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・2.28.土 午後のNSKの練習の前に運営委員会のミーティング。 山ほどある議題を話し合う。 その後練習時間までに、ある障害者施設の経営者、スタッフの方が見え、我々の取り組みへの参加を呼び掛ける。 何しろどこの施設でも一週間のカリキュラムがぎっしり決まっていて、それ以外に施設外の取り組みに時間を費やす余裕がないとのこと。 しかしそれはこの2・3年にいろんな障害者施設から聞かされて来た。 施設スタッフの皆様のご苦労はよく分っている。 それでもあえてパワーを持って参加下さる方々を募って行くしかないのだと訴える。 スタッフの一人の方が、ダウン症の子供たちのことを話された。 そういった心の障害を持った子供たちは、怖ろしい速さで老いると。 子供のころからすでに糖尿病や血糖値や血圧の問題、白内障など、様々な成人病を引き起こす。 その理由は、彼ら自身がこの世で自分は必要とされていない、生きがいを感じられないと思っていて、それが肉体を老いさせるというのだ。 しかしそれはダウン症の人たちだけのことではなく、人は皆そういった心の状態から老いるのだと驚く。 今日から僕が作製した練習計画に沿って曲をこなす。 ちょっと無理のあるカリキュラムで、慌ただしい練習となる。 体調は今日辺りから少々悪くなり、いよいよ風邪らしくなって来た。 黴のせいかというような期待はもろくも崩れたようである。
2009.02.28
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・2、27.金 朝の女性合唱団を終えて、阿波座へ。 午後のグループレッスンで、4月5日の発表会のプログラムの一つであるソプラノと クラリネットのデュオのために、クラリネット奏者の若い男性が見える。 19歳の大学生で、熱心に演奏して下さっていた。 夜は混声合唱団。 本番最後の練習で、皆さん集中した良い練習であったと思う。 体調は咳だけが少し残り、後は何の症状もない。 体はいたって元気である。 合唱団でも、電車の中でも、同じような咳をしている人がかなり多い。
2009.02.27
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・2.26.木 午後の奈良クラスのレッスンの前にまたうどん屋。 気管支の辺りのケヘケヘした感じは残っているが、その他には風邪の症状は広がってはいない。 これは本当に風邪なのだろうかと疑う。 月曜日の夜の混声合唱団のパート練習をする部屋が階下にあり、その部屋がいつも何となく黴臭い。 暖房器具からの影響も可能性がない訳ではないと思う。 うどんの温かいだし汁が喉に気持ち良い。 午後のレッスンの後ニューウェージーに寄って歯磨き粉と石鹸を買い、阿波座に向かう。 夜はCAC混声合唱団。 今は6月13日の奈良女子大記念館でのNSK混声合唱団との合同演奏会に向けて、たくさんの曲の練習をこなす。 皆さん多くの曲数に目が回っている様子。 後三ヶ月あるので、何とか慣れていただければ有り難い。
2009.02.25
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・2.25.水 朝起きると喉が腫れっぽく、少し咳も出る。 花粉か黄砂のせいかと思ったが、時間が経つにしたってどうやら風邪のように思える。 かれこれ一年以上も風邪を引いていなかったが、とうとう来たかと残念に思う。 阿波座教室に到着してから、少し迷って三本セットを飲む。 三本セットとは、阿波座にある漢方薬の薬局のおばさんが調合した小さな瓶を三本セットにした液体の薬で、強い即効性がある。 値段も1900円するが、僕は演奏会の前にこの三本セットに幾度となく助けられている。 去年6月に行ったリサイタルの前日に喉が急に腫れ、この三本セットを飲んで次の本番当日には全く腫れが消えていた。 僕のピンチお助け薬であるが、それだけ即効性があるということは体に悪い影響が無い訳がない。 出きるだけ飲まないようにはしているが、今回も結局頼ってしまった。 しかし今の時点でまだ気管支の辺りに不快感が残っている。 この状態から悪化させずに押さえ込みたいものだ。 午後のグループレッスンの後に彫刻家の卵の青年(21歳男性)が見え、いろんな角度から僕の写真を撮影された。 以前も紹介したが、歌の生徒さんの双子の兄弟が彫刻家を目指しているのだ。 彼は練習のために僕の像(胸から上)を作製下さるとのこと。 まず写真を見てある程度の下作りをして、その後本人を前に仕上げるということである。 何だか恥ずかしいのと、ドキドキする。 夜のレッスンには見学者(50代後半ぐらいの男性)が見え、早速来週からレッスンを開始することとなった。 根気良く腰を据えて、歌に取り組んで下さることを祈る。
