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au,2011年夏モデルとして15機種を発表!など聞くと・・・・居ても立ってもいられないのです。ということで、早速auショップにでかけて、夏モデル総合パンフレット(今日届いたそうです)をもらって来ました。新着スマートフォンが5機種も増えて全9機種だって♪・・・・これにNTTとソフトバンクを加えたら相当な数だろうな~お目当てのスマートフォンで、楽天ブログを見ようと操作したけど、スマートフォンを操作するのは初めてなので、ブログのログインがうまくできないのです。携帯電話とかいうものは、NECモバイルギアの接続用にPHSを契約して以来となるわけで(モバイルギアに飽きて、すぐPHSを解約したけど)・・・・今度スマートフォンを契約すれば、デジタルデバイドを一挙に解消する快挙である。携帯を持たない主義の大使であっても、スマートフォンは別でやはり欲しいわけですね。でも、使い放題で月5985円、2年間の縛りありという契約条件がずっしりとのしかかると・・・ここが思案のしどころとなります。EMルーターは持っているが、EM通信圏外のため、やむなく図書館と公民館のパソコンで日記を書いている大使としては・・・・テザリング機能(ルーター機能)付きのスマートフォンが欲しいのです。テザリング機能付きのNTTの新着機種は通信料が高いそうで、格安通信料の機種としては従来からのEVO WiMAX SW11HT(台湾製)しかないとわかり、ちょっとガッカリしたのです。auで新機種が出ていないなら、私の場合、選択肢は必然的にEVO WiMAX ISW11HTとなるわけだが・・・・・先だつものがな~。(また、悪い病気が出てしまったようです)NTTドコモは、テザリング対応スマートフォンを今夏7機種も発売するそうだが(スゴイ!)、でも使い放題で月額10,395円もかかるんだって(ムゴイ!)NTTドコモ、テザリング対応スマートフォンを今夏7機種発売へより日本経済新聞は14日、NTTドコモが今夏、テザリング(Wi-Fiホットスポット)機能を搭載したスマートフォンを7機種発売すると報じた。テザリングはスマートフォンをWi-Fiルーター代わりに使うことのできる機能で、最大5台までの無線LAN機器をスマートフォン経由でNTTドコモのネットワークに接続できる。例えば、外出先でWi-Fi機能を搭載するノートPCやタブレット端末、携帯ゲーム機などで、スマートフォンのテザリング機能を利用してインターネットを楽しむことが可能となり、利便性が高まる。なお、テザリングの利用にあたってはパケット定額サービスの通常の上限を超え、パソコンなどの外部機器を接続した場合の金額が適用されるので注意して欲しい。例えば「パケ・ホーダイ フラット」の場合、通常の上限額は月額5,460円だが、テザリングを利用すると5,985円までは1パケットあたり0.0525円、5,985円を超過した分は1パケット0.021円で加算され、最終的な上限額は10,395円になる。PCなどを利用した場合、あっという間に上限に達するので、基本的な利用料金は月額10,395円とみていい。また、スマートフォンでのテザリング利用にはもう1点注意したい点がある。当然ながらテザリングを使うと、その分バッテリーの減りが早まる。日中の間、常時使うにはバッテリーの関係で難しいだろう。とはいえ、基本的には便利な機能であり、料金及びバッテリーの問題を除けば利便性が高まるので解禁の流れは喜ばしい話だ。出張や旅行などで一時的にモバイルWi-Fiルーターを使う機会がある方には、特にいいかもしれない。別途モバイルWi-Fiルーターを購入・契約する必要がなく、スマートフォンだけで手軽に実現できるからだ。このように使いたいときだけ使う、という選択もできる。料金に関しても、将来的には下がる可能性が十分に考えられる。
2011.05.30
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「フレンチ・パラドックス」を読んで以来、フランスづいているのです。自由時間はたっぷりあるし、フランス語習得を再開するのもいいではないか♪でもね・・・・仏語辞書とか、フランス語の本とか神戸に置いたままだし、学習環境が全然そろってないんですな~。図書館で「フランス語で広がる世界」を借りてきて、やる気をかき立ててはいるが・・・・どうなることやら?「フランス語で広がる世界」から、とりあえず、インターネット関連をメモしておきます。「フランス語で広がる世界」日本フランス語教育学界編、駿河台出版社、2004年刊<フランス語でインターネットを使いこなそう!>p218~220●文字化け インターネットでフランス語のサイトを見るとき、アクサン記号のところが変な漢字に化けてしまうことがありますよね。大丈夫、すぐに直せます。Internet Explorerをお使いの場合には、画面上のメニューバーの「表示」→「エンコード」→「西ヨーロッパ言語(Windows)」を選んで下さい。きれいにフランス語が表示されましたね。●フランス語特殊文字の入力はどうする? コンピュータでフランス語を打ちたいとき、アクサンやセディーユがついた文字はどうやって入力するのでしょう? Windowsの場合、ソフトによって(たとえばWORD)、特殊文字挿入やショートカットを使うこともできますが、もっとも簡単であらゆる場合に有効なのが、フランス語キーボードを使うこと。といっても新しくキーボードを買う必要はありません。今お使いのコンピュータ、キーボードの中身の設定を変えればよいのです。方法は次のとおりです。(Macintoshの場合:説明省略)●Windowsキーボード設定の方法 WindowsXPでは、「スタート」→「コントロールパネル」→「日付、時刻、地域と言語のオプション」→「ほかの言語を追加する」→「言語」→「詳細」を開きます。そして、中ほどの「追加」ボタンを押し、「入力言語」を選択後、OKのボタンを押すと、キーボード設定(インストール)は完了です。●Windowsの種類 上記Windowsのキーボード設定の際、入力言語を選択するときには、フランス語だけでも「フランス(フランス)」「フランス(カナダ)」・・・とずらりと並んでいて、迷いますね。それぞれキーボード配列が違うのです。(下図:省略)カナダ式では基本的なキー配列が普段使っている日本語キーボードのアルファベット配列と同じで、アクサン記号が右側に配されています。フランス式ではaとq、zとwなどが普段使っているキー配列と逆になっていますね。またフランス式配列では最上段の数字を打つときに、Shftキーを押す必要があります。日本のフランス語関係者はカナダ式を使う方が多いようですが、フランスへ留学するつもりがある方などはフランス式に慣れておいたほうがよいかもしれません。 フランス語キーボードをインストールしたら、日本語キーボードと切り替えて使ってみましょう。AltキーとShftキーを同時に押すと、画面右下の小さなアイコンがJP、FRと変わります。JPと表示されているときには日本語配列、FRならフランス語配列で入力されます。●フランス語でメール作成 フランス語でメールを送りたいときはどうしますか。作成するメッセージの文字コードをフランス語にしなくては、文字化けしてしまいます。文字コード選択の方法は、お使いのメールソフトによって少しずつ違いますが、Outlook Expressでは、メール作成画面の上の「書式」→「エンコード」→「西ヨーロッパ言語」を選びます。「ISO8895-1」となっているメールソフトもあります。 一つのメッセージのなかに、フランス語特殊文字と日本語を混ぜて打つことは文字化けの原因になりますので、避けたほうがよいでしょう。Unicode(utf-8)という文字コードを選択すれば、日仏混在は可能ですが、メールソフトによってはUnicodeに対応していないものがありますので、注意が必要です。送信相手のメールソフトがUnicodeに対応していることを確認してからにしましょう。一般には、アクサン抜きのフランス語で我慢するか、どちらかの言語の文章を添付ファイルにして送るのが確実です。 以上が、気をつけるべき基本的なポイントです。それでは、フランス語でインターネットの世界を存分にお楽しみください。Bon surf!<フランス語メディアで情報通になろう!>p220~225より抜粋●France Link フランスの主なメディアサイトへのリンクを集めた便利なポータルサイトです。 (ラジオ局、TV局、新聞サイト等) ●Radio France Internationale RFI(フランス国際放送)によるフランス語ニュース●France Diplomatie フランス外務省の発行する広報誌。多彩なテーマで特集あり。●Le hall de la chanson フレンチポップス、シャンソン関係のサイト●AlloCine フランスで公開中映画の予告編やインタビューが見られます。●GALLICA フランス国立図書館が運営するオンライン資料の巨大データベース●ATHNA TEXTES FRANCAIS オンラインで入手可能なテキストデータへの便利なリンク集●alapage.com Amazon.frとならぶフランスの代表的ブックストア。日本への送料が格安●Dictionnaire Universel Francophone フランス語圏仕様の仏仏辞書サイト。説明文のなかに知らない単語が出てきたら、クリックするとその単語の説明ページに移ることができます。●Le dictionaire multifonctions TV5が提供する便利サイト。仏仏辞書、同義語辞典、動詞活用検索等●WorldLingo's free online translator 仏日・日仏の翻訳ができます。テキスト貼付け、URL入力の二種類が可能、ただし翻訳精度に難あり。●フランス語ML 登録者数1200人以上というフランス語学習者のためのメーリングリスト。学習法、仏検、留学等について情報交換。●Multilingual Network メール交換相手を見つけるサイト。フランス人の自己紹介文を読んでメール送付可、サイト上に交換希望のアノンス掲載可。(無料)●在フランス日本国大使館●在日フランス大使館 つい最近「テレビでハングル講座」のテキスト5月号を買ったが、まだ一度もテレビを見ていない移り気の大使の実態からは、推して知るべしで。やる気が出ても、実際に動き出すかどうか・・・・気分次第でどう転ぶか?
2011.05.28
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在職中は仕事柄、英文メールを韓国や台湾に送ることがあったのです。英語がままならない大使は「exite翻訳」で翻訳した英文をメールにコピペして送るわけですね。辞書を引かずに、正しいスペルの単語をコピペできる便利さがいいんだけど・・・・できた英文がどうもトンチンカンなんですな~。試行錯誤の結果、気づいたんですが・・・・英文らしくするためには、日本文の段階で主語(私とか我々)を入れておく必要があるということです。つまり、日本語と英語の最大の違い、主語の有るなしにぶち当たっていたわけです。(お手軽メール作成術で、文法の違いを乗り越えていたわけですね)そのあたりのことが、同時通訳者であった米原万里さんの本に出ていました。さすがにプロのテクニックはすごいです。「心臓に毛が生えている理由」米原万里著、角川学芸出版、2008年刊<心臓に毛が生えている理由>p126~129 口頭で発言するとき、人は、なぜか10人中7~9人が、文頭に、次のようなフレーズを添える。 I think that~/We consider that~(わたしはロシア語の同時通訳者だが、この文を読んでくださる大多数の方々には、馴染みがないと思うので、英語の例文で説明する) 同じ人でも、文章に較べてスピーチの方がこの種のフレーズの登場頻度が五倍以上に増えている。おそらく、考えと文を整えるための時間稼ぎなのと、聞き手の抵抗を和らげたいという下心が作用するのだろう。まあ、一種の常套句と考えて差し支えない。 さて、ややこしいことに、このフレーズは形式的には主文で、情報の核を成す「~」の部分が従文になっている。そして、訳される日本語文では主文の述部は必ず最後に登場しなくてはならない。ところが、英語を始めとする欧文の一般的語順に従うと、主語の直後に述語が来て、主文は発言冒頭で完了してしまう。 しかし、同時通訳では、短い文ならまだしも、長たらしい複文が出てくると、文のピリオドまで聞いているわけにはいかない。次から次と後続の文章が押し寄せてくるから、フレーズ単位で片付けていく。たとえば、 I think that she loves him. という文章ならば(これほど単純な形式と内容の文章を訳させてもらうことは、あり得ないのだが)、 「彼女は彼を愛している、とわたしは思う」 なんて全文を聞き終わってからでないと訳せない言い方は避けて、 「わたしの考えでは、彼女は彼を愛している」 というふうに、原文の語順をなぞるように転換していく。でも、発言者は「わたし」なのだから、考えの主も「わたし」であることは分かり切っている。ということは、「わたし」は省いて構わない。 「思うに、彼女は彼を愛している」 というふうに。同時通訳成り立ての人々は、しばしばそうしている。こう訳しているのを横目で見やりながら、ベテランは、心の中で呟く。 「フン、ひよこだわね」 というのも、よくよく考えてみれば、そう思っているからこそ、そう発言するのである。すなわち、情報を伝えることに主眼を置くなら、この「わたしの考えでは」とか「思うに」は省略しても構わない。 「彼女は彼を愛してます」 これで十分なのだ。 さて、逆に、原発言が日本語だった場合、 「彼女は彼を愛していると(わたしは)思います」 というのを、耳に入ってくる順序で訳していくと、 She loves him. 「思います」の部分は、時間的余裕があったら、 I think so. なんて付け加えてもよいし、間に合わなかったら、省いてもよい。あってもなくても情報の核には差し障りがないのだから、逆に最初から、 I think that~ という構文にしておいてもよいことになる。 ただし、日本語の場合、 「彼女は彼を愛していると思わない」 なんて最後のところで裏切られたりすることもある。そんな時には、 I think that she doesn't loves him.(彼女は彼を愛してないと思う) と切り抜ける。 しかし、「彼女は彼を愛していると思わない」と「彼女は彼を愛していないと思う」の間には微妙な違いがある。このミクロな差異が気になって仕方ないタイプの人には、もちろん同時通訳という職業は向かない。 同時通訳者の心臓が剛毛に覆われていると言われるのは、そのせいだろう。この文章から、押し寄せる困難をウィットで笑い飛ばしていた様が浮んでくるようです。通訳、翻訳で鍛えられた、論理的で豪快とさえ言える文章ですね。次に、薀蓄あふれる蕎麦のお話をおまけとして紹介します。<蕎を伝播した戦争>p92~95 ロシア人は古くから実によく蕎(ソバ)を食べてきた。ロシアの格言に「蕎粥はわれらが血を分けた母なり、ライ麦パンは我らが血を分けた父なり」とあるが、これはまだロシア人が馬鈴薯を食すようになる19世紀以前にできた慣用句なので、現在は、この二つに馬鈴薯を加えて、ちょうど日本人にとっての米に相当する主食の役割を果たしている。 平凡社刊『世界大百科事典』に、「世界総生産量は従来平均約100万トンで、そのうち大部分は旧ソ連での生産変動が世界生産量を左右している」とあるが、さもありなんなのである。 もっとも日本のようにヌードルにするのではなく、実を粥にするか、スープの具にするか、ご飯のように炊いたものをソースの多い肉料理に添えて食べる(これは素晴らしく美味で、私はビーフ・ストロガノフを作るとき、馬鈴薯やご飯ではなく蕎の実を添えている)。あるいは、粉にしてクレープにする(これは香ばしくて、小麦粉クレープが物足りなくなる)。また、ロシアの国民酒ウォトカの原材料としても珍重されている。もちろん、家畜の餌としても大活躍だ。 蕎を愛するのは人間だけではない。蕎の花が咲き乱れるとき、大地はピンクがかった白い絨毯にビッシリ被われる。その上を日がな一日蜜蜂が飛び交う。 蕎の蜂蜜は一番黒ずんでいて一番身体にいい、「青白い顔の人は蕎の蜂蜜を飲め」とロシアの諺は言う。たしかに貧血にはとても効くのだ。 18世紀末の対仏戦争を勝利に導いた、ロシアきっての名将スヴォロフは大の蕎粥好きだったと伝えられるが、実はロシア兵法の父と言われるだけあって、蕎粥が美味であるだけでなく栄養価が高いことを計算していたのではないかと思われる。蕎は少量でも素早く腹を満たすので、遠征時の兵站にピッタリ。そんなわけでロシアでは、古くから蕎粥は、兵隊さんの食生活の中心に据えられてきた。 さて、蕎のことをロシア語でグレチーハまたはグレチカと言う。綴りは「ギリシャ女」を意味する語と同じ。偶然の一致なのかと長い間思っていたのだが、本稿を書くために調べていて、蕎がロシアにギリシャ経由で入って来たことを知った。蕎の原産地は、バイカル湖畔辺りからシベリア南部、モンゴル、中国東北地方にいたる寒冷地だと言われているので、てっきりシベリア経由で入ってきたものと思い込んでいたのだ。 ところが、蕎を最初に栽培し始めたのは、4000年ほど前のインドで、ヒンズー語では、実の色から「黒い麦」と呼ばれていた。そして、ギリシャには、アレキサンダー大王が大遠征の末インドから持ち帰った。ギリシャから黒海沿岸のギリシャ人植民地を経てロシア人の祖スラブ人社会にやってきたので「ギリシャ女」と呼ばれるのだ。 ロシアには、そんなわけで比較的早く蕎が入ってきたのだが、北欧、東欧諸国が蕎を知るのは、13世紀はジンギス汗の軍勢のおかげ。 チェコ語ではポハンカと言い、ハン=汗だから「汗の食べ物」というような意味ではないだろうか。フィンランド語ではタッタリと呼ばれるのは、少数民族である蒙古人がタタール人を隊列に加えて軍を編成したため、ヨーロッパでは、蒙古軍をタルタル、あるいはタタールと呼んで恐れていた名残かもしれない。 フランス語でsarrasin「サラセン=アラブ」、イタリア語でgrano saraceno「サラセンの穀粒」と呼ばれるのは、十字軍が遠征先のイスラム圏から持ち帰ったためであると思われる。ポルトガル語で、trigo mouro「ムーア人の小麦」と呼ばれるのは、イベリア半島が8世紀から13世紀までムーア人に征服されていたため、彼らから蕎を伝えられたからなのだろう。あるいは、蕎の実の黒さからムーア人を連想したのかもしれない。 蕎がその版図を広げていくのに、戦争わけても遠征の果たした役割の大きさに息を呑む。スペイン語の蕎、alforfon=alforjonの語源が、alforjas革袋、転じて革袋で運ばれる遠征食を意味しているのは、とても偶然とは思えなくなる。日本では、もっぱらヌードルで食べる蕎は、遠征食として世界に広まったようですね。スラブ地域に遠征し、今もロシアの大地を闊歩しているように思える万里さんでした。(フランスでも蕎粉のクレープがあるそうだが、そうとは知らず食べそびれた大使であった。)
2011.05.27
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NHK-BSで「カラオケ」興隆期のお話を放映していた。また、筒美京平の特集も近々オンエアされるそうである。「カラオケ」興隆期といえば日本が右肩上がりの時代であり、大使もブイブイ言わせていた時期ですね(どうでもいいけど)カウンターに100円玉を積んでリクエストするわけだが、当時のカラオケ機器は8トラックのカセット式でした。(この頃に、東京、大阪、博多と同時発生的にカラオケ機器が生まれたそうです)レーザーディスク式カラオケの出る前だから、歌詞の本を持ち、歌いだしのタイミングを間違えないように歌うわけで・・・・かように身銭をきりながら、カラオケ訓練中の良き時代だったのかも。ところで、歌謡曲黄金時代とは1970年代を言うんだそうですね。岩波新書「歌謡曲」にそう書いてありました。「歌謡曲」高護著、岩波新書、2011年刊<1970年代概説>p102~111 1970年代はニューミュージックが誕生~発展~定着した10年間である。ニューミュージックは自作自演が前提で、職業作家による作品を基本とする歌謡曲とは大きく異なる。ニューミュージックはフォーク、ロック、ポップスに細分されるが歌謡曲も10年の間に細分化が進んだ。71~72年にかけてアイドル歌謡が誕生し、演歌はジャンルとしてより強固にその位置を確定させた。そのどちらにも属さない歌謡曲の本流はポップス系の作品を中心に隆盛を極めたが後半は徐々に空洞化に向かう。70年代のレコード大賞受賞曲は次のようになる。 菅原洋一「今日でお別れ」(70年),尾崎紀世彦「また逢う日まで」(710年),ちあきなおみ「喝采」(72年),五木ひろし「夜空」(73年),森進一「襟裳岬」(74年),布施明「シクラメンのかほり」(75年),都はるみ「北の宿から」(76年),沢田研一「勝手にしやがれ」(77年),ピンク・レディー「UFO」(78年),ジュディ・オング「魅せられて」(79年)。 わずか10曲を列挙しただけで幅の広い豊かな作品群に圧倒されるが、アイドル、ニューミュージック、演歌がほどよくブレンドされ、阿久悠、筒美京平に代表される職業作家の優れた作品が量産された記念すべき年代である。(中略) 71年のレコード大賞新人賞を獲得したのは小柳ルミ子「わたしの城下町」、南沙織「17才」、本郷直樹「燃える恋人」、欧陽フィフィ「雨の御堂筋」、シモンズ「恋人もいないのに」の五組で最優秀新人賞は年間チャート一位の小柳ルミ子だった。 演歌ではビクターの森進一、青江三奈とクラウンの美川憲一は引き続き好調でRCAビクターの内山田洋とクールファイブ、藤圭子も精力的に新作を発表していた。「全日本歌謡選手権」を10週勝ち抜いた五木ひろしが3月に「よこはま・たそがれ」でデビュー。演歌シーンはその幅を広げることに成功した。 69年のベッツィ&クリス「白い色は恋人の色」の後をうけて、70~71年にかけてのフォーク・シーンはソルティー・シュガーの「走れコータロー」や同じくアマチュアのチェリッシュ「なのにあなたは京都へゆくの」といったヒット曲が生まれ、ザ・フォーク・クルセダーズをきっかけにした関西フォークからは、シモンズ「恋人もいないのに」、ジローズ「戦争を知らない子供たち」、はしだのりひことクライマックス「花嫁」が大ヒットとなった。(中略) よしだたくろう、井上陽水、チューリップ、キャロルの四者のうち前二者はフォーク、後の二者はロックの範疇に入るが音楽的にはどれもかなり異なる。共通しているのは、自作自演であること、それ以前の「歌謡曲」とは無縁の活動をしているところである。テレビの芸能番組やバラエティ番組の出演、芸能誌での露出といった、それ以前のノウハウをあまり踏襲せずに深夜のラジオ番組やライブ活動を中心にプロモーション活動を展開。シングル盤が中心となっていた歌謡曲に対してアルバム志向を前面に打ち出していた。 73年にはフォーク/ロックの台頭を象徴するかのようにガロの「学生街の喫茶店」、「ロマンス」やチェリッシュ「てんとう虫のサンバ」、「白いギター」、南こうせつとかぐや姫「神田川」、チューリップ「心の旅」という楽曲がヒットした。(中略) 70年代半ばの太田裕美と岩崎宏美という二人の新人はどちらも筒美京平作品でヒットを放ったが、太田裕美は松本隆が本格的に歌謡曲に取り組んだ最も初期の歌手であり、岩崎宏美は筒美京平が「スター誕生!」出身者にはじめてシングル曲を提供した歌手である。75年の岩崎宏美「ロマンス」や太田裕美「木綿のハンカチーフ」はアイドルとしては破格ともいえるミリオンに手が届く特大のヒットとなった。見方をかえればアイドル・ポップスは空洞化しつつあった歌謡曲の本流に近づいていたということである。(中略) 78年には矢沢栄吉が「時間よ止まれ」で首位を獲得。他にも松山千春の「季節の中で」、アリス「チャンピオン」といった大ヒットが生まれていた。また「勝手にシンドバッド」でデビューしたサザンオールスターズが79年3月に発売した第3作「いとしのエリー」はデビュー曲を上回る大ヒットを記録した。この年の首位獲得曲は11曲だが、うち6曲は次のようにニューミュージック勢が占めていた。アリス「チャンピオン」、甲斐バンド「HERO」、岸田智史「きみの朝」、さだまさし「関白宣言」、さだまさし「親父の一番長い日」、久保田早紀「異邦人」。 これらはいくつかの例外を除いてほとんどが自作自演で、プロの作詞家作曲家の活躍する機会は明らかに減っていたが、筒美京平は健在だった。松本隆とコンビを組んだ桑名正博の「セクシャルバイオレットNo.1」は文字通りNo.1ヒットとなり、阿木耀子の作詞によるジュディ・オング「魅せられて」は9週連続で首位を独走。79年のレコード大賞を受賞した。 沢田研二は1980年1月1日に「TOKIO」を発表。ピンク・レディは79年にアメリカ進出を果たしながらも失速。山口百恵は80年3月7日に引退宣言する。80年代をリードすることになる松田聖子のデビュー曲「裸足の季節」が発売されるのはその4週間後の4月1日のことだった。<ジョニーへの伝言>p156~159 阿久悠の第2期黄金時代のはじまる72年の作品は次のようなライン・アップだった。 藤圭子「京都から博多まで」、鹿内孝「本牧メルヘン」、尾崎紀世彦「ふたりは若かった」、和田アキ子「あの鐘を鳴らすのはあなた」、山本リンダ「どうにもとまらない」、研ナオコ「京都の女の子」、森昌子「せんせい」、内山田洋とクールファイブ「恋唄」、水前寺清子「昭和放浪紀」、森進一「放浪船」。 先立つ70年の北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」はタイトル、設定、言葉の配置とどれも斬新で、その後の作品に大きな影響を与えた阿久悠にとって重要な作品である。このときに阿久悠がレコード大賞作詞賞を望んだことはよく知られる。「ざんげの値打ちもない」は47年の大ヒット曲である菊池章子「星の流れに」(清水みのる・利根一郎)に近似した世界であるが、「星の流れに」と「ざんげの値打ちもない」の決定的な違いは、そのドラマ(現実)の原因を社会(外面)に求めるか自己(内面)に求めるかである。(中略) 星野哲郎の84年の著作「歌、いとしきものよ」の第5章として星野哲郎と阿久悠の対談が掲載されている。このときが二人のほぼ初対面という興味深い読み物だが、星野哲郎が阿久悠に訊ねるといった形式で進むなか、「やっと謎がとけた。やっぱり阿久さんの詩は映画なんだ」と星野哲郎の言うように詩というよりはきわめて脚本的である。そして同時に佐伯孝夫のもつメディア的な時事感覚をテレビを通じて展開させたプロデューサーとしての視点も大きな特徴である。(中略) “ジョニーが来たなら伝えてよ 2時間待ってたと 割と元気良く 出て行ったよと お酒のついでに話してよ”は「ざんげの値打ちもない」のドラマ性を推し進めて「また逢う日まで」で描いた別離を視覚的に物語化した「旅立ち」の歌である。 ペドロ&カプリシャスはペドロ梅村をリーダーとするラテン・コンボで、71年に前野曜子をヴォーカルに迎えたデビュー・シングル「別れの朝」(訳詩・なかにし礼)がチャートの一位を飾る大ヒットを記録したが、前野曜子が脱退。「ジョニーへの伝言」は高橋まり(現・高橋真利子)が二代目ヴォーカルとして加入した第二期ペドロ&カプリシャス時代の作品である。 AABの二ハーフだがAパートが12小節のブルース形式。メロディー・メーカー戸倉俊一の代表作であり自身による編曲は抜群の完成度である。洗練されたオーケストレーションやコード・ワーク、高橋まりのナチュラルな歌唱は、旧来の「演歌」に属する別れの人間模様をオリジナルのポップスとして成立させた。まさに日本のポップスのスタンダードの誕生を告げる記念すべき作品である。<ルビーの指環>p190~191 この年、松本隆は大滝詠一の「ロング・バケイション」からシングル・カットされた「君は天然色」、「恋するカレン」がヒット。南佳他孝「スローなブギにしてくれ」も好調で、細野晴臣とのコンビによるイモ欣トリオ「ハイスクール・ララバイ」も7週連続の一位を獲得。松本隆は年間6曲のNo.1ヒットでトータル26週を独占して、まさに黄金時代を迎えていた。“曇りガラスの向こうは 風の街”ではじまる「ルビーの指環」は、情景描写と回想を織り交ぜた「青春ノスタルジー」の手法を用いつつアーバンな世界を演出。指輪を「指環」と表記したのは松本隆独特のこだわりである。寺尾聡はザ・サベージのメンバーとして、「勝ち抜きエレキ合戦」に優勝して66年にフォーク調の「いつまでもいつまでも」でデビュー。俳優に転向後、人気刑事ドラマ「西部警察」でレイバンのサングラスと44マグナムの「リキ」が当たり役となった。音楽活動は活発ではなかったが、80年に「SHYADOW CITY」、「出航 SASURAI」の2作のシングルで再始動して、翌81年の「ルビーの指環」は続く3作目となる。 シティ・ポップス/AOR歌謡の決定打ともいうべき「ルビーの指環」は10週連続の首位を獲得する特大ヒットとなり、ミリオン・セラーを記録して日本レコード大賞を受賞。松本隆は作詩賞、寺尾聡は作曲賞、井上鑑は編曲賞をそれぞれ受賞した。シングル3作を含むアルバム「Reflection」は12週連続で首位を獲得。81年の年間第一位セールスに輝いた。
