全33件 (33件中 1-33件目)
1
一番最初にテレビでお墓の広告を見たのは いつだったろう? 「残された人々は、あなたを失った悲しみに うちひしがれ・・次に何をしてよいか考える ひまもないでしょう。ですから。。ウンヌン』曰く 元気な内に計画をして払っておくのが残された 人々への思いやりだ・・・みたいな内容だった。 むろん分割払いもある。 それを見た時『世の中、ついにここまで来たか』 とその商魂のたくましさに驚き且つ、いやらしい 世の中になったもんだと思ったものだが、広告は どんどんエスカレートして、 「海が見え小鳥がさえずる、ひろびろとした丘 ○○セメタリーは、いかがですか?」なんてのも あって、 「○○名産、xx弁当は、いかがですか~」と 駅弁でも売ってるような感覚に陥った。 この辺まではまだしも、 「あなたの骨が指輪になります。焼却後の灰は カルシューム、これに薬品xとzを混合すると 化学反応を起こし、アクアマリンのような水晶体 になります。指輪にしてもよし、ペンダントも ご家族がお喜びになるでしょう」。。。と来た。 「1キャロットは$$2キャロットは$$$!」 うるさい!! 確かに、義両親が亡くなった時には先払いして あったので、楽だったことは認めるが、前払い しても、その葬儀屋が破産したらどうなる? 灰を海や山に拡散するといっても、法律が 変わったらどうなる?と、色々考える。 兎に角、葬式屋業も死人を確保しようと日夜 やっきになっているようで、昨日などは無料の 墓が当たる抽選券つきの広告が来た。差出人住所 はT葬儀屋でサンディエゴとなっているのだが 申し込みと抽選券の送り先は、ペンシルバニア 州になってるではないか。つまり、大企業が あやつって、全国にチェーン店をもっているに 違いない。友達のマリアンは海に灰を流す葬儀屋 に契約し、毎月$25はらっていて、誰かを勧誘 するとレストランの商品券が二枚もらえるから、 私にも入らないか?と言ったが、全くお笑いである。 私は子供たちにも、グレッグにもお墓などいらない から、灰はどうしてもかまわないし、葬式代 くらいは残しておくと言ってあるから、そんな事を 心配する必要はない、兎に角 「まだ殺さないでくれ~!」と叫びたくなった。
2012.11.30
コメント(2)

今朝、近くのショッピング・センター敷地内に あるガソリン・スタンドにヴァンを定期検査の ために置きにいったのだが、薄ら寒い朝だった ので、ふとスタバに寄ってみようと思った。 室内は満席。最近では珍しく白人ばかり。 10人位で輪になって討論してるグループや 公園のベンチ式の大きなテーブルには、他人 同士が隣り合って座り新聞や雑誌を読んでいる。 一人で座ってる人は、皆、下を向いていたから 多分スマホやタブレットで遊んでいるのだろう。 外側には、犬を連れた客が何人か座っていて、 犬を撫でながら携帯でおしゃべりしている。 『この時間に(9時頃)のんびり出来るのは どういう類の人だろうか』と考えていた。 結構長い列がならんでいて、私の前に背の 高い頭のはげた5、60代とおぼしき男性と 30代くらいの女性がいて、男性が女性に 「先にどうぞ」と譲っていたので親切な人だ と思った。注文をとる係りが二人いて同時に あいたので男性は左に行き、私は右側で注文し 名前を紙コップにマーカーで書き終わったので、 注文受け取り側にまわって待っていた。 すると、例の男性が近づいてきて 「あんた、私の後ろにいたのに押しのけて 先に行った」という。 「え?あなたは左側に行ったから、私は右側 に行っただけだと思ったけど。違いますか?」 「いや、そうじゃない。私を押しのけて先に 行った」としつこいので『変だなあ』と 思ったが、どうやら私の係りの方が早く注文を とり終わったからスネてるのだろうと、気づき 「それは大変失礼しました」と謝ると、 「まあ、いいだろう」といって、まわりを ジロジロ見ながら立っている。すると、私より 後の人の注文が次々に出来上がってカウンターに ならんでるのに、その男性は、いらいらして 自分の注文した(だろう)飲み物をピックアップ せずに車で立ち去った。 『なんだい?あいつ? それにしても私の注文は 遅いなあ』と、置いてあるコップをみたら、 Hiroaoと書いてあったので、笑ってしまった。 ひらおさ~ん、と呼ばれても分からないはずである。 私の注文のコップの横にエリックと書いたコップが あって、誰も取りに来る様子がない。きっとあの 男性のものだろう。今度かちあったら、 「ハーイ、エリック覚えてる?」とでも言って、 からかってみようか、と思った。
2012.11.28
コメント(0)

