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僕が暗いその教室に一人で座っていると彼女は入り口から半分顔を覗かせて「まだ帰っていなかったの」と優しい声で言った。僕は見付かればしかられると思っていたので、その優しい声に少し驚いた。外はいよいよ雨がひどく、校舎はとても古いどっしりした木造でおまけにもう1969年であったにも関わらず天井には電灯もぶら下がっていなかったので教室内は薄暗く彼女の顔もよく見えなかった。「もう生徒は全員帰ったわよ」と言いながら僕が座っている机の前に古い木の椅子を引っ張って来て彼女は座った。「こんな雨の降る放課後がすごく好きなんです」と僕は言った。自分でもびっくりするぐらいうまく言葉が口をついて出た。「そう、ええ、分かるような気がする」と彼女は言って窓の外の雨に視線を移し、どこかの軒から絶え間なく滴り落ちる水の音に耳をすませた。机の上に置かれた彼女の左手の甲には沢山の血管が見えた。僕は自分の手の甲を見てみた。血管は一つも見えずつるっとしていて、彼女の手とは全く違う。「先生ね、夏休みが明けたら学校をやめちゃうのよ」と窓の外を見て少し沈黙した後思い切ったようにそう切り出した。僕は驚いたが顔では表情を抑えて黙っていた。「皆の担任も一年だけしか出来なかったけどとてもいい思い出になったわ」と言って微笑み、眼鏡をはずしてハンカチで丁寧に拭いた。「どうしてやめちゃうんですか」と僕は尋ねた。自分の声がひどくかすれているように聞こえた。彼女は顔を上げ僕を見た。いつもとても厳しく個人的に口など聞いたこともなかったぐらいだが、眼鏡をはずした彼女は何だか気が弱く、小さくなったみたいに見えた。「先生ね、病気になっちゃったから入院しなくちゃいけないの。定年まであと二年あるんだけど少し早めに辞めるのよ」と優しく微笑んで言った。僕は定年が何か分からなかったが、先生がいなくなってしまうという寂しさと不安が胸いっぱいに広がって今まで感じた事のない思いが膨らんでいた。雨は相変わらずまっすぐ大きな音で降り、ずっと昔に死んだ懐かしい人々の体臭のような古い校舎の匂いにも、先生と僕が手を乗せている角の丸くなってしまった木の勉強机にも雨の匂いがしていた。「さーもうそろそろ帰らないとお母様が心配されるわ、準備をしなさい」と彼女は眼鏡を掛けながら言った。僕はランドセルを背負って椅子を机に押し入れた。廊下に出て僕は彼女の後を歩いた。二人の上履きの音が高い天井に響いて、階段の前を通り過ぎる時ふと薄暗い踊り場を見上げると建物自体が亡霊のすみかのように見えた。「それじゃまた明日ね、気を付けて帰りなさい」と彼女は玄関で僕が外履きに履き替えるのを眺めてからそう言い、僕が傘を差して出て行くまでそこに立って見ていた。僕が彼女と二人っきりで話したのはそれが最後であり、夏休みが終わって学校へ行くと先生はもういなくて、冬にはもうこの世を去ってしまった。僕はまた放課後に一人で教室にいて筆箱の中の鉛筆を全部鉛筆削りにかける。親指と人差し指でレバーをつまんで鉛筆を穴に入れ、そしてもう一つの手で回転レバーを回す。ごりごりという気持ちのいい音がして鉛筆の先はとがって細くなる。筆箱の鉛筆がすべて綺麗に削られていないと先生によくしかられた。僕は削り終わった鉛筆を全部机の上に並べて眺める。窓の外には雨はなく教室の空気は冷たく乾いていた。 2006、7月
2006.07.31
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「ねえ、急いでブルゼに申込書をもらいに行ってちょうだい」と次の日直子さんが電話で言った。とても急いでいるような口調だった。「えっとブルゼっていうとあの教会が運営している学生寮ですよね」「そう、次のゼメスターの入居申込期間があと少しだから急がないと間に合わないわ、受付でアンメルドゥング・フォムラーを下さいって言うのよ」「分かりました、今日行ってみます」と言って電話を切った。ブルゼと言えばチョンソンがいるあの寮であり、僕も行き慣れている。昼食を済ますと路面電車に乗ってブルゼに向かい女子の棟に行きチョンソンを尋ねてみた。彼女とはかれこれ一ヶ月ほど会っていなかった。5階までエレベーターで上がり共同キッチンに行くと一度話したことのあるブラジル人の女性がいたのでチョンソンのことを尋ねてみた。