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空っぽ。
2008.02.29
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歯医者。カイロ。産婦人科休み。
2008.02.28
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大学時代は大学まで2時間程かかっていた通学時間。今は難波まで出るだけなのに。半分くらいしか何もかからないのに疲れる。自律神経失調症になって、いきなり電車に乗れなくなってから、かなり立つ。電車で立っているだけなのに。たった30分だけなのに。それなのに、腰がぼろぼろになっているように感じる。足腰、なんだろこれ。腹立つけど、筋トレして筋肉をまたつけてやりなおすしかない。もう手放さないように。もう、歌が私の元からはなれてかないように。一度止めたら、また一からなんだよ。よく、それが分ります。だから、もう止めないように続けて行こう。その前にはじめなきゃ、はじまらない。カイロに行って、今日はしんどいから帰宅。
2008.02.27
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お店。 お腹。
2008.02.26
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昨夜、お葬式が終わりアメリカから帰って久しぶりに寝た。日本に帰って来て、初めてお布団を敷いて寝たんだけど、なんだか自分のベッドじゃ寝付けなかった。体だが痛んでる。股関節のずれが酷くなっているのと頭の部分だろうけど。飛行機、もう一日はやかったらって凄く思う。祖母が息を引き取るのに間に合わなかったことへの後悔はとてもあって、たくさん涙が出た。お通夜の時も、あまりにも泣き過ぎで自分でも仕方なかった。だけど、出る物はしかたない。祖母は私のこと、慕ってくれていて私も祖母が大好きで。自分が祖母に似ているって産まれた時から言われてるけど、祖母の母屋の人たちにもかなり今回も言われた。寂しいとか、辛いとか、絶対に弱いことを口にしない人だった。人生を全うするとか、生き抜くとか、燃え尽きるまでとか、そう言った言葉にぴったりの生き方だった。祖母の生き様を見ていて、いつも励まされて、私もおばあちゃんみたいに生きたいっていつも思ってた。大正2年生まれの祖母とずっと暮らして来て、教えてもらったこと、たくさん。特に何もああしなさいとか、こうしなさいっておばあちゃんに言われたことなんてなかったけど、生きる姿でたくさん私は与えてもらえたことにたくさんたくさん感謝しています。ありがとう。で、今日の月曜日は目が覚めたのが1時。
2008.02.25
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祖母と一緒にいて、私は少しだけと思って部屋で朝まで寝入ってしまった。昨日もだけど、祖母が寝ていても、本当に寝ているようでお人形さんのようだった。やっぱり一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、少しずつ顔もしがんできているのが分る。それでも祖母は美しいままでした。葬儀の後、焼き場へ行き、一度戻ってご飯を頂いて、焼き場に戻った。その後は初七日をお寺で終えた。
2008.02.24
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お通夜。
2008.02.23
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また、 後ほど。
2008.02.22
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また 後ほど。
2008.02.21
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また、 後ほど。
2008.02.20
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「もし、人生をもう一度やり直すことができるなら」ナディン・ステア次の時は もっと沢山失敗しよう。もっとリラックスして、しなやかに生きよう。この人生の旅よりも、もっとばかになろう。もっといい加減に生きよう。もっとチャンスを掴もう。もっといっぱい山に登り、沢山の川で泳ごう。もっとアイスクリームを食べ、豆類を減らそう。おそらく、実際の災難にはもっと出会うだろうが、起こりもしない災難をおそれるのは、もうやめよう。おわかりのように、私は、いつも、毎日、まじめに健全に生きている人々の一人です。もちろん、私も自分自身になる瞬間があります。もし人生をもう一度やり直せるならば、そうした瞬間をもっと多くしよう。実のところ、それ以外のことは、なにもしないように心がけよう。何年もの間、毎日、先のことばかり考えていきてきたけれど、今度はいつも、その瞬間、瞬間に生きよう。私は、旅に出る時、体温計と魔法びんとレインコートとパラシュートを持たないと出かけられないたぐいの人間だった。もし、もう一度人生をやり直せるならば、今よりもっと身軽に旅にでよう。もし、人生をもう一度やり直せるならば、春にはもっと早くからはだしになり、秋にはもっとお遅くまで、はだしのままでいよう。もっと踊りに出かけよう。もっと、回転木馬に乗ろう。もっと、デイジーをつむことにしよう。
