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ラクーンは後ろ足で立つのは知っていたけど・・そして、水で食べ物をあらうのも知っていたけど・・・・
2012.03.31
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近くにすむ、ピアニストのしょうこちゃん{福島出身)と、ご主人のロンが、復興支援のためにつくったCDです 、英語の分かる方どうぞ、買ってあげてください。ダウンロードできます。 (私も、二番目のフレーズを作らせていただきました) http://www.cdbaby.com/cd/ronrobbinsensemble2#.T3UOw5uNSU0.facebook Promise of Spring www.cdbaby.com 音もなく降る、ささめ雪が、 変わり果てた浜辺を包む、 言葉もなく、ただ祈るとき 波が、風が、語りかける そして、そして、時がいつか 深き痛み、きっと癒す、 春は、そこに来てる、 待ちわびし雪解けに 寒き冬を耐えし、桜やがて花咲く。
2012.03.30
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これは、二時間以上ありますが、もう小出さんのスピーチが分かってる人はスキップしても いいですが、最後の、質疑応答とか、企画者の話を聞いてみてください。 やっと、日本人が脱原発に、動き出したな、良い傾向だなと思うビデオでした。 小出裕章さん講演会(前半) 2012.3.18 宇部市 http://www.ustream.tv/recorded/21183388 小出裕章さん講演会(後半) 2012.3.18 宇部市 http://www.ustream.tv/recorded/21185477
2012.03.30
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我が家の庭は、コの字型なんですけど、どこ見ても、この花(というか、もうどでかくて、木ですね、こうなると)だらけなのです。この地方には、アロエと共に、あちこちの野原に咲いてるのですよ。グレッグが小さな新芽を数個ひろってきて植えたら、もう、このように3メートルくらいの木になってしまい、しかもいつのまにか、6箇所に増えてしまいました。この写真はゲートの横なんですが、4坪くらいの場所をとるくらいのサイズになっていて、門燈が隠れてしまったので、どうやって切ろうかと思案中です。兎に角、植物に適した気候なのでしょうか、グレッグの手入れのせいでしょうか、なんでも、(超)がつくほど、大きく繁殖します。
2012.03.29
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大陸にしては、たいして広くもない我が家の庭ですが、花咲じいさんのグレッグと暮らしてるので、もう草花だらけ。その内に歩く場所がなくなるんじゃないかというほど、サボテンやら、果物の木や、花がひしめきあっています。今年は、例年より比較的雨が多いので(といっても、例年は年に10日くらいの雨ですから、多いといっても20日くらい)ですから、カラー・リリーが雑草のように、あちこちから顔をだしてます。シンビジウムも、1月から咲き出した白いのが、やっと枯れだし、次の黄色が満開で、ピンクのが、開き始めました。シンビジュウムが8鉢あり、胡蝶蘭二個、なんだかしらない欄がいくつかありますから、これから目を楽しませてくれるでしょう。
2012.03.29
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もう、15年以上私のピアノを調律してくれてる、ラリーは、イタリア系(両親はイタリアからの移民)で、ピアノもアコーディオンも歌もプロ並。2007年あたりから、アメリカのバブルがはじけて、多くの私の生徒の家族は、失業したり、家を売らなければならなくなって、80%やめていったのですが、やっと、去年くらいから、また生徒がちらほら増えだしました。兎に角、わたしもあまりピアノを弾かなくなったのと、収入が減ったのとで数年調律も怠ってましたが、ついに我慢できなくなって今日は来てもらいました。ヤマハなんですが、数年調律しなくてもあまり狂ってないので、いつも褒められます。『生徒もすくなかったからね、あまり弾かないもんで。。。。で、あなたも仕事がへった?」と、きいたら、驚いた事に、「それが、減るどころか要求が増えたんだよ。面白いね」と答えました。貧乏人も増えたけど、お金持ちは、どんどん金持ちになってるようだと、言ってました。それと、相続したピアノのRebuild (立替?)をしたりで、結構いそがしいそうです。やっぱり、調律後の音は気分いいですね。 それにしても、ラリーの一言が気になりました、 「金持ちはね、古いピアノをバラバラにして組み立てなおすと、○○かかりますがいいですか?、と、高級車くらいの値段をいっても、だから何?と言う顔するんだよ」 つまり、下の人はどんどん貧乏になっていくのですが、お金ってあるところにはあるのですね。
