F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 2
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 4
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 0
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
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「ステファニーさん、着きましたよ。」「ここが、プラハですか?」「ええ。」 パリから長い旅を経て、ステファニーとエドガー、アレクセイはプラハへとやって来た。壮麗な街並みを駅舎から出て見たステファニーは、その美しさに思わず息を呑んだ。「綺麗な街並みですね。」「ええ。建物には尖塔が多いでしょう?プラハは、“百塔の街”と呼ばれているんですよ。」「そうなのですか。」「わたしはこれで。二人とも、お元気で。」アレクセイはそう言うと被っていた帽子を脱ぎ、ステファニー達に頭を下げた。「アレクセイ様、お元気で。」「あなたも。」ステファニーの頬に軽くキスをすると、アレクセイはステファニー達に背を向け、駅舎の中へと戻っていった。「何だか、寂しいですね・・」「どうしてですか?」エドガーの方をステファニーが見ると、彼は少し不機嫌そうな顔をしていた。「もしかしてエドガー様、妬いていらっしゃるのですか?」「馬鹿言わないでください!こんな所ではグズグズしていられませんよ!」「待って下さい、エドガー様!」一足先にスタスタと歩いて行くエドガーの後を、ステファニーは慌てて追った。 馬車に乗ったステファニーは、プラハ市内の中央部に建つ聖ヴィトー大聖堂の壮麗なゴシック建築様式とバロック建築様式が織り成す美しさに見惚れていた。「美しいですね・・」「どうやらあなたは、この街にすっかり惚れてしまったようですね?」「ええ。今までプラハのことは何度か雑誌で読んで知っていましたし、いつか訪れてみたいと思っていました。こんなに素晴らしい場所だったなんて・・」「良かった、あなたの嬉しい顔が見れて。」エドガーはそう言うと、ステファニーの手を握った。「今まであなたは、悲しい顔ばかりしていましたね。でもこれからは、あなたの笑顔が見たいです。」「エドガー様、ありがとう・・」ステファニーは、涙を流しながらエドガーに抱きついた。 数分後、エドガーとともに馬車から降りたステファニーは、聖ヴィトー大聖堂の中へと入った。そこには、キリストの受難を描いた複雑で美しいステンドグラスが太陽の光を受けて輝いていた。 その美しさに、ステファニーは暫し時を忘れた。だが、その時ステファニーの背後に、一人の少年が忍び寄っていた。「お前、そこで何をしている!?」幻想の世界に浸っていたステファニーは、聖堂内に突如響いた男の野太い怒鳴り声を聞き我に返ると、自分が持っていたバッグの中を漁る少年の姿に気づいた。「あなた、一体何を・・」ステファニーがそう少年に声を掛けると、彼はバッグの中身をぶちまけると聖ヴィトー大聖堂から出て行った。「待て!」男は警棒を振り翳すと、少年の後を追った。
2013年09月14日
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「そうか、バロワは死んだか・・」「ええ。計画は継続しますか?」「ああ、一度始めた計画だ、今更中止というわけにはいくまい。」レパードはそう言うと暖炉から離れ、血走った眼でラスプーチンを見た。「グレゴリーよ、お前はわたしに忠誠を誓ったな?」「はい、我が君。わたしはあなた様の忠実な下僕。何なりと命令を。」「そうか、ではあの者たち・・“サファイア”を始末しろ。」「承知。」ラスプーチンが部屋から出て行くと、岩のような顔をした男が部屋に入って来た。「我が君、バロワが・・」「奴が死んだことはわかっている。それよりも、フランスで失敗した実験を、ハンガリーで成功させなければな。」「ハンガリーで?」「ああ。この実験は、何としても成功させなければならん・・我らの為にも。」「ドクター・カールキンは一階におります。」「そうか、彼を呼んで来い。」レパードは部下にそう命じると、暖炉の前にあるソファに再び腰を下ろした。最近身体が徐々に衰弱しきっていて、暖炉なしではいられなくなった。鏡を見ると、生気のない顔がこちらを覗いている。まるで亡霊だ。(わたしは、一体どうしてこんな姿になってしまったのだ?)かつては宮廷の貴婦人達が自分に熱を上げていた頃があったが、それはもう昔の事だ。何処でどう間違ってしまったのだろうか。「マスター、ドクターがお見えです。」「通せ。」「レパード様、お薬のお時間です。」ドクター・カールキンは、そう言って鞄から治療薬が入った点滴袋を取り出した。「少しは気が楽になった、礼を言うぞ、カールキン。」「いえ・・わたしは医師として当然のことをしただけのことです。」「そうか。」「それよりもドロホフから聞きました、このままハンガリーへと向かわれるそうですね?」「ああ。あそこは思い出深い場所だ。それに、例の実験を成功させる必要がある。」「そうですか・・フランス警察がいつ、わたし達の存在に勘付くかもしれませんから、今の内に移動致しませんと。」「ああ。」レパードがゆっくりと目を閉じて眠るのを見たドクター・カールキンは、彼の部屋から出て行った。「我々はこのままハンガリーへと向かう。すぐに支度するように。」「承知。」レパードの部下達は、素早く荷物を纏めた。「ドクター・カールキン、今度こそ実験を成功させましょうね。」「ええ。それよりもラスプーチン、あなたは“サファイア”に会ったようですね?」「ええ。レパード様があそこまで執心されるのがわかりますね。あの子は特別なものを持っています。また会うのが楽しみだ。」そう言ってラスプーチンは愉快そうに笑った。―フランス編・完―
2013年09月07日
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ゾンビの頭部が温室の向こうへと血と脳漿を撒き散らしながら飛んでゆくのを見て、エドガーはシャベルを握り直した。彼の全身はゾンビの返り血を浴びて真っ赤だった。「ここから早く脱出しないといけませんね。」「ええ。でもその前に、こいつらを全員倒さないと!」ステファニーは拳銃を構え、ゾンビの頭部に狙いをつけて数発撃った。ゾンビは悲鳴を上げる間もなく温室の壁を突き破って吹っ飛んでいった。「倒してもキリがない!」「何か・・こいつらを根絶やしにする方法を考えないと・・」ステファニーは栄養失調状態の男を守るかのように彼の上に覆い被さると、彼は何かを呟いていた。「何ですか?」「あの鉢植えの中に、ダイナマイトがある。」「ありがとうございます。」ステファニーは男が指した鉢植えの中からダイナマイトを取り出すと、それをゾンビ達の群れの中へと放り投げた。その間にも、ゾンビ達は唸りながら獲物を狙っている。「今だ、撃て!」ステファニーは撃鉄を起こし、ダイナマイトに狙いを定めて引き金を引いた。エドガーはステファニーと男を自分の方へと抱き寄せると、そのまま温室のガラス壁を突き破って外へと出た。 その直後、大きな爆発と炎が三人を襲った。「助かりましたね。」「ええ。」「あの人は?」ステファニーは男を見ると、彼は口から血を吐いて痙攣(けいれん)していた。「どうした、何があった?」エドガーがステファニーを押し退けて男を見ると、彼の胸部には硝子片が深く突き刺さっていた。「ありがとう・・」男はそれだけ言うと、静かに息を引き取った。「さぁ、行きましょう。」「はい、エドガー様・・」男の両目をステファニーはそっと左手でそっと閉じると、彼が首に提げているネックレスを鎖ごとひきちぎった。「これは、彼の家族が彼に贈った物かもしれないわ。いつか彼の家族を見つけたら、これを家族に返すつもりよ。」「そうですね。行きましょう。」 ステファニーとエドガーがアレクセイが居る地下室へと向かうと、そこは凄まじい悪臭が漂っていた。「ステファニーさん、無事でしたか!」「ええ。さっき温室にあいつが・・ラスプーチンが居た。」「そう・・」「ここは、何なのですか?」「これは、ラスプーチンが実験場として患者達を集めていたようなのです。」「患者?」「ええ。奴は医者と称して、ジプシー達を地下室に集めて実験を行っていたようです。」「そう・・」「ここを出ましょう、今すぐに。」 ステファニーは死んだ男のネックレスを握り締め、エドガー達とともにバロワ伯爵邸から出た。
2013年09月07日
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「何でしょう、今のは?」「温室からですね。」エドガーとステファニーは恐る恐る、温室のドアを開けて奥へと進んだ。 そこには放置され伸び放題の観葉植物の鉢がいくつも転がっていて、ムッとする熱気も相まってか、まるで熱帯のジャングルのような雰囲気を醸し出していた。「気をつけてください。」「わかりました・・」奥に近づくにつれ、呻き声は段々近くなっていく。暗闇の中で、ステファニーは拳銃を構え、ランプで辺りを照らした。「助けてくれ・・」そこには、痩せ細った褐色の肌をした男が苦しそうに喘いでいた。彼の枯れ枝のような身体には、荒縄が食い込んでいた。「どうなさったのですか?」ステファニーは短剣で素早く男を縛めている荒縄を絶ち切ると、彼を抱き起こした。「わたしは・・あいつらの実験台にされそうだった・・けれど、こうして隠れていた・・」「あいつらとは誰なのです?」「いかん・・それを言うと、わたしは殺されてしまう・・」「わたしはあなた方を助けに来たんです。お願いです、真実を話してください。」「わたしは・・恐ろしい事を・・」 男が次の言葉を継ごうとした時、彼の近くにあった観葉植物の鉢が銃弾を受けて粉々に砕け散った。「まったく、余計な事をしてくれたもんだ。だから被験者は全員殺せと言ったのに。」「あなたは、誰?」怯える男を抱きながら、ステファニーは暗闇の中から現れた男の顔を見た。 月光に照らされた男の銀髪は夜風を受けて揺れ、勿忘草色の瞳は、冷たくステファニーを見下ろしている。「あなたは・・」「グレゴリー=ラスプーチン。ロシア宮廷お抱えの魔術師ですよ。」「どうして、ロシアに居る筈のあなたが、フランスに?」「それは、あなたの事を追って来たのですよ。ステファニーさん。」「どうして、わたしの名前を知っているの?」「さるお方に命ぜられて、わたしはあなたを抹殺するよう頼まれましてね。まぁ、わたしではなく、“彼ら”があなたと婚約者を始末してくださることでしょう。」グレゴリー=ラスプーチンは、そう言うと指をパチンと鳴らした。すると、建物の陰からゆっくりとあの化け物たちがぞろぞろと出て来た。「わたしの愛しい子ども達の遊び相手をして貰いますよ、ステファニーさん?」「待ちなさい!あの男は・・レパードは何処に居るの?」「あなたには、知らなくていいことです。」グレゴリーはそう言って笑うと、温室から出て行った。「どうします、ステファニーさん?」「彼らを確実に殺すのは、頭を潰すしかありません。」「そうですか。」エドガーは近くにあったシャベルを掴むと、自分の背後に忍び寄っていたゾンビに向かって振り翳した。
2013年09月07日
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「本当に、この場所なのか?」「ええ、間違いありません。」 アレクセイから渡されたメモに書かれた住所へとステファニーとエドガーが向かうと、そこはセーヌ川に近い貧民街だった。「もしかして、アレクセイに騙されたんじゃ・・」「あの方は、嘘を吐くような方では・・」「しっ、黙って!」突然エドガーが自分の口を塞いだので、ステファニーはムッとした表情で彼を睨んだ。「一体何が・・」「あそこの家から、人の気配がします。」エドガーはそう言うと、そのままステファニーを連れて路地裏へと身を隠した。すると、一軒の家から数人の男達が出て来た。『おい、あいつらはまだ来ないのか?』『どうせ怖気づいたんじゃねぇの?』『いや・・』ステファニーか路地裏から少し顔を覗かせると、そこには褐色の肌をした数人の男達が誰かを待っているようだった。「エドガー様、ステファニー様。」背後から声が聞こえ、ステファニーが振り向くと、そこには黒い外套を纏ったアレクセイが立っていた。「アレクセイ様、彼らは?」「あいつらは、阿片の売人です。ここ界隈で、阿片の取引をしているんです。」「それと、あなたが話してくださった化け物たちと、どう関係が?」「それは・・」アレクセイが次の言葉を継ごうとした時、撃鉄を起こす音が聞こえた。「動くな。」恐怖で顔をひきつらせた三人の前には、バロワ伯爵家の執事・リューイが拳銃を構えて立っていた。『こいつらを縛りあげろ。』 人気のない倉庫へとステファニーを連れて行ったリューイは、仲間の男達にジプシー語でそう命じた。「あなたは誰?一体何の目的でわたし達にこんなことを?」「それは、今から死ぬ方には関係のないことです。」「あら、そうかしら?」ステファニーはそう言ってリューイに笑うと、ドレスの裾をたくしあげ、ガーターベルトに挟んでいた短剣を彼に向かって投げた。短剣は真っ直ぐにリューイの喉に突き刺さり、彼は仰向けに床に倒れた。間髪入れず、ステファニーは自分を縛りあげようとしていた男の首に荒縄を掛け、一気に締めあげた。男が泡を吹いて失神したのを見たステファニーは、唖然としている仲間を素早く柱に荒縄で縛りあげ、エドガーの手を掴んだ。「ここから出ましょう。」「ステファニー様、あなたはとても勇敢なレディだ。」「アレクセイ様、此処に居るのは彼らだけですか?」「ええ。それよりも二人とも、わたし達についてきてください。」 数分後、貧民街を抜けた三人は、バロワ伯爵邸に裏口から入った。「ここに、何か秘密が隠されているのですか?」「ええ。二手に別れましょう。わたしは、地下室へ。あなた方は、温室の方へ。」「わかりました。」「異変があったら、これでわたしを呼んでください。」アレクセイから呼び子を受け取ったステファニーはそれを首に提げ、エドガーとともに温室へと向かった。 その直後、くぐもった呻き声が聞こえた。
2013年09月07日
