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私、昨日からインフルエンザを発症し、9度4分の熱が下らず、明日の演奏会に出演できなくなりました。大変申し訳ありませんが、悪しからずご了承いただきますよう、よろしくお願いいたします。茶木
2009.11.30
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・11.28.土昨日は朝の女性合唱団と、昼のグループレッスン。その後混声合唱団と忙しい一日。昨日の朝の女性合唱団では、明日の合唱際に向けて最後の練習。思えば僕が初めて指導を受け持ったころから見ると、随分実力を付けて来た。もちろん皆様の努力は涙ぐましいものであるが、しかし次のステップへの飛躍という面では課題が残る。今日、朝の女性合唱団では、先週葉っぱを掛けて皆さん必死に練習されたと見えて向上した仕上がりであった。何しろ曲がアマチュワの女性合唱団が取上げるにしては難し過ぎるので、限界はあるにしろ努力の賜物だ。両団体共に明日の本番が楽しみである。その後大正区にある家具屋のイケアに出向き、阿波座教室で必要なダイニングテーブルを探しに行く。難波からシャトルバスで20分かかり、着いたイケアは巨大なショッッピングモールであった。感心したのは、客が歩く店内の通路はコーナーの間を縫って商品がすべて目に触れるように考えられた配置にしてあり、レストランまでにその通路が張り巡らされている。子供があそこを通れば、間違いなく「あれ食べたい!」と座り込むことだろう。おかげで目的のダイニングテーブルがある展示場に辿り付くまでに、店内をぐるぐる歩き回り、目が回り、ぐったり疲れることとなった。これもヨーロッパ人の策略であろうか。テーブルに関しては、安いが品数は少なく、実用性を重んじデザインに工夫はない。僕が住んでいたケルンのアパートの近くにもイケアがあり、そのことを懐かしく思った。またシャトルバスで難波に戻り、奈良の富雄の鍼灸院に行く。その後12月1日のシューベルト協会の演奏会の合わせのため、谷六の会場に向かう。時間制限の中での暗くなってからの慣れないところの移動で結構疲れた。
2009.11.28
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・11.26.木午後の奈良クラスの前に、何処で昼食を取るべきかと悩む。本番前ということもあり、塩の悪い店で喉を嗄したくない。菖蒲池のうどん屋は12月いっぱいお休み。商売として営業していないから、好きな時に旅行に出たり、突発的に休んだりするので困ったものだ。となると、何処もジャンクフードに毛がはえたようなものばかり。しかたないのでちょっと値は張るが、エストという洋食の店に行く。ビーフシチューの昼のセットを注文。実に美味しかった。レッスン後阿波座に向かい、夜はCAC混声合唱団。来年予定している第一回定期演奏会のプログラムに、世界の民謡としてのステージを考えていて、スコットランド民謡として「蛍のひかり」を練習している。原語でスコットランド訛りも取り入れることができればおしゃれだなと考えている。後はロシア民謡の「ともしび」や、「シューマンの「流浪の民」など。後韓国の民謡など、合唱にアレンジされている楽譜があればいいのにな。
2009.11.26
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・11.25.水午前中に心斎橋のカットショップ。今日は女性の美容師さんん(30代前半ぐらい)の担当。タイに旅行に行って来た話を聞く。「あちらで象に乗りました。背中に二人乗りの鞍がくくり付けてあって、友達と乗りました。象の背中って、すごく大きいんですよね。のしのし歩くから、ゆさゆさ揺れて酔いそうになりました。途中で私のサンダルが落ちてしまったんです。これは困ったと思ったけど、象使いのおじさんには言葉が通じないし、自分で降りてひらいに行こうかとも思いましたが、地面まで2メートル以上あって、飛び降りるのは危険すぎます。困っていると、ふと象が立ち止まって鼻でサンダルをひらって、ひょいと私に渡してくれたんです。日本語でありがとう!と叫びました。象ってすごく頭がいいんだなとびっくりしました」午後と夜のグループレッスン。CAC混声合唱団の募集広告であるフライアー(チラシの小さい版)が出来上がったので、レッスンに来られた皆さんに手渡す。これは一人のデザイン事務所を経営されている生徒さんに作製していただいたもので、レストランなんかで見るような立派なものに仕上がっていて驚いた。これを多方面に配って、できるだけ多くの人に見てもらい参加していただければ嬉しい。
