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削除の現場に出会わせたので一言言わせていただきます。 事務局名で削除されましたが、誰が削除したのか実行者名を明らかにするべきです。事務局長名であるのなら事務局長名で処分を公示すべきです。 事務局、、運営委員会、管理者名で書き込みをする時には書き込んだ人の職名と氏名を明記しなければ公文書とは言えないでしょう。 日本の役所仕事の欠点は責任者名を記さず、結局誰も責任を取らないところにあります。 団体名を使った場合は、文責者氏名を明記するのは社会人としてのルール、常識です。 一般社会常識すら守ることのできない管理者に、管理能力があるのか疑問に感じる方が正常だと思います。 公人としての発言は本名、私人としての発言は自由の原則をきちんとルール化してください。 管理者は「ぷらっとこうち」が乱れているのは自ら種を蒔いたのですから自ら刈り取ってください。瀬戸キリスト教会
2006/07/31
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淀川キリスト病院で過去7年間、8人の赤ちゃんが両親の同意の下、死が避けられないと判断され、延命治療が停止されました。新生児集中治療室で無脳症や致死的な脳室内出血の赤ちゃんの余命が「数十分から1、2時間」になったところで積極的治療が停止されました。 医療チームを複数の医師、看護師、ソーシャルワーカーで組織し、家族との対話を重ねた結果判断したようです。家族との時間を尊重し、『看取りの医療』を目指し、家族が『別れの儀式』を持つことができるように配慮したものです。 淀川キリスト病院はホスピス、末期がん患者の終末期ケアを日本で最初に導入した病院として知られています。ホスピスとしての実績を、新生児にも適応したとも言えます。法的には全く問題がないそうです 医学の進歩は従来なら死産と思える新生児を救命することが可能になりました。超未熟児、異常分娩、障害児でも現代の医療で救命できる可能性が高くなりましたが、その反面、医療の限界で救命できない新生児も増えてきました。 現代の医学は法的には人間と見なされない超未熟児を生かすことすら可能にしました。また、超未熟児であろうとも多くの赤ちゃんを正常分娩した赤ちゃんと変わることなく成長させる技術もあります。 例え新生児でも生きる権利があると共に人間としての尊厳を保った死を迎える権利もあります。さらに、赤ちゃんを失う両親にも子供との『別れの儀式』を持つ権利があります。医療は両親の心の癒しも考えなくてはなりません。 「日本水頭症協会」代表の山下泰司さん(41)は「私は重症新生児への延命治療拒否は絶対ノー。生まれてくる子の命を奪う権利は、親といえどもない」と主張しますが、「同じ立場の親たちには『一緒に頑張ろうよ』と伝えたいが…」と複雑な胸の内を明らかにしました。 「どんな重度の障害を持って生まれても、その子は懸命に生きようとしている。今後このような風潮が強まれば、障害者を社会から排除する思想にもつながりかねない」というのは正論ですが、それで割り切れない現実があります。 医療チームが赤ちゃんの命を救うために懸命に努力しても医学の限界を認めざるをえなくなった時に、延命治療の停止を考えざるをえなくなったのです。死に行く赤ちゃん、残される両親のために何が最善かは人間の思いを越えるでしょう。 「人間にとって平等なのは死だけである 」誰かの言葉であったと思いますが、人間はこの世に生を受けた時から死に向かった旅をしています。科学も、文学も、宗教も、人を死から解放することはできません。 淀川キリスト教病院は人の死を無とは考えていません。人の死の向こうに主イエス・キリストがおられることを信じています。天国で赤ちゃんが両親と会えることを信じているのです。だから赤ちゃんにも両親にも人間としての尊厳を保った死を迎えさせたやりたいのです。それが教会が建てた病院の使命だからです。瀬戸キリスト教会
2006/07/31
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森さん、私はニックネームでも本名でも関係ないと思います。森さんがなぜそこまで本名に拘わるのかは理解できないのですが、森さんの書き込みを削除するのは行き過ぎだと思います。 私は少なくとも堀 俊明のブログに移動できるようにリンクを張っているので、本名を名乗っているのと同じだと理解しています。 掲示板には本名か特定のニックネームしか使えないシステムになっているので、どちらを使うかは個人の自由だと思います。 本名が分かったとしても何処の誰だかまでは分からないのですから、事実上本名もニックネームも変わらないことになるのではないでしょうか。 私がニックネームを使うのはノエルというニックネームに愛着があるからです。ノエルはニフティ以来使ってきたニックネームだからです。 しかし、個人を特定できるように必ず堀 俊明のブログへのリンクを張っていますが、そこまで各自に要求するのは行き過ぎだと思います。 運営委員会は管理者として森さんにイエローカードを示し、それでも応じない場合にレッドカードを出すのが順序です。いきなり森さんの書き込みを削除するのは行き過ぎです。 理由は、私が既に述べてきたとおりですが、運営委員会も森さんも少し感情的になりすぎていると思います。もう少し冷静に掲示板上で議論してください。 西村、竹内両氏に示した運営委員会の対応を見れば、強権を発動することの意味を運営委員会が理解してるようには思えませんが、常識で許される範囲ぐらいは理解できるでしょう。 運営委員会は西村、竹内両氏に対する対応ミスで、敢えて治に乱を起こしているように感じられます。森さんとのトラブルもその延長線上にあります。 「ぷらっとこうち」の運営委員会は掲示板の管理者として能力を問われていることを自覚してください。瀬戸キリスト教会
2006/07/29
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東京地裁は飲酒運転で2名を死亡させた事故を起こした運転手、一緒に酒を飲んでいた同僚、事故車の所有者である企業に遺族に対し6000万円近い慰謝料の支払いを命じました。 飲酒運転事故で加害者と飲酒していた飲み友達の責任が追及された画期的な判決でした。飲酒運転の同乗者、酒を提供した業者の責任が追及された判例はありましたが、同乗していない関係者の責任を認定した判決は初めてです。 判決では、「同僚は運転者を残して帰宅したから、飲酒運転を助けたとして責任を負う」と認定されました。悪質な運転者に厳罰を科す危険運転致死傷罪が事故4日前に施行されたことを重視した判決でした。 危険運転致死傷罪は高知通運の高速トラック定期便の運転手が東名高速で飲酒運転でRV車に追突し、幼い姉妹を死亡させ、運転していた父親に重度の火傷を負わせた事件を契機として成立した法律です。 死亡事故を起こした高知通運のトラック運転手は飲酒運転の常習犯でした。トラックを運転する時にはアルコールを欠かせなかったアル中運転手であったようです。高知通運も行政処分だけではなく、厳しい社会的制裁を受けました。 当時は飲酒運転に対しては業務上過失致死罪しか適用できず、最高刑が懲役5年でした。被害者の両親が飲酒運転の重罰化を要求する市民運動を起こし、国民的な広がりを見せました。危険運転致死傷罪、法定最高刑が懲役15年、現在は20年が成立しました。 被害者の両親は飲酒運転は単なる過失犯ではなく故意犯であると主張しました。トラック運転手の間では休憩時間にアルコールを飲むことが常態化していた現状が指摘されました。高知通運の運転手の飲酒は特異なケースではなく、普通に見られるケースであることがマスコミで報道されたからです。 飲酒運転の危険性は運転免許更新時の講習会で強く指摘されていますが、飲酒運転の危険性を自覚しないものが多くいます。飲酒運転をすれば懲戒処分を受けることを承知している公務員、教職員などでも飲酒運転がなくなりません。 飲酒運転による事故は未必の故意による殺人罪、傷害罪を適用すべきであろうと思います。当然飲酒運転は殺人未遂、傷害未遂とすべきでしょう。運転する者と飲食を共にした者は同罪の幇助罪として罰せられるべきでしょう。 飲酒運転に対する行政罰が強化され、飲酒運転をすれば給料袋が空になる時代ですが、それでも飲酒運転はなくなりません。単なる飲酒運転でも行政罰ではなく、刑事罰を課すべきです。 今回の判決で民事上の責任を飲食を共にした者にまで広げたのは大きな前進ですが、常識からいえば当たり前のことが法廷で認められただけです。同乗者、飲食を提供した業者などにも民事上の責任だけではなく、刑事上の責任を問えるような法を制定すべきです。 お酒を飲みに行く時には車を置いていく。飲む時はキーを飲み屋に預け必ず代行運転で帰してもらう。タクシーを利用する。飲み助の初歩的なマナーを守らなければ生活は破綻し、刑務所の壁の向こうでの生活を味わわなければならない。それぐらいの厳しさを社会的は持たなければなりません。 瀬戸キリスト教会
2006/07/29
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私は脳のリハビリとして毎晩ブログ(36字×40行)を書くことに心がけています。最近産経がブログ新聞izaを発刊しましたが、産経の社説に対抗してブログを書き、トラックバックをするのを楽しみにしています。もちろん「ぷらっとこうち」にも書き込んでいます。 ところが、足下の高知県の「ぷらっとこうち」で検閲がまかり通っているのです。西村、竹内、両氏に対する登録抹消処分は放置できません。民主主義の破壊に通じるからです。 先ず、運営員会、事務局はルールを金科玉条のごとくいいますが、「ぷらっとこうち」のルールは野球やサッカーなどのルールブックとは根本的に異なります。「ぷらっとこうち」のルールには明確な規定がないからです。 野球やサッカーなどのルールブックには明確で具体的な規定があります。審判がペナルティーを課す場合は、第何条の何項に違反するかを明示しなければなりません。例えばアジアカップで日本の審判がミスジャッジをしましたが、再試合が行われ、審判は処分されました。 「ぷらっとこうち」の登録抹消処分の根拠になるルールは明文化されたものがありません。ならば、登録抹消処分の対象になった事実、処分をした理由を参加者に明示しなければなりません。 参加者の多くが疑問に抱いていることは、原告と裁判官を兼ねた運営委員会の主張と被告の主張(けんちゃんのどこでもブログ)とが根本的に違うことです。被告の弁明の機会を奪って判決を下ろすのは公正ではありません。 運営委員会はロールを盲信しているようですが、ナチス・ドイツも近代民主憲法、ワイマール憲法の下で合法的に造られた政権です。ヒトラーはルールに従い独裁政権を樹立したのです。 例え民主的な憲法であっても、利用の仕方では全体主義国家を生み出すこともできるのです。ナチス・ドイツが独裁政権を樹立できたのは、啓発宣伝相のゲッベルスが文化全体を統制したからです。情報操作が巧みであったからです。 日本にも大正デモクラシーと言われる時代もありました。昭和に入り軍部が政治の主導権を握り、治安維持法が成立し、特高警察、憲兵が言論統制をしました。その結果、日本は戦争に負け、国土は廃墟になりました。 世界を戦争へ導いたのは、ペンが剣に負けたからです。健全な民主主義を支えるのは言論の自由です。言論統制は目に見えない形で私たちの生活の中に入り込んできます。目に見えた時は既に遅いのです。 ブログの世界は誰でも発信することができ、誰でも情報を手に入れられますから、言論統制の網から逃れられる庶民の情報網です。マスコミは時の政府を応援します。日本を戦争に導き、国民を戦場に送り出したのはマスコミだからです。 「ぷらっとこうち」で行われた検閲は高知県だけの問題ではないのです。日本の民主主義が機能するか否かの問題なのです。「自由は土佐の山間より」、自由民権運動は土佐より始まりましたが、反民主主義的な流れが土佐より始まれば、郷土の先達が嘆くでしょう。瀬戸キリスト教会
