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(記事は6月1日に書いています)この日は、用事があって出かけていたのですが、前日からの風邪をひきずっていて、往生しました。そんなもので、ストレス解消(?)にと、古本屋に寄りました。そこで、前々から気になっていた朝暮三文さんの『ダブ(エ)ストン街道』を購入。第8回メフィスト賞受賞作です。また時間ができたら読むとします。
2006.05.30
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若竹七海『心のなかの冷たい何か』~創元推理文庫、2005年~ 仕事をやめたわたし-若竹七海は、一人旅に出た。ひょんなことから、電車の中で出会った一人の女性、一ノ瀬妙子と旅をともにすることになる。ただ一度、旅をともにしただけの妙子から、わたしのもとに電話がかかってきた。クリスマス・イヴに、一緒に飲みたいという。ところが、あらためてその件で妙子に連絡をとると、その親族から、自殺未遂をはかって入院中だという知らせを受ける。ほぼ時を同じくして、わたしのもとに妙子からの<手記>が届く。 まわりの人間たちをばかだと認識し、子どもの頃から毒殺を繰り返していた男から姉への手紙。妙子の謎の行動。 なぜ妙子は自殺未遂をしたのか。自殺未遂ではなく、他殺なのではないか。なぜ<手記>をわたしに託したのか。わたしは一度出会っただけの妙子の周辺を調べ始める。 タイトルの通り、重たい話でした。 <手記>にある、「おれ」から姉への手紙。ときどき、吐き気さえ感じました。外で遊んでいれば、手を洗って消毒しなさいと繰り返す母親。「おれ」は自分の内面も汚い、消毒しなくては、と消毒液を飲みます。 消毒する習慣を続けていた「おれ」。中学生になっても続けていると、母親は言うのです。「中学生にもなった男の子が、わざわざ手を消毒しなくてもいいでしょ」。 本書の中で、もっとも歪んでいる人間は、「おれ」の母親だなぁ、と思って読みました。そして、「おれ」が歪んだ、と。ワイドショーでよくあるような陳腐な分析ですが、環境が人の性格形成を方向付けていくことは間違いのないことでしょうから。もちろん、「歪んだ」母親を反面教師として、生きていく選択肢もありえるわけですが。 作品の構造上、あまり多くは書きづらいのですが、面白く読みました。かなり重たいですけれど。 ところで、本書の中で感じがいいなぁと思ったのは、若竹さんをかげで支えるリキさんももちろんなのですが、ラビさんというニックネームの作家さんです。妙なファンレターをもらって、その方を訪問したときに、思わぬ高額のお金をもらうことになります。その後のエピソードがほほえましく、素敵だなぁと思いました。ーーー一日四冊も本を読むなんて、とても久々です。しばらく前まで、楽天では記事の投稿は一日3件まででしたからどうしようと思っていたのですが、5件までできるようになっていたのですね。嬉しいことです。1件も書かない日も多くなってきましたが…。
2006.05.24
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二階堂黎人『増加博士と目減卿』~講談社文庫、2006年~ メタ・ミステリーだそうです。ごめんなさい、まったく微塵も面白くありませんでした。以前、本屋で立ち読みしたとき、うすうす気づいていたのです。でも、読んでみたら、ひょっとしたら面白いかもしれない、それに読まないで批判するのはひどい、と思ったので、読みました。きわめて残念な結果に終わったといわざるをえません。 34頁に、こんなことが書いてあります。「二階堂黎人はトリックを書くのは大好きだけど、人間を描くのは虫唾が走るくらいに大っ嫌いなんだからな」。 というんで本書は、人間を描かずに、メタ・ミステリーという設定を利用して、ご都合主義の舞台と凶器と人物などなど、描いたんでしょうね。 本書の利点(?)をあえていうなら、ミステリのデータベース的な役割を果たすところ、でしょうか。関連するような作品が紹介されています。それから、探偵役の方々が過去に扱ったという事件の名称も、いろんなミステリのパロディなのでしょうから、もうちょっと他の(特に海外の)ミステリを知っていたら面白かったのかもしれません。 ですが、パロディにしろメタの要素にしろ、たとえば東野圭吾さんの『名探偵の掟』の方がはるかに面白いです。メタ・ミステリーとして竹本健治さんの作品が紹介されていますが、こちらも比べる間でもありません。 まぁでも、蘭子さんシリーズや水乃サトルさんシリーズの新刊が出れば読もうと思います。
