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ディベートはこうあるべきだ、という型(box)の中で、他流派を否定することはあまりにも悲しいことではないか。そういう私的所有されたboxから離れて考えようというのが、私のディベートによる「思考開放論」である。これまでアメリカ型のディベートで育ってきた人は、その域から乗り越えることができず、六角ロジックによるサッカー・ディベート(深く静かに広がりつつある)を否定する。しかし私の人生のメンターの1人である宮本武蔵は『五輪書』の風の巻の中で、他流派を否定するなと述べられた。私は今もそれを守っている。私は私の「道」が「術」派から否定されても、だからといって彼らを否定することはない。道は術を必要とするからだ。
2009年06月30日
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私は、今ディベート道の応用としてのソクラテス対話に凝っている。ディベートはthink outside the box(思考を遊ばせる)ことが目的。思考を解放させること、思考という名の「奴隷」から解放するための手段がディベートである。しかし、ウィキペディアを見ると、日本ではディベートの開拓の1人である私が、六角ディベートを始めた時から、本流から離れたと述べられている。こういう観方がthink inside the boxなのだ。私は本来のディベートの在り方をめぐり、その道をより深く追及し、まさに源泉に戻ろうとしている。
2009年06月29日
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Tough loveとsoft love ~ その2~ 紘道館館長ブログより(本文)食品偽装事件という偽装報道。すごい内容の話だが、眼が進まない。あまりにも漢字が多い。しかも毒ギョーザ事件ならわかるが、「保険業法と生協法の改正で侵略を準備した米国」という漢字だらけの見出しが続くと、もう頭が回らない。しかし、こと植草事件の真相となると、氏のペンも、そして私の思考も覚醒し、速読モードに入ることができた。乗れば、眼球の回転が速まる。それにしても、なぜ、日本語読書のスピードが落ちたのか。漢字を忘れたからではない。オバマに狂い、日本のテレビ、新聞を読まず、もっぱらインターネット・ニュースでオバマの言動を中心にアメリカと世界のニュースを追ってきたからか。……続きはこちら
2009年06月27日
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私のナニワ英語道の基本は、尊敬する人にidentify(一体化する)ことだ。なり切る。擬態する。その対象が、宮本武蔵であれ、坂本竜馬であれ、故西山千師匠であれ、カマキリであれ、好きになれば、その対象に身も心も寄せる。私はその姿勢でオバマ大統領になり切ろうとしている。シャーロック・ホームズの帽子をかぶると、自分が少しは利口になったような気がする。オバマの胎内巡りをすると決めたら、オバマ好みの本から音楽から映画(DVD)から、かたっぱしから吸収する。赤ワインを飲みながら二人でデイドリーム対談をする。共通点から入らず、相違点から近づこうとすれば、冷笑者(シニック)になりやすい。
2009年06月26日
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それにしても森光子が観音様に見えるのだ。その観音様が自らの人生をふりかえって「バランスよ」と答えて、走り続ける。黙って従うより他はない。 彼女の人生を支えたのは、ハングリー精神と下積みの長さであったが、実はもう一つ理由がある。それは、『放浪記』の作者林芙美子と、森光子との間に、共通点が多いことだ。だからなり切れたのであろう。人生がだぶる ―― 二人三脚ができる。これはパワーの源泉になる。私がいうのだから間違いない。
2009年06月25日
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「将来は自ら創れ!Build your future on your own.」 メンター・ダイヤモンドより (本文)私は、われわれの仲間内で脱サラ組の第1号と呼ばれていた。脱サラで日商岩井を辞めようとしたとき、上司の今は亡き I さん(当時外国為替課長)から呼ばれ、「大丈夫か。君の人生はこれから変動相場制になるんだぞ。考え直したまえ」と脅かされた。松本道弘の株価は乱高下するかもしれない――。 ......(続きはこちら)
2009年06月24日
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森光子の答えは、「バランス」......であった。「ええ、バランス?」「......ようく考えてください」 カタカナ英語だから軽く聞こえるのに何か気になる。私もそのバランスという言葉を噛みしめた。そうだ、ディベート術は、白か黒、勝か敗。しかし<道>と入れたのはバランスではなかったか。ディベートそのものは、バランスだったのだ。私は神、あなたは悪魔と決めつけた口論(アーギュメント)ではバランスを欠く。知だけのディベートではアンバランスになる。情理を入れないとバランスを欠くという考えで始めたサッカー・ディベートもバランス思考だ。
