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Michel Pastoureau, "Formes et couleurs du desordre : Le jaune avec le vert",dans Michel Pastoureau, Figures et Couleurs : Etude sur la symbolique et la sensibilite medievales, Paris, 1986, pp.23-34. ミシェル・パストゥローの論文集『図柄と色彩―中世の象徴と感性に関する研究』より、「無秩序の形と色:黄と緑」を紹介します。これは、中世ヨーロッパで、軽蔑的なニュアンスをもった(紋章の)形、色について論じた論文です。アーサー王物語、聖杯物語の登場人物が紹介されているのですが、不勉強なもので、今回は固有名詞の日本語表記を調べていません。なので、概略のみ。いくつか小見出があるので、それにそって。<分別のない騎士>まさに、物語に出てくる人物(Sagremor)がどういう人物か説明されます。彼は気性が激しく、無秩序な人間、大食漢で、狂人fouとして現れるとか。<喧騒の紋章、あいまいさの紋章>上で紹介された人物に割り当てられる紋章の図柄として、ジロネ(放射分割)があります。文学上の紋章の中では少ないもので、円卓の騎士の物語では、他に一人しかこれはあてられないとか。ジロネは、無秩序、暴力、狂気を示すものだと説明されます。一方、ファッス(横帯)、エクシテ(市松模様)は、混乱を示す形だそうです。<狂気の色>上で紹介したジロネは変調を示す形で、Sagremorの紋章はまた黄と緑をしています。これらは狂気の色だといいます。16世紀には、狂人にとくにフランスとイギリスでは、狂人fouに黄や緑の服が着せられたとか。この習慣は18世紀にやっとやむようです。<両義性>色には両義性があり、黄や緑にも、良い黄や良い緑もある、ということです。黄の価値は、12-15世紀に低下していくといいます。黄色は不安、うそを示す色となり、娼婦らの色とされたとか。一方、似た金色の価値は高いです。緑にも、良いものと悪いものがあります。悪い面として、悪魔、嫉妬、崩壊の色、良い面として、若さ、望み、自由の色だそうです。<リズム、音、面>この節はよくわかりませんでした…。特に最初の方で、音と色の関係について論じられているところは。「音」といっても、具体的な音楽との関連が述べられているのではなく、「騒がしい」組み合わせがあるとか、そういう話でした。黄と緑があわさると、「まだら」「多色」であり、「多色」は軽蔑的な意味をもったそうです。といって、たとえば、それぞれ違う色のシャツ、ローブ、マントを着ることはこのように考えられず、三色が同じ(衣類の)面にあるとき、軽蔑的な意味をもったそうです。<恒久性?>良い黄色は赤に近く、良い緑は青(まれに黒)に近いということが紹介されたあと、いままで紹介してきた黄と緑(あるいは、黄緑)の軽蔑的な特徴というのは、長期間に及ぶ現象だということが説明されます。古代ローマでは、これらの色は滑稽、逸脱、無秩序の色とされ、サーカスの道化などはその色の服を着せられたとか。黄緑は、西洋の感性では、あまり広がらなかった色であり、また、悪く受け止められたそうです。ーーー(追記)中世の色の価値体系については、同じ著者による論文についてのこちらの記事を参照。色の両義的な意味についての表があります。ーーー著者ミシェル・パストゥローの本はいくつか日本語に訳されていますが、本論を読むにあたって参考にしたのは、パストゥロー(松村剛監修)『紋章の歴史-ヨーロッパの色とかたち』(創元社、1997年)です。図版が多く、ページ数も150ページほどでそれほど厚くなく、紋章の図柄と名称の一覧もあって、紋章について勉強するのに良い入門書になるのでは、と思います。…などといえるほど、私は紋章についてしっかり勉強しているわけではないですが…。↓(参考)ミシェル・パストゥロー『紋章の歴史-ヨーロッパの色とかたち』(記事はこちら)
2006.03.31
