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二か領用水沿いのソメイヨシノは満開になり、木によっては葉が出ています。 1本だけあるしだれ桜はソメイヨシノより濃いピンク。「葉が出てきた桜もいいじゃない」「風で散る桜もきれいよ」通所のサポートをしているお嬢さんは木を見上げて満面の笑顔でした。 花桃もきれいです。濃いピンクの八重咲き「黒川矢口」とシャープな印象の薄い桃色の「矢口」です。「矢口」は桃の節供に飾られるスタンダードな桃の花。 ムスカリも花盛り 地元のボランティアさんたちがきれいに花壇を作ってくださっています。毎年春は楽しみです。 *写真は29日と31日の撮影です。
March 31, 2022
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オイラーの公式の右辺は三角関数。記憶の底に眠っている実数の世界の三角関数を起こしてみます。 天文学者たちの天体観測から、直角三角形の角度と辺の比の関係を調べることが始まりました。計測可能な距離と角度から、直接計測できない距離を計算で求めようという試みでした。 三平方の定理、別名ピタゴラスの定理は、最もシンプルで最も有名な定理です。 この三平方の定理が出発点になって、三角比が考えられました。三角比は、土地の測量、正確な地図の作成などに役立ってきました。 単位円を使って角度と三角比の値を見ていきます。単位円は半径1の円。ピタゴラスの定理は必須です。 三角関数も、単位円を使って定義されます。関数は、ある値xをf(変換器のようなもの)に入れるとただひとつのf(x)が出てくるy=f(x)のような規則を言います。三角関数も角度θ(シータ)を入力すればcosθ、sinθ、tanθはただ一つの値に決まるので、関数になります。直角三角形の角度を離れて、θは90°以上の値もとれるように拡張されます。 小学校のとき、分度器で角度を測る算数の勉強があり、中学校まで、角度は2本の半直線の開き具合のように考てきました。 ですが、三角関数を考えるときは、角度は回転の量になります。 そして、いよいよ角度としてのπ(パイ)が登場しました。オイラーの等式に出てくるπは、3.14…という数ではなく、180°という角度を表すということがわかりました。(1つ謎が解けた) オイラーの公式でθ=π(パイ)のとき、cosθが-1になること、sinθが0なのでisinθが0になることは納得しました。次はeを調べてみます。
March 31, 2022
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ドア一枚隔てて、全く違う家族のストーリーが展開する話。一つのストーリーを異なる立場から見た短編集の一編です。 外から…宅配ドライバーのぼくは、ずっと不在だった家に荷物を届けました。 宛先は表札にない名前でした。 内から…中里は、宅配の呼び出しにいやいや応じます。 子どもを失ったばかりだったのです。 世の中ってこんな巡り合わせもあるんだろうな、と思いつつ、皮肉な展開から目が離せません。 参照元:ダ・ヴィンチ編集部・編『私と私の間の十二話』メディアファクトリー から 吉田修一『ご不在票』OUT・SIDEとIN・SIDE
March 29, 2022
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オイラーの等式に登場するiは虚数単位。複素数を作る大切な要素で、複素数平面(ガウス面)というステージで活躍します。複素数平面は、実数が並ぶ数直線を拡張して考えられたもの。まずは数直線に立ってみます。(上図の「複素数面」は「複素数平面」の誤りです。ごめんなさい。) 四則演算と呼ばれる加減乗除+-×÷は、加法と減法+-が表裏の関係にあり、そして乗法と除法×÷が表裏の関係にあります。数直線の上で見てみるとイメージしやすいですね。 全ての実数は数直線上に表すことができます。数直線上の正負の向きはきまっています。 足し算は矢印の継ぎ足しと考えられます。引き算は矢印の向きを反対にします。向きが違う矢印を継ぎ足すときは、綱引きのように、どちらの向きに大きく引っ張るかで勝負じゃなかった正負が決まります。 負の数を足す=正の数を引くときと同じ結果になります。負の数を引くときは、2回矢印の向きを反対にするので、正の数と足すのと同じ結果になるわけです。 複素数平面(ガウス平面)に足を伸ばします。 複素数の足し算は、実数部分と虚数部分を別々に足すことで答えが得られます。2+3iと4+iを足すと(2+4)+(3+1)iで6+4iが答えになります。 図で見ても、実数と同じように矢印の継ぎ足しになります。ただし、1本の数直線上ではなく、横の実数軸(数直線)に加えて縦に虚数軸というのをとって、複素数平面を作り、矢印を考えることになります。ベクトルと似た考え方ですね。引くときは矢印の向きが反対になり、マイナスの付く数が反対向きの矢印になるのも実数と同じです。 実数のかけ算は、矢印をかける数分、延ばします。足し算と同じように、負の数をかけるということは、矢印の向きを反対にすることになります。 複素数の場合は複雑になりますが、基本は回転と拡張です。これはかなり難しい!正直よくわかりません。また、実数軸と虚数軸で表すほか、角度を使った表し方もあるようですが、これも難しそうです。頭の弦が切れそうなので、ここまででいったん終了します。
