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入管行政の民主化を求めるイベントが開催されたことについて、12日の神奈川新聞は次のように報道している; 名古屋出入国在留管理局の収容施設でスリランカ人留学生ウィシュマ・サンダマリさんが適切な医療を受けられずに死亡した事件を巡って入管行政への批判が高まる中、「入管と民主主義を考える」と題するイベントが11日、オンラインで開かれた。弁護士や支援団体のメンバーらが外国人政策の現状や背景にある問題を論じた。 ウィシュマさんの遺族代理人である指宿昭一弁護士は「外国人の管理だけを目的にする入管は『反民主主義』の拠点。外国人嫌悪を背景にした追い出し政策を多文化共生、人権尊重へと180度転換する必要がある」と指摘。 具体的には、▽無期限収容を改め上限を設ける▽収容の際は裁判所の許可を必要とする▽全員を収容するのではなく、逃亡の恐れがあるなど特別な場合に限る-ことなどを提唱した。 難民・外国人労働者支援団体「BOND」の鎌田和俊事務局長は「帰国できない事情を考慮せず送還を強行する背景には、外国人を労働力として都合良く使ってきた歴史がある。社会構造の問題にも目を向けるべきだ」と提起した。 高校3年生だった4月、入管の権限を強化する法改正に反対するデモを呼び掛けた宮島ヨハナさんは「廃案に追い込むことができ、学生でも声を上げれば国会に届くと分かった」と振り返り、「黙っているのは許容しているのと同じ。直接の当事者である外国人でなくても、選挙権を持つ市民として行動していく」と力を込めた。 イベントはBONDと外国人労働者らでつくる「全国一般東京ゼネラルユニオン」が主催した。(石橋学)2021年9月12日 神奈川新聞朝刊 23ページ 「時代の正体-『多文化共生、人権尊重を』」から引用 この記事はあまりにも短いので個々の発言の詳細は分からないが、現在の入管行政は「外国人嫌悪を背景にした追い出し政策」であるという「現状認識」の確認が大切だと思います。しかも、菅政権はこの非人道的な現行法を更に改悪する法案を通そうとして世論の反対に遭い、断念しましたが、今後は「人権尊重」のわが国憲法の趣旨に即した、正しい「改正案」の作成に取り組んでほしいと思います。
2021年09月30日
アメリカ軍がアフガニスタンに軍事侵攻して20年目にして撤退したことについて、作家の辺見庸氏は月刊「生活と自治」2021年10月号に、次のように書いている; 見上げると目がたちまち青むような、まるで湖を浮かべたような空があった。その青の名前はなにか考えた。緑がかってはいないから、マリンブルーではない。アフガニスタンから帰国してから調べた。たぶんラピスラズリだ。青金石(ラズライト)を主成分とする鉱物で、和名では瑠璃(るり)という。青は青でも、朝ぽらけの空のように高貴に輝く、どちらかというと胆礬(たんばん)に似た青である。 戦費250兆円、死者数10万人といわれるアフガン戦争がタリバンの全土支配と米軍の撤収で20年ぶりに終結したとされる。しかし、脱出希望者でごったがえす空港近くで米兵13人をふくむ多数が犠牲になる爆弾テロ事件が発生、アフガニスタンには平和と安定の兆しは見えていない。 空の話から始めたのは、標高1800メートルの山岳地帯に広がる空がことのほか美しいからだが、それだけではない。視線を下げるとあまりにも悲しい現実だらけだったのだ。わたしが国連機でカブールに入ったのは、9・11同時多発テロヘの報復として米軍がアフガンに侵攻した2001年の暮れであった。街は荒み、人びとは暗がりの影絵のように力なく、悪臭ただようどぶ川には大の死骸が浮かんでいた。 謎だった。上薬を塗り丁寧に磨き上げたような見事な空の下で、なぜこうも長く戦乱はつづくのか。アフガニスタンと米国という途方もない力の「非対称」だけでなく、天空と人の世界も、較べるのもおかしいほど非対称性の謎に満ちていると思われた、アフガンに行き、ひと目見ればわかる話なのだが、瀕死の病人を力をもてあます巨人が好き勝手に殴打しているような非対称性の理不尽が世界には存在しつづけている。 それは米国流の民主主義でも「対テロ戦争」の名によっても到底正当化しえない非対称性の「暴力」以外のなにものでもない・・・と、頭で考える以上にカブールでの経験は圧倒的にリアルであった。わたしは爆弾の作裂で聴力を失い、精神に変調をきたしてヘラヘラと笑いつづけている子どもを見た。 あるいは黙々とクラスター爆弾の不発弾処理をしているスウェーデンのNGO活動家を見た。米軍によって投下されたクラスター爆弾は空中爆発すると数百メートル四方に無数の金属片が飛び散り、敵兵だけではなく不特定多数の住民らを殺傷する、不発弾も多く、それに触れて死傷した人びとは数え切れない。 クラスター爆弾はむしろ”無差別”を前提にしているのであって、この爆弾には”誤爆”もヘチマもありはしない。素性に関係なく「一面の人の群れ」が血だるまになってなぎ倒されるのだとスウェーデン人が教えてくれた。わたしはスウェーデン人に問うてみた。では、あなた方の不発弾処理は誰の発意と予算でなされているのかと。 スウェーデン人は口角をちょっと持ち上げ肩をすぼめてやや皮肉っぼく答えた。「米国だよ」。爆弾を投下するのも、不発弾処理のためのプロジェクトに資金を拠出するのも、適切な申告をしさえすれば誤爆被害の補償をするのも米国なのだという。聞いていてムラムラと腹が立ってくる。遠くから小鳥のさえずりと風の音。そのとき不意に「夢のような暗愚」という言葉が浮かんだのをいまでも憶えている。 夢のような暗愚はいまも途絶えていない。クラスター爆弾だけでなく、デイジーカッター、MOAB(大規模爆風爆弾)など核兵器につぐ強力兵器がアフガンで実戦使用され夥しい命を奪ったことにいまもなんらの反省もない。 米爆撃機が白い弧を描いて飛んでいたラピスラズリの空を遥かに想いだす。9・11から20年、人類にはまったく不思議なほど進歩がない。<へんみ・よう> 1944年宮城県石巻市生まれ。「自動起床装置」で芥川賞、「もの食う人びと」で講談社ノンフィクション賞、詩集「生首」で中原中也賞、「眼の海」で高見順賞、「増補版1★9★3★7(イクミナ)」で城山三郎賞。他の著書に、「青い花」「霧の犬 a dog in the fog」「愛と痛み 死刑をめぐって」「沖縄と国家」「月」「純粋な幸福」など多数。最新刊に本連載をまとめた「コロナ時代のパンセ 戦争法からパンデミックまでの7年間の思考」。月刊「生活と自治」 2021年10月号 16ページ 「新・反時代のパンセ - 空と血」から引用 民族独自の政府を軍事力で制圧してアメリカ風の民主主義政府を根付かせるというアメリカのやり方が成功(?)したのは日本が最後で、その後は朝鮮半島は分断されたままだしベトナムもイラクも失敗して撤退している。アフガニスタンの場合は、いくらアメリカが後ろ盾になったとは言え、汚職まみれの腐敗した政権では国民の支持が得られないのは当たり前だし、クラスター爆弾だのデイジーカッターだのと新規の殺人兵器を開発しても、武力で人々を征服する時代は終わったと考えるべきであり、これからの世界は多様性を尊重することを前提とした合理的な国際秩序を構想するべきだと思います。
2021年09月29日

ある日、ツイッターを眺めていると、元外務官僚の田中均氏の投稿に目が止まった。投稿は次のように述べている;田中氏の指摘は国民としても見過ごすわけには行きません。30年くらい前だったら「ジャパン アズ No.1」とか言われた時代がありましたが、あれから国民所得はどんどん下がり続けているのに、国会議員の歳費だけはNo.1というのは理解に苦しみます。時には「身を切る改革」などと潔い言葉を聞くこともありますが、どうもあれも「その場限り」の発言で終わっているようで、残念です。国民に奉仕する立場の議員が、貧乏な国民から絞り上げた税金の上にあぐらをかいていて良いわけがありません。このような分野にも監視の目を向ける必要があると思います。
2021年09月28日
DHCテレビが人権団体代表の辛淑玉氏を「沖縄の基地反対運動に日当を払って活動家を派遣している黒幕だ」などと虚偽の報道をして名誉毀損で訴えられた裁判で、東京地裁はDHC敗訴の判決を下した。その件について、8日の東京新聞は次のように報道している; 沖縄の米軍基地反対運動を取り上げた番組「ニュース女子」で「反対運動を扇動する黒幕」のように描かれ名誉を傷つけられたとして、人権団体「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉(シンスゴ)さんが、制作したDHCテレビジョンなどに1100万円の損害賠償などを求めた訴訟。 1日に言い渡された東京地裁判決で大嶋洋志裁判長は、番組に真実性がないとして同社側に550万円の支払いと謝罪文の掲載を命じた。ヘイトの標的にされた辛さんの「勝訴」の意味を考える。(佐藤直子) 「番組は沖縄の平和運動を愚弄(ぐろう)する悪質なフェイクニュースだった。判決は問題性を明確に示した」。1日、判決後の記者会見で辛さんはこう語った。 番組は沖縄県東村高江のヘリコプター離着陸帯建設反対運動を取り上げ、2017年1月、2回にわたり東京MXテレビで放送された。判決は「暴力や犯罪行為を含む過激な運動で、在日コリアンの辛さんはそれを裏側からそそのかし、操る人物との印象を与えている」と指摘。辛さんへの裏付け取材がなく、根拠も乏しい番組を「真実性はない」として、550万円の賠償を命じた。◆謝罪文掲載命令も 賠償額と併せ、弁護団が「白眉」と強調したのは、辛さんへの精神的損害は重大として、同社のウェブサイトに謝罪文の掲載を命じた点。文面は番組が事実に反して辛さんの名誉を傷つけたことを認め、おわびする内容となっている。 一方で、動画配信サイト「ユーチューブ」での番組配信の停止と削除については「表現の自由を制限することになる」として認めず、番組司会者で本紙元論説副主幹の長谷川幸洋さんに求めた損害賠償については「番組の企画や制作、編集に関与していない」として棄却した。 とはいえ謝罪文の掲載命令に踏み込み、原告側は「画期的」と評価するこの判決。専門家はどうみるか。 名誉毀損裁判に詳しい喜田村洋一弁護士は賠償額について、「今回は高い額が出た方だと思うが、個人的にはもっと高くていいと思う。番組に真実性は認められなかったし、真実にたどりつくために懸命に取材して間違えたのなら名誉毀損とされないが、今回はそれすら認められていない。つまり、ずさんな番組で人を傷つけたということだ」と語る。 喜田村さんはまた、賠償金が企業に与える「痛手」を指摘する。「賠償金は税法の規定によって事業を営むための経費とは認められず、利益から支出しなければならない。企業の利益率が仮に5%だとすると、550万円の慰謝料を支払うために、その20倍を売り上げなければならない計算になる。これは結構大きなことです」と語る。 一方、ヘイト問題に詳しいジャーナリストの安田浩一さんは「被告の言い分が認められず、辛さんに対するヘイト被害が認められたのはよかった。しかし、沖縄に対する差別意識や偏見が映像になり、公共の電波で放送されてしまった点に今回の問題がある。この点に言及していないのは残念」と語る。 「問題は損害賠償が認められても、差別は続くことだ。一度流れてしまった差別や偏見、中傷は、それを目にした者からまた新しい差別が生まれる。差別の再生産、ヘイトの連鎖を断ち切る仕組みを社会で構築していくことが必要だ」◆DHCテレビ側は「不当判決」と主張 辛さんは長谷川さんに対する請求の棄却などを不服として控訴する方針。DHCテレビ側もネット配信した番組で「不当判決」などと主張し、控訴の意向を示した。長谷川さんは同番組で「今後どうするかは弁護士と相談して決める」と述べている。2021年9月8日 東京新聞朝刊 11版 20ページ 「『ニュース女子』訴訟 辛淑玉さん勝訴」から引用 この度は原告勝訴となり社会正義が貫かれたことは良かったと思います。日本の裁判にしては高額の賠償金になっており、名誉毀損裁判に詳しい弁護士が「550万円の賠償金を会社の利益から出すとなると、売り上げにして1億円をよけいに稼がなくてはならないから厳しい」というようなことを言ったようであるが、DHCほとの企業であれば、ちょっと気の利いた営業マンが2~3人、その気になって頑張れば1億や2億の売上げ増は容易い仕事ではないかと思います。しかし、そうは言ってもこの企業の経営者は、上記の裁判が始まった後も懲りもせずに「差別発言」を続けたために、せっかく現場の営業マンが努力して地方自治体との連携事業で大きな契約をとったにも関わらず、あちこちの自治体から「契約キャンセル」の申し入れが相次いでいるらしく、有能な営業マンも「こんな経営者の下ではやってられないぜ」と見切りを付ける人材も出てくるのではないかと思われます。
2021年09月27日