2009.11.25
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・11・24・火昼のグループレッスンが終わり近くのスーパーに買い物に出ると、時々挨拶するガソリンスタンドの社長(60代後半ぐらいの男性)に会い道端で話す。彼はガソリンスタンドの社長にはあまり見えない、美しい真っ白な白髪で、すらっと背の高い紳士である。スタンドの壁にいつも自分で考えたであろう哲学的な文章が大きな文字で掛っていて、何週間か経つとそれは違う文章に変わっている。なかなかおもしろいおじさんだなと思っていた。「この間差し上げた石鹸はいかがでした?」と話掛けて来る。「とてもよかったですよ、無添加で肌に優しいですね」「いいと思ったんですが、あれ、なかなか溶けないでしょ?それでたくさん売れないんです。副業としては失敗です。それで今度は湯たんぽを売っています。充電式の湯たんぽです。電気アンカとは違って乾燥しないし、寒い夜も朝までぐっすり眠れますよ」「それ、興味あります。見せていただけますか?」ということで、一つ購入。夜のグループレッスンに新しい生徒さんが見える。現在9歳の女の子である。彼女はCDで誰かが歌うモーツァルトの歌劇「魔笛」の中の夜の女王のアリアを聴いて「これがどうしても歌いたい」と思ってしまいお父さんに頼んで検索してもらい、我がCAを選び見えたという訳だ。とにかく前向な性格の少女で、毎週レッスンに来たいと言い張り、一昨日見学に来て、今日すでにレッスンを受けに来た。毎回付き添うおとうさんも大変だ。熱意がいつまで続くかは分らないが、CAとしても初めての子供の生徒さんで、僕もどのように指導して行くべきかと考えている。今日は春の小川、茶摘、コンコーネを歌って帰って行った。
2009.11.24
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今日ある音楽大学の先生と話していて、ある全盲の男の子が一回生に在学していて、お母さんが毎日大学まで送り迎えされているという話を聞く。彼は、周りの者は見えない自分のためにすべての面で配慮して当然であり、教師は皆自分に優しく声を掛け、いつも気に留めていなければならないというような考えでいるらしい。僕と話した先生は、彼はそれだけの障害を持っている訳だし、彼が要求することにはできるだけ答えなくてはならないと思っておられる。彼は時には母親に対して「何故僕をこんな体に産んだ」などと暴言を吐き、暴力さえ振うらしい。そして自分は鬱病だと言っている。これは、言わばよくある例である。というのは、盲学校にはよく居たタイプの拗けであるのだ。母親は、目の不自由なかわいい息子が不憫でしかたなく、何をやっても、何を言っても許し、一日中横に付いて朝起きてから寝るまで世話をやく。そして「貴方は目が見えないだけで、勉強をしたって、音楽をしたって誰にも負けないだけの能力はあるのよ」と耳元でささやき続ける。母親は息子を励ましているつもりであり、同時に自分も励ましている。これがほとんど同じ現象を引き起こす根っこであり、そのままでは一生母親から離れることは出来ず、その先は大変なことが待っている。もちろん周りで見ているよりも親子の苦悩と心配とプライドの重圧感はずっとずっと大きいものであり、それをどうやって消化するかはだれにも分らない。しかし今の間に何とか彼の何かを切り換えなくてはならない。すべてが柔軟な若いうちに。まず我々障害を持ったものに一番大事なものは、友達が作れるだけの人間性である。友達というのは、完全に対等な人間関係のことをいう。聞き分けがよく、相手に合わすことだけが上手だから皆楽で寄って来るというような関係は友達とは言わない。それができなければ、彼がお母さんから乳離れすることはできない。もちろんこれは障害者に限った話ではないが、彼のような身の上であるとことさら難しい。全盲者でも、杖一本で一人でどこにでも出掛けて行く者もいる。多くの苦労と勇気が必要ではあるが、できないことではないのだ。まず一人で大学に通わなくては何も始らないだろう。そこが彼の輝かしい未来の入り口となる。そして世界が自分中心に回っているのではなく、自分に対して力を貸してくれる人々に対して心からの感謝を持っていなくてはならないということに気付くだろう。僕がとても好きな言葉がある。あるプロを目指すアマチュワゴルファーの片腕の男性が、なかなかうまく行かず悩んで目標にしているプロの片腕のゴルファーのところに言って、泣きながら悩みを訴えた。すると関西出身のその片腕のプロゴルファーは言った。「無いもんゆうたかてしゃあないわな、あるもんで勝負せな」そう冷たく言って立ち去ったという。しかしこの言葉は、僕にとって最も強い励ましの一言であり、勇気が出て来る。
