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いろんなコトがあった2011年。自分たちの意思が届かない出来事がたくさんありました。それでも受注システムの導入、新しいスタッフの採用、倉庫改善、店舗改装、海外輸出自分たちの意思で出来ることは全力で取り組みました。お店を継いだ時から自分の中にある方程式。「新しいことに取り組まないリスク > 新しいことに取り組むリスク」この方程式に則って、挑戦するリスクを選んできました。新しいコトに挑戦すると、常に変化が生まれます。慣れや経験が活かせないコトも多々あります。それでもずっと変化することを選んできました。今年の12月、年末を体験したことの無い多くのスタッフが昨年以上のボリュームを乗り越えられたのは、変化を受け入れる体質が会社に備わってきたからだと思います。さらに忙しい12月の最中に、来年のコンセプトミーティングを何度も開きました。忙しいから出来ないではなく、忙しいから見えることがある。自発的に動いてくれるスタッフは、この1年間でとても逞しくなりました。2012年、年賀状のメッセージにはこんな言葉を書きました。「エネルギーがあるから挑戦するんじゃない 挑戦するからエネルギーが生まれるんだ」今年以上に、新しい年は熱く動きたいと思います。
Dec 31, 2011
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以前お世話になっていた会社の社長が話していた「顧客管理」。先日カンブリア宮殿を見ていて、CCCカルチュア・コンビニエンス・クラブツタヤの社長、増田宗昭さんが同じことを話していました。「顧客管理って店側はよく言うけど、管理されたいお客さんなんていない。」顧客管理したい側とされたくない側。視点を変えると当たり前の理屈だと思います。同じようなコトバが従業員管理。管理されたいスタッフなんているはずないんです。顧客であれスタッフであれ、繋がる理由は価値というサービス。そのサービスに価値があるから関係が成立する。管理しない関係を維持するには提供するサービスの価値をあげるしかありません。日常にあふれる「顧客管理」や「従業員管理」というコトバ、相手側から見た時、何が重要なコトなのかを考えることはとても大切な気がします。
Dec 29, 2011
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「これからの若い人が宗教的な悟りを開くのは考えもんだ。」スイスの哲学者、カールヒルティーの言葉です。ヒルティーは宗教的な悟りではなく、哲学を持って生きることを進めています。「自分の置かれた環境の中で、自分の意思で自由になる範囲をしっかりと見極めること」自分の意志の範囲にあるかどうか。そこに全てがかかっているということ、そしてそれはハッキリとわからないと駄目。はっきりわかると、自分の意志の範囲の中にあるものは、自分が考えて最善の手を打つ。自分の意志の範囲にないもの、これはあきらめる。こういうものに対しては、絶対に心を動かさないということ。「幼稚な人間というのはIQが低いとか、常識がないとかいう人間ではなく、何が肝心かが分からず、肝心なことに取り組もうとしない人間とある」ある著書からの抜粋ですが、この肝心なコトが自分の意思の範囲にあることなんだと思います自分の意思にある範囲。学生、新入社員、経営者、医師、政治家、それぞれの立場で、意思の範囲は異なりますが、肝心なコトに気づき、最善の手を打つというコトにおいては同じだと思います。哲学を持った生き方。自分の人生に責任を持つためには、とても重要なことだと思います。
Dec 26, 2011
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12月は、1年間取り組んできたコトの成果が出る月。毎年そんな想いで取り組んでおりますが、本当に多くのご注文を頂きます。連日300件を超える出荷をさせていただいております。店頭、企画、受注、出荷、それぞれのメンバーがアタマもカラダもフル回転で動いております。忙しい時こそ、考えること。昨日も仕事に入る前のミーティングをいつもより多めに取り、途中、仕事を止めてでもそれぞれの進捗確認。休憩時間も確保しながら、メリハリのある動きを心がけて取り組む。当たり前のコトですが、忙しい時は目の前の仕事だけしか見えなくなります。そんな時こそ、自分を客観的に見たり、周囲の動きに配慮したりすることで効率よく動くことが出来たりします。ピンチはチャンスの素。なんていうコトバもありますが、実際、バタバタする時ほど生産性をあげるヒントが詰まっています。汗の中から知恵を出す。動きの中からアイデアを出す。忙しさを楽しめる仕事の取り組みをしていきたいと思います。
Dec 20, 2011
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目が見えず、耳が聞こえない東大教授・福島智さん福島さんは9歳で失明、18歳で聴覚を失った。光も音もない世界で、孤独と絶望にさいなまれてきた。その後、指先を点字タイプライターのキーに見立てて打つ、「指点字」という方法を母とともに考案、他者とのコミュニケーションを取りもどし社会とつながっています。目が見えない、耳が聞こえない状態。想像を絶する世界で生きていく福島さんのお話しをある本で拝見しました。私が思うに「修業」というのは、何らかの苦悩を伴いながら自分を高みに連れていこうとする営みのこと。ビジネスでも、学問でも、お寺の勤行なんかでもそうかもしれない。しんどいことはしんどいけれど、そのしんどいことを通して別の喜び、別の景色が見えてくるということだと思います。私自身は障害を持ったほうがよかった、などと単純には言いません。ただ、たまたま障害を持つという運命を与えられたことによって、自分自身の人生について、また障害を持つとは何なのか、完全でない人間が存在するとはどういう意味なのか、といったことを考えるきっかけを得ました。誰かに質問されなくても、絶えずそのことは心のどこかで考えていることになりますので。そういう人生における「問い」が私の心の中に刻まれたという点で、自分にとってはプラスだったなと受け止めているんです。完全な答えが出ることはないでしょうが、重要なことは、問いがあって、その問いについて考え続けることだと思います。