2011.05.26
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平田オリザ氏の発言「米国からの強い要請があった」と、翌日になっての発言撤回がのどにささった小骨のようにひっかかっていた大使である。そのあたりが、内田先生の「脱原発の理路」に載っています。また、菅首相が発した浜岡原発の停止要請について、内田先生が次のように推論を広げています。内田先生 そこまで言うか。5/20脱原発の理路より MBSの子守さんの番組でも申し上げたように、日本が脱原発に舵を切り替えることで、アメリカはきわめて大きな利益を得る見通しがある。(1) 第七艦隊の司令部である、横須賀基地の軍事的安定性が保証される。(2) 原発から暫定的に火力に戻す過程で、日本列島に巨大な「石油・天然ガス」需要が発生する。石油需要の減少に悩んでいるアメリカの石油資本にとってはビッグなビジネスチャンスである。(3) 日本が原発から代替エネルギーに切り替える過程で、日本列島に巨大な「代替エネルギー技術」需要が発生する。代替エネルギー開発に巨額を投じたが、まだ経済的リターンが発生していないアメリカの「代替エネルギー産業」にとってはビッグなビジネスチャンスである。(4) スリーマイル島事件以来30年間原発の新規開設をしていないせいで、原発技術において日本とフランスに大きなビハインドを負ったアメリカの「原発企業」は最大の競争相手をひとりアリーナから退場させることができる。(5) 54基の原発を順次廃炉にしてゆく過程で、日本列島に巨大な「廃炉ビジネス」需要が発生する。廃炉技術において国際競争力をもつアメリカの「原発企業」にとってビッグなビジネスチャンスである。とりあえず思いついたことを並べてみたが、日本列島の「脱原発」化は、軍事的にOKで、石油資本的にOKで、原発企業的にOKで、クリーンエネルギー開発企業的にOKなのである。「日本はもう原発やめろ」とアメリカがきびしく要請してくるのは、誰が考えても「アメリカの国益を最大化する」すてきなソリューションなのである。私がいまアメリカ国務省の小役人であれば、かちゃかちゃとキーボードを叩いて「日本を脱原発政策に導くことによってもたらされるわが国の国益増大の見通し」についてのバラ色のレポートを書いて上司の勤務考課を上げようとするであろう(絶対やるね、私なら)。勘違いして欲しくないのだが、私は「それがいけない」と申し上げているのではないのである。私は主観的には脱原発に賛成である。そして、たぶん日本はこれから脱原発以外に選択肢がないだろうという客観的な見通しを持っている。けれども、その「適切な政治的選択」を私たち日本国民は主体的に決定したわけではない。このような決定的な国策の転換でさえも、アメリカの指示がなければ実行できない、私たちはそういう国の国民なのではないかという「疑い」を持ち続けることが重要ではないかと申し上げているのである。不思議なのは、私がここに書いているようなことは「誰でも思いつくはずのこと」であるにもかかわらず、日本のメディアでは、私のような意見を開陳する人が、管見の及ぶ限り、まだ一人もいないということである。原発のような重要なイシューについては、できるだけ多様な立場から、多様な意見が述べられることが望ましいと私は思うのだが、こんな「誰でも思いつきそうな」アイディアだけを誰も口にしない。アメリカがシェールガスを売り込むには日本の脱原発は商機到来なのかも?でも天然ガスの購入先はオーストラリアが筆頭では?廃炉に関しては、アメリカに頼るほどの技術的弱点はないはずだが、政治が絡むとどうなるやら?内田先生は「誰でも思いつくはずのこと」と言うが、いくら反米の大使でも、ここまでは思いつきません。内田先生の思い過ごしでなければいいのだが・・・・このような「疑い」を持ち続けることが重要なんでしょうね。(元気ありすぎの内田先生のフォローは大変です)
2011.05.24
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アジサイの蕾がふくらみ、もうすぐ梅雨に入る季節となるが・・・・郊外の量販店の植木コーナーには色鮮やかな西洋アジサイが並び、日本にゆかりの深いシーボルトを思い起すことになる。日本から多くの植物をヨーロッパに持ち帰り、日本には当時最新の博物学と、絵師に書かせた多数のボタニカル・アート、そして娘のイネを残したシーボルトである。 古い雑誌「新潮」から、江戸期の博物学や小石川植物園の果たした役割について書かれた論考を紹介します。(松浦寿輝さん・・・知らんな~)田舎町の図書館の本を、本棚の右から左にと言えばウソになるが、とにかく手当たり次第に借りて読んでいる大使であるが・・・・(暇なこっちゃ)図書館では古い雑誌類を定期的に廃棄しているので(ひとり5冊まで持ち帰り可)、この雑誌をもらった次第です。「明治の表象空間―松浦寿輝」新潮2007年8月号、新潮社、2007年刊<江戸博物学の系譜>p266~271 もちろん、博物学(natural history)それ自体に関するかぎり、江戸期の日本に独自の発達と洗練があったのは周知の通りである。今日、江戸博物学の豊饒このうえもない表象世界は、新たな「考古学」的視線による発掘の対象となりつつあるが、それは本掲載の主題ではないのでここでは再述しない。それでも、植物に関わる博物学ないし博物誌が、中国起源の本草学の受容という形をとったという点をはじめとして、その沿革の基本的な流れには一瞥をくれておいた方が良いかもしれない。本草学とは言うまでもなく薬草に関する知識の集積である。その輸入の過程には奈良時代以降長い前史があるが、江戸以降に話を限るなら、日本の本草学者に大きな影響を与えた重要な著作は、李時珍が明末に著した『本草綱目』(1596年頃)である。江戸の本草家たちは、そこに記載されている植物が日本のどの植物に当るかを究明することに精力を傾注した。この時点では、日本の本草学は中国伝来の原典をめぐる訓古註解にとどまっていたとも言える。 しかし、そこに貝原益軒が現れる。本編16巻、付録2巻、図譜3巻からなる益軒の『大和本草』(1709年)は、カノン化された漢籍のブッキッシュな受容にとどまっていた日本の本草学に突破口を切り開いた画期的業績である。そこには和漢洋の動・植・鉱物1362種が記載されているが、うち358は「和品」(国産品種)が占める。益軒は、李時珍の記述の註解に飽き足りず、みずから日本の山野で植物種を広く採取し観察し、その図示と分類を試みたのだ。その分類法も、『本草綱目』に準じながら必ずしもそれを金科玉条とはせず、独自の立場を打ち出している。そもそも、ある種を「和品」と特定するためには、それが漢籍に記載されていないことを確証することが必要であり、従って益軒が『本草綱目』をはじめ中国の本草学をめぐって徹底的な研鑽を積んだことも明らかである。フィールドワークと文献学を結合し、また、薬用の範囲を超えた総合的な植物誌をめざしているという点で、『大和本草』は本草学から博物学への脱皮を徴づける日本最初の著作と呼びうるものであった。 以後の江戸期の博物学の進展については多くの文献で紹介されているので、ここでは深く立ち入らない。『大和本草』をはじめ、稲生若水、小野蘭山などの多くの労作によって、日本固有の本草学の伝統の形成されていったこと、江戸時代末期にはチュンベルクやシーボルトなどを介して西洋本草学の影響が日本に波及し、リンネの分類に基づく飯沼慾斎『草木図説』(1852年)、江戸時代最大の植物図譜である岩崎常正『本草図譜』(1828年)などが出版され、日本の植物についての知識が集成されていったことのみ記すにとどめよう。こうした過程で、本草家のみならず絵師や園芸家の手になる植物画が数多く描かれ、江戸文化は繊細なボタニカル・アートの驚異的な財産を所有することにもなった。 ただ、こうした江戸の博物学の豊饒な伝統は、個物を観察しそれを精確に描写することのマニアックな歓びに突き動かされていたもので、「学」としての体系性へと向かう志向性が弱かったことは否定できない。フーコーが西欧の「古典主義時代」の知の原理として指摘した「マテーシス」や「タクシノミア」の貫徹への要求はそこでは希薄であり、江戸の本草家たちによる図説や図譜の作成行為の底に脈打っていたものはむしろ、豊かな多様性とともに繁茂し増殖する生物種の群れを遺漏なく列挙しつくしたいという偏執であった。徹底的な列挙によって一覧表を作成したいと欲しつつも、その表の内部でそれら種の集合にいかなる秩序を与えるかという知的な問いが彼らの興味の焦点をなすことはなかったのだ。生物種の多様性を一貫したシステムによって整序し、かくしてこの「世界」全体を包含しつくす無矛盾的な説明原理を編み出そうという形而上的要求は、彼らを決して捉えなかったのである。かくして、江戸の博物学はむしろ博物誌と言うべき水準にとどまり、一人のリンネも一人のキュヴィエも生み出すことはなく終わった。『言葉と物』におけるフーコーのシェーマに従うなら、19世紀初頭、西欧ではすでに「古典主義時代」は終わりを告げ、キュヴィエの言説の出現とともに博物学から生物学への「エピステーメー」転換が始まっている。幕末期の日本では、リンネの高弟ツュンベルクや、そのツュンベルクの『日本植物誌Flora Japonica』を日本に伝えたシーボルトなどを経由し、リンネの分類秩序が徐々に導入され、本草学の博物学化がゆるやかに進行してえいたが、その間、当の西欧ではもうすでに博物学の言説自体が過去のものとなり、生命そのものを問題化する生物学の時代が始まっていた。 従って、小石川薬園が未だに「薬園」のままにとどまっていた明治初年の日本の植物的な知には、二段階のキャッチアップを同時に行うという慌しい責務が課せられることになった。まず第一に、本草学の残滓を一掃し、博物学の知の体系を整備しなければならない。その手始めとして要請されたものこそ、「薬園」の看板を「植物園」に架け替えるという作業にほかならなかった。だが、それだけではまだ足りない。明治の植物学者は、記載と分類による一覧表作成という博物学的身振りから離脱し、顕微鏡を駆使しつつ細胞レベルで生命の謎を探るという近代生物学の冒険に乗り出さなければならなかった。東大理学部付属となった小石川植物園は、その冒険が繰り広げられる舞台となることもまた要請されたのである。 小石川植物園が東大の所管となることが決まったとき、医学部所属とするか理学部所属とするかについては議論があり、容易には結論が出なかったという。薬用植物の栽培所であるかぎりは病の治療という具体的な目的に奉仕しなければなるまいが、薬園という名はすでに消え、それは今や植物園と命名し直されている。理学部に所属させるという最終的な結論は、この施設を実利的目的に奉仕させるよりはむしろ学問研究の場として定義しようという東京大学側の意思表示であったわけで、薬草という概念自体が近代医学においてすでに存在感を失いつつあった以上、これは明らかに正当な措置であった。 明治初頭の十年間に、この薬園がまず病院と医学校、それから博物局へ、さらに東大理学部へと次々に所属を替えていった過程は、本草学から博物学へ、そして生物学へという「ディシプリン跨ぎ越え」の運動がこのとき一挙に進んだことの、凝縮された表現だったとも言える。その背景には、焦燥感に駆られた知的エリートたちによる途方もない量の思考の堆積があったに違いないが、ともあれこのラディカルな知の更新の運動が、たったの十年弱という短い期間に緊密な形で推移したところに、明治維新という事件の苛烈このうえもない性格が露呈していよう。もちろんそれは制度上の所属や名称の変更をめぐる形式的変革にすぎないと言えば言えるが、そこに、西欧の何をキャッチアップすべきかについての透徹した見通しだ胚胎されていたことは事実である。当時の文部行政の責任者たちは、これから日本が植物をめぐっていかなる知的営みを行うべきかに関して、聡明で明確な展望を持っていたのである。 日本における植物知は、治療という具体的目的の経験的追求(本草学)から、可視的特徴の記述とそれに基づく分類の試みへ(博物学)、さらに生命それ自体をめぐる真理の解明へ(生物学)と進展していったのであり、この進展が繰り広げられた舞台として、絶えず重要な役割を果たしてきたものが、小石川植物園なのである。やがてこの植物園に植わった樹齢200年近いイチョウの大樹から精子が発見され(明治29年)、それは日本の植物学が世界に貢献した最初の業績の一つとなる。(中略) 最後に、小石川植物園が東京府の民衆にい対して果たした啓蒙的役割にも触れておこう。一般的に言えば、植物園の機能とは、資料の収集と保存、教育研究の補助、植物知識の一般普及の三つからなる。広く植物の種を集めて育成し、随時それを標本化して標本室の形で収蔵すること、アカデミックな植物学研究に必要な環境とインフラを提供すること、園を一般民衆に開放し、植物に関する知識の啓蒙に努めることの三つである。この最後の点に関わってもまた小石川植物園は、閉鎖的な薬園時代にはなかった模範的な役割を果たすようになり、それは今日なお続いている。明治維新という激動の時代に「ディシプリン跨ぎ越え」を果たしたのは、江戸時代から続く役人や庶民の知的ポテンシャルの高さにあるわけで・・・・この時期の日本人の識字率は多分、世界一ではなかったかと思いいたるのです。
2011.05.23
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関さんの「送電網は社会的共通資本として公有化を」を読むと、現状の(拝金・新自由主義)電力寡占システムに対抗して、「送電コモンズ」システムが提唱されているようです。そして、次のように希望を語っています。「今回の原発震災の著しい損害額を、これからのエネルギーデモクラシーに向けてのターニングポイントにできるなら、未来に対して希望が持てるようになる。」5/19送電網は社会的共通資本として公有化をより菅首相が昨日(5月18日)の記者会見で、発送電分離案に関して「当然議論及ぶだろうし、そうすべきだ」との認識を示した。また電力地域独占の問題にもメスを入れるという。「議論する」だけではなく、実現せねば意味がない。ここは不退転の決意でこの問題に取り組んでほしい。 支持率を回復させて政権を維持したいのであれば、経団連肝いりのTPPなど「震災でそれどころじゃなくなりました」とさっさと止めるべきだ。この間、経産省と経団連の社会的信用は完全に地に落ちた。彼ら「大本営」が主張することなど大抵は間違っているのだろうとますます多くの人々が了解し始めている。例えるなら、1945年8月15日を境に大本営の言っていたことがみんなウソだったってバレちゃったのと同じなのだ。 菅は、官と経団連にコビるのではなく、国民にコビるべきだろう。発送電分離と電力地域独占の解体に政治生命をかけるべきだ。 それに関連して、本日(5月19日)の東京新聞・特報面で竹田茂夫氏(法政大学教授)が「送電コモンズ」を提案していた。「送電システムはコモンズ、つなり国民の共有財産」とすることが必要であると。同感である。 田中優氏も、近著『原発に頼らない社会へ』(武田ランダムハウスジャパン)で次のように述べている。紹介させていただく。以下のご意見、私も全く同感である。******田中優、前掲書、28~29頁より抜粋して引用******** (原発災害の)賠償額は、はるかに東京電力の試算額を超えてしまう。それならば、日本政府が賠償を肩代わりする担保として、電力会社から送電線を取り上げるのがいいと思うのだ。電気事業は3つの事業に分けることができる。「発電」、「送電」、「配電」だ。(中略) ヨーロッパで行われているような電力の自由化は、3つに分けた事業の中の、本来公共財となるインフラ部分を公共の所有としている。 (中略) 送電線は、自動車にとっての道路である。公共財として、その送電線に誰もがつなげて、誰もがそこから使っていいという仕組みにしていくことがエネルギーの民主化に欠かせないのだ。現状は電力会社が送電線を一企業の私物にしてしまっている。その権力のために自然エネルギーからの電気が買ってもらえなかったり、電力会社の子会社からの電気だけが高く買い取られたりしている。(中略) 誰でも新たな自然エネルギーを作ったならば、送電線に繋いで利益を得ていいという仕組みにしていくべきだ。今回の原発震災の著しい損害額を、これからのエネルギーデモクラシーに向けてのターニングポイントにできるなら、未来に対して希望が持てるようになる。*****引用終わり*********** これまで自然エネルギーの普及が著しく遅れてきたのは、送電網を支配する電力独占が、難癖をつけて自然エネルギーの買い取りを拒んできたからだ。 送電網は、原則的に発電事業者を差別してはならず自由に参入させねばならないが、同時に混雑現象を避けるためのルールも必要だ。さらに採算の取れない遠隔地も含めて全ての国民の需要に応えねばならないという公的責務も負っている。 そのためには利潤追求を目的とする私的資本に管理させてはならないし、原子力ムラと癒着する官僚たちによって独占させてもならない。国民が共有する社会的共通資本として、社会的に管理すべきであろう。公有といっても、決して官僚に管理させてはならない。各ステイクホルダーの代表者によって構成される社会的組織が管理するのである。
2011.05.21
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東電の発送電分離案の動きがあるようです。発送電分離に現実味が帯びてくるとは一昔前には考えられなかった。つまりそれだけ9電力と通産省原発派からなるエネルギー護送船団体制は強固であったが、今回の東電の失態を受けて、電力業界に対する官主導が芽生えることは(タブーに触れることは)エネルギー政策見直しの本筋といえると思うのです。この動きは電力会社の地域独占体制の見直しにもつながるし、自然エネルギーやスマートグリッドへの転換も、夢物語ではなくなるかもしれないのです。でも、しろうと目でも電力各社の困惑、反発は当然でしょうね。5/16東電の送電分離案、政府内で急浮上 電力各社は反発もより 東京電力の発電部門と送電部門を分離する案が、政府内で急浮上してきた。東電福島第1原子力発電所事故をきっかけに長年の地域独占を見直し、新規参入を促すしくみを取り入れる内容だ。ただ、供給体制の抜本的な見直しとなるだけに、電力各社の反発も避けられそうにない。実現に向け課題は山積している。 日本の電力は電力会社による発電と送電、小売りまでの一貫体制になっている。電力自由化の流れで電力ビジネスへの新規参入組も生まれたが、東電などの送電網を自由に使えるわけではない。 3月の計画停電の際も電力の小売業者にあたる特定事業者は販売網を断たれた。東電が送電インフラを握るためだ。加えて、電力会社に払う送電線の賃借料は顧客に販売する電気料金の約2割を占めるとされる。送電網を握る大手電力が差別的な取り扱いをして新規参入を阻んでいるとの指摘もあり、電力販売に占める新規参入組のシェアは3%に満たない。 枝野幸男官房長官は16日の記者会見で東電の送電部門分離について「選択肢としては十分あり得る」と発言。週末には玄葉光一郎国家戦略相(民主党政調会長)も「発電と送電の分離など電力事業の形態の議論を妨げることはない」と述べており、政府・与党で電力会社の地域独占体制の見直し機運が高まっている。だけど、トラの尾を踏むような「発送電分離」は7年前、電力会社と政治の厚い壁に跳ね返されていたそうです。また、通産省の下部組織NEDOは今年6月、太陽電池の発電コストを既存電力並みに引き下げる技術開発戦略を発表。スマートグリッドの実証研究にも乗り出そうとしているそうです。(NEDO:新エネルギー・産業技術総合開発機構)原子力村と自然エネルギー村の利権争いという低次元の争いとならないよう注目しています。5/18「発送電分離」は時を経て蘇るのかより 森敦司編集委員 日本列島を9地域に分割し、それぞれの電力会社が発電から送電、配電(小売り)までを独占する。このシステムを根本から変えようとした官僚がいた。経済産業省(旧通商産業省)の元事務次官、村田成二(65)だ。 電力事業で多様な企業を競わせ、他の先進国に比べて高い電力料金を引き下げ、日本経済を活性化したい──。村田は「発電と送電の分離」に挑み、7年前、電力会社と政治の厚い壁に跳ね返された。 しかしいま、政権交代を機に、日本の温室効果ガスの大幅削減は国際公約になり、風力発電や太陽光など自然エネルギーの利用急増が不可欠になった。村田が目指した発送電の分離を進めた欧米は、新規参入者も送電線を自由に使えるようになり、自然エネルギーの導入が促進されている。その村田は、現在、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)理事長。「送電線網の使い方を改めて考えないといけない」と確信を強めている。<「電力は自己変革しない」> 話は10年以上前にさかのぼる。時の通産相、佐藤信二は、佐藤栄作元首相の次男。元東京ガス会長・安西浩の長女が妻だった。電力業界とは因縁がある。その佐藤が97年1月、年始の記者会見で、「爆弾発言」を放った。「発電、送電事業の分離はタブーとされてきたが、大いに研究すべき分野だ」。村田本人は否定するが、半年前まで電力業界を所管する資源エネルギー庁の次長だった村田に近い官僚が振り付けたのは間違いない。 それまで通産省と電力業界は、強い癒着関係があった。電力業界は不況時には設備投資を前倒しして景気対策に協力。通産官僚の「天下り」も受け入れてきた。国策の原子力発電は官民一体で進めた。規制に守られ高収益を維持できた電力業界は、東京電力会長の平岩外四を経団連(現・日本経団連)会長(90年12月~94年5月)に送り出し、各電力会社は、その地域の経済団体トップをほぼ独占した。 力の源泉は、発電から送電・配電まで一貫して担う「発送電一体」にあった。発電所や送電線などの巨額の設備投資と燃料調達を前に、重電メーカーや商社など多くの取引先がひれ伏した。一方で、90年代のバブル崩壊と景気低迷を背景に、割高な電気代への批判も産業界に出始めた。ところが、「電力側は自己変革しない。その兆しさえなかった」と、村田に仕えたエネ庁の元幹部は振り返る。「9電力体制」こそが「現代の幕藩体制」であり、このままでは「高い電気代」で日本の競争力が損なわれる。そう考えた村田とその部下たちは電力制度改革に着手する。 世界では欧州を中心に電力の自由化が進んでいた。新規事業者も含めて競争させて料金を下げ、欧州統合に向けて国境を超える効率的な電力取引市場をつくろうとしていた。村田は改革の本丸を「発送電分離」と見定めた。電力会社から送電線網を切り離し、新規の発電事業者にも公平に送電線を使わせることが、必要な条件整備と考えた。<自由化、「小売り」まで拡大> 官房長になった97年、今度は電力の小売り部門の自由化を仕掛ける。米国の対日規制緩和要望に「電力自由化」を盛り込むため、ワシントンに部下を送った、と業界関係者は語る。00年3月には、電力の大口需要家向けの小売りを、商社や鉄鋼など新規参入者に解禁した。 そして01年11月、総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)の分科会で、家庭まで含めた小売り自由化の議論を始める。自由化の実を上げるため、発送電分離にまで踏み込むかが焦点だった。分科会メンバーだった大学教授は振り返る。「経産省からは『発送電分離でいく』という決意がひしひしと伝わってきた」。当時の公益事業部幹部も「発送電分離につながる電気事業法の改正案の骨格をいろいろ書いた」と認める。 これに、東京電力社長の南直哉は02年4月、家庭まで含めた自由化までは受け入れを表明するが、「責任ある発送電一貫のシステムが日本において役割を果たしている」と述べ、発送電分離を拒否する姿勢は崩さなかった。電力業界は自由化が進んだ米カリフォルニア州で01年に起きた大停電の例を使って、電力の「安定供給」には発送電一体が必要とPRに努めた。電力業界との緊張が高まりつつあるなか、村田は02年7月、経産省(01年通産省から改称)の事務次官に就いた。直後の8月、大事件が発生する。東電が長期にわたり原子力発電所のトラブルを隠していたことが発覚したのだ。 経産相・平沼赳夫は30日の記者会見で「言語道断。自浄作用を発揮することを強く求める」と経営陣の退任を迫った。東電の南は9月2日午後、「全く弁解の余地はない」と苦渋の表情で陳謝し、相談役の平岩をはじめ歴代トップ4人の退任を発表する。 関係者の間では「制度改革への抵抗を抑えるため、村田が4人の首をとった」との見方がある。実際、村田は発覚直後の会見で「独占供給を認めているのに、期待値を裏切る」と、トラブル隠しと地域独占を結びつける発言をしている。だが、周囲には「4人の退任に跳び上がるほど驚いた。トップが辞めるという責任の取り方はおかしい」とも話している。<「一貫体制」は崩せず> 東電の怒りは激しかった。「トラブル隠しは発覚のずっと前から経産省と相談し、調査にも協力してきたのに、独り悪者にされた」(幹部)からだ。電力業界は経産省への巻き返しに出る。 京都議定書が求める二酸化炭素排出抑制のため経産省が導入を進めていた石炭への新たな課税制度を、発送電分離に対する「人質」に取ったのだ。 村田らは、石炭課税制度の導入を優先することを決め、発送電分離の主張を弱める。温暖化対策は待ったなしだが、電力制度改革はいずれまたできる、との判断だった。02年11月を境に自民党内の反対は沈静化した。12月には、総合資源エネルギー調査会の分科会も、「発電から小売りまで一貫した体制の存続」と明記した答申案をまとめる。発送電分離はあと一歩で頓挫した。<新エネルギーで再び攻勢へ> しかし、いま、温室効果ガスの排出削減に向けて、送電線網をめぐる状況には新しい波が起き始めた。オバマ米大統領がグリーン・ニューディールの柱にすえる「スマートグリッド(賢い送電網)」。電気機器も効率的に制御して電力消費を抑えると同時に、自然エネルギー由来の電気を多く受け入れる基盤である。日本の電力業界は、発電量や電圧が変化しやすい自然エネルギーを受け入れると「安定供給が脅かされる」と消極的だ。確かに、9電力が各区域で送電線網を整備し、容量の小さな送電線でか細くつないでいる現状では限界があるとの見方が強い。 村田は07年10月、NEDOの理事長に就いた。石油危機が大問題だった約30年前、村田がエネ庁総務課長補佐としてその設立に携わった組織だ。そのNEDOは今年6月、太陽電池の発電コストを既存電力並みに引き下げる技術開発戦略を発表。スマートグリッドの実証研究にも乗り出そうとしている。 村田はいま、こう発破をかける。「新エネルギーは、世界が競争を始めている。戦略的にやらないといかん」。これまで身をかがめていた、村田の思想に共鳴した官僚たちの熱気は蘇るのか。現役官僚の一人は言う。「問題意識はいまも持ってますよ」バイオマスエネルギーや「菜の花プロジェクト」に対する風向きもいい方向に変わることを期待しています。関さんの送電網は社会的共通資本として公有化をを読むと、現状の(拝金・新自由主義)電力寡占システムに対抗して、「送電コモンズ」システムが提唱されているようです。
2011.05.19
