2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全11件 (11件中 1-11件目)
1

ミュージシャンの訃報が続く。またガンとは。もう随分と昔なんだなと、CMの曲を聴きながら思った。デビュー当時かその頃の若い時分しか恐らく記憶になく、闘病中とはなんとなく漏れ聞いてはいたが。本田美奈子さんの時も随分と姿を見なくなったなと思っていた矢先の訃報だった。CMの元歌はフォー・トップスだったろうか。20年近く前にこんな曲を歌っていたなんて。皮肉にも思える曲名。気持ちは"I wish you were here."ご冥福を。
July 28, 2009
コメント(0)

バンドに明け暮れていた高校の夏。今思えば、あの頃が一番楽しく、元気があったような(情けない話、ホント)。近所、でもなかったかな、同じクラスの友人宅によくたむろ(今時使わないか)していたのを憶い出す。彼の部屋は離れ(彼の兄上とともに)になっていて、そこには彼専用(と言っても彼以外誰も弾かないのだが)のギターとアンプが。それ目当て、でもなかったが、学校帰りにコーラとポテチを買って道草を食いにお邪魔していたもの。一緒にバンドらしき(彼とはまた別にバンドをやっていた)こともやってはいたのだけれど、彼のギターの上手さにはいつも舌を巻いていた。Led Zeppelinの"Since I've Been Loving You"を弾いてみせられた時は。。。正直自信をなくしたりしたもの。そう、今思えばあの高校には演奏に長けた学生がなぜだかたくさん居た。最近来日したばかりの、S&Gをギターはもちろんのことコーラスまでばっちりだった奴ら。CSN&Yなんかもやってたかな~。ビートルズのコピーでは校内?ぴか一、特にポール役が凄かった一級上の先輩バンド。生来左利きだったのか、バイオリンベース(グレコだったかな)を弾きながら歌う姿に女子校生の黄色い声が集中(うらやましかったな~)。確かにルックスも声もなかなかだったこともあるが、とにかく演奏も歌もずば抜けていた。放課後音楽室でそのバンドのドラムの先輩が奏でる"Let It Be"や"Daytripper"のローリング(当時ドラムも叩いていた自分にはそれができなかった)なんかにも感動したり。それから高校生のくせしてMartin持っていた。。。が、ギターも上手かった奴。こいつにも参った!クリームの"Sunshine of Your Love"のソロを、もちろんSGで、いとも感嘆に弾いてみせたもじゃもじゃ頭(アフロですね)の先輩。これが"Woman Tone"かー、な~んて痺れたりしていた。今思えばな~んでもないことが当時は、眩しくキラキラして、早くああなりたいな~と心底思っていたもの。ま、今では自分も上達したわけですが(自分で言うのもなんですが)。話は相当それたが、その彼、何故かKiss(腕はいいのに)を好んで演奏していた(でも所有のギターはSG)。その点では好みが違い、ステージで一緒にKissを演ることはなかったのだが。彼宅にたむろする中には女の子もいて、たしか彼女はキーボードをやっていた(目の前でその演奏を見たことはとうとうなかったが)。その彼女が彼に薦めたのか、ある時、「これやらない?」と彼からきり出された曲があった。それが想い出の1曲David Bowieの"Space Oddity"。あとになってわかったこと。彼と彼女はつき合っていた、そうな。今でもギターを奏でているのやら。。。しかし、この曲、コード進行が変わっていてその頃はなんだかよ~く判らず演奏していた~。
July 27, 2009
コメント(2)

