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哲学者の内山節氏は、最近若い人から「死」について質問を受ける機会が増えたことについて、11日の東京新聞コラムに次のように書いている; 振り返ってみると最近では、シンポジウムや研究会などで、死についての質問を受けることが多くなってきたと感じている。死とは何か、死後どうなるのかなどさまざまで、簡単には答えられないようなものばかりである。くり返された大災害や今日では新型コロナの問題が、死についての問いを広げているのかもしれない。だが理由はそれだけではないような気がする。 かつての戦時下の日本では、国のために死ぬことや天皇のために死ぬことが、美しい精神として称揚されていた。国や時代の雰囲気に強制された死がそこにはあった。そういう時代をへて戦後の日本は、死を遠ざけるようになった。生がすべてだという時代をつくったのである。だが近年では、死についてという封印されていた箱の蓋(ふた)が、開けられ始めたように感じる。死を見つめることによって生についても深くとらえられる。あるいは生と死のつながりをとらえ直したい。そんな感情が、特に若い世代の人たちに広がり始めた。 その背景には、環境問題への関心の高まりがあるのではないかと、私は思っている。環境問題は、若い人ほど切実な問題として意識されている。地球の温暖化にしても、原発の廃棄物にしても、その問題を引き受けていくのは、いまの若い人たちだからである。 環境問題についての議論が始まった初期の頃は、それは生の世界を脅かすものとしてとらえられていた。有害な化学物質の多用は、生の世界に影響を及ぼす、というように。ところが今日では、環境問題を循環の破綻としてとらえる傾向か生まれてきた。 たとえば原発は、事故が起きなかったとしても人間たちが共存しうる物質循環のあり方からはかけ離れている。食べ物の残りであれば、。放置しておいてもバクテリアなどによって分解され、そう遠くなく土や自然の中にのみ込まれていくだろう。自然から生まれたものが自然に還っていくという循環が、ここでは成立する。だが原発から出る廃棄物ば完全に無害化されるまでに何十万年という途方もない時間が必要になる。この物質循環は、人間では制御できない。 放出されたC02が大気中にとどまりつづけるように、物質循環がうまくいかなくなって、人間では制御できなくなるとき、解決のつかない環境問題は発生する。とすると、人間がつくりだしたすべての物質が無事に終焉(しゅうえん)のときを迎え、自然のなかに還っていくことができれば、環境問題は、深刻なこととしては発生しないはずなのである。大事なのは終焉のあり方である。 すべてのものは誕生し、終焉を迎える。その循環が破綻したとき、重大な環境問題が生じる。そしてひとつの物質の終焉を物質の死としてとらえれば、すべてのものの無事な死こそが、次の無事な時代をつくりだす基盤になる。 終焉のあり方、すなわち死のあり方を抜きにして、環境問題は議論できないのである。そしてそのことを感じ始めたとき、死を見つめることなく生に執着する今日の社会のあり方に、疑問を抱く人たちがふえてきた。 死についての質問を多く受けるようになった背景には、このことがあるように私には感じられる。環境思想を深めるためには、生と死のつながりを見つけ直さなければいけないことに、私たちは気づき始めたのではないか、と。(哲学者)2021年4月11日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-『死』から始まる無事な未来」から引用 ウランに中性子線を当てると核分裂が起きて莫大なエネルギーが放出されるというのは、あくまでも理論上の発見であって、その結果出てくる強力な放射性物質は人間の手で安全に管理できるのかどうか、という、上の記事で内山氏が言うところの「終焉の問題」は手つかずのまま「原子力発電」をスタートさせたのは、人類の歴史上の最大の汚点というべきものです。フクイチの事故を見て、そのことに気付いた西欧諸国は原子力に見切りをつけて、次々と再生可能エネルギーに切り替えつつありますが、原子爆弾の被害に遭い原発事故も経験した日本では、40年も稼働した原発を更に使い続けるという愚行を始めようとしている。これは将来の人類に対する背信行為であって、直ちに改めるべきと思います。
2021年04月30日
本人が辞任した後だったとは言え、総理大臣任期中に118回も虚偽答弁をしたことが明らかになった安倍議員に対し責任追及をしようとしないメディアの姿勢について、法政大学教授の上西充子氏が11日の「しんぶん赤旗」で、次のように語っている; 法政大学の上西充子教授が新著『政治と報道 報道不信の根源』(扶桑社)を出しました。いま、報道の何が問題か-上西さんにききました。(田中倫夫記者)◆「野党は反発」が与える印象<日本の政治報道は政局優先で、政策問題を国民に伝えていないと憂える上西さん。国会論議を街頭で可視化する「国会パブリツクビューイング」に取り組み、政府のごまかしの答弁を「ご飯論法」と批判してきました。今回は報道そのものにメスを入れました> よくメディアが使う言葉に「野党は反発」があります。ここ1年の記事を検索すると、「朝日」「毎日」だけで10本以上出てきます。 「改憲論議 首相主導が裏目『9条に自衛隊を明記』野党は反発」(「朝日」2020年9月12日付朝刊)、「(検察庁法改正案を)与党は週内に内閣委で採決し、早期の衆院通過を目指すが、野党は反発している」(「毎日」同5月13日付夕刊)。 これらの見出しや記事からは与党の論理や考えは伝わりますが、野党の考えは伝わってきません。「反発」という表現は「与党に難癖つけているだけだ」という印象を与えてしまいます。 でも野党には反対する理由があるし、論理があります。メディアは、野党側の論理や主張を取材し、正しく伝えるべきです。◆ぎょっとした「反政府運動」<日本学術会議会員6人の任命を菅義偉首相が拒否したときの報道にも疑問を呈しました。「共同通信」(20年11月8日6時配信)のネット掲載の記事の見出しは当初「官邸、反政府運動を懸念し6人の任命拒否」となっていました>「反政府運動」にちょっと驚いて、電車の中からツイッターに”政府の判断は常に正しい、それに異を唱える者は政府に歯向かうやつだ。そういう認識を政府関係者と共有しなければ出てこない表現だと思う、『反政府運動』という言葉は。しっかりしてくれ、共同通信”(同日午前7時47分)と書きました。 「反政府」というのは、武力で政府転覆をはかるようなニュアンスがあります。調べてみると、記者が書いた記事には「政府方針への反対運動」とあるだけで「反政府」という言葉はありませんでした。政府関係者のコメントにもその言葉はありません。見出しだけがなぜ先走っているのか。 政治報道が国の「統治」のための報道になっているのではないかと懸念しています。与党・権力側のことは一生懸命伝えるけれど、野党のことは使いまわしの言葉でレッテルを張る。戦前の「大本営」発表を、戦後の報道は乗り越えてきたはずです。しかし、そういう言葉使いの中に、政府寄りの姿勢が、無意識のうちに受け継がれているのではないでしょうか。◆安倍氏虚偽答弁どう伝えた<「桜を見る会」問題での安倍晋三前首相の国会答弁が虚偽だったと判明し、昨年12月の国会で安倍氏は、みずから答弁に立ちました。しかし、118回の虚偽答弁のうち、何をどう訂正するのかについて、安倍氏は一言も語りませんでした> 「答弁の中には事実に反するものがございました」といっただけです。学者の発表論文に虚偽があれば、一つ一つ正誤表を作って発表するものです。安倍氏のは説明にも訂正にもなっていません。 しかし「読売」「朝日」「毎日」は「謝罪」、「東京」はこれを「陳謝」だと伝えました。 安倍氏は「説明責任を果たすことができた」といって、次の選挙に出るための「みそぎ」にしたのです。ここでもメディアは権力側のストーリーに乗ってしまっています。◆森氏辞任めぐり<森喜朗前東京五輪組織委員会会長が女性蔑視発言で辞意を固め、川淵三郎氏を後継指名したときの報道も批判します。2月12日付朝刊で、各紙は「後任に川淵氏」(「毎日」)「(森氏は)相談役で残留へ」(「朝日」)と見出しを掲げました> 「後任に川淵氏」「(森氏は)相談役」は結果的に誤報です。予測報道ばかりに関心がいってしまい、事態を国民の視線でとらえていないのではないでしょうか。政治報道はまるで津波の動きを追うように、政府与党の動きばかりを追っています。 津波の動きは変えられませんが、政治の流れは変えられます。政治が誤った方向に向かっている時、メディアが警鐘を鳴らすべきです。◆視点光る『赤旗』桜スクープ<「しんぶん赤旗」日曜版と日本共産党の国会議員が、「桜を見る会」の問題を明らかにしたことを評価しています> 毎年「桜を見る会」の取材に行っているメディアが気づかなくて、行ったことがない「赤旗」日曜版がスクープできたのはなぜか。市民感覚から「違和感」を持つたという視点の問題です。その上、日曜版はネットを調べぬき、現地にも記者を派遣して徹底して追及できた。それは強い「違和感」を感じる蓄積・経験と、力を集中して取り組める体制-国会議員、赤旗記者、地方議員、地方の共産党の組織のネットワークがあったからだと思います。「桜」の恩恵から最も遠かった「赤旗」だから、「政治の私物化だ」と驚くことができたし、すぐに集中して取り組めた。一般紙との違いが興味深いところですね。 私は報道の問題点はきびしく批判しますが、同時に報道の健全な活躍に期待しています。「朝日」も私が意見を言うと、最近は「野党は反発」のような報道は影を潜めました。よいメディアは応援し、お金を出して買って支えるということも含めて、支援をしていけたらと思います。<うえにし・みつこ> 法政大学キャリアデザイン学部教授。「国会パプリックビューイング」代表として国会審議を可視化する活動を進める。著書に『呪いの言葉の解きかた』『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』など。2021年4月11日 「しんぶん赤旗」日曜版 4ページ 「『統治』のための報道になるな」から引用 この記事で、上西先生は正論を語っているので、読むとすっきりした気分になります。日本のメディアは戦前の「大本営発表」をそのまま垂れ流すやり方を反省し、戦後の報道はその反省に立って乗り越えてきたはずと言われてますが、どうもその「反省」が不十分で、いつの間にか政府目線で報道記事を書くようになって、それが回り回って野党の弱体化を引き起こしているものと考えられます。アメリカのトランプ大統領のときは、大統領がフェイク発言をしたときは演説の途中でも中継を打ち切るテレビ局がありましたが、日本のメディアもそれくらいの気概をもって業務に当たってほしいと思います。
2021年04月29日
自民党若手議員を対象に行なった安倍前首相の講演について、週刊誌の「女性自身」WEB版は次のように論評している;「なかなか、捏造体質は変わらないようだ」朝日新聞をこう糾弾したのは安倍晋三前首相(66)。これは4月22日に行われた講演で、安倍氏が語ったもの。毎日新聞によると、講演で安倍氏は朝日新聞から批判を受けてきたことを語ったうえで、若手議員へ「ずっと批判され続けても首相になったので君らもしっかり批判されろと言っている」と檄を飛ばした。また“捏造”の具体例については明示しなかったという。安倍首相といえば、これまでたびたび朝日新聞へ“反撃”してきたことで知られている。同紙の韓国の従軍慰安婦を巡る一連の報道について、14年10月に国会で「この誤報によって多くの人々が傷つき、悲しみ、苦しみ、そして怒りを覚えたのは事実であります。日本のイメージは大きく傷ついたわけであります」と批判。また17年、同紙は森友学園側が「安倍晋三記念小学校」という校名を記した設立趣意書を提出したと報道するも、実際の表記は「開成小学校」で“誤報”と問題に。18年2月に自民党の若手議員がその問題をフェイスブック上で取り上げた際は「哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳。予想通りでした」と安倍氏自らコメントをしていた。ふたたび舌鋒鋭く“宿敵”を批判した安倍氏だが、果たして自身は“清廉潔白”といえるのだろうか。19年5月に表面化した“桜を見る会問題”では、様々な疑惑が噴出。「桜を見る会」の趣旨が各界の功労者などを慰労することでありながら、安倍氏や自民党議員の支援者を多数招待していた疑いがもたれている。また会前夜に行われた安倍氏の後援会が主催する夕食会では、安倍氏側は5年間で総額約2300万円をホテル側に支払っていた。しかし、参加者からの会費総額は1400万円で、不足分の約800万円を安倍氏側が負担したとみられている。この補填額の大半は政治資金収支報告書に記載されておらず、政治資金規正法違反を指摘する声が相次いだ。疑惑に対し当初、国会などで「事務所が補填した事実は全くない」と真っ向から否定していた安倍氏。しかし、昨年12月に立憲民主党は安倍氏が首相在任中に国会で行った同疑惑への答弁のうち118回が虚偽答弁に上るとする調査結果を発表。安倍氏もその後、「全ての国会議員に深く心よりおわびする。国会に対する国民の信頼を傷つけることになった」と謝罪に追い込まれる事態となっていた。そんな安倍氏だけに、今回の朝日新聞への“捏造批判”には冷ややかな反応も散見された。2021年4月24日 女性自身WEB版 「安倍首相 朝日新聞を捏造体質と批判も自身は118回虚偽答弁」から引用https://jisin.jp/domestic/1974340/ 安倍前首相と言えば史上最長の任期を務めた人気の総理大臣ともてはやすメディアが多い中、「女性自身」の上の記事はそういう盲目的な世間に警告を発する貴重な情報を提供しており、世の中は「安倍氏礼賛」一色ではなく、彼の言動を冷静に見ている国民もいるのだという指摘は重要だと思います。
2021年04月28日