2012.03.27
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マリーから、「お誕生日おめでとう。ちょっと具合が悪かったけど、やっと治ったので、遅いバースデー祝いに貴方をお昼に招待したいので、いつものレストランで、○○日○○時に会える?」というE-メールが来たのは二週間前。私も、カナダからMさんが遊びに来ていたし、そのすぐ後には、サンフランシスコから従姉妹が三泊四日していたので、二週間先でちょうど良かったのですが、昨日カレンダーをみたら、それが今日!!もう少しで忘れるところでした。グレッグは、友達と「ガン・ショー」に出かけたのでお昼の仕度をしないでもよいので、のんびり出かけました。マリーの事はもう、ご存知の方も大勢いらっしゃるでしょうが、初めて読む方のために書くと、ポーランドから来た人で修士号まで持っているのに、アメリカに来たては仕事がなくて明日食べるにもこまっていたらしく、私が義両親のヘルパーとして雇ってあげた時は、砂漠でオアシスを探したみたいに助かったといって、いつまでも感謝してる人です。私としては、ごく当たり前の事をしただけですが、決して雇い人扱いでなく、最初から彼女を友達扱いにして一緒に食事をしたり、お茶をのんだりしたことが、とても心に残ったらしいです。 その後、やっと念願のライブラリアンになり今では結婚した相手も親からの相続で家を数軒持ち、裕福に暮してますが、クリスマスと、私の誕生日には欠かさず私を招いてくれます。「去年ポーランドに帰ったら、アメリカよりずっと経済的に豊かになっていたんでびっくりしたわ」と言ってました。実は、彼女が渡米した頃のポーランドは大恐慌の最中だったのです。彼女は自分の家を貸して、アメリカに来ました。母親は健康を害しても医者にかかれずで、ついにアメリカまでつれて来たのですが、今度はアメリカが経済不況になりました。最初は問題児だった、養子にしたメキシカンの娘も今では大学生になって感謝をしてくれるようになったと、喜んでました。「それで、あなたホーランドにいつか帰るつもり?」と聞いたら、「もう、ここに家族ができたから、一生アメリカでくらすわ」とのこと。私がショパンのミリタリー・ポロネーズを練習していた時にスタジオに入ってきて、妖精のように踊った彼女も、あれが弾けた私も若かったなあ。もう、あんなに力強い曲は無理、テンポの速い曲も無理!ば~さんになっちまった!そうか、もう、17年前になるんだなあ。。。食事を終わらせて帰える途中で信号をまっていると、乗馬のカップルがのどかに、横切っていき、本当に世界のどこかでは戦争をしているのだろうか?日本ではまだまだ復興にこぎつけてないのだろうか?と、あまりの平和さにフッと寂しくなりました。
2012.03.25
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友達のナンシーが3月11日付けのL.A.Times(ロスアンゼルス新聞)のThe 1,000-year-old warning:というタイトルの記事の部分を送ってきた。Jose Holguin-Veras(ホゼ・オルギン・ヴェラス)という記者が書いたエッセイで、50世代に渡って口伝えしてきた警告が3・11の津波が襲ってきた時に役立ったという話だった。千年前というから、平安時代の頃だろうか、松島湾にある、室浜の住民は大津波が来たときにその辺では一番高い丘にある鳥居まで避難したが、反対側から押し寄せた第二の津波とぶつかり飲み込まれてしまったという言い伝えであった。そんな昔に、辺鄙であったろう場所に多数の住民がいたことも驚きだが、村の老人がその近所にあるお寺の記録を調べた所、1142年前に大津波が襲ったと記されていたというのには驚愕した。マヤ帝国が出来る30年前であり、ヨーロッパでは中世のさなかである。「今回、土地の人がもっと高い場所に避難し、その鳥居で津波がぶつかり会うのを安全な場所で眺めることが出来たのも、昔の言い伝えのお陰です」とヴェラス氏の案内人が言ったそうだ。話が飛躍するが、離婚後グレッグと巡り合うまでの5年間、毎夏フランスにいたのでフランス人の友達が何人かいる。ある日シャーロットとパリを離れノルマンディーに行くハイウェーを走る途中、「この道路の下はセーヌ川が流れているのよ。信じられないでしょ?だから、何十年に一度とかいう大雨になると、この辺は大洪水になるの」といった。そう言えば、セーヌ川はパリの中心を出ると、どこかに消えてしまうのに気づかなかった。そのハイウェイが出来てから、まだ数百年位しかたってないが、人々はもう忘れたように、その辺に家を建てている。