一月、または、二月に一度は、日本のスーパーに出かけて、大きなカートいっぱいに買い物をしてきます。今日はもしかしたら三ヶ月ぶりかも。寿司の出来合いを買いパンは、のぞくだけ・・食べたいものがなかったから。でもね、今では本当に、日本にいるように、何でも手にはいるのですよ。だから、母のいない日本へは、そんなに帰りたくもないのです。 日本人のお友達も、いまでは、大勢いるしね。。。。。。。。。で、帰りにグレッグのお母さんの家に立ち寄り、鮭と海苔巻きのお寿司を上げて、彼女の作ってる庭をみて、きれい、きれい、とほめて、キスして帰ってきました。来年早々に90歳になります。この庭は、彼女の指図で庭師がやってくれるのですから、彼女のセンスがわかります。私は、このように、さっぱり、クリーンの庭が好きなのですが、グレッグは、草花を絶対にすてないので、我が家の庭はジャングルで、歩くのもままならず、椅子もほとんど置けません。私が家を買った頃の庭は、芝生で、このように、鉢植えの花があちこちにおいてあったのです。ですから、庭でもよく、パーティーをしたのですが、今では、とても座る場所もないです。しょうがないから、我慢してますけどね。あの広々とした裏庭が懐かしいです。
2012.11.28
コメント(6)
あれこれ書いたついでに、もう一つ思い出した事を 書いておこう。 数年前ペイ・パル・アカウントを開けた時すぐに、 「あなたのアカウントに怪しい行動が見られますので・・」 という警告メールが来た。それには、セキュリティーを 強化するために、ここをクリックして再度確かめて下さい。 というものだった。つい、ちょっと前までペイパルの係りと 電話で話したばかりだったので、も一度そこに電話をして、 「いま、契約したばかりのアカウントのセキュリティー 強化のために、もう一度確認しなおすようにという通知が きましたが、そんなことするんですか」と聞いたら、 「あなた宛てでしたか?」 「いいえ、VIPのお客様と書いてありました」 「われわれは必ず、あなた個人宛にだします。そして 決してパスワードや情報の再確認などしません。もう全部 記録してあるのですから。そうやってパスワードや情報を 盗んで悪用するのですよ。そのメールを丸々、僕に転送して ください」というので、すぐ詐欺師だというのがばれた。 以後、怪しいものが来ると、銀行でも、何かのアカウントでも こういうメールを送りましたか、と本物のメルアドに転送 しているが、今のところ全部、偽者である。 ★正式らしいロゴのメールが来ても、個人名が書いて ない場合は、偽であると心得て、絶対にリンクをクリック せず、私のように本当の会社に転送してみてください。 本物であっても、確認するにこしたことはありません。 偽者のメルアドは、本物と似てますが違います。 要注意!!
2012.11.27
コメント(2)
腹が立ったので忘れないうちに書いておく。今、電話詐欺みえみえの電話を切ったばかり。「バンク・オブ・アメ○カですが、口座に不振な動きを見つけましたのでセキュリティー・チェックをするために、○○の最後の4桁をパンチして下さい」という、録音の電話だった。問題は、その口座は、もう15年前に閉めたものであった。しかも、当時も銀行の手違いを認めずに$400をかすめとろうとしたからだった。私が領収書を見せてもである。上記のような詐欺電話は、決してその銀行そのものでないかもしれないが、受話器をそのままおくのも悔しいので、0を押して「人間」が出るのをまった。「バンク・オブ・アメ○カですが、まずお名前を」というので、「あなたからかかって来た電話に答えてるのだから私の名前はわかってるはずでしょ」と答えると、「セキュリティーの為・・・うんぬん・・・・」と決まり文句を言う。第一、銀行の口座など持ってない私のセキュリティーをチェックする必要など無い、故に、あなたは偽である。と言ったらガチャンと切られたが、結構、その銀行に口座など持っている人の中には、この手の詐欺にひっかかって、暗証番号などをパンチして、預金を吸い取られる犠牲者が後をたたない。得に経済困難になっている今、毎日のように、誰かが何かでひっかけようとする電話や、メールが多く入ってくる。日本の「オレオレ詐欺」ではないが、とくに、年末はどの国でも、どなたでも要注意である。1. 不振な電話が来たら、その人の名前と会社名、受信の時間を書きとめ、電話番号を聞き、こちらから電話しなおしますといって切り、会社の電話番号を自分で調べてかけなおすことである。2. どんな事があっても、決して、決してパスワードを打ったり、言ってはいけない。3. もし、偽なら、アメリカの場合、地元の警察のFraud department詐欺部門に連絡をして、どう処理すべきか問い合わせ、その指図に従う。
2012.11.26
コメント(4)
このブログは、10月31日に書いた「要注意」の後日物語のような内容なので、忘れた方はまず、そちらをざっとお読みになるとわかりやすい。一言でいえば、アメリカは弱肉強食の国であり、ぼけぼけしていたら犠牲者になる・・という事。自分の主張をとことんする人が生き残る国というようなことを書いた。例の自動車保険会社は「本社に連絡をして、4,5日中に返事をします」といってから、1週間たっても何も言ってこなかったので、私はかなり怒った電話を入れた。最初から支社長につなげるように言うのが私のやりかただが、たいてい、その下の下くらいの人が出て、それでも解決しないと一つ上の人が出るようになっており、その人でも解決しない場合私は保険会社を替えると主張するのだが、今回は交換手の次に 社長がでた。その結果、一気に年に$120安くなった。トップの人ほど話がわかるのである。(これは祖母からの教えである)次は、薬保険屋に電話をした。アメリカの処方箋が世界一高いのは周知のとおりであり、ゆえに処方箋のディスカウントのために私は月に$49払っていたのだが、健康になって喘息の薬などいらなくなると自己負担の上に保険料を払っているのだから、ちっとも助けにはならないので「やめます」と電話を入れた。「一旦、保険をやめると、もし次に大病になったときに必要な高価な薬を買うときに、こまりますよ。その時再契約をすると、やめた時期から再契約日までの掛け金を罰金としてとられますよ」と、おどかす。無論、健康に気をつけていればよいのだが、いつ何が起こるか判らないのが人間。。。敵は、その弱みに付け込んでくる。つまり保険屋は「脅し」で儲けているわけである。すったもんだの挙句、「じゃ、高い薬はカバーしませんが、今の処方箋なら月がけ$15で、もし大病になった時、切り替えても罰金とられませんから、それをお勧めします」というので、そちらに切り替えた。これだけだって、年に$400のセービングになる。つまり電話で文句言ったお陰で、自動車と薬保険で$520の出費を止めたことになる。すると補助保険(国保は80%なので20%の個別の補助保険を持ってる)の会社からメールが来たので、『また、値上げかな』と、ドキドキしながら封筒をあけたら、「去年は$$$以上の儲けがあったので、残りを返金いたします」という手紙であった。『え?うそだろう?』と何度も読み直したが、ちゃんとそう記されており、信頼性もある封筒であった。大企業が、このような行動に出るのは初めてなのでどこの風の吹き回しだろう?とちょっと気味悪くなったくらいであるが、オバマ政権になってから、ウォール・ストリートの規制も銀行の規制も消費者に親切になったために、企業の儲けが激減してるので彼らがオバマを毛嫌いする理由はわかるのだが、それでも彼らは、たんまり、儲けている筈である。(この政権下では不正、不道徳な事をすると罰せられるのでこの保険 会社はその前に自分から率先して、消費者によい顔をみせたいのだろう と思った)ここ5年間私の月収が急激にへっているので、(ブッシュ政権時代に なくした財産のため)電話会社にもライフ・ラインという最低限のにしてもらったら、オートマチックに、ガスと電気代も20%下がっていたので驚いた。横の連絡がとれているらしい。 さて、次なるは、モノポリー(ワンマン主義)のケーブル会社に文句の電話をいれる計画である。6年前まで、TVとネットで月に$29だったのが、今は$130にもなっているからである。繰り返すがアメリカではこのように、個人がしっかりしていないと、いくらでも利用されるのである。いや、もしかしたら、他の国もだんだんそのようになっているのかもしれない。要注意である。
2012.11.25
コメント(2)