三度目の安倍内閣実現に向けて本格的な活動を開始した安倍晋三議員について、10日の毎日新聞WEB版が次のように論評している; 自民党の安倍晋三前首相が動きを活発化させている。3月27日には新潟市で党新潟県連のセミナーで講演し、次期衆院選に向けた支援を呼びかけた。今後、細田派(細田博之会長)所属議員の選挙支援に力を注ぐ方針だ。近い将来の派閥復帰に向けた「足場固め」との見方があり、徐々に存在感を高めようとしている。【遠藤修平】◆「桜」で自粛した活動、徐々に再開 「お疲れ様、がんばってね」。新潟市での講演後、安倍氏が見送りに来た細田派の細田健一衆院議員(比例・北信越)に声をかけて車に乗り込むと、細田氏は深々と頭を下げた。 新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で開かれた講演には約600人の支援者が詰めかけた。 細田氏は新潟2区の党支部長を務める。だが、過去に同選挙区で敗れた鷲尾英一郎氏が旧民進党から入党。次期衆院選の公認争いが続いている。こうした中で、同じ派閥出身の安倍氏の来訪は、細田氏にとって追い風になる。 安倍氏は「桜を見る会」前日に開催した夕食会費補(ほてん)の問題で昨年末、安倍氏の公設第1秘書の男性が政治資金規正法違反(不記載)で略式起訴され、党内外から反発を招いた。同年12月の国会招致に応じ自らの答弁を修正。後に自身は不起訴処分となったものの、菅政権の低迷の一因となった。党内からは「議員辞職すべきだ」との厳しい批判も上がった。 こうした状況を受け、講演活動などを控えていた安倍氏だが、ここにきてSNSを頻繁に更新するなど、徐々に動きを活発化させている。安倍氏自身も新潟市での講演で、こう強調した。「引退するつもりはありません。日本のために働きたいですから、まだまだ」◆派閥復帰をにらんだ動き? 安倍氏が精力的に活動を始めた理由について、党内では「派閥復帰をにらんだ動き」との見方が強い。 安倍氏は首相就任を受けて細田派を離脱。首相辞任後も派閥復帰は見送っているものの、次期衆院選後の復帰がささやかれている。 細田派の所属議員は96人で、第2派閥の麻生派、竹下派(各53人)に大きく水をあけている。長期政権を築いた安倍氏が細田派に復帰し、同派会長に就任すれば、同派の影響力は一層高まるのでは――。細田派内では、こうした期待が強まっている。 安倍氏自身も細田会長ら派閥幹部とは会合を重ねている。所属議員の各選挙区情勢を聞き取り、「求めがあればどこでも出向く」と意欲を示しているという。実際、他の派内議員からも安倍氏の来訪を求める依頼が増えている。安倍氏自身も4月中に派内の若手を対象にした意見交換会を始める。 派外でも安倍氏への関心は高まり始め、細田派以外の議員が経済、外交安保政策の意見を聞くために安倍氏の事務所に足を運ぶ場面も目立ち始めた。 安倍政権の継承を目指す菅政権の支持率が低迷を続ける中、長期政権を敷いた安倍氏の存在が改めてクローズアップされているとも言えるが、他派閥から安倍氏の派閥復帰に異論も上がっている。 「安倍氏が細田派に戻ったらそれは国家の損失だ。派閥の長のアベではなく、自民党のアベだ。何が起きるかわからないから、安倍氏は『すぐ動けるリリーフ』として準備していないとならない」。別派閥に所属する党幹部は安倍氏の派閥復帰にクギを刺した。◆安倍氏の脚光の背景に「後継者不足」 一時は「桜」で批判を浴びた安倍氏が脚光を集める背景には、明確な「ポスト菅」候補が不在という、自民党の危機感がある。その状況を作り上げた要因に安倍氏の存在を挙げる党関係者は多い。党ベテランは「7年8カ月の長期政権を担った安倍氏がその間に明確な後継を育てなかったことが、今になって影を落としている」と不満を漏らす。 「派内で将来の総裁候補を競わせながら育てるのも、あなたの役目だ」。細田派出身の森喜朗元首相は安倍氏に繰り返し、こう説いてきた。 自民党の次期リーダーをどう育てていくのか。安倍氏への「宿題」はまだ積み残されている。2021年4月10日 毎日新聞WEB版 「安倍晋三前首相 活発化する動き 今も積み残された『宿題』」から引用 記事の冒頭に記述された3月27日の新潟市の自民党新潟県連セミナーは、自民党内で公認争いをしている二人の議員のうちの細田派議員を応援するために安倍議員が駆けつけたもので、記事によれば安倍氏の応援は細田派議員にとって力になるとのことであるが、山のような疑惑を抱えながら検察の捜査では略式起訴された秘書に罰金を支払わせて自分は逃げ延びるという醜態を演じた議員が応援に駆けつけると、迷惑どころか歓迎されるというのは、なんだか自民党支持者のモラルに対する感性を象徴しているように思われます。記事の終わりのほうにも、自民党幹部の「安倍氏が細田派に戻ったらそれは国家の損失だ。派閥の長のアベではなく、自民党のアベだ」という発言が紹介されており、この政党の腐敗の根深さをうかがわせています。こういう政党に政権を任せておいて日本はいいのか、有権者はよく考える必要があると思います。
2021年04月27日

安倍政権の7年8か月を風化させない事実の記録と銘打った立岩陽一郎著「ファクトチェック ニッポン」(徳間書店)では、安倍政権の外交について次のように論評している;◆長期政権の目的と化していた外交 安倍政権の外交を象徴するシーンがある。2017年9月の国連での演説だ。ここで安倍総理は「必要なのは対話ではない。圧力なのです」と語り、各国に北朝鮮との対話を拒否するよう求めた。 国連という対話の場で他国を非難する場面がないわけではないが、民主国家が対話を拒否するのは珍しい。このとき、トランプ氏も演説している。そして、金正恩朝鮮労働党委員長を「ロケットマン」と呼ぶなど挑発しているが、実は対話は拒否していない。逆だ。「国連での彼らの対応を見守ろう」と述べて、対話へのシグナルを送っている。 その結果も私たちは知っている。米朝首脳会談の開催だ。安倍政権は焦っただろう。安倍総理は拉致問題で手を尽くしたかのような発言を繰り返していたが、私か米朝主脳会談前と後の2度にわたって平壌で対日政策担当者を取材した印象とは異なる。彼らは「安倍さんは本気ではないでしょう」と半ばあきらめ顔で語っていた。それが日朝外交の実際のところだろう。 では日米関係はどうだったか? トランプ氏との個人的な関係を強調していたが、鉄鋼関税で日本側が求めた摘用除外にはならなかった。自衛隊の装備はトランプ政権の求めるままに増えて出費は増大。その日米の個人的な関係は、日本の外交力を削いだ斜向も否定できない。例えば、イランを訪問した際は、すでにアメリカの使者のように扱われて成果は出せなかった。それは、日本が築き上げてきたイラン外交が途絶えた瞬間だった。 安倍総理の外交とはなんだったのか? 私は、野球に例えるなら、打てないのに「チームの4番打者だ」と力んだバッターだと思っている。「チーム」をアジアと置き換えてもよい。その「4番」に座るために、トランプ氏からお墨付きを得る必要があった。しかし、力んでバットを振っても結果が出ないように、外交は成果を出せずに終わった。本来の日本の力、安倍総理の力量からすれば、7番か8番打者だろう。 それでもヒットを打ち、チームプレー、つまり周辺国との関係を構築できれば、3番を任されたかもしれない。メジャーリーグに渡った松井秀喜選手がチームバッティングに徹してそうなったように。チームバッティングに徹していれば、周辺国との関係を良好に保ち、拉致問題にも進展が見られたかもしれない。 しかし安倍総理は結果より「4番」にこだわった。そこに計算もあったはずだ。外交成果は選挙で票になりにくい。ならば、「4番」として遇されているほうが選挙映えする。支持者も喜ぶ。かくして長期政権は外交を動かす手段から目的と化した。それが安倍外交の姿だ。 菅政権では安倍外交の継承、つまり「4番」に座り続けるしかない。菅氏は外交については「スタメン」に入るのも難しいレベルだろう。そういう打者が「4番」に座ったらどうなるのか? せめてバントの練習くらいはしてほしい。※立岩陽一郎(たていわよういちろう)※ジャーナリスト。1967年、神奈川県生まれ。 1991年、一橋大学卒業後、NHK入局。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクとして主に調査報道に従事。政府が随意契約を恣意的に使っている実態をリポートし、随意契約原則禁止のきっかけをつくった他、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。以後、化学物質規制が強化される。[パナマ文書]取材に中心的に関わった後、2016年12月にNHKを退職。公益財団法人政治資金センター理事、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)副理事長。現在は調査報道を専門とする認定NPOを運営し「lnFact」編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。毎日放送「ちちんぷいぷい」レギュラー。立岩陽一郎著「ファクトチェック ニッポン」(徳間書店刊) 46ページ 「長期政権の目的と化していた外交」から引用 トランプ前大統領は大統領選に出馬するまではテレビのレギュラー番組に出演するタレントで、本業の不動産業で成功した金持ちというだけの素人政治家で、その点は、世襲とは言え政治一筋の安倍前首相の方が政治家としては一枚上(?)かと思いきや、本人が素人でもブレーンがしっかりしていれば、国連で演説するにも表向きは「ロケットマン」などと言って徴発するふりをしながら、その演説内容ではしっかりと相手側に「対話のシグナル」を送り、米朝首脳会談を実現したのは「お見事」と言うほかはありませんでした。それにひき換え、こっちは後先も考えずに「必要なのは対話ではない、圧力だ」などとぶち上げて赤っ恥をかいたのは無様の一言です。北方領土も騒いだ割に、事態は前進どころか後退してしまっているし、メディアが何をさして「外交の安倍」などと持ち上げるのか、まったく意味がわかりません。今年中には総選挙もありますから、安倍政権の7年8か月をよく思い起こして、投票先を考えるべきではないかと思います。
2021年04月26日
昨年暮れに公設秘書が略式起訴されて強引に幕引きとなった「桜を見る会」疑惑について、5日の「しんぶん赤旗」は次のように論評している; 「桜を見る会」疑惑でだんまりを決め込む安倍晋三前首相と菅義偉首相の姿勢を見過ごすことはできません。安倍前首相は2020年12月末に衆参両院の議院運営委員会に出席して以降、国民に説明していません。菅首相も国会での野党の質問にまともにこたえず、疑惑解明に背を向けています。 「桜」疑惑で浮き彫りになった政権中枢による国政私物化とモラル崩壊は、菅政権下で続発する「政治とカネ」疑惑や官僚・政治家の高額接待を招いた大本にもかかわる重大問題です。疑惑まみれの「安倍・菅政治」に対する追及を緩めるわけにはいきません。◆無反省と責任転嫁のまま 安倍前首相主催の公的行事「桜を見る会」は13~19年の4月に毎年開催され、回を重ねるごとに参加者と費用は膨らみ続けました。首相の地元の支援者らを大量に招待し、飲ませ食わせしたことは、税金を使った事実上の買収そのものです。19年に「しんぶん赤旗」日曜版のスクープと日本共産党の国会質問で実態が暴露され、国民の怒りが広がる中で20年からは開催中止に追い込まれました。 「桜を見る会」前日に都内の高級ホテルで開かれた「前夜祭」をめぐり、安倍晋三後援会が参加者の費用を補填(ほてん)していた問題も明らかになりました。東京地検特捜部は20年末、安倍後援会が16~19年にかけて前夜祭費用を合計約700万円支出したのに、政治資金収支報告書に記載がないと認定し、政治資金規正法違反(不記載)で後援会代表の公設第1秘書を略式起訴しました。検察に事情聴取された安倍前首相は不起訴になったものの、国会で「補填はしていない」と言い張った答弁は虚偽だったことが明白になりました。 刑事処分の結果を受けて安倍前首相は国会や記者会見で虚偽答弁を認め、「反省」を表明しました。しかし、自分は知らなかったと全て責任を秘書に押し付け、自己弁護と保身に終始しました。 補填の原資は「手持ち資金」と言うだけで説明を拒んだことは新たな疑惑を生んでいます。政治資金収支報告書には原資をめぐる記載はなく、うその可能性が濃厚です。前夜祭会場のホテルからの明細書や領収書の国会への提出にも前首相は応じません。全国の法律家らが前首相側の刑事責任の追及を続けているように、国民は徹底解明を求めています。あくまで説明を拒否する前首相に国会議員としての資格はありません。 安倍前首相が「桜」疑惑で少なくとも118回も虚偽答弁をしたことは曖昧にできません。行政府の長が、国権の最高機関である国会でうそを言い続け、審議を妨げてきた責任は厳しくただされなければなりません。うそを言えば偽証罪に問われる証人喚問で真相を徹底追及することが不可欠です。◆菅首相は責任を免れない 当時官房長官だった菅首相の責任も免れません。前首相のうそをおうむ返しして解明を邪魔したことへの真摯な反省は示さず、招待者選定に関与した責任者だったにもかかわらず経過を語りません。疑惑隠しは許されません。 虚偽答弁は、総務省の接待問題などでも繰り返されました。政権の隠蔽体質が改まらないことに国民の不信は高まります。信頼を失った政権を退場させ、新しい政治に切り替えることが重要です。2021年4月5日 「しんぶん赤旗」 2ページ 「主張-うそと国政私物化 放置できぬ」から引用 安倍前首相は、この記事が示すように「桜を見る会」前夜祭を都内一流ホテルで開催しておきながら、一人5000円の会費を参加者が払っており不足分を安倍事務所が補填するようなことは一切していないと国会で答弁しておきながら、それがウソだったことがバレると「秘書が勝手にやった。自分は知らなかった」と言い張り、「秘書は責任をとって辞任した」などと言いながら、実は私設秘書として復職していたなど、安倍議員にまつわる不正疑惑は留まるところを知らないと言った状態です。これを放置するのでは、私たちの社会に自浄作用がないことを認めることになるわけで、その場でシラを切って言い逃れれば後はやりたい放題、というモラルの崩壊した社会になります。そうならないためにも、安倍議員の疑惑は徹底追及が必要と思います。
2021年04月25日

世論調査では国民の70%が「今年のオリンピック東京開催は無理」と感じているにも関わらず、政府もIOCも「何が何でも開催する」姿勢を崩さないことについて、エッセイストの小田嶋隆氏は16日の「日経ビジネス」に次のように書いている;思っていても口に出せない言葉がある。口に出せない言葉が人生の半分を動かしている、と言い直しても良い。あるいは、世界の半分は口に出せない言葉でできているということなのかもしれない。 たとえば、テレビの生放送のスタジオは「オリンピックって本当にやるんですかね?」という誰もが思っているこの言葉を、事実上の禁句に指定することでなんとかQシート通りに番組を進行させている。理由は、この質問が放送局の痛いところを突いているからでもあれば、答えを持っている人間がスタジオの中に一人もいないからでもある。本当は誰もが「こんな状況でオリンピックなんかできるのだろうか」と思っている。私もそう思っている。つい2日ほど前にも、高校時代からの友人と電話をしている時に、そんな話になった。「お国は本気でオリンピックをやるつもりなんだろうか」と私が水を向けると、そいつは「オレのいやな予感の話をするか?」と言った。「なんだそれ?」という反問に答える形で彼が持ち出してきた話は、なるほど、なかなか興味深い見立てだった。 電話を切った後、私は、ひとりでニヤニヤしているのももったいないと思って、その彼のいやな予感の話をツイッターに書き込んだ。 以下がそれだ。 古い知り合いが面白い見立てを語ってくれた。1.いくつかの国や競技団体が五輪への不参加を言い出す2.小池百合子都知事が突然五輪の中止を宣言3.ついでにIOCとの契約の詳細(どうせ守銭奴契約)を暴露4.右も左も小池百合子バンザイ状態5.責任を取って都知事を辞任とか言い出す6.でもって衆院選に打って出る7.もちろん小池新党を結成。しかも維新あたりと握手8. 当然、菅さんの選挙区から出馬する9.どうせ大勝利10.日本初の女性宰相へ……とか11.ありそうだよね。とにかく度胸だけは日本一なわけだから12.いやだなあ ほんとにいやだなあ。ありそうで。 五輪中止をいきなり持ち出す権限と度胸と政治的センスと悪辣さと野心を全部持ってる人間は、小池百合子以外に考えられない。うまいタイミングで五輪中止をブチ上げて、同時にIOCの腐敗を告発しつつ被害者面をキメて見せれば、右も左も保守もリベラルも両手を挙げて支持するよね。いやだなあ。(以下は省略)2021年4月16日 日経ビジネス 「彼女が中止のホイッスルを吹く日」から冒頭部分を引用https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00117/?n_cid=nbponb_twbn&s=09 小田嶋氏は半分冗談でこのエッセイを書いているわけだが、オリンピックの強行開催には誰もが不安を感じている最中で不思議な現実感を漂わせるこの文章は、中々説得力がある。開催か中止かを正式に決める権限はIOC会長にあると言っても、開催地の首長が公式に「これは無理だ」と宣言すれば「それでも良いから開催しろ」と命令することも出来ないわけだから、実質的には小池都知事の「中止宣言」は有効とならざるを得ない。小池百合子という政治家は民主主義を前に進める政治家かどうかと言う点では疑問があるが、世論の動向に敏感で自分のどのような言動が有権者にどう受け止められるかを正確に見極める能力に長けている様子だから、小田島氏が上のエッセイで、そんなことになったら「いやだなあ」と言ってる事態が、まったくあり得ないとは言えないのが実態ではないかと思います。
