのしみつつ、ハイカーたちが農道を登ってきています。一年で一番素晴らしい時期の到来です。
2020年11月06日
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哲学学習22 ヘーゲル『哲学史序論』ノート3岩波文庫のヘーゲル『哲学史序論』(武市健人訳)を使ってます。今回は、冒頭のP35から48までですが、節に番号をつけると、6節と12節の計18節あります。序論についての序論といった部分です。一、ヘーゲルは、はじめに序論の性格について、注意を述べています。それによると、序論というのは、これから検討する対象をある程度明確にするために、前もってもっとも一般的な事柄を述べたものであって、ここで問題を決定したり立証しようとしたりするものではないこと。その立証は本論の叙述の全体をとおしておこなわれる事柄だ、と。『序論』というのは、あくまで、これから考察される問題の入口であって、ここで結論を述べているものではない、との注意です。私なりにですが、この『序論』の冒頭部分で、3点を紹介しているものととらえました。1、ヘーゲルが『序論』の最初に述べているのは、哲学史序論の核心というのは、哲学の過去にあるものと哲学が現在到達した段階との関係の問題、その本質的な関連に、続きあいに注目するとの点です。大きな、大局的な関連です。2、次に、ではその続きあいは、どの様な具体的な作業によっておこなわれているのか、この問題です。3、そこからヘーゲルは3点の問題を提起しています。それが、この後で展開される3つ課題-A「哲学史の概念」、B「哲学の他の領域に対する関係」、C「哲学史の区分、典拠、論述の仕方」-につながっていくわけですが。以上の3つをヘーゲルの問題提起として読みました。私などがヘーゲルの著作を読む際の観点ですが、当然ですがまずはヘーゲルが何を言っているのか、それを読み解こうとして苦労するわけですが、だけどいくら理解しようとしてもそこには難しいものがある。いつまでもそれにつまずいていては前にすすみません。それで、私なりに今の時点で、ヘーゲルの主張の大事だと思う点を書き抜いておき、どのような問題があるのか、そこにどの様な課題があるかを確認して、とにかく先にすすむようにして、とにかく全体に当たってみようと思っています。というのは、序論というのは、全体のごく一部分でしかないし、やはり全体の論述をみることが大事だと思うからです。二、1つ、哲学者の巨人たちの「画廊」を前にしてのヘーゲルの考察です。第三節 P40「それら(諸哲学)は最初は歴史的な過去の事柄と見える。しかし我々にとって現実的にある、と同時に歴史的にあるのだ」「それは過ぎ去ったものだけれど、現在のわれわれに共通の変わらないものとしてあり、それが我々の歴史的なものと本質的に結びついているのである」と。どういうことか?「今の世界の中で我々がもつ自覚的理性は、一朝にして成り立ったものではなく、たんに現在の土壌からのみ生じたものではない。それは相続したものであり、人類の過去の全世代の労作の結果なんだということ」。ヘーゲルはこのことを説明しようとして、次のような例を述べています。P40「外面的生活の諸々の技術、たくさんの道具と熟練、社会生活や政治的生活の諸制度や諸習慣が、思索、工夫、必要、欠乏と不幸、機智など、つまり我々の現在に先行すた歴史の意図と実行の結果であるように、科学においても、また哲学においても、ひとしく現在のわれわれは伝統のおかげをこうむっている」と。第4節 P41「この伝統は、不動の石像ではなくて、生きたもので、源からすすむにしたがってますます増大する流れのように膨張するのである。普遍的精神は静止したままにはいない。この普遍的精神こそ、我々がここに取り扱わなければならない当のものなのだ」と。もちろん私などは省きましたが、ヘーゲルには精神に主導させ帰着させるという観念論の考え方の癖もあるんです。だけど、ここには大きな客観な流れをとらえようとする、すばらしい考え方があると思いませんか。どの様にそれを証明しているかの問題は、この後につづく展開を楽しみとするところですが。三、2つ、その伝統(歴史)の続きあいは、どの様な作業として行われているか。第四節 P41「世界精神の生命は行為である。行為は既存の素材を自分の前提として、それに対して活らく。しかも、それを単に材料の付加、拡大によって増やすのみでなく〔量〕、本質的に加工し、改造するのである〔質〕。各世代が科学において、精神的生産において現にあるものは、あらゆる前の世代が相ともに蓄積してきた相続品である」と。「この相続は、相続の受取りと相続の着手である」。「受け取った遺産は、精神の変形する当の材料に引き下げられる。受け取られたものは、こういう風にして変化される。そうして加工された材料は、こうして豊富にされ、同時に保存されるのである」。確かめてみる必要がありますが、ここには、A・スミスの分業やマルクスの労働過程と、一般的に労働のあり方をとらえた見方として、重なる思考があると思いませんか。ヘーゲルはこの一般的な見方が哲学の歴史でもあると見ています。第五節 P42「既存の学問(哲学)を理解し、それに手をくわえ、それにより学問をさらに発展させ、より高い立場に高めること、このことこそ我々の、また各時代の役割であり、仕事である。我々は学問を自分のものとすることによって、それを前にあったものとは違ったなにかとして打ち出す。既存の精神世界を前提し、それを自分のものとして改造するというこの生産の本性の中に、我々の哲学が本質的に前の哲学との関連においてのみ生じうるということ、またそこから必然的に生じたということの意味がある。したがって、歴史の行程は、我々に外的な諸物の生成を叙述するものではなくて、この我々の生成、我々の哲学の生成を叙述するものにほかならない」。第六節 P43「哲学史の規定で出てくるいろいろな観念や問題は、ここにあげた関係の本性に依存する。この関係をよく見極めることこそ同時に、哲学史の研究を哲学そのものを知るための手引きとしようとする主観的目的にとっての、よい照明となる。哲学史の取扱い方の規定もこの関係の中にある。だから、この関係についての立ちいった説明が、この序論の主目的でなければならない」。ヘーゲルの意図することが出てきました。この一般的な関係を理解するところに、哲学史、しいては学問の発展をとらえる観点があると。ようするに、それらは弁証法的な発展をしているということですが。四、すでに、今回の紹介は長すぎていますが。最後に、残りの範囲の中から、私などが注目したヘーゲルの観点、思想を、一つだけ紹介させていただきます。P45「我々は個々のものに入る前に、まず一般的な見通しをつけておかなければならない。そうでないと、我々はただ個別的なものだけを見て全体を見ず、ただ木々を見て森を見ず、ただ個々の哲学だけを見て哲学そのものを見ないことになる。精神は自分の全体の目的と規定について一般的な観念を獲得しておくことが要求される。それは、我々が何を求むべきかを知るためである。即ち我々が個々の部分の中に入っていくとき、やがて見失ってしまう風景を全体的に概観しておこうとするように、精神もまた個々の哲学と普遍的なものとの関係をつけておこうとするのである。なぜといって、ここの部分は実際は、その全体への関係によって、独自の価値をもつことになるものだからである。」(第八節)どの様な文脈の中でこのヘーゲルの思想が述べられているかという問題がありますが、私などはそれとは別にしても、このことはもっと一般的に、ものごとに臨むにあたって大事な基本的指摘としてうけとめています。大事な見方であり、思想だと思っています。今回は、これまでです。次回は、「A 哲学史の概念」(P49~)へすすみます。
2020年11月02日
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