2009年06月23日
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2000回の公演を終えた森光子。41歳でやっと主演(『放浪記』)が回ってきた。もう逃したくない。その意地を89歳になっても持ち続け、今も走り続けている。松本清張も40歳を越えてから、花が咲いた。同じ松本でも私は早過ぎた。反省している。さて、ある人が、森光子に問うた。「どうして、そこまで走り続けるんですか、森さん」と。だれしも興味を持つので、公共性が高く「ある人」とした。私のブログにコメントをくれる人も、返事をするときは、よほど公共性の高い内容のものに限らせて頂いている。さて、森光子の答えは、「バランス」……であった。
2009年06月22日
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Tough loveとsoft love ~ その1~ 紘道館館長ブログより東京から高速バス6時間で名古屋へ。かなりの長旅だ。風工房から「オバマの本棚」企画で最後のインタビューを受ける。とにかく7月18日の発売日に間に合わせるというお施主さま(世界文化社)の言いつけでもあり、山口・佐々木両氏の眼も血走っている。オバマの本30冊のうち、あと2冊残ってますよ、と見せられたのがDEREK WALCOTTの詩集と、『A Kind and Just Parent』(ウィリアム・マイヤーズ)の2冊。プロ・ライターの意地を見せるという。これはtough love。バスの中では、まず久しぶりに日本語の本を開けた…… 続きはこちら 6月の例会報告を更新しましたこちら
2009年06月20日
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名古屋でICEE祭りをやることになった。その発起人が横井・白井二人と他の4,5名。まとまっている。トヨタ不況を彼らICEE祭りがカンフル剤となって活性化してくれるだろうか。幸いこの二人の発起人は大の音楽ファン。音楽を入れることにした。旧弘道館時代の元塾頭で音楽評論家の臼井英夫君を思い出した。音楽に国境はない。ロック、カントリー、ブルース、ジャズ ―― いかようにもクロスオーバーするのだ。言葉の歴史から音楽の歴史に入ってみようか。あの奇才の松岡正剛と、たった一枚の歌詞カードを虫メガネで見て、空気が変った。ICEEも意外な方向に向っていくようだ。
2009年06月19日
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松岡正剛著『多読術』のすごいところは、読書哲学に歴史観があるということだ。音読から黙読に変遷する「間」を見事に埋めてくれる。この辺りは圧巻だ。これで音読派の國弘正雄氏(千田潤一)と速読派の松本道弘との"絆"が生まれた。英語学習ではどちらも大切なのだ。國弘氏と私との間に残っていたミゾがこれで埋まる。音読か黙読か、という國弘・松本対談企画(たちばな出版)が延び延びになっているが、いずれケリをつけなければならないと思う――英語学習者のために。言葉と概念を衝突させると、必ずどちらかが傷つく。もし、言葉を音楽に変えればどうであろうか。
2009年06月18日
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第47回「ピンチはチャンス Crisis is opportunity.」 メンター・ダイヤモンドより (本文)これは私が大好きな言葉。成功した経営リーダーは、誰もがこの言葉を好む。リスクから逃避している人は、すわ戦陣!というときに及び腰になるものだ。何事にも失敗はつきものだと考えている人は、逆境に強い。今日は、グレートメンターの生田正治氏と東芝会長・岡村正氏の対談Power Word(06)の「危機のなかにチャンスがあります」という言葉に、私の経験を絡めてお話したい。......(続きはこちら)
2009年06月17日
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マハリア・ジャクソンの歌うアメイジング・グレイスは、ゴスペル調だ。かなりディープでワイルドだ。オバマの好きなワイルドな世界は、本人が経験していない世界だ。だから、旧約聖書のゴスペルに畏れをいだくのであろう。彼の好きなビリー・ホリデイは、演歌の世界、cryingの世界。しかし、キング牧師やマルコムXは、soul-cry, weepさせる世界だから、ずっとずっとdeeperだ。旧約聖書は夢の世界。メサイアが現われる夢を見ている。預言者とはドリーマーなのだ。黒人に夢想家が多い。解放される夢だ。放浪癖のあるオバマもdreamerで、soulを解放させる旅が好きだ。誇大妄想的といわれるオバマ(その点、私と似ている)は、自らをイエス・キリストと一体化させているのではと思わせる。ある講演の席上で、ビリー・ホリデイは美空ひばりだといったら、会場から、「いや天童よしみだと」反論した人がいた。
