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混沌3月16日 人間って一体何なのか。生きるってどういうことなのか。生きること生活すること、私はどのように生きていくのか、あるいは死ぬのか。今、私は毎日毎日広小路で講義を受けるがごとくアルバイトに通い働いているのだが。・・・ このノートも終わりである。いつまで続くか私はまだまだ果てしなく続いていく。私の生活が混沌としたものである以上、整理する必要はない。それどころか、私には混沌さが、まだ足りないのではないか。(別の日の日記) ランボーはいった。「私の中に一人の他人がいる」と。私としては私の中に他人がいるというよりも私というものが統一体ではなく、いろいろ分裂した私が無数に存在しているように思う。これが私だと思っている私は私でないかもしれない。人間はとかく都合のいいように合理化して解釈する。とにかく真の自分だなんて相手はこうなんだなんて思こんでいるものは、合理化によって作られた虚像にすぎないのかもしれない。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用人間は合理的な存在ではない。
2005/06/30
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「生きている」実感がない3月8日ニ、三日前、太宰を二、三頁読んだ後で、ポットのコードを首に巻いて左右に引張ったりしましたが、別に死のうと思ったわけではなく、ノドを圧迫したときの感触を楽しんだだけでした、しめあげられたノドは息をするにもゼイゼイと音をたてまして、妙に動物的に感じました。 私はアフリカ的なジャズとか土人の叫び声が好きです。ミリアムマケバとかゴリラ、そしてコヨーテなどが好きです。彼らには強烈な「生」がある。私は生きているらしいのです。刃物で肉をえぐれば血がでるらしいのです。「生きている 生きている 生きているよ バリケードという腹の中で」という詩がありましたが、悲しいかな私には、その「生きている」実感がない。そしてまた「死」の実感もない。もっとも「死」が実感となれば生も死も存在しなくなるのですが。 アルバイトをしてウェイトレスに投げかけられた優雅な微笑に、恥ずかしげに嬉しげに微笑んで、生きる勇気が得られたと思っているチポッケな私であるのです。・・・誰もいない誰もいない 長い長い孤独の夜よ寒い心に ひざかけ巻いて宛名のない 手紙を書くの目かくし鬼さん 手のなる方へうつろな目の色 とかしたミルク小さい秋 小さい秋 見つけて黙して笑う時悲しさが全てを支配している時深淵の暗さが 孤独の味気なさが光なき世界の道標全ての虚偽を微笑んで拒絶しよう耐えて孤独者の長い道を光りを絶って歩みゆかん 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用3月の初めからプチブル性を否定するためアルバイトを始める。前半は前回の補足するものです。最後の詩は暗示なのかもしれない。
2005/06/29
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「生きよう」とする衝動2月24日 私には「生きよう」とする衝動、意識化された心の高まりというものがない。これは二十歳となった今でもズット持っている感情である。生命の充実感というものを、未だかつてもったことがない。 私の体内には血液が流れている。指を切ればドクドクと血が流れだす。本当にそれは私の血なのだろうか。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用悦子さんが日記に残した本質ではないだろうか。
2005/06/28
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シュプレヒコール2月20日 八時頃、機動隊が西門から入ってきた。一メートルほどの距離にジュラの盾をもった機動隊に対して、私はスクラムを組んで「カエレ」のシュプレヒコールを叫んだ。声を限りに私は帰れのシュプレヒコールをあげた。しかし次第に私達はおされて後退した。後ろでノホホンと叫んでいるわけにはいかない。私は先頭に出て力一杯帰れ!と叫んだのだ。私を取巻く常識や風潮や政府の欺瞞性を「帰れ!」の一語にこめて叫んだ。しかし次第に押し込められてしまう。私は口惜しかった。涙がポロポロでた。しゃくだった。機動隊の腕のあたりをポカンとやったら、たちまち足げりがきて腰のあたりをやられてしまった。結局、私達は学外に追い出され柵を境に、学内には制服と特性ヘル、盾の機動隊が、学外にはヘルもゲバ棒も持たぬ学生がいるのであった。西門から入ろうとしたが、機動隊によって守られ(一体何が)入ることができず、私達は寺町通りと広小路で「機動隊帰れ!」のシュプレヒコールをあげた。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用前回の座り込み、そして今回の行動により、悦子さんは本格的に全共闘運動に参加する。