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「来てくださって、ありがとうございます。」「いや・・君とは久しぶりに話がしたくてね。それよりも契約書の件、考えてくれたかね?」バロワ伯爵は、そう言うと自分の前に立っているスティーブを見た。「大変申し訳ありませんが、この契約書はお返しいたします。」「何だと!理由を言い給え!」「さるお方から、あなたは悪辣な商売に手を染めているという噂を聞きましたので・・そういったお方と仕事をするのは、我が社のイメージダウンにも繋がりかねないと判断しましたので・・」「君にそんな噂を流したのは誰だ?」「それは言えません。」「君がそのつもりならば、インドにある鉱山を諦めて貰わねばならないね。あそこは近々、我が社が所有することに・・」「その件ですが、もう既にアムール卿がその鉱山の所有権を獲得しております。」「まさか・・」「その“まさか”です、バロワ伯爵。わたしはアムール卿と昨日商談を成立させました。あなたの汚れた金には興味はないということ、おわかりいただけましたでしょうか?」悔しそうに歯噛みするバロワ伯爵に一礼すると、スティーブは“青の部屋”から出て行った。「なかなか痛快だったぞ、お前にしちゃ。」「褒めるな。」「まぁ、あいつももう終いだろうよ。何せあいつが今までした悪事を、アムール卿が警察に告発しちまったんだからなぁ。」レナードはそう言うと口笛を吹いた。「アムール卿は、インドにお戻りになられたそうだ。」「自分が経営する工場の従業員達と、バロワ伯爵の工場で働かされていたジプシー達と共に、彼は汗水たらして働いているだろうよ。どうやら俺達は、人を見る目があったようだな?」「ああ、まったくだ。」(何故だ・・何故こんな事に!?)あのジプシー達を逃がしただけでも悔しいというのに、あの貴重な鉱山をアムール卿に奪われ、バロワ伯爵は怒りの余り血管が破裂しそうだった。「旦那様、電報が届いております。」「そこに置いておけ!」執事が書斎から出て行くと、バロワ伯爵は電報に目を通した。“お前はミスをした、その失敗を貴様の命で贖(あがな)え。”その電報を読んだ時、バロワ伯爵は誰がこの電報を送ったのか見当がついた。また自分は、“彼”の怒りを買ってしまった。もうおしまいだ。バロワ伯爵は机の引き出しから拳銃を取り出し、撃鉄を起こして銃口を自分のこめかみに押し当てると、躊躇いなく引き金を引いた。「警察です、バロワ伯爵はおられますか?」「申し訳ありませんが、主は外出中でして・・」執事が家宅捜索へとやって来た警察にそう言って彼らを追い払おうとした時、二階の書斎から銃声が響いた。「何てことだ・・」警察が書斎へと踏み込むと、そこには部屋の主が拳銃を握ったまま床に仰向けになって倒れ、息絶えていた。
2013年09月07日
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「ステファニー、話がある。」「何ですか、お兄様?」「ここでは話しづらいことなんだ。」「わかりました。」 ホテルのレストランで朝食を食べていると、スティーブがそう話しかけて来たので、ステファニーはもしかしたら彼がエドガーとの結婚を許してくれるのではないかと思い、浮き足立った様子で彼の部屋へと向かった。「お兄様、ステファニーです。」「入れ。」「失礼致します。」ステファニーがスティーブの部屋へと入ると、そこにはアレクセイの姿があった。「アレクセイ、どうしてあなたが此処に?」「彼はお前に話があってわざわざパリまで来たそうだ。」「そう・・」ステファニーがそう言ってアレクセイを見ると、彼はにっこりとステファニーに微笑んだ。「久しぶりだね、ステファニー。」「ええ、あなたも。どうして、パリに来たの?」「スティーブさん、申し訳ありませんが・・」「わかった。」スティーブはそう言うと、部屋から出て行った。『君に話したい事は、君が持っている剣のことについてだ。』アレクセイがロシア語でステファニーに話しかけて来たのは、スティーブには聞かれてはならない話なのかと、ステファニーはそう思いながら彼の話に耳を傾けた。『密かに、君の剣を狙っている連中が居る。』『それは、誰なの?』『まだわからないが・・君を襲った化け物と関係があるかもしれない。』ステファニーの脳裏に、得体のしれない化け物の姿が浮かんだ。『あなた、あれを知っているの?』『あいつらは、密かにラスプーチンが実験で作ったものだ。』『実験?』アレクセイはチラリとドアの方を見ると、ソファから立ち上がった。『詳しい事はここで話す。出来れば、君の婚約者も同席して欲しい。』『わかったわ。』アレクセイは別れ際に、ステファニーに一枚のメモを握らせて部屋から出て行った。「彼と何の話をしていたんだ?」「ロシアで彼には色々とお世話になったから、そのお礼を申し上げていたのよ。」「そうか・・」「お兄様、わたくし今日は用事があって・・出掛けても?」「構わないさ。俺はやり残した仕事を片付けなければならないからね。エドガーとパリ見物でも行ってくるといい。」「ありがとう、お兄様。」 ステファニーはスティーブの頬に軽くキスすると、エドガーの元へと向かった。「エドガー様、今日は何か用事がありますか?」「いや、ないですよ。それがどうかしましたか?」「実は、先程アレクセイ様がいらして・・わたしにこれを渡していかれました。」「アレクセイが?」エドガーの眦が少し上がるのを見て、まだ彼がアレクセイに対して良い感情を抱いていない事にステファニーは気づいた。「ええ、何でも、わたしを襲った化け物の正体を知っているようなのです。」「そうか・・」エドガーはステファニーからアレクセイのメモを受け取り、それを読んだ後ポケットの中へとしまった。
2013年09月07日
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恐怖の所為で動けなくなったジプシーの少年―アムールに向かって、涎を垂らしながら凶暴な猟犬が牙を剥き出しにしながら迫って来た。彼はなすすべもなく、猟犬に地面へと押し倒され、その鋭い牙の餌食になろうとしていた。 だが猟犬の牙が彼の首筋に届く前に、猟犬は杖で強かに打ち据えられ、悲鳴を上げて飼い主の元へと逃げていった。『大丈夫か?』恐怖のあまり目を閉じていたアムールがそっと目を開けると、そこには白いクルタを纏った男が立っていた。『助けてくださって、ありがとうございます・・』『アムール、大丈夫だった?』姉・ソフィがそう言ってアムールの方へと駆け寄ると、白いクルタを纏った男はじっと彼を見て笑った。『君の名はアムールというのかね?わたしと同じだ。』『あなたは?』『わたしはパリで商談に来ているインド人だよ。どうやら、君達はあの悪魔に追われているようだね?』『お助け下さい・・このままだと、家族全員あいつらに殺されてしまう!』『わたしに任せなさい、お嬢さん。』アムール卿はそう言うと、怯えている親子を連れて彼らの父親が働いている工場へと向かった。『アムール、ソフィ!戻って来たんだな!』 ソフィ達が父親の勤めている工場へと向かうと、彼は子ども達の顔を見るなり彼女達の方へと駆け寄ると、彼女達を力一杯抱き締めた。『お前達が突然居なくなって、どんなに心配したか・・』『父さん、心配かけてごめんなさい。』『良かったね、運命の再会を果たせて。』『ご主人様・・』 ソフィ達の父・アリーがそう言ってアムール卿を見ると、彼はそっとアリーの肩を叩いた。『もうあの悪魔に怯えることはない。わたしが君達家族を守ってあげよう。』『ありがとうございます、この恩はいつか必ず返します!』『礼など要らんよ。わたしは人として当然の事をしたまでだ。』アムール卿は数ヶ月振りに再会した一組の家族を見つめながら、事務所へと戻った。『旦那様、バロワ伯爵様がお見えです。』『今留守にしていると伝えなさい。』『それが・・』事務員がそう言ってアムール卿に何かを伝えようとした時、事務所の扉が乱暴に開き、憤怒の表情を浮かべたバロワ伯爵が中に入って来た。『わたしの貴重な労働力を奪ったのは貴様だな?彼らを返して貰おう!』『冗談をおっしゃらないでいただきたい、バロワ伯爵。あなたがやっていることは犯罪だ!人身売買に売春宿の経営・・これが真っ当なビジネスと言えますか?』『ふん、金など真っ当に稼いで何になる?わたしは必要な労働力を得ているに過ぎん!あいつらはならず者の集まりだ!わたし以外に誰があいつらを雇うというのだ!』『わたしは、あなたのような方とこれ以上お話したくはありません、どうかお引き取り下さい。』『貴様・・わたしに歯向かうとどうなるかわかっているのか!?』『わたしはいずれ母国に戻る身。あなたなど怖くはありません。』恫喝されても毅然とした態度を取るアムール卿にバロワ伯爵は舌打ちし、事務所から去っていった。 一週間後、アムール卿はソフィ達一家をはじめとする工場の労働者達とともに、母国・インドへと戻っていった。
2013年09月07日
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少女は周囲をしきりに気にしながら、シャンゼリゼ大通りを横切り、セーヌ川沿いへと向かった。そこには、数ヶ月前にあの悪魔に拉致され、命からがら逃げ出してきた弟が彼女を待っていた。『姉さん!』姉の姿を見た弟は、そう言って息を弾ませながら少女の方へと駆け寄ってきた。数ヶ月前に会った時よりも、彼は少し痩せていた。それに、顔のところに煤のようなものがついていた。『会いたかった・・』『わたしもよ。どうやってあいつらの所から逃げてきたの?』『バンジャブが、助けてくれたんだ。あいつ、僕達によくしてくれて・・』弟の話によると、バンジャブという男は彼が働いていた工場の責任者で、弟達の境遇を知り、悪魔の目を盗んで彼らを逃がしてくれたのだという。『他の子ども達は?』『あいつらに見つからないよう、上手く隠れてる。それよりも姉さん、誰かに殴られたの?』 弟にそう尋ねられ、少女は漸く自分の頬に残る青痣に気づいた。この痣は数日前、客に殴られた時についたものだった。『早くここから立ち去りましょう。あいつらが近くに来ているのかもしれない。』『うん・・』姉弟が足早にセーヌ川沿いから立ち去った後、バロワ伯爵の執事が木陰から姿を現した。「ジプシーの姉弟をセーヌ川沿いで見つけました。」「そうか。すぐには捕えるな。あいつらには仲間が居るに違いない。」「わかりました。」(全く、次から次へと厄介事を起こすな、ジプシー共は。) 洗濯物が風を受けてバタバタと音を立てて翻り、今にも泥に塗れた地面に落ちそうだった。だがそれを気に留める者も、自らすすんで洗濯物を取り込もうとする者も、この貧民街には居なかった。『母さん!』『ソフィ、それにアムール・・あんた達、帰ってきたんだね!』『逃げて来たのさ。』母親の胸に飛び込みながら、弟はそう言って誇らしげな顔をした。『母さん、父さんは?』『まだ帰ってないよ。それよりもあんた達、夕飯は食べたのかい?あんた達の好きな物を今から作ってあげるからね。』肥満気味の身体を揺すりながら、母親がそう言って竈の前に立った時、外から猟犬が吠える声が聞こえた。「やっと見つけたぞ。」不意に部屋のドアが開き、悪魔が数人の家来たちを引き連れて家の中へと入って来た。「わたしから逃げられると思っているのか?」『ね、姉さん・・』『アムール、母さんを連れて逃げて!』少女は竈の近くにあった薪を掴むと、それで悪魔の側頭部を殴った。悪魔はたちまち泡を吹いて失神し、家来たちが慌てている隙に、少女は母親と弟を連れて家から出た。『父さんの所に行こう、ここは危ないよ!』『でも、姉さん・・』弟がちらりと家の方を振り向くと、一匹の猟犬が鋭い牙を剥き出しにしながら彼らの方へと迫って来ていた。『アムール、逃げて!』母親の手をひきながら走っていた少女はそう弟に向かって叫んだが、弟は恐怖の所為でその場から動く事ができなかった。
2013年09月07日
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「あなた方の事業計画書を拝読いたしましたが、実に素晴らしい。我が社が所有する鉱山には、ダイヤモンドの他にエメラルドなどの宝石が眠っています。それらを研磨・加工して世界中に売れば、きっと大儲けすることでしょう。」「それでは、我々と契約して下さると?」「ええ。」「ありがとうございます。」スティーブがそう言ってアムール卿に右手を差し出すと、彼は力強くそれを握った。「アムール卿、バロワ伯爵という方をご存知で?何やら彼は、慈善活動に熱心なお方だとか?」「そんなもの、表向きの顔ですよ。あいつは孤児院を隠れ蓑(みの)にして、子どもらを闇市場で売り捌いている悪党です。身寄りがない女をメイドとして雇い、自分が経営している売春宿で死ぬまで働かせている・・フランス社交界の名士が、聞いて呆れる!」そう言ったアムール卿の言葉の端々には、毒が含まれていた。「実は、わたし達は彼から仕事をしないかと持ちかけられましてね。何だか胡散臭い話なので、お断りしようと思っているところなのですが・・」「そうなさい。あいつは悪魔です、むやみに近づいてはいけません。さてと、チャイで乾杯致しましょう。」「わたしたちの未来に。」「ええ。」レナードとスティーブ、アムール卿はチャイが注がれたティーカップを高く掲げた後、事業の成功を祈って乾杯した。「やはり、アムール卿にお会いしてよかったな。あの人は情報通だから、きっとバロワ伯爵の裏の顔を知っていると思ったんだ。」「そうか・・まぁ、彼とは仕事上でいいパートナーになれそうだ。」「そうだな。」 ロンシャン競馬場からシャンゼリゼ大通りを走る馬車の中で、スティーブがレナードとそんな会話を交わしていた時、突然馬車が急停止した。「どうした?」「すいません、馬車の前に人が飛び出してきて・・」「全く、一体何処のどいつだ!?」スティーブはそう言って馬車の外へと出ると、御者の方へと向かった。すると馬車の前には地面に倒れて動かない褐色の肌をした少女の姿があった。「おい、大丈夫か?」スティーブが腰を屈めてそう言いながら少女の頬を叩くと、彼女は低く呻くとゆっくりと目を開けた。だがスティーブの顔を見た途端、少女は黄金色の双眸を大きく恐怖で見開きながら、早口のジプシー語で何かを捲し立てた。「おい、何て言っているんだ?」「さぁ・・」「おい、俺は敵じゃない。」スティーブは少女を宥めようと彼女の肩に手を置いたが、それが大きな間違いだった。ますます興奮した彼女は、強烈な平手打ちをスティーブに喰らわせ、スカートの裾を摘んだかと思うと、素早くシャンゼリゼ大通りから立ち去っていった。「大丈夫か?」「ああ。それにしてもあの子、ジプシー語を話していたぞ。」「放っておけよ。ジプシーと関わると碌なことにならないぞ。」スティーブは路面に落ちたシルクハットについた砂埃を払ってそれを被り直すと、馬車の中へと戻った。 彼らを乗せた馬車が遠ざかった後、先程の少女が何かに怯えた様子で路地裏から顔を出した。
2013年09月06日
