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あさってから泊り客が来るので、家の中を掃除。あちこち秋らしくデコレーションして、14周年記念のAZTLAN 美術展の前にある、BBQパーティーへ。。。アーチストばかりですから、皆で写真を撮り合ってました。
2014.09.29
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なんだか、昭和時代の短歌に興味をもつ方が多く、凄いアクセスなので、もう少しのせましょうか?これは、私の自叙伝みたいなものを、子供に残すべく、英語でも書いてるのですが、出来たら、小さな本(ほら、6センチ位の)にしてもいいかなあと考えてます。ですから全部は公開しませんが、 メッセとか、書き込みに「現代の子は平和ボケで、きっと、戦争なんてゲーム見たいに思ってる子もいるし。実際に戦争になったら、おろおろして悲鳴をあげるでしょうね」というのがあったので、戦争とは、こういうもんだよという意味でも、もう少し載せてみましょう。 勿論、危険でない政治に関係のない安全な土地もありますけど、食糧とか物資に限度があるので生活が大変になります。停電、節水、ガソリン不足、インフレ値上がりなどで、ウォッシュレットが使えないなんて問題の前に、トイレット・ペーパーがなくなります。100句くらい書きましたが、戦前、戦後の短歌から5つ載せてみました。 70歳以上の人に見せてごらんなさい。良く知ってますから。戦争というのは、心までうばわれます。性格までかわってしまう人もいます。 火の中を 逃げ惑う人 後絶たず 美しき川 溺死の修羅場 物資難 多くの民は 同じ服 洗っては着て 洗っては着る 玄関に ひもじい顔の 孤児二人 母、涙して 握り飯出す 配給で 入れ物かかえ 長いこと 待ってもらうは 不味い外米 巷では 浮浪者あふれ 孤児あふれ 詐欺、すり、あふれ 秩序なくなる
2014.09.27
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冬の朝産声たかく 日の本に 生れいでたら 戦(いくさ)のさなか 2. 焼夷弾 町は火の海 生きるもの 本能たよりに 逃げ道さがす 3. 家やかれ 裸いっかん 無一文 さまよいの果て 漁村に暮らす 4. 列車内 田舎に逃げる 人溢れ トイレ通路も 身動きできず 5.昨日まで 贅沢ざんまい 今日からは 食べるに困る これが戦争
2014.09.26
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サンタポーラ美術館の招待状で、右端がグレッグの水彩ですが、今日は、このタイトルの「マグランディア」とは何か説明しましょう。「マグ」というのは、ギルバートというアーチストのあだ名なのですが、本名を知らない人の方が多いくらい、マグで通ってます。この招待状の左から二番目の絵がマグを描いたものです。 彼は、美大を出て、絵の教授をやっていましたが、とにかく楽しくて、朗らかで人気者だったのです。ある日、あと数年・・と癌を宣告され教授を止めてから、マグランディア(マグの世界)といって皆の顔がほころぶような、楽しい、子供のような無邪気な作品ばかりを作るようになり、薬ものまず、ハーブと笑いで10年以上人生を楽しんだ人なのです。彼の笑顔に、皆、磁石のようにくっついてきて、収入の少ない彼が住むところがなくなると、誰かが無料に近い値段で家をかしてくれ、車もなくなったときにも、どこにでも運転していってくれる人も現れました。チカノ(アメリカに住むメキシコ系)のボス的存在だったのです。 メキシコの血も入ってるグレッグですが、白人の顔、名前のためにチカノのグループにはいれてもらえなかった 彼を「グレッグの心はチカノに他ならないお前はチカノだ。」と、チカノの世界に招き入れてくれたのは、マグなのです。最後の数年、マグとグレッグは可なり仲良くなり、グレッグは何度も展覧会参加者としてマグを招きました。彼が去った後、伝説的な男になり、毎年マグを記念する展覧会をやるのですが、それが年々大きく広がり、今年は、美術館でもやることになったのです。
2014.09.24
