2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全26件 (26件中 1-26件目)
1
今日も明け方の地震で目が覚めました。福島で震度5強。ここのところ、夜中から明け方の地震が多いですね。おかげさまで寝不足です。昨日の話ですが、京島地域の「三中総」報告会のときに、すこし時間をもらって石巻ボランティアの報告をしました。プロジェクターを使って、現地の写真を紹介しながらの報告は24日に続き今回で2回目ですが、中身は大きくバージョンアップしました。というのも、前回はとってきた写真を順番に並べてプレビューを起動させて順々に写真をスライドしていくだけでしたが、今回は思い切ってパワーポイントに写真をうつし、ところどころに解説文を入れました。日常的にはあまりパワーポイントを使わないんですが、前回のプレゼンテーションよりは抜けもなくうまくいったんじゃないかと思います。ただ、「視覚に訴えて分かりやすいが、その場限りの理解で印象に残りにくい」というのがこれまでのパワーポイントにたいする率直な私の感想。はたして今回のはどうだったでしょうか…。
2011.07.31
コメント(0)
今日は午前中久しぶりに宣伝カーに乗って宣伝、午後から「しんぶん赤旗」の集金、そして夜は2ヵ所で「三中総」「ボランティア」の報告でした。とにかく目の回るような忙しさでした。とにかく今月もあと1日、がんばりましょう。
2011.07.30
コメント(0)

雨が降ったりやんだりですね。今日は原水爆禁止世界大会に向けた「平和大行進」が墨田を通過する日で、葛飾区との境にある西吾嬬公園から、台東区の花川戸公園まで墨田の隊列が歩きました(私は途中参加)。今回、墨田からの代表団は若い人が多いようです。そして、今回の世界大会は原発事故も大きなテーマになります。「被爆者」を生み出す点では原爆も原発も一緒ですからね。今年の世界大会は、ぜひとも成功させたいと思います。代表団を送るためのカンパも頑張らなければ。
2011.07.29
コメント(0)
7月ももう終わりに近づいてきました。早いですねえ。さて、今日は「しんぶん赤旗」の集金でまわったんですが、いろいろと話になりました。福島県出身の方からは、「会津の方は原発から100キロも離れているのに、観光客が去年に比べて1割もないそうじゃないの? こんなに風評被害で苦しんでいるのに、政治は一体なにやってんの」と怒りの声。私自身石巻に行ったことや、共産党の論戦と赤旗のスクープで九電のやらせメールを追及して玄海原発の再開をストップさせたこと、現地の復興は住民の生活再建、住民合意ですすめるべきで、今すすめられようとしているのは上からの計画の押しつけと東電の補償を免罪する方向だ、などいろいろ話しましたが、民主党や自民党の様子をみていると今の政治全体があんな調子だと思えるのも無理もない話で、日本共産党がそういう政治状況の中でどうがんばっているのか、わかってもらうのに一苦労でした。また、いつも米を買っているお米屋さんからは、「今年は米が不足しそうで、そのあたり大手が見越して買い占めてるね。だからどんどん値上がりしていて大変だ」ということ。私がいつもかっている宮城県産のお米も200円値上がりしていました。津波と放射能の影響による米不足も深刻ですが、それが一部の投機筋による投機活動によってさらに助長されるというのは、全く腹立たしいことこの上ありません。「ルールなき資本主義」というのは、国難のもとでも私腹を肥やす連中がまかり通るということです。今日の話ではありませんが、畳屋さんでもこういう話を聞きました。「大震災で復興のために畳屋もがんばらなきゃいけないのに、仕事はほとんどない。大手の畳屋が、安く仕事を引き受けて、こんなものでいいのか、というものを納品している。こんなに安いんじゃ私たちはとても引き受けられない。みんな、こういうときこそ、という気持ちをもっている。よしやろう、という気持ちをもたない業者はいない。でもそういうところには国は見向きもしない。これでは私たちはつぶれていくだけだ。