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練習が終わるころにまた例の車でおじさんが迎えに来てくれ、僕たち3人はアパートに戻った。 もう外は暗く、リビングのテーブルにはおばさんが晩御飯を用意してくれていた。 パンも野菜も手に入らないので、肉や魚の缶詰やクラッカーを上手に使って、豪華なパーティー風にテーブル一杯に料理が並べられていた。 おじさんはウオッカの瓶を二本持って来て皆のコップに注ぎ、僕たちはドイツのワインをテーブルに出した。 僕たちは5人で迎える初めての夕食を祝い乾杯した。 初めて飲むロシアのウオッカはドイツや日本で飲むそれとは違い、さっぱりして人工的な甘味がなく、僕はすぐに本場ロシアのウオッカのファンになった。 一瓶日本円にして300円ぐらいのものだったが、こちらでの価値では結構な値段のはず、おじさんは僕たちのために随分無理をしてくれたに違いなかった。 次の日は音楽祭の午後からの演目で、ベルントやレナーテの出演するワーグナーの「ローエングリーン」の演奏会形式のコンサートがあり、それを聴きに行くためおじさんが車で送ってくれることになっていたが、朝になってとうとう車が動かなくなってしまい、おじさんの案内で地下鉄に乗って会場まで行くことになった。 つづく
2006.12.30
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スピーカーからは子供たちの合唱で古いドイツ民謡が聴こえている。とても澄んだ素朴な歌声と音楽である。ろうそくと暖炉の薪の匂いの中で小さな村の家族ぐるみの近所付き合いが集まり、教会の礼拝堂の横にある木の床がギシギシいう古い部屋でコーラスを練習する風景が思い浮かぶ。みんな思いあったり、軽い口喧嘩をしたり、慰めあったり、恋をしたりして長い長い時間を単調に暮していただろう。現代、テレビの箱の中では物を欲しがり他人の心を欲しがる者たちが、昨日と全く同じように他人と自分の生命を見失っている。なんと人の営みは随分変わってしまったことだろう。いつからだ。一体いつから我々は森の中で迷ってしまったのだろう。そう、ちょうど電気がこの世に現れたころからだ。そのころから僕たちは破滅に向かって真っ直ぐ歩いている。いつの日か我々は常識も紙幣も華やかな暮らしも捨てて、そんな素朴な古いドイツの村のような狭い素敵な世界に帰って行くことを強要される日が来るように思う。そこが人類の歴史の最高点だったことに気付く。誰もが行き過ぎないと気付けない場所。呼吸を整え、耳を澄ませばラオテの音色とろうそくの匂いがして、窓の外は少しずつ慣れて来た静けさが何処までも広がっている。2006年12月
2006.12.29
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「どうだい、わしら日本人というのは全く何時になってもお人よしの薄のろだ、そうは思わんか」僕が公園のベンチで昼の弁当を食べていると隣で新聞を読んでいた70代半ばぐらいの男が急に話し掛けて来た。僕が冷めた唐揚げを箸でつまんだまま「薄のろですか?」と訊き返した。「そうともさ、わしら子供のころ大人たちに鬼畜米と言い聞かされて来た。敗戦を迎えて一晩明けると突然それが(強くて優しいマッカーサー)に変わった。ジープは走るよブンブンブンなんて歌まで出来てさ。鬼畜米なんて言わなかったらサイパンの崖から女たちが飛び降りなくったってよかったかもしれない」彼は新聞を丸めて横のゴミ箱に投げ入れた。「皆国のえらーいお役人たちの言う通りしてりゃ間違いないと思っていたんだ、でもやつらは庶民を騙すのが商売みたいなもんだ、そして今でもわしもあんたも騙され続けている」僕は腕時計をちらりと見た、もうそろそろ仕事に戻らないといけないし、その前に新入社員のあの子ともしゃべりたい、何とか切り上げるチャンスを見計らった。「騙されているんでしょうか」「巻き込まれるのはおまえさんじゃない、あの子らだ」彼は顎で向こうを示した。