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ビートたけしの、浅草のコメディアンとして死んでいくという、あの「落ちぶれていくロマン」が、真っ赤に燃える。浅草六区にある、フランス座界隈を歩くたびに、ビートたけしや渥美清を思い出す。下積みをした芸人は強いなあ、と。大阪芸人はエエカッコしいは嫌い。知人であった故藤山寛美は、不気味なくらい腰の低い芸人であった。絵描きになりたかった私は、時々日記に絵を描く。小林よしのりの「かっこよすぎる」自画像に対し、私は自分の似顔絵を描く。その下の吹出し(英語ではballoon)にこう書く。「ワシの方が自分の顔に忠実やで」といちびる。たけしにはこんなギャグが通じそうだ。どこか出版社はおらんか。
2009年02月28日
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ビートたけしの方が失うものは少ない。とにかく英雄なのだから。何を言っても好感度は上がるばかり。私の場合はカリスマ性を失い、ファンを失う。ブログのアクセス数が急に減ったりする。激増したりして...。救急車に乗ったとき、「枕を出せ」とか「全身麻酔で○ン○コだけ立ったらどうするんだ」というギャクが飛ばせる余裕。多分歯が立たないだろう。だから、相手にとって不足はない。武道家は殺される相手と対決する時のスリルを愉しむ。「死に場所」を求めている。たけしにもそういうロマンがある。
2009年02月27日
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もしもビートたけしと対談したなら、「日本をダメにするのは、東京人か大阪人か」というテーマが面白いだろう。私は上方出身で多少偏見はあるが、東京サイドに立ってもよい。たけしも関西ファンだから、立場をかえることもできる。二人とも天才的なディベーター(論客)だから、ぶっつけ本番がよさそうだ。たけしは集中治療室の中で哲学を練った。「食うことと排泄を他人の世話になったってことは、生物としては最低だな」とでもいえば、団鬼六(私の母校の先輩)の『花と蛇』というきわどい話を持ち込む。男(女)が面子(羞恥心)を捨てるとき、と話題を急転回させる。どうもたけしのギャクは関西からも影響を受けている。たけしも、武道家の私も変化球に強い。リスクは覚悟。
2009年02月26日
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第31回「企業人よ、D語に親しめ Corporate citizens. Enjoy D-words.」 メンター・ダイヤモンドより http://www.mentor-diamond.jp/(本文) ちょっと不可解なエッセイを書く。今回のエッセイは、企業のトップにもボトムにも気づいていただきたいからだ。 Diversity is a spice of life. 異質を是とする 多様性(diversity)は、いまや常識(a fact of life)となった。少し前なら、Accept differencesを使っていた。「のに」は使うな。素直に結果を受け止めよ、だった。しかし、西洋の文化は少し違う。自己を正当化することがもっと肝心なのだ。 responsibility(取る責任)より、accountability(取らされる責任)が日本の企業文化に入ってきたからだ。......(続きはこちら)
2009年02月25日
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『たけしの死ぬための生き方』(新潮社)。うーんと唸った。 私が1対1で誌上対談したい相手を2人挙げよと問われれば、塩野七生、そしてこのビートたけし。塩野氏とは、「アメリカはいつ滅びるか」というテーマ。ビートたけしとは、「食欲と性欲」「喜劇と悲劇」「プロとアマ」等々と、考えられるテーマにいとまがない。いや、出版者によっては、「日本をダメにするのは、東京人か大阪人か」というテーマが面白いだろう。
2009年02月24日
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ひとりぼっちの浅草。私のホーム。第二の故郷でだれにも気を遣わなくてもいい。ここには、泣きも笑いも、日本語も英語もある。東京だから、トランジスター・ラジオで英語ニュースが入る。ブログのネタが入る。本を書いてもカネにならない。物書きで食っていけるのは1万人に1人。編集者で食っていけるのは100人に1人ぐらいか。いずれはゴーストライターを使わずに書いてみたいというアマのライターが圧倒的に多い。しかし、食えないのだ。「どうしても書きたいのなら、数百万円用意しなさい」、といわれる、自費出版(self-publishing)の時代だ。「言う通りにするなら、書かせてやる」といわれても、プライドを捨てて、「書かせて下さい」と哀願する人がほとんどだという。そういう人は日記を書けばいい。どうしても自分の名前で書きたいという人はブログがいい。タダだ。しかしここでもアクセス数を競うraceが始まっている。物書き受難の時代、編集者がブログのネタを拾ってくれないかなと望む時代だ。
2009年02月23日
