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「緋ざくら大名」に入って行く前に、前回書きました「任侠東海道」と「花吹雪鉄火纒」を掛け持ちで撮影をやっていた1957年12月頃の、二つの映画雑誌に同じようなことが書かれていましたので、一部抜粋、引用しながら、私なりの解釈と表現と私心をまじえての文章でまとめ掲載いたします。(その点ご了承くださいませ) ファンというものは賢明であり、人気俳優の本質も鋭く察知するし、芸についても鋭い見方を怠らないものです。こういうファンが激増していた頃、橋蔵さまは、この流れにうまく溶け込んでいたと言えるでしょう。 Aさんはこう語っています。 「橋蔵は時代劇人気スターに成り得べくして生まれて来た人であるからであろう。最大の賛辞と言えばそれまでであるが、冷静に橋蔵の魅力を分析するならば、最大の賛辞でも何でもない」 甘さがある これは、衆目の事実で、見得などを切るシーンになると、十分なものがありま す。目と声に、女形のよ うな甘いお色気が溢れ、たまらない魅力を形作るの です。所作が品よく美しい やはり歌舞伎出身の雰囲気があるからです。時代劇の所作は約束事が多いのです が、橋蔵さまの所作はピタリとあっています。感がよく、その演技は映画的演技に終始している 橋蔵さまの演技は、デビュー以来、映画演技のリズムとハーモニーをよく知って います。これは天賦の才でしょう。苦渋の影が見当たらず、いつも綺麗な印象を 与えてソツがないのです。殺陣が上手く美しい 時代劇の魅力の大きな位置をしめるものは殺陣。殺陣というものは、本来リアル なものではなく、どちらかと言えば時代劇の夢であり約束事でしょう。時代劇の夢に溢れた東映京都撮影所はこの殺陣を非常に大事にしました。他社では見られない充実ぶりです。 橋蔵さまの殺陣は・・決まるところでチャンと決まり、次にスムーズに入っていきます。リズミカルな殺陣というべきでしょう。これらはすべて天賦の才であるのです。しかしそれに満足している橋蔵さまではありません。 その殺陣ですが、1957年後期頃から、橋蔵さまが「最近立回りがとっても上達した」という声が聞こえてきました。 若さま侍で見せる逆一文字崩しの殺陣などは鮮やかにきわだつものがありますね。橋蔵さまは「女形出身だから、線の細さが心配です」と言っていたのですが、この頃には、その線の弱さが消え、豪快さの内に、美しい流れの入った橋蔵さま独自の立回りを身につけてきました。 それは、自然に時の流れが上手くさせたのではないのです。 「ぼくは立回りが大好き」と言っているように、暇さえあれば”剣会”の人達を相手に、練習をやっていた熱心さにありました。(立回りのある時は早くスタジオ入りして鏡の前で素振りをしていたということをある俳優さんが言っていたことがあります)橋蔵さまは、何事によらず熱心でした。 馬に乗る役があれば、早朝からスタジオ裏の馬場へ通って、猛練習をして、たちまちマスターしてしまいました。(1959年以降の作品での馬上姿は素晴らしいものですね) 役どころも、橋蔵さまには悪に強くて、情にもろい、粋で鯔背な江戸っ子をやらせれば、洒落た江戸っ子橋蔵の本質に相通ずるものがあります。 (時代劇スターで橋蔵さまのように歯切れよく流麗に江戸弁を使えるスター役者はいません) 「大川橋蔵には色気がある」と橋蔵さまはデビュー当時からいわれていました。若いスターには色気がなければ伸びていかない、と映画界の先輩達が口を揃えて言うことだそうです。 では、橋蔵さまの色気とはどんなものなのでしょう。 原健策さんが橋蔵さまのお色気についてこのように言っています。「橋蔵君のお色気は、彼が女形をやっていたから身についているのだろう、という 人がいますが、そうではないと思う。 何故なら、女形出身の人は他にもいるが、その人達がみんな、あのようなお色気 を持っているだろうか。持っていません。 だから橋蔵君のお色気は、彼独特のものなのです。 女性的なものではなく、明るさと若さをミックスした一種の雰囲気でしょう。 品の良さも巧まずして身に備わった利点です。演技の面にも、しっかりした 基礎をもっています。やはり六代目の薫陶よろしきを得たものでしょう」と。 デビュー作の「笛吹若武者」当時は、まだ映画界入りする決心もつかず、新スターとしては未知数のものでしたが、舞台と決別し映画一本で生きる決心をした「若さま侍捕物帖」では、新スター大川橋蔵としての片鱗を見せてきました。主演ものにどんどん出演したこともあるでしょうが、人気の裏づけは、「新人らしからぬ堅実な演技」と「独特なムード」であったと思う、とBさんは言っています。橋蔵さまには、映画界では新人といっても、舞台生活二十一年、厳しい指導の下に培われた演技の基礎がありました。六代目の遺訓「役者らしくなるな、役者になれ」・・これは、橋蔵さまの演技に対する信念です。 「任侠清水港」での、橋蔵さまの追分の三五郎と錦之助さんの森の石松のオールスター作品で初顔合わせで火花を散らす熱演でしたね。「水戸黄門」の橋蔵さまの格さんは好評でしたね。町人姿の格さんの演技・・町人らしい身のこなしにも侍としての信念を持っていなければなりませし、立回りでは完全な格之進になるわけです。細かい部分に橋蔵さまの計算された演技がみられました。「はやぶさ奉行」では、千恵蔵御大の金さんを相手に、小気味のよい活躍をした怪盗みずみの好演技はスタッフを感激させたといいます。 俳優としての価値は、「役になりきるかどうか」で、「何をさせても、同じような演技」では、俳優の価値はありません。橋蔵さまの演技は、作品によって、役によって、的確に表現され、橋蔵さま本来の魅力をいかんなく発揮してきていました。 そして、橋蔵さまは、これからの希望として、当時こんな風に言っていました。 「軽いコメディをやりたいですね。ぼくは多分に三枚目的な要素があると自負して いるんですよ。しかし三枚目というのは、ぼくらが考えている以上に難しいと思 います。ドタバタでない、風刺のきいた喜劇好きでねぇ。