今年自分の息子をうちからよその会社に出した。つまりリストラした。本当に断腸の思いだ」。これらの声を、一体今の政治はどう聞くのか。少なくとも、今の政権与党には、これらの声を聞く意思も能力もないでしょう。自民党にしてもそうです。つまり議会の圧倒的多数をしめている勢力がまったくの「どんづまり」。まったく歯がゆいばかりです。こういう政党状況、政治状況で、こういう声を合流させ、政治を動かす力にしていくためには何が必要なのか。国会の外から「議会多数派、国民少数派」を追いつめていくたたかいをどうすすめるか。いきづまりが深刻なだけに、真剣な探求が必要です。
2011.07.28
コメント(0)

今日は夕方墨東病院へ。「都立墨東病院を直営で存続させる会」が、(1)東日本大震災の被害と対応について、(2)今計画されている墨東病院の増改築計画について、の2点で病院と面談を行なうので、私もその一員として参加してきました。最初に、墨東病院の斎田事務長から、墨東病院の増改築についてパワーポイントを使っての説明。新しく増築する病棟では、救命救急がワンフロアーで効率よくできるようにすること、感染症病棟も、ワンフロアーにして陰圧病棟を拡大できるようにするなど、充実・改善をはかる、ということでした。一緒に参加した「会」のメンバーから、「救命救急で運び込まれた患者が、ほかの患者にふれることなく運べるようになっているか」「緩和ケアの病棟はつくらないのか」など、質問がだされました。私自身は、これだけ施設を拡大すると、いくら機能改善をはかるといっても、人員を増やさなければ対応できないと思ったので、「施設の拡充に見合った人員の拡充、とくに医師を増やすことは、最大の課題なんじゃないでしょうか」と聞きました。人員の拡充については努力する、ということでしたが、この問題は今後焦点になっていくと思います。何しろ都政の大きな方向は都立病院のきりすてであり、墨東病院についても、「第二次都立病院改革実行プログラム」で地方独立行政法人化が検討されています。再来年に法人化するかどうかの結論がだされるなかでの増改築ですからね。もちろん、私たちは東京都の責任を放棄し民営化の道をすすむ法人化を許さず、都立で存続させたまま充実をはかることをもとめていきます。東日本大震災では、停電にもならず、職員にも患者にも怪我はなかったようですが、「自家発電の装置は、津波の被害を考えて2階以上におくべき」「津波だけでなく、洪水や大雨で水浸しになることも想定すべき」などの要望がだされました。実質的には短いやりとりでしたが、貴重な意見交換でした。「墨東病院がこの地に存在している、ということは、都民にとっても大きな安心を感じている。みんな愛着をもっている。だからこそ都立で守り、充実させていきたい」と、参加したメンバーが口々に語っていましたが、これが率直な気持ちだと思います。大震災が、安易な民営化、公的分野の削減がいざというときに住民を救えないということを明らかにしただけに、都立墨東病院を守り充実させる運動は大きな意味をもっています。引き続き頑張りたいと思います。
2011.07.27
コメント(0)
今朝、いきなり生活相談の電話がかかってきました。明日が相談日なんですが、今日じゃないと間に合わない、という話なので、「今すぐ来て下さい」ということに。話によれば、「3年前に前の会社をやめて、今のタクシー会社に移ったが、その間の区民税が払っていなかった、というので今朝銀行にいくとその分が差し押さえられていた。手元にお金がない」ということでした。区からは何度も電話や通知があったようなんですが、本人は「昼間は寝ているので、電話は気づかなかった」。その他話を聞いていると、まったくこちら側に落ち度がない、というものではなさそうです。しかしそれにしても、最低生活費もすべて差し押さえる、しかも自治体がそれをやるというのはあまりにひどすぎます。区役所に電話して、担当者と直接話しました。「生活に必要なお金まで差し押さえて、その人の生活をどう保障するつもりなんですか? 