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『桂枝雀のらくご案内』桂枝雀 筑摩文庫 ご存知、桂枝雀師匠の特に愛好されている噺六十一の粗筋と、その噺を肴にしての師匠の落語論です。 とにかくおかしいのでございます。 べかこが内弟子の時分、うどんとソバとラーメンの食べ方はいかに異なるかというテーマで研究したことがあります。実験材料といたしまして、以上の三種のメン類をおぜんの上に並べまして、前にテープレコーダーを置きまして、はしから食べる音を録音したのです。結果は・・・お察しの通り、みんないっしょでした。真理を探究する師弟のひたむきな研究は挫折におわったのでありますが、二人のおなかはええぐあいにふくれましてその夜は幸福な夢を結ぶことができたのでございます。P59~60 「かぜうどん」 病気のことも書いてありますし、とにかく枝雀師匠という人のことが包み隠さず書いてあります。 読み進んでいくうちに、米朝師匠がぽつりとこぼしていらっしゃった、「(枝雀は)死ななしゃあなかったんやろうな」という言葉がせりあがってきます。 少し前に枝雀師匠の高座や裏話を紹介する番組が朝早くにNHKで放映されており、録画してくれていた妻のおかげで見ることができたのですが、その中で、南光師匠が以下のようにおっしゃっていました。 枝雀師匠が、私のほうを見て言わはるんですよ。 「暇やなぁ、落語の稽古でもしょうか」 さっきまで稽古していたんですよ、それでこれですから。 とにかく落語のことしか頭になかった人なんですね。南光師匠が語っておられましたが、枝雀師匠は亡くなる前に、自分の高座が終わって降りてくると、「だめだ」とか「あかん」とかおっしゃっていたそうなのです。客席はもう大うけで、爆笑の連続であったにもかかわらずです。 なぜここまで自分を追い詰めてしまったのか・・。米朝師匠が枝雀師匠のことを語っておられました。 「枝雀は同志ですな。落語のことについてあんだけ真剣に話した男はおりませんな」 「噺の中に出て来る人物全員の年齢、風貌、職業、性格などを記しました『小米メモ』を作成いたしまして、それを基に噺を演出しようとしたものです」(p36)という枝雀師匠(注 「小米」とは枝雀になる前の名前)は、生涯、「笑いとは何か」を探求した人でした。 この本は、六十一の噺を題材として、「笑いとは何か」を枝雀師匠が語ってくれはった本、私達のために残してくれはった本。私はそう思ってます。
2009.04.30
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今日、午後から出張。帰りに元町で猫カフェを探したのですが見つけることができず、目に止まったジャズ喫茶(Jam Jam)に入りました。 地下にあるお店です。 入ると大音量のジャズが流れています。珈琲を注文してゆっくりと耳を傾けると、どこか聴き覚えのあるトランペットの音。 お店の方に訊ねると、カウンターの後ろにおいてあるジャケットを指さして、「マイルスです」と。「マイルス・イン・ベルリン」というアルバム。みんなものすごくのって演奏しています。 後でメンバーを調べてみると、マイルス(トランペット)のほか、ウエイン・ショーター(テナーサックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)。とんでもなく素晴らしいメンバーです。 大音量なのに聴いていて疲れません。よほどいい装置なんでしょう。 マイルスのアルバムが終わって、次のアルバムになります。 聴き覚えのある音とメロディー。カウンターの後ろを見ると、ケニー・ドーハムの「ラウンド・ミッドナイト」。40年前に学生だった折に、元町の北にあったジャズ喫茶でこのアルバムを聴いて帰りに買った一枚です。CDでも買って今でもよく聴いている一枚。 こんな偶然があるのかなと嬉しくなりました。 珈琲も美味しかったです。また行きたい店が一軒できました。
2009.04.30
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図書室にゅーす NO4 私のおススメ(2) ○○先生 『海馬 脳は疲れない』(池谷裕二・糸井重里 新潮文庫) 私が今回お薦めする本は、『海馬 脳は疲れない』(池谷裕二・糸井重里 新潮文庫)です。 この本は対話形式で話が進み、とても読みやすいです。脳の不思議を明かします。 池谷裕二氏はまだ30代ですが、東大薬学部を卒業し、現在同大の准教授です。 また糸井重里氏は女優の樋口可南子さんの夫で、コピーライターとして有名です。彼の頭の回転の速さは私のあこがれです。 この二人の対話なので、本当に面白いです。 糸井氏が絶妙な質問で池田氏の知識を引き出します。おそらく池田氏だけならもっと難しい本になっただろうと思いますが、糸井氏がわかりやすくまとめます。 ひとつ例をあげると、脳は言葉で固定されるので絶対自分を「ばかだ」などと宣言してはいけない、脳はそれを実現しようとするなど。逆に自分は天才だと固定しては? 私は、自分が本当は宇宙人で頭の中は空っぽかもしれないと悩んだことがあります。 MRIを撮る機会があり見ると、ちゃんと中身はありました!海馬があり小脳もあり、ほどよくしわもあり、普通の脳でした!本当に嬉しかったので、写真をいただき部屋に飾りました。 皆さんも脳があって当たり前と思わず、興味を持って調べてみてください。そうすれば脳ももう少し私たちの期待に応えてくれるかもしれません。 私のおススメ (3) △△先生 『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店 みなさんは、「そうじゃ、わしが知っておる」としゃべる博士や、「そうですわよ、わたくしが存じておりますわ」としゃべるお嬢様に会ったことはありますか。 まずないと思います。それなのに、私たちは上記のようにしゃべる特定の人物像を思い描くことができます。これはとても不思議なことだと思いませんか。 本書では、このような特定のキャラクターと結びついた特徴ある言葉遣いのことを「役割語」と呼び、現実の日本語とは一致しないこの「役割語」を私たちがなぜ理解できるか解き明かしていきます。 この本を読み終わったとき、私は「日本のサブカルチャーの発展は、日本語の特徴(一人称代名詞や文末表現の多様性など)と切り離せない関係にあるのではないか」と思いました。きっとみなさんも「日本語って面白いなぁ」と感じるはずです。 ちなみに、この本の著者である金水先生もとても面白い先生です。 <人間捨てたモンじゃない> 『猫の帰還』R・ウェストール 徳間書店 第二次大戦中、ドイツと戦うイギリスを一匹の猫がご主人様を探して旅をします。爆撃を受ける町、家を失った人たち、主人が戦死して生きる希望を失った女性。 猫は旅を続け、人々と会い、一時期生活を共にします。 この黒猫とともに生活をしている間、平凡な生活を送っていたお年よりは勇気を奮って被災者たちを助けます。住むところを見つけ、食料を調達します。 ご主人が戦死してしまった女性は、黒猫と一緒に旅をしていた子猫が寒さの中で死にそうになっているのを助け、それをきっかけとして生きる希望を取り戻します。 これは旅する猫の物語です。同時に、自分の中に眠っていた力に気がつき変わって行った人たちの物語でもあります。 ☆ いま、「猫」とタイトルがついている本を片っ端から読んでいます。なかでもこの本は、「読んでよかった」本です。 主人公の猫(メス)は大活躍し、周りの人たちを幸せにしていきます。私のような猫馬鹿にとっては至福の本でした。 ポーの『黒猫』とはエライ違いで、黒猫を吉兆ととらえるか凶兆ととらえるか、文化の違いも見て取れます。また、一読されれば分かると思いますが、いかにもイギリスの小説です。
2009.04.29
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○春の朝言われるままの服装(なり)をして まろ 朝食を済ませて部屋に入ると、すぐに妻がすっ飛んできます。私の服装をチェックするためです。 「何にも言わないと何日でも同じ服装をしてるんやから」 というのがその理由です。 シャツはこれ、ズボンはこれ、背広はこれ、とすべて指定して再び台所へと走って行き、弁当の最終仕上げ。 私に着る服についてのポリシーというものがないわけではありません。ただ、妻の目から見ればないに等しいわけでしょう。 結果として、「黙っとったらこいつは何を着ていくか知れたモンではない」という私に対する不信感丸出しになるのでしょう。 妻がそうなってしまった責任の大半は私にあることは論を待ちません。 こういうのを「身から出た錆」というのでしょうか。
2009.04.29
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最近、厳罰化の傾向が強くなっていると感じる。 テレビやラジオでは、「遺族の悲しみを代弁する人たち」が幅を利かせている。 また、自分ではそんな生活は体験していないのに、知人の芸能人がどん底の生活を送ってきたことを引き合いに出して、犯人の悲惨な生い立ちを考慮する必要があるのではないかという弁護士の主張に対して、口汚く罵る人もいる。 遺族が犯人を許せないという心情を語るのは理解できる。 どん底の生活を体験してきた当の本人が、生い立ちを理由にして自分が犯した罪の弁解とするのはおかしいんじゃないかと語るのも当然だろう。 ただ。 遺族の中には、長い苦しみを経て犯人を許すという心情に立ち至った人もいる。 どん底の生活を体験した当人は、ひょっとしたら、犯罪を犯すに至った人物と自分との距離を遠いものとは感じていないかもしれない。 テレビのワイドショーに溢れる「他人の心情を代弁する人たち」を見ていて、「他人のふんどしで相撲を取る」という言葉と、「寄生虫」という言葉を思い出す。 死刑を誰が執行するのか。刑務官の人たちである。「業務」というにはあまりにも過酷である。 私が死刑という制度について諸手をあげて賛成できない理由のひとつはここにある。 遺族の心情を代弁し厳罰を求める人たちは、刑の執行に携わってはいかがか。 正義感も満足できることだろうし。
2009.04.28
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バス停からマンションまでの道の途中に、綺麗なチューリップの花を見つけた。 ちょっと寄り道してみた。 しゃがみこんで覗いてみた。 全部で四本ある花の中の右から二本目の花の中で何かが動いている。目を凝らしてみると、ちっちゃな女の子がいた。ホントなんだ。チューリップの花の中にお姫様がいるって本を昔々に読んだことがあるけれど、ホントなんだ。 嬉しくなって、花の近くに顔を寄せてじっと見ると、そのちっちゃな女の子もこちらを見た。 青い服を着ている。遠いペルシアのラピスラズリのような深い深い色の服だ。 髪は黒く、肌はぬけるように白い。黒い瞳でじっとこちらを見ている。 そのうちに、蒲公英の綿毛が空から降ってきた。 そのちっちゃな女の子はすっくと立ち上がって綿毛をつかむと、風に乗ってすーっと飛んでいってしまった。 あとには四本のチューリップが残っていた。 チューリップの中にお酒を入れて飲む人たちが世界のどこかにいるらしい。
2009.04.27