そこではまだ幼稚園にも行かない小さな子たちが滑り台で遊び楽しそうに声を上げ、その向こうのベンチでは若いお母さんたちが数人で話し込んでいる。「おまえさんはあの子らが騙されたまま死を選ぶような国に住んでいることに何も感じないのか」僕は突然責められたように感じ、むっとして「そんな大袈裟な、あの子たちがそんな渦に巻き込まれると決まった訳じゃないでしょ」と口をすぼめて言った。「いつの時代もそうだった、わしらぼーっとほうけている間にやつらは着々と自分たちの思い通りにことを進めて、気が付けばわしら皆渦の中だ、わしの親も兄弟も友達もこの目の前で殺された」僕は何も言えず彼の横顔を見た。男は立ち上がり、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま僕を見下ろして真剣な目で言った「こんな世界の端っこで何を言ったってしょうがない、でも立ち上がらにゃならん時には立ち上がらにゃならん、いつまでも騙されっぱなしじゃ大流を変えることは出来ん」そう言ってしっかりした足取りで公園を出て行った。僕は自分の前を見た。歩き始めてそんなに時間の経っていないであろう子供たちは、小さな手で必死に手摺を掴んで滑り台の階段を一段一段登っていた。2006年12月
2006.12.26
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メンバーの中には学校関係者は一人もおらず、僕たちの親の年代の人たちや、もっと年配の人たちばかり10人ぐらいで、高校生は僕たち二人だけだった。大きなワンボックスカー二台で山の中腹まで行き、そこから結構険しい山道を30分ぐらい歩いた。気温はかなり低くなり草木の匂いが濃くなって来て、しばらくすると汗が背中ににじんだ。気が付くと滝の音が聞こえている。木の根っこだらけの険しい坂を登り切ったところで目の前に大きな滝が現れた。僕と姉は息を切らしながらその滝を見上げた。「一体どれぐらいの年月この水はここを落ち続けているのかな」と姉はつぶやいた。見ると彼女は口びるを少し開いてじっと滝の一番上の方を見つめ、爽やかに肩で大きく息をしていた。皆は慣れたように衝立も何もない所で着換えを始め、修行用の白い着物一枚になった。僕たちもそれに倣ったが、かなり気温が低い上に真っ裸の上に薄い着物一枚、奥歯ががたがたと音を立てた。自分から希望してここまで来た物の、一体こんなことが何の意味を持つのだろうと思った。大体僕は仏教にしろキリスト教にしろ宗教なんてものは信用したことはない。うさん臭いし、興味もない。うんざりしてため息を突いていると、皆口々にお経を唱えて水に入って行く。年配の人たちがこんな寒いところで冷たい水に入って大丈夫なのだろうか。気が付くと横に立っていた姉も水に入って行き、皆に並んで滝の水を頭に受けて手を合わせている。仕方なく僕も水に足を付けた。思ったより厳しい水の冷たさが足を締め付ける。大きく息を吐いて思い切って滝の中に入り、姉の横に並んだ。ざーという大きな水の音に皆の唱えるお経の声が混じり、不思議と水の冷たさは感じなくなって行く。そのうちその空間が特別な部屋のような感覚になる。そこで僕はずっと地球のことを考える。地球に存在する水や空気や草や木のことを考える。その球の上で微生物のように生きる僕のことを考える。僕たちの抱える日々の悩みや悲しみには一体どんな意味があるのだろう。今僕たちの目の前にあるものは本当はすべて実態のない一瞬の思い違いのようなものなのではないか。誰かの手が僕の手を引っ張り、滝の外に出た。姉の手だった。皆はもう水から上がり、タオルで髪を拭いていた。滝の中にいたのは大体20分ぐらいのことで、姉を見ると真っ赤に目を腫らしていた。皆帰る仕度をしてもう何人かは山を下り始めても、姉は滝の上を見つめてじっと立っていた。僕も荷物を持って姉の横に立ち、滝を見上げる。水は僕たちが入る前と何ひとつ変わらない白い水しぶきを上げて激しく落ちていた。担任が僕たちの横に来て、数珠を指に掛けて滝を見上げながら言った。「人間が持って生まれた欲というものが我々を道にも迷わすし、心をとても貧しく生きてしまいもさせる。そこに手に掴みたい何かがあるということは、そこに何もないということでもあるんだ」担任はそう言って僕たち二人の顔を見て微笑み、先に立って山を下りて行った。僕たちももう一度名残の滝を見てから後に続いて急な坂道を下り始めた。2006、12月
