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昨日は、このレイバーデー3連休の前の金曜日 仕事も終わりいつも通りエクササイズへいった 今回の3連休はきっとここデンバーでは最後の暖かい3連休だと思ったので3日とも子供たちと楽しいことをしようと旦那と計画していた その初日、土曜日はここの近くのテーマパークとウォーターパークが一緒になったElitch Gardenに初めて子供たちを連れて行こうとチケットも買って、ランチのことを考えながらエクササイズをしていたら... 私の携帯がなった 学校からだった ”お宅のXX君が今オフィスにいるんですけどどうも、手首の骨を折ったようなんですが・・・” 急いで車に乗り込んでそこから旦那に電話をしてそれからホームドクターに電話をして長男君に電話をして学校の入り口を入ったとたん 次男坊の泣き声.. ”ぎゃ~~~~えんえんえんぎゃ~~~痛い~~~” 即効で中に入って泣いている次男坊のそばに行ったら右手の手首のところにタオルで巻いた氷が乗っていたおそるおそるそのタオルを取ってみたら まっすぐのはずのひじから手首までの骨が手首より5CM上のところでカーブしている明らかに骨折 話によるとモンキーバーで遊んでいてそこからジャンプして着地に失敗して手をついたらしい 次男坊はきっと痛さとショックとなんて馬鹿なことをしたんだという罪悪感でぎゃんぎゃん泣くばかり... それから、旦那と連絡をとって近くの救急病院へ連れて行った 普段だったらERへ行くときは4-5時間の待ちは覚悟しなくてはいけないんだけどそれは平日の夕方4時ごろだったのでERにはいってすぐにナースの人が私が書類の手続きをしている間に中へ連れて行ってくれてすでにレントゲンをはじめてくれた すぐに先生が来てレントゲンを見せてくれたんだけど手首につながる二本の骨のうち一本がぼっきりと折れているだから、手首のちょっと上のほうが波を打ったようにカーブして見えたのだ それから、小児整形外科の先生を待つこと一時間 次男坊は痛み止めの薬で痛みも治まりひとりでぶつぶつと ”もうぜったいモンキーバーはしないんだ.....僕絶対骨を折るような気がしたんだ.....”って それを見ながら私思っていたんだけど これってやっぱり、蛙の子は蛙?? 私も小さいときはとてもおてんばな(いまでも??)子供でいつも外で走り回っていて、遊ぶのはいつも男の子と野球だの、サッカーだのそんなことばかりしていた その私も2回ほど腕の骨を折っているの 一回めは小学校の一年生で左うで 二回目は二年生のときになんと次男坊と同じ右手の手首を折ったの その当時、その小学校の近くには一軒しか大きい病院がなくてうちの父はそこに勤めていたの 父は、あさご飯を食べていたら病院から急患だって電話があって朝ご飯を食べないで病院へ行ったら自分の娘がそこに座ってたって.... その次の年、私はおでこを切る怪我をやはり学校でしておでこからは血がだらだら...保健室できれいにしてもらって病院へ連れて行ってもらったらそこで待っていたのは又...うちの父 ”まったくお前は...エネルギーがあまりすぎてるんだな”と、半分あきれ顔、そして半分笑いながらおでこを縫ってくれた記憶がある そしてうちの旦那も若いころからいろいろスポーツをやって折った骨は16箇所もあるらしい やっぱりこれは遺伝なのか.. だから、私たちのとっては骨折はあまりたいしたことではないのだけれど... そして次男坊は来てくれた小児整形外科の先生に骨を元の通りにラインアップしてもらって だけど来週にならないとギブスはできないらしい 骨を折ったのでその周りの筋肉が腫れていてその腫れが引くまではギブスができないらしい 来週にはそのギブスをしてもらうんだけどこちらにギブスは色がいろいろカラフルでそれを自分で子供たちが選べるらしい そして、そのギブスに友達がいろいろとメッセージとかサインとかをしてくれるのがこちらのトラディッショナルらしい まあ、ここ2ヶ月ぐらい右利きの彼はとても不便な生活を強いられるんだろうけれどまあ、それは仕方がないよね そして、その話を電話で母にしたら ”あら~~あなたたちおんなじ年に同じところを折ったの???まあ~~これは遺伝ね” なんてのたまっていた..... だけど、この話きっと天国にいる父に言ったら 大爆笑 されると思う だって、私のおてんばも語り草になっているんだけどこの親にしてこの子あり...だもんね だけど、男の子は元来活動的だしこのぐらいですんでよかったと思っている これで、頭から落ちたとか どこかを切って縫わなきゃいけないとかよりは骨折のほうが気分的に楽 それにもしかしたら今日の土曜日にElitch Gardenに行ってたらもっと大きな怪我をしていたかもしれないからこうやって前の日にこうやって怪我をしたのかもしれない なんて、考えると本当にこれですんでよかった(自分でも驚くほどの前向きさ...) それに、これでも私は経験者彼の気持ちもよーくわかっているつもりだから これからの2ヶ月2人3脚でがんばらなくちゃ