March 27, 2022
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数学をよく分かっている方に言わせると、オイラーの等式には数学の三大分野の重要な数が入っていて、それがシンプルに1や0に結びつくのが感動的なのだそうです。(解析学・代数学・幾何学については、知らない用語がばんばん出てきて混乱したので、名前だけ載せておきます。) 文系脳から見ても、無理数の(無理数×虚数)乗が整数に収まってしまうというのは驚異的です。規則性のない数字が無限に続く無理数と、とらえどころがない虚数が出会うと、どうして見慣れた0や1になるのか??? 高校数学のレベルでは出てこないこの等式、きちんと理解するのは無理でしょうが、どうしても近づきたいと思いました。 オイラーは、実数の指数関数と三角関数を複素数に応用したらどうなるかを考えているうちに、オイラーの公式に行き着いたそうです。まずは、虚数単位iの活躍する舞台を訪ねてみます。
March 26, 2022
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ドビュッシーの叙情性にあたしは強く惹かれた。否が応でも映像を喚起させる旋律。一音一音の美しさ。中でも多層構造の和音はまるで煌めく宝石のようだ。 16歳の遥は、祖父と従姉妹と共に火事に遭い、ひとりだけ助かったものの全身に大火傷を負いました。ピアノを弾きたいという一心で、遥は凄惨なリハビリに打ち込みます。 遥は高校代表としてアサヒナ・ピアノコンクールに出場が決まるまでになりますが、命を狙われ、さらなる不幸にも襲われるのでした。 ピアノの家庭教師、洋介は、遥が音楽に向き合えるように一連の事件を解決していきます。 ピアノ演奏の場面は躍動感に溢れ、文字の間から音が立ち上がってくるように感じられます。ピアノが弾けなくても、どきどきして楽しめます。 〝権威〟に弱い日本のピアノ教育への批判、自分の体が動かなくなって初めてわかる障がいへの傍観の反省など、ぴりっとした要素も含まれ、作品に厚みを出しています。 ピアノの技術面、芸術性についても、医療についても、筆者の造詣の深さには驚かされます。 脇の登場人物も、それぞれぶれないキャラを持って、精彩を放っています。父と、その弟(研三叔父さん)の心のすれ違いから接点を見いだすまで、母の母親ならではの思い、仏頂面・機械的ながら患者と医療へ誠実に対峙する新条ドクターが、過不足なく描き出されます。細胞の中に音粒が溶け込んでくる。この旋律が届く全ての人が安らかになるように願いたい。他人を傷付けた人も、他人に傷付けられた人も、等しく安らいで欲しい。 彼女はある決心をします。いつかまたピアノの前に戻れることを信じて、口をついた言葉が「さよなら、ドビュッシー」です。彼女は強い。音楽は彼女の武器です。 彼女なら必ず「ただいま、ドビュッシー」と帰ってくるでしょう。 引用および参照元:中山七里『さよならドビュッシー』宝島文庫 3月25日は、ドビュッシーの命日です。
March 25, 2022
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ルピシアのお試しティーから。「コトブキ」はミラベルの香りがする台湾烏龍茶です。 ミラベルは西洋スモモの一種でブランデーの原料にもなる果実だそうです。けっこう強めの香りでした。好みが分かれそう。「ひとりじめスイーツ」シリーズのピスタチオチョコといただきました。果実やナッツの入った「ひとりじめ」 香ばしい黒豆玄米茶とオランジェチョコのティータイム。こちらも「ひとりじめ」
March 24, 2022
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花冷えでしょうか、寒い日が続きますが、ソメイヨシノはしっかり花を咲かせました。見頃はこれから。楽しみです。二か領用水から渋川あたり
March 23, 2022