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2010年9月、尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起きた後に、中国からレアアースの輸出停止が表明されましたね。 「中国は、いま」という本でレアアースの採鉱法を知ったのですがが、シェールガスのそれと似てなくもないのです。レアアースとシェールガスの採鉱法が急に脚光を浴びたのは、環境破壊による低コストにG2が気づいた為である。(大使の場合G2を見る目は厳しいのである)というわけで、以下の見方で掘り下げてみたいのです。・レアアースの輸出停止は日中関係の転機と考えるべきなのか?・資源採掘に走るG2では、住民の犠牲と引き換えになっているのでは?「中国は、いま」国分良成編、岩波新書、2011年刊<イオン吸着型鉱の開発>p181~182中国は世界のレアアース埋蔵量の36%を占める最大の資源国であるが、生産量では実に97%(2009年)を占めている。イオン吸着型鉱は1970年に江西省で世界で初めて発見された。このイオン吸着型鉱があるために中国は世界のレアアース生産をほぼ独占するほどになった。1990年代前半に「現地浸鉱」という採鉱法が開発された。これは山の頂上に穴を開けて硫酸アンモニウムの溶液を流し込み、山中の風化した花崗岩に含まれるレアアースのイオンを浸出させ、山腹の穴やパイプによってレアアース溶液を回収する方法である。 この「現地浸鉱」の方法を使えば、山肌の植生を破壊せずにレアアースを採掘できるはずであった。ところが、この採掘方法は100~200万元程度の小規模の投資でも始められるため、多数の民間企業家が江西省南部などでレアアースの採掘に従事しはじめた。これらの企業家たちは政府からのレアアース採掘許可は得ずに、資源のある村の幹部と話しをつけてわずかな地代を払って山を採掘してしまう。「現地浸鉱」は、注意深く行えば植生破壊や土壌流出は起きないはずだが、実際には土壌流出により農業に被害がもたらされる事態も起きている。また、レアアースの浸出・回収につかうアンモニアが田畑に流れ込むと肥料過多の状態になって農作物の葉ばかり伸びて実を結ばなくなってしまう。<レアアース生産と輸出の規制強化>p182~183 このまま安値でレアアースを輸出し続けるならば中国の貴重なレアアース資源は20年以内に枯渇し、その後は高値でアメリカなどから輸入しなければならなくなる、という警告が役人や学者から発せられている。そこで1998年以来、レアアースの輸出に対する数量制限が行われるようになった。特に最近は、2007年に6万トンだった輸出許可枠が10年は3万トンと大きく削減されてきている。 中国では、レアアースが外国に安く買い叩かれるのは、レアアースの採掘と抽出に従事している企業が150社以上もあって過当競争に陥っているからだ、という意見が強い。輸出許可枠の配分においても、2008年には輸出を認める企業を23社に絞ることで業界の集約化を実現しようとしている。実際、包鋼希土など国有企業4社による寡占に向かう兆しもあるが、民間企業は輸出枠がなくても密輸出で販路を確保していると言われ、集約化は簡単ではない。 2010年7月にはレアアース工業による汚染物質の排出に関する厳しい基準が設けられたが、この基準を厳密に適用すれば多くの小企業が淘汰されると見られている。<日中のテクノ・ナショナリズムの衝突>p186~187 中国がレアアアースの輸出を急激に絞った動機の一つとして、国内でレアアース応用技術を発展させたいという中国側のテクノ・ナショナリズムもあったとみられる。2010年8月に工業・情報化省が発表したきわめて野心的なエコカー発展戦略の案もそうした狙いの存在を裏付けている。その案によれば2011~2020年の10年間で電気自動車とプラグインハイブリッド車の累計販売台数500万台をめざし、乗用車の販売台数の半分以上はハイブリッド車にするという。この計画の特徴は、モーターや電池などエコカーに不可欠な重要部品を自主開発する方針を打ち出していることであり、その中には磁石や電池の合金材料などレアアースに関する部品も含まれている。そしてこれら重要部品を生産する外資系企業においては中国側の出費比率は51%以上でなければならない、とされている。 この計画は2011年1月現在まだ正式には公布されていないが、もしこの草案の通りになれば、中国のエコカー市場へ参入しようと志す外国の自動車メーカーは、車だけでなく重要部品も現地生産し、かつその生産は中国側が過半数支配する合弁事業で行わなければならなくなる。市場が欲しければ技術を差し出せ、と言っているに等しいこの草案がそのまま実現するとは思えないが、レアアースの輸出削減の動きと照らし合わせると、中国政府にはレアアース応用技術の獲得という明確な戦略があるように思われる。アメリカやカナダでは、雨後のタケノコのようにシェールガスの掘削井が出現しているそうです。GASLANDの衝撃よりNHKのBSで2夜連続でGASLANDというドキュメンタリー映画が放映されたが・・・・アメリカでは、ある日、裏庭の隣に掘削井が出現して、蛇口から天然ガスが噴出したりしているようです。この映画では、天然ガスの採掘方法で用いられる水圧破砕採掘法によって飲み水が汚染された人々をレポートしているが・・・・・水圧破砕法によるシェールガスの採掘なんてものは環境破壊そのものであり、こんな工法は生物のいない地球外の惑星で許されるSFのような話であるが・・・・・拝金のアメリカでは、住民の苦情などという柔なものは無かったことにされるのが怖いのです。水圧破砕採掘法(Hydraulic Fracturing)とは天然ガス採掘に用いられる水圧破砕法は水とともに有害な化学物質も注入する。その化学物質が地下水に流れ込み飲み水として利用されるというもの。日本でも、かって足尾銅山とか四日市公害、豊島産廃とかの環境破壊があったが、田中正造や彼の地の住民などの頑張りでそれらに歯止めをかけてきた歴史がある。より拝金指向の強いG2の住民は、これからこの試練をうけることになるが住民の環境は守れるのだろうか?(新自由主義は怖いで)なお、福島原発事故の煽りを受けて、短期的に天然ガス発電の比重が増すものと予想されるが・・・・シェールガスの輸入があるとすれば、その背景を知っておく必要があると思うのです。豊島問題ホームページより「消費は美徳」という言葉が使われたのは、昭和30年代以降の高度成長時代のことです。私たち日本人は、戦後の経済発展の中で、いつの間にか、大量に消費して大量に捨てることが当たり前、豊かさの証拠でもあるかのように考え始めました。 豊島問題は、そうした社会がもたらした戦後最大級の不法投棄事件と言われています。そして、この問題は、あまり重要視されてこなかった廃棄物の問題を、一気に我が国最優先の環境問題にクローズアップさせ、廃棄物政策の見直しを行う引き金となった問題でもあります。 豊島に不法投棄された廃棄物の処理は、国の公害等調整委員会の調停に基づき、香川県が実施することになりましたが、この問題は、国家レベルの課題である「持続可能な社会の構築」、特に資源循環型社会形成に向けた取り組みとして、すべての人に、企業・消費者・行政関係者といったそれぞれの立場で考えていただきたいと思います。中国で循環型社会意識が根付くのは、いつになるのでしょうね(日本も含めてですが) **************************************************************************(5/20追記)中国政府のレアアース統制が明らかになりました。やっぱりというか、したたかというか。はたまた傍若無人というか。5/20中国、レアアースの価格統制 禁輸解除後3倍近くに高騰より 日本が得意とする自動車や家電製品に欠かせないレアアース(希土類)をめぐり、中国政府が一定の価格以下での輸出を認めない制限措置をとっていることが19日、わかった。輸出価格は日本への事実上の禁輸を解除した昨年12月以降、3倍近くに高騰している。 複数の業界関係者が明らかにした。経済産業省もこうした状況を把握している。菅政権は、日中韓首脳会談のため21~22日に訪日する中国の温家宝(ウェン・チアパオ)首相との二国間会談で、問題提起する方向で検討に入った。 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件後の日中関係悪化をきっかけに、昨年9月、中国からのレアアース輸出が滞り始めた。同12月初めに輸出がほぼ正常化したが、関係者によると、直後から中国税関による輸出価格の制限措置が始まったという。 具体的には、輸出業者がオンラインで税関に輸出申請する際、当局が設定した通関の最低価格を輸出価格が下回ると通関が許可されず、手続きが完了しない。最低価格は日々変わるが、上昇を続けている。
2011.05.18
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「バカ組・利口組」に二極化した新しいタイプの階層社会が出現しつつあるというキャッチコピーで内田先生が「街場の現代思想」を著したのは2004年である。 格差がさらに広がった今、この本の「フリーターについて」という章を読んで感慨を覚えるのです。「街場の現代思想」内田樹著、文春文庫、2008年刊(2004年単行本の文庫化)<フリーターについて>p139~141 あらゆる政治的・経済的ファクターについては(レーニンが言うように)「量的変化が一定の段階を超えると質的変化をもたらす」という原則があてはまる。フリーターのような「低賃金で高品質で、いつでもカク首できて、そのくせ商品略奪もしないし、労働組合も作らないで、静かに失業を受け入れてくれる市民たち」が一定数存在することは雇用調整上はたいへんに好ましいことである。 しかし、「一定数」いるのは資本主義にとって好ましいフリーターとはいえ、それがあるパーセンテージを越すと資本主義の危機をもたらす恐るべき存在に変容する。 だって、そうでしょ?「低賃金」であるということは「可処分所得が少ない」ということなんだから。 市場経済のプレイヤーたちは、「安いコストで商品サービスを提供する」ことで利益を得るわけだが、「買ってくれる人」がいなけりゃ、そもそも市場そのものが立ちゆかない。 フリーターは「貧乏」である。「貧乏人」は家も買わないし、車も買わないし、国債も買わないし、預貯金もしない。フリーターという低賃金労働者を収奪することでささやかな浮力を得た日本経済は、低賃金労働者を収奪し過ぎたことによって、今度はわれとわが首を絞めているのである。行政や財界が焦っているのは、それに気づいたからである(今頃気づくのもどうかと思うが)政府が「若者自立・挑戦戦略会議」(すごいネーーミングだな)を召集してフリーター問題の対策に本腰を上げたのは2003年の6月の話である。 企業の方はもう少し対応が早かった。エスキモーに冷蔵庫を売り、貧乏女子大生にヴィトンのバッグを買わせるのが資本主義の骨法である。メディアで煽って、貧乏フリーターたちのなけなしの可処分所得を絞り尽くすことなど朝飯前だ。だから、消費者金融のTVCMでは「コンビニや道路工事で働くフリーターたち」が「未来を担保にして」バイクを買ったり、ストラトキャスターを買ったりして微笑んでいる姿をばんばん流している。 たしかに、売り手の側に「手段を選ばない」非情さがあれば、フリーターを自己破産覚悟の消費行動に駆り立てて、マーケットのサイズを短期的に拡大することはできない話ではない。 だが、そのようにしてフリーター諸君を「絶対的窮乏」のうちに追い込むことで、結果的に日本資本主義はさらなる危機を招来することになる。 貧乏なフリーターは再生産しないからである。 「結婚しても今の生活レベルは下げたくない」とか「お金のない人とは結婚しません」と公言してはばからない若い女性に私たちの時代は事欠かない。どのような社会倫理が彼女たちのゆがんだ価値観をサポートしたのか、ここではあえて問わないが、ともあれ、このきわだって拝金的な趨勢の中で、男性のフリーター諸君が配偶者を得るチャンスはきわめて低いと言わねばならない。 配偶者を得られないと、そのあとどうなるのか。考えるまでもないことである。 日本の人口が激減するのである。2001年4月24日に小泉内閣が発足したが、鎌田慧さんはその2ヶ月後にミニコミ誌「記録」6月号で早くも、小泉「構造改革」に警鐘を上げていました。鎌田さんの「コイズミという時代」(2004年刊)より雇用のあたりを紹介します。「コイズミという時代」鎌田慧著、アストラ、2004年刊<弱肉強食政策が日本を失業者だらけに>p15~17 首相に就任して以来、小泉が強調しているのが「構造改革」である。「構造改革なくして景気回復なし」という発言を、なんどとなく繰り返している。では、景気回復の目玉である経済改革とは、どんなものか。「構造改革を実施する過程で、非効率な部分の淘汰が生じ、社会のなかに痛みを伴う事態が生じることもあります」 この発言は、小泉の所信表明演説で語られたものだ。読めばわかるとおり、彼の経済改革は弱者切捨ての論理であり、強者にくみしたグローバリゼーションへのシフトを明確にしている。つまり大企業バンザイ主義である。いかに大企業の暴走をチェックして、国民の生活を安定させていくかという視点を、まったく欠いている。 さらに驚くべきことには、終身雇用制の抜本的な見直しを厚生労働省に指示している。 1.2~3年の期限付き雇用の対象拡大 2.解雇ルールの明確化 これらの方針は、生涯雇用を中心にした現在の雇用制度を抜本的に変えてしまう。2~3年の雇用形態が広がるということは、2~3年でクビにされるのが前提の、いわば「一億総臨時工」化となる。解雇が全面的に進められていくことになる。彼の経済改革の本質は、ここに見事にあらわれている。こんな政策で景気が復活するはずもない。 最近の欧州の政策は、いかに雇用をつくるのかが重要視されている。ドイツやフランスなどで雇用が急速に改善してきているのは、ワークシェアリング、つまり仕事の分かちあいによるものだ。フランスでは、週35時間労働制となり、法定労働時間はさらに週4時間も減らされた。ドイツでも長期失業者の再雇用プログラムが実施され、あらたに雇用された労働者の賃金の半分は、地元の労働局が補助する政策をとっている。 労働時間を短縮し、その分だけ雇用を増やす。あるいは失業者を公的な仕事によって救う。こうした先進国の分かちあい政策と逆に、小泉の解雇政策は失業者を増大させていくだけだ。 (中略) 今回の組閣で経済財政政策担当大臣となった竹中平蔵は、ソフトムードで人気も高い。しかし、もともと森内閣の経済担当顧問として働いていた「教授」であり、現実についてはなにも知らない。金持ち優遇政策も変わらない。ソフトイメージとは裏腹に、極端な弱肉強食主義者である竹中は、労働者をどん底に突き落とすだろう。 小泉政権が掲げる前近代的な政策が「構造改革」という名によってもちあげられているのは、マスコミの犯罪行為である。 内閣誕生当初のご祝儀記事はいつもの例だが、そろそろ小泉内閣の問題点を書かなければ、ジャーナリズムなど存在理由はない。 「街場の現代思想」と、「コイズミという時代」という若干トーンの違う2冊の本を読んで思うのですが・・・・・これだけ鋭い警鐘が鳴っても、日本はその後どう対応できたのか?という思いと、「酷かった構造改革」という思いがつのるのです。2004年当時ではフリーターが問題視されていたが、04年に労働者派遣法が改悪され(全製造業に解禁)、セーフティネットはますます綻び・・・・今では、ワーキングプアとか、親の年金不正受給とか、派遣社員の年越し村なんかでてくるわけですね。2004年当時といえば、年功型賃金が成果主義型賃金へ変わりはじめた頃で、その頃せっせとサービス残業にはげむ大使であった。(バカといえばバカだった) 当時から今に繋がる約10年の雇用対策、少子化対策、年金対策は何だったのか?ということであり、迷走する政治には骨太のヴィジョンが見えないのである。 鎌田さんが2001年に、そして内田先生も2004年に警鐘を鳴らしていたが、結果はグローバリズムに流されるだけで、二極化は進み、時代は過ぎたわけである。これまで、アメリカ仕込みの竹中が標榜する「小さな政府」のウソに騙されてきたが、TPPでまたも騙されることのないよう、肝に銘じるとともに・・・・今は「無駄のない大きな政府」を志向するのです。若者自立・挑戦戦略会議がまだ残ってた。・・・その趣旨はいいのだが、省庁横断的なやる気を見せてほしいものです。「若者の自立・挑戦のためのアクションプラン」のポイント(若者自立・挑戦戦略会議より) 1.学校段階からのキャリア教育を推進し、その効果的な実施のため地域レベルにおける連携を強化する 2.働く意欲が不十分な若年者やニートと呼ばれる無業者などに対して、働く意欲や能力を高める総合的な対策を推進する 3.企業内人材育成の活性化を促進し、産業競争力の基盤である産業人材の育成・強化を図る 4.ジョブカフェ、日本版デュアルシステム等を推進し、的確な評価に基づき事業成果の向上を図る 5.若者問題について国民的な関心を喚起するとともに、国民各層が一体となった取組を推進するため、広報・啓発活動を積極的に実施する
2011.05.16
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TPP反対の為には何にでもすがるということで、ただいま鋭意エマニュエル・トッドに取り組んでおります。エマニュエル・トッドの言葉に「サド・マネタリズム」というきつい表現がある。おお♪ さすがに、アメリカ嫌いのフランス人の決め付けは鋭いではないかと・・・・いっぺんに、エマニュエル・トッドが好きになったのです。松岡正剛の千夜千冊/エマニュエル・トッドより引用します。経済幻想より類書がない本だ。家族人類学や歴史人口学の成果からグローバル経済のサド・マネタリズムを告発した。たんに告発しただけではない。その資本主義的ルーツがアングロサクソン型の歴史的家族制度にもとづいていることを証した。それとともに、ドイツや日本の社会は新自由主義にあてはまらないだろうと暗示した。反グローバリズムの狼煙が、家族の思想によって議論されるなんて、まことにもってユニークだ。 ********************************************************************** 歴史人口学や家族人類学が世界をどう見るのか、とりわけ冷戦終結後の帝国アメリカの姿とグローバリゼーションに席巻された現代世界をどのように見るのかということが、本書を読むおもしろさである。 トッドは90年代の高度資本主義社会を「たえまない後退の悪夢」とみなした。とりわけ9・11以降のアメリカを「無力感に襲われた国」と観察し、そこには「世をすねた観客」ばかりがいると評した。 また、今日の世界を覆っている国際経済は「プラグマティックな経済観」と「スコラ的な経済観」の組み合わせにすぎないと見た。前者はアメリカのビジネススクールが教えることができる程度のもので、「有用な連鎖」ばかりを重視し、後者は事実が理論と異なればただちに理論が示すほうを選ぼうとする経済観で、現実を理論のほうにねじまげていく。この二つの経済観が奇妙にまじりあっているのが、21世紀初頭の経済社会の現状だとみなすのだ。 ケインズにもフリードマンにも与しない。ホモ・エコノミクスの合理性に絡めとられている経済理論そのものに、ああいう理論は合理的というより、「場所も時も選ばない形而上学だ」と文句をつける。 とくにアメリカがシカゴ学派とウォール街によってマネタリズムに暴走していったことについては、辛辣だ。いや、EU統合後の共同通貨ユーロの導入がいいと言うのではない。アメリカ式マネタリズムもヨーロッパ式共同通貨も、その根っこは“貨幣神秘主義”というべきものであるが、プロテスタンティズムの歴史的伝統から発展していった金融工学に及んだマネタリズムと、ヨーロッパ大陸の人類学的な資質というもいうべきものから生じた「マースリヒトの通貨」とは、同じ思想で考えるべきではないというのである。 たしかにそうだろう。WASPがもたらしたマネタリズムは、スーザン・ストレンジが言ったとおりのマッド・マネーだったのだ。もっともトッドは、これをマッド・マネーとは言わずに「サド・マネタリズム」などとも揶揄してみせた。 経済理論そのものを疑問視して、シカゴ学派とかウォール街の罪状を追求する姿勢がいいですね。 ところで、wikipediaによれば、エマニュエル・トッドは、ハンティントンを根本的に否定したんですね。wikipediaエマニュエル・トッドより<旧世界と新世界の文明の衝突 > トッドは家族構造と人口統計に基づいて世界を認識している。このため、サミュエル・P・ハンティントンの『文明の衝突』を全くの妄想と見なしている。 ハンティントンは同書で世界を 8 文明に分け、カトリックおよびプロテスタントからなる西欧文明が、イスラム文明および中華文明と対峙しているとした。これに対しトッドは、イスラム圏で着実に識字率が上がり、出産率が下がっていることを示し、イスラム圏はむしろ西欧に近付きつつあることを指摘した。この近代化の過程では必ず伝統の崩壊による混乱が生じるのであって、イスラム圏は現在この移行期危機を経験しているに過ぎず、他の地域と本質的な違いは無いと述べた。また、世界の歴史は主に先進国で形作られるのであって、イスラム圏はそもそも最重要の地域ではないとした。 またハンティントンは、日本は単独で日本文明を構成し、現在は西欧文明に従っているが、いずれ中華文明に従うだろうと予想した。このような日本特殊論は以前から一般的であり、日本人を本質的に異質な民族と見なす主張は多い。しかしトッドは家族構造の研究を通じて、日本が非常にヨーロッパ的であり、特にドイツやスウェーデンに近いことを見出し、日本特殊論を否定した。トッドは、この発見は生涯最大の衝撃の一つであったと述べている。トッドは頻繁に日本に言及するが、それは日本がヨーロッパと同類であるという確信に基づいている。 日米欧は世界経済の三極であるが、ヨーロッパ経済の中心はドイツであり、社会的、長期的、工業的である点で日本経済とよく似ている。これに対しアメリカ経済は個人主義的、短期的、脱工業的であり、資本主義の形態が異なる。また日欧は長い農業の歴史を持ち、資源の希少性を十分に認識しているが、アメリカは技術を持った人々が未墾の土地に作った社会であり、資源の希少性に一度も直面していない。トッドはこれらから、特殊なのはアメリカであって、真の文明の衝突は旧世界と新世界の間で起きており、現在の問題は日欧の連係の弱さにあるとした。この点で、欧米を一つの文明にまとめたハンティントンを根本的に否定した。 トッドとハンティントンは日本に注目しているが、日本に対するお二人の相違点が興味深いのです。 トッドは頻繁に日本に言及するが、それは日本がヨーロッパと同類であるという確信に基づいているそうで、このあたりの洞察から、アメリカの異常さがかえってクローズアップされて来るようです。 ハンティントンは日本はいずれ中華文明に従うだろうと予想したそうだが・・・それはあり得ないと大使も思うわけです。こうなったら、日本が組むべき相手はG2を外して、EU、韓国、台湾、インドあたりかな~とも思うのである。(中華文明に抗うためにも、トッド説を勉強せなあかんな) ところで、朝日新聞の経済コラムに、クルーグマンという気鋭の経済学者が時々寄稿しているが・・・・多分、クルーグマンからはTPP反対の言説なんか出ないと思うのです。出まかせのクルーグマンにかき回されるより、次はエマニュエル・トッドの「帝国以後」を読まなあかんで!(リベラルを自認する朝日には、親方日の丸(官僚)のバイアスがかかっているし、経済欄が心もとない朝日は要注意なんでしょうね)・・・とまあ、榊原英資さんの「フレンチ・パラドックス」を読んで以来、このところフランスづいております。「アメリカがもはや世界にとって不要になりつつある時に、アメリカにとって世界は必要不可欠になっているのである」--wikipedia帝国以後より
2011.05.15
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「漢字廃止で韓国に何が起きたか」紹介の続きです。紹介の順が逆になってしまったが、<はじめに>を追加します。日本統治時代の占領政策には光と影があり、民衆をボトムアップする学校制度を創ったり、朝鮮語より日本語を優先した教育もあったわけですね。「漢字廃止で韓国に何が起きたか」呉善花著、PHP研究所、2008年刊<はじめに>p19~20 漢字ハングル交じり文(国漢混用文)が本格的に用いられたのは、福沢諭吉の発案で、日本で鋳造したハングル活字を用いた李朝の「官報」の役割をも果たしていた新聞「漢城週報」(明治19年/1886)が最初である。そして、日本の手で学校制度が敷かれてから、一般の人々にまで広く普及したのである。以後、日本統治時代を通じて漢字ハングル交じり文が広く用いられた。その形態は、日本の漢字仮名交じり文と基本的に同じものといってよい。 民族主義は一般に、文化的な伝統を維持発展させていくことに努めるものだが、韓国の民族主義は逆にこれを断ち切る作用を果たしてしまった。そのなかでも最も重要なものが、漢字を廃止してハングル専用とした極端な戦後韓国の民族主義的国語政策である。 日本の中国専門家であり漢字学者である白川静氏は、「漢字は国字である」といったが、それは日本が漢字を日本化していったからである。日本人にとって、漢字は外国語を表記する記号ではない。漢字を国字としていくなかで、漢字がもつ意味の歴史的な深さ、文化的な概念やイメージの広がりを自らのものとしてきたのだし、さらにそこへ日本独自の文化性や意味を付与していったのである。 そうではなかった韓国には、漢字は国字だという考えがなかった。だから廃止することができたのである。日本では漢字も仮名も国字であったが、韓国ではハングルだけを国字とみなしたのである。
2011.05.14
