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・5.29、金 朝の女性合唱団の後、友人のピアニストと合わせ。 その後奈良に向かい混声合唱団の指導。 シューマンの「詩人の恋」の日本語訳を、皆さんと共に吟味しながら書き換えたり、 譜割りを変えたりして、一曲ずつ良いものにして行く努力に務める。 帰りに一人の男性団員の方が僕におっしゃった。 「先生、失礼ですが4曲目に出て来る『そしてそれを知っているのは、この心を八つ 裂きにした、あの女だけ』という訳のところですが『おんな』という言い方はちょっ と問題があるのではないでしょうか?」 多くの人と毎日関わっていると、世の中の人々が幾つかの人間のタイプに分類出来る ことが分かって来る。 文学を、どうしても役所の書類と同じようにしか読むことが出来なくなってしまった 目だ。 それと同じような意味で「竹田の子守唄」を歌ってはならないとか、「ちびくろサン ボ」を読んではならないとか、「夏は来ぬ」の「早乙女」というところは、歌詞を変 えて歌わなくてはならないとか。 そのうち「座頭市を観てはならない!」という人が出て来るかもしれない。 我々歌う者は、文化、歴史から生まれた表現や語り口を大事にしたい。 そこに他人を蔑視した目があるか、ないかを見極める心を持つべきではないか。 それは、行政に提出する書類の作製とは全く違う世界の目と心だ。
2009.05.29
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・5.28.木 午後からの奈良クラス。 後数日で6月とは思えない気温の中、学園前で電車をおりると奈良は特別な寒さ。 夜はCAC混声合唱団。 6/13のプログラムの通し稽古。 当日奈良女子大講堂の舞台下と上に雛壇を設置しての演奏となるが、NSK、CAC 合わせての大人数のステージシートを考える。 一番上の段に立つ人は、かなりの高い位置から客席を見下ろしての演奏となるだろう 。
2009.05.28
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・5.27、水 夜帰宅して報道ステーションをみながら食事をしていると、また村上春樹の話題。 今日発売された彼の新しい作品が売り出し前から売り切れで、普通2・3万部売れたら 成功と言われているところを、約50万部の異常な売上。 古館一郎も言っていたように、先日のイスラエルでの報復攻撃を批判したスピーチが 放映されたことが今回の売上に繋がっているとは思うが、どうしてこんなに多くの人 が彼の作品を好むのか。 本を買った者の半分はひやかしだろうが、固定のファンも相当な数だ。 僕個人の彼の作品への魅力を考えてみる。 まず、描かれているのが常に個人的な狭い世界であり、どの作品の主人公もよく似た性格と趣味を持ち、それは著者そのものをいつも感じることができ、どこか作り事で はない彼自身のノンフィクションであるような錯覚を起すところ。 それに、一番大事な答えを常に読者よりも先に主人公が気が付き、随分遅れて読者が はっと気が付く。 どの部分で主人公がそれに気が付いたかは何度も読み返してやっと気付く。 とにかく、何度も読み返すごとに裏の深い内容に気付いて行くように書かれてあるの だ。 主人公はいつも自分が退屈でありふれていて、無能な人間であると言うが、読み進め て行くと、想像を超えて頭と感の良い人物であり、他の登場人物についても同じこと が言える。 かといって頭脳ゲームのような内容とも違い、個人的に手に入れて行く哲学であり、 精神的なものなのだ。 そういうところが一部の人間の何かを引き付けるのではないか。 それに反して、ノルウェーの森を映画化するという話を耳にした。 彼のファンなら、皆そろって悲しい気持ちになっていることだろう。 彼の作品は彼だけのものではなく、読者の個人的な部屋であるはずだ。 それは一人一人の中で全く違う其々の小説である。 それを映画などに売ってしまうということは、彼自身がこの作品を見捨てたとしか思 えない。 物書きに有るまじき行為だ。 あの作品が、2・3時間のスクリーンの中に納まるとでも思っているのか。 イスラエルでの演説も、鳴り物入りの今回の長編小説も、すべてノーベル文学賞を狙 う上に計算されているように思われて仕方がない。 もしそうだとしたら、何故そんなものに拘るのか。 名声を残すため? 今度の新作が、彼の個人的な小説であることを願うばかりである。
