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次の日昼ごろに彼女の家の門の前に立ち、呼び鈴を押してみた。しばらく待ってみたが何の応答もない、2・3回押してみたがやはり反応はなかった。僕は空き地の方に回って今はもう彼女の部屋かどうか分からない窓を下から眺めた。僕にとってあの時に何かが始まったのだ。彼女の心の中のようなあの部屋に入って、その一つ一つの物を今まで粘土で僕なりに形にして作品として来た。そんなことを彼女に説明することはできないが、どうしても彼女に今回の個展に来て欲しい。だって10年間僕がこの手で表現し続けて来た人なのだから。窓にはカーテンが引かれ、人の居る気配はない。それでも僕は小さな石を手に取り軽く窓に向かって投げてみた。パチンという乾いた音がしたが何の反応もない。もしくは彼女はもうここには住んでいないのかもしれないと思った。でもその窓が何だかとても懐かしく僕は二度三度小石を窓に向かって投げた。ちらっとカーテンが動いたように思えて、もう一度石を投げた。カーテンとカーテンの隙間から彼女が顔を見せた。僕は微笑んで手を振ったがすぐに彼女はカーテンを戻してその向こうに隠れてしまった。やはり人と会うことを望まないのかと肩を落としていると、がらっと窓が開いて今度はちゃんと顔を見せた。「久しぶり、元気」と僕は声を掛けたが彼女は何も言わないし顔には表情がなかった。「今度個展をやるんだ、君に是非来て欲しいんだ」と言って個展のチラシを見せた。彼女は左手で前髪を払ったが言葉はなかった。10年前に比べて随分痩せたように見えたが、その色白で高貴な顔立ちは一層美しさを増しているようにも見えた。「ちょっと待ってて、そこまで行くよ」と言って僕は電信柱の方に駆け寄り、足を掛けて登ろうとしたが10年前のように軽やかには行かない。やっとのこと塀の上に立って、軒を伝って窓の下まで辿り付いた。僕は微笑んで彼女を見上げた。随分近くに彼女を感じることが出来たが僕の目を見ながらも彼女の顔には相変わらず表情はなかった。僕はチラシを差し出し「来週になったら迎えに来るから一緒に行ってくれる?」と言った。少し間があり彼女の手がゆっくり動き、チラシを受け取ってそこにある文字を読んだ。「来てくれるよね」と僕はもう一度微笑んだ。亜希子はまた左手で前髪を優しく払い白い雪割草のような微笑をそっと浮かべた。2006年8月
2006.08.29
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あれから僕はアトリエで先生が壺を作り続ける横で空想的な様々な形の、他人から見れば訳の分からないような作品を作り続けた。それは時にはのたうちまわる心臓のようにも見えたし、何かを探し求める山椒魚のようにも見えた。そのうちに僕のそういった作品たちが幾つかの賞を受賞し、僕は東京に住みそんなに高額でないにしろ作品を買い取って貰ったお金で何とか食べて行けるようになって行った。僕の作品は会社のフロアーやレストランの窓際やお金持ちの家の玄関などに飾られた。今度初めての故郷での個展の準備のために帰郷し、何人かの同級生が久しぶりに集まり食事をした。僕たちは皆27歳になっていてもう何年も会っていなかった友人もいた。僕はしばらくして皆が大分酔いが回ったころに亜希子と同じクラスにいた女の子の横にビールの瓶を持って席を移り「亜希子の噂を聞かないかい」と尋ねてみた。彼女は少し間を置いてからビールを一口飲み「彼女ならこの町にいるみたいよ」と答えた。「えっ、ここに、高校を卒業してからずっとかい」と僕は不思議に思い尋ねた。「ええ、そうよ。でもね、これあまり人には言っちゃだめよ、亜希子に悪いから」「ああ、分かったよ」と僕は言い、彼女のコップにビールを注いだ。「あの子ね、ずっと引きこもりなの、ずっと家に閉じこもっているらしいわよ」「なぜそんなふうになっちゃったんだろう」と僕は尋ねてみた。「分からないわ、でも彼女昔からちょっと変わっていてクラスの陰険なやつらにずっといじめられていたからね、それでおかしくなっちゃったんじゃないかしら。もしそうだったら私も責任を感じるのよ、あのころそいつらに『一緒に亜希子を無視しないとお前が今度はターゲット』だって言われて、皆と一緒になって亜希子と口を利かないようにしていたの。だからね」と言って彼女は黙り込んだ。「分かった、僕は隣人でもあるし一度訪ねてみよう」と言ってもう一度彼女のコップにビールを注いだ。 つづく
