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長時間に渡った激戦による途方もない消耗で、五体満足な者たちも、負傷した者たちも、皆、眠りに落ちているようで、真夜中の砦は深海のように静まり返っている。
それでも、不意を突いた敵襲や砦内の変事に、即、対応できるよう、健康体のインカ兵たちはローテーションを組み、砦内や周辺地域を見回り、または、武装姿で待機している。
回廊で時々すれ違う巡回のインカ兵と目礼を交わしながら進むうち、やがてアレッチェの居室の厚い扉が見えてきた。
扉前に立つ衛兵たちに挨拶をして、アンドレスは「中に入っても?」と、彼らに問いかける。
「どうぞお入りください。
少し前までずいぶん暴れていたんですが、今はおとなしく眠っています」
「アレッチェが暴れた?
あの大火傷の重体で?」
衛兵の言葉に、アンドレスは耳を疑い、息を詰める。
そのような彼の面前で、衛兵たちは肩をすくめて「そうなんです」と、溜息混じりに答えた。
「我々が何人もで押さえ込んでも、それを振り飛ばす勢いで、そりゃ、もう大変だったんです」
「君たちを振り飛ばした?」
いよいよアンドレスは両の目を大きく瞬(しばたた)かせた。
アレッチェの警護に配されただけあって、ここにいる衛兵たちは、長身のアンドレスを凌ぐほどにひときわ身の丈が高く、体格もガッチリと強靭で逞しい。
そんな兵たちが、さらに肩をすくめて、頷いた。
「いやはや、まいりましたよ。
まあ、あの時のアレッチェは、ひどく興奮していましたので、それもあって、常軌を逸した馬鹿力が出たのかもしれませんが」
このような場所の警護を任された衛兵たちを改めて気の毒に思いながら、アンドレスは、心から彼らの労をねぎらわずにはいられない。
「そんなことがあったなんて、本当に大変だったね」
「幸い、従軍医が一撃で気絶させてくれたんで、あの場は、なんとか収まりましたが。
ですが、あの者は、あんな全身包帯巻き状態でも、少しも油断はなりません。
アンドレス様も、アレッチェに近づく時は重々お気を付けください」
「分かった、そうするよ、ありがとう。
それにしたって、従軍医も大変だったな。
先生はもう寝に行かれたんだろうか?
それとも、まだ中に?」
重々しいドアの取っ手に手をかけながら入室しようとするアンドレスに、衛兵たちが、彼の背後から答える。
「いえ、従軍医は、他の重患たちが何人もいますので、一旦、大広間の治療場に戻っています。
今は、アレッチェは完全に気を失っていますので、付き添いは看護の義勇兵が一人です」
その衛兵の言葉に、アンドレスは急激に嫌な予感に憑かれて、思わず頬を引きつらせた。
「看護の義勇兵だって?
ま、さか、その義勇兵って…」
喉元までコイユールの名が出かかったが、アンドレスはそれを呑み込み、急いでドアを押し開けた。
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆
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