2006/07/28
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「勝ち組」、「負け組」という言葉がマスコミから流れてきますが、むしろ若者の生き方の相違のような気がしてきました。負け組はローリスク・ローリターンの世界に生きていますが、自由にできる時間をマイペースに使うことを選び取った人たちだとも言えます。景気が回復軌道に乗ってきましたので、仕事さえ選ばなければ生活に不自由しない程度の収入はあります。パソコン、携帯電話を始めとして生活に必要な物は持っており、三食に不自由することはありません。 一方、勝ち組は自らの才能と努力でハイリスク・ハイリターンの生活を維持しています。彼らは仕事に恵まれているのかも知れませんが、自由な時間はなく、仕事に追われています。ホリエモンほどではないにしても、総てを失う危険性に身をさらしています。管理職ならば何時降格させられるか分かりません。 問題は、社会が勝ち組と負け組とに二極化されているところにあります。勝ち組の子供は生活環境も良く、教育環境も良い中で育てられます。親も子供の教育に多大な投資をします。一流大学に入れば、交友関係にも恵まれます。スキルアップの機会も増えます。就職にも有利な立場に立つことができます。勝ち組同士のカップルが増えるのも当然です。結婚も良家の子女同士の場合が増えてきます。 小泉改革は自由競争主義、機会均等主義です。「努力する者が報われる社会」を標語としてきましたが、「努力する機会すら与えられない者」に努力する機会を与える政策がありません。私たち団塊の世代は努力する者に対し努力する機会が与えられていました。例えば、私は母子家庭で母親は幼稚園の先生でしたので、高校三年生の時に選抜試験、潜在能力を見るためのIQ試験?と家庭環境で選抜され、大学に進学すれば特別奨学金を貸与される契約を結ぶことができました。 当時は国立大学の授業料は月1000円でした。高校も国立でしたが授業料は1500円で大学の方が安かったのを覚えています。苦学生はいましたが、家が貧しいから大学に進学できない人はいなかっただろうと思います。家内は家からの仕送りを受けずに奨学金とアルバイトだけで国立大学を卒業したそうです。 現在は国立大学でも授業料は月5万円ほどだそうです。これでは自力で大学を卒業することは不可能です。特別奨学金制度は3、4年後に選抜試験がなくなったそうですが、この制度を復活すべきです。能力はあるが、大学に進学できる経済的な余裕がない高校生を試験で選抜し、授業料を貸与し、生活費相当の奨学金を支給すべきです。東大に入れば氏素性に関係なく道が開けるからです。例えば、大蔵省疑惑で自殺した荒井将敬代議士は在日朝鮮人でしたが、日本国籍を取得し、東大、八幡製鉄(現新日鉄)を経て大蔵省に入省し、代議士に転出しました。 日本社会が二極化しているのは事実ですが、負け組の子供にも勝ち組になる機会を与えなくては社会から活力が奪われます。アメリカでヒスパニック出身の最初の閣僚は「能力を発揮する機会が与えられないのは差別だが、与えられた機会をどう活用するかは個人の問題だ」と言っていましたが、能力を発揮する機会を保障するのが公正な社会であろうと思います。失敗しても再挑戦の機会を保障するシステムも社会が用意すべきでしょう。もちろん、マイペースで生きたいと思う人がそれに相応しいシステムを選択する自由を社会は保障しなければなりません。瀬戸キリスト教会
2006/07/27
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私のかかっている病院は精神科でも電子カルテです。受付をしてから薬をもらって帰るまで一時間もかかりません。 これならば、仕事がある人でも、仕事の合間に病院に来ることができます。既に実用化している病院があるのに、それをやらないのは医療側の怠慢です。 私は日本に小泉改革は必要であったと思います。あまりにもコスト意識のないお役所仕事が蔓延しているからです。 新堀川を暗渠にするのもその一例ですが、100億円の投資に値しない公共事業を何の疑問もなく行う官僚に対し、構造改革を主張したのが小泉首相です。 赤字国債を平然と垂れ流した過去の政治に戻ってはならないと思います。下司さんの言われることは正しいのですが、そのお金をどこから都合してくるのですか。 私は患者として医療サイドには随分無駄があると感じています。トヨタ方式の「カイゼン」をすれば純粋に医療にかけられる費用はかなり増えると思います。 医者や看護婦さんの待遇の改善をする余裕が出てくるのではないでしょうか。患者として看護婦さんの待遇はあまりにも酷いと素朴に思います。 社会的入院は地方によって随分と差があるようですが、高知県に社会的入院が多いのには構造的な問題があるのではないでしょうか。 政府そのものを構造改革し、無駄をなくさなければならないのは、誰の目から見ても明らかでしょうが、護送船団方式は未だに健在です。 私は消費税を10%程度にするしか方法はないと思いますが、いまの政府を信頼することができません。 医師会も政治にすり寄るのではなく、職能者団体として、ゴーン社長のようなコストカットのスペシャリストを招聘すべきです。 医師会の財力をコストカットに使えばかなりのことができると思います。電子カルテのソフトが400万円弱だそうですが、100万円程度にできるのではないですか。瀬戸キリスト教会
2006/07/26
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小泉首相が半世紀前に政府の募集に応じてドミニカ共和国に移住した移民に「移住者に多大な労苦をかけたことに政府としては率直に反省し、おわび申し上げる」と謝罪しました。 与党はドミニカ共和国に移住した1319人に「特別一時金」を支給する法案を秋の臨時国会で提出する方針を固めました。 日本政府は戦後の食糧難の時代に中南米に移住する人たちを国策として募集しました。募集に応じた人たちに政府は現地の事情を故意に偽り、バラ色の夢を持たせて送り出しました。 ところが、現地で割り当てられた土地は耕作に適せず、移民の人たちは筆舌に尽くし難い苦労に遭わされました。餓死する人も少なくなく、生き抜いた人たちも難民生活から抜け出すことはできませんでした。 ブラジルなどで成功した人たちはほんの一握りで、多くの人たちは望郷の念を抱きながら無念の死を遂げられました。厚生省、外務省はその事実を把握しながら、問題を先送りにしました。外郭団体の利権を優先したのです。 日本国が国民を欺き、外国に自国民を組織的に難民として送りつけたのです。明らかに国家的棄民です。東京地裁が6月、原告団の賠償請求を棄却しましたが、政府の移民政策の責任を認定したのは当然です。 小泉首相の官僚の抵抗を許さない政治的決断、ハンセン病元患者訴訟でも発揮した政治的決断が先例となることを期待しています。官僚は控訴して問題を先送りすることしか考えないからです。 一方、在日朝鮮人の人たちを戦後の混乱期に北朝鮮帰還船で帰還させたのは、現在から振り返れば20世紀の奴隷船と言われても仕方がないでしょう。「地上の楽園」を信じ、在日朝鮮人とその家族(日本人妻も多くいた)が北朝鮮に帰還しましたが、彼らの生活は悲惨の一言であったようです。 団塊世代の私の脳裏にも「地上の楽園」という言葉は刷り込まれています。革新政党、日教組、朝鮮総連などが盛んに宣伝しましたが、金日成に騙されていたのです。朝鮮総連はいまでもその事実を認めません。 さらに、北朝鮮は日本人を拉致しました。拉致は一ジャーナリストの執念と拉致家族会の熱意とが実り世論の支持を得るようになりましたが、小泉首相が拉致家族を連れ帰るまで、日本は公式的には拉致の事実を認めていませんでした。 北朝鮮外交の未熟さが、北朝鮮に好き放題をやらせていたのです。特に、拉致を反共キャンペーンだと否定した革新政党、マスコミ、知識人などの責任は重大です。拉致家族が帰ってきても拉致を認めない某政党がいたぐらいです。 日本は拉致された人たちだけではなく、「地上の楽園」を信じて北朝鮮に渡り苦労した元在日朝鮮人、日本人妻に対して国家的な責任があります。特に拉致の存在すら認めなかった外務省には少なくとも結果責任があります。 私たちは平和で、自由で、物に溢れた日本で生活することに慣れていますが、日本がかつて国策として経済難民を他国に棄てた事実を忘れてはなりません。現代も国に棄てられた人たちがいることも忘れてはなりません。 現代の私たちには日本の負の歴史を総括する責任があると思います。瀬戸キリスト教会
2006/07/26
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電子カルテの導入に数千万円もかかるという下司さんのコスト計算の根拠が分からない。医師会のパンフレットを読み上げているように聞こえます。 下司さんのコスト計算はパソコンを初めてとしてシステムの総てを新品にすることを前提にしていると思います。 少なくとも、診察室と事務室にパソコンのない病院はないので、それらを光ファイバーで結べば事務の手続きが簡略化できます。 問題はソフトですが、医師会がその気になれば、全国の病院に導入することを前提としてソフトを開発すれば格安にできるはずです。 レセプトは医師が入力すれば後はソフトの問題です。医師会が自民党に政治献金している分をソフト開発に回せばおつりがでるでしょう。 天下りの雇用確保?のために医療費を使うのは筋違いです。雇用は行政の他の部門が考えるべき事柄です。 ペーパーレスにすればあらゆる情報を検出することができ、医療費の無駄を省くのに大きな力となるでしょう。 手書きで事務を行うシステムは時代遅れです。要は医師会にその気があるかどうかです。現在のようなシステムを続けている限り、医療費の削減を国民は支持するでしょう。 医師会が政治に興じ、コスト削減に積極的に乗り出さない現状では、国民は反医師会の立場に立つでしょう。
2006/07/26
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運営委員会(高知県)が誹謗中傷を処分の理由にするのは禁じ手です。「ぷらっとこうち」の実施要領にあるように本音で議論を交わす場合は、多少の脱線はあるものですが、「公序良俗に反しない限り発言は自由」が原則です。 特に、管理者が誹謗中傷を処分の理由にすることは、管理者の「ぷらっとこうち」の恣意的な運用を認めることになります。これは明らかに検閲にあたります。 個人が管理する掲示板では、個人の恣意的な運用は認められますが、地方自治体が管理する(事実上高知県が管理している)掲示板における検閲は憲法21条2項、「検閲は、これをしてはならない」に違反します。 私が「ぷらっとこうち」に登録してから2ヶ月にもならないのですが、その間の西村氏、竹内氏の発言の何処が運営委員会、高知県に対する誹謗中傷にあたるのか理解できません。 両氏が誹謗中傷?したと理解するのは勝手ですが、権力を握っている者は職務上それぐらいは受容すべきです。このようなことがまかり通れば、参加者が本音で議論を交わすことができなくなります。 公務員は公僕:(public servant) (公衆に奉仕する者の意)です。公務員が職権を濫用することは地方公務員法違反です。脱藩浪士を処刑した土佐藩と変わりはないと思えます。 私の家内は神戸市役所の法律専門職でしたが、上司に「頭を下げてなんぼのモン」と言われたそうです。教育委員会では同和地区がらみのトラブルでは苦労したそうです。 韓流ドラマでは土下座をすれば黄門様が葵の御紋を出したようにトラブルが解決するのですが、家内は土下座で済むのならばいくらでも土下座するといっていました。 高知県の職員は権力を笠に着て威張り散らす悪代官の手代のように私には思えます。プロならば例え相手に非があっても頭を下げるくらいなんぼのモンと割り切るくらいでなくてはなりません。 私には誹謗中傷に思えませんでしたが、例え誹謗中傷であっても我慢するのがプロです。忍耐強く相手を説得するのがプロの行政マンとしての腕の見せ所です。強制執行はプロとして失格のレッテルを公に貼られたと恥じてください。 「ぷらっとこうち」の運営委員会は参加者の支持を受けていると錯覚しているのではないですか。「運営会議は、委員15人以内で組織する」とされていますが、参加者の総意を反映していないと思います。 私はブログを初めて3ヶ月くらいにしかなりませんが、「ぷらっとこうち」に書き込みをしたときにはアクセス数は200近くになります。それだけブログの世界で話題に上がっているのではないでしょうか。 第三者の目から見れば、運営員会の対応は異常です。「お上のいうことには下々の者は黙って聞け」、まるで土佐藩時代にタイムスリップしたみたいです。 南国土佐は明治維新を開き、自由民権運動を生んだ地です。「自由は土佐の山間より」ではなかったですか。雪国金沢の人間が呆れかえるような馬鹿な対応をしないで下さい。土佐人としての誇りを取り戻してください。瀬戸キリスト教会