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青い空から一本の黒い糸のようなものが下がっているのが見えた。 少しづつこちらへと近づいてくる。 糸の先のほうに何か見える。 だんだん大きくなってゆく。 人間みたいだ。 どんどん近づいてくる。はっきり見えるようになった。 女の子がブランコに乗っている。 白い半袖の服と、ふんわりと広がったスカートが見える。朝日が左側からあたっている。 顔もはっきり見える。笑っている。 朝の光りが気持がいいのだろうか。それとも、ブランコに乗っていることが楽しいのだろうか。 ピンクの靴を履いている。先が丸くなっている靴だ。 ベランダに立っていた私は手を振った。隣の家の人も庭に出てきて手を振っている。 女の子は、ビスケットの缶の絵の中の少女のような巻き毛をそよがせながら私のほうを向いて微笑んでくれた。 次はいつ来てくれるんだろう。 その時のために服を新調しなくては。
2009.04.26
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アメリカ映画を見ているとオーバーオールを着ている男性が出てくる。 たいてい太っている。丸々としている。で、それがとてもよく似合う。ひげなんかはやしている。そんなものなのかなと勝手に思っていた。 私が住吉駅から乗り込んだとき、快速電車は席がすべてふさがっており、つり革を持って立つことになった。次の駅で近くの誰かが降りてくれたら座れるかもしれない。 進行方向に向かって左側の席にオーバーオールを着ている男性が座っていた。私もやせているほうだが、その男性もやせていた。健康診断があれば、「やせすぎ」と判定されるタイプだ。 なのに、男性はぶかぶかのオーバーオールを着ていた。 その部分だけはアメリカ映画だった。 六甲山の山並みを見ながら、ぶかぶかのオーバーオールをちらちらと見ていたら、ぶかぶかのわけが分かった。 赤ちゃんが寝ていた。ぶかぶかの中に。 髪の毛がぽやっと生えている。口が半開きになっている。 お父さんはまるで青いカンガルーだった。 カンガルーの父子は次の駅で降りていった。空いた席には私の前にいた娘さんがひらりと座った。 もう少しだから立っていよう。敬老精神を振りかざす年でもあるまいし。
2009.04.26
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図書室にゅーす NO3 <図書室がちょっとだけ変わりました> 二年生、三年生の人たちは三階の渡り廊下を通るときに、「あれ、ちょっと変わったな」と気がついたかもしれません。 図書室のドアをできるだけ開けるようにしています。中の様子が見えるようになりました。 ちょっとのぞいてみてください。ふらっと入ってきたら、あなたに読んでもらいたがっている本と出逢えるかもしれません。 <図書カードで思い出作り> 入学してきたときに、図書委員の人たちが一人一人の「図書カード」を作ってくれます。きみたちが図書館で本を借りたときに、このカードに借りた本の記録が残ります。 君たちは全員図書カードを持っている。そのことを知ってましたか? 図書カードは、きみたちが卒業するときに君たちの手元に返却されます。 その時に、真っ白のままだったら。図書室の担当としてはとても残念に思います。 卒業するときに手元に帰ってきた図書カードに、たとえ一冊でも借りた本の記録が残っていたら。その本のことを懐かしく思い出せたら。 思い出とはそんなものかもしれません。 <猫の写真を持ってきてくれませんか?> 図書室で連休明けくらいにミニ展示を計画しています。 第一回のテーマは、「図書室の猫たち」です。 図書室での展示ですから当然、本の紹介が中心になります。でも、それだけでは面白くない。 猫を飼っている人、猫好きの人、自分の可愛い仔の写真を持ってきてくれませんか? 一緒に展示したいと思っています。 写真の裏に、クラス・出席番号・氏名を必ず書いてください。 返却する時に必要ですから。 待ってます。 <私のおススメ(1) ○○先生> 今年度着任した△年□組の担任をしている○○です。 先日、生徒に薦めたい本を探すため、本校の図書館をのぞきました。 その中で目に留ったのは、講談社吉川英治著の『三国志』(1)~(4)です。この本は今から1800年前の西暦200年ごろに中国大陸で起きた、三国時代(魏・呉・蜀)の話です。私がこの本の中で気に入っているところは、現在、劇場でも公開されている「レッドクリフ(2)」でも題材となった「赤壁の戦い」です。 この戦いでは、蜀の劉備、呉の孫権の連合軍が、大軍を率いた魏の曹操軍に、巧みな戦略を用い勝利するものです。史実とは違い創作的な部分も多分に入ってはいますが、読んでいて爽快感のある場面だと思います。 他に諸葛亮による様々な戦略や、魅力的な多くの武将が登場するなど、読んでいても飽きないと思います。 全四巻とボリュームはありますが、読み終えた時の達成感はかなりのものです。一度図書館を訪れてこの本を手にとり読んでほしいものです。
2009.04.25
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土曜の朝。目覚ましは7時半に合わせてあるのだけれど、6時半に目が醒めてしまう。 起きてコーヒーとトースト、ベーコンエッグの食事をする。 冷蔵庫からグレープフルーツジュースを出してグラスに入れる。よく冷えているからか、グラスがうっすらと曇ってくる。 中国旅行に行ったときに買ったエンヤのCDをかける。 窓の向こうにマンションが見える。 屋上に避雷針が立っている。 思いついて冷蔵庫の野菜入れの中からトマトを出してきて四つに切る。何もつけないで食べる。甘い。フルーツトマト。 オリノコフロウが流れてくる。 この曲、いつ聴いてもいい。 窓の上の隅から何かがゆっくりと降りてくるのが見えた。 人間だ。横たわっている。白い長袖の服に白いズボンをはいている。素足だ。風がほとんど吹いていないために長い髪が垂れ下がっている。女性なのだろうか。 避雷針にむかってその人はゆっくりと降りていくように見えた。 避雷針の手前なのか、むこうなのか。 避雷針の上でぴたっと止まったように見えた。そのまま止まり続けるのだろうか。 避雷針はゆっくりゆっくりとその身体に刺さっていった。手がまるで背泳ぎをしている水泳選手のような動き方をする。ゆっくり、ゆっくりと。 足は小刻みに震えている。 かなり離れているからだろうか、悲鳴のような声は聞こえない。 しかし、人間の耳がやっと捉えられるような高い音が耳に届いてくる。 その人が発している声かどうかはわからないが。 とうとう突き抜けてしまった。赤いしみのようなものが白い服に広がっていく。 ゆっくり。 その人は避雷針のちょうど真ん中あたりでぴたりと止まってしまった。 赤いしみはどんどん広がっている。 手は動かなくなり、身体の横にだらりと垂れ下がっている。 カーテンを閉めた。
2009.04.25
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その青年が乗ってきたのは芦屋だった。 彼は乗り込むとすぐに背負っていたバッグを足元に置き、なんのためらいもなく床に座った。 壁にもたれかかってだらしなく座ったのではない。背筋をぴんと伸ばして正座したのだ。 両手はひざの上に揃えられている。 彼はしばらく目を閉じた。 私の横に座っていたやや年配の女性は奇異なものでも見るような目つきで彼を見ていた。 目を閉じていたのは一分間ぐらいだったろうか。彼はバッグのチャックを緩めて、白いハンカチを取り出して自分の前に敷いた。 そしてステンレスの小型のポットを取り出した。 次に手の中にすっぽりと入ってしまうような筒型の茶碗を取り出した。さらにバッグからは茶筅、棗、茶杓が出てきた。 彼はお茶を点てはじめた。 茶碗を手で包むと、彼はいかにも美味しそうに茶を喫した。 バッグから懐紙を取り出した彼は茶碗をぬぐってバッグの中に入れた。 それから後はフィルムを逆回転させるように、白いハンカチの上に置かれていた茶道具がバッグの中に吸い込まれていった。 快速電車は西宮に着いた。 青年は立ち上がってドアから出て行った。 それだけのことであった。
2009.04.24
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池谷 ええ。人間に類推するという点では、おととし報告された例で、タクシードライバーの海馬を調べたユニークな女性の研究者がいたんです。 タクシードライバーとそうじゃない人との海馬を比べると、タクシードライバーの海馬の方が大きかったんですよ。 糸井 いろいろな道を通るとか、いろんな人に会うというような、新規の刺激にいつもさらされているから? 池谷 そうです。その証拠に、海馬の大きさは、タクシードライバーになってからの勤続年数に比例して増えているんです。海馬が一番大きいのは、50年以上もタクシードライバーをやった人だとか。 ☆『海馬 脳は疲れない』池谷裕二・糸井重里 新潮文庫 p159 「海馬」とは脳の中で記憶を司る部位だそうです。面白い本です。お奨め。
2009.04.24
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「図書室には猫がいる」 1 日時 5月11日から15日まで。 2 場所 図書室 3 展示品 A 猫に関する書籍(単行本 文庫本 マンガ本 写真集 雑誌) B 猫の写真(教師 生徒) C 展示に関するパンフレット ○図書室にある猫の本の紹介。 ○ 印象的な猫についての文章の紹介 D 猫に関するグッズ 4 準備 (1)書道部・アニメ研・美術部・写真部にポスター、作品を依頼。 (2)図書室の猫関係の本を洗い出して、紹介文の依頼。 (3)パンフレット作り 4/27 図書館ニュースNO3で依頼。 ☆図書館でミニ展示、ミニ企画展をやってみようかなと思っています。期間は連休明け。 「なぜ猫なんですか?」と訊ねられます。 答えは簡単。「私が好きだから」 こういうのを「職権乱用」と・・・言わないでしょうね。 生徒諸君・教職員の皆さんが来てくださればいいんですがね。
2009.04.23