素敵なアイディアよ!早速試してみる http://homesteadsurvival.blogspot.com/2012/11/decorating-oranges-cloves-pomander.html
2012.11.25
コメント(0)

庭にすてたらしいスイカの種が二階のベランダの土にはいっていて、実をつけてるので、びっくり。しかも、冬なんですよね。たべられるところまでになるかは、疑問だけど、みてるだけでも可愛い。
2012.11.25
コメント(0)
11月22日のブログです。http://onodekita.sblo.jp/article/60229152.html院長の独り言 もと、東電社員で後に病院長となった小野医師のブログ。リンクには原発事故後の奇形動植物のページがあります。 リンクは、コメント欄にいれたのが、直接飛ぶようになってます。
2012.11.23
コメント(3)

娘の友達の家に招待されていってきました。家の左後ろにヨットのマストがみえますか?海の前の家なのです。 変わったアレンジの家で、玄関をはいると、普通は応接間なんですが、この家は、玉突きテーブルがおいてあり、その前がプールとジャクジ。ヨット・ハーバーの見える二階が大きな応接間になっていました。台所だけでも、このサイズです。皆がもってきたアペタイザーをも適当に、このカウンターにおき、デザートは別のカウンターにおきました。私のつくった燻製鮭のアペタイザーがみえますか。アイランドが、とっても大きいので便利。ここにも流しがあり、後ろを向くと、本来の流しがあります。 ダイニング・テーブルでは間に合わないので、折りたたみを二つつなげて、こんなぐあいでした。ここは大人の場所。 この丸い部分もテーブルとして使えます。 客のいる間は、犬は中庭、オウムはベット・ルームに入れられてました。兎に角、たべて、たべて、たべて、太って帰宅しました。
2012.11.23
コメント(2)

「今年は、僕がターキー焼きますから、ヒロコとグレッグは客として来て下さい」な・な・なんと! この40年近く、クリスマスも感謝祭も、私が数日前からテーブル・セットをしパイを焼き、何もかも用意して家族や友達を迎え入れたのですが、今年は娘のボーイフレンドが全部料理してくれることなりました。それで、今日が感謝祭なのですが、ごらんのように、テーブルは空っぽです。「なにか持っていこうか?」「えっと、例のペアーパイだけでいいです。あれは、皆がまってますから」「かんたんの、たん♪」というわけで、昨夜、パイは焼きました。うれしいんだけど、なんとなく、てもちぶさた。そこで、オードーブルも作って持っていく事にしました。バゲットを薄く切って、燻製の鮭をのせ、サワークリームをのせ、たまねぎのみじん切りをのっけ、飾りにパセリね。何もしないって、なんとも気の抜けるほど、簡単な感謝祭です。最初は、娘の家に集まるはずだったのが、途中から彼らの友達の家にかわったので、地図をたよりに行く事になります。その結果は、また明日ね。
2012.11.22
コメント(0)

カットフラワーというのは、長持ちせず、すぐ枯れてしまいますから長く愉しめるように、写真を撮りました。こうしておくと 時々みて楽しめます。 か
2012.11.21
コメント(0)