2006.08.27
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窓の下から何度か彼女の指示を受けていろんな所を探したが結局見付からなかった。彼女に言われカラーボックスの辺りを探している時に一つ写真立てを見付けた。そこには彼女の両親と二歳ぐらいの彼女が父親の腕に抱かれ三人で朗らかに微笑み写っていた。部屋のどこを見渡しても写真はそれ一枚だけだった。「何処にもないよ、どうする」と下の彼女に向かって尋ねてみた。彼女は唇を噛んで考えていたが「ありがとうもういいわ」と諦めたようにつぶやいた。「下の玄関の鍵を開けて出ていいかな」とぼくは尋ねた。「それは困るの、私が問診表を探しに帰って来たことをお母さんに知られたくないから」と声をひそめて言った。「何だって、ここをまた降りろって言うのかい」と僕は驚いて尋ねた。「お願いよ」と彼女は頼んだ。仕方なく僕はもう一度窓から足を出し窓枠に掴まってブロック塀の上に苦労して下り、そこから空き地に飛び降りた。手に付いた土を払い、僕は彼女の顔を見た。彼女はおそらく僕の前で全裸になったような気持ちでそこに立っていたに違いない。そしてぼくも部屋に入る前とは違う感情を彼女に対して持っていた。彼女は相変わらずかばんを胸に抱いたまま上目遣いに僕を見つめていたが「ありがとう」と小さな声で言った。そのとたん彼女の目に涙が溢れ、一筋頬に流れた。それを手の平で拭って彼女はくるりと後ろを向いて学校の方に向かって早足で歩いて行った。僕はポケットからくしゃくしゃになったマイルドセブンを取り出し一本口にくわえて100円ライターで火を付け、膝ぐらいまで伸びた草の中にしゃがんで煙を吐いた。その後彼女と同じクラスだった友達に聞いたのだが高校に入ってずっと彼女はひどいいじめに合っていて、あの時の検診の注射のための問診表も周りの者にかばんから抜き取られ隠されていたということだった。彼女の性格を良く知った上での嫌がらせだった。高校を出ると彼女の姿は全く見なくなり「何処か遠くの町に行っちゃったのかしらね」と皆は言っていた。 つづく
2006.08.26
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窓から頭を突き出して下を見ると彼女はそこに立ってかばんを抱きしめたまま不安げにこちらを見上げていたので「何処を探せばいいんだい?」と声を掛けた。「机の上を見てみて」と彼女は答えた。僕はぐるりと部屋の方を向いて息を飲んだ。そこにはおよそ亜希子のイメージとはかけ離れた世界が広がっていた。六畳の部屋の畳の上には布団が引きっ放しになっていて、着布団も朝抜け出たままの形、そこに下着も見えた。その脇にはおびただしい数の缶ジュースの空き缶とソニーのノートパソコン、そこに何匹かの蟻も空き缶によじ登ろうとしていた。畳一面には雑誌や単行本が散乱したように広がり、積み上げられたカラーボックスにも本がぎっしり並べられその上に沢山のぬいぐるみが並んでいるが、どれも埃まみれでポータブルステレオの上にもかなりの量の埃が積もっていた。クリーム色の箪笥の引き出しからは所どころ衣服がはみ出て、クローゼットの扉も開けっ放しになっていた。そして部屋全体に若い女の子独特の匂いが満ちていた。ここは本当に亜希子の部屋なのだろうか、僕は確信が持てなくなって来た。もしここが彼女の部屋だとすると彼女の中には大変な二面性があるということになり、プライドの高い彼女が僕にこの部屋を見せなければ仕方が無い理由とはどんなところにあるのだろうと思った。この部屋にたたずんでいると何だか亜希子のことがかわいそうに思えて来て、不思議なことに愛おしくさえ思えて来る。思い直して僕は古い木の机の上を探してみた。チョコレートの包み紙や本やプリントが山積みになった中をくまなく探したが問診表は見付からなかった。机の一番下の引き出しのところにカッターで掘られたらしい小さな文字が見え、顔を近付けてよく見てみるとそれは「死」という文字だった。 つづく