2009年06月16日
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遊読と唱えたからには、遊び心が根底になければならない。だから、ゴスペルを聴きながら、歌詞カードも読む。そこに、ゴスペルは旧約聖書、スピリチュアルな新約聖書のようなものとの記述があり、ピーンときた。こういった何気ない発見が、こんなちっぽけな歌詞カードの解説にあった。そこから窓外に目をやり、考える。速読ではない。ちょっとした知的発見があると、活字から目を離し、考え込む。デイドリーミングを始める。
2009年06月15日
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紘道館館長ブログよりTIMEが懐かしいgive表現を使ってくれた。それにitの使い方が巧いから、間違いなく斬れるネイティヴ・イングリッシュ。日常会話でも堂々と使える。深夜テレビ番組のホストであるJimmy FallonがJay Lenoを紹介している。テレビ・ホストらしく、気取らない口語英語を使っているからスッと頭に入る。giveとgetの使用頻度数が、斬れるか、斬れないかの実用性のバロメーターになる。You have to give it everything you have. (仕事も中途半端にやっちゃいけないよ) ……続きはこちら6月の例会報告を更新しましたこちら
2009年06月13日
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今日も本屋で英語、日本語の本の背表紙を流し読みする。長旅の楽しみに選んだ一冊が、松岡正剛の『多読術』(筑摩書房)だった。気になる知的怪獣。ものすごい勢いで本を読む究極の編集人。しかも、情報が整理されている物書きであって編集人という両棲類。博覧強記の人。造語の達人でもある。食読か...... うーん、なるほどヘンな本を読めば、食読中毒が起こるというわけか。読み方は、かくも多様なのだ。幸い、私の造語である遊読(ludic reading)はなかった。ちょっと違った意味での多読家である私も、「遊読のすすめ」披露したくなった。
2009年06月12日
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執筆先を東京から奥飛騨の合掌苑に変えた。東京から岐阜の山奥へ移るのに、6時間近くもかかった。オバマが気に入っている音楽(フェイス・ブックから)は全部聴く。CDも買い揃えた。カネと時間のかかる企画だ。とくにゴスペルとスピリチュアルが私のリズムにも合う。名古屋でローカル線に乗りかえるまでの数十分、三省堂へ寄る。本棚企画は私のためのような企画だ。オバマと同じで、私は本屋で本を漁るのが大好きなのだ(軍資金はこういう情報のインプットを最優先する)。
2009年06月11日
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第46回 「お互いにコミュニケーションするのだ Learn to relate to each other」メンター・ダイヤモンドより (本文)米国のテネッシーにある日本企業の人事担当者にインタビューをしたことがある。もう20年以上も前の話になるが。「じつは、御社へ訪れる前に別の日本企業の本社に寄って調査をしてきました。組合対策で苦労をしているとうかがったものですから――。あそこは、米国の従業員に気を配って、提案箱を設置して、組合員の積極的な職場運営への参加を奨励するなど至れり尽くせりの優良な会社ということですが、どうしてなのでしょうか。一方、御社では、新聞ざたになるような労働争議が起こっていません。それはなぜですか?」と、水を向けた。……(続きはこちら)
2009年06月10日
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ジェームズ・ブラウンのウーウーという野性の叫びは、まるでオオカミのそれ。音霊を研究している私には、こたえられないtrue-blue(生粋の)blues(ブルース)だ。オバマのスピーチにもブルース調のものがあるが、このジェームズ・ブラウンのブルースをこっそり聞いているのではないか。ボディー・ガードの眼を盗んでトイレット・ブレークのときに、こっそり煙草を吸うオバマだから、生粋の黒人ブルースのリズムを心のどこかで求めているはずだ。オバマの英語は、しょっちゅうインターネット・ニュースで聞けるが、じっくり耳を傾けてみると、uh...と間をとっている。ときに、私は聞き耳を立てる。あの「間」に意味があるのだ。
2009年06月09日