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究極のゼロ思考は、自我から離れたものだ。6ヶ月しか命のないメスカマキリが、オスを食い殺し、その栄養分で子供たちを育てる行為を残酷というのは、人間の偏見なのかもしれない。食われるオスも覚悟のうえ。子孫を育てるというハラ(底意)は、マインドやハートといった「心」の次元より遥かに超越した、ゼロ思考=ハラ(肉体の中にある宇宙)ではないか。師匠は、私を突き離すことにより、私を一人前にした。愛情をも感じさせない宇宙の愛。これも一種のハラ芸ではないか。そこにもオスもメスもない。二人が共にWe(我々)で考えていたのだろう。自己犠牲、そして無条件の愛により、この宇宙は動いている。女にも腹芸ができる。こんな簡単な生物界のロゴスがわかるのに、68年もかかった。まだまだ学ぶことが多い。
2009年02月21日
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ところが1月26日の日記に、「女も腹芸ができる」と断言した。女のvagina-thinkという造語も使った。女の「空」の部分は、空なるがゆえに、再生を司ることができる。伝統(ミチ)を守るのは、この女の無私の部分ではないか。生物学的には、オスよりメスが強いのも、このトンネル思考というべきハラではないか。このメスのハラ思考は、カマキリに関心を持ち出したころから芽生えていた。西山千師匠が、行方をだれにも知らさず、墓もつくらず、自らの遺灰を太平洋へ撒布されたのも、一種の「ハラ」ではないか。
2009年02月20日
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自分をゼロにして考えると、あらゆる可能性が吹き出してくる。これまでかたくなに信じていたことも間違っていたことがわかる。たとえば、私は腹芸(haragei)に関しては、ウィキペディアに紹介されるなど、世界的な権威である。その私が、かつてサンフランシスコでHARAGEIの講演をした時に、一人の婦人から予期せぬ質問を受けた。「女はどうして腹芸ができないのか」 ......暫く思考が止まった。ハラゲイといえば、男の世界、ハラというものは...と、難解な言葉を使ってその場を糊塗した。巧みな英語を使ったが、答えになっていない。もう十数年前になろうか。この魚骨のような質問に対し、じーっと考えた。
2009年02月19日
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第30回「原理原則がなければ生きていけない Principle is critical for your survival.」 メンター・ダイヤモンドより (本文)ソクラテスは相反する意見を持つ論客からも、悪妻からも学んだ。Grow with friends.(人と共に成長する)のが、彼の信条なのだ。意見の押し付けはしない。相手から長所を引っ張り出す。そのため、イヤーな質問をして嫌われる。チクリと刺すアブのような人物といわれた。ソクラテスはスピーチで意見を押し付けるよりも、クエスチョンで相手を真実へ誘い、自己発見をさせるのが得意だ。欧米の経営者がなぜソクラテスから学ぶのかといえば、「自分は無知である」という大前提に立つことができ、そう公言できる「勇気」を次期のリーダーに求めているからだ。......(続きはこちら)
2009年02月18日
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人はX=Yと考える。日記も英語も猫も、自分を中心に考えると、10+1=11である。これは加算の世界だ。ところがY=X²と掛算で考えてみたらどうなるか。11ではなく121に変る。そのためには、自らをゼロにすることだ。自分と猫と立場を逆転して考えること。つまり猫とディベートしてみることだ。バスの中で読んだ『数学嫌いでも「数学的思考力」が飛躍的に身に付く本!』(細野真宏著、小学館)でひらめいた。数学思考とはディベート思考そのものではないか。
2009年02月17日
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「猫カフェ」に来ている常連客が猫と遊んでいる様子をながめていると、まるで猫に遊ばれているのではという錯覚にとらわれてしまう。つまり、猫は鏡ではないかと。猫は別に人を癒そうとしていないのに、人が癒されていく。このように、猫を好む自分を突き放して考えると、思考がぐんと広がる。
2009年02月16日
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LとSのタンゴという発想は、数年前にはなかった。ところが、日記やエッセイにLとSを書き始めると、それぞれの単語がトルコの兵隊のようにヤットコヤットコ繰り出した。私の周囲の人も、その動きにつられて踊り出した。1月18日の日記のエッセイは、「日記は私の鏡」であり、1月23日には、その思考がさらに発展し、「日記は鏡、英語道」という考えたこともない思考が生まれた。「日記は鏡、日記道」という発想はどこから生まれたのか。ひょっとしたら猫かもしれない。
2009年02月15日
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日本人はなんでも「道」に結びつける癖がある、という人がいる。それは難癖というものである。日本人にとり、何かを続けることは「行」なのであり、それを続けることは「道」なのだ。 たとえ宗教であっても、日本人はそこに「行」があるか、「道」に外れていないか、無意識のうちに検証しているのである。宗教リーダーが唱えることは美しい。多分間違ってなどはいない。どの企業でもそうだ。企業理念は美しい。しかし世間はそんな文言だけにごまかされない。「行」が伴っているかどうか、「道」に外れていないかどうか、ちゃんと見ている。どんな組織体でも「道」というmoral compass(道徳的羅針盤)から外れると崩れる。この「道」のことを、欧米人ならprinciple(原理・原則)と訳すだろう。たしかにprincipleがなければ、techniqueは機能しない。 館長ブログつづきはこちら 紘道館2月例会報告を更新しましたこちら