2006.08.23
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僕たちは同級生で小学校のころから何度か同じクラスになったこともあり、互いのことをよく知っていたが、彼女はとにかくつんけんしていて何でも理論で人を押さえ付けるようなところがあり、頭が良く潔癖症でだらしない僕の性格を事あるごとに非難した。僕はそんな彼女を疫病神のように嫌い、中学2年の終わりに激しく言い争ってから顔を合わしても一度も口を利いたことがなかった。高校3年を迎えた彼女は特別な美人という訳ではないにしろとても高貴な顔立ちをしていて、すらりと足が長く随分大人っぽくなっていた。僕はちらりと彼女の顔を見上げてから再び地面に視線を戻したばこを吹かした。「あの、ちょっとお願いがあるんだけど」と彼女は勇気を振り絞って、早口で少し声のトーンを上げて言った。僕はわざとゆっくりとたばこの火を地面に擦り付けて消し、のっそり立ち上がり彼女の目を今度は少し見下ろした。彼女は無理にでも毅然として「学校で検診の注射を受けなくちゃならないんだけど、そのための問診表が何処にもないの、自分の部屋に忘れたかもしれないと思っていま学校から取りに来たの、でも家には誰も居なくて鍵が閉まっているから入れない」そこで彼女は一旦黙った。少し待ったが耐え切れず「それで」と僕は努めて低い声で尋ねた。彼女は鼻から一度すっと息を吐いて「二階の私の部屋の窓なら開いていると思うの」と言ってその窓を指差した。その部屋の窓は僕の家と彼女の家の間にある小さな空き地に面した二階にあり、その下にブロック塀がありその脇の道路沿いに電信柱が有った。僕はその時点で彼女のお願いというのをすべて理解したが、わざともう一度「それで」とぶっきらぼうに尋ねた。「私の部屋に入って問診表を探してほしいの」と言ってしまうと彼女は少しほっとしたように見えた。「え、僕が、あんな所どうやって這い上がるんだよ、検診なんかすっぽかせばいいじゃないか」と両手で前髪をかき上げて言った。「そんなこと出来ないわよ」といかにも彼女らしいセリフを言った。何年か経って見た目が大人っぽく変わっても人の性格はそう簡単には変わらない。僕が黙っていると彼女は二階の窓をじっと見て胸に抱いたかばんを持つ手を無意識に小さく動かした。僕はそのあどけさの残った手と彼女の困った横顔を見ていると、少しかわいそうに思えて来た。「分かったよ、見て来てやるよ」と僕はため息混じりに呟いた。即座に電信柱の所に行きそこに付いている金属の足がかりの棒を引っ張り出して三段ほど登り、塀の上に乗って軒を伝ってその上を歩いて窓の下に出た。そこから何とか窓に手が届くがここからが大変だ。彼女が言ったように窓には鍵が掛かっていなかったので、がらっと全開にしその窓枠に手を掛けて窓の下にある小さな軒には余り体重を掛けないように足を掛け、腕に満身の力を込めて懸垂した。それで何とか上半身が窓の中に入った。部屋の中の畳と布団の匂いがした。こんなところを外から誰かに見られたらやばいことになるなと思いながら、窓際に机があったのでそれに手を伸ばし掴まってやっとのこと部屋に入り込んだ。肘や膝、腹などをいろんな所にぶつけたのでひりひり痛んだ。 つづく
2006.08.21
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そのころ僕は大学を受験するか就職するかという人生の選択を突き付けられ、毎日のように両親といざこざが絶えなかった。僕は大学なんてところに全く興味が持てず、かといって働きたいという気にもならなかった。そのころ僕は小学校のころから好きだった粘土いじりにますます没頭して、暇さえあれば電車で20分ぐらいの所にある知り合いのアトリエに通っていた。そのアトリエは中学の時の美術の先生が有り金をはたいて建てた物で、小学校の時から好きだった粘土に更に火を付けたのもその先生だった。僕は何かに没頭すると他の事は一切手に付かないという性格でそのおかげで学校の成績はひどいものだった。