2006.05.24
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島田荘司『透明人間の納屋』~講談社、2003年~ 母子家庭のぼく。ぼくは、隣の真鍋印刷ではたらく真鍋さんのところに毎日のように行っていた。真鍋さんはいろんなことを教えてくれた。食事も、しばしば一緒にとっていた。 真鍋さんのところにときどき訪れる女性-真由美さんは、ぼくや、ぼくの母親のことをひどく悪く言っていた。真鍋さんと真由美さんが激しく言い争うこともあった。 その真由美さんが、ホテルの一室から失踪するという事件が起こった。彼女の婚約者、太一が一緒に部屋にいた。太一がしばらく眠っている間に、真由美さんは消えていた。部屋の正面では、ホテル従業員が作業をしており、だれも部屋から出ていないと証言する。窓からの脱出も、不可能のように思われた。 失踪から五日後、海で女性の死体が見つかる。真由美さんと同定されるが、そこはホテルからアクセスの難しい場所であった。いかに女性は部屋から抜け出したのか。誰に殺されたのか。 事件が謎を残した。その頃、真鍋さんは、ぼくに何度か話してくれていた「外国」へと出発した。日本に、二度と戻ってこないだろうということだった。 ホテルの一室からの人間消失事件。わくわくする謎でした。 真鍋さんのところにある謎の機会。透明人間になる薬を使う機械だ、と真鍋さんが説明し、「ぼく」に証拠を示しているところなど、どこか幻想的でノスタルジックな気分になりました。主人公が子どもだから、というせいもあるでしょうか。 この事件自体よりも、真鍋さんの正体など、物語の背景がとても興味深かったです。 …と思い、いろいろ書こうと思ったのですが、あまりに政治的なことになりますし、こんな個人のブログに過激な反応があるとは思いませんが、自粛するとします。共産主義って、理想だけきけば素敵ですが、理想を実現できたためしが(ほぼ)ないんですよね(19世紀末に試みにそういう共同体を作った人々がいる、ということは認識していますが)。とまれ、某国について描かれています。その国について書いている本もいろいろあるのでしょうが、不勉強で読んでいません。島田さんが、もっと大々的にとりあげて書いてくれたらなぁ、などと思いました。 なお、本書は「かつて子どもだったあなたと少年少女のための"ミステリーランド"」第一回配本の作品となっています。箱から取り出すと、表紙が怖いです。
2006.05.24
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森博嗣『εに誓って』~講談社ノベルス、2006年~ C大学大学院M1の山吹と、同大学2年生の加部谷は、東京から那古野に向かう長距離バスに乗った。出発時刻に遅れてしまった加部谷だったが、バス自体の出発も、30分ほど遅れていた。 しばらくすると、バスの先頭の方に座っていた男が立ち上がり、バスジャックを宣言した。二人は、西之園や海月らと連絡をとり、状況を伝えていく。 そして情報を知った西之園さんたちが、犀川先生と連絡したり、海月さんは自分で考えたりと(厳密には、海月さんに情報を伝えるのは探偵の赤柳さんですが)、バス外部の関係者たちも動く、という構成。 今回は、εという団体ですね。なんというか、Gシリーズになってから、ますます一冊ごとではなんのことやら分からなくなっていると思います。本書だけだと、ものすごく地味な感じです。 とはいえ、久々に森さんの作品を読めたのは、楽しかったです。
2006.05.24
