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この2月、区の主宰する傾聴ボランティア講座を受講し週2回で、つごう6回出席し、めでたく終了証書をもらった。いや、そんなたいしたものではないのだがその証書がボランティアをするのに必要になることもあるらしい。友人のみどりさんにそのことを告げると「いいひとに気をつけなさい」と言われた。十数年前、精神対話師なるものの講座をいっしょに受けたみどりさんは精神対話師として何年か仕事をしたことがある。(わたしは最終レポートを提出したあと腫瘍が見つかったのだった。まあ、一応修了証書は持っているが)そのとき、クライアントのひととは問題なかったのだが同じ精神対話師にひどく違和感を感じたそうだ。「そのひとたちの言ってることに間違いはないのよ。みんな正しくて、みんないいひとなの。でも立ち位置が違うの。いいことをしている使命感みたいなものに支配されてクライアントと向き合ってないの。そのいいひとゆえの怖さに誰も気づいていないのよ」「あなたの為だから」といいながらひどく迷惑なことをするCMがあるが、まさにああいう感じなのだ。わたし自身も横浜にいたとき精神障害者のボランティアに参加していたがメンバーのひとより、同じボランティアのおばさんに違和感を覚えた。善意で甲斐甲斐しく動き回るそのひとたちの言葉の端々にかんじてしまう「してあげてる」感に鼻白らんでしまう自分がいた。「えらいのよね、精神障害者なのに」そんなせりふにも、つんのめってしまうのだった。なんというか・・・ボランティアは自分のためにやるもんだと思うのだ。誰かのために何かが出来るってことが自分の迷い道に明かりをともし、自分を救ってくれる。だから、感謝されてもされなくても、自分がしたいから、させてもらう。その感じ、大事だと思う。いいひとは、いいことをしている自分が大好きで向上心のあるいいひとはいいことの累乗を目指すから怖い。いいひとはいいことのために戦車にのりわるいことを片っ端からキャタピラーでなぎ倒す。これは正しいことなのだという信念があるから迷いがない。しかしなあ、と思う。いいこともわるいこともひっくるめてひとりのひとなんだと思う。いいひと戦車に乗ってしまったらわるいことのなかにそのひとのかなしさがよこたわっていたりすることに気づかない。正しくなくてもどうしようもなくそうなってしまうそのひとに寄り添うことがたいせつなことなんだって思ったりする。傾聴の場合は、正しいことは目の前のひとを肯定することなのだが・・・それはそれでたいへんなことでもあってわたしが今回傾聴の講座を受けたのは自分のキャパを越えたものを聞いてしまったとき寄り添うことで自分が疲弊してしまうときにどうしたらいいのかを誰かに教えてもらいたかったからだ。区には傾聴のグループがありそこのスーパービジョンの会で傾聴ボランティアのひとたちが深い吐息をもらし肩の荷物を軽くするのだという。それが3月にある。参加してみようと思っている。
2009.02.28
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横浜の知人にお悔やみの電話をかけた。手紙に書いた言葉は残るから消えてしまう言葉にしようと思った。「お葉書いただきまして、大変でしたねえ。お悔やみ申し上げます」決まり文句の語尾をあいまいにして話すと彼女がご主人の病気の経過を淡々と告げる。最初は舌に出来た癌だった。舌の3分の1は切り取ったが、その後癌はリンパへ入り頸動脈にへばりつき、最後はその血管を食いちぎった。もう治療できないからと自宅に戻されていた。のんびりとテレビでゴルフの番組を見ていたとき突然出血した。「殺人現場のようでした」という彼女にこちらは実家の父の最後のシーンを思い浮かべて言葉を失う。覚悟はしていたもののこんなに急に逝ってしまうとは思っていなかった。まだ時間はあるものとおもっていたのに死は突然やってきたのだった。「そのあとがたいへんだったんじゃないですか?」「ひとひとり、いなくなるってことはこんなにたいへんなことなんだと思い知りました。届けや手続きや書き換えやらやることがいっぱいで」こちらは「うんうん、ほんとにたいへんですね」とばかり繰り返す。そうこうするうち時間がどんどん流れていってしまって気がつくともう立春であわてて葉書を出したのだという。「でも、文章は書いておられるんでしょう?」「ええ、といっても日記くらいしか書けないんですけど書いているとこころが整理されるような気がして・・・」彼女も何年か前に同人誌を辞めて鎌倉のほうの随筆のクループに入っている。いずれその文章が同人誌に載るのだろう。こちらも同人誌を辞めたと告げると「ふびんやの続きが読みたいのに」という。そんなふうに言ってもらえてうれしいですが・・・、と今は何も書いていないこちらはきまりわるくて、ごにょごにょと語尾を濁らせた。「どうぞ、お疲れのでませんように」「どうも、遠いところからのお電話ありがとうございました」東京と横浜はそんなに遠くはないと思うが彼女にとっては、いろんな意味でわたしの居場所は遠いものなのかもしれない。
2009.02.15
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横浜の知人から葉書がきた。同じ作文の教室に通っていたひとだ。とりたてて仲がいいわけではなかったが互いが所属する同人誌を送りあっていた。印刷された文字は、時候の挨拶に続いてご主人が昨年12月になくなったと知らせている。「リンパ頸癌による頸動脈からの出血より急逝致しました」想像すると血が引くような言葉がならぶ。実家の父は動脈瘤破裂で逝った。その病室は血の海だったと聞いた。そんなシーンが自分のなかで点滅する。彼女自身、右目を失明している。脳出血が目の中で起こったようなものだと言っていた。それはたいへんでしたねえ、不自由なことでと電話したのが一昨年だった。また続いてたいへんな一年だったようだ。故人の希望で家族葬にされたとある。「生前に賜りました夫へのご厚情にこころから感謝いたします」そんなそぞろな決まり文句が続く葉書は葬儀から2ヶ月が経って、届いた。その空白の時間が重い。たくさんの雑用と動かないこころ。気がつくと時間ばかりが流れている。そんな感じだろうか。平成21年2月という文字の横に少し乱れた手書きの文字で3行書かれてある。彼女は小説を書く人なのだが、この一年看病のため、まったく書けなかったそうで今は「書く」ことがあって本当によかった、と感謝している、とある。「書く」ということはカタルシスであり文字にすることで自分の今を客観視できるということだろうか。いや、何もかも忘れて、ここではない世界に一途に没頭する時間があることが今の彼女の救いになっているだろう。「突然の死だったので帰ってこない出張にでかけているみたいです」それが最後の一行だ。ほんとうにひとはあっけなく死ぬ。ひとのちからではどうしようもなく死んでしまうのだと改めて思う。生前にどんないきさつがあったにしろ家族の不在を受け入れるには長い長い時間がかかる。家の中で何気なく発するひとことが行き先を失ってしまう。振り返ったその場所は空っぽだ。そんな日々を繰り返し繰り返しああ、もうどこにもいないのだと、思い知らされる日がくる。そんな彼女にどんな返事を書けばいいのだろう。なにも書かないほうがいいのだろうか。
2009.02.13
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