2021年04月24日
神奈川県川崎市内で頻発する外国人差別事件について、4日の神奈川新聞は次のように報道している; 川崎市で横行するヘイト行為の監視活動が3日、市民有志によってJR川崎駅などで取り組まれた。毎週土・日曜の駅前で目を光らせる姿は差別を許さないというメッセージを発信してきたが、いつも以上に伝えたいことがあった。ヘイトクライムにさらされた在日コリアンが命まで脅かされ、今こそ連帯を示さなければならないと感じていた。 川崎駅から約2キロ、差別をなくすための多文化交流施設「市ふれあい館」に崔江以子(チェカンイジャ)館長宛ての差別脅迫文書が送りつけられたのは3月18日。同館は2020年1月、在日コリアンの虐殺宣言と爆破予告の標的にもされており、「ヘイトパトロール」の呼び掛け人の男性(48)は「卑劣なヘイトクライムが止められておらず、被害者の恐怖は増すばかり。犯行のエスカレートを防ぐためにも強いメッセージが必要だ」と差別を動機にした犯罪が強いる苦痛と絶望に思いを寄せる。 実際、人間を人間と認めない差別的な文言に続けて14回も「死ね」と書き連ねた脅迫文に、崔さんは防刃ペストを装着する生活を余儀なくされている。 小田急線新百合ケ丘駅前で見張りを続ける男性(47)も「在日コリアンというだけで身の危険にさらされる。あり得ない状況だ」と憤る。「差別の悪意は差別を裁く法を整備し封じ込むしかない。私たちのまちが築いてきた多文化共生への攻撃でもあり、市長や川崎選出の国会議員、県議、市議は危機感を持ってほしい」 脅迫文には菓子の空き袋も同封され、「コロナ入り残リカスでも食ってろ自ら死ね」などと書かれていた。 横浜市戸塚区の高畠悦子さん(67)は「言葉で表せない卑劣さ。安心からは程遠いだろうが、本物のお菓子を館に届けて同じ仲間だと伝えたい」と話す。新型コロナウイルス禍でアジア系市民ヘヘイトクライムが増加する米国のバイデン大統領の姿勢が頭にある。銃殺事件の現場へ赴き非難を表明し、被害者支援や取り締まり強化の対策を指示する。「崔さんが直面する命の危機は米国の状況と変わらない。国のトップである首相がふれあい館に出向いていいレベルで、そうしてこそ安心と抑止力は得られるはずだ」(石橋学)※おことわり※ 記事には差別的な文言がありますが、そのまま報道します。差別の実態を共有し、あらゆる差別を許さない社会をつくっていく一助にするためです。2021年4月4日 神奈川新聞朝刊 24ページ 「崔さん孤立させまい」から引用 川崎市内の主要駅の駅前広場では市民ボランティアがヘイト団体の無届け街頭宣伝を警戒して連日パトロールを実施しています。脅迫状送付は明らかな犯罪で、警察はしっかり捜査してほしいと思います。ちょっと10年くらい前は「外国に住んでるのだから、多少の不便や不都合は我慢してもらうしかないだろう」などと言う人が私の周りにも普通にいましたが、今ではそれはとんでもない暴言であるということで、世の中は変わっているのだという認識が重要だと思います。
2021年04月23日
総理府主催の「桜を見る会」に自分の選挙区の支持者を招待して一流ホテルで宴会を催した費用を政治資金報告書に記載しなかった事件では公設秘書が略式起訴、安倍氏本人は不起訴となり、昨年暮れに国会で説明した安倍氏は「その公設秘書は責任を取って辞任した」と説明したのであったが、その辞任したはずの秘書が実は今、安倍氏の私設秘書として安倍事務所に勤務していると、4日の「しんぶん赤旗」が報道している; 「桜を見る会」前夜祭をめぐり東京地検特捜部が政治資金規正法違反(不記載)の罪で略式起訴した、安倍晋三前首相の元公設第1秘書・配川博之氏が、現在も安倍事務所に私設秘書として勤務している疑いが編集部の調べで明らかになりました。安倍氏は国会で、配川氏について「辞職で責任をとった」と説明していました。 特捜部は昨年12月、2016~19年の前夜祭の収支計約3022万円を政治資金収支報告書に記載しなかったとして配川氏を略式起訴。不起訴になっていた15年分の不記載についても検察審査会が今年3月、「不起訴不当」の議決をしています。 編集部は3月29日午前10時ごろ、山口県下関市内の安倍事務所に、分厚いファイル2冊を小脇に抱えて入っていくスーツ姿の配川氏の姿を確認しました。 神戸学院大学の上脇博之教授は「安倍氏は、”公設秘書は辞職で責任を取った”と国会で説明していた。すぐ私設秘書で復職させていたとなると国会の場で安倍氏はまたしてもウソをついたことになる」と指摘します。 「今回の処分を受けて公設第1秘書を辞職した」(2020年12月24日の記者会見)「今回、こうしたことが起こり、本人も反省の上、公設秘書を辞職した」(同25日、衆院議院運営委員会)―。「弁明の機会を与えてほしい」と自ら開いた会見や国会で、安倍晋三前首相は、配川博之氏が公設第1秘書を辞職したと明らかにしました。 しかし編集部の取材に複数の自民党関係者が、配川氏は現在も安倍事務所で活動していると証言しています。 公設秘書辞職から約1ヵ月後の今年1月、配川氏は山口県内の会合に出席。「公設秘書から私設秘書になった」と周辺に説明していました。 「桜を見る会」前夜祭は13~19年まで毎年、1人5千円の会費を集め、都内のホテルで開かれていました。ホテルへの支払額が参加者から集めた会費を上回り、その差額約900万円を安倍氏側か補てんしていました。しかし安倍氏は、「補てんはしてない」など国会で118回以上にわたり虚偽答弁。事実が明らかになると”補てんは秘書の独断で自分は知らなかつた”と責任逃れに終始していました。”独断”で処理した人物がいまだに安倍事務所で働いていることになります。 神戸学院大学の上脇博之教授は指摘します。 「公設が私設になったとか、常勤が非常勤になったなどは言い訳になりません。結局、配川氏のクビを切れないのは、安倍氏自身の指示にもとづいてやっていたからではないのかという疑念が生じます」 安倍事務所は回答しませんでした。2021年4月4日 「しんぶん赤旗」日曜版 1ページ 「『桜』で辞職 しれっと復職」から引用 昨年暮れに不起訴になった安倍前首相は、自分の知らないところで秘書が勝手にカネを使って報告書には記載しないなどということをやった、本人は責任をとって辞任したから、これ以上の詳細は分からない、というような説明だったと思いますが、この説明も実はウソで、一時的に辞任したような格好をしてほとぼりの覚めたころに世間に気付かれないように私設秘書にカムバックしていた、これが真実のようです。まあ、考えて見れば「とんでもないことをしてくれた」というのでクビにしてしまえば、また文春などに何をバラされるか分かったものではないから、それよりは勤務を継続して給料を出しておけば、滅多なことはしゃべらないだろうという考え方もあるかも知れません。しかし、一番あり得るのは安倍氏本人と配川氏は最初から打合せの上で後援者を接待し、費用の不記載もどっちが発案したかは別としても両者の合意の上での「不記載」であったということです。だから、配川氏も何の抵抗もなくまったく自然体でいつものように勤務が継続できるわけです。それにしても、いくら虚言癖があるとは言え、こういう人物に8年も政権を担当させた自民党には責任があります。将来、「党史」を出版するときは「長い歴史には否定的な面もあった」ということで、衆院調査局が明らかにした「在任中の虚偽答弁、118回」と辞任後も続いた虚偽説明なども明記するべきだと思います。
2021年04月22日

埼玉県議会で議長を務めたこともあるベテランの自民党議員は、かつては選択的夫婦別姓に反対の考えを持っていたが最近は考えが変わって、今は別姓制度に賛成の意見を持っている。そのことについて7日の東京新聞は、次のように報道している; 自民党の国会議員有志が選択的夫婦別姓(氏)制度導入の意見書を各地の議会で採択しないよう求めた地方議員宛ての文書を巡り、自身のブログで「不愉快」と批判した同党の田村琢実・前埼玉県議長(49)が本紙の取材に応じた。田村氏は元々、制度に反対だったが、昨夏に「賛成」に転じていた。考えが変わったきっかけは、当事者の声だった。(奥野斐)――かつては選択的夫婦別姓に反対だった。 制度が導入されると、「家族に影響がある」と思い込んでいた。私の家庭も親戚にも離婚した人がなく、親子が同じ名字なので、深く考えてこなかった。立場を聞かれれば反対と答えていたが、当事者の困りごとを想像できていなかった。制度導入で、例えば(別姓になれることを理由に)「おまえなんかこっちの家に入れないよ」といった逆差別が出る懸念も感じていた。――なぜ賛成に転じた。 当事者の声を聞いたからだ。私もそうだったが、導入反対の人は「家族や子どもに影響がある」と決めつけている人が少なくない。――いつ考えが変わった。 昨年8月、鈴木馨祐(けいすけ)衆院議員(自民)から紹介された市民団体「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」の井田奈穂事務局長の話を聞いて、選択的夫婦別姓制度を導入しても「家族に影響がない」と納得した。結婚時に夫婦同姓を強制しているのは日本だけ。別姓の制度の国で家族や子どもが不幸なわけではない。 日本でも、離婚や子連れ再婚によって、親子で姓が違う場合がある。子どもに影響があると決めつけるのはおかしいと考え直した。その後も関連する論文を読んだりして勉強した。いかに自分の反対論には基盤がなく、稚拙だったか。反証できなかったのが大きい。――選択的夫婦別姓制度は、自民党以外の政党はおおむね賛成の立場だ。 自民党内の問題だ。私宛てに来た文書には反対派の国会議員50人の名前があった。文書の内容からは理解不足と差別思想を感じた。賛成派には、反対派の人たちを一人一人口説いていただきたい。私もYouTube(自民党埼玉県連青年局のチャンネル)などで発信している。――反対する議員に伝えたいことは。 別姓の制度を望む当事者の声を聞いてほしい。私はこの問題だけはなぜか、要望に来る人をシャットアウトしていた。ジェンダーや男女共同参画を履き違えていたのかもしれない。申し訳なく思っている。 この問題は、結婚している人の半分は姓を変えていないので、当事者は必然的に少数者になってしまう。その切実な気持ちに寄り添うのが政治の役目。基本的人権として尊重すべきであるし、制度を導入しても誰も困らない。制度を求める人の意見に反証できるのか、真剣に考えてほしい。 たむら・たくみ 1971年生まれ。衆院議員秘書を経て2007年から埼玉県議。 20年3月から1年間、県議会議長を務めた。日本会議会員。2021年4月7日 東京新聞朝刊 11版 6ページ 「『反対』稚拙だった私」から引用 結婚した二人が同じ姓を名乗るか別姓にするか、という問題は当事者が決めるものであって、選択的夫婦別姓制度に「反対する」ということは、端的に言うと「あの人たちが自分と違う考えを持つことは許せない」という意味になり、実にもって理不尽な話です。上の記事に登場する埼玉県議会の田村議員はその「問題」に気がついて、考えを改めたものと思われます。自民党議員で日本会議の会員でも、このような合理的な考えを持つに至ったと知って私は驚きましたが、考えて見れば当たり前のことですから、驚くほうが実は普通ではないのかも知れません。これからは自民党にも田村議員のような議員が増えて、自民党が名実ともに自由で民主的な政党になることを願います。
2021年04月21日
政府与党がデジタル庁設置のために関連の5法案、63本を一括審議で衆院本会議を通過させたことについて、法律の専門家の団体が緊急声明を出したと7日の東京新聞が報道している; 首相をトップとするデジタル庁設置を柱とするデジタル改革関連法案は6日、衆院本会議で与党などの賛成多数で可決した。成立すると、デジタル庁が9月1日に発足する。法案に反対する法律家有志は国会内で記者会見し「デジタル庁は首相に強大な権限を与え、統治のシステムをゆがめる」などと問題点を指摘。参院で抜本修正できなければ廃案を求める緊急声明を発表した。=短い審議2面 関連法案は63本を束ねた5法案で、それぞれ採決された。デジタル庁設置法案と給付金などの支給を受ける口座の任意登録を可能にする預貯金口座登録法案は共産党以外の全会派が賛成。個人情報保護法改正案を含む整備法案など3法案は立憲民主党も反対した。 与党は参院での審議を経て、月内成立を目指していたが、参院は別の法案が立て込んでいるため、5月にずれ込む見通し。 関連法案は、2日の衆院内閣委員会で障害者への配慮を明確にするなど数力所修正された。 しかし、民間や行政機関、地方自治体でばらばらだった個人情報保護制度を一元化し情報のやりとりを容易にする個人情報保護法改正案に関し、行政機関が個人情報を目的外に使うことができる要件をより限定的にすることなどを求めた立憲民主党の修正案は、与党が受け入れなかった。 6日に記者会見した「デジタル監視法案に反対する法律家ネットワーク」の海渡雄一弁護士はデジタル庁が省庁に対する勧告権など強力な調整機能を持つため、個人情報が本人の同意なく首相の下に集約されるとの懸念が出ていることを踏まえて「デジタル庁は他の省庁に君臨する組織になっていく可能性がある。監視国家化への危惧は十分あり得る」と指摘した。 三宅弘弁護士は「監視社会化に対して、十分な手当てができていない」と批判した。(清水俊介、井上峻輔)2021年4月7日 東京新聞朝刊 12版 1ページ 「首相に強大な権限 懸念」から引用 これまでの63本の法律を5法案にまとめたその内容は、上の短い記事では詳細は分かりませんが、縦割りの弊害を取り除くために首相直属のデジタル庁を設置して、各省庁を上から支配しようとする法案であることが、薄々分かります。これは危険な動きであると思われます。そもそも安倍政権では、それ以前から言われていた「官僚主導から政治主導」に「改善」するために人事権を掌握して官僚を支配しようと、内閣府に各省庁の幹部人事を決める権限を持たせた内閣人事局を設置し、菅首相などは「内閣と意見の異なる官僚には移動してもらう」などと豪語して、有能な官僚は地方に飛ばされて、政権を忖度し命令されれば公文書の改ざんなどという「悪事」にも手を染めるという情けない国家機関と成り下がってしまっている。この度のデジタル庁設置はこの動きにさらに輪を掛けて内閣の権限を強めるもので、こういう体制が出来上がったところに前首相のような非常識な人物が登場すれば、日本はたちどころに独裁国家になる危険にさらされます。そのような危険性を警告するこの度の法律家の緊急声明に、国民は耳を澄ますべきではないでしょうか。
2021年04月20日