衆議院議長や自民党総裁を歴任し現在は引退している河野洋平氏は、月刊誌「世界」のインタビューに応えて「尖閣諸島の問題」について次のように述べている;(前半は省略)――緊張の高まっている状態が続く尖閣諸島の問題ですが、どのように対応していけばいいのでしょうか。河野 この点については心配していることが2つあります。 1つ目は教科書の記述を含め、学校教育の現場での領土問題の扱われ方です。 報道などによると、尖閣諸島・竹島・北方領土については、単に「日本の固有の領土である」との日本の主張のみを教えているようですが、それでいいのでしょうか。これらの領土については、いずれも国際社会では領土問題があると見られています。北方領土については現在、ロシアが実効支配していますが、戦争終結で合意した日ソ交渉では、領土問題について今後に交渉が行なわれることが了解されていますし、竹島は韓国が実効支配している状況のもと、日本は繰り返し自国の領土であることを主張しています。全く逆の立場で尖閣諸島は日本が実効支配していますが、中国はかねてから中国の領土であると主張し、日中国交正常化交渉の時もこの話が出ていたと当時の出席者は語っています。このように領有権をめぐる双方の主張や交渉経過を含めて子どもたちに現状を正しく知ってもらい、その上で日本がこうした歴史的経過を踏まえて領有権を主張していることを伝えるべきではないでしょうか。 もう1つは、尖閣諸島に関する現在の日本政府の対応です。日本の外務省は「領土問題は存在しない」とする立場で中国側の主張を門前払いにしています。しかし、これまでの日中間の外交交渉を振り返ってみても、このような態度でよいのか疑問に思います。1972年の国交正常化の交渉過程では尖閣諸島の帰属問題は意図的に避けられました。なぜなら、この問題を交渉のテーブルに載せると国交正常化交渉自体ができなくなると双方が考えたからです。この過程は国交正常化交渉に関わった日本側、中国側の関係者は皆知っていることだと交渉出席者は言っています。その後、この問題の解決は将来世代の知恵に委ねようとの鄧小平氏の発言もあって、棚上げとなりました。国交正常化交渉に外務省の条約課長として参加した栗山尚一氏も回想録でこうした経過を語っています。こうした前提のもとで日中両国は戦争状態を終わらせて国交正常化を果たし、外交関係を積み重ねてきたわけです。 ところが東京都に尖閣諸島の購入計画が浮上したことで、日中両国の間でこの問題が一気に再燃しました。そして日本政府が国有化に踏み切ったのです。中国としては次の世代の英知に委ねたはずの帰属問題について日本側から領有権を主張されれば、話が違うのではないかとなるでしょう。中国が黙っているわけにはいかない状況を日本側から作ってしまったことが、現在の尖閣諸島をめぐる緊張状態を生んでいることは否定できません。 言うまでもないことですが、中国側の主張を認めよということではありません。ただし、歴史的経緯を踏まえれば「領土問題は存在しない」と言い続けても、現在の緊張状態がおさまることはなく、さらに悪化させるだけであることは明らかでしょう。そして緊張状態の持続は非常にマイナスが大きい。双方ともに世論が悪化しますし、尖閣周辺で偶発的な衝突が起きる可能性も高まります。また周辺海域の防衛にかかる負担も小さくありません。実効支配する日本側は、いつどのような形で中国側が領海侵犯をしてくるかわからないので、常に警戒を続けなければなりません。安定的な状況は現に失われているのです。 むしろこの緊張の高まりに対して、両国が歴史的経緯を踏まえて誠実な話し合いを開始すれば、緊張の緩和と負担軽減、今後の共同開発や人的交流などの点で多くのプラスが出てきます。次の世代にためにも、外交によって解決の道筋をつけていかなければならないと思います。(後半は省略)月刊「世界」2021年9月号 138ページ 「緊張する米中関係と日本外交の針路」から一部を引用 この記事に述べられた河野氏の意見は国際社会の常識に照らして「正論」だと思います。そもそも児童生徒が使用する教科書に自国政府の見解のみを記載するのは旧教育基本法に抵触する行為であり、このような事が違法とならないように改悪したのは安倍政権の時代でした。児童生徒が国際情勢を正しく認識するには、歴史的経緯を含めて今日に至る様子を客観的に認識する必要があり、自国政府と異なる主張を隣国政府がするのであれば、それは如何なる歴史的根拠に基づいているのか、客観的に考察する能力も身につけるべきですから、自国政府の見解のみを記述する教科書では明らかに片手落ちです。また、尖閣諸島の問題についてはこの記事にあるとおり、日中国交正常化の際は鄧小平氏の発言で双方が同意していたものを、ある時石原慎太郎都知事(当時)が急に民間所有地となっていた島々を「東京都が買い取る」などと言い出したために民主党政権が先手をとって国有化したもので、それまでの「日中合意」を踏みにじった日本側に「否」があるのは明らかですから、その点も踏まえて中国側と話し合いの場をもつ努力が必要と思います。
2021年09月26日
「桜を見る会」前夜祭の不足した会費を安倍事務所の費用で補填したことを政治資金報告書に記載しなかった件は公設秘書を略式起訴とし、議員本人を不起訴にしたために検察審査会から異論が出て「再度捜査する」ことになったのは既報のとおりであるが、公設秘書が罰金刑となったことに伴って訂正された「政治資金報告書」の「訂正内容」がこれまでの安倍議員の説明と矛盾することが発覚したため、安倍議員は改めて刑事告発されることになったと5日の「しんぶん赤旗」が報道している; 「桜を見る会」をめぐり国会で118回も虚偽答弁を重ねた安倍晋三前首相。その辞意表明から8月28日で1年。全国の弁護士グループが新たに安倍氏や元秘書ら計3人を東京地検特捜部に告発(同27日)しました。安倍氏側が桜を見る会前夜祭の費用補てんについて政治資金収支報告書を訂正した際、ウソの内容を記入した政治資金規正法違反(虚偽記載)の疑いです。(取材班) 「桜の問題は、安倍さんにとっては、のどに刺さった小骨のような存在だ」。自民党の閣僚経験者は語ります。 昨年12月、安倍氏側による前夜祭費用の補てんなどの収支を政治資金収支報告書に記載しなかったとして、主催した「安倍晋三後援会」の代表で安倍氏の公設第1秘書(いずれも当時)の配川博之氏が略式起訴されました。安倍氏は不起訴でした。今年7月、検察審査会は費用補てんが違法な寄付にあたるとする公職選挙法違反容疑などについて、安倍氏の不起訴を不当だと議決。特捜部が改めて捜査しています。 今回の告発は、それとは別のものです。告発の対象となっだのは、安倍晋三後援会の2017年から19年の3年分の収支報告書の訂正内容です。 前夜祭の参加者が支払った参加費の合計額では足りない分をホテルに支払うため、安倍氏側か補てんしました。金額は190万1056円(17年分)、150万6365円(18年分)、260万4908円(19年分)。3年間の補てん額の合計は601万2329円です。 これに対応する収入として後援会は17年の収支報告書を訂正し「前年からの繰越金」があったとしました。金額は601万2329円。3年分の補てん額の合計と1円単位まで同じです。 つまり、17年に繰越金があったことにし、3年かけてそれをぴったり使い切ったことにしたのです。◆原資を隠ぺい 弁護士クループは「そもそも存在しなかった『繰越金』を計上し、『3年分のつじつまが合えばよい』と形だけを整えて補てん分の原資を隠ぺいしているという他ない」と指摘します。 安倍氏は昨年12月、会見や国会で、補てんの原資について「私のいわば預金からおろした資金」と説明し、ホテルとの交渉や支払いは「東京の事務所」が行ったと話しています。山口県に所在する後援会の繰越金で処理したというのは、その証言とも矛盾します。 安倍氏は後援会の収支報告書の訂正について「捜査当局の指導を受けて、このような額に訂正しろということも含めて訂正している」と国会で答弁(昨年12月25日)していました。 弁護士らは安倍氏の一連の発言について「補てんの原資が後援会の繰越金ではないことを知りながら、後援会の収支報告書における前年度からの繰越金を増額訂正するという虚偽記入をしたことになる。被告発人安倍に故意があったことを明白に裏付けるものだ」と指摘します。 そもそも13年の前夜祭は、安倍氏の証言通り、晋和会が支出し、ホテルから領収書を受け取っていました。 「東京での支出は晋和会だった」と安倍事務所の内情をよく知る関係者も話します。◆直接責任回避 なぜ晋和会ではなく、安倍晋三後援会の訂正ですまそうとしたのか。資金管理団体である晋和会の代表は安倍氏です。補てんの原資が晋和会からとなれば、安倍氏は、有権者”買収”の直接の責任を問われることになります。 前出の関係者は指摘します。「そもそもこの問題の本質は、安倍氏が地元選挙区の有権者のために、前夜祭での飲み食いの代金を補てんした公選法違反の有権者″買収″だ」 自身は関知していなかったと釈明する安倍氏。しかし関係者は「安倍氏が指示しない限り秘書はそんなことはやらない」と反論します。 この関係者は、かつて地元事務所の活動費などは安倍氏本人から現金の形でもらっていたと証言します。「代議士本人(安倍氏)が地元に帰ってきたときに事務所の責任者が代議士の自宅に行って『今月分はこれだけ』とお金をもらっていた。配川氏が筆頭秘書になってからは、月に1回上京してお金を持ち帰り、事務所内の金庫に入れ、地元の政治団体ごとに使い分けていた。配川氏が安倍氏に無断で勝手に補てんをするのは考えられない」 日曜版(4月4日号)は、責任をとって公設第1秘書を辞したはずの配川氏が安倍事務所に私設秘書として”復職”していることをスクープしました。(※引用者注を参照)その配川氏は、変わらず事務所に出てきて活動していると関係者はいいます。安倍氏はこうした事実も含め国会の場で説明する責任があります。※引用者注:配川氏復職に関する記事は当ブログ本年4月22日の欄に引用してます。2021年9月5日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ 「安倍前首相また刑事告発」から引用 安倍晋三議員に関する虚偽発言は、国会の記録に残っているだけでも118回とのことですから、その他の場所での発言も合わせるとどのくらいの数字になるのか、見当もつかず、そのうちどれが本当でどれが虚偽なのか、本人もわけが分からなくなるのではないでしょうか。こういう人物に8年も政権を任せたのは、わが国憲政史上の汚点というほかありません。このような不名誉な事態を一日も早く解消し、まともな民主主義の政治体制を若い世代に継承したいものです。
2021年09月25日
オリンピックもパラリンピックも終わって、これからどうするのかというテーマについて、法政大学名誉教授の田中優子氏は5日の東京新聞コラムに、次のように書いている; パラリンピックも今日で終わる。祭りの後、積み上がった課題をどう乗り越えていくか。 教育現場で言えば、日本私立大学連盟は「ポストコロナ時代の大学のあり方」という提言を発表した。柱は「学びの危機管理」と「新しい学びの方法」である。これからの大学は、地球温暖化を一因とするパンデミック(世界的大流行)と豪雨洪水などに備えなければならない。デジタルをより良く活かすことで、学びを止めない方法を提言した。 さらに、デジタルによって集団的な教育から、個々人の特性に合った学びに入っていく道を提案し、各大学が新しい方法の開拓を行っていくために大学設置基準の大幅見直しを求めた。今は従来発想から大きな一歩を踏み出す時だ。文部科学省はその意味を十分に咀嚼(そしゃく)し、決断していただきたい。 社会全体も変わっていかねばならない。日本の食料自給率はカロリーベースで約37%にまで落ちた。東京への極端な人口集中の解消と地方への分散居住、そして自給率向上は、組み合わせて政策を考えるべきだろう。 江戸時代直前までの日本は豊かな鉱物資源に頼って、中国をはじめとする海外に技術産品を依存していた。しかし世界貿易の変化と鉱物資源の減少でたちまち危機に陥り、そこから脱却するために、技術を自ら磨いていく新たな江戸時代社会を作り出したのである。どのような国を作るか明確な目標さえあれば、社会を変えていくことは可能である。 個人にとって最も大切なのは「生き方」であってお金を稼ぐことは手段にしかすぎないように、「経済成長」は手段であって国の目標にはならない。国民国家の目標は国民ひとりひとりの人権を守り、命の保全と健康な生活と移動と思想と表現の自由を等しく保障することだ。経済成長は国民の命や健康を犠牲にして追い求めるものではない。経済の原義である経世済民の地点に戻って社会を作り直していかねばならない。 重要な人権上の課題が、ジェンダーギャップである。日本の女性解放運動は1911(明治44)年の『青鞜(せいとう)』に始まる。それから110年たつが、女性差別の無い社会を実現できていないことが、男性たちの発言や、非正規社員のコロナ下での解雇と女性の自殺率の急増であからさまになった。同一労働同一賃金だけでは、問題は解消しない。まずは女性たちの生活の支えが必要だ。そして、現政府が選択的夫婦別姓制度を通せないのであれば、政権交代しなければならない。LGBTも理解できないならば、多様性の根本を理解できないということなので、やはり政権交代が必要だ。どちらも今後の社会の開かれた展開に不可欠な意識だからである。 現政権は、多様性の価値を理解できず、科学的データを政策の根拠に使えず、デジタル化を行政システムに活かせず、世襲議員に頼り、人脈で人を判断し、米国の保護領的な扱いに甘んじてきた。幾多もの「時代遅れ」が集積してそこから抜け出せなくなっている。経済成長を唱えていれば済んだかつての東京五輪の時代から、現政権の頭脳が一歩も進んでいなかったことが明らかになった。この極端な時代錯誤に歯止めをかけなければ、日本はもたない。そのような危機意識をもった政権に登場してほしい。2021年9月5日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-このあとどうする?」から引用 江戸時代以前の日本は鉱物資源を輸出して技術産品を輸入していたとは、意外な史実である。戦後はいち早く経済成長を遂げた日本は、韓国や中国に経済協力を行なった時代もあったが、今では一部の産業では韓国や中国に日本の企業を上回る企業が出現しており、労働者の平均収入などもうっかりすると何時追い抜かれるかも知れない事態である。「経済成長」を国家目標にする時代は終わったとの指摘は重要である。多様性を理解できず、科学的データを政策の根拠に使えず、世襲議員に頼り、人脈で人を判断し、米国の保護領的な扱いに甘んじてきた今までの路線ではダメだと言っている。つまり、自民党では日本はやっていけないと、言っているわけだ。少し前の田中優子氏はリベラルと言っても保守に近い穏健な思想の持ち主と思っていたが、今回のコラムはことのほか自民党に手厳しい。