2006.12.24
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下校が随分遅くなり、僕は急いで下駄箱の所に行った。靴を履き替え、人の気配を感じて女子の下駄箱の方を見た。もう薄暗いそこに一人の女性が背中を向けて佇んでいて、見慣れたその後ろ姿は姉だった。彼女は自分ではない誰かの下駄箱に手を伸ばし、一つスニーカーを手に取ってじっと眺めていた。それは家の玄関で何度か見たことのある、特徴のあるニューバランスのマークの入った紺のスニーカー。姉の親友であるサツキ先輩のものだ。何だか声を掛けそびれてじっと見ていると、姉は突然そのスニーカーの中に唾を吐き入れた。僕は驚いて息を飲んだ。彼女は口に唾を貯めてから何度も勢い良く吐き入れた。その好意は憎悪に満ちていて、僕はぞっとした。普段おとなしく、気が弱く小さな声で話し、静かに微笑んでいるそんな姉からは想像も出来ない。16年一緒に暮らして来ても全く見たことのない姉の隠れた一面に大きな衝撃を受けない訳にはいかなかった。彼女はもう一度スニーカーを見つめ、そっと下駄箱に戻してからこちらを振り向き、僕と目が合った。その顔はやはり見たことのない姉の憎しみに歪んだ顔であり、その目は僕の背筋を凍らせた。姉は僕がずっとそこにいたことを知っていたかのように表情を変えず、黙って僕の横を通って玄関を出て行った。僕は一人薄暗い場所で下駄箱に戻されたサツキ先輩のスニーカーを見つめた。人はきっと生まれ落ちてから知らず知らずのうちに自分の中に闇を育ててしまう。僕が知らない間に、いや、姉本人にさえ気付けないうちに刻まれた彼女の深い闇のことを思った。僕はハンカチを出してサツキ先輩のスニーカーの中をきれいに拭き、その場を後にした。僕の担任の先生は寺の住職で、授業中何かの折に「私は毎月山奥にある滝に打たれに行く、おまえらも一度一緒に来い、魂の汚れが洗い落とされるぞ」と言っていたのを思い出し、急に参加してみたくなり先生に申し出ると「よーし、連れて行ってやる、来月までに般若心経を憶えて来る様に」と当たり前のようにさらりと言った。そんなもの憶えなくてはいけないのか、これは厄介なことを申し出たものだと後悔したがもう遅い。僕は姉に一緒に参加しないかと誘ってみた。意外にも彼女は行ってみると答え、我々は般若心経のCDをネットで見付け、購入して毎日聞いた。意味も分からないまま呪文のように覚えて、11月の最後の日曜日に皆と一緒に滝に向かった。 つづく
2006.12.23
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皆はオペラのアンサンブルやアリアを少し演技を付けて練習している間、僕は二階の小さな部屋で、ロシア人の女性ピアニストと伴奏合わせをした。彼女は30代後半ぐらいの美しい人だったがロシア人の年齢は予想が付かない、本当はもっと若いのかもしれなかったが、とにかく腕の良いピアニストで僕はほっとした。彼女も僕もほんの片言の英語しか話せず、彼女はドイツ語は全くだめだったので言葉による意思の疎通はほとんど無理だったが、音楽でのコミュニケーションには言葉の壁はない。ドイツ歌曲を伴奏するのは初めてだということだったが、少しドイツの香りとは異なるにしても面白い仕上がりとなった。彼女は僕の歌う曲の歌詞をロシア語訳で持っていて見せてくれ、そんなもの何処で手に入るのだろうと興味深かったけれど質問する術はなかった。お昼になり、食事をするために皆と外をぶらぶら歩いてみた。そのホールはエルミタージュ美術館のすぐ近くだったが、その辺をぐるっと回ってみてもレストランらしきものはすべて閉鎖されていて、八百屋に入っても棚にはしなびた人参が2・3本転がっているだけだった。町全体が何だか暗い雰囲気で、建物はどれも古く、道路は戦時中の爆弾が落ちた穴があいたままボコボコで、そこに僕などが子供のころに見た懐かしい汚い色の小さな車が黒い煙を吐きながら車間距離もあまり取らずひしめき合うように走っていて、信号機というものがない。人々もまた陰気な色の服を着て、浮浪者のような人が多い。そんなペテルブルグの町を歩いていると何だか気が滅入って来たが、場違いのように時々ではあるがミニスカートの若い女性が通ると何だかほっとした。 つづく