2009.02.25
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僕の位置から見ると それは古代からある神秘的な滝のようにも見えるし 子供のころに夢中で遊んだ 木の独楽のようにも見える 前世の因縁により 疲れたこの女の肩を指圧しながら その向こうにある胸の膨らみをずっと眺めていた 僕たちは口も利かず雨だれの音を耳に 薄暗い縁側で長い時間そうしていた 僕はさほど考えもせず 手を伸ばし女の未開の胸の膨らみに手を触れる 女はぴくりともせず 僕の指を受け入れる 薄いセーターの上から触れる柔らかいそれは 湿り気をすっかり無くし 絶望に慣れてしまった僕の一番奥の何処かに ひんやり冷たい水を優しく流し込む その瞬間海の底深くで 魚の群れが一度に向きを変え 誰も知らない森の奥で サンキライの実が一粒雫をこぼした 不思議なものだな どうしてこんな平凡な柔らかさが 僕の長く背負って来た 荒みさえも和らげるのだろう 春の雨はここから見える柿木の上に 我慢強く染み込み続け 女は僕の前に背を向けて座り続けた 僕は今まで生きて来たどれだけのものを捨て切れず これからのどれだけのものに耐えることになるのだろう 確かに指に感じるこの膨らみが おぼろげに僕がこの世に存在した確認のようにさえ思える
2009.02.24
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・2.23.月午後のレッスンではリズム、音程、譜面の読み方などの基礎に取り組む方々が参加されるクラスであった。この初心の時期に一番根気と努力を必要とする。皆さん懸命の努力の甲斐ありじわじわ実力が付いて来て、僕も嬉しい限りである。夜は混声合唱団。帰りはいつもの団員さん(40代前半の女性)と話しながら帰る。会社で異動があり、7人のうち、彼女以外全員その部所の仕事が分らないメンバーとなり、今までよりももっと忙しくなるとのこと、上の者はいったい何を考えて人事を行っているのかと愚痴りながら帰る。
2009.02.23
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・2.21.土朝の女性合唱団で、今日初めて持って行った新しい曲を譜読みし始める。秋の合唱祭にと僕が苦労して探した曲だが、譜読みし始めたときはいつも皆さんの苦悩が溜息となる。この曲も、数ヶ月するとすばらしく演奏下さることと信じている。午後からは何もなかったので、6月の演奏会に向けて家でシューベルトの歌曲を譜読みする。近頃は前世のことについてよく思いを巡らせることがある。これは僕の考えだが、魂というのは使い回しなのではないかと。肉体に宿った魂は、その肉体が死んでしまえばまた別の肉体に宿り生活することとなる。でも何かの手違いで、時々前世の肉体が身に付けたことを記憶したままになることがある。というか、よーく感じようと思えば其々にその記憶は残っているはずなのだ。たいがいは本当に微かな記憶だ。人によっては何度も使い回しされているから、数回前の人生(人間だったとは限らない)の記憶までこんがらがっている。何だかやたら気になる時代。訳もなく好きな場所。変に拘ってしまう食べ物。自分が専門分野に選んだ道。そんなものを注意深く見ていくと、何処かに繋がっているかもしれない。ここで語ることは出来ないが、僕自身の前世も断片的ではあるけれど分る。僕の魂が以前に宿っていた肉体の記憶を辿って、それを詩にしていければと思い書く事を始めた。今の時代からは想像も付かない、ずっと苦難に満ち悲しい一生だったからだ。でもそれを文章にすることは、いざやってみると難しい。まるで子供のころの絵本のページの匂いを思い出そうとするような微かな記憶を追い掛ける作業は、はっきり見ようとすればそこから薄れてしまうものだからだ。
2009.02.21
