全26件 (26件中 1-26件目)
1

(10/30のつづき)これ以上、このブログで火のような闘争心を燃やしたくない。若き頃の血気盛んな頃の自分とだぶって、ペンが震えてしまうからだ。過去に戻りたくない、語りたくもない。自分の心を癒し、人にも癒しを与えたい水の心境だ。水の私の部分に戻ろう。ごく最近のある良きサマリア人の書き込みに心が洗われた。釈迦の再来といわれた15才のネパールの青年がディスカバリー・チャンネルで取り上げられている。それを見てはという誘いかけだ。見た。心が洗われた。急に恒例の断食をしたくなった。(つづく)
2009年10月31日
コメント(0)

(10/29のつづき)スズムシ日記は、私がスズムシと闘い、負けて、スズムシに弟子入りした行動の軌跡である――勝ち続けることが強いと考えているファンは読んでもらわなくてもいい。負けはいさぎよく認める。これは私の武士道の美学である。この気持があれば、ICEEというお祭り型の検定試験はこわくない。体面(メンツ)さえ捨てれば、ICEEは世界で比類なきmotivational test(心に火をつけるお祭り)だ。(つづく) ICEEについてはこちら
2009年10月30日
コメント(0)

(10/28のつづき)人の目を見ることのできない人は、どこかやましさがある。だからといって同情をしないのが、火の私だ。私の信者に書かせているという人が謝罪するまで、火になって書く。私が本にならないスズムシ日記を書いたところで、軟化したわけではない。私から離れた元ファンにも申し上げたい。来るものは拒まず、去るものは追わず――これは私の「風」の行動哲学だ。風のときに触れる。(つづく)
2009年10月29日
コメント(0)

(10/27のつづき)私の心は六角形になる。この文章は私が書いていることの証(あかし)にしたい。私は昔から負けず嫌いだ。中三のときに、学校相手に一歩も引かなかったことがある――いくら体罰を受けても。敵は徹底的に倒す。妥協はない。姿を見せない相手は苦手だが、それでも闘う。武蔵は「影を動かす」という技を使うので、相手の正体をつきとめる。私がゴーストライターを使っているという人に会えば目つきでわかる。(つづく)
2009年10月28日
コメント(0)

孤独には強い。しかし傷つきやすいところがある。最近に戻るが、こんな匿名(匿名にはトラウマがある)の書き込みで傷ついた。最近のマツモトは、昔の雄々しい時代の文体と違う。どうも信者をゴーストライターに使っているのではないか、と。多分、私を目ざわりと考えるどこかの思想団体の信者だろう。宗教ぎらいな私を宗教のリーダーと見る人の心には、逆に宗教を感じてしまうのだ。自分自身が鑑(ロール・モデル)というより、鏡(ミラー)になろうと努力しながらこのブログを書いているのだから、書かれた内容を読めば、その書き手の心が映されてしまう――私は無色の心で書いているつもりなのに。その証明をしてみよう。(つづく)
2009年10月27日
コメント(0)

(10/24のつづき)私はこう答えた。「これはボク個人の問題。きみは自分の道を行け。ぼくをかばったら、きみの立場も悪くなる。きみには家族がある」--私にも家族があることを忘れていた。そのとき、彼は私に抱きついた。私はサムライのつもりでいた。真友を巻き込まない。「署名運動をやりましょうか」と近づいてくれた学生たちにも、断った。「もう辞表は出した。独りで行く道だから」。もう大学に戻らない覚悟で飛び出した。オレは正社員にはむかない一匹狼なんだから、とかっこよく突っ張っているが、ぶっちゃけた話、生涯ハケン社員じゃないか?
2009年10月26日
コメント(0)

(10/23のつづき)それがアメリカのデゾニエ教授であった。CNNでラリー・キングと衛星インタビューのできる松本教授を追い出したら、この大学のマイナスになるとひとり論陣を張ってくれた。もう一人O君という女子大生も応援してくれたが、結局派閥に負けてしまった。デゾニエは、私の六角ロジックを評価してくれた。そして私はウォーター・パースンと呼んでくれた。「何かぼくにできることはないかミッチー」とその火の男は私に声をかけた。(つづく)
2009年10月24日
コメント(0)