さらに、私が日本にいたティーンの頃の話だが、「西郷さんのお庭には本物の滝が流れていたのよ」と明治生まれの祖母の言った言葉をわすれない。(西郷隆盛の弟、従道氏の娘と学友だった祖母は、よく西郷さんの家に遊びにいったそうだ。戦後、西郷さんが我が家に遊びにいらした時に、私は二人の昔話をそばで聞いていた)東京も、この数百年前まで川も谷も、丘も池もあったのだ。青山、渋谷、溜池、池尻、鶯谷・・・・などなど地名をよく考えてみると良い。3・11の大津波で瓦礫化した場所は、やがてまた復興するであろう。その際、津波を想定して建てるのであろうが、原発の使用済み燃料は、どこに保存されるのだろう?これから先何千年と人々の手に触れてはならないほど危険だそうだが、一体どうやってその記録を維持していくのだろう。もし日本がこのまま発展を続けていくとしたら、千年先の地形は、もっと変わってしまうに違いない。記録は残るだろうが、千年、二千年先の人々はその記録をどのあたりまで信じるだろうか。そして我々の中に、平安時代の文献を読める人が殆どいないように、果たして、今の記録の文字が読める人が日本の未来にいるだろうか。大きなビルや、地下鉄を建設しようとして、穴を掘れば掘るほど使用済み燃料のさびついたドラム缶が山ほど出てきて被爆しないだろうか。それとも現代人は、そんな先の事を考えないでよいのだろうか。千年前の警告が人々を助けたように、現代人はどう未来の人に警告をしたらよいのだろう?まあ、千年先に人間が地球に住んでいたら・・・・・の話ではあるが。ナンシーから送ってきた新聞の切れ端から、ちょっと考えた事である。
2012.03.23
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日本でも、○○財閥、財団とかが建物や土地などを寄付しますが、アメリカはボランティアー精神にあふれていて、個人でもそういう人が大勢います。ちなみに、グレッグが所属する画廊も車のディーラーだった人が大きな建物を地元の画家達の非営利画廊のために寄付しましたし、子供達の卒業した中学も高校も、ガールスカウトの家も、サーストンという人が寄付した土地。息子の同級生の親は、彼らの息子の高校の卒業記念に学校の前にロイヤル・パルム10本の並木を寄付、ガールスカウトの家などは、材木やが建築材を寄付し、ボランティアーの父兄が自分達で建てました。その町では海辺のベンチなども全部個人の寄付です。(個人がベンチの寄付金を市に払い・市がスポンサーになって、ベンチのデザイン・コンテストをし、トップの人につくらせその芸術家にお金が行き、ベンチには寄付した人の名前が彫られます)今、サンフランシスコから従姉妹が遊びにきてるのですが、彼女を連れて行ったとなり町の植物園も、シャーマンという人が寄付したもので従業員も大半がボランティアーです。園内には、鯉のいる池まである大きなトロピカル・ガーデンも、食堂、お茶をのめるパティオ、土産店などがあり、その売り上げ、入園料でまかなっています。チャリティーのコンサートなどもあります。今日はそこで、昼食をしてきました。 {流木で、出来た鶴) 従姉妹、孫もどきと食事。
2012.03.20
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ブログ友のアバさんは、オペラを作曲、公演なさいますが、特にハンセン病患者をサポートなさるのを ライフ・ワークとなさってる方。私のブログの写真で、ベルのコレクションをごらんになり、 「懐かしいなあ、ほしいなあ」とのコメントを下さったので、早速郵送しましたら、 尤も素晴らしい利用をしてくださり、パソコンの前で暫くハラハラとうれし涙に暮れました。 古いベルをこんなに喜んでくださった。夢のようです。 許可を得ましたアバさんの日記をお読みください。 (私が差し上げた鈴の事や、決心したライフワークのことが最後に出てきます) http://plaza.rakuten.co.jp/abbamusica/diary/201203170000/
2012.03.18
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初めて、うちわサボテン料理をしてみました。先ず、一番新しそうな葉っぱをこんな風にしてとってみました。とげだらけですから、とても素手は無理です。とげを取り除いて、削るように外側の皮を剥きます 裏表の皮をむいたら、 細長くきってみました。(これをさいの目にして、サルサにするひともいますし、上の状態で、トンカツ式にころもをつけて油で揚げる人もいます。かなり粘り気があって、オクラより、納豆のように糸をひきます。 私の場合は、あるサイトで「オリーブ油で炒めて醤油をたらすと、うまいよ」という書き込みを読んだので、それでやってみました。結果:口当たりは、コリコリ。舌の感覚は、粘っこいオクラより、もっとねばっこい。 でも、とってもよい味でした。 ただし、本当に若い葉っぱを知らないので、「若そう」と思って切ったわけで 中は筋がかなりある部分もありましたから、次回から、グレッグがいる時に 彼に、どれが、一番あたらしい葉っぱが聞きます。筋がなければ、きっと とてもおいしかったと思います。 それに、これならもう、無限に近いくらい生えてますからね。 餓死しないですみそう。ははは。