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表向きは慈善活動に熱心な紳士であるバロワ伯爵だが、その裏ではジプシーの女を自分で経営している売春宿で働かせたり、子ども達を奴隷商人に売り飛ばしたりしていた。「旦那様、これからどうするおつもりで?」「まぁ、あの二人がどう出るのか、わたしはじっくりと待つことにしよう。」バロワ伯爵はそう言うと、大広間の窓から空に浮かぶ月を眺めた。「お帰りなさい、お兄様。随分と遅かったわね?」「ああ、急用が出来てな。それよりもステファニー、俺が帰ってくるまで起きて待っていたのか?」「ええ。お兄様にどうしてもお話したい事があって・・」「駄目だ。」「お兄様がエドガー様とわたしの結婚の事を反対されていることは承知しています。ですが・・」「ステファニー、俺をこれ以上怒らせるな。」「お兄様・・」「もう遅いぞ、寝ろ。」ステファニーに背中を向けたままそう言うと、スティーブは自分の部屋へと入っていった。「おい、さっきのはあんまりじゃないか?」「何がだ?」「ちゃんとステファニーの話を聞いてやれよ。一方的にエドガーを拒絶してばかりじゃ、進む話も進まないぜ?」「そうだが・・」「それよりもあの契約書、どうする?バロワ伯爵と俺達は全く面識がないし、そんな奴が一緒に仕事をやらないかと誘うのも、どこか胡散臭いと思わないか?」「ああ。返事は当分保留しておこう。先方にも文書でそれを伝える。」「わかった。俺に任しておけ。おやすみ。」「おやすみ・・」スティーブは自分の寝室に入った途端、睡魔に襲われ着替えもせずにベッドに横たわって寝た。「おいスティーブ、起きろ!」「ん・・レナード、今何時だ?」「もう正午を回った頃だぞ、馬鹿!今日はロンシャン競馬場でアムール卿と会う約束だろうが!」「どうして起こしてくれなかったんだ!」「何度も起こしたさ!お前全然起きなかっただろうが!」ホテルから出て、二人がロンシャン競馬場へと向かうと、そこには不機嫌な顔をしたアムール卿が待っていた。「申し訳ございません、アムール卿。わたしが寝坊をしたばかりで・・」「まぁ、そんな事は誰にでもあるでしょう。わたしは、そんなつまらない理由であなた方との間で進めていた商談を白紙に戻すことなどいたしませんから、安心してください。」口調こそ穏やかだったものの、アムール卿の目は怒りに滾っていた。「申し訳ありません、アムール卿。どうか、わたしを許して下さい。」「そうお願いされたとあっては、わたしはあなた方を許さなければなりませんな。さてと、あちらでチャイを頂きながらポーカーでも如何です?」「はい、喜んで。」 競馬場の隅にある娯楽室にアムール卿とともに入ると、そこには何人かのグループがポーカーに興じていた。「どうぞ、こちらです。」アムール卿とともに空いているテーブルへと向かう途中、スティーブは寄宿学校時代の友人、アンソニーの姿を見た。「くそ、今日はついてない!」そう言いながら相手に金を渡している彼は、少しやつれていた。「どうかなさいましたか?」「いいえ。」
2013年09月06日
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「ジプシー・・ですか?」突拍子もない質問を投げつけられ、スティーブは返答に窮した。「そういえば、ここ界隈では、ジプシーの窃盗団が暗躍しているとか。伯爵のお宅には、高価な美術品がおありのようなので、心配でしょう?」「いやいや、わたしはそんな心配などしておらん。わたしが所有している美術品の多くは、欧州各地の美術館に寄贈してある。今この屋敷を飾っている美術品は、ただのレプリカに過ぎんよ。」「ほう、そのお言葉を聞いて安心いたしました。ですが伯爵、ジプシーと我々、一体どのような関係があるのですか?」「わたしは前々からジプシーの事が気に入らん。あいつらは盗みを働き、治安を悪化させる。目障りで仕方がない。」「伯爵、全てのジプシーが犯罪に走る訳ではありません。彼らには職がないのです。それゆえ、犯罪に走るのです。」「ならば君は、彼らに仕事を与えろというのかね?」「ええ。衣食住を全て保障された暮らしを送れれば、犯罪に走りません。ですが、それを実行に移すのは難しいですねぇ・・」(レナード、一体何を企んでいるんだ?)スティーブは彼の隣に座り、バロワ伯爵と友人の会話に耳を傾けていた。先程からレナードの口端が小刻みに震えていることに、スティーブは気づいていた。そんな時は、彼が何かをしでかす時だと、スティーブは長年彼と付き合っていてわかっていた。「レナード、その辺にしておけ。失礼だぞ。」「わかった・・」「若い君の貴重な意見、参考にさせていただこう。さてと、話の本筋に戻ろうか。何故、君達をパーティーにわたしが招待した理由・・それは、わたしの仕事を君達に手伝って欲しいからだ。」「仕事とは?」「それは言えない。それよりも、今後の事はこちらから連絡する。」「旦那様、失礼致します。」「入れ。」バロワ家の執事が銀の盆を載せた何かを、三人の前に置いた。「これは、契約書だ。」「暫くお時間を下さいませんか、伯爵?まだ、心の準備というものが・・」「わかった。良い返事を待っているよ。」「では、これで失礼致します。」バロワ伯爵の屋敷を後にすると、スティーブは彼から渡された契約書に目を通した。「これじゃぁ仕事の内容がさっぱりわからんな。サインするのはもうしばらく考えた方がいいぞ。」「わかってるさ。」 一方、バロワ伯爵は“青の部屋”で紫煙を燻(くゆ)らせながらパーティーに招待した二人の若者に想いを馳せていた。「旦那様、首尾は如何ですか?」「上々だ。だがあの二人が、わたしに力を貸してくれれば、の話だがね。」「旦那様の御誘いを、今までお断りになられた方など居りません。」「そうだな・・」バロワ伯爵は椅子から立ち上がると、“青の部屋”から出て行った。彼が裏で、“悪魔”と呼ばれている事を、スティーブ達は知らなかった。
2013年09月06日
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「まったく、ステファニーがあんな男と結婚だなんて冗談じゃない!」「おいおい、落ち着けよスティーブ。今感情的になってもしょうがないだろう?」「レナード・・」友人の言葉に、スティーブの昂っていた気持ちが少し鎮まった。「まぁ、あのステファニーがもう結婚する歳だとはね。時間が経つのはすごく早いものだなぁ。」そう言って遠い目をしているレナードを横目で見ながら、スティーブはスコッチを一気に呷った。「なんだ、最愛の妹が結婚するとなって自棄酒か?」「うるさい、黙れ。」「スティーブ、たとえエドガーがステファニーが男であることを知っても、ステファニーに対する彼の気持ちは簡単には変わらないだろうよ。そんな事で見限るような男ならば、こちらから捨ててしまえばいいことだ。」「ふん、良く言うな。貴様は他人事だからそう言えるんだ。」「他人事じゃないよ。俺はずぅっとステファニーの事を見て来たんだ。まだあの子がおむつを履いている頃からな。」「お前・・もしかして・・」「今頃気づいたのか?お前のような鈍感な男、見た事がないぞ。」レナードはそう言って溜息を吐くと、窓の外からパリの街並みを見た。「まぁ、これから二人がどうなるのかは、二人に任せようじゃないか?」「言われなくとも、そうするさ。もう妹には、俺は必要ない。」「そうだ、妹離れしたまえ、兄上殿。」「茶化すな、レナード。」自分をからかう友人の腹を、スティーブは軽く肘で突いた。その時、ドアが誰かにノックされた。「誰だ?」「スティーブ様に招待状です。」「俺に?」「ええ。」「わかった・・」 数分後、スティーブはレナードとともにある貴族のパーティーに出席していた。「凄いお屋敷だなぁ、ルーヴル美術館と勝負してもいいもんだ。」「レナード、黙れ。」「ちぇ、わかったよ。」レナードがそう言って黙ったのを見て安心したスティーブは、この屋敷の主であり、パーティーの主催者であるバロワ伯爵の元へと向かった。「おや、来てくれたのか?ようこそ、わたしのパーティーへ。」「本日はお招きいただきありがとうございます、バロワ伯爵。」「いやいや、こちらこそわざわざ忙しい時期に来てくれてありがとう。それに、わたしの屋敷をルーヴル美術館のようだと言ってくれた君の友人にも感謝するよ。」「いえいえ、わたしはありのままを述べただけです。それよりも伯爵、何故わたし達をパーティーに招待したのですか?その理由を、そろそろお聞かせ願いませんでしょうか?」「そうだね・・では、わたしについて来なさい。」「はい・・」 バロワ伯爵とともに大広間から出たスティーブ達は、長い螺旋階段を上がると、伯爵の私室へと入った。そこは、壁やカーテン、家具や調度品の色が全て青に統一されていた。「わたしはここを、“青の部屋”と呼んでいるよ。わたしの一番のお気に入りの場所なんだ。」「そうですか・・」「さてと、全員が揃ったところで、何故君達をわたしがパーティーに招待した理由を話すとしようか。」バロワ伯爵は葉巻に火をつけ、それを美味そうに吸った後、じっとスティーブ達を見つめ、こう言った。「スティーブ、ジプシーのことをどう思っているかね?」
2013年09月06日
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「エドガー様、これからどちらへ?」「パリで行きつけの紳士クラブですよ。婚約者として、あなたのことを皆さんに紹介したくて。」「まぁ、嬉しい。」ステファニーはそう言うと、エドガーにしなだれかかった。「でも、そういったクラブは女性は立ち入り禁止ではないのかしら?」「大丈夫ですよ。女性の入場には、ある例外があるんです。」「例外って何ですの?」「会員である婚約者、もしくはその妻子は、入場を制限されていないんです。」「まぁ・・」エドガーが行きつけの紳士クラブというものは、爵位を持った貴族のみしか入場を許されない特別な場所だ。その場所に自分を連れていくのだから、エドガーはステファニーとの結婚を前向きに考えているに違いない。「一緒に頑張りましょう、ステファニー。たとえ周囲の反対があろうとも、わたしはあなた以外との結婚は考えられません。」「わたしもです、エドガー様。」ステファニーは嬉しさの余り涙を流しながら、エドガーに抱きついた。「エドガーじゃないか、久しぶり!」「お前が風の噂で婚約したって話を聞いたが、隣に居る麗しいレディがそうなのか?」 パリの紳士クラブ“シャトー”にエドガー達が入ると、奥のソファで雑談していたエドガーの友人達が口々にそう言いながら二人の方へと駆け寄ってきた。「みんな、紹介するよ。この人はステファニー、僕の未来を明るく導く運命の女神だ。」「ステファニーです。」「良かったじゃないか、エドガー。お前があの成り上がり女と破談になったと聞いて、どうなるんじゃないかと思っていたんだよ。けど、俺達が心配する必要はなさそうだ。」「そうだな。何せお前には、麗しの女神様が居られるんだものな。」たちまちステファニーは、エドガーの友人達と打ちとけた。「なぁ、結婚式はいつだ?」「それが・・周囲にはこの結婚を反対されているんだ。」「どうしたんだ、何が理由でご両親はお前の結婚に反対を?」「わたしの父も結婚に反対しているけど、ステファニーのお兄さんが一番結婚に反対しているんだ。彼は、妹思いだからね。」「まぁ、可愛い妹が結婚するとなったら、反対するのは当然さ。暫く、時間をやったらどうだ?」「そうだぞ、エドガー。今感情的になってもしょうがない。時間が経ったら冷静になるって。」「そうだな・・」エドガーは何かを考えているような顔をしながら、紅茶を一口飲んだ。「じゃぁ、また会おうぜ、エドガー!」「今度は結婚式だな!」「わかってるよ。それまでみんな、元気で居ろよ!」 クラブの前で友人達と別れたエドガーとステファニーは、そのまま馬車でホテルへと戻った。「何だか、不安で堪りません。幸せに満ちていて・・」「どうして?」「この幸せが長く続くのかどうか、不安で・・」「大丈夫、わたしが居る限り、この幸せは誰にも奪わせないと、あなたに誓います。」エドガーはそう言うと、ステファニーが嵌めている婚約指輪に軽く口付けた。
2013年09月06日
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「そうなのですか、カルミラ嬢?」エドガーはステファニーの言葉を聞き、キッとカルミラを睨みつけた。「確かに・・ステファニー様を池に突き落としたことは認めますわ。ですがその前に、彼女はわたくしを侮辱して・・」「もういい。あなたは見そこないましたよ、カルミラ嬢。もうお会いすることはないでしょう、では失礼。」エドガーはそう言うと、カルミラに背を向け、婚約者を連れて池から去っていった。ステファニーは、チラリとカルミラを肩越しに見ると、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。「あの女、嘘泣きなんかして・・許せないわ!」カルミラはそう叫ぶと、ステファニーへの憎しみで美しい顔を歪めた。 一方エドガーとともに園遊会を中座したステファニーは、今頃カルミラが悔しがっているだろうなと思うと、口元が弛んで仕方がなかった。「何を笑っているのです、ステファニー?」「いいえ、何でもありません。」カルミラに池に突き落とされたことは怒りを感じるし、お気入りのドレスを濡らされた恨みはあるが、あのカルミラの怒りに歪む顔を見ただけで溜飲が下がった。「着替えを持ってきましたから、あちらでどうぞ。」「ええ。」ずぶ濡れのままホテルへと帰る訳にはいかないので、園遊会を主催してくれた伯爵夫人の厚意で、部屋で着替える事となったステファニーは、彼女に頭を下げると、礼を言った。「突然の事で申し訳ありません。お部屋を貸してくださってありがとうございます。」「いえ、いいのよ。それにしても恋敵を池に突き落とすだなんて、なんて大胆なことを為さるのねぇ。しかもこのわたくしの家で。」伯爵夫人はそう言うと、溜息を吐いた。 彼女の口ぶりからすると、カルミラを相当嫌っているようだ。「奥様は、カルミラ様の事を御存じですの?」替えのドレスに袖を通しながら、ステファニーは衝立の向こうから伯爵夫人に問うと、彼女は怒りを含んだ声でこう答えた。「ええ、勿論よ! あの娘とわたくしは一応親戚ですからね。己の美貌を鼻にかけて、昔から我が儘し放題だったのよ、あの子は! わたくしに恥を掻かせて、済まないと思う気持ちはないみたいね。」「まぁ、奥様はカルミラ様の事で色々とご苦労なさっているのですね・・」「ええ。ステファニーさん、本当にごめんなさいね。お客様に乱暴を働くなんて、淑女らしからぬ真似をしたわたくしの姪は、わたくしが叱っておきますから、心配なさらないで。」「ありがとうございます、奥様。」着替えた終えたステファニーは、そう言って伯爵夫人に再度頭を下げた。「またいらっしゃいな、ステファニーさん。あなたのような真っ直ぐな子、わたくしは大好きなの。」伯爵夫人はそう言って、ステファニーを抱き締めた。「ええ、必ずおうかがいいたしますわ、奥様。」伯爵夫人に抱き締められていると、ステファニーは微かに視線を感じて階段の方を見ると、そこには自分を睨みつけているカルミラの姿があった。「奥様、ではわたくしはこれで。」「気をつけてお帰りなさいね、ステファニー。」伯爵夫人はステファニーから離れると、階段に立っているカルミラを睨みつけた。「カルミラ、わたくしと来なさい!」「叔母様、これには訳が・・」「いいからこちらに来るのです!もうあなたの我が儘に振り回されるのはうんざりよ!」ヒステリックな声を上げながら、伯爵夫人はそう言うとカルミラの腕を掴んで奥の部屋へと連れて行った。それを見たステファニーは口端を歪めて笑いながら、邸から出て行った。「ステファニー、行きますよ。」「ええ、エドガー様。」婚約者の手を取ったステファニーは、馬車へと乗り込んだ。