2009.11.24
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・11.21.土朝の女性合唱団でも、29日の合唱祭に向けての追い込み。追い込みにしては、手薄な部分が露見しはっぱを掛ける。午後から阿波座でグループレッスン。その後、12月1日に西宮文化会館で開催されるシューベルト協会の演奏会の伴奏合わせのため、谷六の会場に向かう。初めて会うと思っていた伴奏者の女性は、20年以上前に関わっていたオペラ団体の伴奏者であったことが判明する。恥ずかしいことながら、僕は全く彼女のことを憶えていなかった。じっくりと合わせをして、雑務を片付けるためまた阿波座教室に戻る。
2009.11.21
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・11.20.金朝の女性合唱団では、29日の合唱祭本番に向けて詰めの練習。皆さん随分それぞれ努力されているとは思うが、僕が目指している今回の努力目標には後一歩。その後奈良に向かい、運営委員会によるNSKの本番終了後の反省会。いろんな反省点が出て、気持ち良いぐらいであった。すべて次のステップへの栄養。二回目は一回目よりもはるかに手際よく、理想に近付いたものになるはず、そうなくてはならない。夜は混声合唱団。今までカラオケしか歌ったことがなかった人、小学校のころに音楽の授業で習った楽譜の読み方だけを頼りに入団された方々には、もちろん難しくて、いくら家で努力して予習復習しても、なかなか満足には歌えないと思う。おまけに今取り組んでいる曲がまた難しい。団員の皆様も、僕もへとへとになって練習終了。
2009.11.20
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近頃また常軌を逸した事件が発生している。殺した後に臓を引きずり出してみたり、肉を削いだりと理解不可能な残虐性を抑えきれない罪を犯す。これは言うまでもなくホラー映画の影響であろう。それが人間の心を逸脱した異常な行為であり、捕まれば死刑も免れないと分っていても欲望を抑えきれない。しかし実はこの欲望は、すべての人間の奥底に眠っている感情なのかもしれない。何かの切っ掛けでふと目を覚まし、他人の苦痛や悲しみを理解しようという能力を完全に麻痺してしまう。例えば戦地での環境。ローマ帝国の時代や、エジプトのファラオの時代。組織の中で、何を行っても許される環境。オウム真理教のような隔離された、独自な世界のなかでの常識に則った正義。また、ヨーロッパでは昔から「悪魔教」と呼ばれる宗教が存在して、今回のような犯罪を教会内で繰り返している。彼らは十字を逆に切る。このようないろんな事例を見ていると、ひょっとしたら我々人間の中に潜在的にある一面であるのかもしれないという思いに行き当たる。おそらくそれに気付いているのか、ドイツではホラー映画は完全に法律によって禁止されている。「13日の金曜日」や「オーメン」などもカットとボカシだらけのまま上演されていた。ホラーは人の奥のどこかの何かを目覚めさせ、犠牲者を出すことに繋がる。日本でも完全禁止に踏み切るべきなのだ。でもまた例の企業と政治と警察と国と闇の黒い手の複雑な関係が邪魔するのだろう。村上春樹の「ねじまき鳥 クロニクル」を読んだ時に、何故彼はこのような小説を書かねばならなかったのだろうとずっと考えていた。読み終わって余りのショックに一晩眠れなかった覚えがある。何故なら、おそらくこれは事実あったことなのだろうと感じたからだ。彼はいろんな人から批判も受けたらしい。でも彼は答えた「僕はどうしてもこれを書かねばならなかった」。
2009.11.18