親もその美術の先生のことを良く思っておらず、アトリエに行くことも禁止していた。「そんなに粘土がしたいのなら美術大学に行けばいいじゃないか」と父親は言ったが、何でもいいから大学という名前の付いているところに行ってくれという考えが見え、なおのこと反抗し続けていた。ある日の午後平日にも関わらず学校にも行かず家にいる僕を見兼ねて母親が小言を言ったのを切っ掛けに大喧嘩になり、家にいるのが息苦しくなり僕は外に出て隣の家との間にある小さな空き地の隅でしゃがんでたばこを吸っていると、「あの」という女性の小さな声が聞こえた。僕が顔を上げるとそこに隣の家の亜希子が立っていた。紺の学生服のスカートに白いスクールカッターシャツそれに白のスニーカーという格好で顔には相変わらず表情というものがなく、僕の胸に嫌な感情が蘇って来た。 つづく
2006.08.19
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15日に授業に行くと「明日から1月4日まで休みになります」と先生が言った。僕は隣に座っているクワストフに「えっ、そうなの、知らなかったよ」と小声で言った。「そりゃそうさ、何処の家もクリスマスの準備に掛からないと、忙しくなるぞ」とクワストフは欠伸混じりに言った。なるほどこちらでは一年で一番大事な日だ、どうもまだピンと来ないが。その日はマルガレーテも来ていたので、チョンソンと僕は彼女の車でケルンまで送ってもらうことになった。汽車なら一時間ちょっと掛かるところを車だとアウトバーンを飛ばして40分ほどで帰れる。車の中で「あなたたちクリスマスはどうするの?」とマルガレーテが尋ねたので「二人でメーレンという村の教会へ行くの」とチョンソンは説明した。「メーレン?知らないわね、何処にあるの?」「私もよく知らないけど、コブレンツの近くにアルテスキルヒェンという村があって、そこからまだ掛かるんだけど、電車が通っていないからタクシーで行くしかないらしいわ」とチョンソンは言った。僕は驚いて「電車も通っていない村!すごい所だね」「地図にだって載っていないらしいわ」とチョンソンは人事のように笑った。僕たちはウルレ・プフォルテで降ろしてもらい、マルガレーテの車を見送った。「向こうでプレゼントの交換があるから何か簡単なものを幾つか用意して行かなくちゃならないわ」とチョンソンが言い「それじゃ明日買い物に行こう」と約束して別々の方向に路面電車に乗り込んだ。次の日は二人でノイマルクトまで路面電車で行き、そこからシルダーガッセに入って商店街を見て歩いた。あちらこちらでもうクリスマスのための小物やこの時期にしかお目に掛れない商品で一杯だったが、なかなか思うようなプレゼントは見付からず、僕は日本から何かの時のためにと持って来ておいた京都の小物で間に合わせることにした。僕たちはカウフホフ(大丸や高島屋のような大きな百貨店)にも入って見回って見て、僕はチョンソンのために髪留めを買った。何とか買い物を終え、僕たちはライン川に出て川沿いのカフェで一休みした。「買い物って疲れるね、僕はもうくたくただよ」と首を回した。「何よこれぐらい、すぐに疲れちゃうんだから、ちゃんとご飯食べてる?」とチョンソンが呆れたように言い「買い物以外ならもっと頑張れる」と僕は苦しい言い訳をした。「今度また韓国料理を作ってあげるわ、それで元気一杯よ」と僕の目を下から覗き込んでチョンソンが優しく言った。ライン川沿いはいつにも増して多くの人々が行き交い、クリスマス前の活気を思わせ、その人々の向こうを白い客船がゆっくりと進んでいた。 つづく
2006.08.16