2006/07/24
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1) 順調に日々を過ごせています2) 昼寝ができるようになりました3) 就眠前には眠薬を服用し、さらに1時間後ハルシオンを追加する場合が多いです4) 起床は8時を過ぎてから家内に起こされる場合が多いです5) 午前中新聞を読む、午後昼寝後読書、夜散歩後(21:30)ブログを書くという生活パターンができてきました6) 先週はNPOニートの会、NPO要約筆記の会に主席し少し疲れました7) 現在の調子が続けば良いと思っています
2006/07/24
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宗教の世界と医療の世界では、取り扱う対象が違います。宗教は心の世界、医療は身体の世界を取り扱います。 精神病は一義的に脳の病気です。脳の機能が冒されることにより、結果として心が病みます。ですから、先ず医療により身体が癒されなくては、心が癒されることはありません。 宗教家は信仰で精神病を癒せると錯覚し、取り返しの付かない判断ミスをすることがあります。精神病を疑われる人は先ず医療の世界に委ねるべきでしょう。 宗教家の果たすべき役割は、精神病の患者が医療を受け続けることをサポートするところにあります。 精神病者を医療の世界に導くためには、様々な努力が必要とされます。精神病者は治療を拒否する場合が多いからです。 治療中は主治医と密接に連絡を取り、治療を妨げるような言動を慎まなくてはなりません。特に、宗教家の独善は治療にマイナスになる場合が多いからです。 宗教家は精神病者の身体が癒されるに従い、心のケアーに取り組むべきですが、医療の妨げにならない様に注意しなければなりません。 しかし、医療は心の問題(生きる意味)には無力ですから、宗教家は心の癒しを計るべきですが、あくまでも「急がば回れ」を肝に命じて置くべきです。 アルコール依存症も精神病ですから、先ず医療機関に相談すべきです。先ず、精神科的、内科的な治療を受けさせなくてはなりません。 主治医の指示に従い、自助グループ(断酒会、A.A.等)と繋がりを持つべきです。医療に否定的な自助グループもありますが、宗教家はそれに同調してはなりません。宗教家の落ち込みやすい落とし穴だからです。 自助グループでも医療を拒否する者の集まりには距離を置いた方がよいでしょう。自助グループはあくまでも治療を受けている者の集まりだからです。 宗教家の欠点は信仰による癒しを盲信しやすいところにあります。医療を否定する宗教家すらいるぐらいですから、自らの力の限界を知るべきでしょう。 宗教家は心の世界を、医療者は身体の世界を分担し、身体(脳)が癒されてくるに従い、心の世界への働きかけを強めていけば、理想的なケアーができると思います。堀 俊明のブログ:http://plaza.rakuten.co.jp/dochinn/
2006/07/24
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竹内さんからブログを通じニートの会、ジョブカフェで話すように頼まれました。ブログを初めて3ヶ月しか経たないのに、私のブログを読んでくれる人がいたのだと感動しました。 私のつたない話を若者が真剣になって聞いてくれました。当日、就活サプリに3名の若者が申し込みをしたそうです。 40枚用意したレジメで余ったのは1枚だけでした。お父さん、お母さんパワーが満開する様には圧倒されました。 私は聴覚障害者なので、100分弱話した後は遠慮しましたが、裏方のお父さん方、ブログで想像していた以上に歳を召されていましたが、と話し込みました。 私は話の内容を聞き分かることはできませんでしたが、けんちゃんブログのけんちゃんとは意気投合しました。 おそらく自由民権運動もこんな感じで盛り上がったのだろうと思いながら、アルコール抜きで酔っぱらいました。学生時代に戻ったような錯覚を覚えました。 竹内さん、西村さんが「ぷらっとこうち」から登録抹消されたのは、この土佐人らしい直情径行が原因の一つなのかも知れないと思いました。 私の印象では、両氏共に剛速球勝負のタイプで、変化球は苦手のように感じました。土佐人らしい情熱に、NPOを立ち上げた粘り腰と組織力、けんちゃんブログを続けている好奇心と持続力に感動させられました。 私の家内は自由民権会館に写真が飾ってある自由民権運動の壮士の子孫ですが、雪国金沢の人間のような温和しさの中に、時折激しい気性が表れます。 土佐人の良さはこの気性の激しさだと思います。土佐人は切り死にをし、明治維新に生き残ったのはわずかでした。果実を薩長に持って行かれたそうです。 私はその様な土佐人気質が好きです。「龍馬が行く」を読んで、雪国金沢の人間には信じられない世界に生きる酔狂な土佐人のイメージが広がりました。 自由民権運動が役所の人間から見れば迷惑千万の行動であったように、両氏の行動は役所の基準からすれば問題があったのかも知れませんが、それが土佐人の良さではないでしょうか。 両氏の運動は停滞感が漂う高知の活性化に寄与していると思います。角を矯めて牛を殺すと言いますが、両氏の活動を阻害しても高知県には得る物はなく、失う物の方が多いでしょう。 両氏の活動は「活力ある地域づくり」を目的とする「ぷらっとこうち」実施要領に沿うものです。少なくとも両氏の情報告示板の使用を認めるべきです。 私は一高知県民として、このような手弁当(行政から補助があったとしても持ち出しだと思います)でボランティア活動をする人の足を引っ張るようなことを県はすべきでないと思います。 高知県はNPOの活動に協力すべきです。高知県の対応はNPO法の立法の趣旨に反しています。彼らは公序良俗に反する活動をしているのではないからです。 高知県の対応は自由民権発祥の地である南国土佐に相応しくありません。土佐人らしい歯切れの良さが見られません。雪国金沢の人間のようです。金沢の人間は京都の人間と同じで上面は良いが、陰に回ると何をするか分からないからです。
2006/07/23
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NPOハート・リンク・コミュニティ主催の第8回「ニートと親子のためのほっとカフェ」(7/20)で話をさせていただく機会を得ました。 私は団塊の世代で、私の青春時代にはニートという言葉はありませんでした。 何とはなく学校に行き、何とはなく就職し、何とはなく結婚をするのが普通でした。それに対して特に疑問を持つことはありませんでした。 私は小学校時代から学校教育に馴染めませんでしたが、それを否定するだけのエネルギーも持ち合わせませんでした。 大学受験の時には躁状態になり、高校生活3年間で学ぶ課程を2~3ヶ月でクリアーしただけです。 大学でも躁状態になり、国家公務員上級職試験に合格しました。学校には出てこないが寮で勉強しているとの噂が飛び交い、お情けで卒業させてもらいました。 原子力発電所の環境アセスメントの仕事に就きましたが、科学者としての良心、公務員としての良心と仕事が両立せず、躁鬱病を発症し、病気退職をしました。 失意の内に故郷の金沢に帰りましたが、アルコールの向こうの暗黒の世界の中でしか生きられない人間になりました。 躁鬱病とアルコール依存症との合併症で入退院を繰り返し、精神病院の鉄格子の向こうでの生活も数年になります。 金沢で生活ができなくなり、断酒会発祥の地下司病院に流刑?になりましたが、それでも院内飲酒をし、瞳孔は開き血圧は0になり、仮死状態になりました。 適切な治療のお陰で息を吹き返した私は、神様との出会いを体験しました。「それでも私はおまえを愛している」という声が聞こえたような気がしました。 その時、私は生まれて初めて「生きたい」と思いました。それまで、世の中を斜にしか見られなかった私は、自分の人生を自分の力で歩み出したのです。 1年間にわたる入院生活を終え、アパートでアル中仲間の青年と共同生活を始めました。断酒はしたけれど、「生きる目的」が見つかりませんでした。 高知教会で東京神学大学学長の松永先生の講演があり、講演の後に神学校に人を送って下さいとのアピールがありました。これだと思いました。 松永先生に躁鬱病でアルコール依存症ですが、神学校に入学できますかと手紙を書きました。神学校はいかなる人間も差別しませんとの返事がありました。 高知教会や下司さん、西風の会の仲間の応援があり東京神学大学に進学しました。何度も挫折しにかかりましたが、多くの人の助けにより卒業できました。 高知教会に赴任しましたが、新婚生活が始まったとたんに高知教会から契約の更新を断られました。目の前が真っ暗になりました。 その時に、香美教会の山上先生が私たちを心配して香長伝道圏に来るように誘って下さいました。住む家はある、謝儀は1万円という条件でしたが喜んで引き受けさせていただきました。 夫婦でアルバイトに塾をするつもりでしたが、赴任をしたら伝道圏の教会から毎月献金があり、生活は十分に満たされました。 瀬戸の地で開拓伝道を始めるにあたっても、教会の建設資金は全国からの献金で賄われました。会堂建設献金すら積み立てることができました。 私の人生を通して一つだけ言えることは、「自分が変われば、世界も変わる」と言うことです。先ず自分が変わることが必要なのです。そうすれば必ず道が開かれます。西風の会 HP,
2006/07/23