本人は払う意思がないわけではなく、これからも仕事の収入はあるので、せめて分割で支払うようにはできないんですか?」こう話すと、「そういう話でしたら、ぜひとも議員さんと一緒にいらしてください。こちらも相談に応じます」とのこと。ここから先は、はらつとむ区議にバトンタッチしました。早速区役所に行ってもらい、はら区議との交渉で生活費を取り戻し、未納分の住民税は分割で納めることになったようです。とりあえず一件落着、ではありますが、住民税の未納分を銀行から差し押さえる、というのは、あまりに一人ひとりの生活実態をみないやり方です。あつめる側としては、一番楽な未納回収方法かも知れませんが、それで無一文になってしまう人も生まれるのです。おそらく同じような目にあっている人は少なくないと思います。これも政治問題にしていかなければなりません。
2011.07.26
コメント(0)
夜中に地震で目が覚めました。福島県沖で震度5弱だったようです。まだまだ余震は続いていますね。おかげでそれ以降あまり寝付けず今日は寝不足でした。さて、今日はいろいろと忙しかったんですが、夕方に墨田、東向島の地域で「原発からの撤退」署名にとりくみました。区議選で対話になったところなどを中心にまわったんですが、どこでも快く協力してくれました。しんぶん赤旗も3件で購読してくることに。やっぱり、原発問題で一番信用できるメディアは「赤旗」、というのは強いですね。明日もまたがんばりましょう。
2011.07.25
コメント(0)

暑さが戻ってきました。今日は午前中訪問にとりくみ、午後からははら区議地域で行なわれた「区政報告&ボランティア報告会」で、石巻に行った1人として参加してきました。報告会には、ボランティアにいった5人のうち4人が参加。それぞれの立場から報告、発言を行ないました。私は、とってきた写真をプロジェクターで映しながら、主に石巻、女川の被害の実態について話しました(中身はこのブログで報告した内容とほぼ同じ)。報告の後、「現場では泥だしから困りごとの聞き取りのほうに仕事が変わってきているの?」「5月にいった時と比べて違うところは?』などの質問や、「区立保育園には家具の転倒防止のための予算がつくという報告でしたが、私立にはつかない、というのはおかしい。ぜひとも何とかしてほしい」などの要望もだされました。「現地では扇風機が必要、といわれているけどこっちでもなかなか品薄になっているらしい」「船を送ったところもあるらしいね」など、現地への支援をどうするか、という意見も次々にだされました。今回が2回目の参加だったKさんが、「ボランティアにいくと、まず第一にあまりに非現実な光景に言葉を失い、第二にかえってくるとまたボランティアに行きたくなる」と語っていました。全くその通りです。息の長いたたかいになりますし、現地支援はいろんな形で求められています。私も、要請もあるかと思いますが、ぜひともまた行くつもりです。@ @ @報告会の後、この間新しく日本共産党に入党してくれたみなさんの歓迎会を行いました。時間がかなりおしていたんですが、一人ひとりが「日本共産党に入ったきっかけ」「共産党はどこがすごいと思っているか」を語りました。歓迎会は、新入党員を知るだけでなく、すでに活動している党員自身の生き様を知る機会でもあります。みなさんこういう話はひときわ思いも強く、時間内に終わらせようという司会者の必死の努力?むなしくオーバーになりましたが、やはり仲間が増えるのは大変うれしいことです。
2011.07.24
コメント(0)
