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温泉地では閑古鳥が鳴き、スポーツイベントもあいついで中止とか・・・・非常時で自粛ムードが蔓延しているが、大使は自粛するつもりはない。「それはそれ、これはこれ」で、こんな時こそ富めるものは消費すべきである。・・・・と言っても公民館、図書館、練習たまにカラオケの繰り返しで、いっこうに社会に(経済的に)還元できていない大使である。かねてより目をつけていた本が図書館にあったので、借りてきました。要するに多国籍企業と共産党と言う名の官僚組織が組めば、絶望的な社会が出現するのだろうと・・・読む前から決め付けている大使である。(見方が硬いのでは?)ハーニーさん「中国貧困絶望工場」アレクサンドラ・ハーニー著、日経BP社、2008年刊p36~38 従来、チャイナ・プライスをめぐる議論といえば、過小評価された通貨(人民元)、企業に対する不公正な補助金、多発する著作権侵害など、大所高所からの抽象的な事柄に焦点が当てられていたものだ。ところが、最近このような議論に変化が見られるようになった。 2007年前半、米国食品医薬品局(FDA)は、米国で販売されている化学物質メラミンが添加されていたことがペットの死亡を誘発したと見られると発表した。化学物質に汚染されていたことにより、大量のペットフードが自主回収された。また、200万羽以上の鶏と何百頭もの豚も汚染されたペットフードを食べていたことも判明し、ペットフードの汚染は広範囲に拡大しているのではないかという不安が一気に高まった。 その後、この年の夏、米ニューヨークタイムス紙はパナマで100人以上が死亡した事件を追跡調査した。その結果、実際には不凍液などの原材料である毒性化学物質「ジエチレングリコール」なのに、中国の工場が医薬品に使用される「グリセリン」というラベルを意図的に貼り付けたために、それをパナマ側が風邪シロップの中に混ぜてしまったということが判明した。後日、同誌の報道によれば、この偽グリセリンを生産した江蘇省泰興市グリセリン工場には医薬品原材料の販売が許可されていなかった、との中国外務省の発表が確認されている。 それからまもなく、世界中の保健衛生当局が消費者に対し、「メイド・イン・チャイナ」と表示のある歯磨きの使用を控えるように警告した。歯磨きの中にもこのジエチレングリコールが検出されたからだ。米国の場合、この警告は鉛を含んだ塗料が施された中国製玩具の自主回収騒動や安全性が不安視される中国製タイヤへの警告に続くものであった。 地球温暖化に対する中国の関与に対しても世界の懸念は強まるばかりである。春と夏におけるロサンゼルスやサンフランシスコ上空の空気は、その三分の一近くがアジアとつながっているとされる。研究者の調査によれば、オレゴン州やワシントン州ではアジアから流れ込んでくる一酸化炭素、オゾンおよび水銀の影響が検出され、アジアからの汚染物質が北米大陸の西海岸の気候に影響を与えていると考えられている。この一種の新事実で思い知らされたのは、中国国内で発生したことの影響の範囲が必ずしも中国だけに限られるわけではないということだ。それは毎日のことであり、国を問わずどこにでも関係のある話だ。製造面で優位な競争力を維持するための代償として、中国は世界に対して悪影響を及ぼしているのである。 中国にある工場のすべてについて語ることは不可能であろう。中国にはあらゆる種類の製造業が存在している。大規模工場、高度に機械化された工場、外資企業の工場、地方の零細な作業場など何でも揃っている。また、どの業界にも一定の特徴がある。半導体業界や自動車業界の動きはアパレルや玩具の業界とは明らかに違う。中国のように巨大で複雑な国家の場合、折江省の工場の状況は福建省の工場とまったく別物であるといってよく、広東省の工場と比較してもその違いは甚だしい。だが、全国共通のパターンというものもある。 話をわかりやすくするために、本書では広東省の消費財(衣服、靴、玩具などの日用品や家電製品)製造工場に焦点を当てる。同省は中国が1978年に最初に対外開放し、現在では輸出高の約三分の一を占めている地域である。 同省の工場の多くは台湾や香港からの投資によるものであるが、政府系の工場、地方の企業家が立ち上げた工場および海外企業が所有する工場もある。ちなみに、同省経済の大半は民営企業や外資企業が牽引している。 広東省は中国でも最大の人口を有する省の一つであり、約1.1億人が米国ミズーリ州よりも若干狭い地域に押し込まれている。この膨大な人口の一部は他省から流れ込んできた出稼ぎ労働者である。香港と境界を接する華南の沿海部に位置し、で二分され、工場地帯以外はほとんど熱帯地方のような景観を見せている。椰子やバナナの木が生い茂っており、海岸や農地の様子を見ると、もう何世紀も姿を変えていないように思われる。だが、何世紀にもわたる貿易の動脈であるチュー江周辺には何十万もの工場が並び立つ工業都市が点在しており、その多くが軽工業に特化している。 工場の状況も様々である。オフィスビルの中に生産ライン1本だけをこっそりと隠したような零細工場もあれば、大型カフェテリア、スシ・バー、ゴルフ場、銀行ATM、病院、マッサージ店、プール、ホテルなどを備えたタイル張りの要塞のような高層工場もある。工場の多くは警備員が見張っている正門の向こう側にある。業務内容は工場の名称や外観ではほとんどわからない。その大半が秘密のカーテンに覆われた他社ブランドの製品を製造しているからである。「チャイナプライス」の筆者アレクサンドラ・ハーニーさんは「中国の問題は、中国だけの問題ではない」と言っています。私は日本に興味があって、高校時代に日本語を習い、高校3年の時に初めて、日本に来ました。大学に入る前には、名古屋市の隣の尾張旭市に2カ月近く滞在しました。私が日本に興味を持ったのは、日本の製造業、モノ作りに魅力を感じたからです。 『中国貧困絶望工場』/チャイナプライス
2011.03.31
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冷却水を緩めると原子炉の温度が上がる、しかし汚染水は場内で溢れそうだ・・・また29日には、海水から基準値の3355倍のヨウ素が検出された。福島第一原子力発電所の状況福島第一 主要パラメータ福島原発は、タービン建屋とトレンチに汚染水が溜まっているが、直近の移送先タンクも満水であり、かといって冷却水注入は止められないという綱渡り状態であり・・・・良くて長期的な原子炉冷却/蒸気放出、悪くて水蒸気爆発という予断を許さない危機が続いています。仮にも、予期せぬ昇圧、ベント不能などあれば、チェルノブイリのような水蒸気爆発を招来し世界的な危機にもなりかねないので・・・・試験エリートのようなお役人(保安院)に任せっぱなしにできない状況であり、政権中枢は自衛隊、アメリカの専門家などとも連携し、対策を練っているのではないかと推察しておるわけです。また、現場の疲れきった作業員の心労はいかばかりかとも思うのであるが・・・もとプラント取り纏めに従事していた大使としては、プラント試運転中には想定外の不具合が連発して、てんてこ舞いとなったこともあるので、作業員の心労は他人事ではないのです。そして、政府の打ち出した対応策について、必要十分ではないかもしれないが、待ったなしの現状で取りうる最善策かと思いを馳せるのです。<政府対応策>・原子炉建屋を遮蔽布で覆い放射性物質の飛散を防ぐ・タービン建屋、トレンチから溢れる汚染水については場内タンクに玉突き移送・場内タンクが満水になれば、タンカー等に移送・タンク、タンカー等に溜めた汚染水を安全な水へ処理する。原子炉冷却と汚染水流出という相反するパラメータを見ながら運転するのは至難の技であるが・・・・この非常時に不謹慎かもしれないが、つい心配、杞憂、妄想、願望など予断をはさむわけです。<杞憂、妄想>原子炉容器に穴があいて、溶けた燃料が漏れた可能性があると報じられたが、現状では格納容器の昇圧がないようだから以下の状況が考えられる。・溶けた燃料が、原子炉容器の穴から格納容器内に落下している。・格納容器や配管にも穴があいていて、溶けた燃料による汚染水が場内に漏れている。これだったらタービン建屋、トレンチに汚染水が溜まることの説明がつく。この一連の想定から、大使は以下のとおりストーリーを妄想するのです。・原子炉内の一時空焚きにより燃料棒の焼損が生じた。・格納容器が水素爆発等により一部破損した。・溶けた燃料の一部が原子炉下部より格納容器内に漏れている。・溶けた燃料により汚染された水が格納容器(または配管)からタービン建屋まで漏れている。・その汚染水が建屋のコンクリート壁、配管を伝ってトレンチまで漏れた。<心配>・原子炉状況(温度、圧力)は適切に把握されているか?・原子炉の蒸気放出ベントは健全か?・現状の温度、圧力のヒステリシスに対する原子炉材料の安全度合い?報道では、原子炉温度の発表があるけど、圧力については専門的過ぎるのか、生々しいのか分からないけど発表がありませんね。<疑問>・汚染水を貯留しながら汚染水処理設備の準備を行うわけであるが、処理水基準をどのくらいにするかが、収拾緊急度と海水汚染の風評との兼ね合いになるんだろうか。予断になるが、汚染水処理が間に合わず、汚染水を海に放流する事態になるかもしれないが。<願望、展望>今となっては廃炉を前提として、冷却水循環に特化して運用すればいいわけで・・・・原子炉容器、ポンプ、配管、計器類、ケーブル等が、原子炉内の燃料棒が安全な温度に下がる迄、冷却水循環に持ちこたえてくれる事を望むばかりである。若しかして、タンカーが数隻並び、その横に汚染水処理設備という景色が数ヶ月~数年続くかも知れないが、チェルノブイリの惨状よりましだろう。<近況>今日(30日)になって、東電の会長が陳謝の会見を行い、その際1~4号炉の廃炉を言明したが・・・廃炉は当然であり、陳謝自体が遅いんだよな~。現場は、予断を許さない状態であり、作業員の苦悩はいかばかりか?sowonさんが【転載】英雄という前にとして、作業員を気遣っています。**********************************************************************3/31追記<怪我の功名>・原子炉に穴があいたり、隙間ができたりして汚染水が漏れ出ていることは、原子炉の圧力を逃がすことにもなっていて、結果的に水蒸気爆発を防ぐ良い方法であったと言えるのが・・・・皮肉というか、怪我の功名でもあったんですね。・1基あたりの冷却水は170トン/日で、この水が全てタービン建屋に漏れても水位上昇は5センチという大きな建屋になっているので、収拾の時間稼ぎも可能であるし、逆に汚染水の移送も時間がかかるし・・・・長期戦の様相となる。・福島第一の原発はアメリカ製BWR-mark1という初期の原発であり、格納容器、機器レイアウトに設計不良が見られ、耐用年数も廃炉時期が迫っていたので・・・・これを機に廃炉できるというものだろう。<We are not alone>30日に仏アレバ社のCEOが成田に到着した。31日にはサルコジ大統領も到来するそうだが、福島の危機は原子力産業界の危機、原発国家の危機という認識で、応援に押しかけてきたのでしょうね。We are not aloneである。ところで、アレバ社のCEOといえば世界の原発メーカーの第一人者であるが女性なんですね・・・驚いた。