だけどまだまだ演技が 未熟ですから、もっと自分の演技に自信が持てるようになったら、ぜひやってみ たいですねぇ。それにもう一つ、世話物もやってみたい。だけど、これも難しい からなぁ。いまや何でもかんでもやってみたいって、凄く欲張りの心境なんです よ。自分がやったことがない分野で、いろいろと経験することが、将来へのよい 試練になると思います。やってみて初めてわかるんですよ。あそこが悪い、 ここが悪い・・で、冷汗をかいてばかり。とにかく、勉強勉強ですよ」 橋蔵さまの性格の茶目っ気がある所を活用して、時代劇として久しく途絶えている本格的ユーモア時代劇を目指してもよいし、まだまだ努力次第では役柄は大きくなっていく。今までの役柄は天賦の才であった。これからの役柄が努力の所産でしょう。「橋蔵の演技系統は、明朗で苦渋の影が少しも見当たらない。ファンならずとも今後もこのような明るいものに精進してもらいたい。橋蔵ものの確立を目指してもらいたい」とAさんは書いています。 デビューした当時ちょっと神経質そうな美青年だと思われた橋蔵さまも、一作毎に精神的にも大きくなり、この頃には、ふくよかになっています。橋蔵さまも映画に出演することが楽しい時期に入った頃でしたでしょう。それは、橋蔵さまのあの素敵な人懐こいスマイルが語っていたと思います。次回は「緋ざくら大名」に まいります。 葵新吾*大好き大川橋蔵ファン広場*掲示板の方には、「二本掛持ちの橋蔵さまにインタビュー」を掲載しましたので、よろしかったら読んでみてください。 刺青を書いてもらっている時の画像つけました。二本掛持ちの橋蔵さまにインタビュー
2018年03月29日
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安濃徳だけは許してやってくれ大政をはじめ清水一家は、次郎長の怒りが落ち着くまで、吉良の仁吉のところへ草鞋を脱ぐことになりました。仁吉は話を聞いて、火をつけたという噂だけで子分を勘当するような清水次郎長ではない。この一件はその三人組だけの問題ではなく、雲風を筆頭に手を組んで清水一家を叩き伏せようとしている、というのです。そこへ神戸の長吉がやって来ます。荒神山の縄張りを安濃徳に奪われた、力を貸してほしいと言ってきたのです。長吉に「まかしておくんなさい」と言い、長吉が帰った後、仁吉はおきくを呼んで離縁状を渡します。おきくのどうしてという問いに、仁吉はおきくの兄安濃徳と敵同士になったからだというのです。長吉に謂れのない喧嘩をうち荒神山の縄張りをとったのは安濃徳だと言います。そればかりか、武井の安五郎や雲風の亀吉らと手を組んで、清水一家にもたてをついている。おきくは、兄は兄、私は私と前に言っていたと泣きながら訴えるが、仁吉は「言ったが、事がこうなると・・頼むから、俺を男にしてくれ」とおきくに出て行くように言います。その話を聞いてしまった才治郎は、二階へ急いで上がって行きます。出て行くおきくを大政がつけて行きます。仁吉は二階に行き、仁吉 「伊勢の安濃徳が長吉どんから、荒神山の縄張りを奪い取ったぜ」鬼吉 「そうだそうですってね、仔細はさっき才治郎さんから聞きましたよ」仁吉 「才治郎から」鬼吉 「へい」半五郎 「それにしても、姉さんには何の罪もねえんでしょ」仙右衛門「手前どもが、揃ってのお願いでござんす、どうか姉さんを」というと、仁吉は、つい先日安濃徳は使いをたてて、清水と手を切るようすすめてきた、と言います。初めから清水一家にたてつく気で荒神山を修めたに違いない。三州から逃げた雲風一家、追いかけている三人組は、安濃徳のところにいるはずだ。清水のためにも、長吉のためにも、けじめをとるにはおきくがいては踏ん切りがつかないからだといいます。清水には後で話をするので、先方の手筈が届かないうちに荒神山を取り変えそう、ということになりました。おきくは、大政から寺津の間之助のところにいる次郎長親分に仔細を話すように言われ通し籠で向かいます。仁吉と大政たち清水一家は船で安濃徳のところに向います。仙右衛門「相手は気づいていましょうかね」仁吉 「どうだか、いずれ見張りは立てているだろう」 案の定見張りが船を見つけ、親分に知らせに走ります。 丹波屋の伝兵衛が時をかせぐうちに安濃徳たちは荒神山をかためる支度にかかります。仁吉、清水一家も荒神山へと急ぎます。 仁吉の言うことに耳をかさず、無理を通そうとする安濃徳たちが先にドスを抜きます。(立回りになります) 入り乱れ闘いの場になった荒神山に血の雨が降ります。仙右衛門、半五郎、法印は三人組と闘っています。小五郎を斬ります。 亀吉、伝兵衛、門之助と倒れ、安濃徳に傷を負わせた時、木の上から銃弾が仁吉をねらいました。門之助も倒れ、安濃徳は逃げていきます。仁吉に駆け寄る清水一家、仁吉はふりしぼった声で言うのです。長吉には、親代々の縄張りを守って、りっぱな男になれ、と。大政に、他にやられた者はいないか・・・大政「どうやら頭数はそろっていいます」と答えると仁吉 「そうかい、さすが清水は粒ぞろいだなぁ・・・仙右衛門」仙右衛門「へっ」仁吉 「三人はどうしたい」仙右衛門「お蔭を持ちやして・・」仁吉 「仇は討ったんだなあ」仙右衛門「へい」それでは思い残すことはないと言います。そして、「安濃徳だけは許してやってくれ」と言って息を引き取ります。船が桟橋に着き、次郎長は駆け寄った鬼吉に仁吉の安否を聞きますと、鬼吉が指を指した方に戸板で運ばれる仁吉の姿がありました。 安濃徳は手傷を負って逃げたが、あとの者は仕留めたこと、仁吉が死に際にいった言葉を伝えます。次郎長は、「仁吉は富士の山にも似た男の中の男だったぜ」とつぶやくのでした。 (完)
2018年03月25日