まだ涼しい日が続きます。明日あたりからまた暑くなるんでしょうか。今日は午前中、年金者組合墨田支部の総会に出席、午後から鈴木区議地域でみなさんと一緒に「しんぶん赤旗」の読者拡大にとりくみました。東電や政府のいい分は信用できない、というのは、もはや国民的コンセンサスになりつつあります。じゃあ何が信用できるのか、ということで、一貫して原発推進と「安全神話」に異を唱えてきた「しんぶん赤旗」の値打ちの発揮のしどころです。その点で、22日付「しんぶん赤旗」に掲載された外国特派員協会での志位委員長の講演は衝撃を与えています。とくに政府と東電が流している事故収束への楽観論への厳しい批判、東電による「読売」「朝日」「毎日」など大手新聞の買収の告発は強烈だったようです。「しんぶん赤旗」の今だからこその値打ちをどんどん広げて、増やしていくことは、危険な原発からの撤退を国民多数の世論にし、着実に実現していくことと直結しています。ぜひとも頑張りたいと思います。@ @ @ところで、うれしい話が入ってきました。私たちが参加した石巻へのボランティアで、仮設住宅を訪問しての困りごと聞き取り活動にとりくんだわけですが、そこで「暑くて風通しが悪い。網戸がないと虫も入ってくる。玄関のところに網戸がつけられないか」という要望がたくさんだされました。この要望は、さっそく救援センターに伝えましたが、その後も何度も要望が寄せられたそうです。それが、このたび県の責任で網戸設置が決まったとのこと。現地では早速1000件の仮設住宅に知らせ、大変喜ばれているそうです。第一歩ではありますが、とにかくよかった。
2011.07.23
コメント(0)
昨日からまるで秋が来たかのようなような涼しさです。だいたい台風一過の後は猛烈に暑くなるものですが、今回の台風の進路からして尋常ではありませんでした。そしてあっという間に今月も残すところあと10日をきりました。時の過ぎる早さの割に、自分自身の活動をふりかえると、反省することばかりです。とくに今日は空回りでした。とにかく明日からの土日でがんばりましょう。@ @ @ところで、昨日久々に一日休みをとって、ジブリの新作「コクリコ坂から」を観てきました。結論から言いますと、「耳をすませば」以来の傑作、というのが私自身の感想です。千と千尋も、ポニョも、よかったんですが…私的には「コクリコ坂」がその遥か上を飛んでいきました。「こういう青春時代を送りたかったなあ~」と思わせる映画に弱いのです。そして、映画ででて来る「カルチェラタン」での学生運動を彷彿とさせる光景は、私が学生時代(+α)に過ごした東大の駒場寮や学生会館、早稲田大の「ひらみん」があった8号館地下を思い出してしまって、これまたたまりませんでした。まあさすがに私のころにはもうガリ版印刷はありませんでしたけどね。駒寮や8地下はもう跡形もありませんが、貴重な伝統と文化が失われたことをつくづく思います。映画の舞台になったのは1963年、東京オリンピックの前年の横浜です。50年近く前の血気盛んな若者たちの姿は、過去のものではなく、形態はともかくその精神はこれからの若者に受け継がれていくものだということも、原発問題などでの若者の立ち上がりをみて思ったところです。ああいった青春像、学園像にたいして高校生、大学生の世代がどういう感想をもつでしょうか。聞いてみたいところです。なにはともあれ、早くDVDにならないでしょうかねえ。絶対買いなのですが。
2011.07.22
コメント(0)
台風が近づいています。しかし、スピードが遅い上に雨は降ったりやんだりでどうもスッキリしません。さて、昨日参加した介護事業者の集まりでの話です。2年ほど前に、区内の介護事業者のみなさんと懇談して以来、若手の事業者、介護関係者の飲み会にちょくちょく声をかけていただいて、何回か参加させていただきましたが、この間選挙があったりして、随分ご無沙汰していました。今回、19日に事業者で集まるというので声がかかり、高柳東彦区議とともに区内の居酒屋へ。最初に何人かの方から出された問題は、介護事業所への行政の実地指導についてです。実際に検査にきた、という事業所の方から、「透析の送り迎えで行き30分、帰り30分は一体で介護報酬を計算している。東京都も、墨田区でもOKなのに、うちの区ではダメ、と言われて、その分の介護報酬の返還を求められている。これはどう考えてもおかしい」という話がだされました。自治体によって基本的な制度の運用で解釈が違うというのは論外ですが、行政による実地指導については、一体何のためにやっているのか、と多くの方が怒っていました。