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こんにちは。 今回も、「おもしろ歴史ウオーキング 首都圏編」の内容の一部を個紹介させていただきます。 それは、こちら。 本日は、第6章の「神社仏閣、考古学ファン必見のスポットが点在する緑の散歩道 埼玉県東松山市」から。 1.古墳も城跡も楽しめる東松山市ふるさと自然のみち 今回、ご紹介するのは、埼玉県の東松山市。東松山には、前の年の正月に、青鳥城や箭弓稲荷神社へ行ったのでした。 そのときに、東松山駅で、「東松山市ふるさと自然のみち」というパンフレットを手に入れたのです。それには、緑地や古墳、鎌倉時代の豪族の屋敷跡を巡るウォーキングコースが紹介されていました。 ほかにも調べてみると、ウォーキングコースから少し外れたところに、戦国時代の城跡もあるらしい。これは行くしかない、と再び東松山市を訪ねてみることにしたのです。 ウォーキングのスタートは、もちろん東武東上線の東松山駅。東口駅前から吉見百穴方面へ延びる大通りを歩き、松山市民活動センターの建物のところで右折、新明小学校の横の道をしばらく歩いていくと、右手に崖が現れました。 この辺りは崖からの湧水が見られるらしい。崖に上ってみると、小さな池がありました。地図を見ながらさらに進むと、市民文化センターの近くにあるのが五領沼公園。 それほど広くはないですが、静かな雰囲気で、ゆっくり休むには最適かも。 2.梅雨の時期にはアジサイも見られる柏崎緑地 五領沼公園を出て、次に向かったのは柏原緑地。丘陵地のふちに作られた細長い公園で、東西約200メートルの斜面に林が広がっています。 遊歩道を歩いていくと、五領遺跡の表示が…。 解説板には、4世紀、古墳時代前期の遺跡だそうな。そこから出土した土器は「五領式土器」と命名され、古墳時代前期の標識土器にされたとありました。そういえば、どこかの博物館で、五領式土器という文字を見た記憶があったような。 住宅街の真ん中に、自然に近い林が残っているのはいいですね。この林は、紫陽花がたくさん植えられ、梅雨の時期になるときれいな花を咲かせるらしい。 冬の景色も捨てたものではないと歩いていくと、遠くに小山が見えました。地図で確認すると、もしかしたら去年行った松山城址かも。吸い寄せらせるように歩いていきそうになりましたが、今回は我慢して次の目的地を目指します。 3.シイの古木に歴史を感じる萬松寺 住宅街をテクテク歩き、国道407号の下のトンネルを抜けて進むと、薬師沼がありました。小さな薬師堂もあり、伝説めいた話が何かありそうですな。 地図を見ながらさらに歩くと、萬松寺というお寺があります。江戸時代初期に、この辺りを治めていた旗本が開基したそうで、本堂の近くにあるシイの古木に歴史を感じました。その古木は、解説板によると樹齢は約450~500年なのだとか。県の指定天然記念物に指定されているそうですが、根元は落雷により空洞化してオブジェのようにも見えます。 このお寺は高台に位置しており、境内には土塁のように見える隆起がありました。城跡にお寺や神社が作られるのはよくあることで、もしかしたらと思ってしまいますな。 4.住宅街の中で存在感のあるおくま山古墳 萬松寺を出て、見渡す限りの畑を横目に次の目的地を目指します。天気が良くて、それほど寒くない。しかも、こんな景色を目にできる快適なウォーキングに心が弾みます。 歩いていると、すぐ次の目的地を発見することができました。なんといっても、住宅街の中に、ポツンとお椀を伏せたような丘があるのですよ。タモリでなくても、これは自然の地形ではないとわかります。この丘は、おくま山古墳。熊野山古墳とも呼ばれているそうですが、どうして「おくま山」というネーミングがつけられたのでしょうね。あとで調べてみたら、古墳の上に祀られている熊野神社に由来するらしい。