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駅裏の有名な美味しい蕎麦屋に17時の予約をいれた今日は大晦日で時間制の店となっている。最初は20時に予約を入れたが満席で17時よりしかとれなかった。2時間半の時間制だけどまあゆっくり蕎麦を食べれることになったのでほっとしている。
2015年12月31日
今日で仕事は終わりであるやっと無事に今年も終わりだ。やれやれの気分である。
2015年12月30日
ジ ャ ン グ ル で 生 き る 女 暑くて汗がたらたらと流れ出る時期がある それが過ぎて涼しい風が吹く時期がある それが過ぎて寒くて寒くて凍える時期がある それが過ぎて蝶の舞う春が来る そんな季節を歩いて見てやっとわかった 人間はジャングルに住む高等な動物だ 人間社会はジャングルで生きているのだ 毎日食物を求めて生きる高等動物である 毎日人間というジャングルで生きる 危険な物を抱えながら生きる人間よ 原子炉がいくつもある恐ろしいジャングル 男と女は地球というジャングルに生きている ジャングルの中で何が出来るのだろうか 寛げないストレスがジャングルにはある ジャングルを出れば解放された世界がある もっと自由な生活がきっとある 女は今それを今真剣に考えている
2015年12月26日
俳句1万句の旅「深々の椅子に座りて冬至かな
2015年12月23日
お ふ く ろ さ ん の 女 母の死は私にとっては最大の悲しみであった いつかはこの日が来ることは知ってはいたが 自分の母に死が現実に訪れるとは・・・ ある病気になってから闘病生活がはじまり それから約半年であの世とやらに旅だった あれから一年が過ぎたけれど今もかたみの パジャマを着て私は毎晩寝ている 今年もあと数日で新年ですが大晦日の夜に テレビで紅白歌合戦を見るのが楽しみとなった それは森進一の名曲「おふくろさん」を聞くことが できるからなのです 他の歌にもいい歌があるけれど私はこの歌が一番 聞きたい歌となりました 「おふくろさんよ」「おふくろさん」と熱唱する歌に あわせて母のことを思い出しながら私も歌いたい そう思っている ああ~私の「おふくろさんよ おふくろさん」 母はいまもこの歌のなかに生きている
2015年12月23日
時 代 を か け 抜 け た 女 時代をかけ抜け生きてきた 未知を探して生きてきたのが人生である 女はひたすら未知の扉をあけて時代と共に 時の流れの中に身をおいて懸命に生きてきた 大正・昭和・平成の世を頑張って生きてきた 女は92歳という年齢でも比較的に 元気で今を生きている 人生は幸せだったですか? この年まで生きていることは幸せですが 子育てに追われていた時代は幸せなんて 言ってる場合ではなかったですね 親の一番の責務は産んだ子供を幸せにすること でも私はそれさえも出来なかったと思う 自分が生きることで精一杯だったから・・・ 五人の子供も立派に成人して孫ができたことを 素直に喜んで余生を過ごす自分がいるんだから 子供も孫も全員健康で過ごしているから・・・ それが私にとっての最大の幸せでしょうか 女の人生を私なりにやりとげたという気持ちです もうこれ以上やり遂げることや必要も何もない 夫は82歳で病気になり亡くなったから それを考えれば幸せな女といえるでしょう 三代の元号いや四代に渡っての時代を 観れて余生を過ごせるかも知れない それは感慨深いものがありますよ 私なりに時代をかけ抜けてきたから 思い残すこと何もないです ただ子供や孫がこの国を引き継いで 平和で幸せに生きてくれたらいい それだけが私の心からの願いです ありがとう日本 ありがとう家族たち 私は今そんな心境で今を生きています 大正・昭和そして平成の世を生きる女 堂々とかけ抜け生きている女がいた
2015年12月21日
俳句1万句の旅「 水尾ひき鴨の泳げる深夜かな 」
2015年12月19日
俳句1万句の旅「 ポインセチア窓辺に置きて火となりぬ 」
