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ブログの炎上を契機に「右翼」と「左翼」について識者に聞いてまとめたものです日本人とスイス人のハーフで、高校までスイスで過ごし、現在は日本国籍を取得して日本に住んでいる作者ならではの考えが面白い萱野稔人、鈴木邦男、田原総一朗、三橋貴明の各氏に質問した内容にもビックリそもそも政治家や有名人を右だ、左だ、と分類すること自体に無理があるのにネット上ではあたかも日本人全体が右と左に分かれて論争しているような雰囲気ツイッターなど短文匿名で投稿できるサイトで自分の考えや意見を発信したところで、意図せぬ一つの言葉が勘違いされて一人歩きしてしまい、結果「炎上」してしまうのではないでしょうか日本のメディアは「はじめに結論ありき」という話もうなづける。都合のいい情報だけを流したり、同じ立場の識者だけにコメントを求めている傾向があるのに、読者である私たちは、日本全体が同じ考えだと勘違いしてしまうあえて自らの意見とは逆の意見を掲載する「オプエド」opposite editorialという手法は海外のメディアでは多く取り入れているのに日本では全くない、という事実さえ知らされない支離滅裂になってしまいましたが、人間社会は一言で表せるほど単純ではないので、ネットの情報だけではバカになってしまう・・・危ないぞ日本人【楽天ブックスならいつでも送料無料】ナショナリズムをとことん考えてみたら [ 春香クリスティーン ]【内容情報】(「BOOK」データベースより)ネット住民の葛藤、移民に揺れる欧州、「イスラム国」の核心まで、いまを読み解くための視点とは?テレビ番組の発言で「ネトウヨ」からバッシングされ、「炎上」を経験した春香クリスティーンさん。そのあとには原発再稼働を容認する企画に登場し、左派から「失望した」といわれたことも。そもそも自分は「右」なの「左」なの?その対立軸を理解し、ナショナリズムについて真摯に考えたい、という一心から本書は生まれた。取材を重ね、「左」「右」のねじれに戸惑いながらもたどり着いたキーワードは「グローバル化」。それは、自身の出自にも深く関わるものだった。「右」でも「左」でもなく「前」。バランスと聡明さが存分に発揮された前向き社会論。
2015.05.24
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コントロールできないもの、手におえないものを無理やり操作しようとする一部の人間の傲慢さが人類を滅ぼす三崎さんの世界観にはいつも驚かされるけど、過去の作品とのつながりが見えてくるのも面白いし、知らなくても楽しめるのも魅力です【楽天ブックスならいつでも送料無料】手のひらの幻獣 [ 三崎亜記 ]【内容情報】(「BOOK」データベースより) 動物のイメージをあやつる異能力者の日野原柚月は、同じ能力を持つ者たちが所属する会社に勤めて早10年。孤独ながら安定した日々を送っていた。そんなある日、出来たばかりの新研究所を警備する業務を任される。しかしそこには異能力者のパワーを増幅する禁断の存在が隠されていて…。近くて遠い並行世界を描き出す2つの中編を収録。
2015.05.17
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アンネと同じ時代を生きた父と戦争を重ね合わせ、アウシュビッツからオランダアムステルダムの隠れ家、アンネの生まれたドイツフランクフルトへの旅をつづったお話です『マダム・キュリーと朝食を』『光の子ども1』に続き3冊目、色のない絵も印象的です戦後70年ですが、今の日本の閉塞感、やり場のない怒りの高まりは開戦前夜に似ているのではないかと思うこの頃です「長期間の不景気と貧困、その原因をユダヤ人になすりつけようとする人たちが現れ、ヒトラーがドイツ首相に就任した・・・オランダのベステスボルク中間収容所、アンネたちが捕えられ、アウシュビッツへ移送される前に収容されていた建物。戦後はナチスとその協力者の収容所となった、その後インドネシアモルッカ諸島の難民たちが収容された。」なぜかインドネシアは戦前、オランダの植民地だったことはなんとなく知っていた「ヨーロッパの国々は香辛料を求めるため東南アジアの国々を植民地にした。その後、日本がインドネシアに侵攻してきてオランダ領東インドを占領した。日本敗戦から二日後、日本軍によってオランダ植民地政府から解放されていたスカルノらがインドネシアの独立を宣言。しかし、オランダはそれを認めず軍を派兵、インドネシア独立戦争へと突入してゆく。1950年、インドネシア共和国は独立を宣言したが、オランダ軍の一員として働いていたモルッカ諸島のアンボン人たちは反撃を恐れ、南モルッカ共和国としての独立を宣言。オランダはインドネシア共和国に対抗しようとしたが失敗。3万5千人のアンボン人たちは本国オランダへ移住。そしてたどり着いた先がベステスボルク中間収容所跡だった。」という結末は初めて知った。日本軍が侵攻しなければインドネシア独立はなかったのだ70年以上も前に書かれたアンネの日記から、いまも変わらない人間の普遍的なことを少し・・・「1944年5月3日、いったい全体、戦争がなにになるのだろう。なぜ人間はおたがい仲よく暮らせないのだろう。なぜ、人間は、ますます大きな飛行機、大型の爆弾をいっぽうでつくりだしておきながら、いっぽうでは復興のためのプレハブをつくったりするのでしょう?毎日何百万という戦費を費やしながら、そのいっぽうでは、医療施設とか、芸術家とか、貧しい人たちとかのために使うお金がぜんぜんない、などということが起こりうるのでしょう?世界のどこかでは、食べ物がありあまって、腐らせているところさえあるというのに、どうしていっぽうには飢え死にしなくちゃならない人たちがいるのでしょう?いったいどうして人間は、こんなにも愚かなのでしょう?」 【楽天ブックスならいつでも送料無料】親愛なるキティーたちへ [ 小林エリカ ]【内容情報】(「BOOK」データベースより)ひとりひとりが、その人生の選択の余地を、握っている。-ユダヤ人の少女、アンネ・フランク13歳。私の父、小林司16歳。戦争という同時代を生きた二人の日記に導かれ、ドイツ、ポーランド、オランダへ。死から生へと向かう、命の感触をもとめた17日間の旅。
2015.05.09
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