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昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示した言葉を記した元宮内庁長官の故富田朝彦氏のメモが公表されました。東京裁判は勝者による敗者への復讐以外の何物でもないと思えますが、それが国際政治の世界です。処刑されたB、C級戦犯の人たちの苦しみ、残された遺族の方の悲しみは私たちの想像を超えるもがあります。A級戦犯は日本を戦争へ導いた政治的責任を問われたのですが、当時の国際法には戦犯を裁く法的根拠はありませんでした。もし、戦争責任を問われるのならば、国家元首であり、大元帥であった昭和天皇が戦争責任を問われるべきでしたが、アメリカ大統領の政治的判断でなされませんでした。そういう意味からすれば、昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示すのは論理的矛盾だと思います。「だから私あれ以来、参拝していない、それが私の心だ」との言葉は、自らの戦争責任を含めてなされた言葉ならば私たち国民にも納得のいく言葉です。 靖国神社、「靖国」は「国を安らかにする」という意味ですが、は天皇の詔によって建てられた国事殉難者を祀るための特別な神社です。戊辰戦争、西南戦争などの国内の戦争では、明治政府側の犠牲者しか祀られていません。海外で行われた戦争でも日本軍人、軍属しか祀られていません。現人神のために命を捧げた靖国の英霊を祀り、遺族を慰めるための神社でした。近代国家では武士階級、貴族階級が独占してきた職業軍人の世界も市民に開放され、徴兵された兵が軍務に付くようになりました。国家は兵隊が国家のために身命を投げ捨てることを必要としたのです。お国のために殉死した人を顕彰する施設が必要とされたのです。 靖国神社は進駐軍と日本政府との妥協の産物です。キリスト教の信仰からすれば、靖国神社は宗教とは言えませんが、靖国の英霊を祀っている以上宗教です。宗教である以上、政教分離の憲法の規定で政府は靖国に干渉するわけにはいきませんが、靖国神社も政府との関係を絶たなければなりません。戦前、靖国神社は宗教を越える存在として理解されていました。靖国神社参拝は宗教の如何を問わずなされていたのです。キリスト者も靖国神社崇拝に矛盾を感じてはいませんでした。戦死者を祀る靖国神社を国民は宗教を越える存在と理解していたのです。戦後、靖国神社は宗教法人を隠れ蓑にして靖国参拝を既成事実化してきました。千鳥ヶ淵墓苑も無宗教とはいえ事実上は自衛隊が管理しているそうです。政教分離の原点に戻り、靖国神社と国家との特別の関係を絶たなければなりません。 昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を抱き、靖国神社参拝を拒否されたことが明らかにされたのは、日中政府の関係改善としてA級戦犯分祀を具体的に考えている政治勢力がいるということです。中国、韓国の排日姿勢は遠交近攻、遠い国と親しく交わり、近い国を攻める策と思われるので、事態の根本的解決になるのかは不明ですが、自民党の後継総裁が対中政策を見直す機会にはなると思います。中国の国内問題、貧富の差の拡大からくる社会不安に対し反日カードが使われているようですが、中国も対日政策を変えようとしているのかも知れません。瀬戸キリスト教会
2006/07/21
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夕方6時頃に、愛宕からカルポートの前へ自家用車で通り抜けました。工事をしている新堀川の西側の通りを南下しましたが、渋滞はなく簡単にすり抜けることができました。 夕方のラッシュ時でさえこんなにすいているのに、100億円もかけて道路を造らなければならない理由が理解できません。 10年以上前に計画された道路が現在本当に必要なのかよく考えてください。このような税金の使い方をするから、地方に任せたら何をするか分からないと霞ヶ関の役人に言われるのです。 高知県ですらこういう税金の使われ方をしているのなら、全国を合わすと1兆円規模の税金が無駄使いされているのではないでしょうか。 私たちの世代で少なくとも借金に依存する行政の姿を改めなくてはなりません。次の世代に借金の先送りだけはしてはなりません。 役人は自分の懐が痛まないから、借金をすることに抵抗がないのでしょうが、高知県が破綻すればあなた方の生活が根本から破綻するのを自覚してください。 地方自治体がこのような無駄遣いを平然とするのならば、地方交付金が削減されるのも仕方がないと思います。 竹中総務相が提唱する地方自治体破綻処理法を成立させ、財政規律がゆるんでいる地方自治体を破綻させるしかないでしょう。 民間は文字通り血の出るようなリストラをしたのです。官界も民間に負けないだけのリストラをする必要があります。 高知県に50億円の財政的な余裕はないはずです。財政出動が必要ならば、次の世代のために教育、医療、福祉などに投資をするのならば県民も納得するでしょう。 「箱物行政」を争点にして嘉田滋賀県知事が当選しましたが、同じようなことが高知県でも起きる可能性があります。 私たちは次の知事選の立候補者の「箱物行政」依存度をしっかりとチェックして、投票しましょう。瀬戸キリスト教会
2006/07/19
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私は登録抹消に至る経緯が民主的な手続きが踏まれていない、さらに、情報が公開されていない、この2点に異議を唱えているのです。 手続きそのものが不法であれば、登録抹消はその是非を問わず無効です。私は手続きが公正になされたか否かを議論しているのです。 情報を公開する義務は運営委員会にあります。西岡さんには経緯を説明する義務もなければ、権利もないでしょう。 話し合いの席に加わるためには、守秘義務という時代遅れの誓約書を出さされているのではないかと推察しているからです。 登録抹消は死刑に相当する措置ですから、社会通念上公開の席上で行わなければなりません。少なくとも議事録を公開する義務が運営委員会にあります。 原告と被告がいますが、原告と判事は事実上高知県です。検事と裁判官が軍人である軍法会議のようなものです。 これで公平な裁判が行われたとは誰も思わないでしょう。しかも、情報を隠蔽するに至っては、密室での談合と言われたも仕方がないでしょう。 運営委員会が情報を開示しない限り、参加者の間で公正な議論をしようと思っても不可能です。 運営委員会の取った処置は「参加者相互の協働」を唱えているぷらっとこうちの実施要領に反します。 現在までに至る経緯を第三者の目から見れば、公正でない、公序良俗に反するとしか思えません。 話し合いの内容を云々する以前の手続き論の段階で、運営委員会はぷらっとこうちの参加者の負託に応えていないと思います。瀬戸キリスト教会
2006/07/19
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ぷらっとこうちの「情報告知板」は、「利用者のみなさんがそれぞれの活動のPRやイベント案内、仲間の募集等に活用するスペースです」とありますが、高知県が管理する掲示板ですから、原則として県民に開放すべきです。 西村氏と竹内氏の登録抹消を認めることはできませんが、一歩譲って彼らの書き込みにルール違反があったとしても、公序良俗に反したものではないと事務局自身が認めています。 ならば、情報告示板に書かれた情報が公序良俗に反しない、あるいは事実に反しない限り、情報告示板の使用を禁ずる方が、公序良俗に反する行為だと思われます。 ぷらっとこうちの実施要領では、「高知を良くしていこうとする人たちが、互いに知恵を持ち寄り、本音で議論を交わしながら、活力ある地域づくりを参加者相互の協働によって考え、実行していく場づくりを目的とする」とあります。 第三者の目から見れば、運営員会は本音で議論を交わすことを回避し、参加者相互の協働に楔を打ち込んだとしか思えません。 知恵を持ち寄るために情報告知板が不可欠ですが、県民が自由に情報告知板を活用できるようにするのが肝要です。 運営委員会、事務局、高知県はぷらっとこうちの善良な管理者としての義務を果たしているとは思えません。むしろ、当局の反応は集団ヒステリーのように感じられます。 ぷらっとこうちが開設された原点に戻り、冷静に論理的で合理的な議論をしてください。当局の対応は高知県の恥を全国にまき散らしているようなものです。瀬戸キリスト教会
2006/07/18
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G8、サンクトペテルブルク・サミット会議が閉幕しました。今回のサミットでは議長国ロシアが予想もしない国際問題、北朝鮮のミサイル発射、イスラエルのレバノン領攻撃が話題に取り上げられました。 G8直前に、北朝鮮のミサイル発射に対し、日本は国連の安全保障理事会で従来にない強硬な姿勢を取り続けました。中国、ロシアが拒否権発動を示唆した段階で外務省の官僚の腰が引けたようですが、小泉首相の指示で安倍官房長官、麻生外相が強硬姿勢を取り続け、将来の制裁に含みを残す決議案が採択されました。 G8には法的な拘束力はありませんが、北朝鮮の拉致、ミサイル発射、核開発に対する非難が議長総括に盛り込まれました。国際社会が北朝鮮に対し強いメッセージを発したのです。国際的な北朝鮮包囲網を形成するためにも、大きな一歩を踏み出すことができました。 さらに、イランの核開発、原油価格の高騰についても話し合われましたが、日米、欧州、中露枢軸?の三角関係が底辺にあり、各国の思惑の違いがサミット会場の裏では激突していたようです。 しかし、日本としては国連に次いでサミットで北朝鮮包囲網の手がかりを得たのは大きな外交的成果です。小泉首相の日朝平壌宣言で両国政府が拉致を公式的に認めてから4年近い歳月が流れていますが、国際的な北朝鮮包囲網の手がかりができました。 拉致家族の長年に渡る訴えが国際的にも認められるようになりました。拉致は日本の主権を侵す国家犯罪です。イスラエルは数名の兵士が拉致されただけで、大がかりな武力行動に出ました。日本は武力制裁はできませんが、経済制裁など具体的な制裁行動に出るべきです。 北の将軍様の瀬戸際外交に対し日本、世界は毅然と対応すべきでしょう。日本外交には世論から遊離したものが多くありましたが、今回は官邸が主導力を発揮しました。外務省が政治的な動きをしたようですが、外交官は官僚としての分を弁え、職務遂行に専念すべきでしょう。 日本は、日本にミサイルが飛んで来るような事態を想定していませんであいたが、それが現実味を帯びてきました。日本はノドン、スカッド改良型の射程距離内にあります。日本はミサイルが飛来する事態には全く無力です。 ブッシュ大統領は北朝鮮の体制変更に主軸を移す可能性がありますが、アメリカはミサイルの射程外ですから対岸の火事です。しかし、日本は対岸の火事では済まされません。国際包囲網には北朝鮮に自爆攻撃をさせないような高度の戦略が必要です。 日本に一番かけているのは外交戦略です。小泉首相は良くても悪くても政策がぶれませんでしたが、後継総裁は彼のようなカリスマを持ち得ないでしょう。自民党の寄り合い所帯の中で、長期戦略が立てられるかどうかが心配です。 北朝鮮は中国を激怒させたので6カ国協議の雲行きが怪しくなりましたが、日本はあくまでも6カ国協議の枠内で圧力をかけ続けるべきでしょう。拉致、核開発、ミサイルに対し、国際的な北朝鮮包囲網を形成する努力をすべきです。瀬戸キリスト教会
2006/07/18