2015年12月18日
俳句1万句の旅「 石臼を出して置きたり冬の草 」
2015年12月16日
柳 葉 魚 を 食 べ た 男 こんな魚がいるなんて日本語はすごいと思う 誰もが何という魚か迷うだろう 今日は魚のフライですから食べなさい フライというだけで魚の名前を言ってくれない さあ~何という魚でしょう 当ててごらん? 女は私を試す意味でそう問いかけた う~んと言いながら私は考えた 皿に盛られた細長い10センチ程度の魚に 私は悩みに悩んだのである いわし・あじ・うるめ・ししゃも・・・・ いわしやあじではないなあ~ わからないけどししゃもじゃないか? そう大当たり!!このフライはししゃもです さあ~ししゃもという魚の字はどうでしょうか 書けますか? 漢字でどう書くか? 教えてあげましょうか よく覚えておきなさい 柳葉魚と書いて「ししゃも」読みます ししゃもは柳の葉に似た形をしている 想像ですが群れたししゃもの様子が柳が風で なびいている姿に似ているとでもいうのでしょう 柳葉魚を歳時記で見てみましょうか 読みますよ 「柳葉魚は体調15センチほどで柳の葉に似た 小魚。干し物にもするが卵をもった雌は喜ばれる。 ししゃもはアイヌ語。 アイヌ語のススハム(柳の葉)に由来する。 北海道南東部に分布する魚である。」 わかりましたか? アイヌ語ですからね よくみればししゃもは柳の葉の形に確かに 似ていることがよく解った なるほど日本語はすごいよなあ~ 柳の葉の魚を食べていることの不思議? いえ北海道産の魚を関西で食べれることも またすごいものだと私は思った それにしても少し賢くなったね それって歳時記から得る知識ですよ 女が言ったことに納得する私だった
2015年12月15日
俳句1万句の旅降りつづく冬の雨なる闇夜かな
2015年12月10日
俳句1万句の旅冬の暮れ池に映りし家あかり
2015年12月08日
俳句1万句の旅銀杏散る悲喜こもごもや都会人
2015年12月07日
携 帯 を 持 た ぬ 男 携帯電話の時代であるのに携帯をもたない男がいる なぜ持たぬのか疑問なのである・・・ 29歳だが今まで一度も携帯をもったことがない 個人企業で勤めている男は携帯をもっていない 都会生活で携帯を持たず勤務できるだろうか 大学をでてすぐ技術者として就職したが 携帯なんて人間には必要ないという そういえば時計もしていないのである 携帯も時計もなく都会生活ができる ある意味では素敵な生き方かも知れない 人間の持っている本能というものの力を 借りていく生き方であるからだ 男は運転免許も持っていないという 一人息子ということで親が厳しく 車の免許をとることを許さなかった 持たなくてもバスと電車どこにでも 行くことが出来る 必要ならばタクシーを利用すればいい 車も便利だがあれば何かと厄介だという 人身事故を起こせば大変だから・・・ 携帯も時計も運転免許もなしで 生活する男がうらやましい!! 我々は時代に取り残されないように 便利なものをそのまま普段の生活に 取り入れながら生きている だが男はそれらをあえて嫌い 自分の生活スタイルとしている 厄介なものに振り回されないこと これが男の生活信条なのだろう 携帯電話を持たない男について 他人が疑問を抱き不思議に思う そうなっている人間の常識にこそ ある意味において疑問をもつべきだ 持つも持たぬも個人の自由である!! 厄介なものを切り捨てることが 人間の本来の生活なのである!! この男に教えられた気がする 私なんか携帯電話を何回買い換えてきた? 車は何度乗り換えたことだろうか? 現実には携帯を持たずに生きられない男たち そういう時代に生きているのが人間なのだ
2015年12月06日
今日、仕事帰りにマスクを買いつけて帰った。マスクをして帰る。なんかまた違う人間が生まれたような気持ちになった。
2015年12月04日
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