なるへそ、くまの神社だから、おくまの山なのですな。 この古墳の形状は、帆立貝形で、解説板によれば、墳丘の長さは62メートル、後円部径40メートル、高さ7.0メートルとありました。出土した埴輪の特徴から、6世紀前半の築造と考えられるらしい。現在も濠の跡が残っているとは珍しいですね。古墳のヘリを眺めてみると、確かに凹みを確認することができました。 いわゆる前方後円墳なのですが、後方部が神社の参道として作られたようにも見えます。小さな山を登って山頂の神社に参拝しているような気分になったのでした。このあと、小さいながらも趣のある神社や三千人の門弟を集めたという古刹へお参りします。 また、埋蔵文化財センターでは、おくま山古墳から出土したという立派な埴輪を見ることができました。 ご興味のある方は、是非、こちらをご覧ください。 『 おもしろ歴史ウォーキング 首都圏編 』
2018年12月27日
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こんにちは。 今回も、新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 首都圏編」の内容の一部をご紹介されていただきます。 それは、こちら。 本日は、第4章の「武田信玄の本拠地・躑躅ヶ崎館と武田一族ゆかりの歴史スポットを巡る」から。 1.豪壮な門と静かな美しい庭園がある長禅寺 今回も、山梨県甲府市の観光スポットのご紹介です。前回、足を捻挫し、ウォーキング人生最大級のピンチに陥ったのでした。 ただ、若い頃はもっとキツイ目にあったことがあるのですよ。山形県の米沢へ行ったとき、ちょうど台風の暴風雨に巻き込まれてしまったのです。 しかも、砂利道ですべって足を捻挫してしまいました。当時は、台風の影響で、東京への直通ルートがすべてストップ。足を引きずりながら電車を乗り継ぎ、日本海ルートで生還したのでした。 あの時に比べたら、今回はまだ悲観することはないですな。 …ということで、中央本線の線路沿いを歩き、次に向かったのは長禅寺。 この臨済宗のお寺は、東光寺、能成寺、円光院、法泉寺とともに甲府五山のひとつとなっている由緒ある寺院。 甲府五山は武田信玄が定めたと言われており、なんと、その筆頭にあげられる名刹だそうです。信玄の母・大井夫人の菩提寺でもあり、その武田信虎夫人像は国指定重要文化財となっておりまする。 私はあまり寺社建築には詳しくないですが、こんな巨木を使った山門はあまり見た記憶がないような。質素だけど豪壮という武田家のイメージぴったりだと思いました。 こちらのお寺には、三重塔のほか五重塔もあるのですか。二つも塔のあるお寺は珍しいかもしれませんね。 そして、何よりこの庭が素晴らしい。さすが、甲府五山の筆頭のお寺に恥じない気品が感じられました。 2.甲府市内を一望できるみはらし台 長禅寺の庭の景観に心を癒されて、次の目的地へ向かいます。山梨英和高校の校舎近くの道を歩いていくと、次第に急な坂道に…。 捻挫している足首がズキズキし始め、痛みをこらえながら坂道を上りました。やがて、視界が開けた場所に到着。 ここは、みはらし台と呼ばれてる場所なのだとか。 それほど標高は高くないですが、高層ビルと呼べるのはひとつしかないので、甲府市内を一望することができました。よく見ると、さきほどいた甲府駅や甲府城が見えます。はるか彼方には、南アルプスの名山が…。360度山に囲まれており、甲府が盆地だということがよくわかりました。 ここは、山裾古の道というウォーキングコースのビューポイントとなっており、足首を休めるベンチがあって有難かったです。 3.武田信玄の父・信虎の墓があるみはらし台で少しインターバルをとり、再び歩き始めます。みはらし台までは少し上り坂でしたが、ここからは山裾の平坦な道。元気だったら、スキップしてもいいくらいの快適なウォーキングコースですね。 