2009年02月14日
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この歳になって毎日が楽しい。絵日記が書けるなんて。ITの時代、ブログの時代がこんなに楽しいとは思わなかった。絵心が戻ってくる。思考が立体化する。一日一本のエッセイを書くのが楽しくなる。一日に、4,5冊の本を読んでも、一日の日記エッセイが扱うテーマは一つ。思考を集中させると、何か新しいひらめき(flash)が浮かぶ。英語の心が躍動し始めたのは、60歳を過ぎてからだ。英語の「語」がシンボルになり、そこからスピリットが感じられると、英語の言霊、音霊の分野に入ることができた。単語が踊り出した。
2009年02月13日
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第29回「経営はやっぱり人 Management is people.」 メンター・ダイヤモンドより (本文)経営はby people, to peopleそしてfor peopleだ。それらの事情を汲み、Management is peopleにした。あえて詩的な味付けをし、isはイタリックで強調した。peopleをemployeesと限定しなかったのは、株主までもがpeopleに含まれるからだ。ところで、この日本人好みの言葉をどう英訳すればいいのか悩んだ。......(続きはこちら)
2009年02月12日
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佐藤優はネコを知っている。ネコ道の有段者。多分、女をも理解しているはずだ。彼の情報感覚はネコから学んだのではないか。猫カフェで得た情報。犬好きは、自分にやさしい。猫好きは、人に優しい。なるほど、犬好きは、自分を慕ってくる人しか好きになれない。多分、おっかない顔をしている佐藤優氏も、人に優しいのだろう。多分猫っぽいK.Y議員は、自分が可愛くてたまらないのだろう。...飼っている犬にソウリと名付けるぐらいだから。さて、私の愛猫のお通は愛くるしい。冬はいつも一緒に寝る。いつも一緒に寝てくれる。「ヘンな女より、ネコの方がええわ」が私のギャグの1つになっている。しかし、冬が過ぎ、春がくると、私と床を共にしない。わしは、ネコのコタツか?
2009年02月11日
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ネコはサービス業に向いている。大統領や首相など、政治家には向いていない。オバマは犬的だが、ネコの眼のようにコロコロ意見が変る麻生は猫的だ。だから差がついたのだろう。猫好きな佐藤優は、週刊文春(2009. 1.29 P.26)の中でこう語っている。――麻生首相の行動を理解するには、猫を研究したらいいんです。猫は善悪の基準はなく、快・不快で動きます。不快な選択は極力避けて気持ちのいい選択をする。それに自己保身という基準が合わさると、普通の人からすると理解できない矛盾した行動になるのですが、本人の中では一貫しているんです――佐藤優はネコを知っている。
2009年02月10日
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さて、今日は英会話に来たんじゃない。オバマの就任演説の翻訳と解説で先陣を切るために、ダイヤモンド社の戦友たちと闘う1日なのだ。この日渡されたオバマのスピーチの英文原稿を同時翻訳し、同時に横で斉藤さんにワープロ打ちしてもらい、ほとんど編集なしに(まさに同時通訳)アップロード。そのスピードはまさに驚異的だ。他社を出し抜きトップ。インターネットの時代はスピードが勝敗のカギを握っている。すべてがリアルタイム。同時通訳が役に立った。西山千師匠のお陰。そして「猫カフェ」の猫たち。ネコはリアルタイム。過去も未来もない。今だけ。真剣に遊んでいる。常連客が猫とたわむれる。じゃれている。猫に遊ばれている。
2009年02月09日
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もしも(if)英語オンリーの番組が復活したら、と言ったから、あながち嘘ではない。Ifの代わりにwhenを使ったら、詐欺的になるが。こういうネコを使った私の交渉をネコシエーションという。ネコシエーションの効果云々は別にして、if用法は役立つ。「もしあんたと対談するなら、こんな突拍子もない話題を提供するでしょう。ネコは人間と違って嫉妬はしないし...」とボケる。その時、彼女はさえぎる。「いや嫉妬する猫もいるわよ。私は二匹飼っていますが、一匹の嫉妬深いこと。外から帰ってきたら、私にまとわりついて、私の身体中を嗅ぎまわるの。どこか外のネコを抱いてきたんじゃないかと(笑)」「ネコもしょせん女か」「いいえ、しょせん人間...」。このあたりからバトルが始まった。あっという間に1時間が過ぎた。コーラ1缶で1000円。
2009年02月08日