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川上弘美『神様』~中公文庫、2001年~ 川上弘美さんのデビュー作「神様」を含む、9編の短編を収めた短編集です。 全体的になんとも不思議な世界で、解説では「夢」の話を援用しながら論じられていましたが、たしかに「夢」みたいという形容はあたっていると思います。ですが、「夢」といってしまうと身もふたも無いというか、本作はそのもやもや不思議な中にもちょっと涙ぐめるところがあって、その全体的な雰囲気に包まれるのが素敵な読書体験だった、といいますか。んー、まどろっこしいですね。 以下、ざっと、一編一編の紹介を簡単にして、適宜感想を書きましょう。「神様」くまに誘われて散歩に出るお話です。 最初に読んだときは、くまが普通に登場して喋ったりしていて、不思議な印象ばかりが残りました。「夏休み」畑のお手伝いにいって、梨をもいでいた私が、「三匹」と出会うお話です。 三匹なのです。一匹一匹別々に行動もしますが、名前などありません。これも不思議なお話で、設定についていけないのもあるのか、短いお話なのに、読了後はなんだか疲れました。「花野」亡くなった叔父がわたしのところにやってきて、お話したり、食事したり、というお話です。 「夏休み」を読了してから、しばらく本書を読んでいなかったのですが、本作はすごく面白かったです。わたしの前に現れる叔父ですが、突然消えてしまうことがあります。最初にその理由を聞いたところで少し涙ぐみましたし、なによりラスト(そして、その直前)が素敵です。「河童玉」わたしとウテナさんと食事をしていると、河童が現れ、彼らの国(?)に連れて行かれます。 河童が現れることにも、水の中で呼吸できることも、さも普通のように描かれています。ウテナさんも河童たちもテンション高くて、読んでいて楽しかったです。「クリスマス」ウテナさんからいただいた壺をこすると、女性が現れます。 こちらも素敵なお話でした。痴情のもつれで死んだコスミスミコさんが、壺の中に住んでいて、出てきては、「わたし」とお話したり食事したり。本作のラストも、三人のどうでもいいような会話がものすごく素敵でした。当たり前だと思いますが、どうでもいいようなことを、笑ってお話することって、すごく幸せで素敵なことです。「星の光は昔の光」近所に住むえび男くんとわたしの交流についてのお話です。 考えてみれば、えび男くんというあだ名以外に、不思議な設定がないのは、本作だけのような…。本作も、タイトルだけで、なんだか泣けそうな話だと予感しながら読みましたが、素敵でした。子どもらしく話すえび男くんと、大人びて話す彼がほぼ一緒に出てくる描写が印象に残っています。「春立つ」小さな居酒屋を営むカナエさんの昔話。 伝承・伝説の世界に行っていたというカナエさん。本作も、ラストが素敵でした。「離さない」人魚を拾ってしまったエノモトさんから、わたしが相談を受けるお話。 ちょっとホラーです。タイトルだけで、そんな予感をしてしまったのもあると思いますが。「草上の昼食」…「神様」の後日譚。 くまは、車の運転もしてしまうようです。なんてところで笑いましたが、やはりラストで泣けました。ーーー 全体を通して、文体はひたすら淡々としています。ですが、なぜだか少し泣けてくる。 …最近私は、裏表紙の紹介文さえ読まずに本編を読み、読んでも感想にいかさないように心がけているのですが、本書の裏表紙にはかないませんでした。まさにその通りでした。 研究室で少し話題になっていたので、読んだ本書。読んでよかったと思います。「夏休み」がなぜかやたらと疲れましたが、その後はどれも楽しく読めました。そして、全体を読了したあと、「神様」を読むと、また別の感慨がわいてきました。
2006.05.14
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香川県は坂出市にある東山魁夷せとうち美術館に行ってきました。東山さんは画家ですが、川端さんと交流があったそうで、なるほど、この場で川端さんの特別展か、と納得しました。川端さんの手書きの原稿はもちろんですが、主に川端さんが集めた美術品を紹介する展示会です。個人的にはどうも文字(というか文章)に愛着があるようで、原稿の前に立つ時間が長かったです。展示会は、第一章「文豪-川端康成」第二章「美との邂逅-文豪が愛した美」第三章「文豪の座右宝-身近で愛した美」第四章「川端康成の装丁・挿絵」第五章「川端康成と交遊の画たち」の、五章構成でした。印象に残っているのは、<第二章>で紹介されている、岸田劉生さんの「麗子喜笑図」。