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荒木飛呂彦『ストーンオーシャン』(1~17巻)読了しました。『ジョジョの奇妙な冒険』第五部まではけっこう読んできているのですが、第六部は途中から話も知らなかったので、わくわくしながら読みました。個々のスタンドの能力は、もうややこしくて分かりにくいものが多々ありましたが、とにかく感動できる作品だなぁ、と感じました。さらにいえば、能力のわかりにくさのせいでしょう、なにがどう描写されているのか分からないようなコマもけっこうありましたが、そんなことはいいのです。登場人物一人一人の設定が、本当にしっかりされているのです(それほどではない人物もいるにはいますが…)。たとえば、主人公ジョリーン(空条承太郎の娘)とすぐに親友になるエルメェス。彼女が主人公となる「愛と復讐のキッス」の回は、彼女の過去も含め、周囲のジョリーンたちの動きにも感動しました。敵にしてもそうです。これは、感動したという例ではないですが、自殺志願者のマックイイーン。彼の過去は、それはショックです。同様のショックを感じたのは、「アンダーワールド」の本体の経歴です。そして、何名かの仲間との別れ。最後の敵と戦う際の、アナスイの活躍。とにかく感動しました。ジョジョを語るにあたって、「運命」という言葉がキータームとなる。ジョジョ関連のサイトもいろいろ見てますので、その中のどこかで目にした言葉と思いますが、第六部「ストーンオーシャン」は、まさに運命について描いているといえるでしょう。あまりにも意外なラストに衝撃でした。かなり深い…。どのように記事に書いたものか悩むので、最後に、その描写は見たくないなぁ、と思ったところと、笑えたところを。私は陸上軟体動物が大っっっ嫌いです。あんなものを見たらしばらくひきずってしまうし、そんなものを見た場所には二度と行きたくないとさえ感じてしまいます(思うだけですが…)。だいたい、あんなものどもがいやがられるのはその見た目のおぞましさからでしょうに、なんであんなものどもを退治する薬にあんなものどもの絵が描いてあるのか…。そりゃあ絵があれば分かりやすいのでしょうけれども、スプレー缶に描かれたその絵だけでしばらくひきずるくらいに嫌な気分になるのですよ。たとえ一般名詞であっても口にしたり文字にしたりさえしたくないほどです。…ともあれ。その種類のものが大量に出てきます。しかもその話が長い。…なるだけそのものどもを目にいれないように読みました。で、笑えたところ。第四部に登場する偉大な漫画家・岸辺露伴先生の名前が出てくるのです!露伴先生はやっぱり只者じゃなかった。身近にいるジョジョ好きの方々と語りたくて仕方ありません。
2006.03.29
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鷺沢萠『そんなつもりじゃなかったんです THEY THEIR THEM』~角川文庫、平成7年(1995年)~ 鷺沢さんの友人方のエピソードを中心としたエッセイ集です。 もう何度も読んでいるのですが、感想をつけるのははじめて。 印象に残っているのが、「オレンジジュース状のものが飲みたい」というセリフ。はじめて読んだときは大笑いしましたし、今回は(昨日)電車の中で読んでいたのですが、思わず吹き出してしまいそうになりました。 他におかしかったのが、「寝押し」です。運命線がない、という鷺沢さんですが、上には上がいるもので…。 あとがきで鷺沢さんは、「電車の中なんかで読んで、ブフフッと吹き出していただけたりしたら、最高でございます」と書いておられますが、私は見事にそうなってしまいました。このエッセイ集、本当に笑えます。 103頁に女の子の絵があって、それから、少し雰囲気が変わります。それまで、話の主人公は男性だったのが、以後女性となり、エピソードもちょっとしんみりする話が増えていきます。 素敵だなぁ、と思いながら読んだのが、「真冬の家出」です。 * 昨日、今日と鷺沢さんの作品を読みましたが、やっぱり面白いなぁ、と思います。
2006.03.26
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鷺沢萠『F 落第生』~角川文庫、平成10年(1998年)~ 女性が主人公の、七編の短編集です。それぞれ簡単に内容紹介と、感想を。「シコちゃんの夏休み」 貧しい家庭で育ったシコちゃんは、高校生の頃、水商売でお金をためた。しかしこのままではいけないと思い勉強をがんばり、彼女は大学に入る。私、アキは彼女と良い友達になり、夏休みには旅行の計画をたてていたのだが-。シコちゃんの家庭の事情で、旅行が難しくなる。 波乱万丈な人生を送るシコちゃんと、平凡な(?)一人称の人物であるアキさんのコントラスト、ですね。平凡な、のあとに(?)をつけたのは、平凡ってなんだろう、という思いがあるからですが。