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ブログで述べることは別に学説ではないのだから、幅広いビジター(公)を意識して書いている。だから、いただいたコメントも公のものと解釈して、原則として個人的な返事は書かない。あくまで公の友として、感謝の意を込めて、ファンの全ての方を相手に書いている。そして私は、コメントは、いかなるものでも――誠意さえ感じられれば――真剣に何度も読み返し、調査もする。とくに今、オバマの調査をしているところだが、「ジェームズ・ブラウン」というブルースシンガーも調べては、という心温まる忠告を頂いて、やっと探し求めた。今も気に入って聞いている。
2009年06月08日
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紘道館館長ブログより 「これぞ正念場」とは、This is a critical moment.最近のTIME誌は、一昔前と違って、使われる英語がますます大衆化しているようだ。the momentだけが使われることがある。This is one of those moments. でもよい。会話調では、It's now or never. でもよい。もともと正念場とは、歌舞伎、人形浄瑠璃からきている。一曲、一場の最も大切な見せ場のことだ。見せ場、つまり真価を表すべき最も大切なところだ。 続きはこちら
2009年06月06日
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大阪人はplay soft to get(わしアホでんねん)と身を低く振舞う。この方が英語の習得に役立つのだ。どう考えても大阪人は「呼」が先だ。 ここで断っておきたい。日本人は東京人と大阪人だけではない。しかもこのブログを読んでいる人に、アメリカ、アフリカ、中近東と、いろいろな訪問者がいる。関西、関東というのは、シンボル化したもので、「呼」か「吸」かという色分けのために、便宜上用いたラベルのようなものだと考えていただければそれでいい。別に学説ではないのだから、幅広いビジター(公)を意識して書いている。
2009年06月05日
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東京では、先述したように、「吸」が先なのだ。まず恥ずかしくないように英語と情報のインプットにはげむ。ところがインプットが思うようにいかないから、話せない。せっかくハントした英単語も使う頃になると、もう腐っている。だから東京人は日本人同士で話すことを恥ずかしがり、いきなり海外へ飛ぼうとする。ガイジンとなら英会話ができる。横に日本人がいると、もう黙ってしまう。大阪ではそんなことはなかった。日本人同士でも堂々と英語で語り合った。ガイジンとしか英語は喋らないというエリート東京人をエエカッコシイと軽蔑した。ガイジンとしか英語を喋らない(海外の大学を出たのだから)というのはplay hard to get(お高くとまる)のことだ。
2009年06月04日
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第45回 「傷ついて、図太くなるんだ。Get hurt and get hard」 メンター・ダイヤモンドより (本文)思考のギアチェンジとは、発想の転換のことだ。息抜きをするときにも、この表現がよく用いられる。私はこのところ、ある社の企画でオバマ氏について分析・執筆しており、ホテルカンヅメを続けているが、急に英語から離れたくなることがある。そんなときはよく、好きな浅草の六区をぶらつく。......(続きはこちら)
2009年06月03日
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大阪人は、東京人のように外見を意識しないから、平気で下手な英語を喋る。たちばな出版の半田晴久社長は、京都出身のやんちゃな男だ。私は大阪出身のゴンタ(wild thing)だ。二人は、外人ハントで度胸試しをして、英語をモノにした。どちらも、下手な英語でもいい(とくに修行中は)、アウトプットが先だ、という哲学だ。外国語を学ぶとは、アホになることが先決だ。人とまじわることだ。まずアウトプットが先。息は、まず吐け、がナニワ英語の原則だ。
2009年06月02日
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東京人はなぜインプットが先なのか。少ないインプットで発表して恥をかくことを恐れるからだ。文明人は「吸」に熱心だ。だから、私はよくコミュニケーション能力は、関西人がウエで、筆記試験では関東人の方がウエだというのだ。ちょっと説明しよう。 呼吸 ―― exhaleとinhale。exは外へ、inは内へ。大阪はとにかく、恥をバネにしてまず息を吐く。大阪人の方が声が大きく、よく喋る。よく喋るためには、情報が要る。そのために、本を読む。大阪人はとにかく好奇心が強い。何でもガツガツと食う(wolf down)から、読書家が多い。情報に飢えているのだろう。
2009年06月01日
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