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・2.20.金 朝の女性合唱団の後時間を潰してから早めに奈良へ向かい、混声合唱団のスタッフと今後の打ち合わせ。 今夜は3月8日の本番に向けて本番指揮者が見え、最終練習。 指揮者はもちろん本番自分が指揮を振る訳だから、今日一日で多くの部分の音楽を作り変えてしまった。 合唱指導の僕と来たら、自分の思うように音楽付けをすることも許されず、とりあえず楽譜通り下練習をして本番指揮者の指示を待つという仕事。 これは全く詰まらない作業だ。 楽譜さえ読めれば、音楽家でなくても出来ること。 自分の仕事として作り上げて、舞台に出すという喜びはほとんどない。 本来は僕の性格上合わない仕事だ。 ピアノ伴奏で、本番当日も自分で指揮出来る舞台なら、替え難い喜びも感じられるものを。 僕はサラリーマンは絶対に勤まらなかっただろう。
2009.02.20
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・2,19.木 午前中出掛ける前に、詩遊通信メール版に目を通す。 詩遊とは僕が所属している同人誌の会であり、一ヶ月に一回通信がメールにて送られて来る。 僕は見えないということで詩集の発送作業や、会員への連絡、その他もろもろの共同作業は免除されている。 皆さんに任せっきりの上に、忙しさにかまけて作品の数も著しく少なく、メンバーと連絡も取り合っていない。 通信を見ると仕事を持っている方、子育て中のお母さん、介護に明け暮れる方、持病に苦しんで家から出られない方など、皆さん其々に全く時間がない中で、次々と作品を提出され、書く事への意慾に溢れている。 書く事で自分を繋ぎ止めている人こそが詩人なのだろう。 皆さんの作品を読むと、僕もようやく意慾が湧いて来る。 そういう意味ではサークルというのは大事なものだ。 昼のグループレッスンでは、一人の生徒さん(40歳ぐらいの女性)が、昨日町で突然ナンパされたと告白される。 相手はとても感じの良い同じ歳ぐらいの紳士で、しばらく一緒に歩いて会話をしたが、仕事中だったためそのまま別れたという。 彼はどういう風に話し掛けて来たの?という皆の質問に「突然声を掛けてすみません 、貴女は僕のとてもタイプだったので、思わず声を掛けてしまいました。 よかったら少しお時間を下さい」と言いながら震えておられたという。 生徒さんは彼にとても好感を持ってしまった。 名前も電話番号も聞き合わなかったが、その日は一日うきうきしていたということである。 他の生徒さんからは「巧妙な保険の勧誘だったのでは」とか「そんなのが危ないのよ」とかいう冷たい意見が飛び交った。 それでも生徒さんは夢見心地だった。 一人の女性をそんな風に幸せな気分にするのだから、大したものだなと感心した。 夜はCAC混声合唱団。 今日正式に一人の小学四年生の男の子が入団してくれた。 アルトで歌っているお母さんの影響である。 とにかく音楽、歌が嫌いにならなければ有り難いなと祈る。
2009.02.19
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・2.18.水 江東区の殺人事件の判決が無期懲役。 裁判官は「死刑は重すぎる、そこまでの残虐差は見受けられない」と語った。 日本という国の法律、いや、裁判官の人としての判断力はどうなっているのだろう。 裁判の現場ではいろんな方針があるのだろう。 「被告人の人権」とかいうものが。 とにかくこの国では殺したもの勝ち。 殺されたもの負けということだ。 昔みたいに仇討ち制度があればいいのにと皆思っているだろう。 裁判所に任せていても、被告人の味方しかしない。 夜のアンサンブルクラスでは、皆さん其々芝居の段取りもスムーズになって来て、大変面白くなって来た。 出し物はオペラアンサンブルだけではなく、ミニコーラスや、ソプラノとクラリネットのデュオもある。 発表会当日は、是非皆様に見てもらいたい。 日時:2009年4月5日、13時開演(12時30分開場) 会場:プチ・エル(エルおおさか B1) アクセス:地下鉄谷町線・京阪電車「天満橋」から西(北浜方向)に徒歩5分 入場無料
2009.02.18