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国連の安全保障理事会が北朝鮮に対する非難決議を採択しました。日本が主張していた国連憲章7章、制裁を明示した条文は中国、ロシアの反対で削除せざるを得ませんでしたが、将来の制裁に含みを残す決議案が採択されました。 日本が国連の場、安全保障理事会で主導権を発揮したのは初めてではないでしょうか。国連の場では日本はアメリカの陰に隠れ、日本の存在が各国から意識されることは余りありませんでした。 日本が安全保障会議常任理事になる働きかけも、中国、さらに韓国による露骨な反対運動で立ち消えになりました。日米で国連の運営費の半分くらいを負担しているのにも拘わらず、日本は国連の場でそれに相応しい待遇を受けていませんでした。 日本の外交官には戦前のトラウマが残っている性なのかも知れませんが、国際舞台で毅然とした態度を示すのを見たことがありません。日本人はディベートが下手です。「和をもって尊しとなす」精神は、外交の世界では通用しません。外交の世界では主張しないことは認めたこと同じに扱われるからです。 外務省は軟弱外交と国民から非難されながらも、外務書を独自の論理で外交を進め、主張すべきことを主張しないで国益を損ねたことは数知れずありました。 その点で今回の外務省の対応は国民を驚かせました。いち早く安全保障理事会に国連憲章7条を含む非難決議を提案し、中国の露骨な反対運動にもぶれなかったのは国連に加盟してから始めての出来事ではないでしょうか。 従来ならば、中国、ロシアが拒否権を発動することを示唆したら、一気にトーンダウンするのが日本外交でした。10日間、紆余曲折がありましたが、国民が心配するぐらい中国、ロシアに妥協せず、自説を貫き通しました。 結局中国、ロシアがおれて、非難決議が採択されました。国連憲章7条に関する項目は削除せざるを得ませんでしたが、外交の世界で場で100点満点ということはありません。これぐらいの妥協は当然でしょう。 見方を変えれば、アメリカのパートナーとして日本は上手く立ち回ったと言えるのではないでしょうか。同盟国であるアメリカに上手く利用されるのも、外交の世界では大切なことだと思えます。 安全保障理事会をクリアーしたので日本自身の北朝鮮に対する対応が世界から注目されます。日本の北朝鮮制裁が首尾一貫しなければ、世界から物笑いの種にされるでしょう。拉致、ミサイルは日本だけの問題ではなく国際問題だからです。 北朝鮮には数百発のノドンが実戦配備されているようです。韓国、ソウルに向けてスカッドミサイル、大型大砲が無数に配備されています。北の将軍様が自制力を失ったならば、韓国では数百万人の犠牲者が出るそうです。 北朝鮮に対しては強硬手段だけではなく、アメも用意する必要があるでしょう。北の将軍様の逃げ道を用意して、そこに追い込むような戦略が必要です。軍が暴走する前に政治体制を変更させ、体制を軟着陸させる高等な戦略が必要です。 北朝鮮では日米は鬼畜米英以上の憎むべき存在です。朝鮮戦争以来の憎悪がアメリカに集中しています。日本は拉致された人たちを解放させるために、国際社会と共に北朝鮮包囲網を完成し、金正日に圧力をかけ続けなくてはなりません。
2006/07/17
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障害者自立支援法が施行され、利用料の一部負担が制度化されました。ヨーロッパ型福祉社会は消費税を20%程度負担しなければならないのですが、国民の合意は得られないと思えます。さらに日本には国と地方を合わせると1000兆円ぐらいの借金がありますので、自己負担は仕方がないと思います。 しかし、自己負担額が貧しい人には負担が大きすぎます。非課税所帯の扶養家族、最低ランクで自己負担上限が月15000円です。これは収入が障害年金だけの人には負担が大きすぎます。 非課税所帯の扶養家族なら、家族の家計費の一部に障害年金が当てられていると思いますので、貧しい者はデイケアー、作業所を利用する必要がないと言っているのに等しいと思えます。 特に問題になっているのは、作業所などでは従来わずかながらも工賃が支給され、それが障害者にとって大きな励みになっていたのにも拘わらず、工賃はおろか利用料さえ払わなくてはならなくなったことです。 自立支援法では作業所は訓練施設のように評価されていますが、精神障害者の多くにとっては最終の働き場です。労働基準法で定められている最低賃金から見ればただ働きに近いような工賃でも、額に汗して得るお金は何にも変えがたいものだと思えます。 作業所は訓練施設ではなく労働施設として評価すべきであると思います。一定時間以上働く者は健康保険、国民年金に加入させるべきです。施設への補助は訓練施設とは別枠で行い、労働施設と認定し、利用料を徴集すべきではありません。 作業所を卒業して一般の企業に勤められようになる人は、100人の内1人か2人もいれば多いくらいです。精神障害者にとっての自立は仕事ができるようになることではなく、むしろ市内でアパートを借り一人で生活できるようになることだと思います。 「自立とは人並みに働くこと」は精神障害者に過度の期待を抱かせますが、現実の社会ではそれが叶う可能性はゼロに近く、精神障害者に失望を抱かせてきました。行政も福祉施設も障害者自身も自立幻想から解放されなければならないと思います。 インターネットの世界では自立支援法を自殺支援法と揶揄したホームページが散見されますが、家族が障害者の自己負担分を負担しきれず、障害者が作業所、デイケアなどに通えなくなる例が少なからずあるようです。 一方、生活保護所帯は自立支援法のサービスをいくら受けても自己負担はありません。「福祉はタダ」の世界に生きています。何をしてもタダの世界は利用者だけではなく利用施設にもモラル・ハザードを引き起こします。 いずれにしろ、生活保護所帯にも数千円程度の利用料を負担させ、非課税所帯からの自己負担を生活保護所帯の自己負担額の2~3倍程度に止めれば、自立支援法がよりスムーズに機能するのではないでしょうか。 障害者を抱える所帯の生活は普通の家庭よりも出費がかかります。自己負担の原則は尊重しなければなりませんが、自己負担に耐えられない家庭が自立支援法を利用できなくなれば、立法の趣旨が生かされないことになるからです。瀬戸キリスト教会
2006/07/16
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ぷらっとこうち事務局はをぷらっとこうちは自主団体だと言っていたように思えますが、自主団体の議事録の公開を求めるのに、なぜ高知県の情報公開条例に基づき情報公開の手続きを取らなくてはならないのか理解できない? 要するにぷらっとこうちは自主団体と自称しながら高知県の管理の下にあると言うことですね。それならば、今まで高知県がぷらっとこうちは自主団体だから県は関知できないと言ってきたのは嘘のようですね。 今回のトラブル?を第三者の目から見ると、高知県は事実上ぷらっとこうちを管理している(運営委員会(委員長)に県政情報課チーフを職務として派遣している)(事務局が高知県県政情報課にある)のに、都合が悪くなると自主団体だと言い逃れているように思えます。 高知県の管理職が事実上管理しているのならば、論理的、合理的な対応をすべきです。運営委員の感情論が先に出ていて、第三者には全く理解不能です。 裁判ならば原告と被告が双方の主張を展開させるのに、原告側の主張が傍聴人(参加者)は知らされていない。被告側の主張のみを聴かされている傍聴人は、裁判そのものが何について争われているのかすら理解できない。 ぷらっとこうちは高知県が管理しているのは事実のようですから、ぷらっとこうちの会員だけではなく、高知県民は何がなされているかを知る権利があります。 実施要項にあるように「ぷらっとこうちの運営は、参加者相互の協働により行う」とありますが、高知県と運営員会のみで事が進められ、参加者の間で情報が共有されていないことが最大の問題だと思えます。 少なくとも登録抹消するからには、登録抹消が妥当と判断した事実(当事者は公表されることを認めていたはずです)とそれが禁止行為のどの項に具体的にどう違反したかをを公示すべきです。 登録抹消はそれぐらいに重い処分です。一部の関係者だけが密室の中での談合(第三者からはそう見える)で決めて良い問題ではないと思います。瀬戸キリスト教会 HP
2006/07/15
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西村健一さんと竹内隆志のぷらっとこうちの登録が抹消されました。高知県から管理職が出向いて抹消を決めたそうですから、事実上公権力が行使されたと見なされます。 先ずぷらっとこうち運営委員会、事務局は議事録を開示してください。個人情報保護法を金科玉条のごとく持ち出しますが、個人の基本的人権を停止した決定を下した過程は、公共の利益に資するので個人情報保護法でも開示されるべき情報に相当します。 次に、第三者から見れば、西村健一さんと竹内隆志の書き込みは公序良俗に反するとは思えません。3年前に起きたトラブルは閲覧者からすれば既に時効が成立しています。運営委員会、事務局のローカルなルールを口実にした両氏に対するいじめのように思えます。 さらに、今回の処置は運営委員会の独裁体制を登録者に強く意識させました。検閲の恐ろしさは、処分を受け多当事者ではなく、むしろそれにより市民の口が閉ざされるところにあります。書き込みには既にその影響が出ています。 民主主義は言論の自由が保障されて、初めて機能するのです。事務局は私が意図的に排除されたと思われる措置を執りましたが、丁寧な回答が有り誤解だと分かったその日に、今回のような決定がなされたのは非常に遺憾です。 今回、両氏に取られた処置から見ると、私が強硬に異議を唱えたから処置を撤回したのだと思われても仕方がないでしょう。行政の場で解決できないのならば司法の場で決着を着けるしかないと思われますが、当事者でない私にはどうすることもできません。 最近司法の場では、行政の裁量権を抑制的に評価する判決が続いています。おそらく、司法の場に今回の措置が持ち出されば、高知県、運営委員会、事務局の執った措置は無効という判決が出るでしょう。 少なくとも、当事者はこの件に対する書き込みが一気に抑制的になったことに責任を感じるべきです。恐怖が支配する掲示板は橋本知事が目指した掲示板が換骨奪胎されたものとしか評価できません。 橋本知事にお伺いしますが、このような職員によるぷらっとこうちの換骨奪胎を知事として放置なされるのでしょうか。知事の公約とは矛盾するのではないでしょうか。知事のブログでご返答を願います。瀬戸キリスト教会 HP
2006/07/14
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今から5年前、2001年春、私はそれまで週に2~3回、抗鬱剤トリプタノールの点滴を受けていたのですが、突然ある日を境にして点滴を受けに病院へ行必要がなくなりました。主治医に診察の中で「最近妙に調子が良い。躁になったのかもしれない」と言ったら、主治医はニコニコ笑いながらカルテを開き、処方箋に書いてあるパキシルを指差しました。 1ヶ月位前に、私は主治医からSSRI(選択的セロトニン再吸収阻害剤)、抗鬱剤のパキシルが新しく開発されたことを紹介されました。副作用として眠気を伴うことなどの説明を受けましたが、不眠に悩まされていたので就眠前に飲むように処方してもらいました。私はそれまでパキシルと同じSSRIのルボックスを飲んでいたので、新薬だからといって特に期待はしていませんでした。ジュースの材料がミカンからオレンジに変わったぐらいにしか考えていなかったのです。ところが、私はそれまで寝たり起きたりの生活を続け、週に2~3回、点滴を受け続けていたのですが、パキシルを飲み続けることにより健康な人に近い生活を送ることが出来るように変えられたのです。私の脳の機能がパキシルを飲み続けることにより回復してきたのです。 SSRIは脳の神経伝達物質であるセロトニンが脳細胞のシナプスにある受容体に再吸収されるのを防ぎ、セロトニンの濃度を上げることにより脳を鬱状態から解放させる薬だそうです。私の躁鬱病、脳の機能の一部の欠損がパキシルを飲み続けることにより回復してきたのです。 35年前、私の最初の主治医は患者から見ても分かるほど重症な躁鬱病でした。彼は私に「足の不自由な人は車椅子や松葉杖を使うだろう。あなたは薬を杖代わりに利用することを考えなさい。薬を飲み続けることにより健康な人に近い生活が送られれば良いのだから。私は何を忘れても薬だけは持ち歩くようにしている」と言い、ベルトに取り付けてあるポーチの中の薬を見せてくれました。 私は35年間、薬を飲み続けてきましたが、私の人生は寝たり起きたりで終わることしか想定していませんでした。その想定が突然覆されたのです。足の機能を失った人が性能の良い義足を手に入たように、パキシルを飲み続ければ健康な人と変わらない生活が送られるようになったのです。 私が最初に抱いたのはむしろ違和感、あるいは恐怖感でした。私はそれまで鬱病の世界の中で生きてきました。暗闇の中でしゃがみ込み、足元しか見つめることができなかったのです。