家庭の事情で実家に帰り、数日大学を休んだ後、アキさんのノートを必死にうつして勉強するシコちゃんに、ただただかっこいいと思いました。「最後の一枚」 雀荘を経営する佐代。彼女は、昔出会った代打ちの男がその店に入ったとき、彼女の思いは複雑だった。過去にその男にあった目のすごさが、いまその男にはなかったのだった。 こちらは、麻雀用語のオンパレードで、私は麻雀についてほとんど知らないので、よくわからない部分がありました。そんな中でも印象に残っているのは、やはり「目」です。「忘れられなくて」 三年前、同棲していた拓也がアメリカに発った。同伴したのは、乃理子ではなく、乃理子の後輩だった。拓也からの電話を心待ちにしていた彼女のもとに、ついに電話がかかってきた。 オチがとてもいいです。ネタバレにしたくない作品。「ショートカット」 恋人から、髪を伸ばすように言われつづけているのに、なかなか決心がつかない晶子。小学生の頃の出来事が、その一因であった。 これは、いやな気分になった作品です。「家並みの向こうにある空」 男運が悪い千夏。付き合う男の定職がないなんてことは当然のようで、幾度失敗しても、似たような駄目男と付き合い、そしてその男を愛してしまう。友人たちから注意されつつも、そんなことが続いた。 そして彼女は、「普通の」男性とのお付き合いを望む。やっと「普通の」男性とめぐり合えたと思い、付き合い始めた千夏だったが、その男性は彼女のことをどうでもいい存在だと思っているようだった。仕事をやめるといったときも、友人の紹介で仕事をはじめるといったときも、リアクションは希薄だった。そして彼女は、彼と別れようとついに思い、冬の深夜に家を出た。 * これは、ラスト3ページのところで、最初に読んだときにすごく感動したことを思い出しました。多くは言いませんが、この短編集の中で一番よかったと感じています。「岸辺の駅」 京都の実家のお墓参りに行きたい-。体調を崩した母の願いをかなえるため、私は睡眠不足をおさえながら、東京から京都へ車を走らせる。ぶらぶらと京都を観光した後、母から思いがけない話を聞くことになる。 そして「私」はある決断をすることになるのですが-。家族の意義であるとか、そうしたことを考えるのはもちろんですが、タイトルにもある「岸辺の駅」が印象に残ります。「重たい色のコートを脱いで」 私学の雄と呼ばれる大学でメディア学を専攻、全優に近い成績で、受けた出版社から全て内定をもらった井口聡美。順調な人生だったが、ある大手出版社に就職してから、人生がかわる。紆余曲折を経て、彼女は現在、月刊漫画雑誌で、仕事が遅い漫画原作者の担当をしていた。 上で紹介した「家並みの向こうにある空」と同じく、この短編集の中で割と長い作品です。先の作品の主人公が男運のない女性だったとすれば、こちらの作品の主人公は仕事運にめぐまれなかった女性といえるでしょうか。出版社全部内定獲得!なんてうらやましいかぎりですが、それにしても就職先で彼女が受けた仕打ちは許しがたいことです。ただ、再就職先では、悩み、苦労しながらも、それでも充実した生活を送れているようです。一つ、哀しいことも起きてしまいますが…。ともあれこの作品も、ラストがとても感動的です。 * 本作品は、今回再読したわけですが、ほとんどの作品は忘れてしまっていました。そんな中、涙は流れるものではなくて噴き出すものだ、ということや、感動的なラスト。前回読んで印象に残っているのを思い出したのは、「家並みの向こうにある空」でした。ーーー(補足-日記)25日は、香川県は引田というところへ行ってきました。歴史町並みというところをぶらぶら歩き、べんがら塗りのお醤油屋さんやら、現在は喫茶店となっている旧引田郵便局などを見て回りました。二時間も歩いていませんが、足が痛くなってしまい…日ごろの運動不足を痛感しました。
2006.03.25
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川端康成『雪国』~新潮文庫、昭和22年初版・平成11年117刷~(注:アフィリエイト画像は改版のもので、私が読んだ版の表紙とは異なります) まず、物語の筋にふれながら感想をつらつらと、それから物語とは離れて気になった点が一つあるので少し書いておこうと思います。いつものように、あらすじの後に感想という書き方ではありません。 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった-。 あまりにも有名なはじまりの一節ですが、私は詳しい話を知りませんでした。