(10/22のつづき)私は火のような人間なので、水のタイプの人間には憧れる。パートナーは必ず水タイプを選ぶ。自らが水になりたいから――あやかりたいからだ。 かつて名古屋外国語大学を辞めるとき、教授会で私がいじめられたことがある。匿名による追い出しを図った教授団(某公立大の派閥)の陰謀だ。怪文書は卑怯だと、私をかばってくれた教授が一人いた。(つづく)
2009年10月23日
コメント(0)

ブログも本調子にもどってきた。書き込まれる恐怖も消えてきた。ちょっとおもしろい書き込みがあった。ブッダの再来をクリックしてくださいという無私の声。すぐに見て感動。私を励ましてくれる隠れたファンがいる。そんな無私の良きサマリア人には、こちらも励ましてあげたくなる。一緒に断食でもしませんかと――お互いに本名で。魚心あれば水心ありとはよくいったもの。(つづく)
2009年10月22日
コメント(0)

(10/20のつづき)私にとり、故西山千は、過去の人ではない。師匠は墓をつくらずに遺灰を相模湾に撒布された。――私のあとを追わないで下さい。私には墓はありませんから――。「私のお墓の前で...」と歌う気にはなれない。ふと気がつくと、眼前のスズムシにも墓はない。ものすごい発見。こういうのを英語で表現すれば、serendipitous discoveryという。――ひょうたんから駒が出る。スズムシから故西山千が出る。
2009年10月21日
コメント(0)

「究論」。このユウという母音が、周囲の人にも気に入られた。縁とは不思議なもの。西山千師匠を失ってから、カマキリの研究を始め、虫に興味を持ち始めた。その頃よく歌った「千の風になって」が戻ってきた。このブログは風の心で書くと何気なく言ったから、心も風になっている。もう秋風か。『同時通訳の名人(西山千)』を諦めていたが、また風が戻ってきた。角川学芸文庫からあの「名人」はもう一度、やらせて下さい、という嬉しい電話があった。(つづく)
2009年10月20日
コメント(0)

とにかく、スズムシとの旅は続く。キュウリを噛みながら、日本酒をちびりちびりと飲む。そして、スズムシとのheart to heartの会話が続く。相手には、言葉が通じないので、mind to mind(知と知)はムリ。だから波動で以心伝心(これがheart to heart)のつきあいができる。いずれスズムシ物語を世に出す。ある日ふと気がついた。ディベートの邦訳は「究論」以外にはないと。議論、討論、対論、闘論――すべてargumentで、debateではない。Debateは、負けて悦び、論敵に感謝するという知的格闘技だから、武士道に近い。ディベートは日本語に訳せないからとカタカナを使ってきて、40年。ふと、「やっぱりこれ」と感じたのは、スズムシとの出会いのおかげ。キュウリをかじりながら気づいた。窮理(キュウリ)は言いっぱなしのargumentではなく、理(reason)を追求(ついキュウ)する究極の知的手段なのだ。
2009年10月19日
コメント(0)

(10/16のつづき)「スズムシの声は、騒音か音楽か」という問いで、各生徒にスピーチをさせた。ディベートの基本は「疑問」(ダウト)だと述べ、「西洋人には秋虫の声が騒音に聞こえる」という公理(角田理論)や辞書の解説(ジーオスにもそう出ている)という権威を疑うことから始めた。ワールド・ブロガー協会を創立させると意気込んでいた故佐宗邦皇氏も、a doubterだった。He doubted too much. という印象を与えたが...。やはり、ディベートはバランスが肝腎だと思う。
2009年10月17日
コメント(1)