テントンテントン・ゴーンゴーン・ソドシラソファミレ♪ 有形文化財のMission San Juan Capistrano につながる教会の 20個くらいの本物の鐘が高らかになった、時間のためでも なさそうだから、ウェディングを知らせる鐘なのかもしれない。 まるで私の心の疲れを洗い流すように澄んだ音がかなり長く 響いていた。 警報機がなる音に私は目を開いた。 15分遅れて、やがてオリオル夫婦が乗ってる電車が来た。 「この国では自家用車がなくては不便ではない?」と聞くと、 「公共の乗り物に便利な場所に住んでるし空港までのシャトル だってあるしね、タクシーを利用すればどこでも行けるから 先週はニューヨークのオープニング、三日前はアリゾナの画廊の オープニングにも行ってきた。僕のカメラの被写体は、ロスの ダウンタウンやら、ギャングや浮浪者のたむろする場所、役所前の 大きなデモとか、車がない方が余計な出費はないし駐車場を探す 苦労もはぶける。それに安全だし運転するストレスもないしね。 必要ならレンターカーもできるし」と答えた。 そう、エリベルトは若い頃しいたげられた地域の人々を動かす 活動をしてきた時、裁判時の証拠写真になりそうな物を写した のがきっかけで社会問題をテーマにした写真を撮るようになった 事で知られている。そこから芸術的要素や哲学をとりいれた作品 を写している。それもあって同じような課題を水彩で描く グレッグと気があうのである。エリベルトもグレッグも底の底に いた経験があるので、作品にも訴える力がみなぎっている。 家につくと、まず、マリオの奥さんから電話が来た。 「カーナビが間違えているようでね、迷子になっちゃった」 というので、ディレクションを電話で教えたら、すぐ着いた。 次に時間がすぎてもなかなか来なかったマイケルの奥さんから 電話が来た。 「今、○○に入ったところだから、直ぐつきます」というので 「あなた方、とっくに通り越してるのよ。それは行き過ぎ 10分くらい遠回りなのよ」と答えると、 「え~?グーグル・マップの通りに来たんだけど」という。 私は、カーナビも使わない。一応ネットで調べて自分で 近道を考えてメモするが、紙の地図を持ってどこでも行く。 これは、衰える一方の脳の刺激にもなる。つい、数年前も カナダまでの往復5000キロの道も地図だけで私一人で 運転した。 招待客が全員集まり食卓を囲んで楽しい会話が始まった。 エリベルトは、我が家で泊まって行くから安心してビール を何本も飲んでいる。マリオの奥さんはワインをがぶ飲み してるが、マリオは飲みたくても我慢している。マイケルも ワインを飲んでるが、奥さんは飲みたくても飲まない。 これは、帰りに一人が運転しなければならないからである。 いうなれば、モダンな世の中は便利なようで不便なのである。 翌朝、エリベルトとアンジェリカが 「あ~静かだなあ。よく寝られた。ロスのダウンタウンは 便利だけど24時間うるさくてねえ。夜中でも救急車が通るし」 といった。 「つまり、静かな場所を選ぶと車が必要なのよね。どっちを 選ぶかの問題だ」と私。 朝食後エリベルト夫妻をまた電車の駅に送っていった時は カメラを持っていった。アウトドア・カフェには多くの人が 朝食をたのしんでいた。列車の通り過ぎる時間を調べてから 来るのであろう。大きな都会では電車を通勤でつかうの だろうが、郊外では、電車を便利で安い乗り物として利用する 人より、ディズニーランドの感覚で、乗るのを目的にしたり、 食事をしながら通り過ぎる電車を見物するのを楽しむ人の方が 多いようである。 秒刻みで暮らす人間には、レトロでまったり・・・という オリオル夫妻のような時間の取り方は贅沢なのである。 やがて彼らの乗る電車がやってきて、礼を言われ、ハグをし 彼らは車内の人となった。 『こういう訪問の仕方もいいなあ』と写真を撮りながら 日本にいた頃の昔を思い出した。 最後にアンジェリカの言葉を付け加えておこう。 「私はね、脳腫瘍になって、あと数ヶ月の命ですと言われた 時に真実がみえたのよ。虚栄もすてた、人の心も読める様に なった。だから表向きにどんな良い格好をしている人でも本当に 親切か、口先だけかすぐ見抜ける。車も大きな家もいらない。 住む所があって、食べられて、バスでも電車でも徒歩でも 行きたい所に行かれて、良い友達に囲まれてたら幸せ。人生、 何をそんなに急ぐ必要あるの?」 『週末は晴れますように』という祈りが通じたかように、大雨の 天気予報が見事にはずれ、私は素晴らしい青空の中を晴れ晴れと した気持ちで帰宅した。
2012.11.20
コメント(2)

週末にグレッグの絵の関係の友達カップルを三組夕食に 招いた。一組は現在ニューヨークで息子のエステヴァン と二人展をしている、著名なドキュメンタリー写真家で 知られてるエリベルト・オリオル夫婦。一組は美術関係の ジャーナリストで何十年も美術の本や雑誌に美術評論、 エッセイや詩を載せてるマイケル・セダノ夫婦。 もう一組は美術関係のデザインをコンピューターで作る プログラムの作り方を教える大学の教授、マリオ・ゲレラ 夫婦。つまり彼はフォトショップのようなものを作り出す 技術を教えている。 三組とも「楽しみに参加します」と言ったが、エリベルトが 「バスのスケジュールを調べて絶対に行きます」と言ったので 驚いた。プロの写真家なのに車を持っていないという。 現在のアメリカで、経済的にこまっている分けでもない人が 自家用車を持っていないというのは可なりめずらしい。他の 二人が近所なら同乗させてもらえるようにアレンジ出来るが 大陸の事とて、それぞれの家から30~50キロ離れており エリベルトが一番北に住んでいるので無理な話。彼らはロスの 小東京から2キロくらい離れたアパートに住んでいるからバス だと2時間はかかるだろう。その上、奥さんのアンジェリカは 5年前から脳腫瘍をかかえているので疲れやすいのを 知っている。 そこで、電車の駅に近いか質問すると、バス停も電車の 駅も徒歩で10分以内だというので、電車で来るように 提案した。それなら、渋滞もないし車より速い。 「アンジェリカの為に、ゲストルームを用意しておくから 一泊していらっしゃい。電車の駅まで車で15分もかから ないから送り迎えしてあげる」という事になった。 レトロな、サン・ファン・カピストラノ駅に迎えに行き、 プラットフォームのベンチにこしかけていると、急に 子供時代に戻った懐かしい感覚がよみがえった。 アメリカの地方の電車の駅などは、60年前の日本の 田舎の駅のより素朴で改札口もない。線路に三脚に乗せた カメラをおいて線路上にクライエントをたたせ、こうしろ ああしろ、などと指図して撮影をしている写真家も数人いた。 到着時間1分前だというのに別に駅員がいるわけでもなく、 子供達も線路で遊んでいるので。 「もうじき、列車がくるわよ。危険よ!」と怒鳴ったら、 「どうせ時間通りこないし、線路に立っていれば振動で アプローチしてるのがかなり前にわかるから・・・」と 平気な顔で言った。 鎌倉線のように線路に沿ってすれすれに人家もあり、 簡単なワイヤーフェンスがあるだけで、赤い実をつけた 埃だらけのサボテンがフェンスから線路側にはみ出ていたり、 犬や子供が遊んでいたり、電車を見ながらピクニックでも するつもりか、木の下に毛布を敷いて座ってる家族がいたり、 とにかく時代錯誤をおこしたようにのどかであった。 時間が来たが、電車は一向にくるようすがない。5分遅れて 遮断機がカンカンカンとなりだしたので北の方をみていると、 南の方から電車がやってきた。つまりサンディエゴ(南)から ロスアンゼルス(北)に向かう列車である。 「え?反対方向じゃないの」と線路をみると、単線であった! 考えて見れば、プラット・フォームも一つで線路は前にしかなく 後ろは古い列車を利用したレストランやらカフェーになっている から当然単線の筈である。 プラットフォームには14,5人いたが、一人に話しかけると、 「ロス行きが動き出してから、しばらくするとサンディエゴ 方面行きが来ますよ。時間通りに来た事ありません」などと、 のんびりしていた。 ここに、アメリカの矛盾をみた。交通関係だけに絞って書くと、 アメリカは自家用車が発展しすぎ、フリーウェイやハイウェイ も世界で初めてでき世界中から羨ましがられるような時期も あった。しかし日本のように車検もない国だから貧乏人 でも車をもっていて、おんぼろの車でも兎に角走ればよい 自家用車の国になってしまった。そのために汽車や電車の 利用者が極小になり発展がストップしてしまったのだ。今では、 多くの橋もフリーウェイも建て替えの時期が来てるのだが、 アメリカ経済ではその予算を繰り出すのも容易な事ではない。 つまりハイテクで車もどんどん未来的なものが出来ても、 道路はぼろぼろになり続けるという矛盾を強く感ずる。 その昔、[黒人は正装でピカピカに磨いたキャデラックなど に乗っていても、帰る家は掘っ立て小屋だ]といって笑って いた白人達がいたが、アメリカ自体がその黒人と同じような 立場になりかけているにに気づかないらしい。 (続く)
2012.11.20
コメント(3)