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韓国では「日本びいき」として評価の低い呉善花さんであるが・・・・彼女が「漢字廃止で韓国に何が起きたか」と説くこの本で、日本語の良さが再認識されるのです。 韓国の惨状から「人のふり見て我が身を正せ」と思ったりするが、日本でたびたび起きた漢字廃止の動きは、もう起きることはないでしょう。ただ・・・・「いま騒がしい英語公用化より、漢字文化圏の再興が先じゃないか」とも思う大使である。「漢字廃止で韓国に何が起きたか」呉善花著、PHP研究所、2008年刊<独自に概念語をつくるとした計画>p32~35 私は韓国人が漢字の廃止によって失ったもののなかでも、最大のものは「概念を用いて抽象度の高い思考を展開すること」だと思ってきた。それが最近、呉之湖氏の1971年当時に書かれた論文「国語に対する重大な誤解」を読み、氏がすでにその弊害についても警鐘を鳴らしていたことを知った。呉之湖氏は1905年生まれで1982年に亡くなった西洋画家である。 呉之湖氏はあらゆる角度からの漢字廃止の弊害を論じているが、それを読んで、やはり概念語の問題が一番大きいと感じた。概念語の問題について、呉氏はまず大韓民国の憲法第一章を例にとることからはじめている。(憲法第一章) 90%以上が漢字語で、しかも概念語のすべてが漢字語である。呉氏は、これをすべて音だけで表記して、韓国が韓国の文化を維持発展していくことなどできはしない、必ず質を落とすことになると主張した。 しかも、当時の漢字廃止論者たちは、漢字を廃止するだけではなく、漢字語そのものをも廃止し、新たに造語していくことが必要だと考え、その作業を進めていたのである。 一例をあげると、内容―中の肌、団体生活―集まり暮らし、胃―ご飯の缶、などである。日本語で「身体障害者」のことを「手足の日自由な人」と言い換えようとするのと同じである。 彼らは、こういう言い換えを盛んにやって「新発明」の単語をどんどんつくっていったが、彼ら以外の誰もまったく使おうとはしなかった。呉氏は、高度な抽象性をもった概念を抽象度の低い直接的な語彙ばかりの固有語で表記することじたいに無理があるという。 私の考えるところでは、「内容」を「中の肌」と造語しても、それはけっして概念語にはならない。単なる言い換えにしかならず、概念として必要な抽象度を獲得することはできない。「中」とか「肌」とか、身の回りにベトベトと張りついた言葉の感触から離れられなくては、とても抽象世界への離陸は果たせないからである。<漢字廃止が戦後韓国の知的荒廃を推し進めた>p62~67 漢字復活論者たちの論考をよく目にするようになってから、彼らが韓国では最も良質の教養と見識を身につけた理性的な知識人たちであることがよくわかった。こういう人たちも韓国でしっかり生きていたことを知ったのは、私には大きな救いだった。一部には民族優越主義があるのだが、ハングル民族主義のようにファナティックなものではない。 彼らがいっているように、韓国人は、ハングル専用のおかげで「世界一読書率の低い国民」となってしまっている。しかし、漢字復活にもまったく問題がないわけではない。 十年ほど前のことだが、日本人を交えて数人の韓国人と話していたときのこと。一人の韓国人がふと不思議そうにいった。「なぜ韓国にはケーランとタルギャルと二つの名前があるのだろう」 いずれもニワトリの卵の韓国語なのだが、私も「そういわれれば不思議だなあ」と思った。すると、その日本人は「ケーランは漢字語でタルギャルは固有語でしょう」という。「ああ、そうか、そういえば多分そうなんだね」と、そこにいた韓国人のだれもがはじめて気づかされたのだ。 それと同じようなことがあった。 ある日本人の編集者が打合せに私のマンションに訪ねて来て、帰ろうとしたときに急に雨が降り出した。私は傘を貸してあげようと思い、無意識に韓国語交じりの日本語で「ビニルウサンがありますので持っていって下さい」といった。その日本人はなんのことかわからず「え?」と聞き返したのだが、私は再び「ビニルウサン」といってしまった。 すると、その人は「ああ、ビニールの傘ですね」というのである。「なぜわかったんですか」と聞くと、「雨が降っているし、雨傘を音読みすればウサンになりますから、韓国語でも同じ発音なのかなと思ったんです」という。 まさしくその通りなのである。 これらは、単に韓国人がうっかりしていたという軽い話ですむ問題ではない。漢字語が広く深く一般に浸透していくと、漢字語に圧倒されて固有語が死語となってしまうことが少なくないという事態につながっているのである。 日本では山を音読みで「さん」と、訓読みで「やま」と読むから、日本固有語の「やま」が死語となることはない。しかし韓国では訓読みが行われないため、山は「サン」という漢字語に圧倒されて、かっては固有語で山を表す「メ」という言葉があったが、いまではまったく使われていない。 「メ」という言葉は漢字語の「山」と単純にイコールの言葉ではなく、もう少し別の意味にもかかわる言葉だったらしい。おそらく「メ」は、古い時代からの韓国独自の「山」のイメージの広がりを持っていたのだと思う。そうした固有語独自のニュアンスも、訓読みがないために失われてしまう可能性がきわめて高い。 それでもまだ、海は「ヘ」の漢字語に対して「パダ」の固有語が残っている。天は「チョン」の漢字語に対して「ハヌル」の固有語がある。しかし「山」のように、基本語彙ですら固有語を失った言葉はたくさんあるのである。(中略) 韓国の漢字復活論者に対する私の最大の不満は、彼らのだれもが日本語にある「訓読み」に注目しようとしないところにある。先の「至高」「賢人」「水防」という漢字語の意味を日本人が比較的簡単に理解できるのは、使われている漢字がやさしいものだからだけではない。「至る高い」「賢い人」「水を防ぐ」というように、訓読みすることで即座に大枠の意味をつかめるからである。 しかし韓国の場合、「水」と「防」の漢字を知っていれば、「水防」という漢字語の意味が、日本人のように目で見てすぐ見当がつくかというと、なかなかそうはいかない。なぜかというと、韓国の漢字教育では「防はフセグのボウ」というように意味を覚えさせるからである。これは、英語の「defense」は「ディフェンス」と発音し、「ふせぐ」という意味だと教えるのとほとんど同じことである。受験生の時代、英語の単語帳と首っ引きで必要な単語の発音を覚え、同時に意味を覚えていった体験を思い出していただきたい。韓国の漢字学習ではそれと同じことをやるのである。したがって外国語と同じように、「意味を忘れる」「意味がすぐに出てこない」ということがどうしても避けられない。 それに対して日本では「防」には音読みの「ボウ」と訓読みの「ふせぐ」の二通りの読み方がある。これによって「防ぐ」という表記を頻繁に読んだり書いたりすることになるから「防」と「ふせぐ」は自然に意識のなかでしっかりと結びついて一体化していく。<訓と仮名をもって和語のなかに漢語を包み込む日本語>p81~83 韓国は膨大な量の漢語を外来の音という要素だけをもって取り入れてきた。そこでは、韓語(固有語)と漢語は互いに結びつく手段を持たず、並列してそれぞれ別個に使われている。そのため、漢字文化が広まれば同じ意味をもつ韓語が消え去ったり、ハングル専用となると音だけではわかりにくい漢語が消え去ったり、という事態が起きてしまうのである。 それに対して日本語は、音訓の二重性を持って漢語を取り入れている。そのため漢語は和語としっかり結びついて使われ、相互に排除しあうことがない。そこが韓国語の漢字の取り入れ方と根本的に異なるところである。 日本は中国から漢字が入ってきてしばらくすると、漢語に相当する和語を求め、それを訓として漢語にあてることを徹底して追及していった。そして、漢字をモデルに日本語の音を表記する仮名をつくりだし、それを漢字と交じり合せて用いることで、世界で唯一の表意文字・表音文字の双方を活用する文字表現文化を生み出し、漢語の世界と和語の世界が混交した独自の一言語世界を生み出した。 日本ではそうした漢語の受け入れ方をしたため、僧侶・学者・官僚など一部のインテリのものであった漢語の知識(外来の知識)は、仮名と訓を通じて一般の人々に共通な和語の知識(土着の知識)に浸透していくことを可能とした。このような外来の知識の受容の仕方は、同じように漢字・漢語を受容した韓国やベトナムとはまったく異なっている。 朝鮮半島でもベトナムでも、漢字が入ってきた当初、それを母国語の音にあてて用いること(表音文字として利用すること)は行われたが、日本の「」や「」に見られる万葉仮名のような大きな発展をみることはなかった。ましてや、仮名を用いての訓読みという方式が生み出されることはなかった。結局は、漢語(漢文)はそのまま外国語として知識層に学ばれ、一般的には朝鮮語やベトナム語のなかに、外来語としての漢語をそのまま取り入れていったのである。************************************************************************<韓国の言い回し><電話をかける>p140~141 これが見事に同じなのは興味深い。日本語の「かける」と韓国語の「コルダ」は、不思議なほど同じ用法をもっている。語幹との関係は「かけ・る」であり、「コル・ダ」である。「かけ」と「コル」が対応しているのである。 どこの国の言葉でも、「電話をかける」のと「洋服をかける」のと「いのちをかける」のでは、みんな言葉が違うのが普通だ。ところが、日本語と韓国語はいずれでも同じ言葉を使うのである。 そのほか、「声をかける」「お金をかける」「博打でかける」などの「かける」もみな「コルダ」である。これほど、一語だけ覚えれば多用できる言葉も珍しい。ただ、「橋を架ける」の場合は「橋を置く」となる。 こうなると、kakとkorとは昔は同じ言葉だったのではないかとすら思えてくる。<背を回す-背く>p175~176 日本では「背を向ける」のだが、韓国では「背を回す」のである。どちらも裏切ることだけれども、何か反対の仕草みたいなイメージが浮かぶかもしれない。でも、「背を回す」のは、相手のほうへ向けて背を回すのである。「あんなに約束したのに、あの人は私に背を回した」という具合に、裏切り行為一般に使う。漢字語を使えば「背信する(ペイシン・ハダ)」とか「背信される(ペイシン・タンハダ)」という言い方になる。 <足が広い-顔が広い>p178 「顔が広い」と聞くと、とても変な感じがする。韓国語にはそいう言い方はないから、文字通り「顔の面積が広い」としか受け取れない。要注意である。私の場合は逆に、日本人に「あなたは足が広いですね」といってキョトンとした顔をされたことがある。きっと気分を悪くしたことだろうと、いまだに気になってしまう。 ところで、中国ではスマートグリッドを智能電網と表記するそうだが、中国嫌いの大使としても、この造語能力には一目置くわけですね。 日本では官僚を筆頭にして、訳のわからない英語を使って国民を煙に巻く(欺く?)ことが流行りであるが・・・・如何なものかと思うわけです。
2011.05.14
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東電の情報後出しについて、朝日新聞が報じています。5/13高い放射線量、東電公表せず 3号機、水素爆発前に把握より福島第一原発の事故をめぐり、東京電力が、3月14日に水素爆発を起こした3号機の原子炉建屋について、その前日から高い放射線量のデータを把握していたにもかかわらず、公表していなかったことが分かった。東電の内部資料で判明した。原子力の専門家らは「作業員や国民の情報共有のため、具体的な数値をいち早く明らかにすべきだった」と指摘している。 朝日新聞が入手した内部資料は、地震が発生した3月11日から4月30日までの期間に、福島第一原発の事故をめぐる動きが時系列で並べられている計約100ページの一覧表。原発や東電本社など様々な情報を集約したとみられ、原発内の放射線量や原子炉内の圧力、水位についてのデータや、保安や復旧を担当する各班の動き、敷地内の放射線量などが、分単位で記載されている。 枝野幸男官房長官は3月13日午後の記者会見で、3号機で水素爆発が起こる可能性について言及したが、結局、その爆発で7人が負傷し、うち6人に放射性物質の付着が確認された。 宮崎慶次・大阪大名誉教授(原子炉工学)は、「非常事態だからこそ現場は対応に追われていたはずで、東電本社が判断して、具体的なデータを作業員や国民に公表すべきだろう。公表しなかった本社の判断は、今後検証されなければいけない」と指摘。技術評論家の桜井淳さんも「日本の原発事故への対応は、世界的に注目を集めている。このデータにとどまらず、携わった人の証言、東電本社、国などの指揮命令、判断とその根拠、情報が正確に現場へ伝わっていたのかなど、今後も解明する必要がある」と話している。 また、1号機の燃料がメルトダウンという政府/東電からの発表がありました。これは後出しというより「メルトダウン」追認というものかもしれないが・・・・よく、水蒸気爆発を起こさなかったものだと思います。5/12核燃料の大半溶け圧力容器に穴 1号機、冷却に影響もより 東京電力は12日、東日本大震災で爆発事故を起こした福島第一原発1号機の核燃料が溶けて原子炉圧力容器の底にたまって穴が開き、水が漏れていることを明らかにした。燃料を冷やすために入れている水が圧力容器の2割以下しかたまっていなかった。溶けた燃料が格納容器に漏れ出ている可能性も否定できないとしており、今後の原子炉の冷却作業は大幅に遅れる見通しだ。 1号機では現在、原子炉を冷やすため、燃料の上部まで格納容器を冠水させる作業をしている。格納容器の水を外付けの冷却装置につないで循環させて冷やす予定だが、溶けた燃料が格納容器に漏れ出ているなら、超高濃度に汚染された水を循環させることになり、漏れがあれば汚染が広がる危険がある。 東電によると、溶けた燃料が圧力容器の底に落下、その熱で制御棒を動かす棒を入れる管の溶接部などに亀裂が入り、圧力容器の底から大量の水が漏れている可能性があり、3千トンの水が行方不明になっている。 東電原子力・立地本部の松本純一本部長代理は「実際には燃料は形状を保っておらず、大半が溶けて底にたまっているとみられる。底にわずかにたまった水で燃料が冷やされていると考えられる」と説明。また、「核燃料が圧力容器の外に漏れているとは考えていないが、可能性は否定できない」とも話した。 また、経済産業省原子力安全・保安院も、燃料が溶けて圧力容器の底にたまる「メルトダウン」が1号機で起きた可能性が否定できないとしている。(坪谷英紀) メルトダウンした燃料棒の塊が再臨界しなかったのは、ボロンを添加した冷却水の効果があったと淡々とした説明があったが・・・・再臨界があれば水蒸気爆発の恐れもあったわけで、まさに結果オーライ、幸運であったわけですね。パニックを防ぐ意味で後出し、追認になるのかもしれないが、今回の発表スタイルから逆に言えることは・・・・予期せぬ危険性は覚悟のうえの現場状況ということであり、現場作業員の恐怖感は如何ばかりか?メルトダウンした塊を冷温停止させるには、年単位の長期戦になるものと予想されるとのことです。
2011.05.13
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乱立気味の復興組織の中に「賢人会議」というのがあるが・・・・原子力村より上位のこの組織には、癒着と無縁だろうから、まっとうなエネルギー政策をぶちあげるものと予想されますが・・・・ただ、ここで得られるエネルギー政策を経産省がすんなり受けいれるかどうかは不透明である。(骨抜きは官僚の得意ワザだし)この際「グリーンエネルギーで、地産地消の菜の花プロジェクトもお忘れ無く!」と言っておきたいのです。4/28エネルギー政策見直しへ「賢人会議」 経産相が設置表明より 海江田万里経済産業相は28日、福島第一原発事故を受け、エネルギー政策を再検討する「今後のエネルギー政策に関する有識者会議」(エネルギー政策賢人会議)を5月上旬から始めると明らかにした。元文相の有馬朗人・東大名誉教授やジャーナリストの立花隆氏ら7人が原子力政策の見直しなどを議論する。 会議の議論は経産省の今後のエネルギー政策の参考にする。メンバーは、原子核物理学者の有馬氏のような理系の専門家だけではなく、科学評論家でもある立花氏や科学技術に詳しい政治学者の薬師寺泰蔵・慶応大名誉教授らも加わり、広い視点から議論を交わす。 会議のメンバーは以下の通り。有馬朗人氏▽大橋光夫・昭和電工相談役▽橘川武郎・一橋大大学院商学研究科教授▽佐々木毅・学習院大教授▽立花隆氏▽寺島実郎・日本総合研究所理事長▽薬師寺泰蔵氏 グリーンエネルギー/ポータルサイトを覗いてみると、経済産業省の縄張りなんですね。つまり補助金というエサで、グリーンエネルギー村を作る気なのか?とへそ曲がりの大使は邪推するが・・・・性格がかなりゆがんできたのだろうか?グリーンエネルギー/ポータルサイトより しかし、太陽光発電や風力発電などは自然条件に左右され出力が不安定であり、火力発電 などの既存のエネルギーと比較してコストが高く、また、設置できる地点も限られているなど課題があります。現在の一次エネルギー供給に占める新エネルギーの割合(水力・地熱を除く)は、約2%(1,160万kl)にとどまっていますが、2020年度には約2倍(2,455万kl)、2030年度には約2.8倍(3,213万kl)程度まで拡大させる見通しとしています。この見通しの実現に向け企業等への支援を行うとともに中長期的な観点 で新エネルギーが更に普及するよう技術開発も積極的に取り組んでいます。ちなみに、菜の花プロジェクトが該当する補助金を覗いてみたが・・・・この補助金に頼るということは、新エネルギー導入促進協議会を養うことになるのかな~?(性格が完全にゆがんでるで)バイオマスエネルギーの補助事業よりバイオマスエネルギーの補助事業<新エネルギー等導入加速化支援対策費補助金>1. 新エネルギー等導入事業を行う事業者に対して事業費の一部を補助します。対象システム: バイオマス発電、バイオマス熱利用、バイオマス燃料製造(中小企業の場合は規模要件が緩和されています。また、離島地域の場合は規模要件がありません) 補助率: 1/3以内 2. 地方公共団体と民間事業者が連携し、地域一体となって取組む新エネルギー等の設備導入事業(社会システム枠)に対して事業費の一部を補助します。対象システム: バイオマス発電、バイオマス熱利用、バイオマス燃料製造(離島地域の場合は規模要件がありません) 補助率: 1/2以内 お問合せ先: 一般社団法人 新エネルギー導入促進協議会 かって柏崎原発の地震事故のあった頃、原発からグリーンエネルギーに舵を切るチャンスがあったそうだが・・・・東電と経済産業省とがグリーンエネルギー潰しの裏取引を行い、グリーンエネルギー推進が立ち消えになったそうです。この間に風力発電、太陽光発電はドイツに追い抜かれたそうで、その後も両者はおんぶに抱っこの原発路線を続けて今日に至っているようです。菜の花プロジェクトが取り組むBDF燃料の補助金なんか、吹けば飛ぶようなお話ですね。(週刊現代最新号にそんな記事が出ています)また、経済産業省内で発電、送電事業の分離はタブーとされ、このタブーに触れると、東電の力でクビが飛ぶと5/13週間金曜日に書いてありました。
2011.05.12
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菅さんが、エネルギー政策を白紙にもどして見直すと表明しましたね。「原子力政策大綱」が書き換えられることになるわけだが・・・5/10原発の役割、原子力委が再検討 今後20~30年より原子力政策の基本方針を決める内閣府の原子力委員会(近藤駿介委員長)は10日、リスク(危険度)やコストなどをふまえ、今後20~30年の原発の役割について再検討することを決めた。 東京電力福島第一原発の事故に関する当面の対応について「原子力発電をとりまく社会環境は大きく変化した」とし、事故の検証結果を待たずに重要課題の整理を始めるという。 近藤委員長は10日の定例会で「総理にもお会いして、このことの重要性を申し上げた」と話した。今後、有識者から意見を聴きながら検討する。 原子力委員会が2005年にまとめた原子力政策の基本になる「原子力政策大綱」は、昨年から改定作業を進めていたが、事故を受けて4月に中断していた。 大綱では、使用済み核燃料をリサイクルして使う「核燃料サイクル」の方針を明記。国内の原子力発電の比率を2030年以降は30~40%かそれ以上を目指すことなども盛り込んでいる。また、燃やした燃料以上にプルトニウムを燃料として増やす高速増殖炉を「2050年ごろ」実用化するとしている。(小堀龍之) 政府、原子力村、有識者など入り乱れて検討が始まるわけですね。定検後の原発再開の目処はたたないが、待ったなしで電力は必要である。それでは代替エネルギーは何か?ということで・・・・図書館でエネルギー関連の雑誌ENECO-5月号を借りてきて、調べてみました。失われた原発発電能力の穴埋めは、短期的にも中長期的にも、液化天然ガス(LNG)が主軸になるだろうとのことです。パワープラントにも従事した大使から見ても、現実的な代替エネルギーとしては天然ガス発電かなと思うわけです。ENECO-5月号(日本工業新聞社)から引用します。p15「エネルギー基本計画見直しの行方」岩間剛一<安全かつ安定的な供給こそが第一> 福島第一原発事故の深刻化を受けて、政府は「エネルギー基本計画」の見直しに着手することになった。昨年6月に閣議決定された現行の基本計画は、原発を2030年までに14基以上増やすなど原発の推進を前提としていたからだ。当面はその代替の多くを火力発電が担うことになる。このため、地球温暖化防止の観点からは二酸化炭素(CO2)排出増につながることは避けられないだろう。だが、低炭素社会を志向するあまり、「エネルギーの安全かつ安定的な供給」という視点を軽んじてはいけない。その意味で、太陽光をはじめとする再生可能エネルギーにも、まだまだ課題は多い。一方で、日本の火力発電のエネルギー効率の高さは世界に誇れるはずだ。例えば東北電力東新潟火力発電所のように、液化天然ガス(LNG)を燃料とするコンバインドサイクル発電で世界最高レベルの熱効率50%を超える発電所があり、電源開発(Jパワー)の磯子火力発電所(横浜市)は、石炭火力発電所として43%という驚異的な効率を達成している。資源の乏しい日本が今後のエネルギー計画を考えるうえで示唆に富むものといえる。<完全に瓦解したエネルギー基本計画の大前提> エネルギー基本計画が大前提としていたものは、「地震というリスクに対する絶対的な安全性」であり、「国民の理解・信頼」であった。しかし、「想定外」の地震による緊急炉心冷却設備(ECCS)の破損、巨大な津波に対応できなかった補助電源装置の不備、事故発生後の不適切で不透明な危機時対応などによって、もはや大前提は完全に崩壊してしまった。(中略) 電源開発(Jパワー)が青森県大間町で進めていた原発計画も建設作業が中止された。日本全国で稼動している原発についても安全対策の強化が進められており、原子力発電のコスト優位性がもはや失われつつある。世界的にも、今回の福島第一原発事故を受けて、ドイツは稼動中の原発のうち7基を一時的に停止し、反原子力発電政策を掲げる緑の党が選挙で躍進を遂げ、将来的に原発廃止計画を打ち出している。スウェーデン、イタリアも原発再開への動きを凍結した。ベトナム、タイをはじめとした途上国も原子力発電の新規導入に対する見直しを開始している。 昨年、世界のエネルギー業界で話題となった低炭素エネルギーとしての原子力発電の新たな復興という「原子力ルネサンス」は見直しを余儀なくされ、日本国内において20年までに9基の原発を新増設することも、地元住民の了解を得られることは事実上不可能となり、絶望的である。米国においては、79年のスリーマイル島の事故以来、30年以上にわたって原子力発電所の新設はまったく行われていない。 今回の福島第一原発の事故は、事故被害のレベルがスリーマイル島事故を完全に上回っている。日本のみならず世界においても原子力安全神話は完全に崩壊した。もはや今後30年近くにわたって、現実的な発電方法は、シェールガス革命によって資源的に豊富であり、かつ放射能リスクのないガスタービンを用いた天然ガス発電、石油火力発電、各企業におけるディーゼル発電機による自家発電である。東電においては停止中の東扇島火力発電所(川崎市)、鹿島火力発電所(茨城県)などの再開を決めており、今後の電力需要期である夏場と12年冬場の計画停電の縮小に向け、国民生活と各企業の生産活動における石油火力発電、天然ガス火力発電の重要性はますます高まっている。 過度な原子力安全神話から原子力依存に力点を置きすぎたいびつな日本のエネルギー政策は、石油と天然ガスという優れたエネルギーの利用という現実に根を張った視点で、根本から見直しを求められているのである。和光大学経済経営学部 経済学科長 岩間剛一更にENECO-5月号(日本工業新聞社)からです。p20~21「安定供給と環境負荷低減を両立させるLNG」石井彰 福島第一原発の事故の行方は、依然として予断を許さない危機的状況が続いているが、その失われた原発発電能力の穴埋めは、短期的にも中長期的にも、液化天然ガス(LNG)が主軸になるだろう。 従来、LNG火力発電はミドルロード電源と位置づけられてきたが、当分の間、常時フル稼働する必要がある。ピークロード用電源と位置づけられて低稼働運用されてきた石油火力も、フル稼働されることになるが、さらに最短で数ヶ月で設置可能なLNG火力の新設にも取りかかる必要がある。<短期的なLNG代替> 福島第一原発の発電能力は合計約900万KWなので、その全量を単純にLNG火力の焚き増しで補填すると、年間約900万tのLNGの追加需要となるが、通常でも夏場はフル稼働になっていることや、石油火力の稼働率アップとのバランスを考えると、LNGは年間300万~500万t程度の追加需要となるものと推定される。 世界のスポットないしは短期契約可能なLNGは、全世界のLNG生産能力(年間約2億6000万t)の約2割に相等する約5000万t/年程度あるので、量的調達には問題ない。ただ、4ヵ月後に迫る夏の電力需要最盛期には、スポットLNG価格が上昇する可能性は高く、また欧州や韓国の季節需要がピークになる冬場に向かって、さらに価格上昇する可能性はある。 また、イエメンの騒乱が拡大して、年産670万tのLNG出荷が止まる可能性もあり、場合によっては、2008年の100万BTU当り20ドル(原油換算バレル約120ドル)という悪夢の再現の可能性も排除できないが、石油価格より高くなることはないだろう。<中長期的なLNG代替> 米紙ニューヨークタイムズが「天然ガスが本命へ」との記事を、今回の原発事故直後の3月21日にいちはやく掲載したように、世界的に中長期の天然ガス需要が、再生可能エネルギーや石炭をしのぐ勢いで大幅に増大し、世界的な天然ガス時代の到来は確実になったといってよいだろう。 問題は、原発代替の天然ガスシフトが起きるか否かではなく、そのスピードと程度がどのくらいかということっである。理由は明らかだろう。 原子力の長所は、比較的コストが安い安定電源であり、かつ発電時に二酸化炭素(CO2)をほとんど出さないことだ。代替電源はこれに準ずるエネルギー源でなくてはならないので、すべての電源の中でCO2排出量が最も多い石炭は、コストが一番安くても主要代替電源になり得ない。 石炭のCO2排出量の多さを緩和するため、「石炭+CO2の回収・貯留(CCS)」も大きく提唱されてきたが、大幅なコストアップになることと、枯渇油、ガス田ではなく、一番期待されている耐水層へのCO2地中処理をした場合には、長期的、高コストの準備処理をしない限り、地質リスクが大きいことが最近判明してきた。 再生可能エネルギー、特に太陽光発電はCO2を排出しないものの、コストが5倍以上と著しく高く、稼働率が原理的に1割程度の不安定電源なので、これも主要代替電源にはなり得ない。CO2排出量削減の観点からのみ、先進諸国で実質補助金付きで限定的に導入が強制化されることになろう。 これらに対して、天然ガスコンバインドサイクル発電は、CO2排出量が発電量当り石炭火力の三分の一程度で済み、かつ発電コストは原子力発電と同等、ないしはそれ以下であり(国によって異なる)、安定電源にも、バックアップ電源にも、どちらでも運用可能である。しかも、すべての電源の中で最も工期が短く小型であり、パーフェクトではないが、すべての選択肢の中ではベストである。<需要増にも十分対応できる潜在供給力> 今後の福島第一原発事故の展開によって大きく左右されるだろうが、原子力代替の新規LNG需要増は、今後10年程度で5000万t/年程度になる可能性があるが、現在、豪州だけでも既存案件の拡張分も含めて新規案件が12件、合計8000万t/年の新規LNG計画があり、潜在供給力は十分すぎるほどである。(中略) ただし、日本でのLNGの問題は、これまでLNGの長期輸入契約の大半が石油価格準拠の価格フォーミュラとなっており、世界の中で天然ガス価格が最も高いことである。ここ数ヶ月の中東動乱と世界的な金融緩和によって、原油先物市場へ投機資金が大量に流入して原油価格が高騰しているので、日本の輸入LNG価格も、LNGの需給状況とは一切関係なく再び上昇してきている。(中略) しかし、世界的、長期的に見れば、北米において過去数年で生じた「シェールガス革命」「非在来型天然ガス革命」による天然ガスの埋蔵量と生産量の爆発的拡大で、いずれアジア太平洋地域のLNG価格も低下してくると考えられ、3月中旬に開催された「GASTECH 2011」では、近年の高価格希求、石油価格準拠価格の死守の急先鋒であった英蘭系メジャー:ロイヤル・ダッチ・シェルもこの可能性を認めている。また、買い手側はそれが実現するように、購入・調達・投資戦略を再構築する必要があろう。
2011.05.11