岸田さんの麗子図といえば、暗い背景に、微小している、ちょっと怖い感じの絵を思い浮かべてしまいますが、「喜笑図」はかわいかったです。<第五章>に紹介されている絵は、全体的にいいなぁ、と思って眺めました。東山さんの、「マリアの壁」という作品が素敵でした(ヨーロッパ関連にどうしても惹かれてしまいます)。古賀春江さんという方も、西欧の絵画の影響を受けているようで(シュールレアリスムの影響も)、その絵を興味深く拝見しました。古賀さんの絵は、全部で12枚ほどあったようですね。<第四章>もよかったです。…私自身は、川端さんの作品をまだ二冊しか読んでいないので、もっと読んでいれば、より楽しめたかなぁ、とも思いましたが。けれども、逆に、より川端さんの作品に興味をもてたので、良い経験だったと思います。それほど大規模な美術館ではないので、一時間ほどで見終わりましたが、喫茶コーナーの目の前には瀬戸内海が広がっていて、素敵だなと思いました(喫茶コーナーは利用しませんでしたが)。ーーーその後、のぽぽんグッズを購入したり、多分初めてもんじゃ焼きを食べたりと、楽しい一日でした。川上弘美さんの『神様』も読了したので、また別に記事を書きます。
2006.05.14
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小栗左多里『ダーリンは外国人(2)』~メディアファクトリー、2004年~ 先日読んだ『ダーリンは外国人』が面白かったので、あまり日数経っていませんが、二巻も読了しました。 なんだか、一巻より小栗さんのキャラがブラックになっています。トニーさんのガラスの心をいじくるときの目が怖くて…。テレビで耳なし芳一がはじまり、そしてクライマックスを迎えようとする。トニーさんは慌てながら、「ハッピーエンド?」と聞くのですが、そのときの小栗さんの目! 耳なし芳一の絵もこわくて、夢に見ませんように、と思ってしまいました。実際あの話は怖いです。 と、割とブラックな描写が多いように感じた本書ですが、やっぱりほのぼのです。小栗さんが、トニーさんの実家へ行くときのエピソード。その最後のページのいくつかのコマにほろり。 読んでいるときに一枚だけ付箋をつけていて、なんだろうと見返してみると、アパートを借りるとき、入居時と退去時に気をつけたいことが紹介されています。勉強になります。 同じく勉強になったのは、外国人と結婚したときの戸籍や住民票のこと。アザラシにも住民票を与えるのに、という話もあって、見直すべき点が多々あることを再認識。先日紹介した、<異人>の話を想起すると、いやな気分になりますね。 お二人の、「くだらない話ブーム」に大笑いしました。サッカーを見ながら、「あれ、この人たち手を使わないようだよ」と片方がつっこむと、もう一人もうけなきゃいけないのです。で、話が盛り上がっていて、本当に読んでいて面白かったです。相手が言ったことを、その直後に、さも自分が思いついたかのように口にする、なんていう遊び(?)も。ほのぼの。 ケンカのあとの仲直りの話が、よかったです。怒っている日は一日でも少ない方がいいですもんね。ほのぼの。
2006.05.12
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赤坂憲雄『異人論序説』~ちくま学芸文庫、1992年~<異人>をキーワードに、様々な具体例を紹介してくれている本、というのが、全体的な印象です。ほとんど結論のようなことを最初の方で言っています。<異人>というと、不浄だから排除される存在、というのを先に連想してしまいますが、聖なるものもまた<異人>なのです。182頁にある図では、折口信夫さんの説によりながら、原初的な混沌としての<聖>が、善き<聖>(=浄)と、悪しき<聖>(=不浄)に分かれることが示されています。 ここでは、本書を読み始めてからずっと連想していた(かなり乱暴な)例をとって、全体の雰囲気をお伝えできたら、と思います。 私たちは、<地球人>という共同体に属しています。ここにやってくるウルトラマンもバルタン星人(いま、変換でバルタン聖人となって笑いました)も、私たちにとっては明らかに<異人>です。ただし、ウルトラマンは<不浄>なるバルタン星人をやっつけてくれる存在だから、ひとまず<浄>の存在ですね。