2008.02.19
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早朝に起床。母と電話して、祖母が体調の悪いことを知ったので帰る準備を始めることになった。先週帰って来てちょうど1週間。とても心配だ。8時過ぎ取りあえず予約を入れていたカイロにいって、偶然にミツワで友達に会ったりしてお昼過ぎに家に帰った。腰は少しは良くなってるのかな。で、帰ったらKazは居ず。上司の家。その後、話をしようと名前を読んだら映画の始まる前なのに、いきなり怒鳴った。「集中出来ん。」で、DVDを切って無視。無視かよ。。。って思った。いつものことだから、少し慣れてるけど、悲しくなりたくないから部屋に戻ったら涙が出た。だけど、大丈夫!って言い聞かせて他のことに集中した。まだ、映画も始まってないのに、どうしてそんな風にどなったり態度をとるんだろう。邪魔なんだろうなぁ。しみじみ。私も懲りないやつだ。ただのアホやなぁ。なんか、自分を下げ過ぎ。落とし過ぎだよ。それでも、仕方ないか。その人にはその人なりに色々あるんだし、私がわるかったな。声かけて。って思ってしまう。良くない癖なんだけど。気にしないようになんて出来ないよ。「優しさを言葉にしてほしいんだったら、自分は不器用でそんなこと出来ないから無理。」という。自分じゃ相手はできないらしい。そんなことを言ってるんじゃないんだけど。「ありがとう。」「ごめんね。」それも言えないんだって言う。出会った時のまんまだ。夏に久しぶりにであった時はそれを言葉に表してくれていたのに、慣れてくると見えてくる。その人の普通の時の状態、自然の状態が。身体的理由で、自分がここに引っ越してこいって半強制的に言っておいて、ややこしくなるのをさけて、ここに来ることを選んだのは私。選ぶことに関しては一番正直楽だったのかもしれない。今度は自分がどうしたいか、どうするのが良いのか良くもう一度考えよう。予測していたなら情に流されてちゃいけない。今回は、来たことでよくわかったこともあったし、納得出来たこともたくさんあったから。これでいい。
2008.02.18
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朝から理不尽な怒り方をされた。だけれども、別に私はそれに対して怒った訳でもない。ちょっとかちんときたけれど、自分のしたことで私が少しだけ質問したから迫って物を投げて投げやりに怒るのは、少し可愛くもあるけど、見ていて大変悲しくなった。仕方ないのでこんな環境が続くのは辛いので、その後、部屋で泣きじゃくって嫌な物をたくさんだして、涙の後を脱ぐって部屋から笑って出て話しかけて外に出掛けることにした。ミツワにいって、その後ずっとアメリカに戻るのを楽しみにしていたことの一つ、いつものお豆腐やさんに行って、PalisadeMallに立ち寄って本屋さんに行った。腰の痛みはそんなに歩いていないのに、酷くて歩くことさえ出来ない程だった。だけど、かーちゃんは解ってくれるはずもなく。またもや悲しくなったんだけど、それを捨てるためにする質問を考えた。かーちゃんの良いところもあるし、それってどんなことだったかな、とか。それで、悲しいきもちを消して株を少しだけして、お布団に入った。就寝7時半。
2008.02.17
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何度も同じ繰り返しなんてもうしない。どんなに大切だったかは関係ない。何を期待しているんだろう。何ももう期待しているものなんてないはずなのに。そんなものに、もうあわせなくていいのに。いつもこうなるんだってわかっているのに。始めの提示ばかりでそれに対してどんなに一生懸命信じてやっても、達成されることがないのならもう、いい加減に気付けよ。潔く捨ててしまおう。どの角度から見ても、それがそうなることの理解は出来ても、何故それを良くする、何が一番大切で必要で守りたいものなのか、それが答えなら私はもう意味がない。そして、もうそれに対して、私は悲しくもならなくていい。寂しくも、辛くなんてない。全然ない。そんなのに構ってる暇なんてない。すぐに捨ててしまおう。今直ぐ。今直ぐに出て行こう。今まで、お互いよく頑張ったし、それにたくさんの気持ちに感謝してるから。これ以上、もう大切な人からうける悲しい気持ちはもう私には辛すぎるから。さよならしよう。
2008.02.16