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・11.16.月日曜日のNSK第九を歌う会本番のため、土曜日のリハーサルの後奈良に宿泊する。当日舞台に所狭しと280人の合唱団、60人のオーケストラ、4人のソリストが並んでいるのを見て、この会の設立当時のことを思い出していた。三年前、奈良の一人の知り合いの車の中で僕が呟いたこと。「健常者と障害者が本当の意味で隔たりなく、どちらがどちらを迎えるのでもなく、同時に一つのことに向かってスタートできる場を持ちたい。合唱でそれがやってみたい」という呟き。「実現しましょうよ」と言って下さった知り合い。それがすべての始まりだった。そして我々の周りに多くの方々が集まって下さり、手足を投げ出して力を貸して下さった。それが今僕が見ている舞台上の人々であり、その裏で支えていて下さっているスタッフの人たちである。「一人の力は小さいが、皆で力を合わせると何でも成し遂げられる」というのは、聞き飽きたお決まりの臭いセリフだと思っていた。しかしこれが皆で力を合わせた結果なのだと不思議な気持ちさえした。NSKの取り組みを通して、僕自身多くのことを勉強した。いやなことや、腹の立つこともたくさんあった。音楽の世界以外の多くの人と関わった。全く違う世界に住む人たちに触れ、違う考え方を見て驚くこともあった。暖かい心に励まされ、再び勇気を引っ張り出す事もできた。自分のエゴにはっとさせられることもあった。そして今皆で一つの音楽を誠心誠意演奏していた。すばらしい演奏会だったと思う。さて、次に向かってまた0から始めよう。そしてまた舞台に皆で立つ時間を楽しみに一つずつやろう。その一日一日の積み重ねを日常というらしい。
2009.11.17
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・11,13、金昨日の鍼が作用して朝起きても体がだるく、足を引き摺るように合唱団に行く。鍼治療がこんなに次の日に症状に出たのは初めてである。でも練習が終わり、正午を迎えたころには元気を取り戻していた。午後の菖蒲池でのグループレッスンのために奈良に向かう。菖蒲池駅に到着すると、一人の女性(30代半ばぐらい)が声を掛けて下さり、肘を持たせていただく。改札を出ると工事をしていて、普段とは違う道を回らねばならず、彼女に声を掛けていただかなかったら難儀するところだった。でも彼女は神経質そうで、ちょっと怖い感じ。道すがら何度か話し掛けてみたが、短い返事しか返ってこず会話は成立しなかった。「何処まで行きますか?」と尋ねるので「菖蒲池公民館までです」と言うと、彼女は黙って歩き続け、公民館の前まで来た時「こんなところまで来ていただいてすみません」というと「私のマンションは公民館の隣です」と言って去っていった。レッスン前に生徒さんと話していて、ある有名パソコンメーカーに務めていた27歳の知り合いの男性が、会社で課せられるいじめとも言える仕事の量の多さに毎日眠ることができず、そこから欝病を引き起こし、抗鬱剤の過量摂取を続け死亡したという話を聞く。そういう時、人はどうして仕事をほったらかして会社を辞め、自己を守ることができないのだろう。負けまいとして何処までも頑張ってしまう。日本人の、いやアジア人の気質かもしれないと僕が言う。自分の人生と生活がまずあり、その手段として仕事があるはずだ。でもそれが逆転してしまう罠がおそらく社会の中にあるのだろう。レッスン後スタッフと、富雄の喫茶店で明日の100年会館でのNSKゲネプロの打ち合わせと、演奏の研究をする。5時半になるとオーガニックのドリアを食べ、混声合唱団の練習に向かう。明日も朝から松原の合唱団の練習に出て、その足で100年会館に向かうことになっている。朝早く起きる日が続いているので少々寝不足。
2009.11.13
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・11.12.木午後からの奈良クラスのグループレッスン。その後富雄の鍼灸院に出向き、尾てい骨の痛みについて相談する。脈を診た後で、痛みの原因についての先生なりの見解を説明下さるが、何だか難しくて理解出来なかった。ようするに、体に張り巡らされている経絡の関係ということかな。肛門近くの壺に鍼を入れて治療された。その後、中国の鍼治療に捨血を行う作業があるが、これは鍼灸医の寿命を縮めるという話題になる。患者から気を吸い取られ、治療しているものが少しずつ弱って行くという話だった。でももちろん捨血治療は即効性があり、いろんな可能性を秘めているということだ。あべのの先生はいつも捨血をされる。それがどれだけ治療する側に危険を伴うことかを知って驚く。「捨血だけではなく、鍼治療だって気を吸い取られます。治療の方法を間違うと危険なのです。鍼灸医は、皆60になるかならないかぐらいで死ぬ人は多いですね」患者のために行う作業でありながら、自分の命をすり減らす仕事でもあるのだと痛感する。それと共に、我々人間の「気」というものがいったい何なのか、目に見えないそんなものがどれだけの大きな意味を持つのか少しずつ興味を覚える。夜はNSK奈良クラスの本番前最後の練習。気合の入った集中した練習だった。15日本番が終わると、12月からすでに来年に向けて活動を始めたいと僕から訴える。まず春にまたファンドレイジングコンサートを企画して、秋の第九に備えなくてはならない。続けて皆様に参加いただきたいとお願いする。