2008.08.31
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昨日の日曜日 午後から、子供たちがプールへ行きたいって言ったから私もエクササイズがてら近くのレックセンターへ行ったのうちに帰ったのが5時半ぐらい 急いで夕食の支度をしていたら旦那がベースメントからあがって来て ”ちょっとすぐに隣町のP市まで行ってゲームをピックアップしてくれないか??俺はもうビールを飲んでいるから運転できないからそこは6時で閉店するんだけど君が行くまで待っててくれるから...”って ”そんなこといわれても...夕食の支度だってしなくちゃいけないし 今は5時38分だよ~~間に合わないよ~P市までなんて” ”大丈夫~マップクエストによると19分しかかからないから” といって私に地図をよこした まったく、いいかげんししろよ~~と思ったんだけどまあ、日曜日だしいいか~と思って車でとりに行ってあげることにした そしたら、子供たちも一緒に来るって聞かないのだって、そのゲームが子供たちもしたいって言ってたゲームだから しょうがなく車に子供たちと乗り込んでうちから西の方角にあるP市へと向かったの そのP市に向かって行くとそのP市の方は真っ黒い雲がそのあたりを覆い でも、ここ標高1700M以上の地ではこの時期には午後になると雷雨になることが多くその黒い雲もそんな珍しいことではないのでそのまま車を走らせていた そうしたら、友達から電話があって ”そちらの天気はどう?”って ”ん~~いま、P市に向かっているんだけれどそこら辺一面黒い雲に覆われているけれど雨も降ってないし雷もまだ見えないよ”って ”え~~いまそのちょっとP市の近郊には竜巻警報が出ていてそのP市でちょっと前に竜巻が確認されたんだよ~ちょっと早くUターンして戻ったほうがいいよ” ”げ~~~あ..そうなの??(ちょっとあせっている...)わかった...ありがとう....ちょっと様子を見るわ” って電話を切ったんだけどもう、私は怒りの鉄拳@@@### 即刻うちの旦那に電話して ”あんたね~~いまP市には竜巻警報が出てるって知ってた?よくもまあ、こんなときにゲームなんてピックアップさせにこんなところによこしたわね~~” 旦那...真っ青....(だと思う....) インターネットとかでそこいら辺の天気の状況を調べてたんだけどそれによるとそのP市よりももっと南の方だって出ているらしい そしてその上、その旦那にもらって地図にしたがってその店を探しているんだけどそのような名前の店はそこら辺には存在しないし 私は半分パニック状態で だけど、何かあったらそのすぐ近くに大きいコンクリート作りのホームセンターがあるのでそこに子供たちをつれて逃げ込もうと思っていた なんだけど、そこのショッピングセンターをその店を探して徘徊していたんだけど人々はきわめて普通にしている 普通に車を運転していて普通に道を歩いていて普通にショッピングしていた だから私もじゃあ...と思ってその店をやっとのおもいで探し出し(その地図に示されているところより5マイルも先だった) そのまますたこらさっさとP市を後にして家へ戻った そhして、帰ってから旦那に文句言いまくり 地図は間違っているしその地図に正しい住所は載ってないし電話番号さえもくれなかったしそんな竜巻警報の中ゲームなんてとりに行かせるな~ 旦那は昨夜はとっても反省ムードだけど、竜巻警報なんて出てなかったってそればっかり... そして今日の朝のニュースで 昨夜は何箇所かで竜巻が確認されそのうち何個かが上陸したとのこと そのうちのひとつ.. P市....5:28PM上陸... げ~~~私たちが家を出る10分前.... こわ~~~~ そしてその話を今日の仕事場での話 そのP市に住んでいるうちのマネージャーが 昨日は怖かったわよ近所の人から5時過ぎに電話がかかってきて外を見て...竜巻だわって言うから窓の外を見たら本当に竜巻が見えるのよちょっと距離はあったけどねだからすぐさまベースメンとに逃げたわよ~って だから、昨日の話を彼女にしたら ’あなた~~危なかったわね~~うちから本当に見えてたのよ~~” って ちなみに彼女の家はうちからP市へ行く道沿いのもう少し私の家に近いほうなの げ~~~ あらためて....冷や汗... 特に子供を連れていたから何かあったらどこへ逃げようってそればっかり考えていた だけど、ここコロラドは竜巻はあまり珍しいことではないのだけれどやっぱりこんな近くに来るとやっぱり冷や汗 車を運転しながら映画”Tornado”の牛が竜巻に巻き込まれて飛んでいくシーンを想像してた... これでなんかあってたら本当に笑い話じゃないよねゲームをピックアップしにいって竜巻に巻き込まれたなんて... いや~~怖かったです 冷や汗ものでした でも何もなくてよかった 電話してくれたAちゃん、ありがとう~
