2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全8件 (8件中 1-8件目)
1
おかけしました。生きております。実際生きてるだけって時もあったような気もしますが今はちょっと自室の2台パソコンのハードディスクの増設とシステムの再インストールとか、しています。こちらのネットに接続するパソコンは今まで17Gという非常に容量不足の状態でありまして、今まで(というか今更まだ)つかっていた98SEを捨てて、(常時接続常時立ち上げ状態の私は)主にリソース解放の都合やらなんやらで安定性を求めてWindows2000などをインストールしてみたところ完全に容量オーヴァーでして・・・一念発起。神戸に一つしかないドスパラで200GのHDDとATAボードを購入し、音楽用パソコンにそちら組み込み、今まで音楽用に使っていた40GのHDDをこちらに移植しようということで奮闘しておりました。音楽PCの方はまっさらなHDDにシステムを組み込む訳でして、たいしたことはないのですが、こちらのPCには何分、17Gの容量とはいえ、今まで保存してきたmidiデータやら、ソフトウェアサンプラーのパッチファイル,mp3やら動画(エロちゃうで)が膨大な量、溜まっておりまして、昨晩、このPCのデータと、40Gの元音楽PC用HDDのCubaseファイル、動画、mp3なんかのデータを全部200G、音楽用PCにバックアップしたところであります。200Gってすごいよね・・・10GのハードディスクをマスターHDDに使っていた私としては20倍の容量なわけです。こちらのパソコン、都合15Gくらいのすべてのデータはもちろん、40Gハードディスクに入っていた都合20G~30Gのファイルは余裕で80Gのパーティションにバックアップされたのでした。っていうか、こんなの一日でやれよという話なのですが、割と鬱々でした。ええ。やらなきゃと分かっているのに、手をつけられない、みたいな。正味、この2日くらいでやっと動いております。ギターも弾きたい弾きたいと思いながら、気がつくと3週間ほどさわっておりませんでした。ぐはぁ・・・;ということで、こんな締めですみません。ご心配かけて申し訳ないです。今日でなんとか作業が終わってネットに復帰できればと思います。これ書いてるぢゃん、と思われるかもしれませんが、今のこのパソコンは昨夜バックアップも取られて、今からまっさらに消去され、一からインストールされる運命にあるので、このシステムでは最後のお仕事ということであります。と、何よりも、心配してわざわざ生死の確認のため電話してくれたdigiengel、ありがとう。
2005年07月29日
コメント(6)
どうしたんだろう・・・遅れてきた梅雨の湿気で換気が出来ない、っていう理由は解っているのだけれどそれにしても生活リズムがおかしい。夜眠くなれる。けれども目が覚める。二日分の睡眠薬を飲んだのにふらつき以外の効果が全く現れない。3包目の睡眠薬を飲むべきか迷っている。こんなに時間があったらギターでも弾きたいのだけれどもこんな調子だからふらついてギターや機材にぶつかりそうになるばかりでとても弾けるような状態でもなく。だからと言って昼間は寝ていてしまうし。昼間はずっとまたボケーっとしてしまう。夜もフラフラ、昼もボケーっとしてちゃ何も出来たもんじゃない。彼女にも心配かけたりとかして自己嫌悪に陥るばかりで。湿気の為に換気出来ないと、ギターの事も機材の事もあるからドライ運転をしておく。最初は単純に断熱の為にカーテンを締め切っていたのだけれどまた光が嫌。また部屋が結界。まだ外に出れるだけ良いのだけれども。久しく奥底にんで潜んで居た欲求がを首をもたげてきてカミソリが恋しい。前は泣きたかった。泣けなかった。今は泣きたいとさえ思わない。けれども流れ出る赤黒い血が眠りに導いてくれるような気がして。此処は嫌い。都会は私にはダメだ。いつから日本ってこんなになってしまったんだろう。都会なんて”作り物の街”に申し訳のために”作り物の自然もどき”をちりばめて。私もつくりもののヒトかしら。いやそうならなきゃいけないのかしら。ヒトじゃなくて人間なんだよなってたまに確かめなきゃ怖くなる。あのヒトらが人間で切り裂いて赤黒い血が出てくるのなら、私の腕からはせめて青い血でも出てきてくれたらば良いのに。諦めもつくだろうに。