2021年09月24日

千葉県で関東大震災直後のデマ拡散によって虐殺された朝鮮人の墓碑が再建されたニュースを、5日の神奈川新聞は次のように報道している; 関東大震災直後、デマと差別によって虐殺された朝鮮人犠牲者の墓碑が千葉県成田市で再建された。忘れられた歴史を掘り起こした市民の手で4日、慰霊の集いが碑の前で営まれ、加害の歴史を記録、伝承する大切さを確かめ合った。(石橋学) 無縁墓地のやぶの中、郷土史家の杉原文哉さん(70)が無造作に立て掛けられた「内鮮人之墓」を見つけたのは2019年6月のこと。虐殺があったと古老から伝え聞いてきたが、語る人もいなくなり、墓碑の存在も忘れられていた。 震災3日後の1923年9月4日、朝鮮人が暴動を起こしたという流言にあおられた群衆があめの行商人だった朝鮮人2人に襲いかかり、なぶり殺しにした。出稼ぎ労働者への蔑視と、植民地支配に抗する朝鮮人への敵意が背景にあった。 杉原さんは郷土史家や墓碑を建てた石材業者の息子と協力して昨年9月、地域のコミュニティーセンターの脇に移設。しつらえた台座に解説文を添え、「関東各地で暴行虐殺事件が多発した」「滑河駅前においても朝鮮人2名が群衆の暴行により殺害された」という史実を記した上で「忘れてはならない関東大震災の『負の遺産』として、ここに墓碑を再建する」と刻んだ。 杉原さんは「虐殺は恥ずべき歴史で、忘れたりなかったことにしたりするのはもっと恥ずかしい」と話す。この日は朝鮮大学校(東京都)の学生らも参加し、記憶と思いを結ぶ碑の存在意義を再確認した。 朝鮮人追悼碑の調査をしている同校の金哲秀(キムチョルス)教授は「虐殺の全容は解明されておらず、遺骨の返還や謝罪もなされないまま。地域の地道な調査と温かい追悼の積み重ねが、日本と朝鮮半島の悲しい過去の清算につながってほしい」と希望を託した。2021年9月5日 神奈川新聞朝刊 20ページ 「加害の歴史『忘却こそ恥』」から引用 この記事によると、千葉県成田市の滑河駅前でデマに煽られた群衆に虐殺された2名の朝鮮人は飴の行商で通りかかった人たちとのことである。「飴の行商」で思い出すのは、先年101歳で他界したジャーナリストのむのたけじ氏である。秋田県の寒村で子ども時代を過ごした氏は、後年著書の中で「子どもの頃、近所の仲間と遊んでいると朝鮮人の飴売りが、独特の節回しで歌を歌いながら行商に来るものだった」と回想している一文である。朝鮮総督府の苛烈な植民地支配で生活の場を奪われた朝鮮人が、言葉もよく分からない日本で生活のために必死に頑張った様子を彷彿とさせます。再建された慰霊碑の前で、末永く慰霊祭が継承されるように願います。
2021年09月23日
出入国在留管理局に収容に収容された外国人の死亡事故が何故たびたび起きるのか。この問題を議論するシンポジウムを取材した17日の神奈川新聞は、次のように報道している; 名古屋出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人留学生ウィシュマ・サンダマリさんの死をきっかけに、被収容者への非人道的扱いに批判が高まる入管行政をテーマにしたオンライシンポジウムが15日夜、日弁連の主催で開かれた。各地の収容施設で繰り返されてきた死亡事件を振り返り、法改正など抜本的な転換の必要性を浮き彫りにした。 ウィシュマさんはDV被害を訴えながら保護ではなく長期収容され、飢餓状態になるほど体調が悪化しながら点滴1本打たれないまま3月に亡くなった。 遺族代理人の駒井知会弁護士は司法判断を介さず、無期限に収容できる現状は国連恣意(しい)的拘禁作業部会から国際法違反と批判されていることを強調。「適切な医療を受けさせるのも虐待しないのも当たり前。国際法さえ守っていれば死なずに済んだ。ウィシュマさんを最後の犠牲者にすることが悲しい死を無駄にしない唯一の道だ」と訴えた。 入管施設では2007年以降、17人が亡くなっている。日本に残ることを諦めさせるため、被収容者への非人道的な扱いが横行していると指摘されてきた。 19年6月にナイジェリア人男性が餓死した大村入管センター(長崎県)で支援活動を続ける柚之原寛史牧師は「人の安全も健康の管理もできず、責任の所在も明確でないまま命が次々と失われている。入管内にある異常な闇の世界を解体しなければいけない」と根本から見直すよう求めた。(石橋学)2021年9月17日 神奈川新聞Web版 「『ウィシュマさんを最後の犠牲者に』入管行政の転換求める」から引用 この記事からも明らかなように、日本の入管行政は何年も前から国連が「国際法違反である」ことを警告している事案である。裁判所の令状もなしに人を逮捕し特定施設に収容するのでは、入管職員は「監禁罪」を犯しているのと同じであり、国連が何度も警告を発する所以である。秋の総選挙では与野党逆転か、逆転しないまでも野党の議席を増やして国会の法務委員会は早速「出入国管理法改正案」について審議を始めるべきと思います。
2021年09月22日
工場の完成予定が20年以上前から先延ばしされて、今もまだ何時稼働を開始できるかまったく目処が立たない「使用済み核燃料再処理工場」について、16日の日本経済新聞は、次のように報道している; 使用済み核燃料を再処理して活用する核燃料サイクル事業が行き詰まっている。日本原燃の再処理工場(青森県六ヶ所村)は総事業費約14兆円を費やす原子力政策の要だが20年以上も動かないままだ。現在も安全対策工事が遅れ、稼働できるか分からない。政府が目指す脱炭素やエネルギー政策の議論で避けて通れない。 原子力規制委員会の更田豊志委員長は15日の記者会見で、青森県の再処理工場について「竣工前には設備の詳細設計の認可や使用前確認などを受ける必要かある。(現状の審査状況では)到底全体の時間的な見通しを持てる段階ではない」と述べた。目標とする2022年度前半の完成のメドは立たないとの考えを示した。 核燃料サイクルは使用済み核燃料を再処理して再び原子力発電所で燃料として利用する政策だ。日本は原発導入期の1950年代から掲げてきた。再処理工場が完成できないため主に英仏に費用を支払い再処理を委託してきた。 青森県の再処理工場は2020年7月に原子力規制委員会の安全審査に合格した。東京電力福島第1原発事故後の新規制基準の導入などで遅れてきた完成の実現に向けて期待は高まった。既存設備の安全対策工事などを残すのみとなったが、計画づくりに手間取り工事に入れていない。 当初は97年の完成をめざしたが年中行事のように延期を繰り返してきた。その間総事業費は14兆円にまで膨らんだ。日本原燃は使用済み核燃料の再処理を委託する大手電力会社が出資する。コスト増は電気代を押し上げる。 電力各社は使用済み核燃料を各原発の敷地内にため込む。関西電力は原発が立地する福井県に、23年までに搬出先の県外候補地の確定を約束した。青森県むつ市の中間貯蔵施設の活用を探るが、同市の宮下宗一郎市長は核燃サイクルの行方が不透明なことを指摘し「むつ市は核のゴミ捨て場ではない」と慎重だ。 再処理工場が完成しても別の問題が生じる。核兵器に転用可能なプルトニウムが再処理の過程で増える。再処理工場がフル稼働すれば、年最大7トンが新たに抽出される。プルトニウム燃料を使う国の高速増殖原型炉「もんじゅ」は廃炉となった。 プルトニウムを使うあてもないまま増やせば、核保有国以外で日本だけが実施する再処理事業に国際社会から疑念の目が向けられかねない。 自民党総裁選に立候補を表明した河野太郎規制改革相は核燃料サイクル政策に関し「再処理をやめる決断は一日でも早い方がいい」と明言した。岸田文雄前政調会長は13日の記者会見で「維持しなければならない。サイクルを止めると動いている原発すら動かすのが難しくなる」と述べた。 看板を下ろすのも簡単ではない。政府や電力会社にとって最悪のシナリオは青森県が県内に運び込まれた使用済み核燃料の県外撤去を主張することだ。電力会社と県はサイクルを放棄した場合に持ち出すと取り決めている。電力会社が引き取れば再稼働にも大きな影響が出る。 サイクル事業は袋小路にある。対応を先送りにしてきたツケは国民負担になって跳ね返る。矛盾に国は真剣に向き合う必要がある。(気候変動エディター・塙和也)2021年9月16日 日本経済新聞朝刊 12版 5ページ 「行き詰まる核燃サイクル」から引用 青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場については、当ブログでも度々取り上げてきているが、いつも「今度は大丈夫」というニュースが報道されて、しばらくすると「トラブルが発生したため、稼働は中止」ということを、20数年前から繰り返している。すでに14兆円も注ぎ込んでしまったのは政府の「落ち度」であり、そういう政府を選び続けてきた国民の責任でもあるが、何時までもこのままズルズル続けるわけにはいかないのだから、どこかで誰かが「決断」して、後始末をしなければならないのは、誰が考えても否定はできないのではないかと思います。
2021年09月21日
東京五輪の強行開催により感染者数が急激に拡大しため、PCR検査の体制も拡大する必要が出てきたという問題について、16日の日本経済新聞は、次のように書いている; 新型コロナウイルスの感染に気づかず、社会生活を送る「隠れ陽性」が増えている。東京都が繁華街などで行う無料検査で直近の数値が7月上旬の12倍まで上昇した。行政検査が追いつかず、民間検査の活用も進んでいないことが背景にある。ワクチン接種完了後に感染する「ブレークスルー感染」もあり、無症状者の把握は不可欠。経済の正常化に向け、検査体制の拡充とワクチン接種を両輪で進めることが求められる。◆検査拡充・接種が課題 「検査を迅速に受けられないことにより、多数の感染者が潜在している可能性がある。検査体制のさらなる強化が必要である」。都が9日に開いたモニタリング会議では専門家から検査の遅れによる市中感染の広がりに懸念が示された。 裏付けるデータがある。都が繁華街や企業などで希望者を対象に無料で行う新型コロナのモニタリング検査だ。9月5日までの1週間の陽性率は0・64%で、人口10万人あたりで640人になる。ほぼすべてが無症状者とみられる。 感染の疑いがある人や濃厚接触者を対象にした都の行政検査で直近1週間で陽性が明らかになったのは人口10万人あたりで62・5人(14日時点)だった。モニタリング検査で判明した陽性者はこの10倍で、感染に気づかないまま普段通りに生活する無症状者が多いことをうかがわせる。 東京感染症対策センター(東京・iCDC)内の専門家ボードで検査体制などを検討する長崎大大学院の柳原克紀教授はモニタリング検査について「感染リスクのある場所を中心に検査をしている性格上、高い陽性率が出やすい」と指摘する。 だが、モニタリング検査の陽性率は7月11日までの1週間は0・05%だった。その後2ヵ月で12倍になっており、柳原教授は感染力の強いデルタ型が広かった第5波で「無症状の陽性者が増えている市中の状況を反映しているのは間違いない」と話す。 厚生労働省の調査では9月1~3日の新規感染者約4万2千人のうち2回接種後の感染者は2568人で全体の6%を占めた。これは症状が出るなどした人に占める割合で、2回接種後に感染した無症状者も多い可能性がある。 無症状の陽性者が出歩けば感染が広がりかねない。防ぐには都内では1週間に2万件前後にとどまる市中での検査数をより充実させる必要がある。 都のモニタリング会議は無作為の検査だけでなく、行政検査数の低さも指摘した。都の1日の行政検査能力は緊急時で最大9万7千件。1日の新規感染者数が5000人台に急増した8月の検査件数は、多い日でも最大能力の26%の2万5千件台にとどまった。 伸びなかった最大の理由はデルタ型の感染拡大に伴う保健所の業務逼迫だ。東京23区の保健所担当者は「発熱した人の検査や入院調整で手いっぱい。濃厚接触者の検査は追いついていなかった」と明かす。 本来なら、発症2日前から陽性者の行動をたどって接触状況を調べ、濃厚接触者を特定して行政検査を受けてもらう。幅広く網をかけることで無症状者の感染を早期に発見し、感染拡大を防ぐのが目的だ。 感染者の急増で自宅療養者のケアや入院調整といった保健所業務が増大し、接触者らが放置される状況が増えた。 全国も同様の傾向にある。全国の行政検査向けのPCR検査能力は1日あたり約23万件分あるが、8月の実績は多い日で16万6子件(全体の72%)にとどまった。 希望者が自主的に受ける自費検査のデータ活用も進んでいない。旅行や出張に備え、民間検査機関でPCR検査などを受ける人は増えている。傘下に木下工務店を抱える木下グループが運営する全国15力所の検査センターの8月下旬の予約率は90~100%に上った。 厚労省によると、自費検査のPCR検査能力は1日あたり10万件。9月11日までの約1ヵ月間の実績は行政検査381万件に対し、自費検査223万件だった。だが多くの自治体が自費検査のデータを感染状況の分析に織り込んでいない。検査の精度にばらつきがあり判定に誤りが生じることもあるとして、自治体が懸念しているためだ。 2月改正の感染症法で、都道府県には民間機関から陰性を含めた検査結果の報告が上がる仕組みになったが、都の担当者は「感染状況の分析には使っていない」と話す。 柳原教授は「感染拡大の兆しをつかみ、的確に対策を打つには民間検査を含め多くのデータを集める必要がある。補助金などをつけることで民間機関の検査の質を向上させ、希望者が無料で検査を受けられる体制を築くことが重要だ」と指摘する。2021年9月16日 日本経済新聞朝刊 12版 3ページ 「『隠れ陽性』市中で増加」から引用 感染症の拡大を防止するためには、感染した人が健康な人に接触することを避ける必要があり、そのためには健康な人に感染をうつす危険性のある人、即ち感染者を一人でも多く発見して隔離する必要があります。それが感染予防の基本です。政府や行政機関は、その基本を忠実に実施していれば、現在のような「感染拡大」の状況を避けて、今ごろは中国や韓国のように比較的穏やかに暮らせたはずですが、政府も都庁も「五輪開催」を優先する立場から「むやみに検査をして感染者が増えたような印象が出来上がると、五輪が開催しにくくなる」とばかりに、精度の悪い検査をしても無駄に医療機関が混乱するだけだからなどと理由をでっち上げて、検査件数を低く抑えたために、無自覚・無症状の「感染者」が社会に蔓延して今日の大量感染の社会となってしまっている。その五輪も終わったことでもあるし、今度こそ政府は「感染症対策」に本腰を入れて取り組むべきで、これまで数年かけて廃止してきた保健所を再建し、同じく数年かけてクビにしてきた保健師たちには三顧の礼を尽くして「復職」をお願いするべきだと思います。