2006.12.20
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その日は朝食の後町の中心街にあるホールに集合して、合わせをするのでおじさんが先日買ったばかりだという車で送ってくれることになっていた。アパートの前に用意された車を見て驚いた。ボロボロで運転席のドアがまともに閉まらず、後部座席のドアも外から力付くで押さないと閉まらない。僕たちを乗せるとおじさんは掛け声と共にドアを閉め、運転席に乗り込み、車を走らせた。カラカラという今にも分解しそうな音が何処かからずっと聞こえていた。おじさんはいろんな方向に気を配り、左右をよく見て運転するという基本的なドライバーとしての技術に欠けているようで、道を曲がる時などに信号を渡っている人を何度も轢きかけた。歩行者の一人は拳骨でボンネットを力一杯なぐって通って行った。おじさんの性格で、オーケストラを導く指揮者という職業が勤まっているのだろうかと不思議に思った。練習会場は音楽祭が行われるホールのリハーサル室のような所であり、それはそれは古い貴族の屋敷のような建物で、木造で床は大理石、ドアはすべて2メートル50ぐらいはある大きな一枚板で、部屋の中は天井が高く、これも古いシャンデリアが豪華に下っていた。 つづく
2006.12.17
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彼らの住居は結構大きな部屋が三つとダイニングキッチンがあり、室内もやはり年代物だった。この夫婦はご主人が指揮者で音楽大学でも授業を持っていて、小柄でおとなしく、気のよさそうな50代後半。奥さんは英語の教師で、小太りでよくしゃべり、かわいいおばさんといった感じ。我々は機内でお腹一杯食べていたので、後はぐっすり寝るだけだった。スザンナとカタリーナは一番大きな部屋で、僕はその隣の少し小さな部屋にセットされたベッドにもぐり込んでぐっすり眠った。ベッドもこれまた年代物だった。次の朝目が覚めるとご主人の姿が見えなかったので、奥さんに片言の英語とドイツ語を混ぜて「ご主人は何処に行かれたのですか?」と尋ねてみた。彼女もほんの片言のドイツ語を話したので、我々はお互い乏しいボキャブラリーで、たどたどしく会話した。「主人は朝食のパンを手に入れるためにパン屋の前の列に並んでいるの、3時間は並ばないとパンは手に入らないのよ」「3時間!」と僕は驚いた。そのころはちょうどペレストロイカ直後で、物が全くなく皆とても貧しく暮らしていたのだ。やっと二人が起きて来て、朝食の準備が始まりテーブルに食器が並べられた。その時おじさんが帰って来て「見ろ、パンが手に入ったぞ」と嬉しそうに部屋に入って来た。僕たちはドイツから手土産にと持って来たコーヒーの袋を二つ手渡し、彼らはそれでコーヒーをたてた。おじさんとおばさんはそれを飲んで「こんな美味いコーヒーは何年ぶりだろう」と感動して僕たちの顔を見て目を丸くした。おじさんがまだ暗いうちから3時間並んで買って来てくれたパンを食べてみた。とてもじゃないけど食べられない。一週間ぐらい机の上にほったらかしにしていたみたいに水分がすっかり抜け、石のように硬く変色していた。彼らはこんなものを苦労して買って食べているのだ。ソ連崩壊直後のちょうど大変な時期だったのだ。 つづく
2006.12.13