2012.03.16
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今日は、一日休み。グレッグは非営利画廊当番。お弁当もって出かけました。私は、用足しをあれこれ、徒歩でやってきます。スピード・ウォークと一石二鳥ね。今、これ書いてる間に洗濯機がうなってます。今日は、やっと読書する時間が出来たかな?あのね、サンディエゴに住んでいる日本人のお友達が、ちょくちょく里帰りするので、そのたびに読みたい本を買って来ていただくのです。最近は、もっぱら、小出裕章氏とか、鈴木智彦氏の原発関係の本。第一章『原発は儲かる』を読んだだけで、いかに人間は「欲」の奴隷になってるか、権力に弱いか、無知のこわさがわかるのですよ。
2012.03.15
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貧乏ひまなし。やる事いっぱいあるって、幸せね。不幸だっておもう暇もないもの。確定申告を終わらせ、ピアノを教え、夕食を作り、片付け、グレッグとビデオをみてから、彼の展覧会の写真を彼のブログに載せたり、日本から買って来てもらった本をまだよむひまないなあ。1000人位きたみたい。小さいのが5,6点うれたみたい。今、若者の間でタットゥーが流行ってるのよね。
2012.03.15
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私の好きな歌に、今の美輪さんが丸山明宏と名乗っていた時代に 流行った「えんやこらの歌」[よいとまけの歌」だったかなあ???というのがあります。 あれは、死に物狂いで子供のために働く親の姿を歌ったもので、 明宏さんの優れた歌い方のせいでもあるでしょうが、何度聴いても胸を 打たれます。 世の中には、身勝手に子供を殺してしまう親もいれば、この歌のように 身を粉にして子供を育てる親も大勢います。前者の話など書きたくもない ので、後者の話をします。 私の母親も戦争後、子供三人を育てるために、英語やモダン・バレーを 教えたり、おでんの屋台をひっぱっていったり、和菓子を作って店に置いて もらったり、米軍のオフィサーズ・クラブで働いたり赤坂の料亭で住み込みの 仲居をしたり、それはそれは大変な苦労をして育ててくれました。お陰で 三人供健康でそれぞれ独立して家庭を築くようになりました。 普通に産んで、普通に育てるだけでも難しい事にぶつかりながら、時には 自分を犠牲にしてでも子供に良くしてあげたいという苦労は誰にでもあると 思います。ところが、生まれた子供に障害があると分かった親の、特に母親は その人でなければ分からないショックがあると思います。それだけでなく期待を かけた次の子供にも障害があったらどうでしょう?しかも、外国で育てる 事になったら?そして、育ち盛りのティーン二人を置いてご主人を亡くしたら? 筆舌にはつくせない辛さなどという、生易しいものではないでしょう。 Mさんは、そういう経験者です。何度、いい加減な銀行やら、役所やら、 無責任な学校やら、心ないカウンセラー達と、やりあって来たことでしょう。 「彼女は強すぎて怖い」という人もいますが、強くなって当然です。強いから 息子さん達をここまで育てることが出来たのです。人の弱みにつけこむ官僚や 企業が多い外国では、弱かったらとても生きていけません。こちらが正しかったら とことん、その国の言葉で食って掛かるくらいでなければ、どんどん、取り残され て行きます。現在、息子さん二人共成人しており、バスなどには自分で乗れるし、 携帯電話もかけられ、家事も可なり出来るようになりましたが心が清すぎる2人を 利用する輩も大勢いますから、これからも色んな面で彼女は奮闘するでしょう。 Mさんに巡り合ったのは、かれこれ7,8年前でしょうか。彼女はカナダ、私は 米国という海外組みが日本語でチャット出来るのを発見した時は、砂漠で オアシスにあったようなものです。とくに、彼女も私も17年日本に帰ることも 出来ませんでしたから、毎日のようにチャットしあいました。そのうちに、 顔は見えなくても、相手がどんな人間か分かってきます。私は、Mさんの 誠実さがわかり、物知りであることに驚き、生き方に感動して、親子ほどの 歳の違いはあれど仲良しになり、数年前にカナダ旅行をした時にあって来ました。 「あなた、何日くらいなら息子さん2人切りで家を開けられる?」