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元夫の叔母、ブルッキー(ブルックの愛称)が亡くなった。20日に、森のように大きな庭が見える日の当たる寝室で眠るように亡くなったと娘が知らせてきた。96歳であった。私はこの叔母さんにとってもかわいがられ、離婚後も私を訪ねて 今の家にもきてるので、グレッグにもあっている。 私には、不思議でもなんでもないが、20日、何となく引き出しを開けて、ブルッキーからもらったまだ、元の箱に入ってる銀のブレスレットを取り出して「断捨離、断捨離、これを誰にあげようか」と眺めていたのだが、その頃彼女は、彼方の国へ旅立っていたのだった。 ブルック叔母さんは、スタンフォード大学を卒業し、コロラド州の大学院で法律の勉強をし、アメリカで女性として二番目に弁護士になった人で、まだ女性は陪審員にもなれない時代に弁護士をやっていたから、働くプロフェッショナルの女性のパイオニアであった。法律に関するベストセラーの本も沢山出版している。(英語のわかるかたは、どうぞ)http://www.horancares.com/obituary/Brooke-Wunnicke/Denver-CO/1421860 この写真は、私がもっていたものを集めて、フォトショップでアレンジしたのだが、一番上は、私の義父で、末っ子のブルッキーと14歳はなれており、アーチストで、あまり経済観念のなかった父親の替わりになって学費などをだしていたくらいで、彼女が一番尊敬していた兄であった。その兄をわたしが最後まで面倒みたということで、私はいつも感謝されていた。ブルッキーの夫は、ワイオミング州のシャイアンという土地の大半を持っていた大地主、ハンティングが好きで、世界のあちこちに狩りにでかけ、ハントした動物を剥製にしたライオン、ヒョウ、シロクマ、虎なおが、家中に寝っ転がってたり、壁から首をだしていたり、2メートルくらいある象牙がぶら下がっていたり、あまり気持ちの良いものではない。動物好きの娘などは、「二度と来たくない」と言ったくらいである。ブルッキーに聞いたら、「主人の思い出として、彼が飾ったままにしてあるのだけど、私も嫌いだから、私が一番つかう寝室や台所、ダイニングにはないでしょ?」といった。彼女は、典型的な昔のサザンベルといってアメリカ南部の女性の風習で、男性を崇め奉るよう、とってもかわいらしく育ってきた人だから、夫のかざったままにしてあるのである。それでいて、あの昔に弁護士という職業についたから驚きであった。 彼女と、亡くなった旦那の名前の図書室などが、あちこちの大学にあるようでお葬式には花の替わりに、寄付をしてくれるように、Obituary (死亡記事)にはかいてある。もう一度あいたかったが、それを実行する前に彼女は逝ってしまった。今年の誕生日に電話ではなしてよかった。 また会う日まで、ハグハグ。
2014.09.24
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枯れたあと チャンスある花 捨てる人 拾ってそだてる 人ここにあり *これは、2年前にグレッグが誰かのゴミ箱から拾ってきたものを私がそだてたのですが、沢山つぼみをつけました。 人間もおなじだとおもいます。まだまだ、立ち直れる人を見捨ててはいけないと思うのです。
2014.09.20
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今日は、スコットランドが、元の独立国になるかどうかの選挙をしてますね。私は、娘と一度一緒に、イギリス、スコットランド、フランス、クロアチア、イタリアのコースで旅をし、次には、娘もどきのジュリーの結婚式にまた行きました。 ジュリーは、留学生として、一年間私の娘になったクロアチアの子ですが、大学を卒業したころは、ユーゴスラビアは内戦中で、父親の苗字がサルビアだったためにいじめにあって、仕事が手に入らず、イタリアに子守りにいったりしてました。そこでボーイフレンドになった男性がスコットランドの人で、婚約したので彼女も後を追っていきました。ところが、彼は結婚していたのですよ。さあ、それからです、ジュリーと私は毎日のように、メッセの交換です。彼女はネット・カフェから、なけなしのお金を使っていたので、私はちょくちょく送金しました。 長い話を短くすると、死ぬだ国にかえるだ、、、、と、何度もだだをこねてた彼女をはげましていました。あるひ、ひょんなことで、エジンバラ大学の壁に「大学院・奨学金学生応募」の広告をみて、私にすぐ連絡してきました。「だめもとで、うけなさい。国に帰っても仕事ないでしょ?」と何度も話、結果は4人の一人に選ばれて、音楽博士になったのです。卒業するまで 私は、何度も送金しました。学費、寮、おこずかいがでるのですが、アルバイトやっても、結構大変だったようです。国元の家族も食べるのにやっとの状態でした。やがて、同じ奨学金学生のオランダ人と結婚。今は二人の子供の母親で、夫婦でアイルランドのクイーンズ大学の教授をしてます。