2005年07月13日
コメント(2)
北朝鮮との緊張感が増したときも911の時もそして今回のロンドンのテロの時もこの映画を見直したが所詮アニメ映画と言われるかもしれないがヘッドギアの先見性とういうのはかなりのものだなぁと思ったりもするわけです。この映画ではベイブリッジが爆破されます。踊る捜査線2の映画版が決まった時にこれのパクリじゃないかと言われたのはそれ故です。が、踊る~などのように甘くはなく実際ベイブリッジは 爆撃され、破壊されるのです。† † † † † † † † † † † † †荒川(陸幕調査部別室;自衛隊側):後藤さん(注:漫画版、アニメ版にも出てくる特車2課隊長:警察側)。警察官として、自衛官として、俺達が守ろうとしているものってのは何なんだろうな?前の戦争から半世紀。俺もあんたも生まれてこの方、戦争なんてものは経験せずに生きてきた平和俺達が守るべき平和だがこの国のこの街の平和とは一体何だ?かつての総力戦とその敗北、米軍の占領政策、ついこの間まで続いていた核抑止による冷戦とその代理戦争。そして今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争。そういった無数の戦争によって合成され支えられてきた、血塗れの経済的繁栄。それが俺達の平和の中身だ。戦争への恐怖に基づくなりふり構わぬ平和。正当な代価を余所の国の戦争で支払い、その事から目を逸らし続ける不正義の平和後藤:そんなきな臭い平和でも、それを守るのが俺達の仕事さ。不正義の平和だろうと、正義の戦争より余程ましだ荒川:あんたが正義の戦争を嫌うのはよく分かるよ。かつてそれを口にした連中にろくな奴はいなかったし、その口車に乗って酷い目にあった人間のリストで歴史の図書館は一杯だからなだがあんたは知ってる筈だ。正義の戦争と不正義の平和の差はそう明瞭なものじゃない。平和という言葉が嘘吐き達の正義になってから、俺達は俺達の平和を信じることができずにいるんだ戦争が平和を生むように、平和もまた戦争を生む。単に戦争でないというだけの消極的で空疎な平和は、いずれ実体としての戦争によって埋め合わされる。そう思ったことはないかその成果だけはしっかりと受け取っておきながらモニターの向こうに戦争を押し込め、ここが戦線の単なる後方に過ぎないことを忘れる。いや、忘れた振りをし続ける。そんな欺瞞を続けていれば、いずれは大きな罰が下されると後藤:罰? 誰が下すんだ。神様か?荒川:この街では誰もが神様みたいなもんさ。いながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。何一つしない神様だ。神がやらなきゃ人がやる。いずれ分かるさ。俺達が奴(注:ベイブリッジ爆破を画策した柘植という男)に追い付けなければな† † † † † † † † † † † † †”今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争。そういった無数の戦争によって合成され支えられてきた、血塗れの経済的繁栄。それが俺達の平和の中身だ。戦争への恐怖に基づくなりふり構わぬ平和。正当な代価を余所の国の戦争で支払い、その事から目を逸らし続ける不正義の平和””戦争が平和を生むように、平和もまた戦争を生む。単に戦争でないというだけの消極的で空疎な平和は、いずれ実体としての戦争によって埋め合わされる。そう思ったことはないかその成果だけはしっかりと受け取っておきながらモニターの向こうに戦争を押し込め、ここが戦線の単なる後方に過ぎないことを忘れる。いや、忘れた振りをし続ける。”嗚呼、まさに多くの日本人が考える事も意識することのない事。もしかすると、911やロンドンで犠牲になった人達、テロリズムに憤慨する人達の中で、他国をで足蹴にして成り立たせている平和、経済的繁栄、生活の利便化、何より我等のみ良ければ(異教徒や下等人種など)なんとでもなれという経済的欲望、そういったものの為に虐げられる者の不条理、怒り、対価というものがいつか自分にも巡ってくるかもしれない、因果は応報しそれはぬくぬくと”後方”に居る”つもり”の自分たちに降りかかるかもしれない、などと考えていた人は極少ないんじゃないだろうか。