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落ち着く先は吉良の仁吉のところ安五郎に三人の居場所を聞くために、次郎長は事を穏やかにと一人で乗りこんでいきます。しかし安五郎は次郎長に対抗するのは三人のためだけではないと・・次郎長は、これほど頼んでもと言うと、安五郎はドスを抜いてきます。次郎長に何かあってはとつけさせた小政が知らせに戻り、清水一家がやって来て・・大立回りになり、次郎長が安五郎を斬ります。三人は雲風のところに行ったかもしれない、子分達は三州にひき返させ、次郎長は府中へと向かいます。寺津の間之助のところでおち合うことにしました。(ここから、太兵衛の敵討ちの三人を探す次郎長一家は、吉良の仁吉と安濃徳の間の荒神山の縄張りを争いに関わっていくことになります)雲風の亀吉のところに、安濃徳に荒神山の縄張りを取られた神戸の長吉が、仲裁に入って縄張りを取り返してほしいとやってきています。が、雲風は、安濃徳とは盃を交わした兄弟分、仁吉のところへ頼むべきことだろうと言われ、帰って行きます。安濃徳のところにいる門井門之助が仁吉を訪ねてきて、仁吉に次郎長と手を切ってほしいというのです。仁吉はきっぱりと断ります。おきくは兄の安濃徳のことで仁吉に嫌な思いをさせ申し訳ないと言います。安五郎を殺され生き残った子分達が雲風を頼ってやってきています。清水一家が押しかけてくるらしいと、雲風は熊太郎に打合せしたように事を運ぶよう指示します。三人組は雲風が匿っていました。熊太郎は清水一家がやってくるのを道端で待っていて、神沢の子五郎達を知っている、平井の百姓の納屋にいるというので案内するというのです。確かに、小五郎、平吉、久五郎の三人は納屋にいました。夕飯を運ばれ油断しているところへ、踏み込みます。法印 「三人揃ってがん首揃えてやがるな。おう、増川の、向って左が勝沼の 平吉、中が神沢の子五郎、右が手島の久五郎だぜ」仙右衛門「おう、おらー太兵衛の甥の増川の仙右衛門だ、兄弟分の手は借りず、 差しの勝負をしてやるから降りて来い」 その間に外には雲風一家がやって来て納屋に火をかけます。三人はその間に逃げてしまいます。清水一家と雲風一家との斬り合いが始まりました。双方乱れての大立回りの末、清水一家にも負傷者が出て、みんな疲れ切った足取りで、次郎長との落合場所寺津に向かいます。(みんなが着ている着物は汚れています)その寺津の間之助のところには次郎長が先に着いていました。間之助は、大政はじめ清水一家が、平居の百姓の屋敷に火をつけた、という噂がたっていると次郎長に話します。甲州の身内が隠れていたが、雲風の一家が邪魔に入り逃げられたので、その腹いせに火をつけたというのです。御用聞きから聞いた話だが、確かな証拠が上がっていないので、御上の手は伸びてはいないようです。大政達がどうしているか心配な次郎長です。雲風の家に殴り込みをかけたが、一家は伊勢に逃げた後だったようだと間之助が言います。次郎長と間之助が奥に行こうとした時、大政達がやって来ました。みんなが敷居を跨ぎ奥へ入ろうとした時、次郎長の声が飛びます。次郎長 「そのままでいろ」次郎長の声にみんなびっくりします。次郎長 「てめえ達とは今日限り、親分子分の縁は切ったぜ」 大政が「いってい、何のお話で・・」と言いますと、次郎長 「やめろ。・・おれが知らねえとでも思っていやがるのか」 ここで、仙右衛門が意を決して次郎長の前に進み出て仙右衛門「申し訳ござんません。あっしは親分に嘘を申しておりやした」次郎長 「どんな嘘だ」仙右衛門「へっ、おしまさんのことでございやす。実のところ、おしまさんの殊勝 な心にほだされて・・」次郎長 「そんな話じゃねえ」(仙右衛門もみんなも、「えっ、それでは何のこと」というような表情を見せます) 次郎長は、何故堅気の人のところに火をつけたと言ったので、半五郎、鬼吉が言訳をしようとするが・・・しかし、世間の人はそう思い込んでいる、確かな証拠があって間違いだと分かればいいが、そうでない時はこれっきりの縁だと思え、「出て行くんだい」と言って奥へと行ってしまいます。間之助は次郎長の気が落ち着くまで、吉良へ行って時節を待つように、落ち着く先は吉良の仁吉のところだと言います。 続きます。
2018年03月22日
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「おしまはいたか、手にかけたんだな」「へっ、確かに」お竹の情報より、おしまの居所が分かったため、次郎長は仙右衛門に「いずれ俺たちも後を追うが、おしまは太兵衛さん殺しに手を貸した憎い女だ。行って三人の行先をはかした上、手にかけて念晴らしをしろ」と言います。仙右衛門が「へい」と言い、立って行こうとした時、次郎長が、半五郎と法印をかえ添えとしてつけます。妙光庵に隠れているおしまのところに、仙右衛門らがやって来ました。部屋の住み済みまで見ますが、小五郎達三人はいません。 仙右衛門「小五郎はどうしたい」おしま 「平吉や久五郎と一緒に、昨日旅へ出ました」仙右衛門「行先は」おしま 「存じません」半五郎がそんなはずはないと言うと、おしまは本当に知らないと言います。法印が、見えすぎたしらを切ると・・と行ったとき仙右衛門「待ちねえ」と法印を止めて、半五郎に言います。仙右衛門「話は俺がつけるから・・・(半五郎に目で合図をして)子供を・・ (連れて行ってくれと言うのです)」半五郎も分かったというように頷きます。(この時、おしまの始末をつけるから、子供は離してほしいということなのです。おしまも自分がどうなるか分かっているのです)離れようとしない千代吉におしまは言い聞かせ、半五郎は千代吉を外へと連れていきます。 仙右衛門「いいなせ、三人は何処へ」おしま 「よしてください・・・そんな卑怯な、そんな恥知らずのおしまだと思っ ておいでなのですか」(その言葉を聞いて、暫くの間、仙右衛門は無言でおしまを見ています) おしま 「あたしはね、小五郎のことなんぞ一度だって親身にになって考えたこと のない女なんですよ。それが、それがどうして・・・」仙右衛門「いやぁ、・・分かった、分かったからにゃ、この話は打ち止めにいたし ますが、・・おめえさん、覚悟はできていなさるだろうな」おしまは「はい」と言いますが、三人とぐるになった覚えもないし、手引きをしてもいないと言ったところで、仙右衛門が「今さらそれを言って何になる」 と、おしまの言うことを世間はそうは思わない、と遮ります。