また、3月10日付の通達で通所介護事業所に義務付けられた「機能訓練指導員」についても、「小規模の事業所に人を配置することがいかに大変なことか分かっているのか」という声がだされました。その場で配られた通達をみると、説明らしい説明は「厚生労働省に解釈の再確認を行なったところ、必要との回答があったから」ということしかありません。これだけ時間がたっても、未だに現場と血の通いあいがすすんでいない、上からの実態を無視した施策が進められていることを思い知らされます。「訪問介護の需要が少なくなって、デイサービスや小規模多機能など、通所施設を利用する方が増えています。そういうなかでやりくりしていくのは大変」という声も何人かの方から聞きました。なかでも、「みんな介護事業に見通しが持てない。どうやって終わらせるか、ということを考えざるをえない」「自分の子どもにこの仕事だけはやるな、といいたくなる。この現状は一体なんだ」という声は、切実に受け止めました。とくにそのなかで、事業所として正規社員を雇う努力をしながらも、「登録ヘルパー」の募集をせざるをえず、実際には「登録型派遣」以上に仕事が不定期で収入も不安定な雇用形態をとらざるをえない現状(実際にあまりに過酷なので応募は少ないそうです)に「やるせなくて仕方がない」と残念そうに語っていました。本来、現代社会においてもっとも必要とされている分野の一つである介護の現場で、生きがいと働きがいを奪い、事業者にも社員にも犠牲を強いている現状は一体なんなのか。私にとっては一番重く感じた話でした。「結局、介護制度は、国が責任を放棄して現場に負担を押し付けるための仕組みだったのか」…いろいろ話していくなかで、最後にでてきたのはこの言葉でした。とにかく、話をうかがうほどに重大な事態が進行しているのに、それが政治の舞台で大問題にできていないのがもどかしく、悔しい思いです。今回は久々に参加させていただきましたが、これからも可能な限り参加させていただきつつ、今回だされた要望を政治に反映すべく、できることをやっていきたいと思います。
2011.07.20
コメント(0)
今日は介護事業者の飲み会に誘われて参加してきました。久々に参加させていただいたのですが、毎回のことながらまだまだ知らないことが多く、学ばされる一方です。そのあたりの話は明日書きます。ところで、7月15日に日本共産党は党創立89周年を迎えました。これだけの歴史を持っている政党は、日本共産党しかありません。そのことは、私たちにとっても誇りとするところですし、これまで支えていただいたみなさんにはいくら感謝しても足りません。そのことを記念し、またみなさんへの感謝の意をこめて、8月に2つのイベントがあります。●日本共産党創立89周年記念講演8月1日(月)午後6時半~ 日本青年館志位委員長がお話しします。また東日本大震災からの復興にとりくむ岩手、宮城、福島の日本共産党の代表も訴えます。●日本共産党創立89周年記念「納涼の夕べ」8月2日(火) 午後6時45分~ 曳舟文化センターレクホール日ごろのご支援への感謝をこめて、墨田地区委員会の主催で行ないます。会費は3000円です。ぜひともご参加下さい。
2011.07.19
コメント(0)
昨日、今日と丸一日会議が続きました。それにしてもここのところの暑さには参ります。昼間外で動いた後は、事務所に戻って30分ぐらいは使い物になりません。女子サッカーの決勝で寝不足の人が今日の会議でも結構いたようですが、私は暑さで寝不足です。天気予報によると、台風の影響で少し気温が下がるとか。台風はいささか困りますが、暑さも少しは休憩してほしいものです。
2011.07.18
コメント(0)