2011.03.30
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テレビのコメンテーターでは危機感が伝わってこないが、新聞社の報道では今日の状況は、かなり危機的なようです。東電は、燃料が圧力容器の壁を溶かして穴を開けた可能性もあると、説明したそうだが・・・スリーマイル島のチャイナシンドローム状態の様になっているかもしれない状況で、技術者、作業員はパニック寸前でも頑張っているんだろう。・・・・・東電のトップはいざしらず、技術者、現場作業員には頭が下がります。3/28東電、核燃料の圧力容器損傷に言及「健全性は維持より 東日本大震災で被害を受けた福島第一原発1~3号機について、東京電力は28日未明の会見で、核燃料を入れた鋼鉄製の圧力容器が損傷して容器の外と通じた状態になっている可能性を認めた。東電は「穴が開いているイメージ」と説明。燃料を冷却するために注がれた水に放射性物質が溶け込み、外部に漏れ続けているとみられる。 1~3号機は津波で非常用の電源が失われ、圧力容器内の水を循環させて冷やすシステムを動かせなくなった。このため圧力容器につながる配管にポンプを接続し、水を注入する作業が続いている。核燃料を水没させ、発電停止後も出続ける崩壊熱を直接、冷やすのが狙いだ。 東電は、水面から露出した核燃料が過熱して損傷した可能性を認めている。専門家によると、核燃料を束ねた燃料棒が損傷して崩れ、圧力容器下部に落下してかたまりになると、表面積が小さくなって効率よく水で冷やせなくなる。極めて高温になった燃料が圧力容器の壁を溶かして穴を開けた可能性もある。 東電は一方で、内部の圧力が大気圧より高く保てているため「(圧力容器は)完全に壊れているわけではない」とも説明。「チェルノブイリのように破裂して(燃料が)外に出ている状態ではない」とし、容器の「健全性」は保たれている、という見解は変えていない。 現場作業員は線量計をつけて放射線量を監視しながら、人海戦術で対応することになるが・・・取替えの利かない技術者(東電、東芝、日立など)は、事故の初期から現地に張り付いているものと思われるが、積算被爆量がいまどのくらいか?・・・気になるところです。なお、国内では情報隠蔽の疑いで評判が芳しくない東電であるが、欧米メディアからは「フクシマ・フィフティーズ」として英雄扱いで報じられていますちなみに、報道では28日の技術者、作業員は合計で約170名となっています。原発作業員に海外からエール 「50人のヒーローを称えよう」より 危険な状態が続く福島第一原子力発電所で、緊急作業にあたる人たちを励ます声が相次いでいる。欧米メディアは特集を組み、作業員の人数が50人と伝えられたことから、「フクシマ・フィフティーズ」と命名するところもある。 米ニューヨークタイムズ紙電子版(NYT)2011年3月15日付の記事では、福島第一の作業員を特集している。記事は、「無名の作業員50人が、燃料棒の一部が融解して放射線物質を放出している危険極まりない原子炉に海水を注入して、数百万人の日本人が被爆する危機を防ごうとしている」と続く。東北関東大震災の影響で停電となり、真っ暗な原発施設内を、懐中電灯ひとつを頼りに動く作業員。頻発する爆発音を耳にしながら、放射線から身を守るために白い防護服をまとい、重たい酸素ボンベを背負って作業に携わっていると臨場感をもって伝えている。 SNSの「フェイスブック」には、「福島原発の50人の英雄を称えよう」と題したページが開設され、すでに2000人近い「ファン」が集まった。福島原発の情勢は、海外でも大変注目されているだけに、コメントを見ると主に英語で、「ヒーローたちの名を知りたい」「世界中が感謝している」「本当に尊敬します」との内容が並ぶ。福島第一原子力発電所の状況福島第一 主要パラメータ*********************************************************************フクシマ50・・・・4/9週刊現代によれば(3/29追記)14日時点では、社員と協力会社作業員合わせて約800人が残っていたが、15日早朝の吉田昌朗所長の決断で社員67名、協力会社4名を残して、全員が第2原発に退避した。総勢71名。これが最後の最後まで原発を支えた、いわゆる「フクシマ50」である。24日現在、免震重要棟にいるのは約280名。2階で毛布を敷いて雑魚寝をし、休息を取ることはできますが、水がなく、水洗トイレもシャワーも使えないため衛生面では厳しい状態が続いています。
2011.03.28
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図書館でこの本を手にしたが、「古代に日本人と朝鮮族との会話で、どんな言葉が使われていたのか?」という興味がわくんですね。そして、200年間のみ歴史に登場し、失われた渤海国が個人的には興味深いのです。「古代日本人と外国語」湯沢質幸著、勉誠出版、2010年刊p60~81<日渤交流> 東アジア各国、各地の接触や交流は、古くから今日に至るまで絶えることなく続いてきた。東アジアの一員である日本も、中国や朝鮮半島諸国、そのほかいろいろな国々と交わってきた。国と国が交われば、必然的に母語を異にする人々の接触も産まれてくる。この場合、初めてであった時には身ぶり手ぶりで意思のやり取りをせざるをえないが、接触が深まるにつれ、おのずから言語による意思疎通が図られるようになる。 では、古代東アジアでは、その時そこでどんな言語が用いられたのか。 古代、8、9世紀、日本ともっとも頻繁に公的な交流が行われた国は、アジア文化発信地の唐でもなければ、もっとも近い隣国新羅でもなく、渤海であった。 日渤交流の経緯は、すでにかなり細部まで明らかにされている。それは、日本側資料が比較的豊富に残っていることによるが、実はその中には、断片的ながら言語に関係する情報も少なからずある。その一つ一つをつなぎ合わせてゆけば、日渤間で用いられていた言語が何だったかが、分かるのでないか。 渤海国は668年に建国され、926年に滅亡した。朝鮮半島北部から満州、沿海州を勢力範囲とし、みずからは唐・新羅連合軍に滅ぼされた高句麗(高麗)の復興した国と主張した。そして、唐や日本はそれを認めた。特に日本は727年に初めて渤海使が来朝した時に、早くも高句麗の末裔と認めた。日渤両国の交流はその後200年近く続き、919年の渤海使で終わりを告げた。200年間、渤海使は34回(35回とする説もある)、日本からの送師・遣渤海使は合わせて13回を数える。これは日本古代における外国との交流にあって、決して少なくない回数である。例えば、この間、遣唐使は7回派遣されただけである。また、新羅は779年を境として、日本への公的な使者の派遣をやめた。 日渤の交流は、当初は唐と新羅への対抗という政治的、外交的必要性から始まった。けれども、日本と唐との交流はその当時においても続けられていたし、また、その後渤海と唐との和解も成立したので、まもなく渤海側はもっぱら商業活動に、日本の場合は主として唐への副次的な交通路確保へと、その目的を変えていった。そして、それとともに、もともと日本への政治的、外交的影響力をほとんど持っていなかった渤海の、日本の外交における比重もさらに軽くなっていった。とはいえ、これまで述べてきたように、交流自体は相変わらず頻繁に、しかも友好的に行われていた。鴻ろ館(迎賓館)で催される歓迎の宴は、まさにそれを象徴している。(中略) ところで、渤海語とは、いったいどんな言語なのだろうか。また渤海語では何語が用いられていたのだろうか。 渤海国で用いられていた言語としては、満州語、高句麗語(朝鮮語の一方言)、マッカツ語など、いろいろな言語が挙げられている。渤海の国土や東アジアにおけるその位置などからして、とにかく、複数の言語が話されていたことだけはまちがいない。ただ、その中で何が有力だったのか、どの地域で何が話されていたのかということになると、資料不足のため今日まで定説を見ない。(中略) 朱国シン、魏国忠両氏は、「新唐書」や「唐会要」などの中国資料、あるいは837年の渤海遣唐使漂着の時に大宰府が大唐通事を送ったことから、初めは渤海の有力民族であるマッカツ族の言語、すなわちツングース語系のマッカツ語が「国家の公用語」であったが、渤海の中国化により中国語が公用語になったとする。<日渤間の外交用言語> 渤海にとって大国唐は、建国当初から単なる隣国にとどまらない存在だった。万事、唐を手本とした渤海にとって、中国語は、海を隔てた隣国日本の言語とは比べものにならないくらい、身近で重要な言語だった。また、同じく中国文化を模範としていた島国日本にとっても、中国語は何よりも大切な外国語だった。一方、八世紀の一時期を除くと、政治的、外交的に渤海は日本にとって、逆に、日本にとって渤海は、必ずしも重要な国ではなかった。これは、つまり、お互いに相手国の言語がさほど重要でなく、したがって、一生懸命学習すべきようなものでなかったということである。言い換えれば、日渤間では、もともと日本語や渤海語は、外交用言語に選ばれる可能性などなかったということにほかならない。ひるがえって、中国語は両国民にとってあこがれの的であり、学習しがいのある言語であった。このように、日渤両国における日本語・渤海語・中国語それぞれの位置に目をやると、日渤間の外交用言語として中国語が採用されたのは、一つの必然だったということがよく分かる。p140~147<仏教界の漢音> 日ごろ「妙法蓮華教」については、呉音の(みょうほうれんげきょう)に慣れ親しんでいた人達が、天台宗寺院で漢音による(びょうほうれんがけい)あるいは、禅宗寺院で鎌倉期に到来した唐音による(びょうはれんがきん)を聞いたら、「あれっ!」とか「ウン?」とか、何かを感じないはずはない。そして、それに耳を驚かす、何か新しいものがあることを実感する。 漢音が一部仏典にシェアを持った天台宗、真言宗それぞれの開祖最澄(776-822)と空海(774-835)は、804年、同時に入唐した。平安初期、この二宗ではその弟子達もあいついで唐に渡って修行し、自宗の発展に力を尽くした。平安新仏教二宗は、奈良末期以降、新仏教を求めていた日本朝廷の要請に応える形で成立したが、この新宗教の成立・発展と、旧音=呉音支配の仏教界における、漢音のシェア獲得とが無縁だったはずがない。 漢音は、どうして両宗に食い込めたのか。 (中略) 漢音は、旧音=呉音の中に侵入した。魔力を振るって平安二宗をアッピールしつつ、そのアイデンティティの確立に寄与した。その点において、二宗にとってなくてはならないものとなった。ところで、仏教界に対しては、平安新仏教成立以前から、朝廷による漢音強制がなされていた。中国文化による新しい国造りを目指していた朝廷は、その一端として、その当時の中国仏教を摂取しようとした。 ところが、方針が変わった。804年の法令で、仏典の読解に抜群の力を持っていれば、漢音を免除するというのである。 (中略) 漢音はその魔力でもって、天台・真言二宗に少しばかりのシェアを持てた。けれども、この二宗における主流は、やはり呉音であった。天台宗における「法華経」でさえ、実は通例呉音使用なのである。