仙右衛門「子供のことは、誓っておれが引き受けたから・・・さっ、早く身じまい をしなせい」半五郎と法印は、仙右衛門がおしまを始末するまで、何とか千代吉をと、江戸で今はやりのかっぽれを踊って機嫌を取っています。身じまいをしたおしまは、今日が命日の太兵衛の位牌に手を合わせると、仙右衛門に言います。おしま 「仙さん、・・・いつでもよござんすよ」かっぽれの唄が聞こえています。 仙右衛門も覚悟を決めて、刀を抜きおしまに近づき仙右衛門「覚悟しなせえ」と、刀を振りあげた時、俗名太兵衛の霊と書かれた位牌が目に入り・・・仙右衛門の気持ちが揺れます。 庭では、半五郎と法印が、座敷の様子を窺いながら千代吉の機嫌をとり、仙右衛門の来るのを待っています。こんなつらい思いをするのは初めてだ、と二人が涙ぐんでいると、仙右衛門がやって来ます。半五郎と法印が駆け寄ります。半五郎 「斬ったのか」それに対して、仙右衛門は、首を横に小さく振るのでした。半五郎 「よかったぁ、話せるぜ」仙右衛門の肩を嬉しそうに叩き言うのでした。(心優しい仙右衛門、半五郎、法印ですね)次郎長から、「おしまはいたか、手にかけたんだな」と言われ、仙右衛門「え、へっ、確かに」次郎長に嘘をつきます。次郎長 「三人の行先は」仙右衛門「それなんでござんすが、小五郎は、おしまにも内緒で出かけたんだ そうで」次郎長 「内緒で出かけたと」半五郎 「へっ、三人で厳しく問い詰めましたが、まったく当てがはずれました」次郎長 「それじゃ、しょうがねえ。これから行って安五郎に聞こう」次郎長一家が安五郎一家に乗り込むことになりました。太兵衛を殺した三人の行先は分かるのでしょうか。 続きます。
2018年03月18日
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東映のお正月オールスター映画で『任侠清水港』に続く次郎長ものの第2作。オールスターキャストですから各スターの見せ場がいっぱいです。この映画の中で唯一の男女の絡みのロマンスを錦之助と千原しのぶ、叔父の女房おしまを仇の片割れとして討たねばならないのに情を重んじて泣かせる橋蔵、仙右衛門がおしまを討つのを待っている間子供をあやすためかっぽれを踊る千代之介、大政としての大友柳太朗の迫力、と時代劇ファンを喜ばせるところをしっかりと見せています。やま場となる有名な荒神山の血闘は見せ場です。橋蔵さまも「あの荒神山のセットの立回りはすごかった。あんな大立回りは今までになかったなあ」と言っていました。◆ 第32作品 1958年1月3日封切 「任侠東海道」 清水の次郎長 片岡千恵蔵桶屋の鬼吉 中村錦之助増川の仙右衛門 大川橋蔵大瀬の半五郎 東千代之介おきく 長谷川裕見子お竹 千原しのぶおしま 花柳小菊久井の才治郎 伏見扇太郎千代吉 植木千恵神戸の長吉 尾上鯉之助丹波屋伝兵衛 進藤英太郎角井門之助 山形勲神沢の小五郎 小沢栄太郎寺井の間之助 宇佐美諄安濃徳次郎 薄田研二小政 片岡栄二郎法印大五郎 加賀邦男雲風の亀吉 香川良介祐天仙之助 阿部九州男熊太郎 徳大寺伸福山喜八郎 吉田義夫勝沼の平吉 富田仲次郎手島の久五郎 清川荘司大政 大友柳太朗大和田の友造 大河内傳次郎武居の安五郎 月形龍之介吉良の仁吉 市川右太衛門清水の次郎長の子分、増川の仙右衛門の叔父が三人組に惨殺され、彼らと一緒に姿を消した叔父の後妻、おしまを清水一家が追います。事件を目撃した女乞食お竹の情報で三人組を突き止めます。おしまの居所をつきとめた仙右衛門は大瀬の半五郎、法印大五郎と共に仇をとりに行きますが、おしまが改心してるのと彼女の子供が可哀相になり見逃します。次郎長と別行動をとった大政、小政たち清水一家二十八衆は火付けの濡れ衣を着せられ吉良の仁吉のところに草鞋をぬぐことになります。仁吉の身辺で荒神山の縄張り争いがおき、大政たちは仁吉と共に荒神山へと向かいます。渡世上のいざこざじゃねえ、おめえの敵討ちだ 東海道を次郎長が二十八人衆を引き連れ、秋葉祭りに乗り込んできました。親分衆が賭場を張り祭りは盛況です。そこに安濃徳次郎と丹波屋伝兵衛が連れだってやってきています。次郎長一家の大政、増川の仙右衛門、法印大五郎が先に入り、誰かを探しているようです。法印を待っている時に安濃徳を目にして、大政 「ううん、なるほど、あれが仁吉おじきの義理の兄貴にあたる安濃徳次郎 さんか。お目にかかるのは初めてだが、なかなかの貫禄だなあ」と感心した様子で言うと、仙右衛門「だが、うちの親分に比べると段違げえだねえ。でいいち、あの用心棒が 目障りだ」 大政 「ふっふっふ、そういやまあそうだ」仙右衛門「ところで、法印だが・・」そこへ、法印が急ぎ足でやってきました。法印 「いねえぜ」大政 「いねえ?」法印 「確かに来てるはずなんだが」大政 「すると麓の宿かもしれねえが・・まっ、念のためにもう一度そこらあた りを探して見よう」新井の新太が大和田の友造に清水の次郎長が乗りこんで来たと伝えに行きます。ただごとではない様子だと言うと、大和田の友造は、盆割りのことでやってきたに違いない、次郎長に会いに行くといいます。その頃、次郎長は大政達の戻ってくるのを待っているのでした。大和田の友造がやって来ます。次郎長が秋葉山の盆割の件できたのだと勘違いをしているので、次郎長は秋葉まつりに乗りこんで来た訳を話し始めます。そのいきさつとは、子分増川の仙右衛門の沼津にいる伯父が殺されたうえ、後妻のおしまをかどわかしたのは三人組だということを、女乞食のお竹が知らせてくれたのです。そして、その三人組が甲州武井の安五郎の身内だとわかり、雲風の亀吉とは兄弟分の安五郎であるから、秋葉のまつりには来ているであろう、と話をします。大政達がもどってきました。大政が、お山にはそれらしい三人は見当たらなく他もくまなくあたって見たがいないと言います。大瀬の半五郎が、きっと安五郎がいる宿にいるに違いないと言います。 次郎長 「とすりゃ、事は面倒だ。よし、おめえたちはここにいな」仙右衛門が、次郎長に「どうなさいますんで」と聞きますと、次郎長が仙右衛門にいいます。 「道は踏まなくちゃいけねえ。行って安五郎さんに掛け合ってくる」と次郎長は言うのです。