と聞くと、 「まあ、四日くらいなら大丈夫でしょう」というので、 「飛行機代は出せないけど、後は全部私からのプレゼントにするから我が家に 生き抜きにいらっしゃい」という事で、今回招待したわけです。 寒い冬の国から、暖かで青空の多い南カリフォルニア飛んできたMさんに、 私が出来る範囲で和やかな、平和な数日をすごしてもらい、専門家である Mさんに、我々も無料で指圧サービスをしてもらったりで、グレッグも私も とても幸せな気分の数日をすごしたのです。 「また会おうね!」 (グレッグと語る)(日本人8人でランチ )(ラナといつもスピード・ウォークする公園)(海辺をとおって、画廊めぐり)((ちょいと、一息) (分厚い本を一気に読み終わる)(帰国前の笑顔)
2012.03.13
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今夜はベティー(グレッグのお母さん)が、嫁さん2人の遅い誕生日祝いに食事に連れてってくれるそうな。私は、会計士の仕度を終えたし、ピアノの用意も出来たさて、次のブログには何を書こうか?と考え中。まあ、カナダの友達が泊まった時の写真でも見ていてください。
2012.03.13
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孫もどきの誕生祝いに行ってきました。。。 さて、これから、納税で会計士に行く用意をはじめるのだ!
2012.03.12
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昨夜のグレッグの三人展には、1000人くらいの人が来て、5,6点うれたみたいです。グレッグのは小さいのが二点。帰宅したら時間がサマータイムになっていたので、1時でした!今日も、フル・スケジュールなので、ブログは書けませんが、写真を一枚だけいれときます。
2012.03.11
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My pianist friend Shoko and her husband created this music video to help Lion's Club"on going relief fund for the Japanese disaster 3/11" using a very popular Japanese song.I had a privilege to compose the additional lyrics. By the way, t...he photo of me in Kimonowas taken at my friend's house in Fukushima where several boats were landed all the wayup to behind this fence. Fortunately her house was okay.ピアニストの友達夫婦(しょうこ、とロン・ロビンス)が、松任谷由美さんの'春よ来い' をお借りしてライオンズクラブ主催の東日本大震災リリーフ・ファンドのためのミュージック・ビデオを作製しました。私は二番目の歌詞を作らさせていただくという光栄をいただきました。ちなみに、最後にでる私の写真は、3・11の前の年の春、福島(南相馬)の友達の家の庭で彼女の着物を借りて写したもので、この垣根の後ろまで沢山の船が流れてきたのです。幸い彼女の家は助かりました。http://www.facebook.com/messages/1848157169#!/shoko.robbins(しょうこさんの、ブログ) http://www.youtube.com/watch?v=4WKOjU7TqTU
2012.03.09
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昨日・無事・カナダの友達が、ジョン・ウェイン空港に到着!その足でミツワ・マーケットへ行ってラーメン食べて帰宅、今日は、お昼に友達が集まって歓迎会をします。私は168センチ、彼女はそれより高い、そして今日来る仲間も170センチとか160センチ代で 日本の、大女の集まりみたい。大女はアメリカの方が、住みやすいのかなあ。
2012.03.08
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画廊に行った帰りに寄ったレストランの壁ですが、メキシコのカルチャーは壁画を沢山、沢山描きます。これって、結構楽しいものです。小さな、貧乏な部屋でも夢を持てるから・・・これは、カリフォルニアですけど、メキシコ人はこの風習をアメリカ中に広げてるようです。アステカの時代から、壁画は、彼らの文化なのでしょう。この壁が真っ白より、よっぽど楽しいでしょ?