2009.11.12
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・11、11、水午後のグループレッスンと夜のグループレッスンの間に、スタッフと話していて、僕が小学校2年の時に書いた作文の話になる。下校後、盲学校のある千本北大路から、家の近くの洛北高校という停留所までの市バスをある日乗り間違えたのだ。曲がるはずのないところで、バスは右折した。目の不自由な小学校2年の子供には、それはとても怖ろしいことだった。見覚えのないところに連れ去られて、二度と家に帰れないような気になる。僕は驚いて前の運転手のところに行って尋ねた。「このバスは洛北高校には行かないの?」「ボク、乗り間違えてるね、どうしようか」と言って運転手はその場にバスを止めた。「ここから歩いてボクの乗る停留所まで戻れる?」「できない!」「困ったね」と運転手が途方に暮れていると、僕は言った「バスをここに止めておいて、運転手さんが僕をその停留所まで連れていけばいいねん」車内がそこで大爆笑になったことを憶えている。そのときは、何がおかしいのだろうと不思議に思った。運転手も苦笑していると、前から別のバスがやって来た。運転手は窓から手を上げてバスを止め、そのバスの運転手に僕を預け、僕の乗るバスが来る停留所まで乗せて行くように話を付けた。次の日に担任にその話をすると、その時のことを作文に書かせた。これが僕が生まれて初めて書いた作文だったと思う。僕が付けた題名は「怖いバス」。バスが思いもよらぬいつもと違う路を曲がって、見覚えのない路を走って僕を何処かに連れ去る恐怖を書いた。学校内で何かに選ばれて、全校生徒の前で読んだ記憶がある。その作文のことを最近ふと思い出して、母に「あの作文が何処かに残っていないかな?」と尋ねると「そんな作文書いた?そんなもんが残ってるかいな」とあっさり言われた。母が憶えていないとは、ちょっと驚きだった。それで後日担任の先生に何とかして連絡を取って尋ねてみようと思っている。何十年ぶりに電話を掛けることになるのだろう。大学を卒業したころ、何度か飲みに連れて行ってもらったことがある。先生も今80歳半ばを超えておられるはずで、お元気かどうかも分らない。今日は一日、小学校2年のころの暗く古い木造の校舎を思い出していた。
2009.11.11
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・11.10.火正午から金剛の出張グループレッスン。皆さん風邪が続出である。こう気温がころころ変わると無理もない。特に炎症が気管支や肺に下りて、長く掛る症状が目立つ。その後阿波座に向かい、夜のグループレッスン。その前に、15日の第九ソロの練習をする。何年歌っても、一度として満足に歌えたことがない。「ベートーヴェンめ!」といつも彼に責任をなすり付けて終わる。
2009.11.10
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・11.9.月午後のグループレッスンでは、8ヶ月ほどお休みされていた生徒さんがまたレッスンに参加下さることとなり、久しぶりにお顔を拝見した。お忙しい中意欲的にレッスンに来られることは、僕にとって何にも増して嬉しいことである。その後雑務に追われていると、またまた混声合唱団に行く時間。慌ただしく昼食の残りのご飯を食べて教室を出る。練習後、いつもの大丸にお勤めの団員さんと帰る。間もなく大丸と松坂屋が合併するという話になる。僕は大丸が松坂屋を吸収するのだと思っていたが、五分と五分の合併ということで、ひょっとしたら大丸という社名も、松坂屋という社名もこの世から消える可能性もあるとのこと。聞くと、両社とも江戸時代から300年の歴史を誇って来た。暴れん坊将軍の徳川吉宗の時代である。今まで幾度の危機を乗り越えて栄えて来ただろうに、この2009年の大不況についに社名を失うことになってしまうかもしれないのだ。他国の経済に依存した現代日本のあり方が招いた結果でもあるし、時代に翻弄され、古来なにわ商人のセンスとノウハウを見失った結果でもあるかもしれない。