「ああ、久しぶり、チョンソンは今学校じゃないかな、たぶん遅くなると思うわ」「そう、入居申込書って何処でもらうか知ってるかい」「ええ、隣の棟の公衆電話の横に窓口があっておばさんが居るのよ、そこでもらえるはず」「有難う行ってみるよ」と僕は礼を言って隣の棟の窓口に行き「アンメルドゥング・フォムラーを下さい」と言って一部用紙を貰い、チョンソンに会うのは諦めてまた路面電車に乗り込んで用紙をちょっと見てみたがとても字が小さく、書いてあることも何が何だかさっぱりわからないのでそのまま直子さんの所に向かった。ドアベルを押すと直子さんが出て来て「うまくもらえた?」と微笑んだ。「もらえたことはもらえましたけど、読めないんです」と僕は頭をかいた。直子さんの後ろからご主人が顔を出し「ドイツ語の勉強をしよう、こっちへ来て」と言い、奥へさっさと歩いて行った。そこから僕は二時間ほどみっちり絞られた。申込書に書いてある文章を全部大きく紙に書き写して、知らない単語は彼が日本語で教えてくれ、動詞の変化の成り立ちや男性名詞、女性名詞、中性名詞の変化による名詞の語尾の変化の成り立ちなど他にもグラマティックなことに関することを習った。そしてきっちりとした文章で書き込みも終えて僕はため息をついた。彼は厳しく、分かりが悪いといらいらして眉間にしわを寄せた。僕は二時間でへとへとになり、直子さんが晩御飯に懐かしい日本のカレーライスを作ってくれた。 つづく
2006.07.28
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次の日大家夫婦と直子さんが僕の部屋に揃った。来るなり「だいたいあなたは生意気よ」と奥さんの方が僕に対して眉をひそめた。「まーとにかく穏やかに話しを進めようじゃないか」とご主人の方が上着のポケットに手を突っ込んだまま口を挟んだ。「今回のことは君にとっても災難だったね、でも君もこうなる前に早く気付けたはずだし、ハイツングを切っていたことも部屋のためによくないことだった」「これ以上早く気付くことなんて不可能でした、突然天井が落ちて来たのですから」と僕は憮然として言った。「いやだからお互い歩み寄ろうじゃないか」と彼は穏やかな声を崩さず言った。「入居時に君が払った敷金は出る時に半分返すことになっているんだけど、それを修理代の一部に使わせてもらう、でもそれ以上は決して請求しない、これで手を打ってくれないか」と彼は僕の肩を軽く叩いて言った。「それは僕にここを出て行けということですか」「まーそうしていただければ家内も納得するだろうし、何とか聞き入れてもらえないだろうか」僕は直子さんの方を見た。「もうそれで手を打てば、」と直子さんは小さな声で日本語で言った。「僕は納得できません」とはっきり答えた。「でもね、これ以上つっぱねるともっと大変なことになるわ、腹が立つでしょうけれど承諾した方が賢いかも」と早口で直子さんは言った。僕はしばらく考え、諦めて直子さんの言う通りすることにした。「いや有難う、助かるよ、これで話は成立だ。出来れば来月中にはここを引き払ってもらえると嬉しいね、まー君も元気でやれよ」と彼は言ってドアの外に出たが、奥さんの方はまだ怒りが収まらないようで顔をしかめていた。「さあ帰ろう」と言って夫は奥さんの背中を押して階段を下りて行った。直子さんも僕の背中をとんとんと叩いて「これでよかったのよ、私の主人もこの辺に落ち着くことが最良と思っていたみたいよ」と微笑んだ。僕はふくれっ面で黙っていた。「でもとにかく次住む所を急いで探さないとね、今ケルン市内は住宅難だから大変よ、主人にも相談しておくわ」と言ってもう一度僕の背中を叩いて帰って行った。 つづく
2006.07.26