平安新仏教二宗でさえ、呉音を使わざるをえなかった、そのくらい呉音の勢力は強かった。ちなみに、唐音を使用する禅宗においても、もちろん呉音優勢である。仏教界における伝統の強さ、既得権の威力を知らされるとともに、新しさが醸し出す魔力ぐらいでは、伝統の壁をうち破ることなど、なかなかできなかったことが分かる。p147~150<儒学界の漢音> 仏教界のシェア争いを見ると、<漢音がその魔力だけで、儒学界を制覇したなどということはありえない、何か特別の力が働いていたのではないか>としか考えられなくなる。 漢音と儒学界との関係は、第一章で述べたとおりである。両者が密接不可分の関係にあったことは、大学寮によく現れている。中央官僚養成を目的として設立された、国立第一の教育機関である大学寮は、国家の学問すなわち儒学の教授を第一としていた。そして、儒学のテキストを読む音として漢音を選び、その授業を基礎必修科目として学生に課した。そのために選任教官=音博士まで用意した。この方針は、終始一貫微動だにしなかった。もちろん、大学寮におけるこの漢音強制は、一つ寮内だけでなく、寮外で儒教を学ぶ者にも及んでいった。 古代朝廷は、政治、行政、司法等に関わるすべての者-官僚、学者、文化人、学生など-を、すべて漢音漬けにした。その当時における現代中国音つまり漢音に通じた人材に、儒学を中心とした中国文化を学ばせ、律令国家建設に貢献させようとしたのである。それはまさに、明治政府が官僚や学者、学生などに欧米語を学ばせたのと同じである。 漢音対策、これは国家構築プロジェクト推進の第一歩であった。高度な政治的判断を背景として実行されたこの政策は、有無も言わさず儒学界から呉音を駆逐した。大学寮における組織的な漢音教育に象徴されているように、その徹底ぶりは、仏教界への漢音強制などとは比べものにならない。ここに古代朝廷の、中国文化摂取における儒学に対する期待と、仏教に対するそれとの落差をかいま見ることができる。 漢音の儒学界完全制覇、それは政治という外部圧力によって達成されたものであった。 この本を借りたのは、背が高くスリムな北方朝鮮族の女に執着する大使ならではと思うのだが・・・・大使の執着と、いま流行っている韓流グループの腰振りパフォーマンスに狂うのとどう違うのか?と聞かれると、はたと詰まるのである。「時空を超えて異邦の女のエキゾティシズムに」とかなんとか言っても・・・・「あんたも好きね~」と低次元で、一蹴されるだけである(笑)ところで、客寄せで期間限定かもしれないけど、無料のWEB新書があるんですね。朝日新聞社の原発震災 中越沖地震は柏崎刈羽原発を直撃したなどトレンディです。2007年7月16日に起きた新潟県中越沖地震。震度6強の烈震が世界最大の原子力発電所、柏崎刈羽原発を直撃した。震災と放射能災害が複合的に起こる「原発震災」につながりかねない状況に、世界は初めて直面した。原発で何が起きたのか。関係者の証言と資料で検証する。
2011.03.26
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枝野官房長官より20キロ~30キロ圏の退避について発表がありました。住民の安全と風評パニックとを両睨みにした為政者の発言ということで、私も評価するけど・・・・国がバックアップすると言うことだから、順次自主的な避難をする方がいいようです。枝野官房長官の会見全文〈25日正午前〉より――30キロ圏外でもモニタリングで計測して高い数値が出ているところもある。距離にかかわらず退避を考える検討はされているか。 この退避の範囲は、まさに原発の状況、そこから予想される、例えば放射性物質がどこにどう行くのかという予測、そして現にそれぞれの地点で得られている様々なモニタリングの数字、こういったものを原子力安全委を中心にして専門家のみなさんに分析・判断を頂いたうえで、退避の指示を出している。これについては、より詳細な状況が把握されれば、その詳細な状況に基づき、単純に同心円で距離で線をひくのか、それとも例えば天候や地形などによってどういう地域にどういう可能性があるのかということがより詳細に分析できれば、そういったことに基づいて判断するということも可能性としてはありうる。 ――現時点では30キロ圏内で十分か。 現時点ではそういう、これは原子力安全委からの報告というか、専門家の判断も踏まえて、現在は20キロまでの退避と20キロ~30キロまでについては安全性の観点から屋内退避と。ただ、社会的な問題として順次自主的な避難をされることについては、バックアップするという状況だ。 20~30キロ圏の自主避難促進 枝野氏、事実上の避難勧告という最新情報がでました。あ 今、枝野官房長官の会見がライブで放映されているけど、福島県付近の人は、テレビに注目しておく必要があるようです。福島県内首長、怒り頂点 「自治体崩壊」瀬戸際とあるが、国には現地の当事者が崩壊しないように果敢なフォローを望む次第です。放射線下、過酷な復旧労働 福島第1・作業員被ばくより 24日に被ばくした3人は東電の協力会社の作業員。タービン建屋で水につかった状態でケーブルの敷設をしていた。 東電は「(100ミリシーベルトを超えた作業員については)250ミリシーベルトを超えない範囲で、本人の意思を確認しながら作業にあたってもらう」とするが、辞退者がいるかは未確認という。 技術評論家の桜井淳氏は「年250ミリシーベルトは妥当な数字。住民に不安を与えており、現状を考えると作業の辞退など許されない」と語気を強める。 宮崎慶次大阪大名誉教授(原子力工学)も「非常事態を早く終息させるためにも、知識のある人が残って作業にあたるのは仕方ない」と話す。 一方、元原発設計技師の田中三彦氏は「ひどい作業だと思うが、下請け会社の社員の場合、今後の受注のことを考えて辞退はできないだろう」と指摘する。チェルノブイリでは、確たる知識も乏しい死を覚悟した英雄的な作業員がいたようだが・・・・技術の進んだ日本で、それもチェルノブイリより緊急度がゆるい状況で、過酷な復旧労働を強いる東電は如何なものかということだろう。被爆限度を250ミリシーベルトに上げたのは止むを得ないとしても、東電社員が現場に出ないなら、作業員の安全環境を整えるのが東電社員の責務というべきであった。今からでも遅くないので猛省してしかるべきなんでしょう。
2011.03.25
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福島原発の1号機の圧力容器の内圧が上がっていて、ベントから圧力放出を計画しているとコメンテーターから発言があった。おいおい そんなにサラッと言える事態なのか?と思うのだ、事は「管理されたチェルノブイリ」が始まるということではないのか?水蒸気爆発を起さないように圧力を抜き、冷却を続けるということは、長期間に亘って放射性物質を出し続けることになり、「管理されたチェルノブイリ」のようなものとでもいう事態である。メディアで危険性を煽るのは慎むべきとしても、原発を熟知した専門家ならパニック寸前の事態ではないのか?(原発で事故収拾にあたる作業員の実情は週刊誌などで漏れ聞くしかないので、どうしても危機感が伝わってこないのだ)枝野官房長官の3/24会見全文を見る限りでは、楽観的な報道陣より危機感が伝わってくるので、しっかりしているな~との印象を持つのです。枝野官房長官の会見全文〈24日午前11時〉より――NHKの映像を見ると、福島第一原子力発電所のあちこちの原子炉から煙が出ているようだが現状は。昨日、原子力安全委員会の斑目委員長が1号機についてかなり溶融が進んでいて、最も危険な状況であるとコメント。この辺りの認識は。 「煙が出ていることについては、燃料プールが水が入って、そこが冷却されている中で、一定の水蒸気が外に出ているのは、これは当然あることだ。同時に、あらゆる可能性について、考慮しながら慎重に見極め、分析を現場においてしている状況だ。それから、斑目委員長の昨日の発言は、報道等では大変楽観的な報道もなされているようだが、繰り返し申しあげている通り、今の時点でこれ以上の悪化を食い止める状況を数日間続け、なおかつその間に改善に向けた、例えば電子系統、整備等の努力をしてもらっているが、決して予断を許す状況ではない、緊張感をもってそれぞれについて対応している状況だ」 ちなみに、チェルノブイリ原発事故について、3/25週間朝日によれば・・・ 1986年に起こったチェルノブイリ原発事故では、広島と長崎の原爆を合わせた放射能の約200倍もの放射能が放出された。福島第一原発の1、3号機を足した原子炉の電気出力はチェルノブイリ原発の100万キロワットを超える。京都大学原子炉実験所教授の今中哲二氏は、チェルノブイリは将来分も含め“死者”は、10万~20万と指摘しており、万が一、日本でも首都圏に飛散すれば、大量の被害者が出る可能性がある。チェルノブイリ事故23日、東京都の水がめとも言える金町浄水場で乳児の飲み水としては摂取制限以上の放射性ヨウ素が検出されたそうで、また関東各地の野菜の摂取制限も拡大しているようで・・・・一方、ヨーロッパでも福島原発由来の放射性ヨウ素が検出されたそうである。まだ人体に影響しない程度の濃度であるが、そのうち福島原発周辺にも西回りの、つまり地球を一周して放射性降下物が降ってくるのだろう。フランス人がいち早く国外脱出したことを冷ややかに見ていた大使も、この期に及んで、さすが原発大国の民と思いなおした次第である。風評で首都圏住民が逃げ出すようなパニックは避けるべきであり、枝野官房長官のブルーフィングは的確であり、今のところ割と信頼しているが・・・・今後は綱渡りのような情報管理が求められるのだろう。<以下は杞憂かもしれないので、聞き流してください>今でも、危険な実情が隠されているのではないかと疑問に思うこともあるわけで、地球的規模の危機ともなると、アメリカの原発技術者、米軍の力を借りて情報統制するような事態にならないとも言えないのが怖いところです。9・11では情報を偽装したのではないかとも言えるアメリカの情報管理の実力は凄まじいので、全国のジャーナリストは腰を据えて対処する必要があるのでは?というか、政府の危機管理にはアメリカと距離を置く感覚が必要では?と反米の大使はつい深読み(杞憂?)してしまうのです。さきほど、「3号機地下で作業中3人被ばく、2人は病院搬送」と原子力安全・保安院が発表しています。3号機地下で作業中3人被ばく、2人は病院搬送より東京電力福島第一原子力発電所3号機のタービン建屋地下1階付近で24日午後0時9分ごろ、淡水注入用のケーブル敷設を行っていた作業員3人が被曝(ひばく)した。 経済産業省原子力安全・保安院が発表した。 被曝線量は約170~約180ミリ・シーベルト。現場付近は津波による海水や放水で浸水しており、3人はその水につかって作業をしていた。 3人のうち、足の皮膚に放射性物質が付いた協力会社の社員2人が、福島県立医大に搬送された。この後、放射線医学総合研究所(千葉市)に移送される見通し。(2011年3月24日15時39分 読売新聞)枝野官房長官の会見では本件について言及がなかったが・・・・国は事故対応作業員の被曝線量上限値を250ミリ・シーベルトに引き上げたので、約180ミリ・シーベルトでは重篤でないということだろうか?