2014.09.19
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先月ピアノを教えているときに、部屋を横切ったのを見た切り、 どこかにかくれた、野鼠、もう、経験済みなので、食品倉庫は たいていガラスの器にいれてあるのですが、プラスチックの 片栗粉の新しい入れ物のふたをかじり、棚は粉だらけフンと 粉だらけになりました。何度、Have a Heartといって、 生け捕りのかごをおいても、エサだけどって、逃げちゃうのです。 一匹だと思っていたら、どうやら、妊娠していたらしく、グレッグが、 「今日は二匹いたよ」というのであせりました。 ネズミ算じゃないけど、本当に、次々と子供をうむからです。 やっと、母親をつかまえたので、子ネズミは食べるものを探しに でてくるわけです。ちいさな、生け捕りの箱を仕掛けておいたら、 一度に二匹もはいってました。頭と胴体は3センチくらいの、 小さなネズミですが、おしっこのくさいこと。 食器洗い機の下に隠れていたらしく、流しの下にフンをみつけたので、 そこにしかけたら、数分後にはいってましたから、自然公園に、 放してきました。
2014.09.18
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左前足に、骨の癌ができたので切断手術をしたことは書きました。今日で10日目ですが、一週間前から歩きたがってじっとさせるのが大変だったようです。やっと、抜糸したので、公園につれてったと娘のブログに出てたので、シェアーします。良くがんばったねえケンジ。
2014.09.17
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秋が近づくと、メキシコ文化の「死者の日」がやってくる。つまり、お盆祭りのような行事で、しゃれこうべだらけになるのだがグレッグが副業としてやっている、陶器のしゃれこうべで、美術展をやるグループも少なくない。 先々週、サンディエゴに配達し、今日は サン・バーナディノの美術館からも買いにきたので、まだ支払はないが、グレッグが収入を見込んで「今夜は食い放題の寿司につれてってやる」と言ったので、お腹がいっぱいいなるまでたべてきた。 回転寿司と馬鹿にするべからず(笑)この店にはもう、15年位通ってるので、 そして、必ず板さんたちにビールをごちそうするので、 我々がすわると、次々に好きなものが目の前に並ぶ 。注文寿司と同じなのだ。食事中は写真をとらなかったが、いくら、はまち、貝柱、ほっき貝、 タイ、鯵などが、何もいわなくてもでてくる。
2014.09.16
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今の私に、ピッタリな詩を見つけたので、日本語に訳してみました。 “I no longer have patience for certain things, not because I’ve become arrogant, but simply because I reached a point in my life where I do not want to waste more time with what displeases me or hurts me. I have no patience for cynicism, excessive criticism and demands of any nature. I lost the will to please those who do not like me, to love those who do not love me and to smile at those who do not want to smile at me. 私は、もうある種の事に対して我慢するのをやめた。これは自分が横柄になったというわけではなく、只たんに、私自身が気に障ることや、傷つく結果になるような事に費やす時間が惜しいと思うところに到達したからだ。もう皮肉、過度の批判、あれこれの要求などに対する忍耐力など無い。私のことを嫌う人におべっかつかったり、好きでもない人を好きになろうとしたり、微笑んでも、微笑み返しもしない人でも仲良くしようと努力する気力も失せた。 