2012.03.07
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ロバート・シャーマンと言っても、ご存知ない方も大勢いらっしゃる でしょうが、スーパーキャラージャリスティック・エクスピアドーシャス♪ とか、チンチムニー♪とか、ウィニー・ザー・プー♪とか言ったらすぐ お分かりになるでしょう。ディズニー映画で、200曲以上も作曲をした、 ロバートとリチャード・シャーマン兄弟のお兄さんの方です。そのロバート がお亡くなりになった事を今朝、娘のブログで知りました。 娘がディズニーのティガー・ムービーの監督をやっていた時に、サウンド・ ステージでオーケストラの録音があった時に招待されたのですが、その時 ミキサー技術者がいるサウンド・プルーフの部屋で、兄弟に紹介されました。 リチャードの方は、とても明るく、社交的でフレンドリーでしたが、ボブ (ロバートの愛称)はシャイなのか、言葉少ない方でした。録音が終わって から、スタジオのレストランで昼食を一緒にしたのですが、ほとんど弟の リチャードが一人で話していました。 後から分かった事ですが、病み上がり後、あまり時間がたっていなかった からだったようです。杖をついて、息切れも激しいようでした。2000年の 事です。 その後、ボブは引退してイギリスに引っ越して行き、そこでお亡くなりに なったようです。数週間前に娘が、弟のリチャードや、プロドゥーサー達 との同窓会をした時の写真をブログに載せたばかりだったり、私もピアノを 教えてる友達と、彼の作曲について話していたばかり。イギリスでの引退 生活はとっても幸せで平和だったそうですから、とてもよい人生の幕を 閉じられたと思っています。楽しい曲をたくさんありがとう! 合掌
2012.03.06
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今、100キロ南の息子の家に来てます。来る途中で、友達が働くショッピングセンターによるつもりだったのが、初めてだったので、フリーウェイを可なり早めにおりてしまい、街中を走っていたら、電車の踏み切りが閉まるところでした。「へんだなあ、それらしきものはないし」と、遮断機があがるのを待っていると、右のベンチに白人夫婦が座っていたので、ショッピングセンターは、どこか、ききました。彼らもツーリストだったらしく、「知らないけど、このツーリスト・案内所できいたら?」と指差す方向をみると、旅行者案内の看板が出てます。「これは、また凄いタイミングの良さ。サンキュー」と、お礼をいい、案内所に入っていくところに、電車が近づいてきました。なんと、それは、駅だったのです。私はプラットホームから、案内所に入っていきました。ボランティアーの老人{私も老人だけど、あはは)が、親切に教えてくれました。「これ、駅なんですねえ」と、言ったら、「そうですよ、もうずっと昔からあります。あまり利用者がいませんけどね。そのゲスト・ブックにサインしていってください」と、広告を折る手先をとめずに答えました。そのプラットフォームは30メートルくらいだったでしょうか、とっても可愛いもので、建物もよく管理されてました。イタリアのシシリー島の駅を思い出したのですが、時代錯誤を起した一瞬でした。
2012.03.04
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昨日の大竜巻のシリーズ・もう、「超なんとか」なんてもんじゃない。日本本土を全部舐め尽したような規模。ニュースを見ていたときに帰宅したグレッグが『東北大震災の一周年の記事?」と聞いたくらい。地球の気候は私の生きてる70年に、可なり変ってる。何でも竜巻は80回近いタッチダウンがあったそうな。私の住む南カリフォルニアでさえ、真冬と真夏の繰り返しが12月から続いていて、昨日は袖なしで、今日はセーターにジャケットと言う感覚。10年以上、外にある鉢植えのシンビジウム達、いつもは四月くらいに咲くのに、今年は一月に開花したり、昨日はラナと、スピードウォークした貯水池には、北にいるはずの真っ白なペリカンがいたり、インドネシアでは、史上最大の鯨さめが浜辺に打ち上げられたり、アメリカの数箇所に、いるかの大群が集団自殺のごとく海からでてきて、ボランティアーが必死で、海に戻したりしてる。自然は何を言いたいのだろう?