2009.11.09
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・11.7.土午前中に南河内郡の合唱団の本番で、河南町奥の安藤忠雄がデザインしたという博物館に出向く。建物の外の大きな階段の上に鉄骨のステージを設置して、いろんな出し物を催したり地域の名産物を露店で売ったりしていた。午後からは知事も来るらしい。イベントのテーマはこれまたお決まりの、自然とか平和とか共生とかいう言葉で繋がれた文章。我々はその催しの一つとして、四曲ほど演奏することになっていた。秋とは思えない強い日差しにじりじりと肌を焼かれながら、階段に座って開会式を眺めていた。これは大阪府のイベントであり、訳の分らない役人たちが大勢来賓し、一言も心を動かされない、中身の何もないスピーチを繰り返し、お決まりの開会式が終わった。そして舞台の上で何処かの大学生の不慣れな司会が始ると、来賓者のおえらさん方は同時にたちどころに姿を消した。後客席である階段に残っているのは関係者と出演者だけ。そんな中我々は自分たちのために精一杯演奏をした。一体このイベントには何の意味があるのだろうと僕は憤然とした。二ヶ月前から急いで企画されたこのイベント、まあ行政がやることだ、いつもの形だけの予算の無駄使いだろう。いや、本当にそんな無目的な時間の浪費だろうか?あの忙しい知事が、わざわざこんな田舎に足を運ぶ?何かおかしい。イベント開催のために、府から幾ばくかの予算が下りているに違いない。そして知事に来賓の謝礼が手渡されるはずだ。どれだけの謝礼かは誰も知らない。政治資金集め!僕が見渡す限り、イベントには舞台設置以外にほとんど金は掛っていない。出演者は我々のような地域のアマチュア団体だし、司会も学生を使っている。すべて謝礼はゼロ。露店に支払う必要はない。府民の税金である予算はすべてどこに行くのだろう。思ったことを隣にいた団員の女性にこっそり言うと「先生はひねくれ過ぎじゃない」と笑われた。「善良な庶民の真心を利用した、何処までも怪しいイベント」と僕は思った。午後からは松原の合唱団の特別練習。明日の市の文化祭への出演のリハーサルと、29日の合唱祭の練習。皆さんのお尻にも、充分に火が付いている感じ。その後奈良に向かいNSKのオケとの合同練習。練習後大阪に向かって電車に乗った7人で、鶴橋のあるラーメン屋に寄る。煮干しのスープのラーメン、とても美味しかった。
2009.11.07
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・11.6.金朝の女性合唱団。毎週金曜日ぐらいになると疲れが溜まって来て、眠い目を擦りながら練習場に入る。今日は練習が終わった正午になっても、まだアクビが出た。今週もまた休みがないので、疲れは来週に持ち越しだ。午後から読売系の出版社に出向き、平城遷都1300年祭についてミーティング。思ったより長く掛り、夕方急いで混声合唱団の指導に行く。練習を終え、南海天下茶屋駅のホームでとても久しぶりに「春眠暁を覚えず」の女性に会う。彼女の仕事の話や趣味の山登りの話をし、僕は今月15日のNSK第九を歌う会のチラシをお渡しする。是非友人と伺いたいと言って下さっていた。一日の最後に少し爽やかな気持ちになって帰宅。
2009.11.06
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・11.5.木午前中に松原の合唱団のピアニストと、阿波座教室で合わせをする。もうすぐ合唱祭の本番を控えているが、余りに難しい曲で、我々二人が合わなくなると空中分解する可能性もあるので、せめて指揮とピアノだけで確実感を得るためである。でも良い曲だ。いくらやっても飽きることがない。午後からのグループレッスンに来られている一人の生徒さんが、ルーマニアを旅行されていたということでチョコレートのお土産をいただく。ルーマニアと言えば、内乱が続きとても危険であるイメージがあったのだが、今は平和を取り戻しているのだろうか。昔ドイツで一人ルーマニア人の知り合いがいた。彼は時々ふと居なくなり、一年ほどしてまた姿を見せることがあった。周りのものが何処にいたのかと尋ねると「自分はドイツに亡命して来ているので、秘密警察に見付かり連れ戻され、牢屋に入れられていた。拘留期間が切れたので、また逃げて来た」と言ったことがあった。彼はそんなことを何度か繰り返していた。