2005/06/27
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座り込み2月15日十三日夜京都につく。立命に行く。明日の入試を控え騒然たる空気。その晩は学校に徹夜。十四日バリケード封鎖の行われている中川会館を眼前に、存心館の薄明かりに坐りこんで。・・・ここにいる私の決意―機動隊(国家権力)の導入には反対します。下宿に戻る途中、一寸立ちよるつもりが、どうしたわけか、地べたに坐りこみの徹夜、そしてきびしく自己批判している次第であります。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用この記述の数日前に、全共闘運動に参加することにより、迷惑を掛けないように下宿変更を決心した。そして西那須野に帰省後、夜を徹して座り込む。
2005/06/25
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ワンゲル2月8日しっかりしろ 悦子煙草と眼鏡は自由のしるしじゃないか今日のコンパは一〇・三〇に帰ることお酒を飲むのはやめにすること独りになれきびしさは誰でももっているのだ甘えるなあせるなよ 疲れたら休めよ自分に自信がないなあ泣きたいなら泣けよ寒くてふるえているんだな耐えろよもう一回火の熱さを感じたら「ファイト」?がわくだろうさあ やってみろ私は夏がいいなあ 冬は寒すぎる全身の力が抜けて歩いていけるのかなあ私は生きているんだろうなあカミソリで指を切ったら生々しい赤い血がながれるんだろう下宿に帰っても どこへ行ってもこれが生きているというならその意味は認めない自殺でもしようかなあ寒いなあこたつに入りこんで ぬくまりたいなあ散まん! やめろよホラ 前で話しているやつがせせら笑っているよ 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用この詩を記した後、ワンゲルの追い出しコンパに出かけている。『那須文学』に掲載された友人の記述によると、ワンゲル入部後毎週のように山に出かけていたようです。しかし『二十歳の原点』には、ほとんどワンゲルの記述はない。ワンゲルを離れ、全共闘運動やアルバイトを中心に生活していたからかもしれない。
2005/06/24
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セルフコントロール2月6日 何をしてよいのかわからなかった。ほおをピシャリと打った。胸を拳で思いきりなぐった。ここニ、三日、自分のものとして、夕刊を読み、雑誌をよみ、小説を読み、考えるのがよいと思ってきた。しかし、しても無駄のように思う。「絶望」というものをかい間みたような気がした。「独りである」ことは、何ときびしいことなのだろう。自殺でもしようかなと思った。そのまま眠ってしまうのが、一番よかったのかもしれない。 でも、その解決を酒に求めた。葡萄酒を二杯のみ酔えそうもないので、八木さんからレッドの角びんを借り一杯半のんだ。酔いながら牧野さんのところへいく。あくまでも自分の荷は自分で背負うべきであると思ったが弱かった。その後、はき気を催して、お手洗いにいった。気ままにはき散らして、そこに坐りこんだ。しばらくたって気分が落ちついたら掃除するつもりだった。彼女が塩水をもってきてくれた。そして私を部屋に連れ戻し掃除してくれた。感謝した。「シッカリしろ!悦子」と叫んだ。私はそのまま寝ていた。彼女は強い、私は弱い。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用立命の混乱の前で、自身をコントロールできなかった。高野悦子さんは1969年6月24日午前2時36分頃(23日深夜)亡くなられた。ご冥福をお祈り致します。
2005/06/23
