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私のこのブログは、2004年6月から今日まで延々18年ほど続けております。始めた当初はなかなか要領を得ず、頼りない内容でしたが、いろいろアドバイスしてくださる皆さまに助けられて、少しは見栄えのするブログになったかと思っております。 ブログ開始の当時から、様々なコメントを書いていただき、中には社会通念に照らして如何なものかと疑念を抱かせるコメントも多くありましたが、表現の自由とか「どうせ、書いた本人の不見識を晒してるだけの自業自得だ」との観点から放置してきました。しかしながら、最近は放置しているだけでは状況が好転することはあり得ないということに気がつき、試しに「コメントを書けるのは、楽天ブログに登録したユーザーのみ」という設定にしたところ、思いの外の効果があることが判明しました。そこで、この「効果」を更に推進するために、私は、本日をもって当ブログに対するコメントは「一切、受け付けない」という設定に致します。今後は、当ブログに対する感想やコメントは、ご自分のブログに書いて、賛同の意見や批判のコメントなどを表明していただきたいと存じます。自分のブログはない、という皆さんは、これを機会に新規に立ち上げるのも良いのではないでしょうか。なお、当ブログとしましては、原則「一切、受け付けない」ではありますが、この設定によって有意義なコメントも拒絶するのはもったいない話なので、この点については例外的対応も考えていく所存でございます。 では、皆さま、どうぞよいお年をお迎えになってください。
2021年12月31日
新年を迎えるに当たって「年頭の一言を」という原稿依頼を受けた神戸女学院大学名誉教授で凱風館館長の内田樹氏は、12日の東京新聞コラムに、次のように書いている; ある日刊紙から正月の特集記事で(ずいぶん気が早い)「思考停止している中高年サラリーマンに年頭の一言」をという寄稿依頼があった。今、40~50代のサラリーマンは定年まで勤め上げて、花束をもらって見送られ、悠々自適の年金生活を送るというようなのどかな未来を期待することができない。彼らはパンデミックや人口減やAIの普及で「明日にも路頭に迷うかもしれないリスク」にさらされているのだが、その現実を直視する勇気がなく、砂の中に頭を突っ込んでいる駝鳥(だちょう)のように思考停止に陥っている。そこで、この中高年サラリーマンに年頭に活を入れるようなことを書いてほしいという依頼であった。 そう言われても、「こうすれば万事解決」というような好都合なアイデアが私にあるわけではない。思考停止している方々には、とりあえず「私は思考停止している」という病識を持ってもらうしかないだろうと思う。だが、思考停止は全社会的規模で起きている現象なので、自分は病んでいるという意識を持っている人は少ない。 ◇◆◇ 例えば「新聞や民放テレビはいつまで持つのか」というのはメディア全体にとってきわめて切実な問題であるが、それをメディアがニュースとして取り上げることはない。地方紙は残るとしても、いくつかの全国紙は遠からず姿を消すだろう。不動産を所有している社はテナント料が入るからしばらく新聞を出し続けるだろうが、購読料と広告収入で全国紙を出すというビジネスモデルはもう命脈が尽きようとしている。 全国紙は世論のありかを明らかにし、国民的合意形成を果たすためのたいせつなコミュニケーション・プラットフォームである。それが機能不全になるというのは重大な社会的事件である。ならば、どうして「こんなこと」が起きたのか、その歴史的経緯を解き明かし、全国紙や民放テレビに代わってどのようなメディアがこれから国民的対話の場になるべきかを論じるのはメディアの重要な責務だと私は思う。でも、メディアは「どのようにしてわれわれは歴史的使命を終えるのか」という問いを忌避して、このきびしい現実を分析する努力も、あるべき未来を語る努力も怠っている。メディアが思考停止している以上、それを通じて現実を理解している人たちの思考が活性化するはずもない。 ◇◆◇ 人口動態についても日本人は集団的な思考停止に陥ったままである。2100年の日本の人口は中位推計で4770万人、つまりあと80年間で7800万人減るのである。「右肩上がり」を前提に設計されている経済システムではこの事態に対応できないことは誰にでもわかる。人口が増えなくても、経済が成長しなくても全国民が健康で文化的な生活が送れるためにはどういう社会システムにすればよいのか、それについて衆知を集めて熟慮すべきなのだが、政府部内にはそのための部局が存在しない。相変わらず「成長戦略」とか「少子化対策」とかいう呪文のような言葉をつぶやいているだけである。 日本社会全体が思考停止しているのだから、中高年サラリーマンだけを責めるのは気の毒なのである。だが、社会の激変は必ず起きる。その時必要なのは復元力である。復元は自分の過ちを認めることからしか始まらない。私に言えるのはそれくらいである。2021年12月12日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-社会の激変に必要なものは」から引用 人口減やAIの普及で、これからのサラリーマンは停年退職しても満足な年金を受給できなくなるというのは、由々しき問題である。そういう時代が迫ってきているというのに、政府も国民も思考停止の状態にあり、何一つ有効な対策を模索する意思が感じられないのは、問題である。既に人口が減少するということは、統計資料が示しており、現に人口は減少を始めているにも関わらず、政府は相変わらず人口増大を前提にした「成長戦略」を目ざしており、成長がなければ分配もないのは当たり前みたいな議論が横行するのは、実に虚しい限りである。このままでは将来危ないことになると分かりきっているのに、誰もそれに言及しようとしないのは何故なのか。みんな、最初に言い出した者に全部責任を負わせようという魂胆なのを、互いに警戒しあっているのではないのかと思います。
2021年12月30日
横浜市で、市民団体が旧日本軍が東南アジアを侵略した際にどのような加害行為があったかを学ぶ集会を開いたことを、12日の神奈川新聞が次のように報道している; 日本軍によるマレー上陸で幕を開けたアジア・太平洋戦争の開戦80年を受け、マレー半島での日本の加害を学ぶ集会が11日、横浜市中区のかながわ労働プラザで開かれた。被害に遭った中国系住民や遺族が日本軍の侵略行為を証言し、オンラインも含む約140人が史実に向き合った。 集会は市民団体「アジア・フォーラム横浜」の主催で、12月8日の開戦の日に合わせて毎年開催。28回目の今年はマレーシアの中国系小学校の元校長で、中国とマラヤ(マレーシアの前身)の2ヵ所で日本による侵略を経験した馮篤生さん(88)が被害を語った。日本軍が中国系住民を虐殺した後のまち、ブヌットに戻り、日本軍の暴政の被害者となったという。 「悲惨な日々で、日本軍は多くの決まりを強行した」と馮さん。軍票が際限なく発行され物価が高騰し、配給も食料の在庫が底を突き名ばかりに。学校に駐屯した日本兵には90度のお辞儀を求められ、「尊敬が足りない」とみなされれば左右の頬を平手打ちされたといい、「日本軍は残忍、気まぐれで規則を守らず、悪行の限りを尽くした」と振り返った。 一方、祖父がシンガポールで日本軍に虐殺された歴史研究家の林少彬さん(64)は、1944年にジャカルタで破傷風菌を使って約370人を死亡させるなど、日本の南方軍が東南アジア各地で行った人体実験を報告。中国系住民の虐殺を「80年前のチャイニーズーヘイト」と非難した。 さらに、シンガポール占領後の日本軍による中国系住民の虐殺を巡り、ウェブ百科事典に「アヘン麻薬貿易組織・抗日分子」などの摘発のためと書かれていると指摘。日本軍がアヘンを東南アジアに押しつけていた実態を無視しているとし、「言葉を失う。日本の皆さんに対策を期待する」と訴えた。(柏尾安希子)2021年12月12日 神奈川新聞朝刊 25ページ 「日本軍による被害を証言」から引用 本来であれば、自国の歴史は学校教育で学ぶべきところ、わが国の戦後のスタート時点で政権を担当した人材は多くが戦前の天皇制国家を推進してきた人々であったために、戦後の民主主義教育のスタートは多くの手枷足枷をはめられた不十分なものでした。そのため、戦後の教育を受けた多くの国民の歴史認識はかなり曖昧になっています。そのような歴史認識の欠陥を多少とも是正するために、被害国の生の声に耳を傾け加害国の国民としての歴史的責任を自覚することは、今後の東アジアの発展に必要不可欠の要件であると思います。
2021年12月29日
石原伸晃氏が内閣官房参与を辞任した経緯について、11日の毎日新聞は次のように報道している; 石原伸晃内閣官房参与(64)は10日、自身が代表を務める政党支部が新型コロナウイルスの影響を受けた事業者を対象とする雇用調整助成金約60万円を受給し、党内外から批判されたことを受け、参与を辞任した。石原氏は岸田文雄首相に近く、今月3日に参与に起用されたばかり。わずか1週間で辞任に追い込まれ、首相の政権運営に痛手となった。 首相は10日夜、首相官邸で記者団の取材に応じ、石原氏から電話で「公正な手続きにのっとった受給だが、首相の職務遂行に迷惑をかけることは本意ではない」と辞意を伝えられたと説明した。その上で「私も混乱が生じることは国民に申し訳ないので、了承した」と述べ、10日付で参与辞任を認めたと説明した。 東京都選挙管理委員会が公表した政治資金収支報告書によると、石原氏が代表を務める自民党東京都第8選挙区支部(東京都杉並区)は2020年4~5月に「雇用安定助成金」の名目で計60万8159円を受給した。コロナで減収した事業者のための助成金を政治団体が受給することを疑問視する声が上がっていた。 石原氏は自民党幹事長や国土交通相を歴任。首相の盟友として知られ、9月の党総裁選では首相を支持した。10月の衆院選で落選したが、今月3日に観光立国担当の内閣官房参与に任命されていた。石原氏の起用を巡っては「身内の救済だ」などと批判が上がった。 内閣官房参与は首相に政策などを助言する非常勤の国家公務員。首相は10日、石原氏を参与に起用した判断について、記者団に「選挙の結果はあると思うが、コロナ禍で課題である観光分野での(石原氏の)経験に鑑みて、力を貸してもらいたいとの思いだった」と述べた。【川口峻、伊藤直孝】2021年12月11日 毎日新聞朝刊 13版 1ページ 「石原・内閣官房参与 辞任」から引用 同じ日の同紙2ページには、次のような詳細な記事が掲載されている;◆「感覚、非常識」「制度も問題」 石原氏の参与辞任のニュースが伝わると、受給に対する批判が広がっていたツイッターでは「当然だ」との反応が相次いだ。 「持ちこたえられず廃業している方が多くいるなか、申請しようと思う感覚が非常識」など厳しい声が目立ち、岸田首相に対して「任命責任と説明責任は残る」との指摘もあった。 コロナの問題に対応する雇用調整助成金の特例制度は、営業時間短縮などの事業縮小を余儀なくされた事業者を支えるために昨年創設された。直近1ヵ月間の売り上げが前年比5%以上減るなどした事業所が対象で、休業手当を支払った費用分として1人1日最大1万5000円を支給する。 埼玉県蕨市のおしぼりレンタル会社「東京すずらん」は飲食店からの注文が減ったあおりを受けて、昨年3~11月に制度を利用した。池ノ谷幸枝総務部長(49)は「助成金のおかけで雇用を維持できた」と振り返り、施策を決める立場の政治側が支給を受けたことに厳しい目を向ける。「税金なので皆が納得できることが大切。辞任以外に信頼を回復する手段はない」 東京都中野区のバル「roji」の店主、蟻塚純さん(39)も従業員3人の雇用を守るために制度を利用。「制度がなかったら店は潰れていたが、申請を通した制度自体にも問題があったのでは」と疑問を投げかける。 東京労働局は支給要件を満たせば政治団体も対象事業所に含まれるとしており、石原氏の団体も取材に「適正に申請し、審査いただいた」と答えている。だが、政治資金に詳しい神戸学院大の上脇博之教授は「多くの国民は政治団体が対象と思っていなかったはずだ。まずは自民党本部から支援を受けるべきで、経営が本当に苦しい中小零細企業と同じだとして助成金を手にしたなら国民が怒るのも当然だ」と指摘する。 1990年の初当選以来、支援してきた90代男性は「クリーンな政治家だと思ってきたから、驚いている。参与になったことを素直に喜んでいたのだが、辞任はやむを得ない」と落胆した様子。自民党の杉並区議は「国会議員として一生懸命に活動してきたのに残念の一言」と語った。【井口慎太郎、佐藤英里奈、三上健太郎】2021年12月11日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「『感覚、非常識』『制度も問題』」から引用 私は石原伸晃氏を擁護するつもりではないのだが、毎日新聞のこういう報道の仕方には疑問を感じます。ここに引用した記事の前半を読めば、コロナの問題に対応する雇用調整助成金の特例制度は「営利事業を営む事業所がコロナの影響で売上げを減少させた場合にのみ適用される制度」であるかのように表現して、「そういう制度を政治団体が利用するのはおかしい」という世論に迎合している。しかし、実際は記事の終わりのほうに書かれた東京労働局のコメントが示すように、政治団体であってもコロナの影響を受けたと認定されるのであれば、この制度を利用できると法律に定めてあるわけだから、もし「それが、おかしい」というのであれば、法案審議のときに議論して「ただし、政治団体は除外する」とでも明記するべきであったのだ。しかし、現実には、例えば政治団体に勤務する子育て中のシングル・マザーが子どもを預ける保育園で新型コロナのクラスターが発生したために、数週間仕事を休まなければならない、といったケースでは、当該政治団体は人員の欠員を急遽アルバイトで補完しなければならないとか、長期の休暇を取らせる余裕はないから一旦解雇とするといった事態になりかねない。そのようなケースを救済するために、敢えて「政治団体を除外する」などという余分な条件はつけなかったものと解釈できるわけで、それを「政治団体が利用するのはおかしい」というのは、制度に対する理解不足がなせる技であり、理解不足の世論に迎合するだけの毎日新聞には失望を禁じ得ません。
2021年12月28日
先の衆院選で落選し比例復活もできなかった石原伸晃氏が岸田首相の一存で内閣官房参与に就任したことについて、文芸評論家の斎藤美奈子氏は8日の東京新聞コラムに、次のように書いた; ある日出勤してみると入社試験に落ちたはずの人が社長室にいた。「あれ、どうしたの? 落ちたんだよね試験」「うん、オレ社長と友だちだからさ。仕事を手伝ってくれって」「でも、落ちたんだよね正規の試験には」「あれはオレの不徳の致すところだけどさ。勝負は時の運だから」 時の運じゃねーし。筆記でも面接でも落ちたのだ。実力がないと判断されただけである。だが彼はシレツと社長室に出入りし、「参与」の名刺を持ち歩き、相応の報酬も支払われるという。 この種のズル、割り込み、裏口入学的人事が横行すると、社員の士気は下がる。「あーあ、もうやってられねえや。落ちた奴を使う会社って何だよ。帰ろう帰ろう」となってもおかしくない。 先の衆院選で落選し、比例復活もできなかった石原伸晃氏が岸田首相の一存で内閣官房参与に任命された。会社の人事ならまだいいが、彼は公職選挙法に基づく国政選挙で、東京8区の有権者に退場を命じられたのである。たとえ法的に問題がなく国会議員ほどの権限はなくても、落選直後に政策に関与するポストに就くのは、選挙制度に対する冒涜に近い。 「不徳の致すところ」というならば、失職した石原前議員はハローワークに行くといい。師走の風の冷たさを身をもって知るのがあなたのためだよ。(文芸評論家)2021年12月8日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-裏口人学的人事」から引用 選挙で落選した人物を半年も経たないうちに内閣の重要ポストに任命するという「裏技」が人々に違和感を与えるのは、この記事が言うように「選挙制度に対する冒涜」が感じられるからである。内閣が「法に触れるわけではないから、別にいいだろう」という態度で堂々と「裏技」使って恥じない態度を取るようになったのは、安倍内閣からではなかったかと思います。ところが、斎藤氏がこのコラムを書いた一週間後には、石原伸晃氏が代表を務める自民党東京都第8選挙区支部が、新型コロナウイルスの影響を受けた事業者を対象とする雇用調整助成金制度を利用して助成金を受け取っていたことが報道されて、世論がにわかに騒ぎ出し、石原氏は内閣官房参与を辞任することになるのである。政党支部が雇用調整助成金制度を利用すること自体は「法に触れるわけではない」のであるが、世間に違和感を与える事例が2つも重なると、さすがに「自浄作用」が働き出すということなのかも知れません。