2009.05.27
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・5.26.火 今日にはすでにマスクをしている人はごく僅か。 日本人というのは何をやっても三日坊主。 この火が付きやすく消えやすい性質は、関西人が特に激しいのだろうか? インフルエンザも一山超えただけで消滅したわけではないのに、喉元過ぎれば~とい うやつだ。 喉元過ぎればと言えば、北朝鮮の核実験についても、その前のミサイルに付いてもす ぐに忘れてしまうのだろう。 核物質が地下に染み込み、それが日本海に流れ出る可能性もあるという噂の中、唯一 の被爆国であり核を保有しない先進国でありながら、今回も特別なことは何も言わな い。 もちろん言ったところで北朝鮮がそれに耳を傾けるとは思えないが、こんな機会に日 本にしか言えないこと、日本にしか出来ないことがあるはずだ。 しかし我らが総理はあの調子。 オバマ政権であるうちに、日本がリーダーシップを取って押し進めるべきことがある のではないか。 現在は核を持たない、軍が法律によって動けないということで各国からバカにされて いるが、いつの日かそれこそが最も先進国の証だという時代が来ることを信じたい。
2009.05.26
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・5.25.月午前中にプログラム用の写真を撮りに行く。初めて行くスタジオで、40代ぐらいの物静かな男性カメラマンと、ヘアーメイクの若い女性がいた。メイクをしてもらいながら、女性といろんな話をする。彼女の里の明石の話や、彼女の体温が7度で平熱であるというような話。それに見えないというのがどういう感じのするものなのかという話題もあった。その後撮影。カメラマンはとても誠実な感じのする男性で、撮り終わった時にとてもほっとした声で「これで終わりです」と言われたのを見ると、彼自身緊張していたようだ。去年のリサイタルの際に他のスタジオで撮影したのだが、どうも気に入らなかったので今一度違うスタジオでの撮影を試みたという訳である。午後から阿波座でのグループレッスン。70歳前後の初心者の生徒さん数人のクラス。皆さんコンコーネのリズム感に苦労されている。僕は最近周りの生徒さんを観察して調査していることがある。現在70歳前後の方が4・5歳の時は、丁度戦禍が酷くなって、幼稚園に通うことが出来なかったということ。よって、幼児期の音楽に触れるという大事な経験なしに大人になったという現実である。何よりもその時期に損なわれたものはリグム感ではないのか。その証拠に現在80代の方は皆さん遥かにリズム感をお持ちだ。でも人一倍努力は必要だとしても、必ずリズム感は発達する。それを証明された73歳の男性の生徒さんもおられる。「音楽に関わりたいと思う時点で、音楽への才能はある」とドイツの先生がおっしゃっておられた。13歳から86歳までの広い年齢層を誇る、我がCA声楽コンセルヴァトワールだからこそ叶う調査である。夜は混声合唱団。6月7日に向けての通し稽古。アコーディオン・歌のソリスト・何処かの指揮者の見学者が参加する中、緊張した良い練習となった。
2009.05.25
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・5.23.土 午後からのNSK混声合唱団のために奈良に向かう。 練習の前に菖蒲池のうどん屋に寄り、梅わかめうどんを初めて注文する。 南高梅の大きな梅干が入っていて、その美味しさに驚く。 今日は11月15日の第九本番指揮者が見え、練習を見学された。 他に知り合いの出るコンサートがあったり、旅行に出掛けた人たちがいて参加人数は少なかったが、その分音が取れていない箇所や、声のことなど細かいことに気を配って練習出来た。 時間延長で3時間懸命に練習して、終わったらぐったり疲れていた。 数人と共に大阪に帰る。
2009.05.23