グレッグが数日母親のお守りにいってるので、ミッチャンのお土産の羊羹と、大事大事にいただいてるピアさんからの緑茶、古いお友達の手作りのマットで朝の静かなお茶のひとときをすごしてます。私はほとんど日本に帰らないのですが、こうやって、日本を楽しめます。お友達っていいなあ。感謝、感謝、ありがとう!(忘れるところだった:漆器は母の遺品で、輪島とかいいます。お茶碗は清水寺にいったときにそこで轆轤(ろくろ)をまわしていた人の作品を買いました。もう、半生記も前の話です)
2012.11.16
コメント(0)

メキシコに行くと、屋台でもタコスの皮(トルティージャ又は 地方によってはトルティーヤといいます)になるものを手で丸めて プレスで平たくするか麺棒でのばしてつくり、目の前で 一枚ずつ焼いてくれます。私も自分でやってみたかったので 先月マーケットでタコスの粉というのを見つけたときは嬉しくて 早速買いました。アメリカのメジャリング・カップで2杯で16枚 できましたから、20セントもしないでしょう。 お湯をいれてこね、15分寝かせるだけという簡単なものなので ためしてみました。その通り、生地はゴムのようによく伸び、 つき立てのお餅のような感触でうまくできグレッグもトミーも 「おいしい」といつもより沢山食べてました。 我が家でやるときは、 おろしチーズ 細きりレタス さいの目切のトマト シラントロ、 みじん切りの玉ねぎか、長ネギ 肉類(私のはターキーですが、薄切りの牛でも 揚げた魚や海老でも、チキンでもよいのですが、 タコスの味付けをしたものです) サルサは、自分で作るときもあります。 これを、各自、好きなように入れて食べます。やっぱり 厚地で出来立てのホカほかのは、おいしいです。 残り物は、後日オムレツにします。
2012.11.15
コメント(2)

ここは、ローズ・パレードで有名なパサディナで、今でも、古い、古い建物がいっぱい残ってます。古い建物って、外装にこっていて、すてき。外側にある、非常階段をみると ジュリア・ロバートと、リチャード・ギアのプリティーウーマンを思い出します。アウトドアー・テーブルは、ヨーロッパから始まったのでしょうが、今ではアメリカのあちこちで見られます。 コロラド通りにある、チーズ・ファクトリーというレストランで、アキヨ親子と待ち合わせしました。アキヨちゃんとは、もう、かなり長い付き合いで、学生時代のバイト先のおすし屋でめぐり合いました。大学を卒業して、結婚して赤ちゃんが生まれましたが、もう、こんなに大きくなりました。ちょっと、おくれたあきよちゃんの誕生祝です。 100キロくらい離れた場所なので、フミコさんをさそって、道中の話し相手になってもらいました。無論、彼女もこの親子を知ってるからです。つい、この夏は、赤ちゃんっぽかったのに、もう、結構いっちょまえの顔になってます。子供の発育の早さにはおどろきます。 朝は、暖房をいれる寒さだったので、黒の厚地のとっくりセーターで行ったのですが、ここについたころは、30度近くてあつくて、あつくて。。。帰路、話に夢中になって、フリーウェイを間違えて、後戻りしたり・・・でも無事に帰宅しました。
2012.11.14
コメント(6)