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自傷行為1月31日 封鎖支持と封鎖解除との二つの動きで事態が進展している以上、己れの立場をどちらかにして何かの行動を起こさねばならぬ。でなければ、ただ全てを受身に、生きることなく、死ぬこともなく、生きていくようになるのではないか。2月1日私は二、三日前からおかしな考えに取りつかれている。カミソリで指を切り血を流そうという考えである。私は、カミソリをもちそれを一気に引くときの恐怖を考えるとゾッとする。体中の力が抜けてワナワナとなる。お前は自分を傷つける勇気がないのかと励ますがダメである。 今日、カミソリを買ってきた。スッパリと切り赤い血がタラタラと流し真白なほう帯をしようと考えた途端、ヘナヘナと力がぬけてしまった。おそるおそるやっていたら、チクリと痛みが走った。あわてて手を離したが、それでも血が出てきた。まっ赤な動脈血であった。なめてみたら鉄分の味がした。幼いころ怪我をして、その傷口をなめたときと同じであった。あまり血が出るので、なんということもなく、「私」という血文字を書いてみた。いまその指先はちょっとだけ痛む。細い毛細血管が切れて、その血管と入りこんだ空気の不協和音のような痛みである。それを感じると同時に指先から手の方へとだんだんに力がぬけて一種の緊張状態に入る。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用2月5日にも同じような自傷行為をしています。この頃立命でも大学紛争が激しくなり、悦子さんは危機感を感じていました。また党派争い(代々木と反代々木)にも困惑していたようです。代々木、反代々木等の用語について知りたい方は、次のサイトを利用下さい。http://www.asahi-net.or.jp/~gr4t-yhr/zenkyoto_a.htm
2005/06/22
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私の世界 おまえは生きている。人に頼ることなしに、己れの世界を築きあげるのだ。たとえ心房中隔欠損ぎみの心臓であっても、それが動き、血液を体内にくまなく流しこんでいる以上、おはえは、己れの世界をどのように築きあげるのかということに立ち向かっていくんだ。独りであることを忘れていた。独りなのだ。おまえ自身の世界をもつのだ。私は弱い自分が何をやりたいのかさえわからないそれでも朗らかに人と話し笑うしかし ふっと気づくなぜ笑い 話をするのだと不安になるその時 目に見えね世界が知らぬまに私の体を動かしているのに気づくそれは地主の世界なのかサラリーマンの世界なのかマルクスの世界なのか資本の世界なのか 何もわからない私の世界が私の知らぬまに存在しているなんだかわからぬものによって私は動かされている激しい感情に身をまかせもせず生きる情熱も失せているまま私は煙草をすう にがい煙草もすう私はこの部屋の中で ここは私の世界だしかし一たびここを出ると 私は弱くなるクラス討論会の場で煙草をすわせない何ものかがある煙草を買うのを恥ずかしめる何ものかが存在する私は弱い私は私の世界を模索し始めた。人それぞれ、その人の世界をもっている。しかし、その人が本当に己れの世界をもっているとは限らない。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用前回のブログと関連するものです。悦子さんは自身の世界を求めて、全共闘運動に参加したのかもしれない。
2005/06/21
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演技者1月17日この頃、私は演技者であったという意識が起こった。集団からの要請は以前のように絶対なものではないと思い始めた。その役割が絶対的なものでなくなり、演技者はとまどい始めた。演技者は恐ろしくなった。集団からの要請が絶対的なものではないからには、演技者は自らの役割をしかも独りで決定しなければならないのだから。 人間というものは不思議な怪物だ。恐ろしい怪物だ。愛したかと思うと怒って私を圧迫したりして恐怖に追いこむ。何とも訳のわからぬ怪物の前で、私はちぢこまり恐れおののいている。何のなす術も知らず、ビクビクしながら。彼等のもつ不平不満は、演技者としての私のまずさにあるのではなく、要請された役割の中にあるのだということを、大学生活の中で知った。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用与えられた生と与件(慣習、社会)への疑問。学生として、女性として要求される役割への疑問。期待と主体との軋轢。
2005/06/20