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あなたがする私たちの約束、守られたことはない。疲れてる、忙しい、眠い。そういう言葉も慣れてしまったんだけど、だけど、そう言いながら周りのことはしっかりとしている。邪魔とばかりに私が理由に他のことをやめるなら、私はただ罪悪感を感じるだけ。だから、何も言わない。それは知らないうちに振り回され続けてる。それでも許し続けることは出来ても、これ以上繰り返しをしてひとり悲しくなるのは続けることは出来ない。無限の中の有限の時間。もう悲しくなる時間を増やすのは止めた。4年前のことなんて忘れてたのに、板を持って行く姿みてそれがリンクして、同じことが起ってる。私に夏、言って来た言葉は全部守られることはなかった。結局、そう言うことなんだ。いい加減、私も自分のこと、守らないと。もうこれ以上ここで無防備にいるのは違う。これを止めるのも、続けるのも私の選択。自分の責任。
2008.02.16
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必要だろうと思って読んでみる。音楽業界の構造について書かれていた。想像していたものと、ちょっと違った。買う前にざっと目を通すべきだったと反省。アマゾンやネットで購入するとこういうこともある。今、必要なものをちゃんと目で見て買うにはやっぱり書店に行って買うべき。その方が色んな情報が分るし、その場でどれが必要か、その分野の他の本と購入前に比べたり出来る。本は決して安くない。かなり本買ってるよなぁ。。。反省と書いたけれど、決して無駄だったわけではない、と思いたい。無駄ということは、何一つない。この本から得た言葉は、『図太い神経を持つ!』確かにこういう世界に入って行くには必要。じゃないと、踏みつぶされる、もしくは小さくなって前に進めない。その前に作品作りと自信が必要。全然図太くないからなぁ。。。変わりたい。。。最近の私は、ほんと勢いがもっといる。なんかほんと、そろそろ来てるねんな。波が。大きな波がもうそこに見えてる。
2008.02.15
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最近、夜、全然眠れない。Jet lagだからかな。お昼に眠たくなって寝てるから、同じことだけど、生活リズムがあまり良いと言えない。色んなことを考えている。睡眠薬を飲んでねたんだけど、全く効かず何度も何度も目が覚める。ただ、気持ち悪いだけ。体調も芳しくない。どこが良くないんだろう。体のズレと酷い腰痛などについて。先日の検査の結果で、細かいことは未だ出ていないけど、子宮内膜症が結構進んでるらしく、それも影響しているのかもしれない。下腹部の重たい痛みと張りが結構重くなっていたように感じていたのは、気のせいじゃなかったんだ。治ることはないみたいだけど、子供をいつか産みたいから、何かしないと。体のズレは少し間が空いてしまったのと飛行機に乗ったこともあって、酷く腰がずれてしまっていたのと、問題の第一頸椎のズレが大きくて左耳が辛かっただろうと、先生が言っていた。確かに今日、行かなければ結構辛かった。今日、またやる気になって始めたことと言えば株。少しだけだけど、これによってもっとニュースや今まで興味を示さなかった記事にも目を通したりするようになる。今日の晩ご飯は残ってるハヤシライスと、白滝とお豆腐。なんか体が変な感じ。なんか悔しい。眠れないし、本を読んで早く色んな問題を解いて行く!。
2008.02.14
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随分前に購入したこの本。久しぶりに開けてみた、真ん中あたりから読みはじめたけれど、知らないうちに前に戻り後ろに行って読み終えていた。彼女の心の動き、家庭環境が自分と当てはまるものが多く私にはとても身近に感じるものだった。生きる環境と言うのは本当に大切。そして、自分の道をどのように切り開いて行くか、それも意志のチカラを発揮して行くのにも周りの環境は本当に大切です。今の自分の姿勢、私は今、とても迷っている気持ちで落ち着かなくて。この本を読み終えた後、両親と彼女とのやり取りや、彼女の姿勢に涙が止まりませんでした。それと、私のふらついた不安定になっているものを何か固めてくれた気がします。本って不思議だ。言葉って本当に不思議。
2008.02.13
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アメリカに来る前、日本の大学を卒業した年。ふと本屋さんで棚にある一冊の本を手にした私はボロボロと涙が止まらなかった。鬱病など心のケア関連の本のコーナーで人がたくさんいる本屋さんでも誰もいなかった。斎藤茂太さんの本が好きでよくそのあたりの本もみたりしていたんだけど、これ以上に自分と同じような経験、感じ方といか、自分の心を代弁してくれているかのような本でした。私は音大で、彼女は芸大。そう言った点も、誰を亡くしたでも、失ったわけでもないけど、そんな中突然糸が切れたみたいに襲いかかってきた不調。もがいてももがいても、何も解決されなくてどうしようもない悶々とした気持ちの爆発というか、やせ細って、太って、またガリガリになって。心が失調するのに時間なんてかからなかった。彼女の行動や思いが綴られているところや、彼女の母の日記も、書かれてあるこの本。とても気持ちが分るというか、自分のことを読んでいるかのようでした。この本は読んだ後、購入して、アメリカにも持って来て、日本に持ち帰ることなくずっと横に置いていました。忘れかけた気持ち、素直に泣きたいとき、また自分でよくわからなくなってしまったとき、ふとこの本を開きます。今日は本の整理をしていて、久しぶりに読みました。涙が大きな粒になってたくさん私の中からポタポタ落ちてとまりませんでした。この感情を、今までの経験を忘れないで前に進もう。それと、自分を責めるのをいい加減、止めたい。NJに来てからの私はボストンに居たときの私より、少し弱くなっているのかな。強く、強くなりたい。力強く生きるんだ。