ピアノのベンチの後ろに、生徒のファイルやら、テキストブックやら、気に入った楽譜やらをいれる本箱、つまり、ぴったりすつサイズがどこ探してもなかったので、17年前に今の家に引っ越してから、ずっとおりたたみの安いテーブルの上に積み上げてました。ですから探しもののときは、床に広げていたわけです。無論、ダイニングテーブルにも広げます。接待するときは、全部他の部屋にもっていくとか・・・とにかく面倒だったので、やっと『自分で作っちゃえ』と、サイズをはかり、自分で製図をかいて端切れをきってもらい、自分でつくっちゃいました。 安い板なので、でこぼこですが、ジョイント・コンパウンドを塗りたくって、まあまあ、OK。それに、残り物のペンキを塗ってできあがり。無論、いらなくなったら捨てるようなしろものですが、これで、すっきりしました。なんで、20年もまったのだろう?20年前なら、もっときちんと作る忍耐もあったのにねえ。いつか、いつか、と思ってるうちに、70歳になっちゃった。自分のバカ!
2012.11.13
コメント(4)
ニュース・ウィークが無くなるとファンが嘆いているニュースをみた。 世の動きが刻々と変わるのは仕方がないが、そのスピードが問題である。 今やそれは落石のスピードでめまぐるしい。ハイテクの機械など、 その中でも最たるものであろう。昨日まで、 「この世にこんな素晴らしい発明があるんだ!」と愕いていた携帯なり、 ○○パッドなり、PCなども、下手すると半年もすれば古いモデルに なったりする。 仲間に写真家がいるが、彼はデジカメの発展になげいていた。フィルムが なかなか手に入らないだけではなく、プロセスする人もだんだん消えて 行くのである。芸術家の彼にしてみれば、本当のカメラで光や影を計算 しながらエネルギーとスピリットを込め、時には強風の崖っぷちに 立って命をかけて写したものが、暗室の液体の中ででじょじょに 姿を現し作品になっていく、ギャンブルのようなワクワク・ドキドキ する過程そのものも生きがいの内にはいっていたのだろうが、今では、 何でもオートマチック。フォトショップを使ってそこにないものまで あるようにさえ加工出来る。作品だって、素人にはフィルムのと デジタルの区別もつかない人の方が多いから、「今までこんなに苦労 してカメラを勉強して来たのは一体なんだったんだ?」 と愚痴りたくもなるだろう。 写真といえば、アートコンテストでも、つい最近まではスライドで 提出したものだが、今ではCDを送るか申し込み書にjpg添付で メールするケースが多い。つい最近まで、即ポートフォリオが作れる ように、又いつでもコンテストに出せるように、一作にたいして常時 スライドを沢山用意してあったが、それら全部無用になった。つまり 大金をかけたものがゴミ箱行きになったのだ。そしてスライドを作る 会社も消えた。 最近押入れを整理していたら、古いカメラが7個、ヴィデオ・カメラが 一個出てきた。その内2個はデジカメだが、他のは全部フィルムかテープ を使うものだから使えなくなったのである。でも高価なカメラを捨てる 度胸がない。 そういえば、原稿をたくさん書いたフロッピー・ディスクも、もう 使えない。というか、古いパソコンでないと読めないし、もうそんな パソコンは我が家から消えたから開けられない。無論それらをCDに 入れてくれるサービスも探せばあるのだろうが、大変なお金がかかる 上にそのCDさえも時代遅れになる時がくるのだろう。 レコード・プレイヤーも電動タイプライラーなど持っていても レコードの針も、タイプのインク帯も消えていったから、 使い物にならない。 消えてゆくのは物品に限らず、社会構成もモンスターのような 巨大な企業が個人経営の店をどんどん消してゆく。 私自身のアメリカでの人生だけを振り返ってみても、手でくばる 新聞配達などみなくなったし、(第一新聞社が潰れるか、ネット 新聞に変化してる)自分の畑でとれたての野菜や卵をトラックに 積んで売りに来るおじさんも消えた。ブラッシや箒を売り歩く人も きえた。それらは私の子供時代の日本の竹ざお売りや納豆売りと 似ていて、親しみを感じていたものだし、よく利用していた。 町のあちこちにあった写真屋も消えたし、ビデオのレンタル屋も 消えた。洋服を縫いたくても生地屋も消えたので、ミシンも寄付 してしまった。42になるアニメ家の娘でさえ、手描きが消え、 今や99%はコンピューターになったと嘆いた時期もあった。 その内に私も消えて行くのだが、つまり時代の発展というのは、 このように使い慣れた物が消えて、新しいものに変わって行く 事なのだが、それにも終わりというものがあるのだろうか? それとも、ある限度に到着した時点で逆戻りするのだろうか? 地球には住めなくなって他の星に移動する時がくるのだろうか? ・・・・と、時々考えるこのごろである。
2012.11.13
コメント(2)

まごの誕生日の朝食会に行ってきました。ここからローラースケート場に移動したので、私は、レストランから帰ってきました。古い町を復興させた場所で、チャーミングです。朝から大行列して座席の順番をまってました。ここに見えるのは本の一部。名前から想像して、ここはもと、ガソリンスタンドのあったところだと思います。レストランの中には、アンティーックの、ガソリン・ポンプがかざってありましたし。 こんな古い映画館もまだあります。日本だったら、さしずめ、昭和の初期の街・・・みたいなところです。
2012.11.12
コメント(4)

ピアノのベンチの後ろに、テキスト・ブックをいれる本棚がほしくてさがしていたのだけど、ぴったりするサイズのなくて、20年もたってしまい、本を探すのにもいちいち床に ひろげるしまつ。。。 それで、え~い、自分で作っちゃおう・・・と、計って、製図を書いて、材木やにいって そのサイズにきってもらい、でこぼこをコンパウンドでなおし、これが乾いたらもういちどたしかめサンディング。そして、ペンキを塗ればおわり。これで、整理ができるでしょう。 今日は、ここまで・・・・ 今夜は、グレッグのキュレートした、「囚人の絵」展のオープニングで、さきほどきたくしたところです。もう、0時半だ!明日は早くから出かけるので、寝ます。
2012.11.11
コメント(2)