小政や桶屋の鬼吉が、それではみすみす相手を逃がすようなもの、逃がさないとしてもまかり間違えばその場で喧嘩になろうというのに、親分一人ではやれないと。仙右衛門も「万一の事があっちゃ、あっしが皆に申し訳がたちません。どうか一緒に・・」というと、 次郎長 「よしな、今度のことは渡世上のいざこざじゃねえ。いやあ、おめえの敵討 ちだ。通す道は立派に通して、後腐れのねえ結びをつけなけりゃ、太兵衛 さんもうかばれねえ」 というと、大和田の友造に仲立ちをお願いして安五郎のいる宿に向う次郎長を、大政をはじめ子分達が心配そうに見ています。遠州屋には、武井の安五郎と雲風の亀吉が碁を打っています。同じ宿には安濃徳次郎と丹波屋伝兵衛もいます。秋葉まつりの盆割りを見て亀吉を羨ましがる安濃徳次郎に一緒についている浪人の門井門之助が荒神山を神戸の長吉から取ることをけしかけています。次郎長は友造を仲立ちにして安五郎に会おうとしたが、亀吉と囲碁をしていて今直ぐには会えないと言うのを部屋の外で聞き、次郎長は部屋に入っていくなり、怒り碁盤をひっくり返します。その場は友造に任せ次郎長は引きさがり帰っていきます。その様子を見ていた伝兵衛と門之助は、安濃徳にとっては悪くない前触れだと意味深なことを言います。 次郎長と二十八人衆は甲州に向かって旅立ちます。安五郎にかくまわれていた三人組ですが、次郎長がここまで探しに来ているからにはこれ以上匿うことは出来ないと、渋々、おしまのことを頼み甲州を出ることにして草鞋を履きます。次郎長は、安五郎のところに三人組がいないか探りを入れるため、桶屋の鬼吉が次郎長の口上をかけに行くが、3人組はもういなかったのです。鬼吉のあとを追ってきたお竹は、安五郎の子分がおしまのところに行くのをつけます。仙右衛門は、安五郎のところへ乗り込んだ鬼吉の帰りをまだかと、気が気でなく外で待っています。 仙右衛門「おう、桶屋の・・」と、鬼吉の姿を見つけ駆け寄る仙右衛門に鬼吉 「おう、増川の、おめえこんなとこで何していたんだい」 仙右衛門「さっきから、おめえのことが気にかかって・・」鬼吉 「なんでえ、気がよえんだな、さつ、親分のとこへ行こうぜ」仙右衛門「おっ」 お竹が次郎長におしまの居所を教えに来ます。三人は昨日旅に出たというのです。 続きます。
2018年03月15日
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夜空を焦がす炎と橋蔵さまの鉄火纒 花のお江戸にぱっと咲いた直参纒の心意気を描いた作品「花吹雪鉄火纒」の、あの場面の撮影はどのように・・と気になるところがありました。一番気になるところはやはり、クライマックスシーンである大々的な火事場シーンでしょう。普通はオープンセットでやるのですが、わざわざロケーションに変えたのだそうです。油を一手に買い占めて値上がりによって儲けようと、山崎屋が自分の油倉庫にも火をつけるというところです。映画で見ているのには迫力がありカッコいい火事場ですが、あれだけの火事の場面を撮るには、大変な努力がありました。あの場面の取材から、私なりに要約編集して書いていきますね。作品を見ていて、火事場の場面の見方、思いが今までと違うようになるかもしれません。ロケの現場は、保津川の下流である桂川にかかった大きな橋のところの川原でした。だだっ広い河原に約二百坪位の倉庫のセットが建っています。河野監督やスタッフは勢揃いしてこれから撮る火事のシーンに備え慎重に準備を進めています。他のシーンと違い、火をつければ撮り直しはききません。それだけにぶっつけ本番なのですから、スタッフも俳優さん達も慎重を期すのです。(やり直しの聞かないシーン、監督と綿密な打合せ風景と、に組の若い衆がスタンバイしているところ) 河野監督は、「火事と喧嘩は江戸の華ですから、ましてや、鉄火纒と銘打ったからには、ちゃちな火事場はとれません。何分見せ場ですから、本格的な火事をお見せします」と意気込みを語っておりました。まわりを見回すと、ここが川原とは思えないような建物と装置です。火をつける前に敷地二百坪に造った倉庫について装置部の方に聞きました。毎日30人が7日間かかって建てたもので、カラー映画なので廃材は使用できないため材料は全部新品、材料費だけで約150万円かかっているということでした。そして、現場は電気の配線がなく、嵯峨変電所から川を越えて線をもってきたため、河原に建てた電柱一本に10万円もかかったということです。そこへもって、夜の火事ですから、照明が必要です。20K3台、10K38台、5K9台、2K15台、変圧器100K3台、大小のライトがずらりとあります。これだけ経費をかけてのものが、一瞬でなくなってしまうのです。作品にかける監督さん達の意気込みはすごいものです。それでは、撮影現場を除くことにいたしましょうか。(作品で見ている方々は、火事場、そして橋蔵さまはじめ出演者達の動きや景色は頭にありますでしょうから、そこから逆にあそこはこういう風にとっていたのか、現場ではこんな状態だったのかと思いめぐらしながら、読んでいってくださると嬉しいです)いくら広い川原といっても風の向きでは飛び火するとも限りませんから、消防車が3台、地元の消防団も総出で、万全の備えをして待っています。川原は文字通り吹きっさらしですから、冷たい風に顔や体が凍るようです。11月半ば、底冷えがする京都はすっかり冬の気配、ましてや太秦、風が身に沁みます。火事場に群がる野次馬になる人達が寒さに耐えかね「早く火をつけてほしい」と催促?したいような寒さだったということです。日が落ちるのをまって撮影開始となる予定です。午後6時半、完全に日が沈んで暗くなりました。その時「今夜はとっても冷えますねぇ」と威勢よく飛び込んで来た火消し装束の鯔背な若い衆・・よく見れば橋蔵さまです。橋蔵さまは「松田組と掛け持ちでしてネ。(この時橋蔵さまは「任侠東海道」の撮影との掛け持ちでした) ぼくは子供の時から火事は大好きでしてネ、サイレンを聞くとすぐ飛び出しちゃって、よく叱られたもんですよ。今でも大好きですよ。