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ドイツにもようやく春がやって来て、日差が柔らかくなり色とりどりの花が咲き始めたころ、我々のロシア行きの日がやって来た。メンバーと先生はそろってケルン駅に集合し、フランクフルト空港に向かった。飛行機はアエロフロートで、離陸の際頭の上から大量のクーラーの水が落ちてきて、ずぶ濡れになった。飛行機自体も古くて何だか心配になって来たが、飛んでしまったものもうどうしようもない、僕は諦めて眠った。サンクト・ペテルブルグ(ドイツでは、サンクト・ペータースブルクと発音する)の空港に着いたのは夜遅くだった。そこから用意されたバスで市内まで行った。道路は広く車は一台も見掛けず、かなり離れた間隔で街灯があるがいやに赤い。道路の脇にはどれも古いアパートのような建物が見えたが、街灯は道路にしかなくそちらの方は真っ暗で、一軒屋は何処にもない。我々は皆それぞれ何人かに分かれてホームステイをすることになっていて、僕とスザンナ、カタリーナという二人の女性が一つのお宅にお世話になることになっていた。やがてある住宅街にバスは止まり、降りると夜遅いにも関わらず受け入れてくれる家の人々が集まって我々を迎えてくれた。僕とスザンナ、カタリーナは一組の中年の夫婦と挨拶をして、彼らの家に向かった。住宅街と言ってもやはり団地のような建物しかなく、その一つの相当年代物の建物に入って行きエレベーターに乗った。これもかなり古いもので、ガタガタと不吉な音を立ててゆっくりと上がった。 つづく
2006.12.10
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仕事を終え電車を降り、停留所に止まっているバスに乗ろうとした。乗り口付近に女性が立っていて少し肩がぶつかり「すみません」と僕は言ってバスに乗り込み、何とか空席を見付け白杖をたたみ座った。一息付いたところでさっきの女性が乗り込んで来て「あの、すみません」と甲高い大きな声で叫んだ。どうやらその若い女性は僕に話し掛けているようで、そちらに顔を上げると「あの、すみません、何処まで行かれるのですか」とまた大きな声で尋ねて来た。声の感じからして少し変わった人のようだったのと、今日一日に疲れきっていたこともあり、不機嫌な声で「どうしてそんなことを尋ねるのですか」と僕は逆に質問した。「旭ケ丘まで行かれるのでしょ、このバス違いますよ」と彼女は必死に訴えた。どうして僕の行き先を知っているのだ。違う路線のこのバスでも少し離れた停留所で降りて歩けるのでいつも気にせず乗る。「これでも帰れるから大丈夫」とぶっきらぼうに言って顔を背けた。彼女は黙ってバスを降り、ドアが閉まってゆっくり動き出した。しばらくすると僕の胸の中で後悔が膨らんだ。彼女は白杖を持った僕が間違ったバスに乗って困るのを心配してくれたのだ。多分いつも同じバスで旭ケ丘まで帰っているのだろう。彼女の純粋な親切だったのに、僕はひどい態度だった。悪意は背後から突然やって来て、また他人を信じることをためらわせる。好意もまた突然やって来て、言いたかったありがとうが闇に紛れる。
2006.12.08
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キョンロウとは不思議なことに、それからもお互いの部屋をふらっと訪ねて夜中まで話したり、一緒に韓国ラーメンを作って食べたり、買い物に出掛けたりして付き合いが続いた。とにかく韓国やインドからケルン大学などに留学して来ているものは、国や支援者から奨学金を受けていて、それはずば抜けて優秀な者でないと叶わないことだ。でもキョンロウは多少ピントが外れたところはあるにせよ、ここに住む日本人のエリート学生みたいなことはなく、とても素朴で自然体であり、一緒にいてもリラックス出来た。我々は頻繁に僕の部屋で話したが、お互いにドイツ語がそんなに達者ではないため(特に僕の方が)意味の分からない時は紙に漢字を書いて理解し合った。韓国でも今はハングル語のみで若い世代はすでに漢字が読めなくなってきているらしい。でも漢字を使う国々はこうやって意思の疎通することも可能なのだ。 つづく
2006.12.04
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