ところが、怪獣のなかでも、たとえばウルトラセブンが持っていたカプセル怪獣は、ウルトラセブンをサポートしてくれる存在であって、地球防衛軍はミクラスたちを攻撃するわけにはいきません。一方、怪獣やらなんとか星人の能力によって、ウルトラマンが催眠状態に陥り、町を破壊しはじめたらどうでしょうか。彼は、<不浄>なる怪獣たちをやっつけるどころか、人間社会に害を及ぼす<不浄>の存在となります。ふぅ、マニアックネタですね。 このように、<浄>と<不浄>は、容易に入れ替わるものです。同じ妖怪だって、カラカサオバケは嫌ですが、ザシキワラシに会えたら嬉しいのです。もしある村に、カラカサオバケがこの村を救った、という伝説があれば、そこではカラカサオバケは<浄>の存在となるでしょう。以上、まったく資料に基づかずに雰囲気だけでお伝えしましたが、言いたいことはお伝えできたかと思います。 次は、ちょっとまじめにいきましょう。 赤坂さんは序章で、「共同体と外部の<交通>の視覚から、<漂白>と<定住>の形式によって」(17-18頁)異人を分類しています。 1.一時的に交渉をもつ漂泊民 例:遊牧民、遍歴職人など 2.定住民でありつつ一時的に他集団を訪れる来訪者 例:旅人、巡礼、学校の教師など 3.永続的な定住を志向する移住者 例:移民、亡命者、嫁など 4.秩序の周縁に位置付けられたマージナル・マン 例:精神病者、身体障害者、病人など 5.外なる世界からの帰郷者 例:復員兵、“帰国後のロビンソン・クルーソー”など 6.境界の民としてのバルバロス 例:未開人、野蛮人、鬼など 先にあげたウルトラマンと怪獣ですと、怪獣は6でしょうね。ウルトラマンは、1か2の「一時的」な要素が強い気がしますが、いずれにしても、想像上の存在という意味では6ですかね。ところで、2の「学校の教師」というのも少し引っかかったのですが、夏目漱石の『坊っちゃん』などは、それを示す好例といえるでしょう。よそものである「おれ」は、生徒たちからからかわれるのです。 それはともあれ。1~6の全てが、ある共同体にある既存の秩序を破壊するおそれがあります。たとえば、村長の独裁制が敷かれていたある村のある男の家に、村の有力者たちが話し合いをして物事を決めていく村出身の女性が嫁に来たとします(実際には、そんな村長にとっては危険な女性を招き入れるとは考えにくい気もしますが)。もしこの女性が、話し合いの長所を説き、他の村人たちが村長の独裁制に反対をはじめたらどうでしょうか。それまでの村のありかたが崩壊していくでしょう。若干例がずれる気もしますが、ここで言いたかったことの本質的な部分をちょっと本書から引用します「いわば、無定形の混沌によって秩序が侵されるとき、そこに穢れは発生する。わたしたちは穢れを忌避するが、それは、既存の分類体系を混乱させたり、矛盾をきたせたりする観念群に対する拒否反応といってよい」(87頁)のです。 では、疲れてきたので、最後の話題としましょう。いつものような目次紹介は、最後におくとしますね。 22頁の指摘。(社会集団の構成員は)「みずからの内集団への帰属を確認するために、社会的アイデンティティをいっそう強固なものとするために、秩序の周縁部に、否定的アイデンティティを体現する他者を必要とする」。要するに、いじめや差別はなくならない、ということです。いじめや差別といっても、そのよしあしについての判断は、こういう議論の中ではしないほうがいいでしょう。「いじめはよくない」「差別はいけません」と言っている方々の中で、まったく差別的な感情を抱かない方がどれだけいるでしょうか。それは理想論であり、そうあるべきでしょうが、少なくとも自分たちの共同体を確認するための差異化の意識はなくならないでしょう。車椅子の方を見れば、(価値判断はどうあれ)「あ、車椅子だ」と思ってしまうでしょう。外国人を見れば、(価値判断はどうあれ)「あ、外国人だ」と思ってしまうのです。 こうした<差異>がなければ、どうなるでしょうか。いまの例でいえば、車椅子の方も外国人もいない、<均一な>集団がある場合です。ここは、269頁の指摘についてゼミで話す中で議論になったのですが、やはり<差異化>は生まれます。ちょうど妖怪などの話をしていたところなので、その例をあげますが、ある集団の中に、マクラガエシが出るのではないか、という話があがるとします(誰かの枕がひっくり返されたのですね)。