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一方、ますます勢力を増し、黒人奴隷解放令なるものまで発したトゥパク・アマルに対して、かのクスコの戦時委員会では、いっそう気色ばんだスペイン人有力者たちが、血走った眼で顔をつき合わせていた。
しかも、敵はこのインカ帝国の旧都クスコ奪還を目指して、その勢力を増幅させながらジワジワと軍を進めてきているのである。
大軍を率いたトゥパク・アマルが当地を襲撃してくるのも、もはや時間の問題と思われた。
この期に及んでは、クスコのスペイン側にとって、事態は考えられ得る限りの最も深刻、且つ、身の毛のよだつ空恐ろしきものであったのだ。
クスコの名士たちが赤くなったり青くなったりしている間も、かのモスコーソ司祭は、それこそ頭から湯気を立てぬばかりの勢いで憤怒にわなないていた。
モスコーソは額によせた血管がはち切れぬばかりの憎悪と怒りに満ちた形相で、毒づくように言う。
「トゥパク・アマルにこれ以上、勝手なことをさせてはならぬ!!
反乱がこれ以上広がらぬよう、さっさと手を打つのじゃ!!」
己のしたためた教区宛の回状の効果がさして上がっていないことも、この司祭をいっそう苛立たせ、逆上させていた。
握り締めたその拳は、傍から見てもわかるほどに、わななき震えている。
常日頃の、あの不自然なまでに慈愛深気で懐柔的な態度のその人とは別人のような司祭の豹変ぶりに、クスコの名士たちでさえ恐れをなして、身を縮めた。
「首府リマに使者が到着するまでには何日もかかるのじゃ。
その上、援軍を待っていては、トゥパク・アマルの思うままにされてしまおうぞ。
これ以上、反乱の規模が広がる前に、もっと強靭な討伐軍を差し向けるのじゃ!!」
鬼のような形相でまくしたてるモスコーソ司祭の剣幕に押されながら、しかし、他の戦時委員たちも、「このままクスコに攻め込まれる前に、もはや早急に精鋭の討伐隊を差し向け、インカ軍を殲滅(せんめつ)させるしかあるまい。」と、意を決した険しい表情で同意した。
こうして、いよいよ本格的なスペイン側との戦闘の時が、確実に迫りつつあった。
そのような中、インカ軍の野営場では、その夜、アンドレスに嬉しい来訪者があった。
かのクスコ神学校時代の懐かしき朋友ロレンソが、インカ軍に参戦すべく援軍を引き連れて合流してきたのだった。
自分の天幕を訪れたロレンソを前にして、あまりにも懐かしいその姿に、アンドレスは大いに瞳を輝かせた。
ロレンソは、亡きインカ皇帝または貴族の血をひくインカ族の子弟たちが学ぶ特別な、あのクスコの神学校で、アンドレスと同期の学生だった。
神学校時代、二人は、ラテン語、スペイン語、ケチュア語、キリスト教、あるいは身体的競技も含めたあらゆる学科において、その成績を互いに競い合うライバル同士であった。
それと共に、スペイン人教師たちの目をかすめて、二人はこの国の将来に向ける思いと決意を熱く語り合う同志のような存在でもあった。
「ロレンソ、本当によく来てくれた!!」
アンドレスは眩しそうな視線で、ほぼ二年ぶりに会う朋友を見つめた。
ロレンソも懐かしさを隠せぬ瞳ではにかみながら、今や一人の将として成長しつつある眼前の友を、真っ直ぐに見つめ返した。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆
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