冷静に・・・いやごく普通に見てみれば、平和憲法なんて空虚な幻想、せめて言うならばポーズに過ぎない。9条は宗教ではない。拝み奉るものでもなけい。今日本で実現している平和などは幻想の上・・・いや弱者を踏みにじった上に成り立っているものであることを意識しながらそれでも拝み奉護憲派と言われる人間達などほとんど盲目なカルト信者のようなものだと思う。こんな世界の中では、平和は何かの犠牲の上に成り立った偽善でしかないし、戦争は宗教、経済、の絡んだ外交の最終手段でしかない。”平和憲法”などという教典をこちらが持って居たところで相手の持っている思想宗教書はそんな生ぬるいものなど粉砕して我々を平気で殺してしまうかもしれないのだ。先進国が後進国を使って安い食料、製品を作ってまるで無関係であるかのようにぬくぬくと暮らすのと同じように、戦争というのも結局、先進国が(自国の犠牲を避ける為に)後進国を使ってぬくぬくと行う外交行為にすぎないわけだ。けれども人件費をケチるのとはまた違って、それは平和ボケしたジャイアニズム先進国にもフィードバックしてくる。911とロンドンとでよくよく解ったではないか。なんて思った眠れない夜。つぅか朝。
2005年07月11日
コメント(0)
7日。英国のチューブとバス(最もこちらはミスかもしれないと言われているようですが)同時多発テロがあったわけです。まぁ本当は一緒くたに考えるのもアレかもしれませんが、”ブッシュのプードル”とまで言われたトニー・ブレアです。まぁ単純化してキリスト教原理主義者かつ石油派閥の操り人形ブッシュとその連れのブレア、ペーペーチンピラ、アメリカ様のなさることなら、なんでもYesの小泉って所になるのでしょうが。少し話がずれますが、米国の属国のような日本でありますが、何故、アメリカの51番目の州として吸収されることがないか、ご存じでしょうか?まぁ受け売りですけれどね。アメリカの人口は3億人弱です。日本はご存じ1億2千万強となります。さぁそうなるとどういうことになるか?WASPはWASPでアメリカを経営して行きたいにも関わらず、現国内の有色人種のみならず、日本を州として統合してしまうと、約1/4の有権者が日本人になるわけです。そして日本人はWASP達にとっては所詮、有色人種です。アメリカも最近は閣僚に黒人を入れてポーズだけは取っていますけれど、ヒスパニック系の閣僚が居ましたっけ?有色人種が大統領になったことがありましたっけ?そう、日本人、がアメリカ全体の約1/4の選挙権を握ってしまうというのはWASPに取っては絶対避けたい事態なわけです。故に、日本は属国根性のアホ外交をすることはあっても州として統合されることはない。と、いうことで話をテロに戻しまして。911というのは一つの、”西洋側で一線が超えられた”という意味でのショックはあったのですが、今回は死傷者の数云々というよりも、”嗚呼、さもありなん”ということで特に貿易センタービルのような大きなショックはありませんでした。911とて、ショックの後でよく考えてみれば、アルカイダというのは自分の都合の良いようにアフガニスタンを弄りたかったアメリカが育てた武装組織なわけで。”郷に入りては郷に従え”ということわざを知らないジャイアニズムな米国が後々いまごろになって過去の飼い犬に腕を噛まれたってだけのことな訳で。で、犠牲者の方にはご愁傷様ですと言うしかありませんが、アホなジャーナリズムが”罪のない人々” ”罪のない市民”なんぞと言うているのは反吐が出ます。911にしろ今回のロンドンにしろ、”罪がない”のは最低限で言うならば911ならば米国人でない、今回のテロでは国人ではない”外国人”と、まだ選挙権を持たぬ子供だけです。チューブで殺された多くは選挙権を持つ英国民でしょう?例えイラク政策に関してどのような考えを持っていようと選挙権を行使、もしくは否行使することによって、今の”プードルブレア”政権をつくり出した、”選挙権の分だけ”責任とそれに伴う覚悟は在ってしかるべきでしょう。罪がないなどとは詭弁どころか愚弁にすぎません。無論、その”選挙権の分だけ”の選挙民としての政治的責任が、死に値するかどうかというのはまた別の問題です。