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琵琶湖条例と湖岸地域のせっけん運動は知っていたけど、この地域が菜の花プロジェクト発祥の地になったことは、この本「菜の花エコ辞典」で知ったのです。かって「合成洗剤をやめてせっけんを使う」という人が県民の7割にまで達した実力は伊達ではないようです。そして食料自給率、エネルギー自給率、資源循環サイクル、地産地消、遺伝子組み換え防止、(反米?)など様々な視点、意志を包括するような菜の花プロジェクトである。「菜の花エコ辞典」藤井絢子編著、創森社、2011年刊p23~26<菜の花プロジェクトの取り組み> この琵琶湖の赤潮発生を契機に一気に「合成洗剤を使わない」という運動が広がったのである。 せっけん運動は県民の高い支持を受け、ピーク時の1979年には「合成洗剤をやめてせっけんを使う」という人が県民の実に7割にまで達した。せっけん運動に象徴される滋賀の富栄養化防止の動きは、1980年の滋賀県議会での全会一致により「琵琶湖の富栄養化を防止する条例(琵琶湖条例)」を制定することで大きな山を越すことになる。 こうした琵琶湖での経験は、その後の滋賀の様々な分野における地域活動、住民運動、市民運動、NPO活動などの土台をつくったことになる。 そして、このせっけん運動と同時に始められた「廃食油の回収とせっけんへのリサイクル」という運動が、菜の花プロジェクトを生み出したのである。p30~31<ドイツのバイオマス・エネルギー促進策> 軽油に代わる燃料としてBDFを活用しようとすると、廃食油だけでは量的な限界がある。日本全体での軽油の消費量は5000万tと言われているが、全国の廃食油を集めたとしても40万tから50万tにしかならない。BDFは軽油のわずか1%にしかならないのだ。これでは「資源循環型」といいながら、現実的ではない。 そこで参考にしたのがドイツであった。ドイツでは、休耕地対策としてBDFの原料になる菜の花の栽培を進めていた。ドイツの食料自給率は高く、全部の農地で食料用に農作物をつくると生産過剰となり、農作物の価格暴落につながる。それを防ぐために休耕地対策を進めており、食用ではなく、バイオマス・エネルギー促進策として、菜の花栽培への支援を行っていた。 ドイツと日本は事情が異なるが、食料自給率が低いわが国でも、いったん食用油として利用し、廃食油をBDFに変えるという多段的利用をするなら、休耕田の活用が図れる。ナタネ油は現在そのほとんどを海外からの輸入に頼り、わが国の自給率はわずか0.05%にしかすぎない。しかも、その輸入ナタネは、多くの国民が不安に思っている遺伝子組み換えのナタネだともいわれている。 休耕田の面積も広がり続けている状況の中、農地の保全、ナタネ油の自給率向上、遺伝子組み換えの不安の除去など、菜の花栽培を増やしていくことで多くの問題の解決につなげることができる。それに、菜の花は春の訪れを告げる風物詩だったのだ。<第3ステージの菜の花栽培> 私たちは、1998年に愛東町(現、東近江市)で菜の花栽培を始めた。そして、これを見た当時の滋賀県知事が、滋賀県にふさわしい菜の花の品種や栽培方法を探るために栽培実験事業をスタートさせてくれた。県下4地区にそれぞれ1haを実験地として決め、3年間の栽培実験が始まったのだ。 第1ステージの「せっけんへのリサイクル」、第2ステージの「BDFへのリサイクル」、そして第3ステージの「菜の花の栽培」という過程を経て、「地域自立の資源循環サイクル」が見えてきた。循環型社会の地域モデルが生まれてきたのである。 私たちは、頭の中だけで循環型社会の形成の必要性を訴えるより、実際に資源循環の取り組みを地域で具体的に進め、わかりやすい地域モデルをつくることが大事だと考えてきた。その形がやっと見えてきたのは愛東での実践での結果だと考える。p176~177<菜の花の食とエネルギーへの活用> 菜の花の効用は景観だけではない。「食とエネルギーの地産地消」は、持続可能な社会づくりに向けて私たちが掲げているスローガンである。わが国の食料自給率は40%、エネルギー自給率はわずか4%―この数字はわが国の持続性に不安の影を落としている。さらに海外からの輸入食料品の量的な確保とともに、残留農薬や遺伝子組み換えなど質的な安全性の確保についても課題がある。 ナタネ油は、食料自給という問題を考える上で大きな素材だ。戦前までは約97%の自給率を誇っていたナタネ油は、戦後、外国からの輸入により、国内の生産が萎えていく。現在では、カナダやオーストラリアからのナタネの輸入が大部分であり、輸入される総量が250万tに対し、国内のナタネの生産量はわずか1000t。戦後の食の欧米化とともに、日本人の食用油の摂取量は、昭和30年代に比べて約3倍に増えたと言われているが、ナタネの自給率は、実に0.05%にまで低落しているという。 こんな状態にもかかわらず、ナタネ生産を増やすための手だては十分でない。これまでかろうじて行われてきたナタネ生産に対する国の助成が、2010年で廃止されたのだ。これに代わって「戸別所得補償」で手当てするとしているが、ナタネの生産助成は麦や大豆に対して見劣りがする制度設計になっている。食料の自給率向上を図るためには、もっと戦略的な制度設計が不可欠だ。 食料とともにエネルギー自給率も考えなければならない。エネルギーのほとんどを石油が占めていた時代には、海外からの輸入に頼ってきた。しかし、化石エネルギーに過度に依存するエネルギー事情は、化石エネルギー枯渇という問題と、二酸化炭素増大による地球温暖化という問題から、その大きな転換を余儀なくされている。田んぼが生み出すバイオマス・エネルギーの活用が注目されているのだ。ナタネの持つ効用は、次世代の教育という観点からも新しい光が当てられはじめている。持続可能な未来社会をどう建設していくかという現在進行形のテーマを、次世代を担う子供たちと一緒に大人も学び直さなければならない。p179~181<BDF事業の課題と可能性> BDF(バイオディーゼル燃料)事業を拡大していくための課題と、その可能性について考えてみよう。「バイオマスニッポン総合戦略」以来、国もバイオマスに対しての認識を徐々に高めているが、BDFを普及させるためにはBDFの品質確保の問題がある。政府は、ガソリンにエタノールを3%混合した燃料(E3)と、軽油にBDFを5%混合した燃料(B5)の品質基準を決めた法律(品確法)を策定し、これによってユーザーに安心できる品質を確保することで普及促進に乗り出した。 BDFはだれでも比較的簡単につくることができるため、品質の悪いBDFを生み出す場合があり、そのために一定の品質基準の策定は必要である。しかし、このことが小規模でBDF生産に取り組んでいる地域の取り組みを阻害する要因となっている。 例えば、B5ディーゼル燃料を販売しようとすると、つくった燃料がB5の品質規格に適合しているかどうかの成分検査を受けなければならず、この検査費が草の根の取り組みでは賄えないなど、それは端的にあらわれてきている。 品確法の制定においてもこのことが議論され、この付帯決議では、 ―バイオ燃料導入に当たっては、最近の世界的な食料価格の高騰を踏まえ、燃料と食料 の競合問題を引き起すことのないよう十分に配慮するとともに、二酸化炭素削減効果 や水資源問題等を総合的に検討しながら普及のための条件整備に努めること。また、 「菜の花プロジェクト」等のバイオディーゼル燃料にかかる「地産地消」の取り組み については、その支援体制の充実に努めること。 と菜の花プロジェクトなどの取り組みに配慮することを求めているが、この付帯決議の実現に向けては、菜の花議員連盟などを通じて、粘り強く取り組んでいく必要がある。 また、B5という基準で販売するGSも増えつつあるが、BDFの普及のためには、もっと高濃度でのBDF利用を進めていくべきだと考える。これまでもBDF20%混合のディーゼル燃料の利用を進めてきたが100%でディーゼル車を動かしている例も多い。5%混合基準だけでなく、もっと高濃度の混合基準の制定も必要である。<食とエネルギーの地産地消を目指して> このように品確法は功罪あわせ持った法律であるが、この品確法は、道路を走るトラックや自動車などで使う燃料の基準を定めたものである。そこで菜の花プロジェクトネットワークではバイオ燃料を普及させていくために、地域における資源循環で生み出されたBDFを地域で使うという取り組みを進めてきた。 例えば、地元の田畑で使う農耕機械の燃料としての利用であり、琵琶湖を運航する船舶の燃料としての利用などである。地域のものを地域で活用することが資源リサイクルを広げていく上で有効だからである。 私たちは「食とエネルギーの地産地消」を掲げている。山や田んぼが生み出すバイオマスをエネルギーに利用することで、新しい経済と新しいライフスタイルを創り出すことが狙いだ。いま、そのためのいくつかの活動を始めたいと思っている。 現在のナタネからは3割程度の油しか絞れないが、もっと油成分が多いナタネの品種改良に取り組みたい。もちろん、面積当りの収量を増やしていくことにも取り組みたい。 ほかに、山のバイオマスの有効活用のために、マツ、スギ、ヒノキといった針葉樹の間伐材を活用した薪ストーブの開発に取り組んでいる。 こうしたバイオエネルギーに関わる生業を生み出すことにより、地域を持続的に維持していく力が生まれていくと考えている。
2011.05.10
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米メディアの「ジェロニモ、作戦により殺害」という表現に驚いたわけですが・・・アメリカのネイティブ蔑視、搾取には年季がいっているわけで、南米のネイティブが今どうなっているか気にかかるところです。米国の金融界とADM、カーギル、モンサントなどの多国籍企業が諸悪の根源ではないかという、毎度の追及となりますが・・・・図書館で借りた「バイオ燃料」を紹介します。「バイオ燃料」天笠啓祐著、コモンズ社、2007年刊p49~52<規模の大小によって地域循環型にも環境破壊型にもなる> これまで日本では、菜の花プロジェクトネットワークを先頭に各地の環境保護運動が廃食用油を回収して、軽油代替燃料や石けんにリサイクルしてきた。転作田に菜の花を植え、菜種を収穫し、搾油して菜種油にする。その菜種油は家庭の料理や学校給食に使い、搾油時に出た油かすを肥料や飼料として使う。そして、廃食用油を回収し、大気中に排出された二酸化炭素は菜の花の栽培によって吸収される。まさに、資源とエネルギーが地域で循環する。 こうした地域レベルの小規模な取り組みは、品質のばらつき、回収の手間、機械購入費用などの面で、採算をとるのはむずかしいが、積極的に評価できる。しかし、国や大企業が乗り出し、規模を拡大して採算を求めだすと、性格は一変する。環境破壊型の事業になり、原料の途上国からの輸入につながり、人びとの食料を脅かす存在になるのだ。p67~69<途上国を食い物にする京都メカニズムの中心がバイオ燃料> 京都会議で採択された「」には大きな問題がある。大量生産・大量消費をもたらす市場経済の論理が、環境破壊の主因である。環境問題をその市場経済の論理で解決しようというのだから、本末転倒であり、解決への道を遠ざけたといっても過言でない。 京都メカニズムは三つの仕組みから成り立っている。いずれも、いわば環境をカネで買い叩く制度である。1.クリーン開発メカニズム 先進国が途上国で温室効果ガスの削減事業を行い、そこで生じた削減分を先進国の排出分に繰り入れられる。単に投資するだけで、削減分を買い取ることができる行為も含まれる。2.共同実施 先進国間で温室効果ガスの削減プロジェクトを共同実施し、その削減分を先進国間で割り振ることができる。単に投資して、削減分を買い取ることができる行為も含まれる。3.排出権(量)取引 先進国間で排出枠を売買できるという、最悪の仕組みである。 日本が6%の削減を達成するためには、この京都メカニズムをフルに活用する以外ない。すなわち、温室効果ガスを増やし続けながら、カネで環境を買う方法に依存せざるを得ないのだ。 そのために、内閣官房・経済産業省・環境省・外務省・国土交通省からなる「京都メカニズム活用連絡会」が発足。「クリーン開発メカニズム」で198のプロジェクト(07年8月現在)が承認された。「共同実施」は13プロジェクトで行われる。(中略) 共同実施は、電力6社(東北・東京・中部・中国・四国・九州)が中心になって進めているプロジェクトが多い。ハンンガリーやブルガリアでのバイオマス・プロジェクト、チェコやポーランドでの地熱供給プロジェクトなどがある。排出権取引では、日本は05年1月~06年3月の取引市場で排出枠の38%を購入し、世界第一位だった。 言い方は悪いが、途上国を食い物にしなければ、京都議定書の数値目標を達成できない現実がそこにある。そのプロジェクトの中心に、バイオ燃料が組み込まれている。 p73~74<多国籍企業がめざす第三の波> バイオ燃料の市場を事実上支配しているのは、多国籍企業だ。原料となる穀物の流通を握るのは、ADM社とカーギル社の米国系二大穀物メジャー。ADM社は世界最大のバイオ燃料製造能力を持つ。カーギル社も負けじと、アルゼンチンに推定15億ドルを投じてバイオ燃料の生産施設を建設しているという。 バイオ燃料の主要原料であるトウモロコシ、菜種、大豆は、大半が遺伝子組み換え作物である。米国ではトウモロコシの73%、大豆の91%(07年見込み)、菜種の世界一生産地カナダでは菜種の77%(04年)が、遺伝子組み換え品種だ。その種子を90%以上支配しているのがモンサント社。続いて、スイスの製薬企業シンジェンタ社、ドイツの製薬企業バイエル社の農業部門であるバイエル・クロップサイエンス社、米国の化学企業デュポン社などが追いかけている。 このように見ていくと、米国のADM、カーギル、モンサントという三つの多国籍企業がバイオ燃料を支配しているといえる。米国の食糧戦略と密接につながっている実態がよくわかるだろう。 そして、温暖化対策をかたくなに拒否し、京都議定書からも離脱した米国のブッシュ政権が、バイオ燃料に急速に取り組みだした理由も、浮かび上がってくる。穀物メジャー2社は、政府の農業・食料政策に常に大きな影響を与えてきたのである。また、モンサント社はラムズフェルド元国務長官をはじめ、ブッシュ政権に多数の閣僚を送り込んできた。 さらに、石油メジャーも第三の波に乗ろうとしている。たとえば英国のBP社が、デュポン社と組んでサトウキビによるバイオ燃料の製造事業に乗り出した。その背景には、中東依存からの脱出をめざす戦略がうかがえる。 日本でもっとも積極的な企業は、トヨタ自動車である。すでに、インドネシアで生分解性プラスチックやバイオ燃料の原料になるサツマイモの栽培を行ってきた。そして、新たにマレーシアでアブラヤシの栽培を行おうとしている。バイオ燃料に進出することで、地球温暖化対策に取り組んでいるというイメージをつくり出したいからだと思われる。 p140~143<増加し続ける遺伝子組み換え作物> バイオエタノールの二大原料は、サトウキビとトウモロコシである。バイオディーゼルの三大原料は菜種、大豆、アブラヤシである。このうち、トウモロコシ、菜種、大豆で、遺伝子組み換え種子の割合が増え続けている。なかでも、その牽引役となっているのはトウモロコシだ。 遺伝子組み換え技術とは、細菌などの遺伝子の一部を切り取って他の生物の遺伝子に組み入れる技術である。それによって、その生物が本来もっていない性質を加えたり、性質を変えたりする。従来の品種改良と異なる点は、人工的に遺伝子を組み替えるため、種の壁を越えて他の生物の遺伝子を導入できる点だ。その結果、改良の範囲が拡大し、改良期間も短縮される。 しかし、次の三つの点が広く懸念されている。すなわち1.食べ物の安全性を脅かし、2.環境に大きな影響を与え、3.特定の企業によって種子が独占されることである。 現在、おもな遺伝子組み換え作物は、大豆、トウモロコシ、綿、菜種だ。 遺伝子組み換え作物の国別作付面積の割合には米国の食糧戦略が色濃く反映されている。 米国の多国籍企業モンサント社が種子の90%以上を支配しているため、アメリカ大国で栽培面積が拡大し90%を超えているのだ。米国に加えて、カナダ、アルゼンチン、ブラジル、パラグァイ、ウルグァイが多い。また、アジアでは中国とインドで、アフリカは南アフリカ共和国で拡大している。いずれも、モンサント社が地元の種子企業を買収するなどして、販売戦略を展開してきた。 日本は食糧自給率が低く、米国への依存度が高い。したがって、世界でもっとも多くの遺伝子組み換え作物を輸入している。(中略) 遺伝子組み換え作物は現在、除草剤耐性作物と殺虫性作物に分かれる。除草剤をかけても枯れない除草剤耐性作物が6990万ha(69%)、作物自体に殺虫能力をもたせた殺虫性作物が1900万ha(19%)、両者の性質をあわせもった作物が1310万ha(13%)、栽培されている。目的は生産者の省力化とコストダウンだ。市場規模は04年には440億ドル(約5兆円)に達し、巨大な市場に発展しつつある。 作付面積を作物別に見ると、06年にもっとも多く作付けされたのは大豆で、5860万ha(57%)。すべてモンサント社の除草剤耐性大豆である。世界的に同社の大豆支配が強まってきた。米国では、全大豆畑に占める遺伝子組み換え大豆の割合が約91%(07年の推定)まで増えている。 大豆はもともと中国が原産国で、4000年の歴史をもつ。日本の歴史も古く、2000年に達する。稲作と同時に発達してきた、アジアの人びとの重要な食べ物だった。最近、それが大きく変わりつつある。 米国の大豆栽培の歴史はまだ80年程度で、ブラジル・アルゼンチンにいたっては20年にもなっていない。ところが、現在の世界の三大生産国は、米国、ブラジル、アルゼンチン。この3ヶ国は、遺伝子組み換え作物の栽培面積のトップ3と一致している。ブラジルでは、サトウキビ畑に押し出される形で大豆畑が熱帯雨林を切り開いて拡大していることは、すでに述べたとおりである。 2番目に多いのがトウモロコシで2520万ha(25%)、続いて綿が1340万ha(13%)、菜種が480万ha(5%)だ。米国では、全トウモロコシ畑に占める遺伝子組み換えトウモロコシの割合は約73%(07年の推定)で、その18~20%がバイオ燃料に用いられている。 wikipediaバイオ燃料「バイオ燃料」の現状については、日刊ベリタ特集 遺伝子組み換え/クローン食品に詳しく出ています。日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありませんとのことで、取り扱い注意です。
2011.05.09
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「バイオ燃料」紹介の続きです。p144~146<製造効率を上げるために遺伝子組み換え技術を利用> バイオエタノールは酒の製造工程と同じで、米、ジャガイモ、小麦などのでんぷん原料の場合、でんぷんを糖に変え、糖から発酵・蒸留の工程を経る。サトウキビやテンサイなどの糖原料の場合は、でんぷんから糖に変える工程がいらなくなる分だけエネルギーやコストが削減できる。 すたがって、でんぷんを糖に変えたり発酵させる際に用いる微生物や酵素を改良すれば、エネルギーやコストの削減につなげられる。そのため、遺伝子組み換え技術に期待する傾向が強まっている。06年11月には、米国で相次いで、報告書などが発表された。1.バイテク産業に関係する民間機関・全国食料農業政策センターが、遺伝子組み換え作物が米国農業に及ぼす効果についての報告書をまとめ、食料と燃料両方の需要を満たすために、遺伝子組み換えトウモロコシの栽培面積の拡大が必要だと述べた(16日)2.米国農務省が、バイオ燃料産業の発展のためには、さらなる規制緩和の必要があると言及。地方のバイオ燃料工場に投資しやすいように、税制や規制を変更する必要があると強調した(17日)3.米国バイオテクノロジー産業協会がバイオ燃料に関する報告書を出し、米国農業がバイオ燃料工業の原料生産を担うべく、その対応策を提案。農業残渣を用いたセルロース系バイオエタノールの開発を強調した(21日) バイオ燃料の第二世代原料の本命は、すでに述べたようにセルロース系である。しかし、現状ではコストがかかり、とても他の作物と太刀打ちできない。したがって、各国で技術開発競争が盛んだ。その最大の焦点は、セルロースを糖に分解する酵素セルラーゼの開発である。 米国のミシガン州立大学は、セルラーゼ遺伝子を導入したトウモロコシを開発した。この遺伝子を使えば、糖への変換効率が高くなるという。ただし、この遺伝子が働くと、栽培中もセルロースが分解されてトウモロコシの繊維分が分解されるので、支えを失って枯れ、作物として成り立たなくなってしまう。それを防ぐために、温泉に棲む高温に強い細菌から取り出した、高温で初めて働き出す遺伝子を用いている。 しかし、この遺伝子が何度から働き出すかは、はっきりしていない。想定されているより低い温度で働き出せば、異常気象による高温でトウモロコシが枯れてしまうかもしれない。あるいは、花粉の飛散による交雑で、この遺伝子が熱帯地方のような高温地帯で栽培されるトウモロコシに混ざった場合、どうなるのだろうか。トウモロコシが全滅するという惨憺たる光景を目にする可能性も否定しきれない。 p171~174<大量浪費社会から小規模な自然エネルギー利用社会へ> 米国や日本をはじめ多くの先進国では、エネルギーが大量生産・大量消費され、大量に浪費されている。そこに環境破壊の根源的な原因がある。それは、経済優先・企業優先で、資源浪費型・環境破壊型のエネルギー・社会構造がもたらしてきたものである。 それに対して、市民団体や環境保護団体を中心に、環境を優先したエネルギーと社会のあり方がめざされてきた。それは、中央管理型でも巨大集中型でもない、分散型のエネルギーと社会である。多様性の尊重といってもよい。もちろん、石油や原子力発電のような化石燃料多消費型ではなく、再生可能で持続可能なエネルギーである。太陽光・風力など低密度で分散型のエネルギーを中心に据え、自然を支配するのではなく、自然と共生するあり方を提起してきた。 そのとき大切なポイントは、自然エネルギーの比率を増やすだけでなく、エネルギーの消費量自体を減少させることだ。大量生産・大量消費社会の見直しである。 小規模に廃木材からエタノールをつくったり、廃食用油からディーゼルをつくる程度であれば、まったく問題はなかった。しかし、エネルギー戦略の中心に位置づけられ、規模が拡大し、市場経済にさらされることで、バイオ燃料の性格は一変していく。 トウモロコシを中心に食料・飼料・燃料の奪い合いが起き、発展途上国の食料を先進国のエネルウギーが奪いつつある。新たな農地の開発のために熱帯雨林の伐採が進み、地下水は過剰に汲み上げられた。加えて、遺伝子組み換え作物の栽培面積が拡大し、花粉や種子による生態系や食料の汚染が起き、多国籍企業による種子支配がさらに強まっている。 小規模な段階のバイオ燃料はプラントの製造も簡単で、環境への影響はない。スケールメリットはないが、廃棄物や廃水の処理にかかる費用もあまり必要としない。地産地消で行えば、流通にかかる費用もわずかですむ。廃食用油の利用のようなリサイクル型や、菜の花プロジェクトのような環境保護型の取り組みが各地で広がっていくことが大切だ。 ところが、このまま大型プロジェクトが増えていけば、食料と競合する原料の確保、遺伝子組み換え技術による弊害、施設のメンテナンス、廃棄物や廃水の処理など、多くの問題が起きる。建設・計画中のプラントの大半は、国の資金援助があって初めて成立している。それなしでは、石油との競争に勝つことはできない。各国がバイオ燃料を増やす政策を続けていけば、こうした矛盾は拡大していき、最後には自滅するしかない。経済の拡大を前提にすれば、解決策は見えてこない。 石油や石炭のような化石燃料は、やがて枯渇していく。その前に社会のあり方を変えていかなければ、取り返しのつかない事態になる。 現在のような大量生産・大量消費は異常であるという認識から出発しなければならない。規模が拡大するかぎり、技術的な解決を図っても、矛盾は増幅する。技術が引き起こす問題は、技術では解決できない。総需要を抑制していかなければ、地球環境の破壊は免れないのである。<あとがき> 06年後半、突然、バイオ燃料ブームが起きたように見えた。だが、慎重に背景をたぐっていくと、米国の食糧戦略やエネルギー戦略が顔を出し、以前から周到に準備されていた動きであることが垣間見えてくる。 穀物や飼料の価格が急激に高騰し、途上国や貧しい人びとの暮らしを直撃する一方で、史上空前の利益を上げた多国籍企業が存在する。バイオ燃料もまた、グローバリゼーションのなかで、富める者をいっそう豊かにし、貧しい者をさらにどん底に突き落とし、格差を拡大する役割を果たしているのだ。そして、推進の口実として、地球温暖化対策が前面に出されている。本当に環境にやさしいのか調べていくと、これまた環境破壊の実態が見えてきた。
2011.05.09
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米メディアの「ジェロニモ、作戦により殺害」という表現に驚くわけです。ウサマ・ビンラディンの暗号名が「ジェロニモ」だったそうだが、米国内では先住民に対する配慮はないのでしょうか?また、オバマ大統領の「Justice has been done.」「我々は彼を仕留めた(We got him)」という表現は、いくら国内向けだとしても、国外の我々には違和感を禁じ得ないのです。ホワイトハウスの戦術では「拘束・裁判」が最悪の選択肢だったようで、有無を言わさないターゲット殺害、水葬が既定の方針だったようです。イラク、アフガンで繰り広げられている西部劇のような非対称戦争に加担する愚について、再考すべきではないでしょうか。(反米の大使の意見ですから、聞き流してください)ビンラディン容疑者殺害:暗号名は「ジェロニモ」より 【ワシントン古本陽荘】国際テロ組織アルカイダの最高指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者を殺害した米国の秘密作戦の詳細が米メディアによって明らかになった。同容疑者を暗号名「ジェロニモ」(白人の侵入に抵抗した先住民族アパッチ族の戦士)と呼び、米海軍の特殊部隊「シールズ」が、潜伏先を模した施設で数週間にわたり強襲訓練を重ねた上での突入だった。 作戦開始は現地時間の2日未明。イスラマバードの北約60キロのアボッダバードにあるビンラディン容疑者の居宅(3階建て)で、隊員らが目指したのは容疑者が家族と住んでいると分析した2、3階部分だった。同容疑者の側近らが反撃、銃撃戦は約40分間続いた。 「ジェロニモを確認」。ホワイトハウスの危機管理室で報告を待っていたオバマ米大統領らに、現場の状況を伝えるパネッタCIA(米中央情報局)長官からの一報が届いた。隊員らが3階で発見したビンラディン容疑者は女性を「盾」に銃で反撃を試みようとしたが、頭部を撃たれて死亡した。 「ジェロニモ、作戦により殺害」。パネッタ長官の報告が入った危機管理室ではしばらくの沈黙の後、大統領が声を発した。「我々は彼を仕留めた(We got him)」ひとを殺して歓喜する国民にはなりたくないより 「Justice has been done.」とオバマ大統領はテレビ演説の締めくくりで言った。ニューヨークのグランド・ゼロやホワイトハウス前にたくさんの人々が集まり「USA!」を連呼した。ひとを殺して歓喜する国民がそこにいる。 10年前の9月11日のワールド・トレードセンター崩落後に世界中に配信された映像があったのを覚えている。事件後、パレスチナの地で歓喜するパレスチナ人たちの様子だった。そのテレビ映像をみて「文明国」の人々は言った。何という人々だ。あんな悲劇に歓喜する人々がいるなんて。だから僕らはいま同じように言おう。ひとを殺して歓喜する国民にはなりたくない。今朝の新聞をみた。朝日新聞に最上敏樹が「拘束・裁判が世界の潮流」と主張し、今回の国家の明確な意志による「暗殺」を容認しない意見も紹介している程度で、他紙にはほとんどそのような主張はみられなかった。わずかに毎日新聞が「人々が一人の死を喜ぶ姿に少しうろたえている」というコネティカット州の9・11遺族の談話を載せていたくらい。日本政府は「テロ対策の顕著な前進を歓迎し、関係者の努力に敬意を表する」との談話を発表した。 世界はもっともっと危険な方向に漂流しだしている。大震災後と現在進行形の原発事故のなかにある日本でそのように思う。ジェロニモより ジェロニモ(Geronimo、本名:Goyathlay)はアメリカインディアン、アパッチ族のシャーマン、対白人抵抗戦である「アパッチ戦争」に身を投じた戦士。 メキシコと合衆国双方は、アパッチの略奪に頭を悩ませ、何度も遠征をおこない掃討戦を試みた。しかし山岳ゲリラとも言うべき彼らの戦いは変幻自在で西部大平原のスー族と並んで、アパッチ族は最後までアメリカ合衆国に抵抗したインディアン民族となった。数々の戦いの中に、ジェロニモの姿があった。彼は雄弁に白人への抵抗を呼びかけ、白人と戦い続けた。ジェロニモの抵抗戦は、情報操作されて東部白人社会に大げさに伝えられた。数人殺された白人の数は、数十人、数百人となって報じられたのである。
2011.05.08