五輪組織委の活動内容を報道した週刊文春の記事の中に開会式の演出案と見られる映像も入っていて、これが全国の読者の目に晒されたのは著作権の侵害であるから、掲載誌を回収するようにと組織委が要求したことに対し、文春側はその要求を一蹴したと3日の東京新聞が報道している; 週刊文春編集部は2日、東京五輪開会式の演出案を内部資料の画像とともに明らかにした記事が著作権の侵害にあたるとして大会組織委員会が掲載誌の回収などを求めたことに対し「こうした不当な要求に応じることなく、今後も取材、報道を続けていきます」とのコメントを発表した。 式典の演出責任者を一時務めた振付家のMIKIKOさんらが国際オリンピック委員会(IOC)にプレゼンテーションした内容を入手したとして「巨額の税金が浪費された疑いがある開会式の内情を報じることには高い公共性、公益性があります。著作権法違反や業務妨害にあたるものではないことは明らか」と反論した。 組織委は「秘密情報を意図的に拡散し、業務を妨害するものだ」として、発行元の文芸春秋に対して書面で抗議するとともに、資料の破棄なども要求。週刊文春編集部は「公共性の高い組織の在り方として、異常なもの」と組織委の姿勢を批判している。 組織委の橋本聖子会長は2日の記者会見で、今後の対応について「しっかりと考えたい」と話すにとどめた。組織委は機密性の高い資料の流出について内部調査に着手し、開閉会式の業務を受託した電通にも調査と報告を要請したとしている。2021年4月3日 東京新聞朝刊 12版 7ページ 「組織委抗議に文春『不当要求応じず』」から引用 この記事を読む限りでは五輪組織委は「著作権侵害」だと言っていても、制作者のMIKIKO氏は組織委を辞任しており文春が報道した映像は本番で使用されないわけですから、組織委の主張には根拠が乏しく、それよりは、文春が言うように「我々の巨額の税金がどのように使われているか」を具体的に報道するための材料として大変価値がある「映像」ということになります。多分、組織委の橋本聖子会長もその辺のことは薄々承知しているので、あまりエスカレートせず、今後の対応は「しっかりと考えたい」とトーンダウンしたものと思われます。
2021年04月19日
菅政権は人気取りで思いついたデジタル庁設置を実施するに当たり、ついでだからというので個人情報保護法を改悪して、政府が理由を付ければ国民の個人情報を勝手に使用できるようにする5法案63本を例によって野党の審議要求を拒否して強行採決したと、3日の東京新聞が報道している; デジタル庁設置や個人情報保護法改正を含むデジタル改革関連法案は2日、衆院内閣委員会で採決され、与党などの賛成多数で可決された。法案は障害者への配慮を明確化するなど数力所修正されたが、立憲民主党が求めた個人情報の目的外利用の要件を厳格化する修正案は否決された。同じ趣旨の付帯決議は可決されたが法的拘束力はない。5法案・63本を一括して扱いながら、審議時間は約27時間半。本人の同意なく個人情報が政府に集約される懸念は残る。(井上峻輔)◆衆院委可決 関連法案が成立すると、国や自治体の情報システムが統一・標準化され、民間や行政機関、地方自治体でばらばらだった個人情報保護制度も一元化され、情報のやりとりが容易になる。 立民が提出した修正案は行政機関が個人情報を目的外に使う際の要件を、原案の「相当の理由」から「利用しなければ業務の適正な遂行に著しい支障」「必要最小限度の範囲で利用」などと限定することが柱。原案のままでは本人の同意がない利用が無制限に広がりかねないとして、個人情報の収集や使用への本人の関与を強めるため、保護法の目的に「個人情報の取り扱いについて自ら決定する権利」(自己情報コントロール権)の保障を明記することも求めた。与党は法案の主な目的とする「データの利活用」と相いれないとして反対した。 立民は否決された修正案の代わりに「相当の理由」を厳格に認定することや判断の適否を個人情報保護委員会が監視することなどを求めた付帯決議案を与党と共同で提出、可決された。 法案を「デジタル監視法案」と批判する弁護士の大江京子さんは本紙の取材に付帯決議について「政府を縛る法的な効力がない」と指摘。28項目にわたる決議を「それだけ多くの課題が残されたままということだ」と語った。2021年4月3日 東京新聞朝刊 12版S 1ページ 「63本束ね審議27時間」から引用 関連する複数の法律案をまとめて審議するのは効率を上げるために合理的な方法と言えるが、それも限度というものがある。63本もの法案を27時間の審議だけで採決するのは、事実上の審議拒否・強行採決であり議会制度の形骸化であり、こういうやり方を続けていけばその先にあるのは議会制民主主義の否定である。自民党政府がこういうことをやり始めたのは安倍政権が安保関連法を強行採決したときからで、当時憲法に関わる重要な法案を十数本束ねて国会に提出し、野党の質問は適当にはぐらかして一定時間を過ぎた時点で強行採決したのであった。次に政権交代したときには、このうようにして無理やり通された法律は逐一点検して、民主国家に相応しい法律に改正する必要があると思います。
2021年04月18日
川崎市内で外国にルーツのある人たちを不当に非難攻撃する活動を繰り返しているヘイト団体は、川崎市が制定したヘイト禁止条例が日本人を罰するのみで、外国人が日本人に対してヘイトスピーチをしても処罰の対象にならないのは片手落ちで、これは日本人に対する差別だと、毎回ことあるごとに拡声器で言いふらしているが、これは間違った言説であり、ヘイト団体のこういう言説を放置するとその主張を真に受けて「川崎市の条例は日本人差別だ」という間違った世論が形成されることにもなりかねないため、市当局はこの度、条例を正しく理解するためのパンフレットを発行したと、3日の神奈川新聞が報道している; 川崎市はあらゆる差別を禁止し、外国にルーツのある人たちに対するヘイトスピーチに刑事罰を科す「市差別のない人権尊重のまちづくり条例」に関する啓発の取り組みを強化した。条例を解説するパンフレットを発行し、市のホームページには「よくある質問」の一問一答を掲載。差別主義者が拡散させる「悪口を言っただけで罰金」「日本人を差別する条例」といったデマや誤った解釈を否定する内容になっている。(石橋学、視点も) 条例を巡っては、差別主義者の瀬戸弘幸氏やヘイト団体「日の丸街宣倶楽部」などが「北朝鮮や韓国の悪口を言ったら日本人に罰金50万円」「日本人だけ処罰される日本人差別条例」といったデマを広め続けている。同様の間違った認識に基づく筋違いな批判が後を絶たないこともあり、啓発の強化に踏み切った。 「何人も差別的取り扱いをしてはならない」と明記する条例の趣旨や罰則の仕組みを解説。「対象が本邦外出身者に限定されているのは国の差別的言動解消法に基づく取り組みだから」「差別的言動の禁止は日本人に限らず誰でも対象(本邦外出身者が本邦外出身者に行うことも許されない)」と注釈を加え、「日本人差別」との解釈は条文上も運用の面からも成り立たないと理解できるようになっている。 パンフレットにも掲載した一問一答では、外国人への差別的言動だけを禁止したことや「法の下の平等に反するのでは」という疑問に、「日本人に対する差別的言動は立法の根拠となる社会的事実がないため、条例による規制は必要ない」 「憲法14条は合理的理由に基づく異なる取り扱いを禁止していない。本邦外出身者とそれ以外では、地域社会からの排除という側面で置かれている状況が異なる。両者の異なる取り扱いは合理的理由がある」と説明。 「北朝鮮や韓国の悪口を言ったら罰金刑になるのか」との問いには、「条例の対象は本邦外出身者に対する差別的言動で、地域社会からの排除を扇動するもの」「外国政府への批判や悪口を言ったことをもって処罰されることはない」と断言している。 市人権・男女共同参画室は「条例が目指す差別のないまちづくりには条例の正しい理解が欠かせない。質問への回答は市の公式見解。ネットで公開したことで広く市民に浸透し、デマを耳にしたときに『それは間違いだ』と打ち消すものとして利用されることも期待している」と話している。《 視 点 》デマ無効化の「公式見解」 条例の正しい理解を促す川崎市の発信は差別の芽を摘むものとして待ち望まれていたものだ。レイシストが拡散させる「悪口を言えば日本人に罰金」「日本人差別条例」というデマは単なるうそではなく差別をあおるヘイトデマだからだ。差別をなくすための条例が差別の道具として悪用される現状を黙って見過ごしていいわけがなかった。 日本人が社会的多数者・強者である日本社会で日本人一般が差別されることはあり得ない。存在しない「日本人差別」を言い募る目的は、被害者を装うことでマイノリティーを日本人に不利益をもたらす敵に仕立て、攻撃や排斥を正当化することにある。条例施行後、川崎市内で差別主義者の活動が激化しているのも「条例批判」はもっともらしく聞こえる上、憎悪をあおるのに格好のネタだからだ。 もっとも行政によって否定されてもレイシストはへイトデマの拡散をやめないだろう。実際、福田紀彦市長が「遺憾」と表明した後も瀬戸弘幸氏は街宣車を走らせ続けた。ブログでは「あえて間違えている」と居直り、やはり「悪口を言えば罰金」と記したビラを3万枚用意し、各戸にホスティングすると宣言している。 こうしたヘイト活動を条例で直接制限することはできない。ならば正しい情報で打ち消していくことだ。デマを無効化させるのにこれ以上ない重みを持つ「公式見解」は差別主義者が活動する「かい」を失わせる。続ければ続けるほどその悪意は浮き彫りとなり、事実をねじ曲げてまで差別をする醜悪さがますます鮮明になってもいこう。 レイシストに対抗する市民の抗議が公という確かな根拠を得て説得力を持ち、発信力を増すのは言うまでもない。ヘイトデマの否定は市議会が求めていたものでもあった。そうして条例を旗印に行政と市民、議会が手を携えながらヘイトスピーチの入り込む余地を埋めていくことで、差別者たちの居場所はなくなっていく。2021年4月3日 神奈川新聞朝刊 23ページ 「レイシストを追う-『日本人差別』否定」から引用 この記事のポイントは「日本人に対する差別的言動は立法の根拠となる社会的事実がないため、条例による規制は必要ない」という一文だと思います。外国人に対するヘイトスピーチが横行すると、外国人が利用する公的施設に脅迫状が送りつけられたり、行政が感染症予防のため市内の幼稚園にマスクを無償配布するときに外国人学校の系列の幼稚園は除外するというような「立法の根拠となる社会的事実」が存在します。しかし、例えば外国人が「日本人を川崎市からたたき出せ」などと喚いてみたところで、そんな馬鹿げた発言に脅威を感じる日本人はいないし、「コイツ、頭おかしいな」と思われてお仕舞いで、これはヘイトスピーチと呼べるものではなく「立法の根拠となる社会的事実」は存在しないということになるわけです。川崎市でヘイトスピーチ禁止条例案を審議する過程では、自民党議員から「処罰の対象が日本人だけというのは不公平ではないか」という議論が度々出されましたが、今回の市当局が制作したパンフレットはそういう一部の疑問を持つ議員にも参考になるものと思います。
2021年04月17日
近隣の国々では何とか感染拡大を押さえ込んでいるのにも関わらず第4波が押し寄せている日本について、作家の中村文則氏は3日の毎日新聞に、次のように書いている; 新型コロナウイルスの感染拡大はズルズルと終わりがなく、健康被害に加え、精神的にも経済的にも、もうずっときつい状況が続いている。 コロナを抑え込んでいる近隣諸国を見る限り、本来なら、日本も同じくゼロコロナに近づける領域にいけたと感じる(一度はあんな半端な緊急事態宣言で、東京は1日1桁まで減った)。もう遅いかもしれないが、今がそうなれるギリギリのタイミングかもしれない。日本がまだ一度もしていない、明確なロックダウン(徹底的な補償付きの)はできないだろうか(本来は去年やっておくべきだった)。人の心理として、目標がなければ自粛は難しい。規制をしなくても、感染者数が増加すればどのみち経済は鈍化する。実質的に、経済だけを見ても感染者数は減らさないともうどうしようもない。 コロナの被害は地域差があり、日本は島国なので本来はかなり恵まれた位置にある。なぜかマスコミがあまり報じないのでここに書くと、抑え込んでいる近隣国の一日の感染者数(3月14~27日)は、ニュージーランドと台湾が大体ゼロ~数人、オーストラリアがゼロ~十数人で、日本は桁が二つ違う(3月27日付で2000人以上)。この地域の海に囲まれた立地の先進国で、失敗したのは日本だけだ。ちなみにベトナムやラオスやブルネイなどもゼロ~数人、中国が数人~十数人、シンガポールが数人~二十数人等々となっている。そもそも去年の春に徹底したロックダウンを一度していたら、今の日本は全く違う景色が広かっていたはずだ。こうやってズルズルやるのが(日本の政治っぽい)一番駄目に違いない。 コロナは大したことはない、との政策をとったスウェーデンも、感染者数が激増し、結局規制へ方針転換した。同じくコロナを軽視したアメリカやブラジルは、医療崩壊だけでなく葬儀業務の崩壊まで招く悲劇を起こしてしまった。アメリカもブラジルも大統領が別の人間なら、あそこまで死者数は増えなかっただろう。ブラジルの大統領はブラジルのトランプと呼ばれ、トランプ的なもの、がコロナに対し脆弱(ぜいじゃく)だったことも明らかになった。フィリピンやイギリスの大統領、首相もそう呼ばれており、同様に失敗した(イギリスは首相が感染するまで対策が遅れた)。○○のトランプ、と呼ばれた指導者は全員失敗したことになる。 日本は安倍政権時にコロナ禍を迎え、既に国会(政治の中心)は虚偽に覆われ、言葉も論理も崩壊していた。そして対コロナ対策の失敗も、崩壊した論理/言葉から始まっている。それは、もうお忘れかもしれないが、感染者が増え始めた時、日本のメディアで一部の論客がなぜか口をそろえ一斉に主張し始めた「検査数を増やせは医療崩壊が起きる」という意味不明の謎の言葉だった。こんなことを言っていたのは、世界中で恐らく日本だけだ。台湾やニュージーランドの指導者が聞けば仰天しただろう。 検査数を増やせ、の訴えは同時に、軽症者や無症状者を一時的に隔離できる施設(ホテルなど)の用意を前提としていた。医療が崩壊するはずがない。むしろ感染者を見つけなければ水面下で広がり、突如拡大し医療崩壊が起きる(そして起きた)。この言葉は言い直すなら「検査数を増やせば保健所崩壊を招く」が正しい。だから保健所だけに任せず、国を挙げて民間の協力も得てやれと多くの人は訴えていたのだった(だがまだやっていない)。日本のコロナ対策の失敗は、従来の枠組みでコロナを迎えようとした結果、それを越える政策を放棄したことに尽きると思う。 あの時意味不明な発言をしていたコメンテーターたちは(反対意見を巧妙に捻(ね)じ曲げて紹介し、それを論破する虚偽的な言論をする傾向にある)、今でも何気ない顔でテレビ等で発言し続けている。恐ろしいとしか言いようがない。日本のコロナ対策の最初の失敗を導き出した言葉が、なぜあの時不自然に一斉に発せられたのか。気味が悪いので一度マスコミは検証してほしい。<なかむら・ふみのり> 1977年愛知県東海市生まれ。福島大卒業後、フリーターに。2005年「土の中の子供」で芥川賞、10年「掏摸<スリ>」で大江健三郎賞など。作品は各国で翻訳され、米国デイビッド・グーティス賞を日本人で初めて受賞。この「書斎のつぶやき」も一部収録した初エッセー集「自由思考」を19年に刊行。20年4月、新作小説「逃亡者」を刊行。2021年4月3日 毎日新聞朝刊 18ページ 「中村文則の書斎のつぶやき-迷走するコロナ対策」から引用 コロナ禍が始まったとき、日本は不運にして安倍政権も末期で政治の中心としての国会が虚偽に覆われ、言葉も論理も崩壊していたために、感染症に有効な策を講じることが出来なかったという指摘は正鵠を射ていると思います。その安倍政権をそのまま継承した菅政権ですから、有効な対策を出せずにいるのもまた当たり前なのかも知れません。感染症対策の基本は、検査で感染者を発見して隔離することです。無症状でも感染することが分かっているのですから、無症状の人を検査しないというのは今となっては間違いだったと言うほかありません。「検査数を増やせば医療が崩壊する」というのはデマで、テレビが連日このデマを垂れ流したために検査数は少な目に抑えられ、そのせいで無症状の感染者が今も毎日ウイルスをまき散らしているのが実態です。デマが何故不自然に一斉に発せられたのか、検証する必要があると思います。