しかし made by アメリカ のアルカイダにとってはそれは死に値することだったわけでしょう。アルカイダを作り上げるときにもう少し相手の文化や思想を考えるべきだったのかもしれませんやね。国際化=アメリカナイズ、世界の警察国家(私に言わせれば世界の神奈川県警程度かと思いますが)アメリカによるパックスアメリカーナもそろそろボロが出てきているのかもしれません。そこにキリスト教原理主義、狭間の鼻つまみ者イスラエル、ユダヤ、イスラム原理主義。その下に横たわる石油利権。アメリカに正義など元々ないのですよ。イラクを攻撃するのとて石油が関係せねば何もしなかっでしょう。イラクの人権侵害や核脅威など北朝鮮のモノに比べれば取るに足らない。以前からずっと私は言っているけれども人権が云々と言うならチベットを中国から解放すれば良い。自称”南京大虐殺”よりも悲惨な虐殺を中国はチベットで行っていたにも関わらずアメリカは何故関わらない? 台湾を何故独立させない? 中国とビジネスをしたいから。 そんな利権の亡者が正義を振りかざしても説得力はない。テロリズムを決して肯定はしないけれどもアメリカにしろイギリスにしろ、テロと断固云々とか言う前にどんだけ自分等が他文化を侮辱し逆撫でし、金勘定だけで動いてきたか反省すれば状況も多少なり変わろうものを。友人曰く、戦争はビジネス。父親曰く、戦争の根本にあるのは経済意外のものでもないアメリカが国連を無視してまで暴走したのは、経済、ビジネス、金になるからに他に何かあるだろうか?結局証拠も出ずお題目など今は虚しいだけ。まぁそれでも、どのみち前線に赴くのはアングロサクソン達がアメリカ国民だなどと思っちゃいない、低所得層や、外国から来て、アメリカ国籍を得んが為に軍隊に入ったような人達だ。アフガンだろうがイラクだろうがいくら殺られようもWASP達は痛くも痒くもないだろう。けれども、自分達のフィールドで”何の罪も”なくはない市民が犠牲になるとまいどおきまりのテロとは断固云々だ。以下他日記サイトからの抜粋だが、*****同じ一つの”神”を信じてるユダヤ教やらキリスト教やらイスラム教やらが、一つの同じ神の下でまぁキリスト教的に言うなら”汝の隣人”をムカついたら撃ち殺して、”片頬を打たれ”てもブチキレて撃ち殺すっていうのは、滑稽だよなとか(ry*****まぁ神が居るとするならえらいこと人間を放し飼いにしてるもんだ。よっぽど根性曲がってるんだろうな。Extremeの”There is No God”って曲やSlayerの ”God Hates Us All”なんかをちょっと彷彿としてみたりする。田中芳樹の著書にこんな下りがあったように思う。「全知全能の神がいるとういなら、”自分の言うことを聞かない女”を造ってみればいい。それが出来ないのなら全知全能ではないし、それが出来たならば神はその女に言うことをきかせられないのだからそれも全知全能ではない。」まぁ、だから、アホやってるキリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒、っていうのを放し飼いにしか出来ないのかもしれない。そして同じ神を信じる人間達は細かな違いと傲慢と無知と理性の欠如によってバカな殺し合いを続けるわけだ。せめて日本は元々多神教の国だ。仏教には神は居ない。もっと取るべき立場があったろうに。と、言ったところで私も、そんなまともな政権を実現できず、自民党に創価学会なんていうカルトがくっついた気色悪い政府を付くってしまったいち国民としてのレスポンシビリティがあって、どこかで爆発テロが起こって肉片飛び散るかもしれいわけだ。まぁ、アルカイダが日本なんて国を相手にするかどうかは甚だ疑問だが。
2005年07月10日
コメント(0)
