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二〇一五年六月。私は、土砂降りの鹿児島、『戦後70年樹木希林ドキュメンタリーの旅』のロケを終え、ホテルへ戻るワンボックスカーの中だった。知覧の特攻平和会館の重い空気がまだ車中に充満していた。私の携帯が振動する。名古屋からだ。動揺がわかるような声だった。 映画をご覧になった方はご存知でしょうが、この作品は老年の夫婦を記録したドキュメンタリーです。で、その主人公(?)の 津端修一さん が、制作過程で亡くなるという大事件です。
「津端さんが、亡くなりました」
「そうか。お父さん?お母さん?・・・・」
「あっ、修一さんです。・・・・・」
妙に間の空く会話の中で、、昼寝に行ったまま修一さんがい起きてこなかったということがわかった。敬愛していた実父をなくした息子からの電話のようだと思った。訃報を受け取る私も身内のような心持だったが、車窓の強い雨に目をやりながら、冷徹に言うことにした。
「亡骸を、葬式を、焼き場を、全部撮影させてもらえるか・・・・」
「はい。お願いして、お許しをいただきました」
(中略)
窓の外。いつの間にか雨はやんでいた。夕暮れの錦江湾を眺めながら、 「またしてもお出ましだ」 と思った。作品をコツコツ拵えていると、目に見えない何かがフッと降りてきて、現実が大きく展開する。まるで、 ドキュメンタリーの神様 がいるかのように・・・・・。
(第2章「大事なのは、誰と仕事をするか」P55~56)
徹夜明けの参拝。 希林さん は、真新しい正殿に向かって進む。カメラが、石段の下から後姿を追う。新旧正殿の違いはあるが、初参拝と同じ構図だ。 実は、彼の作品に数多く出演している 樹木希林 についてのエピソードは、他にもたくさん書かれていて、 樹木希林 についての 「女優論」 とでもいうべきところが本書のもう一つの読みどころだと思うのですが、中でも 「これは!」 というのが引用したところです。 「神宮希林」 という 2014年 に制作され作品のエピソードだそうです。
「何もお土産、新築祝い、持ってきませんでした‥‥」
二拝二拍手一拝。その時、正殿の御帳(みとばり)の大きな白い布が、ファッ、ファッ~。風に大きく舞った。またらしい神様のおうちが、 希林さん の眼前に現れた。石段を下りてくるその姿は少しリズミカルで、表情は少女のようだった。それがロケのクライマックスとなった。
名古屋に戻る大きなロケバス。車内は、ゆったり、 希林さん と 私 と 伏原ディレクター の三人だった。伊勢を出ると、ほどなく睡魔に落ちた。そして、目を覚ますと、高層ビル群が見えた。振り返ると、バスの後部座席で 希林さん は完全に横になっていた。名古屋駅までまだ五分ぐらいあるだろうか。ぎりぎりまで寝ていただこう。
ロータリーに車が入ったところで声をかけた。
「希林さ~ん。希林さ~ん。」
「ええ?何?」
「名古屋駅です」
ガバッと体を起こし、外をキョロキョロ‥‥。
「え~と。あのー。名古屋駅に・・・・。」
「なあに、突然、名古屋駅って。私は女優よ~」
(第4章「放送は常に未完である」P110~111)
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