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弁護士の所にはご主人は忙しいので直子さんが一緒に来てくれた。小さな声でぼそぼそしゃべるなんだか頼りなさそうな男だったが、専門的な単語や難しい言い回しばかりで初めから終わりまで僕は何一つ弁護士と直子さんの会話が理解できなかった。30分ぐらいで面談が終わり、我々は建物の外に出た。「お二人の会話は何一つ分かりませんでした」「いや、あれは難しかったわ、私も必死だったわよ、それにあの人えらくなまってるんだもんさっぱり聞き取れなかったわ」と直子さんは苦笑いして言った。数日すると突然大家から電話が掛かって来て、受話器の向こうですごい早口でまくし立てた。「僕には何をおっしゃっているのか分かりません」と言ったがそれでもすごい早口でどなっていた。僕はそのまま受話器を置いて直子さんに電話を掛け、直子さんから大家に話しを聞いてもらうことになった。しばらくして直子さんから電話があり「弁護士から書類が届いてびっくりして怒ってるのよ、これからは弁護士を通しての書類でことを進めますのでお電話は掛けてこないで下さいって言っといたわ」と直子さんは受話器の向こうで言い「本当にご迷惑をお掛けします」と僕は謝った。それから2週間ばかり経って大家のご主人という人から電話があり、「お会いして話たいのでそちらに伺ってもよいでしょうか」と言って来た。奥さんとは打って変わった穏やかな声だった。 つづく
2006.07.24
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「日本人と接するようになって勉強になることも多い」と彼はわざと別の話題に水を向けた。「たとえば仕事場で意見の擦れ違いから議論になる、そんな時ドイツ人は眉間にしわを寄せて理論で相手を打ち負かすまで自分を決して引かない。その場で議論に負けることは人生の敗北なんだ。でも日本人ならそんな時「そうですか、私は私の考えが正しいと信じますが、もしかしたら貴方が正しいのかもしれません。一度自分の中でゆっくり検討させていただいてもよろしいでしょうか」と笑顔を絶やさず言うことだろう。僕も仕事場でそう対応してみるとこれが驚くほど人間関係がスムーズに行く。もう一つドイツと日本で違うと感じることは男女関係だ。東洋の多くの国で見られるように日本も昔から男尊女卑の国だ、そして今もそれは根っこの部分で消えてはいない。男たちは自分たちのために女はせっせと身の回りの世話をして自分たちを尊敬して尽くすものだと思っている。一昔前まで女性も男たちのために自分を犠牲にすることが当然だと思って来た。男たちにマインドコントロールされて来たんだ。日本でのバスの中でよく見る光景だが、若いカップルが乗って来ると一つしか空いていない席に迷わず男が座り、女はその横に立って吊革を持つ。これはこちらでは考えられないことだ。それに対してヨーロッパでは昔から特に人前では男性が女性のために世話をやくことが美とされて来た。そして女性もマナーとしてそれをおしゃれに受けていた。でも生活の中ではお互いをいたわり合う紳士と淑女のカップルが昔は存在し得たんだ。でも今はその表面の形だけが残ってしまい、男は仕事を終えて家に帰って家事をせっせとこなし、女は一日どっしりと腰を下ろしてたばこをすっているなんてカップルもよくある。グラスにワインを注いだり、ドアを開け閉めしたり、女性に上着を着せてやることをしない男は人間じゃないみたいに言われるんだ。ヨーロッパの中でもドイツがそういう傾向が強いようにも思うね。ようするに日本の男とドイツの女がカップルになると最悪だということだし、実際にそういうペアはまれだ。今ドイツの男たちは血眼になって日本人の彼女を探している。なんと言っても日本女性は優しいし、尽くしてくれる。やっぱり目や肌の色や言葉が違っても蝶々夫人のような女性を皆求めているんだね。そういう訳でこんなすてきな日本女性を奥さんに持っている僕はとても幸せだし、自慢の種だということだ」と言って彼は直子さんを見た。「よく言うわ」と彼女は言い、僕たちは大声で笑った。 つづく
2006.07.21
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「そう、まずその部屋のことだけど、話を聞く限り弁護士を立てた方がいいだろうと思うんだ」と彼は何でもないように日常的に言った。「弁護士!」と僕は驚いて顔を上げた。「そう、こういったことはドイツでは弁護士を通して書類で法的に処理するんだ、でないと消費者はいつもバカを見る」「なるほど、でも費用はどれぐらい掛かるものなのでしょう」「裁判にならない限りほとんど掛からない、もちろん話がこじれると裁判ということも有りうるわけだけど、向こうにとっても費用の掛かって来るかもしれないことだからそれは避けてくるだろう、手を打った上で様子を見てみよう」「分かりました、おっしゃる通りにしてみます」料理は少々量が多過ぎたが初めて食べたムーサカもまろやかな舌触りでカラマリスはとても新鮮でにんにくソースがとても美味しかった。