初日は、夕方活動をおえて道の駅の温泉に入り、石巻から車で約1時間、登米市にある個人宅(ボランティアの宿舎として貸していただいているそうです)で宿泊しました。向かう途中三陸道の降り口を一つ間違えて、明かりのない真っ暗道をカーナビをたよりに探すのに苦労しました。東北の夜はやはり東京とちがって涼しく、扇風機も寒いくらいでした。朝7時に出発。2日目の仕事は、この間寄せられた救援物資を小分けにして、仮設住宅で配布する「救援物資お届け隊」。2ヵ所の仮設住宅を午前中にまわろう、という計画でスタートしました。最初は飯野川中学校のグラウンドにつくられた仮設住宅。山の中腹にあるグラウンドに仮設住宅が造られています。30人ぐらいのボランティア部隊で役割を分担し、墨田の5人は会場の整理と、待っている人、終わった人への「原発からの撤退署名」の呼びかけや困りごとの聞き取りをすることになりました。私はおもに「困りごとの聞き取り」にとりくみましたが、「部屋の中が暑くて大変。外の木陰の方が涼しい」という声が多かったですね。「扇風機と掃除機は、ぜひとも支給してほしい」「玄関の網戸がないので開けられない。取り付けるのにどのくらいかかるの?あまりかからないならぜひ行政でやってほしい」「物干竿が一本しか支給されない。もっと必要なのに」という声もだされました。仮設住宅の場合、何人家族がいても、茶碗はいくつ、何々はいくつと支給される物品の数は画一的に決められているそうです。しかもこの仮設住宅は岡の上にあるうえに、買い物する場所も遠く、そう出かけることはできません(車があればまだいいのですが)。また、中学生が何人か固まっていたので、「こんにちは、何か困っていることはありませんか?」と声をかけました。すると1人が「虫。」とつぶやき、ハエやアリが多いと話してくれました。そして、みんな口を揃えていたのが「遊び場がない」。せめてバスケットゴールがあればいいのに、ということでした。次は前日に「困りごとの聞き取り」にとりくんだ仮設住宅。さつまいもやじゃがいも、にんじんなど小分けした野菜を広げると、「野菜がある!」と大変喜ばれました。また、栃木から参加したボランティアの青年によるかき氷が出口で配られ、こちらも大変好評でした。ここでもおなじ役割分担で、署名をあつめながら困りごとを聞きました。ここでも、玄関の網戸やひさしの改善、虫が多くて困っている、などの要望がだされました。途中10時頃、この地域で震度4の地震があり、津波注意報もだされたそうですが、私たち自身は作業に夢中だったためまったく気づきませんでした。東京でもかなりゆれたそうです。3ヵ所の予定でしたが2ヵ所で時間切れ、事務所に引き上げました。そして私たちの第二次ボランティア活動は終了。最後に事務所の前で。午後から東京に向けて出発、途中車の渋滞で結局墨田に戻ったのは夜の10時でした。実働は1日の短い期間でしたが、私自身、現地の実態を知ることができて、また復興救援のために活動することができて、本当によかったと思います。現地からかえって1週間経ちますが、あちこちの会議や小集会で、現地の実態と活動について話しています。引き続きボランティアの派遣、物資の支援、募金活動にとりくむのとともに、私自身も可能性があればまた参加したいと思います。
2011.07.16
コメント(0)

事務所に戻ってきました。奥の方に、「ここまで浸水しました」という矢印があります。石巻市の浸水状況です。さて、午後からは他の地区から参加したボランティアのみなさんと合流して、仮設住宅に向かい、そこで住民のみなさんへの「困りごと」聞き取り活動にとりくみました。3人で組をつくって一軒ごとに訪問。最初のお宅では、若い男性に話を聞きました。「仕事がなくなったのは困る」ということでした。二軒目のお宅では、「ここからは買い物に行くのが大変。車がある人はいいけど、それでも10分ぐらいかかる」「野菜や魚が食べられない」「家は全部流されました。でもうちは大工なので、仕事はあるのでなんとかなっています」「2年後はどうなっているのか。先が見えない」と話してくれました。小学校の近くにすんでいたそうで、多くの子どもが亡くなったことに大変胸を痛めていて、涙ながらに話してくれました。あとで聞いたことですが、多くの被災者の方が、自ら被災した傷だけでなく、「人の命を助けられなかった」など深い心の傷をおっていて、この傷をためこんでおくことは大変危険なのだそうです。そういう点では、「心のケア」が切実に求められていて、話を聞く活動というのはその点で非常に求められているそうです。留守が多かったのですが、それでも私たちの活動が少しでも被災者の「心のケア」になってくれれば、と思います。