だから今夜は大張切というところです」と、江戸っ子らしい元気のよいところを見せていたそうです。に組の頭政五郎、纒持ち清三、喜助の顔ぶれも揃い、いよいよ撮影開始になります。「装置さんいいですか、照明さんいいですか、NGききませんからたのんまっせ」と、助監督さんが必死の形相で準備OKを確かめます。そのあと、河野監督が出てきて、もう一度橋蔵さま達と細かい打ち合わせをして、「じゃ、いいですネ、火をつけてください。はいっ」河野監督の合図で石油を倉庫にかけ火を点けました。ざわめいていた現場は、一瞬シーンと静まり返ります。一同かたずをのみ見守っていると、倉庫の一角から赤い火がボーっと立つと黒々とした倉庫が浮かび上がりました。・・・「スタート」・・ワーッという怒声が入り混じり、もの凄い火事場の幕が切って落とされました。燃え上がる倉庫、ワイワイ騒ぐ中、に組が纒を先頭に駆けつけてきます。ここまでで、倉庫は三分の一は燃え、不気味な音をたてながら炎を天高く上げています。 映画の画像からは 油倉庫ですから、普通の燃え方ではいけません。リアルにするために石油缶10缶用意し、どんどんかけていくのですから火の勢いは本物の火事以上です。「はい、カット」という訳にはいかないのですから、スピーディーに撮影が進められていきます。折からの東風に乗って勢いよく燃えて行きます。間髪を入れず出演者に指示を与え撮影を勧めて行きます。この時、現場付近も大変なことに・・・思いがけない騒ぎと、夜空を焦がす火事を本物の火事と思って駆けつけた人達で、いつの間にやら黒山の人だかりです。 撮影と分かったため、今度はスターの顔を見ようとひしめき合い、交通整理のために来ていたお巡りさんも、これには悲鳴をあげる状態でした。に組が勢いのある火口が取れず戸惑っています。長次がその時、用水桶に近寄ると、水をかぶって倉庫に入っていくところになります。 映画の画像からは 橋蔵さまが一杯二杯と続けざまに用水桶の水をかぶります。それを見ていた記者さん達は「寒いだろうなぁ」と嘆声をもらしました。オーバーの襟を立てても身震いしている今夜の寒さですから、頭から冷たい水をかぶる橋蔵さまには同情しました。橋蔵さまは、後日その時の事を「やったのは夜で、川原に立っているのさえ寒いくらいなのに、頭から全身水をかけられて見なさい・・震えが止まらなくて弱っちゃったよ。あの時だけは、本当に火事ん中へ飛び込みたいような心境だった」と言っていました。橋蔵さま(長次)は全身濡れねずみになるや火の粉が舞う中へ飛び込んでいきました。「危ないなぁ、大丈夫かな」見ている人達一同がそう思いました。 相手が火事ですから、何時どんな異変が起きるやもしれませんから。計算通り燃えてくれればよいのですが風の向きでどうなるかわかりません。次に、徳大寺さんの清三が纒を肩にして火口を撮るために梯子をかけ上がりますが、凄い炎に押されて梯子から転げ落ちるところが終わると「はい、カット、火を消してください」河野監督が待機していた消防署と消防団に声をかけました。相当はなれていてもジリジリとやかれるようですから、その中で活躍している俳優さんは大変なものだったでしょう。徳大寺さんが、「凄いですよ、焼き殺されるところでしたよ」と。橋蔵さまも「凄い熱さだよねぇ、すっかり乾いちゃったよ」と、刺子の袖を引っ張ってびっくりしていました。「やっぱり、元をかけただけあって立派な火事だなぁ」と満足しているのは河野監督です。この後がひと仕事、と河野監督が言いいました。「橋蔵くんに屋根に上がってもらうんですよ。何分、燃えさかる火の中で、纒を振るところなんですがね、この調子だと、危険率は高いし、といって吹替えは出来ませんのでね」台本片手に深刻な面持ちでいますと、「大丈夫ですよ、心配ありません。まぁ、まかしといてください」と、当の橋蔵さまは胸を叩いて大見得を切っていました。準備に手間取っている間に時間は午前二時になってしまいましたが、熱心な見物人は寒い中頑張っています。 「じゃ、やります」と声がかかり、倉庫に再び火の手が上がります。シーンとしている真夜中を破るように、ゴオーという音と共に炎が屋根をなめるようにはい回ります。 いよいよ、橋蔵さまの纒を振る見せ場のシーンを撮るのですが、最初は、万一を考慮して、人形を立てて撮影することになりました。夜空を焦がすようにして舞う火の粉の中に、人形と纏がくっきりと浮かびあがりました。先ほどから強くなり始めた風が次第に勢いを増して、炎が荒れ狂い効果満点です。ところが「ゴオーッ」という異様な音と共に人形の足元から火柱が吹き出し、あっという間に火に包まれてしまったのです。ものの1分もなかったでしょう。哀れや、身代わりの人形は一握りの灰に化してしまっていました。 「・・危ないとこだったなぁ」・・地上で見ていた橋蔵さまは、思わず首をすくめました。河野監督も「人形でよかった」と思わず溜息をつきました。(テストをせずに、本番になっていたらどうなっていたのでしょう・・・考えたくはありません・・・でも、テストをしてよかった一大悲劇が起こらなくて・・)撮影は朝の6時頃までかかったようでした。無事に終わって本当によかったですね。(橋蔵さまは体がしなやかですから纒振り本当に素晴らしいです) 橋蔵さまは振った纒について、「装置部で作ったものですが、本物そっくりに作ってあるので結構重い。足場のしっかりしたところでなら難なく触れるのですが、屋根へ上がると足場が悪いから苦労します。この間の倉庫の火事では、芝居どころか必死でした」と後日言っていました。
2018年03月11日