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豊臣政権の重要施策を取り上げました。 基本になるのは、「被治者の同意(積極的・消極的)を得られない政策は実行できない」という事です。 検地は、土地の実際の耕作者を検地帳に登録するわけですから、実際に耕作している農民からすれば土地に対する権利を認めてもらえたわけですからプラス。年貢の支払いという負担は発生しますが。 刀狩については、藤木さんの『刀狩』(岩波新書)を参考にしました。 農民にとっても一人前の男のしるしであった腰の刀を一挙に取り上げてしまい丸腰にしてしまうことは農民たちの同意は得られない。 そこで妥協が行われます。 村内、他の村とのトラブルの解決には刀を使わないこと。鉄砲は野山の鳥獣を狩ることには使ってもいいが、人に向けてはいけない。これは武士も農民もともに縛るルールとなっています。 武器は、使用を凍結するという方向に進んだようです。 生徒たちに尋ねてみました。 刀狩は、農民たちの武器をすべて没収する、という方向ではなく、武器をトラブル解決のために使わない、という事に主眼があった、この事のプラスとマイナスは? プラスの答えで圧倒的であったのは、「トラブルで人が死ななくなったこと」 マイナスの答え。「問題解決に時間がかかるようになった」「問題解決に頭を使わねばならなくなった」「武士に対して不満がある時に抵抗する力が弱くなった」「落ち武者狩りができなくなった」 結局、人々はプラスの方向を選び、武器による問題解決を凍結する方向に進みます。 また、武士も農民もともに鉄砲を使わないという取り決めが長期間守られたという点は、「江戸」という時代を見直してみる一つのきっかけともなりそうです。 そして、身分統制令。身分の移動を禁止した法令です。「人掃令」ともいいます。 身分の移動を禁止する社会。 それは一方では下克上の社会(戦国時代)は終わった!という宣言でもありました。そして一方では、「職業選択の自由」がなくなった時代でもありました。 質問してみます。 自分で何になろうかと考えないでいいんやから楽なんと違う? 以下は生徒たちの答えです。 楽 ○悩まないですむから。 ○父がやっている仕事を継がせてもらえるのなら楽だ。色々教えてもらえる し、誇りも持てる。 ○何もしなくても将来がわかっているから。 ○決まっていた方が色々と悩まないで良い。 ○決まっていたら、雇用は安定すると思う。 嫌だ ○仕組まれた人生に興味はありません。 ○自分にやりたいことがあったら他人に決められるのは辛いだけだ。 ○私は自分でやりたいことがあるからそんな社会は嫌だ。 ○私は自分で悩んで、考えて決めたい。 ○将来の夢が小さな時からなくなってしまいそうだ。 当時も、平和になったし、とりあえず、親の仕事でも継いどくか・・という人たちが多数派だったんじゃないかな。今でもそういう人は結構いるね。昔の人たちもそんなに変らなかったんじゃないか。 強烈に「自分は親の仕事を継ぐのは嫌だ!私はこれがしたい!」と思っていた人は逆に少なかったんじゃないか。 ただ、「自分の将来は自分で決めたい」と思っている人たちは確実に多くなっている。それは江戸時代と今との大きな違いやね。 徳川時代、大坂夏の陣で日本中から大規模な戦闘が消えてなくなります。 人々が長い間望んでいた平和な社会が訪れます。
2009.04.23
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ゲージツの薫り高い写真を撮って見ました。 こんな風に撮ると面白いですね。 魚眼レンズみたいです。
2009.04.22
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『誤読日記』を読みました。著者は斉藤美奈子さん。出版社は朝日新聞社。 書評集ですが、この本の末尾に、『誤読日記』の書評も載っていて(手がこんでます)、「週刊朝日」と「アエラ」に連載されたということがわかります。 この本は、著者自身の書評ではどう紹介されているか。サブタイトルは、「市場原理に無駄な抵抗を試みる『本のワイドショー』の舞台裏」となっています。 175冊の本が紹介されているのですが、その大半が「売れた本」。なるほど、「市場原理が貫徹した本たち」ってことですね。「売れたが勝ち」でしょうから。 ワタクシ、ここで紹介されている本(特に前半)、見事に読んでおりません。「読んだことあるぞ」というのは、真ん中あたりの、『縄文の生活誌』(あとで回収された本)が最初。ずーっと探して、全175冊の中で5冊ほど。怠慢というか時代に後れているというか。ま、後れているという意識もないからいいかな。 この人の書評には「芸」があります。ワタクシ、この人の本は結構読んでいるのですが、それはこの「芸」を楽しみたいという気持があるからです。 取り上げる本によって文体を変えるなどとは朝飯前、この人の独自の視点(右斜め45度あたりから切り込むんです)は読ませます。皮肉の言い方一つとっても、本気とすれすれのところでかましますから、「誤読」する読者も出てくるかもしれません。 ひとつだけ紹介しましょう。 『ヤクザに学ぶ交渉術』 あれっ、どうしてこんな本に説得されそうになったんだ? さすがだわ。この本自体が巧みな「ヤクザに学ぶ説得術」で書かれているのだ。 そういえば、イラクへの武力行使容認決議案の採決をめぐって大詰めを迎えている国連安保理でも、もっかぎりぎりの「交渉」が続いている。<最悪を想定して肚を括れば突破口は開ける><相手のミスは徹底的に突く><「正義は我にあり」の思い込みが最大の武器になる>といったこの本の「交渉術」を見ていると、どこかの国の首脳陣を思い出す。やはり「ヤクザ」だったんですかね、あの国も。(p146) 書名を見て驚いたのが、中曽根君の『自省録』。『自省録』という本は、ローマ皇帝のマルクス・アウレリウス・アントニウス(このような長い名前が出てくるので世界史で挫折する生徒が出てくるわけですね)の本の題名なのです。さすが、大勲位。ローマ皇帝と同じ題名を自著につけたわけですね。 斉藤さんは、『自慢録』の誤植だろうと突っ込みを入れていますが、私はそうは思いません。ナカソネ、ついに誇大妄想狂の域に達したわけです。老醜という言葉が浮かんできます。 同じように誇大妄想狂の域に到達したのが小林よしのり。 <そもそもわしは丸山真男に始まり、加藤や大江の言ってきた昔ながらの「個の確立」というやつに対するアンチテーゼとして「戦争論」を描いたんだからね> だそうで、いやいや、お見それいたしました。 切り捨て方がまたすごい。こいつは『戦争論』をちゃんと読んでいないのじゃないかと教祖はたびたび論難するが、師自身、敵の論文をほとんど自分は読んでいない。インタビュアーが仕込んできた情報を聞いて「どうしようもないね」とクサすだけ。言論人だったら許されないが、教祖だからしょーがない。というか、それが教祖の正しい態度だろう。論敵の研究などは弟子に任せ、自分は椅子にふんぞり返って託宣を下すのが教祖の役目だ。P168 面白い本です。二ページほどの文章ですから楽しみながらサクサク読めます。
2009.04.22
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最近ちょっとスランプに陥っています。 といいますのは、妻が何かアホな事をやらかした時に、「アホちゃうか」と言うと、妻が「そのアホと結婚したのは誰なんよ」と生意気にも言い返すようになったのです。 ま、過去を振り返ってみればその通りというか、一時の気の迷いというか、色々あるのですが、妻の言い返しに対してピシッと言い返す言い方はありませんかね? 「その『アホと結婚するようなアホ』と結婚したのは誰やねん!」というと、延々と続いて、落語「次の御用日」みたいな事になりますから、こういうのはナシでお願い致します。
2009.04.21
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図書館にゅーす NO2 Tomorrow is anotherday このセリフは、『風とともに去りぬ』のラストを飾る名セリフとして知られています。 映画『風とともに去りぬ』が製作されたのは1939年のことです。この映画が日本で公開されたのは太平洋戦争が終わった1952年のことです。 ところが、戦争の最中に幸運にもこの映画を見た人たちがいます。当時日本が占領していたシンガポール(昭南といっていました)で徳川夢声という人がこの映画を見ています。 夢声は、日記に『風とともに去りぬ』の感想を以下のように書いています。(「夢声戦争日記」徳川夢声 中公文庫 第三巻 昭和十八年一月四日の項) 私は「風と共に去りぬ」を見ながら、身体が震えるような気がした。 はて、日本はアメリカに勝てるかな?という囁(ささや)きが、しきりに耳にきこえる気がしたのである。こんな素晴らしい映画をつくる国と、近代兵器で戦争をしても、到底勝てっこないのではないか? 私がアメリカに恐れをなしたのは、A これだけの大映画を作る資本力は、おそるべし。B これだけの大映画を作る機械力は、恐るべし。C 映画のモギ戦争ですら、これだけの大軍を整然と動かし得る機動力、おそるべし。D 物語全篇をつらぬく、正義観念と、その正義を実行する勇気、その実行力おそるべし。 夢声の心配が的中したのは君たちも知っているとおりです。 さて、この名セリフ、どう訳されてきたのでしょうか。 直訳すれば、「明日はもうひとつの日だ」ということになります。 でも、それでは面白くない。何がなんだか分からない。 一番最近、NHKのBSで放映された映画では、「明日に希望を託すのよ」となっていました。 「明日は明日の風が吹くのよ」と訳されたこともあります。 この映画の原作は、マーガレット・ミッチェルという女性が書いた『風とともに去りぬ』で、図書館には、新潮文庫の5巻本(933-k5 右側文庫本の棚です)があります。そこではどう訳されているか?(ミッチェルは、『Gone with the wind』ではなく『Tomorrow is anotherday』という題名を考えていたそうです) 明日はまた明日の日が照るのだ。(大久保康雄・竹内道之助 訳) この本、『お楽しみはこれからだ』は、和田誠さんが、イラスト+映画の名セリフを集めて作った本で、映画大好き!という人にはたまらない本です。図書館の左の端の棚にあります(778-w2)。 本を読んでから映画を見る。映画を見てから本を読む。図書館には映画の原作本もあります。 ○『納棺夫日記』青木新門 文春文庫 国内映画賞を総なめにした映画『おくりびと』の原作本。 アカデミー賞・外国映画賞も受賞したことはみんなも知っているとおりです。 葬儀社に就職することとなった主人公(元木雅弘さん)。最初はどんな仕事かも知らずに現場に行って、驚きの体験をします。 でも、徐々に自分の仕事に誇りを感じるようになります。 しかし、身近な家族や友人は、「死体を扱う」という仕事をなかなか受け入れることができません。 「穢らわしい、近づかないで!」というセリフを妻(広末涼子さん)から、主人公は投げつけられます。 主人公は言葉で妻を説得しようとはしません。 自分が仕事に打ち込み、なくなった人を送るということはどういうことかを態度で示そうとします。 その姿に接した妻は・・。映画も、本もいいですよ。
2009.04.21
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四月半ばで「夏日」だそうです。 何もそんなに急がなくても、と思います。やはり、春は春らしく、夏は夏らしくあっていただきたい。 繰り返しますが、四月半ばですよ、まだ。 春はもっと自分に自信を持っていただきたいものです。 でも、そんな時、街を歩いていて、以下のような句が浮かびました。 ○絽に日傘涼しき女(ひと)の歩きけり まろ そこだけ涼しいのですね。 ショートパンツとかタンクトップの女性を見るとなぜか暑苦しく感じる時があります(そういう女性を眺めること自体は好きですが)。不思議なものです。 ご本人はかなり暑いと思うのですが、それを外に出さないできりっと歩いていらっしゃる。 だから涼しいのですね。私はマネが出来せん。
2009.04.20