2021年09月20日

武田砂鉄著「マチズモを削り取れ」(集英社刊)について、ライターの犬山紙子氏が4日の東京新聞に、次のような書評を書いている; 今「立憲民主党が党の女性比率を2030年までに3割以上を目標」というニュースにぶつかり「ああ、リベラルでさえ女性に居場所がない」と悲観していた。9年後に3割という目標、低すぎないか(衆院各党で自民の女性比率が最低)。この気持ちはこれまで何度も感じてきた。保守的な場はもちろんリベラルな場ですら居心地が悪いのだ。 本書にはそんな私たちの怒りや悲しみがぎゅっと凝縮されていた。編集者Kさんが女性として感じる怒りを元に、武田砂鉄氏がマチズモ(男性優位主義)による弊害を、時に自省もしながら丁寧に考察してゆく。ジェンダーの問題ですら「男性が女性に向けてこんな問題があるんだよ」と解説する構図が溢(あふ)れる中、Kさんの怒りや個人的な体験が主体となっていることが心強い。どの章にも私や、私の友人がそこにいた。 特に頷くのはこの指摘だ。「マチスモと聞けば力ずくで突破するイメージが頭に湧くだろう。(中略)しかし、この社会に残存するマチズモは決して強い力が露出しているとは限らず、もっとせせこましい、できればこのままバレずにいてくれれば、自分たちは心地よくいられるのに、という類いのものも多かった」 「差別は良くない」と言いながらコソコソと差別の構造に加担し続ける。そして、そのせせこましさを指摘すると、逆ギレか、別の問題にすり替える、屁理屈で正当化しようとする。こんなにわかりやすく、政治も役員も人事も男性だらけなのに。「俺だって辛いんだ」はより弱い立場に向ける言葉だろうか、辛さの構造を作っている方に向けるべきじゃないんだろうか。 これまでジェンダーの問題を考える時「若い女性や娘には同じ思いをしてほしくない」と思ってきた。しかしKさんが最後に記した「一体いつになったら、私たちは楽になるのでしょうか?」を見て、私の話でもあるんだと当たり前のことを思えた。自分のことは諦めていたのだ、それは「女性が自己主張すると叩(たた)かれるから」の先の諦念だろう。 たくさんの男性に読んでほしいと願う。<評・(エッセイスト)>犬山紙子 1982年生まれ。エッセイスト。出版社勤務を経てライター。著書『紋切型社会』など。2021年9月4日 東京新聞朝刊 11ページ 「読書 - せせこましく残存する差別」から引用 差別の問題も、参政権とか財産相続権のような分かりやすい部分は法律を制定して解消することが出来ている部分もあるが、生活習慣とか社会通念のような部分になると、なかなか「これは差別だから、改めよう」というコンセンサスが得にくい部分があり、「これは差別だ」という認識を持たずになんとなく暮らしている人も多いことと思います。しかし、差別される側の「不満」を私たちは放置するべきではありません。上の記事が紹介するような本が普及して、なるべく差別のない社会が実現することを願います。
2021年09月19日
菅首相が次の自民党総裁選に立候補せず退陣することについて、東京新聞の常連コラムニストは、次のようにコメントしている;◆肝心な時 専門家の意見無視 「え! 総裁選出ないのか」。講演直後に「こちら特報部」からの電話で辞意表明を知った青山学院大名誉教授の三木義一さんは、菅政権への信頼をなくした決定的な出来事に五輪の強行を挙げた。「コロナの感染状況を考えれば中止すべきだった。国民の命を危険にさらしても経済を優先する姿勢があらわになった」 昨夏から実施された旅行や外食を促す「GO TO キャンペーン」も年末からの爆発的な感染拡大につながったとの見方は根強い。「観光業とつながりの深い二階俊博氏(自民党幹事長)の要望もあり、固執したのだろう」と振り返る。 そのうえで、菅氏が残した問題は「専門家の軽視」だと指摘する。「五輪もGO TOも、当初から多くの専門家が懸念を述べていたのに耳を貸さなかった。政治家が肝心な時に専門家の意見を無視して恣意的に政策を進める危うさは、菅氏が辞めた後もある。自民党総裁交代という小手先の変化では変えられない。政権交代が必要。衆院選で国民の判断力が問われる」◆みっともない政権の末路 ルポライターの鎌田慧さんは「菅氏は安倍晋三氏が決めた五輪の一年延期を受けて開催にこだわり、中止を決断できなかったのだろう。結局、安倍氏の『呪縛』から抜け出せず感染を拡大させた」との見方を示す。 「ワクチンに頼るだけでなく、医療体制の充実を図るべきだった」とも。総裁選不出馬の理由を「コロナ対策と両立できない」と述べたことにも、「この期に及んでとんでもない世迷い言だ」とあきれる。 オリパラを巡り、国立競技場など7会場の総整備費用は約2900億円に上る。無観客となったためにチケット収入はほぼなくなり、大会後は各会場の維持費もかさんで「負の遺産」になりかねない。 「開催で東京都や国の財政は相当、厳しくなった。巨額の借金を抱えた上、国立競技場などは赤字が続く恐れもある。そうした失政の責任を最後まで認めず、みっともない政権の末路をさらした」◆政権の1年間、スカでした 文芸評論家の斎藤美奈子さんは「菅政権の一年間はひと言で言うと、スカでした」とばっさり。「目に見えてやったことはGO TOと東京五輪くらいだ。いずれもコロナの感染拡大を招き、火に油を注ぐ結果にしかならなかった」 退陣表明した菅氏の姿は、体調悪化を理由に首相を辞任した安倍氏にも重なると斎藤さんは言う。「安倍政治の基本は森友・加計学園問題などに象徴されるような『利権・友だち優遇』だ。コロナ禍という有事にこうした政治は通用しない。菅氏も安倍氏と同様に、利権政治で乗り切ろうとしたものの、にっちもさっちもいかなくなり退陣を決めたのだろう」 菅政権の残したものは何だったのか。斎藤さんは「国民の間で『このままではだめだ』と危機感が広がり、意見を表明する人が増えたことかな。コロナ禍で政治のひどさが自分たちの生命や生活を脅かすと実感した人は少なくないから」と語った。2021年9月4日 東京新聞朝刊 11版 22ページ 「菅首相へ『本音の』送辞」から引用 菅氏が自民党総裁選に出馬しないことになった経緯は、五輪を開催したのに金メダルラッシュが政権支持率を上昇させなかったので、これでは総選挙を戦えないから、それじゃあ内閣を改造して新しい顔ぶれをアピールして選挙を戦おうと思ったのだが、党内の有力者の協力が得られず内閣改造は無理となった時点で、菅氏としては「詰んだ」ことを自覚したということだと思います。そこで総裁選には4人の新顔が立候補してますが、そもそも党内若手が「これでは総選挙が戦えない」と言い出したとき、その若手の皆さんは「国民は安倍・菅政治の継続を支持していない」という危機感があったはずです。にも関わらず、立候補した4人とも「安倍・菅政治」の転換を言わず、「森友問題の再調査はしない」とか「原発ゼロ政策はとらない」とか、安倍前首相を忖度したような発言ばかりですから、これでは菅さんが引っ込んだ意味がないし、いっそのこと、ここで突如菅氏も思い直して総裁選に出馬、と言い出せば、話題作りにもなり一挙に活性化するのではないかと思います。
2021年09月18日
菅政権の1年を振り返って、京都大学教授の落合恵美子氏は4日の毎日新聞に、次のように書いている; とにかく言葉にしない、語らない。菅義偉首相からは何を目標にしているのかということを全く聞けない1年だった。それは菅首相が単に口下手なのではなく、そもそも理念やビジョンがなかったからだと思う。 東京オリンピック・パラリンピックを巡っても、開催によって何が獲得できるかといった目標がなかったことが最大の問題だ。「コロナに打ち勝った証し」などという空言ではなく、「コロナ禍の下でも人類は連帯できる」などと示せばよかったのだ。それを一切せず、国民の大多数が反対しているのに、なし崩し的に開催し、その結果、日本は何を得たか。私の海外の知人たちは「日本はもっとやれる国だと思っていた」と同情するように言う。五輪を開くなら、開催前までに国民の大多数がワクチンの接種を済ませているような取り組みは不可欠だったはずだ。明確な目標もなければ、それを達成しようという手段もない。五輪を通して世界は日本の現実を見ており、結果的に日本の衰退を印象づけてしまった。 コロナ対策では、感染を拡大させないことが明確な目標だ。菅政権の問題は、その目標を達成するための手段をしっかり計画し実行しないことにある。感染防止のためのガイドラインを守ってもらうために必要なことは、守らなければ名前を公表すると飲食店を脅すことではない。どんな支援をすれば守ってもらえるか、合理的な対策を講じることだ。 菅首相が持つ理念は一つある。「自助」の重視だ。しかし、その理念によって公助は軽視されている。コロナの「中等症」患者で自宅療養をしながら苦しんでいる人は多いが、こうした状況は公助を軽視したところからきていると思えてならない。 さらに自宅療養に関して言えば、家の中で患者を世話する家族への視点が欠けている。家族をケアするのは女性が多く、大きな感染リスクを抱えながら、仕事にも出かけられない厳しい状況にある。女性は非正規労働が多く、コロナ禍に狙い撃ちされていることは分かっているのに、自宅療養でケアに当たる女性はいまだに放っておかれている。 公助が必要な場面で公助を重視しない理念をもった首相を抱えてしまった。それこそ最悪の事態を招いた要因だ。次期首相には、必要な時には公助を惜しまない人に就いてほしい。 日本の政治家たちは二言目には「欧米の民主主義国と価値観を同じくする」と主張するが、本当に西側諸国から信用されているとは言えない。東京五輪の直前、森喜朗氏の女性蔑視発言や開会式の演出者による過去の障害者いじめ問題が明らかになった。日本は差別的な人がトップに就ける国だと世界中が不信感を持っている。 高度成長期以降、日本は「アジアでトップ」と思われてきたが、コロナ対策でも、ジェンダーに関する姿勢でも、とてもトップとは言えない。この実態を明確にしたことが菅政権の唯一の成果ではないかと思う。<聞き手・宇田川恵><おちあい・えみこ> 1987年、東大大学院博士課程満期退学。2004年から現職。「21世紀家族へ 家族の戦後体制の見かた・超えかた 4版」「近代家族とフェミニズム」など著書多数。2021年9月4日 毎日新聞朝刊 13版 8ページ 「論点・菅政権とは何だったのか-『語らぬ』理念がないから」から引用 菅義偉という人は何か志をもって学問に励むとか、松下政経塾で政治の基本を学ぶというような経歴を持たず、秋田県の県立高校を卒業してからフラリと東京に出てきて、親の仕送りで暮らしていて何かの弾みで横浜の市議会議員と知り合いになり、それから法政大学に通ったというだけの人物で、言うことを聞かない役人を自分の権限で左遷するのが「快感だ」などと発言する低度の政治家ですから、安倍晋三氏が突然政権を投げ出すまでは、まさか自分が首相になるなど考えてもいなかったのだと思います。それがたまたま、安倍氏退陣後も「安倍・麻生・二階」の長老支配を継続するのに都合がいいからというだけのことで「お鉢」が回ってきただけのことですから、いきなり記者会見で「抱負を」などと言われても気の利いた対応が出来なかったのは無理もありません。別に口下手なわけでもなく、語るべき理念やビジョンを持ち合わせていなかっただけ、という落合氏の指摘はその通りだと思います。
2021年09月17日