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第28回「火事場の馬鹿力 Fire fighter's courage.」 メンター・ダイヤモンドより (本文)「火事場の馬鹿力」という言葉をどう英訳すればいいか、恥ずかしながら、プロ同時通訳者の私でも知らなかった。あるとき、故大山倍達氏(マンガ『空手バカ一代』の主人公)に、どうして柔道の神様の神永がオランダのヘーシンクに押さえ込まれ身動きができなかったのか、と訊ねた。「日本の柔道は気迫を失ったから」と言う。「では、気迫とは?」と突っ込んだ。どちらも武道家だから鋭い言葉のやりとりになることがある。......(続きはこちら)
2009年02月06日
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アメリカ人と呼吸を合わせるのは、標準語ではない。見知らぬ人を恐れないナニワ英語だ。まず大阪弁で考え、それをそのまま英語にする。こういうノリがアメリカ人は好きなのだ。そのアメリカ美人が言う。「サンフランシスコで弁護士をやっています。うちの主人も弁護士でネコ好きで...」「ほう、ぼくはあるテレビ局で英語のインタビュー番組のホストをしてましてね。あなたみたいな知的でべっぴんさんやったら、スタジオでネコ・トークする相手にピッタリや。もし、英語オンリーのインタビュー番組が復活したら、あなたに連絡したい...(a lieではなくa fib)。ここに連絡先を書いておくわ。ロスのテレビ局にもコネがありますから...」「UCLAで教えている主人も紹介するわ」今どき英語オンリーのTV番組が日本で復活するわけがない。私のハッタリだ。
2009年02月05日
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第27回「われわれの気構えを見よ Our sprit is strong.」 メンター・ダイヤモンドより (本文)We're ready to lead once more.われわれはもう一度、世界をリードする覚悟だこの力強い言葉とその響きに感動した人が多いはずだ。weepした人もいるはずだ。日本人の心を動かすのは品格だ。品格(character)は、結果であるがそれを形成する「気概」というものはwill(意思)であり、will(何度も使われている)を連続して使う情熱は汲めども尽きぬ井戸水(well water)のようなものだ。willing heart(志のある人)という表現も冴えている。......(続きはこちら)
2009年02月04日
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Cat-sickになった私は、癒しを求めて「猫カフェ」に立ち寄る。アメリカ英語が聞こえる。「これ私が飼っているキャリコ。可愛いでしょう」と、写真を見せている。「よく似た猫がここにもいるよ」と私が口をはさむと、彼女が、「茶色が足りない。でもいい線いってるよ」(She's getting there. シーズゲレネア)という。(もう少し努力すれば、キャリコに格上げされるというのか)。その英語表現がおもしろく、「じゃこのネコは、ミス・ゲレネア(いい線をいけているネコ)だな」というと、彼女は大笑いした。「ところで、アンタだれや」と大阪弁を英訳してたずねる。アメリカ人と呼吸を合わせるのは、標準語ではない。見知らぬ人を恐れないナニワ英語だ。
2009年02月03日
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紘道館館長ブログより戦術は見える。戦略(strategy)は見えない。Snakeのようにsneakyなstrategyで、女をscrew(だましとる)する知恵は、政治好きな男特有のものだ。だから女が政治やビジネスで頭角を現すには、sleep oneself to the top(ベッドでトップへのし上がる)という非教科書的な英語表現が用いられるのだ。これが男の世界で勝負する女の性(さが)の悲しさである。ということは、女も男の闘い--とくに戦略――を学ばなければならない。アメリカのビジネスウーマンは、男のライバルに向って、You haven't got balls.(あんたがたに、××タマあるの)という男表現を平気で用いる。なめられないためだ。そのために必要なのがディベートだ。クールな闘いだ。カーッときた方が負けだ。涙を先に流した方が負けだ。社会に進出するためには、クールな論争といえるディベートを身につけておく必要がある。続きはこちら紘道館館長ブログ
2009年02月02日
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6時半に『ムサシ先生のエッセイ「演説を斬る」』原稿を送信。これで全て終了。気が緩んで仮眠。8時半にホテルのフロントから起こされる。1時間半の間に、5,6本のメッセージが入っていた。東京の仕事は徹夜チームがつきものだったのだ。私の手書きの原稿を待ってワープロ編集し、それをアップロードする仲間たちも同じように一睡もせず待っていたのだ。一刻を争うジャーナリストは徹夜なれしている。決して私だけではない。その日の午後には、すでに大手メディアがオバマの就任演説の全文の翻訳を済ませている。解説のアップロードも急がなければならない。眠い眼をこすって、神宮前のダイヤモンド社へ向う。red-eyed(ウナギの眼をして)。近くに「猫カフェ」がある。愛猫「お通」ともしばらく会っていない。
2009年02月01日
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