「思えば日本とは随分習慣とか考え方が違うことがあるわね、10年以上住んでいてもなかなか馴染めないこともあるわ」と直子さんは目を細め笑った。ご主人は手を上げて店員を呼びシュナップス(ドイツの強い酒)を二つとコーヒーを注文した。一口用の小さなグラスに入った僕の分のシュナップスも来たが口を近づけただけで顔がひりひりした。「日本人ってどういう人種なんですか、世界的に見て」と僕は彼に尋ねてみた。「日本人はスケベで惨酷だ」と完結に言って一口で彼はその酒を飲み干した。僕はそれ以上何も質問出来ず黙っていた。 つづく
2006.07.19
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「初めまして」と彼は少し頭を下げとても綺麗な日本語で挨拶し、僕も「初めまして、いつもお世話になっています」と言い、日本式に握手はなかった。我々は近くのギリシャ料理の店に入った。住宅街の中の目立たない所にあるにも関わらず店内は大勢の客でにぎわっていて、直子さんたちは店の人とも顔見知りのようで一言二言挨拶を交わしていた。直子さんたちに推薦してもらって僕はムーサカとカラマリスとビールを注文した。「大変だったね、あそこは古い建物だからね、おまけに木造だ、運が悪かったね」とご主人は日本語で言いビールを飲んだ。まるで日本人が話しているみたいな流暢な話ぶりだったので、僕は驚いて彼の顔を見た。「どうしてそんなに日本語がお上手なんですか?」「彼はもう何度も日本に長期滞在しているし、私も家で日本語で話すしね」と直子さんが説明した。「僕は日本という所が好きでね、バカンスはほとんど日本で過ごす」と彼は言った。しかし彼の日本語はもう20年ほどそこに住んでいるような話ぶりだった。彼はケルン大学で「人類文化比較論」という分野で授業を行っていて、母国語のドイツ語の他にイタリア語・ポルトガル語・スペイン語・フランス語・英語・日本語をすべてとても流暢に話し、その上現在ハングル語を勉強していた。「いろんな民族やその国の言葉を勉強することはとても楽しいよ」と彼は子供が新しいおもちゃを自慢する時みたいな笑顔で微笑んで言った。 つづく
2006.07.17
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「まーむちゃくちゃよね、どこでもそうなんだけど、大家は自分の持ち物のアパートが幾ら古くても修理代を全部被っていたら破算しちゃうからね、なんとか言い掛かりでもなんでも付けて住民に責任を押し付けて費用の負担を逃げ切ろうとするのよ」「しかしひどい言い方ですよね、ドイツ人って皆あんな風なんですか」「皆ってわけじゃないけど」と笑って直子さんはテーブルの前に腰を下ろした。「まー多いタイプね、ドイツでは学校で白の紙を見せてこれを赤だと相手に理論で納得させるような授業があるぐらいで、とにかく論理で相手をねじ伏せられる雄弁さがとても重要とされているのよ」僕はため息を突いて「これからどうすればいいでしょう」と尋ねてみた。「そうね、一度主人に相談してみるわ、私だけじゃよく分からないから」「よろしくお願いします」と僕は頭を下げ、彼女は帰って行った。それから僕は床に広がった真っ白な粉を苦労して片付け、部屋中に掃除機をかけた。それだけやってしまうともう夕方だった。日が沈みかけたころ直子さんから電話があり「ねー晩御飯もう食べちゃった?まだだったら主人と三人で食事しに行かない?」と誘ってくれ、待ち合わせ場所へ出向いて行くと二人はもうその場所で僕を待っていた。直子さんのご主人と会うのは初めてだった。細くてすらりと背が高く、顔は髭で覆われていて髪も髭も茶色で若い哲学者みたいに見えた。 つづく
2006.07.16