突然、暗闇の中に光が差し込み、目の前に未知な世界、自由な天地が広がりました。いきなり広がった世界を前にして私の足は竦みました。そーっと足を踏み出し、足下を確かめ、一歩一歩足を進み出し始めたのです。私は発病前、青春時代の感覚を思い出しました。何でもできると信じ込んでいた思春期の感覚を取り戻したのです。 しかし、現実の世界では私の脳は30年間正常に機能してこなかったのです。例え脳の機能が回復しても、脳はリハビリを必要としました。私は脳を活性化させるために読書をすることを選びました。近くの図書館に行けばオンラインシステムで本を取り寄せることができます。4年間の間に7~800冊近い本を読みました。読書を重ねる中で脳の機能は少しずつ甦ってきました。日常生活も規則正しいものへと変わってきました。私は5年間、一度も鬱状態に陥ったことはありません。 私はそれまで寝たり起きたりの生活を続け、一日に一回は布団に潜り込んでいたのですが、寝られず、眠剤を乱用したこともありました。家内に眠剤を取り上げられたくらいでしたが、今では一日一時間ぐらいは自然に昼寝ができるようになりました。眠剤の量も半減しましたが、睡眠は十分にとれるようになりました。早朝覚醒が続き、日の出前からインターネットをしていたこともありましたが、今はゆっくりと目覚めることができるようになりました。 それだけではなく、肉体も脳の機能が回復するにつれて回復してきました。インスリン、甲状腺ホルモンを補いながら生活をしていますが、体の隅々の細胞までが活性化されてきたのを実感することができます。単に脳の機能が回復しただけではなく、肉体の機能も回復してきました。QOL、生活の質そのものも高まってきたのです。 現代の精神医学の進歩は私たちの予想を遙かに超えています。私のように薬を飲み続けることにより、健康な人と変わらない生活を送られるようになる人はまだ少ないかもしれませんが、そう遠くない未来には新しい薬が開発され、脳の機能が回復してくる人も増えてくるでしょう。精神病は不治の病ではなく、治る病気になってきたのです。私たち精神障害者も未来に希望を持って生きることができるのです。瀬戸キリスト教会 HP
2006/07/13
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新堀川を暗渠にし、道路を拡張するために100億円近い財政負担をする余裕が高知県、高知市にあるのでしょうか。夕張市は決算が黒字でしたが、破綻しました。隠れ借金を返済するには50年間もかかる計算になるそうです。 自民党の次期総裁に誰がなるにしろ、地方交付税は減額されることはあっても増額されることはないでしょう。県も市も財政基金を取り崩しているようですが、「箱物行政」に市民は疲れてきました。 医療、福祉などに必要な財源は増えることはあっても減ることはないでしょう。医療保険、介護保険、障害者自立支援法などの制度改革があり、社会的弱者にしわ寄せが来ています。 100億円があれば、かなりのことができるはずです。経済効果も定かではない事業のために、老人から赤ちゃんに至るまで一人一人に1万円もの借金を背負わされるのは納得できません。 社会的弱者のために1万円を支出するのならば、私たちもそれなりに納得することができます。私たちもやがて老い、社会の世話になるからですが、業者と政治家を喜ばすだけの道路のための支出を認めることはできせん。 滋賀県知事選では「もったいない」の嘉田知事が当選しましたが、1兆円近い借金を背負いながらも新幹線に執着した前知事は負けました。 橋本知事は前知事の環境や福祉に対する行政能力を高く評価しているようですが、県民は知事の行政能力に関係なく「箱物行政」に疲れ切っていたからだと思います。 県民は「箱物行政」に疲れて切っているのです。行政改革の波が確実に襲ってくるのにも拘わらず、不要不急のものに税金をつぎ込み、次の世代に借金を積み残すことを平然と行う行政に愛想が尽きているのです。 私たち県民はかつて橋本知事を熱狂して迎えました。橋本知事ならば停滞していた高知県に新風を吹き込んでくれると信じていからです。どこかの知事と同じように公共事業にうつつを抜かして欲しくないのです。 小泉首相は財政出動を頑なに拒みました。それが公共事業に頼っていた民間企業を目覚めさせ、企業はリストラに励み、日本の景気を回復させたのです。 高知県の景気が上向くまでにはまだ時間がかかるかも知れませんが、日本の景気が上向いた現在、我慢のしどころだと思います。 県も市も民間企業なみのリストラをすべきです。先ず「箱物行政」から転換し、財政再建に心がけ、福祉社会に相応した行政に励むべきです。 県民は放漫財政、人件費を含めた無駄な出費に怒っているのです。橋本知事は高知県に乗り込んできた初志を貫徹してください。改革派知事の名を辱めないでください。期待しています。瀬戸キリスト教会 HP
2006/07/12
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北朝鮮が弾道ミサイルを連続発射したので、額賀防衛庁長官は「国民を守るために必要なら、独立国家として限定的な攻撃能力を持つことは当然だ」、麻生外相も「核を搭載したミサイルが日本に向けられるなら、被害を受けるまで何もしないわけにはいかない」と発言しました。 これに対し、韓国の盧武鉉大統領は日本が軍事国家を目指しているかのような発言をしましたが、弾道ミサイルに核兵器となれば日本の安全保障上対抗措置を取らざるを得ません。 朝鮮半島の祖国統一は彼らの悲願ですし、日本がそれに関与するのは筋違いですが、韓国が北朝鮮を援助し続けるのならば、日韓関係が悪化するのも仕方がないでしょう。 日本は戦後初めて日本領土にミサイルを撃ち込まれる危険に遭遇したのです。政府の反応は過敏すぎるようにも思えますが、北の将軍様の日頃の言動を見ていると杞憂とも思えません。 中国の過度な北朝鮮に対する肩入れには理解しがたいところがあります。中国は北朝鮮制裁決議案を議長声明に格下げする提案をしましたが、国際的に孤立しかねないリスクを敢えて負った真意は何処にあるのでしょうか。 ロシアも中国案に飛びついたのですが、この両国は北朝鮮が破綻すれば難民が流入するリスクを負っているからでしょうか。 いずれにしろ、中国が北朝鮮を説得できれば中国の大きなポイントになります。北の将軍様はそこを見越して瀬戸際外交に打って出たのだと思いますが、思い通りになる可能性は低いような気がします。 むしろ、弾道ミサイルの連続発射は日本とアメリカを硬化させた様な気がします。少なくとも日本の世論は、政府に対して北朝鮮へ経済制裁を含めた強硬措置を執ることを要求しています。 北朝鮮の置かれた状況は、太平洋戦争に突入した日本の状況に似ているような気がします。経済封鎖をされ、国が立ちゆかなくなってきたので、座して死を待つよりも瀬戸際外交に賭けたのかも知れません。 独裁者が支配する国は、常識を外れた行動を取りやすいものです。北の将軍様が錯乱して、日本にノドンを打ち込んできたならば、日本に対抗手段はありません。狂気が支配する国を相手の外交には常識が通じない面があります。 日本はアメリカと協力して国際的な北朝鮮包囲網を造り上げるように努力すべきでしょうが、追い詰めすぎて窮鼠猫を噛むにしたら危険です。アメリカの金融制裁に日本が加われば、北朝鮮に壊滅的な効果をもたらすからです。 日本国内でも専守防衛の概念が弾道ミサイル攻撃には通用しないので、北朝鮮の地上施設を攻撃できるだけの軍事力を持つ方向で議論が進むかも知れませんが、アジア諸国は日本の軍国主義化に反対するでしょう。 日本は事態の推移に冷静に対処する必要があると思います。世論の反発もヒステリックですし、政府の反応もいつになく素早い気がするからです。 東西冷戦時の体制から対北朝鮮、中国への安全保障体制に切り換える時が来たのですから、もう少し時間をかけて丁寧な議論をする余裕が必要だと思います。
2006/07/11
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「トンネル塵肺訴訟」でトンネル工事で塵肺になった元建設作業員と遺族らが、東京地裁に訴え出た賠償訴訟の最大の焦点は、国の行政責任「国が塵肺防止策など規制権限を適正に行使したか」でしたが、原告は全面勝訴の判決を勝ち取りました。 判決では、「塵肺を防ぐための規制を違法に怠った」国の怠慢を厳しく断罪し、「湿式削岩機と防塵マスクの使用などを法令で義務付けていれば、粉塵の発生、拡大を相当程度防止できた」と国の行政責任を認定しました。 塵肺は、呼吸困難に陥る深刻な病気です。原告らは、高度成長期やバブル期に全国のトンネル工事現場を渡り歩いて、塵肺になりました。 原告たちは、日本の高速道路網整備、新幹線や高速道路工事をを支えたいわゆる「トンネル屋」です。彼らは工事現場から工事現場を渡り歩き、劣悪な環境の中でトンネルを掘削したのです。 効率最優先の職場で健康は二の次にされました。ゼネコンにとっては彼らは使い捨ての人間穴掘り機でしかありませんでした。変わりはいくらでもいたのです。 列島改造論で代表される「箱物行政」は日本の景気の牽引車でした。経済が急成長した時代には、日本の血管網にあたる新幹線、高速道路を社会も必要としました。 東京オリンピックの時に、東海道新幹線が開通しました。東京と大阪も高速道路で結ばれました。日本の都市間の移動時間が急速に短縮しました。 バブル期までには日本の都市間の移動時間は、新幹線、高速道路、さらに飛行機を使えば一日以内に短縮しました。 高速道路網の整備が日本の経済、文化に与えた功績は計り知れませんが、その陰に「トンネル屋」の人たちの血と汗があったことを私たちは忘れ去っていました。 国は彼らが日本に貢献した経済効果に見合った保障を彼らにすべきです。生命をお金に換えることはできませんが、せめて生活の保障と治療費を国が負担すべきです。 私たちは日本の現状をもう一度考え治す時が来ているのではないでしょうか。日本は「狭い日本、そんなに急いで何処に行く」と言われるようになりました。日本には新幹線や高速道路はもう必要ないのではないでしょうか。 1000兆円もの借金を抱えながら、なお新幹線や高速道路を造るのは貪り以外の何物でもありません。次の世代に必要な交通網は既に整備したのですだから、後は維持費を支出する程度で「箱物行政」はもう止めるべきです。 少子化が社会問題化している時に、次の世代にこれ以上の借金を負わすべきではありません。彼らは私たちの世代の老後を支えるだけでも精一杯だからです。 生まれてくる子供一人一人が1000万円の借金を生まれながらに背負わされているのですから、子供を簡単に産めないのも当然です。 国民年金に若者が加入しないのも、日本の未来に希望が持てないからです。天文学的数字に達した借金を抱える国を信用せよという方が無理です。 「箱物行政」に励む政治家は自分の懐は全く痛まないので、人気取りのために「箱物」を造るのに何の痛痒も感じないのでしょうが、借金を返すのは国民です。 政治家は国民の痛み、怒りに気づくべきです。家族一人一人に1000万円もの借金があれば、家計を切り詰め借金を先ず返すのが庶民の感覚だからです。瀬戸キリスト教会 HP
2006/07/10
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1)ようやく生活がリズムに乗り出しました2)午前中は新聞購読(朝日、産経)(読売、毎日、日経の社説)をしています3)午後は読書、最近は興味が小説以外の分野に広がってきています4)ブログを書く、産経のブログ新聞izaにトラックバックを架けています5)ようやく追加のハルシオンを飲まずに寝られるようになりました6)昼寝もできるようになってきました7)調停を申し立ててから気分が動揺していましたが、落ち着くのに3ヶ月間かかりました8)現在の状態が続けばよいと思っています