2011.07.15
コメント(0)

石巻から女川へ、車は山間をこえていきました。海はまだ見えないのに、津波の被害が広がっています。こんなところまで津波がきたのか、という驚きで言葉がありません。車は壊滅状態となった町の中心部をぬけ、あたりが一望できる高台の病院へ。そこからみると、津波で何もかも破壊されたことがよくわかります。「さすがにここまでは津波はきていないのでは」とつぶやくと、案内の方が、「実はこの病院の一階部分まで浸かったんです」。こんなところまで津波がきたとは。本当に言葉がありません。他のメンバーも呆然としていました。以前は、ビルの屋上に津波で流された車が乗っていたんですが、それは今回はもうありませんでした。クレーンで撤去したとのことでした。しかし見ての通り、町の復興は4か月経った今もほとんどすすんでいない状況で、仕事場もない、家もない、店もない、今なお廃墟の状況です。あちこちで横転したビルがありました。写真のように、杭をうちこんであるビルでさえも、杭がひきちぎられています。ここは随分山道を上がったところです。ここまで津波は来たそうです。ここにも横転したビルがありました。最初に町を一望した病院です。あの高台の上まで津波がいったのです。女川の現状をみたのち、救援センターに戻りましたが、その道中は私も含めてメンバー全員ほとんど何もしゃべることができませんでした(続く)
2011.07.14
コメント(0)

石巻の救援センター(宮城東部地区委員会の仮事務所)に到着すると、すぐに車で石巻の津波の被害の実態をと案内されました。この事務所も見た目は何ともないようにみえるんですが、実は1mくらい水に浸かったそうで、ちょっと車でいくと、一階が丸ごと破壊された家が両側に。旧市役所のある通りは、当日逃げようとする車でごった返して、津波に飲まれたと通りながら話してくれました。そして、市街が一望できる日和山へ。まずここで黙祷を捧げました。改めてここで大勢の方が亡くなったことを思い知らされました。山を下りると、まるで空襲による焼け野原のような状況がさらに目の前に広がりました。しかも、津波の届いたところは根こそぎ壊され、届かなかったところは無事、という「落差」もはっきりしていました。案内の方が、「今でも時々、家族を探したり、残ったものを探しにくる人がいます。だから衣類や持ち物と思われるものは、ああやっておいてあるんです」。写真をみると、衣類がいくつかまとめておいてあるのが分かると思いますが、こういった光景はあちこちでありました。胸を締め付けられるような思いがします。津波で破壊された残骸が、いたるところで積み上げられていました。住んでいた人々にとっては大事なものばかりだろうと思います。港では、コンビナートの残骸が流され、打ち上げられたままになっていました。港にある加工場は300以上あったのがすべて破壊されたとのことで、観光施設となっていたところも無惨な姿となっていました。今日の「しんぶん赤旗」で市場が再開したと1面にでていましたが、そこまでに至るのに言葉では語れない苦労と悲しみがあったことと思います。田んぼのところどころに、車がありました。「この辺りの津波は、すーっとやってきて、車を押し上げておいていったんです。だから車も大破していなくて、ああやってそのままおかれているんです」とのことでした。あちこちの家で土嚢が積まれていました。「この辺りは地盤沈下が激しくて、満潮時には浸水することもあるんです」。海からはなれているところです。石巻の状況を見た後、車は女川へと向かいました(続く)。
2011.07.13
コメント(0)

これから何回かにわけて(かなり続くかも知れません)、9~10日に石巻でとりくんだボランティア活動について報告していきたいと思います。この間寄せられた支援物資を前日に車に詰め込んで、夜10時に事務所で就寝。朝4時に出発しました。写真は暗いですがもう明るくなっていました。10時すぎに石巻のボランティアセンターに到着。写真は東北自動車道から仙台南部道路に入ったときに、飛び込んできた光景です。この道路を境に、海側は津波にやられたとのこと。最初に目に入ってきた津波の被害の実態でした。