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私が勝手に私淑している関さんが、学芸誌「環」の「自由貿易の神話」という特集に「マルサスから宇沢弘文まで」という論文を投稿しています。この特集の副題が「TPP問題の本質を歴史から考える」となっているように・・・・経団連や経産省のプロパガンダ「震災復興のためにもTPPを」に対抗する強力な思潮を生むものと期待しております。5/4自由貿易の神話より「自由貿易」といえば昨年までは、「原発」同様、批判することそのものがタブー視される風潮にありました。TPP問題をきっかけに、中野剛志氏など多くの方々の活躍により、オープンに批判することが「解禁」されました。私もブログ界の片隅で、細々と自由貿易批判を展開してきた人間として、大変に喜ばしいことです。「自由貿易タブー」を打ち破ったのは、右とか左とかいう立場を超えたネット世論の一つの成果だと思います。私の寄稿は副題に「マルサスから宇沢弘文まで」とあるように、マルサス、グレーアム、プレビッシュ、デイリー、宇沢弘文・・・などの経済学者たちの自由貿易批判をまとめてあります。とりわけ、農産物と工業製品の財としての性質の違いから、両者を同列に扱って貿易自由化の対象とすると、世界レベルでの総需要不足という経済的不均衡の拡大、および貧困層の増大という社会的不安定性の双方がもたらされることの必然性を論じています。よろしければご笑覧ください。〔学芸総合誌・季刊〕 環 Vol.45震災でTPPは先送りになりましたが、日本経済新聞や日本経団連や経済産業省は「震災復興のためにもTPPを」などという、唖然とするような主張をしています。何で被災者をさらに苦しめるようなことが復興につながるのでしょう? 津波と原発事故の上にTPPまでやってきたら「トリプルパンチ」でそれこそ被災地は再起不能になるでしょう。 彼ら「大本営」が、異論を許さずマスコミを動員して翼賛的に推進してきた、「原発輸出」にしても「TPP推進」にしても、自国および諸国の国民生活を人質にとりながら、政・官・業・学ムラ社会の一部の住人のみが恩恵にあずかろうとする我欲に満ちたもので、外需志向の拡張主義という点で同根です。外需志向は一層の一極集中と社会的多様性の喪失をもたらし、日本人の賃金低下、労働条件の悪化、農村の文化と社会と環境の破壊をもたらします。さらには震災のような危機に対し脆弱な経済構造をつくり上げます。 「原発の安全神話」と同様に、「自由貿易による豊かさ神話」もともに大本営と御用学者たちの幻想の中にしか存在しない「神話」です。現実ではありません。 今回の「文明災(梅原猛氏談)」を機に、経団連や経産省のプロパガンダとは真逆な方向性、すなわち「外需から内需へ」そして「集中と効率から分散と多様性へ」という文明の転換こそが必要でしょう。この学芸総合誌・季刊「環」という雑誌の内容が興味をひくけど、定価3,780円と高いので、手が出ません(泣)
2011.05.07
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関さんのブログから「癒着文化が原発事故につながった」を紹介します。ニューヨークタイムズの大西記者が原子力村の癒着に言及しているわけですが・・・・原子力村の内情をよくご存知であり、国内大手新聞顔負けの記事となっています。5/2ニューヨークタイムズ「癒着文化が原発事故につながった」より原文はNYタイムズの下記サイト参照。記事を書いたのはNorimitsu Onishi氏とKen Belson氏。大西記者は日本生まれカナダ国籍のジャーナリスなのだそうです。 ****以下、記事の内容紹介***********癒着の文化 記事はまず、2000年に米GE社の技術者であった日系アメリカ人のKei Sugiokaさんが、福島第一原発の原子炉からの配管に亀裂があるのに隠されているという事実を原子力安全保安院に告発した事件から始まる。あろうことか保安院はSugiokaさんから告発があったという事実を、東京電力に逆告発するとともに、亀裂を隠しながら運転を続けることを容認した。この事件に関して、Sugiokaさんは電話インタビューに答え「私は原発を支持するが、それには完璧な透明性が必要だ」と語る。回転ドアと天下り 続いて、日本の「amakudari」文化を解説。ちなみに、「天下り」は descent from heavenと訳されている。アメリカにも似たような文化があり、アメリカでは回転ドア(Revolving Door)と呼ばれていることからか、「回転ドア」という見出し語がついている。 日本ではもうおなじみになった「原子力ムラ(nuclear power village)」の利権構造が解説される。日本では、会社と政治家と官僚と学者は利権のやり取りを通してつながっており、それに異議を唱える少数派は「村八分」の制裁を受けるのだと。ちなみに「村八分」は「village outcast(村から排斥された)」と訳されていた。うまい訳ですね。 民主党の中にあって稀有な原発批判派議員である大島九州男議員の「最近まで原発に触れることは皆がタブーと考え、誰も触れたがらなかった。これもすべて金にかかわる問題だ」というコメントが紹介される。 続いて、原子力安全保安院という規制当局が、原子力推進当局の経済産業省の中にあるという構造的な問題、そして「天下り amakudari」文化の解説と続く。 ここで、「もっとも手厳しい原子力業界の批判者」として日本共産党が紹介され、共産党がまとめた天下りファイルが引用される。経済産業省の高官から日本の各電力会社への天下りは慣例になっていたこと、1959年以来、経産省の高官が4人東電の副社長に天下り、副社長ポストは元官僚の指定席であっこと、地位の低い官僚は東電以外の多くの原発関連会社に天下っていること・・・など。 最近の例として、資源エネルギー庁長官の石田徹氏が昨年、東電の副社長(日本語では顧問、英語ではvice president)に天下っていたこと、菅直人政権もその人事を承認していたこと、そして共産党の追及などを受けて先月にようやく辞任したことが書かれている。 ついで共産党の吉井英勝議員のコメントの引用。「この癒着関係があるから、原子力安全保安院は原発ムラの構成員になり、原発利権をあさるようになるのです」と。 さらに「天下り」のみならず、重電メーカーなどの原子炉技術者などが原子力安全保安院に「天上がる(ascent to heaven)」という慣行の存在も指摘されている。 記事は続いて、京都大学で原発を批判し続け、それゆえ学会では迫害を受けてきた「京大6人組」について言及。小出裕章さんは「37年間も助手として留め置かれ、若いころは研究費を申請しても却下され続けてきた」と紹介される。 続いて、アメリカの原子力規制委員会と日本の原子力安全保安院を比較。米国の場合は、民間とつながっていない独立した研究機関や海軍などから技術者を集めるので、規制するにあたって業界からは独立性が保たれていると述べる。日米の両原子力業界にかかわってきた佐藤サトシさんが「(日本の)保安院は業界を規制する権限を有するが、業界の提案を独立して評価する技術的な能力に著しく欠ける」とコメント。国会の支配 続いて、自民党は原発関連会社と癒着し、民主党は電力会社の原発推進労働組合と癒着し、ともに原発を推進してきたという事実が指摘される。 自民党の改革派と紹介された河野太郎議員は「(自民と民主の)双方の政党はそれぞれ電力会社にとりこまれており、電力会社のやりたいことを追認してきた」と述べる。元東電副社長の加納時男氏が比例区選出の自民党参議院議員となって同党の原発推進政策を一手に引き受けていたことが解説される。 加納前議員はNYタイムズのインタビューに答え、「議員時代の政策は自分の信念に基づいてやったもので、東電から国会に送り込まれたパシリだったかのように思われるのは心外だ」というように語っている。 続いて電気連合出身の民主党の政治家・大畠章宏氏(前経産大臣、現国交大臣)が批判のやり玉に。民主党の近藤洋介(前経済産業大臣政務官)のコメントが紹介される。近藤議員によれば、「政権獲得以来マニフェストにしたがって、原子力安全保安院の独立性を高めるように改革に取り組んだが、大畠氏が大臣になってからというもの、改革に失敗してしまった」とのこと。大畠氏は、日立の原子力部門の技術者で、経営側に近い労働組合の電気連合の支援を受けて国会議員になり、民主党内において最大の原発推進派である。彼は、党の政策を「原発は過渡期のエネルギー」という位置づけから、「エネルギーの主力」という位置づけに変更したと紹介されている。 最後に、原子力ムラの最近の成果として、2030年までに日本に原発を14基増設し、国と電力会社が出資して「国際原子力開発」とう国策会社を設立し、海外に原発を輸出することを国家の輸出戦略の基幹に位置づけていたことが紹介されている。*****以上で記事紹介終わり*****************朝鮮日報の見る目も、なかなか的確ですね。4/30東日本巨大地震:被災工場の60%が復旧(下)より 世界各国で日本産に対するイメージが高品質から警戒対象へと変わっている。米国では日本から到着した船舶や航空機を対象に放射線検査が実施されているほか、欧州連合(EU)は加盟国に対し、毎時0.2マイクロシーベルトという検査基準を示した。ドイツは日本製の自動車と電子製品を対象にサンプル検査を実施しており、台湾は毎時0.2マイクロシーベルトを超える放射線量が検出された製品を返品するとの基準を設けた。こうした流れを受け、外国船舶の中には、日本への寄港自体を拒否するケースも出ている。 日本のメディアは各国による措置を「日本外し」として批判し、日本政府も各国に「不当な規制だ」と抗議しているが、原発問題はさらに拡大しており、対策を見出せないのが現状だ。フランス政府は日本政府の抗議について「日本が正確な情報を提供しない限り、フランスメディアによる日本関連の報道を信じるしかない」と切り捨てた。 現在、最も風評被害を受けているのが観光産業だ。日本政府観光局(JNTO)によると、大地震が発生した3月の外国人訪問客は前年同月比50.3%減の35万人にとどまった。出張などのビジネス客が含まれることを考慮すると、純粋な観光客は前年の10-20%にとどまったと推定される。さらに、日本人の観光客も減少し、日本のホテルや旅館の宿泊キャンセルは3月だけで56万人分に達した。被災地の東北地方や関東地方の39万人分に加え、地震や原発事故の被害を受けていない地域でも17万人分のキャンセルが発生し、日本の宿泊施設では今も開店休業状態が続いている。 原発問題は長期化しており、風評被害がいつまで続くか誰も予想できない状況だ。ようやく落ち着きを取り戻しつつある日本国民も、長期的に放射性物質がさらに拡散するようなことになれば、国産の農産物や工業製品に拒否反応を示す可能性もある。日本経済は80%を内需に依存しており、日本の消費者が動揺すれば、経済全般が大きな打撃を受ける。製造業のサプライチェーン問題、電力不足の問題を速やかに克服したとしても、風評被害を一刻も早く収拾できなければ、日本経済の回復に向けたシナリオは実現が難しい。
2011.05.07
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将来、生活困難に陥ることが確実な、無収入もしくは低収入のワーキングプアとか壮年パラサイトシングルをサポートする制度はないとのことで・・・・・震災復興中で目立たないかもしれないけど、今でもしょぼいセーフティネットは崩壊の兆しにあることが、この本に書いてありました。つい先ほど触れた「フレンチ・パラドックス」が日本社会のヴィジョンを描いているとするなら、この本はもっと緊急な、トリアージュでいうなら赤、日本社会にレッドカードを突きつけているようなものである。「ワーキングプア時代」山田昌弘著、文芸春秋社、2009年刊p40~41<ワーキングプアを救う制度が存在しない> 「フルタイムで働いても人並みの生活ができないほどの、低収入の職にしか就けない」 「自分を扶養してくれる家族が存在しない」 この二つの条件が重なった場合、現在の社会保障・福祉制度では、彼らをサポートする手立てがない。 現在の日本社会では、いわゆる経済的セーフティネットとして、「生活保護」「最低賃金」「雇用保険」の三つの制度が存在している。しかし、この三者とも、現代社会に特徴的なワーキングプアに対応できない。日本では、セーフティネットが多重に用意されていると発言した官僚もいたが、それぞれの制度は、ワーキングプアが存在しない時代の産物なのだ。セーフティネットが多重に存在しているという事実自体が、逆に、ワーキングプアに対する統一的な対応ができていない証拠なのである。なぜなら、そのすべてから漏れてしまうケースが出てきたからだ。 まず「生活保護」だが、これはフルタイムで働くことが困難で扶養してくれる家族も存在せず、かつ、一定額の貯金、年金受給権、売却可能な資産などない場合に、税金を原資に支給されるものである。そして、これらの要件を満たすかどうかを、担当役所で調査する(これを資力調査―ミーンズ・テストという)。章の冒頭に示した例のように、収入が少ないからといってもらえるものではない。すると、この制度はワーキングプアとは、ほとんど無関係な制度であることがわかる。自宅も貯金もなく、雇用の場を失っても、無収入でもフルタイムで働くことが可能だとみなされれば、生活保護はなかなか受けられない。現実に職に就いておらず無収入でも、働く意思ありとして生活保護費の支給が打ち切られるケースもある。特に、健康な若年者の場合は、申請してもなかなか認められない。 当然のことだが、収入がある親と同居している低収入の若者は、生活保護を受給できない。また、現在の死活保護は、あくまで、病気や高齢、ひとり親で子供が幼いといった理由で、フルタイムで働きたくても働けない人のためのものである。それゆえ、本当に働けないのかどうか、調査が行われるのである。働けるのに働く場がない、働いても収入が少ないといった人々を救い出す制度ではないのだ。p48~52<親と同居する未婚者の世代的特徴> 日本では、低賃金で不安定な仕事に就いている若者の多くは、未婚で親と同居し続けることによってワーキングプアに転落することを免れている。つまり、中高年の親が、低収入の若者の社会保障・福祉制度の代行をしているのである。しかし、親はいつまでも生きているわけではなく、多くの場合、親の方が先に亡くなる。親に生活をサポートされているからといって、問題がないとはいえない。 まず、時代的な変化を述べておこう。日本でフリーターなど低賃金で不安定な非正規雇用が増大したのは、1990年代後半である。その時期に学校を卒業(または中退)した若者は正社員として雇用されない人が多く、非正規化の被害をもっとも受けた。彼らは、1970-75年生まれで、いわゆる団塊ジュニア世代とほぼ重なり、今では、ロストジェネレーション、略して「ロスジェネ」とも呼ばれている。彼らの親世代である団塊世代は、当時50歳前後で、年功序列賃金慣行のおかげで父親の収入は相対的に高く、雇用は安定しており、持ち家率も高く、経済的に豊かな状況にあった。家庭の中に、低収入の未婚の息子や娘の生活をサポートする余裕が十分にあったのである。それゆえに、日本社会では、この時期には、若者の不安定雇用が社会問題とならなかった。若者のワーキングプアが社会問題として取り上げられるようになるのは、親自体の経済状況が悪化したことで子をサポートできないケースや、地元で職がないため、都市部や大工場がある場所に移動してきた一人暮らしの若年男性が増大する、2000年代後半になってからである。 日本社会では、結婚まで親と同居し続けるのが一般的で、成人未婚者の親との同居率は、おおよそ8割である。そして、現在、未婚率が高まり、2005年時点で30代前半の男性では47.1%、女性では32.0%に達している。その結果、20歳から34歳までの親同居・未婚者は、2007年時点で約1100万人いる。 親と同居している男性の中でも、収入が安定している人は、結婚して離家する割合が高い。そのような男性と出会った女性も結婚して離家する。しかし、収入が相対的に低く不安定な男性は、結婚相手として選ばれにくく、自立して生活することは難しい。一方、女性も、定職に就く男性の絶対数の不足から、未婚のまま親と同居し続ける人数が増える。また、女性の非正規雇用率は男性よりも高く、平均収入も低い。その結果、相対的に低収入の男性と、結婚相手に恵まれなかった女性が、親と同居し続けることになる。 親と同居している若者も当然年を取る。その結果、現在、壮年の親同居未婚者が数を増しつつある。総務省統計研修所の研究官の分析によると、2007年現在、35歳から44歳(1963-1972年生まれ)までの親同居未婚者は全国で264万人に達し、当該人口の14%となっている。図を見ればわかるように、近年、その人数は急速に増加し続けている。その理由は、1990年代後半に低収入の非正規雇用に就かざるをえなくなった若者が年齢を重ね、壮年世代に突入したからである。いまの30代前半までの若者の雇用の大幅な改善が見込めないなら、その数は今後ますます増えていくだろう。p55~57<年金パラサイト・シングルをサポートする社会保障・福祉制度がない> 将来、生活困難に陥ることが確実な、無収入もしくは低収入の壮年パラサイトシングルをサポートする制度はない。それには二つの理由がある。 まず、現行の制度は、親の年金に依存して生活する低収入、無収入の壮年が存在することを想定していない。壮年であれば、結婚して仕事か家事をして生活をしているか、もしくは、一人暮らしであることが制度の前提になっている。 もう一つは、社会保障の単位が基本的に「」に置かれていることである。年金等の収入がある親と世帯を同じにしていれば、親の収入に依存してでも人並みの生活を送れているから、福祉の出番はない。将来、親が亡くなったときに生活困難に陥ることは予測できても、現に生活に困っていない人をサポートする制度はない。 もしも一人暮らしで収入が低く、生活に困っているなら、就労支援や生活保護にひっかかってくるだろう。また、親と同居していても、親の収入が低ければ、これも社会福祉の対象となるだろう。しかし、収入のある親と同居し生活している限り、その問題性は潜在し、表に出てこない。 親との同居によって問題が隠されるのは、未婚者に限らない。私は、離婚調査をしていたときに、離別後、実家に帰って親と同居するケースが多いことが気になった(私の調査では、離別後に親と同居する女性は40%、男性でも30%に達している)。私がインタビュー調査した中では、ある乳児を持つ母親が離別して実家に帰ったとき、定年退職した自分の父親が再就職して、母子の生活を支えてくれたという。このケースでは、子供を母(つまり子の祖母)に預けている間に自分は就職活動をし、正社員として就職、数年後、自立して生活できるようになったという。これも親が母子家庭の生活保障と就職活動中のサポートを政府に代わって肩代わりしていることになる。正社員としての就職先も見つからず、親の年金に依存して生活する母子もかなり多くなっているに違いない。 現実の貧困が親との同居によって「一時的に」隠され、問題が先送りされているのだ。
2011.05.06
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「ワーキングプア時代」紹介の続きです。「ワーキングプア時代」山田昌弘著、文芸春秋社、2009年刊p116~120<年金保険料が払えないワーキングプアの増大> 学校卒業後、正社員に必ず就けるという前提が崩れだした。1990年代を通じて、フリーターなど若年の非正規雇用者が増大する。非正規雇用でも、同一企業で一定以上の時間働けば、その企業の厚生年金に加入することになっている。しかし、短時間勤務がったり、複数のアルバイト先を掛け持ちしたり、職を転々としたり、経費節約のため企業が年金加入を不法にしなかったり、就労形態が請負だったりした場合、第1号保険者、つまり、国民年金の保険料の納付義務者になる。以前なら、そのような非正規の短時間勤務者は、主婦のパートが主な担い手であった。彼女たちは、正社員や公務員の夫の妻として第3号被保険者であり、そのことを前提とした制度だったのである。しかし、非正規雇用者は、一人暮らしであろうが、未婚で親と同居していようが、結婚して専業主婦の妻がいようが、同じ第1号被保険者として、国民保険制度に放り込まれたのである。つまり、雑多な家族的背景を持ち、収入額も異なった若者が、一定額(2009年現在、月1万4660円)払うことになったのである。そこに、失業し、なかなか正社員としての再就職ができない壮年層も加わる。 彼らは、年金に関して、さまざまな経路をたどって、第1号保険者になっている。高卒後、一度も正社員にならずに20歳を迎え、そのまま手続きをせず未納者になった人もいる。また、20歳時に学生で、未納、免除のまま正社員として就職できずに、非正規雇用者になった人もいる。つまり、一度も年金制度に組み込まれなかった若者も増えている。正社員の職に就いたが、退職し、非正規雇用者になった人もおり、「自分で」国民年金加入の手続きをしなければ、自動的に未納者になる。退職した会社が手続きをしてくれるわけではない。これも、正社員から正社員と隙間なく転職すれば、新しい勤務先が手続きしてくれるが、退職しっぱなしだと、未納者になってしまうのだ。 私が2001-2002年に、フリーターなど非正規雇用者にインタビュー調査を行っていたとき、年金保険料未納が国会等で問題にされていたので、保険料納付についても聞いてみた。きちんと納付している人も多かったし、章の始めの例に示したように、親に代わりに納付してもらっている人もいた。パラサイト・シングル、つまり親と同居している未婚者であれば、自分で払っても基本的生活を依存していれば、親が払っているのも同然かもしれない。問題は、一人暮らしなど自立して生活しているフリーターである。 ある一人暮らしフリーター(30代前半男性-調査当時)にインタビュー調査したとき、保険料を納付していないというので、老後が心配ではないですかと聞いたら、「五年後の生活がどうなっているのかわからないのに、50年後の生活の心配できますか」と言い返されてしまった。同じく別のフリーター(30代半ば男性-調査当時)に、「どうせ、ろくなもの食ってないから60前に死ぬに決まっている、だから払わない」と言われたこともある。あるフリーターの女性は、「親が払っているかもしれないが、どうせ結婚すればいいんでしょ」と答えていたが。 ワーキングプアの若者は、いま、目の前の生活に困っている。いくら有利だからだといっても、目の前の生活を犠牲にして、50年後のことを考えろと言っても無理なのである。逆に、いままで年金保険料未納問題が起きなかったのは、国民年金加入者の多くは自営業を営んでおり、収入が安定していたから、安心して将来の生活を設計できたからなのだ。 しかし、近年、家業として自営業を営む人の中でも、自営ワーキングプアと呼んでもよいような人々が出現している。もう農家にしろ、商店にしろ、その多くが安定的に経営できる状況ではない。兼業化しようにも、正規の職に就けない人も多い。そのような中で国民年金納付が後回しにされるのである。p120~123<厚生年金加入が解決策にならない> よく、非正規雇用者も厚生年金に加入させようとする案が、国民年金未納率が高くなると持ち上がる。いまは、原則、週30時間以上働く労働者は、厚生年金加入となっている。それを拡大して、多くの非正規雇用者を厚生年金に加入させ、国民年金から切り離そうとする戦略である。厚生年金は、企業負担もあり年収比例なので負担が少なく、かつ給与天引きなので、ワーキングプアも年金加入の漏れがないという意見である。 しかし、それが根本的解決にならないことは明白である。その理由は、非正規で働いている人には、種々雑多な人が含まれているからである。第3号被保険者であるパート雇用者である妻から見れば、一定の収入以下なら保険料を払う必要がないのに、厚生年金加入を強制されれば、逆に、給料が少なくなりメリットがなくなる。企業も、保険料の負担が新たにかかるので、避けたいと思い、また、違法に加入させないところもある。現に、正社員でも厚生年金から違法に脱退させている事業所も摘発されているくらいで出てくる。また、日雇い派遣の人、短時間のアルバイト先を掛け持ちしている人、フリーで働いている人などは、対象外である。これらの人々をすべて厚生年金加入で解決しようとすることは無理である。それは、厚生年金は「労働者は一つの企業に一生勤め続ける」ことを前提にした仕組みであるからである。だから、企業ごとに管理され、保険料の半分を負担することが合理的だったのだ。つまり、厚生年金加入の拡大は、同一企業で正社員に近い働き方を一生続ける人のみが恩恵を受けるだけである。 正規になったり、非正規になったり、失業したり、企業を変わったり、配偶者の扶養家族になったり、働き方や家族形態のライフコースが多様化し、予測不可能な時代には、厚生年金にその解決を求めても、今度は厚生年金の方が混乱してしまうことが目に見えている。 結局、保険料負担・徴収の方式が2種類あること自体が、もう時代に合わなくなっている。報酬比例の年金を天引きする厚生年金(共済年金)は、一生企業の正社員(公務員)であることをその制度の前提としている。一人当たり一定額を自分で納付する国民年金は、一家全員で働く自営業を前提としている。その対応関係自体は合理的かもしれない。 しかし、現在出現しているのは、給料をもらいながら国民年金に加入する非正規社員など、一定額の負担が重過ぎる人々、特に、若者なのである。そして、その非正規雇用で働く若者は、将来、どのようなライフコースをとるかわからない。つまり、正社員になるかもしれないし、結婚して配偶者に養われる立場になるかもしれない、このまま非正規社員を続けるかもしれない。 いまの時点では、年金徴収方法を一元化し、正社員であっても非正規社員であっても、自営業者であっても、専業主婦であっても、納付された年金を一元管理し、個人勘定でプールすることが合理的である。北欧諸国などで行われているこの仕組みを、私は「年金マイレージ」と名づけることを提案する。 納付の額は、議論されていいと思う。ゼロから上限金額までの中から自分で選んで、年金を自主的に納付する(標準モデルを用意した上で)。これで、支給方法も一元化され、高齢になったときに、納付がゼロなら最低金額の年収が交付され、納付金額に応じて年金支給額が決まる。そうすれば、収入が高いときは、納付額を自分で増やし、失業や低賃金のときは払わなくてもかまわない。マイレージを貯めて、高齢になったら使うという感覚でいればよい。そうすれば、年金納付額は非常に増えるに違いない。なぜなら、マイレージを貯めることが、老後の楽しみとなるからであり、低収入の時期は無理して払わなくてもすむからである。これは第2部で詳しく述べる。p212~214<生活保護ではワーキングプアを救えない> 例えば、いわゆる生活保護制度では、ワーキングプアすべてをサポートすることはできない。まず、ワーキングプアは、生活保護基準まで落ちていない人が多い。生活保護を受給できるのは、まったく働けない、働いても生活保護基準以下の収入しか得られない人で、かつ、資産や一定以上の貯金がなく、援助してくれる人がいない人に限られるからである。多くのワーキングプアは、無収入、低収入でも、貯金があったり、援助可能な家族がいたりするので生活保護は受給できない。つまり、生活保護を受けるためには、持っている貯金を使い果たし、援助可能な家族を「切る」必要がある。そうやって、転落した結果、生活保護にたどり着くと、そこから抜け出すインセンティブが働かない。なぜなら、将来に備えて貯金をしたくても、貯金が一定額(おおむね支給額の0.5ヶ月分)を超えると支給が打ち切られる。働いても生活保護基準額とそれほど変わらない程度の収入であれば、働かないで生活保護費をもらったほうが得である。そして、多くの仕事は少なくとも就いてしばらくの間は低賃金なので、生活保護者は働く意欲をなくすのである。 一部の人は、生活保護状態からいきなり正社員となって、人並みの生活ができるくらいの収入を得る職に就くことができる。しかし、現在のように正社員職が限られた数しかない時代には、多くの生活保護受給者にとっては、実現可能性が低い夢のような目標になってしまっている。 いま存在しているセーフティネットは、その発生理由や家族形態でもって分類して対応しようとしたことにその欠陥があった。 貯金があっても、そして、援助してくれる人がいても、生活保護基準を多少超えるレベルで働いている人でも、最低限の生活が可能で、また、努力すれば、最低基準以上の生活ができるような現金給付システムを構築すべきである。これをセーフティネットとして一元化してうまく構築すれば、実は、従来、生活保護や雇用保険、最低賃金などに分立していたセーフティネットが不要になるのである。 それは、基本的に、資力調査なしでお金を給付するシステムである。つまり、本人の収入がないか低いという条件だけで、住宅を持とうが、貯金があろうが、家族がいようが、最低限の収入を保証するシステムである。 そうすれば、注目を浴びがちな非正規雇用者だけでなく、職種で言えば自営業や自由業から低収入正社員まで、ワーキングプア(そしてその予備軍)が、人並みの生活ができるようにサポートすることができる。 具体的には、低収入者に対する資力調査なしの公的サポートシステムは、ミニマム・インカムと呼ばれ、「ベイシック・インカム」や「負の所得税」として構想されている。このところ、図書館の本を写しまくっているのです。これって、もしかして著作権の侵害にあたるのだろうか?全部丸写しなら、著作権の侵害かもしれないが・・・・エッセンスの紹介なら許されると思うのですが。