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主体性を問う1月15日 東大闘争では常に自己の主体性が問われた。立命にその危機が内在する以上(おそらく現在どこの大学にもそれは内在するにちがいない)己のものとして考えざるを得なかった。しかし、それも疲れてしまった。弱すぎる。・・・ 「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である。私の好きな言葉「孤独にはなれている。内職する母に放ったらかしにされた幼時から、いつも自分で考え、自分で規制し、目標に向かってペースを狂わさずに歩いてきた」 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用成人式の日記である。悦子さんは主体性を確立する為に、全共闘運動に参加することとなる。後半は孤独の原点かも知れない。1月19日東大安田講堂での東大全共闘と機動隊との攻防があった。以前ある予備校で講師をしている東大全共闘議長を偶然見かけたことがありました。
2005/06/17
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矛盾・不合理1月5日「矛盾に対さない限り、結局のところ矛盾はなくなることはないし、未熟のままで終わるしかない」 小田実 あまりにも理性とか合理性を中心にしすぎるのではないか。何かわからないモヤモヤした気持とか、ワーッと爆発しそうな気持とか、低く高くうねり狂ったりする感情のあるものが本当ではないか。生の燃焼は不合理なものではないか。・・・人間は不合理な存在である。いろいろ矛盾をもっている。人間は肉体をもっている。肉体は合理だけでは割りきれることができない。肉体を放れて人間は存在しないし、精神も存在しない。肉体は生命をもつ。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用悦子さんも学園闘争の中、人間、社会の不合理さの中で揺れ動いた。悦子さんは亡くなったが、その精神は雲に乗り旅をしているのではないか。
2005/06/16
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「高野悦子」自身になりたい1969年1月2日私は慣らされる人間ではなく、創造する人間になりたい。「高野悦子」自身になりたい。テレビ、新聞、雑誌、あらゆるものが慣らされる人間にしようとする。私は、自分の意志で決定したことをやり、あらゆるものにぶつかって必死にもがき、歌をうたい、下手でも絵おかき、泣いたり笑ったり、悲しんだりすることの出来る人間になりたい。 未熟であること 人間は完全なる存在ではないのだ。不完全さをいつも背負っている。人間の存在価値は完全であることにあるのではなく、不完全でありその不完全さを克服しようとするところにあるのだ。人間は未熟なのである。個々の人間のもつ不完全さはいろいろあるにしても、人間がその不完全さを克服しようとする時点では、それぞれの人間は同じ価値をもつ。そこには生命の発露があるのだ。 人間は誰でも、独りで生きなければならないと同時に、みんなといきなければならない。私は「みんなと生きる」ということが良くわからない。みんなが何を考えているのかを考えながら人と接しよう。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用二十歳の誕生日の日記である。最初の段落は先日のお母さんの手記に関連するものである。悦子さんは不完全さを克服しようとした。
2005/06/15
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ブログの目的『二十歳の原点ノート』『序章』を日付順に関心を持った文章を紹介して来ました。今回はこのブログについて記述させて頂きます。このブログの目的は、以下の4点です。1.『二十歳の原点』『序章』『ノート』が消え行くのを防ぎたい。2.悦子さんが残したものの本質を理解、知って欲しい。3.悦子さんのように自殺することを防ぎたい。4.私的に原点を再確認する。1.について、悦子さんが亡くなって約36年になりますが、『二十歳の原点』『序章』『ノート』を書店・図書館で見つけることは困難になってきたようです。私が20年近く前『二十歳の原点』等を読み、『青春の墓標』を探しましたが、見つかりませんでした。同じ状況が『二十歳の原点』等にも迫ってきています。また『二十歳の原点』等に記述された全共闘運動等の社会情勢を理解することは、若い世代にとってかなり困難になってきています。このことも消え行くことを促進しているのではないでしょうか。