2008.08.26
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ふつか前に禁煙3年目を迎えたんだけど まあ、これも喜ばしいというか悲しいというか 3年目のあの日アメリカから日本へ里帰りをしていた私と子供たち その日がちょうどアメリカへの帰国の日だった 朝の飛行機に間に合わせようと朝ごはんを食べ荷作りをしていたとき さっきまでとなりで一緒に朝ごはんを食べていた妹がソファーの上で息絶えていた 何が起こったのかわからなかった おろおろしながらただ、その光景を見て呆然とするばかりだった その間に救急車が家の前に止まり隣近所の人たちが野次馬で集まってきて 父も母ももちろん半狂乱の状態で妹の名を呼び続けたけど彼女はもう帰らぬ人だった 子供たちには彼女のその姿を見せたくなかったので泣く泣く子供たちをつれてタクシーに乗り込んで空港へと向かった そのときの私の頭の中は 子供たちにはショックを与えてはいけないって子供たちにはこの光景を見せちゃいけないって(ちょうどそのとき子供たちは別の部屋でテレビを見ていた) それだけだったんだけど当の私が一番ショックを受けていたと思う 帰りの飛行機の中でも涙は止まらずうつらうつらと夢の中にいるような状態で その朝の光景が何度も何度も頭の中を駆け巡り それでも、これが夢だったら早く醒めてほしいって何度も思ったんだけどこれは悲しい現実で そのうえ何ものどを通らないというのはこういうことなんだという経験を初めてした とにかく食べ物がのどを通らなかった夜は夜で眠れなかった そして、その日から煙草が吸えなくなった だから妹の命日は 私の禁煙記念日でもある それまで、何度となく禁煙を試みたんだけど意思の弱い私はいつも途中で挫折した それだけそのときに精神的に受けたショックは計り知れなかったんだろうと自分でも思う その後しばらくしてに私はそのときのショックが尾を引いてパニック障害なのか鬱なのか ちょっと心が立ち直れなかった時期があってカウンセラーのところに通っていたんだけど そのカウンセラーの先生が ”煙草をやめられたのは妹さんからあなたへの贈り物だって思わなくてわね...” って言っていたのが今でも忘れられないその当時うちの旦那も喫煙者だったんだけど彼も半年ぐらい前に大きな背中の手術をして医者に禁煙を勧められていたんだけど なかなか、夫婦で喫煙しているとひとりがやめたくてももうひとりがやめる気がなければその意思を貫くのはとってもむずかしい そんなときに私がいきなりそんな状態になってうちの旦那もそれから2週間ぐらいしてぱったりやめた 私はそのショックで精神的に吸えない状態になったんだけどうちの旦那はコールドターキー... す...すごい... だから、毎年妹の命日が近ずくと彼女のことを思いながらそして、これで禁煙X年目って、いつも思う 今年もその日に母に電話をしふたりで妹のことを話しながら彼女を偲び 弟も弟で会社から早く帰ってきて家族と妹のことを思いながらその夜を過ごしたらしい ここコロラドはカリフォルニアに比べてまだまだ喫煙者も多いし喫煙者にとってまだまだ規則が緩めだけれど だけど煙草を吸っている人たちを見ると ”煙草はやめたほうがいいよ~~”って思う反面 それがどんなにむずかしいことか本当に私はわかっているから だけど、いまさらながら旦那とたまに言うんだけど ”煙草をやめて本当によかった...”って 煙草の値段はどんどん高くなるし喫煙者にとっての喫煙場所はどんどんなくなるし本当に百害あって一利なし 昔、雨の中傘を差しながら外で煙草を吸っていたときは本当に自分が自分で惨めだった ”なにやってんの???私???” って何度思ったことか だから毎年この日は 私にとって とっても悲しい日でもあるけれど 妹に感謝する日でもある そして今年で3年 きっと彼女も父と一緒にあちらの世界でしあわせにいるんだろうなあ そして私と旦那はこれからも悪い誘惑に負けないようにがんばらなくっちゃだわ..