2011.03.24
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あいかわらず、ガソリンと灯油が避難場所に届いていないようだし、帰りのガソリンが心配で運送業者が被災地に行けないそうだが・・・・コメンテーター(ピースウィンズの大西さん?)が震災復旧には金を払ってでも民間の力を活用すべきだと言っていました。また、岩手県の運送業の人が次のように言っています。被災地岩手県からです。岩手県内陸南部の運送業に従事しているものです。我々運送業にも優先的に燃料を供給して頂けるように報道願います。車両は燃料があれば、中型車20台前後稼動することが出来ますし、甚大な被害を受けた大船渡市、陸前高田市も自社で配達しているため他県の方より地理はわかります。輸送には我々運送業をつかってください。岩手県は、すでに避難場所を民間に求めているようです。金はあとで岩手県が(国が)払えばいいわけで、とにかく待ったなしの状況です。3/23岩手県、沿岸部被災者の集団疎開検討 内陸へ2~3カ月より 岩手県は震災後、県内の宿泊施設を対象に「1人あたり1泊3食付きで5千円」の条件で引受先を募集。災害救助法に基づく国からの給付金で全額補填(ほてん)される。滞在期間は2~3カ月程度を想定。対象者数に上限は設けておらず、県内で収まらない場合は他県への移動も視野に入れるという。すでに秋田県などが協力を申し出ている。 対象となるのは沿岸部の被災者。県警の23日時点のまとめでは約370カ所の避難所におよそ4万4千人が身を寄せているが、被災者であれば、避難所にいない人でも対象になるという。 広大な沿岸部に生活圏やそれに伴う避難所が点在する岩手県の場合、電気から風呂、トイレなどを各避難所でくまなく復旧させるのには相当な時間がかかるため、住みやすい環境に移動してきてもらう狙いだ。県政策推進室は「不十分な環境下での集団生活が長びけば、健康を害する人も増える。あくまでも希望次第だが、なるべく多くの人に移動してもらいたい」。 また、物資供給の面でもメリットが大きい。散らばった避難所それぞれに物資を届けるには大量のガソリンと費用がかかるうえ、道が狭く運搬用の大型トラックが入りづらい場所も多い。市役所などの拠点までは届いている物資が、枝葉の避難所まで行き渡らない例もある。同室は「物流の拠点に近い内陸部に、人の方が移動してきてもらえれば、効率的かつ十分に物資を届けられる」としている。(赤井陽介) 福島原発3号機で黒い煙が出ていて、作業員が退避しているそうです。予断を許さない状況が続いていますね。
2011.03.23
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図書館で「流域の環境保護」という本を目にしたところ、四万十川が載っていたので借りたのです。21世紀は「水の世紀」と言われるほどに水の不足、環境保護が注目されるけど、この本では、故郷の四万十川、愛知の矢作川それに中国の長江・黄河流域を取り上げ、森と川の再生を目指しています。鄙びたというか貧しい四万十市であるが、環境保護の面では先駆的な地域ともいえる我が故郷について、この本より紹介します。(この本は地震前に借りたが、国家の非常時だけど、内容に惹かれて書き写すものです)p44~46 四万十川は、東津野村の不入山(1336メートル)に源を発し、流程196キロメートルの比較的大型河川である。外国の川に比べて日本の川は滝のようだといわれるが、四万十川は源流域はともかく、大野見村辺りから中下流にかけて下るほどなだらかとなる。緑濃い山間を縫うようにゆったりと清流が流れ、沈下橋や落ちついた集落のたたづまいとあいまって豊かな風情が醸し出されている。そこには、村人と自然が織りなす「ふるさと原風景」的な景観が広がり、日本各地で失われた川本来の自然の姿が残されている。ただし、今日、もてはやされている四万十川はせいぜい十和村辺りから西土佐村、四万十市に至る下流部であり、河川にとって重要といわれる中流部はダムと大型堰堤のために寸断され、その自然度は著しく損なわれている状況にある。(一部省略) 流域の産業はかっては、木材、木炭、シイタケ生産などの林業、和紙生産やその原料生産、稲作などの農業、そして川漁が主なものであった。アユ、ウナギ、エビなどの川魚は販売もするが、どちらかというと自給的食材としてどの家庭でも馴染みのあるものであった。今日では上流は木材生産と茶、中流は米と野菜、そして下流は農業と商業、漁業などとなっている。また、道路建設、生産基盤整備のための土建産業が大きな位置を占めてきたのはどこも同じであろう。 このように、大都市圏から離れた地方に立地し、工業がなく、農林業中心であること、人口密度が低いということ、そして住民が川に親しみ、森と川の幸に恵まれて生計を営んできたことなどが特徴である。矢作川流域との決定的な違いは、下流に大きな都市がなく、下流が上流を支えるだけの財政力が全くないということである。そればかりか唯一の市である四万十市自体も面積の80%を森林が占め、広大に放置されている手入れ不足の人工林をもてあまし、どう整備するのかという課題を抱えている。つまり、下流も上流も同じように日本資本主義の歪みやWTO体制がもたらす構造的危機に直面しており、流域レベルでは解決困難な課題である。<清流保全の歩み>p46~49 表2-2追って記入予定<家地川ダム撤去運動>p56~64 ダム撤去か継続かの決定に大きな影響力をもったのは橋本大二郎高知県知事と議会であった。当然、エネルギーの問題や流域を中心とした世論がベースにあるが、ダム撤去運動では、流域の住民や自治体がいかに「流域は一つ」となって対抗力を形成するかに成否はかかっている。この問題は、電力資本対漁民・住民という対立の構図が描けるが、電力側にはエネルギーの地域への提供という建前があり、撤去運動側には住民のニーズに加えて環境の時代、日本の川らしい川の保全という社会のニーズがある。さらに、水利権の許可は国が握っており、近年見直し過程にある国の河川政策及びエネルギー政策のもとで許可に際しては県の意向も大きく左右する。このように決定プロセスにおいては最終的には政治の場にゆだねられるのである。 それだけに、運動側がいかに大きな力を終結できるか、「流域は一つ」になれるかどうかが、重要な鍵を握る。以下に、家地川ダム撤去運動の流れをみておこう。表2-3 表2-3に示すように、ダム撤去運動に最初に動いたのは漁協である。川漁師や川漁に親しんできた漁民の組織である漁業協同組合は、かっての津賀ダム撤去運動が実らなかったことの無念さをバネに、早々に「美しい水と川を取り戻そう、今度こそ家地川ダムを撤去しよう」と書かれた立て看板を流域の要所要所に設置し、アピールを進めていった。そして、本格的には98年5月に四万十川漁業共同組合(組合員1700名)がダム撤去を進める決議を行ったことから始まり、関係機関に働きかけるとともに、その翌年早々から撤去のための署名運動も開始した。 99年秋には県内水面漁業共同組合連合会と四万十川漁連が、中央の識者を講師やパネリストに招いて共同でシンポジウムを開始し、外から見た四万十川の位置づけとその価値の認識あるいは環境保護の世界的潮流のもとでの河川行政のあり方などを住民とともに学び、共通認識を深めた。 漁民の運動に約1年遅れて、流域の住民と自治体が運動を開始する最初に動き出したのは、減水被害を受け続けてきたダム直下の大正町である。大正町は99年1月にアンケートを実施したところ住民の90%までもが「ダム撤去」に賛成する回答がえられ、さらにすべての集落を代表する区長36人で「家地川ダムをなくする町民会議」を組織し、署名活動を開始した。これを契機に大正町は住民ぐるみの運動を展開することとなった。(一部省略) 第1章で述べたように90年以前と以降では、河川環境とダムをめぐっての考え方、価値観はかなり大きく変わってきた。運動も建設反対だけでなく四万十川でみたように撤去運動もでてきた。今日、欧米各国では環境保護上重要な河川のダムは撤去することが当たり前のようになってきている。20世紀における資源確保のために破壊され続けてきた川の自然であるが、今や環境面で「特別な河川」については、国の政策としてダム撤去を含めて保護を優先すべき段階に至っているといってよい。四万十川は国レベルにおいて傑出した(残された)河川であり、あるいは世界的にも名河川の一つであることは疑いの余地がない。 現実に、四万十川は下流域の景観や日本一といわれる魚種の豊富さなど、その環境的価値は大きく評価されている。四万十川が中上流域でもダムで寸断されることなく、1本の流れで結ばれると、どれほど素晴らしくその価値は高まるであろうか。さらに家地川ダムは正式には堰堤といわれるように提高はわずか7メートルで、撤去自体は容易に行える形態のものである。 次の水利権更新期に向けて、漁民・住民を主体に流域は一つとなることを基本として、同時に国民的運動と連携しながら、日本の貴重な自然財産としてダムのない川を実現し、本来の四万十川を取り戻したいものである。「流域の環境保護」依光良三編著、日本経済評論社、2001年刊平成23年4月に、家地川ダム(佐賀取水堰)は水利権の更新期限を迎るが、毎日新聞(3月3日)によれば・・・・家地川ダムの水利権更新認められる 4月に水利権の更新期限を迎える四万十川の発電用の佐賀取水堰(家地川ダム)について、国は2日、四国電力に対して、10年間の更新許可を認めた。許可期限は21年4月7日まで。・・・・・とのことです。また、四万十町(旧窪川町、旧大正町、旧十和村)HPに四万十町の家地川ダム(佐賀取水堰)に係る住民意向調査結果が載っていますが、残念ながら大差は無いものの条件付存続がトップとなっています。条件付存続と決まったが、次の水利権更新時期(10年後)には、流域全体を巻き込んでのダム撤去運動が、また見られるのではないでしょうか。その時には、大使も元気であれば(生きていれば)ダム撤去運動に加担したいと思っています。四万十川情報は四万十川財団がいいかも。
2011.03.19