2011.05.06
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フラガールによる全国キャラバンがスタートしたようです。福島県での仕事がてら、スパリゾート・ハワイヤンズに寄ったこともあるのですが、フラガール達、がんばってほしいですね。福島県への応援ということで、巡回公演には見に行きたいものです。本日よりフラガールによる全国キャラバンをスタート!より本日より、いわき市内の避難所へのフラガールによる慰問活動を開始しました。初日にあたる3日は、2か所の避難所をそれぞれ5人のフラガールが訪問。お客様の前で踊るのは3月11日の震災以来初めてで、54日ぶりとなりました。その後、「ブルーハワイ」やチームの代表曲「フラガール~虹を~」など5曲のフラを披露し、終了時には盛大な拍手を頂きました。いわき市内避難所への慰問活動は、5月5日まで1日2か所の訪問を予定しております。※今回の活動は避難所への慰問活動ですので、一般の方にはご覧頂けませんのでご了承下さいませ。今後は、いわき市内の慰問活動に続き、避難所を含む首都圏地区、東北・北関東地区、さらには西日本地区ほかへと巡回公演を行う予定で、具体的な日程を調整中です。「フラガール」の裏話
2011.05.05
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「フレンチ・パラドックス」紹介の続きです。「フレンチ・パラドックス」榊原英資著、文芸春秋社、2010年刊p166~168<大切なのは長期の国家戦略> 大切なのは目先の評価に一喜一憂しないで、一期四年に終わらない長期的な国家戦略を持って、それに沿って着実に政策を実行していくことです。 現在の政権にまず必要なのは、「これから二期八年間で、日本をこういう国にしていく。未来の日本の姿はこういう形になる」というビジョンをしっかり示すことです。 雇用については、十分な失業手当の制度を作っていく。 育児についても政府が経済的な面を保障していく。 そして教育は無料にしていく公立高校の授業料の無料化だけではなくて、将来的には大学まで全て、少なくとも国立については無償にする、と宣言する。 OECDの2009年の報告によれば、2006年加盟各国のGDPに占める教育費の公財政支出割合は、日本は3.3%と、調査対象28ヶ国中、下から二番目となっています。加盟国の平均は4.9%で、一位はアイスランドの7.2%。デンマーク、スウェーデンなど北欧諸国が上位を占めています。日本の支出割合は1992年以降ほとんど変わらず、下位に低迷しています。 社会保障政策は、全体のコンセプトを見直さなくてはなりません。 これまでのように高齢者への年金と医療保険だけにとどめるのではなくて、より若い世代の問題となっている、育児と教育、雇用という分野に政府の支援の手を差しのべていく。そのことによって出生率を回復させ、少子高齢化の進展に歯止めをかけるとともに、拡大してきた社会の格差を解消していく、という方針をはっきりと掲げるべきです。(中略) このようになすべき政策を積み上げていくと、どうしても大きな政府になります。これは仕方がありません。その事実をごまかそうとするのではなく、「政府は今より大きくなります。国債の発行額も一時的に増えます。しかしこれはあくまで改革の過渡期のものである」とできるかぎり情報を公開して、国民を安心させなくてはなりません。 日本政府が国債を大量発行すれば、ギリシャのように短期的には円売り材料になる可能性はあります。 破産寸前のアイスランドやギリシャのように、他国に買われていた国債によって追い込まれていったのと違い、自国の貯蓄によって消化されている日本の国債発行にはまったく問題がないのですが、経済の規模に対して国債の残高が大きいですから、そこだけ注目されて、格付け機関が日本国債の格付けを落としてくる可能性もあるでしょう。 そうなるとヘッジファンド等が仕掛けて「円売り」というより、「日本売り」というムードをつくりだすかもしれません。 私としては、それでもあえて大量発行すべきである立場です。「無駄が多くて歳出が増えているのではなく、国家モデルの変更である。フランス型国家を選択しているのだから、歳出が増えて当然なのだ」と丁寧に根気よく世界に説明していく必要があるでしょう。 中長期的な日本としての国家像のベースが固まっていけば、円売りは続かないでしょうし、円売りによって円安になれば、製造業にとってはかえって良い影響が出てくるはずです。 p208~219<フランスに地方の在り方を見る> さて、グローバリズムの時代を乗り切るために、日本ならではの強みを考え、それを活かす必要があると説いてきました。 それは、突き詰めて考えていくと、私たちの住む身の回りの力をより強く意識していく必要があると、私は考えています。 この点においても、フランスには一日の長があると、私は感じています。 フランスは強い中央集権的な政府をもっていますが、一般の人がフランスに行ってまず気がつくのは、むしろ地方色が豊かであるということではないでしょうか。 地方が地域の伝統を大事にしていて、高級レストランにしてもパリだけに集中はしていません。フランス東南部にはリヨンがあり、地中海にはマルセイユがありということで、地方にそれぞれ独自の食文化があります。 とくに有名な制度としては、原産地統制呼称制度(AOC)と呼ばれるものがあります。ワインやチーズなどで一定の基準を満たしたものにしか、その商品の名前を許さない厳格な制度です。 たとえば、AOCによって認められたワインでは必ずボルドーやローヌ、あるいはブルゴーニュなどと原産地が表記されています。有名な産地ではさらにどこの村、どこの畑で採れたものか、まで表記されています。(中略) フランスはアメリカに次ぐ農産物輸出額世界第二位の農業国として知られていますが、農業補助金もかなり出していて、そのためもあって地方の文化が非常に豊かなのです。 美しい田園地帯としてはプロヴァンス地方が世界的に有名ですが、「」といわれるリヨンの街も良いところだし、ブルターニュ地方なども美しい。 ドイツも同じように格地方地方に独自の文化と伝統があります。アジアの国では人もモノも、東京、ソウル、バンコクといった首都への集中が激しいのですが、ヨーロッパは文化も豊かさも分散している印象があります。 フランスの文化人に日本が「好きだ」という人が多いのは象徴的なことのように思えます。 作家アンドレ・マルローなどはその典型ですし、2009年に亡くなった人類学者レヴィ・ストロースなどもたいへんな日本好きとして知られています。最近では、映画監督としても活躍する北野武さんが、フランスの最高の芸術文化勲章、コマンドゥール章を受章し、現代芸術のひとつとして個展も開かれるなど、フランスでたいへんな人気を得ています。 一方の日本人も、ワインにしても、ファッションにしても、フランス的なものは概して好きです。フランス文化へえの憧れは、おそらく両国の間にあるある種の共感性があるからなのだろうと私は思っています。 フランスはEUを主導して自ら域内グローバリゼーションを進めながら、アメリカ流の徹底した自由主義経済には懐疑的な立場を保ち、平等性を重視する社会を創り上げました。同じように文化という点でも、安易にアメリカ文化に流されることなく、フランス的なものを大事にしています。 フランス農水省が農事功労章という章を出しているのですが、それは農事といいながら実は、フランスの食文化に貢献した人に対する表彰を含んだものです。フランス料理の日本人シェフなども受章しているのですうが、料理人が農業に貢献したということで表彰を受けたりしているところが、いかにもフランスだと思います。 これを日本に置き換えて考えるなら、日本の伝統、日本の文化を大切にし、世界に発信していくということになるでしょう。 その意味で私は、私たち日本人も今、地方を大切に考える新たな「江戸時代モデル」を構築すべきときを迎えていると感じています。 これは「鎖国せよ」という意味ではありません。 フランスで印象的なのが、地方の農民が豊かなことだと述べましたが、江戸時代の日本も、当時としては世界的にも珍しいほど、地方文化が豊かな国だったのです。(中略) 日本の中央集権は明治時代に進められたものですが、それは基本的には軍事力を高めるため、富国強兵のためでした。 明治時代になって、日本は富国強兵を唱えて、軍事国家に転換します。19世紀後半から20世紀は「戦争の世紀」であって、日本としても植民地になるのを防ぐためにやむを得ない転換だったといえます。 一方の江戸時代の日本は治安も良く、きわめて平和的な国家でした。(中略) 21世紀の現在、世界はかってと比べ、ずっと平和になっています。もちろん軍事力はある程度は必要にしても、もはや20世紀のような「戦争の世紀」ではありません。 むしろ「限られた資源のなかで、どうやって今の豊かさを維持していくか」という時代です。リサイクルとエコロジーが世界の潮流となっている今、私たち日本人は、日本文化のルーツである江戸の生活スタイルを、誇りをもって見直すべきだといえるでしょう。やっと打ち終わりました・・・・というか打ち止めにしました。左側のフリーページ欄に通しの「フレンチ・パラドックス」を入れておきます。
2011.05.05
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「フレンチ・パラドックス」紹介の続きです。「フレンチ・パラドックス」榊原英資著、文芸春秋社、2010年刊p118~121<日本の少子化の原因> 日本では2003年に「少子化社会対策基本法」が制定され、この法律に基づき翌2004年から毎年、政府が『少子化社会白書』を発表しています。 そこで少子化の背景として「高学歴化から来る晩婚化」や「結婚・出産に対する価値観の変化」と並んで挙げられるているのが、「仕事と子育てを両立できる環境整備の遅れ」「子育て費用や教育費の負担」「経済的不安定の増大」といった経済的理由です。 日本では、女性の高学歴化とともに1980年代から特に若い世代の女性の労働力率が上昇してきましたが、一方で女性が仕事と子育てを両立できる環境の整備は遅れており、初めて子供を出産した母親の場合、出産前に仕事を持っていた人のうち67%、三人に二人が、出産後には無職となっています。 また「父親が仕事優先という傾向にあり、家事や育児にあてる時間が極端に少なく、母親の負担をより重くしている」とも指摘されています。 日本で働く女性にとっては、出産・育児を選択することは基本的に、「仕事を捨てること」を意味しているのです。 教育費用の問題も深刻です。 高学歴化に伴い、日本では子供の教育費用が非常に高くなっており、同白書では「幼稚園から大学までの費用は、公立か私立により変わってくるが、概ね約1400万円から約2000万円かかっている」としています。 これだけの費用をまかない、かつ出産によって女性は職を失ってしまうわけですから、よほど夫の収入が高くかつ安定していない限り、子供は持てないか、持ててもせいぜい二人まで、となってしまうのは当然でしょう。(中略) 結局、日本では近年のライフスタイルの変化に加え、社会格差の広がりによって、一部の富裕層以外は経済的に多くの子供を持てなくなってしまったのです。出生率が下がっているのは、こうした問題に対して政府が十分な対策を講じていないため、ともいえます。 フランスの出生率が高いのは、その日本とは逆の事情があるからです。 すなわち、「仕事と子育てを両立できる環境」が整備されており、「子育て費用や教育費用の負担」が少なく、「経済的な安定」が確保されている、ということです。 これは決して自然に達成されたものではなくて、フランス国民が重い負担を覚悟して大きな政府を持ち、高齢世代だけでなく若い子育て世代にも十分な社会保障を行う社会を作り上げたことで、初めて実現された環境なのです。 社会保障が充実した格差の少ない社会は、子育てにも適した社会なのです。p149~152<どんな国をモデルとすべきか> 先進的な福祉国家といわれたとき、日本ではまず名前が挙がってくるのが、スウェーデン、フィンランドといった北欧のスカンジナビア諸国です。 北欧諸国は大きな政府で、国民負担率も前述のように高くなっています。福祉先進国であって、教育、雇用、年金、医療などどれも充実している上に、企業活動も活発で、市場における競争力も世界でトップクラスと認められています。 北欧企業の優れているところは、自国だけではマーケットが小さすぎるので、常に世界に販路を広げる努力をしてきたことでしょう。フィンランドのノキアにしても、スウェーデンのイケアにしても、スカンジナビアから出てEUに、さらにアメリカやアジアも含むインターナショナルな企業になることを目指して成長していったのです。他にもノルウェーのソフトウェア企業が開発するウェブブラウザのオペラや証券取引所OMXなど、多くの国際的な競争力を持った企業が存在します。 「World Economic Forum」が発表している「The Global Competitiveness Report2009-2010」でも、一位スイス、二位アメリカ、三位シンガポール、四位スウェーデン、五位デンマーク、六位フィンランドと、北欧諸国が軒並み上位に入っています。 高福祉国家の競争力が社会主義国並みに弱いなどということは、まったくないことがわかります。 ただスカンジナビア諸国はいずれも国家としての規模が小さくて、それが日本の目指すべきモデルとはいいにくい面があります。 一番人口の多いスウェーデンで900万人程度で、それ以外ではフィンランドとデンマークで500万人台、ノルウェーは400万人台なのです。 スウェーデンは人口は日本の十分の一以下なのに、国土面積は45万平方キロと、同37万平方キロの日本よりずっと広いのです。(中略) 国民負担率が極端に高い国という形態にしても、小国だからできるという面があります。行政と住民の距離が近く、行政のやっていることに市民の目が行き届くから、市民の側に納得感が出やすいのです。 北欧諸国は「大きな政府」ではあるけれども、同時に「近い政府」でもあるのです。そこが人口数千万クラスの国との違いでしょう。 北欧諸国の良さを取り入れるべきところは、地方分権を進めて、行政を市民の身近なものとしていくところでしょう。 同様にシンガポールやマレーシアのような開発独裁モデルというのも、有効に機能するとしたら、小国でないと無理でしょう。 シンガポールは、リー・クアン・ユーという先見の明を持った独裁的なリーダーが作り上げた国家ですが、やはり総人口は500万人ほどです。リー・クアン・ユーが独裁者でありながらシンガポール国民の支持を受けたのも、開発独裁を進める一方で、国民一人ひとりに住宅を与えるといった、国民の目に見える形で利益を還元していったからです。 中国は一時シンガポールのような開発独裁を指向していたのですが、あまり成功はしませんでした。今の中国は大官僚組織になってしまっていて独裁国家からは程遠い現状になっています。 シンガポールは現在、ポスト製造業の社会に進みつつあって、サービス産業を中心として中でも金融に特化しています。それはそれで一つのモデルなのですが、金融だけで食べていこうというのは、日本の場合には無理があります。 その意味で、日本の参考になるのはヨーロッパの大国でしょう。 フランス(6400万人)、ドイツ(8200万人)、イギリス(6100万人)といった国々。 先の章でも述べましたが、こうした国々は格差の大きくなりやすい統合された市場経済のなかで、所得再配分制度を大きくすることで、格差を縮める努力を行っています。 そのため、国民負担率もアメリカと比べて比較的重い「大きな政府」を採っている国々です。 これまでフランスの例を詳細に見てきましたが、私はこれからの日本が採るべき国家のモデルは、このヨーロッパ型にあると考えています。この後に榊原さん独特の国債発行論になりますが、そのまま紹介します。p155~159<当面の政策の財源は国債発行で> 国民の間では、民主党政権が予算を大きく拡大する一方で財源の手当は行わず、国債発行額が44兆円以上にも膨れ上がったことに対して、どうしても不安があります。一部には放漫財政という批判も出ています。 しかしここで一度立ち止まって考えてみてください。これらの支出を将来の日本の成長を担保するための必要経費と位置づけるのです。たしかに短期的には財政は悪化します。しかし、出生率が回復し、若年層が増え、国内市場が大きくなっていけば、長期的には経済は回復していきます。 ここで原点に立ち返って、「国債を発行するということは、どういう意味を持っているのか」を考えましょう。 一章で触れたように現在の日本経済は、一時期の底は脱したものの、構造的なデフレ下の不況にあります。 不況とは、モノはあるのに売れない、人間はいるのに仕事がないということで、経済学的にいうなら、需要が不足している状態です。(中略) 需要が不足しているために不況になっているわけですが、「そうであれば、政府が財政支出を増やすことで需要を底上げする」というのがケインズ経済学の考え方です。 しかし、財政支出を増やすにしても、そのために税金を増やしてしまったら、人びとの可処分所得は増えません。増税で消費や投資が減って、かえって不況を深刻化させてしまいかねません。 そこで政府は増税する代わりに国債を発行し、それによって調達した資金を財政支出に振り向けるのです。 つまり国債発行とは本来、政府が景気を刺激する際に行うものなのです。 さらにいうなら、現在のように金融危機を伴うような深刻な世界不況の際は、むしろ積極的に国債を発行し、財政を維持するだけでなく拡大し、景気を刺激すべきなのです。 (中略) 確かに日本政府の財政状態は良くありません。 2010年度の場合、新規発行の国債が44兆円以上となるのに加え、これまで発行した国債の返済にあてる借款債が100兆円規模に上るため、年間の国債発行額は140兆円以上にも達し、過去最大を更新する見込みです。 これでは国民が不安になるのも無理はないかもしれません。 しかし、一つ押さえておきたいことがあります。 国際は確かに政府の借金ではあるのですが、それを外国人ではなく、日本人や日本の企業が買っている限りは、国としての日本の借金(対外債務)にはならないということです。 日本国債を今、誰が買っているかというと、多くは日本国内の機関投資家なのです。日本では、新しく発行される国債の94%は国内の機関投資家などが引き受けています。 機関投資家とは、銀行や保険会社のことです。彼らは国民の貯蓄を、銀行預金や保険商品を通じて預かっており、これを運用しています。それが買いにまわるということは、間接的に国民の貯蓄が国債の購入にあてられるということです。となると、国民の貯蓄額が国債発行残高を大きく上回っている限りは、市場における国債の消化が困難になるという事態は考えにくいわけです。 日本刻全体のバランスシートを考えたとき、バランスシートの債務の側には国債、すなわち政府の債務があります。そしてバランスシートのもう一方、債権の側には、国民の貯蓄があります。 日本の家計の貯蓄残高、つまり、金融資産は、およそ1400兆円から1500兆円の間といわれています。 一方で国債の残高は、短期の借入金まで入れても860兆円から870兆円です。それ以外では政府系機関の発行する債券について国が保証している部分がありますが、これを加えてもおよそ900兆円とされています。 ですからバランスシート上ではまだ500兆円ほどの債務超過なのです。 国全体として債務超過であるということは、官民合わせてそれだけの対外債権を持っている国なのです。 ここでよく聞かれる批判が「国民の貯金をアテにした国債発行はいかがなものか」というものですが、これまで国債が市場で消化されているということは、市中に国債を買い求める需要があるということです。 実のところ、継続する不況下で投資先の見当たらない資金が国債のかたちで国に投資されているわけです。
2011.05.04
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「フレンチ・パラドックス」紹介の続きです。リーマン・ショック以降の2009年に「フランス型の経済モデル」が注目されたそうだが、そうとは知らず大使の認識は昔のままだったので、この本を読んで目からウロコが落ちた次第です。・・・とまあ、サンデー毎日の大使は、図書館の本を乱読中でおます♪「フレンチ・パラドックス」榊原英資著、文芸春秋社、2010年刊p73~74<重要な所得再配分機能> OECDの2006年の対日経済報告では、市場所得ベース、つまり国が再配分する前の相対貧困率は、フランスが24.1%、日本が16.5%となっていて、むしろマーケット段階ではフランスのほうが、格差は大きいことがうかがえます。フランスのこの数字は、OECDのなかでも最悪の数字です。 ところが所得再配分のあとでの相対貧困率が、日本では13.5%、アメリカが13.7%に対してフランスは6.0%と半分以下にまで低下するのです。 フランスとの比較はたいへんドラスティックに見えますが、実はフランスだけではありません。日本は欧州のどの国よりも市場所得段階での相対貧困率が小さいにもかかわらず、所得再配分後にはアメリカに次ぐ最低の貧困国家になってしまいます。 日本の所得再配分機能の小ささにひきかえ、ヨーロッパ諸国のそれの大きさがはっきり示される結果になっています。 フランスのような、EUという統一市場のなかでグローバル化が進んでいる先進国にとっては、政府を大きくして再配分の機能を強化することで、社会の安定を保っています。 フランスは自ら進んでEUを作り、ヨーロッパ各国の市場統合をリードしたわけですが、それができたのも、政府が国内の社会格差を防ぐ仕組みをもともと持っていたからだ、ともいえます。 欧州諸国の充実した所得再配分制度は、EUの創設だけでなく、19世紀にさかのぼる歴史的な経緯から自然に生まれたものです。p82~86<見直されるフランスの経済モデル> 「フランス型の経済モデル」は今、世界的に注目されています。 ただそれはリーマン・ショック以降のことで、その少し前には、フランス経済の「自由化の遅れ」と「国際競争力の低下」が問題となり、フランス経済衰退論も唱えられるという状況でした。 1990年代後半以降、先のリーマン・ショックまでのフランスの経済成長率は1~4%の間を上下しており、傾向としては同じEUのイギリスやドイツとほぼ相似形を描いています。 しかし2000年代に入ってから、フランスの経済成長率はイギリスやドイツの後塵を拝するようになり、2007年にはGDPの規模でほぼ同じであったイギリスとはっきり差がついてしまい、2000年頃には接近していたドイツとも、2008年頃にはかなりの差が開いてしまったのです。とはいえフランスも、同時期の日本よりは高い成長率を維持していたのですが、両側のライバルたちと差がついたということで、フランス型経済に対する批判の声は高まり、2007年には規制緩和と自由主義を訴えるニコラ・サルコジが大統領に就任します。 ところが2009年になると逆に、リーマン・ショック以降の金融危機で打撃を受けたイギリス経済が大きく沈下。比較的軽症だったフランスがDGPで一気に逆転し、開いていたドイツとの差も1年で俄然、詰まってきました。 2008年以降、各国がマイナス成長に陥るなかで、先述したようにフランスは2008年にはプラス0.3%、2009年にはマイナスながら2.3%と主要国の中で最も傷が浅く、さらに2010年には再び1.4%とプラス成長に復帰する見通しです。 こうした状況に、それまでの衰退論に代ってフランス経済の危機対応力の高さが注目を集めることになり、2009年だけ見ても「ニューズウィーク」「エコノミスト」「ニューヨーク・タイムズ」などで次々にフランス経済について紹介されることになりました。 各紙誌とも、こうしたフランス経済の「危機に対する打たれ強さ」を生んでいる原因を、フランス経済に占める公共部門の比重の高さ、雇用者を保護する法制度、失業者や低所得層への補助といった社会政策に求めています。 2009年5月7日の「エコノミスト」は「フランス・モデル 違いに万歳!」と題して、「フランスは他の国と同様、世界的な景気後退の大打撃を受けている。今年2月の失業率は8.6%に達した。とはいえ、フランス経済が受けた打撃は他国に比べれば小さかった。これまで財政の無駄遣いを非難されてきたフランスだが、財政赤字もかなり低く抑えられている」 などと世界的な金融危機に際してフランス経済の動揺が少なかった事実を紹介し、その理由として、「失業への不安感はあっても、一方で公共部門と社会福祉システムが景気を下支えしてくれるだろうという安心感もある。公共部門で働く雇用者はフランス全体で520万人おり、これは就労者全体の21%にあたる。景気後退の影響をあまり受けないこうした雇用者と定年退職者を合わせると、労働人口の50%近くにまで達する。このような経済モデルは不況の衝撃を緩和する役割を果たしている。加えて、フランスには手厚い社会保障制度がある。失業手当は前職の給与の70%も支給されることもあるし、子供手当てなど、家庭を支援する各種手当も充実している」 と、公共部門と社会福祉システムの果たす役割に注目しています。 p91~93<単純な市場経済を信じないフランス人> 社会党のミッテランが大統領に選ばれたことからもうかがえるように、フランス人はアメリカ人などと比べると資本主義、市場主義に懐疑的な一面があります。 イギリスのBBC放送が2009年に世界27ヶ国で行った「自由市場資本主義」についてのアンケートでは、フランス人の四割以上が「違うシステムが必要だ」と答えています。 パリだけでも年間1000件を超える数のデモがあり、交通機関から学校まで、ストライキも日常的に行われています。 ミッテラン時代には社会主義政策の一環として企業の国営化が計画されましたが、それ以前のドゴールにしても、別に社会主義者ではありませんでしたが、前述のように多くの有力企業を国営化しています。 フランス人はボランティア活動にも熱心ですし、生協、協同組合、財団といった社会セクターの活動も盛んです。これらの社会セクターは利益を目的とする純粋な企業ではなく、相互扶助や社会的な活動を目的として設立された機関で、フランス全体で76万もあり、200万人の雇用を生んで、GDPの一割以上、およそ12%を占めています。 一つには労働時間が短いため、多くの人に仕事以外の社会的な活動ができる余裕があるのです。「アソシアシオン」と呼ばれる、労組や農民、消費者、環境主義者などの連合組織には、フランスの大人の二人に一人が加入しているといわれます。 社会保障共済組合、医療共済組合、職能別共済組合、農業共済組合は総計4400万人と、フランスの全人口の三分の二をカバーしていますし、銀行などでも、フランス最大のリテール銀行であるクレディ・アグリコルをはじめ、銀行市場の約26%を協同組合銀行が占めているのです。 日本では財団法人というような組織は「天下り先」として非難の対象にされがちですが、フランスの場合、もともと政府部門の比重が大きいことに加え、こうした社会セクターの割合が非常に高いのです。リーマン・ショックのような世界不況では、そうした公共的な経済主体が雇用や景気の緩衝材になったわけです。 ミッテラン政権の国有化路線放棄の後、保守系のジャック・シラクが政権の座に就き、国有企業の民営化を進めましたが、アメリカやイギリスはもちろん、日本に比べてもそのペースはゆるやかで、フランス政府は民営化後もルノーなど旧国営企業の株式の相当部分を保有し、株主としての権利を通じて企業に雇用維持や各種の就業ルールの徹底を要請してきました。p97~100<きびしい規制> フランスではヘッジファンドなどは当初、機関投資家と職業的投資家に限定されていました。現在では規制緩和によって一般の投資家も投資できるようになっていますが、その市場は英米に比べて小さなものです。 フランスの金融当局はアメリカ・イギリスでは一般的な金融機関である企業向けに特化した投資銀行業務をおこなうインベストメント・バンクの存在を認めなかったのです。銀行の業態はすべて自己資本比率が高いコマーシャル・バンクをベースとし、証券業務や信託業務を分離しないユニバーサル・バンキングとなっていて、資金調達も預金が中心であり、今回の金融危機でも経営は概して安定していました。 日本の銀行は自己勘定の証券投資などはあまり行わないし、日本の証券会社も預金業務は基本的には行っていません。ブローカー的な証券会社とコマーシャルバンクという組み合わせで住み分けていますから、日本の金融システムは伝統的に銀行と証券に垣根を設けてきたアメリカ型に近いといえます。 また、英米では天文学的な数字に跳ね上がっている金融機関の役員報酬に対しても規制があります。いわゆるヨーロッパ大陸型で、その意味ではドイツなどよりも規制がきびしいのです。 アメリカやイギリスのように、持ち家を担保にしてお金を借りるというホームエクイティについても、制度自体はあるのですが、高い手数料と複雑な行政の手続きが壁になって、あまり普及していません。このため、英米両国のように住宅価格の下落が消費の減少に直結する経済構造もありませんでした。 サブプライムローン問題以来の世界の金融システムの混乱を見ていると、結局、アメリカ的な金融の自由化とインベストメント・バンキングという組み合わせが暴走して、金融危機に結びついたわけです。イギリスもドイツもその影響を大きく受けたのに、フランスでは金融危機にはならなかった。それはフランスの金融規制がきつくて、銀行の業態がコマーシャル・バンキング中心だったからなのです。(中略) このようにフランスでは、政府が銀行業務にさまざまな規制を加える一方で、大手銀行の経営が危機に瀕したときには、出資者である政府がすばやく救済する、というパターンが確立されているのです。いわばフランス版の護送船団行政が行われているわけで、それによって世界金融危機の際にも、金融システムの動揺はヨーロッパのなかでも最も少なかったのです。 日本は1990年代の橋本政権以来、アメリカ型の自由市場モデルを目指して金融の自由化を進めてきたわけですが、今回の金融危機ではそのアメリカが最も被害がひどく、フランスのように政府が強くて金融を規制している国が一番被害が少ないという、日本の規制改革論者にとっては皮肉な事態になってしまったわけです。