このたび、はじめて読んだわけですが、とても綺麗だなぁ、と思うところが多々ありました。よくわからなかったところ、話についていけなかったところもありますが、それはさておくとして。 主人公の島村さんは、雪国へと向かう電車の中で、病人を看護している女性にひかれていきます。鏡の役目を果たす、夜を背景にした窓に写った女性の姿。じっとその女性を見てしまう島村。とても印象的です。 二人と島村さんは、同じ駅で降ります。そこ-舞台が新潟湯沢温泉というのは、有名だそうですね-で、島村さんは一人の芸者さんと再会します。彼女はしばらく、「女」とだけしか表記されないのですが、やがて名前が明らかにされます。駒子さんです。 お客さんを相手にした後に、酔って島村さんのところにやってきたり、やがて時間をあけて島村さんと再会したときに、もはや人目をはばかることなく島村さんのとこに通いつめたり。こういったシーンでは、駒子さんから鬼気迫るものを感じるのですが、しかし駒子さんは整理整頓好きで、甲斐甲斐しく、これは見習いたいなぁと感じました。 特に印象に残っているのは、二人が再会してすぐの会話です。こまめに日記をつけているという駒子さんの言葉。昔の日記を読み返したことから、次のように言っています。引用しますが、文字色は反転させておきます。「その頃はお金が自由にならないでしょう。自分で買えないの。二銭か三銭の雑記長にね、定規をあてて、細かい罫を引いて、それが鉛筆を細く削ったとみえて、線が綺麗に揃ってるんですの。そうして帳面の上の端から下の端まで、細かい字がきっちり書いてあるの。自分で買えるようになったら、駄目。物を粗末に使うから」(30-31頁より)。 心をちくちくさされるような気分ですね。鉛筆が細く削られるというところが、やたらと印象に残ります。なんでしょう、ノスタルジーでしょうか。 そして、綺麗だなぁと思い、読みながらぞくぞくしたのは(こういうのが感動でしょうね)、駒子さんが島村さんに三味線を披露するところです。59-61頁は、なにがどうとは説明できませんが、感動しながら読みました。 それから、どうしても分からなかったところが一つ。具体的な文脈は省略しますが、 125頁以降に何度か出てくる「駒子の聞きちがい」とは、なにをどう聞き間違えたのでしょうか。んー、わかりませんでした。調べてみようかな。 さて、ほとんど駒子さんについて中心に書いてきましたが、電車の中で島村さんが出会った女性-葉子さんも、重要な役割を果たしています。登場回数自体は少ないのですが、まず最初のシーンで強い印象が残りますし、その後も島村さんと駒子さんの会話の中に何度も出てきますので、気になる存在ではあります。けれど、私にはよくわからなかったというのが正直なところです。 ラストでは、島村さんと駒子さんが火事の現場(この火事は、実際に起こったことのようです)を目撃するのですが、その火事の現場の二階から落ちてくる女性がいます。それが、葉子さんです。葉子さんを抱きかかえ、叫ぶ駒子さん、というシーンで物語は終わりです。余韻が残りました。 本書には、時代背景を理解するために、豊富な注がついており、注だけ読んでも勉強になりそうです。(私は気になる注しか読んでいませんが…) 名作として名高いせいなのか、そういう固定観念から素晴らしいと思ってしまうのか、最初の方でもふれましたが、いくども綺麗だなぁと思いながら読みました。文体なのか、ストーリーなのか…私には雰囲気としかいえないのですが、読んでよかったと思います。良い読書体験でした。 * さて、新潟県出身の友人から、新潟の名物として「がんぎ」について聞いていたのですが、本書の中に雁木(がんぎ)が出てきて、なんだか懐かしい気分になりました。 今日の商店街のアーケードのようなもので、そのぎざぎざの形をした作りが雁の行列のように見えるところから、この名前がついたとか(注からほとんどそのままですが…)。 当時、仲間うちでは、だれもがんぎについて知らなかったのですが、こんなところでがんぎについて思い出せるとは。なんでも読んでみるものです。 *自分のメモの意味もあり、今後は出版年も記していこうかと思います(習慣のせいで、忘れることもありそうですが…)。
2006.03.21