来年4月から神奈川県の公立中学校で使用する歴史教科書を選定する作業をしていた県内各市町村の教育委員会は、この度作業を終えて、東京新聞が調査したところでは、自由社の教科書に決めた市町村は皆無であることが判明したと、1日の同紙が報道している; 公立中学校で来年4月から使う歴史教科書について、県内の全ての市町村が、「新しい歴史教科書をつくる会」系の自由社の教科書を選び直さず、現在使っている教科書の継続使用を決めたことが、各自治体教委への取材で分かった。 自由社の教科書は2019年度の検定で不合格だったが、20年度に再申請し合格したため、県内15市町村が同社の教科書を含めて選び直していた。 県内で最も遅い22日に採択を行った川崎市教委の臨時会では、市内に多い外国人ルーツの生徒の学びも包含するといった観点から、現在使っている教育出版を推す意見が委員から相次ぎ、全員一致で継続を決めた。自由社について「執筆者の主観がかなり入った表現がある」との指摘もあった。 横浜市教委は4日の定例会で「あえて変更する理由がない」などの意見が出て、帝国書院の教科書を引き続き使うと決めた。6月に本紙が調査した時点で選び直すか「未定」だった11市町も、いずれも継続使用を決めた。 6月の調査では横浜、川崎両市を含む15市町村が「選び直す」と回答、「選び直さない」が7市町、「未定」が11市町だった。(石原真樹、安藤恭子)2021年9月1日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「県内全市町村 自由社を選択せず」から引用 一昔前の教育委員会は、しっかりした議論が出来ず、発言力のある委員が強引に自由社版教科書を推薦すると他の委員は押し黙ってしまって、強引に主張した意見が通ってしまうという形骸化した「会議」で変な教科書が採択された時代がありましたが、その頃に比べると、現代は話し合いの環境も整って、変な教科書は選ばれないという「教科書選定システム」の正常化ができたことは世の中の進歩というものだと思います。元はと言えば、国の教科書検定制度が正常に機能していれば、偏向教科書が検定を通るはずはなかったのですが、歴史を真面目に学習したことのない世襲の人物が総理大臣になって長期間政権を担当すると「検定制度」も歪んでしまうようですから、現場で教科書選定の作業に当たる教育委員の責任は重いと言えます。 上の記事で気になるなるは、川崎市は外国にルーツをもつ生徒が多いから教科書選定に特別な配慮をしたかのように書いている点です。外国にルーツをもつ生徒がいるいないに関わらず、歴史教科書というものは、神武天皇が実在の人物であるかのように書いたり、植民地支配や侵略戦争の反省を記述しないような書物を教科書にしてはならないと思います。
2021年09月16日
今から約100年前にスペイン風邪が大流行して数十万人の死者を出したとき、当時の文化人は政府の対応のまずさを痛烈に批判したのであった。文芸評論家の斎藤美奈子氏は、当時の様子を1日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 流行性感冒(スペイン風邪)が猛威をふるったのは関東大震災の数年前だった(1918年8月~21年7月)。 すでに指摘されているように、当時の対策は新型コロナ対策とほとんど同じだったようだ。マスク着用の奨励。罹患(りかん)者の隔離。多人数の集合の回避。劇場や公共交通機関の入場・乗車制限。 だが政府の施策は徹底性を欠き、与謝野晶子は横浜の新聞に激烈な批判を寄せた。「盗人を見てから縄を絢(な)うと云(い)うような日本人の便宜主義がこう云う場合にも目に附きます。どの幼稚園も、どの小学や女学校も、生徒が7、8分通り風邪に罹(かか)って仕舞って後に、漸(ようや)く相談会などを開いて幾日かの休校を決しました」「予防と治療とに人為の可能を用ひないで流行感冒に暗殺的の死を強制されてはなりません」 関東大震災の死者は10万5千人。国内の流行性感冒の死者は38万8千人。これほどの死者を出した感冒が忘れられたのは、だらだらと3年も続いたせいだろうか。 流行性感冒の第一波は米騒動の時期と重なる。民衆蜂起を招いた米価の高騰にも晶子は激怒していた。「寺内内閣が天下の器でないことは、このたびの暴動を激成したことに由(よ)って余りに明(あきら)かになりました。国民は既に挙(こぞ)って寺内内閣の弔鐘を打っております」 晶子の憤怒に大きく頷(うなず)く私たち。100年前の話なのにな。(文芸評論家)2021年9月1日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-震災前夜の感染症」から引用 この記事が紹介する与謝野晶子の政府批判のセリフは、まるで現代の日本国民の政府批判とそっくり同じように見えて、不思議な感じがしました。どうやら、今も昔も疫病流行のときの政府の対応の様子はあまり変わらないようです。私はまた、政府の無策は現在の政権の「能力不足」が原因なので、もう少し気の利いた政権であれば、韓国や台湾のようにしっかりした検査体制で感染拡大を防いだはずと思ったのでしたが、どうも、100年前の与謝野晶子の主張を見ると、安倍・菅政権は日本の歴代政権のアベレージからそんなに極端に低いというわけでもない様子ですので、まあ、誰がやってもこんなものだったのかも知れません。しかし、もう少し感染症の専門家の意見を尊重し、科学的判断に基づいた対策を実施してほしいものです。
2021年09月15日
昔の自民党に比べて、今の自民党はどう変わってしまったのか、評論家の内田樹氏は8月29日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 「自民党はどうしてこんなに駄目になってしまったのか?」というにべもないテーマで取材を受けた。インタビュアーは私よりだいぶ若い人たちだったので「55年体制」とか「角福戦争」とか単語だけは知っているがリアルタイムで見たことがない。しかたがないので、かつての自民党がどういう政党であったかをお話しした。 自民党はある種の「国民政党」だった。党内にハト派から夕力派までイデオロギー的には水と油のような派閥を抱え込んでいた。その派閥同士が血で血を洗うような抗争を展開して、「疑似政権交代」が行われ、それが政権への求心力を担保していた。 60年安保闘争で岸信介内閣が国論の深い分裂をもたらした後、「寛容と忍耐」を掲げる池田勇人内閣が出てきて、イデオロギー的な国内対立を「棚上げ」して、左右を問わず全国民が受益者となる「所得倍増」政策をぶち上げた。その10年後には、佐藤栄作内閣のベトナム戦争への加担をめぐって再び国論が分裂したが、その後を受けた田中角栄内閣は今度も左右の対立を「棚上げ」して、「日本列島改造論」で全国民的規模の多幸感をもたらした。 図式は同じである。イデオロギー的に尖(とが)った政策をごり押しする政治家のせいで国論が二分した後は、「まあまあ」と懐に金をねじ込んで、喧嘩(けんか)を収めるタイプの政治家が登場する。そういう「二人羽織」みたいなのが自民党の十八番であった。 私はそういう「食えないおやじたち」を好きでもなかったし、尊敬もしていなかったが、「歯が立たない」とは思っていた。 私の友人で過激派だった男が卒業後に就職先がなくて、しかたなく父親のつてで田中角栄に会いに行ったら、「若者は革命をしようというくらいに気概があった方がいい」と言って、就職先を紹介してもらった。彼はたちまち越山会青年部の熱烈な活動家になった。 この時代の自民党の党人派の政治家たちには、敵味方を截然(せつぜん)と分かつよりも、とりあえず縁あって「草鞋(わらじ)を脱いだ」人間は一家に迎えるという仁義を守る者が多くいたのである。 この政治的な節度のなさの理由の一つは、戦後の政治家たちの政治的出自がばらばらだったことがかかわっていると思う。私のかつての岳父は自民党衆議院議員を五期務めた人だったが、戦前は日本共産党の中央委員だった。その叔父は戦前は農本ファシストだったが戦後には社会党政権の大臣になった。「政治的立場は違うが人間はよく知っている」という個人的信頼関係が55年体制の「国対政治」の底流にはあった。 今の自民党にはもうそういう「人脈」を持つ政治家はいないし、「寝技」や「腹芸」を使える者も絶滅危惧種となった。あの手の「芸」は若い頃から場数を踏まないと身につかないが、今の自民党はほとんどが世襲議員かメディア有名人上がりだから、修行を要する「芸」は身についていないし、政党を超えた人間的関係もない。あれは「一緒に修羅場をくぐった」もの同士が取り結ぶものだが、乳母(おんば)日傘で育った世襲政治家たちはそもそも「修羅場」というものを見たことがないのである。 自民党の劣化は組織や綱領の問題ではなく、政治家の質の低下がもたらしたのであるという話を若いインタビュアーに聴かせた。(神戸女学院大学名誉教授・凱風館館長)2021年8月29日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む - 自民党の劣化」から引用 昔の自民党の話はいつ聞いても面白い。子どもの頃眺めた新聞の写真で見る政治家の顔は、いつも真剣な表情をしていて子供心にも「政治家というのは、大変な仕事なんだな」という印象を受けたものだった。最近の新聞で読む政治の話は、何かしら違和感が伴う。菅政権は、安倍政治の疑惑を不問にしたままでも、コロナはワクチン接種で押さえ込み、五輪を開催さえすれば、後は金メダルラッシュで内閣支持率は持ち直すという「作戦」であったが、世論は「安倍政治の疑惑不問」を許さず、五輪は開催しても支持率回復はできなかったため、これでは総選挙は戦えないから、「選挙の顔」としての「党総裁」を交代しようという話になったのに、出てきた「総裁候補」はいずれも「安倍政治の疑惑」の再調査はしないと言っている。ということは、今ここで総裁選挙をやっても、結局選ばれるのは「菅さん」と同じ路線を行く政治家になるわけで、自民党として「安倍・菅」路線を転換することにはならない。それじゃあ「菅さん続投」と同じではないか、という声すら聞こえてくる。自民党は劣化どころか、もう終わってるのではないかと思います。
2021年09月14日
新型コロナウイルスの感染拡大の下で強行開催されたオリパラについて、8月28日の毎日新聞コラムは、次のように書いている; 「尾身さん、激おこ」。ネット上の反応に思わず頬が緩んだ。笑いごとではないが、いつになく怒りのにじむ発言となった気持ちはよくわかる。 新型コロナウイルス対策に奔走する尾身茂さんが苦言を呈したのは、国際オリンピック委員会のバッハ会長の再来日。 人々にテレワークをお願いしている時になぜ来るのか。常識で判断すればわかる、とまで言われたのはバッハさん本人だけでなく、オリンピック・パラリンピックの主催者であり、日本政府だろう。 オリパラの直接的影響はともかく、お祭り気分が人々の気の緩みや行動に間接的に影響する。感染拡大を抑えるために、矛盾したメッセージを出さないで、と尾身さんらは訴え続けてきた。 なのに、前回、バッハさんの銀ぶらに、丸川珠代五輪担当相は「不要不急かは本人の判断」と、ひとごとのよう。今回、歓迎会の開催が人々へのメッセージとして適切かと聞かれた大会組織委員会のスポークスパーソンは「質問の意図がわからない」。 結局、彼らの関心は「バブルの中の安全」だけなのだろう。 こうした、政府やオリパラ幹部らの発言を聞いていると、科学に備わる不確実性を都合良く利用するつもり?と疑いたくなる。 パンデミックに対応する公衆衛生は、統制された実験とはまったく異なる。大勢の人が複雑に相互作用し合う現実世界では、一人一人の行動や背景にある心理をすべて把握することはできない。 実験室と違い、「五輪を開いた日本」と「開かなかった日本」を比較することも無理。感染爆発の要因から、連休や夏休み、お盆、五輪の影響を、切り分けることもなかなか難しい。 しかし、だからといって影響がなかったことにはならない。 しかも、本当に五輪の影響を知ろうと思うなら、前もって、そのための仕組みを整えるべきだったが、それもなし。 それなのに「間接的影響には根拠がない。裏付ける数字もない」(バッハ会長)、「五輪は交通管理やテレビ観戦で人流抑制に役立つた」(東京都知事)と切り捨てるのは、科学に対する傲慢では? もし、「五輪の影響はどうせわからない」と最初から高をくくっていたとすれば、なおさらだ。 ともかく、日本の現実は災害レベルの感染爆発。専門家の予想通り、首都圏からの人の移動で地方で感染急拡大が起きている。心配される子どもたちの感染も、全体の感染者を減らさない限り抑えられない。(専門編集委員)2021年8月28日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-常識で考えれば」から引用 このコラム記事は一応、パンデミックの下でのオリパラ開催に批判的な立場から書かれてはいるが、論調が如何にも生ぬるい気がします。バッハ会長の銀ぶらを記者から質問された丸川珠代五輪担当相の応えが「ひとごとのよう」とか、IOC関係者歓迎会の開催が国民にどういうメッセージを伝えることになると思うかと聞かれた組織委関係者が「質問の意図がわからない」と応えたのは、彼らが「バブルの中の安全」にしか関心がないからではなくて、記者の質問にまともに応えれば、自分の否を認める意外に正解はないことを知っていて、それを避けるために言葉を濁したもので、安倍・菅政治の9年間に使い古されてきた「手」だということをズバリ指摘する、ワサビや辛子やその他のスパイスを総動員したような辛口コラムにしていただきたいと思ったのは、私だけではないと思います。
2021年09月12日