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大学に入って間もない頃、史学部の先輩が「これ何のことかわかる?」と謎をかけてきました。二つ文字牛の角文字直な文字歪み文字とぞ君は覚ゆる「恋しく思っています」が正解で、幼い娘が父親へ送ったラブレターです。 出典は『徒然草』第六十二段。後嵯峨天皇の第二皇女、悦子内親王が幼くしていらしたとき、父君がいらっしゃる仙洞御所に参上する人に言付けたラブレターだそうです。父君がメロメロになりそうな…。 引用および参照元:吉田兼好 島内裕子・校訂・訳『徒然草』ちくま学芸文庫
March 23, 2022
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3月22日は放送記念日です。大正14年のこの日に、NHKラジオの仮放送が開始されました。 NHKのラジオ番組で、世界17カ国語に翻訳され朗読された小説のアンソロジーが『NHK国際放送が選んだ日本の名作 1日10分のごほうび』です。 ここに収録された森浩美の『最後のお便り』は、ラジオアナウンサーの、地味ですが心に残るエピソードを描いています。 私は、東京中央放送のアナウンサーとして、テレビで、次いでラジオで勤務してきました。 日常に起こったちょっといい話を、昭和のヒットソングをはさみながら進行する番組「こころの焚き火」を担当していました。 しかし、スポンサー企業が吸収合併され、放送は終了することになりました。もう私がアナウンサーとしてマイクに向かうこともなくなります。 その最後の放送日に…、私は大切な人に伝えたい言葉を語ります。 ラジオで情報を伝える側は、聞くだけで判るように考えて話します。受け取る側も、視覚情報がないので自然と「耳を傾ける」ことになります。 最近、溢れる視覚情報に流されて、話を聞く、聞いて理解しようとすることを疎かにしていることが多いなと感じました。目で見たことをそのまま脳に流し込んで、入った情報を吟味すること、自分で考えることが減ってきた気がするのです。 参照元:『NHK国際放送が選んだ日本の名作 1日10分のごほうび』双葉文庫 から 森浩美『最後のお便り』
March 22, 2022
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博士は数の言葉で私に親愛の情を伝えます。私の誕生日2月20日→220と、博士が学生時代論文で学長賞を取ったときのNo.284は友愛数だと。「めったに存在しない組み合わせだよ。フェルマーだってデカルトだって1組ずつしか見つけられなかった。神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ。」 博士に職務以上のケアーをしたことで、私は家政婦を解雇されます。√ルートは博士の元へ遊びに行きますが、そのことで、私は未亡人に呼び出され、未亡人は金目当てでまだ近づくのか、となじります。 その時博士は静かに1枚のメモを渡し、部屋を出て行きます。 博士と決別の日を迎えた後も、「私」はずっと博士のメモした数式を大切にします。 それはいつもそこにある。決して変わらぬ姿で、静けさをたたえながら、私が手をのばせばすぐ触れられる場所にある。 博士と「私」を通して、数は生命を持ち、生き生きと話しかけてきます。 小川洋子さんの短編に、和文タイピングの、普段は使わないような難しい漢字の活字を管理する人の話があります。その活字を渡す美しい動作に、タイピストの「私」が恋するというような話だったと記憶しています。 ここでも漢字はそれ自体で生命を持ちます。小川さんのイマジネーション豊かな表現が、数字も漢字も生かしてくれます。 引用および参照元:小川洋子『博士の愛した数式』新潮文庫
March 20, 2022
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僕は誤って、おばあちゃんが作った桜の塩漬けが入った瓶を割ってしましました。おじいちゃんのために、毎年作られてきた大切なひと瓶。おばあちゃんは去年の夏亡くなってしまったので、最後のひと瓶でした。 おじいちゃんを悲しませないように、僕は水谷君に手伝ってもらって桜の塩漬けを作ることにしました。うまくできたと思ったのですが…。 芦沢央(よう)の、小学生探偵?水谷君の推理を軸にした4連短編集『僕の神様』の一作目の作品です。 水谷君は頭脳明晰、冷静に問題を解決する力を持つ少年で、みんなから「神様」と呼ばれ信頼されています。僕はその彼を尊敬し、一緒に行動します。 事件は起こりますが、春らしいうららかな解決になります。この一編は、黒点を一点内包しながらも、穏やかな話の運びです。 ですが、春~夏~秋~冬と時の流れに沿って、小学生には負いきれない重い内容になっていきます。 相談にのり、事件を解決しようとすることは、相手の人生に踏み込むこと。水谷君は、自分が決して神様ではないことも承知しています。それでも関わらずにいられない。 普通の小学生の僕は立ちすくむしかないのですが、水谷君の負うものの重さを思うのです。 参照元:芦沢央『僕の神様』角川書店
March 19, 2022