また、ルーマニア人の父を持つドイツ人の友人から「お父さんは小説家で、ルーマニアを批判するようなことを書いた罪で、5年間牢屋に入っていた」と説明を受けたこともあった。そんなことで、共産国であるルーマニアに怖ろしいイメージがあったのだ。どうして共産国や社会主義国は、蓋を開けると皆独裁国なのだろう。おまけに当時はセルビア人と何処かの人種が血なまぐさい内乱を続けていた。しかしそういう問題が収まったらしい今は、古く美しい建造物の残るすてきな観光地であるらしい。夜はCAC混声合唱団。ここでもまた松原の合唱団と同じ難しい曲に取り組んでいて、皆さん苦悩と共に音取りに奮闘する。僕は説明した。「新しい曲に出合った際も、新しい恋に落ちる時も、眉を顰めるような受け入れがたい相手に限って、深くまではまり込んでしまうものだ」と。
2009.11.05
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世間では、連日詐欺と殺人の容疑で取り調べを受けている34歳の女の話で持ちきりである。僕の勘だが、彼女の後ろには詐欺と殺人の方法を伝授し、その分け前をせしめていた者がいるのではないかと感じる。物欲と金銭欲に魂を奪われた者の匂いを敏感に察知し、その者たちを巧妙に使って楽に安全にまとまった金を手に入れて行く。金銭欲にまみれた庶民は、皆使い捨てとなる。結果骨までしゃぶられているが、そのことにすら気が付かない。プロの仕事である。先日また「大草原の小さな家」のDVDを見ていると、長雨が続き作物が全部やられ、どうしようもないので、家族で遠く離れたところまで砂金を掘りに行く話があった。初めは家族を守るために行くのだが、現場で砂金を掘り当て、すごい金額を手にするようになると、人々は皆知らず知らずのうちに変わって行き、結果金を取り合って殺人まで犯すようになる。お父さん(チャールズ)は現地の教会で「神よ、砂金掘りを今すぐ止め、この場から立ち去る勇気を我にお与え下さい」と祈る場面がある。金銭欲を敏感に嗅ぎつけ、乗り移って骨までしゃぶる悪魔が、この資本主義社会にはあちらこちらに潜んでいる。でも我々の今の毎日の生活においては、その落とし穴を見抜くことはとてもとても難しい。我々も、また祈らなくてはならない。「神よ、我を貶める欲を選り分け、それを搾取する勇気をお与え下さい」
2009.11.04
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2009年12月1日(火)19時より、兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホールにおきまして、第131回シューベルト協会主催演奏会、「シューベルティアーデ」を開催いたします。シューベルティアーデとは、シューベルトが生前中身近な友人音楽家たちを集めて、彼自身の曲を演奏したり、新曲を発表して演奏してもらい皆のコメントをもらったりしていた小さな会である。これに因んでシューベルトの曲のみで演奏会を行い、彼の作品をより深く知り、その世界を堪能しようという企画である。日本シューベルト協会では、今回のシューベルティアーデで24回目を数える。10人の歌い手によって、皆様に馴染み深い曲も多く演奏されるようで、楽しんでいただけることと思う。僕ときたら、またあまり有名とは言えない曲を2曲演奏する。なぜなら、どうしても今この2曲を選ばずにはいられないからです。当日プログラムの訳詩は、僕自身で訳したものを掲載いただくようにした。一つはほとんど知られていない作品で「また会おう」と題名を訳してみた。愛する人が住む土地から遠く離れ、旅の途中での寂しさと変わらぬ愛を歌う。もう一曲は、ギリシャ神話を題材にゲーテが書いた壮大な作品。プロメテウスという巨人である神は、ゼウスの命により500年間山にくくりつけられていた。それが解き放たれたときに、ゼウスへの憎しみ、自分に課せられた運命に対して切々と歌う。しかしギリシャ神話における神とはもちろんすべて我々人間、悲しみ、恨み、喜び、欲にまみれた我々の投影であり、我々自身の苦悩と感情を歌う。是非お時間のある方は、足をお運びいただければ嬉しく存じます。チケット料金は¥3,500で販売されていますが、僕は特別¥2,500で販売いたしております。このブログのメール欄「メッセージを送る」(他人は閲覧できません)にお名前、希望枚数、ご住所をお知らせ下さい。 茶木敏行
2009.11.02
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