2021年04月16日
日本政府が新型コロナウイルス対策として新たに打ち出した「蔓延防止措置」について、2日の産経新聞「主張」は次のように論評している; これが新型コロナウイルス対策の決め手となるか。極めて疑問だ。 政府は緊急事態宣言に準じる「蔓延防止等重点措置」を、感染が急拡大する宮城、大阪、兵庫の1府2県に適用する。仙台市、大阪市と、神戸市など兵庫県の4市が対象で、5日から5月5日までの1ヵ月間とする。 飲食店の営業時間を午後8時までに短縮するよう要請することが柱だ。飲食店でのマスク着用や換気対策の見回り強化、カラオケ設備の利用自粛も要請する。 細かな違いはあるものの、大筋は地域を絞って緊急事態宣言下に戻すということだ。だが、宣言の解除時を思いだしてほしい。 決して感染拡大を押さえ込んだ前向きな解除とはいえず、繁華街の人出は増し、新規感染者も下げ止まりから微増に転じていた。これ以上宣言を延長しても効力が望めない中での解除だった。 その状態に戻すだけなら、感染抑止の期待はさほど持てない。新たに効果的な対策を講じなければ、新型コロナとの戦いに勝てない。重点措置の対象市との間の移動制限や、対象市でのワクチンの重点接種も検討すべきだ。 政府は、宣言解除後の対応として(1)飲食での感染防止(2)変異株の監視強化(3)戦略的検査の実施(4)安全迅速なワクチン接種(5)医療提供体制の充実-を5つの柱として挙げていた。 これらは実現できているのか。例えば変異株把握の検査について、田村憲久厚生労働相は実施の目安を陽性となった検体の5~10%から40%程度に引き上げると表明した。だが神戸市が約60%の検査で変異株による陽性例を多く確認した一方で、東京都では依然、1割未満にとどまっている。 「なぜできないのか」の言い訳ばかりが聞こえるが、目標達成への見込みは語られない。国の指導力欠如か、自治体の努力不足か。そのいずれもか。結果が伴わない以上、国民の目にそう映っていても仕方がない。 変異株の感染実態も把握しきれない現状では、東京を含む重点措置対象以外での感染再拡大は避けられまい。もぐらたたき、いたちごっこと揶揄(やゆ)されようが、その都度新たな措置を講じることは避けられない。その際は、「迅速な着手、慎重な撤退」の原則を徹底してほしい。コロナとの戦いは、まだ道半ばである。2021年4月2日 産経新聞朝刊 13版 2ページ 「主張-緊急事態とどう違うのか」から引用 普段は政府を擁護し応援する論調の産経新聞であるが、ことコロナ対策では大変厳しい。安倍前政権もそうであったが、菅政権もコロナ対策では口数が少なく、どう対処していこうと考えているのか見当もつかず、あたかも何も考えていないかのように見えるのは、私だけではないと思います。政府が緊急事態宣言を解除した後の対応として挙げた5つの項目も、確実に実行すれば効果が上がると思われるが、「変位株の監視強化」は東京都はまだ10%止まり、戦略的検査も不十分、ワクチン接種といっても実物がまだ入荷しておらず、12日から高齢者への接種が始まったなどと報道されているが、実際は高齢者の前に医療従事者への接種を先に済ませるはずだったのに、まだ300万人ほどの医療従事者への接種が終わっていないという問題も抱えている。政府が何を考えているのか国民に分からないというのは、前政権の8年間の国会審議の場で、野党の質問をはぐらかすような答弁を重ねてきたために日本語会話が破壊された結果ではないかと思います。
2021年04月15日
昨日の欄に引用した「ニュース女子」訴訟の記事の続きは、事件の背景について次のように述べている; この訴訟で名誉毀損が認められた場合、責任を誰が負うのか。辛さん側は、司会の長谷川さんも被告とした。「論説副主幹の肩書が番組に信用を付与しており、責任は免れない」と主張している。長谷川さんは「ジャーナリストでありながらデマを流したと名指しされ、名誉を傷つけられた」と逆に辛さんを訴えた。法廷では「私は番組を回す役。私は辛さんを誹謗中傷していない。報道の自由を脅かす乱訴だ」と反論した。 裁判は6月に結審し、早ければ年内にも判決が言い渡される。ニュースバラエティー番組のあり方に波紋を投げた「ニュース女子」問題とは何だったのか。 「米国のトランプ前大統領が広めたような、陰謀論に乗った新しい形のヘイトスピーチ(差別的な憎悪表現)」。社会学者の明戸隆浩さんはこう分析する。 07年に「在日特権を許さない市民の会」が出現した。在日コリアンを標的に「死ね」「日本からたたき出せ」などと連呼する街宣活動をした。これが「ヘイトスピーチ」と問題になった。だが、明戸さんはトランプ前大統領の「ヘイト」はより巧妙だと指摘する。 「トランプ前大統領は番組が放送された17年に大統領に就任。その手法は、ただ口汚く侮辱するものではなかった。もっと巧妙に根拠のないデマを流し、物言う人を黙らせ、社会の分断を促進させていく」 デマを前提に意見が交わされるため、被害者が反論するのは難しい。「言ったモン勝ちになりがち。言った方は一部の支持層に拍手されたらそれでいい。ニュース女子はある意味、街頭のヘイトスピーチの先を行っていた」 作家の北原みのりさんは「ニュース女子」が「若い女性におじさんが時事問題を教えてやる」という構成になっていたことに注目。根底に今、社会問題となっている「女性蔑視・女性差別」があったとみる。 「在日コリアンというマイノリティー(少数派)の辛さんが、国策に盾つく沖縄に寄り添うことが、そもそも気に入らなかった。攻撃が容赦なかったのは、辛さんが黙らない”女”だったから。辛さんという二重のマイノリティーに対し『この社会では生きられない』と烙印(らくいん)を押す、複合型ヘイトだったのです」 DHCテレビジョンは化粧品大手「ディーエイチシー」の関連会社。DHCの化粧品や健康食品はスーパーなどに並んでいる。北原さんは「楽しげに人をさげすんでも、何をしても女たちは消費者としてあり続けると思っているのなら、女性をなめている」と語る。 差別や分断には、どう対抗すればいいのか。 NPO法人「反レイシズム情報センター」代表理事の梁英聖(リャンヨンソン)さんは「日本の反差別運動はマイノリティーを理解し、被害者に寄り添ってきた。だが、これだけでは差別は止められない。『社会を反日勢力から守る』というゆがんだ正義を掲げる加害者に、被害者への理解は期待できない。両輪として差別を積極的に阻止する社会正義、差別をさせない規範こそが必要だ」と語る。 具体的には何か。「差別を金もうけの道具にさせないこと。差別したらボイコット運動が起きるとか、罰せられるとか、経済的に、社会的に痛い目に遭うと分からせること」 そして梁さんは「黒人の命を軽くみるなと訴える「ブラック・ライブズ・マター」の運動が広がったように、世界では深刻なレイシズムが可視化され、若い世代で反差別運動か潮流になった。ナイキなどグローバル企業のCMも反差別がテーマ。反差別規範のない日本では今や、差別が民主主義を崩壊させるレベルまで達しようとしている。一刻も早く手を打たなければ手遅れになる」と訴えた。<デスクメモ> 国税庁が「長者番付」を出していたころ、DHC社長だった吉田嘉明会長のコメントを取った。千葉県トップの納税者だった。いわく「あまり稼がず、あまり仕事をせず目立たないようにしているのが、この国では一番幸せなのかもしれません」。読み返していろいろ考えてしまった。(裕)2021年3月28日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「差別で商売させぬ正義を」から引用 この記事が提起している「差別や分断に、どう対抗するべきか」という論点は大変重要だと思います。具体的には、差別したらボイコット運動が起きる、そういう社会であるべきで、差別したら罰せられる、これは川崎市の条例で地域的に実現していますが、国として法律を制定するべきです。また、差別したら経済的、社会的に痛い目に会う、そういう社会を私たちは目ざすべきです。さらに、そのような理想を目ざすに当たって、現状はどうなっているのかという認識も重要で、現在の私たちの社会は差別をネタに金儲けができている、具体的には「嫌韓」をネタにした漫画や雑誌がよく売れるという状況であり、これをどのように改善していくのか、という所に最初のハードルがあると認識するべきと思います。また、この記事の末尾にはDHCの吉田会長の意味ありげなコメントが紹介されていますが、この吉田氏も森喜朗氏に輪をかけたような差別主義者で、つい最近も自社ブログにとんでもない差別コメントを書いてました。私はSNSでDHCの広告を見かける度に「この会社の製品は買ってはいけない」とコメントしてやってますが、その度に「いいね」マークが複数つけられます。このような積み重ねで差別のない社会を築いていきたいと思いますが、それにしても、このDHCという会社の社員は、毎日どんな気持ちで仕事をしているのかなあと余分なことまで考えてしまいます。
2021年04月14日
市民団体代表の辛淑玉氏をテロリスト呼ばわりし、沖縄県の基地建設反対運動に活動家を日当を払って雇ったなどと虚偽のニュースをテレビで放送した長谷川幸洋、一色啓人らが名誉毀損で訴えられた裁判が大詰めを迎えたと3月28日の東京新聞が報道している; テレビ番組「ニュース女子」を巡る訴訟が大詰めを迎えている。訴えているのは、市民団体「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉(シンスゴ)さん。沖縄の米軍訓練場内のヘリパッド建設についての放送で、反対する市民をテロリスト、辛さんを「黒幕」のように描き、名誉を傷つけられたというのだ。今月17日、辛さんら原告と、被告の番組側の尋問が行われた。放送から4年余。放送人権委員会が「人権侵害」と批判した番組が残した課題を改めて考える。(佐藤直子) 「番組は私自身と、戦争につながる基地建設はいやだと、人生をかけて声を上げている沖縄の人を笑いものにし、貶(おとし)めた。(敵視した人種を差別する)レイシズムであり、ジェノサイド(集団虐殺)の正当化につながる。黙っていたらずっと続くと思いました」。コロナ禍で一年ぶりの再開となった東京地裁の法廷で、辛さんは提訴への思いを述べた。 辛さんは名誉を傷つけられた賠償に千百万円の支払いを求めている。この日、被告で番組の司会を務めた本紙元論説副主幹の長谷川幸洋さん、やはり被告のDHCテレビジョンの関係で、番組制作会社「ボーイズ」執行役員の一色啓人さんらも法廷に立った。 問題の番組は2017年1月に2週にわたり、東京MXテレビで放映された。当時、沖縄県東村高江で強行されていたヘリパッド建設に反対する市民の抗議行動を「武闘派集団」「テロリスト」などと表現。 「辛淑玉とは何者か」と辛さんを名指しした上で、「反対運動を扇動する黒幕の正体は?」とテレビ画面にテロップ(文字)をつけた。 裁判長に向かって辛さんは「それまでネットを中心にした私への誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)が、地上波で公然と流された。一線を越えたと思った」と語った。番組放送後、追い打ちをかけるように国会内で「辛淑玉氏等在日朝鮮人による反日反米工作を糾弾する国民集会」が開かれ、国会議員も参加した。 その傷がどれほど深かったか。「怖かった」と辛さんは振り返る。自宅前に何時間も不審者がいたり、屋外のごみ箱に排せつ物を入れられたりした。夜中にチャイムを鳴らされたこともあった。死を思うほどに追い詰められ、一時はドイツに生活拠点を移した。そんなことを涙ぐみながら法廷で訴えた。 裁判の焦点は、辛さんから「根拠のないデマ」と訴えられた番組の内容の真実性を、被告側が立証できるかどうかだ。 番組では、辛さんが過激な反対派を雇い、「日当」を支払ったかのように表現していた。だが、辛さんによると、その金は東京などから抗議に参加する人に配った五万円の旅費。のりこえねっとが市民からカンパを集めて配ったものだ。 尋問を受けた一色さんは、「日当」と報じた根拠を示せなかった。そして、デモの「黒幕」については「誰か分からないから『黒幕』と表現しただけ、辛さんを名指ししたわけではない」と釈明した。 裁判所がどう判断するかはまだ見通せない。だが、テレビ関係の諸機関は既に、番組に問題があったと結論付けている。 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は17年12月に「中核となる事実に裏付けはなく、重大な放送倫理違反があった」とする意見を公表。放送人権委員会は18年3月、「名誉毀損(めいよきそん)の人権侵害が成立する」と認定している。これを受けて東京MXテレビは同年7月、辛さんに謝罪した。2021年3月28日 東京新聞朝刊 11版 20ページ 「『ニュース女子』訴訟大詰め」から引用 特定の個人を虚偽の情報を元に誹謗中傷するのは人権問題ですから、裁判所には公正な判断が求められますが、昨今のこの種の裁判では日本の裁判所は人権問題の重要性をよく理解出来ていないと思わせるような判決が続いており、当該裁判も予断を許さない状況と思います。民間組織の判断でも「人権侵害が成立する」と言われている事案について、変な判決を出したのでは司法機関として沽券に関わる事態になるのではないかと心配です。
2021年04月13日
政府がデジタル関連の法案63本を一括審議で強行採決しようとしていることを、ジャーナリズム研究家の丸山重威氏が、3月28日の「しんぶん赤畑」で次のように批判している; 「予算関連」だとして政府が今国会での成立を狙う、デジタル関連法案の国会審議が始まりました。動きが鈍かった新聞もようやく取り上げ始めました。 「63本もの法案を一括」した法案は、「内閣が個人情報を集中管理」(「朝日」19日付)し、これまでの「個人情報」や「プライバシー」の考え方を根本から覆そうとしていることに問題があります。 「東京」(16日付社説)は「デジタル化には利便性向上の利点とプライバシー侵害の危険が併存する。今回の法案には後者への配慮が欠けていないか」「関係資料には45ヵ所のミスも見つかった。拙速に過ぎる。十分な審議と個人情報が脅かされないような法案の修正が必要だ」と指摘します。 「負の側面の議論を怠るな」というのは山陽新聞(14日付社説)。「個人情報の管理強化が、目的外使用への道を開くことにつながらないのか。ハッカー攻撃などによる情報漏えいの危険性はないのか。デジタル機器に不慣れな高齢者が取り残されないのか」との「懸念」を表明しています。 同法案には法律家のグループなどから「国民の管理・統制につながる」との批判が広がっています。「(自治体独自の)個人情報保護条例などを全国で統一」「情報漏えいや悪用のおそれ」(京都新聞2月8日付社説)。「公共サービスのさらなる民営化」(信濃毎日新聞同12日付社説)もあります。 他方、「読売」(同10日付)は「行政サービスを効率的に進めることが大切」「国や自治体の情報システムをいかに統一するかが鍵」などと、まるで政府答弁のような社説。ならば政府に代わり「なぜデジタル庁がなければならないのか、首相はまるで説明していない」(「東京」17日付)との批判に答えてはどうかと思います。(まるやま・しげたけ=ジャーナリズム研究者)2021年3月28日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ 「メディアをよむ-デジタル法案に警鐘を」から引用 デジタル関連法案というのは、菅政権が人気取りのために思いついたデジタル庁設置のための法案と思われますが、そのような措置が行政をどのように効率化できるのか、国民生活にどのようなメリットがあるのか、政府は説明する責任があると思います。政府はこれまで、いろいろと国民を番号で「管理」することを企画してきましたが、古くは住民基本台帳とか、何の役にも立っていないような気がします。マイナンバーというのもできて、何に使うのか目的も分からず、コンビニから住民票を申請できるという話も聞きましたが、そもそも住民票など普通の生活に必要になる場面などほとんどありません。去年の今ごろは、定額給付金の受け取りを便利にするというような話がありましたが、結局役所の窓口が混乱しただけで、マイナンバー・カードを持ってる人も持ってない人も大した違いもなく受給できたようですし、今年もコロナワクチンの接種にマイナンバー・カードを、などというニュースを聞いて「また始まったか」と思ったのですが、案の定立ち消えになっています。日本政府がやろうとするデジタル化は何故いつもうまく行かないのか、不思議です。