2006/07/10
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社会保険庁が国民年金の支払い免除申請を違法、不適切に作成した件数は20万件を超えました。社会保険庁は民間から招いた長官が国民年金の徴収率を上げるようにノルマを課したのに対して、分母にあたる支払い免除者数を減らす事により徴収率をかさ上げしようとしました。 先ず、民間企業ならばノルマを課せられるのは当たり前のことで、それを小手先の書類操作で達成しようとした社会保険庁の職員の行為は、公務員に科せられた職務専念義務違反です。責任者は懲戒処分を受けて当然です。 国民年金の未払いが社会問題化した時に、大勢の職員が政治家や有名人の個人情報にあたる原簿を不法に閲覧し大量処分がなされたのにも拘わらず、またこのような違反行為が社会保険庁で平然となさたことは、社会保険庁を抜本的に変える必要性が国民の前で明らかにされました。 社会保険庁の職員は国民年金の徴収率を上げるために本当に努力したのでしょうか、疑問に思えます。小泉改革で長官が民間出身者に変わり、職員の中に組織的なサボタージュをする気配があったようにも報道されています。 役人の世界では机の上で書類さえ書いていれば仕事をしたことになり、地道に外回りをして仕事をすることを避ける傾向があります。おそらく、未納者に個別に当たり支払いを督促することしないで徴収率を上げる手段として、違法な手段を考え出したのでしょう。 報道によれば、本庁から指示が出た可能性が高いようです。組織的なサボタージュ、さらに違法な書類を作成したことで社会保険庁は解体的な出直しを求められますが、身内のかばい合いにより構造改革が頓挫する可能性も想定されます。 職員は本人にも利益になるのだから、行政の善意で申請したと言い逃れるつもりだったのでしょうが、行政の善意は違法な申請までも合法化するものではありません。さらに個人情報保護法にも明らかに違反している行為です。 行政の善意は役人の世界では常識でした。またそれが必要な場合も多くあるのもまた事実ですが、個人情報保護法が施行され個人情報に対して国民の目が厳しくなっている現在、役人の世界にも意識改革が必要です。 障害者自立支援法が施行されましたが、現場では申請書類の山を抱えて安易に申請書が作成されています。例えば私は通帳のコピーを提出させられましたが、これなどは明らかに行政の行き過ぎです。 しかし、「この子を残して死ねるか」と言っていた精神障害者の親自身が介護保険の対象になる年齢に達したので、行政の善意で書類を作成せざるを得ない現実も考慮しなければなりません。 行政は個人の基本的人権を保護する方向で、介護保険制度の見直しをしなければならないと思います。先ず、介護保険制度に携わる職員に個人情報を取り扱う者としての自覚を促し、必要な研修を十分に受けさせるべきです。 介護保険の導入は、行政サイドに十分な準備が整う前に導入されました。介護保険の対象者から見ても、拙速だと言う感じがします。 突然自己負担が導入され、施設にも利用者にも制度に適応するための準備期間が全くありませんでした。突然自己負担分を請求され戸惑っている人も多くいます。 障害者自立支援法は3年後に見直されることになっていますが、自己負担が過重になる利用者に対して何らかの軽減措置が執られるべきでしょう。
2006/07/09
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小泉政権最後の「骨太の方針2006」が発表されました。11兆~14兆円の財政削減を目指す意気込みですが、自民党、官僚などの抵抗が激しく、どこまで実現されるかは次期総裁次第だと思われます。 小泉首相の「財政出動はせず、赤字国債発行枠30兆円」に対し、亀井静香氏は「真水10兆円、事業規模で50兆円、国債を発行し内需を拡大する」と公約し、総裁戦を戦いましたが敗北し、郵政選挙で抵抗勢力は自民党から一掃されました。 もし、亀井静香氏が勝利していたら、赤字国債発行は100兆円の大台に乗った可能性があります。さらに、民間企業が財政出動に依存する体質から抜けられず、景気が回復しなかった可能性が高かったと思います。歴史に「もし」はないと言われますが、日本は旧ソ連のように破綻していたかも知れません。 国民は財政支出を伴う「箱物行政」に疲れています。高速道路、新幹線、空港などは狭い日本に十分行き届きました。特殊法人などの不要不急なものに税金をつぎ込むことにも疲れてきました。非効率な役所には怒りを覚えています。 国民は税金を本当に必要なところに効率よく注ぎ込んで欲しいのです。政府が本当に15兆円近く財政削減をするのなら、消費税を2桁にすることも納得できます。私たちの時代にした借金を次の世代に先送りすることは許されないと感じているからです。 私は非課税所帯の扶養家族です。収入は障害年金だけです。家内の収入と合わせても、今はやりの言葉で言えば負け組にあたりますが、夫婦で一日1000円あれば十分に満たされた食事を取ることができます。それ以上、何を望むかは人それぞれの生き方の問題ですが、欲求が満たされなければ負け組であると言う考えは、一度否定されたバブル時代の価値観の焼き直しのように思えます。 私たち夫婦は、生活必需品にかかる消費税が配慮されるのならば、消費税が2桁になっても十分に生活することができます。現在の経済状況が続くように十分に配慮されるのならば、消費税を上げる道が模索されても良いだろうと思います。 むしろ、与党の参議院選挙対策として財政の規律が失われることに懸念を感じます。滋賀県知事選挙の結果を見れば、市民は「箱物行政」に対し「もったいない」を感じてきているのです。政治家が利権の地元誘導が選挙対策だと思っているのならば、市民感覚から乖離していると考えた方がよいと思います。 政治家が予算の上積みを要求しているのでしょうが、それを許せば参議院選で与党は大敗するでしょう。小泉首相を圧倒的に支持した人々は自民党こそ抵抗勢力だと見なすからです。 日本が借金漬けになったのは、官僚、政治家、企業などが国を貪ったからです。しかし、彼らを放任した責任は主権者である国民自身にあるのです。少なくとも私たちの世代には次の世代に財政を健全にしてから委譲する義務があります。 今からでも遅くはありません。財政再建に自民党が正面切った立ち向かおうとしているのです。前回の総裁選挙の時とは、政治状勢が様変わりしたのです。「骨太の方針2006」は不完全かも知れませんが、政権与党が財政再建に大きく梶を切ったことを評価すべきです。次の総裁次第で「骨太の方針2006」は生きもすれば死にもします。総裁選挙に構造改革を支持する国民の意志を反映させましょう。瀬戸キリスト教会
2006/07/08
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北朝鮮がテポドン2、ノドン、スカッド、3種類のミサイルを発射しました。具体的に言えば、アメリカ、日本、韓国、さらにロシア、中国を射的距離内に含むミサイルのデモンストレーションを行ったことになります。 6カ国協議に参加している国々に対するデモンストレーションは大きな賭けです。常識を弁えた人間ならば絶対にしない賭けですが、北の将軍様は賭けに打って出ました。 北朝鮮包囲網が強化されても、クリントン大統領のようにブッシュ大統領が対話に応じてくると錯覚したのでしょうか、国内事情が何かあるのでしょうか分かりません。 日本の対北朝鮮強硬論は勢いづくでしょうし、対在日コリアンに対する政治工作、朝鮮総連と民団との和解も水泡に帰しました。 万景峰92も入港禁止になりましたし、対北朝鮮に対する制裁措置、送金停止などが具体化するでしょう。 日米同盟がさらに強化され、対北朝鮮軍事包囲網も強化されるでしょう。日本の世論も国土防衛のために自衛隊を強化する方向に動くでしょう。 一体全体、北朝鮮はミサイル発射で何を得ようとしたのか理解に苦しみます。あるいは内政問題が表面化したのでしょうか。 いずれにしろ、日本は核兵器の開発を宣言している北朝鮮が、核兵器の運搬手段も手に入れたことを、実感させられました。 理念としては、非武装中立もあり得るかも知れませんが、国際政治の前では机上の空論であることが、明確に示されました。 日本は日米安保条約があるから、外国からの侵略を想定していませんでした。旧ソ連を仮想敵国としてきましたが、ソ連崩壊で北の守りも平時に戻りました。 東西冷戦を前提にしていた国土防衛は、国際情勢でコントロールされない国に対しては全く無力です。 北朝鮮に合い口を喉に突きつけられたような現状では、冷静な議論がなされず、日本が軍国主義化される危険性を感じます。 先ず、外交努力を積み重ね、北朝鮮に失う物が如何に多いかを納得させることが重要です。 アメリカの金融制裁が北朝鮮を疲弊されている現状に、さらに日本、韓国からの援助が絶たれるたら、北朝鮮には中国の属国になるしか生き残る道がないことを、北の将軍様に実感させることが大切です。 中国の属国になったら、いかなることが起きるかは、朝鮮半島の歴史が示すとおりです。北の将軍様には中国の傀儡になって生き残る道しか残されていません。 逆に、核開発を諦め、ミサイルの発射実験を止めるならば、リビアのカダフィ大佐のように国際社会の中で生き残る道が残されていることを理解させるべきでしょう。 いずれにしろ、北の将軍様は最後のカードを切ってしまったのです。中国の属国として生きる残るか、国際社会の一員として生き残るか、彼自身が決断すべき時が来ていることを、日本は彼に理解させなくてはなりません。
2006/07/06
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広島市の小学高1年生、木下あいりさんに性的暴行を加え、殺害したペルー国籍、マヌエル・トーレス・ヤギ被告に無期懲役の判決が下されました。 この裁判に際し、小林さんの父親があいりさんが性的暴行を受けた事実を、実名で公表することを報道機関に要請しました。 報道機関は児童が性的虐待を受けた事件の詳細な報道を自粛していますが、父親が事実を世間の人に知ってもらい、死刑判決の正当性を理解してもらいたいと訴えたのです。 さらに今回の裁判を裁判所も裁判員制度のモデルケースと位置づけ、公判前整理手続きを採用し、5日間連続して開廷し証拠調べを終えました。初公判から50日目で判決公判を迎えました。 裁判の焦点は、ヤギ被告に死刑が言い渡されるか否かにありましたが、両親の期待に反して無期懲役の判決が言い渡されました。 判決では、ヤギ被告が「悪魔に乗り移られた」と不合理極まりない責任転嫁をしたと断罪されましたが、被害者が1人であったこと、前科がないことを理由にして死刑判決が避けられました。 性的暴行は女性にとって命を奪われるようなものだと訴え、あいりは二度殺されたと主張し、死刑を望んだ父親の願いは適いませんでした。 今回の裁判では、最高裁の判例で死刑の基準として9項目が示されていますが、下級審が児童に対する性犯罪の対応に戸惑っているのを感じさせられました。 公判前整理手続きが採用されたので、検察側がヤギ被告が母国ペルーで女児に対する性犯罪で2度告発されているのを立証する時間がありませんでした。控訴審ではさらに審議が尽くされるでしょう。 無期懲役の判決には、仮釈放を禁じる裁判所の意向も加えられましたが、制度として終身刑のない日本では、ヤギ被告が社会に復帰する可能性が残ります。 性犯罪は再犯性が高いと言われていますが、精神医学的に見れば精神病の範疇に入る人も多いと思います。 性犯罪を犯した者に対しては、医療刑務所での治療だけではなく、医療観察法による保護・管理がなされなければならないような時代になってきたのかも知れません。 少なくとも、殺人を犯した性犯罪者に、社会復帰の道を残す無期懲役刑には、疑問を感じざるを得ません。 死刑と無期懲役の間に、ヨーロッパのように終身刑を創設する必要があると思います。今回のようなケースのように、死刑が躊躇われるのならば、終身刑を言い渡すべきです。 裁判員制度が始まれば、裁判官ではない市民が、死刑の是非を判断しなければないケースが出てきます。市民に人の生死を判断させるのは、過重な負担であると思えます。 終身刑があれば、死刑反対論者も納得することができ、市民も死刑を宣告した重荷を負わなくて済みます。 死刑判決が増加してきましたが、終身刑があれば、裁判所の裁量の範囲が広がります。 さらに、無期懲役の者が仮釈放されて、凶悪な犯罪を引き起こすケースも防げるでしょう。瀬戸キリスト教会 HP