2021年12月27日
今年は世界中で「人権尊重」の機運が高まったのが「特色」だったのではないかと思います。人種差別反対やジェンダー平等の主張、ヘイトスピーチ批判等々、以前から指摘はされていたものの、なかなか徹底することが出来ずにいたものが、今年は「こんな調子ではいけない」という機運が生まれて、建国の偉人であっても奴隷貿易に関わっていたことは今からでも断罪されるべきだ、という動きがアメリカで始まったことは、世界の人権思想を大きく前進させたと思います。中央大学教授の目加田説子氏は、そのような世相について、5日の東京新聞に次のように書いています; 3人の女性が、会議をしているようにテーブルを囲む銅像。167年の歴史を誇るニューヨーク市のセントラルパークに昨年8月、歴史上実在した女性の銅像が初めて建立された。 それまでは、「不思議の国のアリス」や「マザーグース」など、架空の女性キャラクターをモチーフにした像しかなかった中、一部の女性(当時は白人のみ)が参政権を獲得して百周年のイベントで披露された。 銅像は、女性やマイノリティーの像を増やすことを目的に設立されたNPOが長年働きかけて実現させたものだ。全米には現在、5200近いモニュメントがあるが、女性をモチーフにした像は8%にも満たない。女性の歴史的貢献を公園や議事堂、道路名など、公共の場で表彰する活動が各地で活発化しており、3人の女性像もその一例だ。 ◇◇◆◇◇ 新たなヒロイン像が街々で建立される一方、過去の「英雄」を再評価する取り組みも後を絶たない。 昨年5月、米国で白人警察官にジョージ・フロイド氏が殺害される事件が起きた。黒人に対する暴力や差別の撤廃を訴えるブラック・ライブズ・マター運動が一気に再熱し、大航海時代のコロンブスや南北戦争の英雄、過去の大統領たちの人種問題に関する言動も検証の対象になった。 中でも注目されたのが名門、プリンストン大学が下した決断だった。同大学長を務め、1913年に米国大統領となったウッドロー・ウィルソン。国連の前身である国際連盟の設立に寄与し、ノーベル平和賞も受賞した人物である。同大の公共政策大学院は彼の名前を冠してきたが、その名が消し去られた。学長時代に黒人学生を大学から締め出したうえに、白人至上主義組織のクー・クラックス・クラン(KKK)を称賛する発言をしていたことが明らかになったのだ。 プリンストン大学の学長は学生や職員に向けたメッセージで昨年6月、「ウィルソンの人種差別は彼の時代の基準からみても重大かつ致命的」で、「公共政策大学院の名称としては特に不適切だ」との判断を示した。「公共政策大学院に政治指導者の名前をつけるということは、必然的にその指導者がその学校で学ぶ学生の模範となることを意味する」が、ウィルソンがその役割を果たすのはもはや不適切と説明した。 ◇◇◆◇◇ 英雄の再評価は米国にとどまらない。英国ではチャーチル元首相の銅像が、「人種差別主義者」とペンキで落書きされた。かつて白人至上主義発言をしていたからだ。 これに対して、同氏に関する著書があるジョンソン英首相は「(チャーチルが)今日の私たちには受け入れられない意見を述べることもあった」と認めつつ、「街にある像は、欠点も含めた過去について教えてくれている。それらを壊すことは、私たちの歴史にうそをつくことになり、次の世代が学ぶ機会を損なうことになる」と擁護した。 日常的に目にする銅像や紙幣の人物、歴史関連の展示物は無意識のうちに、私たちの価値観や世の中の見方を形づくる。ならば、生活風景にある物から差別を無くしていくのは大切な営みだろう。 話は戻って、セントラルパークの女性3人の銅像。当初は2人の白人女性だけの予定だったことが批判され、非白人女性の貢献をたたえるために、奴隷制廃止論者だった黒人女性が加えられた経緯がある。2021年12月5日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-消える英雄 新しい英傑」から引用 ジェンダー平等がメディアで取り上げられる割には、先進国であるはずのアメリカにおいてさえ全米5200カ所のモニュメントのうち、女性をモチーフにした像は8%に満たないというのですから、なかなか先の遠い話だという感じは免れませんが、諦めることなく着実にジェンダー平等のゴールを目指したいものだと思います。
2021年12月26日
日本大学の理事長が脱税容疑で逮捕された件について、前文科官僚の前川喜平氏は5日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 11月29日、学校法人日本大学の田中英寿理事長が脱税容疑で逮捕され、12月1日には理事長を辞任した。検察は背任での立件を困難と見たのだろうが、その罪は限りなく背任に近い。学校法人をこうして私物化した人物が13年間も最高権力者の地位を保持できたのはなぜか。学校法人制度に欠陥があるからではないか? 12月3日には文部科学省の「学校法人ガバナンス改革会議」が提言をまとめた。現在は諮問機関である評議員会を最高監督・議決機関に格上げし、評議員は全て学外者とした上で、理事会より上位に位置づけ、理事の選任・解任や重要事項の決定は評議員会が行うという内容だ。なるほどそうすれば、田中容疑者のような理事長の専横は防げるだろう。しかし、今度は評議員会の議長が絶大な権力を握ることになる。私学関係者が危惧しているのは、学外者が大学運営の決定権を持つことにより、現実の教育・研究との乖離が生じ、「建学の精神」が危うくなるということだ。もっともな心配だ。 今回の提言に決定的に欠けているのは大学の自治の観点だ。大学とは本来学問をする者の自治的共同体である。教師は被用者ではない。学生は顧客ではない。田中前理事長のような人物は教師や学生が参画する大学の自治によって排除されるべきなのである。(現代教育行政研究会代表)2021年12月5日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-学校法人ガバナンス改革」から引用 私立大学は経営権を握っている理事長が「独裁者」になり得る地位になっているから、これを「是正」するために現在は「諮問委員会」の立場になっている「評議員会」の「議長」を理事長の上にしようという文科省の改革案は、上の記事が指摘するように「権限」が移動するだけで、「腐敗」の構造を改める改革案にはなっていない。それは、この記事が指摘するように「大学の自治」という観点が欠けているからと思われます。「大学」は株式会社ではないので、組織のトップにある者が組織全体を支配するという「発想」は捨てて、研究者とそこで学ぶ学生の共同体であるとの認識に立って組織を運営するべきです。50年前に日大で腐敗が発覚したときは、自治の意識が高かった当時の学生と若手研究者が立ち上がって全学共闘会議を結成し、多くの一般学生も参加して、集会場に理事長を呼んで「大衆団交」を行ない、学内改革についていくつかの「合意事項」を確認し改革の方向性を決めたのでしたが、翌日に当時の首相だった佐藤栄作が理事長に電話し、そんな大衆団交など無効なのだから無視して、とにかく警察を入れて学舎をロックアウトしてる学生を検挙しろ、などとろくでもないアドバイスをして日大闘争は暴力的に弾圧されたのでした。しかし、上の記事に照らしても、あの時の日大全共闘の方針は間違っていなかったことが分かります。50年前に正しい対応を怠ったために、似たような事件が繰り返されているわけです。
2021年12月25日
2020年は新型コロナウイルスが大流行し、政治家が計画した講演会なども次々と中止になり一旦は有権者に購入してもらった入場券も払い戻しをしたわけで、誰にいくら払い戻したかを政治資金収支報告書に記載することになるわけで、この度公開された安倍晋三事務所の報告書を見ると、特定企業に数十人分をまとめて返金した事例が多く記載されており、こういうカネの集め方は法令遵守の観点から如何なものか、5日の「しんぶん赤旗」が次のように報道している; 「安倍派」の会長に就任した安倍晋三元首相。首相在任中の昨年2月に地元・山口県で開く予定だった「新春の集い」の入場券(パーティー券)を、個人や企業が大量に購入していた実態が政治資金収支報告書で明らかになりました。企業の大量購入は違法な企業献金にあたる可能性もでてきます。<取材班> 問題となっているのは「安倍晋三後援会」の「新春の集い」。会費は1人3千円で、安倍氏の地元・山口県下関市や長門市で昨年2月に開催する予定でした。しかし新型コロナウイルスを理由に中止しました。 2020年分の政治資金収支報告書。安倍晋三後援会の収支報告書によれば、「集い」の中止にともない、1262万4千円を返金しています。 政治資金規正法では、20万円以下については入場券の購入者名を記載する必要がありません。しかし今回、返金先への支出を記載(国会議員関係政治団体は1万円超)したため、大量購入の実態がわかりました。◆「桜」参加者も 地元企業や医療法人などの記載は約130。首相主催の公的行事「桜を見る会」の参加者も確認しました。 1人3千円で5人分の1万5千円分を購入した企業が約60社。同10人分の3万円分か約50社。同20人分の6万円分が約10社。同30人分の9万円分購入したケースもありました。 政治献金の自粛を表明している電力会社が入場券を購入していたことも判明しました。中国電力の下関営業所に3万円を返金。電力会社は地域独占の公益企業のため、1970年代から政治献金の自粛を表明してきました。国土交通省の補助金を受けているJR西日本にも15万円の返金をしていました。 安倍事務所の内情に詳しい関係者は話します。 「券を売るのは安倍事務所の秘書の仕事で、企業や後援会幹部を回って売っていたと聞いている。企業の社長や地域の後援会幹部が10枚、20枚の券をまとめて購入していた」 編集部はSNSで新春の集いの入場整理券を確認。住所や氏名とともに「後援会または企業・団体」を記入する欄がありました。 政治資金に詳しい神戸学院大学の上脇博之教授は指摘します。 「パ-ティー券は一定の対価があるから寄付に当たらないとされている。しかし出席しない人の券代は対価にあたらないため事実上寄付にあたる。企業が寄付できるのは政党などに限られている。後援会への企業献金は違法な寄付にあたる可能性がある」◆安すぎる会費 新春の集いの長門市の会場は老舗の高級旅館「大谷山荘」。会費3千円は「安すぎる」との声がでています。 前出の関係者は解説します。「企業や会社社長に何枚もの参加券を買ってもらうので、新春の集いは会費が安くても成立する」 収支報告書への不記載の疑いも-。 安倍晋三後援会の収支報告書によれば、自民党の友田有・山口県議の事務所と所在地が同一の「友田たもつ後援会」に6万円を、潰崎伸浩・下関市議が代表の「はまさき伸浩後援会」に1万5千円を返金したと記載しています。しかし両後援会の収支報告書(19、20年分)には「新春の集い」の会費支出や返金に関する記載がありません。政治資金規正法違反(不記載)の疑いがあります。 編集部の取材に、安倍事務所、友田県議、潰崎市議は、いずれも回答しませんでした。2021年12月5日 「しんぶん赤旗」 日曜版 35ページ 「安倍元首相、乱脈パー券」から引用 電力会社のような地域独占の公益企業が特定の政党を支援するのは不適切であるという認識は、極めて常識的な考え方だと思います。私はまた、そういう「常識」で世の中は回っているのだとばかり思い込んでおりましたが、しかし、世の中には安倍晋三議員のように、バレなきゃいいんだとばかりに「やりたい放題」やっている者もいるわけで、警察もしっかり取り締まってほしいし、新聞も順法精神に則って「怪しい話」は徹底追及してほしいと思います。
2021年12月24日
元新潟県知事で先ごろの衆院選では小選挙区で落選、比例代表で復活した自民党の泉田裕彦議員は、選挙戦に入る直前に自民党新潟県連の幹部から法外な経費を請求されたと告発していましたが、その違法な金を要求されたときの音声を録音したデーターを公開したと、5日の毎日新聞が報道している; 元新潟県知事で自民党の泉田裕彦衆院議員(59)が10月の衆院選で裏金を要求されたと公表している問題で、要求した人物と名指しされた同党の星野伊佐夫新潟県議(82)が3日、県庁で記者会見した。「裏金という話は作り話だ」と改めて疑惑を否定し、求めたのは法令上問題のない政治活動費という趣旨だったと説明した。 泉田氏はこの日、星野氏から裏金を要求されたという音声データを報道機関に公開。そこには「とにかく必要経費を早くまこう。もう余裕がない。選挙始まってからなんてバカいない。今でも遅いぐらいだ。これで2000万や3000万なんかもったいながったら人生終わるよ」と話す男性の声が記録されていた。 一方、星野氏は会見で「政治活動費の話として答えた。『要求された』というのは我慢できない」と反論。「音声データは大事な部分が抜いてある」と指摘したが、泉田氏が公開した音声は聞いていないという。 星野氏は県議12期目で地元政界の重鎮の一人とされ、泉田氏が知事の頃から支援していた。会見では「師弟関係の泉田氏とこういうことになるのは残念だ」と話した。【北村秀徳、内田帆ノ佳】2021年12月4日 毎日新聞朝刊 13版 28ページ 「泉田氏 音声データ公開」から引用 泉田議員が音声データを公開した翌週には、自民党新潟県連長岡支部(星野県議が支部長)から「泉田氏のように県連内部の事情を公の場で問題として公開する態度は、愛党精神に欠けるから、新潟県連から除名するべきだ」という要請書が出されたと報道されて、SNSなどでは「組織内の不正を隠ぺいするのが愛党精神なのだろうか」という投稿が相次いだのでした。星野県議は県議会議長や自民党県連会長を務めた重鎮であり、下手をすると「泉田除名」もあり得るかと思いきや、県連は星野氏を「除名処分」とし、なんとか世間の常識に合わせた判断ができた模様です。しかし、この記事は「~と話す男性の声が記録されていた。」などと、どっちが「処分」されても不都合のないように神経を使った記事になっているところが、私は生ぬるいと思います。記者は記者の判断で「この人物に問題があるように思える」くらいのことは書いてもいいのではないかと思いました。
2021年12月23日
今年の流行語大賞が発表される日の東京新聞に、文芸評論家の斎藤美奈子氏は自分なりに考えた「流行語」を列記している; 本日(12月1日)はユーキャン新語・流行語大賞のトップ10および大賞の発表日だそうだ。 それでノミネートされた30語をのぞいてみると、何これ、全然わかんない! ま、当たり前である。謎の新語の大半は東京オリンピック関連だった。五輪ほとんど見てないからな。コロナ関係は「自宅療養」「副反応」「変異株」「黙食/マスク会食」。ピリッとしない。仕方ないので自分で決めることにした。 コロナ関連では……。 「まん防」まん延防止等重点措置の略称。ふざけた語感ゆえか途中で使われなくなったが、だらだらと続いた半端な自粛要請自体がふざけていたのだ。まん防で十分。 【野戦病院】第五波の医療崩壊で浮上した自宅療養の代替案。それでいまはどうなった? 五輪関係だと……。 【中止だ中止】今夏の五輪開催中止を求める八ツシュタグやデモのプラカードで多用された。世論の7~8割はそもそも今夏開催に反対だったのである。絶対忘れたくない東京五輪の一断面。 「わきまえない女」森喜朗大会組織委会長の女性差別発言(「女性が多い会議は時間がかかる」「組織委の女性はわきまえておられて」)に抗議するハッシュタグ。森氏を辞任に追い込み、ジェンダー平等意識が高まるキッカケになった。個人的大賞は断トツでこれ。森氏を表彰してさしあげたい。(文芸評論家)2021年12月1日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-裏流行語大賞」から引用 夏の東京五輪開催と同時に新型コロナウイルスの感染は爆発し、病院に入れてもらえずに無理やり「自宅療養」となった挙げ句にそのまま絶命するというケースまで起きて、世間には「病院が足りないなら、仮設の『野戦病院』を開設するべきだ」との声が上がり、実際に北陸のある県では開設したという報道もあったが、今ごろになって漏れ聞こえてくるところでは、夏の新型コロナウイルスが猛威を振るうのと同時に政府は感染症病棟を有する病院に特別な経済支援を行なって、医療活動を支えようとしたらしい。そのため、感染症病棟のベッド数に応じて支援金を振り込んだらしいのだが、受け取った病院のベッドの稼働率(?)は5割程度にしかならず、残りの5割は空きベッドのままで、病院の外では感染した患者が「自宅療養」していたのであった。何故そうなったのか、理由は医師と看護師が不足のため5割を超えて患者を受け入れても必要なケアができないから、ということだったらしい。政府の経済支援は受け入れるが患者は受け入れられないという「問題」を、メディアは報道するべきだったのではないかと思います。