菅野賢治著『「命のビザ」言説の虚構』(共和国刊)について、8月28日の毎日新聞は次のような書評を掲載している; 第二次大戦中に外交官の杉原千畝がリトアニアで出した日本通過ビザ、いわゆる「命のビザ」は多くのユダヤ難民をホロコーストから救ったと言われてきたが、「当時の難民が恐れたのはナチス・ドイツの脅威ではなく、ソ連による共産化だった」ことを一次資料を基に検証した。タイトルを含め「読者の抵抗に遭うことも十分覚悟した」という長編学術ドキュメントだ。 1939年9月に祖国ポーランドがドイツとソ連に分割・占領され、中立国リトアニアに逃れたユダヤ難民は翌40年夏、ビザを求めて日本領事館に詰めかけた。東京理科大教授でフランスのユダヤ世界を研究してきた著者は、「アメリカ・ユダヤ合同分配委員会」(JDC、本部ニューヨーク)の現地代表として難民支援にあたった米国人ベッケルマンが残した電文やリトアニア古文書館の記録などを詳細に分析。ユダヤ難民が国外脱出を図ったのは、ソ連が40年6~8月にリトアニア併合を進める中で「財産没収や宗教の禁止、思想弾圧を懸念したため」と結論づけた。 一方、「ホロコーストの恐怖」については資料から読み取れず、実際にナチスがユダヤ人絶滅政策を始めたのは41年秋以降であり、「<あと>に起きた出来事をもって<前>にあった事象の説明材料にしようとするものだ」と指摘する。ほかにも、▽杉原がビザ発給そのものの許可を外務本省に求めた形跡はない▽杉原ビザがなくてもモスクワの日本大使館が出した上陸許可で来日したケースがあった-など通説を覆す調査内容が盛り込まれている。 難民が置かれた事情を考慮し、発給条件を緩く解釈してビザを出した杉原の行為自体は「人道性の表れ」と評価する。それでも「史実とかけ離れた言説が流布し、受容されている状況は問題だ。最近は学校の教材にも取り上げられているが、杉原ビザを歴史全体の流れの中に正しく組み込む作業が必要だろう」と社会に警鐘を鳴らす。<文・田中洋之>菅野賢治著『「命のビザ」言説の虚構』(共和国・5720円)2021年8月28日 毎日新聞朝刊 13版 21ページ 「今週の本棚 - ユダヤ難民を救った史実」から引用 外交官・杉原千畝と言えば、ナチスの迫害を逃れて大使館に殺到したユダヤ人に、夜を徹してビザを発給して多くの人々の命を救った「美談」として知られているのだが、しかし、実際にユダヤ人の大群が日本領事館にやってきたのは1940年の夏で、ナチスがホロコースト政策を始めたのは1941年秋だったという史実を並べれば、確かに「ナチスの迫害を逃れるために、ユダヤ人が日本領事館にやって来た」という話は辻褄があわなくなる。この度、菅野賢治氏の研究の結果、私たちは本当の歴史を知ることができ、国際的に恥をかかずに済んだのは良かったと思います。
2021年09月11日
新型コロナの感染拡大に対し、有効な対策を打ち出せずに今日に至る日本政府に比べて、国民は意外に冷静に判断していたと、文芸評論家の斎藤美奈子氏が8月25日の東京新聞コラムに書いている; 昨年来のコロナ禍を振り返り、新聞の世論調査をたどると、民意は政府より冷静に判断していたことがうかがえる。 昨年7月、22日から始まるGOTOトラベルに民意の7割は反対だった(朝日74%、毎日69%)。しかし政府はGOTOを決行。第2波は開始2週間後の8月7日にピークを迎えた。 12月、三たび感染が拡大する中、GOTOの延長に民意の7割は反対していた(読売77%、毎日67%)。しかし政府は年末までGOTOを停止せず、第3波は1月8日にピークを迎えた。 1月、五輪の中止か再延期を求める声は8割に達していた(共同通信80%、朝日86%)。この傾向は多少増減しつつも6月まで続き、開催が決定された7月でも民意の7~8割は開催を不安視していた(朝日68%、共同通信87%)。しかし五輪は決行された。市民の反対がなければ無観客にすらならなかっただろう。第5波は今なおピークアウトの気配がない。 こういうのを世間では「だから言わんこっちゃない」と表現する。 17日の会見で菅首相は「感染拡大を最優先にして考えていきます」と述べた。言い間違い? いやいや首相にしては珍しく正しい認識である。この一年、政府は事実、感染拡大最優先で動いてきたんじゃないのか。パラリンピックだけは大丈夫だと誰が保証できるだろう。(文芸評論家)2021年8月25日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-感染拡大最優先」から引用 この記事はパラリンピック開催の直前に出た記事のようであるが、このパラリンピックに対し五輪組織委は「無観客で実施」を決めた後も、「児童生徒の動員」は最後まで諦めず、結局は各自治体が自主的に「観戦辞退」決めて児童生徒の健康を守ることになった。政府から出向したような人材ばかりの組織にしては、国民の健康よりもオリ・パラを優先する姿勢は、政治家として如何なものかと思います。17日の菅首相の「感染拡大を最優先に」発言は、本人としては「感染拡大の問題を最優先に」という意味で、ちょっと言葉を省略しただけだったのに、時期が時期で場合が場合だったために、「なに? 感染を拡大させることを最優先するのか?」と皮肉を言いたい人たちの格好の餌食になってしまった。普通の神経をもった人なら、そういう曲解を避けるために、とっさにその場で「感染拡大の問題を、ですね」とか、言い直すものだが、高齢でもあるし「オレは総理大臣だし」という「驕り」もあってか、言い直しをしなかったために、上のようなイヤミなコラムを書かれる羽目になったようです。
2021年09月10日
ニュージーランドはかつて産業振興のために不足の労働力を近隣の諸国から強引に集め、不景気になるとこれまた暴力的に追い出すという非人道的な政策を実施した時期があり、近年のニュージーランド政府は被害を被った近隣諸国の労働者に謝罪し、和解策を提案しているが、そのことに関連し、中央大学教授の目加田説子(めかた・もとこ)氏は日本政府の戦後の対応について、8月22日の東京新聞に次のように書いている; 国が過去のあやまちを認め謝罪するまでには、長い時間がかかる。民主的で多元化社会を先取りしている印象のニュージーランドにして何十年も要した。アーダン首相は6月、南太平洋出身の人びとに差別的な政策を推進してきた過去を謝罪し、8月に入って具体的な和解策を示した。 第二次大戦後、労働力不足を補うためサモアやトンガから多くの人びとを受け入れたが、1960年代の不景気で失業率が上昇すると一転。就労ビザ切れを理由に、厳しい取り締まりを始めた。午前3時、4時に警察犬を連れた警官が家に立ち入って摘発したために「夜明けの襲撃」と呼ばれ、人種差別の象徴として批判された。 「国家が認めたテロリズム」とも酷評されたこの政策は4年で終わったが、近隣諸国の人びとに世代を超えるトラウマを残しただけでなく、ニュージーランドのイメージは大きく傷ついた。 同首相は「当時の移民法は差別的な方法で施行」されたことを認め、「正式かつ無条件」に謝罪した。和解策として「夜明けの襲撃」に関する学校教育、太平洋地域の歴史家による公式記録の作成支援、南太平洋出身の人びとへの教育・研究奨学金などを約束した。その場に臨席したトンガの王女は「政府の謝罪は正しい方向への一歩で、新しい夜明けだ」と謝罪を受け入れた。 ニュージーランドは、以前にも人種差別を謝罪したことがある。2002年2月、当時のクラーク政権は19世紀後半から半世紀以上続いた中国系移民への差別的な政策を謝罪、同年6月にはサモアに対する占領政策を謝罪した。背景には、アジア系移民の増加や対中外交重視などがあったものの、「グローバル市民としてのニュージーランドの国際的評価に貢献した」と論評された。 実はニュージーランドばかりが優等生なのではない。1990年代以降、世界では過去の人権侵害への謝罪や真相究明などが大きな潮流になっている。南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)や、中南米の軍事政権による人権弾圧についての真相解明と和解をめぐる試み。ルワンダや旧ユーゴスラビア内戦での集団殺りくに関する特別の戦争犯罪法廷設置。国際人道法違反などを裁く国際刑事裁判所を常設する国際合意―。今日では、過去と真摯に向き合うことが、国際社会で信頼を得る適格要件になりつつある。 さて、日本。「明治日本の産業革命遺産」の一つである長崎市の端島(はしま・軍艦島)について、ユネスコの委員会が先月、強い遺憾表明決議を採択した。端島の炭鉱において、厳しい環境下で働かされた多くの朝鮮半島出身者に関する説明が不十分との判断からだ。委員会はこれまでにも、歴史の全体像が理解できるような説明を日本に促してきたが、決議で改めてそれを求めた。 思えば日本国憲法の前文に、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」とある。国家のあやまちを反省し、時代を先取りしたような前文のこの文言に込められた戦後の「初心」。端島問題に限らず、そこに立ち返って名誉ある地位とは何かについて熟考を重ね、決断・行動しないと、ひとりよがりの国に転落していく。2021年8月22日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む - 世界での名誉ある地位」から引用 この記事が示すように、差別的な移民法の施行を謝罪したニュージーランド政府やアパルトヘイトを改めて被害者と和解した南アフリカ政府は立派である。それに比べると、日本政府の中国や韓国との「和解」は未だに未解決の問題が蒸し返される始末で、どうも誠意をもって行なわれた和解交渉だったのかどうか、実に疑わしい。それどころか、「産業革命遺産」と称して保存することになった施設の説明文に史実を曲げる表現を記述して、第三者であるユネスコが「遺憾表明決議」を採択するという異常な事態になっている。歴史修正主義者が政権を牛耳るために起きている恥ずべき事態であり、速やかに政権交代して世界に恥じることのない政権を実現したいものである。
2021年09月09日
首相就任から約1年で退陣することになった菅首相について、5日の東京新聞は次のように書いている; イチゴ農家の長男に生まれ、議員秘書から横浜市議、衆院議員、そして内閣総理大臣まで駆け上がった男の挫折。菅義偉首相の突然の退陣表明への、故郷の秋田県湯沢市や政治家の出発点となった横浜市の関係者の受け止めは複雑だ。 JR湯沢駅から南に約20キロ山形県境に近い農村部の秋ノ宮地区で生まれ育った生家は今、無人だ。管理している菅氏のいとこ菊地克夫さん(80)によると、一年前の首相就任直後は連日、数十人が見物に来たが、最近は時々見かける程度という。 「道の駅おがち 小町の郷」では、就任時に掲げた垂れ幕とのぼりを駅長の佐藤光一さん(66)らが片付けた。「祝 内閣総理大臣就任と書いてあるので、もう出せない」 地元は人口減少が続く。湯沢駅前の商店街では服飾店を営む藤田一平さん(38)が「コロナ対応に失敗したと言われるが、この街はコロナ禍前から何も変わっていない」と嘆いた。 秘書時代からの菅氏を知る元横浜市議会議長の藤代耕一さん(86)は新型コロナウイルス対策の説明は十分ではないと会見を見て感じていた。 「一生懸命やっているけど、口下手で国民に理解されない面があった」 8月の横浜市長選では、菅氏が小此木八郎氏を全面支援した。「統合型リゾート施設(IR)政策を進めてきた菅さんが、IR反対を掲げた小此木さんを支援した。有権者には分かりにくくなった。(落選は)本人もショックだったと思う」(中崎裕、西田直晃)2021年9月5日 東京新聞朝刊 12版 20ページ 「菅首相ゆかりの地 退陣に複雑な思い」から引用 恫喝一本槍で総理大臣にまで登りつめた菅義偉氏も、ついに年貢の納め時となり、コロナ対策に専念するためという誰も信じない理由を挙げて次の自民党総裁選に出馬しないことになった。 菅氏には、辞める前にちゃんと説明してほしい疑惑が山ほどある。それはこの一年の首相在任期間だけではない、官房長官時代を含めたこの9年間の疑惑だ。 菅氏は森友学園への国有地売却の決裁文書に安倍昭恵氏の名前が書かれていることを知っていたのではないか? その改ざんを佐川局長(当時)に指示したのは菅氏ではないのか? 菅氏は宣房長官在任中、86億円もの官房機密費を何に使ったのか? メディア関係者、与野党の政治家、官僚などの買収に使ったのではないか? 総裁選のためにも使ったのではないか? 菅氏は日本学術会議の会員予定者のうち、安保関連法、共謀罪法、特定秘密保護法を批判する学者を狙い撃ちにして、任命を拒否したのではないか? 菅氏は自分のスポンサーである「ぐるなび」会長の滝久雄氏をむりやり文化功労者にしたのではないか? そのために文化功労者を選定する文化審議会の委員の人事に介入したのではないか? 疑惑は尽きない。辞めるなら説明してから辞めてくれ。説明しないのなら、首相だけでなく国会議員も辞めるべきだ。
2021年09月08日