七夕の日。本当は一日遅れだけれども、彼女と(つか彼女を元彼から奪って)つきあい始めてから半年。前々カノはどのくらい続いたんだったか憶えてねぇですが、前カノは長く続いたとはいえ、”逢うのが半年ぶり”、”数ヶ月ぶり”とかいうことがしばしば普通にあったので、こうやって普通に恋人同士のように(って恋人ですが)逢ってデートして、んで近くに居てもなんというか互いに押しつけることもなく(前々カノはこれが別れるきっかけだったので)ちょくちょく違う所もありつつも趣味も合う方なので、こうやって寄り添って半年、というのは私的には凄いことかもしれません。というわけで結構久しぶりかな?外で半年記念?デートしました。結構前から彼女が着る服を色々悩んでたんですが、デートがキタだったのでまぁそこまでゴスな感じでなくて良いやろ~とか言うてたのですが、髪を黒に戻した彼女は上から下まで真っ黒な結構ゴスな格好。私ももう少し気合い入れて行けば良かったぜ・・・いや、まぁそんなことはともかくお目当てのスイーツバイキングがHEPにあったのですが、な ん と セール前だからなのかそんな日に限ってHEP5全館お休み。仕方ないので某富国生命ビルの地下のスイーツバイキングへと・・・。結構いつもの普通のデートやん、とか互いに言いつつも帰りにBlack Peace Nowに寄ってみたり、彼女も久しぶりにうちに来てみたり、充実した幸せな時間でした。ここまでノロケを普通に書くのははじめてかもしれんなw七夕繋がりということで後で彼女と電話をしたときに話に上ったのですが、実は田舎育ちながら、私は天の川というのを見たことがないのです。広島の田舎で見えないのですからこんな都会では言わずもがな。いつか、どこか空気の綺麗な山の上にでも行って彼女と二人で星空を見上げてみたいものだと思ったのでした。まぁご存じの通り、7日には世界的な事件もありまして、私は彼女をJRの駅に送って行った時に張り出されていた号外で知ることとなったのですがその話は折角の半年記念だったのでまた別の機会で。
2005年07月07日
コメント(4)
読んで無かったので読んだ。http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2381_13352.htmlここなどにあるので、夢野九作にご興味の在る方は是非。短編ですので15分もあれば読めます。聖書と鉛筆とノート、虫眼鏡とナイフ、そして3本のビール瓶を持って、兄妹は遭難し、島に流れ着く。そして10年の間その島で暮らし、兄は妹の躰の”奇蹟のように美しく、麗沢(つややか)に長(そだ)って行く”のを見、”ある時は花の精のようにまぶしく、又、ある時は悪魔のようになやましく”感じる。妹が同じように兄のことを感じはじめた時、彼らは神に祈り、神の示しのないことを悟ると兄は聖書を焼き捨てる。瓶に詰め流された手紙に綴られた手紙は助けの船を呼んでしまう。最後の瓶に† † † † † † † † † † † † †ああ。手が慄(ふる)えて、心が倉皇(あわて)て書かれませぬ。涙で眼が見えなくなります。 私たち二人は、今から、あの大きな船の真正面に在る高い崖の上に登って、お父様や、お母様や、救いに来て下さる水夫さん達によく見えるように、シッカリと抱き合ったまま、深い淵の中に身を投げて死にます。そうしたら、いつも、あそこに泳いでいるフカが、間もなく、私たちを喰べてしまってくれるでしょう。そうして、あとには、この手紙を詰めたビール瓶が一本浮いているのを、ボートに乗っている人々が見つけて、拾い上げて下さるでしょう。 ああ。お父様。お母様。すみません。すみません、すみません、すみません。私たちは初めから、あなた方の愛子(いとしご)でなかったと思って諦らめて下さいませ。 又、せっかく、遠い故郷(ふるさと)から、私たち二人を、わざわざ助けに来て下すった皆様の御親切に対しても、こんなことをする私たち二人はホントにホントに済みません。どうぞどうぞお赦(ゆる)し下さい。そうして、お父様と、お母様に懐(いだ)かれて、人間の世界へ帰る、喜びの時が来ると同時に、死んで行かねばならぬ、不倖(ふしあわせ)な私たちの運命を、お矜恤(われみ)下さいませ。 私たちは、こうして私たちの肉体と霊魂(たましい)を罰せねば、犯した罪の報償(つぐのい)が出来ないのです。この離れ島の中で、私たち二人が犯した、それはそれは恐ろしい悖戻(よこしま)の報責(むくい)なのです。 どうぞ、これより以上(うえ)に懺悔することを、おゆるし下さい。私たち二人はフカの餌食になる価打(ねうち)しか無い、狂妄(しれもの)だったのですから……。 ああ。さようなら。† † † † † † † † † † † † †夢野久作は作家になる前に僧侶であったこともある。聖書にも通じていたのだろう。