暑いばかりが夏じゃない。楽しいこともたくさんある。夏が楽しいのはこどもだけのものじゃないぞ。大人だって楽しいこともある。な~んて家族が出来てからというもの、実は最近とんとそういった思いをしたことのないとお嘆きのオヤジさん達とて、独身時代はそれなりに楽しんだはず。会社に入って間もない頃なんか、日頃は先輩や上司にあれこれ言われたり、飲んではくだまかれ、客先ではさんざんな思いや理不尽な思いをしながらも、夏休み(とは言いませんね。「夏期休暇」)になればもうこっちのもの。とばかりに会社の別荘地(バブル崩壊後はほとんどが売りに出されてしもうたが)にがんがん行きまくったもの。関東なら千葉、神奈川、群馬などなどに保養所があり、年齢の近い男女(男女7人じゃなく、もっといたかな)で金曜の夜からクルマでドライブ、泊まりがけ。途中でコンビニよって、飲み物や食料品を。忘れちゃいけない、蚊取り線香に花火!だいたい3時間ほどで現地到着。男性チームは風呂掃除に更なる買い出し。女性チームは部屋掃除に食事の準備。買い出しチーム、買ったものはほとんど酒だったりして。昼間の疲れも忘れ遅くまで飲んで騒いでどんちゃんどんちゃん。朝は朝で二日酔いの頭ががんがん。仕方なく酔い覚まし?のビールをふたたび。さては翌日はと言うと、朝からテニスにサイクリングに近くのレジャーランドに行ったり、温泉めぐりにプールでわいわい。二日目の夜もまたまたどんちゃんどんちゃん。これじゃ~恋する暇もありゃしない。な~んて、その場じゃなくても恋は生まれるもの。。。?そうそう恋が芽生える奴もいれば、一夏の恋で終わる奴も。ま、それぞれに。というわけで、想い出の1曲と言えば、これかな~。「思い過ごしも恋のうち」サザンオールスターズ。う~ん、やっぱり「夏はサザン」。
July 25, 2009
コメント(0)

夏の季節につきものなものは色々ありますが、こどもの頃の出来事で想い出深かいのは台風(Hurricane)。このところ一日のどこかで雨に降られる毎日。どこでどんな被害に見舞われてしまうか、開放的になりがちな季節だけに、ちょっと気を緩めると思わぬことに、と言うこともあり、要注意ではありますが。こどもの頃、台風が来ると停電(Black Out)になり、風呂に入っているときなどは母親が蝋燭に灯を点して持って来てくれたり、その非日常がちょっと楽しかったりしたもの。ちょっと不謹慎かな。暴風雨でがたがた鳴る雨戸や庭の木々の音。時折、遠方で鳴り響く雷鳴。怖いというより、ワクワクしていた。翌朝の登校の際も、普段は枯れたりしている側溝には、あふれんばかりに流れの速い水が勢いよく走り、長靴で入って水をせきとめダムにしたりして遊んだりもした。台風一過後の晴天はまるでこれまで淀んでいた地球上の空気が全て入れ替わりでもしたかのように澄み切っていてその美しさに身震いしたりもした。自然の脅威。自然にしか創りだせない「美」。台風で想い出すのは、ボブ・ディランの"Hurricane"。そのまんまですが(笑)。アップテンポのリズムとものうげなバイオリンの音色に引き込まれてしまう1曲。
July 25, 2009
コメント(0)

このところの昼間の暑さには、ほとほと参る。ちょっと外歩きをするだけで、まるで生き血でも吸われたかのように(大袈裟!)、もうぐったり。スーツはやめて、開襟シャツだけにならないものか。そんな昼間とはうってかわって、夏の夕暮れ時から夜は少しだけ心が浮遊して他の季節には無い独特のものを感じる。特に学生時代、思春期などは誰しも切ない想いをしたり、解放感に浮かれたり。夏祭りや花火大会もそんな出来事や感覚を引き立てる。たくさんの想い出が生まれる季節。そう考えるとやっぱり高校時代が一番。試験も終わり、部活での夏の合宿など、普段の学生生活とはちょっと違った時間を過ごす。クラブでのキャンプに旅行。他校との合同合宿などなど普段、学校生活で慣れ親しんだ顔とは違う一面を見たり、学校で見慣れたメンツとは異なる人たちとのふれあいがあったり。。。そんな高校生活、ちょっと想い出すだけでその時と変わらぬ気持ちに帰れる出来事があるもの。高校に進学して最初の夏。クラブの先輩(もちろん女性)に誘われ花火大会に行くことになり、一旦、自宅に戻って待ち合わせ場所に。待ち合わせ時間の少し前に到着。周りをきょろきょろ見回すも見当たらない。場所を間違えたかな~とちょっと不安になっていた時、夜空の下、街を照らす街灯を逆光に先輩らしき浴衣を着た後ろ姿がぱっと目に。普段とのあまりの違いに見違えたのと、髪がアップになっていてちょっと「大人の女性」を感じたりしたのでした。そのためか今でも髪をアップにした女性の後ろ姿を見かけるとちょっときゅんとなるのです(笑)。想い出の曲はサーカスの「Mr.サマータイム」。元歌はフランスのシャンソン歌手、ミシェル・フュガンの『愛の歴史 / UNE BELLE HISTOIRE』だったと後になって知る。そのサーカスの「Mr.サマータイム」をカヴァーしたParis Matchのバージョンが今は気に入っている。グループ名の"Paris Match"はThe Style Councilの"The Paris Match"からだと聞く。
July 17, 2009
コメント(0)