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「鳴かず飛ばず」は、努力してもなかなか実を結ばず、長い間活躍しないことを言いますが、元の意味が転用されて使われるようになった故事成語の一つです。 元は「飛躍する機会をじっと待つ」意味でした。 楚の国の荘王は、「諫める者は死刑」というふれを出して遊びにふけり、政治を顧みない王でした。 見かねた臣下が「三年の間鳴きもせず、飛びもしない鳥がいました。何という鳥でしょう?」と謎かけにこと寄せて皮肉を言いました。 王は「三年飛ばないが、飛べば天の涯(はて)まで飛び上がる。三年鳴かないが、鳴けば人々を驚かす。」と答えました。 また別の臣下が命をかけて諫言するのを聞いて、ぴたりと遊びを止め、二人の臣下に政治を任せたといいます。 王は遊んでいるふりをして、政治を任せるにふさわしい臣下を見極めていたのでした。 参照元:阿部幸信『中国史で読み解く故事成語』山川出版社
March 17, 2022
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今年も花桃が咲く季節になりました。 白の「寒白」がきれいでした。八重の純白の花びらが清楚。 菜の花の黄色もまぶしい。 連翹も日々花を咲かせています。 季節先取りでちらほら咲くつつじもありました。 ここ何日か暖かかったので、桜のつぼみもしっかり膨らんできました。 大乗院の寒緋桜。 河津桜は満開から、葉が出始めに。 散歩に来た園児さんがかわいい声で「どうしてお花散っちゃうの?」と先生に聞いていました。 花粉には悩まされますが、花の季節はわくわくします。
March 16, 2022
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北海道、五島軒の焼き菓子。五島軒は老舗のレストランなんですね。「サンドケーキ」は、ホワイトチョコをはさんだやや固めのケーキ生地のお菓子です。 お茶はルピシアのルバーブ&ストロベリー紅茶。ルバーブは日本ではなじみが薄いのですが、欧米では普通にパイやジャムの原料になる植物だそうです。この紅茶は、ドライストロベリー入りで、普通にストロベリーの香りです。 こちらは北海道美瑛のお菓子。パッケージも凝っています。サクサクのクッキーにチョコとミルククリームがはさまれています。お茶はルピシアのピーチメルバ。ピーチとバニラクリームの甘い香りがするルイボス茶です。ルイボス茶の香りが苦手な方にもお勧め。
March 16, 2022
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履…リ、は(く) 現代では「くつ」はほとんど「靴」の字を用いますが、衣冠束帯など装束の「くつ」は「履」、革製の装束の「くつ」は「沓」で書き表されました。 『古楽府ー君子行』の「瓜田に履を納(い)れず、李下に冠を正さず」(瓜畑に入ってかがんで脱げかけたくつを直すと、瓜泥棒と間違えられるので、してはいけない。また、李の木の下で手を挙げてずれた冠を直すと、李泥棒に間違えられるので、してはいけない。)からできた四字熟語、故事成語。瓜田の履、瓜田に履を納(い)れず、瓜田李下、李下瓜田いずれも、疑わしい行為をしてはいけないという意味になります。
March 15, 2022
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素数とは、2以上の自然数で、自分自身と1以外の約数を持たない数です。 博士は100までの素数を書きだして「何か気づいたことは?」と問います。√ルートが気づいたのは並んだ二つの奇数が両方とも素数になっているところがあること。双子素数でした。「100を過ぎて1万、100万、1000万と大きくなると、素数が全然出てこない砂漠地帯に迷い込んでしまうこともあるんだよ。」「それでも一歩一歩進んでゆく。地平線の向こうに澄んだ水をたたえた素数という名のオアシスが見えてくるまであきらめずにね」 わたしは、数学は答えが必ず出る、○か×かの学問だと思ってきました。大体高等学校までは、答えの出ない(「解なし」はひとつの答ですから含みません)演算も方程式も出てきませんでした。 でも、答えを求めて新しい数、新しい公式を作ってきたのが数学だったんだと改めて思います。 しかも、今までの研究を積み上げてもまだわからない、証明できないことがたくさん残っているんですね。 小川洋子さんは、家政婦の「私」の口を通して言います。「わからないことは恥ではなく、新たな真理への道標だった」と。 引用および参照元:小川洋子『博士の愛した数式』新潮文庫
March 13, 2022