教養として通じているのが当たり前の時代だったのかもしれない。(今の常識的教養の程度って昭和のはじめ頃よりも明らかに低いと思うのは私だけでしょうか)明かにこれはアダムとイヴのように私には感じられる。神がエデンを管理させるために塵、またたは土(アダマ)から人(アダム)を作り、アダムのあばら骨からイヴ(エヴァ)が作られる。非常に近親的ではある。故に瓶詰めでは兄と妹として描かれているのだと思うし兄妹の流れ着いた島はエデンに相当するのだろうラルクの歌詞にもあったけれどエデンの園の中央にある善悪の木の実は食べてはならないと神は言う。しかし、蛇にそそのかされてイヴは実をたべ、アダムも渡されて食べる。二人は自分たちが裸であることを恥じるようになり、いちじくの葉で腰をおおう。クリスチャンがどうこれを理解するのか私は定かではないし、往々にして、蛇は悪者として扱われる。そして、”果実”はエロスの象徴となり、女性が食事の後に果物を出した場合はつまるところエッチOKというほのめかしになったりもする。(そういう前提知識があれば、ね)神は人に、禁じた。しかし、禁断の果実が存在し、それを食べるようにそそのかした蛇、という存在があってこそ、エロスが生まれ、男女という認識が生まれ、子を産み育てる事が出来るようになるし、それに気付く。神の言うとおりにしていたならば、アダムとイヴは男女の違いを認識しないまま恥じらいはなく、子供も産むこともない。まぁこういう話は神話の類で、実際にあった話とも思ってはいないが、神の真意はどこにあったのであろう?禁じたことが本気であるならば男女、恋愛、エロス、セックス、人間など神には祝福されては居ないことになるのだろうか。瓶詰地獄では特に蛇のそそのかす存在も禁断の果実も存在はせず、ただ、聖書のみが存在する。楽園に等しい島の中での自然な兄妹の成長の中でアダムとイヴの如く近親である兄妹は自然にその間に・・・そそのかすもの、意識させるものは蛇でも果実でもなく、自分たちであり、それを”罪”として押しとどめる材料になったのは聖書であり。しかし、その聖書が焼かれたことによって、楽園を追放された事のように、解き放たれる。神が土から作った人間が果実を食べたのは神のミスなのか。それとも解って居ながら禁じた”想定範囲内”の神の戯れなのか。瓶詰地獄でも最初から神=聖書がなければ兄妹(所詮はクリスチャンが人間の祖と考えるアダムとイヴも近親なのだ)は自然なまま、あるがままにあり、罪を感じる必要もなかったのではないか。夢野久作がこの作品を書いた意図は計りかねるが(って調べろよって話もあるけれど)聖書などなければ、あの兄妹はただ、幸せであったはずなのに。神が戯れにアダムなどを作らねば失楽園もなかったのだ。その代りに人間はこうやって男女の間に愛を結ぶこともあるまい。人間を人間たらしめたという意味で蛇は賞賛されこそすれ、嫌悪されるべき対象でもないし、(とは我が大学のキリスト教図像学の教授の弁でもある)善悪の木の果実を禁じ、ただ人間に善悪とエロスをあたえまいと神がしたならば神よりも蛇の方が崇拝されても良いであろうに。アダムが先でイヴはアダムから作られたというが、最初の人類、ホモサピエンスは、アフリカ南部に端を発し、ミトコンドリアのDNAを調べると20万年前の一人のアフリカ人女性を共通の祖先とするという。ミトコンドリアは母親のモノを浸け継ぐので、全ての人類は母方のミトコンドリアを遡れば全ての母親であるこの彼女、イヴと名付けられている女性にたどり着く。”人類皆兄弟”という陳腐な言葉もまんざら嘘ではない。我々は皆彼女に端し、ネアンダルタール人の全滅をも横目にたかが20万年の間に派生した近親者に過ぎない。手塚治虫の漫画に、ある星に取り残された女性が自分の子供が成長するまでコールドスリープに入り、子供を産み、またその子供が成長するまでコールドスリープをし、その子供の中の一人とまた近親相姦を繰り返すという話があった。これはどこかで行き詰まる話であるし、天皇家にも近親結婚を繰り返した結果と思われる方もいる。記憶では古代エジプト王家はもっとあからさまに近親婚であったように思う。まぁそんなことはどうでも良いのだがイブに端を発する我々というのは基本的に皆アダムとイヴであり、あの兄妹であり、遺伝子の多様化した近親者に過ぎないのかもしれぬなぁなどと思ったりしたのである。