スズムシを連れて、秋田の国際教養大学に乗り込む。飛行場でひっかかった。「動物の機内持ち込みはダメ」「いやこれムシです」「音が出るんでしょう」「いや音楽です」こんなふうに交渉は難航。この辺りのいきさつは「スズムシ物語」で書いているので省略する。とにかく、初めてのインターナショナル・スチューデンツ(10数名で7,8カ国)の前で、英語オンリーの授業をする。今、私はしあわせ。来年はもっとしあわせになる。(つづく)
2009年10月16日
コメント(3)

(10/14のつづき)ダンゴムシは、談合も好きだ。談合でスタートした金喰い虫の徳山ダムをゼロベースに戻すにも、より強力な談合が必要だ。私は昔からナチュラリスト。ダム建設には反対だ。自然の土壌を破壊する政治的圧力には反対する。愛知県民をダンゴムシと定義すれば、たたけば、丸くなって、退却しそうな感じがする。あのトヨタ王国でも、自民党から民主党に鞍替えした。機を見るに敏。巨大なダンゴムシ王国でも空気に逆らえないとみえる。
2009年10月15日
コメント(2)

(10/13のつづき)こういう雄々しい甲虫たちが、シャイで対外コミュニケーションを苦手とするダンゴムシたちをひっぱってくれれば、土着の愛知県民は必ず復活する--トヨタの城下町のダンゴムシたちが踊り出す。私は土を大切にするダンゴムシやアリが大好きだ。愛知県に棲みついた私は、サムライ・アントで通したい。この伝統的な土地に密着する愛知県は、愛すべき人たちだ。名古屋外大教授時代、女子の卒業生たちはほぼ全員県内にとどまった。この土地で産卵したいのだ。(つづく)
2009年10月14日
コメント(1)

(10/12のつづき)しかし、またダンゴムシは、背ノビして活動を始める。「オレが」「ボクが」「ワシが」という人は、目立ちたがり屋の大阪人には多いが、名古屋にはいない。いればその人は必ず浮き上がる。土の引力といじめはあなどれない。三重県はその中間。しかし、例外がある。突如カブトムシやクワガタムシが出現する。信長、秀吉、家康という戦国武将はそういう類だ。そしてICEEを手伝ってくれた裏方もリスクを恐れないカブトムシやクワガタムシたちだ。(つづく)
2009年10月13日
コメント(1)

(10/10のつづき)ダンゴムシとはひどいじゃないか、と心に思っていても、面と向って、対抗する人は名古屋にはいない。半ば楽しんでいる。いや深層は面白くない。土の中に本音を隠しているだけだ。そして「なんとか県人」とか、意味不明のハンドルネームで抵抗する。「あのなんとか県人というのは、君のことだろう」というと、ダンゴムシのように丸くなって、姿を消す。少しの間だけだが。(つづく)
2009年10月12日
コメント(1)

風になって、名古屋の映画英語道場(横井、白井)に参加した。映画から英語を学ぶという発想だ。名古屋ICEE(ICEEは地方化する。Going local.)が大成功したので、東京側にも飛び火した。紘道館の浜岡塾頭が「ようし、本家の意地にかけても」と薩摩気質を顕わにした。実をいうと、名古屋の人間には、底力のある人が多いが、自らが立ち上がって「やらせて下さい」という人はいない。「やれ」と命令しても動かない。やる気がないのかと思っていると、まだどこかでくすぶっている。やりたい気持もある。とりあえず「待つ」。まずノウといって、首をひっこめる。ノウかなと思ってもノウではない。いずれ土の中からニューッと出てくる。そこで8月30日の日記には、名古屋人はダンゴ虫と定義した。いずれ日記で書いたイラストはこのブログでも紹介する。気長にこのブログを読み続けていただきたい。(つづく)
2009年10月10日
コメント(2)