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本日は好天に恵まれましたので、車でいろんなところを巡って来ました。 まず、パンタグリュエル。名前の由来をお聞きしますと、ラブレーの小説から・・とのこと。なるほど。「岩波文庫でも出てます、ラブレーの長編小説ですね」と解説をいただきました。よく質問があると見えて、ガルガンチュワかパンタグリュエルかの絵が載っているシートを用意されていました。ここで食パンを買い込みます。 そして、ナビに「鷲林寺」と入れます。ナビはちゃんと認識してくれていくつかの候補を挙げてくれました。このお寺、「じゅうりんじ」と読みます。 バスで、「鷲林寺行き」という路線があるのですが、ここまで来て見て、人家が多くあることにびっくり!しかし考えてみれば、利用者がなければわざわざバスを走らせることもないわけで、思い込みというのは怖いものです。ものすごい辺鄙なところだろうと勝手に思い込んでいました。 かなり高いところにあります。境内には鷺草、そして八重桜が咲き誇っており、はるか彼方まで見晴るかすことが出来ます。近くに森林植物園もありますが、ここはかなりの人で今回は敬遠。 境内を巡っていますと、何か準備をしておられます。春季大祭ということで、十一面観音菩薩のご開帳があり、声明があり、名物草団子も用意されるそうです。四月二十一日。火曜日ですから、当然ワタクシは仕事。・・草団子に心惹かれますね。退職したら心置きなく行けますからその日を楽しみにしたいと思っています。 駐車場近くのフェンスに、「ここは修道院の敷地ですから立ち入らないようにしてください」なんて看板がかかっています。お寺の横に修道院??? 鷲林寺を後にして少しばかり下りますと、ありました!来る時はまったく気が着きませんでしたが、修道院。「シトー会」とあります。聖母修道院。検索して調べてみると、北海道のトラピストの子院としてまず兵庫県の加古川に設立され、その後、現在の場所に移ってこられたとのことです。 近づいていくと、にこやかなシスターが出ていらっしゃって、招き入れてくださいました。当然、クッキー数種類を買いました。 それから、神呪寺へ。ここは「かんのうじ」と読みます。ホームページを見てみますと中々波乱万丈のお寺で、信長が自らに対して叛旗を翻した荒木村重という武将を追討した時に多くの堂塔を消失したと書いてあります。それにしても、こんな高いところまで来たんですね。 それにしても、「神呪寺」。「呪」という字は、「呪い」という意味以外に別の意味があるのでしょうか? 鐘楼があるのですが、赤いベレー帽をかぶった小粋なフランス人のお爺さんが、力いっぱい撞いてました。なぜフランス人だとわかったかといえば、英語ではないことは即わかりました。そして、若い時に結構フランス映画を見ましたので、なんとなく、わかったのであります。ベルギーの方であったりしたらごめんなさいですが。→写真はこの方たちです。 西宮に来て二ヶ月半、いろんなところがあって楽しく過ごしています。 三匹も帰ってきましたし。今日は、マンションの裏手にある小さな神社におまいりしてきました。いなくなった時に、「帰ってきますように」とお願いをしましたので。お賽銭もおいてきました。 いっぱいお願いをしてきましたが、何をお願いしたかは秘密なのであります。
2009.04.19
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お昼は、最近定番となりつつあるスパゲッティ。 ネギを大量に切って、鳥のスモークを薄切りにして、トマトを手で潰して、中華鍋で(三人分ですから、やや量が多いので)炒めます。オリーブオイルを使います。コンソメスープの素を砕いてパラパラ。 アンチョビソースを入れます。 スパゲッティの茹で汁をお玉に1,5杯入れ、そこへ茹であがったばかりのスパゲッティを放り込んで、適当にかき混ぜます。 あとは皿に盛ってハフハフいいながら食べます。 マイルスの「カインド・オブ・ブルー」を聴きながら食べると、さらに美味しく感じます。これは私だけでしょうが。 ひばりさんの「川の流れのように」もいいかもしれませんが、「悲しい酒」はちょっと・・。
2009.04.19
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『アフターダーク』を読み終えました。 淡い希望のようなものを感じました。「再生」と言ってもいいかもしれません。 こんな感じは初めてかな。 描かれているのはかなりハードな世界で、気にいらないヤツの耳を今でも削ぐのかと訊ねられて、「命は一つ、耳は二つ」なんて応える場面もあったりします。 「ハードボイルド」をかなり意識的に書いているようですね、村上さん。 いろんな作品を読んできて、文体と構成に凝る人だなと思ってきましたが、この作品では、「誰の目から見た作品であるか」についての実験が行われているように思いました。 あいかわらず登場人物はくっきりしています。気持がいいくらい。 書店に行って『辺境・近境』『うずまき猫のみつけかた』『若い読者のための短編小説案内』を買いました。 『パン屋再襲撃』『レキシントンの幽霊』『カンガルー日和』『回転木馬のデッドヒート』は図書館で借りて読みました。 まだ当分、この傾向は続きそうです。 他の本も読んでいるんですよ。授業がありますし。
2009.04.18
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図書館にゅーす N01 読書の楽しさ 読書の楽しさを語る文章でよく引用されるのは、古典の時間に習う『更級日記』でしょう。 へんぴな東海道の果てよりなお奥深い上総(かずさ 現在の千葉県)で育ったわたくしは、いなかの野暮ったい小娘に見えたことだろう。そのくせ、どうして思いついたものやら、世間では物語というものがもてはやされていると聞いてからは、なんとかそれを手に入れて読みたいものと、日夜思い続けていたのだった。 (と、物語にあこがれた少女はのちに京の都にのぼり、『源氏物語』の若紫の巻を手にすることができます。しかし、少女は、「『源氏物語』の全巻を何とかして読みたい」という思いに駆られるようになり、神様や仏様に願います。そして・・。願いは通じて、『源氏物語』の全巻を手にすることができます。) 胸をどきどきさせながら、今まではごく一部しか読めないので納得しにくく、もどかしく思っていた『源氏物語』を、第一の巻から読み始めた。だれにも邪魔されず、几帳(きちょう 室内のしきりに使った道具)のうちにうち伏すようにして引き出しては見る心地を、何にたとえようか。女に生まれて最高の望みと人の言う皇后の位も、問題にならない。昼は一日中、夜は目が覚めているかぎり、灯火を近くにともして、これを読むこと以外、何もしないで暮らしているので、われながらあきれたことに、物語の一節がそらで頭に浮かんできたりする。 年ごろになったら顔立ちもこの上なくよくなって、髪もすばらしく長くなるに違いない。そして、光源氏に愛された夕顔、宇治の薫大将に愛された浮船のように、きっとなるだろう・・と考えていた・・。 『阿部光子の 更級日記/堤中納言日記』(集英社)→図書館の<古典>のコーナーに在ります。 本を読む楽しさは今も昔も変わりません。<朝の読書> 朝の読書は、1988年に千葉県の高校で始まりました。授業が始まる前の10分間、1、みんなで。2、毎日。 3、好きな本、興味のある本を。 4、ただ読むだけ、という四つを原則として始まりました。 「この本を読みなさい」という強制もありません。「はい、感想を書いて」と言うこともありません。ただ読むだけ。 この朝の読書はあっという間に全国に広がりました。今では全国で二万校を超える学校が朝の読書に取り組んでいます。 なぜこんなに広がったのでしょう? ○集中力が向上した。○本が好きになった。○他人の気持ちが分かるようになった。○遅刻が減った。○読解力が向上した。 朝の読書を体験した生徒たちの間から、そんな声が上がっています。 朝の読書は、先生たちの取り組みだけで、努力だけで広がったのではありません。全国に広げる力となったのは、生徒たちの中から出てきた、上のような実感です。 上の五つの事柄はみんな、「自分が好きになる」「自分を見直す」ことにつながっています。 本の中にはあなたの知らない世界が広がっています。そんな世界に触れたあなたは、昨日とは違うあなたに出会えるかもしれません。 気持ちを落ち着けて本に向かってみましょう。 穏やかな気持ちで一日をはじめてみましょう。 好きな本、興味のある本を手にしてみましょう。あなたが持っている本でも、学級文庫の本でも、まず一冊手にとって見ましょう。 本との出会いが待ってます。 ※図書館の担当になってやってみたいことはいくつかあるのですが、その一つが「図書館ニュース」の発行でした。 図書館の本を紹介しつつ少しでも本に接してほしい、手にとってほしいと思っています。 今日は、ためしに、図書館のドアを開けっ放しにしてみました。廊下から中がよく見えます。 図書館に入るためにはまずドアを開けなければなりませんが、そのことがハードルになっている生徒もいるかもしれません。 廊下を歩いていて、ふと、「入ってみようかな」と思ってくれたり、中にいる私と眼が合ってしまって引きずり込まれたり・・・。 小さなことを少しづつ積み重ねて行きたいと思っています。
2009.04.17
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皆様、暖かいお言葉を有難うございました。ご心配くださって本当に申し訳ありませんでした。 馬鹿息子たちが帰還いたしました。 職場の猫友からも、「大丈夫、絶対に帰ってきますよ」と励まされたのですが、「いつ帰ってくるのかなぁ」と落ち込んでいた矢先でした。 少し遅くに帰ってきた妻が、呼ぶと、応える声があり、行って見るとチャー、そしてあももいたそうです。たまたま娘二人も家にいたためすぐに携帯に電話して三人で大捕り物。 餌でつったり、あれこれやりながら二匹とも捕獲に成功したそうです。 私はたまたま仕事で遅くなり、明石の家に泊まったのですが、落ち着いてメールを見たら「帰ってきた!」というメール。一気に心晴れ晴れとなりました。 それにしても妻の声の威力には驚きました。・・・三匹ともに男の仔であることに関係があるのでしょうか・・・。 帰ってきて三匹と対面。いま、あもは私のひざの上でくつろいでいます。 あーあ、ホントに振り回されっぱなしです。
2009.04.16
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昨日の朝、チャーとあもが脱走しました。まろは残っていたのですが、その後、私達の目を盗んで逃亡。 逃げることが出来そうなところはふさいだつもりでしたが甘かったようです。二ヶ月間何もなかったので安心していたのも事実ですが・・・。 でも、まろだけ帰ってきました。妻は涙を流して喜びました。ところが・・・朝になったらまた逃げていました。 すぐ探しに行きました。マンションの周辺を歩いていたら、まろがいました。「まろ」と呼びかけると、じっとこちらを見て、それから、だーっと逃げ去りました。 もう、がっくり。 で、マンションに帰って一階のエレベーターふきんに行くとまたまろと会いました。また逃げます。今度はマンションの周囲を囲ってある金網をよじ登って逃走。 そんなに嫌わなくてもいいだろう。 夕方帰ってきて周辺を探しましたが今度は影も形も見えません。もちろん、あももチャーもいません。とぼとぼ歩きながら情けなくなりました。 そうこうするうちに妻が帰宅。 妻は、五階から外にむかって「まろー!!」と呼んだそうです。 すると、やはり近くにいたんでしょう。一階付近で聞き覚えのある声がします。上から覗いてみると、いました!! 妻は走って降りてまろを抱えて上がってきました。 部分シャンプーをしてやり、缶詰をたらふく食べさせました。 とりあえず、今日はベランダには出さないで、明日もう一回点検して逃走口をふさぐことにします。 あもとチャー、どこまで行っていることやら。前の家なら簡単に帰ってこれたのですが、マンションの五階というのは勝手が違うのでしょう。でも、自分の匂いを逆に辿れば帰ってこれるはず。 そう信じて待つことにします。 まろとあもです。