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二日後に現れた管理人は鬼瓦のような顔つきのでっぷり太った60代半ばの女性で後ろに同じような顔つきでやはり太った60代の女性が立っていた。僕と直子さんは「今日は」と言って彼女たちを部屋に入れたが彼女たちは挨拶もせずに「なんてことなの!」と低いしわがれた声で叫んだ。木材がむき出しになった天井を見上げてからキッチンに行き、壁に広がる黴を見てオーと声を上げ額に手のひらを当てた。「お姉さんちょっとこれを見てよ、どうやったらこんな風に出来るの」と嘆いた。やっぱり二人は姉妹だったのだ。姉の方がハイツング(備え付けのオイルヒーターのようなもの)に手を当て「切れているは、あなたどうしてハイツングを切っているの?」と僕に尋ねた。「キッチンを含める三つの部屋全部にハイツングを入れていると電気代が高く付いて困るので一つだけにしているのです」と僕が答えると「はー!それが原因よ!」と左の人差し指を立ててそれを小さく振りながら言った。「あなたがハイツングを消して生活しているから部屋の空気が乾燥せず黴が生えたんだわ、あなた自身のせいよ」「でもこの酷い雨漏りは明らかに建物の老朽化から来るものじゃありませんか?」と直子さんがあくまで日本人としての武器である笑顔を絶やさず静かに言った。「いいえ、雨漏りも天井の欠落もすべてこのボーヤの責任よ!」と妹の方が眉をひそめたまま言った。「とにかくすべての費用はそちらで負担してもらいますから、すぐにハウス・デッカー(屋根を修理する専門の職人)をよこして見積もりを取ってもらいますから、いいですね!」と言ってドアを開けて帰ろうとし、妹の方が「だから得体の知れない外国人に部屋を貸すのはいやなのよ!」と言い残し階段を下りて行った。 つづく
2006.07.14
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11月にはもうかなり寒く時々雪がちらちら降る日もあり、雨が毎日のように降っていた。そんなころある日夕方に部屋に戻りドアを開けると床のカーペットの上に何か真っ白の粉のような物が一面に広がっていた。僕は一瞬何が起こっているのかさっぱり分からなかったが、上を見上げるとなんと天井の一部がそっくり抜け落ち、そこに大きな穴が空いて木材がむき出しになっていた。どうしてそんなことが起こったのかさっぱり分からなかったが、その日はそのままにして眠った。次の日目を覚まし何か音がするのでキッチンの方へ行くと、かなりの勢いで雨漏りがしていてそのせいで木造の床の真ん中が反って盛り上がって来ていた。僕は驚いてとりあえずバケツで雨漏りの水を受け、直子さんに電話を掛けた。直子さんは「すぐに行くからそのままにしていて」と言い電話を切った。20分ぐらいで彼女が現れ「これはすぐに管理人に連絡しなくちゃ」と言い受話器を取った。しかしその日には管理人は時間の都合が付かず、二日後に見に来るということだった。「これは屋根の中や壁の中に雨水が入り込んで来たのね、ほら見てごらん壁にも黴が出て来ている」と直子さんは言って指を差した。「これは少々面倒なことになるかもしれないわよ」と顔をしかめ二日後にまた来ると言って帰って行った。僕は絶え間なく落ちて来る雨水のために夜中もバケツを交換し続けなくてはならなかった。毎日雨は降り続き壁の黴は繁殖し続けているように思えた。 つづく
2006.07.11
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少年は15歳の少女にも佐伯さんにも二度と会えないとても切ない思いを残しその町を後にする。森を抜け別れる時二人の兵隊は銃剣の使い方についてもう一度説明する。「外の世界では、君がやらなければ逆にそれをやられる」と兵隊は付け加える。迎えに来てくれたサーファーである大島さんのお兄さんは車の中でハワイのトイレット・ボウルというスポットの話をする。「俺たちはサーフィンをすることを通して自然の力に逆らわないことを覚える。たとえそれがどんなに荒っぽいものであったとしてもだ。トイレット・ボウルに引きこまれてもじたばたせず波にもまれても身を任せてじっとしていなくちゃならないんだ、でないとかえって体力を消耗するだけだ。実際そういう目にあってみるとこんなにおっかないことはちょっとほかにはないね。死と二人っきりで向かいあって、知りあって、それを乗り越えていくんだ。その渦の底で君はいろんなことを考える。ある意味では死と友だちになり、腹をわって話をすることになる」自分自身の暗闇の中の孤独である森を抜けあの町に行ったことのある大島さんのお兄さんは言葉にすべきでないことを通して少年を励まそうとする。