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諸悪の根源は、私権が強いアメリカや国家資本主義・中国が牽引する余剰マネーや過剰流動性とするのが、大使の見立てなんですが・・・・図書館で3/19週間ダイヤモンドを見て、その火に油を注いだようなわけです。(国家の非常時なんだけど、悪いものは悪いと言わざるをえないわけで)その記事の一部を紹介します。*******************************************************************************○大前研一氏は、投資先を求めてさまよう余剰マネーを「ホームレスマネー」と定義し、その総額を4000兆円に上ると分析している。OECD加盟国の余剰資金、オイルマネーそして中国マネーが主な出所だという。○世界市場を「CTA」という名の怪物が徘徊している。中東情勢の緊迫化に揺れる商品市場。原油や穀物相場では半分以上が投機筋からの資金流入となっており、その中心にいるのがCTAなのだ。CTAとはコモディティ・トレーディング・アドバイザーの略。ヘッジファンドの1種で現物にはいっさい投資せず、先物とオプションに特化、その75%は金融工学に基づいたプログラムによってロボットが24時間体制で激しく自動売買する戦略を取る。○市場トレンドをつくり出すグローバルマクロ戦略のヘッジファンドは、今年のテーマに「Gゼロ」を据えた。米国、欧州そして中国も国内に問題を抱え、世界をリードできないリーダー不在の世界のことだ。 自国の都合を優先させて動く国がいても、舵取り役の国がいないため、世界の政治経済は混乱し、さまざまな亀裂が生じる。ヘッジファンドはこの亀裂による市場の歪みを先読みして、利益を追求してゆく。**************************************************************************リーマンショック後もヘッジファンドは生きていたのか・・・・多分、態度を改めないFRBかなんかのせいなんでしょう。経済雑誌で聞きかじった大使は、FRBとかバーナンキとかヘッジファンドとか先物取引とかいう悪しきものには、すぐヒートアップするんですな~。それにしても、株取引に取引税をかけられない人類はアホなんでしょうね。これだけ経済雑誌を読んで、株取引とか金購入をしない大使は多分アホである。福島原発の動きだが・・・・自衛隊のヘリコプターが、3、4号炉に冷却水を撒きましたね。ヘリコプターの機内に鉛の遮蔽体を敷いて、隊員に線量計を持たして撒布を敢行したようだが・・・・テレビでその英雄的な作戦を見て、なかなかやるな~♪と見直した大使である。**************************************************************************<3/18追記>ところで、震災後に、なぜか円相場が16年ぶり最高値更新だそうですね。このあたりに、投機筋の火事場泥棒マインドが出ているんではないか?と思って、調べてみました。円相場16年ぶり最高値更新=海外で76円25銭、介入警戒強まるより円高進行の背景には、震災で多額の保険金支払いの必要が生じる保険会社などが手元資金を確保するため、海外の金融資産を円に換えるのではないかとの思惑があると指摘される。95年に付けた最高値が、阪神・淡路大震災の約3カ月後だったことも市場の円買い連想につながったとみられる。 ただ、実際には「保険会社などが海外資産を売却して円を買う動きが出ているわけではない」(大手行)とされ、投機的な側面が強いという。 震災後 なぜ円高進む?より 東日本大震災以降、外国為替市場で円高ドル安の流れが続いている。震災や福島第一原発事故への懸念から、日本から資金が逃げて円が売られ、円安が進むのが自然なはず。なぜ円が買われるのか。背景には、過去の震災でもみられた投資家の思惑と、世界の中では安全資産とみられる円への資金の流入がある。 年明けの円相場は八二~八三円台で推移していた。だが震災後の週明け十四日は、約四カ月ぶりに一時一ドル=八〇円台をつけ、十五日も八一円台で推移している。 震災後に円高が進んだのは、一九九五年一月の阪神・淡路大震災でも同じ。同年四月、円は一ドル=七九円台の過去最高値を記録した。当時の投資家は、保険会社が多額の保険金支払いに備え、海外に投資した外貨資産を円に買い戻す「レパトリ」(自国への資金回帰)を進めると連想。為替市場で、円買いが加速した。 みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「今回も保険会社や事業会社のレパトリの動きがみられるほか、非常時には安全資産の円を買う動きがあった」と分析する。 二〇〇八年のリーマン・ショック以降、安全資産はドルから円に移った。今回の震災で日本株が大幅に下落し、アジア株からも資金が逃げる中で、円に向かう世界のマネーの流れが加速しているようだ。 ただ、震災による日本経済への打撃は計り知れず、原発事故に対する不安は、海外でも急速に高まる。上野氏は「『安全資産』という日本の地位は今回、崩れつつある。日本の信用低下が進めば、長期的には円安方向に戻る」と予測している。経済は難しいですね。いずれにしても、弱みにつけこむ火事場泥棒のようなヘッジファンドが野放しなのは、アメリカの陰謀であると短絡してしまうんですが。
2011.03.17
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福島原発がひどいことになっているが・・・・森住卓のフォトログがDAYSJAPAN福島原発取材班のレポートのようになっているので、福島原発の20K境界あたりの状況が伝わってきます。東電の広報福島第一原子力発電所の現状についてでは原発周りの放射能測定値しかみられないので、20K境界あたりの状況はDAYSJAPAN福島原発取材班のレポートなどが頼りになります。ところで、20日の宿毛マラソン中止の連絡がありました。(センバツ野球は実施するのに、マラソンは自主規制の中止かよと言いたくなるけど)エントリー費5000円は返ってくるけど、せっかく練習を積んだのに残念です。でも、途中棄権ねらいという不届き者にとっては・・・ホッとする気なきにしもあらずです。
2011.03.16
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原発の電源喪失という未曾有の事故の最中にとやかく不安を煽るのは慎むのが筋というものだが・・・・「福島原発で何が起きているか」という気になるエントリーがあるので引用します。脱原発運動側からのエントリーにしても、かなりの信憑性が感じられるのです。福島原発で何が起きているかより 核燃料がむき出しになることを「冷却剤喪失事故」と言います。この状態が長く続くと、被覆管が溶け(1800度くらい)、ついに核燃料それ自身も熱で溶けて(4000度くらい)塊になります。 何としてもその事態は避けなければならず、考案された方法が原子炉つまり圧力容器の中に海水を注入するという方法です。なぜ海水かと思いましたが、おそらく核燃料がどのくらい熱くなっているか不明なので、水をかけてもどんどん蒸気になって消えて行くことを想定し、無限にかけ続けられる海水を選んだのだと思います。先に述べたように、熱した金属に水をかけたときには水蒸気爆発の危険があります。さらに核燃料を入れてある圧力容器は薄い金属で熱衝撃に弱いという特長があります。ガラスのコップに熱湯を入れるとひび割れる、それと同じような脆性破壊が原子炉で起こる可能性もあります。海水を入れるというのは、かなりリスキーな行為だったのですが、何とかうまくいったようで、1号機の水位は保たれていると報告されています。 福島第一の1と3号機で行われている格納容器ベントは、シビアアクシデント対策として2002年だかに追加された排気装置です。通常の格納容器排気系とは全く別物です。この系統は危険な事態になった場合に緊急減圧するためにあるので、排気が重くなるフィルタなどはありません。減衰するためのタンクはありますし、比較的軽いフィルタの活性炭程度は付けていますが、特に気体放射性物質にとってはないに等しいものです。従って排気するたびに周辺放射線モニタは跳ね上がります。フィルタを何重にも通して排気するなどと説明している解説は誤りです。 福島原発の10基の原子炉のうち、6基はこれで廃炉になるだろうと思いますが、その代わりに放射能放出が次々に行なわれる可能性があります。6基の原子炉の核燃料中の核分裂生成物が放出されるとしたら、その総量がどのくらいになるのかによってスリーマイル島原発事故に匹敵する規模の放出になるかも知れません。その実体を政府はきちんと把握し知らせる義務があります。現在は圧力容器の内外に海水を注入するという非常手段で冷却を続けているが、竹村さんが言うように、これはリスキーな行為だったのかもしれません。圧力容器がひび割れせずに耐えているのは、もしかして結果オーライだったのか?更に言えば、水蒸気爆発が起きないのは、結果オーライだったのか?・・・・という気がして慄然とします。それから、格納容器ベントに比較的軽いフィルタしか付いていないなら・・・・今からでもフィルタ追加等の手立てが取れないものかとシロウトとして思ったりします。福島原発の収拾状況が、株価下落に連動しているそうで、経済的危機ともなっているようです。まさに日本経済の正念場といったら、言い過ぎか?
2011.03.15
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震災での亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに,被災者の方の怪我のご回復、少しでも早い復旧をお祈り致します。震災復旧のさなか不謹慎かもしれないが、当ブログは日常モードに復帰します。「街路樹デザイン新時代」という本を図書館で借りたが、その中の「街路樹の樹種論議」が興味深いので一部を紹介します。歌謡曲でも歌われた「銀座のヤナギ」からスタートとした日本の街路樹は、どう変わったのでしょうね。p56~59 強度の剪定のため、みにくい樹形となるヤナギが多く見られるようになり、明治時代中期に樹種についての論議が活発に行われます。 東京市の技師、長岡安平は「東京市の街路樹は、明治13年頃からヤナギが圧倒的に多く、サクラ、カエデがそれについでいる。この三種の木は街路樹には向かない。ヤナギは枝葉が下がって通行に支障があり、葉が小さく緑陰に乏しい。サクラは花どきに1週間ほど目を喜ばせはするが、肝心の緑陰が必要なときに病気になりやすい。また害虫がつき、虫が落ちて通行人がいやがる。カエデも葉が小さく感心しない」と述べています。 そして、街路樹を選定する要件として、1.気候・地質に合っている、2.早く芽を出し、落葉が遅い、3.ほこりなどに耐える、4.虫害が少ない、5.成長がはやい、6.葉が大きい、7.夜間に悪臭を出さない、などの点を挙げています。それらに合う樹種として、トチノキ、モミジ、センダン、ナンテンギリ、アカメガシワ、トネリコ、エンジュ、カシワ、キササゲ、ホウノキ、アオギリ、ボダイジュ、クヌギ、ケヤキ、ナラなどを挙げています。在来種へのつよい選好がみられます。 一方、林業試験所長の白沢保美と新宿御苑長の福羽逸人は、東京市から調査依頼をうけ、報告書を「東京市行道樹改良按」(明治40)としてまとめています。そこでは、スズカケノキ、ユリノキ、ポプラ類、イチョウ、トウカエデ、トチノキ、エンジュ、アオギリ、ボダイジュなど、外来種を多く選んでいます。建物との調和など、景観を重視した結果といわれます。 この“改良按”をもとに、長岡らがさらに検討し、イチョウ、スズカケノキ、ユリノキ、アオギリ、トウカエデ、エンジュ、トチノキ、ミズキ、トネリコ、アカメガシワの10種を決定し、苗木の育成にとりかかります。“改良按”からポプラ類が除かれ、ミズキ、トネリコ、アカメガシワなどが加えられます。しかし、あとでつけ加えられた在来種のミズキなどの生育は芳しくなく、結局、育成段階でとり除かれてしまいます。 以後、これらの樹種が、街路樹として多く用いられるようになります。そして、一つの区域・一つの路線では、同一樹種のものを同じ形に仕立て、等間隔で植える方式が定着していきます。少数樹種による整形的植栽で、わが国の街路樹植栽における古典的な方式といえます。なお、銀座道りと交差する街路では、アオギリ、トウカエデ、エンジュ、ミズキ、トネリコなど、多彩な樹種が導入されています。一方で街路樹によって、通りの個性を出そうとする動きも見られたのです。つぎに街路樹の樹種について、北から南に見て行きます。図3.16p76~80 図3.16は1997年調査における上位20種の街路樹の本数について、1987年から97年の10年間における動きをみたものです。(一部省略) 定着性ではイチョウが圧倒的に高く、サクラ類、ケヤキ、トウカエデ、プラタナス類がそれに続いています。常緑樹のクスノキ、果実や花の美しいナナカマド、ハナミズキもかなりの定着度を示しています。 トレンド性ではケヤキがもっとも高く、ハナミズキ、サクラ類、クスノキ、サザンカがそれに続きます。