しかし、科学的にマクラガエシという妖怪は100%いないと証明されてしまった。そうすると、その集団の構成員の中に、「こいつがマクラガエシの正体ではないか」という探りあいが起こる、という具合です。少なくとも、「枕がひっくり返される」という現象がある以上、犯人探しをするという流れですね。 本書の構成は以下のとおりです。 序章 <異人>-漂泊と定住のはざまに 第一章 <異人>の考古学 1.境界・無縁・コムニタス 2.市・交通・異界 3.ほかいびと・まれびと・やまびと 4.聖痕・不具・逸脱 第二章 <異人>の系譜学 1.王権・供犠・刑罰 2.天皇・賤民・職人 3.亡命・遊行・芸能 第三章 <異人>の現象学 1.われら・かれら・バルバロス 2.周縁人・境界人・通過儀礼 3.内なる他者・無意識・狂気 終章 さらに、物語のかなたへ 興味深い事例は多々紹介されていますが、今回は思ったことをつらつらと書くかたちにしました。後日、あらためて本書について書くかもしれません。少なくとも、今後の私には、本書の知見がある程度残るでしょう。 本書でなにが残念って、文章が気取りすぎていて、読みにくいところが多々あるのです。繰り返しますが、事例は面白かったです。
2006.05.09
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小栗左多里『ダーリンは外国人』~メディアファクトリー、2002年~ずいぶん評判になった本だと記憶しています。いやぁ、面白いですね。作者の小栗さんと、ダーリンのトニーさんとの日常。面白く読んだところをいくつか。トニーさんの感受性の豊かさが話題になっています。私の感受性の豊かさは、自他ともに認めるところだと思うのですが、日本人の中では比較的、という程度なのですね。トニーさんほどではない…はずです。映画を観るときに、外国人の方々はわーわー意見を言いながら観るそうで(アメリカの下町のおばちゃんが例になってます)、もうこのあたりは日本で20数年生きてきた以上、すぐには受け入れにくい感性ですね。日本人の謙遜のあり方も、外国人の視点から見れば、また新鮮に(冷静に?)見えます。以下ちょっと脱線ですが、自分では謙遜するのに、他人はそれを肯定しないようになっていますね。というか、謙遜(のつもり)で言った発言を他人に肯定されちゃうとちょっと腹が立つというのが、面白い心性だと思います。私がそうかどうかはともかく…(苦笑)一個100円のパンを買うか、一個200円のパンを買うか、でもめる話も面白かったですね。ここまできたら、日本人と外国人の違いというより、個々人の価値観の問題ですが…。やつれた小栗さんが、1コ200円のパンを食べたかったな、と言っているコマには大笑いしました。私は、1コ100円派(安ければ安いほどいい派)ですが、あんまりがめつすぎるのも問題ですね…。私の場合、本に対して激しく貪欲なので、その他は倹約にはげみたいから、こうなのですが。日本語の表記の話も、興味深かったです。小栗さんもおっしゃっていますが、日本語は音も大事ですが、書く場合は表記もとても大事だな、と。ネコとねこと猫では、やっぱり感じが違うのです。前はねこという表記が好きでしたが、ネコと書く方ががかわいいかな、などと思う今日この頃。この話で面白かったのは、ブラジルの日系人が木を五つ並べた字を使ったりするそうなのですが、そのあとにトニーさんが言ったジョークに対する小栗さんのツッコミ。小栗さんがメデューサになっちゃっています。同じく言語関連で興味深かったのは、日本人が英語の発音が苦手なのは、カタカナ表記にして考えてしまうから、という指摘。たとえば、フランス語のrは、カタカナにあてはめるのが難しい音なのですが(発音も難しい)、辞書でかなで発音を示す場合は、「る」など、ひらがなのラ行があてられます。lの音はカタカナのラ行ですね。本書でいえば、theの音。母音の前と子音の前で発音を注意するように習いましたが、ネイティヴは意識してないとか。教育ってなんなのでしょうね。最後、トニーさんの名言が紹介されています。この本を紹介してくださった方からちょっと聞いていましたが、面白いです。
2006.05.05