やがて右手に、大泉寺の看板が…。ここは、武田信玄の父・武田信虎のお墓があるお寺。武田信虎といえば、息子の信玄に駿河に追放されてしまった人物ですね。追放された理由にはさまざまな説があるようです。 息子の信玄があれだけの英傑に育ったことから考えても非凡な人だったことは間違いないようで。事実、信虎は家督を継いでから、領土を広げたり、それまでの本拠を石和から甲府に移したりして、武田家発展の礎を作ったとも言われておりまする。 武田信虎と言うと、大河ドラマで彼を演じ、先日亡くなった平幹二郎さんを思い出します。まさに、はまり役で、平さんのお墓参りをするような気分になりました。 こちらの総門は、かつて柳沢吉保が甲府城主だった頃、菩提寺として作った永慶寺の門として作られたものだとか。 荘厳な参道を行くと、本堂の後ろに武田信虎のお墓がありました。甲斐国を追放された信虎は流転の人生を歩み、最後は高遠城において81歳で亡くなったらしい。当時としてはものすごく長寿で、なんと息子の信玄より長生きしたのですね。国主という肩の荷を下ろして、ゆったりした人生を歩めたからかもしれませぬ。 それにしても、お墓の場所がわかりづらい。間違えて、本堂の裏の墓地の方へ行ってしまいました。本堂の真後ろにあったのですね。 中央が信虎の墓だそうです。 両端にあるのが信玄と勝頼の墓とのことですが、今は仲良く並んで葬られているのですか。ここに埋葬されたという信虎の墓はわかりますが、信玄と勝頼の墓はどういう経緯でここに作られたのだろうと妄想が膨らむのでした。 4.武田信玄のお墓がある 大泉寺から住宅街の中をテクテク歩いていくと、武田信玄のお墓があります。自分が死んだあと3年間はそのことを秘密にするよう遺言したエピソードは、黒澤明の「影武者」でも取り上げられて有名です。 実は、その死を隠していた3年の間、葬られていたと言われる場所がこちらだそうな。 さすが信虎の墓より立派だと思いがちですが、この墓石は江戸時代になって、近隣の人たちや武田家ゆかりの人たちによって作られたものらしい。 信玄が亡くなってから200年間も、葬られていた場所がわからなかったのはそれだけ秘密が守られていたからかもしれませぬ。 5.武田信玄の正室・三条夫人のお墓がある円光寺 武田信玄のお墓から近くのつつじが崎霊園の管理事務所の前に出て、右手の道をしばらく歩くと円光院があります。ここは、武田信玄の正室・三条夫人の菩提寺。こちらも、甲府五山のひとつなのですね。 三条夫人というと、やはり大河ドラマの影響で紺野美沙子をイメージしてしまいます。京都の三条家から信玄に嫁いだから三条夫人と呼ばれたのですな。公家のお姫様と紺野美沙子のイメージはあっていると思いました。 円光院の名前は、夫人の法号から称されるようになったそうです。お寺は高台にあり、甲府市街が一望できます。ドラマや小説では悪女として描かれることもある三条夫人ですが、躑躅が崎館も近く、こんな一等地に信玄が葬るのですからね。ホントは良い夫婦だったのではないかと感じました。三条夫人が亡くなったのは、1570年。信玄は在世しており、武田家は全盛を迎えていたので手厚い葬儀が行われたのでしょう。 事実、お寺には信玄の寄進状やゆかりの品々が数多く伝えられているらしいですよ。 三条夫人の墓所の宝篋印塔は当時のものでしょうか。美しい形で残っていると思いましたが、石を組みなおしたという記録があるようです。それでも、戦国時代のものが残っているのは貴重ですね。並んでいる二つの石灯籠は江戸時代中期のものらしい。時代ごとに整備されながら現在まで残っているのは、やはり武田信玄の奥様のお墓だからでしょう。 このあと、柳沢吉保の菩提寺・永慶寺跡にできた護国神社に参拝した後、郷土の英雄・信玄を祀る武田神社へ向かいます。 城跡ファンとしては、武田信玄の本拠地だった躑躅ヶ崎館の跡と言った方がいいかもしれませぬ。 