★イメージは、彼の愛するティファナの水彩画です。 「じゃ、いって来るからね。もし僕が死んだら・・・」 「バカ!また始まった。メキシコに行くたびに同じせりふ。 もう、あなたが死んだら何を誰にあげて、何をどうするって 耳にたこができるくらい聞いてるから言わないでもわかってる。 兎に角気をつけて、生きて帰ってらっしゃい。それより携帯の 中に電話帳があるのよ。私、あれこれ番号いれといたからその 探し方を教えてあげる」 「いや、教わりたくない」 「じゃ、勝ってにしなさい」・・・とまあ、こんな会話があって さわがしいグレッグが友達のトミーとメキシコのティファナに 泊りがけで遊びに行きました。 彼がいると掃除ができない場所をきれいにして、紅茶をいれて ほっと一息したところに電話が鳴りました。 「お~~~、通じた」とグレッグの声がします。 「通じて当たり前でしょ?」 「いや、ティファナからかけているんだよ。通じるんだね。 面白いね」というので、これには私もびっくり。しかも 国際電話の番号まわさないで通じたそうですが、考えてみれば 国境ですから、カリフォルニア側から100メートルも入って ないわけですよね。だから通じたのか、それは判りませんけど、 兎に角、無事ついた・・・と知らせてきました。 「床屋さんにいったの?」 「あ、忘れた」 「そのために行ったんでしょ?」 「今からいってくる。じゃ~ね」と、電話を切りましたが グレッグにしては上出来なのです。何故ってその携帯を買って 与えたのは・・・・・・なんと10年まえなんですよっ!! 怖がって一度もつかったことがなかったのですよ!! これに味をしめて今後はひんぱんに電話をするように なるでしょう。それもまた、こまったもんだ。
2012.11.10
コメント(0)

ラナとスピード・ウォークして帰宅。公園を一週すると一時間半かかります。ベリーを沢山いれたパンケーキと紅茶の朝食をすませ、これから郵便局と薬局にわざと徒歩で行きます。1時間はかかります。それを終えてから、車のスモッグ検査をしに行き、まってる間に本をよみます。次に、材木屋にいって材料をそろえ、自分で小さな本箱をつくる計画!! ピアノのベンチの後ろに、レッスンのテキストブックやら、楽譜の本がつみあげてあって、ぴったりの本箱を探していたのですが、20年たってやっとあきらめ、自分で作る事にしました。あはは。 庭のサボテンに実がなりだしました。こういうのが、200個くらいなりますよ。皮を厚く切って、種ごとたべます。 さて、またフルスケジュールの一日です。年取るひまないみたい。
2012.11.09
コメント(0)

何年か前にサンフランシスコに住んでいた叔母が亡くなり、息子である私の従兄弟一家がお葬式に出席したとき、嫁さんがオレンジがたべたくなったので、ホテルの近所のマーケットに行ったそうです。39セントと書いてあったので、「さすがは、カリフォルニア、オレンジが一個39セント。二個かっても100円以下で買えるのね」と、わくわくして、二個キャッシャーにもっていき、1ドル札をだしたそうです。すると、「80セントもおつりがきたのでびっくりして、二個買ったのですけど?」とキャッシャーにいうと、「だから、1ポンド39セントですから、二個で20セント」といわれて、重ねて驚いたといいました。日本に行くと、果物でも野菜でもよくよく吟味してかわないと大変な額になってしまうので、カリフォルニアに帰ってくるとほっとします。一週間分の野菜や果物の数々を買っても$40前後です。ものすごい量ですよ。さて、一昨日トレーダ・ジョーに行くと、へたにメキャベツがへばりついたままの姿のを売っていたので、一本かいましたが、いくらだったと思いますか?$2.20だったのですよ。そして、79個もついてましたから二人で三回分ありました。日本では考えられない値段でしょ? 今では、恐らく、同じ仕事をするなら、アメリカより日本のほうが良い給料をとっているのでしょうが、物価はアメリカのほうがずっと安いから生活しやすいです。
2012.11.08
コメント(4)
下は10月21日に書いた「無知の罪」というブログですが、 http://plaza.rakuten.co.jp/falkenstein444/diary/201210210000/ ミクシィに琴子さんというかたが書き込みをしてきて、 それに私が返信したものを貼り付けます。 何故かというと、私のようなド素人でも、理屈をたどってじっくり 考えれば、物理学者や技術者に近い考えになるのだなあと思ったからで 皆様にも、物事をピタゴラ・スウィッチのように考えてほしいからです。 私は子育て時代にも 「マミーは、いつも、いつも、あなたたちのそばにいられるわけでは ないのよ。幼稚園にいったり、お友達の家に行ったりするときは、 マミーはいないのよ。だから、自分を守るのは自分の責任ですよ。 優しい顔をしたひとが、お菓子をあげるからおいで、なんて言っても 決してもらってはいけません。道路を渡るときは、左右をちゃんと 見なさい。」とか、非常時の心得なども教えました。そして、 独立するたいせつさ、サバイバルの知恵などをおしえたので、 娘も息子も20代にして自分の家を買い、なんでも自分たちで 始末しています。それじゃ寂しいじゃないか、と思われるかたも いらっしゃるかもしれませんが、これが親の「愛」であり、 自分自身にも「楽」なことだと思ってます。人間はいつ死ぬのか わからないからです。私の言いたいことは、自分の身を守るのは、 自分だということです。では、返信をいれます。 琴子さん ようこそいらっしゃいました。 これから書く事は、今までの知識から考えだした私だけの憶測です。 このブログの二つ前に載せまし た、パネル・メンバーの中に、 実は日本男性と結婚して二人の子供を持ち、福島にすんでいた 白人の女性がいました。彼女は、原発事故の翌日かぞくで、 和歌山 に疎開し、ご主人だけ福島にのこっていらっしゃるそうです。 キャシーといったと思いますが、今年、和歌山近辺でとれた魚から 可なり危険な量のセシュームが でたので、学校給食でなく、 自分でつくってもたせているといいました。そして、日本政府が 、msv/hr の安全単位を引き上げたことや、避難区域への出 入りは かなり緩和されていて、なんのための避難かわからない・・・と いってました。 さて、ここからが、私の憶測です。 今の福島原発の近辺 は猛烈な汚染をしつづけており、四号きは 使用済み燃料保管タンクの猛烈な汚染水はたれながしですから、 その近所の海水は猛烈に汚染されてるはずです。 二 号機もまだ 空気中に放射能を拡散してるとおもいます。見えないし、味もない、 におわないから、専門家や中ではたらく工事人でないかぎり誰にも わかりませ ん。 ウクライナやアメリカだったら、恐らく、日本海側を含む岩手から 静岡くらいまで立ち入り禁止危険区域としたと思うのです。 ウクライナやアメリカのような大陸なら、それは可能でしょうが、 日本にそれを当てはめたら、日本国はなくなってしまうかもしれません。 さ て、チェルノブイリにしても、全員がガンになっているわけではなく、 老人達は、汚染地帯にまだ住んでいるところもあります。その人達は、 野菜をつくり、牛 を飼い、そのミルクをのんだり、いままでどおりの 生活をしています。子孫たちが訪問したばあいには、食べ物、飲み物は 外からもってくる。。。というやりか たですが、一応、自分達の ふるさとにすんでいます。 これは、日本でも出来ると思うのです。 日本の政治家にしても、原発推進者にしても、 危険を承知でギャンブルを しているのだと思います。つまり、本当は東京だって避難地域にすべきだと 知っている専門家は大勢いると思いますよ。ただ、立地条 件上、 無理なんです。それを強制的にしたら、くりかえしますが、 日本が崩壊してしまうでしょう。ですから、個人個人で、何が 一番大事か考えて行動する事だ と思います。 経済的に可能なら 外国に引っ越すとかもできるでしょうが、それも、つらいですよね。 甲状ガンも白血病も全員がなるわけではないけれど、歳 がわかいほど、 可能性は高いわけですから、子供達にもしっかり教育をして、食べ物、 飲み物、さわるものまで注意するとか、出来る限り本当のことを教えて あ げることだとおもいます。 ★これを書いたすぐ後に、私の考えを証明するような記事が 次々に出てきました。今朝はビンカさんがつぶやいた、こんな記事を見ました。 (ここに貼り付けると、機械が拒否するので、リンクはコメントの欄に入れいれました) 右にUp/Downのボタンがありますからクリックしてみてください。 終わりころのページに、疎開移住リンク集とか 放射能内部被爆原発事件とかいうリンクがあります。 自分達の子孫を守ってください。
2012.11.07
コメント(1)