一方、プラタナス類、ヤナギ類が大きく低下しています。これらの樹種は環境条件の悪いところでも比較的よく育ち、街路樹環境のよくない頃に大いに活躍しましたが、環境が多少なりとも改善されるようになり、また人びとの嗜好も変わり、人気が低下しているものとみられます。 つぎに、同様な手法により、地方別にその動向を見てみます。・北海道地方ではナナカマドの定着性が圧倒的に高く、アカエゾマツのトレンド性が高くなっています。寒冷な気候の関係でケヤキは上位20種には入らず、イチョウの定着性もかなり低くなっています。(一部省略)・東北地方ではイチョウ、ケヤキの定着性が全国並になっています。ナナカマド、サクラ類、ケヤキ、ハナミズキ、ユリノキのトレンド性が高く、花木やお洒落な樹種への選好性がうかがわれます。・関東地方では全体的に全国の布置パターンとよく似てますが、ハナミズキ、ユリノキの定着性とトレンド性の高い特徴が見られます。・中部・北陸地方ではトウカエデの定着性が高く、ハナミズキ、トウカエデ、ナンキンハゼのトレンド性が高くなっています。・近畿地方では常緑のクスノキ、シラカシの定着性が高く、クスノキ、アラカシ、ナンキンハゼのトレンド性が高くなっています。関東地方にくらべて常緑樹が多いのが特徴的です。・中国地方ではモミジバフウ、プラタナス類、クスノキの定着性が高く、シラカシ、アラカシのトレンド性が高くなっています。・四国地方では定着性ではクスノキが圧倒的に高くヤマモモ、モミジバフウも高くなっています。トレンド性ではサンゴジュ、クロガネモチ、ナンキンハゼが高くなっています。・九州・沖縄地方ではサクラ類、ホルトノキ、クロガネモチ、クスノキの定着性が高く、サザンカ、リュウキュウマツ、ケヤキ、テリハボク、フクギのトレンド性が高くなっています。あれが、あれが二重橋、記念の写真を撮りましょうね~♪ 上京した若かりし頃の大使は、皇居お堀端のヤナギにも、これが都会の街路樹か♪と感激した覚えがあるんです。それが今では・・・・ ヤナギやスズカケノキ(プラタナス)の人気がすたれ、ケヤキやハナミズキが好まれるという街路樹トレンドの変遷に・・・時代を感じますね。 さらに、北海道から沖縄までの街路樹を見ると、その樹種の多さに驚くが広い緯度範囲に横たわる日本列島ならではあり、当然といえば当然なんでしょう。 ちなみに街路樹ベストテンを私が選ぶなら、こうなるのだが・・・・・ケヤキ、イチョウ、トチノキ、ユリノキ、クスノキ、タイサンボク、カツラ、コブシ、ハナミズキ、ナナカマド・・・・どないや?「街路樹デザイン新時代」渡辺達三著、掌華房、2000年刊新潟県中越沖地震発生時の柏崎刈羽原子力発電所の運転データについてなどを見て、原発の耐震性について勉強しようと思うのです。
2011.03.15
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福島第一では関係者の奮闘が、テレビを通じて伝わってきます。でも、この非常時に不謹慎かもしれないけど・・・・・非常用ディーゼル発電機計13機がすべて、地震約1時間後に故障停止したことが解せないので、調べてみます。相次ぐ原発緊急事態、想定外と見通しの甘さより ポンプ停止の原因は、福島第一の場合、1~6号機の非常用ディーゼル発電機計13機がすべて、地震約1時間後に故障停止したことだった。想定では、地震が起きても各基が非常用発電機を融通しあって復旧するとしていたが、全滅した。 福島第二では、被害状況が確認できない、として海水を通すポンプなどが止まったまま。さらに福島第二では、放射線監視装置も3台のうち2台が停止している。このため監視装置を積んだ車などを動かして放射線監視に当たっている。 東電は電源を確保して原子炉の温度を下げるため、保有する発電機車51台を現地に集め、発電の準備を進めている。非常用機器、作動せず 国・事業者、後手に 原発爆発より原子炉は、緊急炉心冷却装置(ECCS)という「最後のとりで」に守られている。非常用発電機は、停電などの際にECCSに電力を供給する重要な役割を持つ。 福島第1原発は今回の地震で、運転中だった1~3号機が自動停止。いったんは非常用発電機が動いたが、地震から約1時間後に全て故障してしまった。 強い衝撃にも耐え、最高基準の耐震安全性を誇る非常用発電機の故障。経済産業省原子力安全・保安院のある幹部は「万一の備えに、さらに備えた対策がうまく働かないなんて。原発の安全対策の常識が吹っ飛んでしまった」と絶句する。 東京電力の小森明生常務は「非常用電源は当初動いていたが、津波が敷地内に押し寄せ、やられてしまった」と明かす。海水にぬれたのが命取りになった。福島第一原発では、あわやメルトダウンという事故もあったようだが、あわやメルトダウン、福島第一原発2号機電源喪失水位低下まで、遡って読んでみます。だから言ったじゃないのというディープな情報もあります。(もしかしてピント外れかも)福島第一3号機にも新しい動きがあったようだが、注目しています。福島第一3号機も原子炉に海水注入開始1号機に続いて3号機も海水注入に踏み切ったか・・・・廃炉も辞さない東電の英断は評価すべきなんでしょう。********************************************************************<3/14追記>3号機も水素爆発を起こしたが、爆発のエネルギーはさほどでないので原発にとって致命的ではないのが救われます。(水蒸気爆発の比でないということか)ところで、東電広報福島第一原子力発電所3号機付近での白煙発生について(第三報)によれば・・・今後、1、3号機の事象をふまえ、あらかじめ2号機について、原子炉建屋壁面に水素ガスを抜くための処置について検討を行うことといたしました・・・・とのことです。********************************************************************<3/15追記>原発、相次ぐ緊急事態 予想外の電源喪失 津波へ備え手薄によれば・・・・非常用発電機は、1、2、3号機で各2台ずつ、原子炉建屋に隣接するタービン建屋か、発電機専用の建屋に備わっていた。発電機の過熱を防ぐために海水を取り入れるポンプは海岸に設置してあった。東電は今回の大津波で「発電機自体が水をかぶったか、海水ポンプが機能しなくなったと考えられる」としている。・・・・ということで、国も東電も、波をかぶって非常用電源まで失うことは想定していなかったようです。3/15福島第1原発4号機の原子炉建屋で火災 東京電力、自衛隊や米軍に応援要請によれば・・・2号機で15日午前6時14分、爆発音があった。原子力安全・保安院によると、原子炉圧力容器内の圧力を下げるための「圧力抑制室」が損傷している可能性があるという。東京電力は、これにより放射性物質が風に乗って広がっていることを認めている。東京電力は、「今も危険な状況が続いている」として、海水の注水作業などを行う50人程度を残して、作業員の退避を始めたことを明らかにしている。一方、東京電力によると、点検停止中だった福島第1原発4号機で、午前6時ごろに大きな音があり、屋根付近の損傷を確認した。その後、午後9時38分ごろに原子炉建屋から出火が確認され、午前11時現在も燃えているという。けが人はいないという。・・・・・予断を許さぬ状況が続いているようです。
2011.03.13
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昨日からずっとテレビを見ているが・・・・宮城や福島の人々は津波に対する危機感が三陸地方の人よりうすいだろうから、海岸に近いひとは、揺れてから逃げるまでの時間があったのだろうか?と暗澹たる気分です。とにかく町全体が消えたような津波のエネルギーが怖いですね。福島の原発は、格納容器の圧力を下げることができたようだが・・・・・まだ冷却水が供給できないので依然としてチャイナシンドローム状態が続いているようです。それにしても、13基もあった非常用ディーゼル発電機が1台も作動しないとは、情けない技術と言うしかない。(そんな状況であっても、安全側に作動するフェールセイフになっていなかったということなんだろう)この後は、冷却水注入のために、現場作業員の献身的なガンバリが必要になるはずであるが・・・・国、地方自治体、電力、メーカーが協力して、冷却水注水、住民の避難誘導にあたってほしいものです。
2011.03.12
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池田さんのメアのクビを取れにメア日本部長発言(沖縄タイムスより)が載っています。学生相手にアメリカの官僚(小役人というべきか)の考えがわりと正直に出ていますね。この考えはアメリカ人の平均的日本観に近いものかもしれないが、役人として「それを言っちゃーお終いよ」的発言であり、役人として脇が甘いとしか言いようのない発言でした。第一に沖縄県民を侮辱し、その次に日本人全体を侮辱している発言であり、ルース大使が陳謝して済む問題だろうか?沖縄の基地が抑止力として働くか疑問符がついている中で、「日本人は合意文化をゆすりの手段に使う」「思いやり予算はアメリカに利益をもたらしている」などとこんなにあけすけな(侮辱的な)発言を受けてまで、守ってもらいたいなどと思っていないんですが。アメリカン大の学生らが作成したメア日本部長発言録全文は次の通り。 × × 私は2009年まで駐沖縄総領事だった。在日米軍基地の半分が沖縄にあるといわれているが、この統計は米軍専用基地だけ勘定している。もし、米軍基地と米軍と自衛隊が共用している基地のすべてを考慮に入れれば、沖縄の基地の割合はもっと小さくなる。沖縄で問題になっている基地はもともと水田地帯にあったが、沖縄が米施設を囲むように都市化と人口増を許したために今は市街地の中にある。沖縄の米軍基地は地域の安全保障のために存在する。基地のために土地を提供するのが日米安保条約に基づく日本の責務だ。日米安全保障条約に基づく日米関係は非対称で、日本は米国の犠牲によって利益を得る。米国が攻撃されても日本は米国を守る責務はないが、米国は日本を守らなければならず、日本の人々と財産を保護する。 集団的自衛権は憲法問題ではなく、政治問題だ。1万8千人の米海兵隊と航空部隊が沖縄に駐留している。米国が沖縄に基地を必要とする理由は2つある。既にそこに基地があることと、沖縄は地理的に重要な位置にあることだ。(東アジアの地図を見せながら)、在日米軍の本部は東京にあり、そこは危機において、補給と部隊を調整する兵たん上の中心に位置する。冷戦時に重要な基地だった三沢はロシアに最も近い米軍基地であり、岩国基地は朝鮮半島からわずか30分だ。さらに、沖縄の地理的位置は地域の安全保障にとって重要だ。沖縄は中国に朝貢していたが、独立した王国だった。中国の一部になったことはない。米国は1972年まで沖縄を占領した。沖縄の人々の怒りや失望は米国でなく日本に向けられている。日本の民主党政権は沖縄を理解していない。日本政府は沖縄とのコミュニケーションのパイプを持っていない。私が沖縄の人と接触しようと提案すると、民主党の関係者は「はい!はい、お願いします」という。自民党の方が現在の民主党政権よりも、沖縄と通じ合い、沖縄の関心を理解している。3分の1の人は軍隊がない方が世界はもっと平和になると思っているが、そんな人たちと話し合うのは不可能だ。09年の選挙が民主党に政権をもたらした。これは日本では初の政権交代だ。鳩山首相は左派の政治家だ。