2021年12月22日
山口昌子著「パリ日記」(藤原書店)について、仏文学者の鹿島茂氏が11月27日の毎日新聞に、次のような書評を書いている; 1990年代の初め、フランス文学の大先輩の家に遊びにいったらテーブルの上に産経新聞が置いてあった。大先輩は保守ではなかったので「あれっ?」という顔をすると、「君は知らないのか? フランス屋だったら産経パリ支局長の記事を読んでおかなくちゃだめだぞ、ほかの新聞の外信記事とは格が違うから」と言われた。 本書は、この「伝説的なパリ支局長」が1990年5月の赴任から退職後の2021年5月まで毎日つけていたパリ日記の第1巻(全5巻で完結予定)である。 パリ赴任6日目の日記には外信部長から「上層部は反対している。ダメだったら1ヵ月で戻す」と言われたので、アパルトマンは「家具あり」を探したがなかなか見つからないとある。しかし、同じ日には、テレビで見て興味を抱いた仏国防研究所財団理事長のポール・ビュイス将軍にインタビューを試み、冷戦終結後のソ連について「民族運動との対峙は続く。ウクライナ共和国が抵抗する時には事態はもっと深刻になる」との「予言」をすでに引き出している。以後、「ル・モンド」の社長兼編集局長アンドレ・フォンテーヌ、ヌーヴォー・フィロソーフの一人で新型コロナ禍を予測するような文明分析を行ったアンドレ・グリュツクスマン、人類学者レヴィ=ストロース、海底探検家クストーなどに再三にわたってインタビューを行い、彼らを知恵袋とすることに成功する。 ところで、第1巻がカバーしている1990年から95年までの期間はミッテランが2期目の大統領をつとめた時期とほぼ重なるが、この5年ほどヨーロッパが激動に見舞われていた時代はなかった。すなわち、冷戦終了に引き続くドイツ統一、湾岸戦争、ユーゴ内戦、ソ連の崩壊、EU誕生など歴史的大事件が次々に起こったので、パリ支局長は多忙を極めたようで、ほとんど休暇らしい休暇を取っていない。それどころか、ほぼ毎日出稿している。ときには、世紀の大ニュースが重なることさえある。たとえばEU結成準備のためにオランダのマーストリヒトで開かれたEC首脳会議のために大統領記者同行機で現地に到着した翌日の1991年12月9日の日記にはこう書かれている。 「EC首脳会議直前に飛び込んできたソ連消滅章言(12月8日)の大ニュースの会議への影響を送稿。この大ニュースは前夜の真珠湾50周年のニュースと共に、政治統合を巡って対立点を抱えていた欧州に統合を促す促進剤の役目を果たした」 このテクストを読んだ今日の読者は「真珠湾50周年のニュースと共に」という箇所に首を傾(かし)げるだろうが、この時期にはミッテランが登用した初の女性首相クレッソンによる日本車叩(たた)きが激しさを増しており、その日本警戒的な機運がソ連崩壊と並んで欧州統合を促したということなのである。 日本はすでにバブル崩壊の過程にあったが、ヨーロッパにおいてはまだ大きなプレザンスを有しており、EU結成にも影響を及ぼしていたのだ。今日の感に堪えない記述である。 いずれにしても「特派員が見た現代史記録1990-2021」という副題では弱いのではないかと思わせるほどに貴重な「立ち会い証言」であり、ヨーロッパ現代史研究に不可欠な文献となることは確実である。<評者・鹿島茂 仏文学者>山口昌子著「パリ日記」(藤原書店刊・5280円)2021年11月27日 毎日新聞朝刊 13版 14ページ 「今週の本棚-ヨーロッパ激動期の立ち会い 証言」から引用 欧米が日本の経済進出に警戒感をもったのは昔のことで、アメリカの国会議員が東芝のラジカセをハンマーで叩き壊す映像をNHKがテレビのニュースで繰り返し放送したのは記憶しているが、フランスでも「日本車叩き」があったとは知らなかった。しかし、その日本も今ではかなり落ち目になってきており、いい加減な経済政策に「三本の矢」などとそれらしいネーミングはしても実績は上がらず、仕方がないから国の統計データーを改ざんして「経済政策が成功している」かのように偽装して内閣支持率を維持する体たらくである。それもこれも、しっかりした政治思想を持たず親の七光りと既得権益をエサにして選挙に勝っただけの世襲議員が跋扈するような状況から生まれたもので、その程度の選択眼しか持たない有権者の責任である。
2021年12月21日

渋沢栄一がその設立に尽力したと言われる一ツ橋大学の学生は渋沢をどう思っているのか、という点について同大学で学ぶ朝倉希実加氏は、10日発売の「週刊金曜日」に次のように書いている;最終回 ◆一橋大学 渋沢の教えを継承していると思われる学生連載最終回では、渋沢栄一が資金を援助するなど、その設立に尽力した一橋大学の学生たちが渋沢をどう思っているのか、などについて見る。 現在も年間およそ1000人の卒業生を社会に送り出している一橋大学。メインキャンパスの図書館の階段を上がると、渋沢栄一の銅像が見えてくる。1870年代初め、森有礼(注)から商法講習所の設立を提案された渋沢は、東京会議所の頭取として資金を援助し、その経営に携わった。同講習所の後身である東京高等商業学校の大学昇格を積極的に支援したが、その結果誕生したのが一橋大学である。 同大学同窓会である如水(じょすい)会は「子爵の恩徳を恒久に記念し、且つ子爵の高風を永遠に仰がん」との趣旨のもと、同窓会会館図書室に渋沢の銅像を設置した。商学部で現在行なわれている「グローバルリーダー育成」を目的とした選抜制の特別プログラムの名称も「渋沢スカラープログラム」である。「一橋大学商学部においてGlobal Captains of Industry たる人材を育成する事業を立ち上げるにあたり」「日本資本主義および一橋大学(商学部)の父たる渋沢栄一をロールモデルとして、未来を担う若き人材を育てていくという意味を込めて」名付けられたという。◆「『渋沢スピリット』はあるか」と聞かれる では、一橋生は、渋沢のことをどう思っているのだろうか。 筆者が複数の友人に尋ねたところ、「大学周辺の地域活動に従事する中で地域の人から話を聞いた」、「大河ドラマが始まる際に大学のホームページで紹介されていたものを読んだ」などの声が聞かれた。彼らは、高校の授業で「資本主義を確立させた人物」と習い、渋沢の名言集を読んで渋沢に肯定的な印象を抱いている人が少なくなかった。なかには、就職活動の際に「一橋大学と言えば渋沢栄一だが、君にも『渋沢スピリット』があるのか」と聞かれた学生もいた。一橋生であれば当然、渋沢の教えを継承しているのではないかと思われていることは興味深い。 実際に「渋沢スカラープログラム」に参加している友人によると、授業の中では渋沢が多くの事業を展開したことに倣い、自分たちも渋沢のようにさまざまなことに挑戦していこうという話になったという。◆加害の歴史と向き合う姿勢 渋沢が主人公のNHK大河ドラマ『青天を衝け』のハンドブックには、次の記述がある。 「昨年、栄一が新紙幣の肖像画のモデルになると発表されるや、韓国国内からは『植民地支配の被害国への配慮にかけている』と批判が出た。無理からぬことだ」(122頁)。日本が朝鮮を侵略し、渋沢の金融事業や鉄道建設が朝鮮人の土地を奪って、朝鮮人を貧困に追い込み、過酷な労働を強いながら利益を得たという歴史的事実に対する言及である。 同書はつづいてこう語る。「だが日本にしてみれば、『官尊民卑』な役人暮らしに嫌気がさして財界にその身を投じ、第一国立銀行を立ち上げ、明治日本の財界を背負って立った人物なのだから、肖像画のモデルになってしかるべきなわけだ」。つまり、被支配側からはどう見られていようと、日本側から見れば渋沢は偉人であり、彼が英雄視されるのは当然である、という視点である。 渋沢の事業とそれに象徴される日本の近代化が朝鮮侵略と軌を一にし、植民地支配に大きく加担したという事実はいわば「どうでもよい」というこの認識は、加害の事実を真摯に受け止め、被害者たちに誠意をもって対応しようとする態度のないものだともいえるが、これまであまり注目されてこなかった渋沢が「資本主義の父」という側面からのみ注目されている現状は、日本の加害の歴史に向き合おうとする姿勢が薄いこととつながっている。 事実、他のメディアでも渋沢の業績や慈善事業が評価される一方、朝鮮で起きた事実について触れられるものをみつけるのは難しい。一橋生の渋沢認識もそうした状況から決して自由ではなく、渋沢が植民地支配に加担してきた側面は論じられず、現代社会を生きる自らと植民地支配を結びつける視点が多くの場合において欠落する。◆数少ない朝鮮史研究の拠点 一方、一橋大学は日本国内における数少ない朝鮮史研究の拠点でもある。それは在日朝鮮人として初めて、国立大学の教授として一橋大学に就任した姜徳相(1932~2021)氏によるところが大きい。 朝鮮史研究の先駆者である姜氏の意志を継承する朝鮮史研究室には、研究を通し日本の植民地支配責任を問う試みを続ける研究者・学生が所属する。筆者もほかならぬその一人であるが、朝鮮史の授業を取る前までは日本の植民地支配がどのように朝鮮人の生活に影響を及ぼしたのかなどは考えてこなかったことに気づかされ、朝鮮史のゼミに所属することにした。現在の日本社会も渋沢栄一という人物の一面を見るだけではなく彼の事業がどのように侵略と関わったのかを考えることにより、日本の朝鮮植民地支配と向き合うきっかけとなるのではないだろうか。【注】第一次伊藤博文内閣において、初代文部大臣として近代学校制度の基礎を築いた。西欧思想の紹介や国民啓蒙に努力し、商法講習所を興した。<あさくら きみか・一橋大学学生>2021年12月10日 「週刊金曜日」 1357号 26ページ 「現代社会を生きる自らと植民地支配を結びつける視点が欠落」から引用 とかく世間には、人間誰しも良い部分もあれば良くない部分もあるものだなとと分かった風なことを言いたがる者はいるもので、渋沢栄一についても功罪あるのだなどと言いたがりますが、私たちの歴史はそういう「十把一絡げ」で真実を誤魔化すようなことをしてはいけないと思います。渋沢栄一が国内に多くの企業を起こした業績は立派でも、朝鮮を侵略し多くの朝鮮人が生活を奪われて、ある者は日本に渡りある者は中国東北部に移住を余儀なくされた「史実」は重要であり見過ごすわけにはいきません。この先、東アジアの発展のために近隣諸国が連携する時代が来ますが、スムーズな連携を実現するために必要なのは共通の歴史認識であり、「わが国の偉人は立派だった」などと唯我独尊みたいなことを言っていては孤立するだけだと思います。
2021年12月20日
日本政府が新しい紙幣に渋沢栄一の肖像画を印刷することを隣国のメディアはどう報じたか、一ツ橋大学大学院生の李相眞氏は3日発売の「週刊金曜日」に、次のように書いている;第3回 ◆対朝鮮認識 資本主義の拡大に利する侵略方針に肯定的連載3回目では、渋沢栄一の対朝鮮認識と新1万円札の「顔」に渋沢を使用することへの韓国や北朝鮮のマスコミの反応などについて見る。 2019年4月9日、財務省は24年度上半期に紙幣を一新することを発表した。新1万円札の肖像には渋沢栄一が決まった。同日付の韓国紙『朝鮮日報』は、「渋沢は日本で仰ぎ見られた事業家であったが、朝鮮半島では日帝経済侵奪の主役に挙げられる」と報じた。日本では麻生太郎財務相(当時)が記者会見で、安倍晋三総理大臣(当時)との協議のもとで新紙幣肖像の人選を行なったと述べた。渋沢を新1万円札の図柄に選んだ理由については「人名が国民活動に広く親しまれ、教科書に載っているなどを踏まえて明治以降の人物から選んだ」とし、「渋沢栄一は日本の資本主義において功績は極めて大きい」と述べた。 同日になされた日本と韓国の相反する主張。朝鮮半島の人びとにとって、昨今の日本における「渋沢ブーム」はどのように映るのだろうか。◆北朝鮮の媒体も批判 渋沢が新1万円札の肖像に決まると、韓国メディアは直ちに批判を加えた。『朝鮮日報』は上述の記事で、「日本政府が新しい紙幣の肖像人物に渋沢を選定したのは、安倍政権の過去を否定する基調が反映されているという解釈」があると紹介した。また、韓国紙『国民日報』4月10日付は「伊藤博文統監府初代統監の友人でもあった渋沢は旧韓末〔大韓帝国期から「韓国併合」以前まで-筆者注〕、鉄道と電気など多岐にわたる分野で朝鮮の経済侵奪の先頭に立っていた」と、朝鮮侵略の基礎を築いたことで知られる伊藤と渋沢の関係に注目した。そして安倍政権が19年の参議院選挙での改憲の動きを有利に導くため、新元号「令和」の発表とともに紙幣刷新を発表することで「新しい時代の到来」のイメージを国民に浸透させようとしている、とする日本メディアの報道も紹介した。 批判の声を上げたのは韓国だけではない。韓国紙『ヘラルド経済』によると、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の対外宣伝媒体「わが民族同士」は、日本の歴史否定や、憲法改正などを通じて軍事力を増強しようとする動きは日本の朝鮮半島に対する再侵略の野望であり、朝鮮侵略を支えた渋沢を新1万円札の顔に決定したことは、軍国主義の再現であると主張した。 ところが日本では、渋沢が新1万円札の顔に選ばれたことを受け、NHKが彼を主人公とする大河ドラマ『青天を衝け』の放映を決定、主演には人気俳優の吉沢亮が抜擢された。『青天を衝け』について「聯合ニュース」は「安倍政権の歴史修正主義を宣伝する効果を狙っているのではないか」という指摘を受けるだろうと予想した。また、放映を前にした21年1月、韓国紙『世界日報』は「NHK大河ドラマは特に最近の数年間、日本政府の志向と照応する人物およびテーマを選定する国策放送の傾向をみせる」として、明治維新150周年であった18年には明治維新の主役である西郷隆盛、東京オリンピックを前にした19年にはマラソン選手の金栗四三(かなぐりしそう)と1964年果京オリンピック誘致の主役である田畑政治(たばたまさじ)を題材とした大河ドラマを放映したことを指摘した。◆日本を絶対的基準として これまで紹介した事例は渋沢報道全体のほんの一部であるが、今回取り上げなかったものにも共通して、渋沢が朝鮮経済侵奪を主導したことが述べられている。日本における「渋沢ブーム」の根底にある現代日本人の歴史認識を見破り、日本社会の歴史否定と急速な右傾化か厳しく批判されている。渋沢に対する批判的報道に対し、事業家として新しい市場を開拓するのは当然ではないかという見解があるかもしれないが、はたして妥当なのだろうか。 渋沢は1891年に朝鮮旅行に行ったが、その見聞談のなかで彼は日本の地域と朝鮮のそれを比較したうえで「韓国は全く農業時代の国にして、未だ工業経済若(もし)くは商業経済の時代に達せざる」と述べた。日本を絶対的な基準として朝鮮を見下している渋沢の朝鮮観が見て取れる。彼は「我邦の対韓政略は将来勉(つとめ)て侵略意念を止め」るべきと言いながらも、「韓国は我国人民が誘導開発すべき土地」であるという植民地主義を露呈する(注1)。このような矛盾はどこに起因するのだろうか。韓国の研究者李培鎔(イベヨン)は、渋沢が資本家として増税が必要な軍備拡大には消極的であったものの、日本資本主義の拡大に利する朝鮮侵略の方針には肯定的であったと論じた(注2)。「韓国全土を挙げて我が利益線の圏内に置き、以て彼我の権益を保全すること当今の一大急務なりと考ふる」(注3)というような発言に表れるように、軍の想定するような急進的侵略と方向性が異なるのみで、朝鮮への侵略主体であったことに変わりはないのである。 渋沢は自身の中に朝鮮への蔑視観と植民地主義を内面化しつつ、朝鮮において金融、鉄道など様々な形で資本を拡張した。それらの事業は日本の利益のために展開されたものであり、そこに朝鮮人への配慮は全く見えない。現地に生きる人びとを考慮しない海外進出は侵略にほかならない。 日本では渋沢が「資本主義の父」として評価され、「渋沢ブーム」は今後さらに強まると思われる。しかし被害の側から渋沢と、彼を手放しに称賛する態度が批判されていることは日本社会で共有されているとは言い難い。この傾向は一橋生にも共通するものである。なぜ「渋沢ブーム」が批判されるのか、立ち止まって考える時ではないだろうか。【注1】渋沢青淵記念財団竜門社編『渋沢栄一伝記資料』第6巻、1956年、434頁。【注2】李培鎔「渋沢栄一と対韓経済侵略」『国史館論叢』第6輯、89年12月(朝鮮語)。【注3】渋沢青淵記念財団竜門社編『渋沢栄一伝記資料』別巻第5、68年、52頁。<イ サンジン・一橋大学院生>2021年12月3日 「週刊金曜日」 1356号 32ページ 「新紙幣の肖像に渋沢を選定したのは過去を否定する基調を反映?」から引用 この記事では、渋沢栄一が「資本主義の父」として評価され「渋沢ブーム」は今後強まると書かれているが、果たして一般市民の感覚で私たちの社会に「渋沢ブーム」などというものが存在しているのか、私は大変疑問に思います。この記事にも書かれているように、安倍政権に忖度したNHKが大河ドラマに取り上げたり、その尻馬にのって一儲けしようと考えた出版社がそれらしい本を出版はしていますが、それがベストセラーになったという話は聞いてないし、大河ドラマがいつになく視聴率が高まったという話も聞いてません。安倍晋三や麻生太郎にしてみれば、渋沢栄一は神様であり国民の敬愛の的になってほしいという願望はあるかも知れませんが、それは彼らの個人的な願望に過ぎず、渋沢栄一が国民に慣れ親しまれているなどという「現実」は存在しておらず、単なる夢幻ではないかと思います。