I no longer spend a single minute on those who lie or want to manipulate. I decided not to coexist anymore with pretense, hypocrisy, dishonesty and cheap praise. I do not tolerate selective erudition nor academic arrogance. I do not adjust either to popular gossiping. I hate conflict and comparisons. I believe in a world of opposites and that’s why I avoid people with rigid and inflexible personalities. In friendship I dislike the lack of loyalty and betrayal. I do not get along with those who do not know how to give a compliment or a word of encouragement. Exaggerations bore me and I have difficulty accepting those who do not like animals. And on top of everything I have no patience for anyone who does not deserve my patience.” 私は、嘘をついたり人を利用しようとする人とは一分として付き合わない事にした。見せかけ、偽善、不正直そして安っぽい賛美を言う人とも共存しないと決めた。選抜的な博学や学術傲慢な態度には我慢できない。ゴシップにも口を合わせることもしない。争いも比較もきらいだ。私は世の両論を信ずるから、頑(かたくな)で融通のきかない人をさける。忠義を守らず、裏切るような友達は嫌いである。人を褒めたり、激励することをしらない人とは仲良くなれない・ 大げさな人は飽き飽きするし、動物の嫌いな人を好きになるのはさらに難しい。そして、何をおいても私の我慢強さを受け入れる価値のない人に対する忍耐力は全くなくなった。 - José Micard Teixeira (words Meryl Streep live by ホゼ・ミカルド・テイセイラ(メリル・ストリープが教訓としてる詩)
2014.09.15
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私は、夢を叶えるというのは、自分だけの夢でなく、人の夢を叶える手伝いもやがては、私自身の夢を叶えてくれるのと同じだとおもってるから、多くの人の夢をたすけてきた。 姉妹ともいえるくらい親友である二人は、ツアーの添乗員を何十年もやっている。一人は今アフリカ(この写真を送ってきた)、一人はイタリア旅行中で、二人はもう行ったことのない場所を探す方が難しいくらい、殆どの国にいっている。スチュワーデスか、添乗員は、私の夢であったから、私の替わりに夢を叶えてくれてるのだ。この二人が、短大を卒業してすぐに、英会話をならいに我が家に来た時、私は小学校のクラスのヘルパーとしておいてくれるよう校長にたのみ、一年私の子供達と通った。そのころ小学生だったわが子がもう45,43になってるから、随分昔の話である。 二人には、運転も教えたから、免許もこちらでとった。日本に帰ってすぐに、二人は特別な旅行会社に勤務し、もう30年くらいになるだろうか?ベテランである。今では、スマート・フォーンがあるので、LINE につなげて、三人でよく会話をするが、二人とも、ちょくちょく写真を送ってくる。これはリアルタイムで受け取ったものである。
2014.09.14
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これが、私の本来の髪の毛です。。。つまり、天然パーマもいいところ。長い髪の毛が落ちるのがいやなのと、あつっくるしくて、いつも、後ろでしばってるわけですが、涼しくなったら、時々こんな風にしようかとおもったら、ばあさんになってました。わはは。
2014.09.13
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グレッグの作品が、「美術館ツアー」のコンテストに入選したことを先月、ブログに書きましたが、その美術品を扱う会社から写真をおくってきました。やっと、イタリアに向けて50作が飛びます。参加者の何人かは、オープニングに出席するのだそうです、われわれはお金がないし、別の美術館での展示、ロスの画廊での個展があるので、行きません。
2014.09.12