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・2.17.火 午前中は自宅でのグループレッスン。 このメンバーの中には京橋から来られている人、和歌山から来られている人などがおられ、河内長野駅に辿り着いても、そこからまだバスで15分は行かないと我が家には到着しない。 全くその勉強意慾に頭が下る。 午後は富田林への出張グループレッスン。 レッスン中に外を見ると雪が舞っていた。 心斎橋のヤマハに寄って楽譜を購入してから、夜は阿波座でのグループレッスン。 今日もバタバタして、雑務が全く片付かかないまま一日が終わった。
2009.02.17
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・2.16.月午前中に定例の鍼灸院訪問。最初に「今日はいかがですか?」と尋ねられ「今日はすこぶる体調がいいみたいです、オプションの問題なしに治療していただけると思います」と答え、先生は脈を見る。「茶木さんはやっぱり本当はとても体力のある人なんですね。脈を診る限り、全然よくありません。本当に体調がよくなったらどれぐらい元気になるか怖ろしいです(笑い)。今まで何度か茶木さんの演奏を聴かせていただきましたが、どれも絶好調の体調ではありませんでした。それでもあれだけ技術でカバーして歌われるのですから、本当に体調が良い時が楽しみです」そして七臓が、すべて性格に関係して来るという話になる。腎臓が悪い人は怖がりだし、膵臓が悪い人はふさぎ込みやすく、肝臓が悪い人は怒りっぽい。周りを見ているとなるほど納得である。お酒の量が過ぎる人は、いつも腹を立てていて切れやすい。午後の阿波座でのグループレッスンの後、夜は混声合唱団。帰宅してご飯を食べながら報道ステーションを見ていると、突然画面に村上春樹が映る。彼が現地イスラエルで、イスラエル文学賞を受賞した報道であった。そして彼はスピーチでイスラエルのパレスチナへの報復攻撃を批判した。この虐殺で多くの子供とお年寄りが殺された。亡くなった人々を「たまご」と例えて、説得力のあるスピーチで会場の大拍手を受けていた。彼の作品はイスラエルでも大変な人気で、今日の発言は大きな影響力を持つだろうと言われている。しかし不思議である。アジア、ヨーロッパ、そしてその他の多くの国で、ノルウェーの森を初めとして世界中の人々が彼の書いたものを愛読する。ノルウェーの森などは極めて日本的で個人的な小さな世界を描いたものだが、これがどうして国境を越えて読まれるのだろう。僕はもちろん彼の作品のファンだし、誕生日が同じということで変に親近感を持っている。しかし彼は抜け目が無く、計算高くて確実に欲しいものを手中に収めて行く。今回も結局世界からの好感と、受賞のどちらも手中に収めた。彼は自分の書きたいものとヒットさせたいものは別で、海辺のカフカなどはノルウェーの森の続編のような形を取って、世界の読者が待っていたものを、しかも新しいスタイルで書き上げる。確実にヒットするように計算されているのだ。でもそんないやらしさを踏まえても、やっぱりすばらしい作品だから憎らしい。
2009.02.16
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・2.14.土 午前中に、先日の胃カメラ検査の結果を聞くために桜ノ宮の内科に出向く。 狭い院内は患者で一杯で、待合の椅子で少し待つ。 血液検査と胃カメラ検査の結果は、全く異常なしだった。 尿酸値だけがいつものことながら若干高い。 薬を飲むほどではないということだが、原因はなんだろう。 ビールも甲殻類もたまにしか口にしない。 肉の繊維が良くないということである。 まあ、とにかく運動不足である。 午後からは阿波座でのグループレッスン。 レッスン後に、皆様にいただいたチョコレートをむしゃむしゃ食べる。 飲んでいた、胃液を押さえ胃を保護する薬は今日までで止めていいということだった が、あまり油断するとまたおかしくなるだろう。 先日母と話していると、父が生前ちょうど僕の年ぐらいの時に同じ胃の問題に苦しんでいたと聞かされた。 体質の遺伝からは逃げられない。
2009.02.14