2009.04.14
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二年生の世界史Bの初授業。7時間目というあまりよろしくない条件での初授業です。 直立二足歩行について、人間とサルとを分けるものとして説明します。 脳が、600cc(アウストラロピテクス)から1600cc(現代人)に巨大化したことを説明、教材として、片栗粉で作った「600cc」「1600cc」の「脳」を使います。 両方回して重さを体感してもらいます。 教科書には、アフリカのタンザニアで発見された360万年前の足跡の化石の写真が載っていますから、これを使って「物語」を作ってもらいます。 条件は、以下のようです。 1 真ん中の大きな足跡は成人の男子の足跡であること。 2 大きな足跡の左側に、並んだ形でやや小さな足跡が残されていること。 3 二つの足跡の右側にさらに小さな足跡があること。 やや小さな足跡は、女性なのか、大きな子どもなのか。小さな足跡は子どもだと考えられます。 これらの事からどんな物語を考えることが出来るのか?以下はその結果です。 A 昔、男と女と子どもは家に食べ物がないので探しに行った。でもこの辺には住んでいる人がいないために、三人で遠くの村まで歩いた。その途中、子どもは疲れて泣いてしまい仕方ないので男が子どもを抱いて歩いた。 B 三人家族でAとBが仲良く手をつなぎながら歩き、Cはその辺にある様々なものに興味を示し、あちらこちら歩いている。 CがうろうろしているのをAとBは会話をしながら見てほほえんでいる。 三人が海とか川に遊びに行った帰り道。村(?)にむけて歩いている。 C 親子が家族で歩いている。石器を父が手にして、もしかしたらなにか獲物を一緒に持っているのかもしれない。母も子も手になにか食糧になるものをたくさん持って歩いている。親子三人は仲間のもとに帰って行く・・こんな感じじゃないですか。 D お父さんが子どもに狩を教えに行く物語。兄の方はお父さんについていき、一緒に狩をしに行くけれど、弟はまだ小さいので遠くで二人の狩を見るために二人から距離を開けている。 E むかしむかし、お父さんとお母さんと子ども一人(ごんた)がいました。三人はいつも通り楽しく山中で暮らしていましたが、ある日突然、食べるものがなくなり、「ここはだめだ」と父ちゃんがいい、三人は一山離れた山中に引っ越しました。しかし中々新しい山にはつかず、三人は途方にくれましたが、突然前方に緑の生い茂った山が見え、そこまで頑張って歩きましたとさ。 F 父親が二人の子どもに狩を教えた帰り。勇ましく戦う父を横にして、あまり関心を持たない子どもたちに父は少し寂しさを隠しきれず、足跡が切なく見える。 G 昔々、とても昔、夫と妻と息子二人の四人家族がいました。夫は不倫をしていました。妻が知ってしまい、どこかへ行ってしまいました。反省した夫は息子二人を連れて妻を捜す旅に出ました。 H むかしむかし、一人の男(ごんざぶろう)と一人の女(たえこ)、二人の息子(だいじろう)がいました。三人はとても仲がよく、村でも有名な家族です。あるとき、だいじろうが海に行きたいと言ったので、ごんざぶろうとたえこさんとはだいじろうを連れて近くの浜辺へ行きました。貝殻を集めたりあさりを拾ったり砂で山を作ったりして遊びました。すると突然大きな波が来て三人に襲い掛かりました。 J 成人の男はその子ども二人を連れて打製石器を作るために必要な石を取りに行っていた。兄は敵に備えて父の隣を歩いていた。弟はその日初めてすみかから出たので、敵がいることに気がつかず父の傍らを離れてはしゃいでいた・・。 K 昔々、ある村に、三人の家族がいました。この家族はとても貧乏で、食べ物を探して毎日歩いていました。しかしいっこうに食べ物が見つからずに途方にくれていました。 L 男とその妻、子どもが並んで歩いている。 子「あ、ちょうちょだ!!」(追いかけていく) 男「おい、あんまり遠くに行くなよ」 女「あ、あそこに美味しそうな木の実があるわ。けど、高くて取れない・・あなた手伝ってくれる?」 男「ああ、取ってやるさ、そんなの朝飯まえだ」 女「朝飯前って、もう夕方じゃない。面白い人ね。あなたのそういうとこ好きよ」 男「あはは、そうだったな。あの木の実、今晩の夕食後のデザートにしようぜ」 女「いいわね。あれ、あの子は?」 男「おーい・・・あっ危ない!!ライオンに襲われそうだ!!オレがこの槍で・・・えいっ!」 時代背景も何も無茶苦茶ですが、修正しつつ、授業を進めて行きたいと思っています。 それにしても、色々思いついてくれるものです。
2009.04.13
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告:教会関係の方、および、まじめに人生を生きていらっしゃる方、さらに宗教について真剣に考察を深めていらっしゃる方は読まないで下さい。 A 自分、教会に行ったりせえへんの? B 行けへんで。 A なんで?結構関心あったりするんとちゃうの? B あのなぁ、家におって、「あなたは神を信じますか?」いうような人が来たら迷惑やろ。俺が教会に行って、「なんであんたら神様信じとんの?」なんて言い出したら教会に迷惑やろ。そんなもんや。棲み分け。 A そらそうやわなぁ。なぁなぁ、「三位一体説」ってあるやん、神と神の子と聖霊とが別々なんやけど、実は一緒やねん、みたいなヤツ。あれってなんなん?常識で考えてもわかれへん。 B あ、あれな。あれって、「ラーメンの全部のせ」みたいなんとちゃうか。 A 全部のせ? B 全部のせってあるやん、チャーシューも煮卵も角煮ものってるみたいな。そんなんちゃう? A ラーメンの鉢の中でみんなまるーくおさまってるみたいな? B 煮卵と、生卵と、錦糸玉子なんかやったらもっとええかもしれんなぁ。 A ほら、そんなラーメンあったら、「こっ、これはラーメン界の聖三位一体やー」って言わなあかんなぁ。 B ひこまろやん、それやったら。
2009.04.12
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BS「熱中夜話」で猫の特集を放映していました。 どの猫も可愛く、飼い主さんたちの猫馬鹿ぶりも、「あ、仲間だ」と私の心を暖かくしてくれました。動画で紹介される猫ちゃんたち、パネルで「出演」している猫ちゃんたち、 中々の美猫も見受けられました。 でも、その番組を見終わった後、いつものセリフを心の中でつぶやきます。 でもやっぱりうちの仔が一番かわいい・・。 ホントだから仕方ありません。
2009.04.11
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長い間生きていると、いろんな経験をするものです。 朝、電車に乗ると座席が空いていました。あ、ラッキー!と思って座ると、なるほど空いていたわけが分かりました。赤ら顔でニコニコしているおじさん(おじいさん?)が対面(「といめん」 マージャン用語で、自分の向かい側に座っている人のことを指す)に座っていたのです。座席の背もたれがおじさんを隠しておりましたのです。 さっそく話しかけられました。ワタクシ、応じるとも無く無視するでもなく、おもむろにバッグの中から村上さんの『パン屋再襲撃』(文庫本)を取り出して読み始めました。その表紙(持っていらっしゃる方はお分かりでしょうが、旧式の潜水服が描いてあります)を見たおじさん、「エス・エフですか?」で、あいまいに頷いているワタクシを置き去りにしておじさんの独演会は続きます。時々本から顔をあげておじさんの目を合わせてにこにこすると、おじさんもにこにこして話は続くのであります。 ワンカップ大関をあけてちびちびやりながらの独演会。 あんまり脈絡はありませんし、どんどん飛ぶのですが、分かることは分かるのです。 「足を曲げたときにお尻の湾曲を見ると女の人かなと思うんだけれど、顔を見るとこれが男。びっくりするよねぇ。」 別に同意を求めているわけではありません。どんどん進んでいきます。須磨のあたりで。「サンシャインだねぇ。ジョン・デンバーだな。・・ゴードン・ライトフットてのもいたなぁ。ベトナム反戦。」 「日産に一年いて、あとは港湾。刑務所にも入ったし。よく喧嘩はしましたよ。金属バットでドアを破ったり、なにやってんだ!とかね。でももう年ですね。喧嘩はもうできませんよ。」 「横浜なんです、私。これから九州に行くんです。」 おじさん、切符を粋に耳に挟んでいらっしゃいました。 垂水のあたりでおじさんの隣の席に若者が座って本を読み始めました。 「革命児サパタ・・・北朝鮮反対!アメリカ反対!いつの世でも若者は権力と戦ってほしいものですね。」 ここいらへんはよく分からないのですね。なぜ革命児サパタなのか? 快速電車は姫路で止まるのですが、おじさんは本当に姫路まで行くのでしょうか。
2009.04.11
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土曜の朝。何の因果か、六時に目が醒めてしまいそのまま起きてしまいました。 妻も起きてきてパンを焼いてくれます。 CDを聴きます。Boseで。引越ししてから床にスピーカーを置いて聴いているのですが、今日は、マイルス・デイビスの「Someday My Prince Will Come」。晴れた休日の朝にはとてもぴったり来ると思います。 マイルス・デイビス トランペット ジョン・コルトレーン テナー・サックス ハンク・モブレー テナー・サックス ウィントン・ケリー ピアノ ポール・チェンバース ベース ジミー・コブ ドラム フィリー・ジョー・ジョーンズ ドラム ものすごいメンバーです。 野球で言えばオールスター、歌舞伎では顔見世、相撲で言えば、大鵬、双葉山、雷電、谷風と揃ったようなもの。 マイルスは勿論いいのですが、ポール・チェンバースのベースが私は好きです。 Someday My Prince Will Come Old Folks Pfrancing Drad-Dog Teo I Thought About You Blues No. 2 Someday My Prince Will Come [Alternate Take] 1961年録音。
2009.04.11