2013年09月06日
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(何だろう、こいつ・・嫌な女。) ステファニーはそう思いながらカルミラを見ると、彼女はキッとステファニーを睨みつけてきた。その目を見たステファニーは、カルミラがエドガーに好意を抱いていることに気づいた。 だがステファニーはエドガーのれっきとした婚約者だ。カルミラなど怖くはない。「初めまして、カルミラ様。お会い出来て嬉しいですわ。」 わざと婚約指輪をカルミラに見せびらかしながら、ステファニーは表面上穏やかな笑みを彼女に向けた。「では、わたくしはこれで。」(あっさりと引きさがりやがったな。何かあるかと思ったが・・) カルミラがあっさりと自分達の元から去ったことに怪訝そうな顔をしたステファニーだったが、カルミラは擦れ違いざまに自分の足を踏もうとしていたので、彼は咄嗟にそれを日傘で防いだ。「きゃぁ!」カルミラが傘の先端に躓いて転びそうになったのを、慌てて供の者が支えた。「あら、大丈夫でしたか?」くすりとステファニーが笑うと、カルミラは怒りで顔を赤く染めながら馬車へと乗り込んだ。「さっきは何があったんですか、ステファニー?」「ちょっと彼女にちょっかいを出しただけですわ。さぁエドガー様、参りましょう。」ステファニーはそう言うと、エドガーの腕に己のそれを絡めて歩き出した。「ステファニー、これからが勝負だね。」ホテルへと戻る途中で寄ったカフェで向かい合わせに座りながら、エドガーはそう言って愛しの婚約者を見つめると、彼はにっこりと微笑んだ。「ええ。兄様が結婚に反対しているとなると、わたくしの両親も同じでしょう。それに、あの方もどうやら納得されていないようですし。」「カルミラ嬢のことか? あんな小物、放っておけばいいんだよ。ああいう女はわたしの家柄と財産目当てなんだ。」「そうですの、なら安心ですわね。」エドガーの言葉に先ほどカルミラと睨み合っていた時の緊張感が解れた気がしたステファニーだったが、まだ油断できないと思った。(何だか嫌な予感がするぜ。あの女がこのまま黙っておく訳ねぇもんな。)ステファニーの予感は、翌日的中した。 エドガーとともにとある貴族の園遊会に出席したステファニーは、そこでカルミラと彼女の取り巻きらしき少女達と鉢合わせしてしまった。「あらステファニーさん、御機嫌よう。今日もエドガー様と仲睦まじいのねぇ。」「あららカルミラ様、今日も嫌味ったらしい態度でわたくしに絡みますのね。顔はお美しいけれど、性格は棘だらけ。まるであの薔薇のようですわね。」扇子で口元を隠しながらステファニーがそう言うと、カルミラの美しい眦がピクリと上がった。「どんな手をお使いになられたのか解りませんけれど、あのエドガー様があなたのような平凡な方に心を奪われる筈がありませんわ。」(やかましい女だぜ、本当。あの口を釣り糸で縫いつけられたらどんなにいいものか・・)ステファニーが睡蓮の池を眺めながらそう思っていると、茂みの中から4本の手が突き出て来た。「うわっ!」咄嗟の事で体勢を整えられず、ステファニーはザブンという大きな水音とともに、池の中に勢いよく落ちてしまった。「嫌だわぁ、あのみずぼらしい姿。」「まるで溝鼠のようだわ。」くすくすと、意地の悪い笑い声が頭上から響いてきた。(畜生、こんなことで負けて堪るかよ!)ステファニーは池から出て来ると、自分をせせら笑うカルミラの背中を押した。「きゃぁ!」(へん、これでおあいこだぜ。ざまぁみろ!)ステファニーは池に落とされて慌てふためくカルミラに向かって思いっ切り舌を突き出した。「ステファニー、どうしました!」水音と悲鳴を聞いたのか、エドガーが池へとやって来た。「エドガー様、わたくし、カルミラ様に突き落とされましたの! 折角のお気に入りのドレスがびしょぬれですわ!」ステファニーはそう叫ぶと、エドガーに抱きついておいおいと嘘泣きをした。
2013年09月06日
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「失礼致しました、カルミラ嬢。あなたと以前お会いしたのは半年以上前のことなので、すっかり忘れておりました。」「まぁ、酷いわ、エドガー様ったら。聞きましてよ、あの成り上がり娘とのご婚約を解消為されたとか?」そう言った令嬢―カルミラはくすくすと笑いながら、エドガーの反応を見た。「ええ。彼女とは価値観が余りにも違うので、婚約を解消致しました。」「良かった事。エドガー様のような方が、あのような成り上がり娘と一緒になるなど、想像するだけでもゾッといたしますものね。あの方たちは生まれながらの貴族であるわたくし達とは違いますものね。」カルミラが一体何を言いたいのか、エドガーは少し解って来た。ミッチェルとエドガーが婚約解消した事を知った彼女は、その後釜に座ろうと、エドガーに馴れ馴れしく話しかけてきたのだ。「・・ええ、最近は金で爵位を買う者が多いようで、呆れておりますよ。ですが、あからさまに言い寄ってくる女性も見苦しいですね。」 さりげなくカルミラに嫌味を言ったエドガーだったが、彼女はそれを介さずにエドガーとともに笑った。(この女、本気でわたしを口説こうとしているな・・) 貴族の令嬢らしからぬ下品な笑い声を上げているカルミラを横目で見ながら、エドガーはいつ彼女の頭上に爆弾を投下しようかと考え始めていた。「ねぇエドガー様、ご両親はお元気ですの?」「ええ。この間ウィーンへ婚約者とともに実家に顔を出しました。」「まぁ、婚約者ですって!?」カルミラが素っ頓狂な叫び声を上げたので、客達が思わず彼らの方を一斉に見た。「ええ。わたしには婚約者がおります。ですからどんなにあなたがわたしを口説き落とそうと策を練ったところで、それは全て無駄になることをお忘れなく。」それでは、とエドガーはカルミラにそう言うと、颯爽と大広間から出て行った。 翌朝、彼はステファニーの入院先の病院へと向かった。「ステファニー。」「エドガー様!」ベッドから起き上がったステファニーは、婚約者の顔を見るなり蒼い瞳を輝かせた。「怪我の調子はどうですか?」「もう大丈夫です。数週間後には退院できそうです。」「そうか、それは良かった。それよりも、昨夜ホテルであなたのお兄様とお会いいたしましたよ。」「兄様と?」喜びに満ち溢れていたステファニーの顔が、途端に暗くなった。「兄様は、わたし達の結婚になんて・・」「反対だそうです。ですがわたしは、あなたの手を離さないとこの胸に誓いました。暫く時間がかかりますが、わたしの手を離さないでいてくれますか?」「ええ。」笑顔が戻ったステファニーの左手薬指には、セルフシュタイン家の花嫁が代々受け継ぐ指輪が光っていた。 数週間後、ステファニーは退院し、久しぶりに外の空気を吸った。「ステファニー、行きましょうか。」「ええ。」出迎えに来たエドガーの手を取ったステファニーが馬車へと乗り込もうとした時、不意に視線を感じたステファニーが周囲を見渡すと、ブロンドの髪を揺らした1人の令嬢が自分達の方へとやって来るのが見えた。「あら、エドガー様、そちらが婚約者の方?」「カルミラ嬢、奇遇ですね。あなたがこのような場所にいらっしゃるとは・・もしやわたしの後を尾けていたのですか?」「まぁ、尾けていただなんて、人聞きの悪い事をおっしゃるのね。わたくしはこの近くに用があったので立ち寄っただけですわ。」そう言って令嬢は華のような笑みを浮かべたが、目は全く笑っていないことにステファニーは気づいた。「紹介しますよ、カルミラ嬢。わたしの婚約者の、ステファニー=セルフォードさんです。」「初めましてステファニーさん、会えて嬉しいわ。」そう言って自分に握手を求めるカルミラ嬢の目は、ステファニーへの敵意に溢れていた。
2013年09月06日
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「そんな、英国に連れ戻すなんて・・兄様、それは横暴すぎます!」「何が横暴だ! 勝手にあいつと婚約などして・・俺はあいつとの結婚なぞ認めないぞ!」ステファニーがそう叫ぶと、スティーブも負けじと怒鳴り返した。「確かに、勝手に婚約したことは謝りますが、今更エドガー様との結婚を止める訳には参りません!」「お前なぁ・・貴族なら結婚は自分達だけの問題じゃないってことくらい、解らないのか!?」「兄様・・」スティーブの言葉に、ステファニーは思わず口を噤んだ。 貴族として生まれたステファニーは、結婚は人生を決める一大事だということを、母や親戚達から口煩く聞かされたものだった。貴族の結婚は、家柄が釣り合わなければ出来ぬもの。当人同士だけの意思ではなく、彼らの家族をも巻き込む事になるのだ。それを今、ステファニーは初めて気づいた。「何も、お前が憎くて怒ってる訳じゃない。」スティーブはそう言うと、ステファニーの手を握った。「兄様・・」「お前の事が好きだから、愛おしいから、こんなにも俺は怒るんだ。解ってくれ。」「スティーブ兄様、ごめんなさい。兄様の気持ちも知らずに、わたし・・」「いいんだ。俺も言い過ぎた。ついカッとなって・・今はしっかり身体を休めろ。話はそれからだ。」じゃぁな、とスティーブはステファニーに手を振って病室から出て行った。スティーブが去った後、ステファニーはそっと左手の薬指に嵌められた婚約指輪を見つめた。 エドガーから求婚された時、天にも昇るような気持ちだったのに、今は沈鬱な気持ちばかりが心を支配している。本当に、彼と結婚できるのだろうか―ステファニーはそう思いながら、溜息を吐いた。 ステファニーの病室から去ったスティーブは、宿泊先のホテルで開かれたパーティーで、エドガーと対峙した。「少し顔を貸してくれるか?」「ええ。」純白の燕尾服が癪に障るほど似合っていたエドガーは、スティーブとともに人気のない出入り口付近へと移動した。ここなら丁度真紅のカーテンが他の招待客の視線を遮ってくれる。「単刀直入に言う、俺はお前とステフ・・ステファニーとの結婚を認めたつもりはないからな。」蒼い瞳に剣呑な光を宿しながらスティーブがそう言ってエドガーを睨み付けると、彼は口端を上げて笑った。「そう言うと思ってましたよ。ですがわたしは、ステファニーとの結婚を諦めるつもりはありません。」「そうか・・」スティーブはそう言うと、くるりとエドガーに背を向けた。「宣戦布告ですか・・いいでしょう、受けて立ちますよ、お義兄さん。」スティーブには以前から嫌われている事は解っていたが、こうも露骨な態度を出すとは。そんな事でステファニーとの結婚を諦めたりはしないが。 ステファニーがもし“普通の”貴族の令嬢であったのなら、スティーブが自分達の結婚に反対はしなかっただろう。男同士の結婚など、世間一般でも認められることがないというのに、保守的かつ閉鎖的な上流階級ではなおさらだ。 だが、あの舞踏会で出会った瞬間から、エドガーはステファニーと恋に落ちた。ステファニーが男であることを知っても、ステファニーを諦めることは出来ない。(ステファニー、わたしは必ず君と幸せになる。それまで待っていてくれ。) ロシアでステファニーに求婚した時、決してステファニーの手を離さないとエドガーはこの胸に誓った。「エドガー様、お久しぶりですわね。」背後から突然話しかけられてエドガーが振り向くと、そこにはウィーンのフロイデナウ競馬場で見かけた貴族の令嬢が立っていた。「あなたは?」「嫌だわ、エドガー様。カルミラですわ、お忘れになられたのかしら?」令嬢はそう言うと、優雅に首を傾げた。
2013年09月06日
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「・・ふん、良い心意気だ。」男はそう言ってフードの下で笑うと、ステファニーに向かって剣を振るった。鋭い金属音が響き、ステファニーは倒れぬよう、必死に男の攻撃をかわした。 痛む左足首を庇いながらも、彼は男の背後に回り込もうとしたが、その前にステファニーのシュミューズが無残にも引き裂かれた。「詰めが甘いな。相手の背後に回り込んだところとて、その足では反撃はできまい!」口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、男はステファニーのシュミューズを次々と切り裂いた。純白の繊細なレースが、徐々に赤黒い血で染まり始めた。「う・・」ステファニーは、“報復の刃”を握り締めるも、男に反撃できる機会を失った。だが、今倒れる訳にはいかない。ここで倒れたら、エドガーが男に殺されてしまう。荒い息を吐きながら、ステファニーは男に向かって突進した。だが、彼はステファニーの攻撃をなんなくかわすと、ステファニーの髪を掴んで壁へと投げ飛ばした。 派手な音とともに、壁がステファニーの身体に激突したことにより激しく揺れた。「ステファニー!」ステファニーは壁に頭を打ちつけ、気絶した。キャラメル色の髪には、うっすらと血が滲んでいた。「ステファニー、起きろ、ステファニー!」「2人で仲良く地獄に落ちるがいい!」男がそう言って剣をエドガーの頭上にかざそうとした時、ドアを誰かが激しくノックする音がした。「お客様、どうなさいましたか!?」「ステファニー、どうしたんだ!?」ホテルの従業員と、ステファニーの長兄・スティーブの声が聞こえた。「今日のところは退こう。」男は窓を開け放ち、フードの裾を靡かせて部屋から飛び出していった。その直後、ホテルの従業員達とスティーブが部屋に雪崩れこんできた。「ステファニー、目を開けろ!」荒れ果てた部屋を呆然と見渡した後、スティーブは壁際に倒れているステファニーの華奢な身体を揺さ振った。「兄様・・」ステファニーがゆっくりと目を開けると、そこには心配そうに自分を見つめているスティーブとエドガーの姿があった。「一体何があったんだ? 怪我はないか?」「多分、大丈・・」ステファニーが起き上がろうとした時、全身に激痛が走った。「大丈夫じゃないだろう! 今病院に連れて行くからな!」「お義兄さんすいません・・わたしがついていながら・・」エドガーがそう言ってスティーブに詫びると、彼は憎々しげにエドガーを睨みつけた。「君はステファニーの婚約者だろう? 何故こうなる前にステファニーを守れなかったんだ!」スティーブはエドガーの胸倉を掴み、激しく彼の身体を揺さ振った。「申し訳・・ありません・・」「病院では俺が付き添うから、君はついてこなくていい。」冷淡な口調でエドガーにそう言い捨てると、スティーブはぐったりしたステファニーを抱き抱えてホテルの部屋へと出て行った。「ステファニー・・」エドガーは、涙を流しながら、ステファニーの無事を祈った。 ホテルを出たスティーブは、パリ市内の病院へとステファニーを運んだ。「う・・」「ステファニー、大丈夫か?」自分の手を握り締める手がエドガーのものだと思っていたステファニーだったが、その手は兄・スティーブのものだった。「兄様、どうしてここに? エドガー様は?」「あいつの事は気にするな。暫く入院が必要だそうだから、ゆっくり休め。退院したらお前を英国に連れ戻す。」「そんな・・」「お前があいつと出逢ったことで、こんな目に遭ったんだ。あいつから離れないと。」