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マイスターは丁寧に挨拶してから屋根裏で静かに作業してその後屋根の上に登り弟子たちに指示しながら軽やかに屋根の上を渡り歩いて作業をしていた。僕は窓から頭を突き出して時々様子を伺った。僕の部屋は最上階でその屋根の上となるとかなりの高さだったが彼らは慣れた様子で仕事をこなしていた。でも何度かマイスターの怒鳴り声も聞こえ、やはり一人前の職人になるには大変な苦労があるのだろうなと想像した。マイスターは作業をすべて終えたことを報告するため部屋に来て「とにかく古い建物ですから屋根から雨水がかなり入り込んでいてひどい状態でした、ところで何処から来られているのですか?」と優しそうな笑顔で僕に尋ねた。「日本から声楽の勉強に来ています」「声楽の勉強にはヨーロッパでもドイツが適しているのですか?」「ドイツだけではありませんが僕はドイツ音楽を好みますので」「なるほど、そのようにして私たちの国の文化を外国の方に専門的に勉強していただけるというのはとても嬉しいことです」と言って握手の手を差し出した。僕も彼の手を取り、にこやかな笑顔を残して帰って行った。彼は50代半ばに見えたが、あれだけ笑顔を絶やさないドイツ人はとても珍しかった。次の週授業に行くためにケルン駅の一番端のホームで汽車を待っているとそこにチョンソンが現れた。彼女の髪は前見た時よりも長く伸びて肩に届いていて、ジーンズ姿にドイツで買ったらしい彼女には少し大きめのウールのジャケットを着ていた。「トシ!久しぶり、元気にしていた?」「君こそ全然レッスンに顔を出さないんだもん」「ごめん、試験期間だったのよ」「どうしてそんなにしょっちゅう試験があるんだい?」「大学は勉強をする所という訳よ」「ああ、それを日本の大学生に聞かせてやりたいねまったく」と言いながら僕たちは汽車に乗り込んだ。「ねえトシ、実は話があったのよ」「ほー楽しみだ」「クリスマスは何してる?」「多分部屋で一人だろうね」「だったら私の知り合いの所で過ごさない?」「うん、いいよ、でもそれっていったい何処なの?」「コブレンツの近くの小さな村に知り合いの神父さんがおられて[留学生を皆連れて来なさい、クリスマスに一人で部屋にいるのは良くない]って言うのよ、本当に何人も連れて行く訳に行かないから選抜してトシだけを誘うことにしたの」とチョンソンはいたずらっぽく微笑み「それは光栄です、選ばれて嬉しいよ」と僕は窓際に頬杖を突いて皮肉に笑った。「それじゃ24日と25日は空けておいてね」と言って僕の膝を指でつんつんとこづいた。 つづく
2006.08.13
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大家には何とか1月まで住めるように話を取り付けてもらい、再び12月を迎えた。ある日知らない男性から電話があり、「屋根職人の者だが明日そちらの屋根を見たいので部屋に入らせて欲しい」と言った。次の日は朝から授業があったが、仕方なく休んで部屋で待っていた。朝の8時に彼らは二人連れで現れた。体中にいろんな器具を備え、二人とも20代後半か30代ぐらいに見えた。彼らは屋根裏に入ったり屋根に上がったりしていろんな所を検分して、30分ほどすると戻って来て「それでは後日マイスターが見えますのでその時にはまた部屋に居て下さい」と言って帰って行った。彼らが屋根を直す訳ではないのだ。昼から先生の所へ行き、直子さんにそのことを話した。「もちろんマイスターが現れる前に弟子がすべて調査するのよ、ドイツのマイスター制度のことは知ってる?」「いえ、よく知りません」「私も詳しくは知らないけど、ドイツではもうずっと昔から多くの職業にマイスター制度というものが有って、まー言えば職人のボスのようなものね、そのマイスターの称号を手に入れるためにはとても難しい国家試験をクリアーしないとだめなの、それはそれは大変な試験で、誰も彼も成れるというものではないみたいよ。この国では医者や弁護士だけがいっぱい勉強しなくちゃならないという訳じゃないから、ある職業が他の職業を蔑視するというようなこともない訳。その制度のおかげで何百年経っても何千年経っても職人の高い技術が絶えることなく伝えられていくの。そして各職業のマイスターはドイツ独特な高い技術とプライドと誇りを持っているの」「なるほど、それはドイツ人らしいきっちりしたものの考え方ですね、この国が誇るべき一つの宝だと思います」と言って僕はあの二人の若い職人を思い出していた。数日後にそのマイスターが現れた。想像とは違い全く偉そぶったところのない朗らかな紳士で、ドイツ人にしては小柄で、この間の二人の大柄な若い職人が彼の後ろに控えていた。 つづく