2021年04月12日

当ブログでは何度か取り上げた藤野裕子著『民衆暴力-一揆・暴動・虐殺の日本近代史』(中公新書)について、長崎大学准教授の森元斎氏が、月刊「世界」3月号に次のような書評を書いている; パリに住む友人が言っていたことがある。いわゆる「暴力」に加担したことがある、と。しかし、その「暴力」と名指していたのは誰なのか。警察である。そして警察発表をそのまま報道するメディアである。そして実際、人間をボッコボコにぶん殴っている主体は誰だったのか。警察である。では、その「暴力」の担い手として暴力的に名指されてしまっていた友人は、何をしていたのか。デモをやり、それが盛り上がり、警察が治安の名の下に、デモ隊を散らそうとしてきたので、それに対抗しようとし、そして周囲が警察に捕まり殴られていたので、それに恐れ慄(おのの)いて、逃げ回った、という事実である。これが、民衆の暴力として、なぜか警察発表され、メディアで報じられた。ただ、フランスのメディアは、「暴徒が発生した」なんて言わず、蜂起や反乱(つまりinsurrection)が生じたと述べていた。 暴力の主体と対象を見定めることなくして、暴力は語れない。暴力が、いかほどの暴力だったのかを見定めることなくして、暴力は語れない。どういった事象を指して暴力と名指されているのかを見定めることなくして、暴力は語れない。本書は、国家が有する暴力ではなく、民衆の暴力を、一揆・暴動・虐殺に定位して、近世から近代にかけて、何がどのように生じていったのかを、丹念に資料を掘り起こし、著者の観点が提示されているものである。 民衆の暴力は、圧倒的に非対称な国家に対して、無力であり、ともすれば国家レベルに匹敵する暴力など持ち合わせず、勝てることなどは、ない。だから民衆の暴力は、国家のそれと同様に語るべきではない。こうした観点が欠如すると、民衆の暴力の見方を私たちは見誤ることになる。 本書の冒頭で酒井隆史の『暴力の哲学』の議論が引かれている。「酒井隆史は『暴力の哲学』のなかで、「暴力はいけない」という道徳的な感覚がはらむ危うさを次のように指摘した。「暴力がいけない」という感覚が、暴力をふるった人への厳罰を要求したり、暴力を抑止するという目的での対外戦争を容認したりするなど、別の暴力(国家による暴力)に対する無感覚を生み出している、と」(本書ii頁)。 これは例えば、神権政治が行われていたジュネーブでも同じようなことが起こっていた。プロテスタントが拠点にしたジュネーヴは、これまでのカトリックのような腐った宗教組織ではなく、また腐った国家に守られる都市ではなく、宗教と生活とが密接に統治が実行されていた。そこで、国家の警察権力や腐ってしまったカトリックのあり方には頼らなくて済む様に、民衆が相互に監視をしあい、時にその度を越して、処罰者を大量に生み出すということになった。民衆が民衆に対して、暴力を振るった事例だ。 また日本でも、戦前でも戦後でも、よくあった。戦前であれば、非国民のレッテルを相互に貼り合う「国民」、現在のコロナ禍であれば自粛警察だってそうだろう。そうこうしているうちに、国家の暴力は増長する。戦争は遂行され、人は死に絶え、COVID-19はパンデミックを起こし、国家の無能により助かったはずの命が亡くなっていく。 これらの観点を歴史学徒らしい手つきで、近世・近代の日本で見定めていく本書は、私が研究している哲学・思想史とはまた違った仕方で、大変興味深い。 近代化の過程の中で、国家の暴力や警察の権力は創設されていくのであるが、民衆の暴力とそれに対峙するという側面がセットになっていくことで、その創設はより強固になっていく。「暴力の正当性を独占」することが可能になった国家、とりわけ警察と軍隊は、新政反対一揆を封じ込めることでその立場を確立していったことが詳らかに描かれている(第一章)。 また近代化の過程には、イデオロギーによって地域や社会や国家を作り上げていこうとする民衆や国家の闘争が浮き彫りになる。本書で取り上げられているのは「秩父事件」である(第二章)。自由民権運動が盛んになる中で、そのイデオロギーが人口に膾炙(かいしゃ)してきたことにより秩父事件へと発展した。しかし、筆者は、それだけではないという。近世から連綿と続く世直し運動からの連続性をも取り上げ、民衆の蜂起へと結びついたのだとまとめている。近代化だけが敵なのではない。生のあり方そのものが問われ、その生のエネルギーの発露が秩父事件だったのではないか。 その生のエネルギーはしかし、近代的な制度化の進行とともに噴出するときに、さらなる展開が見られるようになる。それが日比谷焼き討ち事件である(第三章)。産業労働者、それも男性の労働者の形成過程で、数多くの人々が都市へ移住し、近代日本の下層労働を支えることになる。彼らは「飲む・打つ・買う」の刹那的な生活を送り、日常的に殴り殴られるという経験をしている一方で、その労働のあり方から相互扶助に満ちた仕方で日々を送っていた。「腕っぷしの強さ、豪快さ、剛胆さ、弱きを助ける義侠心」、これこそが価値であった。こうした生のエネルギーの発露は、権力や雇用主、そして富裕層や警察権力といった、自分たちと圧倒的に非対称な存在へと矛先が向かう。東京という大都市での暴動にはこうした労働者が参画したがゆえに、激しいものへと発展していったことが詳らかにされている。ただし、いうまでもないが、やみくもに暴れていたわけではない。「近隣住民と最低限の合意が取れる範囲で暴力を振るっていたのである」(本書、105頁)。 四章と五章は、こうした国家に対峙する暴力ではなく、民衆間の暴力のあり方に焦点が当てられる。ここは2つの位相が見て取れる。1つは、関東大震災時の朝鮮人虐殺、つまり、民衆が民衆に暴力を、それも殺人と虐殺を行なうという仕方でのあり方だ。これについては、わかりやすいものであればイ・ジュンイク監督の『金子文子と朴烈』でもいいし、加藤直樹『九月、東京の路上で』(ころから)も合わせてみてみてもよいだろう。時の内務大臣であった水野錬太郎が朝鮮総督府政務総監時代に、三・一運動の経験から、朝鮮系の人々を虐殺していい旨を容認するという、圧倒的な国家の暴力が前提となっている。 もう一つの位相は、このようにしてまとめられる。「身内の生命が震災で失われた事実を正面から受け止めるよりも、誰かを「敵」として設定して「復讐」できたほうが、やりきれぬ思いを紛らわせられる」(本書、192頁)からではないか。そう筆者は分析する。こうした思いは、朝鮮人に向けられるだけでなく、警察に向けられることもある。暴力のエネルギーは同根なのかもしれない。こうしたエネルギーは、どんな人にだって備わっている。その人が、内務大臣のような人間が垂れ流した国家による流言飛語に乗って、朝鮮人を虐殺してしまったのだ。流言飛語ではなく、警察や国家に抗する流れに身を任せることになれば、本書でも描かれたように、抵抗の暴力として浮かび上がることになる。だから四章・五章では、とりわけ、何を前提として民衆が暴力を顕在化させたのかを注意深く見ていかねばならないだろう。 私たちは、暴力の発露の前提となるもの、前個体的なもの、つまりエネルギーとそれが流れ出る水路をつぶさに見つめなければならないのではないか。ここで、もしかしたら哲学・思想史の出番になるのかもしれない。評者:森元斎(もり・もとなお) 長崎大学多文化社会学部准教授。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了(博士)。専攻は、哲学、思想史。著書に、『国道3号線』(共和国)、『アナキズム入門』(ちくま新書)、『具体性の哲学』(以文社)がある。藤野裕子著『民衆暴力-一揆・暴動・虐殺の日本近代』(中公新書)820円+税月刊「世界」 2021年3月号 258ページ「SEKAI Review of Books -暴力の水源を辿る」から引用 藤野裕子著「民衆暴力」については新しい書評を読む度に藤野先生が何を考えて近代社会の暴力を研究しているのか、次第に理解が深まるような気がします。特に今回の書評は最近公開された映画や芝居を例示して説明している点が理解を助けてくれているように思いました。「暴力はいけない」というのは現代では「常識」のように言われていますが、お題目のように唱えているだけでは暴力を振るった人に厳罰を要求したり、暴力を抑止するという目的の対外戦争を容認するという別の暴力に対する無感覚を生み出す、という警告には耳を傾けるべきと思います。
2021年04月11日
スケジュールに合わせて緊急事態宣言が解除されて予定通り3月25日に始まった東京五輪の聖火リレーについて、文芸評論家の斎藤美奈子氏は3月31日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 迂闊(うかつ)だった。聖火リレーがこんな大パレードだったとは。26日の東京新聞ウェブ版で原田遼記者が伝えるところでは〈「ズチャ、ズチャ、ズチャ」と大音量の音楽を響かせ、やってきたのは大型トラック〉。荷台の上のDJが大声で叫ぶ。〈「福島のみなさん1年待ちました」「踊って楽しみましょう」〉 動画を見てさらにのけぞる。コカ・コーラ、日本生命、NTTといった上位スポンサーの宣伝トラックに先導されて、だいぶ後からやってきた聖火ランナーの姿はかき消されんばかり。7月23日までの約4ヵ月間、この騒々しい一団が全国各地を次々に襲うのだ。各日のゴールではセレブレーションと称する到着イベントも開かれる。 沿道の観客の密以前にパレードに動員された人数だって相当なはずだ。新型コロナ第4波の到来が予測され、ワクチン接種は進まず、国民には花見の自粛まで求めているのに何なのこれは。 そのうえリレーの実態は国民の目から隠されている。五輪公式サイトもニュース映像もランナーのアップしか映さない。企業中心のイベントであることがバレたら、批判が殺到するとわかっているのかもしれない。 テレビ局も大手新聞社も五輪のスポンサーである。要するにみんな「ぐる」なのだ。五輪の本番はまだ先だ。だが五輪翼賛報道はもう始まっている。(文芸評論家)2021年3月31日 東京新聞朝刊 11版 27ページ 「本音のコラム-隠されたパレード」から引用 聖火リレーに関するテレビの報道は、この記事が伝えるとおりで、テレビしか見ない人にはどんな「リレー」が行なわれているのか知る由もないが、ツイッターでは短い動画ではあるが大型トラックを派手に改造した宣伝カーにDJやダンサーを乗せて大騒ぎしながら通る様子を見ることができた。しかし、その動画もIOCが「一定時間を過ぎたパレードの動画は配信してならない」と報道各社に「命令」したため、新聞もテレビも、「この時期に福島県で聖火リレーを実施することの妥当性」を議論するような番組や記事を差し控えている。ジャーナリストの江川紹子氏は「IOCは如何なる法的根拠があって報道各社にそんな命令が出せるのか。貴社は何故、IOCの『命令』を問題視せずに黙って従っているのか」と問い合わせたところ、東京新聞は「ここで波風を立てると、もし五輪が始まったときに、取材を断られる可能性があるので・・・」という答えが返ってきたとのことでした。スポーツの祭典とは名ばかりの五輪の本質を見たような気がしました。
2021年04月10日

日中戦争に従軍した兵士の日記を書籍にまとめた小林太郎著、笠原十九司・吉田裕編「中国戦線、ある日本人兵士の日記」について、東京大学准教授の岡田泰平氏が4日の「しんぶん赤旗」に、次のような書評を書いている; 最近、歴史学でも注目している自分語りの資料である。この資料を通して戦場の状況と、下級兵士であった著者の心の奥底を垣間見ることができる。奇妙な魅力を持つ日記である。 戦争なき現在の日本の読者にとって、著者の叙述は驚きに薦ちたものであろう。過剰な暴力が、食や自然描写といった日常に並置される。例えば、南京戦後の叙述では、「農園で宿のかざりにするため花をもらって来る。地雷に他の隊のものかゝり7名手も足もぱらぱら。可愛そうに」という具合である。 もう一つの驚きは、死についての叙述の多さと生々しさである。日本人戦友の場合、死に至る経緯が示され、著者の心情が描かれる。その反面、中国人は「弥(にい)」や「豚」とやゆされ、殺害や処刑の場面が淡々と書かれる。例外は、中国人の抵抗があらわになる場合である。村民の一人が日本軍に抵抗し殺される。「可愛さう」だが「北支平和の尊い礎」との感想か加えられる。敵味方を越えた武威が称揚されている。 こうした中、1938年8月に著者は急性大腸炎にかかり、入院を余儀なくされる。当然、武威の称揚は保てない。その代わりに痛みや辛さ、病からの回復、映画や慰問、日本へのノスタルジーが読者を引きつける。 読後感としては、この日記では敵味方に対する価値判断が明らかであり、敵に対する仮借なき暴力は徹底的に正当化される。いわぱテレビ・ゲームのようでもある。この叙述に対して、編者の大変に詳しい解説は、著者(小林氏)の世界観が一人歩きしないためにも必要であろう。ただ、解説により読み方が限定されてしまうのは好ましくなく、1度目は著者の叙述のみを読み、2度目に解説を精読することを勧めたい。最後の驚きは、この著者がここまでの暴力を振るいつつ、全く裁きを受けず、戦後は教育者として生きてきたことである。戦後日本社会の闇の深さを感じる。評者 岡田泰平 東京大学准教授小林太郎著、笠原十九司・吉田裕編「中国戦線、ある日本人兵士の日記」(新日本出版社)3600円2021年4月4日 「しんぶん赤旗」 9ページ 「読書-自分語りから垣間見る戦場心理」から引用 戦争に動員された日本人が中国で何を考え何をしたのかが赤裸々に記述された興味深い本で、通常の歴史の本とは異なる角度から歴史を実感します。ここまでの暴力を振るいながら全く裁きを受けずに、戦後は教育の仕事に従事したとのことですが、そういう事例は多かったのではないかと思います。私の伯父は2回、中国戦線に赴き3回目は国内の駐屯地で初年兵教育に従事しているときに終戦になったと言ってました。これからの日本は戦争はしないほうがいいと思います。国の交戦権を認めない現憲法を守るのが得策です。
2021年04月09日