2013年09月06日
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突然部屋に乱入してきた化け物は、呻き声を上げながら枯れ枝のような両腕を突き出し、ステファニーの元へと一歩一歩近づいていった。「な・・」ステファニーは、“報復の刃”を抜き、化け物の頭部を正確に突き刺した。化け物は叫ぶこともなく、どうと絨毯の上に倒れた。「はぁ、危なかった。」ステファニーはほっと溜息を吐き、ドアを閉めようとした。だがその時、またあの化け物が数匹乱入してきた。「くそっ!」ステファニーは下着姿で“報復の刃”を振るいながら、化け物を倒した。(一体こいつらはなんなんだ? 何処から湧いて・・)ステファニーは化け物との戦いに気を取られ、背後を取られたことに全く気付いていなかった。「う・・」 何かが突き刺さったような感覚がした後、全身に激痛が走り、ステファニーは思わず床に蹲った。見ると、左腕が刃で斬られ、血が滲んでいた。「久しいな、“サファイア”。」 視線の端に黒いフードが映ったかと思うと、今度は足首に激痛が走り、ステファニーは悲鳴を上げた。「あなた・・ウィーンで見た・・」「今日は愛しの騎士は居ないようだな?」男はそう言うと、ステファニーを見つめた。その生気のない瞳に心を見透かされるようで、ステファニーは男から目を逸らした。「そんなに怯えなくともよい。急所は外してある。」男は口端を歪めて笑いながら、ステファニーのキャラメル色の髪を掴んだ。「再会したのだから、誰にも邪魔はされたくはないな。」男はドアを閉めると、ステファニーの髪を掴んだまま彼の身体を投げ飛ばした。ステファニーは全身を壁に打ち付け、苦悶の悲鳴を上げた。“報復の刃”を握ろうとするが、左腕が折れてなかなか握れず、全身に激痛が走った。このまま、男の手にかかって死ぬのか―ステファニーがそう思いながら目を閉じた時、激しい剣戟の音が聞こえた。(なんだ・・?)ステファニーが蒼い瞳で周囲を見渡すと、そこにはエメラルドの瞳を憎悪に滾らせながら、男と戦うエドガーの姿があった。「エドガーさ・・」起き上がろうとしたステファニーだったが、全身に力が入らなかった。「貴様、ステファニーに何をした!?」「わたしは彼女に挨拶に来ただけだ。彼女との再会の時を邪魔しないで貰おうか!」男はそう叫ぶと、エドガーの額に向かって刃を煌めかせ、それを振り下ろそうとした。(駄目だ、殺される!)エドガーがそう思った時、視界の隅でキャラメル色の髪がなびくのが映った。「エドガーに手を出すな!」「ス・・ステファニー・・」荒い息を吐き、ステファニーは折れた左腕に“報復の刃”を布で巻きつけながら、男を睨みつけた。「ほう、満身創痍の状態でこのわたしと戦う気か? いい度胸だ・・」男は犬歯を覗かせると、ステファニーに容赦なく攻撃した。「くっ・・」左腕を負傷し、思うように動かせないステファニーは、男の攻撃の前になすすべがなかった。「ふん、弱いな!」男の一撃が、ステファニーの手から“報復の刃”を弾き飛ばした。「ステファニー、もういい! 後はわたしが・・」「こんな時には退けません! あなたの為なら命を捨てる覚悟です!」ステファニーはそうエドガーに怒鳴ると、男に突進していった。「ふん、無駄なことを・・」男がそんなステファニーを嘲笑うと、彼は男の股間を蹴りあげた。「おのれ、小癪な!」憎悪に滾った瞳で男がステファニーを睨むと、彼は“報復の刃”を男に向けた。「エドガーはわたしが守る!」
2013年09月06日
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―ロリエンヌ・・遠くで、誰かが呼ぶ声がして、ステファニーはゆっくりと目を開けると、そこには心配そうに自分を見つめるエドガーの姿があった。―良かった、気がついて。宝石のような美しい翡翠の双眸が、安堵の光を宿しながら自分を見つめてきて、ステファニーは頬を赤らめた。(いや・・これは違う・・これは、ロリエンヌ様の記憶だ。)家系図から名を消された女戦士の記憶を、ステファニーは夢に見ているのだ。エドガーに似ている男は一体誰なのか、彼は解らなかった。―あまり無理をしないでくださいね。―わかっているわ。鈴を転がすような声で、ロリエンヌは軽やかに笑った。彼女が頭を振る度に、キャラメル色の髪が日光に照らされて美しく輝いた。ロリエンヌとエドガーに似た青年との甘い時間は瞬く間に過ぎていった。「・・さん、ステファニーさん?」「ん・・」ステファニーがゆっくりと目を開けると、そこにはエドガーが心配そうに自分を見つめていた。「エドガーさん・・ここは?」「パリのホテルですよ。ロシアで倒れた時、どうなるのかと思っていたんですが、何処にも異常がなくて良かった。」エドガーはそう言って安堵の溜息を吐いた。「すいません、ご迷惑をおかけしてしまって。」ステファニーがすまなそうにエドガーにそう詫びると、彼は首を横に振った。「あなたに何かあったのではと心配してましたが、単なる旅疲れで良かった。」「ええ・・」家族が居る英国から旅立ってウィーン、モスクワへと旅から旅を続けていた所為か、ステファニーが知らぬ間に疲労が蓄積されていたらしく、エドガーの前で倒れてしまった。だが、ステファニーはあれが単なる旅疲れではないことに気づいていたし、あの時脳裡に浮かんだ光景はいつまで経っても消し去る事ができない。 それに、先ほど見たあの夢―何故、ロリエンヌの記憶が自分の夢に出てくるのか。一体自分と彼女に、何か接点でもあるのだろうか?そんな事を考えている内に、腹が減って来た。「どうしました、ステファニーさん?」「お腹が空いてしまって・・」エドガーはステファニーの言葉に微笑んだ。「待っていてください、ルームサービスを今から頼みますから。戻るまで暫く休んでいてください。」「はい・・」エドガーが部屋から出て行った後、ステファニーは寝台の中で寝返りを打って眠り始めた。 数時間後、部屋の外からガタンという大きな音がして、ステファニーはエドガーが帰って来たのだと思い、寝台から起き上がった。「エドガーさん?」外の廊下に向かってステファニーは声を掛けたが、返事はない。何かがおかしいと思ったステファニーは、“報復の刃”を握り締め、そっとドアを開いた。そこには、誰も居なかった。(おかしいな・・)ステファニーが首を傾げながらドアを閉めようとした時、枯れ枝のような手がドアの隙間から突然突き出て来た。「な、なんだ!?」 ステファニーは咄嗟に身構えると、ドアを開けて、得体のしれない化け物が部屋に乱入してきた。
2013年09月06日
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ステファニーとエドガーは、モスクワ見物がてらに街を馬車で巡っていた。 聖ワシーリー寺院の前を通り過ぎると、ステファニーの脳裏に、血まみれになっている自分の姿と、翻る十字の旗が突然浮かんだ。「どうしました?」「いいえ、なんでも・・」「なんだか不思議ですね。ここ、前にも来たような気がします。」エドガーはそう言ってステファニーの肩に手を置いた。「昨夜、夢を見たんです。あなたと私は戦場にいて、あなたと私は共に戦い、全身に返り血を浴びて・・その時、あなたの前に黒尽くめの格好をした男が・・」エドガーが夢の内容を語り始めると、ステファニーの中で突然、“記憶”が甦った。「男が、私の前に現れた・・男は私をこう呼んだ。“サファイア”と。そして私は・・」急に凄まじい恐怖に襲われ、ステファニーは思わずロザリオを握り締めた。「私は、仲間を、味方を・・」全身に返り血を浴び、狂気に包まれた自分。自分の下には、たくさんの骸。そして自分の前には、黒尽くめの男。“やっと目覚めたか、サファイア”「嫌ぁ~!」ステファニーはロザリオを握り締め、気を失った。「ステファニーさん、しっかりしてください!」エドガーの声が次第に遠くなる。目の前に浮かぶのは、在りし日の頃の、パリ。まだ教会が圧倒的な権力を握っていた時代の、パリ。―ロシア編・完―にほんブログ村
2012年03月04日
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「じゃあ、元気でね。」ナターシャはそう言って駅のホームでステファニーを抱き締めた。エドガーの両親がパリにいるので、早い内にパリに行って婚約の報告をしようとエドガーが言ったので、婚約発表の翌日にサンクトペデルブルクを発つことになったのだ。「ステファニーさん、エドガーさんとお幸せにね。」「ええ。また近い内に参りますわ。」「待っているわよ。」ステファニーはナターシャとクリストフに別れを告げ、汽車に乗った。「待ってくれ、ステファニー!」背後から声がして振り向くと、そこには息を切らして走ってくるアレクセイの姿が。「エドガーさん、少し時間を・・」「行ってきてもいいですよ。」ステファニーは、アレクセイの元へと向かった。「君に、これを渡したくて。」そう言ってアレクセイがステファニーに渡したのは、中央にサファイアが嵌め込まれた銀のロザリオだった。それを見た瞬間、ステファニーは初めて目にするものなのに、強烈なデジャ・ヴを感じた。「どうしたの?」「・・なんでもありませんわ。」「君に幸多からんことを。」アレクセイはそう言ってステファニーの額にキスをした。「そのロザリオ・・」モスクワへともうすぐ着こうかという頃、エドガーは急にステファニーの胸に下がっているロザリオを指した。「これ、アレクセイさんにもらったんです。幸運を運んでくれるお守りだって。」「そうですか・・不思議だな、このロザリオ初めて見る物なのに、何故か一度見たような気がして・・」「私も、そう感じました。不思議ですね。」その夜、モスクワのホテルの一室で、エドガーとステファニーは愛し合った。愛する人の胸で眠りながら、ステファニーはアレクセイに渡されたロザリオを触った。(一体これは、なんなんだろう?)夜着を羽織り、ステファニーは窓を開けた。そこには、血のような赤い月が空に出ていた。その頃、アレクサンドラは、レパードとともにステファニー達を追い、モスクワへと向かっていた。「アレクセイ様が、あの人に“あれ”を渡したそうよ。」アレクサンドラは髪を弄りながら言った。「そうか・・美しい月だな。」レパードは赤い月を見ながら、“サファイア”の記憶が早く甦ることを、願った。にほんブログ村
2012年03月04日
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「ステファニーさん、婚約おめでとう。」そう言ってナターシャはステファニーを抱き締めた。「あなたとエドガー様はお似合いのカップルよ。きっと幸せになれるわ。」「ありがとうございます、ナターシャ様。」ステファニーはそう言ってナターシャに微笑んだ。「ご婚約おめでとう。」アレクサンドラは苦虫を噛みつぶしたような顔をして、ステファニーに祝いの言葉を述べた。「ありがとう。」「あなたとエドガー様、とてもよくお似合いだわ。でも、私の方がもっとお似合いのカップルになれるかもね。だって私はあなたとそっくりなんですもの。」アレクサンドラの子どもじみた嫌味に、ステファニーの胸がチクリと痛んだ。「また会いましょう。ウィーンではあなたが勝ったけど、今度は私、負けなくてよ。」アレクサンドラはそう言って、広間を去っていった。にほんブログ村
2012年03月04日
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エドガーとアレクセイが決闘した夜、ボロヌスキー邸で行われた舞踏会ではその話で持ちきりだった。「あのエドガー様とアレクセイ様が、1人の女性を取り合って決闘なさったんですって!」「その方って、イギリスから来られた・・」「お2人にそれほど愛されるなんて、お羨ましいわ。」令嬢達が噂話をしていると、エドガーとステファニーが階段から降りてきた。ステファニーは、令嬢達の視線を嫌というほど感じた。「他人の目は気にしないで。今夜は私たちにとって、特別な夜になるのですから。」「ええ、そうですわね。」そう言ってステファニーは笑った。今夜、エドガーとステファニーはこの広間で婚約を発表する。ボロヌスキー邸で舞踏会を開いたのは、何かとロシアに来てから世話になったナターシャのために、婚約したことを報告したいためだった。「では、行きましょうか。」エドガーはステファニーの手を取り、ゆっくりと広間へと進んだ。「お集まりになられた皆様に、ご報告がございます。私、エドガー=セルフシュタインは、ステファニー=セルフォードさんと婚約することになりました。」エドガーの言葉に、集まっていた貴族達は一斉に拍手した。ただ1人、アレクサンドラを除いて。にほんブログ村
2012年03月04日