民主党政権下で、しかも鳩山首相だったにもかかわらず、米国と日本は2+2(外務、防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会)の声明を(昨年)5月に発表することができた。〈メア氏は部屋を退出し、彼の2人の同僚が日米の経済関係について講義。メア氏が戻ってきて講義を再開すると、2人の同僚は部屋を出た〉米国は普天間飛行場から海兵隊8千人をグアムに移し、米軍の存在感を減らすが、軍事的プレゼンス(存在)は維持し、地域の安全を保障、抑止力を提供する。(米軍再編の)ロードマップのもとで日本は移転費を払う。これは日本による実体的な努力のしるしだ。日本の民主党政権は実施を遅らせているが、私は現行案が実施されると確信している。日本政府は沖縄の知事に対して「もしお金が欲しいならサインしろ」と言う必要がある。ほかに海兵隊を持っていく場所はない。日本の民主党は日本本土への施設移設も言ってきているが、日本本土には米軍のための場所はない。日本の文化は合意に基づく和の文化だ。合意形成は日本文化において重要だ。しかし、彼らは合意と言うが、ここで言う合意とはゆすりで、日本人は合意文化をゆすりの手段に使う。合意を追い求めるふりをし、できるだけ多くの金を得ようとする。沖縄の人は日本政府に対するごまかしとゆすりの名人だ。沖縄の主産業は観光だ。農業もあるが、主産業は観光だ。沖縄ではゴーヤー(ニガウリ)も栽培しているが、他県の栽培量の方が多い。沖縄の人は怠惰で栽培できないからだ。沖縄は離婚率、出生率、特に婚外子の出生率、飲酒運転率が最も高い。飲酒運転はアルコール度の高い酒を飲む文化に由来する。日本に行ったら本音と建前について気を付けるように。言葉と本当の考えが違うということだ。私が沖縄にいたとき、「普天間飛行場は特別に危険ではない」と言ったところ、沖縄の人は私のオフィスの前で抗議をした。沖縄の人はいつも普天間飛行場は世界で最も危険な基地だと言うが、彼らは、それが本当でないと知っている。(住宅地に近い)福岡空港や伊丹空港だって同じように危険だ。日本の政治家はいつも本音と建前を使う。沖縄の政治家は日本政府との交渉では合意しても沖縄に帰ると合意していないと言う。日本文化はあまりにも本音と建前を重視するので、駐日米国大使や担当者は真実を言うことによって批判され続けている。米軍と日本の自衛隊は違った考え方を持っている。米軍はありうる実戦展開に備えて訓練しているが、自衛隊は実際の展開に備えることなく訓練をしている。日本人は米軍による夜間訓練に反対しているが、現代の戦争はしばしば夜間に行われるので夜間訓練は必要だ。夜間訓練は抑止力維持に欠くことができない。私は日本国憲法9条を変える必要はないと思っている。憲法9条が変わるとは思えない。日本の憲法が変わると日本は米軍を必要としなくなってしまうので、米国にとってはよくない。もし日本の憲法が変わると、米国は国益を増進するために日本の土地を使うことができなくなってしまう。日本政府が現在払っている高額の米軍駐留経費負担(おもいやり予算)は米国に利益をもたらしている。米国は日本で非常に得な取り引きをしている。(共同)
2011.03.10
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今日はちょっと風が冷たいけど、ここ四国西南部ではハクモクレンがもうすぐ見頃です。池澤夏樹著「セーヌの川辺」を図書館で借りたが、その中の「フランスの景観」が興味深いので一部を紹介します。p198~202 フランスではなぜこれほどの景観の管理が可能なのだろう?日本との間にいかなる国情の違いがあるのだろう?(一部省略) 建築や広告を規制できるか否か、要は景観を公益と見なすかどうかにかかっている。景観はその社会の成員みんなの確たる資産であり、その侵害は規制されるべきだとフランス人は言う。 公益とは社会の益だ。そして、前提となる社会の概念がヨーロッパと日本では違うような気がする。日頃から頻繁に使っている言葉であり、もうすっかり定着したかのようだけれども、江戸期まで遡ってみれば日本には「社会」という言葉はなかった。当時あったのは「世間」だ。福地桜痴がsocietyに対してこういう訳語を作るまで、この言葉は日本にはなかった。 では「社会」と「世間」はどう違うのだろう? 「世間」は生成的である。それに対して「社会」には契約の概念がある。自ずから生まれたものと、意志をもって作られたもの。 以下、さほどの確信や文献的な裏付けがあって言うのではない。勝手な仮説と思っていただきたいのだが、キリスト教の世界観によれば、人は自然という場を与えられて、それをよりよき状態に導き、そこで幸福に生きよと神に命じられた。それが人の使命である。山野は畑となり牧場となり、原始林はよく手入れされた人工林となり、野獣は家畜となり、人の益を頂点とする調和のとれた大地terreが生まれる。いや、作られる。それがたとえばサンテクジュペリの言う「人間の大地」である。 人は大地を耕して畑にするだけでなく都市を造る。都市にあっては造るという概念はいよいよ明快なものになる。「自然は神が造ったが、都市は人が造った」とヨーロッパ人は言う。城壁で囲った狭い地域を精一杯じょうずに効率よく用いて、そこによき暮らしを実現する。都市にあっては隅々まで人の意志が浸透する。そしてこの場合の人の意志とは多くの人々の合意のことである。合意を形成し運営する主体が「社会」だ。そういう生き方を神は嘉(よみ)するらしい。 他方、「世間」には契約の概念はない。日本では人は一神教の神を知らないまま生きてきた。豊葦原瑞穂の国では自然はそう生する。すべての自然物が活力に溢れ、人が見ている前でどんどん繁殖し、繁茂する。そこでは敢えて神が「産めよ、殖えよ、地に満てよ」と命ずる必要はなかった。人はこの繁茂の力に添って幸福を営めばよかった。 人の活力は自然に由来するものであり、それを規制するのは得策ではない。唐突なようだが、その活力を人の目に見せつけるのが今の日本の広告であり看板であり、景観なき都市の姿である。香港の繁華街のあの過剰な看板とそこに溢れる漢字のメッセージの喧騒、あれは文字の呪力に対する信仰の表れであり、商売繁盛の祈願である。規制などできるわけがない。人は自然の活力をなぞって生きるのだ。 もう一つ、国家権力に対する人々の姿勢の問題がある。 先の建造物監視官は国家の官吏であり、その拘束力の背後には国家権力がある。自分のことを振り返ってみると、国家に対する反感は昔から強かった。日本の官僚はずっと資本の側に立っていた。水俣病患者の声の黙殺などその最も露骨な例だ。戦前まで遡れば官僚は財閥と軍隊のものだった。人民という言葉は嫌われ、国民という言葉が作られた。人と民は自ら立つが、国の民は国に属する。臣民でないだけまし。同じようにして戦後、官僚たちは労働者という言葉を嫌って勤労者という言葉を作った。こちらの方が従順な感じがするのだ。 結局、ぼくたちは自分のものとしての国という意識が薄い。国は初めから奪われたものとしてある。日本は民主主義の国であり、投票によって選んだ議員が運営しているはずなのに、どこかで国はあちら側、彼らのものとなっている。我らのものではないのだ。官僚を自分たちのために働く人々と見なすことができない。公僕という言葉もまこと空疎に響く。 どこの国でもそうかもしれない。左側からものを見る知識人はたいてい官僚と対立する。しかし、景観を公益として官僚にその管理をさせる点において、フランス国民は国家を自分のものと思っているのだろう。フランスの官僚の権限は強いし、一般に国民はその決定に従う。そして、異論がある時にはデモとストライキで頑強に抵抗する。それだけ国家が人々に近い。 その理由をフランス革命まで遡って説明することができるかどうか。一度でも蜂起して国を自分たちのものとした人々にその意識は強く残るのではないか。またドゥブレのいう共和国の理念からすれば経済は政治に従属すべきなのだから、広告や看板は市街の美観に譲って当然なのかもしれない。アングロ・サクソン流の新自由主義では営利を旨とする私権が強い。しかし共和国では(国民の信託によって)国権が強いのだ。 池澤さんはフランスの景観からお話を進めたが、「日本国は我らのものになっていない」と嘆いています。また、反す刀でアメリカに切りかかっています(はたまた、中華街の看板は問題外とのことです-拍手)。アングロ・サクソン流の新自由主義では営利を旨とする私権が強い・・・・アメリカではペイリン女史の過激な言動とか、西部劇時代と見紛うばかりのティーパーティとか、フランスとの違いが際立ってきたと言うか、アメリカが壊れかけてきたが・・・・・もともと世界標準からは、かなり異質な国だったのかも知れないですね。(何を見ても、何を読んでもG2憎しのバイアス眼鏡がかかってしまうがな)ところで、9日の報道によれば・・・・アメリカの共和党議員がTPP参加の条件として「米国産牛肉輸入における月齢制限の緩和」を要求したんだそうです。(いよいよ来たか、それにしてもあからさまですね)アメリカ国内の雇用対策ともいえるTPPは・・・日本にとっては当然として、やらずぶったくりTPPとなっていて、見返りなどない訳ですね。「セーヌの川辺」池澤夏樹著、集英社、2008年刊【頭悪すぎ包囲網】の一環です。関さんの飢餓を生み出すTPP
2011.03.09
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柳美里のエッセイ集というか評論集というか「世界のひびわれと魂の空白を」という本を図書館で借りた訳は・・・・・西村賢太の「苦役列車」が私小説ということであるが、柳美里のほうはプライバシーで裁判沙汰になったという極めつけの私小説作家ということなんですね。(別にその作品が読みたいわけではないが)それと・・・・パラパラとめくっていたら、巻頭のエッセイ「私の血脈」で長距離ランナーに触れていたからです。大使にとって、韓国、長距離ランナーとくれば魅惑のキャッチワードである。 4年前にある制作会社から、NHKの「世界 わが心の旅」というドキュメンタリー番組への出演を打診され、「旅してみたい外国はありませんか」と訊かれたとき、私はためらうことなく、「外国とはいえないけど韓国の密陽なら行ってみたいです」と答えた。私の<美里>という名前は祖父と母の生まれ故郷である<密陽>に由来している。どうやって調べたのであろうか、制作会社のスタッフはたちどころに祖父の年譜と、生前の祖父と親しかったひとびとの連絡先リストを作成してくれ、私は急き立てるように海峡を渡った。密陽の体育協会の事務局長は「あなたのお祖父さんと孫基禎さんはライバルだったそうです。戦争さえなければオリンピックで金メダルをとれるほどの選手だったと聞いています」と証言した。 母の話に偽りはなく、祖父は優秀な長距離ランナーだったのである。(一部省略) 私の部屋のウォークインクローゼットの奥には使い古された一足のランニングシューズがある。私もまた百年の孤独を走り続ける長距離ランナーであることだけは間違いない。 無頼の私小説作家という側面もあり・・・・芥川賞を受賞し、今、売れ行きトップの西村賢太の先輩とでもいうべき作家なんですね。とにかく、血の気が多いというか、佐藤愛子のように怒りっぽいんですね。この怒りっぽいという資質も・・・・もしかして民族的資質が入っているとしても、いいではないですか。 評論家という存在が権力的--、何をいってもどこからもお咎めがなく、どんな与太を飛ばしても血迷いごとを垂れ流しても、文芸にかかわる小さなサークル内で特権的に振る舞え、ポルトレ(肖像)と称される医者の猥談の如きゴシップと、本来の狙いである意趣返しを年増の芸者さえ逃げ出しそうな批評という厚化粧で接ぎ木した代物を使って、ごくごく小さな範囲であるにしろ強大な権力を振りかざし、作家を殺生与奪できると思い込むようになったのはいったいいつのころなのか、案外、小説の衰退と軌を一にしているのかもしれない。 