2008.08.23
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長かった夏休みもやっと終わり先週からうちの長男君は8年生にそして次男坊は2年生へと進級し 私もそれと同時にまた小学校でのカフェテリアのパートタイムの仕事も始まって やっと普通の生活に戻れたって感じ でも、アメリカの新学期って何でこんなにお金がかかるんだろう??? まずは長男君のミドルスクールでは毎年新学期のためのサプライが約50ドルほどそのほかの祖浦学校の諸費用に100ドルほどそれから、毎年恒例の写真の撮影と購入で20ドルほどそれから、ファンドレイザーで今年は雑誌を売るとかでそれに協力して20ドルほど そうしていたら、スニーカーがもう小さくなってきてきついし Tシャツも小さくなってきたから何枚かほしいし それに、もうすぐ寒くなるからジーンズも何枚かほしいって いったいいくらかかるよ~~~ そしてそれが次男坊もだから2倍、2倍....(ふるい.....) でも、ここ本当に半年ぐらいあれよあれよというあいだに長男君は私の背丈を追い越し私よりも10CMぐらい背が高くなっちゃって 心なしかちょっとだけ声変わりも.....し始めてる??? 次男坊のほうといえば 去年までは朝は徒歩で学校まで連れて行き帰りは学校まで迎えに行っていたんだけど 今年からは2年生だし 近所の子供たちと一緒に朝も帰りも通学させることにした 母....少し寂しいけれどそのほうが次男坊にとっても楽しいだろうし 私にも少しは時間に余裕がができるから そして、うちの旦那といえば 6月から契約社員の仕事をしていたんだけどそれをしながらちょいちょいと正社員のインタビューへも行ったりしていたんだけど その間に、その契約社員で働いている会社から ”ちょっと予算の関係でここ何週間か週40時間なのを30時間にしてもらうから...”って そ....そんなあ.... だけど、結局旦那は正社員じゃないから何もいえないんだよね と....言っていたらその日の午後に地元の会社から正社員でもオファーがあったらしい(私は日本にいるときの話だったの) それから、その会社では身辺調査などをして近々その仕事も始まる予定 その会社も旦那の記録によるとレジメを出したのは6月の中旬 そして、インタビューがあったのがうちの母がここにいるときだから7月の中旬 そして今はもう8月も下旬に近いし 2ヶ月以上かかってる わ~~~長い... だ...だけど これでや...やっと普通の生活が戻ってくる...うれしい~~~~~ 本当のそれだけです ああ...うれしい..... これで、夜もゆっくり眠れそうだわ... は~~~ 皆様、いろいろとご心配をおかけしましたがやっとどうにかなりそうです だけど...長かった....
2008.08.20
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今週のなかばにやっと日本から帰ってきたんだけど 私の滞在中にメイルをくれた皆さんごめんなさい 私は日本にいる間コンピューターというものがなくだから、ネットというものがない生活をしていて だけど、慣れるとそんなに不便でもなくなるわけで... その分子供達とすごす時間がちょこっとだけ増えたみたい 今年も彼らにとっては楽しい楽しい日本の日々だったようで母としても今年の夏のお役目を無事に果たせたようで ほっと一息 子供たちはまだまだ時差ぼけでちょっとつらい日が続いているんだけど 来週の月曜日から彼らは学校 私は仕事なのでそれまでに立ち直ってくれよ~~ それでは今年の日本での思い出をちょっとだけ写真で 青森から出ている高速船に乗ってしばらくぶりで北海道へ 速かった.... これが誰だかわかる人はすごい... ヒントは次の写真 わかる人はわかるよね そして初体験 一泊、温泉のある旅館に泊まったんだけど この方達、たった日一晩の滞在で4回も温泉にいかれました ここの露天風呂は、海に続く砂浜の上にあるのでこれは4回行っても納得かな? ここがどこだかわかる人は上級者 青森駅で そうそう...この時期はねぶたの時期 東京から私達の規制にあわせて帰ってきてくれた弟家族と一緒に 私も20年ぶりぐらいに 跳ねてしまいました 弟家族の奥様とお嬢お二人は完璧にはまった模様 うちの子供たちも楽しかったみたい そうして、2週間の日本での滞在を終え帰国の途についたんだけど 長男君はもはや来年に焦点を絞っているし 次男坊は帰ってきたその日の夜にまた ”I miss Japan... I miss ばあちゃん... I miss らーめんと回転寿司(???)” と号泣してた... そして私はというと、今 ダイエット中(関係ないか....) だってやっぱり 日本はおいしかった から.... さあ、もう少しで普通の生活が戻ってくる 来年もまたみんなで楽しい時間がすごせるように仕事に励むことにしよう.. また、がんばるぞ~~~
2008.08.10
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