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・5.21.木 午後のグループレッスンに参加されている生徒さん(70代半ばの男性)の音楽愛好家としての収集資料の話を聞く。 レコード、CD、カセット、ヴィデオなどの積もり積もった資料が部屋を覆い尽くして床が抜けんばかり。 でもご友人でそれ以上の方がおられるとのこと。 聴くか聴かないか分らないものを丹念に収集する気質は、おそらく前世が研究者かなにかだったのかもしれない。 それが仕事に結び付いているなら周りから文句は言われないのだろうが、趣味となれば奥様は黙っていないだろう。 夜はCAC混声合唱団。6/13の本番に向けて、皆さんの努力が稔り随分まとまって来た。 奈良女子大の講堂に響く皆さんの歌声を想像しながら、それに聴き入るお客様の様子を想像しながら指揮を振る。
2009.05.21
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・5.20、水 今日は午後にレッスンはなかったので、発表会会場の本予約のために吹田メイシアタ ーまで出向く。 阪急吹田駅の周りは高速道路と国道ばかりの何もないところである。 そこは人々が通り過ぎるだけの場所に感じる。 駅を降りてすぐのホール事務所に行き、小ホールの年明けの予約をしてすぐにまた駅に戻り、天下茶屋行きに乗って阿波座に向かう。 夜はアンサンブルクラスの練習。 其々新しい出し物の練習をしていると、二時間では全然足りない。 帰りの電車の中では、マスクをしている人の数はどんどん増えているように思える。 皆マスクをして並んで座っている姿は、たしかに異様な光景だ。 阿波座辺りはいつも韓国人の旅行者や、働いている中国人の多いところだが、彼らは マスクはしない。 でも考えてみれば、世界全部で共通の話題があるというのも珍しいことだ。 地球上の人間すべてに共通する敵がいれば、人間通しの争いは消えるかもしれない。
2009.05.20
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・5.19.火 午前中は自宅でのグループレッスン。 明らかにぼくより年下だと思っていた生徒さんが、ぼくより10歳ほど上だと判明し驚 く。 二人ほどそういう方がおられ、今の女性は本当に歳が分らないと感心する。 でももちろんそれは喜ばしいことである。 午後からは富田林の出張グループレッスン。 一人生徒さんがお休みで、その代わりに一人の生徒さんのお孫さん(19歳女性)が参加 された。 彼女は現在音楽大学一回生で、声楽を専攻している。 イタリアの歌曲を歌ったが、一回生にしては立派な声できちんとした歌を歌う。 これからが楽しみな、才能のある若者であった。 でも僕が今まで見て来た例で、10代のころにすばらしく歌えていても、20歳を超えた ら途端に歌えなくなったという者や、30歳を越えるまで全く歌えなかった者が、突然 すばらしく歌うようになるという不思議な現象をいくつも見て来ている。 また、ただただ順調に成長していく例もある。 年齢による体の変化の関係で声に影響するのだろうが、声というのは全く魔物である 。 夜は阿波座でのグループレッスン。 其々に其々の成果があり、満足して一日を締め括る。
2009.05.19
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・5.18、月 朝に調律師の人が来て下さることになっていたので、バスの時間ぎりぎりまで待って いたが見えない。 電話を掛けると事故に巻き込まれて大幅に遅刻するということだったので、お会いす るのは諦めて出かける。 阿波座に向かう電車の中では皆マスクをしている。 僕は一年中電車の中ではインフルエンザ用の院内マスクを着用しているので、何の違 和感もない。 午後のグループレッスンを終えて夜の混声合唱団のために昭和町へ。 団員の方もちらほらマスクをしている人が目立つ。 でも歌う時は外さないと仕方ない。 6/7のいずみホールでの定期演奏会も、市から開演停止の命令が出る可能性がること が発表された。 後20日間ほどでどう転回を見せるかである。 帰りの道程でも皆マスク着用。 コンビニに寄れば店員は全員マスク姿。 こうなった元を辿れば原因はやはり温暖化なのでは。 となれば、人間が長年損なって来た地球の何かによってのしっぺ返し? おそらくしっぺ返しはこれくらいでは済まないだろう。 町の人々が全員マスクをしているという光景は今までにはなかったこと。 全員がガスマスクを着用して歩く時代も、空想の笑いごとではなくなって来るのかも しれない。