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娘の場合も私の雪崩のように、短期間に次々に嫌な事件や愛犬(ルペ)の死が重なったのだが、一年休んでも食べられるだけの貯金があったこと、音楽やコンピューターの趣味があったことが幸いしていた。 私がしたことは、出来るだけ頻繁に訪ね食事の支度をしてやったり、どんなつまらないことでも、「うん、うん、なるほど」ときいてやり、鬱になるとおろそかになる掃除をやってやったり、犬(ケンジ)を散歩につれだしたり一緒に映画を見にいったり、つまらなくても横でビデオ・ゲームを見てたりはしたが、決して「こうしなさい」とは言わなかった。 最初のブログに書いたようにゲームコンテストに一位になると、表彰式に出かけなければならないから、自然に公衆の面前にでることになった。W・クラフトという大きな会社なので、イベントも偉大で、何度も一位になってる間に、その方面でも有名になってしまい、スタンフォード大学などに招待されて、新しいテクノロジーというレクチャーのパネル・メンバーになったりしているうちに、次の仕事がはいってきて鬱は治ってしまった。 一方、息子の方は仕事は続けていたから職場の人は気づかなかったらしいが、週末も夏休みも(大学勤務)家に閉じこもったままで、トイレと、最低限の買い物のほかはベットからあまり出なかった。台所は皿洗い機はいっぱい、流しにもう汚いお皿が入らないほどつみあがっており、ダンボールなど捨てればよいのに、「まだ使えるから」といって、一部屋の天井まで積み上げてあったり、メッセをしても返事もなかなかこなかったりで、私は何度も通い、カーテンを全部あけ「ほら、元気をつけなさい!おふくろの味よ」と食事をつくってやり、流しをきれいにし、冷蔵庫もきれいにし、お茶を飲みながらビデオなどを一緒に見たが、決して、「いつまで寝てるの!もう、午後3時」とか言わないで、起きるまで待っていた。 「僕がやるからいいんだよ、掃除や洗濯の時間がなくて」と、私が掃除してるのを恐縮して見て手伝いだしたりしたが、次回いくとまた元の木阿弥。時間がないはずはないのもわかっていた。自分の「問題」だけが心の中でどんどん大きくなり他の事が見えなくなる様子なので、私が乗る計画だった気球に彼もさそって乗せた。 「ほらね、だんだん家も、人も小さくなっていくでしょう?人間の心の中なんてちっぽけなもんだと思わない?」みたいな会話をしたり、雪の積もった別荘に連れ出し「まだ赤ん坊の頃、雪の上に寝転がってエンゼルをつくったわねえ」とか、子供時代の思い出話をたり、内緒で遠くの州にすんでる無二の親友、第二の息子とよんでる子に飛行機の切符をおくって驚かせたりしてるうちに、長い冬眠から春がやってきた。 事のはじまりは鬱の特徴の不眠症で、処方箋なしの睡眠薬を服用していたそうだが、その効果がなくなった時、医者がもっと強力の睡眠薬や精神安定剤を処方したことから、状態がどんどん悪化して、それがもっと鬱にしてるのではないだろうか?と、息子と話し合い、彼も「僕もそうだとおもうんだ。もう、一番強いのも効果ないもの」と、やめようとしたら大変なことになったのだった。 薬中と同じで禁断症状に似た状態になったので、グレッグに相談させた。この世は全て必然的だ。。。という言葉があるように、こんな時にまさか元、薬中だったグレッグが助けになるとは思わなかったが、彼の言う通りにじょじょに、カットしてついに全部やめた。(ちなみに、わが子は二人ともアルコールは飲まない) やっと、また元妻と同じウクライナの彼女に、内戦の危険な最中に会いに行った。行く前に「マムと、グレッグがいなかったら死んでいたかもしれない。二度と睡眠薬はとらない、もう大丈夫ありがとう」というメッセが携帯にはいっていた。 帰国したとたんに、カーテンを開けだし、洗車をし、家の中の散らかりが見えてきて、あちこち片づけだし、今では昔のきれい好きに戻っている。先週などは、親戚家族とのディナーに「これ、デザート」と自分で作ったクッキーを沢山持ってきた。 このように、私の愛は、「こうしなさい」「こうすべき」とはいわないで、本人が「良くなりたい」と思うようになるまで忍耐強く通って闘うことである。
2014.09.09