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カリンスキー男爵夫人の茶会から、1週間が経った。アレクセイは毎日ボロヌスキー邸へと来ては、ステファニーにアタックした。ステファニーは、自分が愛しているのはエドガーだけだとアレクセイに言ったのだが、アレクセイはそれでもいいと言ってきかない。(しつこい奴だなぁ・・)ステファニーはアレクセイが来るたびに彼のことを避けるようになり、今では居留守を使うようになった。そんなある日のこと。「ステファニー様、お客様が・・」いつものようにステファニーが部屋に籠もっていると、メイドが困ったような顔をして入ってきた。「アレクセイ様なら、私はいないと伝えて。」「それが・・」「どうしたの?」「ステファニー様にお会いしたいと、婚約者の方がお見えになって・・その後すぐに、アレクセイ様も・・」ステファニーは何だか嫌な予感がした。部屋を出て、階段を下りて玄関ホールへと向かうと、エドガーがアレクセイに向かって手袋を投げつけているところだった。「アレクセイ=シェルスタイン、貴様に決闘を申し込む。明日正午、アレクサンダー・コラム前の広場で。」エドガーは闘志に満ちた目でアレクセイを睨んだ。「いいだろう。立会人は我が親友、クリストフ=ボロヌスキー。そしてステファニー=セルフォード嬢。」「ちょっと待って!」自分の名が出るとは思ってもいなかったステファニーは、そう叫んでアレクセイを睨んだ。「私、立会人なんてできません。だから、お2人とも決闘はおやめになって。」アレクセイはステファニーの肩を掴み、彼女に微笑んでいった。「ステファニーさん、私はあなたのことが好きです。あなたのために命を落とすなら、それは本望です。」ステファニーは、アレクセイの言葉を聞いて倒れそうになった。「明日、必ず私はお前に勝ってみせる。」アレクセイは不敵な笑みを浮かべながら、エドガーの元を去った。「ステファニー、安心してください。私はあなたを残して死なせたりはしません。」エドガーはそう言って婚約者を抱き締めた。翌日、アレクサンダー・コラム前の広場では、ロシア宮廷の華・アレクセイと、ウィーン宮廷の華・エドガーの決闘を見るために、大勢の見物人がひしめきあっていた。「これより、アレクセイ=シェルスタインとエドガー=セルフシュタインの決闘を行う。」クリストフがそう言って決闘の開始を告げると、見物人はどよめいた。伝統に則り、アレクセイとエドガーは剣を胸の前にかざし、互いに礼をした。エドガーとアレクセイは、同時に地面を蹴った。両者共に譲らず、時間が経てば経つほど、2人の衣服がボロボロになり、血が滲んできた。「ステファニーは私のものだ!」アレクセイがそう叫んでエドガーの胸めがけて突進した。だがエドガーはアレクセイの攻撃をかわし、彼の首を突いた。「くっ」アレクセイは剣を放り投げ、流れる血を止めた。決闘は、エドガーの勝利に終わった。「エドガー様!」決闘が終わった直後、ステファニーはエドガーに駆け寄った。「ステファニー、勝ちましたよ。」エドガーはそう言ってステファニーに弱々しく微笑む。「バカッ・・」ステファニーはそう言って涙を流した。にほんブログ村
2012年03月04日
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「柔らかくて、綺麗な手だ。」アレクセイはそう言ってステファニーの手に接吻した。「離してください。」「いやです、離しません。」アレクセイはステファニーの薬指から指輪を抜き取ろうとした。「何をなさるの!?」「私はあなたが他の男になるのを黙って見てられない・・私はあなたのことが好きです。」「あなたのお気持ちだけ、受け取っておきます。」ステファニーはそう言って、アレクセイにそっぽを向いた。「私はあなたを諦めませんよ。絶対彼からあなたを奪ってみせます。」そう言ってアレクセイはステファニーを抱き締めた。その光景を、1人の女が柱の陰から見ていた。「なんですって!? アレクセイ様とあの女狐が、抱き合っていたですって!?」親友のエカテリーナの話を聞き、ナターリアはカップを握りつぶした。白いレースのテーブルクロスに、紅茶が飛び散った。「許さない、あの女狐・・」 未来の夫・アレクセイを奪おうとするステファニーに対し、ナターリアは嫉妬の炎を燃やした。にほんブログ村
2012年03月04日
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「ナターリア様のことは忘れて、お茶会にでも行って来たらどう?」ナターシャはそう言ってステファニーに招待状を差し出した。「ここなら、ナターリア様は来ないわよ。この方とナターリア様は、犬猿の仲だから。」ステファニーは、カリンスキー男爵夫人の茶会へと向かった。「まぁ、ようこそ。あなたがイギリスから来られた方ね。」カリンスキー男爵夫人は、そう言ってステファニーに微笑んだ。「どうぞこちらへおかけになって。」男爵夫人に案内されたテーブルに向かうと、そこにはアレクセイの姿があった。「奇遇ですね、あなたと会えるなんて。」「ええ。」ステファニーはそう言ってアレクセイの隣に座った。「その指輪、彼から贈られたものなのでしょう?」アレクセイの視線は、ステファニーの左手薬指を見た。「ええ、そうですが。それが何か?」「とてもよく似合ってますね。サイズもピッタリだ。」アレクセイはそう言いながら、ステファニーの左手を掴んだ。ステファニーは、胸が高鳴るのがわかった。「柔らかくて、とても綺麗な手だ・・」アレクセイは、ステファニーの手に接吻した。にほんブログ村
2012年03月04日
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(あら、あの子フラれちゃったのね。可哀想に。)茂みの陰からクリストフとステファニーの様子を見ていたナターリアは、うつむくクリストフを見ながらそう思った。(あの坊やはいいとして、あの小娘と話をつけなくちゃね。)ナターリアは中庭を早足で横切り、邸の中へと入っていった。ステファニーは、クリストフを振ったことを申し訳ないと思った。彼の、自分に対する想いは気づいていた。舞踏会でエドガーと話しているときに感じた、半ば諦めが含まれたような、自分に対する憧れの視線。だが自分は、エドガーを愛している。舞踏会でアレクセイとエドガーが何か言っていたことと、舞踏会でのアレクセイの態度が、急に気になった。何故彼は、急にあんな行動を取ったのだろう?ステファニーがそう思いながら本を読んでいると、ドアがノックされた。「ステファニー様、お客様でございます。」「そう、今行くわ。」ステファニーが客間に入ると、そこには菫色のドレスを着た美女がソファに座っていた。美女は、ステファニーを見るなりソファから立ち上がり、ステファニーの頬を打った。「あなたね、婚約者がいながらアレクセイ様をたぶらかしたイギリスの女狐は。」「何をおっしゃているのか、よくわかりませんわ。」ステファニーはそう言って、美女を見た。「とぼけたって無駄よ! あなた、アレクセイ様を狙っているのでしょう!? アレクセイ様はね、わたくしの夫になる人なの! あなたには負けなくてよ!」ナターリアは呆然としているステファニーに背を向け、客間を出ていった。(何なんだ、あのオバサン?)「どうしたの、さっき怒鳴り声が聞こえたけど。」ナターシャがそう言って客間に入ってきた。「なんでもありませんわ。あの方、ご存じですか?」「ああ、知っているわ。あの方は、ナターリア=ボロンゾフ様。いままで男運がなくて、結婚は一度したけれども、それもダメだったみたいで・・アレクセイ様に一目惚れして、彼を狙っているわ。」「どうして私の所に? あの方に叩かれる覚えはしたことないのに。」「それはナターリア様が誤解なさってるんじゃなくて? あなたが舞踏会でアレクセイ様と踊っているから、それを見てムカッと来たのね。」ナターシャはそう言って笑いながら、階段を上っていった。にほんブログ村
2012年03月04日
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クリストフの告白に、ステファニーは驚き、声が出なかった。「クリストフさん、ごめんなさい私には・・」「わかってるよ。君には恋人・・もう婚約者がいるんだもんね。昨夜、君と話しているとこ見たんだ。僕じゃあの人の足元にも及ばないって・・でも、告白するだけしてみようと思ったんだ。」「本当にごめんなさい。あなたの気持ちだけ、貰っておくわ。」ステファニーはそう言って邸の中へと入っていった。「・・やっぱ、ダメだったか・・」クリストフはそう呟いて涙を流した。にほんブログ村
2012年03月04日
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(あの小娘、わたくしのアレクセイ様を奪おうだなんて許さない!!)ナターリアはアレクセイのダンスの相手をステファニーに取られ、彼女に対する怒りがマグマのようにふつふつと湧いてきた。聞けばイギリスから来て、その上恋人からプロポーズを受けたそうではないか。(婚約者がいるというのに、わたくしの唯一の希望を奪うつもりね! そうはさせなくてよ!)ナターリアは自室を出て、ステファニーに一言言ってやろうと、ロボヌスキー邸へと向かった。ステファニーは、昨夜見た夢のことを考えていた。あれは一体、何だったのだろう?自分を抱き締めてくれた少年は、誰なのだろう?「ニ・・ステファニーさん!」「はい?」クリストフの声で、ステファニーは我に返った。「あのさ、朝食が終わったら中庭に来てくれないかな?」「いいけど。」朝食を終え、ステファニーはクリストフとともに中庭へと向かった。「話ってなに?」クリストフに話しかけると、彼はステファニーに抱きついてきた。「クリストフ?」「ステファニー、僕君のことが好きなんだ!」にほんブログ村
2012年03月04日
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舞踏会が終わり、エドガーと別れたステファニーは、ボロヌスキー邸にある自分の部屋で眠りに就いた。目を開けるとそこは、若草色の木々に取り囲まれた小さな池だった。白い肌が、池の水に反射して、キャラメル色の髪は、太陽に輝きその艶を確かなものにする。さきほどまで戦場にいたとは思えないほどの美しさだ。だがいくら体を洗っても、その手で殺めた人の血の匂いは消えない。十字軍に入り、主の命じるままに戦おうと心に決めたのに、実際は罪なき人々が自分の剣によって倒れていく。「主よ、私はこのままでいいのでしょうか?」1人、池の中で呟く。まるで天上におわす主に向かって言うように。溜息をついていると、近くの茂みが揺れ、そこから1人の少年が出てきた。「どうしたんだ? なかなか戻ってこないから、心配してたんだぞ。」そう言って少年は甲冑を脱ぎ、生まれたままの姿で池へと入ってくる。「来ないで! 私は汚れている。あなたまで・・」「お前は汚れてなんかいない。」少年はそう言って自分を抱き締めてくれた。「愛してる。」「私もよ。」それから2人は、誰にも邪魔されず、太陽の下で、愛し合ったー目を開け、ベッドから身を起こすと、太陽の光がステファニーを照らした。ステファニーは何故か、涙を流していた。にほんブログ村
2012年03月04日
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「私と結婚してください、ステファニーさん。」エドガーのプロポーズに、ステファニーは涙を流した。「はい・・」「ではこの舞踏会が終わったら、すぐにでもウィーンの両親に手紙を・・」「ちょっと待った!!」エドガーとステファニーが連れたって広間を出ようとすると、2人の前にアレクセイが立ちはだかった。「アレクセイさん、お久しぶりですわね。」ステファニーはそう言ってアレクセイに手を差し出した。アレクセイはその手を掴み、強引にステファニーを広間に連れて行った。「ちょっ、離して・・」ステファニーの抗議の声を無視して、アレクセイは踊りの輪の中に加わった。「一体これはどういうこと?」ステファニーはそう言ってアレクセイを睨んだ。「あなたを、あの男から奪う。」アレクセイはステファニーの唇を塞いだ。「ステファニーさん・・」踊りの輪に加わったステファニーとアレクセイを見て、エドガーは信じられないといった表情を浮かべた。広間でどよめきが起き、そちらを見てみると、なんとアレクセイがステファニーにキスをしていた。アレクセイはステファニーの肩越しに勝ち誇った笑みを浮かべた。「エドガー様、ごめんなさい。あの人が勝手に・・」ステファニーはそう言ってエドガーに何度も謝った。「私は怒ってませんよ。それよりも・・」エドガーは友人達と談笑しているアレクセイを睨んだ。アレクセイはエドガーを挑発するかのように勝ち誇った笑みを浮かべ、エドガーの方へとむかって来る。「彼と、話をしてきます。」「ええ、ここで待ってますわ。」エドガーは、アレクセイの頬を打った。「貴様、舐めた真似を!」「お前からステファニーを奪ってやる。」アレクセイは口元に滴る血を乱暴に拭いながら言った。「ステファニーをお前から奪ってやる。ステファニーを手に入れるためなら、どんなことだってしてやるぜ。じゃあな。」アレクセイはそう言ってエドガーの元を去ろうとしていた。「待てよ、まだ話は終わっていない。」エドガーは乱暴にアレクセイの腕を掴むと、彼を睨みつけた。「私はお前を必ず排除する。それだけ覚えておけ。」にほんブログ村
2012年03月04日
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クリストフは、優雅なステップを刻んでいるエドガーとステファニーを見て、溜息をついた。(お似合いだよな~、美男美女カップルってカンジ。)それに比べて自分はどうだろう?大広間の鏡に映る自分の姿を見て、クリストフはまた溜息をついた。縮れた黒髪と、顔にある赤いニキビ。そして何よりもクリストフがコンプレックスとしている、小さい目。クリストフはチラリとエドガーとアレクセイを見た。自分は彼らのように、ハンサムでも、セクシーでもなんでもない。エドガーとステファニーが踊っている姿は、まるで一幅の絵画のようだ。「どうしたんだよ、暗い顔して?」アレクセイがポンとクリストフの肩を叩いてそう言った。「あれ。」クリストフはそう言ってエドガーとステファニーの方を指した。「やっぱ僕にはステファニーさんは高嶺の花だったんだ。あんなにハンサムな恋人がいるし、僕諦めるしかないや・・」「バカじゃねぇの、お前。 本当に好きな相手なら、奪ってでもモノにするんだよ。」アレクセイはそう言ってシャンパンを呑んだ。「俺はステファニーさんをあいつから奪ってみせる。というわけで、行って来るわ。お前もさ、最初から諦めるんじゃなくて、ステファニーさんに告白してみたら? たとえ振られてもさ、告白しなかった時よりは、失恋した時は告白した時の方がスッキリするんじゃねぇの?」そう言って、アレクセイはステファニーとエドガーの方へと歩いていった。(やっぱ男は当たって砕けろだよな。)アレクセイの言葉に、クリストフは勇気づけられた。にほんブログ村
2012年03月04日
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「あそこに“サファイア”がいるのか・・」エカテリーナ宮殿の屋根から、レパードは舞踏会が行われている広間を見下ろした。“サファイア”は、自分達にとって特別な存在。一刻も早く“サファイア”が記憶を取り戻し、自分達の仲間になることを、レパードは願っていた。“サファイア”が記憶を取り戻すのは、“サファイア”にまかせよう。こちらはこちらで、色々とやらねばならないことがある。「楽しい夜を、“サファイア”。」レパードはフードを翻し、宮殿から去っていった。にほんブログ村
2012年03月04日
