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雪の情報で庭の冬囲いをしに。黙々。木がいつのまにか手入れしやすい大きさに。手抜きのようなでないような何となくしているうちに冬の準備が進みました。簡単に遅い食事を淡々と終えて冬の次の準備を。3年忌を終えて気が抜けたような気分にいますが。今夜は日本ハムと巨人の日本シリーズ第1戦です。パリーグでは最下位ぐらいの予想でした。今回も巨人の優勝との予想です。主力投手も腰を痛めて戦力にならないようですが、応援席の応援は他に見られない温かいものです。パリーグで優勝した日、友人と盛り上がってよい一日でした。こちらでは、巨人の選手よりも日本ハムの方が知名度も親近感も圧倒的です。かつて巨人フアンが多かったのですが今は日本ハムが多くなりました。趣味の仲間達の盛り上がりも半端ではありません。球場にいかなくても親しみが伝わってきます。1戦目、予想に反して欲しいと願っています。勿論、優勝したなら嬉しいです。ラジオの「ぼやき川柳」から 定年後しめるネクタイ白と黒 高齢者ひまはあるのに先がない クスッと笑い、よく思いつくものだと感心です。 痛く理解できる年齢になりました。 生きる・・・これも日常ですね。 義父の口癖はひまがありそうなのに、忙しいってよく言います。 そんな川柳もありました。 どちらも、現実のようです。さて、これから雪が来る前に買い物へです。
2009.10.31
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天気予報通りの風が冷たい一日も直ぐ夜が来そうです。11月3日には雪の予報が出ています。一足早めに冬タイヤ交換を済ませてきました。ポイントがのこっていたので交換代は1287円でした。お得感があり、長く時間がかかると言われたのにそうでもなくスムースに帰ることが出来ました。この3年間あっと言う間に過ぎ去ろうとしています。年齢的なもので、目に見える形で残さないと何をしてきたのだろうかと振り返ります。木彫りの古い材料も少しづつ仕上げ家の捨てるものを整理し模様に魅せられて始めた3ヶ月限定のアイヌ刺繍。作品が形になって部屋や友人の所へ行っています。好きなことがあるお蔭でこの3年間暮らしてこられました。勿論、家族や友人のお蔭もあります。短歌をしている友人にも、自分の吐露で気分転換になっていることも学びました。夫が生きていた頃の短歌は生き生きしています。生きていた証しそのものです。書いていて良かった・・・下手は関係ないです。思い出し、そして今の自分も認めながら暮らして行きます。 3年目の短歌から 嵐過ぎ山道抜けて墓の前 花束ならべ3年忌語る 祈念式のことを済ませ安堵せり 絆見つめて今生の縁 集まりて賛美の祈り歌う譜 牧師夫妻の声に合わせて読み返すと時間の流れを短歌から知らされます。ぐちゃぐちゃになってまとまらなかった時も書いていると何となくまとまってくるから不思議です。眠りの中で夢も見るようになれました。夢に夫がいたような気配がするときがあります。はっきりと見えないところが夢ですね。短歌は頑張っていた頃のほうが書けました。
2009.10.30
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20号台風の影響か風と雨になりました。御蔭さまで、亡き夫の3年祈念式を25日(日)に終えました。身内10名と牧師夫妻、自宅で行うことが出来ました。娘のデジタルピアノ演奏つきで手作りの式を終えました。時の移り変わりを亡き夫は見ていたのでしょうか。義兄の長男若夫婦の子供達に驚いていたでしょうか。娘の従妹兄たちも環境が変わっていました。義兄のお孫さん達は可愛いい子供でした。3年前にみんなで夫の最期を見送った部屋でした。部屋は夫の為に3年忌を迎えました。孫と買い物をしているご夫婦を見た時思わず二人でできなかったこといたなら私達どんな話をしていたのかしらと思い巡らしていました。和んでいるご夫婦のような顔をみたかったなぁ、と。身近に幼い子どもの顔を見て話をしているうちに可愛さが湧き上がって来ました。前日に2階の押し入れから、積み木の乳母車やひつじのぬいぐるみやマイメロちゃん、絵本を出して部屋の隅に置いておきました。嬉しいことに、説教に興味ない幼い子達が見つけたのは私が用意しておいた遊び道具でした。ベッドは、俄かお子様ベッドになるようにセットしておきました。若いおかぁさんが疲れたなら勿論休めるように。介護の部屋だったところは遊びスペースになりました。幼い子供達に和まされておりました。義理の関係ではありますが、甥とお嫁さんに感謝でした。忙しくて来られなかった息子夫婦の代わりのようでした。仲の良い若夫婦を見せられて私達親子はほのぼのでした。3年忌では、みんなが以前のように夫が何処かへちょっと行っているような感覚の時間でした。