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Christoph T. Maier, Preaching the Crusades. Mendicant Friars and the Cross in the Thirteenth Century~Cambridge University Press, 1998 [paperback edition]~ 西洋中世の代表的な事件である十字軍の際に、民衆を十字軍に徴兵するために、聖職者や托鉢修道会士による説教活動が行われました。本書は、特に托鉢修道会士による十字軍説教の様相を描いた一冊です。事件史的には第四回十字軍までが有名だと思いますが、本書は第五回十字軍頃からを扱います。また、聖地奪回以外の十字軍運動も考察の対象となっています。 本書の構成は次の通りです。ーーー謝辞略号一覧序論第1章 修道会創設者の聖人たちと十字軍第2章 教皇グレゴリウス9世と初期の托鉢修道士第3章 教皇庁の十字軍プロパガンダと托鉢修道士 グレゴリウス9世 インノケンティウス4世 13世紀後期第4章 托鉢修道会管区における十字軍説教の組織化第5章 托鉢修道士、十字軍説教、説教補助手引き第6章 托鉢修道士と十字軍の財政第7章 托鉢修道士と十字軍誓願の贖宥結論補足1 ドレンテ地方への十字軍とドイツのおけるドミニコ会異端審問の設立補足2 13世紀における十字軍勧説のための説教及び例話のリスト参考文献目録索引ーーー 簡単に、各章の概要をメモしておきます。 第1章は、ドミニコ会とフランシスコ会という托鉢修道会の創始者(ドミニコとフランチェスコ)は、十字軍をどのように見ていたのか、という問題を扱います。二人は、十字軍に否定的だったという意見もあるようですが、マイアーはむしろ、肯定的だったという像を示します。 第2章は、教皇グレゴリウス9世―托鉢修道士を十字軍勧説に用いる戦略で重要な役割―が、托鉢修道会の拡大に果たした役割と、彼らを十字軍説教に用いた過程を描きます。 第3章は、グレゴリウス9世以下、13世紀の教皇たち(教皇庁)が、いかに托鉢修道士を十字軍説教のために活用したかを論じます。なかでも、いわゆる北方十字軍や、ドイツ皇帝フリードリヒ2世に対する十字軍に関してのそれに重点を置かれている印象でした。 第4章は、具体的に托鉢修道会が、ある管区のなかで、どのように十字軍説教を組織していたかを見ていきます。所属の托鉢修道士に対して、教皇庁から送られた勅書の写しを、その活動の正当性を保証するために持たせるようにしていたということや、民衆に模範を示すため、説教師自身が十字をとるべきという声もあったといった事例は、特に興味深かったです。 第5章は、十字軍説教がどのような内容で語られたのかを、説教師が使った手引き(範例説教集、例話集など)から見ていきます。民衆の悔悛を促すことに力点をおいたり、敵に対する怒りを駆り立てたてたりするのが、主な内容だったことが指摘されます。また、奇跡譚により、十字軍のすばらしさを示そうとする話もあります。 第6章は、十字軍説教に従事した説教師たちが、病気などで十字軍に参加できない人々などから、十字軍参加のかわりにお金を集める職務も負っていたことが示されます。 第7章も、托鉢修道士によるそうしたお金集めと、托鉢修道士によって参加者に与えられる贖宥について論じます。自分の修道会のための金集めだ、などと、こうした行いには批判的な目が向けられる場合もありました。 昼休みにごく少しずつ読み進めていたので、読了まで長期間が必要でしたが、なんとか(ざっとですが)通読できました。 十字軍は有名ですが、実際に戦いに参加する人々を募るために、こうした説教師たちの果たした役割が大きかったことは、あまり意識されてきていないかもしれません。マイアーが結論の最後で言うように、彼ら説教師たちがいなければ、13世紀の十字軍は、実際の歴史とは全く異なった様相を呈していたでしょう。 十字軍を、説教師の活動という観点から見ていく、興味深い一冊です。
2014.11.29
