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電車などに乗っていると、つい視線を走らせてしまうのが、老夫婦である。 羨ましいなーと思うのだ。 互いが元気でこうして歩けるなんて、素敵だなーと眺めてしまう。 わたしも、そんな気持ちで結婚生活を送っていたのに、どこかで少しずつおかしくなって、離婚という道を辿ってしまったけれど。 別れていなければ、生きてくれていたならば、などとついつい思ってしまう。 一生添い遂げようと思ったのに、遂げられなかった無念さは、誰にも理解してもらえないだろうけれど、目の前の老夫婦は良いなーと思う。
2007年01月28日
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蝋梅の季節をいつも見逃してしまうから、今年こそは行きたいと思っていたところ、遠くから友達が訪ねて来てくれたので、案内をかねて鎌倉の地を踏んだ。 久しぶりの鎌倉はどんよりとしていて、時折薄日が申し訳なさそうに射すのだけれど、気温は少しも上がらずに、うんと寒かった。 蝋梅も良いけれどこの季節、水仙も是非愛でたいと浮かんだのが、北鎌倉の明月院と鎌倉の瑞泉寺である。 午後から思い立ったので、散策するにはこの二箇所が限度と思われたが、それにしても距離からすると選択を誤ったかもしれないくらい、歩いた歩いた。 北鎌倉駅下車。 円覚寺を左に見ながら、明月院へと足を運んだ。 明月院は、紫陽花で有名な寺である。 紫陽花の頃はもちろん素晴らしいのだけれど、実は四季折々の花が楽しめるので、わたしの好きな寺の一つであった。 境内に入るや、お目当ての蝋梅があちらこちらで開花していた。 透き通った黄色の、まるで蝋細工のような花から、とても良い香りが漂っている。 ああ、この香りだ。 久しぶりに思い切り吸い込んで、鼻腔の中で確かめた。 去年も一昨々年も、見逃してしまった蝋梅である。 なんだか懐かしい人に出会った時の、あの感動が蘇ってきた。 久しぶりに会った友人に、この花を、この寺を紹介できたことが、じわじわと喜びに変わった。 境内には、椿も山茶花も水仙も咲いている。 寒くて身震いするような、散策日和には程遠い冬の午後だったけれど、それらがどこかへ吹っ飛んだ。 ここからどうしよう。 頭の中で、次の瑞泉寺まで歩けるだろうか、と迷いが生じた。 遠来の友のせっかくの機会である。 一つでも多く鎌倉を紹介したかった。 疲れさせては申し訳ないけど、思い切って歩を進めることにした。 でも、頭の中で思ったより距離があった。 何度も挫折しそうになった。 明日は月曜日で、会社が待っているのだ。 途中で疲労の度合いを確認しながら、きっと疲れているに違いないのに、途中で引き返すにはもったいないところまで来てしまっていた。 中途半端な時間に食べた食事に、一同急に空腹を覚えたが、寺社めぐりは四時までに入らないと終わってしまう。 だからそのまま、歩くことにした。 それでも空腹には耐え切れず、途中で買ったアンパンのなんと美味しかったことか。 ところがこの時、一緒に同行した長女に悲劇が起きた。 なんと、手に持っていたパンをとんびにすられてしまったのだ。 一瞬、何が起きたのか把握するまでにかなりの時間を要したが、大きな鳥が羽ばたきながら上昇し、ピーヒョローローと鳴いたので、とんびだと分かったのだ。 それにしても、こんなことは初体験で、長女はとんびの爪で手に怪我を負わされた事と、食べかけのパンを取られたショックで呆然としている。 辺りの人達も事の成り行きに、驚いた様子であった。 それは、やっとたどり着いた瑞泉寺の山門をくぐったばかりの所での遭遇だった。 気を取り直し、長い石段を登った。 風情のある石段を登った境内には、水仙があちらこちらに咲いていて、ここも大正解だった。 行きに、鎌倉宮前で見つけた手打ち蕎麦屋へ、閉店五分前に飛び込んだ。 閉店間際だったせいか、店主の計らいでお蕎麦はかなり多めに入れてもらって頬張った。 焼酎の蕎麦湯割りも、お蕎麦も、本当に美味しかった。 この蕎麦屋を選んだことで、大満足の散策の締めとなった。 一休みしたのが功を奏したのか、鎌倉駅までの道のりがうんと楽になったのは言うまでもない。
