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子どもの頃、母の作るメニューで好きなものの中に、鶏の胸肉に塩コショウで下味をつけて、卵の衣をからめて焼いたものがあった。ケチャップをかけて食べたっけ。え?なに?それはピカタって言うの?何かのレシピ集を見ていて、それと知る。そんな小洒落た名前があったとはね。さて、今日冷蔵庫の中には、鶏のささみが4切れ・・・。ささみでも、うまくできるかな?急にその食感が恋しくなって、トライ。できあがったピカタは、母のそれよりちょっぴりあっさりしていた。もちろん、ケチャップをかけて。香ばしく焼けた卵のせいか、子ども時代の食事の光景が、ちらちらと頭をかすめる。目の前では、娘がそれをほおばってもぐもぐもぐ・・・。ピカタを前に、子どもの頃の自分と娘とが重なって見えて、私も一瞬、子どもにもどったような感覚にとらわれる。食べる、という基本的な生活の営みには、生きること以上に、世代を越えて人同士をつなぐという、大切な意味があるのかもしれない。いつか娘が、同じような気持ちになることがあるのかな。
Feb 11, 2011
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人に言われて、傷つく言葉は使うまい。と、思っているけれど、「傷ついた」と感じることは人によって違う。過去、自分の言葉がもしかしたら刃と化して、人の心を貫いたことはいないだろうか?放たれた言葉は、取り消せない。今さら悔悟の念が湧いたとしても、それ自体無意味なのかもしれない。丸一日、娘と夫だけを相手に会話をしていたとある日に、ふと、そんなことを考えてしまった。
Feb 7, 2011
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