2021年12月19日

昨日の欄に引用した「週刊金曜日」「特集:一橋大生が迫る渋沢栄一と朝鮮侵略」、11月26日号の「第2回」に熊野功英氏が次のように書いている;第2回 ◆鉄道建設 狙いは農産物と綿製品の運搬 「国の富をなす根源は何かといえば、社会の基本的な道徳を基盤とした正しい素性の富なのだ。そうでなければ、その富は完全に永続することができない」(注1) 渋沢栄一のビジネス観を示した言葉である。このように渋沢は経済と道徳の両立を説いた起業家としてしばしば注目される。渋沢は朝鮮半島において京仁鉄道(ソウル(注2)と仁川を結ぶ鉄道)と京釜鉄道(ソウルと釜山を結ぶ鉄道)の建設に関わった。朝鮮での鉄道建設というと、日本社会では朝鮮植民地支配の「恩恵」の一例として語られることも少なくない。たとえば、「日本は朝鮮の近代化のために網の目のように線路を敷設した。朝鮮もそれを熱望したのだ」(注3)とする、『SAP10』2013年12月号の転載記事がネット上で見受けられる。しかし、はたして朝鮮での鉄道建設は朝鮮のためだったといえるのだろうか。また、渋沢が大きく関わった鉄道建設事業に、渋沢が重視した「道徳」はあったといえるのだろうか。以下、鄭在貞(チョンジェジョン、注4)と中村政則(注5)の研究に依拠しつつ、新たな史料も付け加えながら、朝鮮における鉄道建設と渋沢の関わりを見ていこう。◆軍事戦略上重要な意味 1880年代から持ち上がっていた日本の京釜鉄道建設構想は日清戦争を通して朝鮮侵略政策において重要な位置を占めるようになった。94年の「日朝暫定合同条款」で日本は京仁・京釜鉄道の敷設権を暫定的に「獲得」するが、朝鮮側の抵抗や資金難で京釜鉄道構想は行き詰まる。こうした状況を打開するべく渋沢らは、一度は米国人モールスに渡った京仁鉄道敷設権を買い戻すための交渉を進め、買収に成功する。 98年には「京釜鉄道合同条約」が「締結」されるが、これは鉄道敷設権と営業権を日本が独占し、鉄道用地は大韓帝国政府(以下、韓国政府)が無償提供するという不平等条約だった。 しかし、その後も資金確保に苦労した渋沢らは日本政府に支援を要請するばかりか、日本政府とともに京釜鉄道建設を国民的事業にするために、京釜鉄道の軍事的・経済的重要性を訴え、「愛国的行為」として国民に投資を呼びかけた。その過程では天皇家に株式を所有させ国民への動機付けを図るなど、天皇の権威も利用したのである。京釜鉄道敷設工事開始後も渋沢らの資金難は続いたが、日英同盟締結、ロシアとの対戦方針確定にともなって京釜鉄道はより軍事戦略上重要な意味を持つことになり、日露戦争が迫るにつれ速成体制に入った。 なお、京釜鉄道の軌間(線路の幅)と軌条(レール)の選定については、渋沢が取締役会長を務める京釜鉄道株式会社側の「将来支那、欧羅巴大陸の鉄道と連絡し世界交通の幹線たるべき使命」が京釜鉄道にはあるという意向が大きく影響し、標準軌となった(注6)。これにより京釜鉄道は満洲・中国の鉄道と直接連結できるようになり、日本の大陸進出を先導する役割を担うようになったのである。◆排除された朝鮮の会社 鉄道敷設事業は朝鮮人にどのような影響をもたらしたのだろうか。京釜鉄道株式会社ははじめ、朝鮮の土建会社に工事を請け負わせた。しかし、それはあくまで低賃金の朝鮮人労働者を雇用することで建設費を節約し、工事請負権によって韓国政府高官を懐柔することで朝鮮人の排日感情を和らげながら鉄道建設をスムーズに進めるためであった。 渋沢も朝鮮の土建会社を選定することについて「一方には不平苦情之防禦とし、一方には人気収攬之手段」(注7)と述べている。ところが、その後日本の土建会社の浸透にともない、日露戦争期の速成工事体制下で朝鮮の土建会社は完全に排除されていった。日本国内の不況から脱出するために朝鮮での鉄道建設に参加しようとしていた日本の土建会社を、京釜鉄道株式会社や日本政府が支援したからである。こうして日本の土建会社が発展していった裏で、朝鮮の土建会社の成長の芽は摘み取られていった。 日本は京釜鉄道敷設過程で、朝鮮人の所有していた田畑や家屋、墓地など膨大な土地も奪った。そうした収用は強制的に行なわれ、補償もないに等しいものであった。また、京義鉄道建設も合わせれば延べ1億人以上と推定されるほどの朝鮮人が動員され、無償に近い低賃金で過酷な労働を強いられた。その労働環境は「生命を犠牲に供したる者敢て稀なりとせず」(注8)と言われるほどであった。 なお、京釜鉄道工事においては、労働者をいたわるために「邦人〔日本人〕芸娼婦は潮の如ぐ輸入」(注9)されており、女性の性も搾取されていた。ほかにも、日本人労働者による悪行も多かった。実際に、京釜鉄道工事に従事する日本人労働者が女性を強かんしようとしたところ、それを止めようとした夫の脚を銃撃し、その子どもの頭と顔にも弾が命中するという事件もあった。また、妊婦であった女性は強かんの被害により堕胎したという(注10)。 さらに、日本は日露戦争中の1904年7月には軍律を発布し、治安確保や鉄道・電信の保護という名目で軍事支配を強めていった。こうした日本の動きに対し、工事現場や沿線各地では労働者や沿線住民、義兵が、鉄道攻撃、列車運行妨害、日本人および親日派処断などの抵抗運動を繰り広げた。朝鮮での鉄道建設が朝鮮のためではなく、「道徳」もなにもなかったからである。◆軍事政策を利用しながら 1900年の演説で渋沢はこう語った。「彼の国〔朝鮮〕をして農産物を安くさせると云ふことは我が製造物を多く売込むの手段であると明言し得られるのであ」って「其農産物を安くさせるには何か主なる原因を為すかと云へば、運輸交通を便にすることである」(注11)。 渋沢の朝鮮鉄道建設の狙いは、朝鮮の農産物の対日本輸出と日本の綿関係製品の対朝鮮輸出を増大させ、その運搬に朝鮮鉄道を利用することであった。こうした渋沢の認識には、それが朝鮮に対する収奪であること、鉄道建設のために土地を追われ過酷な労働を強いられる朝鮮人の人権問題であるという視点は見られない。渋沢は国家の軍事政策を利用しながら、自らのブルジョア的利害を推し進めようとしたといえるだろう。 渋沢は「日本資本主義の父」といわれるが、日本資本主義の発展はまさにその渋沢の事業によって軍事的・経済的に侵略された朝鮮を踏み台にしていたことを忘れてはならない。※史料の引用にあたっては、旧字体を新字体に片仮名を平仮名にあらため、句読点等を補った。【注I】渋沢栄一(守屋淳訳)『現代語訳論語と算盤』筑摩書房、2010年、15頁。【注2】当時、日本人側はソウルのことを「京城」と呼んでいた。【注3】「『日本統治で韓国近代化が遅れた』説があるが鉄道は日本が造った」NEWSポストセブン2013年12月9日。(https://www.news-postseven.com/archives/202131209_226503.html?DETAIL、2021年10月20日取得)。【注4】鄭在貞(三橋広夫訳)『帝国日本の植民地支配と韓国鉄道 1892~1945』明石書店、2008年。【注5】中村政則「京仁・京釜鉄道建設をめぐる官僚とブルジョアジーの動向」山崎教授還暦記念論文集編集委員会編『山形人学山崎吉雄教授還暦記念論文集』1972年。【注6】朝鮮総督府鉄道局編『朝鮮鉄道史』第1巻、朝鮮総督府鉄道局、1929年、110頁。【注7】渋沢青淵記念財団竜門社編『渋沢栄一伝記資料』渋沢栄一伝記資料刊行会、第16巻、1957年、446頁。【注8】笹山真一「日本工夫の暴虐」『韓国鉄道現況調査報告書』1907年。【注9】同前「日本娼婦の大輸入」。【注10】「日役暴行」『皇城新聞』1903年2月24日付。【注11】前掲『渋沢栄一伝記資料』413頁。<くまの こうえい:一ツ橋大学生>2021年11月26日 「週刊金曜日」 1355号 32ページ 「軍事政策利用しながら、ブルジョア的利害を推し進める」から引用 この記事も、なかなか読み応えがあって面白い。渋沢を初めとする日本の強引なやり方が現地の朝鮮人の生活をどのように破壊したのか、実態がよく分かる。冒頭に引用されている渋沢の「社会の基本的な道徳を基盤とした正しい素性の富」でなければ永続はしない、という「お説教」が、その後の日本にブーメランのように戻ってきたという史実は強烈な皮肉である。中には、ナポレオンやチンギス・ハーンを引き合いに渋沢の免罪を主張する向きもあるようだが、何百年も前の史実とは異なり被害者の子や孫が生存している現代においては、日本による朝鮮侵略は「現代史」なのであって、いい加減なストーリーでドラマ化したりお札の肖像に使って誤魔化すようなことをしないで、史実を直視する姿勢が大切と思います。、
2021年12月18日

日本政府は2024年に現行の1万円を新しいデザインにし、福沢諭吉の肖像画を渋沢栄一に変更すると発表しているが、この件に関連して一ツ橋大学の牛木未来氏が、渋沢栄一は戦前の朝鮮で何をした人物なのかというテーマで11月19日発売の「週刊金曜日」に、次のように書いている;第1回 ◆金融支配 朝鮮人搾取の中軸として機能した第一銀行2024年から新1万円札の顔になる渋沢栄一。今年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公でもある。「日本資本主義の父」「経営の神様」とたたえられる渋沢が、実は朝鮮の経済侵略に関わっていたことは、あまり注目されていない。渋沢の財政支援を得て建てられた一橋大学に通う学生たぢが執筆を担当し、その実態に迫る。今号から4回連載する。 「株式會社第一銀行」「壹圓」の文字の隣に威圧的な雰囲気を放つ男性の肖像。渋沢栄一が紙幣の「顔」となるのは、2024年が最初ではない。渋沢を擁した写真の紙幣(下の写真)は、渋沢が設立した第一銀行(日本初の銀行・第一国立銀行の後身)のものである。そしてこの紙幣は、1902年から朝鮮半島で流通した。第一銀行が朝鮮に支店を持ったためである。朝鮮人にとってそれは何を意味したのだろうか。◆開港と同時に流通権獲得 日本の近代史は朝鮮侵略の歴史である。侵略の目的の一つは、朝鮮を経済的に従属化させることであった。そして、渋沢は日本の経済侵略において中心的な役割を担った。以下、具体的に見ていこう(注1)。 渋沢が第一国立銀行の総監となったのは1873年である。その3年後、日本は朝鮮に軍事圧力を加えて朝鮮を開港させた。開港と同時に日本は朝鮮の開港場における日本貨幣の流通権を獲得し、以後、第一国立銀行は朝鮮各地に支店を展開した。84年には朝鮮政府に仁川(インチョン)・釜山(プサン)・元山(ウォンサン)開港場での海関税取扱権を獲得した。 第一国立銀行は、朝鮮侵略を目的とした戦争である日清戦争において、日本政府を経済的に支えた。渋沢は開戦後、福沢諭吉とともに「報国会」を結成、軍用資金を集め、第一国立銀行と自身の名義で100万円の公債を申請するなどの戦争協力を行なっていた(注2)。結果日清戦争に勝利した日本は、朝鮮における清の影響力を退けることに成功し、日本人による経済活動はさらに活発化した。 日清戦争後の97年には、朝鮮は大韓帝国と国号を変えた。一方、日本は朝鮮内で日本貨幣の流通を拡大させていく。この過程で大韓帝国皇帝が抵抗を試みたが、これについて渋沢は「随分馬鹿らしき考へを以て深く事の利害も顧みず・・・」と発言している(注3)。この発言からは、渋沢のいら立ち、そして当然の抵抗をさげすむ目線があらわとなっている。◆朝鮮社会の貨幣価値下落 日本貨幣の流通を土台として、日本は大韓帝国政府(以下、韓国政府)に圧力をかけ1902年に第一銀行券発券に踏み切った。日本貨幣の浸透は、朝鮮社会にもともと存在した貨幣の価値を下落・不安定化させ、金融の混乱に乗じて日本商人が投機的な利益を得る一方、朝鮮人商人は大きな損失を被った(注4)。これに対して朝鮮では激しい日貨排斥運動が展開され、韓国政府は自国の手による幣制整理と中央銀行設立を進めた。日本の侵略に抗し、朝鮮人自身による金融体制の確立を試みたのである(注5)。一方日本は、朝鮮人によるこれらの試みを強硬に抑えるとともに、第一銀行の海関税取扱権を利用し、韓国政府に対して海関税を担保にした巨額の借款を成立させた。 日露戦争の開戦とともに朝鮮植民地化政策を本格化した日本は、朝鮮への内政支配を強化するために第1次日韓協約を強要した。これに基づき韓国政府に財政顧問として目賀田種太郎(めがたたねたろう)を招聘(しょうへい)させた。目賀田は、朝鮮貨幣の発行を禁じ日本貨幣の流通に切り替える「貨幣整理事業」を行なった。そして第一銀行は目賀田の斡旋(あっせん)で、銀行券の無制限通用権や韓国国庫金の取扱権を獲得して中央銀行としての地位を確立した。なおこの頃渋沢は第一銀行をして再度軍事資金協力を行なっている。 官僚目賀田が確立した日本の朝鮮金融支配体制のもと、第一銀行は朝鮮人に対する搾取の中軸として機能した。第一銀行が貸出において朝鮮人への差別を行なった結果、朝鮮人の預金額は貸出額を大幅に超過し、朝鮮人商人は困窮に陥った。彼らへの救済費は朝鮮各地に設立された日本の金融機構から支出された。つまり、第一銀行の進出の結果破産した朝鮮人を日本経済に従属させ、朝鮮独自の金融体系を破壊したのである。 一方、朝鮮人や外国人(中国商人と思われる)の超過預金は朝鮮に進出した日本企業や商人の資金とされた(注6)。彼らは事業の展開に当たり朝鮮人から土地や生産手段を奪い、労働者として過酷な条件で働かせた(注7)。第一銀行は日本の侵略と収奪を下支えしながら富を蓄積したのである。 その後、朝鮮での銀行業務が国内銀行の支店が担うには過重になるほどに膨れ上がると、朝鮮に本店を置く植民地銀行の創立がめざされた(注8)。それが、09年に第一銀行に代わる中央銀行として設立された韓国銀行である。同銀行は「韓国併合」後の11年には朝鮮銀行となった。◆家族を貧困に陥れた象徴 以上のような経済侵略を前提として、植民地期には日本による収奪政策が強化された。その結果、大部分の朝鮮人は慢性的な貧困状態に陥った。そして、貧困を背景として、多くの朝鮮人が故郷を離れ日本や中国東北部に渡ることを余儀なくされた。この点も、植民地支配による重大な被害である。 渋沢が主導した近代日本の朝鮮金融政策の実態は一貫して日本軍の朝鮮侵略と相互補完的な関係にあり、日本人の朝鮮人に対する収奪を支えるものであった。 今日日本で「人格者」とあがめられる渋沢の肖像を、彼の侵略を受けた朝鮮の人々は果たしてどのような思いで見ていたのだろうか。その顔は、独自の社会を形成し、内なる発展を遂げようとしていた朝鮮を破壊した者の顔である。生計手段を奪い、家族を貧困に陥れた象徴である渋沢の紙幣が再び現れようとしている。【注1】基本的な事実については、以下、糟谷憲一ほか『世界歴史大系 朝鮮史2-近現代-』山川出版社、2017年などに依拠した。【注2】李培鎔『渋沢栄一と対韓経済侵略』『国史館論叢』第6輯、国史編纂委員会、1989年(朝鮮語)。【注3】渋沢青淵記念財団竜門社編『渋沢栄一伝記資料』第16巻、57年、79頁。島田昌和「第一(国立)銀行の朝鮮進出と渋沢栄一」『文京女子大学経営論集』9巻第1号、文京学院大学総合研究所、1999年。【注4】高嶋雅明『朝鮮における植民地金融史の研究』大原新生社、1978年。【注5】羅愛子「李容趨の貨幣改革論と日本第一銀行券」『韓国史研究』第45号、韓国史研究会、1994年(朝鮮語)。【注6】村上勝彦「第一銀行朝鮮支店と植民地金融」『土地制度史学』16巻1号、土地制度史学会、1973年。【注7】たとえば、鄭在貞(三橋広夫訳)『帝国日本の植民地支配と韓国鉄道 1892~1945』明石書店、2008年。【注8】朝鮮銀行史研究会編『朝鮮銀行史』東洋経済新報社、1987年。<うしき みく・一ツ橋大学大学院生>2021年11月19日 「週刊金曜日」 1354号 28ページ 「渋沢が顔となった紙幣、約100年前に朝鮮半島で流通」から引用 この記事は小論文とは言え、手短に戦前日本の朝鮮植民地支配の歴史を辿っていて、その実態も具体的に記述されており、国内では「日本資本主義の父」などと賞賛される渋沢栄一が、実は朝鮮では植民地支配を進める「尖兵」であった実態がよく分かります。私たちは自国の近代史の内実を客観的に認識し、常識的な価値観で判断することが、将来への発展の方向性を見定める上で役に立つものと思います。