この一文は「新潮」1999年3月号の「見張り塔から、ずっと」において、福田和也氏が私の人間性を誹謗中傷し、私の小説作品「ゴールドラッシュ」を全否定したことに対する反論であるが、慶応義塾大学環境情報学部助教授にして、保守論壇における天下無敵のスーパースター、文芸評論家としても十年にひとりの逸材といわれている福田氏に、徒手空拳でその詐術的手口を暴き、評論家としての資質を問おうとするのはあまりにも無謀すぎると、必死で止める友人と編集者を振り切ってこのような暴挙に出るのは、決して私の無頼の血が騒いだわけでも気がふれたわけでもなく、福田氏の言説がダイオキシンのようにじわじわと文芸の体内に侵入し、その力を根枯らしにしかねない、と、まぁ、そこまで大袈裟に考えることもないとは思うが、インフルエンザにしても発病したての対応が肝心であるし、ストーカー対策を考えても、ただ黙って脅え、なんの反撃もしなければ事態を悪化させるだけらしいので、文壇バーにおける格好の話題を提供するだけかもしれないという危惧がないわけではないが、少なくとも福田氏に見張られている作家のためにはなんらかのお役にたてるだろうと考え、せいぜい頑張ってみるとしよう。 酒場で文芸評論家を殴ったこともあるといわれる柳美里さんは、このように福田和也氏に対して宣戦布告し、評論集のなかで絡んでいるわけですが・・・・この本の終わりのほうでは、あろうことにも「朝日新聞」と大江健三郎氏にも楯突いているようです。楯突く相手が相手だけに、この反権威スタンスには筋が通っているのでは?と読む前から期待してしまいます。「世界のひびわれと魂の空白を」柳美里著、新潮社、2001年刊
2011.03.08
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今日は雲ひとつない快晴で♪・・・・2日続きの寒気にたじろいで練習をサボっていたので、満を持して走り出たのです。20日に宿毛マラソンがあるので、このあたりで長時間走らないと、機会を失ってしまうので・・・・かねてから目をつけていた海岸コースにチャレンジして、およそ2時間半で帰還しました。フルマラソン前だから3時間は走りたいところだが、3時間のコースとなると地元の民には想定外のアホちゃうか?というコースになるので、そんなアホなまねはしないのです。(実は、フルマラソン途中棄権ねらいなので、そこまでしなくていいのです)エリートランナーと違い市民ランナーには節制というものがないので・・・昨夜は久々にカラオケでした。レパートリーは前回とガラリと変えて・・・・・さそり座の女・池上線・夜来香(テレサバージョン)・さくら貝の歌・サチコ(ニックニューサー)・白い花の咲く頃・カチューシャ・5番街のマリー・長崎ブルース・ふれあい持ち歌を毎回歌うというより、何でも歌いたいという傾向が出ていますね。それも、懐メロ主体で、洟垂れ時代に聞いたラジオ歌謡とか、歌声喫茶で歌った歌とか。【頭悪すぎ包囲網】の一環です。TPPは「社会的共通資本」を破壊する
2011.03.05
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内田先生が成惠卿さんとお話しするでソンさんと語っているが、韓国に対する洞察が鋭いのです。韓国民は社会成員の差別化・階層化を嫌わないどころかむしろ好ましく思う傾向にあるのでは、という私の指摘にソンさんはややためらってから同意した。そして、たしかにFTAにそれは見られると言われた。FTAというのは、要するに「国際競争力のある産業分野」に資源を集中し、「国際競争力のない分野」は切り捨てるという「合理的」な資源分配のことである。ヒュンダイ、サムスン、LGといった韓国のブランドは世界的な競争力を持っている。そこに国家資源を集中する。その代償に、競争力のない韓国の農業は切り捨てられる。農民たちは必死の抵抗活動を行っているが、都市住民からのモラルサポートはほとんどないそうである。力のあるものが生き残り、ないものは下層に釘づけにされる。そういうグローバリズム的な「フェアネス」に対して、日本人は「そういうのって、なんかしらないけど、ちょっとまずいんじゃないの」とぐずぐず抵抗する心的傾向をもっているが、韓国民にはそういう抵抗が少ない。それは「平準化」、言い換えれば「非階層化」を志向する集団心理の強弱の問題ではないかと思われる。ソンさんからは、南北統一のロードマップの他に、この機会に日韓の知識人たちがもっと連携を深めて、「対中国」のブロックを作るべきだというご意見をうかがった。これは私もおおすじでは同意見である。日・韓そして台湾の三国による南北のラインは、東アジアで、中国とアメリカという二大強国に十分に拮抗しうる唯一の同盟関係である。これをアメリカの構想する環太平洋的な中国封じ込め構想の中に位置づける限り、中国は全力で反対するだろうし、中国を盟主とする東アジア共同体構想にはアメリカが徹底的に反対するだろう。ということは論理的には「中国にもアメリカにも加担しない」同盟関係以外には東アジアに「共同体的なもの」は構築しえないということである。そういうリアルな選択について、隣国の人々の率直な意見を聴く機会があればと思う。韓国民は社会成員の差別化・階層化を嫌わない・・・・・ふんふん、韓国人の美人とブスの落差など思い当たりますね。つまり両班であるなしの違いだと思うけど、これなどは日本の武士、平民の違いを上回っていたんでしょうか?(寡聞にして調査研究の有無を知りません)平準化圧力が強い日本、そして差別化・階層化を嫌わない韓国という内田先生の洞察には、いつもながら目からウロコが落ちるのです。内田先生が、もし「街場の韓国論」を出されるなら、これは即、買い!でしょう。冗談はさておいて、米韓FTAで先行する韓国を、常々、他山の石として注目しているんですが・・・・韓国は米韓FTAで日本に先行したが、もし日本で日米FTAを締結することになれば、今でさえアメリカの属国で甘んじている日本人のアイデンティティを逆なでする恐れもあるわけで・・・TPPなどとんでもない所業なんですけどね。日本人のアイデンティティとは、良くも悪くも内田先生の言う「平準化」あたりに有るわけで、これこそハンチントンのいう日本の独自性なんでしょう。それから「G2を外した東アジア共同体構想しかありえない」という内田先生の言葉が、G2憎し、攘夷の大使に響くのです。ただし、この構想の実現にはG2双方から相当な嫌がらせ受けるので、日本人の覚悟が試されることになるのですが。
2011.03.03
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このところ、TPP参加について個人的に「頭悪すぎ包囲網」キャンペーンをぶち上げているが・・・・極め付きの論調(金子勝先生)を世界3月号で見つけたので紹介します。民主党政権の「小泉化」が進みだしたそうであるが・・・・あの政権交代は何だったんだろう?(大使 遅れてるようです)<TPPで要求される米国のルール> 2010年初めにオバマ政権が「国家輸出計画」を打ち出して以降、当初、4カ国で始まり米国が加わって8カ国になったTPPを発足させて、米国主導で中国に対抗する枠組みを作ろうとしている。こうした状況を反映して、今度は日本の民主党政権の「小泉化」が進みだした。 バブル処理の失敗と小泉「構造改革」路線がもたらした「失われた20年」ゆえに、2009年総選挙でマニフェストを掲げた民主党政権ができたにもかかわらず、民主党政権は、自公政権時代とりわけ小泉「構造改革」路線とその後の亜流政権の政策にどんどん逆戻りしている。 まず、外交・防衛政策では、尖閣問題もあって「東アジア共同体」構想がほとんど消えて、一気に「日米同盟」基軸へと揺り戻しが起きている。普天間基地は国外、県外移設でなく辺野古移設案になり、菅政権は突然「平成の開国」と称してTPPの積極的推進参加を打ち出した。もともと民主党はマニフェストにおいて、中国、韓国やアジア諸国の間でFTAやEPAを結んでいくことを謳っており、米国との間もTPPでなくFTAを結ぶ方向であった。 TPPにはいくつかの重大な問題があるにもかかわらず、メディアは基本的な問題を伝えずに、まずTPP推進ありきというキャンペーンを行っている。 第一に例外なしの関税撤廃をめざすTPPと例外品目を認めるFTAは基本的に違う。ちなみに米韓FTAでもコメは例外とされているが、TPPでは基本的に例外は認められていない。 第二に、よくTPPに参加して中国やアジア諸国に輸出を伸ばしていこうといったメディアの論調があるが、少なくともしばらくの間は、米中の利害対立がひどく中国などが参加する見通しはない。韓国も米韓FTAの実施に追われている。今や世界で最も成長し、実際にも日本の輸出先として圧倒的に重要な中国などが参加しないのに、どうして「平成の開国」と言えるのだろうか。むしろ、これらの国々と個別に、FTA、EPAを結んだ方が日本にとってずっと得策であろう。 第三にTPPは農業だけが問題のように言われ、自動的に工業製品の輸出が伸びるかのように言われているが、TPPは先に述べたように、あくまでも今後5年間に輸出を倍増して雇用を200万人増やすオバマ政権の「国家輸出計画」に基づいており、決して日本の対米輸出を増やすものではない。しかも、TPPは単なる関税撤廃ではなく広範なパートナーシップを築く協定である以上、郵政民営化見直しを含む金融・保険、電気通信、不動産、公共事業の入札条件、米国産牛肉輸入における月齢制限の緩和など、米国が「年次改革要望書」などであげる対日要求のどれが出てもおかしくないはずである。ここで注意が必要なのは、米国が要求しているのは「公正貿易」であって「自由貿易」ではないという点である。米国企業が日本市場に参入していなければ、それは「不公正」だということになり、米国のルールに従うように求められる可能性が高い。にもかかわらず、そのことにきちんとした検討もないままに推進のかけ声だけが強まっている。 第四に、言うまでもなく農業は致命的な打撃を被るだろう。規模拡大とか規制緩和や株式会社の導入などによって、農業の国際競争力を高めればTPPを実施しても対処できるかのような議論が行き交っている。しかし、あまりに現実離れした議論である。米国の平均耕作面積は180ヘクタール、オーストラリアは3400ヘクタールもあるのに対して、日本はわずか1.9ヘクタールにすぎない。これを4~10ヘクタールに拡大しても誤差にすぎないだろう。さらに農家の戸別所得補償額を見ても、欧州諸国は粗生産額の8割と比べると、日本のそれはあまりに低い水準である。菅政権に自給率を守るために、それだけの財源を投入する覚悟があるのだろうか。(一部省略) 状況は、かっての小泉政権時代のイラク戦争突入直前と非常に似ている。官僚もメディアも正確な情報を伝えず、ただひたすら世界一の大国アメリカについていかないと、日本は立ち行かなくなると煽っているからだ。米国が衰退過程に入り世界が多極化した中で、成功する見込みもないまま、戦後長らく支配してきた、米国についていくしかないという習い性だけがまた一人歩きし、かってのイラク戦争と同じ失敗が繰り返されようとしているのである。金子勝 on Twitterを読んで、勉強しましょう。PPでは生きられない!座談会 「会場はこんなとこでした」国家戦略室の開国フォーラム
2011.03.01
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