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これが昨日茹でたタケノコです・・・。今朝から、昨日茹でておいたタケノコを家内が甘辛く煮てくれている・・・。そして、庭の山椒をの若葉を摘んでくるわけです・・・・・。こうして拡大すると、キーボードが埃りまみれであることが解る・・・掃除しよう・・・笑。スライスしたスーモークサーモンです。やはりこの色や筋、皮の具合、脂の具合、これは蓄養された大西洋鮭(アトランティックサーモン)に違いない・・・・。旨いです・・・・魚の脂肪の量、燻製の塩加減も絶妙、いぶしも程よく・・・完璧な出来具合です・・・・さすがに師匠の作品です。そして一度では到底食べられない量のタケノコはこうして水煮にして瓶詰めにいたしました・・・・。
2010.04.16
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今日は、私の燻製の師匠のお宅へお邪魔しました。パソコンのことでちょっとお手伝いに行ったのですが、色々とご馳走になって、帰りには掘りたてタケノコを8本と、師匠直々の鮭の燻製、更に見事なサイズの辛子明太子、そして下の画像のノッチョーラを頂いた・・・・笑。タケノコは私の手で、すでに茹で終わって居ますが、この画像のノッチョーラは、アルミ箔に包んでオーブントースターで4分ほど焼いて頂きましたが、美味しいです。いわゆるへーゼルナッツと言われる木の実で、セイヨウハシバミという木に実るドングリです。このNOCCIOLAと呼ばれるドングリはイタリア産で、ピエモンテの名産品でもあります。オレイン酸の含有量が木の実の中では際立って多く、そのほかにも有用な成分に恵まれた注目の健康食品でもあるのです。焼いて食べると香ばしく、癖になる美味しさなのです・・・・。師匠の作った燻製も頂いてきましたが、お土産にも頂いて参りました。聞きそびれましたが、この燻製の魚は、その皮の模様からしてアトランティックサーモンかもしれません。
2010.04.15
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大西洋のサルガッソー海の深海で産卵するウナギは2種類で、北米とヨーロッパに遡上するのだが、ニホンウナギのようにかなり小さな個体のうちに海流に乗って流れて沿岸の川に遡上するのと少し生態が異なっている。文献の記述によれば、バーミューダ周辺の海域で幼年期をすごした後に、自ら泳いで北米とヨーロッパを目指すと言うのだ。もちろん脊椎の数が異なるこの2種類の大西洋ウナギは、誤り無く父や母の過ごした故郷の川がある大陸を目指すと言う。こういう生態に進化するまでに彼らの種に何があったかを想像するのは非常に困難だが、必ず事実に繋がる整合性の有る理由が何処かにあるはずだ・・・・。さもなければ同じ海域で生まれたウナギの子が、自分が誕生する以前に母ウナギや父ウナギが棲んでいた大陸を目指し得るわけも無く、誤って北米大陸に遡上するヨーロッパウナギがかなり居たとしても不思議ではないし、その逆にヨーロッパに向かう北米ウナギがいたとしてもおかしくは無い、と考えられるだろう。私はその道の研究者ではないから、実際に大西洋を泳ぐウナギを探しにいかないし、そこまでして調べなければ気がすまないと言うほどの事でもないのだが、興味があり、そうなった理由を、推理することが楽しいだけだ。推理であるからして、当然ながら「正しい」と言えるものではないのをご承知願いたい。ヨーロッパウナギも北米ウナギも、元々は今の太平洋のボルネオ島やフィリピン付近の深海で生まれたウナギの仲間であったことはミトコンドリア遺伝子を分析することで確実視されているし、前回の日記にも書いたように、1億年の昔はゴンドワナ大陸とローラシアが離れていて、今のアラビア半島の辺りはテーティス海と呼ばれる海で、いずれ地中海になる海域と繋がっていて、現在の大西洋まで、当時はには古環赤道海流と呼ばれる海流があって、レプトケファルスと言われるウナギの幼生は漂うように海流に流されて長い旅を経て、今の位置には無いが、その後北米大陸やヨーロッパになる地域へと流れて到達したと考えるのが自然だろう・・・。