2021年12月17日
昨日の欄に引用した「明成皇后暗殺事件の首謀者の書簡発見」に報道に関連して、弁護士の宇都宮健児氏は10日発売の「週刊金曜日」に、次のように書いている; 11月16日付『朝日新聞』朝刊に「閔妃暗殺 外交官が明かす書 実行した翌日に手紙」というタイトルの記事が掲載された。 記事によれば、126年前の1895(明治28)年10月8日、日本の軍人らが朝鮮王妃を殺害した「閔妃暗殺事件」で、実行グループの一員だった外交官が、事件の翌日に郷里の親友に宛てたとみられる書簡が見つかり、書簡には「自分たちが王妃を殺した」と経緯が詳しく記されており、研究者は「事件の詳細を解き明かす貴重な資料」と話しているということである。 書簡の差出人は当時現地の領事官補だった堀口九万一(ほりぐちくまいち)で、郷里新潟県中通(なかどおり)村(現長岡市)の親友で漢学者の武石貞松(たけいしていしょう)に宛てた1894年11月17日付から事件直後の95年10月18日付までの計8通が見つかったということである。 閔妃暗殺事件を知らない方のために補足する。日清戦争の講和条約(下関条約)(1895年4月17日)直後に起きた三国干渉を機に、ロシアを頼って日本を排除しようとしていた宮中の実力者であった閔妃を、元軍人で井上馨(いのうえかおる)の後任として朝鮮公使に着任した三浦梧楼(みうらごろう)が主導し、日本の軍人や外交官、警察官、民間人らか実行グループの中心となって起こした暗殺事件である。実行グループは1895年10月8日早朝、朝鮮王宮景福宮に乱入。朝鮮王朝第26代国王高宗(コジョン)の王妃閔妃を斬殺し、遺体を焼いた。 1876(明治9)年2月に日本と朝鮮王朝との問で締結された日朝修好条規は不平等条約で、日本の実行グループに朝鮮の裁判権は及ばず、事件翌年の1896(明治29)年1月14日、陸軍将校8人は広島第5師団の軍法会議で無罪に。三浦や堀口ら48人も、広島地裁の予審で同年1月20日に証拠不十分を理由に免訴となり、釈放されている。暗殺事件の中心人物である三浦梧楼はその後、枢密顧問官という要職を務めている。 閔妃暗殺事件は一国の王妃を暗殺するという国際的な大事件であるにもかかわらず、日本の学校教育の中では、ほとんど教えられていない。この暗殺事件のことは、韓国では必ず学校教育の中で教えられているということである。また、韓国では「閔妃」とは呼ばず、「明成皇后」と呼ばれている。 日韓友好も歴史的事実に謙虚に向き合うところから始めなければ、前進はしないと思われる。2021年12月10日 「週刊金曜日」 1357号 3ページ 「風速計-日本ではあまり教えられない明成皇后暗殺事件」から引用 日本の学校教育でほとんど教えられていないのは「閔妃暗殺事件」だけではなく、明治維新以降のアジアに対する加害行為のほとんどについて、言えるのではないかと思います。満州国という傀儡国家をでっち上げて、その政府で閣僚を務めた人物が戦後に日本の総理大臣になったという事実が、過去の戦争に対する反省が欠落していることを象徴しています。しかし、そういう戦争を担った人物がこの世を去り、その子孫も政界からいなくなれば、やがては日韓両国民が同じ目線で過去の出来事を理解する時代が来るのではないかと思います。そういう時代に備えて、学問の世界で史実に対する揺るぎない「定説」を確立しておくことは大事な仕事だと思います。
2021年12月16日
明治28年に日本の軍人や外交官らが共謀してソウルの朝鮮王宮に押し入り、王妃閔妃を殺害した前代未聞の凶悪殺人事件について、実行犯の一人である大使館員・堀口九万一が事件当時に親友に宛てて書いた書簡が発見されたと、11月16日の朝日新聞が報道している; 126年前の1895(明治28)年10月8日、日本の軍人らが朝鮮王妃を殺害した「閔妃(ミンビ)暗殺事件」で、実行グループの一員だった外交官が、事件翌日に郷里の親友に宛てたとみられる書簡が見つかった。「自分たちが王妃を殺した」と経緯が詳しく記されており、研究者は「事件の詳細を解き明かす貴重な資料」としている。 書簡の差出人は、現地の領事官補だった堀口九万一(くまいち)(1865~1945)。郷里、新潟県中通村(現・長岡市)の親友で漢学者の武石貞松に宛てた、1894年11月17日付から事件直後の95年10月18日付の計8通が見つかった。 名古屋市に住む切手や印紙の研究家、日系米国人スティーブ長谷川さん(77)が古物市場で入手し、「朝鮮王妃殺害と日本人」の著書がある歴史家、金文子(キムムンジャ)さんが毛筆の崩し字を判読した。手紙がもともと保管されていたとされる場所や記されていた内容、消印、封書の作りなどから、本人の真筆とみられる。 8通のうち6番目の書簡は、事件翌日の同年10月9日付で、現場で自分がとった行動を詳細に記していた。王宮に押し入った者のうち「進入は予の担任たり。塀を越え(中略)、漸(ようや)く奥御殿に達し、王妃を弑(しい)し申候(もうしそうろう)」(原文はひらがなとカタカナ交じりの旧字体。以下同)と、王宮の奥まで押し入り、閔妃を殺したことを打ち明けた。「存外容易にして、却(かえっ)てあっけに取られ申候」と、感想まで添えていた。 事件は日清戦争の講和から約半年後のこと。宮中の実力者だった閔妃は、講和直後に起きた三国干渉を機に、ロシアを頼って日本を排除しようとしていた。朝鮮公使に前月着任した長州藩出身の元軍人、三浦梧楼(ごろう)が主導し、実行グループは日本の外交官や警察官、民間人らだった。 金さんは「事件の細部や家族についての記述などからも、本人の真筆とみて間違いない。現役の外交官が任地の王妃の殺害に直接関与したと告げる文面に、改めて生々しい驚きを覚えた。いまだに不明な点が多い事件の細部を解き明かす鍵となる、価値の高い資料」と話す。◆手紙の記述、後年の釈明と矛盾 堀口のものとみられる書簡のうち、事件の直前と直後に記された文面からは、関係者らの後年の記述とは異なる事件の経過もうかがえる。 事件は、ロシアに頼って日本を排除しようとした宮中の実力者・閔妃を殺害するため、国王の父・大院君を担いだ「親日派」のクーデターを偽装し、警護の名目で襲撃部隊が宮中へ押し入る計画だったとされる。堀口はソウル郊外の別邸に住む大院君を王宮まで連れ出すため、襲撃前に大院君を説得する役も受け持っていたといわれている。 見つかった8通のうち、5番目は事件前日の10月7日付。堀口は「過日より大院君と往復し詩文書函(しょかん)の応対度々有之(たびたびこれあり)」(原文はひらがなとカタカナ混じりの旧字体。以下同)と、大院君から贈られた漢詩を披露。だが、詩の内容は「何の事やら不分明」と打ち明けている。大院君を「朝鮮大一(だいいち)の(第一の)老英雄、話せる人なり」「滑稽(こっけい)洒脱(しゃだつ)何とも申様(もうしよう)なき狸爺(たぬきじじい)なり」と論評し、「近きに一大乱騒あらん」とほのめかした。 「この漢詩のくだりは重要だ」と歴史家の金文子さんは指摘する。 堀口は約40年後の1930年代、事件を回顧した複数の随筆の中で、大院君が事前に決起の野心を打ち明けたとする漢詩3首を公表していた。「しかし、今回見つかった書簡の漢詩とは全く違う。堀口はじめ関係者らは事件後、大院君が首謀者だったと主張したが、その言説が虚構だと証明する有力な手がかりだ」 6番目の手紙では、自分たちが「閔妃を殺した」と親友に打ち明ける一方、堀口はその2日後の10月11日には上司に促され、当時の外務次官・原敬(後の首相)に私信で事件を報告した。この私信では、堀口は事件を実際に目撃したと述べ、大院君の連れ出しに加わったことも認める一方、暗殺の場面は「王妃逝く」と、第三者のような表現をしていた。 これまでの研究で、堀口が事件の実行グループに加わっていたことは知られる一方、王妃を実際に斬殺した人物は特定できていない。計画を事前に知らされず、事件の処理をした現地の内田定槌(さだつち)・一等領事は、事件当日に原へ送った手紙で、王妃を斬ったのは「某陸軍少尉」とした。他にも複数の名が挙がっている。 一行は、計画を実行後、暗いうちに引き上げる予定だったとされる。だが、大院君が連れ出しになかなか応じなかったことと、二手に分かれた実行グループが行き違いになったことから、襲撃は夜明け後となり、凶行後に立ち去る一団は大勢に目撃され、日本人の関与を隠せなくなった。だが、今回見つかった書簡には、そうした不手際への言及はない。 金さんは「事件に関与した日本人の手記は多数あるが、虚実を取り混ぜた粉飾の多いのが実態。今回見つかった書簡は信頼する故郷の友人へ宛てた私信だけに、さらなる検証は必要だが、信頼度は高いとみられる」と語る。(編集委員・永井靖二)◆事件の詳細解明へ「重要な鍵」-朝鮮半島との関係史に詳しい中塚明・奈良女子大学名誉教授(日本近代史)の話 昭和期との対比でとかく肯定的に語られがちな明治時代の日本軍だが、日清戦争も日露戦争も、朝鮮を侵略する過程で起きた。だが、現代の日本人にそんな認識は希薄だ。清やロシアへの勝利をうたった公刊戦史の陰で、日本が朝鮮半島で何をしたのか。閔妃暗殺事件も含め、その詳細を明らかにする研究はまだ緒に就いたばかりだ。事件から120年余を経て、当事者の手による一次資料が出てきた意味は大きい。彼らが現地の人々をどう見てどう振る舞ったのか伝える、重要な鍵になるだろう。<閔妃暗殺事件とは> 1895(明治28)年10月8日早朝、日本の軍人や外交官、民間人らが朝鮮王宮・景福宮へ乱入し、朝鮮王朝第26代国王・高宗(コジョン)の王妃・閔妃(ミンビ)(明成(ミョンソン)皇后)を斬殺、遺体は石油をかけて焼かれた。約半年前の4月23日、日清戦争で日本が清から得た遼東半島を露独仏の圧力で清に返還させられた「三国干渉」があり、これを機に朝鮮王朝内では日本の影響力が弱まり、ロシアを頼る動きが強まっていた。 隣国の王妃を宮中で殺害した行為を、現地の内田定槌(さだつち)・一等領事は「歴史上古今未曽有の凶悪」と、外務大臣臨時代理・西園寺公望への機密書簡に記した。不平等条約だった日朝修好条規の下、実行グループの日本人に朝鮮の裁判権は及ばず、翌年1月、陸軍将校8人は広島・第5師団の軍法会議で無罪。三浦や堀口ら48人も広島地裁の予審で証拠不十分を理由に免訴となり、釈放された。2021年11月16日 朝日新聞デジタル 「外交官『王妃殺した』と手紙に 126年前の閔妃暗殺事件で新資料」から引用 閔妃暗殺事件について、「あれは日本の軍人や外交官らが起こした犯罪だ」とツイッターに書くと、ネトウヨが「それはとんでもない間違いで、あれは大院君が首謀者となって起こした朝鮮王宮内の事件で日本は関係ない。裁判も行なわれて、70名からの犯人たちが刑に服した解決済みの事件だ」と、執拗な「反論」を受ける羽目になるが、上の記事が伝えるような新しい「史料」の発見と、それを基にした研究によって歴史の真実が明かされることを期待したいと思います。
2021年12月15日
野党側が共闘体制で臨んだ総選挙を、自民党側はどう受け止めていたのか、11月28日の「しんぶん赤旗」は次のように報道している; 今回の総選挙はどのような選挙だったのか-。メディアが「野党共闘は大失敗」などとキャンペーンしていますが、本当なのか。あらためて選挙戦をみてみると・・・。<田中倫夫記者> 「急告」「情勢緊迫-一票一票の獲得に全力を!!」 総選挙の公示(10月19日)直後の21日、1枚の文書が全国の自民党候補らに送られました。出したのは甘利明幹事長(当時)と遠藤利明選対委員長です。 「本日、マスコミ各社が一斉に序盤情勢に関する報道をしています。総合しますと、全国各地で多くのわが党候補者が当落を争う極めて緊迫した状況」「多数の選挙区で与野党一騎打ちの構図にあり・・・憂慮に堪えません」 野党が本格的な共闘で政権交代に挑んだ総選挙。与党の自民・公明両党は、小選挙区で多くの候補者が落ちるのではないか、最悪の場合、日本共産党が協力する政権が生まれるかもしれない、という危機感を持ちました。必死の野党共闘攻撃、なかでも日本共産党攻撃を展開し乗り切りを図りました。先の文書にはあけすけに書いています。 「この選挙が『(自公の)自由民主主義政権』か『共産主義(が参加する)政権』かの体制選択選挙であることが有権者の目に鮮明となっています」 コロナ対策の失敗、9年間の安倍・菅政治の数々の疑惑や政権私物化問題から有権者の目をそらしたい自民党。”体制選択選挙だ””外交・安保政策が違う立民と共産の選挙協力は野合だ”と幹事長だった甘利氏を先頭に各地で野党共闘攻撃、なかでも日本共産党攻撃を繰り広げました。 同24日投開票の参院静岡選挙区補欠選挙で敗北した自民党。25日には、岸田文雄首相、麻生太郎副総裁、甘利幹事長(当時)らが選対会議を開き、選挙後半戦に向け、巻き返しの方針を決めました。 「テコ入れを図る重点区を約30に絞ったほか、党幹部の遊説日程の確認などを」(「読売」10月26日付)しました。 東北地方の元農協幹部は証言します。 「総選挙の最後の週に状況は一変した。自民党は全国的にものすごい『動員』をかけ、農協の組織を締め付けた。野党の2、3倍は動いとった」 岸田首相が応援に入った一つが、衆院茨城6区。「野党勢力」の一本化候補と自民候補が激しく争っていました。◆5千円で動員 岸田首相が応援にかけつけた、つくば市でおこなわれた自民党候補の街頭演説(同26日)。一般社団法人「茨城県トラック協会」と住所や役員が同一の任意団体・茨城県運輸政策研究会は、日当5000円を払い、会員を街頭演説に動員していました。 県運輸政策研究会が選挙区内の石岡、土浦、常総3支部の支部長宛てに出した「業務連絡」。「自民党総裁岸田文雄氏 遊説への参加協力につきまして」との表題で、「参加者に対しまして、日当5000円/人をお支払いさせていただきます」と記されていました。 なりふり構わない野党共闘攻撃と日本共産党攻撃、さらに”カネ”が飛び交うほどの組織戦を展開した自民党。総選挙で与党は、前回(2017年)から比例票を150万票増やしたものの、議席は19減らしました。◆幹事長を打破 「共闘勢力」は、一本化した207小選挙区のうち59選挙区で勝利。現職幹事長だった甘利氏(比例復活)など自民党大臣経験者などが選挙区で次々に落選しました。一本化した候補が自民党候補に1万票以内の差まで迫り、惜敗したのは32選挙区にのぼります。◆自民衆院議員「どっちに転んでもおかしくない」 「やっぱり立憲民主党と共産党のいわゆる統一候補というのは、大変な脅威でした」(「報道1930」、4日放映)と語ったのは、自民党衆院議員の平将明氏(東京4区、元内閣府副大臣)。「今までと緊張感が違う。最後競り勝ちましたけれど、どっちに転んでも不思議はなかった。ぎりぎりのところで(全国の)30選挙区でたまたまわれわれが勝てたということです」「1つの選挙区で選択肢が2つしかないというのはすごいやっぱり怖い」と”告白”します。 自民党の世耕弘成参院幹事長も記者会見(2日)でこうのべました。 「野党が候補者を多くの選挙区で絞ったことは一定の効果はあった」 「野党共闘は失敗」というメディアも、冷静に選挙結果を分析すれば野党共闘に効果があったことは認めざるを得ません。 「日経」3日付は「自民、目立つ薄氷の勝利」、「読売」4日付も「自民当選者 2割が辛勝」と報じました。 「読売」24日付は「自民、辛勝選挙区分析へ」「参院選警戒」の見出しを掲げ、次のように書きました。「約2割の34選挙区は、2位候補との得票率の差が5ポイント未満の僅差だった」「辛勝の小選挙区を落としていれば、単独過半数(233)も割っていた可能性がある」 自民党元閣僚はいいます。「なりふりかまわず、共産党バッシングと組織戦で選挙を乗り切っだので、決して安泰ではない。一つ間違えば政権から転がり落ちる恐れがあった」 しかし野党共闘の脅威を自民党幹部は表立って口にしません。自民党本部関係者は本音を明かします。 「そりゃそうでしょう。『野党共闘が効果あった』とか『恐ろしかった』とか公に言うと、野党が『それなら野党共闘をどんどんやろう』ということになりかねない。だからメディアが『野党共闘が効果なかった』『失敗した』とキャンペーンを張っていることに、私たちは感謝していますよ」2021年11月28日 「しんぶん赤旗」 日曜版 4ページ「野党共闘に自民は恐怖心」から引用 この記事からは自民党の並々ならぬ危機感が伝わるような気がします。農協の組織を締め付け、建設業界にはカネを払ってまで動員をかけるというなりふり構わない必至の取組みには「迫力」を感じます。それに比べると、野党側は共闘態勢で闘ったとは言え、全体としてお行儀のよい、決して後ろ指指されるようなことはしない「優等生」みたいな印象で、お上品なのは結構ですが、抜け目なく票をかっさらうというような「迫力」に欠けていたのが、自民党に勝てなかった原因なのではないでしょうか。立憲民主党も共産党も、地に足をつけた頼もしい政党になってほしいと思います。