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暖かくなった土曜日でした。大倉山の梅林まで梅を見に行ってきました。原種に近いと言われる「野梅(やばい)」は終わりごろでしょうか。「野梅」と並んで多い樹が「白加賀」白梅の代表のような花ですね。「玉英」「玉すだれ」「春日野」「内裏」1本ずつある白梅のしだれと紅梅のしだれ。 「古今集」何とも優雅な名前です。後ろの紅梅に映えます。「くす玉」 見頃でした。今年は「梅まつり」はありませんが、シートを広げる親子連れの姿が見られました。 写真だと色がくすんでいますが、馬酔木もきれいでした。白亜の大倉山記念館を見つつ、坂を下ります。けっこうな坂の上にあるので、いつまで来られるかしらと思いながら、今年も梅見ができたことに感謝です。
March 12, 2022
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景…ケイ、ケ 「春和景明」は、春の明るく穏やかな陽気のことです。「和」はやわらぐ、「景」は日光。 似た意味の語に「春風駘蕩」があります。春風がそよそよと気持ちよく様子ですが、温和でのんびりした人柄のたとえにも使います。「駘蕩」は、春ののどかなさまです。 対義語は「秋霜烈日」。 春の美しく彩り豊かな景色を表した語が「桃紅柳緑」です。出典は王維(杜甫、李白と同時代の盛唐の詩人)の『洛陽女児行』。 「柳緑桃紅」も柳の緑、桃の紅色といった春の色彩感溢れた季節の様子を表しますが、そこから、「自然のままで手を加えていない→禅宗で悟りを開いたことを指す」言葉にもなりました。
March 11, 2022
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小学校で分数の計算に約分・通分が出てきます。約数がわからないとお手上げです。ですが、振り返ってみると、実生活で分数の計算を使うことなんて一度もなかった気がします。 ある数がどんな数(約数)で割りきれるかという素因数分解を全く知らなくても生きていけます。ただ、中学、高校の数学に進む上では必須であり、素数、素因数分解がわかれば将来の選択肢が広がることは間違いないでしょう。 職業などの必要性とは別に、素数やいろいろな性質を持った数を知っていくのは、純粋に楽しいことです。ありふれた数字の新しい顔が見えてきます。 完全数は「完全の意味を真に体現する貴重な数字だよ」博士から、過剰数と不足数を教えてもらった私には、14と18がただの数字に見えなくなります。人知れず18は過剰な荷物の重みに耐え、14は欠落した空白の前に無言でただずんでいた。うまい表現だなあと思います。博士のわかりやすい愛のこもった説明で、「私」はどんどん数学の魅力にひきこまれていきます。 引用および参照元:小川洋子『博士の愛した数式』新潮文庫
March 9, 2022
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3月8日は「国際女性デー」で、イタリアでは「ミモザの日」と呼ばれます。この日はミモザの花束を贈る習慣があるそうです。 そんなミモザをイメージした紅茶をいただきます。ルピシアの紅茶「ミモザ」です。紅茶の葉にエルダーフラワー、マリーゴールド、香料が入ったお茶。チョコレートはいただきものの「グランプラス」チョコ。 ドライフルーツと紅茶が入ったフルーツティーもおしゃれです。透明なカップでいただくのがお勧め。このカップは伊藤園の景品です。持ち手にティーバッグのひもをかけられるようになっていて便利です。フルーツが余り見えませんが(^_^;)
March 8, 2022
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春の宵は「一刻千金」といいます。出典は、蘇軾『春夜』の「春宵(しゅう)一刻値千金、花に清香あり、月に陰あり」。気持ちのよい春の宵、その貴重な時間を味わおうという詩です。 枕草子第一段で清少納言が挙げるのは「春は曙」。中国文化の影響で、それまで「春は宵」が一般的な美意識でした。今でこそ、枕草子が言う「春は曙」は当たり前になっていますが、この時代には革新的な美意識でした。枕草子全般の記述が、当時の常識を改めてまとめて記述しただけだと思うのは誤りです。 この時代の中国の「一刻」は約十五分ですが、わずかな時間という意味で使われる語です。「一刻千秋」は、ほんのわずかな時間が長く感じられる待ち遠しさを言います。今も昔も恋しい人と会うまでの時間が「一刻千金」でしょう。 参照元:村上哲見・島守哲夫・編『四字熟語の泉』講談社 刻…コク、きざ(む)
March 7, 2022