「100年に一度の。。。」と言われる昨今、新聞に目をやれば、話題にするのも嫌気がさすくらい、あまりに短絡的な惨劇が繰り返されていることに気が滅入る。おとぎ話の行のような言い回しかもしれないが、人間に暗いサイドと明るいサイドがあるとすれば、犯罪者の多くは、暗い面=暗黒の世界の住人と化したのかもしれない。魔が差した、などとは決して言って欲しくない。自らダークサイドに棲むことを選んだに過ぎないのだから。しかし、人間誰しも、暗い面も明るい面も持ち合わせている。その割合は人それぞれだろうし、時と場合によっても振り子のように揺れているかもしれない。「自分に限って」などとは断ぜることはできない。独身貴族(古いね~)時代は、「自分の時間」もたっぷりあって(1日24時間に変わりはないのだけれど)自分らしく生き生きとしていられた。しかし結婚し、子供が生まれ、双方の親や親戚との行き来やつきあいが増え、「自分の時間」も目減りしていくなか、人生には色々なことが起きる。上り坂もあれば下り坂もある。そしてもう一つ「まさか」が。なんて誰かがこぼしていたが、ホント何が自分の身に、家族に、一族郎党に起きるか、それは誰にも予測できない。禍福はあざなえる縄のごとし、人生万事塞翁が馬。時が過ぎるとともに人は変わる。結婚当初は仲睦まじかった二人が、中年を迎える頃には、お互い口もきくこともなく、それぞれの世界に引きこもってしまったり、あんなに素敵だった容姿は見る影もなくなり、社会に出て身を置いた環境でも随分と見違えてしまうような人間へと変貌をとげることもある。そんなこと、一体誰が予見できるだろうか。楽しくて幸せな時もあれば、不幸に打ちひしがれ、生きることさえ嫌になることもある。どうせ一度の人生、明るく一生を全うしたいもの。決して「ダークサイド」になんかに身を委ねてはいけない!心の隙間に巣食おうとする「暗黒」と戦わなければならない!人間、生まれる時もこの世を去る時も一人だけれど、生きてる間は、決して一人ではないのだ。メンタリティを正常に保つのに音楽に優るものはない(と信じている)。心の妙薬だ。音楽は決して消え去ることはない。カレンが去り、ジョンが逝き、フレディがいなくなり、マイケルまで天にめされても。ピンク・フロイドの"The Dark Side Of The Moon"。日本盤では「狂気」。洋楽にどっぷり使っていた10代。聴いてぶっとんだ1枚。There is no dark side of the moon really. Matter of fact it's all dark.人生も人の心もそうあっては欲しくない。
July 11, 2009
コメント(0)

