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そして、また、心の激しい苦悶に喘いでいたのは、トゥパク・アマルだけではなかった。
生き残ったインカ軍の兵たちは、皆、自分の為した所業に、今更のように恐れ慄いていた。
殺(や)らねば、殺られるという究極の状況で、しかも、相手が銃を持っているという極度の恐怖感は、彼らを計り知れぬほどに狂暴にさせた。
今、我に返って、己の為したことを思うと、自らぞっとせずにはいられない。
多くの場合、一人のスペイン兵に対して、多数のインカ兵が鈍器を手に襲いかかり、一斉に殴り殺したのである。
そして、かのアンドレスも、頭のてっぺんからつま先まで血みどろになったまま、虚ろな目で屍の中に佇んでいた。
常に自ら最前線に立って敵に向かい、味方の指揮を執りながらも自ら剣を振るう己は、今日、まるで殺人マシーンのごとく、果たして何十人の敵を切り殺したのか?!
彼は鞘に収めることさえ忘れたサーベルを、ぼんやりと眺めた。
血糊にまみれたそのサーベルは、まるで自分の意志を超えて、敵の血をしきりに求める魔物のごとくに今は見える。
人を切る時のあの感触、悲鳴、飛び散る血、臭い、倒れる音…――すべてが渦巻くようにアンドレスの脳裏を襲い、そのまま彼は崩れるように地に膝をついた。
たとえ敵とはいえ、たった一つしかもたぬその命を、その歴史ある人生を、たかが一人の小さな人間でしかない己のこの手が、幾多にも渡って奪い去ったのだ。
アンドレスは、今更のように、己の為した所業の恐れ多さに自ら圧倒され、深く打ちひしがれていた。
手足が痙攣するように、震えている。
そんなアンドレスの傍に、静かにディエゴが近づいていく。
そして、アンドレスの肩に手を置き、その心を察するように、彼もまた苦しげな眼差しで、己の息子にも等しいアンドレスを見つめた。
「アンドレス、これが戦(いくさ)というものだ。」
ディエゴの太く、深遠な声に、アンドレスは虚ろな視線をゆっくり上げる。
その瞳に、ディエゴは頷き返す。
これが我々の負った業(ごう)なのだ、と、そんなふうにディエゴの目は言っていたかもしれない。
アンドレスは頷くことができぬまま、しかし、それでも何とか立ち上がった。
その時、彼の目の中に、遥かに聳えるアンデスの山々の姿がふと飛び込む。
山々はいつもと変わらぬ清冽な輝きを放ちながら、しかし、今日は、まるでその懐に全てを包み込もうとしているかのごとくに、その裾野を懸命に広げているかのように見える。
アンドレスは立ち止まり、心を奪われたようにその山々に見入った。
(アンデスの山々よ…ありがとう…。)
彼は心の中で小さくそう呟くと、山々の気を己の中に取り入れるかのように、一度、深く息を吸い込んだ。
そして、一歩一歩、トゥパク・アマルらのいる本営へと戻っていった。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆
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