2012.03.03
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に 「立つ鳥、水を濁さず」という素敵ないわれがありますが、私も出来る限り この世を去るときに、きれいに去りたいとかねがね思っています。それで、 もう、4,5年前くらいからなるべくいらないものは、買わない。使える ものは駄目になるまで使う事を実行し、仏教の断舎利とかいうことも心がけ 持ち物も、どんどんあげてますし、「宝石なんていらない」という娘なので、 知り合いの結婚式とか、特別なお誕生日とかにプレゼントしています。 アルツになった姑を最後まで面倒みたとき、彼女は宝石をペンチやら、やすり やら、いろいろなツールでばらばらにし、義父のスイスの時計も、ドル紙幣も 彼女の手にかかると工作の材料になったものです。ゴミ箱から、ひすいやら ダイアモンドがでてきたのを見て物の価値とは、社会がつくりだした事、 希少価値があるという事なんだろうが、考えようによっては、ただの「もの」 と気づきました。 さて、これらは「物」です。それより大事なのは「行動」です。特に誰かの 為に何かをする・・・という事。個人的にはもう何度もやってますが、もっと 知らない人にも出来ないものかと考えていました。すると、先月昔からの友達 を招いてランチをする、前の日にフェイスブックに面白いメッセが来たのです。 それは、ヘザーという女性からでした。ヘザーは丁度、私の娘と息子の間の 年で、同じ高校を卒業しており、息子と演劇部で写した写真があったので ブログに載せたら、「あ~~私だ~~。ヒロコ、懐かしい写真ありがとう、 友達になって」と、書いてきました。彼女のホームページに行くと、ケニア のマサイ族との写真がいっぱい入ってたので、「アフリカに遊びにいったの?」 と質問をしたのです。ところが、私の質問は去年の秋だったので、忘れた頃 彼女の返事が来たというわけです。つまり、パーティーの前の日です。 「ごめん、まだ、スカイプやらフェイスブックの使用法が良くわからないので、 今頃ヒロコの質問を読みました。実は・・・・」と、結構長いメッセージが 書いてありました。それによると、彼女はケニアで英語と科学を教えてるのだ そうですが、生理の始まった女生徒は、毎月その期間になると休校するので どうしてか調べたら、この地方では生理用品などないからだと分かったのです。 「気の毒だけど、笑っちゃうような事がたくさんあって。でも、これじゃ男生徒 から、どんどん勉強も遅れてしまうからどうしようかと考えて、昔風のベルト と布でリサイクル出来るものを作らせてみたのです。で、まず私が最初の クライエントになったら、都合が良いので、これを女生徒にも配りたいと 思ってます。一人分150円程度で出来、約半年は使えるのだけど、さて、どこから その予算を出そうかと悩んでます」というものでした。 その時、これだ!と思い、彼女とチャットして、「明日、ラグナビーチの友達を よんでランチするからね皆に聞いてみる。あなたとの会話を印刷してもいい? あなたも知ってる人が何人かいるはずよ」といいました。 「わ~グッドタイミング!どうぞ、どうぞ、写真でもなんでも」というのでチラシを 印刷して、友達に配ったのです。その日に2万円寄付してくれたので翌日 さっそく、彼女の口座に入金したら、もう、飛び上がってよろこび、 「ヒロコ~、これで100人以上の女の子が休校しないですむ!校長も 大喜びしてます。私の学校では20人足らずだから、全学区に配る事に しました。これは、内戦で未亡人になった人の仕事にもなりますから 町中で大喜びしてます」といって、写真を送ってきました。 というわけで無理をしない程度に、このボランティアーになろうと思い立った わけです。この話を、日本の友達にもしたら「是非協力させて」といって くれました。 今までにも、たくさんのボランティアーをしてきましたが、そのほとんどは 自分の子供関係。去年は、ちょこっと東日本震災のチャリティー・コンサート をオーガナイズしましたが、もしかしたら、これが私の人間として出来る最後の ライフワークになるかもしれません。 ☆下の写真は、私にありがとうといってる写真だそうです。
2012.03.02
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私の家からすぐの海で、昨日こんな事があり、大変な意見が飛びかっています。なぜ、ボートはいるかを通過させなかったのだろう?と言う人、いや、いるかはボートと一緒に楽しんでるんだよという人。私は、前者です。いるかが、方向を変えても、ボートが追っていきますね、コレを見て、前者だと思いました。。サイトは下に貼り付けます。 http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=HLX9KJOBfiU
2012.03.01
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