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一つ前のブログは、大反響があり楽天だけで450人強のアクセスがあった。これは、恐らくただ興味半分だけではなく、読者の中にも似たような事が起きて悩んでいる方がいるか、そういう方を知ってる方が多いからではないかと思う。 十人十色で、「これ」という答えはないものの、経験話をシェアーすれば、その中から何かを学ぶこともできるだろうから、私の知ってる話を書いてみる。 まず、愛情ってなんだろう?これは大きな課題であり、これまた一つの答えはない。ただ、一つ言えることはたんに、「どんな立場になっても愛してるよ」とか言ってほしいものを与える事ではない。それは、かえって危険な場合もある。例えば、愛する身内がドラッグとか、アルコール依存症などになっている場合に、かわいそうだと思ってお金を与えたら、それは死を早めるようなものである。 タフ・ラブといって子供との縁を切るように勧める医者もいる。これは私がグレッグと巡り合うずっと前の話だが、彼の場合がそうで、アルコールや、ドラッグが切れ禁断症状になった彼を見ていられなくなった母親は、お金を与えていた。ところが、それは彼を底なしの沼深くに沈ませてるのに気づいて医者に相談したらしい。 「しらふになるまで、家にかえってくるな、あいたくもない」と、追い出した母親は断腸の思いだったに違いない。その後、グレッグはホームレスのようになり、数回心臓が止まったこともあったり、自殺未遂も数回あったというが、よく立ち直ったものである。立ち直って8年目の記念日に私とめぐりあっている。 立ち直ったからといって、体にも、考え方にも、癖にも色んな後遺症が残っているから、こういう人間と暮らすのは可なり精神的に強い人間でないと無理である。でないと、ミイラ取りがミイラになってしまうのだ。その典型な例が、グレッグ自身なのだ。彼が結婚した相手が薬中だったのを結婚後知って助けようとしたが、二年後には彼自身がその罠に落ちてしまったのである。 タフ・ラブ対処の仕方も、患者の性格、親との関係などで一概に良いとは言えないと思う。かんどうされて、腹を立てて「なにを~。自分で良くなってみせる!」という性格もあるし、「最後の絆をきられて、生きる理由がなくなった」と投げやりになってしまう性格もあると思う。性格からいって、恐らく、私や娘は前者、グレッグや息子は後者のグループに属すと思う。幸い、わが子達は正直になんでも私に話すから、娘は一年かかったが自分で治ってしまい、息子も仕事はふつうに続けていた。ただ、家の中は、心そのままでカーテンを閉めっぱなし、冷蔵庫内は、丸ごとのロースト・チキンがカビだらけになっていたり、ちらかりっぱなしであった。 (続く)
2014.09.09
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人生は海の波のごとく浮き沈みあり、荒海あり、朝凪、夕凪のようにまるで 鏡のような状態の時もある。そして、家族でもそれは一人一人違うリズムが あって、満潮、干潮の期間も、浮き沈みの期間もそれぞれに違う。 例をあげてみると、グレッグのように年中浮き沈みの激しい人もいるが、 その期間は実に短い。そうかと思うと、息子のようにとっても穏やかで、 にこやかで、何十年も平和だった子でも、思いもしなかったひどい離婚などされて、 崖から突き落とされたような状態になり、平常にもどるまで4,5年かかった ようなこともある。彼は、また笑顔をとりもどしたが、昔のようにジョーダンを ふんだんにいうこともなくなり、皮肉っぽくなってしまった。私がひんぱんにサンディエゴに通ったのは、そのためであった。今では、彼が私を訪ねてくる。 もう何年も前の話になるが、娘も30にして史上初の女性アニメ監督となってからは ハリウッドの「やっかみ」という鋭い刃でブスリとつきさされて、一年間 家にこもっていたこともある。パソコンの前で一年中ゲームなどしていたので、頭が おかしくならないだろうかと心配したが、転んでも只では起きない彼女はそのゲーム 会社のコンテストで次々と一位をかくとくし、ついにゲーム会社から「ゲームを つくりませんか」と、スカウトされたこともある。 私の場合も、雪崩のように、離婚をし母を亡くし、スキー事故で腱を切り、証券会社の エージェントに大金をごまかされ、友達が殺人にあい、しかもこの全部が2週の間に 起きたことで、気もそぞろで大学の学期末試験のテストの一つに落第点をとったことがあるが 一月位で元に戻った。日頃、瞑想にふけって心を落ち着け人生を悟る練習をしていたからかも しれないが、このように家族でも全くリズムが違う。 しかし、そういう人生の谷間から這い上がってくると(気の毒な事に這い上がれない 人もいるとは思うが)人間として利口になり、強くなることも 確かである。息子もやっと 家の内装をきれいにしはじめ、「新しいソファーを買ったよ」「いま、キッチンの真ん中に 床をとおして電気をいれる工事をしてる」と写真をおくってきた。 