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高柳俊一編『中世の説教』~教文館、2012年~ 6世紀から15世紀までのおよそ千年に及ぶ西洋中世の時代について、グレゴリウス大教皇(604年没)からサヴォナローラ(1497年没)までの有名な説教師20名の説教を抜粋・邦訳した一冊です。 選ばれた説教も、説教師一人あたり1説教から、多く選ばれたトマス・アクィナスで6説教と、数の違いはありますが、いろんな説教にふれることができます。 本書の構成は次のとおりです(各説教師の説教タイトルは省略)。ーーー中世の説教のコンテクストグレゴリウス1世尊者ベーダアンセルムス(カンタベリーの)アベラルドゥスベルナルドゥス(クレルヴォーの)フーゴ(サン・ヴィクトルの)リカルドゥス(サン・ヴィクトルの)アラヌス(リルの)ヨアキム(フィオーレの)インノケンティウス3世フランチェスコ(アッシジの)アルベルトゥス・マグヌスボナヴェントゥラトマス・アクィナスマイスター・エックハルトハインリヒ・ゾイゼヨハネス・タウラージョン・ウィクリフニコラウス・クザーヌスジロラモ・サヴォナローラーーー 各説教師の説教の邦訳の前に、その説教師の略歴や思想が簡単に紹介されているのが嬉しいです。 各説教の内容まではここではふれませんが、たいへん勉強になりました。ずっと西洋中世の説教の歴史を続けてきていますが、13世紀頃から、説教の様式がかわっていく、というのが通説のように思われます。それによれば、13世紀頃から、主題(説教のテーマとして選ばれる聖書などの一節)がいくつかに区分され、さらにそれぞれの区分ごとに下位区分が設けられていく、というのですね(この様式は「新説教」と呼ばれます)。 1000年に及ぶ長い期間から選ばれた説教師たちの説教の抜粋を読んでいくと、様式の変化が実感されました(もちろん、説教師によって異なる部分もありますが)。たとえばアラヌスは、「誘惑に悩まれる者は幸いです」という言葉から、「誘惑」には、人間的誘惑、悪魔的誘惑、神的誘惑の3つがある、といいます。さらに「人間的誘惑」には、贅沢、美食、泥酔の3つがある、という風に、区分していきます。 と、私の関心からすればとても興味深い一冊なのですが、細かい表現の部分や誤記の部分で、いくつか残念な点もありました。 たとえば、20頁には、「1123年以後の一連の教会会議は1123年の第四ラテラノ公会議に集約され」、とありますが、第四ラテラノ公会議は1215年です。 395頁は、ロバート・グロステストという人名が、「ロバート・グロセテセテスト」になっています。セテがだぶってしまったのですね…。 また、説教テクスト中、他の著者からの引用の部分について、カギ括弧の終わりがなかったり、というのもいくつかあったと思います。 表現で気になった部分の例は、33頁の次の一節です。「公式書簡の中でグレゴリウスは、彼が修道士としての観想生活の静寂と落ち着いた生活から政治的に動かなければならない世俗の社会と教会統治と煩雑な実務の生活に戻らなければならないことを嘆く感情が表現されている」。「グレゴリウスは」という主語のつながりに違和感を感じます。たとえば、「グレゴリウスが送った公式書簡の中では……ことを嘆く感情が表現されている」とすればすっきりしたと思うのですが…。 せっかく貴重な一冊なのに、こういう点が散見されたのは残念です。 とはいえ、私の語力では、中世のラテン語説教をたくさん読むことはなかなかできないので、このように抄訳であっても、中世の多くの説教に日本語でふれられるのはとても嬉しいです。
2014.11.22
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浦賀和宏『彼女の倖せを祈れない』~幻冬舎文庫、2014年~ フリーライター・桑原銀次郎さんが活躍するシリーズ第三弾です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 前回の事件で対立したフリーライター・青葉が殺された。死ぬ少し前、青葉は『週間標榜』編集長の中田に、大スクープがあると持ちかけていたという。中田から連絡と調査依頼を受けた銀次郎は、そのアンダーグラウンドと思われるそのスクープがらみの事件であれば、自分の身も危ないと感じつつ、調査に乗り出す。 青葉のデジカメに残されていたボンデージ姿の女性は、一体何者なのか。政権政党の保守党を揺るがしかねないほどのスクープとは、一体何だったのか。 前回の事件で協力を受けた同級生に再び協力してもらい、銀次郎の調査は進展していくが…。ーーー このシリーズはやっぱりすごいですね。ぐいぐい引き込まれます。 三分の一くらいでショックを受け、そしてさらに謎は深まり…。最終的に謎が明かされていく過程にはわくわくしました。 そして、このシリーズの魅力の一つは、最後に救いがあることだと思います。以前の事件で登場したある人物も登場して、嬉しくなりました。ーーー2014年11月14日で、このブログを始めて10年になりました。ここまで続けられたのも、あたたかいお言葉をいただけたからだと思います。本ブログをご覧いただいている皆様、ありがとうございます。そして今後も続けていくつもりですので、これからもよろしくお願いいたします。