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Michel Pastoureau, "Les Couleurs Medievales : Systemes de Valeur et Modes de Sensibilite"dans Michel Pastoureau, Figures et Couleurs : Etude sur la symbolique et la sensibilite medievales, Paris, 1986, pp.35-49.ミシェル・パストゥローの論文集『図柄と色彩―中世の象徴と感性に関する研究』より、「中世の色:価値体系と感性の様式」を、簡単に紹介します。クレルヴォーの聖ベルナール(12世紀)は、色への敵意を示しています。彼は修道士でしたが、同時代の修道院の、派手な装飾の建築や派手な服の修道士などを非難しているのです。一方、中世の人々にとって、色は救済の印だったといわれます。さて、全ての色が対等の地位にあったわけではありません。また、時代によっても色への価値観は変化します。たとえば青は、初期中世では価値が認められていませんでしたが、次第に好まれる色になっていくと指摘されます。初期中世は、三つの色を基本としていました。白、黒、赤です。他の色は、重要ではなかったというのです。たとえば、黄色は白と同一視され、青や緑は特別な黒とみなされたそうです。この三色の図式は、11世紀半ばから13世紀半ばに崩れていくといいます。先に少しふれましたが、青がしだいに好まれていきます。ヨーロッパの13世紀は青の世紀だと指摘されています。その頃、青は聖母マリアの色、王の地位の色となるそうです。18世紀頃までは、赤と競い合う色でした。これについて、面白い話が紹介されています。アカネ商人が、フレスコ画家に、悪魔を青色で描かせました。それは、青の地位をおとしめるためだったというのです。後半では、まず、色のレッテルとしての機能が紹介されます。13世紀から、色が、個人あるいは集団になんらかの位置付けを与える機能をもつようになったといいます。色は、排斥されるべき人間を示します。例として、娼婦、死刑執行人、異端などが挙げられます。(排斥される者たちへの)レッテルの役割を果たした色として、赤と黄が重要です。以下は、主にこの二色について論じられます。赤はキリスト教徒の中で非難される者(娼婦、死刑執行人、病人など)に、黄は非キリスト教徒(ユダヤ人、イスラーム)に適用されました。黄色は、過失、裏切りの色で、ユダヤ人、シナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)を示しました。絵画に見られるユダヤ人は、いつも黄色い服を着ているそうです。裏切り者ユダも、黄色の服を着ています。また、その髪は赤い長髪。赤毛がもつ軽蔑的な意味合い、その起源は古く、聖書や古代のラテン語文学までさかのぼるそうです。中世ヨーロッパの有名な文学『アーサー王物語』では、赤毛は裏切り者、不実の騎士を示しているとか。黄色はまた、無秩序、狂気を示し、道化者や狂人folieの服とされました。一方、金色は、良い黄色とみなされたそうです。最後は、黒の話です。最初の方でも言われたように、色には二面性があります。黒にも、良い黒と悪い黒があるということですが、「良い黒」は、とりわけ中世末期からについて述べられます。良い黒は、謙遜、節制を示す色であり、君主や貴族の色とされました。また、奢侈法によって、高価な色(高い染料から作られる色)ではなく、黒がすすめられたことにより、黒が流行するといいます。最後ですが、黒と喪(服)の関係について述べられます。これは、比較的あたらしい習慣だとか。黒い喪(服)は11世紀スペインに見られ、13世紀頃からやっと他の地方にも見られるようになるそうです。はしょりながらですが、本文はこのくらいで。本論には、色の象徴についての図がありますので、より適切な訳語があるかもしれませんが、以下に紹介してしまいます(p. 40の図より)。色 / 美徳・長所 / 悪徳・欠点赤-美徳:強さ、勇気、寛大さ、慈善 悪徳:高慢、残酷さ、怒り白-美徳:純潔、貞潔、希望、永遠、正義 悪徳:死、絶望、曖昧さ黄-美徳:豊かさ、高貴、信仰(特に金) 悪徳:誤り、背信、貪欲、妬み、裏切り、怠惰 青-美徳:誠実、正義、知恵、教養、強さ、誠実な愛 悪徳:愚かさ、私生 緑-美徳:美、若さ、力強さ 悪徳:無秩序、狂気、不実の愛、貪欲黒-美徳:謙遜、忍耐、節制、悔悛 悪徳:絶望、喪、死紫-美徳:慎重さ、節制 悪徳:悲しみ、曖昧さ、大食ーーー久々に外国語論文の紹介でした。(これだけ整理しておけば、自分にとっても便利です)*最後の図が、一時ぐだぐだになってしまっていました。応急処置として、上記のかたちにしておきます(罫線が使いたい…)。