新型コロナウイルスの感染が爆発するのは放置してオリンピック報道に明け暮れた日本のメディアを、スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏は8月22日の「しんぶん赤旗」で、次のように批判している; 緊急事態宣言下の東京五輪が8日、閉幕しました。その間、テレビは五輪一色に。過熱報道の背景に何があるのか。スポーツジャーナリストの谷口源太郎さんに聞きました。<板倉三枝記者> NHKはBSを含めた全体で約1230時間、民放は合計で約450時間と、過去最長の放送計画で東京五輪に臨みました。 谷口さんは「新型コロナウイルスの感染拡大で今回ほど問題が山積する大会はなかった。それを無視して翼賛報道に走ったメディアの責任は、とことん問われなきゃいけない」と語ります。◆ニュースが大幅に削減 谷口さんが問題視するのは1988年のソウル五輪以来、国際オリンピック委員会(IOC)独自のビジネスとして、放送権料やスポンサーシップが肥大化していることです。 NHKと民放キー局でつくるジャパン・コンソーシアム(JC)は、2018年の平昌冬季五輪と東京五輪の放送権料を総額660億円で購入しました。その額は前回の冬季夏季大会の約1・8倍です。 「民放としては、放送権料に見合うだけの徹底した放送をする。一方、契約金の7割を負担するNHKは『オリンピックはNHK』だと、朝から晩まで放送し、圧倒的な力を見せつける。その結果、何か社会で起きているのか、わからなくなってしまいました。NHKは、政権と結託して、国威を発揚する大きな役割を果たしました」 民放が各局日替わりで中継したのに対し、NHKは総合、Eテレ、BS1、BS4K、BS8K、ラジオ第1の6つの放送波で中継や録画を放送しました。大河ドラマや定時の報道番組が削減され、本来60分のNHK「ニュースウオッチ9」は15~30分に短縮されました。「必要なニュースが流されない。私たちの知る権利が踏みにじられている」と読者からも怒りの声があがります。◆新聞が後援者 前代未聞 もう一つ、谷口さんが指摘するのは、「朝日」「毎日」「読売」「日経」の4紙が「オフィシャルパートナー」として東京五輪・パラリンピックのスポンサーになったことです。 「テレビが大騒ぎすることは最初からわかっていました。一方、新聞は独立した報道機関として五輪の抱える問題を、客観的、批判的に検証する役割がありました。自ら運営の内側に入って批判的報道ができるわけがない。日本の新聞社が五輪のスポンサーになったのは前代未聞で許されないことです」 東京五輪は、新型コロナウイルスの感染が急拡大する中、開幕後も中止を求める声がやみませんでした。 「オリンピック離れは世界的に進み、五輪報道は以前のようなドル箱ではなくなってきています。テレビ局も以前のような体力はなくなり、高騰する放送権料を払い続けるのは限界といっていい。東京大会は、オリンピックをめぐるさまざまな問題を可視化しました。この先、どうするのか。メディアのあり方を含め、徹底検証と真剣な議論が必要です」2021年8月22日 「しんぶん赤旗」日曜版 30ページ 「知る権利踏みにじった翼賛報道」から引用 スポーツ・イベントに限らず、社会に何か問題があったらいち早く報道する使命があるメディアが、五輪のスポンサーになれば、それは「コロナ禍の下での五輪開催は、是か非か」というような問題提起はしにくくなるのは当然です。アメリカでオリンピックが開かれたときは、アメリカの新聞はスポンサーにならなかったのかどうか、調べて見たいと思います。いずれにしても、新型コロナに感染しても入院が出来ず自宅で死亡したという記事は小さい扱いで、「金メダル」獲得を数ページ費やして報道するというのは異常な事態でした。単独競技の世界大会というのならまだしも、オリンピックなどという馬鹿げたイベントは、日本では金輪際やらないでもらいたいと思います。
2021年09月07日
不法滞在の容疑で名古屋出入国在留管理局の施設に収容されていたスリランカ人が病気を訴えても治療を受けることが許されずに死亡した事件に関連して、歴史家の加藤陽子氏が8月21日の毎日新聞に、日本人の「危機意識」について、次のように書いている; 名古屋出入国在留管理局内の収容施設で今年3月、スリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなった。亡くなるまでの映像の一部を視聴した妹のワユミさんが、今月12日に報道陣を前に声を震わせつつ述べた言葉は、実に重いものだった。「このビデオはすべての人に大事です」「ここには人道が全くありません」 豊かなはずのこの国で、すべての人間は尊厳を持つという大前提を公務員である職員が共有していなかった。入管局長以下4人に訓告等の処分が下ったが、彼らに「罪」の意識はあったのだろうか。 こう書いたのは既視感を持ったからだ。丸山真男が敗戦直後に書いた論文「超国家主義の論理と心理」に次のくだりがある。捕虜虐待に関する裁判記録を読んで奇妙に感じた、と。被告らが異口同音に捕虜の待遇改善に努力していたと供述した点だ。むろん刑を軽くするための能弁(きべん)はあろう。だが丸山は被告らの主観を前提に考察した。「待遇を改善すると同時に(捕虜を)なぐったり、蹴ったり」できたのはなぜなのか、と。 ひとつの答えとして丸山は、国家権力と自己との合一化を挙げた。国家と自らを同一視した収容所員にとって、日本軍であれば絶対に許されない投降をした者=捕虜には暴力を振るって当然だっただろう。丸山のもう一つの論文「軍国支配者の精神形態」は、既成事実への屈服と権限への逃避とを答えとして挙げた。くだんの入管職員らは、ウィシュマさんは詐病で、自分の権限ではどうしようもなかった、と考えてはいなかったか。 8月10日付の「調査報告書」は、職員らの危機意識の欠如を認め、意識改革に取り組むとした。だが、問題の根底は危機意識の欠如だろうか。ワユミさんはこうも述べた。 「今日は姉がこういうことになった。明日はあなたの番ですよ」と。心を突かれる思いがした。私たちは日々の生活のなかで、「これは人ごとだ」とやり過ごす事項が多くはないか。それを気づかせる一例として、NHKの特設サイト「新型コロナウイルス」を挙げたい。当事者の証言集のタイトルは「まさか私が・・・」だ。 安全がタダだと長らく考えられてきたこの国であれば、この人ごと感はよく理解できる。私にも同じ感覚がある。今回は、この人ごと感の由来を歴史的に考えたい。日本という国では、危機とは個々人が主体的に感知するものではなく、為政者や扇動者らの都合で、人々の外部から人為的に調達されるものだったのではないか。だからこそ、危機を人ごとと感じる。この点を第一次世界大戦の講和会議にさかのぼって見ておきたい。 舞台は1919年のパリ。4年以上続いた欧州大戦を終結させる会議だった。そこには、日本の首席全権・西園寺公望の随員、近衛文麿の姿があった。会議の主人公は、米国のウィルソン大統領、英国のロイド・ジョージ首相、仏国のクレマンソー首相の3人だ。 近衛はその見聞録で、米国の調査能力を称賛した。早い段階で多くの専門委員会を作り、中東問題などの議論も準備していた、と。だが、手だれの英国外交官ニコルソンの認識は違った。いわく、ウィルソンら「無知で無責任な男たち」3人がケーキを切るかのように中東問題を決定していくのを見るのは恐怖だったと辛辣だ。同じく英国大蔵省の代表として、敗戦国ドイツの賠償を限定的にするよう尽力した経済学者ケインズも、3人の首脳に絶望してパリを去る。全ての罪を独国に着せ、その経済力を奪った英米仏の報復的賠償策が失敗とわかるのに時間はかからなかった。つまり、近衛は危機を予測できなかった面がある。 他方、中国が(日本が中国の独国権益を引き継ぐ)山東条項を不服として講和条約に調印しなかったことは日本側の反発を残した。昭和の国家主義の理論的支柱・北一輝は「支那革命外史」に記した。日本は講和会議で、中国と(中国をそそのかした)米国双方から「排日の泥」を投げつけられた、と。 経済が良好なうちは北の抱いたような危機意識は広がらなかった。だが、29年に世界恐慌が日本の農村を襲うと、一気に世相は不穏化した。軍部や国家主義者らが恐慌への対応が不十分なのは政党政治家、財閥、宮中勢力(つまり軍部などや国民にとっての外部)のせいだと危機をあおり始める。 決定的だったのは、まさに日本の「外側」で関東軍参謀らの作為により満州事変が引き起こされ、日本に根付き始めていた政党政治の息の根まで止めたことだろう。軍人らの本音は戦略的要地の獲得だったが、人々には、危機あおりと共に、満蒙(中国東北部や内モンゴル)を手に入れれば景気が良くなるといった疑似的な夢が語られた。歴史から学べるものはいまだありそうだ。2021年8月21日 毎日新聞朝刊 13版 9ページ 「加藤陽子の近代史の扉 - 外部から調達される危機」から引用 出入国在留管理局の施設で死亡したウィシュマ・サンダマリさんの妹が、姉の収容中の映像の一部を見て「この映像は大事だ。ここには人道がない」と発言したのは、日本人に対する警鐘であるということです。しかし、大方の日本人は「自分は日本人だから、間違っても入管の施設に入れられることはあり得ないから、関係ない」という具合でまったくの他人事として受け取るだけで、それではだめなわけです。問題は「入管の施設に入れられるかどうか」ではなく、入管で起きた事件は他の日本人社会のどこででも起きる可能性がある。なぜなら、ウィシュマさんが死亡した入管の施設の職員は、特別変な人物ではなく私たちの社会に存在するごく普通の日本人だからです。だから、似たような人道主義を逸脱した悲劇は再発するリスクがあるという警鐘に、私たちは耳を傾けるべきだと思います。
2021年09月06日
20年間も武力でアフガニスタンを支配した米軍が、撤退を開始した途端に敵対していたタリバンが首都を制圧し米軍に支えられていた傀儡政権は隣国に逃げ出してしまった事件について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は8月18日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 15日、米軍が撤退しアフガニスタンの首都カブールをタリバンが制圧した。日本のメディアは悪夢が復活するといわんばかりの書きようだ。 みなが恐れるタリバンとはどんな組織なのか。参照すべきは現地で長く活動してきた故・中村哲さんの言葉だろう。 2001年、米国がアフガニスタンを爆撃した直後のインタビューで中村さんは答えている。 「日本の論調では、ひと握りの悪の権化タリバンが力をもって罪のない民衆を抑圧するという図式が成り立っていたわけですけど、それはちょっと違うんです」 タリバンはソ連撤退後のアフガニスタンに平和と秩序をもたらした地域集団の集合で、人々は歓迎していた。そこに英米軍が侵攻してきてグチャグチヤにされた。それが現地の庶民の感覚で、女性に教育を受けさせないといってもカブールには何十もの女学校があって「かなり規制は緩んでいたんです」。西側の報道がいかに一面的か、目が覚める思いがする。 02年1月号から9回に渡って行われたこのインタビュー記事は、現在ロッキング・オンのウェブサイトで公開されている(「中村哲が14年に渡り雑誌『SIGHT』に語った6万字」)。 20年後のいまもワシントン発の情報だけで判断はできない。平和を乱したのは誰だったのか。いまこそ考えるべきだろう。(文芸評論家)2021年8月18日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-ほんとの姿は?」から引用 米軍が20年間居座って指導した現地のガニ政権は、形ばかりの民主的選挙を行なったとは言え、その内実は汚職やその他の不正行為がはびこり腐敗した政権であったために、広範な国民の支持を得ることはできず、米軍の撤退と同時に崩壊することになったようです。世界最強の軍事力をもってしても、一国を完ぺきにコントロールすることはできないことが証明されたわけで、これからの国際社会は何を基軸として秩序を整えるべきか、発想の転換が求められます。
2021年09月05日
最近、世界のあちこちで社会主義思想に対する関心が高まりつつあることについて、東京新聞論説委員の田原牧氏は8月18日の同紙コラムに、次のように書いている; 世界中を覆う新型コロナの猛威で忘れられてはいるものの、今年は旧ソ連の崩壊から30年である。 その節目を前に、世界では社会主義を含めた左派言説への関心が再浮上している。 好例が米国だ。昨年の大統領選では、民主党の予備選で「民主社会主義」を掲げるサンダース候補が若者たちからの圧倒的な支持を集めた。 日本でも「脱成長コミュニズム」を訴える大阪市立大の斎藤幸平准教授(マルクス経済学)の著書「人新世の『資本論』」、階級闘争を切り口にした京都精華大の白井聡専任講師(政治学)の「武器としての『資本論』」といった書物が版を重ねている。 定年を間近に控えた世代としては隔世の感がある。たしかに1950年代のスターリン主義批判以来、既成の社会主義とは一線を画した社会主義の理想像が模索された。 とはいえ、ソ連崩壊の衝撃は大きく、それが資本主義を新自由主義の形態で野放図にし、「社会主義」や「左派」は嘲笑の対象とすらされた。 その負の印象が30年をへて薄まったのは、新自由主義が過酷な格差と貧困化を生み出し、気候変動といった人類の生存すら脅かす怪物と化したからであろう。 斎藤さんは30代、白井さんも40代前半だ。労働運動や学生運動の隆盛期を体験していない。著書を読む限り、「革命」の興奮とも無縁に映る。そうした違いを経験不足と批判的に見るより、スネに傷がない分、大胆な発言ができると肯定的に考えたい。 ただ、そうした理論が社会を動かすには人の営みが不可欠になる。生身の人間が担う以上、なかなか理屈通りには進まない。日本でもソ連の独裁体質を批判していた新左翼の集団が、いつの間にか自らが独裁的になり、内ゲバの泥沼にどっぷりはまった。 いまでこそジェンダー平等を強調する政治勢力が、かつては女性差別に無自覚であった例も少なくない。原発や核兵器に対する評価にしても一貫してはいなかった。 人も集団も誤りからは自由ではない。だからこそ、経験知が重要だ。なぜ、理想や解放を目指した運動が新たな抑圧を生み出したのか。資本主義への構造的な批判に加え、文学的ともいえる人の要素への考察が必要になるだろう。 しかし、内ゲバ一つとっても体験者らの口は重い。それはその前の世代の戦場体験と似ている。「加害」の立場なら、なおさらだ。体だけでなく、心の傷はそれだけ深い。 それでも時間がたった。若い人びとから新たな言説が生まれてきた。かつて辛酸をなめた人びとに残された時間もそう長くはないだろう。 失敗をただの失敗に終わらせないためにも教訓を導きたい。若い世代の新たな思想的な動きに、貴重な経験を接ぎ木したい。分断ばかりが際立ついま、世代間に橋を渡す議論の深化に期待したい。(論説委員兼編集委員)2021年8月18日 東京新聞朝刊 11版 6ページ 「視点-失敗の教訓 つなぎたい」から引用 白井聡氏や斎藤幸平氏の著作が新聞の書評欄に登場したとき、この人たちは「教養としてマルクス主義を知っている」といった低度の学者なのだろうという印象でしたが、田原氏によれば彼らはれっきとしたマルクス主義研究家であるとのことで、新しい時代のマルクス主義はこういう形で人々に継承されていくのかも知れません。70年代の全共闘運動までは、ロシアや中国の革命に影響されて、革命運動の中で主導権を握ることが「重要課題」であるかのように考えられてましたが、そのような内輪の主導権争いよりも、広く世間に支持者の輪を広げることのほうが重要であるという発想の転換は、日本共産党が60年代から主張していた方針でもあり、長い時間をかけてようやくその芽が出てきたのかも知れません。
