夏の日の思い出

　「どこに行きたい？」　「海が見たいわ」　　ドライブなんて何年ぶりだろうか。　少しだけわくわくした。　普段電車で不自由を感じない暮らしをしているせいか、どこへ行くにも車に乗ることなどめったにないのだけれど、故郷の道路を彼の車で走った。　でもわたしがその海を見たのは、もう十数年前のことだったから、その海に出会えるかどうか全く自信はなかった。　記憶を辿ると、小高い丘の上に建つ白亜のホテルから、青い海が眼下に広がっていたのだけれど……。　こんな道を走ったかしらん？　車と離合することもできないくらいに狭い山道に入ってしばらくすると、ぱっと目の前が開けたところに、その懐かしい景色が現れた。　「ここよ。ずっと見たいと思っていた海だわ」　真っ青な海は静かだった。　じりじりと照りつける太陽に、海はきらめいていた。　十数年前、友人とランチに訪れたとき、わたしが夢に描いていたエーゲ海に似ていると思った。　結局、エーゲ海に行く予定も機会にも恵まれないままに、現在に至るのだけれど、やっぱりここの海は好きだと思った。　傍らで彼は、　「一人で来られないホテルは趣味じゃない」　と、あまりお気に召さない様子である。　　　　　　　　ランチを食べて、景色をデジカメに収めて、小一時間過ごしてその場所を離れた。　また来年の夏も来られるといいな、心の中でわたしはそっと呟いた。