2006.03.12
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有栖川有栖『孤島パズル』~創元推理文庫~ 英都大学推理小説研究会に所属する、有栖川有栖(アリス)。ひょんなことから、彼の同学部、同学年、学籍番号一番違いの女性、有馬麻里亜(マリア)も、ミステリー好きということが分かり、彼女はすぐに入会した。 夏休み。マリアは、部長の江神二郎とアリスを、島の別荘へと招待する。彼女の祖父がもった別荘で、その小島には、祖父が作った宝探しのパズルがあるという。島に作られた20数個のモアイ像。それらを手がかりにすると、祖父が隠したダイヤモンドのありかが分かるというのだ。三年前には、そのありかを突き止めかけた彼女の従兄弟・英人が、溺死していた。必ずしも、愉快な思いばかりを抱いての宝探しとはなりそうになかったが…。 台風が近づく嵐の夜、密室状況で一組の男女が死んでいるのが見つかった。外界との唯一の通信手段である無線機も壊されており、島は孤島と化した。 久々の再読。ちょっと内容紹介手抜きですが…。 仲の悪い婿・舅。三年前の死。関係者の男女が三年前に深い仲にあったこと。外界との連絡が断たれた孤島。いかにもな状況です。「読者への挑戦」が挿入された作品を読むのも久々ですね。 フーダニットメインのミステリを久しく読んでいないのもあり、関係者が一気に集まるので人物をなかなか把握できなかったのもあり(館モノ・孤島モノにつきまとうことですが…)、ちょっと戸惑いながらの読書でしたが、真相解明のところはやはりわくわくして読みました。 作中で江神さんも言っていますが、密室ものを何冊(私も100冊以上読んでいるでしょうね)も読んでいると、密室は別にどうでもいいような気分になります。ただ、作中では、そこで起きていることが現実であって、虚構のミステリを読むのと、現実の事件とは別次元なのだ、ということが描かれているようにも感じました。そういう描写もあったせいでしょうか、密室の真相については感慨深くなったというところがあります。 推理小説研究会の、モチさんとノブナガさんが冒頭しか出てこなかったのはちょっと残念でした。
2006.03.10
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鷺沢萠『ハング・ルース』~河出文庫~ 家出をし、男たちの家に居候をしてまわっていたユニ。何度も男に裏切られ、それでも男に期待する自分。それは、借金を繰り返す父の姿と似ていると思い、彼女は自分に少しあきれたりもする。 タツヤと暮らし始めてから、「クラブ・ヌー」での仕事をやめていたが、タツヤの部屋から出て行くことになった。ユニは、昼の仕事もしながら、再び「クラブ・ヌー」での仕事をはじめた。 フェイスとは、そこで出会った。眠気にたえながらグラスを運ぶ彼女を、踊っていると形容するウェイター。その言葉に、フェイスは大笑いしていた。 その日はとにかく疲れていて、具合が悪くなり、彼女は早退きした。居候先の女友達のところには、そのカレが来ていて、ユニには眠る場所がなかった。 ふらふら歩いていると、見つけたのは外車のショウルーム。ユニはそこにもたれて座り、眠ってしまっていた。 次に目覚めたとき、やわらかい場所に寝ていることに気づいた。ユニの隣には、フェイスがいた。 久しぶりに読んだ、鷺沢さんの作品。 父親の借金のせいで、家での暮らしがつらくなり、家出したユニ。いろんな男性のもとに居候するが、なかなか安心は得られない。 そんな彼女が出会ったフェイスは、体温を求めている人物です。おそらく賭博か、まっとうな手段で稼いでいないのは明らかなフェイスでしたが、ユニはいつか、彼を好きになっていきます。 印象に残っているのは、ユニがフェイスの部屋に、生活がないと感じるところです。いろんな人の部屋に住んでいるユニは、部屋の様子から、「何か」を感じるといいます。しかし、フェイスの部屋にはそれがない。 ハング・ルース。親指と小指をたてて、ゆるくつかまる。この話をするフェイスはかっこよく思えたのですが、考えてみれば大変なこともしていますし。ただ、そういう生き方もある、ということは、まったくその通りなのでしょう。 「おわりに」も、とても印象的でした。
2006.03.08