2021年12月14日
東京新聞・望月衣朔子記者は今年の衆議院選挙について、先日発売になった月刊「創」に次のように書いている; 衆院選は自民の勝利で終わった。岸田文雄首相は、総裁選からのスピード解散で、安倍‐菅政権の「負の遺産」への批判をかわし、目先を変えることに成功した。事前予測を大きく上回る議席を得て、与党で絶対安定多数を確保する一方、共産・れいわ・社民・国民と選挙区の候補者調整をした野党第一党の立憲は議席を減らし、枝野幸男代表は辞任に追い込まれた。 共闘は成功か失敗か――。今回の総選挙で野党が突きっけられた課題だ。立憲の一部議員からは「説明が届かなかった」「共産アレルギーでそっぽを向かれた」という声も聞かれる。読売新聞によると、候補者を一本化した160選挙区で野党の勝率は28%。確かに高くない。 だが詳細をみると、立憲は選挙区で9議席増やした。さらに、次点との得票率差が5ポイント未満の「辛勝」の自民候補は34人もいる。これは「風」次第で簡単にひっくり返る僅差で、与党にとって野党一本化が脅威なのは間違いない。一方、議席を62から39と大きく減らした比例区をどうみるか。野党共闘への拒否感が原因かといえば疑問だ。政党支持率からみれば「実力相当」で、むしろ選挙区が健闘したといえる。 では、野党はどうすれば勝てるのか。「政党支持率を上げる」「地方議員の少なさと支持基盤の弱さを克服する」というのは言うほど簡単ではない。地方議員数や組織力で与党を上回ることはにわかに難しい。「風」を待っていては、いつまでも政権は取れない。 ヒントは、一本化した野党が競り勝った選挙区にあるかもしれない。派閥領袖(りょうしゅう)の石原仲晃氏を破った東京8区の吉田晴美氏や、自民幹事長の甘利明氏に競り勝った神奈川13区の太栄志氏で共通しているのは「みんながよく知る自民ベテランV.S.立憲新顔」という、わかりやすい構図だった。 東京8区は、れいわの山本太郎代表の立候補表明と断念の経緯が報じられ、全国的に注目を浴びた。神奈川13区は、「政治とカネ」で追及された甘利氏が幹事長に就任したことで、あらためて関心を集めた。ニュースを通じて、吉田氏や太氏の存在を初めて知った人も多いだろう。もちろん、太氏は2015年、古田氏は16年からそれぞれ選挙区で支部長を務め、自民候補以上に丹念に支援者を回っていたのは問違いない。その地道な努力は注目されれば輝きを増す。話題を創出し、ムーブメントを起こすことは強みだ。 もう一つ、今回の選挙区で特徴的だったのは、ベテラン議員の落選だ。自民は石原氏や甘利氏のほか、当選8回の原田義昭氏や、在職50年を目前にしていた野田毅氏も落選した。与党だけでない。岩手では、小選挙区で負けることのなかった小沢一郎氏が落選。茨城では、14回連続当選の中村喜四郎氏も負けた(2人とも比例復活)。大阪では、立憲副代表の辻元清美氏と、鳩山内閣で官房長官をつとめた平野博文氏が落選した。この大阪の2人は、維新への追い風が強く吹いたことで、復活当選もかなわなかった。 長期政権が続くなか、与野党ともに有権者が求めたのは、新鮮な顔ぶれによる政治の変化だったのではないか。自民は新総裁が誕生したばかり。維新も橋下徹元大阪市長が引退、松井一郎市長も引退を予告する一方、吉村洋文・大阪府知事が全面に出てメディアを活用し、「刷新感」「やってまっせ感」のアピールも余念がない。 この点、立憲は出遅れたかもしれない。枝野氏は政策に精通し、安定感と知名度も党内随一だ。一方で「枝野立て」から4年が経ち、新鮮昧は失われつつあった。民主政権時代の官房長官のイメージも根強い。公明や共産など固定支持層がいる政党は別として、「トップの顔が変わっていない」という負のイメージを今回、最も受けやすかったのが立憲だった。 枝野氏の辞任を受けて、立憲民主党は結党後初となる、一般党員も参加する「フルスベック」代表選を行う。泉健太政務調査会長と逢坂誠二元総理大臣補佐官がまず名乗り出て、西村智奈美元厚生労働副大臣と小川淳也国会対策副委員長が続いた。いずれも知名度は高くないが、フレッシュな顔ぶれだ。 安定感では泉氏や逢坂氏だろう。西村氏の受け答えもクレバーだ。だが、話題性でいえば、粗削りながら小川氏に勢いがある。ドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」が注目を集め、総選挙では平井卓也デジタル相を破った。実際、代表選の現場を取材していて驚いたのは、小川氏が名乗り出てから、急にテレビカメラの数が増えたことだ。立憲にとって代表選は世代交代と人材のアピールとともに、参院選に向け、党の刷新と無党派層を巻き込んだムーブメントを起こすチャンスだろう。 岸田政権は宏池会=穏健保守の色合いが強いといわれる。それだけに、野党は安倍‐菅政権のように、強権政治への批判だけでは厳しくなる。自民に代わり、41議席を獲得して躍進した維新が、改憲主義や新自由主義の受け皿となる可能性もある。参院選に向け、各政党とも戦略の練り直しは喫緊の課題だ。月刊「創」 2022年1月号 78ページ 「望月衣朔子の『現場発』-野党共闘は成功か失敗か」から引用 この記事はこのたびの選挙結果を鋭く分析した優れた記事のように思います。野党側が選挙区で着実に議席を増やしていることを見落とさず、しかし比例区で振るわなかったのは政党支持率からいって妥当な議席数なのであって、トータルで議席を減らしたとは言え、野党共闘の結果は明らかに「成功」であって、後はもう少し「風」が吹けば十分に勝っていた可能性がある、という見立てはその通りだったと思います。また、そのような分析から導かれる「有権者は新鮮な顔ぶれによる政治の変化を求めていたのではないか」という推論も当たっていると思われます。自民党はその辺の「感覚」を事前に察知していち早く「選挙の顔」をすげ替えたのは、これは明らかに自民党の作戦勝ちであったわけで、次の選挙までには野党側も、そういう「選挙のプロ」を育成して参議院を野党優勢の状態に持ち込み、参議院本来の機能を遺憾なく発揮できる体制にするべきと思います。
2021年12月13日
本年秋の総選挙の結果について、政治評論家で日本記者クラブ会員の本澤二郎氏は11月28日の「しんぶん赤旗」で次のような見解を述べている; 今回の総選挙は自民党にとって、薄氷を踏むたたかいだったことは間違いありません。 わずか1年ほどの間に安倍晋三氏、菅義偉氏と首相が2人も続けて政権を放り出すという異常事態です。通常ならそれだけで政権交代が起きても不思議ではありません。野党が「政権交代」を選挙のテーマとして訴えたのはまったく正しいと思います。 しかし、いざ「政権を追われる」ことが目の前にぶら下がった自民党はなりふりかまわず、どんな手でも使いました。 一つは考えられないような「短期決戦」「奇襲」です。まず岸田新内閣をつくったのに、国会での追及を避けるため、予算委員会も開きませんでした。国民に考える時間を与えないうちに、新しい看板で「目くらまし」をして逃げ切ってしまおうという狙いからです。 自民党は政党助成金で170億円、企業・団体献金で24億円の巨額の資金を持っています。この多くをテレビCMや宣伝費などで選挙にぶち込む。まさにカネまみれの選挙です。だから、支援団体までも街頭演説会の動員に「日当」を出すようなことをするのです。 大手メディアは自民党を助けています。自民党総裁選を大々的に報じながら、総選挙中はまともに選挙の争点を掘り下げない、深めない。だから投票率が低いままなんです。 自民党が議席を減らしたものの単独過半数を維持すると今度は、「野党共闘は失敗した」と大合唱しています。いったい自分たちの責任をどう考えているのか。 野党共闘は、絶対にやめてはいけません。野党共闘をしていなければ、幹事長だった甘利明さんをはじめ自民大物の落選はなかったし、自民党は大勝ちしていたでしょう。 野党共闘がうまく機能しなかったところを改善し、政権交代に挑戦すべきです。 私は無党派ですが、今回は比例も小選挙区も共産党に入れました。政党の中で一番、言っていることがまともだからです。共産党には野党共闘をさらに進めてほしい。改憲を阻止し、原発を廃止することを期待しています。2020年11月28日 「しんぶん赤旗」 日曜版 5ページ 「自民党を助けた大手メディア」から引用 この記事は、実に世の中の真実を突いていると思います。今回の選挙は自民党にとって「薄氷を踏むたたかい」でした。事前の世論調査でも、与党はかなり危ないという「結果」が出たため、日頃から政府与党と癒着している大手メディアの危機感は大変なものだったと推測されます。そこで総選挙直前の「自民党総裁選」は連日、鳴り物入りで候補者をテレビ出演に引っ張り出し盛大に盛り上げて宣伝し、いざ総選挙が始まると、野党候補の「や」の字も放送しない。このようにして「薄氷の上」でなんとか与党勝利にこぎ着けた「癒着した大手メディア」は目的を達成したとは言え、それは果たして私たちの社会が発展する上で役に立つ「働き」だったと言えるでしょうか? この記事でもう一つ、真実を突いている文言は「自民党はなりふりかまわず、どんな手でも使った」という指摘です。私が思うに、自民党が「どんな手」でも使うのですから、対抗上は立憲民主党も共産党も似たような「手」を使えばいいのに、何故か野党は「お利口さん」ぶっておとなしく振る舞う。だから、何時まで経っても勝てないのではないかと思います。おそらくメディアは、野党がいつも与党の不正を批判していることをタテにとって、野党のちょっとしたコトを「普段は立派そうなことを言ってるのに、自分だって○○じゃないか」という紋切り型の批判に晒されることを恐れているのではないかと思いますが、自民党の諸君のように、そんな「批判」には耳を貸さずに「勝ってしまえばこっちのもんサ」とばかりに、自民党があっと驚くような奇策をどんどんやっていくべきではないかと思います。
2021年12月12日
ノーベル文学賞を始め世界の有名な文学賞が相次いでアフリカの作家に贈られたことについて、エッセイストの師岡カリーマ氏は11月27日の東京新聞コラムに、次のように書いている; この秋、文学の世界では、アフリカの当たり年という感じだ。ノーベル文学賞は、ザンジバル生まれのアブドゥルラザク・グルナが受賞。英国文学界で最も権威あるブッカー賞には、南アフリカのデイモン・ガルグットによる『約束』が選ばれ、同じ頃にはセネガルのモハメド・ムブガー・サールがフランスのゴンクール賞を受賞した。 早速、3人の小説を注文して楽しみにしている。どれも優れた作品に違いなく、ヨーロッパの文壇がアフリカ人の声と物語に耳を傾けるのは素晴らしい。 同時に、受賞理由や作品の紹介を見ると、その多くが黒人差別や移民、宗教原理主義を含め、何らかの形で植民地時代の亡霊と関わっているのがわかる。西洋人がそれらに惹(ひ)かれるのは、自らの歴史を見つめ直し、偏見を正したいといった誠実な意図があると思うが、そこに自らを映す鏡を求めていることには変わりない。『ハーレムの少女ファティマ』の邦訳がある北アフリカ・モロッコの作家F・メルニーシーが存命なら、その辺にも「西洋人のナルシシズム」を指摘しただろうか。 「アフリカ」の一言で括(くく)られがちな大陸だが、文化も歴史も多様だ。ポスト・コロニアリズムの文脈から離れて、英語や仏語などではないアフリカ独自の言葉で語られる、どこにでもいる普通の人々の物語も、魅力的に違いない。(文筆家)2021年11月27日 東京新聞朝刊 29ページ 「本音のコラム-アフリカの文学」から引用 西欧の人々がアフリカの文学に惹かれるのは、自らの歴史を見つめ直し、偏見を正したいという誠実な意図があるからだ、と筆者は書いている。歴史を見つめ直し、偏見を正すというのは大事なことで、「あの戦争は大東亜戦争と呼ぶもので、あの戦争でアジアの多くの植民地が解放された」などというデタラメな言説が飛び交う社会ではどうにもなりません。西欧のマネをして隣国を植民地支配した「過去」から、私たちは目を背けるべきではありません。
2021年12月11日
総務省が先月26日に2020年度の政治資金収支報告書を公開したことに関連して、駒沢大学教授の富崎隆氏が27日の東京新聞に、次のように書いている; 2020年は、新型コロナウイルスと緊急事態宣言で政治活動もさまざまな制約を受け、主要な国政選挙も実施されない異例の年であった。発表された政治資金収支報告書(中央分)では、19年と比較し収入総額が5・6%減、支出が21・7%減となった。一方で、元法相の公選法違反事件で有罪判決が確定。第二次安倍内閣以降、政治資金問題による閣僚辞任は6人に上った。国民の「政治とカネ」に関する不信は強いものがある。 そうした中、21年6月に自民党の二階俊博幹事長(当時)が「政治とカネはずいぶんきれいになってきている」と発言して物議を醸した。 事実だけ言えば、二階氏の発言は必ずしも誤りではない。きれいになったかの判定は難しいが、政治資金総額の減少傾向は明らかで、支出は1990年の1878億円をピークにおおむね半減した。他の民主制各国で国内総生産(GDP)成長を上回る「政治資金のインフレ」が一般的な中では、異例である。億単位のカネが飛び交った55年体制下と比較し、近年の政治におけるカネの流通量は小さくなった。選挙買収件数も減少、選挙運動も55年体制時よりは浄化されてきた。90年代の政治改革以降、日本の民主制は「金権政治」からの脱却を一定程度実現している。 しかし、時代は進み、有権者の意識も変化した。有権者の不信は個々のスキャンダル報道への反応といった面もあるが、よりマクロにいえば、他の先進民主制各国と比較し、日本の民主政治でのこの種の問題状況が今もって不透明で、さらに現代世界の変化にも対応できていない、という評価であるとみるべきだ。そして、それは事実であり、その意味で、二階氏の見識は時代錯誤である。 では、どうすれば良いのであろうか。原因を個々の政治家の自覚に帰する議論も散見されるが、それには無理がある。制度上・構造上の大きな不備に取り組まない限り、問題の改善・解決には至らない。重要な点を2つだけ挙げておく。(1)透明性・公私の区別の不徹底(2)公選法と政治資金規正法の不整合-である。 (1)について、政治資金の現金授受がいまだに容認されている点は看過できない。現金授受を原則禁止することで、資金の透明化と公私峻別の徹底に踏み出す時期に来ている。併せて(2)も、もはや放置できない。特に政治資金と選挙資金を法的に区別することの無意味性と欺瞞(ぎまん)には驚かされる。 公選法の選挙運動規定は、戦前の政党政治弾圧法規の痕跡が残存しているだけでなく、いわゆる選挙資金の上限規制を含めルールが複雑で曖昧、非現実的であり、抜け穴的な行為や検察の恣意的立件を誘発しかねない。現状がいかに危険であるかを認識すべきで、民主政治の根幹に関わる問題だ。規正法と公選法の一体改革が不可欠である。そして、資金監査機構の整備や政党助成金の削減、ネット申告・公開などを含めた改革により、日本の民主制をいわばバージョンアップする意気込みが求められる。 政治資金は「民主政治の血液」とされる。「政治とカネ」の現状は55年体制時より幾分マシとなったが、新時代において至る所で「動脈硬化」を引き起こしている。事は不祥事議員だけの問題でも自民党だけの問題でもない。日本の民主政治・政党政治全体の問題であるという点を、与野党が自覚すべきだ。 前回の政治改革から四半世紀、評者自身は、抜本改革への機は熟していると考えている。<とみさき・たかし> 1965年生まれ。兵庫県出身。慶應義塾大学大学院修了。2010年から現職。2021年11月27日 東京新聞朝刊 27ページ 「資金の不透明性 看過できない」から引用 この記事はなかなか興味深い情報を提供してくれている。政治資金規正法が一定の効果を上げて、買収事件も減少し選挙中に動くカネも半減したと聞くと、何となく安心しますが、しかし、現行の公職選挙法は戦前の政党活動を弾圧した時代の痕跡を残しており、恣意的に運用すれば再び政党活動を弾圧できるとなると、これは下手をするとミャンマー並みの民主主義の危機もあり得るわけで、可及的速やかに改善する必要があると思います。今年の衆院選・新潟選挙区で落選した泉田候補も、選挙戦に入る直前に自民党新潟県連所属の県議から法外な金を要求されて、断ったら酷い目にあったとのことで、そういうことをする県議を県連から除名するように要求した所、県連長岡支部からは「泉田議員こそ、愛党精神に欠けるから除名するべきだ」と反撃されるという事態になっており、やはり「現金授受の禁止」はこういう泥仕合をなくすためにも必要だと思います。しかし、不祥事を告発することは「愛党精神に欠ける」態度なのだろうか、という疑問は残ります。少々の不都合があっても黙っているのが「愛党精神」だというのは、如何なものかと思います。
