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コイユールが急いで食事を終えて治療場に戻ると、彼女に気付いた先ほどの従軍医が治療の手を止めて、(こちらに…)と、視線で合図を送ってきた。
コイユールも頷き、足早に治療場を出て行く従軍医の後を、慌てて追いかける。
このインカ族の従軍医は、高齢ながらも腕は確かで、かつて、トゥパク・アマルが敵の巨大な半月刀によって致命的な大怪我を負った際、見事に手術を成功させ、完全回復に至らしめたという治療歴を持つ。
この時代、まだ麻酔というものが無く、それ故、受ける側も行う側も大手術はいっそう難儀を極めた。
それでも手術のメスを体に入れなければ治療はできず、手術を受ける患者は想像を絶する苦痛に耐えなければならない。
特に、あの時、トゥパク・アマルは甚大な負傷を負いながらも、意識が鮮明に保たれていた。
そのような彼の術中の苛烈な痛みを少しでも和らげようと、この老練な従軍医は、藁にもすがる思いで、ヒーリングの力を備えているらしきコイユールを助手に抜擢したのだった。
「あの時の手術のことを、トゥパク・アマル様が覚えておいででな」
治療場から離れた人目につきにくい回廊の石柱に身を寄せて、従軍医が低声(こごえ)で語り出す。
「あの日、おまえが、トゥパク・アマル様の患部の辺りに両手を当てて、 術中の痛みを軽減するためにヒーリングを行ったであろう。
あれが、それなりに効果があったと陛下はお考えのようなのだ」
「えっ…そ、そう仰って頂けるのは嬉しいですけれど…。
ですが、私、あのような大きな手術でヒーリングを行ったのは初めてでしたし、実際のところ、どれほど役に立ったか、正直、心もとないのです。
もし痛みが僅かでも軽くなってくれたなら、多分、それは先生の治療の技術やトゥパク・アマル様ご自身の精神力の強さのためであったと思います」
思いがけず過去の自然療法の話になって、コイユールは驚いて目を瞬かせたり、頬を上気させたりして、夢中で返答する。
そのようなコイユールを目元に皺を寄せて静かな眼差しで見つめながら、老医師は、噛み締めるように続けていく。
「いずれにしても、あの手術を成功させた時のように、また治療を頼みたい人物がいると、トゥパク・アマル様から直々にお達しがあったのだ。
わたしと、おまえにだよ、コイユール」
従軍医の真剣な表情に押されるように、息を詰めながら、コイユールが擦れ声で小さく問う。
「治療を頼みたい人物って、どなたなのですか…?」
「スペイン軍総指揮官、ホセ・アントニオ・アレッチェだ。
詳しい容態はまだ分からんが、全身火傷で、酷い激痛に喘いでいるらしい」
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪コイユール≫(インカ軍)
インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。
代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。
アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。
『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
目次
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