2009.05.18
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・5.16、土 今日は松原の女性合唱団が市の文化祭に出演するということで、朝いつものように公 民館に集まって一時間練習してから会場に皆で向かう。 ピアニストと昼食を取ってからリハーサルを行い、3時過ぎの出番。 沖縄民謡を四曲演奏するので、例の沖縄出身の生徒さん(70代前半男性)が聴きに来て 下さった。 「沖縄の言葉が分る人が約一名客席におられるので、皆さん発音には気を付けて」と 出番前に冗談をいう。 演奏の出来は上々で、お客様も集中して聴いて下さっているのが分った。 終わって沖縄出身の生徒さんが「僕の後ろのお客さんが『これはプロの団体やな』と 言ってたで」とおっしゃった。 皆気を良くして解散。 夜は阿波座でのレッスン。 新しくCAに来られている舞台を控えた生徒さん(40代後半女性)の特訓を行う。 ご本人の努力が稔り、すでに声が目覚しく変わって来た。 本番まであと少し、更なる飛躍を楽しみにしたい。 朝の天気予報で今日はかなり気温が低いと言っていたにも関わらず、暖かい一日。 厚着をして出て汗ばむ。 全く天気予報の人は嘘ばかり。
2009.05.16
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・5.15.金 女性合唱団の後、友人のピアニストと合わせ。 その後奈良に向かい、NSK運営委員会のミーティング。 いよいよ具体的な人数と金額の計算と整理。 立ちはだかる問題を根気良く一つ一つ皆で話合ってかたづけて行く。 その後混声合唱団の練習。 詩人の恋の日本語の歌詞の訂正を、団員さんと共に一箇所一箇所書き換えて行く。 皆さん文句一つ言わずにお付き合い下さっているのが不思議なほど。 どんなことでも、何かを最初に行う人の苦労は大変なもの。
2009.05.15
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・5.14.木 午前中に心斎橋のカットショップに出向く。 30分以上早く着いたので、昔よく入った喫茶店に行ってみると、ちゃんとまだあった ので入ってみる。 無愛想な店員(30歳ぐらいの女性)が注文を取りに来たのでカフェオレを頼む。 店内は早朝ということもあり僕の他には二人連れの女性だけで、開け放たれた入り口 から入る車の排気ガスを含んだ涼しい風に吹かれながらカフェオレを飲んだ。 少しするとトイレに行きたくなったので、レジのところで用事をしていたさっきの店 員に「トイレは何処ですか?」と尋ねる。 「二階です、上がって右に回って、それから~」「すみませんが案内をお願い出来ま すでしょうか?」と言って白杖をちらつかせる。 彼女は「あー」と言って先に立ってさっさと階段を上がる。 でもあまりに早い足取りで僕は彼女の姿を見失い、暗いくねくね曲がった廊下で迷 子になる。 「こっちです」という声に何とかトイレの前に辿り着くと、彼女はまたさっさと姿を 消す。 僕は用をたし、歯磨きをしてゆっくりしていると、ドアをドンドンと叩く音。 「大丈夫ですか!」という店員の声。 慌ててドアを開けるとさっきの女性が待っていてくれた。 不親切なのか親切なのか分らない店員と共に階下に降りて来て、支払いを済ませてカ ットショップへ。 今日はいつもの僕と同世代の男性の美容師で、また終始カメラの話。 しかし彼は少々集中型の凝り性ではあるが、僕と共通する考え方であるといつも感じ る。 全体的にはいいかげんなのだが、ある部分に対しては怖ろしく真面目で融通が利かな い。 「あるお客様をカットしている時店のオーナーが突然入って来て、すぐに自分をカッ トしろと言ったんです。 でも『それは出来ません、こちらのお客様が終わるまでお待ち下さい』と言いました 。 そして少々まずいことになりましたよ。 でもそういうところはどうにも出来ないんです。 それとどんないやなお客が来てもいいかげんな仕事はしたくないですね。 皆同じ料金を払っているわけですからね」と苦笑い。 午後からは奈良クラスのレッスン。 その後近鉄奈良駅近くのレストランの奥の部屋を借りて、NSK混声合唱団の練習。 6/13のコンサートに向けて仕上げに入る。 皆様の努力のおかげでなかなか良い感じにまとまって来た。 河内長野の最終バスにぎりぎり間に合う近鉄電車に飛び乗り、奈良を後にする。