その部分的な答えとしては、おそらく人間の価値は「具体的に何をするか」で決まるということ。さらに、テレビのインタビューではこんな風に答えています。私は、何が幸福か不幸かっていうのは、もちろん人によっていろいろあるだろうけれども、すごいしんどい経験をした時にね、つらさ、苦悩というのも何か意味があるんじゃないかなと思うことにしようと。実は同じようなことを言っている人はたくさんいることが分かって。ナチスドイツの収容所に入れられた経験のある人で、ヴィクトール・フランクルという人がいるんですが。彼の本を読んでいて、すごい公式に出会ったんです。その公式は、絶望=苦悩-意味って言うんですね。左辺に絶望があって、絶望=苦悩-意味。これは何を意味するかというと、「-意味」を移行したら、絶望+意味=苦悩ということです。意味がない苦悩が絶望である。で、苦悩と絶望は違うんだっていうことを、彼はアウシュビッツの経験から言っていて、私は同じことを18歳の時に考えて、全然違う時代と状況で似たようなことを考えている人がいるっていうことに出会って、すごく感動しました。何が幸福か不幸かっていうのを考える、そのさっきの三つのフィールドの議論の中で、すごく重要な意味を持つのかなと。苦悩があるから、しんどいから不幸だって簡単に考えるのではなくて、意味をそこに見いださせれば、それは絶望ではない。新しい豊かな人生が見つかるかも分からないっていうふうに思っています。見えない、聞こえない、八方塞がりの状態だからその意味を考える。HAVE < DO < BE何を持つかより、何をするか。何をするかより、どう在りたいか。僕自身が何かを決める時の優先順位ですが、福島さんのコトバに直すと「BE=意味」なんだと思います。
Dec 14, 2011
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落合監督の著書「采配」で、こんなコトバが印象に残りました。「孤独に勝たなければ勝負に勝てない」野球というスポーツは9人対9人で戦うように見えるが実際は投手と打者による1対1の勝負である。しかも投手の指先をボールが離れるとコンマ何秒で勝負がついてしまう。そんな一瞬の勝負に長々とアドバイスをしている時間はない。グランドで「どうすればいいですか?」「何か指示をください」「これで間違ってませんか?」不安に視線を投げかけてくる選手がいるがこれでは困る。自分で決断しないといけないのだ。一般社会でもそうであるように、営業マンは一人でお客さんのところに行ったり会社の責任者として取引先へ出かけ契約を結んだり、会社を背負って、勝負を背負って戦う場面では緊張感と孤独感を抱くはずだ。その孤独感は、「一人で過ごせる」という脳天気なものではない。孤独に勝てなければ、勝負に勝てない。当たり前のコトですが、プロ選手は一人の個人事業主。落合監督のいう孤独に勝つとは、ベンチャー企業の社長と同じように自らで道を切り開く力のコト。誰かに頼るのではなく、自らの責任、自らの力で自立する力を指すんだと思います。日本シリーズでは惜しくも優勝を逃しましたが中日ドラゴンズがセ・リーグを連覇できたのは、自立した選手たちと監督・コーチが有機的に繋がっていたからだと思います。
Dec 13, 2011
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同級生であり、プロ野球選手である親友と毎年この時期にお酒を飲みに行きます。昨日も後輩たちを含めて色んな話で盛り上がりました。高校時代のこと、セレクションのこと、大学時代のこと、現在の仕事は違ってもみんな野球少年で、高校球児を経験しています。会う度に同じような話をしていますが、それでも飽きることがありません。甲子園に出た者、県選抜に選ばれた者、社会人、プロ野球で活躍した者、それでも皆が集まると肩書きなんて関係なくなります。ただ自分がいつも自分に問いかけているのは「いま自分はこのメンバー以上に頑張っているか?」ってコト。イケてない時も、苦しんだ時も、全てを知られているメンバーだから胸を張れる自分でありたいと思います。お互いが必要以上に夢や希望を語るんじゃなく、それぞれの雰囲気で、各自の充実度を感じていると思います。経営者が若返り、方針が変わり、ものすごく高い目標を設定されるんですと語る後輩は毎晩遅くなります。休日も出勤しています。子供は3人出来て大変です。でも数字は目標に近づいてますと話してくれました。どんな環境でも、自分の最大のパフォーマンスを発揮し成果をあげる。この姿勢にふれるだけで自分の大きな刺激になります。同級生のプロ野球選手は今シーズンで引退しました。来シーズンからはコーチとして指導者になります。プレーヤーからサポートする側にまわる彼の気持ちは複雑だと思います。それでもそんな雰囲気を微塵も感じさせず振る舞う彼の姿に野球選手としてではなく、人間としての大きさを感じます。大学まで続けた野球、プロ野球選手になれなかった悔しさは今でも残りますが自分が注いだ時間、苦しんだ時間が間違ってなかったことはこういうメンバーと触れるたびに気付かされます。
Dec 12, 2011
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先週、今週と酒蔵さんへいく機会が増えます。早朝5時集合、仕込みの現場を感じさせてもらうことで蔵人の顔、こだわり、いろんなモノが見えてきます。同じように見える酒づくりですが、それぞれの蔵元でそれぞれの考え方があります。一般見学を受け付けていない小さな酒蔵さんのモノづくりの現場には独特の緊張感が漂います。朝の作業が終わると、朝食にも参加させてもらいます。真剣な表情から、普段の何気ない会話まで一緒にいる時間、全てが勉強です。合宿所のような雰囲気で食べる卵掛けゴハン、豪華ではないんですが、とても贅沢な時間です。
Dec 8, 2011
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酒蔵さんの仕込みもはじまりました。小さな蔵元の、手造りの仕込み風景。何度足を運んでも、そこにしかない匂いがあります。
Dec 6, 2011
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