時は3年間の流れを優しく包んでくれているみたいでした。「悲しんでいる人たちは、さいわいである。 彼らは慰められるだろう」 マタイ5.4息子夫婦から届けられたアレンジの花古き良き友人からのお花義弟からのお花そして、庭からのお花。介護の部屋だった場所に納められていた遺影はきょうはいつもより華やかな花達に囲まれています。明日、天気になったなら、ブーケにしてお墓に持って行こうかなと思います。宗教はそれぞれでしたのに、牧師の説教に睡魔にも誘われながら讃美歌は良く歌ってくれました。メロディーは知っているものばかりでした。最後の歌は「おどろくばかりの」で終りました。娘の奏楽にも感謝でした。どうなるのかと心細い限りでしたが牧師夫妻や身内の人たちのお蔭で少し早めの3年忌無事に終わりました。感謝です。3年前が嘘のようです。
2009.10.27
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気持ちが乗らないながら、少しづつしていると作品が出来上がります。去年から再開した30年ぶりの木彫りがいつのまにか中級クラスになっていました。上級クラスのお仲間に組み込まれてとても刺激になって来ています。アイヌ教室もそうですが、年齢が60歳以上の人が多く1年、1年があっという間で大切に自覚させられています。気分が乗らない時は、迷いがあったり見えない時でした。そんな時は木彫りから離れて見たり、小さなもので気分転換してして見たなら自信がついたようで、今日は前進できそうです。その間に道路に面した一位の木の剪定を終えました。夫が遺してくれた小さな庭ですが、私にちょうどいい面積です。夫が座っていた庭石も芝生にだいぶ埋まりました。脚立に助けられて伸びていた小枝を刈り込むことが出来ました。汗が気持ちすっきりさせているのが解りましたね。亡き夫の3年忌を身内のみで、我が家でするので木もすっきりさせて迎えの準備をしました。自己満足かも知れませんが。紅葉のもみじやどうだん、山野草の糸しゃじんが沢山花をつけて秋の寒さに似合っています。秋の小菊もそろそろです。今年最後のお墓へ持っていこうと思っています。乗り気でなかった気分の1年でした。ボチボチ、周りの人たちのお蔭で今日まで来ています。部屋には、完成した木彫りや飛び入りのアイヌ刺繍があります。慣れない主婦業も何とか3年目になります。新聞では10月20日に「挽歌」の作者の原田康子さんが81歳で亡くなりました。また、テレビで公開された南田洋子さんが76歳で亡くなりました。加藤和彦さんが62歳で亡くなりました。この世に存在しないということが寂しいですね。そんなニュースから、気分が少し動きます。世の中は目まぐるしく変化して行きます。パソコンも何とか7が発売されたとか。気分がゆっくりですが、出来ることからです。
2009.10.22
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土曜日の夜は昔から好きな時間です。午前中に重い腰を上げて用事を済ませためておいた録画を1本見ました。日曜日の夜9時のドラマです。坂本竜馬や勝鱗太郎(海舟)が出て来て面白そうでした。知っている人をからませて進行させるドラマに興味が。そして、今夜の7時半から見た「オトコマエ2」を何気なく見ていました。人情ものでなのですね。今夜は「夫婦日和」でした。色いろな事をふたりで乗り越えて本当の夫婦になった時が「夫婦日和」というセリフに自分達のことを重ねて振り返っていました。病気になってお互いに奥にある心、せきららにぶつけ合えた日々のこと。病気になった夫とそうでない私に出来ていた寂しく深い河。そして、それを乗り越えた先に小春日和のような日が。ひとつのことを見詰め合えた温かな時間短く限りある生かされていた時間夫がそのようになった事を思い出していました。死を受け止めてから今度は私に普通に元気に生きて行けるようにと短い言葉をくれました。夫としての義務を果たすように。死と生はいつも隣り合わせなのに夫との終わりから自分ならどうするんだろうかとふとした時に思わされます。ドラマでは未亡人に亡くなってからも、遅すぎることはないと優しさが伝わり静かに聴き入っていました。胸の中にいる夫に語りかけて暮らしていく生き方にも共感していました。夫婦だからいつも助けてくれるはずという言葉にも現実にはありえないことですが納得していました。あまり本は知らないのですがドラマの原作が気になりました。静かなドラマで癒されました。そう思ったならどんな時も語りかけてもいいかな。なんて。答えは私が出すものだとしてもです。1週間で3本ほどドラマが楽しめそうです。95兆円の概算予算、子ども手当て、北海道の新幹線廃止、高齢化での離農問題など暮らしは急激な変化の気配です。北海道は銀行の破綻や食の祭典の失敗などがありました。周りの人たちは、暗く重い歳月の只中に頑張っています。そんなことがあっても、どんな時も小さな楽しみを見つけ今日もお蔭様にて暮れそうです。