2008.02.13
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時差ぼけで眠れず、おかげで夜中にやっと読み終わりました。なんだかこの本はさらっと読みにくかった。他の本にも書いているような基本的なことでしたが、思うことがいくつかありました。まぁ、取りあえず書いてみないと始まらないと言う感じ。
2008.02.13
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こんなの
2008.02.12
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overheated very easily.out of control
2008.02.11
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3年前に購入した本。飛行機の中、久しぶりに復習程度に読んでみました。分り易くて初心者には良い。
2008.02.10
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先日、本屋さんでふと手が伸びて帰りの電車で読みはじめた本。飛行機の中で読み終えました。とても学ぶべき姿勢が多かった。私が大学時代より抱えていた悩みがそこにあり、久石さんは何を選んだか。商業音楽家としての道を選んだことや、自分がやりたい芸術作品制作とお金儲けとしての音楽、そういったことが書かれていました。私が悩んでいたことが吹っ飛びそうでした。私の悩みというのは、イタリア歌曲やオペラを中心にする私は日本人であるということ、日本歌曲を中心になされない大学の教育、理論の勉強がもの凄く薄いこと、嘘に包まれたものは私は受け入れられないこと、どういうバランスで行くべきなのか、この歴史の中で今の時代と昔の物をどうやって繋げて未来に繋げ、何を伝えて行くべきで、私は何を伝えて行きたいのか、そして、音楽だけで生きて行くということの難しさ、自分のやりたい音楽と生きて行く為にする音楽についてとかそういった悩みでした。私は3歳からピアノと歌を始め、中学の時、声楽の道に全てをかけるそんな気持ちでオペラ歌手の先生につき、高校、大学へ。高校に入ってから、たくさんのある矛盾点に悩まされ、当時の私の質問には誰も答えてはくれなかった。まだ、私自身も高校生でその先にある物は大学に入るまでなかなか見える物でもなかった。嘘でもいいから、何かそれぞれの思いを聞かせて欲しかった。けど、どれも納得いかなかったのは、そんなことは考えなくていいと言われたからだろう。そこまで考えていなかったのか、それとも、私の質問がまずかったのかな。時が経って、自分なりの思いからそのときなりの答えのような物を出さなければいけない時がきた。じゃないと、前に進んで行けないからだ。その壁と私はずっと向い合って来て、どう乗り越えようか減速してオーバーヒートしてしまった。あまりにも固まり過ぎた確執を拭いきれなかった。だけど、アメリカに来て、ボストンの大学に入って自分の専門外の音楽だけに触れることによって、何か解き放たれたものがあった。ボストンの大学で、Film Scoringを専攻してみて、この本の著書でもある久石さんの仕事の一つ、映画音楽を作る仕事の話もとても興味深かった。作曲家でもあり、表現の場としてピアノを弾いてみたり、指揮棒を振ってみたり、そういった部分でも活躍している。その気持ちがとてもよく感じられた。私はまだ、作曲に関しては歩きはじめたばかり。もちろん、作詞に関しても。まずは健康から。もっと健康な体を作って、自分を固めて早く歌いはじめたい。もっと、もっと歌が歌いたくなりたい。摘み取られた芽になりませんように。
2008.02.10
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ニューアーク到着。雪で凄く吹雪いている。ハイウェイで車が炎上している。1ヶ月ぶりのお家。どうして、アメリカだったら優しく戻るんだろう。
2008.02.10
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KixGrand maMomDadSchoolBrotherAPAHokkori
2008.02.09