2.について、ネット上の記述を見ると、『二十歳の原点』等のセンセーショナルな部分が記述されているものがあります。しかしそれらは本質から離れているものではないでしょうか。何が本質かは個人により異なると思いますが、明らかに違うと感じるものがあります。本当に残念です。3.について、『二十歳の原点』発行当時、お父さんの「失格者の弁」という記述が掲載されていました。内容は自殺の原因等を考察したものでした。私はこの中で、「すっかり灰となったまだ温かい骨壷を胸に抱きしめたとき」や「子に先立たれた親の不幸」という記述を読んだとき、親族の悲しみは深かったことを察しました。私事になりましたが、数年前父親を亡くしました。その時まだ若く、親孝行などほとんどしていませんでした。親孝行とは言えませんが、順番を違えることなく、父親を送ることができました。だから死なないで欲しい。4.について、『二十歳の原点』に最初に出会ったのは16才の時でした。親子間の対立、大学受験と自身の存在への疑問や限りを感じていました。そんな時出逢い、共感、一体感を感じました。「なぜ生きなければならないのか」という記述に出逢い、この記述を「自分自身に存在意義があるのか」という疑問に置き換え、よく考えていました。当時存在意義は見つかりませんでした。ただその存在意義を見つけるために生きるのだ。あるいは悦子さんほど行動したのか。機動隊に蹴られ、殴られ、警察に連行されるほど何か行動したのかと自己に問いました。現在なら自己の存在意義を家族、仕事などと答えるかも知れません。あの頃ほど純粋ではなくなったのかもしれません。多分あの頃よりいろいろ背負うものが多くなったのでしょう。だからもう一度原点に返るため、このブログを始めました。では、次回からは『二十歳の原点』を紹介します。
2005/06/14
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原点の原点未熟であることの認識―すべてが整い、秩序だっているという幻想。完全!成熟!―外から飛びこむその言葉に惑わされていた。すべてが整っているという幻想。だから整わぬ私はいつでもおびえていた。しかし物事はすべて矛盾に満ちた存在であり、未熟なのだ。独りであることの認識―他人の足で歩くことはできない。己の足で大地に立ち歩かねばならぬ。独りで―独りで歩かねばならぬが、集団の中を独りで歩かねばならないのである。「未熟」「独り」この二つを背負って生きていかなければならない。 高野悦子著『二十歳の原点序章』(新潮社)より引用『二十歳の原点』に、『「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である。』と記されている。
2005/06/13
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想い出小さい頃の私は味噌っ歯で泣き虫だった。居間の昔風な大きなラジオの陰で、すすり泣いていたのを覚えている。御飯は板の間で円い御膳を立てて食べた。秋のたきたてのさつまいもとふかふかのじゃがいもを、明るい陽の中で食べたことを思い出す。釜揚げうどんもお昼によくやった。お椀に味の素とお醤油をいれて、茹でたての釜のうどんをすくって食べる。おいしかったなあ。 お風呂は楽しい遊び場だった。夕飯前におじいちゃんと一緒に入り、タオルを使って、湯舟の中で船をつくったりしたり、背中を流したりした。 二階の北側の八畳間は兄弟三人の寝る所で、夕方西日がさし込む中で敷いた布団の上で、三人で大暴れした。そして廊下にはブリキのおかわがあった。よく私は、寝ているとき便所に行く夢を見て、寝床の中でやってしまった。その布団は、南の窓際に干されるのであった。 そうそう、秋になると今の東小のあるところで作ったさつまいもを干して、乾燥いもを作ったっけ。鶏小屋の屋根の上に乗って渋柿を取り、それを縄でくくり二階の軒に吊るした。柿の木がたくさんあるので、干し柿作りは一家総出だった。渋柿ははちやにもした。 いちご畑があり、籠を持っていってはとって食べた。ぐみの気もあった。りんごの木も、梨の木も(すっぱい梨だった)。昔はうちには山羊がいた。角があり、真白で、ごつごつした体をした山羊だった。 冬になると大根を洗い、干した。大根を干す所は東の方の小屋の軒であった。その小屋はリアカーをしまっておく所だった。リアカーではよくらくだごっこをした。リアカーに二、三人乗り、引くところに一人が腰掛け、それを上げたり下げたり、らくだあ、らくだあとはやしながらやる。その小屋の横にある栗の木には、秋になると大きな薄黄緑の毛虫がたくさんいた。秋にはこわくて、そこいらは歩けなかったものだ。 高野悦子著『二十歳の原点序章』(新潮社)より引用2番目のブログで、死の直前線路の上で西那須野を思い出していたのではないかと記述しましたが、私が想像したのは上記の様な内容です。西那須野を訪れた時、梅雨の晴れ間に長閑な風景が広がり、穏やかな時間が流れていました。日記にはこれ以外に幼少の頃の記述はありません。