2021年12月10日
国民が公文書の開示を請求したときに当該文書を黒塗りにして「開示」するのは実質的に「不開示」であり、違法であると総務相の情報公開に関する審査会が結論づけたことについて、前文科官僚の前川喜平氏は11月21日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 森友問題に関する公文書を改竄(かいざん)させられ自殺した赤木俊夫さんの公務災害補償関係文書を、人事院が11月8日やっと妻の雅子さんに開示した。 雅子さんが開示請求をしたのは2年以上も前の2019年9月だ。人事院は同年12月、約70ページの文書を「開示」したが、大部分を具体的な理由を示さず黒塗り(つまり不開示)にした。これに対し雅子さんが審査請求を行い、総務省の情報公開に関する審査会が今年9月「不開示は違法」と結論づけたため、人事院は黒塗り部分の開示に応じたのだ。 問題は、そもそもなぜ人事院は19年当時大部分を不開示にしたのかだ。不開示の理由がないことは人事院も十分承知していただろう。それでも不開示にした背景には当時の安倍官邸との関係が疑われる。人事院側か忖度(そんたく)したのか、官邸から指示されたのか・・・。 人事院は3人の人事官(うち一人が総裁)からなる合議制の独立機関だ。内閣の所轄の下にあるが、内閣の指揮命令は受けない。それは人事行政の政治的中立性を確保するためだ。しかし人事院が独立性や中立性を失っていることは、20年2月に人事院が国家公務員法の解釈を曲げ、黒川東京高検検事長(当時)の勤務延長を認めた時に露呈した。今回の文書開示の経緯も、近年の人事院の堕落を示す一事例と言えるだろう。(現代教育行政研究会代表)2021年11月21日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-人事院の堕落」から引用 人事院がまともに機能していないことは、この記事が述べる通りである。人事院がどのような経緯で赤木雅子氏に開示する文書を「黒塗り」にしたのか、メディアは調べて報道するべきであり、問題点を明らかにして、国会が再発防止策を講じるべきであるが、新聞もテレビも「今まで黒塗りだった部分を開示した」と小さく報じただけで、問題の所在については一切口を閉じたままで、いまだに誰かを忖度している模様である。メディアが本来の「使命」を果たさなくなれば、社会の腐敗は一層進み、生産性は低下し、結果的に国力の衰退を招く。国民は考え直すべき時点にさしかかっている。
2021年12月09日
与党が少々の議席を減らしたとは言え、安定多数を確保した衆院選の結果について、東京大学教授の宇野重規氏は11月21日の東京新聞コラムに次のように書いている; 衆院選は思いがけない結果となった。野党共闘で勢力を拡大すると考えられた立憲民主党と共産党が議席を減らし、大幅な議席減も予想された与党・自民党と公明党は絶対安定多数を維持した。各党の議席減少の受け皿となったのは日本維新の会であった。 結果として大きなダメージを受けたのは立憲民主党である。枝野幸男代表が辞任し、新代表の下で党再生の戦略を描くこととなった。「リベラルの敗北」との声も上がるなか、党のよって立つ基盤そのものを立て直すことが急務となる。とはいえ、代表選を通じてむしろ党内の亀裂が拡大するとの見方もあり、前途多難である。 それでは「リベラル再生」の鍵はどこにあるか。元々の意味にさかのぼって考えたい。 第一は「思想の自由」である。リベラルが党派を示すようになる以前、この言葉は「おおらか」や「心が広い」を意味する形容詞であった。宗教戦争のあったヨーロッパにおいて、多様な考え方を認め、対立する立場とも対話していく精神を意味したのがリベラルである。リベラルにまず求められるのは、多様な人々と共に議論を続けていく開かれた姿勢である。 その意味では、現代日本のリベラル勢力再結集に求められるのも、単なる与党批判にとどまらず、保守でありながら現状に不満を持つ勢力、社会のあり方を合理化したいと考える改革勢力との幅広い連携の構築である。その場合、多様な立場をつなぐ政策や理念が不可欠なだけでなく、違いを認め合う寛容の精神、多様性をむしろエネルギーとする柔軟性が必要となる。 第二は「地域の自立」である。伝統的にリベラルを支えたのは中央集権化に抗し、地域の個性や自立性を重視する精神であった。リベラルが嫌うのは画一性や上からの強制であり、地域の実情に合わせ、それぞれに固有のあり方を尊重することが課題となる。分権や自治がしばしばリベラルの重要テーマになったのは偶然ではない。 現代日本においても、地方分権改革は未完であり、むしろ再集権化の動きも見られる。今回の野党共闘が期待通りの成果を上げられなかったとすれば、その一因は地域ごとの多様性が十分尊重されなかったことにあるかもしれない。選挙を支える人々や有権者とあらためて向き合い、地域ごとの共闘のあり方を考えるべきであろう。 第三は「経済の自由」である。歴史的に見れば、リベラルは経済活動の拡大とともにその勢力を拡大してきた。20世紀以降、リベラルは労働者の権利保護や社会保障充実の見地から市場メカニズムの制御に力を入れてきたが、国家から自立した民間の活力や、多様な担い手による自由な経済活動を完全に無視してはリベラルの自己否定となる。 その意味で現代のリベラルに求められるのは、公共サービスの充実と同時に、新たなイノベーション創出のための充実した経済政策である。弱者切り捨てや格差拡大を憎むあまり、民間のイニシアチブや経済のダイナミズムを否定してはならない。セーフティーネットの整備と自由で公正な経済の両立を目指すリベラル固有の経済政策が欲しい。 「思想の自由」、「地域の自立」、「経済の自由」というリベラルの原点に立ち戻り、その現代的再生に期待したい。2021年11月21日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-リベラル再生の鍵」から引用 この記事は冒頭に「衆院選は思いがけない結果となった」と書いており、少し驚いた。宇野氏がそのように感じたということは、衆院選に対してそんなに「入れ込んで」はおらず、学者らしく極めて冷静に選挙の行方を観察していたのだということを示しているように、思います。私の場合は、数々の不正や隠ぺい、公文書の書き換えや行政の私物化等の問題があることから、政権交代は必須であると考えておりましたが、その割にはメディアがそういう問題に一切言及せず、自民党総裁選だけを華々しく報道して衆院選には一切触れない、という具合に世論を誘導して与党のダメージを最小限に止めたのであり、こういう「結果」は安倍政権の8年間にも繰り返されたことで、今回も同じ事の繰り返しだったように思われます。しかし、ここに宇野氏が列挙したように、私たちは一度リベラルの「本義」に立ち返って戦略を練り直すことも、今後のために必要な作業かも知れません。
2021年12月08日

出版不況にもめげずに売れ行きが好調と言われる武田砂鉄著「マチズモを削り取れ」(集英社刊)について、11月21日の「しんぶん赤旗」は、次のような著者紹介の記事を掲載している; 「政治や社会の問題をたどっていくと、ジェンダー不平等とリンクすることが多い」。ライターの武田砂鉄さんはそう話します。新刊『マチスモを削り取れ』では、日常にねりこまれた性差別をつぶさに観察し、政治や社会に物申します。<湯浅葉子記者>◆ジェンダー平等は基本的人権 マチスモとはスペイン語のマッチョ(男らしい男)が変化した言葉で、「男性優位主義」のことです。 「今回の衆議院選挙では、ジェンダーの問題がだいぶ議論されましたよね。しかし一部のメディアは、野党共闘がジェンダーを大きなテーマに据えたことについて、『ジェンダーでは勝てない』『票に反映されなかった』などと書いています。でもジェンダー平等って基本的人権ですよね。選挙だけでなく、あらゆる政治の局面で言い続けないといけない。ジェンダーを争点にせざるを得ない状況にある、ということを理解していない人が多い」 本書では、女性編集者から投げかけられた怒りや問いかけをもとに、武田さんが実際に街に出かけるなどして観察・取材し、考えます。お題は「街を歩くだけでも女性は恐怖を抱える」「男性同士の会話から女性は排除され、存在を消される」などさまざまです。 駅で女性をねらってぶつかる男性の姿を通して、公共空間でわが物顔でふるまう男性のマチスモを目の当たりにしました。 男性ばかりが会話の主導権を握る背景には、主体的な女性を嫌悪する価値観があることに気づきます。マナー書をめくれば、女性は「聞き上手であれ」「自己主張するな」。会議や会話で男性だけが長々と話していたら、「なじまねえよ!」とばかりに会話を遮るなどして「会話を奪う」ことがマチスモを削り取るのに有効だ、と指摘するくだりは痛快です。 「いま、経済的にも精神的にもギリギリで暮らしている人がたくさんいます。これ以上考えたり状況を変えたりする余力がない人も多い。すると、社会のシステムを握っている人たちは『これでいい』と思ってしまう。そうさせないために、暮らしの中の『これはおかしいな』というものに気づいてもらうことは、有意義だと思ったんです。身近な問題を考えることで、マチスモを維持したがる人や組織は誰だろう? と想像しやすくなるのでは」◆まずい事指摘は当然、「火事は消す」と一緒 ジェンダーを題材にした初の著書。武田さんにとって、ジェンダーを語るのは自然な流れでした。 「いま権力を持つ人は圧倒的に男性です。コロナ禍でも、非正規雇用の女性が最初に首を切られました。社会が困難に直面した時、真っ先に権利をはく奪されるのが女性だということは明らかです。『これまずくないですか』と問いかけるのは、『家が燃えていたら消火器で火を消す』くらいに当然のことです」 「男性はジェンダーを語りにくい」「男性なのによく書きましたね」としばしば言われるといいます。しかし、「自分に思い当たる節があっても、それを受け止めつつ、苦言を呈していいと思う。目の前でマチスモを発動している男性がいたらやめさせる。シンプルです。女性の隣に並んで肩を組む資格がある・なしではなく、男性として男性の問題を考えたい」と気負いません。◆意見言わないと政治家は野放しに 権力や社会の風潮を疑い、個人を抑圧するものへの違和感を発信し続けます。「一回一回立ち止まって考えるのは、面倒くさいですよ」と苦笑い。 「以前、絵本作家の五味太郎さんが『現代人は、反応はするけど考えないんだよな』とおっしゃっていました。与えられたものや常識自体を『それってどうだろう?』と考えない人が多い。でも違和感を覚えた時に、流されずに考えないと、自分がわからなくなる。波風立てずに暮らすのが良きこと、という風潮はとても嫌ですね。個人が意見を言わなくなると、五輪を強行したり説明責任を果たさなかったりする政治家がぬくぬくと維持されてしまう。『俺がやりたいようにやるんだ』という、マチスモの超典型例です」 反骨の気質は、母方の親族の影響が「すごく大きい」といいます。 東京の下町で90代まで下着屋を営んだ祖母。そして伯母と母。「3人とも口が悪く、テレビを見てはいろんな人を批判しまくっていました。おかしいことはおかしいと言い、間違ったことは間違っていると言う。『あなたはどうなの?』とよく言われていました」 中学、高校の運動部では、年上というだけで理不尽な方針をぶつけてくる上級生に反発し、逆に「うまくなってたまるか」と自分を鼓舞したそう。「政治家にちゃちゃを入れている今も変わりません」と。 改憲論議にも一言。 「政治には、市民と政治家の信頼が必要です。いま、それが完全に崩れている。与党は森友学園や『桜を見る会』などの疑惑に、いまだにまともに答えていません。私たちのお金をちょろまかす人たちに改憲を議論する資格はない。テーブルにつく以前の話です。まずは答えてください」<たけだ・さてつ> 1982年、東京生まれ。出版社勤務を経て、ライターに。著書に『紋切型社会一言葉で固まる現代を解きほぐす』『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』など。「しんぶん赤旗」日刊紙で「武田砂鉄のいかがなものか!?プラス」を連載中2021年11月21日 「しんぶん赤旗」 日曜版 3ページ 「マチズモ=『男性優位主義』、維持したがっている人は誰?」から引用 多分、人類の歴史が始まって以来この方、世の中は男性中心に運営されてきており「男性が『主』であり女性は『従』だ」という価値観が社会の隅々まで行き渡っている、そういう環境で長らく暮らしていると、ここに来て急に「ジェンダー平等」と言われても、確かに理屈ではその通りなのだが、長年の習慣(?)でうっかり話し相手の女性を見下すような表現をしてしまうことは多々あります。そういうことを、「しょうがない」と言って諦めたりしないで、ジェンダー平等という「理想」を目指して、一歩一歩努力を積み重ねていきたいと思います。
2021年12月07日
山ほどの疑惑を抱えながら病気を騙って政権を投げ出した安倍晋三議員が、このたび派閥の会長に就任したことを、11月21日の神奈川新聞が痛烈に批判している; 安倍晋三元首相が自民党最大派閥に復帰し、会長に就任した。数の力を頼りに時の政権の人事、政策に堂々と口を挟める立場となる。通算在職3千日を超える憲政史上最長の政権を築いた人が、まだやり足りないのか。「大宰相」は「闇将軍」になるべきではない。 派閥とは本来、首相を目指す「親分」が、自らを押し上げる「子分」を集め養う集団だ。森喜朗、麻生太郎両氏ら首相経験者が派閥会長に戻った例は過去にもあるが、多くは短期政権の「不完全燃焼」で、あわよくば返り咲きを狙うような人たちだった。歴史的長期政権を終え、再登板を否定する安倍氏が「1強」と言われる影響力を保持して何をしたいのか。 ロッキード事件で逮捕された田中角栄元首相は自らの派閥を維持拡大し、複数の首相のキングメーカーとなって陰から政治を牛耳った。国民の負託を受けた公職ポストでもない闇将軍は、判断ミスにも責任を問われず引責辞任もない。国会に呼ばれて説明する義務も当然ない。故に数の力がある限りその「支配」が続く。とてもではないが民主主義とは相いれない。 安倍氏を巡っては、国有地が8億円余り値引きして売却された森友学園問題で、安倍氏の妻らが関わる記述を削除する財務省決裁文書改ざんが発覚した。実行を強いられ自殺した近畿財務局元職員の遺族が損害賠償を求めて訴訟を起こし、政府に再調査を求めている。 安倍氏の後援会が「桜を見る会」前日に主催した夕食会の費用補填問題でも、公選法違反容疑で告発され不起訴となった安倍氏に対し、東京第1検察審査会が一部を「不起訴不当」とし、東京地検特捜部が再捜査中だ。 これらに関し説明責任から逃げてきた安倍氏が、そのまま隠然たる権力の行使者になろうとしている。かつての角栄氏のように実力者であり続けることで司法の動きをけん制する意図まであるなら論外と言うほかない。 岸田政権誕生までの経緯でも、安倍氏は菅義偉前首相の衆院解散権、人事権の行使に立ちふさがり退陣に至らせた。後継選びの党総裁選では無派閥の高市早苗氏を支持して国会議員票2位に押し上げ、新閣僚、党幹部人事にも影響力を発揮した。権力行使が自己目的化しまるでゲーム感覚だ。 在職5年半で退任した小泉純一郎元首相は派閥へは戻らず、「全力でやった。今まで以上の活躍は無理」と次の衆院選にも出馬しないで政界を引退した。3代続く世襲政治家である安倍氏には「家業」同然かもしれないが、国会の議席は公器だ。頂点を極めた人は、たとえやり残したことがあったとしても潔く、誇り高く後景に退くべきだ。(共同通信論説委員・古口健二)2021年11月21日 神奈川新聞朝刊 10ページ 「核心評論-まだやり足りないのか」から引用 神奈川新聞の安倍批判は、国民感情に照らしても当然の「正論」である。憲政史上最長の政権というレガシーを得たのであれば、それに相応しい余生を余裕をもって過ごすのが処世の作法というものであるが、安倍晋三という人物にあっては子どもの頃からの「ウソはつき放題」「やりたいことのやり放題」という行動様式は変わっていないようである。小泉純一郎氏も首相在任中は靖国神社参拝を強行して国際社会の批判を浴びたが、首相としての言動に安部氏のような「疑惑」が生じることはなく、首相退任後はさっと身を引くという潔さを見ると、安倍氏よりは数段上の「人格者」のように見えてくるから不思議である。