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やっと将軍様の前で、纏が振れますぜ 長次が武蔵屋に駆けつけた時には、お花は駕籠で連れ去られ、藤兵衛は息絶えていました。同心河津は駆けつけてきた長次を武蔵屋殺しの下手人として召し捕ろうとしましたが、長次に当身をくわせられ倒れます。長次は藤兵衛を抱きかかえ、息絶えているのを確認すると、長次 「悔しかっただろうなあ・・おいらがきっとお花さんを助けだし、とっ つぁんの仇はとってやるぜ」 長次が武蔵屋で書状をしたためていますと、岡っ引きの呼子が聞こえます。長次は藤兵衛を担いで武蔵屋を出て、”に組”に走ります。“に組”では、政五郎が今夜も長次の帰りが遅いと言いながら起きています。そこへ、戸をドンドンと叩く者がありました。眠い目をこすりながら喜助が「誰だい」と声をかけますと、「長次だ」と急いでいる声がします。喜助が酔っ払いを担いできたのかと思い近寄るとびっくり、長次は藤兵衛を降ろすと、長次 「頭、この死人を朝まで預かっておくんなせい」政五郎「おめえ、まさか・・」長次 「いやぁ、心配いらねえ、このお人は武蔵屋の旦那だ」 長次は、理由は聞かないでほしいと言い、喜助に兄弟分と思って頼みたいことがあると、書状を渡し水野様の屋敷まで走ってほしいと言います。喜助 「水野様?」長次 「老中の水野越前守だ」長次 「門番に、に組の長次だと言えばすぐ分かる」躊躇する喜助に長次 「つべこべ言わず、突っ走るんだ」喜助 「へい」長次は鳶口を持つと、長次 「頭、あっしが何故”に組”に入ったか、夜明けになりゃはっきりします。 これは(といって鳶口を取り)借りて行きますぜ」と言い飛び出して行きます。 お花は山崎屋と油奉行塩沢播摩守のところに・・その時、鳶口が飛んできます。長次が啖呵をきると、塩沢が斬りこんでいきます。長次 「わらわせるねい、・・姿も気持ちも、筋がね通った江戸っ子だ。に組の 長次をみそこなうねい」 (立回りになります) 篠原源内を斬ると長次はお花に、お父つぁんの仇を討つように短刀を渡します。山崎屋が油を燃やせと蔵の中に入っていきますが、長次が追いくいとめます。そこに、”に組”もやって来て入り乱れての立回りに、長次は番頭蓑助を斬り、塩沢と山崎屋を追い詰めていきます。老中水野様に届けた書状で、奉行が乗り込んで来ました。「控え、控え、岡部能登守であるぞ」・・長次も控えます。岡部 「塩沢播摩守並びに山崎屋茂助、その方らの罪状すでに明白、おとなしく 縛につけ」 岡部は続けて言うのです。岡部 「に組の長次、その方、取調べたき儀あり。奉行所まで同道せよ」(その時の長次の表情です)長次 「へい」 政五郎はじめ”に組”の連中とお花は、どういうことかと・・心配しています。途中長次は振り向き、長次 「お花さん、江戸の娘らしく力強く、しっかり生きるんだぜい」 お花が頷くのを見ると、長次は岡部と共に去って行きます。 満開の桜の下、江戸城内奥に将軍の座が見え、城内広場には江戸火消しと民衆達が集まっています。水野越前守が、このたびの改革にあたり鳶の者、御政道を重んじ身をもって尽くしたことは、誠に賞すべきであり、将軍家より特にお言葉を賜った。本日は鳶の者達の勇気と侠気を目のあたりご覧になされるとのこと、一世一代の纒を振るがよかろう、と言います。そして、”に組”に謹んで受け賜わるよう言いますが、政五郎は、組の纒持ちは手を怪我していて、代わりを務める長次という若い者が、先日お奉行様に連れて行かれて未だに返されていないので、と水野越前守に申したところで、越前守は南町奉行岡部能登守に、水野 「その方預かりおりし”に組”の長次なる者、即刻これへ差し出せ」岡部 「ははっ」「に組の長次、出ませい」呼ばれて出て来たのは、裃姿の長次でした。 長次に水野越前守が言います。水野 「皆川遠江守、将軍家の御名指じゃ、見事に纒を振りませい」長次 「ご法度の入墨をお許しいただいた皆川遠江守、”に組”の長次に相変わり、 一世一代の真似ごとをご覧にいれまする」 と言うと、長次は片腕を脱ぎ政五郎、清三、喜助達がいる”に組”のところに行き、長次 「頭、やっと将軍様の前で、纏が振れますぜ。清兄い」清三 「すまねえ」長次 「なあーに」と言うと、纒を受け取り将軍家の方に一礼して、青空に向かってあざやかに、見事に纒が振られるのでした。 (完) 橋蔵さまの鳶姿、如何ですか。橋蔵さまのように纒を振れるスターはそういないのではないかと思います。火事場の纒振りといい、ラスト桜の咲き乱れる城内を動きながらの纒ふり、圧巻です。橋蔵さまは歌舞伎の女形、日本舞踊で鍛えられているので、足腰が強い。本番前に本職の手本を見せてもらい、そこに橋蔵さまの美が加わりますから素晴らしいものになっています。1955年12月に映画デビューして撮った作品は2本、1956年は14本、1957年には15本、と大変でした。その間にいろいろな行事や各雑誌からの取材がありましたし、橋蔵さまの場合は、またその間をぬって、後援会関係の「橋蔵まつり」等を定期的に開催、そしてなかなかお目にかかれない地方のファンのために時間があくと「ご挨拶」の地方巡業としていました。その橋蔵さまに寄り添って一緒に歩んで来たファンの方たちは至福の時を過ごしてきたのです。優しくて美男子のお兄様として、素敵な彼氏としての思いで橋蔵さまを見つめていたと思います。私はこの頃は小学低学年でした。次回は、「花吹雪鉄火纒」の火事場シーンの撮影の様子を少し書いて一服し、その次から橋蔵さまの魅力が倍増した1958年代の作品に入っていこうと思います。
2018年03月08日
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江戸っ子は気が短けえんだその夜、料亭花菱には山崎屋に呼ばれた長次が芸者に囲まれ接待を受けています。その頃山崎屋は用心棒の篠原に会い、長次はうまく丸め込むから、必ずお花を連れてくるよう言います。そのお花は、長次を訪ねて”に組”にやってきましたが、長次は留守と聞きすぐに帰って行きます。お花が留守で籐兵衛一人の武蔵屋を同心河津、用心棒篠原、左官徳がお花の帰りを見張っています。料亭花菱に長次を接待した山崎屋と番頭蓑助がやって来ました。長次は盃を受けながら、びっくりするような接待はどういうつもりかと聞きます。長崎屋は何の意味もないと答えます。そして、長次の前に金子を出します。長次「なんですねえ、こりゃ」山崎屋は、夕べのお礼だと言うのです。長次「冗談じゃねえ、火消しにお礼が言いたきゃ、組へ持ってっておくんなさい。 あっしは、こんなもの頂く筋合いはねえ」 山崎屋はこれでは不足と言うのか、と言います。