2009.10.17
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だんだん秋が深まって来ました。もみじの紅葉と白樺の黄色のコントラストの感動が嬉しいです。大學の聴講が後期に入り前期では気づけなかった学習が少し見えるようになり、一山越えて楽しめそうです。原語でのDVDも関心があります。仕事から離れて自分のための時間です。独学だけでは難しいのですが、やっているうちに少し前進したときの安堵感は解放感があります。夕べは「不毛地帯」をテレビで見て思わず最後まで見てしまいました。山崎豊子さんの本は良く調べて書いているのが感じられます。積読の本で浅田次郎の本を読んでいますが、「王妃の館」は私のこころに響いて来ず、自分の感性のせいかしらと。それでも今度は「憑神」を読んでいます。前よりは解りやすいみたいです。とにかく最後まで読まなくては感想は語れません。作家のご苦労を想像しながら読ませてもらっています。この頃は短篇が楽になってきています。推理ものはとうに関心の外になっています。読むのも忍耐だからです。眠気が来るからです。友人から届けられたマルメロの絵手紙に感化受けて花時計の木彫りをボチボチ・・・・。我が家の庭からさし上げたものから間接的に元気をもらいました。外は暗くなり家ではストーブを20度にセーブしてつけ始めています。そろそろ、スノータイヤの準備です。その前に亡き夫の3年忌が来ます。ゆっくりと、自然に日常に移行して行くのが感じられる今年の秋です。
2009.10.16
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ちょっと早めに月命日のお墓参りへ。天気が変わりやすいので午前中に向かいました。街路樹の錦木やどうだんが少しづつ紅葉して来ています。庭に咲いている秋明菊、ホトトギス、マトカリアなどをアレンジして2セットをバケツに入れて月のお墓参りです。お墓を背にして聖書を通読したり、報告と感謝を述べて。秋日和にゆっくりと1時間近くお墓にいました。月日の流れを振り返れば、お墓の前にいることも夢見ているような感じです。少しづつ現実に戻って行く場所としてお墓も大切なひとつです。つかのまの秋日よりに癒されました。墓地を後にした時微笑ましい年配のご夫婦が。お墓の芝生に座ってピクニックのように食事を広げて食べていました。お墓とどんな関わりがあるのでしょうか。傍から見れば秋日和のせいか、ほのぼのムードでした。平日なのに、ここはのんびりとした空気があります。小高い丘に整然とお墓が並んでいます。夫と描いていたお墓です。秋が深まって寒くなって来ましたが、お墓参り日和でした。帰りに本堂の受付でお墓の継承や埋葬のきまりなどを聞いて帰りました。今この不況時に頑張っている息子たちや夫の兄弟にはまだこの話はしていません。現実に仕事に向かっている時は、どうしても関心が行かない話でしょう。とりあえず、調べて確認しておきました。生きている時、精一杯生きることが亡くなった人へのたむけなのでしょう。だから、残された者へのこのお話はその時に話せばいいのでしょう。帰りはゆっくりとドライブ気分でした。冬がこいの縄やマルメロのジャムびんをお店で買い家に着いても「一位」の剪定したりと温かなお日様ありがたい秋深しです。また、暗くなりかけてきています。思いついて早めに出かけて正解でした。
2009.10.06
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雪虫確認の日です。早くないかな?とはいっても、木彫り仲間と鮭イズシの作る時期を話したり少しづつ冬の準備をしています。頂いたブドウ(小樽産)をおすそ分けしてかぼちゃを頂いたり秋が深まって来ています。中川昭一元衆議議員が3日に亡くなっていた記事を見て驚きでした。特別感慨もなかったのに何か寂しさを感じます。政権が変わっていままでと違う時代が来ても同じ空の下で静かな夕方を迎えようとしています。きょうはへんな天気でした。朝は真っ暗でどうなるのかと思っていたなら昼頃から持ち直して予報どおりまん丸お月様が見えています。夜になって暗くなると夫が元気だったころを思い出します。帰って来た影を見つけて、ポッと心が明るくなっていました。相棒=同志の影響は強く温かいものでした。日没後=夫の帰宅の時の影とセットで思い出しています。雪虫を二人で話していました。懐かしくなっていく思い出がふとしたことでよみがえります。仲良しの叔母なら多分、自分の亡き夫が来たみたいというでしょうか。慰めになるのなら、私もそう思ってみましょうか。雪虫を見たなら冬が近づいて来ています。雪虫から連想しています。夫の「いずれ融けるから雪掻き無理するなよ」が聞こえてきそうです。そういわれたなら、趣味のように雪掻きで外に出ていたものでした。