2006.08.11
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「冥王星の向こうにもう一つ惑星が見つかった」と近頃よく新聞やテレビで言っている。9個の星が火の玉の周りをぐるぐる回っているだけでも奇妙なのに10個目!それに、水や生き物が存在するのが地球だけならあまりに不自然と言えば不自然だ。たまたま温度や湿度があっていて、蛆虫や黴が繁殖した食パンみたいだ。皆さん!我々を創造したのはいったい誰だとお思いか?神様、大自然の力、なんて本気で思っているんじゃないでしょうね!この地球上の生き物、いや地球以外のも、いわゆるその遺伝子のような物を最初に作ったヤツがいる。ヤツにしてみればちょっとした実験、もしくはお遊び。そのお遊びのために我々は一度しかない人生を振り回されている。動物たちが群れの中で総当りでリーグ戦を行い、きっちりと順序を決めているのも、PTAのお母さんたちがその群れの中でどうやって有利に立ち、優越感を感じて周りによく思われつつなおかつ一目置かれるか、先を読み策略を企てるのも、会社のオフィスや教室・職員室の中で誰かをいじめていないと生きていられないやつがいて、そういうやつの傘の下で身を守ってもらわないと生きていけないやつがいて、どうやっても人間関係のるつぼから逃れられないのも、お互いの国のボス猿の欲とエゴのために気の遠くなる数の人々が苦しみ死んで行くのも、これすべてヤツのプログラミングの成果です。そして我々が最も美しいと感じ大事に思っている言葉、「愛」。男女の愛、親子愛、信仰愛、これもまたヤツのプログラミングしたこと。ただヤツにすれば子孫繁栄を考えただけのことだが。僕はヤツの身勝手さと我々を痛みの感じない物のように考える無情さに時々大変な憤りを感じることがある。生き物、とくに我々人間と言う動物の核となる部分に争い殺し合う性質がプログラミングされている。 なぜヤツがそういった性質を重要視したのかは分からないが、我々全員が皆ある同じスイッチを持っていて、一旦そのスイッチが入ってしまうと他人の痛み、苦しみが全く分からなくなり、他人が苦しみ死んでいくのを見るのが快感になる。今この国ではご存知のようにそのスイッチがとても甘くなり、入り易くなって来ている。人間が誕生してずっと今まで同じことを繰り返している。何かの切っ掛けで連鎖反応のようにスイッチが入り、憎みあい殺しあう、そしていつかそれに飽き飽きして争いのない平安な世を皆で望み求め続ける。しかし必ずそれにもいつか飽きる時が来て、以前あれほど憎んだ争い事に再び身を投じる。「欲」欲望と言う一つのねじを我々の中の何処か見えない所に植え付けたことがすべての始まりである。ヤツらはなんと知能の進んだ者たちだろう!我々の頭では到底追い付けない。だから人々は不安や恐怖を感じる生活の中で、我々を、宇宙その物を創造した得体の知れないものを恐れ、敬い讃美するしかなかったのだ。だが決して騙されてはならない。ヤツは我々が思っているほど情け深い聖人君主ではない。秀吉が天下を治め世界にも例を見ない大要塞大阪城を打ち建てるまでどれだけの血が流され、どんな地獄が展開されて行った事か我々は知らない。ヒットラーの意味のない個人的な野望のために人々はガス室の壁を引っ掻き、神の名を呼びながら想像もできない苦しみの中時間をかけて死んでいったその胸の内を我々は知らない。これは掛け離れた話に感じるかもしれないが、人間が起こしうるこういった行動の原型がすぐ身近にある。「いじめ」、学校で、仕事場で、その他人が集まる所なら何処でも、ちょっとした陰険なものから死に至らすものまで、人間社会に「いじめ」がある以上秀吉やヒットラーは顔や形を変え必ずまた現れる。苦しみの火種をそのつど消し、「自由」をどこまでも獲得し続けるにはヤツが我々に植え込んだ意思に叛かなくてはならない。皆で心を一つにしてそれに叛いて行くことはとても難しい事だが...今、ヤツのお遊び実験は勝手に一人歩きして、人間どもの仕業で実験場であるこの星の上の生命の存続さえも危ぶまれ始めている。我々は一斉に消される可能性だってあるのだ。以前、恐竜たちが一斉に消去されたように。そして別の新しい星をまた一から作り始めるのだろう。そうなれば今ここで四の五の言ったってどうしようもない。ヤツの指はすでにリセットボタンに触れているのだ。 2005年、8月