男女平等を実現しようとする世界の趨勢と、それについて行けない日本の実情について、3月27日の東京新聞は次のような記事を掲載している; 夫または妻のいずれかが姓を変えなければならない日本の民法。規定は差別的として、国連の女性差別撤廃委員会から民法を改正するよう再三勧告を受けているが、日本は「法的拘束力がない」とはぐらかし続けている。先日も、同委員会の勧告を含む公式文書を外務省が2年以上放置したことが明らかになったばかり。ジェンダー平等が進まない要因として、国際常識とのズレを指摘する声もある。(砂本紅年) 「これまでの議論は何だったのか。勧告は非常に重い。行政ならば、すぐに何らかの取り組みをするのが基本なのに、国会議員の意識とのギャップを感じる」 内閣府の男女共同参画会議で、第5次男女共同参画基本計画案の策定に携わった三重県鈴鹿市長の末松則子さん(50)は、無念さをにじませる。 計画案は、末松さんをはじめ女性起業家、各分野の研究者ら計18人の委員が約2年間議論を重ね、昨年11月に答申。選択的夫婦別姓制度も、国連の委員会からの勧告を踏まえ、「さらなる検討を進める」と前向きな言葉を盛り込んだ。 しかし、閣議決定前に自民党内の議論が紛糾、反対派への配慮から制度の文言は削除された。「国際基準のジェンダー平等を目指しても、いつも与党の壁に阻まれる」と末松さん。「第6次計画ならいいのか、第7次からか。いつまでも前に進まない」と話す。 日本は国連の女性差別撤廃条約に基づき、男女共同参画社会基本法などを制定。基本計画は基本法に基づいて5年ごとに策定しているが、文京学院大名誉教授の山下泰子さん(82)=国際人権法=は「本来核となるべき条約の影が薄い」と問題視する。 国連の女性差別撤廃委員会からは日本の夫婦同姓制度について03年、09年、民法改正を勧告された。しかし15年、最高裁判所は夫婦同姓を定めた民法750条を合憲と判断。翌年には3回目の勧告を受けたが、政府や国会の対応は鈍い。各国の男女格差の度合いを示す「ジェンダーギャップ指数」も日本は世界百121位まで順位を落としている。 「司法においても条約が全く機能していない。法学上の通説では、条約は法律より上位規範だが、日本では守らなくてもいい約束になっている」と山下さん。これまで条約違反を訴えた約60件の女性差別をめぐる裁判で、裁判所は「同条約は直接国内に適用されない」などとして条約違反かどうかについての判断を回避し続けているという。 現状を変えようと、山下さんらが政府に求めているのが条約の選択議定書の批准。最高裁で敗訴した場合でも、条約違反を委員会に直接通報、救済を求められる個人通報制度があるためだ。 「条約の実効性を高めなければ、日本の女性の権利はいつまでも国際基準になりません」<女性差別撤廃条約> 1979年、国連総会で採択され、日本は85年に批准。男女の固定化された役割分担の変革を中心に、その国の慣習・慣行を含め、教育や雇用、家族関係など各分野の女性差別撤廃、男女平等推進を求めている。 条約の締約国は4年ごとに、自国の取り組みを国連に報告。女性差別撤廃委員会は取り組みが不十分な点があれば勧告する。締約国は189力国。条約に基づく権利への侵害があれば委員会へ直接通報できる「選択議定書」を批准しているのは114力国。日本は批准していない。2021年3月27日 東京新聞朝刊 21ページ 「国際女性デー2021-国際常識とズレる日本」から引用 脱亜入欧が唱えられた明治時代は服装を洋風化したり鹿鳴館を建てて舞踏会を開いたりと、西欧に追いつくために頑張った時代がありました。その結果が侵略戦争とその敗北であったのは残念なことでしたが、議院内閣制や民主的な選挙の導入と、私たちは先進国の一員のつもりでおりましたが、どうも最近はその認識に疑問を感じる場面が多くなったような気がします。国連・女性差別撤廃委員会からの勧告やその他の書面を受け取っておきながら、2年間も放置するとか、わが国政府が批准した条約が存在するのに裁判所がそれを無視した判決を出すとか、こういう状況では「ジェンダーギャップ指数」が世界の180か国中121位というのも当然で、昭和30年代に経済成長が始まった頃は「もはや戦後ではない」と言われたそうですが、今となっては「もはや先進国ではない」という「実態」を認識するべきではないかと思います。
2021年04月08日
軍が政府の指導者を軟禁し、抗議する市民を銃撃してかなりの死傷者を出しているミャンマーについて、エッセイストの師岡カリーマ氏は3月27日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 軍事クーデターに対する抗議運動が続くミャンマー。拘束や拷問や死の危険を冒してデモを続ける勇敢な市民は本当にすごい。心からの敬意を。 同時に、ドイツの反ナチ運動家ニーメラー牧師の言葉と伝えられる教訓を思い起こさずにはいられない。「最初に彼らが共産主義者を攻撃した時、私は声を上げなかった。私は共産主義者ではなかったから」。次に労働組合員やユダヤ人などが攻撃されても同様の理由で声を上げなかった。とうとう「私」が攻撃の標的となった時、「私」のために声を上げる人は残っていなかった。 少数民族ロヒンギャに対する「民族浄化」「集団虐殺」「組織的レイプ」などでミヤンマー冶安当局が国際的な批判を浴びる中、アウン・サン・スー・チー国家顧問は沈黙を守っただけでなく、国際司法裁判所で軍を弁護し「これがノーベル平和賞に輝く民主運動家の姿か」と世界を失望させた。 軍に対抗する権限は彼女にないのだという擁護論とともにしばしば聞くのが「ロヒンギャ擁護に回ったら国内で有権者の支持を減らす」という分析。でもその有権者は今、彼女がかつて国際舞台で正当性を与えてしまった軍当局の犠牲になっている。牧師の教訓通り、私たちも一見無関係の人々への弾圧に異議を唱えなければ。ミャンマー市民のために声を上げなければ。日本政府の対応を注視したい。(文筆家)2021年3月27日 東京新聞朝刊 11版 27ページ 「本音のコラム-沈黙の代償」から引用 ミャンマーの少数民族の問題は複雑で、短いコラムで包括的に論評するのはかなり難しい様子が分かるエッセイです。それでも、最初のボタンを掛け違えると最後には自分も孤立無援の窮地に立たされるというニーメラー牧師のエピソードに即して考えると、アウン・サン・スー・チー国家顧問は軍政が終わって国家顧問に就任した時点で指導力を発揮して国内世論を指導し、軍によるロヒンギャ迫害を止めさせる努力をするべきだった。それと同時に、ミャンマー国会の一定の議席を軍人に割り当てるという非民主的な「憲法」を是正する手も打っておくべきでした。今さらない物ねだりのような理想論を言ってみても仕方がないとは言え、どのような解決方法があるのか考える必要はあると思います。
2021年04月07日
今から150年前の明治の政府が作った皇室典範のままでは天皇家が断絶する危険があるため、日本政府は皇位継承を議論する有識者会議を開いたと、3月24日の東京新聞が報道している; 政府は安定的な皇位継承策に関する有識者会議初会合を開き、遅まきながら本格検討に着手した。男系男子に限られる継承資格を女性・女系に広げる案を巡り、専門家ヒアリングで論争となるのは必至。菅義偉首相が指導力を発揮する気配はなく、皇統維持は一層の危険水域へと突入する恐れがある。政権内では、女性皇族が結婚後一代に限り皇室に残る「女性宮家」創設が必要だとの指摘も出ている。 ▼断絶 「議論いただくのは、国家の基本に関わる極めて重要な事柄だ」。首相は23日の初会合で、こう強調した。現在の次世代の継承資格者は、秋篠宮さまの長男悠仁さま1人のみ。官邸幹部OBは「皇統断絶もあり得る」と警鐘を鳴らす。 打開策として世論の多くが支持するのが、女性・女系への資格拡大だ。共同通信社が2020年3~4月に実施した世論調査では女性天皇賛成派が85%、女系天皇賛成派は79%に上った。 しかし20年春、政府が非公式に専門家から意見聴取した際、女性、とりわけ女系の容認は「日本の伝統を破壊する」との強い異論が一部で唱えられた。終戦直後に皇籍を離脱した旧宮家(旧皇族)から「男系男子子孫の養子を迎えるのが自然だ」との意見もあった。 政府は意見集約の難しさから、本格議論の開始を先送り。「速やかな検討と国会への報告」を政府に求めた天皇退位特例法の付帯決議から、既に4年近くが経過した。 ▼神風 皇位継承について安倍前政権の危機意識は薄かった。17年2月、首相公邸。 「40年先でいいんじゃないか」。当時の安倍晋三首相は、退位を巡る有識者会議メンバーとの会食で、継承策を決める時期について平然とこう言ってのけた。 当面は秋篠宮さま、悠仁さまと続くから「大丈夫」との理由だった。「男系維持と女系容認の意見は交わらないから、今は決められない。いざとなったら、この国は神風が吹く」とまで語り、メンバーをあきれさせた。 「事なかれ主義」は菅政権にも継承された。菅首相は「事務方の杉田和博官房副長官に任せている」と周囲に説明。関係者は「首相は皇室の問題に関心がない」と嘆く。 ▼その場しのぎ ただ数十年後まで無策なら、女性・女系を認めるにしても、対象者がいなくなる事態が想定される。皇室典範は天皇、皇族以外と結婚した女性皇族について、皇籍を離れると定めるためだ。天皇陛下の長女愛子さま、秋篠宮さまの長女員子さま、次女佳子さまも近い将来、皇族でなくなる可能性があり、皇位継承の重責も皇室活動の負担も悠仁さまに集中しかねない。官邸内では、皇室活動の担い手を確保する観点からも、女性宮家創設を「有力案」(幹部)とする声が上がる。 だが自民党内の保守派では、女性・女系天皇につながるとして拒否反応が強い。支持するのは、結婚後の女性皇族に「皇女」の尊称を贈り、皇籍離脱後も皇室活動への協力を委嘱する案だ。野党では「皇統の安定化につながらず、その場しのぎだ」(立憲民主党幹部)と否定意見が多い。 有識者会議メンバーには今後、難作業が待ち受ける。政権内には明確な結論を出すべきではないとの声も漏れる。会議終了後、座長の清家篤前慶応義塾長は記者団にこう吐露した。 「さまざまな意見があり、それぞれメリット、デメリットがあるという整理はできる」2021年3月24日 東京新聞朝刊 12版 6ページ 「やっと議論 危機意識薄く」から引用 安倍晋三議員は口を開けば「憲法改正」などと大きなことを言う割に、「皇位継承の議論は40年先でいい」などと無責任なことを口走って、頭の中には国の将来を案じる気持ちなどカケラもないことを暴露している。私は国民の意識が進歩すれば天皇制はやがて廃止されるであろうと思っているが、現在の自民党政権のように無策のまま50年後に継承すべき人物がいないから自然消滅というような無様なことは、あってはならないのであって、長く続いた伝統を廃止するのであればそれなりに手続きを踏んで「本日をもって歴史的使命を終えた」ということを宣言するべきと思います。しかし、現代の世論の状況ではまだ天皇制を廃止できそうな様子は感じられませんから、今後100年くらいは皇統を維持して行く必要がありそうです。したがって、女系はだめなどというナンセンスな価値観を捨て、推古天皇の古事に学んで女性天皇を認めるように皇室典範を改正するべきと思います。それにしても、この国では「いざとなれば神風が吹く」などと言って一度は国が滅ぶところまでいったというのに、その当時の戦犯容疑者の孫の口から同じ言葉が繰り返されるとは、呆れた話です。
2021年04月06日
最近の報道で特ダネをスクープするのが文春と赤旗だけになってしまっている状況について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は3月24日の東京新聞コラムに、次のように書いている; もう日本のジャーナリズムは文春と赤旗だけあればいいんじゃない? そんな声まで聞こえてくる。「週刊文春」と「しんぶん赤旗」が政権を揺るがすようなスクープを連打しているからだ。他の新聞や雑誌はこれをどう見ているのだろう。 19日の産経新聞電子版に「毎週水曜を待つ『文春国会』の様相に」と題する記事が載った。「週刊文春」の記事は毎週水曜日にゲラ刷りが出る。野党はそれを待って国会で質問する。「文春政局だ。毎週ドキドキしている」とは立憲民主党幹部の声。野党の揚げ足取りを狙ったらしき破れかぶれの記事。そういうあんたは新聞としてどうなのよって話である。 また、「赤旗」が日本ジャーナリスト会議の賞をとった後、「『赤旗』、党活動と報道の間で」という記事を載せたのは朝日新聞(2020年11月28日)。「党の機関紙である以上、独立したメディアにはなれない矛盾を抱える」といった声も紹介。大新聞の矜恃(きょうじ)というより嫉妬かな。 「文春」に内部告発的な情報が集まるのは、あそこならもみ消されずに載るだろうとみんなが思うから。「赤旗」がヒットを飛ばし続けるのは政権与党を監視するという目的が明快だから。その「赤旗」が22日、今度は文科省の接待疑惑をすっぱ抜いた。両者が目立つのは政官が接待漬けだからってのもあるわよね。(文芸評論家)2021年3月24日 東京新聞朝刊 11版 27ページ 「本音のコラム-文春と赤旗」から引用 この記事によると、「文春」は誰もが「あそこならもみ消すことなく掲載する」と思っているから。ということは、他社の場合は過去に、多かれ少なかれ世間に阿って記事を取捨選択した過去があるということでしょう。「赤旗」の場合は、共産党という政党が「権力の監視」という目的をもっており、そういう政党の機関紙として任務を果たしている当然の結果、ということのようです。商業新聞の場合は、戦前からの伝統で政府の役人と懇意になって情報を分けてもらうという姿勢が抜けていないから、批判的な記事を書くにも限度があるというわけで、もはや特ダネなどは期待できないということのようです。
2021年04月05日
現在の日本の人種差別と今後の展望について、明治学院大国際学部長の阿部浩己氏は3月21日の東京新聞で、次のように述べている; 人種差別に抗議する米国発の運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命も大切だ)」が世界的に広がりをみせている。阿部浩己・明治学院大国際学部長(国際人権法)は「日本でも人種差別は起きているのに、多くの人は無自覚だ」と指摘する。21日の国際人種差別撤廃デーを前に、川崎市のヘイトスピーチ対策の提言にも関わった阿部さんと日本の差別の実態について考えた。(安藤恭子) 昨年5月、米国で黒人男性が警官の暴力で死亡した事件が契機となった。トランプ前大統領は抗議デモを「過激な左派扇動」とし、デモと衝突する極右団体の側を擁護した。「差別を容認する大統領の言動は、差別される側には命の危機。分断をあおる者への批判として、BLMは広がった」と阿部さんはみる。 テニスの全米オープンで黒人被害者の名を入れたマスクを着け、抗議の意思を示し続けた大坂なおみ選手も、その一人。日本では毅然とした対応への称賛だけではなく、「スポーツに政治を持ち込むな」という批判も会員制交流サイト(SNS)上に渦巻いた。 「大坂さんが日本人であることと、黒人としてのアイデンティティーを傷つけられた憤りは矛盾しないのに、日本人らしくないと責められた。これも一人の人間としての意思を尊重しない差別です」 日本にも人種差別はある。阿部さんは「在日コリアンやアイヌ民族は、社会の一員として認められず、排除を促されてきた。外国人技能実習生への差別的な待遇や、琉球沖縄に日米合意の下で米軍基地を押しつける構造的差別も同じ」と指摘する。 差別を受けた当事者は弱い存在で声を上げづらい。米国でも黒人差別はずっと続いてきたが、BLMのような強い対抗言論によって差別の存在がより浮き彫りにされた、とみる。 川崎がヘイト問題の最前線のように見えるのも「官民による対抗言論が強まったため」という。市では昨年、ヘイトスピーチに全国で初めて刑事罰を科す条例が全面施行。この条例を攻撃する保守系団体による街宣を監視する、市民の「ヘイトパトロール」も続く。 「川崎の条例は包括的な差別禁止法が講じられていない日本においては、特化しているように見えるが、国際条約に照らせば、むしろ世界標準」と評価する。誰も取り残されない社会を目指すSDGsへの企業の取り組みも追い風だ。「差別を禁ずる法制度やルールは、無自覚な日本の人たちに意識を促す。だから大切なんです」 大学生の間でもBLMやMeTooなど世界的な反差別運動への関心は高いという。阿部さんは「これらの対抗言論は差別を見えるようにするから、容認する側の人々も含め、心が揺さぶられる」として、こう続ける。「今見えている分断や混迷は、差別を減らしていく過程。日本の至る所にある差別を容認しないよう発信し続け、当事者を孤立させてはいけない」2021年3月21日 東京新聞朝刊 22ページ 「市ヘイト条例は世界標準」から引用 芸能人やスポーツマンが政治的な発言をすると批判する声が上がるのは日本だけなのか、欧米でもそうなのか、その辺の事情はよく知りませんが、彼らを批判する人たちが考えているのは、みんなに注目される立場を利用して独自の政治的発言をするのはフェアじゃないと考えるからではないかと思われます。それは、裏返すと「自分達は政治に不満を持っているが、中々それを表明する機会がない。それなのに、芸能人や有名スポーツマンは世間が注目するという特殊な立場を利用して、自分の考えを表明できるのはズルイ」という発想になるのではないかと。あるいはまた、中には「みんながお上の言うことを我慢して聞いているのに、ちょっと有名だからと調子に乗ってお上に逆らい勝手なことを言うのは生意気だ」というような論調もあるかも知れません。いずれにしても、これからの社会は「言論の自由」を正しく理解し、BLMやMeTooなど世界的な反差別運動に学んで、差別のない明るい未来を目ざしてほしいと思います。