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「エドガー様!」「ステファニーさん!」ウィーンから約半年。離ればなれになっていたエドガーとステファニーは、ようやく再会することが出来た。「ステファニーさん、会いたかった・・」そう言ってエドガーは、ステファニーをギュッと抱き締めた。「わたくしも・・あなたのことを1日たりとも、忘れたことなどございませんわ。」ステファニーはエドガーと再会できた嬉しさの余り涙を流した。「なぁに、あの方?」「初めて見る顔だわ。」「エドガー様とお知り合いなのかしら?」「もしかして、恋人だったりして・・」抱き合う2人を見て令嬢達はヒソヒソと噂話をした。「お似合いだな・・」クリストフはステファニーと抱き合う男を見て言った。傍目から見ても、ステファニーとあの男はお似合いのカップルだ。ステファニーのことは、同じ屋根の下で暮らしている内にだんだん惹かれていき、彼女のことを好きなってしまったが、あんなハンサムな恋人がいるんなら諦めるしかない。(ツイてないよなぁ、僕って・・)「どうしたんだ、浮かない顔して?」溜息をついてシャンパンを呑んでいると、いつの間にか隣でアレクセイが柱に寄りかかるようにして立っていた。「・・何でもないよ。」「嘘吐け。お前の溜息の原因はあれだろ?」そう言ってアレクセイはステファニーとエドガーを指した。「ステファニーさんのこと、好きで今夜告白しようって決めたのに・・あんなハンサムな恋人がいたんじゃ、諦めるしかないよ。」「バカだな、お前。俺はたとえ好きな相手に恋人がいたとしても、そいつから奪うつもりでいるぞ。」「・・そうやってお前何人も女泣かせてきたのかよ・・」「恋は先手必勝。好きな相手のハートを奪ったもん勝ちさ。」アレクセイはそう言ってスタスタと2人の方へ歩いていった。「ステファニーさん、あなたに聞きたいことがあるのですが。」「なんでしょう?」「どうして、男なのにドレスを?」「え?」エドガーの言葉に、ステファニーの笑みがひきつった。「どうして、そのことを?」「あなたに似たあの人に聞きました。」「それは、私も知りません。物心着く頃から、男なのに女として育てられました。兄も弟も男として普通に毎日を過ごしているのに、何故自分だけドレスを着なければならないのか、と一度両親に聞いたことがあります。でも、両親は堅く口を閉ざしたままで・・」ステファニーがそう言ってエドガーを見ると、彼は何かを考え込んだような顔をしていた。「軽蔑・・なさいますでしょう? 男なのに、ドレスを着ているなんて。」「いいえ。私はあの人からあなたが男だと聞かされたとき、何故か嫌悪感が湧きませんでした。それよりも、あなたをもっと好きになってしまった。」エドガーはステファニーに微笑み、ステファニーの手に接吻した。「あなたに、お渡ししたいものがあります。目をつぶってください。」「え?」ステファニーは言われた通りに目をつぶった。「もう、開けていいですよ。」ステファニーが目を開けると、左手の薬指には、シャンデリアの光を受け、淡く美しい輝きを放つ真珠の指輪があった。「これは?」「代々セルフシュタイン家の花嫁に伝わる指輪です。 私と結婚してください、ステファニーさん。」にほんブログ村
2012年03月04日
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ステファニーとクリストフ、ナターシャを乗せた馬車がエカテリーナ宮殿に着くと、そこには金の装飾品やクリスタルでできたシャンデリアなど、煌びやかな調度品で飾られた広間で踊る貴族達がいた。「なんだか緊張してきました・・」「大丈夫よ。」ナターシャはそう言ってステファニーの手を握った。ナターリアは気心の知れた友人達と雑談しながら、アレクセイの方を時折チラリと見ていた。アレクセイは白い軍服を着込み、シャンデリアの光が輝く度に、彼のブロンドの髪がキラキラと輝く。彼はあのクソ生意気な小娘-アレクサンドラと踊っていた。名門の家に生まれたことを何かと鼻にかけ、欲しい物を手に入れてきた娘。ナターリアと目が合うと、アレクセイの肩越しに勝ち誇った笑みを浮かべた。(いつか痛い目に遭わせてやるわ。)ナターリアがアレクサンドラを睨みつけていると、入り口の方が騒がしくなり、見てみると、アレクサンドラとそっくりな娘がボロヌスキー伯爵の1人息子・クリストフとともに入ってきた。娘は頭に真珠とダイヤが散りばめられたティアラを載せ、真珠のネックレスを身につけたその姿は、一瞬どこかの国の皇女かとナターリアは思った。娘は優雅に、皇帝陛下の元へと歩いていく。無事ロシア皇帝・アレクサンドル2世への拝謁を終えたステファニーは、クリストフとワルツを踊った。踊りの輪の中で、アレクサンドラがアレクセイと踊っているをステファニーは見た。アレクサンドラと目が合うと、彼女はステファニーに向かって含み笑いをした。その笑みが、妙にひっかかった。踊りが終わり、ステファニーはアレクサンドラのいる方へと歩いていった。「あら、お久しぶりね。こうして会ったのは、ホーフブルクの時以来ね。」アレクサンドラはそう言ってニッコリとステファニーに笑った。「お久しぶりね。」「エドガーさんをここに連れてきてるわ。ほら、あそこ。」ステファニーはアレクサンドラが指さす方向へと歩いていった。一方エドガーは令嬢達に取り囲まれ、困っていた。サンクトペデルブルクの宮廷で、令嬢達の噂話の話題に上っているのは、ルドルフ皇太子と江戸ガーのことだった。なので噂話で話題になっているエドガー本人が宮廷に現れて、令嬢達のテンションは一気に上がり、エドガーを逃がさぬように彼の周りを取り囲んだ。「エドガー様、ウィンナ・ワルツを教えてくださいな。」「エドガー様、是非わたくしのお茶会にいらして。お待ちしておりますわ。」「あら、わたくしのお茶会の方が楽しくてよ。」「エドガー様!」令嬢達の誘いを断ろうとエドガーが口を開こうとしたとき、背後から声がして振り向くと、そこには息を切らしたステファニーが立っていた。「エドガー様、お会いしたかった!!」「ステファニーさん!!」令嬢達が唖然とする中、ステファニーとエドガーは抱き合った。にほんブログ村
2012年03月04日
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「ふぅ、疲れた。」お茶会が終わり、ステファニーはリビングのソファであくびをした。「ステファニーさん、気を抜いてはダメよ。誰かに見られているかもしれないんですからね。」そう言ってナターシャはステファニーを睨んだ。「すいません・・緊張が解けたのでつい・・」「まぁ、無理もないわね。わたくしも若い頃はいつも緊張の連続だったもの。今夜は宮廷に出向いて陛下にご挨拶をしないとね。」「お茶会でも緊張するのに・・陛下の前では何もしゃべれなくなってしまいそう・・」ステファニーはそう言ってロンドンで社交界デビューした時のことを思い出した。ビクトリア女王はステファニーに優しかったが、ロシア皇帝はどうなのだろうか。「少し部屋で休んでおきなさい。そんなに緊張でガチガチでは、不安で死んでしまうわ。」「はい・・」ステファニーは部屋に戻り、ベッドに身を沈めた。何時間、寝ていただろうか。起きると何故か、枕元が濡れていた。とても悲しい夢を見たが、内容は何故か覚えていない。「ステファニー様、入りますよ。」ドアがノックされ、メイドが入ってきた。「今日のドレスはいかがいたしましょう?」「ちょっと待っていて。」ステファニーはそう言って旅行鞄の中からウィーンでゾフィーに貰い、大切に入れておいたドレスを取り出した。「これにするわ。」「かしこまりました。アクセサリーはどうなさいます? このドレスに似合うティアラなどがございますが。」「持ってきて頂戴。」数分後、メイドが宝石箱を大事そうに抱えながら入ってきた。中を開けると、そこには真珠とダイヤが散りばめられた美しいティアラがあった。「よくお似合いですわ。まるでどこかの国の皇女様のようですわ。」「ありがとう。」「素敵な夜をお過ごしくださいませ。」メイドに見送られ、ステファニーはクリストフとナターシャが待っている玄関ホールへと向かった。「お待たせしました。」「まぁ、綺麗だこと。まるでどこかの国の皇女様のようね。」ナターシャはそう言って目を細めた。クリストフはステファニーのあまりの美しさに目を合わすことができないでいた。「どうしたの、クリストフ? ステファニーさんのあまりの美しさに目が眩んだの?」「そんなことは・・」「じゃあ見てごらんなさいな。」クリストフが顔を上げると、そこには薔薇色のドレスを着たステファニーが、自分に向かって微笑んでいた。それを見たクリストフは、顔が徐々に赤くなっていくのがわかった。同じ頃、シャウチェスク伯爵家では、ロイヤルブルーのドレスに真珠のネックレスをつけたアレクサンドラが、鏡の前でポーズを取っていた。「エドガーさん、どう? 似合うかしら?」そう言ってアレクサンドラは紺色の燕尾服を着ているエドガーに向かって微笑んだが、彼は窓を見ていた。「今夜が楽しみだわ。あなたのエスコートで現れたら、みんなどんな反応を示すかしら?」アレクサンドラはエドガーの腕に自分の腕を絡めながら言った。「私に触るなと言っただろう?」エドガーはそう冷たく言ってアレクサンドラの腕を振り払い、部屋を出ていった。「ちょっと、どこ行くのよ!」「私は先に行っている。君はゆっくりとしていろ。」エドガーは一度もアレクサンドラの方を振り向かずに玄関ホールに向かっていった。「何よ・・そんなにあの子が好きなわけ?」自分を無視したエドガーに腹を立て、アレクサンドラは階段の手すりを蹴ったが、当たり所が悪くてますます機嫌が悪くなっただけだった。「もう時間ね。行きましょうか。」ナターシャはそう言って馬車へと向かった。玄関ホールには、ステファニーとクリストフだけが残された。「ステファニー、あの・・」「なぁに?」「今日の君、とっても綺麗だよ。」クリストフは顔を赤らめながら言った。「ありがとう。」「い、行こうか。」照れくさそうに言いながら、クリストフはステファニーに手を差し伸べた。ステファニーはその手を握り、ともに馬車へと向かった。にほんブログ村
2012年03月04日
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ナターリアはアレクセイの登場でテンションが上がり、その夜はウキウキとした気分で帰宅した。アレクセイは自分の夫にふさわしい。あれほどハンサムで、優しい人はいない。年齢は14ほど離れているが、年の差なんて愛で乗り越えればいいのだ。現在22歳のアレクセイは、ロシアで五指に入るほどの名門貴族・シェルスタイン家の嫡子で、幼い頃から優秀で、13歳の時に士官学校に入学し、優秀な成績を修め、首席で卒業した。ピアノやヴァイオリンの腕も一流で、パリ音楽院からお声がかかったことがある。レディに対してはいつも紳士で、優雅な物腰。今アレクセイは、令嬢達のアイドル的存在だった。そのアレクセイを自分の夫として迎えたら、これ以上の幸せはないだろう。いままでさんざん男に泣かされてきたぶん、今度こそ幸せな結婚をするのだ。アレクセイを手に入れるためなら、どんなことだってする。(アレクセイは私にとって運命の人・・この恋、なんとしても成就させるわ!!)ナターリアはそう心に決め、ベッドに入った。翌日、ボロヌスキー伯爵家でお茶会に招かれたナターリアは、そこでアレクセイとキャラメル色の髪をした少女を見かけた。キャラメル色の髪は太陽の光に当たると蜂蜜色に美しく輝き、まるで妖精の羽のようだった。ブルーの瞳は、晴れた日の海のような濃くて美しい色をしていた。(あのクソ生意気な小娘に憎らしいほど似てるわ。それにしても、なんて綺麗な子なのかしら。)女の自分でもうっとりするような美しさを持つ少女に、ナターリアは少し嫉妬した。それは、少女と話している時のアレクセイの表情は、昨夜ナターリアに挨拶した時とは違い、始終穏やかに見えたからだ。社交辞令の微笑みではなく、心から嬉しいと思っている微笑みーアレクセイはその笑みを始終少女に向けていた。彼女はアレクセイと年が近いし、それよりも自分よりも若く輝いている。(負けないわ・・)新たなるライバルの登場に、ナターリアは扇子を握りつぶした。にほんブログ村
2012年03月04日
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アレクセイがクリストフの家を立ち去ったのと同じ頃、ロシアのある貴族の邸では、華麗な舞踏会が行われていた。その中で、ナターリアは舞踏会に出席している貴婦人や令嬢達の誰よりも美しく着飾っていた。絹糸のような艶やかな亜麻色の髪は美しく結い上げられ、白鳥のような美しく伸びた首には大粒のダイヤモンドのネックレスをつけ、透き通るような白い肌には裾にダイヤを縫い付けたロイヤルブルーのドレスをまとっていた。美しいナターリアに、男達は皆、目を奪われた。(ふふ、私はまだまだいけるわ。)背後に男達の視線を感じながら、ナターリアはそう思ってほくそ笑んだ。今度こそいい男と結婚しなくては。ナターリアは男運がなかった。初めて付き合った男はいつもナターリアに優しかったが、酒を飲むと人格が変わり、ナターリアに暴力を振るった。ナターリアは彼を酒から遠ざけようとしたが、無駄な努力だった。2人目の男は酒を飲まず、暴力も振るわない優しい人だった。だがギャンブル癖があり、多額の借金をいつも作っては、ナターリアの金をあてにしていた。3人目の男で最初の夫は、酒もギャンブルもしないが、女たらしだった。夫との結婚生活は3ヶ月で終わった。(私はどうして、男運がないのかしら?)ナターリアが溜息をついている時、広間の入り口の方で令嬢達の黄色い悲鳴が上がった。ナターリアが入り口へと向かうと、ブロンドの髪をなびかせて、アレクセイが現れた。「アレクセイ様~」「こっち向いて~」令嬢達は若い将校の登場に令嬢達は色めき立った。「アレクセイ様v」令嬢達を押しのけ、ナターリアはアレクセイに微笑んだ。「ナターリア様、ご機嫌よう。今夜はいつにもましてお美しい。」アレクセイはナターリアの手に接吻して、花のような笑顔を彼女に浮かべた。(決めたわ、私の夫はこの方よ!)ナターリアに4度目の春が訪れようとしていた。にほんブログ村
2012年03月04日