2009.05.14
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・5.13.水 午前中にあべのの鍼灸院訪問。 周りの友人などが原因不明の咳がとれないことや、それに加えて微熱が続いている人もいるという話になる。 「咳が長く続いてそのうえ微熱があるとなると、風邪の他にやはり結核を疑う方がいいでしょうね。 でも病院の若い先生は結核を見抜けない人が多いですからね。 それと可能性としては黴です。 先日ゴールデンウィークぐらいから胞子が飛び始め、今最高に繁殖しています。 家の何処か見えないところにほんの少しあっても、気管支と肺に影響します。 それと山沿いや緑の多いところに住んでいる人は、近くにゴルフ場がないかというこ とです」 「ゴルフ場がどういう関係なのですか?」 「大きな敷地内で一斉に除草剤を撒きます。 それは風に乗って近所に全部飛び散ります。 それを吸えば黴どころではありません。 長期的な炎症を引き起こすことでしょう。 ですからそういう場所の家はその時期は窓を閉め切らなくてはなりません。 本当に、いろんなところにいろんな罠が潜んでいるのです」 午後のグループレッスンでも風邪を引いている生徒さんがおられ、気温が変動する中 体調管理の難しさを考える。 夜のグループレッスンでは始まる前に「皆さん風邪は引いていませんか?」と一人一人 に尋ねる。 僕も今風邪がうつれば、六月に控えている演奏会たちに大きく影響するのだ。
2009.05.13
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・5.12.火 正午から金剛での出張グループレッスン。 その後阿波座でのグループレッスン。 舞台で活躍している生徒さんが数人おられるクラスで、その中に始めたばかりの中学 生の生徒さんもおられる。 非常に難しい課題に初心者の中学生も一緒に取り組んでいただき、見事やりこなさ れる。 常識を超えたやり方で、ふと道が開けることも多いのだ。
2009.05.12
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・5,11.月NSKの取り組みのことで、100年会館に打ち合わせのため朝早くに出向く。JRの八尾駅あたりで線路への侵入者があったということで、ダイヤが乱れ電車が大幅に遅れる。約束の時間より30分ほど遅刻して到着。苦労して来ただけあって、話しはまた良い方向へ。午後からは阿波座でのグループレッスン。夜は混声合唱団。帰りに南海電車でまた人身事故で、ホームにて40分ほど待つ。いつも人身事故は同じ日に固まることが多いが何故だろう。いつもより一時間遅れで帰宅。
2009.05.11
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・5.9、土 朝の女性合唱団の後、奈良学園前の西部公民館にてNSK混声合唱団の練習。 6/13日のファンドレイジングコンサートに向けて、時間を延長しての猛練習。 僕自身も本番に少しでも良い演奏をお客様に聴いて欲しい一心から、つい必死になっ て口調も荒くなる。 しかしいつも思うが、指導者にとってやいやいうるさい指導はほとほと疲れるもので 、にこにことのんびり楽しく指導して、団員の皆様もいやな思いをせずに練習を終え ればこんなに楽な仕事はない。 でもそれは団の演奏を、または団自身を良くしようという気は全くない証拠である。 いろんな団を見ていて、70代よりも若い人はやいやい言われるとすぐ拗ねる傾向があ る。 僕も含めて、いわゆる戦争を知らない子供たちだ。 それに比べて70代よりも上の人は、要求されることに「よしこなしてやろうじゃない か」という勢いで食い下がってこられる傾向がある。 もちろんすべてに当てはまる訳でもないが、これはどこに原因があるのだろう。 指導する立場からいうと、トレーニングに耐ええる団であることがとても大事なこと なのだ。 その後大阪に戻り、ある演奏会に向けて一人のピアニストと合わせを行う。 一時間の合わせのつもりが、またお互いに必死になって二時間ほどぶっ通しで歌う。 帰宅したら、さすがにぐったり疲れていた。