彼女、とではなく、たぶんで一人で観に行った。。。かな。冬だったか夏だったか、はたまた春だったか。季節のことは全く記憶になく。。。地方では割と大きな映画館だったのは確か。それよりも、映画の印象。。。と言うより上映時間が長かった(「天井桟敷の人々」とどちらが長かったか?)ことと、映画音楽としては久しぶりにかなりぐっときた、こと。これはぜひマスターしようと思い込んだ。学生だったためサントラ盤を手に入れる資金もなく、たしかこれもFM番組をエアチェックして、テープがすり切れるくらい(よく聞く表現ですが、擦り切れなんてあり得な~い)繰り返し繰り返し聴き、ガットギターはまだお持ちではございませんでしたので、しかたなくフォークギターで懸命にコピるのでしたが、これがなかなか。ギターは、クラシックから入ったわけでもなく、亜流で覚えたため、どう弾いているのかさっぱり。悪戦苦闘の日々が続く。せっかく感動したはずの映画もその内容より、曲をコピーすることにやっきになりっぱなし。それなりに苦労はしたのだけれど、でもやっぱり完コピまではできないままだったのが、悔やまれて仕方なかった。技量不足だった。そんなことも「時の過ぎ行くままに」忘却の彼方に。そうする内に、ま~、そんなこんなでいつの間にか大学生。とある日の夕暮れ時、サークル活動に興じる学生が校舎のあちらこちらに散見するようになる頃、本部校舎をぶらぶらしていたら、第二外国語でクラス分けされたクラスで一緒になった仲間(男女7人)の一人(女性)らしき姿を遠目に見かける。ガットギターを抱えて何やら弾いているらしい。う~、何か聴き覚えのある、耳から離れないメロディなのだが。。。すぐには憶い出せない。はっきりと彼女の姿を捕らえた時、はっと気付いた。そうか!あの因縁?の曲だ。演奏をよく聴き入ると、彼女は完全に弾きこなしていた。ひえーーーーー!ぶったまげた。あの曲をこんなところで、しかも同じクラスの18歳の女の子が奏でているではないか。あんなに耳コピしたのに弾けなかった自分。参った、恐れ入った!「やっぱ、東京は違うな~」なんて心の中で思わず呟いていた。そんな想い出の1曲。あ、映画はもちろん最高でした。デニーロもメリルも。特にクリストファー・ウォーケンが。そう言えば、あの素人オーディション番組「Britain's Got Talent」でポール・ポッツさんが歌った曲もこの曲だったとか。
July 10, 2009
コメント(4)

なんで一発目が名古屋やねん、なんて子供っぽいことは申しません!(でも名古屋の人がうらやましか~ですばい)それにしても16年振りか~。歳とったわけですわ~。ポール・サイモンも67か~。"Old Friends"を皮切りに26曲も聴かせてくれたとは。。。涙ものです!故マイケル・ジャクソンへの鎮魂歌も捧げたとか。ほんまー泣けますわ。音楽ってほんと素晴らしい!名曲はぜひライヴで聴きたいものです。ツアーと言えば、拓郎さんは大丈夫でしょうか。こちらは心配です。早い回復を祈ってます!
July 9, 2009
コメント(0)

静岡県知事選の結果を受け、政権交代に拍車がかかる。でも世の中、それどころじゃない。所得は目減り、消費はますます冷え込む一方。それなら値下げで、もいいけれど、それではますます所得が減り、負のスパイラルまっしぐらか。静岡県知事選は投票率もあがったとか。政治に対する関心増かそれとも不安のためか。政権が交代したところで、と(どちらの党首も)あんまり期待もできない気もする。一体、政党に意味があるのか、とさえ。東さんも自民党なんて考えないで、橋下さんなど、意を同じくする(のかな)方々と結集、結党されてはどうだろう、なんて考えたくもなる。ネットの世界から見れば、世界はborderless、言葉の垣根も越え境界など無い。しかしよく考えてみると、もっと以前からborderlessなのは、「音楽」ではないか!故人を持ち出してなんですが、「マイケル・ジャクソン党」なんて政党があったなら、共和党、民主党も歯が立たないどころか、ワールド・ワイドで世の中が動いていたかもしれない。いや、現に動いていた。日本でも"We Are The World"のアルバムを手にしている人も少なくないはず。そうした「チャリティ」は世界中のあちらこちらで数多く行われている。それほど「音楽」の影響力は大きい。日本だったら、「B'z党」だろうか。日本のミュージシャンも、湘南乃風のように難病、ムコ多糖症の子供達のためのチャリティ・イベントが実施されている。ミュージシャンに政治を、とまでは言わないけれど、世間離れした政治家や官僚に国民の血税をいい加減に濫用されてしまうより、具体的・直接的かつ有効に活用できるのなら、音楽を通して世の中をより良くしていくことに拍車をかけたいところ。「あゆ党」や「安室党」なんてのもありでしょう。これら政党のアルバムが売れれば、その売上げの一部が、介護や母子家庭などの弱者支援に使われたり、それこそ年金問題や雇用問題などに充てることもできるのでは。何も政党なんかである必要もない。いっそのこと全てのCDやDVDの売上げの一部をスピード感のかけらもない政治に任せておけないような事柄に充てられるような仕組みが創りだせないものか。創り出された当初は機能していた数々の「システム」も、企業だけでなく、政治から教育、家族のあり方、年金に国民皆保険制度などなど、すべからくこれまでとは全く異なる方向への「変化」を経なければならない時期に来ている、と思うのですが。ビートルズだったら、Across the Universe Party なんてのはどうでしょう。世界の垣根を越えて。。。でも歌詞の方は Nothing's gonna change my world. では意にそぐわない、か。映画の方はなかなか良いらしいですが。。。
July 7, 2009
コメント(0)