(10/8のつづき)そこそこ組の結束力の強さ。大阪人は英語でも日本語でも発表力はすごい ―― いやとにかくよく喋る。声も大きい。中年婦人が大多数。それに関西風土が産んだ、ど根性とユーモアが結集されたものだから、盛り上がりが違う。圧倒的に美人組を凌駕した。日本語のときも、英語のときも、笑いが絶えることはなかった。やはり「そこそこ」が一番しあわせ、というのが常識なのだろうか。20名近くの参加者は、そこそこ美人だった ―― そう言われて笑っても怒る人はいない ―― から、一番幸せそうであった。カナダ人のカイ・シュヴェルマー氏は、初めてこのバイリンガル・ディベートに参加し、大満足であった。江戸の“華”である東京ICEEには審査員としても招くつもりだ。今年は神田外語学院で開催する(紘道館HP参照)
2009年10月09日
コメント(1)

(10/7のつづき)ここまで聞くと、圧倒的に肯定側が不利。しかし、ここで意外な議論がAチームから飛び出した。「世界の、そして中国の三大美女という表現があっても、三大ブスというのは聞かないじゃないですか(大爆笑)。このお笑いで逆転。結果この勢いで、美人グループが勝った。美人湯もある。秋田美人をつくる秋田の名酒、といえばブスでも飲む気になるが、「ブスに好まれる銘酒」といえば、美人でも飲まない。なるほど美人はトクか。次は決勝戦。ジャッジをつとめていたC組が立ち上がった。(つづく)
2009年10月08日
コメント(1)

(10/6のつづき)肯定側のAチームは、美人の方が「しあわせ」という論陣を張った。「なるほど」と思う。この常識論に対して、否定側のBチームが強烈なパンチを浴びせる。美人は、努力しなくても、人が寄ってくる。そして甘やかされる。警戒心が強く、ツンとし、嫌われる。ブスは、努力でカバーしようとする。そして好かれる。周囲に安心感を与える。その点、美人は努力することが期待されていないから、気の毒。しかも職場に緊張感を与えて、和を乱す。(つづく)
2009年10月07日
コメント(1)

(10/5のつづき)私は空気を読むのがうまい芸人だ。当然リスクも考える。自分を美人と思い込んでいる人、不美人の部類に入るかしらと、鏡とにらめっこして、顔のシワを気にしている人、どうも周囲の眼を意識すると、ホンネが吐けない――たとえ大阪であろうとも。そこで3チームに分け、Cチームは「ほどほど美人がよい」という意見を正当化させることにした。この思いやり。さてこの史上初のバイリンガル・ディベートの結果はどうなるか。(つづく)
2009年10月06日
コメント(1)

大阪ではズケズケいう人が多い。そしてズケズケ言われても気にする人はいない。傷がつかない知恵を持っている大阪人は強い。その知恵と武器とは何か。「お笑い」だ。女・紘道館(ハビック真由香塾頭は大阪寄りの京都女)の松本劇団が大阪で産まれそうだ。バイリンガル・ディベートのテーマを「美人か不美人(大阪ではブスという)のどちらが幸せか」に決めた。そう決めたのは、座長の私。東京では成立しない価値論題だ。(つづく)
2009年10月05日
コメント(1)

ブログとは何か。どうシンボライズすればいいのか迷った。そしてやっとそれが「風」であるとわかった。石は信念、原理・原則。そして動かすことのできない歴史。自分の議論を通すことは、ディベート(究論)でいえば立論になる。立論なら仮説なので、反論は大いに結構だが、ブログの中に、議論らしきものを書き込むと、それが炎上するリスクとなる。究論とは、真実を追究しあうための建設的な議論であるから、ブログではムリだ。口論(ケンカ)になる。このブログの訪問客を増やすことが目標でないと割り切れば、肩の力を抜いて、平常心で書き続けることができる――当用日記のように。そうだ、風になって書き続けよう。
2009年10月03日
コメント(1)

(9/30のつづき)これも思い込みなのだろうか。言語以前の音楽を意識し始めたときから私の文体も変ってきた。私の考えが間違っているかもしれない。しかし、ブログを辞めようかなと思い立ったときは、自分の文章に音楽がないことが露呈されたと知ったときだった。罪(guilt)ではない恥(shame)の意識がそうさせたのだ。惻隠の情を重んじるサムライは、実は繊細なのだ。
2009年10月01日
コメント(2)
全26件 (26件中 1-26件目)
1

![]()