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作業をずっと続けてきたので、休憩にと、久々に「斬るビル」というフリーゲームをして遊びました。新記録、558連斬です。第二幕の、二番目の三番目の敵(文字通り天災)にやられるまで、斬りつづけました。この記事をアップしようとすると、フリーズしてしまい、やむなく強制終了。おかげでクールダウン(?)にもなったので、作業に戻るとしましょう。
2006.05.05
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小路幸也『東京バンドワゴン』~集英社、2006年~ 東京の、とある下町にある昔ながらの古本屋<東京バンドワゴン>。古本屋とカフェを営む四世代家族の周辺で起こるいくつかの事件をつづった連絡短編集(中編集?)です。以下、それぞれの簡単な内容紹介と感想を。「春 百科事典はなぜ消える」 新学期が始まった、ある朝。店主の勘一は、店の本棚に、見たことのない百科事典が二冊だけ入っているのに気づく。しかし、その夜には、百科事典はなくなっていた。そんなことが何度か続いたとき、一家の子どもたち、花陽(かよ)と研人(けんと)が、百科事典の持ち主を知り、家族とともにその周辺を調べていく。夜回りで勘一らが気にしていた、ストーカーと思しき人間との関わりも浮上してきた。 全体の感想ともつながりますが、とにかくどの登場人物も素敵なのです。勘一の息子、 60歳になりながら金髪・長髪の我南人(がなと)さんなど、登場人物一覧のところで読む限り、とんでもない人だと先入観をもってしまったのですが、マイペースで素敵な方でした。LOVEはキーワードですね。 頑固者の勘一さんが、嫌っていた外国人への態度をやわらかくするあたりも、すごく温かくてほのぼのしました。 「夏 お嫁さんはなぜ泣くの」 花陽の母親、藍子が知人の葬儀に出た頃から、その態度がおかしくなっていった。一方、女性トラブルを持ち帰る青に、また新たな女性訪問者。名を牧原みすずという。彼女は、青と結婚するつもりできたという。そして、古本が大好きで、住み込みで手伝いたい、と。いつもなら、女性を追い返させる青だが、彼女への態度は違った。一家の男性たちもみすずに好感をもち、彼女は住み込みで働くようになる。その頃、一家の周辺にしばしばストーカーと思しき人間が現れ、また藍子の絵が切り裂かれるという事件が起こる。 未婚の母親、藍子さんと、スタイルがよく女性にモテる青さんの二人が物語の中心的な人物となります。お味噌汁と間違えて、カレーをよそってしまうほどとんでもないミスをしてしまう藍子さん。このシーンは印象に残ります。絵が切り裂かれてしまうところは、本書の中で一番(物理的に)痛ましい描写だったように思います。「秋 犬とネズミとブローチと」 10月。古本の値付けの以来を受け、岐阜県のある廃業した旅館に、紺が向かった。多くの本の値付けを終えた翌日、奇妙な事態が起こっていた。主人も、多くの古本もなくなっていたのだ。 同じ頃、老人ホームに入っている勘一の友人が<東京バンドワゴン>を訪れた。お店からホームに借りていった本の中の一冊を持って、ホームの利用者の女性が失踪したという。女性が持っていったというある作家のエッセーを手がかりに、青たちは女性を探す。 ミステリとしては、一番わくわくしました。一夜にして、旅館の主人と大量の本が消えた。物理的には不可能ではないですが、なぜこんなことをしたのか。ラストでは、やっぱり温かい気分になりました。失踪した女性も、いろんな人たちに心配をかけてしまったのは事実ですが、素敵なひと時だったでしょう。 「冬 愛こそすべて」 青の結婚の日が近づいてきた頃、藍子は、父の我南人に、青の母親について問う。藍子は、青の母を知り、ひどく驚いた。同じ頃、式をあげてくれる神社の康円に、浮気の疑惑がもちあがる。 本書の要所要所で活躍している我南人さんですが、このお話の中では、特にかっこいいと感じました。IT企業の社長さんも、なんだか素敵だと思いました。ーーー さて、全体を通して。本書は、今は亡き勘一さんの奥様であるサチさんが、一家を見守りながら語ってくれるというスタイル。サチさんによる一人称です。かわいいおばあちゃんなんだろうなぁ、頑固な勘一さんとも良いカップルだったろうに、と思いながら読みました。優しい語り口。家族に対する愛情にあふれています。というか、人間に対する優しさ、というか。亡くなった方も含め、いろんなことに気を配りながらお話を進めるのが素敵です。 とにかく優しさにあふれていて、読んでいてほっとしました。ーーー追記。コメントをくださった、でこぽんさんの記事はこちらです。リンクもはっていただきました。