2006.08.09
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そこに立っていたのは大柄で顔中白髪交じりの髭を蓄えた見るからに気難しそうな紳士だった。我々は今日はと言って握手をし、部屋に入って勧められた椅子に腰を下ろした。エモンズさんの顔には一切笑顔はなく、直子さんは緊張した面持ちで「今回は彼を受け入れていただいて誠にありがとうございました。とても真面目な人ですからこちらでいろいろ勉強させていただけると思います」と切り出した。「彼は目が不自由であるにも関わらず遠い日本から一人で声楽を勉強するためやって来られたと聞き、是非力になりたいと思った次第です」と彼は低い静かな声で話した。「ありがとうございます、とても嬉しく思います」と僕は礼を言い「難しいこともあるだろうが一日も早くこの寮の生活に慣れて下さい」と彼は言い、寮の規約や説明の書いた書類を僕に手渡した。「入居は1月の終わりになります。日時はその紙に書いてありますから日にちを間違えず入居して下さい」と言って彼は立ち上がった。もう話はすべて終わったようだった。僕たちも立ち上がったところで買って来たワインを渡すのをすっかり忘れていたことに気付き「これをどうぞ」と言って差し出した。彼は受け取り僕の手を取って「ありがとう」と言ったがやはり笑顔は最後までなかった。部屋を出ると直子さんと僕はほとんど同時に大きくため息をついた。「何年経ってもどうも緊張するわね、悪い方じゃないんだけど」「ほんとに、なんだか威圧感を持っておられる方ですよね」と僕も同意した。玄関を出る時チョンソンの部屋の方を見上げた。「ここにはチョンソンもいるのよね」と直子さんも上を見上げて言った。「そうなんです」「あなたたちお付き合いしているんでしょ」と横目で僕を見てにやっと笑った。「いえ、友達です」と僕は慌てて否定した。「いいじゃないそんなにむきにならなくても、あの子はいい子よね、優しいし魅力的だわ、大事にしなさいね」と言って笑った。「あの、勘違いしないで下さい、本当にそんなんじゃないんです」と言ったが、直子さんはくすくす笑うだけだった。 つづく
2006.08.07
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直子さんのご主人が寮長のエモンズさんに掛け合ってくれて、入居希望者が溢れているにも関わらず入居許可の承諾を取り付けてくれた。直子さんに言われて少し高いワインを買ってエモンズさんの所に挨拶しに行くことになり、初めてワイン工場の横にあるワインの店に買い物に行った。店に入ると恐ろしいほどの数のワインが並んでいて、どれをどう選んだらいいのかさっぱり分からないので、直子さんに言われたように店員に「分からないので何か推薦して欲しい」と言ってみた。店員は「甘口それとも辛口」と邪魔くさそうに尋ね「辛口がいいね」と答えるとはしごを持って来て棚の上の方の白ワインの瓶を取り、これはどこどこの村でいつ作られた物で、どのような風味であるかというような説明を熱心にしてくれた。先ほどの邪魔くさそうな態度とは打って変わって専門家の目を輝かせていた。「それではそれを頂きます」と僕は言い、彼はそれを袋に入れ僕に手渡した。箱もないし、包み紙もなかった。それを持ってブルゼに行くと入り口の所で直子さんが待っていてくれて、我々は寮長室に向かった。ドアをノックする時も直子さんはとても緊張しているみたいだった。彼女も昔学生時代にはこの寮に住んでいて、エモンズさんがとても気難しく怖い人だということを知っていた。僕もチョンソンから話しを聞いて知っていたので緊張した。恐る恐るノックすると部屋の奥から「はい」という低い声が聞こえて、少し間があってからドアが開いた。 つづく
2006.08.05
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