2009.05.09
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・5.8.金 朝の女性合唱団の後、奈良の菖蒲池公民館へ。 奈良クラスのレッスンでは、皆で憂さ晴らしのあらゆることに対しての文句で盛り上 がる。 一年一年歳を重ねるごとに、文句を言わないとエネルギー補給が出来なくなって来て いるように思う。 社会に対しての文句。 人間という動物に対しての文句。 まあそういうことだ。 途中トイレに立ち、部屋に戻る時に隣の部屋から講習会の授業の声が聞こえる。 先生らしき男性の話につい立ち聞きする。 「刑務所の三畳ぐらいの広さの独房の中にはトイレと、光がほとんど入らないとても 小さな窓一つしかなく、部屋の中は真っ暗です。 そこに何週間も一人で入れられると気がおかしくなってしまいます。 囚人たちはそんなところに入れられるのは耐え難いので、掟を守って生活するよ うになります。 人間というのは皆集団の中に身を置く習性があります。 どんなに人間関係にうんざりしても、集団から離れて一人で生きて行くことは出来ま せん。 独房というのはそういった習性を逆手に取ったいわば拷問なのです。 そして学校内で行われている苛めはそれと全く同じことです。 何ヶ月も何年も集団から拒否され続ければ、人は皆気がおかしくなってしまいます」 そこまで聞いて僕はレッスンに戻らなくてはならなかった。 ドア越しに聞いた講義をしていた男性は、刑務所の職員だったのか、学校関係者だっ たのか判断が付かないままその場を後にした。 夜は混声合唱団。 今丁度詩人の恋のケルンの大聖堂が出て来る曲を練習しているのだが、休憩時間に一 人の女性団員さんが僕のところに来ておっしゃった。 「先日ケルンに行って大聖堂を実際見て来ました。 歌に出て来るマリアの絵姿も探してみましたが、マリアの絵が二枚も三枚もあって、 どれがその絵なのか分らないまま帰って来ました。 でも丁度今やっている曲の歌詞の場所にタイムリーに行けて、とても感激しました」 ケルンの町の話をしていて、急にとても懐かしいホームシックに掛ってしまった。
2009.05.08
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・5.7.木 昔バリトンのフィッシャー・ディースカウが出したCD20枚セットで「シューベルト 歌曲全集」がどうしても必要で、各CDショップに問合せても今では製造しておらず 、在庫がなければ手に入れるのは難しい、あったとしても20枚組みで価格は10万では 済まないということで諦めていたが、午後のレッスンに来られた生徒さん(70代半ば 男性)にふと尋ねてみると持っているということで、お借りすることとなった。 この生徒さんは筋金入りの音楽愛好家で、40年ほどまえからのNHKの音楽番組や、 ラジオ放送などもすべて録音、録画して持っておられる。 「今となっては大変貴重なものも多いけど、生きている間に全部見ることが出来るか な?」といつも笑っておられる。 それほど部屋の中はレコード、CD、各資料で溢れ返って、床が抜ける恐れがあるほ どらしい。 夜はCAC混声合唱団。 最初は表に雨が強く降り少し肌寒い感じだったが、練習を進めるに随って部屋の温度 が上がり、次第に汗ばむほどとなる。 次回からはクーラーを必要とすることだろう。
2009.05.07