ここで考えることは、大西洋ウナギが2種類のみで、その脊椎の数が異なると言う点で、おそらくだが、この2種の大西洋ウナギは当時同一の種がゴンドワナとローラシアの衝突によって太平洋に帰れなくなった後に種類が分かれたのではなく、テーティス海が開けていた時代でもかなり以前に分化した種が、ある時代的な隔たりをもってそれぞれ今の北米になる地域とヨーローッパになる地域に別々に流されて到達していて、それぞれ2種類とも親ウナギは、はるばる産卵のため太平洋の故郷の海域まで泳いで帰って来る。と言う生態があったと考られはしないだろうか?(北米ウナギとヨーロッパウナギはかなり近い種と言われれては居るが)しかし、移動する大陸の衝突によって2種とも地中海を越えて太平洋に戻ることが出来なくなってしまい、地中海を彷徨い、ジブラルタルから再び大西洋に出て、南下してサルガッソー海付近の深海を故郷と間違って・・・或いは止む無くそこで産卵に及んだ固体が出現することになったのだろう。当時の海流の状態が、大陸の移動とともに少しずつ変化して行ったであろうことは容易に想像が出来るが、ウナギやその他の海洋生物の移動や生息にとって決定的な変化となるような変化が数千万年と言う単位では起きていたと言う事だろうが、今の私だけでなく1億年以前の海流を詳しく知ることが出来る術は無いだろうし、その海流がウナギの産卵と回帰にどんな影響をおよぼしたか?想像さえ困難なものだ・・。それにしても2種の異なったウナギだが、やはり自分が生まれた環境に近い場所を探し当てて産卵に及んだことで、北米から太平洋を目指したウナギもヨーロッパから太平洋を目指したウナギも同じサルガッソー海付近の深海を第2の故郷と決めたことは、ほぼ必然的に起きたことだったと言えるのだろう・・・。(元々近親の種であったとすればなお更だろう)と、ここまでは特になんでもない推理だが、淡水域の上流で生まれて海に降り、成熟して再び故郷の川を目指す鮭の生態なら、川の水質による匂い等を記憶していてそこへ戻れると言う事実もメカニズムとしては想像し易すいが、ウナギの場合、海に戻る頃はせいぜい小さな卵として母ウナギの半分の遺伝子情報を減数分裂によって得ただけであり、母ウナギが過ごした川や湖沼の環境因子を記憶できる状態ではないと普通には思える。つまり卵子には減数分裂後、周囲の環境情報を論理的に記憶するフィールドは無いと信じられるから、難しいことになるわけだ。本能と言ってしまえば実に簡単に思えるが、ウナギの幼生のレプトケファルスが海流で流され易い形をしていても、南太平洋のボルネオ島付近やマリアナ海域で生まれた全てのウナギの種が黒潮に乗って太平洋西沿岸に広く分布しているわけではなく、ごく限られたボルネオやニューギニアにしか見られないウナギの種もあるという事実は、たとえ流され易い幼生でも何らかのメカニズムで遡上する川を選ぶ能力があると言えると思うし、産卵のために数千キロの海を故郷の深海まで戻る能力があることは間違い事実だ・・・。鮭の稚魚が川を降って大洋に出ても、その川に戻ってこられる能力と同じに、ウナギの稚魚が海流に乗って遠く流れて行っても、成熟すればやがて生まれ故郷に戻れると言うことはほぼ同列に考えて良い様に思える。しかし、同じ海域で生まれた2種類のウナギの稚魚がしばらくバーミューダ諸島の浅瀬付近で過ごした後、誤ることなく母や父の過ごした大陸に向けて泳ぎだすというメカニズムは依然謎であることには変わりは無い。ウナギの産卵は研究の結果から、新月の日に行われると言うことが解っていると言う。それを考えると、少なくともウナギは海面下数百メートルの深さで産卵するのだから月光は当然届くはずも無く、彼らは視覚によらず月の月齢を感じる能力があり、晴れていようが、曇って月が見えていなかろうが、新月であると言うことを知る能力が有ると言うことになる。月の運行は地上のさまざまな生物のバイオリズムに関わってるのは知られたことだが、この月の引力のなにかが関わるようなメカニズムが働いていると考えることで何かが切り開けないだろうか???まあ、とても想像力だけでは解決には程遠いですが・・・乞うご期待です。前の日記でオーストラリアにはウナギは居ないらしいと書いたが、オーストラリアとニュージーランドにもウナギの種は居るようですが、南米の赤道以南や西アフリカ沿岸、アメリカの西海岸には居ないようです。余談ですが、北米ウナギはナイアガラの滝を登ると言われていますが・・・・信じられないです・・・・笑。(もしエリー湖にウナギが居たとしても、ミシシッピ川経由で入り込んだものだと考えるのが妥当でしょうか?それともハドソン運河から入り込むと考えるべきなのでしょうか?どちらも運河の構造が私には良く解りませんが、ナイアガラの滝はいかにウナギが滝を登るのに長けていたとしても不可能な気がします・・・・笑。)