2011.07.12
コメント(0)
石巻ボランティア2日目は、仮設住宅での救援物資お届け隊で、2ヵ所をまわって物資を配りました。そして午後から東京に向かって出発。途中大渋滞で、こっちに戻ってきたのは10時前でした。今後の日記で、現地の状況やボランティア活動について書いていきます。
2011.07.10
コメント(0)
朝4時に事務所を出発、石巻に来ています。着いたらまず石巻、女川の被害の実態を見学、午後から仮設住宅を回って困り事の聞き取りをしました。詳しい内容は帰ってからということで、今日もがんばります。
2011.07.09
コメント(0)
いよいよ明日、石巻に向けて出発です。今日はその準備で一日かかりました。「災害派遣等従事車両証明書」を発行してもらう関係で区役所に何度も足を運んだり(現地の市役所には大変手を煩わせてしまいました。すみません)、救援物資の積み込み、ボランティア作業に必要な物品の調達などなど。明日は朝の4時出発です。1泊2日ですが、頑張って支援してきます。
2011.07.08
コメント(0)

今日は民主青年同盟東京都委員会の新しい事務所開設のレセプションに参加してきました。私自身、民青同盟員だったころ、同盟員としての活動をきちんとできていたかというと大変恥ずかしいのですが、かけがえのない仲間に出会い、そして学生運動の一翼をになって社会を動かす経験をしたことは、今でも大きな財産です。社会が大きく変わるとき、その中心にいたのは青年です。青年たちには笑われるかも知れませんが、私も民青の今後の発展を願いつつ、私自身も青年の心をもって頑張りたいと思います。このレセプションの前に、新事務所の内覧会があったのですが、時間が間に合わずいけませんでした。残念。また今度機会があったら行きたいと思います。
2011.07.06
コメント(0)
昨日までかなりハードなスケジュールだったんですが、今日もかなりキツい一日でした。そんななかで、石巻にボランティアにいく日が刻々と近づいてきています。今日は、活動に必要な手続きや寝場所の確保などで現地と連絡をとってやりくりしました。あっというまに当日が来そうです。最近ちょっとバテ気味ですが、体調を整えるようにしなければ。
2011.07.05
コメント(0)
3日、4日と党本部で「第3回中央委員会総会」が開催されました。私も参加対象なんですが、3日は墨田地区の党会議と重なってしまったので、今日だけの参加でした。夜までかかりました。問題はこれからです。やっぱり会議で決定したことは、実践し努力してこそ意味があります。明日からがんばりましょう。
2011.07.04
コメント(0)

一日空けてしまいました。何はともあれ地区党大会は終わりました。昨日の話ですが、「7・2原発ゼロをめざす緊急行動」に参加してきました。集会はすでに11時からブース企画が行なわれていましたが、私は1時からのメイン集会から参加。千駄ヶ谷から歩いて会場に着くと、もう明治公園は人でいっぱいでした。参加は2万人。かなり集まりました。さらに大きく広げましょう。今日が地区党会議だったため、「デモまでは参加できなさそうだなあ…」と思っていたんですが、熱気と勢いで最後まで参加しました。墨田からも旗など持っていろんな団体から参加。集結地点である新宿中央公園で、墨田でもさらに広げよう、と決意を固め合いました。
2011.07.03
コメント(0)
7月になりました。いろいろやらなければいけないことがたくさんあるんですが、現局面は3日に行なわれる会議の成功にむけた準備で身も心も追われています。そういうなかではありますが、明日明治公園で行なわれる「原発ゼロをめざす緊急行動」には参加したいと思います。
2011.07.01
コメント(0)
全26件 (26件中 1-26件目)
1