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・2.13.金 朝の女性合唱団では、皆さん難しい曲を其々練習して来て下さったことが手に取れて、気持ちよく会場を後にする。 その後奈良クラスのレッスン。 その後奈良女子大学に伺い、女子大学記念館を見学させてもらう。 NSKの11月15日の第九本番に向けて、ファンドレイジングコンサート(団員募集と募金を目的としたコンサート)を講堂をお借りして6月13日(土)に開催することとなっているため、担当者の方にお会いし、会場を見学するための訪問であった。 この女子大学記念館は明治時代から建っていて、重要文化財に指定されている。 記念館のある建物に入ったとたん、懐かしい木造の重みの有る空気に包まれた。 会場は天井が高く、大きなシャンデリアがあり、三人掛けの古い木の椅子が並んでいた。 僕が小学生のころ、京都の盲学校の古い講堂で座っていた椅子と全く同じだ。 ピアノもヤマハの初期のころの楽器で、100年ものである。 会場はとても響きが良く、我々のコンサート当日が楽しみ。 一通り見学させてもらい、雨の降り出した中大学を後にする。 夜は混声合唱団。 来週は本番指揮者が見えるため、パート順に暗譜練習を行う。 皆さん其々に努力して下さっているようで、かなりの割合で暗譜が出来上がっている。 風と雨が強くなる一方の奈良を後に河内長野へ。
2009.02.13
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・2.12.木 午後の奈良クラスのレッスンの前に、菖蒲池のうどん屋に久しぶりに行く。 今年に入って初めてだった。 変わらぬ味に、やはり満足して店を出る。 レッスンの後に一人の合唱団の指導者とお会いして、NSKの取り組みへの賛同を求める。 その後運営委員のメンバーと富雄のカフェに行きミーティング。 夜はNSK混声合唱団。 朝日新聞に掲載されたNSKの募集記事を見て見学に来られた方々や、CAC混声合唱団からの飛入り参加者などで、いつもよりも充実した人数での練習となった。 帰りに例の87歳のお父様を介護されている生徒さんと共に大阪に帰る。 彼女はCACのメンバーだが、月に一度しか練習に出て来れないため、たまたま外出出来ることとなった今日、足を伸ばしてNSKの練習場まで来て下さったのだ。 先日お父様の事を僕がブログに書いた物をプリントアウトしてお父様に渡したところ、あれからずっと枕元にそれを置いておられるとのこと。 父と娘の間で、お父様のことをどのように思っているかなど、生活の中では面と向かっては言わない。 それを僕がブログで代弁した形となり、娘の思いにお父様は感動されたのではないだろうか。 介護される者は常に周りの人たちに申訳ないという思いがあるはずだ。 しかしそんな風に介護する娘さんの気持ちが垣間見えた時、何にも換え難い喜びがあるにちがいない。
2009.02.12
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・2.11.水 朝起きるとくしゃみが止らなく、涙が出て来て頭がぼーっとする。 どうやら花粉のせいのようだ。 こんな症状は初めてで、いよいよデビューかと恐れる。 午後のレッスンでも、皆さんの声は粘膜が少し荒れている際の独特な症状である。 歌声を聴けばすぐに分る。 夜のレッスンでも、舌を使う子音での日本語とイタリア語の違いについて研究する。 イタリア語と日本語の発音は極めて似ていると思われていることも多いが、実は全く異なっている。 世界で最も歌に向いていると言われるイタリア語と、世界で最も歌に適さないと言われる日本語の違いの一つに、舌を使う子音の、その舌の使い方にあると考える。 響鳴空を開くための舌と閉じるための舌。 ところが日本語を媒体として暮らす我々日本人の舌は全く怠けてしまっていて、なかなか皆さん思うように舌を働かすことが出来ない。 其々の国の原語が齎す歌えの影響は大きい。
2009.02.11
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・2.10.火 午後から金剛での出張レッスン。 その後阿波座に向かい、夜のグループレッスン。 その前に心斎橋のヤマハに寄って合唱曲の楽譜を買い、下の階でシューマンのミサ曲のCDを買う。 2010年はシューマン生誕200年ということで、合唱団でもそれに沿った演目が必要となる。 夜のレッスンを終え、帰り道の南海電車がまた人身事故発生のため途中の駅で動かなくなり、一時間車内に閉じ込められる。 車内は満員だったが、もう誰も事件のことについて話す人もいないし、舌打ちをして文句を言う者もいない。 皆すっかり慣れてしまって、一時間の警察の現場検証の時間を当然のことのようにやり過ごす。 線路の上は幾度の血で染められ、飛び込んだ者の心に思いを寄せることもなく、事故現場を通り過ぎる際も何の感情もない。 河内長野の駅に到着すると皆黙って真っ直ぐタクシー乗り場に向かう。 今日一日の疲れを二倍にも三倍にもしながら、僕も最終バスに乗る。