2010.04.14
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うなぎの完全養殖に成功したという記事を書いたが、少し調べてみた。うなぎは広く分布しているが、太平洋側では北海道・日高地方以南、日本海側では石狩川以南に分布しています。栃木県内の河川、湖沼に生息しています。海で生まれて、川で5年~十数年生活し、9~11月頃に産卵のため、再び川を下ります。産卵はマリアナ諸島海域の水深3000mもの深さにあるスルガ海山付近で行われ、産まれた幼魚は川を目指します。夜行性で、エビ、昆虫、小魚などを食べる肉食性の魚です。とありましたが、太平洋側に比べ、日本海側での漁獲高は非常に少なく、特に能登半島以北では激減するそうです。太平洋側では利根川水系が非常に大きな漁獲高をあげていて、それ以北はやはり激減するのだそうです。チャリメラマンさんのコメントの返事にも書いたのですが、大西洋には北米大陸に遡上するうなぎとヨーロッパ、ユーラシア大陸に遡上するうなぎが知られていて、脊椎の数が違います。南米大陸とアフリカ大陸に遡上するうなぎも居ると思いますが、調べてみると大西洋の南部、の南米と西アフリカには生息していない模様・・・・??最も分布数、種類が多いのはインド洋、および南太平洋周辺で、うなぎの種の殆どがインドからニューギニアにかけての地域に生息しているそうだ。オーストラリアにもうなぎは居ないらしい・・・。南米のアマゾンやオリノコ川に生息している電気ウナギというのが居るが、あれはいわゆるウナギの仲間ではなくむしろナマズの仲間らしい。大西洋ウナギを調べてゆくと、起源はゴンドワナ大陸とローラシア大陸の間に開けていたテーティス海を嘗て赤道に沿って地球を一周していた古環赤道海流に乗って西へ流されていったウナギの幼生であるレプトケファルスは今の地中海(テーティス海のなごり)を経て大西洋に達したと考えられ、やがてゴンドワナとローラシアは地続きになって、ウナギは産卵場所の南太平洋の深海へ戻ることが出来なくなり、ふるさとの南太平洋のボルネオ島近くの深海に似た大西洋のサルガッソー海の深海で産卵することで種を繋ぐようになったと考えられ、ミトコンドリア遺伝子の調査でもそれを裏づけているそうです。ウナギの幼生であるレプトケファルスは海の中でフワフワ漂うのに適した形であるため、海流によって長い距離輸送されることで生息域を広げたことになり、日本に遡上するウナギは黒潮に流されて太平洋の西を漂いながら成長できる汽水域や淡水域を探して遡上すると考えられているが、太平洋のニホンウナギが揚子江や朝鮮の河川に遡上するものと同一種であり、それぞれ母を育んだ川や湖沼を目指しているかどうかは解っていない。それに対し、ヨーロッパウナギと北米ウナギは同じサルガッソー海付近の深海で生まれた後バーミューダ島付近で幼生期を過ごした後、それぞれ北米とヨーロッパに誤り無く向かうのだそうで、自分の親が大西洋を隔てた別の大陸でそれぞれ過ごしたということを記憶できる訳でもなく、海流で運ばれた先で決まる訳でもなく、あたかも意志を持って自分の親が成長した第二の故郷を目指すように行動することは、今なお解明されてはいない不思議な生態なのです。
2010.04.10
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うなぎの完全養殖に成功!と言う記事が新聞紙上に発表された・・・・。独立行政法人・水産総合研究センターの発表では、成熟した雌雄のうなぎから、精子と卵を取り出して人工授精させても、成魚にまで育たずに死んでしまうという問題を、サメの卵から作る特殊な餌で克服し、成魚にまで育てることに成功。さらに、そうして育て、成長した第一世代の完全養殖うなぎにホルモン注射を施すことで精子や卵を持つ成熟体にすることにも成功し、そうした処理で生まれた第2世代の完全養殖うなぎが10万匹程度成長途上にあるそうです。つまり、孫世代のうなぎが無事に成魚へと育てたことで、人工孵化から始まった養殖循環が完全なものへとなったことが確認されたわけです。