学生時代、通い道でもあった学生街の喫茶店(ガロ?)でバイトしていた頃、予備校時代の同期?が後輩(大学の)を連れて何度か遊び(もちろん注文してもらってました)に来てくれ、その後輩のカップルの彼女の名前が、たしか「かがり」。。。だったか。漢字でどう書いたのか覚えがないのだけれど、その「印象的」でいまだに忘れられない(恋してではなく)名前の持ち主、御世辞にもとても「美人」とはいかないが、それを補って余る(なんて言うと火に油か?)くらいに聡明で明るい子。その子がいるだけで周りが明るくなる、そう、まるで「かがり火」のような性格。なるほど、彼氏が惚れるのもわかる~って少々羨ましく思ったのでした。その後、何度か予備校の同期?抜きでもお茶しに(古いね)来てくるようになり、その子の彼氏の家(確か埼玉のどこかだった)にひょんなことから御邪魔しにいくことになり、(そうそう、思い出しましたが、二人(彼氏と彼女)ともバンドをやっていて、ギター少年だった私もまぜてもらおうと思い、尋ねたのでした)その彼の部屋で聴いたのがこの一枚。その当時は、QueenとJazzってのがどうしても自分の中では結びつかずにいたのでした。あとで判ったこと、「戯言(ざれごと)」とか「ナンセンス」ということで、ジャンルのことはなかったのでした。ジャケ写も印象的で、1960年代のPop Artを使っていた、と言うのも後になって知ったこと。しかし、Brian Harold Mayのギターサウンドは何度聴いても温かくてカッコいいな~。それにつけてもBrian May Superが欲しい!
July 7, 2009
コメント(0)

何年前だろうか。おそらくもう30年くらい経つかもしれない。学校帰りにダウンタウンのレコードレンタル屋の「友&愛」だったか、ぶらり立ち寄り数枚レンタルして聴いたアルバムの中でダントツに痺れた1枚。(当時はレコレンしてカセットテープにダビングするのがリスナーの定番だった。たぶん。因にテープはTDKのハイエンドのものがお気に入りだった)当時はエアロスミス(間がたまらんかった)やVAN HALEN(エディのライトハンド奏法を真似して右手の指が痛かった)にマーク・ノップラーのダイア・ストレイツ(Sultans Of Swing もえがったな~。なんがい曲だけど)が日本でもヒット曲が売れ始めていた頃だったろうか。レコードに針を落として1曲目から思わず、カッコいいー!と心の中で叫んで(たぶん)しまった。ボズ・スキャッグスの「ミドル・マン」も同時期かその辺りだったか。「ミドル・マン」もいいアルバムだ。ドナルド・フェイゲンはもちろんSteely Danとしてもファンなのだが、このソロは、それまでのアルバムに、また「ミドル・マン」にも輪をかけてたまらなく痺れた(たぶん)。50代くらいになったら、こういう演奏ができるようになりたい、なんて、その頃はギターかベースかドラムくらいしか演奏(それだけできれは同時は十分だったのだが)できなかったギター少年も「やっぱキーボがいいぜ」って心密かに(でもないが)、このアルバムを聴きながら思ったものだった(たぶん)。今おじさんになってみると、Eaglesの "Desperado" を弾き語りたいな、な~んて夢見つつ、その一方で、でもやっぱり "Pianoman" かな、なんてついつい横恋慕、してしまうのだった。
July 5, 2009
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1