信玄といえば、「人は石垣、人は城」という言葉が有名です。立派な城を作るよりも、人心を掌握する事が大事であると説いたのですね。 ところが、実際に、躑躅ヶ崎館の跡を訪れてみると、普通の戦国の城をはるかに凌駕する土塁と空堀を目にすることができます。 近くの山上に、その名も要害山城という鉄壁の城もあって、信玄にツッコミを入れたくなりました。 本の中には、躑躅ヶ崎館の要害ぶりの詳しいレポートもありますよ。 ご興味のある方は、是非、こちらをご覧ください。 『 おもしろ歴史ウォーキング 首都圏編 』 ちなみに、本書の目次は、以下の通りです。 第1章 戦国時代の雰囲気を今に伝える名城・西方城を攻める 栃木県栃木市 1.栃木県栃木市に北関東屈指の山城がある 2.ヤブの要塞となっている二条城 3.案内板、下草刈りなどおもてなし精神あふれる名城・西方城 4.築城者の苦心が感じられる防御システムを堪能できる 5.野生のミニイノシシに御用心 第2章 海浜幕張のバラエティ豊かな公園とさくら広場で圧巻のお花見 千葉市美浜区 1.国際業務都市のシンボル・幕張海浜公園 2.日本庭園の神髄を理解できる見浜園 3.ダイナミックな景観が楽しめる幕張の浜 4.千葉ロッテマリーンズの本拠地の球場がある 5.テーマパークとしても楽しめるイオンモール幕張新都心 6.安藤忠雄氏プロデュースのさくら広場の絶景 第3章 富士の絶景と石垣、復元された城門が見事な甲府城 山梨県甲府市 1.甲府の町のシンボル・信玄公像 2.江戸時代は、のちの将軍や有力者が城主だった甲府城 3.本丸の天守台からは富士山の絶景が望める 4.見事な石垣と復元された城門の美しいコラボが見られる 5.捻挫の痛みも忘れる稲荷曲輪の絶景 6.鉄道によって、城内が分断された甲府城 7.復元された甲府城北側の出入り口・山手御門 第4章 武田信玄の本拠地・躑躅ヶ崎館と武田一族ゆかりの歴史スポットを巡る 山梨県甲府市 1.豪壮な門と静かな美しい庭園がある長禅寺 2.甲府市内を一望できる見晴らし台 3.武田信玄に追放された父・信虎のお墓がある 4.武田信玄の死を隠していた3年間、葬られていたというお墓がある 5.武田信玄の正室・三条夫人のお墓がある円光寺 6.柳沢吉保の菩提寺・永慶寺跡にできた護国神社 7.郷土の英雄・信玄を祀る武田神社 8.普通の戦国の城を凌駕する屋形・躑躅ヶ崎館 9.戦国時代の面影を取り戻す復元作業に期待 第5章 大山詣でで栄えた大山街道・橋本宿の歴史文化に触れる旅 神奈川県相模原市 1.江戸時代、大山詣で栄えた橋本宿 2.正義の味方にも出会えるアリオ橋本 3.大山道の道標だった橋本の棒杭 4.大山街道とサラダ記念日の深い関係 5.橋本の歴史を伝える橋本神明大神宮と香福寺 6.戦国時代から続く古刹・瑞光寺 7.二つの国の境を流れる川沿いの遊歩道 第6章 神社仏閣、考古学ファン必見のスポットが点在する緑の散歩道 埼玉県東松山市 1.古墳も城跡も楽しめる東松山市ふるさと自然のみち 2.梅雨の時期にはアジサイも見られる柏崎緑地 3.シイの古木に歴史を感じる萬松寺 4.住宅街の中で存在感のあるおくま山古墳 5.重要文化財の仏像がある等覚院と三千人の門弟の学問所があった了善寺 6.考古ファンにはたまらない埋蔵文化財センター 7.ノーベル賞受賞者の出身校と古刹と神社 第7章 歴史好きならイメージを膨らませたくなる巨大古墳と個性的な城跡めぐり 埼玉県東松山市 1.無量寿寺は、かつては鎌倉武士の館だった 2.鎌倉時代と戦国時代の館の姿をイメージさせる土塁が残る 3.武士の館との関連が興味深い将軍塚古墳 4.戦国時代の館の面影が残る高済寺・旧高坂館 5.戦国時代の城塞クラスの巨大な空堀に驚く 6.不釣り合いなほどの巨大な土塁と空堀の謎 第8章 様変わりした大宮駅前とノスタルジックな魅力満載の鉄道博物館を歩く 埼玉県さいたま市 1.