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山本文緒『みんないってしまう』~角川文庫~ 12編の短編が収められています。簡単な内容と、コメントがあればコメントも付していきます。「裸にネルのシャツ」同棲していた恋人が、五年前に出て行った。それから五年。仕事も順調になってきた私に、彼から電話がかかってくる。 この物語で言われていることは、恋人でも友人でも、通じることだろうと思います。自分がしんどいときだけ相手に頼り、自分に都合が悪くなれば離れていく。そして、ラストの2ページ。印象的でした。「表面張力」アパートの建て替えの噂が広まり、貧しい「私」たちも今後を考えていく。「いつも心に裁ちバサミ」コンサート企画のリーダーだった柚木の机から、コンサートチケットがなくなっていた。同期生の「僕」は相談を受け、容疑者を決めてかかる柚木をなだめようとする。 この短編集の中で、印象に残っている作品の一つです。てきぱき仕事をこなす柚木さん、整理整頓が苦手で、彼女に注意される「僕」。それでも、「僕」が、とてもまっすぐな人のようで、ラストは胸をうたれます。相手が曲がっていたら、上司だろうが反論する、こういう姿勢に憧れてしまいます。もちろん、「僕」がラストですることも、暴力ですから、一概に彼を支持するわけにもいかないでしょう。「不完全自殺マニュアル」両親が亡くなり、これでいつでも自殺できると考える大学助手。ところが彼女は、死ぬ前にあることを望む。「愛はお財布の中」アパートの契約に行くためにタクシーに乗った「私」だが、財布を忘れてきてしまい。なんとかするために、「私」は、近くに職場がある元カレのもとを訪れる。「ドーナッツ・リング」太ってしまい、結婚指輪が抜けなくなった「僕」。一家四人が同じ体型で、思うところもある「僕」は、日曜日に、喫茶店で仕事をすすめる。そこのバイトの女性が気になっていたのだった。「ハムスター」妹が世話をしていたハムスター。妹が修学旅行に行っている間、私たちはその世話を忘れ、ハムスターは共食いをしてしまった。帰宅して怒った妹は、家出をする。 先にあげた、「いつも心に裁ちバサミ」と同じくらい印象に残っている作品です。お母様の、「誰だって一度や二度は家出するって。レジャーの一つよ」という言葉に笑ったのですが、その後はいろいろ考えるところがありました。100点目指してがんばって生きる、そしてそれを身近な人にも強いる。 45点でもいいや、あなたも45点でいいよ、という生き方。後者の方がのんびりできて、飾らずにいられて、憧れるのですが、現実には前者に近いことをしている自分がいます。少しゆとりを(これは感想なんでしょうか…)。「みんないってしまう」東京で、ばったり再会した「私」たち。昔付き合っていた男性の話になり、二人は盛り上がっていく。 あらすじ紹介だとこのようになってしまいますが、こちらも面白い物語でした。「イバラ咲くおしゃれ道」大学進学が決まり、いとこと住むようになった「私」。いとこは良い人だと思っていたが、彼女には問題点があった。とにかくおしゃれ、既に流行した服は二度と着ないという徹底ぶりだった。「まくらともだち」夫とのセックスで感じられず、肉体関係だけの男友達を募る「私」。「片恋症候群」(内容紹介略)んー、タイトルが深いです。「泣かずに眠れ」友達紹介の雑誌で知り合った女性。雑誌を見る限り、友達になれそうな気がしていたのだが、会ってみると、温度差を感じていく。 * 紹介の中でもふれましたが、「いつも心に裁ちバサミ」と「ハムスター」が印象に残っています。前者のタイトル、あらためて考えると切なくなってきます。
2006.03.04
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先ほどの記事で書いた、ナポレオン展に行った後、博物館に一緒に行った方のもとへうかがい、プレステ2にふれる機会がありました。私は持っていませんので、プレステ2にふれるのはこれが2、3回目というところでしょう。ドラクエは好きで、1から6までは一通りしているのですが(いまだに2はクリアしてませんが)、プレステを買っていないので、7以降はしていないのです。で、プレステ版ドラクエ5の映像を見せてもらったのですが、移動シーンが立体なんですよね(などと書いている私がずいぶん年寄りに感じてしまいます…)。慣れないと、操作しずらいだろうなぁと思いながら見てました。仲間と話もできるし。つぼやらたるやらは、投げて割るし。こちらの方は、仮にも勇者の一行が民家のつぼを割るなんて!と思いながら見ていました。戦闘シーンでモンスターが動いているのも感動でした。眠っているケムケムベスのかわいいこと。でも、ドラキーは2Dのがかわいかったと思った次第です。エビルアップルまで仲間になっているし。してみたい。でも私はゲームをはじめたらはまりこんでしまうので(読書の時間が激減しそうです)、学生の間は、ずっと買わないままでいるだろうと思います。(この記事は、3月4日に書いています)