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私たちの人生はいつか終る。生きることが始まったその瞬間から、死に向かって歩いている。生きたいのか死にたいのかどうなんだろうか。死にたいというわけではないけれども、誰が何ともがいても死は必ずくる。だから、死ぬまでの生きている間は生きた人生を送りたい。死んだように生きるのは必ず誰にでもやって来る死によって実現されるのだから。如何に生きるか。それは自分が今をどう生きたいか、何を選びたいか、決められた時間の中で何をしたいか、何を守りたいか。そして、何をもっとも大切にして生きたいかということ。そんな私たちの人生は有限なのだ。パーフェクトなんてそんな物をみて、今とのギャップに嘆くよりも、自分の求めるその形に近づいて行くための小さな通過点までの目標を乗り越えていくために、今出来る一番のことをし続けて行こう。私たちの人生が有限であるからこそ、光る石もあるのかもしれない。
2008.02.08
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所要時間 30分中学3年の頃に高島屋の本売り場で買ったのを覚えている。この当時は斎藤茂太さんの本ばかり読んでいて答えみたいなものをそのときの自分なりに自分を納得させる方法を探していた。答え何て見つかるはずないのだけど、ぴったりと来る言葉を、代弁してくれるような言葉を探していたのかもしれない。そんなことをこの本に引かれた鉛筆の線の数を見ながら思った。当時読みあさっていたPHPから出ている薄手の冊子がたくさんあって、それらを見てもこの本を見ても、当時は「そうか。」と思った言葉が今は心に響いて来なかったりする。今の私は乗り越えられたのだろうか。今はこの部分、私、大丈夫だよって自分に言いながらさらっと久しぶりに古びたこの本を読み返してみました。
2008.02.07
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所要時間 1時間半昨日少しだけ読みはじめて今日本屋さんのカフェで読み終えてしまいました。この本は中学の時に確か発売された本だと思う。何かそう言うものを探していた時だったことは覚えている。当時の私読んだ感覚をもう忘れてしまっているけれど、その時とはもちろん全く違う感じ方をしている。書きたいことがあるのでのちほど。
2008.02.07
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所要時間 1時間2、3年前に一時帰国したときに本屋さんでタイトル買いした唯川恵さんの本。当時は失恋というよりも、消えてしまった彼のことが忘れられなくてそういう気持ちだったのでしょう。今は別に失恋中でも恋愛中でもないのですが、あっと言う間に読み置えてしまいました。彼女の書いているこのエッセーの中の目次から逃げる男、淡白男、年下の男、無神経な男などの自分の経験にも当てはまるものがあって心でそうそう何て言いながら読んでいました。初めは文句の書いてる物かなと、とっかかり辛いかもと思ったのですが、読み進めて行くとそうじゃなくて、こういう失恋をした人はこういう考え方をすれば前向きに考えられるんじゃないでしょうか、という彼女からのヒントのような言葉が知らず知らず前向きにしてくれたりする本で楽しめました。
2008.02.07
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前に進むということ、選択するということは捨てる物は必ず出てくる。今年のテーマは昨年の「適当に生きる」の抱負も大切に継続しながら、「潔く生きる」。私なら大丈夫。この別れはとても前向きで、必要なこと。ここを乗り越えていかないといけない。ここで立ち止まっていても同じ事を繰り返すだけ。そして、私自身を大切にしないということになるから。分っているのに、情に流されて相手は傷ついたりそんなことはなくて、ぶつかった壁を一緒に乗り越えるでもなく、ただ蓋をしているだけ。横に問題を置いているだけで、一生懸命あったのは始めの3ヶ月だけ。私は逃げたり、大切にしているものならそれが問題の中にあるならば良い方向に進めていくようにしたい、もしくはそれを守っていきたい。それが大切にしているものへの思いやりだと思う。大切にしている人がいたとして、相手にとってそれがただの趣味、もしくは気まぐれの相手に過ぎないのであれば、疑問に思う前にどう考えても先は見えているはず。それを情や仕方ないと理由をつけて自分を納得させ続けて行くのはどうかと思わなければいけない。じゃないと、それは自分を蔑ろにしている。それが自分の納得いく形であれば、問題はないけれど、それに疑問を抱くならそうだろう。もう涙も流さなくていいよね。可哀想だと思う。すごく忙しくて、すごく仕事だらけで余裕がなくて。周りも可哀想だと言う。それでまた私は自分の気持ちを塞いでしまうならそれは違うと思う。唇を噛み締めて我慢して待つのは時間の無駄。一生かかって来ることはないでしょう。そんなことは分っている。また同じことをして勝手に消えちゃうことも。もういい。もう充分、頑張ったよ。充分、大切に大切に毎日想い続けて来たと思う。だから、もういいんじゃない?。そろそろ、行くときが来てる。さよならの勇気は歩き出す勇気。頑張らなきゃ。勇気を出してまた、次の扉を開けて足を踏み入れて胸を張って歩いて行くことが私の過去、現在、そしてこれからの私を作っていく。それは私自身を大切にすると言うこと。自分を大切にすれば、人にも優しくなれるから。私はそんな生き方が好き。充分それに対して精一杯、自分は大切にしてきた結果なんだとすれば、見切りをつけて潔く置いて歩くことが自分だけでなく、相手にとっても良いこと。それを実は相手は自分からは出来ないだけで望んでいるのかもしれないし、それはわからない。良いと感じる方向へどんどんと進んで行かなきゃ。だから、体、丈夫にならないとね。