2009.10.05
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伸びるままに任せていた髪を先月切って伸びたのでまた切りに。約1年間アップにしていたのですが頭のてっぺんが痛くてセミロング風にしました。今までは、マイカットだったので勇気ふるって以前から眺めていたお店に入りました。予約時間から待つこと30分して出来上がった髪は肩よりちょっと上あたりです。ごく普通のスタイルですが、髪が軽くなり艶もあり晩秋に向かう用意が出来ました。プランタンで育てた「あいこ」のミニトマトが夏の遅れを取り戻したように色づいたので、愛餐会の食事の添え物に持って行きました。兄弟姉妹が美味しいって言ってくれるだけで単純に嬉しくなります。我が家のマルメロを覚えていてくれた牧師にも嬉しくなりました。どんな状態の時に収穫すればいいのかタイミングがわかりません。今年は冷夏と日照不足で少し遅い色づきです。少し黄色味かかってきています。今回は持って行けませんでした。少しづつ近所の人や友人も待っていてくれるマルメロに成長しました。町内の風景に存在する木になりました。何となく好奇心で植えた小さな木が3メートルぐらいに成長しています。道行く人から聞かれることもあります。庭木や花を通して語りあえる広がりに嬉しくなります。お口に入る物は手軽ですね。食べたら残るのは余韻なのですから。季節を知らせる果物や野菜から生きている実感を伝えられています。牧師からのキャンベル(ぶどう)も今年はあっさりしていましたが、育てた人の思いが伝わってきそうな秋の味覚でした。人の笑顔でこちらまで嬉しくなります。直したバードテーブルも前よりもしっかりできました。やればなんとなく出来るんだねと。庭に来たバッタを見ると共に生きているかと思いながら手を休めます。そして植えた覚えもない植物がハーブだと判明しました。ボリジ(スターフラワー)という花でした。しかも、食用になり、効用は精神安定にもなるとか。カルシューム、リン、ミネラルがあると。名前がわかると親近感が出てきます。お店でも見たことがなかったのでちょっと嬉しくなります。こんな事ってあるんだ・・・。ものを語らない植物ですが嬉しい訪問者です。
2009.10.04
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十五夜の今夜カーテンを避けて見上げると高く月が出ています。やっぱり秋です。昨日、友人がくれた糸ススキと菊と我が家産の水引きを部屋に飾ってお月見気分です。おだんごではなく花です。友人Oさんの心が温かく、このような関係がいつまでも続けばいいなと思ったなら切なくなりました。単純に嬉しいだけでいいのに。年のせいかな。介護生活をしている「Eさんとも会っていないわ」と話して昨日の午後、小雨の中帰宅しました。友人が育てた野菜を少しおすそ分けして頂いて感謝しています。姉のような存在のOさんです。遠くの親戚よりも近くの隣人です。今日の天気予報を朝刊で見たなら今夜は☆マークでした。午前中に用事があって車を出すと突然スコールのような雨に。赤いほうずきと水引きを切ってバケツに入れて車に載せました。明日の交換講壇牧師の机の脇に置く為に車に載せました。突然の雨でしたが、予定通りに教会に届けました。傘も役に立たずに木綿の上着は雨が染み込んできました。朝刊には雨マークはなかったのに秋の空をすっかり忘れていました。夕べの半井(なからい)さんの天気予報の説明では日本列島に雲が沢山見えていました。朝刊では晴れマークで面食らいました。車を出したなら突然に暗く成り出して雨が降りました。通り雨のようで30分も降って太陽が出て来ていました。病院の窓口で自分の番を待っていると昨日話題にでたEさんが会計を済ませるところでした。80歳すぎのご主人が検査入院するとか。子供達も50代そこそこで仕事が詰まっているようです。手術となった時、インフォード・コンセプトのことで心配していました。私は聞くだけです。具体的なことは始まってからです。Eさんは自分で選んだ人生だからと笑いながら元気を出していました。「○○ちゃんも、よく一人で北海道に来たよね」って笑われてしまいました。「ほんとにね」「若かったから無謀なことでも怖くなかったんだね」って言われてしまいました。類は友を呼ぶ、彼女の方が一つ役者が上です。今は反動なのか至って普通よりも保守的になりました。ふるさとにいた頃に戻って欠伸がでるほど慎重になりました。ある意味、人生も空や季節に似ています。雨が降ろうが無かろうが季節がまた繰り返し違っているけれど繋がっているから。今夜は朝刊の予報どおりにきれいなお月見の夜になりました。
2009.10.03
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