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杉田玄白は、中津侯の医官である前田良沢から妙な威圧感を感じて、なじめずにいました。 腑分けに立ち会う日、ふたりともオランダの医学書「ターヘルアナトミア」を手にしていたことがわかりました。玄白は良沢の蘭学への情熱を知り、うちとけるようになります。 良沢、淳庵、玄適と玄白は、人体の中が「ターヘルアナトミア」と寸分も違わないことに感銘を受け、この書を翻訳することにします。苦心の末…。(菊池寛『蘭学事始』) 通訳の西には、外国の文字を読解することは無理だと言われます。 外国人に対して、動作で『この語はオランダ語で何というのか』を尋ねて学習するにしても、実物、動作や手真似で示せないことは問えないという理由です。 実際「飲む」が「デリンギ」ということは確認できても、「上戸・下戸の別(飲めるか飲めないか)」をオランダで何というかは何と聞いていいかわかりません。 玄白たちも、オランダ語の文中から鼻、口、眉などの語はすぐみつけられましたが、「鼻はフルヘッヘンド」という文の「フルヘッヘンド」に苦労しました。良沢が持っていた別の冊子に「木の枝を断ちたるあと、フルヘッヘンドをなし、庭を掃除すれば、その塵土聚りてフルヘッヘンドをなす」の注釈があったため、「フルヘッヘンド」は「堆(うずたか)くなる」の意味だとわかったのです。 「フルヘッヘンド」のエピソードは教科書に採られていたのをなつかしく思い出しました。 堆…タイ 玄白たちが苦労してオランダ語を日本語に当てはめていく様子は、障がいのある子たちが日本語を獲得していく過程に重なりました。 名詞が比較的わかりやすく、その次に動作で示せる動詞、形容詞が覚えやすいのですが、抽象的な言葉は一番難しいことは、辞書のない翻訳と同じです。 3月6日は、菊池寛の命日です。 参照元:菊池寛『蘭学事始』青空文庫
March 6, 2022
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『三月四日、午後二時半の密室』は、ミステリーの要素がないこともないのですが、むしろ高校卒業期の女の子ふたりの心理風景を切り取った作品です。 わたしは学級委員として、風邪で卒業式を休んだ煤木戸(すすきど)さんの家に、卒業証書とアルバムを届けに来ました。 煤木戸さんは、嘘や馴れ合いを嫌って常にはっきりとものを言う人、気弱なわたしはいつも気後れしてしまいます。 きちんと片付けられた部屋で、ひとりで寝ていた煤木戸さんと、一対一で向かい合うと気まずくて… ふたりの心理合戦?が面白く読めます。そのうちわたしは、おかしな点に気づき、そこから密室は崩れていきます。 人間関係ってこんなものかも、と思わせてくれる短編でした。 参照元:日本推理作家協会・編『沈黙の狂詩曲(ラプソディ)』から 青崎有吾『三月四日、午後二時半の密室』 余談ですが「狂詩曲」は、自由奔放な形式で表現する楽曲。型にはまらない、彩り豊かな短編集です。
March 4, 2022
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3月3日は金魚の日です。江戸時代に、雛人形と一緒に金魚を飾る習慣があったことから。 金魚は、フナの突然変異を人工的に選択し、観賞用に交配を重ねたものです。 原産は中国で、日本には室町時代に伝来し、江戸時代には養殖されるようになりました。のび太の「金魚」
March 3, 2022
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三月二日は「ミニの日」です。3(み)月2(に)日の語呂合わせから。 令和の今は、ミニからマイクロの時代で、記録メディアもめざましい進歩を遂げました。 昭和のフロッピーディスクから、記録用CD,DVD、そしてメモリスティックへ。SDカードもマイクロサイズになりましたが、この中のデータ量には驚かされます。 レストランに行っても、注文はスマホから??スーパーだけでなくパン屋さんもレジの現金受け渡しがなく、機械でした。 ミニ化しているわたしの頭の情報処理能力ではついていけません。
March 2, 2022
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3月1日はマヨネーズの日です。関東大震災の復興後に、キユーピーK.K.が日本初のマヨネーズを製造、販売しました。当初は瓶詰めタイプでした。「マヨネーズ」は食用油、酢、卵を主原料とする半個体のドレッシングです。元はフランス語。 18世紀半ば、フランスのリシュリュー公爵が、スペイン領のメノルカ島の港町オマンで肉に添えられていたソースを気に入りました。フランスに帰って公爵が「オマンのソース」と紹介したのが「マヨネーズ」の初めだと言われます。(キューピーK.K.のHPから) 「キユーピー・マヨネーズ」はキューピー(拗長音)ではなくキユーピーなんですね。字の並びをそろえるためだそうです。
March 1, 2022
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