2006.05.04
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米澤穂信『夏期限定トロピカルパフェ事件』~創元推理文庫、2006年~ <小市民>を目指す小鳩常悟郎さんと小佐内ゆきさん。高校二年生の夏休み、二人が巻き込まれた事件をつづった、シリーズ第二作です。 以下、章ごとに簡単な内容紹介とコメントを。序章「まるで綿菓子のよう」 夏祭りに行ったぼくは、狐のお面をかぶった少女-小佐内さんに出会う。 本編の導入ですね。第一章「シャルロットはぼくだけのもの」 ある日、小佐内さんがぼくの家を訪れた。互恵関係にあっても、依存関係にない二人が、夏休みまで一緒にいる理由がない。にもかかわらず小佐内さんは、「小佐内スイーツセレクション・夏」という計画とお店の地図を携えて、一緒にめぐろうというのだ。 一回目は、マンゴープリンとシャルロット。炎天下の中、小佐内さんの家へそれらを買って持っていったぼく。暑さのせいで、ぼくは誘惑にあらがえなくなり、ある行動に出る。 * 理屈で思考するのを得意とする小鳩さんと、同じく鋭い小佐内さんの頭脳合戦です。暑さのせい、とやたら言っているのが、どこかカミュ『異邦人』のパロディみたいで、おかしかったです。小鳩さんが証拠隠滅に思考をめぐらせるシーン、そして小佐内さんが「謎解き」をしていくシーンは、身近に起こりえるせいか、すごくスリリングでした。第二章「シェイク・ハーフ」 スイーツのお店で待ち合わせたぼくと小佐内さん。早く着きすぎたぼくがハンバーガーショップに寄ると、友人と出会った。いかつい体の堂島健吾である。堂島は、自分の知人が薬物を扱っている集団に巻き込まれたといって、調査をすすめているところだった。集団のメンバーを見つけた堂島は、ぼくにメモを残して、店を出て行った。 * そして、そのメモの意味が分からず、解読に腐心する、というのが、このお話です。電話なりメールなりで、堂島さんに確認する、という手段もあるのに、暗号解読に熱心な小鳩さん。そこに居合わせた小佐内さんがそれをとめないのも、本編で描かれていることですが、意味深です。第三章「激辛大盛」 小休止、というところでしょうか。堂島さんが、自分の計画がうまくいかず、小鳩さんにグチをこぼします。第四章「おいで、キャンディーをあげる」 夏祭りに行き、りんごあめを食べようと約束をしていた日。ぼくは祭りよりもずいぶん早い時間、午後一時に小佐内さんの家に来るように言われた。ところが、行ってみると小佐内さんは不在で。小佐内さんの母親と話をしているところにかかってきた電話は、小佐内さんが誘拐されたことを告げるものだった。 * そして、小佐内さんから小鳩さんに送られてくる暗号めいたメール。SOSのサインだと分かったぼくは、頼りになる友人・堂島の助けを求め、メールの意味を解読し、助けに向かいます。終章「スウィート・メモリー」 小佐内さんの「不可解な」一連の行動と、「誘拐事件」の謎が明らかにされます。 表紙はとても可愛いのですが、このシリーズは、どこか重いです。自らを「狐」と形容するぼくは、まぁ探偵役の人物として見ればそんなでもないのですが、「狼」と形容される小佐内さんが、かなり…。小柄で童顔でスイーツ大好きな彼女がなにより好きなのは、復讐なのです。終章の「狐」と「狼」の衝突(?)も、なかなかスリリングでした。 よくあるミステリだと、ラストは、はっきり探偵と分かっている人物と、はっきり犯人とされる人物の対決です。往々にして、探偵役がだーっと事件を整理しながら犯人のミスなどを指摘しながら、犯人を追い詰めます。 そういう意味では、本作では探偵役と犯人役の対決にはなりません。互恵関係にある(一般的にみれば探偵役の)二人の対決です。スリリングに感じるのは、このあたりの事情もあるのでしょうか。
2006.05.02
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