天然うなぎの稚魚を河口で捕らえ、養殖してきたこれまでの養殖事業は、河川の改修や河川の堰の影響、水質の悪化、そして何より乱獲の影響で河川に遡上し成長する親となるうなぎの減少で日本に遡上してくる稚うなぎが激減してしまい、養殖業そのものが破綻せざるを得ない状況になって来ていました。こうして完全養殖が可能になったと言うことは、やがて天然うなぎの稚魚の捕獲に制限をかけられると言うことを意味し、天然うなぎの資源保護に大きく貢献すると思われます。養殖うなぎの遺伝的脆弱性を生まないためにも、天然うなぎの遺伝子は重要なもののはずですから、天然うなぎを絶滅させてはならないのは、今後も変わりないのです。これで、私たちの食卓からうなぎが消える日がやってこない・・・ということが確実になった・・・と言えるのです・・・・・笑。
2010.04.09
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4月4日のF1マレーシアGPの結果はご存知だろうか?レッドブルのセバスチャン・ベッテルが優勝し、マーク・ウェバーが2位、そしてメルセデスGPのニコ・ロズベルクが3位に入っている・・・。入賞は逸したが、ルイス・ハミルトンの駆るマクラーレンはFダクトと呼ばれる空気取り入れ口を持ち、そこから入った空気をリアウイングフラップの裏面に導き、最高速が必要なシーンでは、空気をブローすることでドラッグを減少させているらしい・・・・。そのアイデアの詳細はまだ充分解明されていないが、問題となるのは、空力パーツは可動構造であってはならない・・・と言うレギュレーションがあることで、Fダクトと呼ばれるフロントカウル上面に設けられた空気取り入れ口から入った空気を普段はリアウイングまで流さずに置く方法のために可動式のシャッターを組み付ければ規則違反となることが確実視されているから、その開閉をドライバーの体の一部分を使うことで成立させているのではないか?と想像されているのだが、実際にはどのように変化をつけているかは明らかになっていない。いずれにせよFIAの審査で合法であると言う判断が出た以上、可動パーツを用いていないと言えるので、ドライバーが直線で300km/hを超えるような時に、唯一可能と言える気流を任意に変更する方法として膝や太ももなどを押し当てて、コックピットへ流れようとする空気を止めて、すべての気流をリヤウイング方向へ誘導している可能性がある・・・・。私の想像では、高速コーナーでの横Gなどの影響で誤動作を避けるために、コックピット内側の側面にその開口部があるのではなく、膝の真上から、太もも方向に開口部があるのではないか?・・・・などと思っています。もうひとつ興味深かったのは、フェルナンド・アロンソのコーナーでのシフトダウンのサウンドがしばしば耳に届いたのだが、解説の森脇氏はミッショントラブルがあってシフトチェンジがスームーズに行われていない・・・と言ってたっていたのですが、森脇氏はクラッチを踏まずにシフトしたことが無いのでしょう・・・・笑。フェルナンドはクラッチトラブルでクラッチが全く切れない状態で、ミッションを操作し、ニュートラル時にスロットルを煽って回転をあわせることでシフトチェンジを行ってベストラップさえ出していたのです。このテクニックは私が若い頃スカイラインに乗っていた時に使っていた左足ブレーキでクラッチを踏まずにシフトダウンしていたこととほぼ同じ手法だったので、(過去日記・峠のヒルクライマー参照)フェルナンンドのコーナーでのエンジン音を聞いて、クラッチが切れていない状態でシフトを行っている時の音とそっくりなことに私は気づき、多分クラッチトラブルでクラッチが切れないんだな~・・・と感じていましたが、当に今日のF1のニュースでフェルナンド・アロンソはオープニングラップでクラッチが故障し、クラッチが全く切れない状態でレースの殆どを走っていたと言う記事が出ていたのです。そう言えば、クラッチが切れない車で思い出したのですが、私が25歳の頃、勤めていた会社の社員送迎用のマイクロバス(9人乗り)が、退社する従業員を乗せて草加駅に着いたところでクラッチワイヤーが切れたらしく、駅から社長の電話でクラッチが切れなくなったので修理会社に頼んでレッカーを呼んで欲しいと連絡があった時、それならレッカーを呼ぶまでは無い・・・と私は一人で駅に向かいました。どうしてレッカーを呼んでこなかったのかと怒る社長を尻目に、クラッチ無しでシフトするのはお手のものだった私は、笑顔で何事も無かったように運転して修理工場まで届けましたが、マイクロバスの運転をしていた人も、社長も、どうして私が乗ると何事も無かったように普通に動くのか解らなかったようで・・・えらく感心されました・・・笑。