2009.02.10
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・2.9.月 少しずつ皆さんからチョコレートをいただくことが多くなって来た。 もうそんな時期なのだ。 一年が怖ろしく早い。 昼のグループレッスンの後に混声合唱団。 その合間に4月5日のCAアンサンブル発表会のチラシの最後の校正をし、4月18日(土)に河内長野ラブリーホールで開催されるロビーコンサート「命のリレー」第二回犬を救うチャリティーコンサートのチラシが刷り上って来たので、テーブルに並べて壁に貼り付ける。 夜の混声合唱団の定期演奏会は6月7日で、僕も数曲ソロを務める。 そして6月13日はNSK混声合唱団ファンドレイジングコンサート。 6月28日はいずみホールで行われるピアノデュオの演奏会にゲストとして出演し、ドイツ歌曲を数曲歌う。 忙しい上半期になりそうである。
2009.02.09
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・2.7.土 午前中に女性合唱団。 団員さんの一人(60代半ばの女性)がバナナケーキを焼いて来て下さり、休憩時間に皆でいただく。 最近になって娘さんご夫婦と住まれるようになり、お孫さんが食べてくれるので作りがいがあるということである。 手作りのケーキは大変美味しかった。 今日は午後から何もなかったので、そのまま帰宅し雑務を片付ける。 年頃ということもあるのだろう。 幾つかの企画が同時進行して、いろんなことに頭を働かさねばならない。 以前は頭がこんがらがって、一つのことを片付けないと次のことに手が付けられなかったが、このところ少しずつ一度にいろんなことを考えられるようになって来たと思う。 お勤めをしている人なら当たり前のことなのだろうけれど。 我々のような勤めた経験が乏しい者は、事務的能力が著しく低い。 NSKの取り組みで企業で働いてこられた人々と関わっていると、そのことを痛感する。
2009.02.07
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・2.6.金 午前中の女性合唱団の後、混声合唱団。 移動中の電車の中でモーツァルトのレクイエムをMDウォークマンで聴く。 モツレクを聴くのはとても久しぶりだった。 大学生の時、学校主催の定期演奏会で合唱を歌ったことを懐かしく思い出す。 今改めて聴いてみると、この作品を書くのにモーツァルトがどれだけ心血を注いだかがよく分る。 彼の最後の作品となった訳で、半分まで書いたところで死去したので、後半は弟子が書き加えて完成させたと言われている。 もちろん弟子が書いた後半もすばらしいのだが、前半の本人の書き進めようとした曲想からは少し外れているようにも感じ、それは新しい音楽とは言えない。 いつでも新し物好きのモーツァルトがバロックの様式をあえて取り入れながら、その実やはり全く新しいレクイエムの境地を切り開いていると思った。 それは底知れず深い死への呼び掛けのような音楽であり、くしくも自分自身への鎮魂歌となった。 それまでの彼の作品にはない、全く新しい世界を見い出したところで息絶えたのだ。 彼以後の作曲家の誰にも真似出来ない、何処までも湧き出る才能だと思った。
2009.02.06
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・2.5.木 午後のグループレッスンの後お客様が見えて、夜はCAC混声合唱団。 ご両親の介護をされている生徒さん(50代後半の女性)が一年ぶりに練習に出て来られた。 その他見学者などもおられ、今日は部屋が狭く感じた。 何よりも嬉しいことである。 帰りはその生徒さんと途中まで共に帰る。 「87歳の父が倒れて、左半身が全く動かなくなって約一年です」 病院からはもう絶対に快復は無理だと言われたが、生徒さんは決して諦めず、毎日左手のグッパをやろうとお父様に呼び掛けた。 普通の87歳の方なら拒否するかもしれない。 しかしお父様は、左手が全く動かなくとも毎日グッパに挑戦し続けた。 父と娘の長い努力が稔り、ある日中指がピクっと動いた。 そして一年後の現在、見事に退院して今家におられる。 