様変わりした大宮駅西口 2.かつての城館で、幕末の有名人のお墓がある普門院 3.鉄道ファンでなくても楽しめる鉄道博物館 4.パークゾーンでは、ミニ列車やミニ運転列車に乗車できる 5.ノスタルジックな気分に浸れるヒストリーゾーン 6.ラウンジやパノラマデッキから、モノホンの車両が走っているところが見られる 第9章 弥生時代のムラ、戦国の城跡、歴史博物館の3点セットと里山の自然が満喫できる歴史ファン必見のウォーキングコース 横浜市都筑区 1.古いけれど新しい町・港北ニュータウン 2.横浜・川崎の歴史ウォーキングで知っておきたい杉山神社 3.芝生広場からの眺めが素晴らしい中川八幡山公園 4.駅から5分で里山歩きを堪能できる都筑中央公園 5.駅前の一等地に奇跡的に残る茅ケ崎城址 6.「戦国の城」入門者に最適な城跡・茅ケ崎城 7.江戸時代の豪農の暮らしを体感できる都筑民家園 8.弥生時代の集落と墓地のコラボが貴重な大塚・歳勝土遺跡 9.城のルーツとも言われる環濠集落 10.弥生時代のムラの風景がイメージできる 11.3万年にわたる横浜の歴史を把握できる横浜市歴史博物館 『 おもしろ歴史ウォーキング 首都圏編 』
2018年12月17日
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こんにちは。 前回から少し時間が経ってしまいましたが、今回も 「 おもしろ歴史ウォーキング 首都圏編」の内容をご紹介されていただきます。 本日は、第3章の「富士の絶景と石垣、復元された城門が見事な甲府城 山梨県甲府市」から。 いつも関東の土の城ばかり歩いているのですが、今回は久しぶりの石垣の城。 やはり、石垣と白壁は、日本で最も美しい人工物だと感じる今日この頃です。ただ、この旅は、私のウォーキング人生で最大級の試練にも見舞われたのでした。 1.甲府の町のシンボル・信玄公像 今回ご紹介するのは山梨県の県庁所在地・甲府。いつも関東各地に出没していますが、前から甲信越にも足を伸ばしたいと思っていました。甲府駅から歩いて行ける範囲に立派な城が二つもありますからね。やっとゴールデンウィーク中に実現することができたのです。 ウォーキングのスタートは甲府駅。首都圏からはJR中央本線のほか、新宿から高速バスも直行していて便利ですね。 南口に立つと、山梨と言えばこの人でしょうと、有名人が鎮座しておられるのでした。それはご存知、武田信玄公。信玄は法名で、諱は武田晴信。どうでもいいですが、私の名前は信晴なので、以前から親しみを感じていました。ホントは、永嶋晴信のほうがよかったのですが。もう少し年を取ったら、信玄にあやかって永嶋玄信と名乗ろうかと思ったりして。 個人的には、マニアックな性格の上杉謙信タイプだと感じていますけど。 それはともかく、この銅像は昭和44年に完成し、昭和60年に現在の場所に移設されたのだとか。この像は川中島の戦いの陣中における姿を模したものらしい。床几に腰を下ろし、右手に軍配、左手には数珠。このあと、上杉謙信との一騎打ちが行われるのでしょうか。 大河ドラマで信玄というと、中井貴一を思い浮かべる人が多いと思いますが、個人的には「国盗り物語」で信玄を演じた大友柳太朗が印象に残っています。出演シーンは多くなかったですが、圧倒的な存在感で、この像のイメージにぴったりでした。 南口駅前から伸びる平和通りは、遠くの山を背景に広々として気持ちが大きくなりそう。2.江戸時代は、のちの将軍や有力者が城主だった甲府城 JRの線路に沿って歩き、ほどなく高い石垣が続いているお城が見えてきました。ここが甲府城。 武田信玄の城と勘違いする方が多いかもしれませぬ。この城が作られたのは、武田氏の滅亡後、豊臣秀吉が天下統一を成し遂げたあとですので念のため。 甲府城が完成したのは、秀吉にもっとも近い姻戚である浅野長政・幸長父子が城主だったときですか。