2008.02.07
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所要時間 1時間半凄く懐かしみながら読んだ。これも中学か高校の時に買った本。心の処方箋のようなそんな感じの本です。書きたいことはあるのでまた後ほど。
2008.02.06
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実現すると思う。来年の4月。それに向けて年末に試験かもしれない。頼もしいってそんな気持ちになりました。シャワー浴びてる時の閃き。このひらめきがとても大事でこういうことに足をいつの間にかいつも向けてる。思いつきじゃなくて今まで悶々としてきた物が出て来た感覚。
2008.02.06
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さんちゃん カイロ tak お好み焼き パパ スーツ ギンザ 女の子
2008.02.05
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精神科 薬もらう 依存性のない睡眠薬おっちい ほうれん草と豚 眠れない 飲まないようにするとにかく腰が砕けそうに痛い
2008.02.04
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節分 高見の観音さん 豆 でんわ なんば スイス カズ カフェ 本屋さん お寿司 元気二度目の晩ご飯 イワシ お寿司のまるかぶり 南南東 茶碗蒸し ママ
2008.02.03
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「間食をやめられない理由。」ある質問への回答に対して、「結局そこなんです。」ってある掲示板に書いてあるのが目に飛び込んできた。理由は不安が解消されるって。その気持ちがわかる気がしたのでやり取りを見てみた。私は一時的な解消で、後で自分を責めてしまったり泣いたりする程のことや夢遊病のような状態でのことがあって、本当に本当に辛い時期もあったりして。気付いたら常に食べていないと落ち着かない。これは本当にその経験をした人しか分らないでしょう。分らない人はただ、食べなければいい話じゃないかと思うはず。自分がその状態にないときは、食べたくないなら食べないって言う感じだったし、体のコントロール、自分の中の何かがおかしくなってしまっているから少しお腹いっぱいでも食べたら落ち着くから食べなさいって信号を頭が送ってるのかな。満たされる気持ちになれないって本当に苦しい事だと思います。食べても食べても、お腹はすぐに満腹になって苦しいはずなのに、脳がまだ満腹じゃないし、食べて満たされたいんだって信号を送るから。泣きながら食べていたり、寝ている間にご飯をしかけて炊いてまでして食べてたりする。私は一時期ガリガリに痩せたり、凄く太ったりまた、ガリガリになったり、そんな繰り返しをした時期がありました。すごく辛かった。そんな時、家族の理解ってとても大きい。私はそういう事は家族からの理解は得られなかったから辛かったけど、家族もきっとそんな私を見ていて辛かっただろうと思う。今はぽっちゃりしているけど、それでも昔より全然太ってしまったし、不安定から少しは良くなってるから大じょうぶだけど、また崩れたらと不安は大きい。理由があるから食べてる。それって全然言い訳でも何でもなくて、食べたら不安が消える。一時的に。不安からの脱出。安定出来るはずも、満たされ何てしないのに、何かしてないと、食べてないと不安でしかたない。だけど、根本的な解決には全く繋がらない。なぜなら、それが問題の根っこでも何でもないから。ただ、むなしさが残るだけ。質問者が書いた、「どうすれば間食をやめられるでしょうか。」女性と思われる人の質問に対し、他の人がした回答は「理由があって食べてるのではないでしょうか。」って書いてあった。質問者の返事は、「結局そこなんです。」その気持ちがとてもよくわかる。
2008.02.02
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カイロ カフェ 本屋 待つ 無印 帰る
2008.02.01
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