あ、やっと皆が落ち着いたな と思ったとたんに、娘から「悲しいニュースがある」と犬のケンジの足に癌ができたので、切断することになったという。なんでも、手術費に60万円くらいかかるといって悩んでいたところ、他によいことが起こって、人に貸していたお金が全部もどってきたから手術ができたといってきた。 この子は、友達に証文も書かせず、金額もかかず、「ふい」と、現金をかしてしまう子である。今だに、その癖はぬけなくて、人を信じ切ってるところがある。「返してくれなかったのは、ふたりだけ。たいていは、もともと良い人間」とまるで、孔子のような事をいう。 このたびの彼女は可なりつよくなっていて、ごく短い期間に鬱もきえさったようである。この場合は鬱ではなく母親が子を思う感情になったようだ。「今日で4本足の最後になる」とフェイスブックに書いたくらい落ち着いていた。 このように、災難にたいして、人間は皆違う反応をするが、一番大事なことは、本人も回りの人も あきらめないこと。必ず、良い日が来ることを信ずること。悩んでる者を愛情でつつむこと。本人 が「その気」を起こさなかったら治らないから、こうしろ、ああしろ、でなくそばで見守り、話をきいてやり、忍耐強くその気を起こすように仕向けること。 二人とも、強くなったもんだなあ。
2014.09.08
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アンジェリーナとブラッドがフランスで結婚式をしたあと、マルタ島までセーリングしたというニュースを見て、マルタを思い出した。私は、ここに1週間いたことがある。マリアの伯父さんと、私の叔母が結婚したので、遠い親戚になるマリアを訪ねて行った。彼女は中学校の校長をしていたが、夏休みは4ヶ国語を話すのでツアーガイドをしていたから、彼女の横に座って、観光バスに一日乗った。水着を持たずに行ったのだが、途中で素晴らしい洞窟のまえに、海水のプールがあったので我慢できなくなって、洋服のまま飛び込んで泳いだ。集合時間の30分前にプールからでて、誰もいない絶壁のところで、裸になって洋服を乾かし、出発の時間には間に合った思い出がある。赤道の近くの島なので、10分もあれば、洋服は乾くと計算したわけだった。
2014.09.04
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9月6日からはじまる、’肝細胞’の展覧会のインストレーションを手伝いに行き、6時間ぶっ続けではたらきました。非営利団体の画廊なので、皆で取り付けるのですが、グレッグも、レスリーも計算ができないので、いつも私が駆りだされます。作品の配置は、レスリーが殆どやりましたが、最終的にバランスをとる時は私の出番です。サイズ・色・形・関連性などを全部みるわけです。こんな状態から私が、計算して、X印をしたところにグレッグが、スクリューをいれてこうなります。これは、おっちょこちょいのグレッグでは、落としたり、割ったりする可能性があるので、全部1人でやりました。72と71のバーさん2人午後の5時頃、他のメンバーが来たので我々は帰宅、70%は終わらせました。明日は、おそらく、名前・値段のついてるステッカーをはったり、説明書を壁にとりつけ、最後はお掃除です。
2014.09.03
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親戚のものが我が家にやってきて、嬉しいやら、忙しいやら。奥さんは英文科を卒業しても、会話ができないからといったけど、結構理解力はあるみたいだった。 メロンを半分ずつだすと、「こんな高級なもの!」と驚くが、「セールで一個98セントダッタ」トいったら、ドテーン! 近くのヨットハーバーで散歩して、アイスクリームをたべたりショッピングセンターにつれていったり、(これは、レイゴのばら売り。コップ一杯に選んで買う)野外シアターの前に、食事をしたり、アートフェスティバルをみたりして、昨日の朝、ロス空港までおくり・・・ その足で、娘の家にたちより、ケンジの様子をみにいった。どうやら、前足の骨にガンができて腫れあがって痛そうにびっこがひどくなっていた。娘は医者に、「このままにすると、体中にひろがるから、切断する必要あり」といわれて、なやんでいるところなので、なぐさめ、相談にいった。そのあと、オーガニックの食材で油であげない、タコスとか健康食をだすメキシカンレストランにつれてってくれた。 さて、今日から、グレッグの次の展覧会の仕度がはじまる。年取ったからといって、のろのろしていられないぞ!
2014.09.01
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