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・5.6.水 阿波座に着いて店が全部閉まっているのを見て、世間は休日であることを思い出す。 部屋でパンをかじってから午後のグループレッスン 僕は肺、腎臓、喉の粘膜の潤いのために、なまこを食べないとだめと鍼の先生から常 々言われていたので、生徒さんに「なまこは好きですか?」と尋ねると、皆さん大好 きだということで、お酒のつまみとしては最高だそうだ。 生まれてこの方一度も食べたことがない僕は憧れるばかりである。 夜はアンサンブルクラスの練習。 次回の発表会の日時と会場がすでに決まってしまったことをお伝えして、新しい出し 物の一回目の音取り練習を行う。 音が取れてしまうまでは難しい音とリズムとの戦いであるが、芝居を付けての仕上が りを考えるとわくわくして来る。 生徒さんも皆同じ思いでおられると信じたい。
2009.05.06
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・5.4.月 土曜日朝の女性合唱団と午後のグループレッスンを終えて、京都の実家に向かい二泊した。 京阪出町柳駅前の妹夫婦のジャズ喫茶に寄り、心の落ち着くジャズの音楽と美味しいコーヒーを飲み、妹の焼いたケーキを食べてから実家に向かった。 夜はまた例によって母と妹で遅くまで話し込み、次の日は植物園や宝ヶ池に行って、夕方には昔よく行った銭湯に行って懐かしい気持ちになる。 番台に座っている女性は昔のおばさんと似てはいるが、どうやら代が変わっていたようだ。 次の日は合唱団の特練のため、朝に京都を出て大阪市内へ。 夕方までの練習を終えて夜は阿波座でのグループレッスン。 一人の生徒さん(21歳女性)がおっしゃった。 「今大学の先輩に筋金入りの健康お宅の男性がいて、話を聞くと朝5時に目覚めて、夜は10時に眠り、常温の水以外は飲まず、夕ご飯は4時らしいです。 先生と同じような健康お宅がいるものだなと感心しました」 しかし残念ながら、僕は鍼の先生の言うことや本で読んだことなどをブログに掲載してはいるが、自分ではほとんど実行していない。 しいて言えば薬絶ちぐらいである。 今の毎日だとそんな規則正しい生活は不可能だし、甘い物はどうしても止められない。 実際に思ったことを実行している人は、すごいなと感心するばかりである。
2009.05.04
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・5.1.金 朝の女性合唱団の後、CAアンサンブル発表会の会場探しに、あるホールを視察する。 担当者との面談の時間より少々早く到着したので、入り口近くにある喫茶店に入る。 例によって甘い物が食べたかったが、パフェは恥ずかしいのでチョコレートサンデーを注文する。 子供のころからパフェは大きく、サンデーは小さいというイメージがあったからだ。 しかし出て来たサンデーはパフェそのままの大きなものだった。 アイスクリームの玉も二つ入っている。 そこで一体サンデーとはどういったものを言うのか調べてみた。 検索した結果は下記の通りである。 「1881年にアメリカ・ウィスコンシン州のエド・バーナー(Ed Berner)によって発明された。 バーナーは日曜日に、5セントでデザートを提供した。 このために、まずSundayという名が付くが、「主の日」の名をデザートの販売名としたことに対するクリスチャンの反発によりつづりがSundaeとなった。 そのときどきにより、果物、生クリーム、バターク元々はアメリカでクリームソーダが大人気となったのだが、安息日がつぶれてしまう為販売中止となった。 それからしばらくして日曜日の昼間に路上でアイスクリームの上にチョコレートなどをトッピングしたものを売りだしたところ大人気に。 それでサンデーと言う名がつけられた。 アイスクリームの冷凍保存上夜には溶けてしまうところから、サンデーはお昼に食べるものとなり、パフェは夜のレストランで大人のデザートとして売り出された。 なお、サンデーの食べ残しにソーダを加えるとマンデーというものになる」 これを読む限り、パフェは大人の食べ物なのだ。 しかしサンデーが日曜日から由来しているとは、新鮮な驚きだった。 発表会に適したホールも見付かり、借り押さえしてホールを後にする。 夜はNSK混声合唱団の練習。 連休中ということもあってか若干出席者の少ない中、有意義な練習を行う。
2009.05.01
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