先程の手塚治虫の漫画は、他の星の生物と交わることによって、近親婚から抜けだしあたらしい多様化した生物で星を満たす。Ghost in the Shellで、主人公、素子はもっとサイバーな方法、”ネットの海から生まれた生命体”と自称するプログラムと融合することによって”神の造り賜う” ”人” から脱却する。ホモサピエンスに至るまでの進化の樹形図が砲弾によって破壊されることにそれは隠喩されているのではないかと思う。さてなんの話だったんだか。ただ、人間が人間であろうとしたことを神は背徳とし、それに囚われた人間が罪を感じる、非常にばかばかしいよね。と、瓶詰地獄の悲劇を読んで思ったのだと思う。人が”神の造り給ふ”人間であるかぎりその壁は人間の理性、道徳は神に縛られる。しかしその縛る神が聖書の如き虚像である事か、自分を制約する存在に対峙し、それが神でも悪魔でもなく自分自身や”人間”であることであることに気付けば戒など存在はしないし普通にただ、人として目を見開き、地獄に陥ることなくただ、仕合わせになれるのではないかなぁなどと、愚考したりしたわけだ。
2005年07月06日
コメント(0)
女の子の気持ちを察する・・・解ってあげる・・・っていう能力に欠けているんかなぁ。これで何度目だろうあかんなぁ・・・・
2005年07月05日
コメント(0)
某バンド(例の私の抜けたバンド)のHPを見てみたわけです。唯一”まともな人”だったサイドギターさんが指を負傷されていたのはHPはあまり見てなかったので、この間、ライブハウスでお会いした時知ったのですが、今回HPを見てみると”回復が思わしくない”、”回復メドが全くたたない”ということで”本人の希望”で脱退したとの事でした。まぁあのリーダーの書いた事なので表向きの文章なんざそのまま鵜呑みにゃできませんが。”機材車と運転手が辞めたら困る、どうしよう”とでも思ってるに違いありません。(ギターさんはこの間お会いしたとき”やっぱり寝不足で仕事しちゃいけませんね・・・ブレス機で挟んじゃいましたよ”って言ってらっしゃったのですが、ぶっちゃけその”寝不足”ってバンドの所為(午前1時~4時とかの練習とか遅い時間に機材車運転させられたり)では・・・と訊きたい所(苦笑しながら言う所が訊くまでもないのかもしれませんが)でしたが、周りにファンの子達が居たのでさすがにそんなこと訊けませんでしたが)以前書いたかもしれませんが、私の短い在籍中(無論負傷前)一度一彼と緒に練習をさぼってファミレスでバンドやギターの話をしたことがあって、バンドに関しては”あの人等は「バンド」をやってるんじゃないんですよ”、”ああ~俺も辞めようかなぁ”などという発言もあったので指の負傷(自体はすごく痛々しかったですしほんとに早く治って欲しいのですが・・・)が良い機会になったんではないかと・・・”良い”っていうても良い原因でもないので素直には喜べないのですが、この期に及んで妻子ある身であのバンドに縛られて機材車の運転させられる事を考えるとでも少しほっとしました。あとは、ほんとに一刻も早い回復を祈っています。バンド自体は活動休止になるそうで。まぁ私の後任も見付からなかったくらいなので、彼の後任とて見付かる事もないのでしょうが、ほとぼりが醒めた頃に新たな子羊が犠牲に為らない事と、憎まれっ子世に憚るとも申しますが、あのリーダー殿が(ライバル心を燃やしておった)後続バンドの健全な成長を阻まぬ事だけを祈りつつ。(苦笑)←いや結構マジで。本当に一人だけあのバンドの中で気がかりだった人だった上に負傷もされていたので、ページの脱退情報を見てまぁ何があって負傷から一ヶ月くらい経つ今更、とは思いつつ、しかし安堵しまして、もうあとはこれであのバンドになんの心残りもありません(爆)あとは野となれ灰となれ(苦笑)怪我をされたのが不幸にも一番まともな方だったというだけでバンド的には無理でアホな練習を繰り返した結果、自業自得、因果応報であります。(-∧-;) ナムナムΩ\ζ°)チーンた~た~り~じゃ~(by錯乱坊)←ネタが古い
2005年07月01日
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1


![]()