関ヶ原の戦い以降は、再び徳川の城となって幕末を迎えたのですな。 江戸時代は、将軍の関係者が城主となる格式の高い城でした。特に、こちらの城主だった徳川綱豊は、のちの六代将軍・徳川家宣ですよ。ほかにも、側用人として権勢をふるった柳沢吉保も甲府城主でした。 これらの有力者たちが甲府城を修理し、次第に大城郭へと成長していったのですね。ところが、明治時代になって甲府城が廃城になると、城内の主要な建物のほとんどが取り壊されてしまったらしい。残された城跡は、明治時代の後期には「舞鶴公園」として開放されたのですね。 3.本丸の天守台からは富士山の絶景が望める 東日本では、江戸城を除けば、これだけ立派な石垣の城に出会う機会は多くありませぬ。信玄の躑躅ヶ崎館には一度行ったことがありますが、甲府城を訪れるのは初めてです。 久しぶりに石垣の城を攻めるということで、武者震いがしました。内松陰門から城内に侵入します。いきなり本丸近くから入るのは邪道ですが、効率よく見学したかったので仕方ありませぬ。まず出迎えてくれたのは、二の丸と屋形曲輪の間にある高麗門。 道は直角に何度も折れ曲がり、それぞれ立派な桝形が作られています。今は石垣だけですが、昔は上に櫓や塀が作られていて、四方から攻撃できたのでしょうね。 城の外に向けては、当時の塀が復元されていました。この穴は狭間と呼ばれるもので、ここから攻めてくる敵に鉄砲や矢などで攻撃したのですな。 そして、早くも本丸へと攻め上ります。 本丸は広い芝生広場になっていて、敷地の端には巨大な天守台が聳えています。 本丸は一般に、城の一番高いところに作られるので、眺めが抜群。そのまた上にある天守台からはさらに絶景を望むことができました。 山に囲まれていて、甲府が盆地にあるということを実感できます。 下を眺めると、複雑な城の構造も手に取るようにわかりました。 そして、山梨といえば武田信玄だけではありませぬ。忘れてならないのが、富士山。天守が建設されていた頃は、お殿様もここから富士山を眺めたのでしょうね。 4.見事な石垣と復元された城門の美しいコラボが見られる 天守台の正面にある櫓跡のオベリスクのような建築物は謝恩碑だそうです。 その下にあるのが、鉄門。史実と伝統工法に基づいて忠実に復元されたのはうれしい。 中にも入れ、石落としなどの防御施設も確認できました。 城門が復元されたことで、本丸と天守曲輪との高低差がさらに強調されたような。 石垣のフォルムも美しい。 水掘も忘れてはいけませぬ。この規模の城としては幅があまりないので、昔はもっと広かったのだろうと思いました。 ただ、リアルで水堀越しに石垣が見られるだけで得した気分になりました。 鍛冶曲輪から見る石垣が折り重なって見える風景。これだけの石垣のボリュームは、西日本の城には珍しくないですが、東日本では貴重です。 私事で恐縮ですが、前にも述べたように、このあと私のウォーキング人生でも滅多にない悲劇が襲ったのでした。 それは何か。 ご興味のある方は、こちらをご覧ください。 『 おもしろ歴史ウォーキング 首都圏編 』 ちなみに、本書の目次は、以下の通りです。 第1章 戦国時代の雰囲気を今に伝える名城・西方城を攻める 栃木県栃木市 1.栃木県栃木市に北関東屈指の山城がある 2.ヤブの要塞となっている二条城 3.案内板、下草刈りなどおもてなし精神あふれる名城・西方城 4.築城者の苦心が感じられる防御システムを堪能できる 5.野生のミニイノシシに御用心 第2章 海浜幕張のバラエティ豊かな公園とさくら広場で圧巻のお花見 千葉市美浜区 1.国際業務都市のシンボル・幕張海浜公園 2.日本庭園の神髄を理解できる見浜園 3.ダイナミックな景観が楽しめる幕張の浜 4.千葉ロッテマリーンズの本拠地の球場がある 5.テーマパークとしても楽しめるイオンモール幕張新都心 6.