2007年01月21日
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こんな時間に目が覚めた。 酒を飲んで、睡魔に襲われて、そのまま眠ってしまったらしい。 娘があらかた片付けてくれたらしく、少しの洗い物とグラスが流しに残っていた。 明日の朝でもいいかな、と思いつつも目が覚めたついでに、一仕事。 郷里の同窓会に出席した長姉が、その土産話と数々の土産の品を片手の我が家に来てくれた。 その中に、亡き別れた夫とのスナップ写真を見つけた。 実家の、どこかに紛れ込んでいたらしい。 「懐かしいでしょう?」 「どれどれ」 横から娘達が覗き込んだ。 「えー、こんなの知らないよ。どこで撮ったの?」 その写真は、結婚記念日に、彼と初めて行った箱根でのものだった。 子供達を置いても出かけられる年齢になっていたのだから、中学生かもしくは小学校の高学年だったに違いない。 楽しそうに笑っている彼もわたしも、うんと若かった。 こんな時代もあったのにね。 わたしは心の中で、すでにこの世の人ではない彼に話しかけていた。 屈託のない笑顔には、今の状況を予知できる欠片すらなかった。 この先、生涯添い遂げようね。 そんな約束を交わしたことを思い出した。 子供達の将来や、艱難辛苦に立ち向かっていくことを再確認し合ったっけ……。 傷は、いつかは癒えるけど、二度と手の中には戻らない。 わたしの、良い時代だった写真。 宴の後に、一人でもう一度眺めている。
2007年01月08日
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早いもので、もう七草粥だ。 本来なら、今朝は七草粥を食べるところだけれど、いつしかそういう習慣は我が家から消えた。 そういえば昨日、スーパーで店員が大声で七草粥セットを勧めていた。 春の七草は、なんだったけ? 「セリ、ナズナ。ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ。スズナ、スズシロ」 昔覚えた七草を、まるで呪文のように唱えてみた。 大丈夫だ、まだ言えた。 朝日が部屋の奥深くまで射し込んでいたのに、段々と短くなってさっき届かなくなった。 急に火が消えたように寒くなった。 12月のはじめに慌しく越して来て、ようやく一月が過ぎた。 最後のダンボールは昨日、片付いた。 三連休の真ん中を、光と戯れる白いカーテンを見ながら、こうして過ごせているわたし。 とっても幸せ。 どうかこの幸せが続きますように。
2007年01月07日
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早いものだ。 あっという間に一年が過ぎた。 そして、何をやったという具体的なことがないままに、新年はやってきた。 昨年は、四月の終わりに救急車で病院へ運び込まれた。 それから数ヶ月は、病院を出たり入ったり。 健康にはものすごく自信があったので、かなりショックを受けたけれど、 今は何の病気だったかしらん?というほどに、快復をした。 元旦の朝は、お雑煮で始まった。 丁寧に出汁を取って、それに比内鶏のスープを混ぜて、鴨肉を加えたら絶品のお雑煮となった。 今までの中で最高の味だと思った。 本当に美味しかった。 わたしってもしかしたら料理の天才?と天狗になるくらいに、美味しかった。 さて。 今年はもっともっと書きたいと思う。 昨年の分も、一昨年の分も。 それくらいの思いで、書けたらいいなと思う。 もう一つ。 美しい文字を書きたい。 PCにばかり頼っていたら、文字が書けなくなっていた。 だから、うんと練習をして、美しい文字が書けたらいいな。 一年の計は元旦にありと、わたしは二つのことを誓った。 些細だけれど、わたしには大事なことだから。 さあ。 今年も身の丈で良い。 ゆっくりと時間を味わって、時間を楽しめたらいいな。
2007年01月01日
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