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日本史 1 織田信長 B7の紙片配布 「名前 よみがな 一言」自己紹介 本読み p149から150 2行目 質問 A 戦国時代とはどんな時代か。 B 天下統一の目的は? B7の紙片配布 回収 読み○技術革新の時代 ○全国統一をしようとしていた時代 ○戦いが多い時代 ○天下を武力で統一しようと言う時代 ○武力で目的を果たそうとした時代 ○いのちがけで戦いをする時代 ○自分の理想の姿に日本を作り変えようとした時代 ○いくさによって己の強さを証明しようとした時代 ○多くの大名たちが自分の統治する地域の発展・拡大を考え、他の地域を取り込もうとした時代 (板)戦国時代とはどんな時代かA 戦いの時代 自分の支配領域を拡大しようとした時代 ということやね。 ただ、これは侍たちのことで、農民たちはどうしていたのか?自分の村が戦場になって畑が踏みにじられて1年間の働きがパア・・ということもある。そんなときにどうする。もちろん悲しくて泣いただろうけれど、泣いてる場合じゃない。 農民たちは武装して平和を守ろうとした。 そして、戦っている侍たちに金をさしだして戦争をしないようにと頼んでいる例もある。 (板)農民 武装 平和を金で買う 天下統一の目的 読む○自らの力の及ぶ地域を広げたい ○思い通りに人を動かすため ○日本の民を自分の手で動かすため ○全国を自分のものとするため ○自分が一番になりたいから ○しきりたかった ○権力者となって支配したかった ○権力を手にするため (板)天下統一の目的 力の及ぶ範囲を広げたい 権力を握りたい 「権力」って何かと言うと、簡単に言えば、「人を自分の意のままに動かすことができる力」と言うことになるかな。板書。 人を動かすと言うことは気持ちがいいよね。人をぱしりに使う。かばん持て!とか、ジュース買って来い!とかね。気持ちがいい。一人じゃなくて、十人、百人、千人を動かすことができればもっと気持ちがいいかもね。 戦争のときなんかこれはもっと極端な形で現れます。 あ、敵陣のあの部分が弱そうだからお前ら突撃して来い、となったとする。 でも、今突撃したら鉄砲で撃ち殺されます、いやですよ、と言って許されるか?だよね。 そうか、俺の命令が聞けないんやったらここで切り殺す。突撃したら生き残ることができるのは十人に一人。突撃しなかったら十人とも切り殺す。・・どっち選ぶ?っていわれたらもう突撃するしかないよね。 戦争に勝つためには人間の命なんかどうでもいい。 人間なんて将棋の駒みたいなもんですね。使い捨てにされる。 のちに信長は光秀に本能寺で殺されるけれど、光秀の気持ちの中に、「使い捨てにされてたまるか」と言う気持ちがあったんじゃないかなと思うね。自分の同僚が使い捨てにされていて、次は自分かな・・みたいな気持ちね。もちろん、天下を取りたいという気持ちもあっただろうけれど。 さて、天下統一の目的ですが、それは、平和な社会を作ることにあったわけです。時代は変わっても人の心はそんなに変わらないと言う点はこういうところです。 たとえば、この戦国時代に生きた人たちにマイクを向けて、「あなたの趣味は?」と訊ねたら、「人を殺すこと」とか「昨日は十人殺したから明日は百人殺したい」と答える人は少なかったでしょうね。 「どんな生活がしたい」と訊ねたら、おそらく「平和な生活」「穏やかな生活」と答える人が多かったんじゃないかな。 でもそうはいかなかった。現実に戦争が起きているんだから何とかしないといけない。戦争を避けて山の中にこもることもできないしね。 だから、農民たちも武装した。 侍なんかもっと大変。とにかく「戦争なんかいやだ」って言えない。そんな事いったら、何を眠たいことを言ってんねん、いうことになるし。 この時代の戦国大名たちは、天下統一を行うことで平和な社会を作りたいと思っていたことは事実です。 (板)平和な社会を作るため でも、それには付け加えねばならないことがある。それは、あくまで自分が一番と言うことです。頂点に立つのは自分、みんなが平等の社会なんてありえない。 (板)「自分が頂点に立つ」を付け加え。 さて、信長ですが、岐阜城に移ったときに「天下布武」と言う印判を使い始めています。この「天下布武」とは? ANS「天下を武力によって統一する」と言う意思。 そうやね。武力。で、信長は、まず何をやったか。新兵器を大量に手に入れて使用しています。 この「新兵器」とは?ANS 「鉄砲」 そう、鉄砲、火縄銃やね。1543年に日本に持ち込まれている。 日本人のえらいところは、持ち込まれたばかりの新兵器をすぐにコピーして大量生産したところです。 (板)火縄銃 1543年渡来 さて、鉄砲なんだけれど、この新兵器は、60m離れたところにいる鎧をつけた武者を殺すことができました。鎧がなければ100mでも大丈夫。 那須与一の「扇の的」では、70mぐらいの的を狙っているから、性能がアップしたことになる。この校舎の端から端まで100mあるからね。校舎の端に立っている人を殺すことができたと言うわけ。 火縄銃が使われた有名な戦いが長篠の合戦。信長は武田軍を破っています。 武田は日本一の騎馬部隊を持ってた。 徳川家康なんかは信玄の騎馬隊と戦ってぼろ負けして逃げる途中で恐怖のあまりウンコをちびってしまったというくらい。 逃げ帰った家康は、その姿のままを絵に描かせてます。今日の悔しさを忘れないように、こんな時代があったということを忘れないように・・・と言うことかな。 そんな武田と戦う。信長は別の戦法を考えた。武田の得意な騎馬戦では勝てない。鉄砲なら勝てる。武田も鉄砲を無視していたわけではないんですね。 でも騎馬戦法に自信があったから鉄砲の欠点のほうに目がいってしまった。 鉄砲の欠点はなんだったのか。ひとつは雨が降ったら火薬が湿って使えないと言うこと、そして、あとひとつは、一発撃ってから次を撃つのに30秒かかると言う点です。 30秒の間に人は何m走れるか、馬なら何m走れるか。当たればいいけれど、外れたらどうなるか。弾を込めるまでタイム!ってわけにはいかない。切り殺される。 でも、信長は欠点をカバーする方法を考えた。それは、大量に使用すると言うことです。三千丁そろえたと言いますが、それを三列に並べる。まず最前列が一斉射撃。そして三列目の後ろに下がって、二列目が前に出て一斉射撃・・・こんな風にすればほぼ途切れずに一斉射撃を行えます。 武田の騎馬隊はこの戦いで壊滅したと言います。 自分の長所が足を引っ張ると言うことはあります。欠点については注意するからね。でも、長所だと自覚しているところ、自信を持っているところで人は失敗しやすい。 さて、信長は、火縄銃だけではなくて、戦争のやり方を根本的に変えたと言うところがあります。それについては次の時間に見てみましょう。 ※授業では私はほとんど「通説」に従っています。長篠の合戦についても異論、新説は多くありますが、「通説」で行きます。一つは生徒を混乱させないため、説明がしやすいためです。勿論私の勉強不足もありますが。 日本の片隅でこんな授業してます・・という報告です。
2009.04.10
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(1)米国は、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある。米国だけではうまくいかないが、米国は指導的役割を果たすことができる。 今日、私は核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を、明確に、かつ確信をもって表明する。この目標は、すぐに到達できるものではない。おそらく私が生きている間にはできないだろう。忍耐とねばり強さが必要だ。しかし我々は今、世界は変わることができないと我々に語りかける声を無視しなければならない。 まず、米国は、核兵器のない世界を目指して具体的な方策を取る。 冷戦思考に終止符を打つため、米国の安全保障戦略の中での核兵器の役割を減らすとともに、他の国にも同じ行動を取るよう要請する。ただし核兵器が存在する限り、敵を抑止するための、安全で、厳重に管理され、効果的な核戦力を維持する。そしてチェコを含む同盟国に対し、その戦力による防衛を保証する。一方で、米国の核戦力を削減する努力を始める。 核弾頭と貯蔵核兵器の削減のため、今年ロシアと新たな戦略兵器削減条約を交渉する。メドベージェフ・ロシア大統領と私は、ロンドンでこのプロセスを始め、今年末までに、法的拘束力があり、かつ大胆な新合意を目指す。この合意は、さらなる削減への舞台となるものであり、他のすべての核兵器国の参加を促す。 核実験の世界規模での禁止のため、私の政権は、直ちにかつ強力に、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を目指す。50年以上の協議を経た今、核実験はいよいよ禁止される時だ。 核兵器に必要な材料を遮断するため、米国は、核兵器用の核分裂性物質の生産を検証可能な方法で禁止する新条約(カットオフ条約)を目指す。核兵器の拡散を本気で止めようとするなら、核兵器級に特化した物質生産に終止符を打つべきだ。 次に、我々は核不拡散条約(NPT)を強化する。国際的な査察を強化するために(国際原子力機関〈IAEA〉に)さらなる資源と権限が必要だ。規則を破ったり、理由なくNPTから脱退しようとしたりする国に、すぐに実のある措置をとる必要がある。民生用原子力協力のため、国際的な核燃料バンクを含む、新たな枠組みを作り、核拡散の危険を増すことなしに原子力利用ができるようすべきだ。 今朝我々は、核の脅威に対応するため、より厳しい新たな手法が必要なことを改めて思い起こした。北朝鮮が長距離ミサイルに利用できるロケットの実験を行い、再び規則を破った。 この挑発は、午後の国連安全保障理事会の場のみならず、核拡散を防ぐという我々の決意の中でも、行動が必要であることを際立たせた。規則は拘束力のあるものでなければならない。違反は罰せられなければならない。言葉は何かを意味しなければならない。世界はこれらの兵器の拡散を防ぐために共に立ち上がらなければならない。今こそ厳しい国際対応をとる時だ。北朝鮮は脅しや違法な兵器によっては、安全と敬意への道は決して開かれないことを理解しなければならない。すべての国々は共に、より強力で世界的な体制を築かなければならない。 イランはまだ核兵器を完成させていない。イランに対し、私の政権は相互の利益と尊敬に基づく関与を追求し、明快な選択を示す。我々はイランが世界で、政治的、経済的に正当な地位を占めることを望む。我々はイランが査察を条件に原子力エネルギーの平和的利用の権利を認める。あるいは一層の孤立や国際圧力、中東地域での核兵器競争の可能性につながる道を選ぶこともできる。 はっきりさせよう。イランの核や弾道ミサイルをめぐる活動は、米国だけでなく、イランの近隣諸国や我々の同盟国の現実の脅威だ。チェコとポーランドは、これらのミサイルに対する防衛施設を自国に置くことに同意した。イランの脅威が続く限り、ミサイル防衛(MD)システム配備を進める。脅威が除かれれば、欧州にMDを構築する緊急性は失われるだろう。 最後に、テロリストが決して核兵器を取得しないよう確保する必要がある。 これは、世界の安全への最も差し迫った、大変な脅威だ。核兵器を持てば、テロリスト一人で大規模な破壊行為が可能になる。アルカイダは核爆弾を求めていると表明している。我々は、安全に保管されていない核物質が世界各地にあることを知っている。人々を守るためには、我々は目的意識を持って直ちに行動しなければならない。 今日私は、テロリストなどに狙われうるあらゆる核物質を4年以内に安全な管理体制下に置くため、新たな国際的努力を始めることを発表する。これらの物質を厳重な管理下に置くため、新しい基準を制定し、ロシアとの協力関係を拡大し、また他の国との新たな協力関係も追求する。 核物質の闇市場をつぶし、移送中の物質を探知・阻止し、財政手段を使ってこの危険な取引を妨害するといった取り組みも強化しなければならない。