安藤忠雄氏プロデュースのさくら広場の絶景 第3章 富士の絶景と石垣、復元された城門が見事な甲府城 山梨県甲府市 1.甲府の町のシンボル・信玄公像 2.江戸時代は、のちの将軍や有力者が城主だった甲府城 3.本丸の天守台からは富士山の絶景が望める 4.見事な石垣と復元された城門の美しいコラボが見られる 5.捻挫の痛みも忘れる稲荷曲輪の絶景 6.鉄道によって、城内が分断された甲府城 7.復元された甲府城北側の出入り口・山手御門 第4章 武田信玄の本拠地・躑躅ヶ崎館と武田一族ゆかりの歴史スポットを巡る 山梨県甲府市 1.豪壮な門と静かな美しい庭園がある長禅寺 2.甲府市内を一望できる見晴らし台 3.武田信玄に追放された父・信虎のお墓がある 4.武田信玄の死を隠していた3年間、葬られていたというお墓がある 5.武田信玄の正室・三条夫人のお墓がある円光寺 6.柳沢吉保の菩提寺・永慶寺跡にできた護国神社 7.郷土の英雄・信玄を祀る武田神社 8.普通の戦国の城を凌駕する屋形・躑躅ヶ崎館 9.戦国時代の面影を取り戻す復元作業に期待 第5章 大山詣でで栄えた大山街道・橋本宿の歴史文化に触れる旅 神奈川県相模原市 1.江戸時代、大山詣で栄えた橋本宿 2.正義の味方にも出会えるアリオ橋本 3.大山道の道標だった橋本の棒杭 4.大山街道とサラダ記念日の深い関係 5.橋本の歴史を伝える橋本神明大神宮と香福寺 6.戦国時代から続く古刹・瑞光寺 7.二つの国の境を流れる川沿いの遊歩道 第6章 神社仏閣、考古学ファン必見のスポットが点在する緑の散歩道 埼玉県東松山市 1.古墳も城跡も楽しめる東松山市ふるさと自然のみち 2.梅雨の時期にはアジサイも見られる柏崎緑地 3.シイの古木に歴史を感じる萬松寺 4.住宅街の中で存在感のあるおくま山古墳 5.重要文化財の仏像がある等覚院と三千人の門弟の学問所があった了善寺 6.考古ファンにはたまらない埋蔵文化財センター 7.ノーベル賞受賞者の出身校と古刹と神社 第7章 歴史好きならイメージを膨らませたくなる巨大古墳と個性的な城跡めぐり 埼玉県東松山市 1.無量寿寺は、かつては鎌倉武士の館だった 2.鎌倉時代と戦国時代の館の姿をイメージさせる土塁が残る 3.武士の館との関連が興味深い将軍塚古墳 4.戦国時代の館の面影が残る高済寺・旧高坂館 5.戦国時代の城塞クラスの巨大な空堀に驚く 6.不釣り合いなほどの巨大な土塁と空堀の謎 第8章 様変わりした大宮駅前とノスタルジックな魅力満載の鉄道博物館を歩く 埼玉県さいたま市 1.様変わりした大宮駅西口 2.かつての城館で、幕末の有名人のお墓がある普門院 3.鉄道ファンでなくても楽しめる鉄道博物館 4.パークゾーンでは、ミニ列車やミニ運転列車に乗車できる 5.ノスタルジックな気分に浸れるヒストリーゾーン 6.ラウンジやパノラマデッキから、モノホンの車両が走っているところが見られる 第9章 弥生時代のムラ、戦国の城跡、歴史博物館の3点セットと里山の自然が満喫できる歴史ファン必見のウォーキングコース 横浜市都筑区 1.古いけれど新しい町・港北ニュータウン 2.横浜・川崎の歴史ウォーキングで知っておきたい杉山神社 3.芝生広場からの眺めが素晴らしい中川八幡山公園 4.駅から5分で里山歩きを堪能できる都筑中央公園 5.駅前の一等地に奇跡的に残る茅ケ崎城址 6.「戦国の城」入門者に最適な城跡・茅ケ崎城 7.江戸時代の豪農の暮らしを体感できる都筑民家園 8.弥生時代の集落と墓地のコラボが貴重な大塚・歳勝土遺跡 9.城のルーツとも言われる環濠集落 10.弥生時代のムラの風景がイメージできる 11.3万年にわたる横浜の歴史を把握できる横浜市歴史博物館 『 おもしろ歴史ウォーキング 首都圏編 』
2018年12月04日
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