一人でベッドから車椅子に移り、自分で食事をし、40分掛けて自分で着替えをし、今では食事の際のエプロンの背中の紐を自分で後ろ手に蝶々結びされる。 生徒さんが言う。 「この介護に当たるまで、父がこんなに努力する人とは知りませんでした。 病院に居る時も、私が提案する課題を自分から努力して何とかやれるようになろうと一人でも練習していて、病院に行く度何かしら成長があるので、つい楽しみになって病院に足が向きました。 父の病気を通して、父から多くのものを学んだように思います」 僕は話しを聞いていて、介護されるものが周りの人たちに与えられるものがちゃんとあるんだと感激する。 それは僕の永遠のテーマでもあった。 「障害者が生きようとするとき、手助けしてくれる周りの人々に対して、こちらからもして差し上げられることはないのか」 決して投げてしまわず、自分自身のためにほんの少しの成長を望んで、最後まで努力し続ける。 僕はお父様にお会いしたことはないが、生徒さんを通して何か一つの生き方を教えてもらった。
2009.02.05
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・2.4.水土曜日に食べた物で軽く当たったようで、未だ腰が正常に戻らず、朝から急遽あべのの鍼灸院に出向く。「おそらく冷たい物(お刺身など)を食べて当たって、なおかつ冷えが入っているので腰に来るのです。でも皆で食べる外食の場合、避けようがありませんよね」鍼で解毒、温灸で冷えを取ってもらい、その後阿波座へ。夜はアンサンブルクラス。休憩時間に他の生徒さんからもらっていたりんごと文旦を皆で分けて食べる。どの出し物も少しずつ形が出来てきて、発表会に向けて良い感じ。このオペラアンサンブルの本番を楽しみにして下さっているお客様も多いので、今回も力を入れて面白いものに仕上げたい。
2009.02.04
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・2.3.火 今日は朝から以前予約していた胃カメラ検査のため、桜ノ宮へ出向く。 胃カメラを飲むのはかれこれ4回目になるが、何度やっても何となく緊張する。 病院に着くと、まず採血と胃腸の緊張を取る注射。 塩水に似た味の液体を飲み、ゼリー状の麻酔薬を舌の上に乗せて二分。 舌全体が痺れて来たらベッドに行き、左を下にして横になる。 口を開けてゆっくりと管が入って来る。 このドクターはカメラの扱いがとてもうまく、喉元を管が過ぎる時もとても楽だった。 ドクターはカメラを覗きながら「はい今から胃に入って行きまーす。 ああ、やはり荒れていますね。 胃酸を抜きます。 小さなポリープを発見。 これは良性だから置いとくかな。 いや、やっぱり発見した以上この場で採取します。 十二指腸に入りまーす」 などと逐一説明下さり、15分ほどで終わった。 胃の中のいろんな部分を撮影した写真を記念にもらって、10日後に検査の結果を聞きに来るよう言われ病院を後にして阿波座に向かう。 夜のグループレッスンでは定員人数一杯の上につい熱が入って、気が付けば終了時間を大幅に過ぎていて、慌てて戸締りをして帰る。 何とかいつもの電車に間に合った。 これに乗り遅れると河内長野からのバスがない。 バスは一時間に一本だから全く不便である。
2009.02.03
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・2.2.月 どうやら土曜日の新年会で食べた何かに軽く当たったようで、朝から腰が痛く動くのに苦労する。 腸に異物が混入するといつも腰が痛む。 昔養護学校に勤めているときに壊した腰に響くのだろう。 午後のレッスンにはお父様とお母様の両方を介護されている生徒さん(50代後半の女性)が来られ、お父様をみごと退院にまで導き、ご両親を家で見ることとなった。 デーサービスなどを利用して、これからは少しずつレッスン、CACなどにも参加出来るようにして行くということで、大変嬉しく思う。 夜は混声合唱団。 6月に控えている定期演奏会に向けて、まだ皆さんのお尻には火が付かないみたい。 いつもぎりぎりになるまで焦らないから余裕のない仕上げになってしまうことは、もう何度も経験しているはずだが。 人間なかなか先を見て行動するのは難しい。
2009.02.02
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