2005/06/10
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学園闘争 いま学園は大変な状態である。何が大変なのか。私は学生としてどうあればよいのか。この機会を逃したら無責任でしかあり得なくなるという焦り。どうやっていけばいいのか、わからない。しかし「事態」は進展している。東大ははるか彼方ではない。現実に立命に起こっている。 何をすべきか!人間不信!恐れ! こんな状態で家に帰れるのか。「緊迫した情勢」を逃れるのか。(別の日の日記) 信じられないことが、次々と起こっている。立命の学生が角材とヘルメットを持ち、血を流し合っているという事実。彼らはもう感情的対立、憎しみでもって一触即発である。石油缶を投げたり、失明させたり、暴力は絶対に許されない。反民青の武装は反対、民青の自衛のための武装をも、学園内では絶対に許されない。 高野悦子著『二十歳の原点序章』(新潮社)より引用1968年12月の日記です。この頃から立命館でも学園闘争が激化し始めたようです。以前私も立命館の全共闘運動(学園闘争)について関心を持ち、数冊の本を読みました。その中には『二十歳の原点』の中で、師岡問題と記されている師岡さんが記述した本を読んだ憶えがあります。(多分当事者の方だと個人的に思いましたが、事実と異なるかもしれません。また本の題名及びその本の正確な情報も他の本の情報と重なり、今では明確に憶えていません。)関心のある方は、書店・図書館等で探して読んで下さい。上記の様な状況を目の前にして、悦子さんは冬休みの帰省を遅らせています。
2005/06/09
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自信と卑下 嫌悪。自己に対する。自分が自分の行動に全く責任をもてなかったのだという自己喪失。非常に寂しい。誰かの腕に抱きついていきたい気持―「みんな信じていないふりをしながらも、信じあっているのだ」という、あの感情。 みんなバカなことをしているふりをしながら、自分のことを知っているのだ。何も知らないのは私だけ。子供!彼らわかっているんだ。「自分」というものをもっている。本当にバカなのは、私なのだった。他の人間が何を考え、何を思っているのかを知らずに、自分のことのみを考えている。よそう!卑下することから何が生まれてくるのか。いい加減にしろ。自分で自分をいじめて楽しんでいるのか。お酒を呑んで得たことは、そんなしゃっちょこばったものではなく、落ちる所まで、落ちて思ったことは「自分の行動に自信を持って!」ということだ。私のことを理解していようがいまいが、そんなことは恐れるな。自分の行動を大切にしろ。意志と行動を。そして自分をいじめることで快感を味わうな。卑下をするな。 高野悦子著『二十歳の原点序章』(新潮社)より引用悦子さんは自信と卑下という感情を整理し、意志と行動を求めた。しかしその後の日記を読むと、整理できなかったようである。
2005/06/08
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他人と比べて遅い出発今まで何か勘違いをしていた。大きな勘違いを。他人とのかかわり合いにおいて、その他人とのかかわり合いをもつのは一部にすぎないということ。共通部分は部分であり、全体ではないということ。共通部分を持つことはあたかも全体を一致することのように思っていた。この誤解は言いかえれば、ある人間に自分を、自分にある人間を全く一致させることが無理であることを知ったということになる。大地に二本の足で立っている「私」は、自分自身の頭で考え二本の足を動かさねばならぬのである。なぜ他の人間に自分を一致させることができないのか。それは他の人間も「彼」という独りの人間であり、自分も「私」という一個性人格をもつ人間であるから。 他の人間に甘えることは許されない。それは己の人格、個性をダメにする。二十歳を前にして、新しい出発。他人と比べて遅い出発である。しかし他人と比べるのはよそう。私は他でもない私なのだから。 高野悦子著『二十歳の原点序章』(新潮社)より引用前回と同じように、悦子さんは本当に対人関係では苦労したようである。孤独とSOMEOME(親友、恋人)への想いで、揺り動いていたようだ。