2010.04.06
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今日、久しぶりにこの楽天Blogのデザイン設定を調整しなおして、少しリニューアルいたしました・・・・笑。バックグラウンドの画像を大きくして、左側の文字の部分の背景も宇宙の画像が見えるようにしましたが、文字が見づらくなるのを防ぐために、画像処理ソフトを使って、明るく輝く星の輝度を減らして見ました。私のモニターでは以下のように見えるのですが、皆さんの環境では如何でしょうか?使っているモニターの表示能力はさまざまですから、こういう風に見えている方はどれぐらいいるのでしょうね???自分のモニターではちょうど良く右側の余白に星雲が見えていい感じなのです・・・・笑。それとおとといの金曜日から、冷凍保存してあった和牛のスネ肉を使って、ビーフシチューを作りました・・・・笑。グラニュー糖を焦がしてカラメルを作ってから・・・・というのではなく、マーケットの特売で買い置きしてあった、一箱100円で8皿分と書かれたインスタントビーフシチューの元を2個使ってです・・・・笑。とはいっても、玉ねぎ特大4個を水中眼鏡を着用して細かくみじん切りにして、狐色になるまで良くバターで炒め、肉は表面を程よく牛脂で焼いておき、決して高くない赤ワインをほぼボトル一本使い切って水とともに長時間煮込むのです。香辛料としては庭のローレル(月桂樹)の葉を6枚ちぎってきて入れ、セロリの大きなものを1本、にんにく一欠(大きなもの)を摩り下ろして入れたほかはインスタントルー任せですが、直火でズンドウを加熱する間は2箱のシチューの元の半分、つまり一箱分だけ入れて加熱します、ルーを全部入れると焦げ付きやすいので、直火で加熱する間は薄めの味付けで、目を離せるようにして、保温加熱に入る前に残りのルーを入れます。その後は湯煎過熱に切り替えます。そのほかの具は、大きなマッシュルーム2パック(12個程)スライスせずに丸ごと(石づきは切り取ってあるが捨てないで一緒にバターでよく炒める)バターでよく炒めて、ニンジンも太く大きななもの2本を使って、グラッセを作る感じで面取りしてやはりバターでよく炒めてから鍋に入れる。(あまり早い時期に鍋に入れずに、かなり肉が柔らかくなった頃に入れるほうが良い、でないと解けて形が無くなることになる)そうして煮込み始めて3時間ほどで普通は美味しく食べられるようにはなるが、今回は食べずに保温加熱をする。アルミのズンドウをそっくり新聞紙で分厚く包み込み、毛布でくるんで私の寝床に入れました・・・湯たんぽみたいです・・・・笑。おかげで寝る時は暖かすぎて少し冷ます必要がありましたが、朝の4:30ごろに床に入ったのですが、アルミのズンドウは夜8時過ぎに湯たんぽ状にした時から30度ほどは温度が下がったようですが、アルミの部分はそれでもまだ触れないほど熱かったです。そして昨日から食べましたが、かなり美味しいのですが、ややこくがいまいちかな?と思えていましたが、さらにワインをボトル1/3程追加しさらに湯煎で数時間煮込み、(直火では焦げ付きが出やすいので付きっきりでかき回さねばならないが、湯煎であればお湯がなくなるまでは放って置ける)再び私の寝床で保温加熱・・・・・笑。そして先ほどお昼ごはんに頂きましたが・・・・大量の玉ねぎの甘みと、ワインの酸味と甘みが効いたのか、ほぼ完璧な美味しさに仕上がっていました・・・・旨いです!!!牛のスネ肉がもう口の中でばらばらに分解して解けるように柔らかくなっています。(保温加熱の時間と湯煎過熱の合計加熱時間は30時間以上になります)思わず「旨い・・・・」とつぶやく私でした・・・・。(今回の牛スネ肉の量はいつもより少なめで600gほどを使いました・・・・16皿分ですが、まあ、12皿分くらいの濃さに仕上げてあり、煮込む途中で炒めたバターやルーに含まれるラードや牛脂が浮いてくるのをこまめにすくい取ってしまうので、味に脂のこってり感は減りますが、かなり低脂肪で美味しいビーフシチューになっていると自負しています。)
2010.04.04
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