2021年09月04日
東京五輪・負のレガシーについて、毎日新聞専門記者の大治朋子氏は8月17日の同紙コラムに、次のように書いている; 先週末にNHKで放映された終戦ドラマ「しかたなかったと言うてはいかんのです」を見た。 太平洋戦争末期に起きた米兵への生体解剖。解剖を行った当時の九州帝国大医学部助教授、鳥巣太郎医師がモデルで、そのめい、熊野以素氏の著書「九州大学生体解剖事件 七〇年目の真実」が原案だ。 1945年5月に米軍爆撃機が熊本、大分県境に墜落し、捕らえられた米兵8人が解剖手術で殺された。どの程度失血すれば死ぬのか、血液のかわりに塩水は使えるか。そんなことが目的だった。 鳥巣氏は解剖計画を知らなかった。教授の命を受けて参加しその実態に気づいた。2回目の解剖で「不法不当」を訴えたが聞き入れられず、以後は参加を拒否した。 48年の横浜裁判で軍や大学関係者計23人が有罪判決を受けた。鳥巣氏は当初、絞首刑とされたが妻の尽力で命令への抵抗などが立証され懲役10年に減刑された。 その裁判で、ある医学博士が「私がその立場なら参加しない、医学は治すもので殺すことではない、軍の命令でも従わない」と語っている。ノンフィクション作家の上坂冬子氏の著書「生体解剖」(毎日新聞社)によると、鳥巣氏はその言葉を重く受け止め上坂氏にこう語ったという。 「厳しくともあれが正論です。人間は正論を踏み外してはいかんのです」 だが上坂氏は疑問を抱く。「組織の一角に拍車がかかって個人をひねりつぶして驀進するような事態はいつの時代にもあり得ることだが、そんなとき個人はどんな方法で対処せよというのであろう」 そして思わず「ああするよりほかに仕方なかったのではないか」と問い直すと、鳥巣氏は遮るように言ったそうだ。 「それをいうてはいかんのです」「どんな事情があろうと、仕方がなかったなどというてはいかんのです」 権力の暴走から命を守れなかったことへの悔恨。鳥巣氏の言葉は、新型コロナウイルス禍の我々に問いかける。正論を踏み外してはいないか、と。 東京五輪開催に為政者らがばく進し、批判した医師らの声はひねりつぶされた。費やされたカネと選手の汗に「仕方がない」のムードが高まった。「命こそ宝」の正論は踏み外され、その結果は予想通りの感染拡大と医療危機。程度の差こそあれ、そこに連帯責任を感じる市民もいる。 五輪の負のレガシー(遺産)があるとすれば、その一つは正論を踏み外したことへの後ろめたさかもしれない。(専門記者)2021年8月17日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ「火論-正論を踏み外す」から引用 東京五輪については、この記事が述べているように国民が心配した様々な疑問に対し、政府は一切の議論を封じて「安全安心の対策を講じて開催する」というお題目を繰り返すだけで、政府の専門家会議の会長も「ふつうは(五輪開催は)ない」と言うのが精一杯で、立場上「中止するべきだ」と断言することが出来なかった。その結果、多くの国民が心配した通り、感染は爆発して何時収まるとも知れない状況で、感染して症状が悪化しても病院に入れてもらえず自宅に放置された挙げ句に死亡する事例まで出ている。「九州大学生体解剖事件」の教訓がまったく活かされなかったのは残念なことであった。
2021年09月03日
ドナルド・トランプ氏を支持するカルト集団に乗っ取られて変貌したアメリカ共和党について、ニューヨーク・タイムス紙のチャールズ・ブロー氏が書いたコラム記事を8月20日の朝日新聞が転載している; ドナルド・トランプ氏が大統領在任中、どんな新たな手口で米国の民主主義に脅威を与えたのか、我々は今、毎週のように学んでいる気分である。 7月30日には、議会に提出され、ニューヨーク・タイムズが入手した新たな文書から、「トランプ氏は昨年末、広範な不正行為の実例が見つかっていないにもかかわらず、大統領選は不正だったと発表するよう司法省首脳部に圧力をかけた。自分や自分を支持する議員がそれを利用して選挙結果を覆すためだ」と分かった。 ある会話をめぐる側近のメモによると、トランプ氏ははっきりとこう述べた。「選挙は不正だったと言うだけで、あとは私と、私を支持する議員に任せればいい」 この最後の部分が重要だ。トランプ氏は、1人で民主主義を壊そうとしたわけではなく、彼には協力と支持があった。その一部は議会からだ。それが共和党の有権者に広がり、1月6日の連邦議会襲撃事件が起きたのは、まさにそうした精神からだ。 クイニピアック大学の5月の世論調査によると、共和党支持者の85%は中間選挙の侯補者がトランプ氏を支持することを望み、3分の2はトランプ氏が2024年の大統領選に再出馬するのを望んでいる。 議員から有権者に至るまで、その大半がうそを信じ込み、民主主義をむしばみ、腐敗させ、破壊さえしようとするうそつきを信じているような党の構成員をあなたは何と呼ぶだろうか? 反対票や国民の反対意見を抑圧する口実に指導者がそのうそを利用する政党をあなたは何と呼ぶだろうか? 国の安定と繁栄よりも、カルト集団に奴隷のように身を捧げる政党についてはどうだろうか? 反既成勢力、反科学主義を示すためだけに、パンデミック(感染大流行)のさなかに命を救い、社会を解放するワクチンに多くが反対し、大勢の支持者を致命的なウイルスにさらす政党をあなたは何と呼ぶだろうか?◆ ◆ ◆ 私はそんな党を、国家の安全保障上の脅威であり、民主主義に巣くう害悪と呼ぶ。 恥じるところのないリベラルである私が言えば、むき出しの党派心に聞こえるだろう。それは理解している。人は時に、こうした共和党への批判が、むしろ党内の不満分子から出てきてほしいと思うものだ。そのほうがより真実味が増すと感じられるからだろう。 しかし、(黒人解放運動の活動家である)マルコムXがかつて言ったように、「それを伝えるのが誰であろうと、私は真実の味方だ」 私は穏健派と中立派の言い分をすべて聞いて来たが、つまるところはこういうことだ。「過熱した言葉は何の助けにもならず、本来なら考えを変えたかもしれない人々を遠ざける。意見が異なるだけの人を邪悪な存在と見なしてはならない。橋を架けよう。そして、その橋を燃やしてはいけない」 すべて理解できるし、こういうときでなければ受け入れるだろう。主張に賛同しなかったとはいえ、保守主義者の議論の巧みさに感銘を受けたことを思い出す。保守主義が自由主義と同じくらい知的であり、歩み寄ることで双方の最高の部分を融合させているように感じられた時のことを思い出すこともできる。 しかし、私は往年の空想的で理想化された幻想にとらわれているわけではない。米国政治において、完璧で争いとドラマのない時代はなかった。国が深刻に引き裂かれたのは、これが初めてではない。ひどいことに、私たちは南北戦争を戦った。4分の3世紀にわたり、南部の黒人の大半から投票権を奪ったジム・クロウ制度もあった。 米国は最も暗い時期を経験してきた。 だが私たちは、今の闇を過小評価し、うわべだけを取り繕うべきではない。 これが政治というもので、イデオロギーが対立する陣営間でのよくある言い争いだ、などというふりを続けることはできない。いや、何かが深く、危険なまでに間違っている。これまでと同じではないのだ。◆ ◆ ◆ 今の共和党は社会への脅威だ。これだけは言っておく。それが真実だ。 一国の2大政党の一つが滝の崖っぷちまで来たら、それは国全体を引きずり込んで落としてしまう恐れがある。 だから私は、この共和党をほんの10年前、20年前と同じように扱うつもりはない。あのころの党はもはや存在しない。死んだのだ。我々がいま目にしているのはソンビだ。ソンビに理屈は通じない。 私たちは、共和党を批判する人々を真実を語る者ではなく、過激主義者や反動主義者、人騒がせな連中であるかのように扱うのをやめなければならない。 真実を語るのは過激なことではない。融和的な姿勢が修復につながると信じ、ありのままの真実を話さないよう自分自身をゆがめ、身動きが取れないようにするのは妄想じみたことだ。 今よりも礼節や気品を重んじ、ビールを飲みながら、あるいはロッカールームで政党間の違いを橋渡しできるように思えた時代のことをあなたが懐かしんでいるのなら、あなたが待ち望んでいるのは、白人至上主義の家父長制が支配し、女性やマイノリティーの人々、LGBTの人々が連邦議事堂に存在しなかった時代だ。 共和党は何にも増して変化に反抗しており、ドナルド・トランプ氏は彼らの怒りと非合理性の極致の姿なのだ。(CopyRight2021 THE NEW YORK TIMES)(NYタイムズ、8月1日付電子版 抄訳)2021年8月20日 朝日新聞朝刊 14版 11ページ 「コラムニストの眼-昔の共和党 もう存在しない」から引用 この記事には筆者チャールズ・ブロー氏の並々ならぬ危機感が表現されている。任期切れ目前の現職大統領が支持者を扇動して連邦議会に乱入させる事件を起こし、死者まで出るような混乱を引き起こしてなお、次期の選挙にも立候補を目ざすというのは、正気の沙汰ではないことはアメリカ人でなくても分かります。今年の初めにバイデン政権がスタートしたばかりの頃は、次の大統領選挙には共和党ももう少しまともな候補者を立てるものと期待してましたが、その後、共和党の「良識派」は次々と要職を降ろされて、どうやら共和党は「トランプ派」に乗っ取られた様子ですから、ブロー氏を初めとする良識派市民が危機感をもつのは無理もありません。バイデン政権は、民主主義破壊勢力を放置せず厳正に対処するべきだと思います。
2021年09月02日

城山英巳著「マオとミカド」(白水社刊)について、放送大学教授の原武史氏が8月15日の神奈川新聞に、次のような書評を書いている; いまや中国は、米国と並ぶ超大国とされることが多い。しかし米国が建国以来ずっと共和国であり続けたのに対して、中国は王朝の時代が長く、辛亥革命以降も蒋介石や毛沢東、鄧小平、そして習近平といったかつての皇帝に相当する支配者が次々に現れた。 そうした国にとって、革命がなく代々継承されてきた天皇というのは畏敬の対象になるらしい。日本では憲法により戦前と戦後で天皇の位置付けが大きく変わったが、中国の支配者たちはそうはとらえなかったのだ。本書は数々の1次資料や関係者へのインタビューをもとに、彼らが戦後もなお国家主席に匹敵する元首として天皇を重視し、日本側も天皇訪中に向け検討を重ねていたことを明らかにしている。 興味深いのは、第2次世界大戦後に対立しあう蒋介石の国民党と毛沢東の共産党が、ともにいったんは昭和天皇を「戦犯」とし、天皇制の廃止を唱えながら、後に廃止はできないと認識を改めたばかりか、憲法に規定された象徴以上の権力を天皇に見いだしたことだ。実際、近年公開された「昭和天皇実録」などから、戦後の天皇はなお権力を保ち、日中関係についても政治的発言をしていたことがわかってきている。 中国の支配者たちは、戦前、戦後を問わず、天皇が日本国民に及ぼす影響力や求心力を熟知していた。その背景には、長年にわたって皇帝が君臨してきた中国ならではの歴史があった。彼らが天皇を「戦犯」としてより外交カードとして重視したのは、歴史からの叡智(えいち)があったからだ。この事実を明らかにした本書の功績は、きわめて大きい。 ただ註(ちゅう)を入れて600ページにおよぶ本書は、必ずしも読みやすくはなく、先行研究に該当する記述に紙幅を割きすぎているという印象がぬぐえなかった。博士学位申請論文をもとにしているからだろうが、一般向きの単行本にするにはもう少し構成を工夫する必要があるように思った。(放送大教授・原 武史)城山英巳著「マオとミカド」白水社/3080円 帝政ロシアに共産主義者を名乗る団体が革命政府を樹立したのが1919年で、その30年後には中国にも共産党政権が成立したのであったが、当時の革命政権は「共産主義の社会はこうあるべき」という明確な「構想」を持っておらず、取りあえず実施した政策は、反革命工作を防ぐための「一党独裁」、農業の集団的生産体制、全産業の国営化などで、後発の中国も「一党独裁」と農業の集団化は先行するソ連に倣った。しかし、こういうやり方は、そもそもカール・マルクスが「資本論」で説いた「将来起こりうるプロレタリア革命は、高度に発達した資本主義社会で民主的な訓練を受けた労働者階級によって担われる」という理念とはかけ離れたものであったが故にソ連は崩壊し、中国でも農村の集団体制を目指した人民公社は解散し、産業は株式会社が牽引し株式市場まで出現しており、経済活動は「資本主義」に戻っている。このような現実を踏まえて、中国の現状を見直してみれば、辛亥革命で清朝が滅んだ後、一度は民主的な共和国から共産主義国家へ移行するかに見えながら、実は昔ながらの皇帝が支配する国家体制に戻っているという、上の記事のような見方は「正解」なのかも知れません。少し違うのは、「皇帝」の地位が世襲ではないという点で、これが唯一の「歴史の進歩」というものではないかと思います。
2021年09月01日
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