2005/06/07
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完全主義と対人恐怖症下宿から一歩ふみ出すと意識はかたばる。電車の中にもホームにもキャンパスにも、人、人、人だらけであるから。私は人がこわい。会う人会う人が、私の弱点を見すえているようなのである。いつからこんなになげやりで、陰険になったのだろうか。私はおっちょこちょいで、朗らかな女の子ではなかったのか。私の心はこのごろではいつでも沈んでいる。 往来を歩いていて、私と同じようなおどおどした臆病なまなざしをいくつか見つけて安心した。私のような人間が他にもおるんだと。生きることに強い欲望をもたず、かといって自殺する気もなく、波にゆられて小さな手をバチャバチャとさせて生きていく人間が。 生きていくよろこび、生きる価値あるいは自殺の意義と価値を見出さなくては。(別の日の日記)この一週間、私は非常にびくびくとした生活をした。人に会うのを極度にきらい、人と話すとき自分の浅はかさやエゴイズムなところを出すまいとつくろい、それらが出ると大失敗でもおかしたように、自分ではダメな人間だと思いこんだ。寝たり食ったりするだけに興味をもっている。精神的な高潔さはほとんどないつまらないバカな人間であることは百も承知のはずじゃないか。失敗をおかしてしまったことより、失敗を成功に変ずることを考えるべきだよ。 高野悦子著『二十歳の原点序章』(新潮社)より引用悦子さんの中学・高校時代の日記を読むと完全主義者的資質を感じます。しかし完全な人間はいません。不完全(未熟)な自分を見られたくないということが対人恐怖症に結びついたのではないか。
2005/06/06
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欲私は非常に欲のない人間である。欲望をもとぬということが一番の欠点なのかもしれない。欲望がなければ行動が起こらないし、やりとげるという喜びも知らない。みにくい存在として、人間を憎み愛することも出来ない。とはいっても全く欲のないということではない。いろいろおさえつけられ、あきらめさせられているだけなのである。 高野悦子著『二十歳の原点序章』(新潮社)より引用上記の記述には、心臓弁膜症が関係しているのかもしれない。自身の存在を肯定できない。また高校時代のバスケットボール部退部などが影響しているのではないか。日記には優越感・劣等感等が記述されているが、これらも心臓弁膜症が影響しているのではないだろうか。
2005/06/03
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親友牧野さん、彼女のもつ激しさと一途さに触れ、私はそんなに年をとったのかと思う。『魅せられたる魂』について話して、気まずいいままに部屋を出て以来、また「言語に対して素直ではない」とビシッといわれて、何となく気まずくなった。彼女は一途だから怒りをもってそれをそのままぶつけてくる。私は、それに対し何となく感情的になり、変に意識してしまう。しかし私と牧野さんとの友だち関係は、慣れ合いのものではないはずだ。そんな感情的なものは、吹きとばす力をもっているものだ。(別の日の日記)人と一緒にいるときはいつどもおどおどしている。通りすがりの人とすれちがうときでさえ何かを気にかけおちつかない。 高野悦子著『二十歳の原点序章』(新潮社)より引用悦子さんの日記には対人恐怖症等記述されていますが、牧野さんは大学での一番親友です。大学2回生の時には下宿を1年間共にしています。その後学園闘争(全共闘運動)に参加することにより、迷惑を掛けないように下宿を変更する。
2005/06/02
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自己自身であること人間であることに徹せよ!学生であることに徹せよ!女であることに徹せよ!自己自身であることに徹せよ!自主性・主体性のある人間になれ!生きることを楽しむことの出来る人間になれ! 高野悦子著『二十歳の原点序章』(新潮社)より引用お母さんの手記に、「慣らされる人間ではなく、創造する人間になりたい、『高野悦子』自身になりたい」というような記述がありましたので、今回上記の詩を紹介しました。またその中で、悦子さんからこの点で影響されたと記述されていました。
2005/06/01
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