(その時の長次の表情です) 長次「山崎屋さん、見損なっちゃいけねえ。鳶の長次はケチな男だが、ゆすり語り はまだやったことがねえ。あっしはねえ、山崎屋さん、今日ここへ呼ばれた のは、お前さんの眼力の通り、あの倉ん中に油は二百樽も入っちゃいなかっ た、とそう言われるんだと思ってやって来たんだ、違うのかい」 様子がおかしくなったので、蓑助が、旦那は長次の度胸が気に入って、火消になんかしておくのはもったいない、力にもなってやろうと言うのだ、と援護をして来ます。そして、蓑助「それに、好きな娘がいるんなら、それもこれも・・」とまで言うと、長次「はっはっは、こいつはとんだお笑い草だ・・あっしはたとえ千両箱をず らっーと並べたって、受け取らねえものは受け取らねえ。だが、女の子とく ると目がねえんで」 (長次にとっては、待っていましたと言う話が斬り出されました) 山崎屋と蓑助は、これはしめたというような顔をします。そこで山崎屋が「お目当ては・・」と聞きます。長次「えっへっへ、武蔵屋さんの娘、お花さんを頂きてえんで」 蓑助が食膳を叩き「長次」と。すると、長次がすぐさま、 長次「おっと、力んじゃいけねえ。あっしは火消だ。こんな所で酒を飲み過ぎて、 ジャンときた時、走れねえようじゃ申し訳がねえ、じゃこの辺で御免こう むりますぜ」 と言って立ちあがると、「おう」と手を打ち、長次「けえるぜ、勘定してくんな。・・じゃあ、お花さんよろしく頼みますぜ」と言って帰って行きます。 山崎屋が蓑助に「やれ」と言います。 花菱を出た長次が掘割を鼻歌を歌いながら歩いてきたとき、山崎屋のまわした刺客が不意に斬りこんで来たます。 長次「へっへっへ、月は朧に白魚の・・と、セリフの一つも言いてえところだ、 江戸っ子は気が短けえんだ、怪我しねえうちにさっさとけえんな」 長次、棒での立回りになります。一人を捕まえ左官徳らの顔が見えないので締め上げ聞き出します。「武蔵屋だ」と言います。長次「なんだ、武蔵屋だ?」 長次は刺客を蹴散らし、武蔵屋に急ぎます。 武蔵屋には、お花が帰って来たら連れ去ろうと河津、篠原、左官徳が待ちかまえています。長次は間に合いますでしょうか。長次さん、急いで!! 続きます。
2018年03月05日
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ただ焼跡を見たかったもんでひきとめるお花を振りきって 長次は”に組”へ急ぎます。火事は山崎屋の油倉庫です。火事場へ向かう”に組”の仲間に長次が途中で落ち合えました。纒持ちの清三が火口をとるため屋根に上ろうとしていますが火が強くなかなか登れません。長次が目をつけたところは、倉庫の中でした。いきなり用水桶の水を頭からかぶり、燃えさかる倉庫の中へ入っていきます。 “に組”の若い衆がそれを見て、「あぶねえ、兄貴」と近寄り見守るだけの状態の中、長次は何回も体当たりで扉を開け、中にある油樽を割ってみると中は空でした。長次「畜生、空き樽だ」 長次が倉庫から出てきます。政五郎や若い衆が心配していました。長次「頭、心配かけてすまねえ。別に抜け駆けしようと思ったんじゃねえ」 その時、清三があがっているところの屋根が崩れ落ち、清三が負傷してしまいます。他の組が火口をとろうとしているのを見て、政五郎の「火口をとられるな」の声に、長次が動きます。長次 「おいらが預かるぜ」清三 「やってくれるか」長次 「へっ、梯子だ」長次が纒を持ちます。 長次 「頭、さっきの埋め合わせをしますぜ」 梯子を上っていき、纒を振る長次がいました。長次 「一番火口は、に組がもらったぁ」 (この火事場撮影は大変なものでした。別口であとがきでご説明しようかな)翌朝、山崎屋の油倉庫の焼け跡の始末がなされています。同心の河津源之介が現場の取調べに来ています。「浮浪者たちの焚火の不始末のようだ。焼けた油は二百樽と間違いないな」との河津に、「間違いない」と山崎屋が返事をした時、「ほおぅ、」と声が飛んできた方に目をやりますと長次です。長次 「そんなに沢山あったのかね」山崎屋「こりゃどうも、組のかたで、夕べはすっかりお骨折を」長次 「なあに、こっちっとら、ジャンとくるたんびに命を張る火消家業、お礼に は及びませんや」 山崎屋が同心河津の方に目をやります。河津 「その方、今妙なことを申したな」 (この時の長次の表情は厳しいですね)長次 「いゃ、これは御用の旦那で、へっ、何のことで・・」 焼跡を取調べ、山崎屋より油二百樽焼けたことを確かめているのに、多いとはどういう訳だ、と河津が言います。(長次の声の調子が変わります)長次は長崎屋にこう投げかけます。長次 「へえ~・・じゃ、旦那もやっぱり、二百樽とお思いで」長崎屋「ええ、そりゃもう、持ち主の私が申し上げているだから、間違えっこあり ませんよ。どうも飛んださいなんでした」長次 「そうですかねえ・・」 河津になんの用事でここへ入ってきたのかと聞かれた長次は、「別に用ってほどの事じゃねえんで・・ただ焼跡を見たかったもんですからね」と言います。 河津 「それも火消の仕事か」長次 「こいつはどうも。あっしは自分が火の粉を浴びた火事場は、何としてで も、もういっぺん見とかねえと気がすまねえ、悪い癖がありましてね・ ・・いや、どうも、とんだお邪魔を」 と長次が帰ろうとすると、長崎屋が引きとめ、「御上に届けた油樽の数が二百樽では多いというのは、どういう訳だ」と聞いてきました。(その時の長次の表情です) 長次 「こう見回したところ、焼けたまんまで灰まではかたずけちゃいねえ、二百 本からの樽が焼けた灰にしちゃ、ちい~っとばかり少なすぎると思っただ けでね・・(空を見上げて)・・それとも、夜中に風でも吹いて飛びやがっ たかな。へっ、はっはっは、じゃ、ご免なすって」と言うと、颯爽と行ってしまう長次です。 河津が山崎屋に「大事の前の小事だ、あいつに手を打ちましょう」と言ってきます。 続きます。
2018年03月01日
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