2006.03.03
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香川県立歴史博物館に、「栄光の大ナポレオン展」を観にいってきました。えっとですね…年配のご婦人方が非常に多く、人ごみに疲れるわ、ざわざわうるさい中だったので、あんまりゆっくり観てまわることができませんでした。なので、印象に残っているところを少しばかり。この期に及んで本が好き、というのを再認識しました。ナポレオンが座ったらしい椅子よりも『フランス民法典』を見る方がわくわくしました。また、ジョゼフィーヌが作らせたマルメゾンの庭園の花や鳥を描いた図鑑(それぞれ作者は違います)もよかったです。いろいろ見てみたかった…。絵皿のコーナーやジュエリーのコーナーも、もうちょっと見ていたいところでした。自室にあるそのカタログを見ると、1999年とありました。この年、岡山県でナポレオン展があったのです。観にいって、そのカタログも買って…。そのとき、わりとゆっくり絵画作品は見ましたから(今回どれだけ重複があるのか調べていませんが)、今回はあまり絵画作品はじっくりとは見ませんでした。最初にも書きましたけれど、ひとごみはともかく、ざわざわがほとんど途絶えませんでしたから(ときどき学芸員さんが注意をしていたほどです)、集中できなかったというのが本音です。とまれ、今回もしっかりカタログを買いました。ときどきのんびり眺めるとします。(この記事は、3月4日に書いています)
2006.03.03
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湯本香樹実『ポプラの秋』~新潮文庫~ 看護婦を辞めていた千秋のもとにかかってきた母からの電話。母とともに子どもの頃に住んでいた「ポプラ荘」の大家だったおばあさんが亡くなったとのことだった。 小学一年生の頃、父の死により、母と二人で暮らすことになった千秋。母は、長いこと寝込んだ後、千秋を連れて電車でふらふらとあてもなく動き回った。その中で、「ポプラ荘」に出会い、二人は引っ越しした。庭の大きなポプラが、魅力的だった。 大家のおばあさんは、幼い千秋にはこわい存在だった。父の死を受け、転校して、彼女は不安でいっぱいの生活をしていた。ついに熱を出し、体調を悪くした時期があった。その頃、母の仕事のあいだ、おばあさんのもとに預けられることになり、少しずつおばあさんと話すようになった。 おばあさんの連れ合いは、もう亡くなっていた。遺影を見ながらの話から、おばあさんは、死んだ者は、天国にすでにいる死者に手紙を届けることができる、という話をしてくれた。反発も覚えた千秋だったが、それから、亡くなった父に手紙を書くようになった。父の思い出、日々のこと、知り合った男の子とのやりとり…。 いろんな人から、亡くなった人への手紙を預かっているんだよ。そういうおばあさんに、千秋もたくさんの手紙を預けていくようになる。 久々に電車に乗って用事にでかけたので、基本的には電車の中で読んだのですが、最後の方は、人のいるところで読んだらまずい(泣いてしまう…)と思い、自室で読了。 手紙の力-というのでしょうか。最近は、メールという手段がメインになってきましたが、少し前までは手紙という手段がメインでしたし(これは個人的なものもありますが)、なんだか懐かしいような気分にもなりました。 しんどいこと、辛いことを、とにかく文字にして、吐き出す。そしてそれを、本作のおばあさんは、受け取ってくれます。天国の名宛人に届けてあげると、約束をして。気難しいおばあさんですが、最後の方では(もちろん物語の中でも感じましたが)すごく素敵な人だなぁと思いました。かっこいいなぁって思います。 話が話ですから、人の死について、それが周りの人にあたえる影響について、もちろん考えました。それでも、本作の中でいちばん印象に残ったのは、手紙のこと。あまりに素敵な言葉があったので、引用します(文字色は反転させます)。「手紙というのはやはり、郵便屋にしろ、海に浮かぶ瓶にしろ、何かに運ばれて行ってこそ、書いた者の心が本当に解き放たれるものなのだから」 好みの物語でした。
2006.03.01
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