2021年12月06日

ある日のツイッターに、評論家の町山智浩氏が次のように投稿した; 町山氏は「彼らが教授でいることを、どうして学生たちは許しているのか」と言ってるが、町山氏や我々が学生だった頃と今とでは時代が違うということだと思います。今の学生たちは、小学校時代から型にはまった画一的な授業で統一されて、周りと合わせることを要求されて育っており、独自の個性を発揮したり自主的な判断で行動することを慎むように仕向けられて育ってます。だから、近所の小中学校の運動会や卒業式などに招かれて行くと「在校生の贈る言葉」とか「卒業生謝辞」などは、それぞれ数十人の生徒がステージに整列して、リーダーの生徒の発声で大勢の生徒が唱和する、それは見事な「マスゲーム」(今の人たちは、こういう言葉は使わないが)を披露してくれますが、そういう大人に指導された集団行動は一糸乱れずにできるが、自主的な行動となるとまったくダメという様子を見ると、そういう人材の育成で果たして活力ある社会になることを期待できるのだろうかという疑問を禁じ得ません。昔、大学の中の不正は自分たちで糺すというように、学生が自主的に考えて行動した時代は、そういう学生が卒業後に社会に出て、経済の高度成長を牽引する原動力になったことを思うと、一人一人の生徒の自主性の芽を摘み取ってしまうような文部科学省や教育委員会の「教育方針」は、社会の活性化を妨げるリスクが大きいといえます。おとなしい国民が増えれば、権力者が多少の不正をしても騒がれることもないという「権力者にとってメリット」があっても、大局的にみて、それは「亡国への道」というものではないでしょうか。
2021年12月05日
アメリカでは非白人の女性市長が誕生し、市の基金を化石燃料関連企業に投資することを取りやめる法案に署名したと、過日の「しんぶん赤旗」が報道している;◆「これが指導者の姿だ」【ワシントン=遠藤誠二】米国では、11月2日の地方選挙で当選した人種的少数派や女性の市長による進歩的な政策が注目されています。東部マサチューセッツ州ボストンで、初の女性・非白人の市長となったミシェル・ウー氏は22日、同市基金の投資を化石燃料関連企業から撤退させる法案に署名しました。 すでに市議会で可決されていたもので、ウー市長は市議時代に同法の実現を進めてきました。 記者会見でウー市長は、「この国の他の場所が向かう方向づけをしたもので、ボストンの歴史をつくった」「私たちの子どもすべてにとって最も明るい、環境に優しい未来が築けるということをボストンが確約するため迅速に行動した」と語りました。 気候変動対策にとりくむ国際環境NGO「350.org」の共同創始者であるビル・マッキベン上級顧問は、「これが指導者の姿だ」とウー市長の行動を高く評価。今後、州レベルで同様の法制定を行うべきだと指摘しました。 民主党進歩派といわれるウー市長はこの他にも、市内の3つの主要バス路線の無料化(2年間)を推進。また「これまでの古い政策とは違う」家賃高騰抑制策を打ち出すことを表明し、選挙戦で掲げた公約実現にむけ、取り組んでいます。2021年11月30日 「しんぶん赤旗」 「新市長の進歩政策に注目 化石燃料投資から撤退」から引用 短文の記事なので詳細は分かりませんが、ミシェル・ウー氏はある日突然市長に挑戦して勝ったというわけではなく、市議会議員のときからコツコツと実績を積み上げて市民の支持を集めて市長選に勝利したということのようです。温暖化対策を初めとして、家賃高騰抑制策、バス路線の無料化等々、若者を支援する政策を充実させて、数年後の大統領選でトランプ旋風が吹くことのないように民主党路線を根付かせてほしいものです。
2021年12月04日
昨日の欄に引用した記事の続きは、武蔵野市がことさら新しいことを始めようとしているわけではないのに、何故右翼が騒ぎ出したのか、その背景を次のように分析している; 条例案は29日に上程される見通しだ。主要会派の各代表に聞くと、自民(8人)は「市民の理解が進んでいない。今後、議案が上程されれば反対する」と明言した。一方、共産(2人)は「急に湧いて出てきた話ではない。特に反対すべき点はない」とした。立民(5人)と公明(3人)は「未定」と話した。 条例の廃案を目指し、ネット署名などをしている「住民投票条例を考える会」にも話を聞こうと、JR吉祥寺駅近くにある木造アパートの一室にある事務所を訪ねたが、不在。メールで取材を申し入れたが、返事はなかった。 一方、賛成する市民有志らは、18日に緊急声明を発表。メンバーの高木一彦弁護士は「住民投票は、国の在り方とかではなく、日常の暮らしについて住民の意見を聞くもの。外国人も同じ住民で、意見を聞くのは当然だ。区別する必要がどこにあるのか」と話す。 住民投票で外国人に投票を認める自治体は、常設型の住民投票条例があるうちの43自治体。この中で、武蔵野市のように外国人に特段の定住期間などの要件を定めないのが、神奈川県逗子市と大阪府豊中市で、武蔵野市は都内で初めてというだけだ。 逗子市は2006年に制定。市民協働課の石井聡課長は「国籍の部分で目立った反対はなかった」。豊中市の担当者は「自治基本条例で年齢や性別、国籍の違いなどを超えた自治をうたい、それに基づき住民投票条例がある」と説明する。 一方、43自治体のうち、永住外国人に限定するのが28自治体で、永住に加え、条件付きで定住外国人にも認めているのが川崎市など13自治体だ。 人口約154万人のうち、外国人が3%ほどの川崎市では、要件を「国内で在留資格を持ってから3年超」とする。市の担当者は「外国人住民の意見も取り入れた方がいいが、日本の社会生活になじんでいることが必要との考えで3年の要件を入れた」という。 そもそも、住民投票条例で外国人の投票権を認めることに法的問題はあるのか。成蹊大の武田真一郎教授(行政法)は「法的に全く問題はない。条例は法律に違反しない限りで制定できる。外国人の住民投票を禁止したり、制限したりする法律はない」と指摘する。 反対派は、議員選挙などの外国人参政権につながることを挙げるが、「選挙は法律で決まっており、次元が違う。保育所の整備やゴミ集積所をどうするのかといった地域の問題に、外国人が意見を述べることに弊害はないはず」と話す。 法律的に支障がなく、全国初でもない条例案が、なぜ今回やり玉に挙がったのか。ネットの言説に詳しい評論家の古谷経衡氏は「反対の議論は、ネット右翼の運動の一つ。外国人がその自治体に集団移住して、乗っ取ってしまうという妄想があった」と紹介する。 武蔵野市で激化している点に「地域性」を挙げる。たまたま、ネット右翼に影響力がある反対派の団体トップが武蔵野市在住だったことや、民進党から自民党に移った長島昭久衆院議員の選挙区ということだ。「長島氏が反対を訴えツイッターで拡散している。寝返った負い目があり、保守層に受けなければと急進的になっているのでは」。また、武蔵野市を含む東京都世田谷区からその西部の地域は比較的、リベラルが強い地域で、「右派にとっては敵地。もともと狙われやすかった」。 ノンフィクションライターの安田浩一氏は、地域性とともに松下市長が「女性」であることに着目する。「相手が女性や障害者ら弱い立場だと『生意気だ』と、扇動がより大きくなる傾向がある。これはレイシストの作法で、攻撃しやすいと思っているのではないか。複合的な差別だ」<デスクメモ> 「日本の地方が外国に乗っ取られる」というなら、地方自治体や在日外国人を相手に街宣をするのはお門違いだろう。実際に日本の地方を乗っ取って基地を展開し、屈辱的な地位協定を結ばせ、莫大な思いやり予算を貢がせているのは米国だ。なぜ彼らの怒りは、そこに向かわないのか。(歩)2021年11月20日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「法的問題ないのに拒絶のわけ」から引用 「乗っ取られるかもしれない」とは何のことかと思ったら、「外国人がその自治体に集団移住して、乗っ取ってしまう」ことだそうで、保育所の整備やゴミ集積所の設置をどうするかといった地域の問題の住民投票に「集団移住する」などと手間ヒマの掛かることをするほど外国人はヒマだと思っているのか。どうも常識からは相当かけ離れた思考回路のように思われます。野党出身で自民党に入った長島昭久衆院議員が存在感を示す目的で頑張っているとのことですが、あまり変な騒ぎで存在感を示すのではかえってイメージ・ダウンになるのではないかと思います。
2021年12月03日
外国籍の住民にも投票権を認める住民投票条例案を発表した東京都武蔵野市に対し、外国人差別を主張する右翼団体が不当な抗議行動を行なったと、11月20日の東京新聞が報道している; 住民投票の際、外国人にも日本人同様の投票権を認める条例案を、東京都武蔵野市が発表。これに対し連日、排外的な右派団体が市役所に街宣活動をかけ、騒動になっている。 19日には同市議会12月定例会が開会し、周辺は緊迫感に包まれた。だが、そもそも同様の条例は全国で初でもないし、要件付きを含めれば外国人の投票権を認める条例は全国で43自治体もある。なぜいま、武蔵野市がターゲットになったのか、その背景は。(石井紀代美、荒井六貴) 「住民投票条例に断固反対しています」。議会開会まであと30分に迫った19日午前9時半すぎ、住宅や小中学校に囲まれる武蔵野市役所の前に、マイクでがなり声を上げる街宣車が突然飛び込んだ。隣の人との会話が成り立たないほどの大音量。市が用意していた騒音測定機の針が激しく振れた。 街宣車は市役所前の車道脇に駐車。出てきた男性が車に上り、「このままでは、外国勢力に地方が乗っ取られてしまう」と持論を展開した。 いつもは川崎市で、ヘイトスピーチに対する抗議「カウンター」活動をしているという男性らが数人、すぐに駆け寄り、手持ちの小さな拡声器で「外国人の差別をやめろ」「レイシストは帰れ」と応酬した。 すぐそばにある「むさしの市民公園」の芝生では30~40人の園児が走り回っていた。「子どもたちが聞いているんだぞ。やめろ」とカウンターの声が響く。両者が接近してにらみ合い、警察が間に入って距離を取らせる場面もあった。市職員によると、こうした街宣活動は15日、17日にもあったという。 住民投票は通常、実施する場合はその都度、条例の制定が必要だ。自治体の首長や議会が発議できるが、地方自治法で、住民にも直接請求する権利が認められている。請求には有権者の50分の1の署名が必要で、議会が可決してはじめて実施される。 今回、武蔵野市が制定を目指す住民投票条例は「常設型」と呼ばれるもので、その都度条例を制定する必要がなく、投票資格者の4分の1の署名を集めれば議会を通さず実施できる。条例案では、市内に3ヵ月以上住む18歳以上なら日本人、外国人にかかわらず投票権を認める。結果は尊重されるが法的拘束力はない。 この住民投票条例が成立すると、なぜ「外国人に乗っ取られる」のか、その論理が分からなかったので、「こちら特報部」がマイクを握っていた男性に尋ねると、「その可能性かあるということ」「外国人の意見を尊重したいならアンケー卜で十分だ」という返答だった。 子どもの学童保育の申請に市役所を訪れた40代の女性会社員は「武蔵野市はリベラルの街。外国人も住民投票できるのは賛成」と語る。60代の男性は「うるさいよね。武蔵野市であんなヘイト発言するなんて、とんでもないことです」と一言。「外国人も投票できるのは当然のこと。同じ場所に住んでいるんだから、協力し合って生きていかないといけない」 一方、街宣車の音がかすかに聞こえてくる議場では10月の市長選で再選を果たした松下玲子市長が「さらに市民参加を進めるために、常設型の住民投票制度の確立を目指します」と施政方針演説。終了後、記者団に「選挙権と混同し『市長や議会が外国人になってしまう』と勘違いしている人がいる」などと語った。市が今年3月に行った市民アンケートでは賛成が73%に上る。パブリックコメントなども行われている。2021年11月20日 東京新聞朝刊 11版 24ページ 「なぜ武蔵野市にヘイト攻撃」から引用 外国人に投票権を認めると「乗っ取られる可能性がある」などと、算数が不得意な小学生のようなことを大の大人が本気で発言するとは、呆れた話だ。「その可能性があるということ」だと言い訳がましく説明するところを見ると、主張している本人も、自分の言ってることの「おかしさ」を薄々感じている様子が覗える。危機感に駆られて抗議行動を始めたというよりは、存在感を演出するために「この機会」を利用しただけ、というのが本音なのではないか。
2021年12月02日
毎週日曜日の「読書のページ」に「ヤングアダルト」のコーナーを設けている神奈川新聞は、11月14日付け紙面に次のような記事を掲載している; 英国南端の街・ブライトンにあるユニークな「元底辺中学校」に通う息子の1年半を、母親の視点から描いたエッセー集がベストセラーになったのが2年前。その続編「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2」(ブレイディみかこ、新潮社・1430円)がまたおむしろい。 「人種的多様性」がある「リッチで優秀な学校」とは異なり、「荒れている地域」にあって白人生徒が9割を占めるこの中学は殺伐とした英国社会を反映し、いじめも人種差別もある。しかし、最近は中流化の波が押し寄せ、授業は進歩的。LGBTQ(性的少数者など)教育にも力を入れ、国の総選挙があれば「スクール総選挙」で全校生徒に投票させる。 複雑で刺激的な環境で問題や悩みを案外クールにこなしていく息子と、元保育士で福岡出身のアツい母親の、分かり合ったり分かり合えなかったりする日常が魅力的だ。そこに「どや顔」でたまにまっとうな意見を吐く父親(アイルランド人の元銀行員で、今はダンプの運転手)がいい味を出している。学校になかなか溶け込めなかったアフリカ系の少女が音楽部に入り、見事ソウルークイーンヘと変貌を遂げたエピソードが感動的だ。(後半は省略)(翻訳家・金原瑞人)2021年11月14日 神奈川新聞朝刊 16ページ 「読書・ヤングアダルト - クールな息子とアツい母親」から引用 ひと頃のイギリスは「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉政策の先進国で国民は生活の心配をする必要のない国であるかのように言われたものであったが、私が就職した70年代になると犬飼道子が「黄昏のロンドン」とかいうようなエッセイ本を出してベストセラーになるような斜陽の時代になり、その後サッチャー政権が「新自由主義」の経済政策を推進して自助努力が促され、生活環境はより厳しくなった、というような印象をもっていました。そういうイギリスで実際に生活している人が書いたエッセイからは、イギリスの庶民の生活が垣間見られるようで興味深く思います。特に、国の総選挙があるときは、学校でも「スクール総選挙」を行なうという、これくらいの「政治教育」は日本の教育基本法にも既定されえていることでもあり、日本の学校も当然取り組んで然るべき教育活動であると思います。
2021年12月01日
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