こういった脅威は継続的なものであるため、大量破壊兵器の拡散防止構想(PSI)や核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアチブ(GI)などを恒久的な国際機関に変えるべきだ。まずそのはじめとして、米国は1年以内に核管理に関する首脳会議を主催する。 こんなに広範囲な課題を実現できるのか疑問に思う人もいるだろう。各国に違いがあることが避けられない中で、真に国際的な協力が可能か疑う人もいるだろう。核兵器のない世界という話を聴いて、そんな実現できそうもない目標を設けることの意味を疑う人もいるだろう。 しかし誤ってはならない。我々は、そうした道がどこへ至るかを知っている。国々や人びとがそれぞれの違いによって定義されることを認めてしまうと、お互いの溝は広がっていく。我々が平和を追求しなければ、平和には永遠に手が届かない。協調への呼びかけを否定し、あきらめることは簡単で、そして臆病(おくびょう)なことだ。そうやって戦争が始まる。そうやって人類の進歩が終わる。 我々の世界には、立ち向かわなければならない暴力と不正義がある。それに対し、我々は分裂によってではなく、自由な国々、自由な人々として共に立ち向かわなければならない。私は、武器に訴えようとする呼びかけが、それを置くよう呼びかけるよりも、人びとの気持ちを沸き立たせることができると知っている。しかしだからこそ、平和と進歩に向けた声は、共に上げられなければならない。 その声こそが、今なおプラハの通りにこだましているものだ。それは68年の(プラハの春の)亡霊であり、ビロード革命の歓喜の声だ。それこそが一発の銃弾を撃つこともなく核武装した帝国を倒すことに力を貸したチェコの人びとだ。 人類の運命は我々自身が作る。ここプラハで、よりよい未来を求めることで、我々の過去を称賛しよう。我々の分断に橋をかけ、我々の希望に基づいて建設し、世界を、我々が見いだした時よりも繁栄して平和なものにして去る責任を引き受けよう。共にならば、我々にはできるはずだ。 (2)自民党の坂本剛二組織本部長が7日の党役員連絡会で、北朝鮮のミサイル発射について「北朝鮮が核を保有している間は、日本も核を持つという脅しくらいかけないといけない」という趣旨の発言をしたことが分かった。出席者によると、坂本氏は国連安全保障理事会で日米が唱える新たな決議の採択が難航していることにも「国連脱退くらいの話をしてもよい」との考えを示したという。 坂本氏は8日、朝日新聞の取材に対し「日本は国際社会に対して国連を脱退するぞ、核武装するぞと圧力をかけるくらいアピールしないとだめだという例えで言った。現実に日本が核武装できないのは知っている。私は核武装論者ではない」と話している。 資料として、二つの記事を残しておきたい。 アメリカが核廃絶に踏み切る理由は、オバマ演説の中にあるように、テロリストへの核物質の流出が現実的な脅威として浮上してきていることにある。すでに、核保有国が核のコントロールを万全に行える時代は過ぎ去ったということである。 それにしても、この演説の冒頭、「米国は、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある」という一節は、これまで一貫して核爆弾の投下を正当化してきたアメリカ政府の姿勢に初めて変化が起きたことを示す歴史的な部分である。 それを頭に置いた上で、坂本氏の言葉を見てみよう。 まったく話にならない。脅しをかけるというのなら、腹をくくってしまえばこれなら踏み切れるということを言うべきであって、できもしないことを言うのは、脅しにもならないどころか馬鹿にされる材料を相手に与えるだけのことである。 核武装論は日本にひとつの潮流としてある。それを国益と断ずる人々も存在している。 しかし、国連脱退論は、寡聞にして聞いたことが無い。国連を脱退することによって日本にどんな利益があるというのか。国際連盟を脱退した日本がその後、どのような道をたどったかを想起すれば、そのことの非現実性、馬鹿らしさは一目瞭然ではないか。 ことは居酒屋での与太話ではない。党役員連絡会という公式の場での発言である。 報道され、全世界を駆け巡る可能性もあることについてこれほど無神経な代議士が自民党の組織本部長という要職に就いていることにあきれてしまう。日本という国の恥をさらしている低次元の人物を抱え込んでいる自民党が、「愛国心」を説いている。その言が真実であるのなら、まず、この代議士を除名処分にするか、「愛国心」の看板を下ろし、「言論の無制限の自由を守る党」の看板を正面に掲げるべきである。
2009.04.09
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遊び人は阿Qを殴りつける。 「阿Qは形式的には敗北して、辮髪をつかまれ、壁に四、五回ごつんごつんと頭を打ちつけられる。遊び人はそれでやっと満足げに意気揚々と立ち去る。阿Qはしばらくたってから心の中で思う。『まあ、倅に殴られたようなもんだ。今の世の中は本当になっとらん・・』こうして彼も満足げに意気揚々とひきあげる。(自分を父と思って、倅よりは上と考えるわけです) 彼は自分を軽蔑できる第一人者のように感ずる。『自己侮蔑』を除けば、残るのはつまり『第一人者』だ。」 「彼はすぐさま敗北を勝利に転じた。彼は右手を振り上げ、力いっぱい自分の横面を二,三発殴りつけた。ひりひりと痛かった。殴ってしまうと、心がなごんできた。殴ったのは自分であり、殴られたのは別の自分であるように思え、しばらくすると、自分が他人を殴ったような気になった。」 魯迅の『阿Q正伝』です。訳は高橋和巳 中央公論社の「世界の文学セレクション」です。 平川さんのブログのコメントを見ていて、ふと浮かんできたのがこの一節でした。 阿Qは自分を直視できない人間として描かれています。 少し前に、台湾時代の父のことを書きました。台湾から父に世話になったという人が訪ねてきてほっとしたという事を書きました。 逆に言えば、私は父に面と向かって、台湾時代のことを訊いたことがなかったということです。もちろん、生死を分けた空襲の激しさなどについては聞いたことがあります。航空潤滑油の研究がどんなものであったかという話も聞きました。 しかし、台湾時代の父の生活について詳しく訊ねたことはありませんでした。父は研究者、軍属でしたから銃を取って敵を打ち倒すという経験はなかったであろうことは推察できました。 私が訊ねることが出来なかった一番大きな事は、父が日本人であることを嵩にきて台湾の人たちを苛めたり、こき使っていたのではないか・・という疑いを持っていたためでした。もしもそうだったらどうしよう、という気持があったことは事実です。 だから、そんなことがなかったという事を知って、ホッとしたのです。 自分を欺く事で精神の平安を保とうとする阿Qの姿は、私にとっては他人事ではありません。
2009.04.08
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歩いて一分のところの夜桜です。 「清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵逢う人みな美しき」 与謝野晶子、この頃はまだ鳳晶子の歌です。『みだれ髪』に収められています。復刻版を見ると、縦長の歌集なんですね。 堺に行った時に晶子の生家をたずねました。跡地に歌碑が立っていました。 「海こひし潮の遠鳴りかぞへつつ少女となりし父母の家」
2009.04.07
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このたび、わが国のすぐれた科学技術により人工衛星が軌道に乗り、宇宙空間より偉大な金日成、金正日将軍様を讃える歌が世界の人民たちの元に届くことになったのは真に喜ばしいことである。 当然、君たちも家庭の受信機で二つの偉大な歌を受信し、感激に打ち震えていることと思う。 そこで、我が祖国の未来を担う任務を持った高校生諸君に以下の問題を解いてもらい、偉大な将軍様への感謝の思いを表していただきたい。 (1)二つの歌の歌詞を書きなさい。(2)二つの歌を歌っている歌手の名前を以下から選びなさい。 a 金正日将軍様 b デーモン小暮閣下 c ヨン様(3)二つの歌を聴いてのあなたの感想を書きなさい。
2009.04.06
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「プロジェクトJAPAN」第一回は日本の台湾統治でした。 琉球を内地化することに成功した日本は、他の帝国主義諸国が放棄しつつあった同化政策を取り続け、台湾も同化しようとします。さらにその同化は「皇民化」という形をとります。 名前を変えることを強制し、日本語を喋り書くことも強制し、神社参拝も強制します。小学校、中学校、高校、大学と進学していった台湾出身の人々はそのコースに身を投じ、弁当のおかずを日本風にし、日本語で書き、日本語で考え、日本風の物の考え方を身につけていきます。 「日本酒しか飲めない。誰がこんな風にした、日本だよ。」 「私はこんな風に演説することは日本語でしかできません。中国語では喋ったり書いたりはできないんです。」 日本の「成功した」統治は、台湾にこのように歎く人たちを生み出しました。 ここでまた問題が起きます。琉球の統治は成功したといいますが、それは本当なのか。「成功」の裏に何があるのか。 また、歴史的に「日本」に組み込まれた各地域はどうなのか。考えてしまいます。 台湾は、先の大戦中に父が技術者として赴任した地域です。台湾の人たちを虐げた警官は簀巻きにされて川に放り込まれたと父は語っていました。 幸いに父は無事に帰ることができ、その後、父に世話になったと言う方がわざわざ訪ねてこられて、父母共に台湾に招待していただきました。そのことを知った時に私がどれほど嬉しかったか、肩の荷を降ろすことができたかご想像下さい。 一回一回、これまで知らなかったことを突きつけられます。ぼやぼやしてられんなぁ、勉強せんとあかんなぁと鞭を当ててくれる番組です。 ボケ防止になります。
2009.04.05
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昼食を済ませて、12時半ごろに散歩に出発する。 今日は、からりと晴れ上がった青空とはいかないが、昨日の雨を思い出せば良しとしなければならないだろう。花曇、というところか。 家から歩いて一分もしないところから桜並木が川の両岸に広がっている。橋を渡って対岸に行くと、そこには小さな公園があってベンチや滑り台が設置されている。ベンチでは中年のご夫婦が腰を下ろしてお弁当を食べておられる。ここなら、花は楽しめるし、人は多くないし、ホコリもたたないし、いい事ずくめだ。何も夙川まで行くことはない。 川の水面に張り出した大きな桜の枝にカメラを向けていると、通りかかった高齢の女の方から、声をかけられた。 「ほんとにきれいですね。私、昨日、京都に行ってきたけれど、まだつぼみが多かったですよ。」 「ここの桜もきれいですから、わざわざ京都まで行くこともないかもしれませんよ。」 と応じる。 しばらく歩いて広田神社に到着する。ここはコバノミツバツツジの群生地として有名なところで、天然記念物の指定もされている。 日当たりのよい土地にはツツジの若木が植えられていて、一つ一つにプラスチックの札がかけられている。それぞれに名前が書いてあり、一言添えてある。 「結婚60年」、「還暦」、「健康」、「金婚」、「初宮」、「商売繁盛」。「七五三」、「誕生」といったものがある。様々な願いと共に植えられた木なのだ。 来週の土日がツツジ祭りなのだが、すでに大半の木が満開、見事な花をつけている。花のトンネルをくぐりながら広い敷地を散策する。 ツツジを眺めながら親子三人仲良く木製のベンチに腰を下ろしてお弁当を食べている姿にはついつい眼が行ってしまう。桜の花も満開、風が吹くと花びらが散り掛かり、なんとも豪勢な気分になるのはおもしろい。 中年のご夫婦が、植えてあるツツジの若木を見ながら何事かを語っておられる。旦那様の声は聞こえず、もっぱら奥様の声が響いてくるのだが、お知り合いの方の若木がここに植えてあるらしい。 帰途、沿道の木の若葉を指でつまんでみる。指先から若葉のやわらかさ、しっとりとした冷たさ、そして生命がダイレクトに伝わってくる。こんな体験は一年のうちでも今しかできない。思わず葉を一枚ちぎって指先で揉み、鼻先に持っていって匂いをかぐ。青っぽい匂いがする。 春を全身で感じている。