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「ステファニーさんから離れろ、アレクセイ!」クリストフはそう言ってアレクセイに殴りかかった。だがアレクセイはクリストフのパンチをかわし、彼の腹に強烈な膝蹴りを喰らわした。クリストフは咳き込み、床に倒れた。「いきなり殴りかかるなんて、それでもお前は紳士か、クリストフ?」前髪を掻き上げながら、アレクセイはそう言って咳き込むライバルを冷たく見下ろした。「クリストフさん、大丈夫!?」ステファニーはアレクセイの鳩尾に肘打ちを喰らわし、クリストフに駆け寄った。「大丈夫だよ。それよりもアレクセイに変なことされなかった?」「大丈夫よ。彼は私に会いに来ただけ。」「こんな時間に人を訪ねるなんて・・それでもお前は紳士か、アレクセイ?」クリストフはそう言って悔しそうな表情を浮かべているアレクセイを見た。「私はステファニーさんに用があるんだ。君は引っ込んでてくれないか。」アレクセイはクリストフを睨みながら、2人の方に向かっていった。「これ以上僕たちに近づいたら、その首掻っ切ってやる。」クリストフは殺意に満ちた瞳でアレクセイを睨んだ。「よそうじゃないか、こんな時間に騒ぐのは。」溜息をつきながら、アレクセイはクリストフの肩をポンと叩いた。「ステファニー様、またお会いいたしましょう。」アレクセイはステファニーの手に接吻して、客間を去った。「二度と来るな!」 クリストフはそう叫んでアレクセイめがけてクッションを投げつけたが、それがアレクセイの頭に届く前に、客間のドアが閉められた。にほんブログ村
2012年03月04日
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ステファニーが客間に入ると、そこには昼間カフェで助けてもらった青年が椅子に座っていた。「こんな夜中にご訪問なさるなんて、どういう風の吹き回しなのかしら?」熟睡していたところを起こされ、ステファニーは不機嫌そうに青年に言った。「お休みのところを申し訳ない。 人目あなたにお会いしたくて、こうして参りました。お許しを。」そう言って青年はステファニーを抱きしめた。「何をなさるの、離して!」「いいえ、離しません。 あなたが全てを思い出すまでは。」「なに・・何を言っているの?」「私を思いだしてくれないのですか?」「いやっ、離してっ!」ステファニーは青年を突き飛ばそうとしたが、逞しい青年の身体はビクともしない。クリストフはその夜はなかなか眠れず、書斎で好きな本を読んでいた。少し眠くなってきたので部屋に戻ろうとしたところ、客間の方から叫び声が聞こえた。ドアノブの隙間から覗くと、見覚えのある顔がステファニーに抱きついていた。それを見た瞬間、クリストフの頭に血が上った。にほんブログ村
2012年03月04日
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「おばあさま? どうしたんですか?」ステファニーを前にして、ボーッとしているナターシャに、クリストフは声を掛けた。「あら、ごめんなさい・・あなたと前から会ったような気がして・・」「そう・・ですか。」「こんなところではなんだから、場所を変えましょうか。」ナターシャはそう言ってステファニーの手を取り、書斎を出ていった。「どうしたんだろう、おばあさま。」クリストフは首を傾げながら2人の後について書斎を出ていった。3人は、薔薇が咲き誇るティールームで、冷たいレモンティーとクッキーを味わった。ステファニーはロンドンでエドガーと出会ったこと、ウィーンでエドガーがさらわれ、ロシアまで来たことなど、これまでの経緯を全てナターシャとクリストフに話した。「そう、そんなことがあったの。エドガーさんが見つかるまで、ここでゆっくりしていなさいな。ところで、彼のフルネームは、何て言うの?」「エドガー=フィリップ=ロートリンゲン=フォン=セルフシュタインです。それが何か?」「セルフシュタイン家といえば名門中の名門ね。あのハプスブルク家から枝分かれしたものだと言われてるほどよ。彼のフルネームが判ったなら、見つけやすいかもね。」「そうですわね。」「今日は色々と大変だってでしょうから、部屋でゆっくりと休みなさいな。」「わかりました。優しいお心遣い、感謝いたします。」ステファニーはそう言ってナターシャに頭を下げ、ティールームを出ていった。用意された部屋は、薔薇の壁紙で飾られ、カーテンやベッドの天蓋はレースだった。ナターシャがティールームに向かう途中、メイドに頼んでステファニーのために急遽部屋を用意させたのだろう、カーテンもベッドの天蓋も新品で、染みひとつなかった。(最初会ったときは恐いばあさんかと思ったけど、優しいとこあるんだな。ここでしばらくゆっくりしながら、エドガーを探そう。)その夜、ステファニーがベッドでぐっすりと眠っていると、ドアがノックされた。「なぁに?」眠い目をこすりながら、ステファニーはベッドから降りて、ドアを開けた。「申し訳ございません、ステファニー様。ステファニー様にお会いしたいと言って、お客様が・・」メイドがすまなそうな表情を浮かべながら、ステファニーに言った。「お引き取りするようにいって。」「それが、もうお通ししてしまいまして、客間の方でお待ちしております。」「今から支度するから、少し待っててとお客様に伝えて。」
2012年03月04日
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「ここが僕の家だよ。」 クリストフに連れられてステファニーがやって来たのは、卵色の上品なルネッサンス様式の邸宅だった。「クリストフ様、お帰りなさいませ。」クリストフとステファニーが玄関ホールにはいると、メイド達がクリストフを迎えた。「ただいま。おばあ様は?」「大奥様なら、書斎にいらっしゃいます。」「わかった。行こう、ステファニー。」そう言ってクリストフはステファニーの手を掴み、螺旋階段を上がった。階段から向かって左側に、書斎はあった。「おばあさま、入りますよ。」「お入りなさい。」奥から優しそうな女性の声がした。ドアを開けると、そこには天井までの高さがある本棚と、たくさんの本があった。本棚の側に置かれている椅子に、糊のきいた白いブラウスに、コバルトブルーのロングスカートをまとった白髪の女性が座っていた。「おばあさま、ただいま戻りました。」「お帰りなさい、クリストフ。 その方は?」女性は椅子から立ち上がり、ステファニーを見た。「この人はさっき道でバッグをすられて、僕が助けたんだ。なんでも、人を捜してるんだって。」「そう・・あなた、お名前は?」「ステファニー。ステファニー=セルフォードと申します。」ステファニーはそう言って女性に頭を下げた。「顔を見せなさい。」ステファニーが顔を上げると、女性はハッとしたような表情をした。にほんブログ村
2012年03月04日
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レパードは人質のいる部屋から泣きながら出てくるアレクサンドラを見た。「どうした、“ルビー”?」話しかけると、アレクサンドラは目を真っ赤にさせて自分に抱きついてきた。「レパード、聞いてくれる? あの人に“サファイア”が男だってことバラして、押し倒そうとしたら、私を突き飛ばしたのよ!」「馬鹿な奴め。男を押し倒すなど。レディのすることか。」「だって、私彼が欲しかったんだもの!」「欲しい物を手に入れたいなら、頭を使え。押し倒されて大抵の男はいい気はしない。 そのことを頭に入れ、お前はあの男を手に入れることだけを考えろ。」「・・わかったわ、レパード。」アレクサンドラは涙を拭った。「ねぇ、もう1人の“私”はどこにいるのかしら?」アレクサンドラはそう言って窓からサンクトペテルブルクの街を見た。「・・さぁな。」「この街にいたんなら、殺してやるわv」アレクサンドラは笑いながら、自分の部屋に入っていった。にほんブログ村
2012年03月04日
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(あ~、食った食った。)カフェでたくさん食べたステファニーは満足してカフェを出た。(これから安く泊まれるとこ探そうかな。)春は終わり、ロシアに短い夏が訪れようとしていた。ステファニーは日傘を差しながら、安いホテルを探した。だが、なかなか見つからず、ステファニーは公園のベンチに座り、休憩を取った。(1人旅ってのは、キツイな。金がないからどこも泊めてくれねぇし・・)ステファニーがため息をついていると、突然茂みの中から男が出てきて、ステファニーのバッグをひったくった。「泥棒!」ステファニーはベンチから立ち上がって泥棒を追ったが、ヒールを履いた足では男に追いつけるはずもなく、あっというまに男との距離は開いていく。<泥棒よ、誰か捕まえて!>ステファニーは声がかれるまで通行人に叫びながら走った。泥棒は走るスピードを上げて入り組んだ路地の方へ走ろうとしていた。ステファニーがそれを見て泥棒を追うのを諦めようとした、その時。泥棒の前に、突然1人の少年が現れた。「君、あそこのレディにバッグを返したらどうだい?」少年はボサボサの黒髪を掻きながら言った。「うるせぇ、てめぇはひっこんでろ!」泥棒はそう言って少年を突き飛ばそうとしたとき、目の前の風景がぐるぐると回った。「・・ちくしょう!」「これ以上悪いことはしないようにね。」少年は走り去っていく泥棒を見て言った。「あの、バッグ取り返してくれてありがとうございます。」ステファニーは少年に礼を言って頭を下げた。「いえ、僕は当たり前のことをしただけで。はい、どうぞ。」少年はそう言って泥棒が落としていったバッグを拾い、ステファニーに渡そうとした。だがステファニーのあまりの美しさに心を奪われ、ボーッとしてしまった。「どうしました?」「いっ、いえ、なんでもないです。どうぞ。」「ありがとう!」ステファニーは少年に微笑んだ。少年はその花のような笑顔を忘れなかった。「ここで会ったのも何かの縁だし、自己紹介するよ。僕はクリストフ。君は?」「ステファニーよ。ロンドンから来たの。」「ロンドンから? 随分遠いところから来たんだね? ロシアには旅行で来たの?」「それが・・ある人を捜してるの。」「僕でよければ、力になってあげるよ。」クリストフはそう言ってステファニーに手を差し伸べた。「よろしくね、クリストフ。」にほんブログ村
2012年03月04日
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ステファニーは腹が減っては戦ができぬと思い、近くのカフェで食事を取ろうとした。 だが昼時のカフェは人がごった返していて、席に着くのも一苦労だった。席についても、ウェイトレスがなかなか来ず、ステファニーはイライラした。<すいません、すいません!> いつかロシアに行く機会があるだろうと、幼い頃ロシア語を習っていたので言葉には不自由しないが、何度ウェイトレスに呼びかけても、ウェイトレスは一向にステファニーの方へ来ようとしない。(一体何なんだ? 態度悪ぃなぁ、ここの店員。)たまりかねたステファニーが席を立とうとすると、その肩を誰かが押さえた。ステファニーが顔を見上げると、肩にいくつもの勲章を下げた白い軍服姿に身を包んだ金髪碧眼の青年が立っていた。<君、さっきからこのご婦人が呼んでいるのが聞こえないのか?>青年はそう言ってウェイトレスをねめつけたが、ウェイトレスは仲間と雑談していた。青年が指を鳴らすと、店の奥からカフェの支配人と思われる、蝶ネクタイをしたハゲ頭の親父が出てきた。<あの子をクビにしてくれ。客を敬わないウェイトレスはこの店に必要ない。>支配人は青年の言葉を聞き、頭を下げながら何かを言った。支配人が再び店の奥へと消えると、青年はステファニーに向かって訛のない英語で言った。「先ほどここの支配人と話をして、あのウェイトレスを辞めさせるそうです。彼女は以前から客への態度がひどいから、頭痛の種だったと言っていました。今から彼が注文を取りに来るそうです。」「そうですか・・助けてくださって、ありがとうございます。」ステファニーは青年に頭を下げた。「私は当たり前のことをしたまでです。ではこれで失礼。」青年はステファニーに微笑んで、店を出ていった。(あの若さで結構出世してるんだなぁ・・それにしてもイケメンだったなぁ。どこのどいつだ? ま、また会えるとも限らないしな。)<いらっしゃいませ。ご注文をお取りするのを遅れまして大変申し訳ございませんでした。 ご注文は何にいたしましょう?><本日のオススメは何かしら?><本日のオススメはブーフストロガノフとピロシキです。><では、それをちょうだい。>ステファニーはニッコリして支配人に言った。にほんブログ村
2012年03月04日
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10日間の長い旅を終え、ステファニーはロシアの帝都・サンクトペテルブルクに到着した。エドガーを拉致した男の居所はわからず、ロシアは広い。それに寝泊まりする宿や食べる物を、旅費からまかなえるのか不安だ。ロンドンから持ってきた旅費の大半は、ウィーンで使ってしまい、ロシアに着く頃には数えるほどしか残っていない。ロシアには親戚も、頼れる人もいない。ステファニーは人混みの中にいて、始めて心細く感じた。ロシアでは、自分は1人ぼっちなのだ。にほんブログ村
2012年03月04日
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「既成事実を作る?冗談はよしてくれ。」エドガーはそう言ってアレクサンドラを突き飛ばした。「あら、照れてるのね。可愛いv」アレクサンドラは笑いながらエドガーにしなだれかかった。「あんな男のことなんか忘れて、私と一緒になりましょうよ。あなたを騙した奴なんて、最低よ。」「・・れろ」「え?」「私から離れろ!」エドガーはアレクサンドラを突き飛ばし、驚いている彼女を冷たく見下ろした。「私はステファニーさんを愛している! たとえステファニーさんが男でも、私はステファニーさんを愛する!」「そんな・・」「わかったらさっさと服を着て私の前から消えろ。」 アレクサンドラはエドガーに相手にして貰えなかった悔しさに身を震わせ、服を着てエドガーの部屋から出ていった。にほんブログ村
2012年03月04日
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「う・・ん・・」エドガーはあまりのシャンデリアのまぶしさに目を開けた。「気がついた?」目の前に、一糸まとわぬ姿をしたステファニーが立っていた。「ステファニーさん!?」「いいえ、違うわ。私は女よ。あの人は男でしょ?」そう言ってステファニーに似た少女は笑った。「ステファニーさんが、男?」「ええ、そうよ。あなたはわからなかったかもしれないけれど、あの人は男なの。」「じゃあ、どうしてご婦人の格好を・・」「さあね。それより自己紹介させてくれない? 私はアレクサンドラ。」「私はエドガー。どうして裸なんだ?」「決まってるじゃない。」アレクサンドラはそう言って、エドガーを長椅子の上に押し倒した。「既成事実を作るためよ。」にほんブログ村
2012年03月04日
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