2014.11.15
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三上延『ビブリア古書堂の事件手帖3~栞子さんと消えない絆~』~メディアワークス文庫、2012年~ 有名なシリーズの第3弾です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーープロローグ 『王さまのみみはロバのみみ』(ポプラ社)・I 栞子さんの妹、篠川文香さんが語る日常。第一話 ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』(集英社文庫) ビブリア古書堂の絶版文庫コーナーが充実していないことに気づき、栞子さんと大輔さは古書交換会に参加する。しかし、栞子さんをよく思っていない古書店主から嫌な言葉をかけられるだけでなく、自店は何も出品していないのに、ビブリア古書堂が出店したことになっている古本の束も出てきて…。第二話 『タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの』 以前の事件で知り合った坂口しのぶさんから、子供の頃に読んだ絵本を一緒に探してほしいという依頼が舞い込む。しかし、しのぶさんのご主人も言うように、それはただの本探しではなく、仲違いしてしまっている両親との和解へのステップのようで…。第三話 宮澤賢治『春と修羅』(關根書店) 栞子さんの両親を知る人から、盗まれた本を探してほしいという依頼がなされた。犯人は、おそらく親族の中にいる。しかし、犯人と思われる二人には、本を盗み出す時間がなかった。エピローグ 『王さまのみみはロバのみみ』(ポプラ社)・II 後日譚。ーーー 今回も面白かったです。特に好きなのは、第二話ですね。しのぶさんには、幸せになってもらいたいものです。 栞子さんとお母さんとの関係も、いずれ進展していくのでしょうか。主人公たちの今後がますます気がかりにもなる一冊でした。次作を読むのが楽しみです。
2014.11.08
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横溝正史『女が見ていた』~角川文庫、1975年~ 昭和24年(1949年)5月5日~10月17日まで、『時事新報』という新聞に連載された(中島河太郎氏の解説より)、ノンシリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 妻とケンカし、飲みに出かけた作家の風間啓介は、誰かに尾行されている気配を常に感じていた。やがて酒を飲み過ぎ、意識があやしくなってきたところで、自分を尾行していた女に助けられる。 しかし、彼が飲み歩いていた時間に、妻が何者かに殺害されていた。ケンカをしており、自分の潔白をすぐに証明できないと感じた啓介は、知人の田代皓三に助けを求める。自分を三人の女たちが尾行していた、彼女たちが自分のアリバイを証明してくれるはずだ…。 皓三は、三人の女たちを探し始めるが、さらに事件は繰り返される。ーーー トリックや謎解きよりも、サスペンスの要素が前面に押し出された作品です(もともと新聞に連載されたのですから、納得です)。なぜ三人の女たちは、啓介を尾行していたのか。名も知らぬ三人の女たちを、無事に見つけることができるのか。どきどきしながら読み進めました(これ、新聞連載をリアルタイムで読んでいたら、ものすごくわくわくしたでしょうね)。 やっぱり横溝さんの作品は面白いです。※表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2014.11.01
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