懐かしい図書館に帰還し、大島さんは「僕らは皆いろんな大事なものをうしない続ける。大事な機会や可能性や取りかえしのつかない感情、それが生きることの一つの意味だ。でも僕らの頭の中には、たぶん頭の中だと思うんだけど、そういうものを記憶としてとどめておくための小さな部屋がある。きっとこの図書館の書架みたいな部屋だろう。そして僕らは自分の心の正確なありかを知るために、その部屋のために検索カードをつくりつづけなくてはならない。掃除をしたり、空気を入れ換えたり、花の水をかえたりすることも必要だ。言い換えるなら永遠に君自信の図書館の中で生きていくことになる」と言い、少年への別れの言葉とする。同時に著者にとっての佐伯さんやナオコである誰かの記憶を、約束によって守り続ける人生を思わせる。2階の佐伯さんの部屋で大島さんが言う「世界はメタファーだ田村カフカ君、でもね僕にとっても君にとってもこの図書館だけはなんのメタファーでもない。この図書館はどこまで行ってもこの図書館だ。僕と君のあいだでそれだけははっきりしておきたい」この本の終わりは、著者の頭の中で実際に存在するのかしないのかわからない15歳の少年が砂嵐をくぐり抜けたその後を力強く生きていけるように励ます言葉で満載であるように感じる。読み終えた後も森の木と古い本のページの匂いが僕の胸に残る。 おわり
2006.07.09
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ナカタさんと星野青年が甲村図書館に辿り付いたときはやはり不思議な気がした。長い2つの別の話が出会う瞬間だったし、大島さんと彼らがなんとも交じり合えないタイプだったからだ。しかし星野青年と大島さんとがベートーヴェンについて話すシーンは僕にとってはなんだか嬉しくなる不思議な感動がある。佐伯さんとナカタさんは共に終着点に辿りつき、星野青年はベートーヴェンを通して変わり続ける。田村カフカと海辺のカフカが一人となった少年は森の中の以前佐伯さんやナカタさんが訪れたことのある町で佐伯さんと最後の再会をする。一度目に読んだ時には「私はそれをうしなうことを恐れた、だからうしなうぐらいなら自分の手で捨てた」という佐伯さんの言葉が理解できなかったが、今少し分かるような気がする。彼女は何よりも愛するわが息子をいつか失うことを知っていた、昔彼を失ったように。それは入り口を開けた彼女に向けられた報いであった。「もし怒りや恐怖があなたをさまたげないのなら、佐伯さん、もし僕にそうする資格があるのなら、僕はあなたをゆるします」と少年は言い、「おかあさん」とついに呼ぶ。佐伯さんはヘアピンで自分の左腕を刺し、少年はその血を飲む。喉を通る佐伯さんの血を感じ、すべてが解凍されて行く。母親が子供に対しての象徴的な行為であり、少年にとって初めて受ける母の強い愛であるとてもステキなシーンだ。そしてこの町でなければ2人は親子を名乗ることは出来なかったのだろう。 つづく
2006.07.06
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33章の後半で少年は佐伯さんとの会話で自分の持ち出した仮説の中核に触れて行く。佐伯さんはこれ以上逃げられない所まで追い詰められても真実は口に出来ない。佐伯さんの立場になってみると、自分の捨てた息子が10年後に目の前にいて「僕はあなたの息子だ」と訴えている。それでも母を名乗れない、謝ることすらできない彼女の心情は耐え切れないものであろう。そして我が息子は同時に蘇るカフカ少年でもある。「あー田村君、私は...私のまわりでなにかが変わりはじめているような気がする」というセリフが溢れ出てしまいそうな彼女の感情を表している。「あなたがやろうとしていることは、失われた時間を埋めることです」と少年は言う。そして彼も同じように失われた時間を埋めようとしていると。少年が4つの秋の夕暮れに縁側で一人ぼっちで座り母に捨てられたことを知る。自分は生れつき汚れのようなものを持っていて誰にも受け入れてもらえない、誰にも愛してもらえない存在なのだと考える。それでも強く生きて行こうと努力し続ける少年を彼女は結局自分の失った恋人として見ることしか出来ないのか。 つづく
2006.07.03
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