2011.05.04
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谷川先生から原発作業員への案内です。原発作業員のため自己末梢血幹細胞採取より原発作業員を守るため、希望される方に自分の造血幹細胞を早急に採取・保存しておける体制を整えました。希望者はいつでも虎の門病院で可能です。ご連絡ください。虎の門病院血液科 部長 谷口修一港区虎ノ門2-1-1TEL 03-3588-1111taniguchi-s@toranomon.gr.jp1、万が一、想定外の大量被曝(想定の100~1000倍程度)に遭った場合も、自分の造血幹細胞が事前に凍結保存してあれば、それを移植することで救命できる可能性があります。2、他人からの造血幹細胞移植後には移植片対宿主病(GVHD)という重い合併症がおこりえます。自分の細胞ならその心配がありません。3、造血幹細胞採取には従来の方法で約5日かかります。未承認薬を併用して用いることで1~2日へ期間短縮することも可能です。4、希望される方は、虎の門病院で自己造血幹細胞の採取と凍結保存が可能です。いつでもご連絡ください。虎の門病院では施設の倫理委員会の審査を受け、いつでも実施できるようスタンバイしている。希望者がいれば、いつでも虎の門病院で、上記の予定で造血幹細胞の採取と凍結保管が可能である。採取にかかる費用については、保険診療でないため難しい問題もあるが、可能な限り実費部分を寄付などでまかなえるように交渉中である。ところが、日本学術会議がこの谷口プロジェクトが不要かつ不適切と判断しているんだそうです。「谷口プロジェクト」を支えよう より 「日本学術会議は自家造血幹細胞移植が他者造血幹細胞移植に比し、適応のある急性被ばく犠牲者に迅速かつ安全に実施できる利点を有することは理解するが、福島原発緊急対応、復旧作業に現在従事している作業者に実施できるように事前に採血保存することは不要かつ不適切と判断する。」谷口プロジェクトをサポートする舛添要一議員が、反対の立場を取る管直人首相に人命軽視内閣と怒っていたことが、今回の本質でしょう。原発での作業者を守りたいという真摯な思いである谷口プロジェクトを否定する日本学術会議って、本当に真摯に現場の作業員のことを考えているか疑わしくなります。 谷口プロジェクトをどうすれば、現場の作業員にとって最良のものになるのかという議論と迅速にプロジェクトを実行することが重要と考えます。世界の医学界が、このプロジェクトを注視しています。自己末梢血幹細胞採取より 谷川先生はこのプロジェクトについて、イギリスの臨床医学専門誌「ランセット」に意見書を送りました。すると、「編集部は尋常ならざる対応を取った。投稿の即日に論文を受理したばかりか、通常の掲載枠の3倍以上のスペースを用意したうえ、直ちに校正に入り、我々が返信を返すや否や同雑誌ウェブサイトのトップページに写真入りで掲載した。通常の医学論文の発表には数ヶ月から年単位の時間を要することを考えると、編集部の並々ならぬ意気込みが我々にも伝わった。おまけに全世界のメディアに向けたプレスリリースまで発信してくれた。権威ある医学雑誌からのプレスリリースにより、我々の主張はまさに全世界のメディアで報道された。ロイター、AFP、ニューヨークタイムズ、ル・モンド、ガーディアン、LAタイムズなどなど欧米のメディアは勿論のこと、中国、韓国、インド、台湾、タイやブルネイからイスラム圏のメディアまで報道は広がった。雑誌タイムなどからの直接取材もあり、夜中にほろ酔い状態の中、覚束ない英語で電話インタビューまで受けるはめになった。世界随一のがん専門病院であるテキサス大学MDアンダーソンがんセンターのチャンプリン博士や、移植治療の世界的権威であるイスラエルのスレイビン博士らも我々にメッセージを寄せてくれた。」(谷川修一)谷川先生は言います。「事故から40日以上経過したにもかかわらず、作業員の食事はいまだにレトルト食主体、入浴は介護用の拭き取りや水なし洗髪、休養、睡眠などの劣悪な生活環境に加えて、ずさんな累積被曝線量や内部被曝測定のwhole body counter検査が行われていなかった実態も既に国民は知っている。被曝量がわからないなら500mSy相当の被曝で起こりうる白血球減少に備えた血液検査は定期的に実施すべきだがこれも行われていない。被災者の生活支援に一瞬の遅延があってもならないことは当然として、放射能の恐怖と闘いながら原発事故収束のため日夜努力されている作業員の生活や健康管理が二の次だと思っている国民はもはやいまい」JMM原発作業員のための自己造血幹細胞の採取と保存計画について
2011.05.03
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「ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ)我も雛罌粟」 与謝野晶子ヒナゲシもコクリコとフランス語で呼べば、何だか別物に思えるが・・・・憧れが高じてくると、アバタもエクボなんでしょう。図書館で借りた「フレンチ・パラドックス」を読んでいると、若かりし頃のずっこけフランス滞在記が浮かんでくるんですな~。ツテといえば、フランス語講座の先生の住所(バカンスでの滞在先)だけで、ほぼアポ無し渡仏であったが・・・・西も東もわからないパリの町でとりあえず住みついたのは、リュクサンブール公園近くのババン通りの、長期滞在向けの安ホテル(たしか1日12フラン)であった。いくら安ホテルといっても、そこに長期滞在すれば所持金が尽きるので、安い下宿を探す必要もあるし、滞在期間を延ばすにはアルバイトして食いつなぐ必要もある。アリアンスフランセ(語学学校)の掲示板はそのような生活情報を最初に得る場所となっているのです。その掲示板を見て下宿先は、Mmラボルドのアパルトメント(5階?)に決めたのです。なにしろ月200フランと安く、陽気なMmラボルドの人柄もいいので、トイレバスの前の一部屋でも我慢するしかないのです。(家人がトイレバスに通うたんびに、部屋を通過されるのです)聞くとはなしに聞いた話によると、Mmラボルドは旧植民地のネイティブの富豪の嫁として嫁ぎ、その旦那亡きあとだったので、悠々自適の未亡人暮らしである。多分、父親似の色黒のミシェルはMmラボルドの娘であるが、男と見まがうほどボーイッシュな風貌である。これが母親公認のレスビアンであり、ときどき相手方のドゥニーズを連れてくるので・・・・何食わぬ顔で彼女たちにも挨拶する必要もあり、なかなか人生勉強になったのです(笑)ミシェルの姉はドイツに嫁いでいて、時々、子供を連れてお里帰りしていたが・・・・このように気軽に国境を越えるのが、ヨーロッパの感覚なんでしょう。そういえば、シャルボニエ(石炭運搬人)が、暖房用石炭を運んできたりするが、アパートに私しかいなかったので、なけなしのチップを立て替えて渡したが・・・Mmラボルドから戻してもらってなかったな~。(あまりにけち臭いので、言いそびれた)時々、居間のテレビを一緒に見たが・・・・テレビに映るエディット・ピアフを賞賛するMmラボルドが私に尋ねた。「Mドングリは歌手では誰が好きかな?」「シルビー・バルタンなどいいですね」あきらかに軽蔑したようにマダムは鼻をならしたが・・・人の好みだ、ほっといてくれ!流行りのフレンチポップスにかぶれて、その余勢で正統派シャンソン?を知るに至った大使であるが・・・取っ付きはたいがいそんなもんである。60年代頃まではシャンソンは、日本でもそれほどマイナーではなくて、今となれば古き良き時代だったのでしょう。ベトナム料理店Lac Hongでのアルバイトは、皿洗いと掃除からスタートしたが・・・・アジア人をウェイターとして使いたい店長の方針もあり、片言フランス語しか話さない大使も即席ウェイターとして抜擢があったのです。お客の前でワインの栓を抜いたり、形ばかりのテイスティングを演じたり・・・・なにより、テーブル番号と承った料理を記憶して厨房に伝え、料理ができると間違わないように運ぶのが、けっこう大変なんですね。(料理屋で働いた人はわかると思うけど)店のウェイターはアルジェリア人が1名、日本人が私を含めて2名いて、ピーク時のみアルジェリア人チーフが顔を出し、普段はウェイター2名で働いたが・・・・閉店後には、客からもらったチップを出し合って配分し、一喜一憂したのがなつかしい。(そういえばチーフのアルジェリア人の取り分が多くて悔しかったのだ)賄い料理とは使用人が作るお手軽料理であるが、その賄い料理のベトナム風味付けのハンバーグは絶品であり、その後これに匹敵するハンバーグにはまだ出合っていない。時々、店長の妹のニーさんが店に顔を出したが、賄い料理をもっと食べろとか、何くれと無く大使に優しいのです。そんな時、店長がジロリと睨み「使用人の分際で」という顔をするんですな~。私のほうもニーさんに深入りする気もなくて、冷たい日本人だったかもしれないが・・・・ニーさんが歌う当時はやった「ドンナドンナ/ジョーンバエズ」なんかを思い出すのです。アリアンスフランセでは、生徒は種々雑多であった。だいたい、いつの時代でも、どの国でも語学学校はインタナショナルな出会いの場なんだろう。ユーゴの尼さん、ギリシャの元数学教師、韓国の李春子、スオミ(フィンランド)のスケベ娘とか、もちろん日本人の悪友とか私の狭い交友範囲でも出身地は多彩であった。李春子の名前を覚えているのは、春子という名が日本的であったためであり、特に深い関係があったためではない。名前の数が限られる韓国では石を投げれば李春子に当たるほどであり、今となっては彼女を探す術もないが。なお誓って言うが、ここに出した娘たちと私はいい思いをしていないのだ(清く正しい大使であった)このように生徒の出身地の取り合わせは、突飛とさえ言えるほどであり、この出会いの場を提供するパリは、さすがに憧れのパリである。生徒には美術を志す人もいたり、母国での生活基盤を失うほどのボヘミヤンもいたりして・・・・漫然とフランス語を学ぶ大使のような中途半端な人も、わりと多数だったのかもしれない。私も含めてであるが、彼らは何のためにフランス語を学んでいたのだろう?思うに、市場原理がまだ未熟な60年代頃の若者とは、モラトリアムを許容できる古き良き時代を生きていたと、言えるのでしょうかね。金の切れ目が縁の切れ目というか、所持金も少なくなり約10ヶ月ほどの滞在で帰国したのであるが・・・・帰国後は職探しに1年ほど費やしたのです。
2011.05.02
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若い頃から臍が曲がっていた大使は、早々と英語という第一外国語に(限界を知ってか)見切りをつけ、フランス語に取り組んだわけです。会社の仏語会話クラブで冷やかし半分にかじった後に、後先かえりみず(つまり退社して)語学留学という理屈をつけて渡仏したわけです。語学留学といっても、パリについたあとアリアンス・フランセーズを探し歩いて入校するという計画性の無さが、今思えば、ま~よくやったものです。帰国後に再就職した会社では、フランス語を生かすわけでなく、ただただ錆びるに任せていたが・・・・図書館で借りた「フレンチ・パラドックス」を手にして気づいたわけです。おお 時代の風はフランスに吹いているのか♪個人的にはこの風は少し遅かったけど、C'est la vie.「フレンチ・パラドックス」榊原英資著、文芸春秋社、2010年刊p8~9<はじめに> 中国・インドの経済成長によって、中国やインドの人びとの生活水準が上がっていくのに対して、日本の労働者の賃金水準は、逆にインドや中国の人びとの水準に下がるまで止まない圧力を受けています。 インドや中国の人びとの経済水準、教育水準が上がっていくにつれて、グローバリゼーションの影響を受ける範囲は広がり、工場労働だけでなく、ホワイトカラーの仕事もまた世界的な賃金競争の時代になりました。 他方で他の誰もできないなにか技術のある人、あるいは世界的企業の経営者や金融関係者、そして巨額の資産を活用できる一部の人には、国境を越えて富が集中していきます。 グローバリズムの社会とは、否応なく人びとを二極化する社会なのです。 しかし、広がるグローバリズムの世界のなかでしか、日本に住む私たちは生きていくことはできません。 本書ではこうした理解のもとに、日本を取り巻く世界経済の次の20年の流れが基本的にどのようなものなのかを概観し、日本の目指すべき国家像、政治がとるべき政策を考えていきます。 結論からいえば、私はフランスこそ日本の新たなるモデルになるヒントがあるのではないかと考えています。 ええっ?フランス?こう思われた方こそこの本を手にとってほしいと思います。フランスといえば、社会党や、労働組合が強く、規制の多い非効率な国、アメリカにたてついているばかりの困った国というイメージをもたれている方も多いのではないでしょうか。そしてこうした国は国際競争力が弱くなり、衰退していっているはずである――と。 事実は逆です。リーマン・ショック以降の世界同時不況で、先進国のなかで最も影響をうけなかったのがフランスでした。 p26~28<自民党の規制緩和路線> 1979年にはアメリカのエコノミスト、エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が書かれ、1980年代には世界のマーケットを席巻した「日本型資本主義」は国内でおおいに自賛されました。 1962年、アメリカの経済学者、ミルトン・フリードマンの『資本主義と自由』が出版されました。彼は政府が所得再配分に関わることを否定し、すべてを市場の手にゆだねることが最善の道であると説きました。 経済の停滞は政府の介入のせいであると唱えるフリードマンは次第に大きな影響力を持つようになり、1970年代、行き詰まりを見せていたアメリカ経済を立て直す理論として、おおいにもてはやされるようになっていきます。 1980年代からは、世界的なレーガノミクス、サッチャリズムの波が日本にも押し寄せてきて、自民党も次第に「小さな政府」を指向し始めるようになります。 1982年からの中曽根康弘政権で国鉄の民営化などの自由化政策が行われたことをかわきりに、90年代初頭からはじまったバブル崩壊不況のなかで、規制緩和路線は加速してゆきます。 方向転換は税制にもはっきりとうかがわれます。1980年代には、それまで75%だった所得税の最高税率が50%に下げられ、さらに90年代には、30%台にまで低下しています。また相続税の最高税率も75%から50%に引き下げられました。 なかでも自由化と小さな政府を推し進めた典型が、2001年に成立した小泉純一郎政権でした。 かって税制と規制で社会の平等化を推し進めてきた自民党は、1980年代を境に反対方向に舵を切り、「一億総中流」の日本型平等社会から、自由化と市場化を進めて競争を激化させ、「自己責任」を強調するアメリカ型競争社会を目指すようになっていったのです。 1990年代半ばに私たちは、規制緩和と既得権益の排除といったものと一緒に「日本型資本主義」の平等の理念をいったんは捨て去ります。 その代わりに受け入れ、2010年にいたるまで、私たちが信じてきたもの。それが「日本型資本主義は頚木である」「規制や公的支出の大きな政府は競争を阻害する悪である」という考え方と、そして「小さな政府」「競争社会」の国家像でした。 そうしたなかでそれまで縮小方向にあった格差が反転して拡大し始めました。p53~57<正規雇用と非正規雇用の二極化> 1992年に、トウ小平が「南巡講話」を発表、以来、アメリカなど海外企業の中国投資が加速していきました。 いまでは中国が一躍「世界の工場」となっています。 従来の日本型の給与システムは、1990年代に中国など低賃金の労働力を持つ国々が工業生産国として台頭し、日本企業がそれら新興市場との国際競争に巻き込まれていくことで、大きな圧力を受けることになりました。 日本企業は、より低賃金で労働コストの低い海外企業との競争によって、生産に占める人件費総額を引き下げる必要に迫られたのです。 まず最初に、「年功序列から能力給へ」というフレーズのもとに、働きに比べて高めの給料をもらっている中高年のっ正社員の賃金を下げ、人件費を圧縮する動きが広がりました。 続いて給与水準の高い正社員の採用を極力抑え、これまで正社員がやっていた仕事を派遣社員やパートタイマー、アルバイトといった非正規雇用の働き手に委託する動きも一般化していきます。 OECDの調査によれば、これら非正規雇用者の実質賃金は、社会保障など福利厚生まで含めると、正規社員の半分以下といわれるほど条件が悪いものでした。 同じ仕事でも中国やインドに行けば人件費は安くて済みます。海外なら安くできるにもかかわらず、それをやらない限り企業は国際競争に負けて、倒産してしまうからです。 そのために給料の高い正社員を減らし、より安い人件費で使える、非正規雇用労働力の割合を増やしていったのです。 この結果、高度成長期そのままの手厚い福利厚生と雇用の保障に守られた正規雇用の社員と、そうではない非正規雇用に甘んじている人たちの間に、はっきりとした所得格差が生じてしまいました。 これが現在の日本で見られる「二極化」です。 こうした国境を越えた競合は、1990年代までは主に製造業の工場労働者(ブルーカラー)の間で起こっていました。しかし情報通信技術(IT)の発達と中国やインドの産業構造の高度化によって、今やそれが事務職(ホワイトカラー)にまで広がってこようとしています。 サラリーマンの仕事でも、たとえば経理のように定型的な仕事については、ほとんどがITを使ってシステム化し、外注できるようになってきたのです。 それまで紙と鉛筆を使っていた書類仕事がIT化され、パソコンで行われるようになり、さらにインターネットの発達によって、どんな場所でもパソコンがあればそこで仕事をして、ネットでできあがったものを送れば済むようになりました。 同時に世界中がインターネット回線で結ばれ、音声とデータの長距離通信コストが飛躍的に低下していきました。 これによって製造業以外のサービス産業でも、先進国の企業が発展途上国の企業に業務を任せることが可能になってきたのです。(中略) こうして経済のグローバル化とともに、最初は工場の単純労働だけだったものが、次第に事務職や技術職の仕事までが途上国の働き手と競合するようになってきたのです。 今後、今まで日本でサラリーマンと呼ばれる人たちがやっていた仕事のうち六~七割ほどは、アウトソーシング先であるインドあるいはベトナムといった国の企業と競合するようになります。 もしインドにアウトソーシングされそうな仕事を日本国内にとどめておこうとするなら、国内でその仕事をする人の賃金を、インド並に引き下げることが必要です。 こうしてブルーカラーでもホワイトカラーでも、発展途上国で代替可能な仕事をしている人の賃金はどんどん下がっていくことが予想されます。 それによって、これまでのような正規雇用と非正規雇用の間だけでなく、他の人では代替できない、オリジナリティのある仕事をしている人と、どの国の人でも代替できるパターン化した仕事をしている人との間でも、かってないほどの所得格差が生まれてしまうことになるでしょう。 グローバリゼーションの深化の結果、日本社会の特徴であった膨大な中間層が二極分化を起し、アメリカが既にそうなっているように、一握りの高給取りと、大多数の生活ぎりぎりの人たちに分かれていく現象が起きるのです。 p60~63<二極化にどう対処するか> では日本は、グローバル経済のなかに組み込まれて、特に中国など新興市場国と密接につながってゆくことを避けるべきでしょうか?グローバリゼーションを拒否すれば、日本はデフレから脱却でき、社会の二極化も避けることができるのでしょうか? 経済のグローバル化は世界の大きな流れであって、日本だけがそれに背を向けることはできません。 すでに中国との貿易は、日本の貿易輸出入総額の二割を占めています。2007年、これまで一位であったアメリカを抜き、ついに中国が日本の最大貿易相手国となっているのです。ちなみに三位は韓国、四位台湾と、日本の貿易の五割がアジアとの取引によるものです。 リーマン・ショック以降の日本経済のマイナス成長は、2010年に入って好転のきざしを見せています。これは日本国内の自立的な回復というより、中国、インドといった新興国における好景気によって導かれた、外需主導の景気回復だと見られます。 かっての日本は、国が社会保障の形でさほど介入せずとも、民間のレベルでかなり平等だったのに、今では企業の環境が変化して、国民の間に格差が開いてきました。 前章で見たとおりアメリカ型の小さい政府では広がる格差は解消できません。今の日本社会が置かれた閉塞的な状況は、その意味では政治に方向性の転換がまだしっかりとなされていないことからきているのではないでしょうか。 さらに今から10年後、20年後の世界を考えると、グローバリゼーションは今以上に進むと考えられます。特に日本の場合には、東アジアとの間で市場主導の経済統合が進んでゆくでしょう。 このグローバリゼーションが進むことで日本社会のなかで起きてくるのが、さらなる二極化の進行です。右で説明した通り、グローバリゼーションが進むということは、放っておけば格差が広がるということです。 それでも21世紀の日本は、アジアとの共存なしには生きていけません。 たとえグローバリゼーションによって自国にとって都合の悪いことが起きてきたとしても、それは環境の変化であると割り切り、新しい時代にどう対応してゆくかを考えなくてはなりません。 この問題に答えはないのか? 私はその答えのヒントは欧州連合、EUにあると考えています。 なぜならば、EUは、経済に差のある国々が経済統合を果たし、ともに成長することを選んだ、グローバリゼーションの実験地であるからです。 日記の1日分文字数のリミットをオーバーするので、残りの紹介は後日とします。
2011.05.02
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リーマン・ショック以降の世界同時不況下でもしぶとく生き残りをはかる米国金融界を苦々しく思う大使としては・・・・英語を敵性言語として忌み嫌っていたわけであり、楽天、ユニクロなどの英語公用化など、もってのほかと思っていた(思いたかった)わけです。ところが、ミスター円こと榊原さんの「フレンチ・パラドックス」という本を図書館で借りて、「アジアも英語が共通語に」という下りを読むと・・・・ついに共通言語としての英語を認めるに至ったわけです。韓国での仕事を通じて英語の有用性を感じてはいたが、榊原さんの次のようなご宣託を受けて、頑迷な大使も引導を渡されてしまいました。「フレンチ・パラドックス」榊原英資著、文芸春秋社、2010年刊、p203~205<アジアも英語が共通語に> サムスン電子の連結売上高は9兆7千億円ですが、サムスンでもLGでも、売上高に占める海外比率は85%にも上るといいます。 韓国企業といっても実態としてはむしろ世界企業であるといえます。売上げのなかでは韓国マーケットは一部でしかないのです。ですから最初から「社員には英語力が必須」という考え方になります。 一方、同じ電機業界でも日本のパナソニックの売上高に占める海外比率は47%と、サムスンのほぼ半分です。 日本の場合、国内に1億3000万人の豊かな国民がいます。市場規模にしても現時点ではまだ世界二位ですから、企業にとってはまず国内市場が重要となってきます。そこで余力があったら外に出ようという順序で考えています。 韓国企業とは最初から外国語に対するスタンスが違うのです。 そのようなわけで韓国では大企業に入って出世しようと思ったらまず英語スキルは必須ですし、韓国の親たちの教育における最大の願望は、我が子を留学させることなのです。できればアメリカ、イギリス、カナダ。あるいはシンガポールでも、というように、特に英語圏への留学に熱心です。 ところが、今の日本は逆です。日本では留学熱が冷めてしまっていて、留学斡旋機関は希望者を募るのに苦労しています。なかには商社に入っても外国に行きたくないという人がいるとか、外務省にも外国は行きたくないという人が出てきていると聞きます。内向き指向になっているのです。このままでは中国、韓国に置いていかれる可能性が高いと思います。 日本もかっての高度成長時代には、もっと懸命に海外に製品の売り込みや原料の仕入れに出て英語を一生懸命習得しようとしていた時代がありました。ソニーにしてもホンダにしても、アメリカ市場で認められようと必死でがんばって、今日の地位を得たわけです。 今や韓国でも中国でもみんなが英語を習っていて、欧米はもちろんアジアでコミュニケーションするためにも英語を話す必要のある時代になっています。その意味ではアジアもEUと同じです。英語はもはやアメリカやイギリスの言葉ではなく、世界の共通言語になっているのです。 今後、中国とインドが世界経済の中心になるにしても、EUにおける仏独間のようにその共通言語は英語になるでしょう。もちろん中国語をしゃべることができれば中国とはうまくビジネスができるでしょうが、中国語が世界の共通言語になるかどうかは、まだ先の話であり過ぎて現実味がありません。(中略) 結局、20年後の世界を展望すると、アジア全体が経済的に大きな一つのユニットになっていて、そこにおける共通言語としての英語はますます重要度を増していると考えられます。 そのなかで、日本が製造業からサービス業へ軸足を移しつつ、世界で一定のポジションを保てるかは、私たちの言葉の能力にかかっているといえるでしょう。 榊原さんは、てっきり新自由主義の人と勘違いしていた大使であったが・・・・・この本「フレンチ・パラドックス」はG2嫌いの大使のツボにヒットしたのです。
2011.05.01
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