2006/07/05
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保険制度にも大きな問題がありますが、病院側もさらなるリストラをし、近代経営に励む必要があります。 例えば、電子カルテを導入し、レセプトの審査もIT化すべきです。産経新聞によるとレセプト1枚につき十円単位のコストがかかっているのが、円単位になるそうです。 現在の仕組みでは、電子カルテを導入している病院でも、レセプトを手書きで書き直しているそうですが、このようなことが通用する世界を理解することはできません。 電子カルテを導入している病院では、診察が終わればカルテは事務室に、処方箋は薬局にオンラインで届きます。治療費を払っている間にも薬局で調剤されており、受付から1時間ぐらいで薬を手にすることができます。 一方、従来の病院では、診察が済んでからカルテが事務室に運ばれ、事務室でカルテの内容がパソコンに打ち込まれます。それから受付で治療費が請求され、支払いを済ませてから処方箋をもらいます。薬局に処方箋を出してから、調剤が終わり、支払いが済むまでにも時間がかかります。半日がつぶれる覚悟をしなければ病院に行けません。 おそらく仕事を持つ人は、医療費が2割から3割になることよりも、1時間で薬がもらえるシステムの方を支持するでしょう。仕事をしている人にとって1時間は何とかやりくりできる時間ですが、半日の休暇を取らなくてはならないとすれば、病院に行かず、売薬で済まそうとするでしょう。 売薬でどうしようもなくなってから、初めて病院に出かけていく人が多いのではないかと思います。病気にとって初期治療が有効なのは誰にも分かっていることですが、病院に行く時間が取れないのです。 なぜ日本の医療が、患者の方を見ていないのかと言えば、病院から「患者の病気を診てあげる」と言う傲慢な姿勢がなくならないからです。他のサービス業から見れば、病院はお客をわざわざ来させないようにしているとしか思えないでしょう。 一事が万事です。病院からはサービス業としての謙虚な姿勢を感じられません。サービス業ならば、先ず利用者を待たせる時間を如何に少なくするなくするかを工夫するでしょう。平気で利用者を待たせるのは役所と病院ぐらいです。 患者は先生や看護婦さんの待遇を良くするのは賛成ですが、医療費として支払われたお金がどこかに消えていくのが我慢できないのです。 医療費を払うのは患者であることを理解していない医療機関があまりにも多いので、患者から不満が出るのです。 殿様商法をしている医療機関は淘汰されるべきです。近代経営ができない病院は患者から見捨て去られ、破綻する時代に来ていることを医療機関も肝に銘じるべきでしょう。堀 俊明のブログ(楽天):http://plaza.rakuten.co.jp/dochinn/
2006/07/04
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20年前、下司病院に入院していた時代のことですが、アル中仲間の夕方の楽しみは、夕刊に出ている飲酒運転で検挙された人の名前を見ることでした。「あの馬鹿が掴まっている」と嬉しそうに歓声を上げていました。 アル中の飲み仲間で、飲酒運転で検挙された者は、常識的にアル中と見なされるからでしょうか、仲間を見つけた嬉しさからでしょうか、異様な雰囲気が醸し出されたことを覚えています。 高知新聞が飲酒運転で検挙された人の名前を公表しなくなったのは、個人情報保護法などとは全く関係もない昔のことです。未だに高知新聞社の真意が分かりかねています。 高知県では飲酒運転で検挙された者は即懲戒免職と定められたからも、公務員の飲酒運転が続きました。管理職、教員までも年に何回か検挙されています。 公務員が懲戒免職になれば、先ず普通の職場では雇ってはくれないでしょう。肉体労働をするしかないでしょうから、収入は何分の一かに激減するでしょう。 退職金、年金を合わせれば、失ったお金は5000万円を超すのではないでしょうか。一方、代行運転を1万円で雇うとすれば、飲酒運転で検挙される確率が1/5000以上ならば元が取れる計算になります。 もし、人身事故を起こせば、人の生命を傷つけるばかりではなく、刑務所の中の生活を味わわなければなりません。 こんな馬鹿馬鹿しい賭は子供でもしません。その様な子供でも分かることが分からなくなるのがお酒の世界です。 お酒を飲むときには、飲み屋に車のキーを預け、代行運転で送り帰してくれるように頼んでからお酒を飲むぐらいの常識を持って欲しいものです。 自分だけではなく、家族も路頭に迷わすような馬鹿馬鹿しい賭をする愚か者にはならないように自重するべきでしょう。
2006/07/04
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滋賀県知事に嘉田由紀子さんが当選しました。知り合いから同窓生ではないかと尋ねられ、四明会(京大農学部同窓会)名簿を調べてみました。彼女は私の一年後輩で、彼女のご主人が一年先輩で母校の教授をしています。 彼女は団塊世代以後で、私と彼女のご主人とは団塊世代ですが、共に全共闘世代です。私たちは学生時代を無期限バリケードストが決行されていた京大のキャンパスで過ごしたらしいです。 私たちの世代は荒廃した学園を見限り、地方の研究機関に就職したり、海外へ出て行きました。彼女はアフリカで半年間現地の人と共に生活したそうですが、それが彼女流の「もったいない」運動の原点になっているのでしょう。 滋賀県は1兆円近い借金があるのにも拘わらず、数百億円をかけて新幹線の駅を誘致しました。京都から滋賀まで新幹線ならば10分しかかからないところに新駅を誘致しても、健在効果はほとんどないと思えます。借金の利子すら賄うことはできないでしょう。琵琶湖に流れ込む川にダムを造っても、どれだけの意味があるのか理解できません。 滋賀県民は「箱物行政」にノーを突きつけたのです。日本経済は回復してきましたが、国、地方の借金は合わせて1000兆円になろうとしています 。それにも拘わらず、「箱物行政」を変換できない政治家の常識を疑います。 夕張市は財政破綻し、財政再建団体に指定されましたが、50年間も借金を払い続けなくてはならないそうです。借金を隠し続けた市長や市の職員も職員ならば 、それを放置した議会も議会です。お金を貸し続けた銀行も銀行です。 年金を担保にお金を借り続ける多重債務者とお金を貸し続ける悪徳金融業者との関係と全く同じ構造ではないでしょうか。 総選挙で小泉首相が圧勝したのは、既得権擁護を主張する抵抗勢力に対して国民はノーと意思表示をしたからです。「箱物行政」からの転換を国民は求めているのに、政治家がそれを理解し得ないところが、日本の政治の構造的な弱点です。 自民党と民主党が相乗りしてのにも拘わらず政治に無関係に過ごしてきた1エコロジストに負けたのは、日本の政治家が世論の動きに対して鈍感な徴です。既に構造改革は政治の世界にも及んでいるのを、政治家だけが気づいていないのです。 高知県、高知市の財政は本当に大丈夫なのでしょうか。隠れ借金はないのでしょうか。一度財政再建団体に指定されたら、リストラの嵐に晒されます。市民サービスも停滞してしまいます。職員の生活水準も著しく落ちてしまうでしょう。 高知市が建設したカルポートなどは典型的な無駄遣いの例です。100億円の投資に見合う効果があったなどとはとても思えません。新堀川の上に道路を通すのも、100億円の投資に見合う経済効果を得られるとは思えません。 高知県知事、高知市長も財政に余裕は全くないのですから、市民サービスを優先し、「箱物行政」から手を引いて下さい。その日を生きることすら自由にならない人たちに対して税金を使って下さい。 老人問題、障害者問題、教育問題、など今手を打たねば手遅れになる問題はいくらでもあります。 市民が期待する政策の優先順位が従来の政治、行政の常識からずれてきているのを自覚してください。瀬戸キリスト教会
2006/07/04
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小泉劇場も撤退命令を自衛隊のイラク派遣部隊に出したところで、幕が下ろされようとしています。小泉首相の5年間を一言で言えば、構造改革と日米同盟といって良いだろうと思います。カーテンコールは日米首脳会談でした。 ブッシュ大統領は盟友小泉首相を異例の厚遇で迎えました。両首脳は「新世紀の日米同盟」と題した共同文書を発表し、自由や民主主義などの普遍的価値観を共有する国同士として、共通の利益を追求していく姿勢を強く打ち出しました。 「ジュンイチロー」はイラク戦争で国際的に孤立したブッシュ大統領を救い、アメリカを強力に後押ししました。「ジュンイチロー・ブッシュ」は単に政治的な思惑を越え、個人的な信頼関係で結ばれた盟友でした。 日本人としては初めて大統領専用機エアーフォース1に大統領と同乗し、プレスリーの記念館を訪ねました。アメリカのマスコミにも派手に取り上げられたそうです。小泉劇場のフィナーレとしては最高の花道でした。 その陰では、橋本元首相が、静かに息を引き取りました。弟の橋本大二郎高知県知事は、断腸の思いの死と形容した死でした。働き盛りの68歳の死でした。政治家の世界の非情さ、歴史の無情さを感じさせられる死でした。 政治家には、個人の能力では左右できない世界があるようです。天の時、地の利、人の和、と言いますが、政治家には歴史が与えた使命がそれぞれにあるのでしょう。 政治家小泉純一郎は奇人と言われながらも、沈没しそうになった日本丸を自力走行できるまでにしました。自民党の派閥政治を公約どおり破壊しました。日本を構造改革の嵐が荒れ狂いました。 小泉改革は見方を変えれば、無血クーデターとも言えるかも知れません。彼に与えられた歴史的使命は日本の疲労したシステムを破壊するところあったと思います。 奇人小泉純一郎は権力の頂点で自ら舞台を下りました。構造改革関連法案を成立させただけで、国会を延長しませんでした。衆議院の2/3の議席を得ながらも、伝家の宝刀を抜きませんでした。 小泉流美学は散り際に美を感じさせる日本人的な感覚です。歴史的使命を果たし、後継総裁に日本を委ねるのが彼流の生き方なのでしょう。 彼の後継者は、構造改革の嵐が吹き荒れた日本を、立て直さなければなりません。先ず都市計画の青写真を描き、仮設住宅の建設と配置を決めなくてはなりません。 自民党後継総裁は、国民にオープンな姿で争われなくてはなりません。総裁候補はブロック会議で未来の青写真を国民の前に明らかにしなければなりません。もし、談合で後継総裁を決めたら、自民党は国民の支持を失うでしょう。 小泉流ワンフレーズ政治は稀代のアジテーター小泉純一郎だからできたのであって、後継総裁は国民に対して丁寧に語りかけなくてはならないでしょう。小泉政治が引き寄せた若者を無視した政治をすれば、日本を停滞させる道に繋がります。 アメリカの大統領選のように、総裁候補が国民に直接語りかける姿勢を貫けば、国民も自民党が変わったと認めるでしょう。日本の政治の未来が自民党総裁選にかかっています。西風の会 HP, 瀬戸キリスト教会 HP
2006/07/02
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