2009.04.05
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NHKの新番組「プロジェクトJAPAN」・プロローグを見ました。 意欲的な番組です。 憲法第九条の中に流れ込んでいる様々な潮流を紹介する箇所はだいたいついていけましたが、安達峰一郎という人のことはまったく知りませんでした。 あの困難な時代にこんな人がいたことを知らなかったとは不勉強であります。 そしてカナリア諸島に建てられた九条の碑。その前で議論している高校生たちの姿。 九条を切実に求めている人たちが世界中にいる、という事実(もちろん、「夢物語」として一蹴する人もいますが)は、ホントにもっと勉強しないといけないなという気にさせてくれました。 「人間の安全保障」と「国家の安全保障」。司馬遼太郎さんが紹介されていた、米軍が上陸作戦を敢行した場合にそれを避けて避難しようとして北上する大八車を引く人たちと、米軍と戦闘を交えるために南下する戦車部隊の交通整理はどうするのかと問うた司馬さんに対して、大本営から来た参謀は「ひき殺していけ!」と言い放ったというエピソードを思い出しました。 韓国のハン・ホングさんの提言。日本に加害の歴史を語る博物館を作るべきであること、アメリカには原爆の被害を紹介する博物館が必要なこと。 ハンさん自身は、韓国軍のヴェトナム戦争への加担を語る博物館の建設に奔走されてきたということです。 意識を変えようという教育に、啓発活動にアフリカの地で取り組んでいる青年の姿、日本在住のガルトゥングさんの平和に対する提言、参考になりました。 じっくりと見たいシリーズになりそうです。 夙川の桜です。
2009.04.05
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今日は、義兄夫婦と阪急夙川駅で11時に待ち合わせ。四人でまず夙川沿いに南へと歩く。両岸は見事な桜並木。ソメイヨシノ、そして白い花と鮮やかな緑の葉のヤマザクラが咲いている。満開の木もあり、七分咲の木もあり、川の水面に張り出した枝が豊かな花をつけている木もある。 ベビーカーに乗った双子の赤ん坊を真ん中に据えて、にこにこ顔で満開の桜の下で写真を写している家族の姿にはこちらもつい頬が緩んでくる。 橋を渡って対岸に。そこから北上して夙川駅を左に見ながら苦楽園口まで歩く。 お花見の常として、ブルーシートを敷いて場所取りをしているグループもよく見られる。所在なさげに座っている人たちもあれば、四人ほどで酒盛りを始めてすでに出来上がっているという風情の人たちもいる。 千差万別のお花見模様。 小さな子どもをお父さんが抱っこしている若夫婦の姿には心が和む。 よちよち歩きの幼児を見ながら、 「あの頃はホントに可愛かったね」 と義兄と話す。 苦楽園の駅近くなると屋台の数が多くなる。綿飴、林檎飴、たこ焼き、明石焼き、箸焼き、焼き鳥、おでん、焼きソバ、お好み焼き、金魚すくい、射的、人形焼、いろんな店が出ているが、見せの前の人はまばら。 コンビニ弁当を広げて仲良く食べている二人組みもいる。 苦楽園から甲陽園まで電車に乗る。駅を出ると雨が降っている。雨に会わなかった幸運を感謝しつつ、屋台の人たちはこの雨でどうしているんだろう、当てが外れて大変だろうねという話になる。 明日は晴れるだろうか。晴れたら屋台の人たちも少しは潤うのに。
2009.04.04
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今日、朝八時に缶とビンを出しに(燃えないゴミの日)外に出て、ついでに近所を散歩しました。桜は満開一歩手前なのですが、地面に花が散っています。それも花びらではなくてまるで椿の花のように花がそのまま散っています。 二つ、三つ拾い上げて家にもって帰りじっくり見てみると、花のすぐ下の部分(花柄というそうです)がすっぱりと切断されています。寿命が来て散ったという感じではありません。 ひょっとして鳥がついばんだのかな?と予想しました。 その後、十時ごろに外出する用事がありましたからバス停に急ぎ、バスの時間を確かめた後に近くの桜の木の下に行ってしばらく立って待っていました。 すると鳥が飛んできました。小さな鳥です。雀かな、と思いながら見上げていると、鳥がとまっていたあたりから花が落ちてきました。拾い上げてみてみると花柄がすっぱりと切られたような状態でした。 犯人は鳥だったようです。 こんなことは、知っている人にとってはなんでもないことだと思うのですが、今日はとても嬉しい日でした。 でも、何のためにこんなことをするのかな?蜜をなめるとしたらもっと違うところをついばむのではないのかな?
2009.04.03
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昨日からパソコンの調子がおかしくなりました。ブログへのコメントに対してお返事を書くのですが、これがもう遅い。亀が考え事をしながら歩いているぐらいに遅い。おまけに、クリックすると、画面がコロッと変って「つながりません」。 で、サポートセンターに電話をしようとして携帯からかけると、「携帯からはダメです」。で、家の電話からかけると、「契約番号を言ってください」。そんな事は知らない。娘にまかせていたツケきたというところ。 そのまま電話を切って、パソコンをさわると、なんとサクサクと進んでいくではないか! なんのことはない、私の部屋は電波環境が悪く、居間は電波環境が良いと言うだけの話だったとは・・。 勉強になりました。 今日は休みを取って家にいるので、午前中に、ご近所になったTさんに電話。 なんと食中毒で寝ているとの事。鳥の生レバーにあたったらしい。高熱と下痢でダウンしているとの事。かまわず長電話。 携帯の番号を訊ねると、車から降りたときにおっことしてしまい、そのまま発進して轢いてしまい、お亡くなりになったとの事。それにしても携帯さんも驚いたでしょうね。ご主人様に轢かれるとは。 成仏したのだろうか? 話していると、あといくつか同情すべき事態に陥っていることがわかり、厄年ではないかと思うぐらい。 それにしても、こんなにいっぺんに災厄が来るモンなんですね。 Tさん、早く立ち直ってください。よくなったら牛の生レバー食べに行きましょう。
2009.04.03
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ある人のブログに書き込まれた文章を読んで考えた事を書いてみます。 それは、作者と作品とは別物というごく当たり前のことなのです。 エリア・カザンがアカデミー特別賞を受賞した時に、会場では大半の人が立ち上がって拍手をしていましたが、座ったままで拍手もしていない人もいました。 彼が赤狩りのときにどんなことをやったかを知る人は、或いは忘れていない、許していない人は立ち上がりもまた拍手もしないでしょう。 しかし彼が監督した『エデンの東』は、まぎれもない傑作です。 村上春樹が国内ではサイン会をしないけれど海外ではする、そんな事と彼の作品とは関係がないのです。 青島幸雄が後に都知事になって何をしたか。そんな事と彼の作品とは関係ありません。 『アマデウス』でえがかれたモーツァルトは、品行方正な人物ではなく、そのことがさらにサリエリの憎悪を掻き立てます。 しかし彼の作品は神品と呼んでいいものです。 このギャップ。 作者の手を離れた作品は社会のものです。 作品は社会に放り出されてみんなのものとなって後は様々に解釈され、一人歩きを始めます。誤解も含めて。一人一人の心に届きます。 その作品を評するのに、「団塊の世代」に結びつけ、数百万人を一くくりにして、断罪する。その粗雑さにもあきれ果てます。いつもの思考パターンですが。 私たちは「三無世代」と括られました。そのあほらしさが甦ります。 歌はたしかに時代を映しています。しかしそれだけではない。時代を超えることもあり、時代を揺り動かすこともあります。 その歌が同時代の人たちの個々の心にどのように届いたか。その人の人生とどのように絡まり、また絡まなかったか。そんなことに思いを致す事もない雑な論でした。 自分の趣味を人に押し付けるものではありません。
2009.04.01
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碁を打つ人が、一手もむだをせず、人の先を打って小を捨て大を取ろうと心がけるようなものである。三つの石を捨てて十の石に着目することは容易である。十を捨てて十一を取ろうとするのがむずかしい。一つでも多いほうを取るのがあたりまえなのに、十にもなると惜しく感ぜられるから、たいして多くもない石とは取り換えたくない。これをも捨てず、あれをも取ろうと思う心のために、あれも得られず、これをも失ってしまう道理である。 『徒然草』188段 河出文庫p201 佐藤春夫訳。 自民党か民主党か・・・と考えるときに参考になりそうなことを兼好さんは書いておられますね。 政治の世界では「ベストの選択」はないのではと思います。あっても本当に稀に。 たいていの場合は、「ベターの選択」、下手すると、「どっちがマシか」、「worse worst」の選択ということになるのが普通かもしれません。
2009.04.01
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とりがら2001さんになつかしのテレビ番組を一杯紹介していただきました。ホントにテレビにかじりついて見たものです。 懐かしさは人を無防備にする・・と書きましたが、その一例を。 前に勤務していた職場での事ですが。 年齢をなかなか明かさない女性がいらっしゃいました。水を向けてもガードが固かったのですが、何かの拍子にむかしのラジオのことに話が及び、「紅孔雀」という番組名がでてきた途端に、「あ、それって・・」と、「紅孔雀」について語り始めたのですね。 勿論私たちは、ニコニコしながら聞いていました。 ひとしきり喋った後で気がついたんですね、彼女。しまった・・・という感じですがもう遅い。 懐かしい思い出は、人の心を無防備にします。
2009.04.01
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