【緊急大拡散しよう!!】 この署名はものすごく重要です。 大飯調査団の評価をうけての署名ですので、たくさん集まれば黙っていることはできません。 署名をしたことのない方もぜひお願いします。 https://fs222.formasp.jp/k282/form2/ おまけに、新しいカメラで試写したものを載せます。良いカメラはやはり、きれいにうつるわ。
2012.11.06
コメント(4)
武田邦彦氏のサイトです。私が10月21日に「無知の罪」というエッセイを書きましたが、私の懸念がだんだん本当になっていくようで、怖いです。http://takedanet.com/2012/11/post_8506.htmlぜひお読みください。
2012.11.06
コメント(0)

あの、茄子を200個くらいくれた友達、近頃は、オレンジと、あまいレモンを沢山もってきてましたが、今度はざくろの季節だそうで、これから、毎週もってきてくれるんだそうです。大きくて、あま~~~いです。ネズミ、5匹まで捕まえたから、もう安心とおもいきや・・・・チッ!しぶといなあ。
2012.11.06
コメント(2)

グレッグが作る陶器のしゃれこうべを、地元のアーチストたちがユニークな作品にして出展するのですが、これは、サンディエゴのSpot Barrio Loganという画廊で、今年がはじめてです。自分達も骸骨になり死者と一緒になって、楽しむ夜です。50点くらい出展してました。画廊のディレクターが「すっごい、盛況でうれしいです、ありがとうございました」と、よろこんでました。普段は油絵の画家ですが、バイトで、今夜は顔に絵を描いてます。一度はやってみたかったので、夢がかないました。画廊のアートディレクターです 満員御礼・・・DJやら、後には、バンドがはいって、パーティーは夜遅くまでつづきました。 画廊の近くの教会でも、死者の日の祭壇がたくさん並び、無料で、誰でもが食べられるように、パンやら、お菓子、果物がおいてあります。聖母グアダルペが、神秘的で美しく、ひかれるようにして、一枚写真をとりました。
2012.11.05
コメント(0)

ただいま~~。こんな顔で帰ってきました~。メキシコの死者の日のフェイス・ペインティングです。こりゃいい、年がわからなくなりますよ。
2012.11.03
コメント(4)

今夜は、サンディエゴの画廊でグレッグが広げた「死者の日」展があり、我々もオープニングによばれてるので、行ってきます。もう一箇所、彼が個展をしてる美術館でも彼のしゃれこうべをつかって「死者の日」展をするそうです。彼のアイディアが、どんどんひろがって行きます。 明日はロスの画廊で9周年目の「しゃれこうべ展」です。これは、私が計算してインストールしたロスのショーの一部です。毎年オープニングには1000人くらいきますよ。
2012.11.03
コメント(0)

今の家に越してきた最初のころは、ハローウィーンになると、100人は着ていたのが、だんだん少なくなって、去年などは20人くらいにへっていたのですが、今年はまた増えて。50人近くきたのです。やっぱり、多くくると、楽しいわね。本当は、娘のボーイフレンドの家でのパーティーに招かれていたけど、毎年楽しみに我が家に来る子達がかわいそうで、家にいたのですよ。
2012.11.02
コメント(8)

毎年楽しみにしてる、娘の彫るパンプキン。今年のです。
2012.11.01
コメント(2)
全33件 (33件中 1-33件目)
1


![]()