2021年04月04日
新型コロナウイルスの感染を防ぐワクチンが世界のあちこちで接種されるようになった昨今の状況について、テレビのワイドショーで人気のコメンテーター・玉川徹氏は、3月21日の東京新聞コラムに次のように書いている; 2度目の緊急事態宣言が解除されます。日々報告される首都圏の感染者数が十分に減少したとはいえない状況での解除とあって、有識者からはリバウンドの恐れが指摘されています。「いつまでこんな状況が続くのだろうか」とため息が漏れるのも無理はありません。 しかし、「短期的にはともかく、中長期的には楽観できるのでは」と私は考えています。なぜなら、新しい「m(メッセンジャー)RNAワクチン」の効果が予想以上に高いことが分かってきたからです。米ファイザー社はワクチン接種で先行するイスラエルでの調査から「感染症の発症や重症化、または死亡に対し97%の予防効果がある」としました。そしてこの感染症がやっかいな最大の理由である「無症状の感染」についても「94%の予防効果がある」と発表しました。 また、症状の重症化防止には細胞性免疫が重要ですが、米ラホヤ免疫研究所からの報告によれば、ワクチンによる細胞性免疫は変異株にも有効。ワクチンが新型コロナ制圧の本命と見なされつつあります。トンネルの出口が見えてきたようです。一方、ワクチンが行き届かない日本での変異株の増加には、短期的に悲観的にならざるを得ません。検査と保護・隔離を有効活用して感染を抑えてきた海外の知見を知りながら、それを参考にしない日本政府。この危機対応力の無さこそが悲観の大本なのです。(コメンテーター)2021年3月21日 東京新聞朝刊 17ページ 「熱風涼風-悲観の大本」から引用 この記事が指摘するように、ワクチンの接種が順調に進む欧米や中国と違って、日本は今、第4波の始まりにさしかかっており全く油断ができない状況で、しかもそこにオリンピックも強行するという余分な問題まで重くのしかかってきています。この記事も指摘するように、問題は日本政府が何故か大規模検査に消極的であるために感染源を抑えることができず、感染経路不明の感染者を大量に発生させていることです。去年の第1波の頃は、PCR検査は精度が悪いからやみくもに検査をしても無駄だなどと言われましたが、それは素人談義に過ぎず、中国も台湾も大規模なPCR検査実施で感染を押さえ込んでいます。また、優秀な日本の医療機器メーカーは短時間に大量のPCR検査を実行する装置を開発して輸出し、これがフランスの感染拡大を阻止する上で大きな効果を発揮したというのでフランス大使館から感謝状を贈られたという報道もありましたが、日本の厚労省は、こういう自国の優秀な民間活力を利用しようともせず、とにかく検査の件数を低く抑えることだけを考えているようです。また、ワクチンの開発については、欧米の製薬メーカーだけではなく中国やインドの企業もワクチンを開発・実用化しているのに、日本の製薬メーカーは何故開発が遅れているのかという問題もあります。これはどうやら、90年代頃から始まった「選択と集中」の経営方針で、生活習慣病と呼ばれる疾病を対象にした儲けやすい薬品の開発に特化した結果、確実な収益を見込めない薬剤の開発は不得手という企業体質を招いてしまったということのようです。いつになるか目処の立たないワクチン接種が、いつか全国に行き渡って感染が一段落したときには、このような諸問題の解決に取り組むべきだと思います。
2021年04月03日

講談社現代新書から共著で「同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか」を刊行した鴻上尚史氏は、日本人社会の同調圧力について、3月21日の「しんぶん赤旗」で次のように述べている; 作家・演出家の鴻上尚史さん。評論家・佐藤直樹さんとの共著『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』が評判です。そこに込めた思いとは-。(板倉三枝記者) 著作や演劇を通して「世間」と「同調圧力」について、追求し続けてきました。 「コロナは、今まで水面下にあったいろんなことを明るみに出しました。政府というものの本質、SNSという悪意、”自粛警察”という絶望・・・。世間は変化を嫌う。同調圧力がコロナで狂暴化したことで”自粛警察”が生まれたのだと思います」◆戦時中とそっくり 重ねるのは戦時下の光景です。同調圧力が長じ、「挙国一致」がもたらした悲劇が特攻でした。鴻上さんは4年前、『不死身の特攻兵』で、9回特攻に出撃して9回生きて帰ってきた元特攻兵・佐々木友次さんについて書きました。 「特攻は最初、艦船を沈めることが目的だったのが、途中から『死ぬ』ことが目的になりました。佐々木さんは『とにかく死んでこい!』と何度もののしられた。やっとの思いでフィリピンから帰ってきて、道を歩いていると、石が飛んできたそうです。『おまえらのせいで戦争に負けたのだ』と。切なすぎるエピソードです。これを『分断』といわずして何を分断というのか」 「同調圧力」のシステムとして機能したのが「世間」でした。 「1940年、『七・七禁令』で、ぜいたく品の製造や販売が禁止されました。スローガンは『日本人ならぜいたくは出来ない筈(はず)だ!』。当時は国防婦人会と隣組が一軒一軒回って『反日』を監視し、今はそれをネットが担当しています」◆右も左も関係ない 共著『同調圧力』に対するネット上の評価も、当初は好意的だったのが、途中から「日本の悪口をいってるヤツは反日だ」という意見が急増しました。 「同調圧力を語ることを反日のシンボルにするのかと、悲しい気持ちになりました。だけど保守的な人たちの方が、ガチガチの同調圧力に苦しんでいる人が多いはずで、俺を『反日だ』『左翼だ』と分類している場合じゃないだろう、と。『赤旗』に載ると、保守の人たちに攻撃されるかもしれない。それでも出ることにしたのは、同調圧力は、右も左も関係ないのだと伝えないとヤバい、と思ったからなんです」◆やっぱり大規模PCR もう一つ、右も左も関係ない、と考えるのはPCR検査です。 「昨年の初期は、自治体レベルの大規模な無料のPCR検査をテレビで言うたびに、『医療崩壊させたいのか』と批判されました。気が付いたら、自民党職員が全員PCR検査を受ける、と。『さあ皆さん、抗議しましょう』と僕はツイートしたのだけれど(笑)」 「『たくさんPCR検査をしたら陽性がいっぱい出る。だから医療崩壊する』というのは、『隠せ』ということです。感染者の正確な数字も出ていないのに観念論ばかり押し付けられるところも戦時中とそっくりです」 一方、コロナ禍で前向きな変化も。 「政府へのお任せ意識から日本人が自分の頭で考えるようになったことです。一つひとつ自分で判断するのは大変だし、大きなものに従っていたら今までは何とかなっていた。でも、それではダメかもしれないぞ、と庶民レベルで疑い始めた」◆生徒と光生の信頼壊すブラック校則 話がブラック校則になると、いっそう熱を帯びます。 「僕は、40年ぐらい演出家をやっています。この40年で20歳前後の若者の口ぐせで増えたのは『そんなことしていいんですか』という言葉です。僕は『校則』の刷り込みが大きいと思っています。例えばツーブロックの髪形がなぜ許されないのか。システムそのものを疑う訓練を受けていないんです」 愛媛県生まれ。高校時代、無意味な校則を変えようと生徒会長になりました。しかし生徒指導の先生は「校則は絶対的なものだ」と。 鴻上さんは、県内すべての公立高校の校則を調べます。その過程で自分の学校は女子のストッキングが黒色しか認められていないのに、近くの高校では黒色が禁止と知ります。理由は「黒のストッキングは娼婦(しょうふ)っぽい」・・・。 「いやあ、笑いましたね。校則は絶対なものじゃない。隣の高校さえ、正反対のルールですから。何が悲しいって生徒は先生を尊敬したいわけですよ。その人の口から『黒は娼婦っぽい』と・・・ブラック校則の一番の問題は、生徒と先生の信頼関係を壊すことです。そこには軍隊的な上下関係しか残らない」 両親も小学校の教員でした。鴻上さんが生まれた58年は、教員の勤務評定導入への反対闘争が激しく展開された年でした。 「当時、愛媛県は日教組の組織率が100%近かったけれど、数年で組織率が一桁台に落ちた。最後には父の学校では父一人が組合員。『スト中』という旗を職員室の自分の机に立てて授業をしたそうです。気持ちは『スト中』と。『とうちゃん、それストなの』と子どもの僕は言ってたんだけど・・・(笑)」 両親を尊敬しています。「この人たちは私利私欲なくたたかっていると思ったからです。父親は毎日学級通信を出していましたからね。子ども心に『休めよ』と思った。真理は一つではない、と複眼の視点を与えてくれたのも感謝してます」 鴻上さんは、自分と関係のある身の回りを「世間」、その外側を「社会」と呼びます。「世間は変えられないけど社会は変えられる。政府も”社会”です。自分の頭で考えることがコロナ禍を生き延びる道だと思います」<こうがみ・しょうじ> 1958年愛媛県生まれ。 81年に劇団「第三舞台」を結成。現在は、プロデュースユニット「KOGAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に活動。著書多数。近著に『「空気」を読んでも従わない』『鴻上尚史のほがらか人生相談』、共著『何とかならない時代の幸福論』など2021年3月21日 「しんぶん赤旗」日曜版 3ページ 「『同調圧力』に負けるな」から引用 この記事は日本人社会の同調圧力について、なかなか鋭い分析をしていると思いますが、私が興味を引かれるのは60年前後の教員の勤務評定反対闘争に触れている点です。日教組があの闘争に敗北してから(?)組合の組織率の減少が始まり、民主的な教育委員会が破壊されて国家権力の傀儡となって全国の教職員の労働者としての権利を奪い活動の自由を阻害した結果、教員は生徒の前で政治的発言をすることを避けるようになり、そういう教員の姿を見て育った生徒は「人前で政治の話はするものではない」という妙なマナーを身につけ、日本の学校教育は偉そうな態度で話す人物には忖度するような人間を、大量に育ててきました。その結果、今日のジャーナリズムの世界には、鋭く問題を追及する記者がいなくなり、スクープ記事を書けるのは「文春」と「赤旗」だけになってしまったものと思われます。
2021年04月02日
ヘイト団体の差別活動を記録したDVDが神奈川県相模原市の集合住宅の郵便受けに投函された事件について、3月21日の神奈川新聞は次のように報道している; 在日コリアンに対するヘイトデモやヘイトスピーチの様子を記録したDVDが、相模原市内の集合住宅のポストに複数枚、投函されていたことが分かった。(松島佳子) 複数の関係者によると、DVDには「朝鮮DVD」との印字があり、透明ケースに入った状態で1月下旬に投函された。住民から不審なDVDが投函されたとの報告を受けた管理組合が県警に通報したという。 DVDに収録されていたのは大半が東京都内などで行われたヘイトデモやヘイトスピーチを動画撮影した映像をつなぎ合わせたもので、約4時間分。「在日朝鮮人は祖国へ帰れ」「シナ人、朝鮮人を追放しよう。日本社会のダニ、ウジ虫、ゴキブリを駆除しよう」などの差別的な発言が収められている。 沿道からこうした活動に抗議する市民の姿を写した映像には「地球の汚物」「ゴキブリ並みにいる」などのコメントが付けられ、差別的な言動を拡散するとともに、抗議する側を誹謗(ひぼう)中傷する内容になっている。インターネットの動画中継サイトで流れたとみられる映像も含まれる。 差別問題に取り組む非政府組織「外国人人権法連絡会」の瀧大知・事務局次長は「DVDに収録された映像はヘイトそのもの。明確な差別の扇動に当たる」と指摘する。※おことわり※ 記事には差別的な文言がありますが、そのまま報道します。差別の実態を共有し、あらゆる差別を許さない社会をつくっていく一助にするためです。◆反対する力そぐ恐怖 在日コリアンを標的に繰り返し行われているヘイトデモ、ヘイトスピーチを収録したDVDの投函(とうかん)には、どんな意図があるのか-。折しも、投函された集合住宅がある相模原市ではヘイトスピーチ規制を含む条例制定の動きが進んでいる。識者は「視聴した人に恐怖を植え付けて沈黙させることで、差別に反対する力を社会から失わせる目的があるのではないか」とみる。 DVDに収められたヘイトデモやヘイトスピーチには「こういう事実を流すのはいいな」「正論過ぎ」といった差別を肯定し、助長するようなコメントが付けられている。 外国人人権法連絡会の瀧大知・事務局次長は「視聴した人によっては『差別的な言動をしてもいいんだ』と受け取ってしまう可能性がある」と警鐘を賜らす。 極右政治団体「日本第一党」の桜井誠党首が自説を主張する場面もあり、DVDを視聴した男性は「ひどい言説を繰り返す差別主義者だと知っているが、もっともらしく聞こえるような言い方をしている。それを知らない人は『一理ある』と思ってしまうかもしれない。その意味でDVDをプロパガンダとして利用しているのだと感じた」と話した。 DVDの投函を確認した別の住民も「差別主義者たちに狙われた感覚に陥り、怖くなった。こういうやり方で市民を黙らせ、差別をまん延させようとしているのか」と不安を吐露した。 瀧さんは「投函した人物が分からない以上、市の条例制定の動きとの関連は分からない」としつつも「DVDの投函自体が相模原でヘイト活動が行われている何よりの証拠」と強調。あらためて罰則付きの実効性ある条例制定を求めた。(松島佳子)2021年3月21日 神奈川新聞朝刊 23ページ 「ヘイトDVD住宅投函」から引用 相模原市は川崎市に続いて、罰則付きのヘイトスピーチ禁止条例を制定するための議論が進められており、そのような動きを妨害する意図で自分達の活動を記録したDVDを無差別に配布したものと考えられます。川崎市議会では、一部のファシスト議員が採決直前に退席したので、形の上では全会一致で罰則付きヘイトスピーチ禁止条例を可決しましたが、相模原市議会においても是非とも、幾多の妨害工作を乗り越えて条例を制定してほしいと思います。
2021年04月01日
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