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上巻を読んでから時間が経ってしまった。気になって気になって仕方なかったので、他の本を後回しに読んだ。神田さんの本は何度も読みたくなる。
2008.05.31
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昨夜はお家の人の帰りが遅く、残業で帰って来たのは午前5時頃だったと思う。まだかなぁと、いつものように帰りを待っていて、眠りについたのは大変遅い晩ご飯を終えて朝陽も上がった頃だった。目が覚めたのは9時頃で、体の調子がおかしかったからだ。全く眠りにつけなくて、空っぽな感じの咳を何度もしていた。気管がゼーゼー言い始めている。午後に入り、やっとこさ起きて来た家の人。私はほんと、今、引き蘢ることしか出来ないから、話す相手は家の主しかいないのだ。結構迷惑をかけていると思う。私は、時折よく喋るから。だけど、適当に聞いているから感謝している。本人曰く、ぼんやり聞いているよ、今日言ってた。家の主からみると、私はしっぽを振った犬のようだといつも言っている。確かに。。。起きて直に今日は会社の人と飲み歩きの旅にでかけていってしまった。もちろん、お留守番で。。。結局12時をまわったころに家の主は帰られた。犬は飲酒運転を大変心配していた。もっと早く帰ってくると言って、連絡がなかったからだ。無事に帰って来て安心した。その後、全く寝付けず。よくよく考えたら、ここのところ、毎日寝る度、金縛りにあう。そして悪夢の中、呼吸がつまり目が覚める。頻繁に。上手く寝ることが出来ないというか、質が良い眠りがしたい。腰から響いてきた傷みで、足がきりきりするもんだから、ソファへ場所を移して毛布にくるまってねた。
2008.05.31
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おとぎ話とは、怖いもんだというイメージがある。必ずと言って良いほど、そこには魔女的な人物が出てきたり、よからぬことがある。そして、悲劇が始まる。そんな感じ。そして、子供心に何だかわからない傷がつけられてしまう。だから、また読みたいと思わなかったのかもしれない。だけど、今ならその心の傷ってものが、何だったのか少しは分る気がする。おとぎ話からディズニーになったものや、書き直されたものはハッピーエンドだ。私は、怖い話があまり好きでない。迷惑に感じて、シャットアウトしている。そして、それよりも読みたいものがあるからだ。今回はこの作者がおもしろそうだから買ってみた。特に浦島太郎は印象的だった。
2008.05.30
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もう5月も終ってしまうんだな。27歳の誕生日を家族に祝ってもらってから、もうそんなに月日が立つんだ。家から逃げたような形で出たけど、私が家族を愛してることには変わりはない。ただ、小屋から羽を広げたかっただけなんだろう。箱が息苦しかっただけなんだろう。誕生日から、もう3ヶ月も過ぎた。えらいことだ。だって、1年のもう1/4も過ぎたんだから。昨年のことが大変懐かしく思える。あの目まぐるしい生活が頼もしく思える。ボストンの友達に会いたい。私の腰はどうなってしまったんだろう。私のお腹はどうなっているんだろうか。鉛がはっついたような感じで椅子には座るのがまだ苦痛で、ベッドに寝転んでも痛みが和らぐまでに時間はかかる。もう直ぐ5月も終る。まだ、ひんやり冷たい空気が私の体を気持ちよく冷やしてくれる。夏の日差しが差し込んでくる光、もう夏はそこまで来ている。私の夏、早く元気になりたい。
2008.05.30
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全然落第生なんかじゃない。私は、そう思った。私もこれらの主人公の一人に成り得るのかもしれない。これは、せめてもの反抗か?。鷺沢さんの本は自分の感情と重なり合うものが多い。殴りたい気持ちになるその気持ちを書いてくれていたりする。感情移入がし易いわけだ。この短編小説の中の「シコちゃんの夏休み」とても愛おしく思える小説。どの短編小説の作品も、出てくる主人公は純粋だ。不器用だけど、生きることをしてる。一生懸命に。彼女たちが落第生ならば、とても優秀な落第生ではないかと私は思う。
2008.05.30
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I tried Rice Dream Original again. Last time, I just tasted it a little bit. But I couldn't drink it. It's not sweet, it's sour for me. I felt wired first time. In this morning, I went to supermarket for buying medicine. These days my body has strange feeling. Especially stomachache. And I wanted to buy some fruits with alimentary fiber. Today Strawberry is on sale. So I bought one pack and Milk. But not cow milk. I chose Rice milk. I still have difficulty accepting cow milk. Whenever I take cow milk directly, my stomachache have pain with causing flatulence. Soy Milk is ok. But not American Product that is too smelly and sweet for me. I didn't have choice and I tried Rice Milk again. Now I can drink it as strawberry juice.I may not be able to do lactose degradation for Cow Milk. I think Cow milk is for Cow. We don't have to have it after weaning from mother.This all natural non-dairy beverage is made without artificial flavors, colors, or preservatives and is low in fat and lactose free.
2008.05.29
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先日、私はとても不快感でいっぱいでした。近所の会社に通う日本人の同い年の子の無神経な言葉に対して、私は唖然としてしまいました。だけど、彼は何の悪意もない。ただ思ったことを口にしただけということは、私には分っていました。だから、取り立てどうでもよいと自分の中で流していました。その後に続く言葉の数々が、私の目の前にガラスの破片をバラまいた。彼には悪意などなかった。状況を知っている中で、彼が言ったのだから、少しばかり私が傷つくことを言いたかったのかもしれない。が、そんなことは、どうでもいい。彼がバラまいた尖ったガラスの破片などどうでもよいし、彼に対して不快感を感じているのではない。自分自身が、触らないでほしい。そう思ったのは確かだった。だけど、感謝もしているんです。だから、その狭間でまた葛藤がおこる。不快感、それは何故か。何がポイントか。あの日からずっと考えてきた。私は、何を言われても相手が怒っていても、全てを受け入れよう、許そう、そう思ってきた。それが一番良いと思って来たから。アメリカに来てから、納得出来ないものに頷く事は出来なくなった。それが良いか悪いかわからない。だけど、これは、流されないという生き方なんだと思う。私は、流されていくことが出来ない。日本とは違って、ここで流されたら終わり感がある。流され続けると、流され慣れをしてしまう。そして、意志を強く持つが出来ないことを感じている。小さいなことさえも決められない自分にもなってしまう。泣き寝入りなどはしない。時間は戻らない。この景色は今以外にかえられない。今回のポイントは、何がそんなに心の奥そこに引っ掛かっているのか。小さな細い引っ掻き傷を感じるのかだ。こうやって感じるこの感触は初めてのことじゃない。だからこそ、考えた。放置しても変わらないから。自分のどの部分が、そんなに悲しんでいるのか。それは"自尊心"でした。私は、大学合格してその日に進学塾での講師試験の申し込みをし、家庭教師の登録に行き、ホテルなどの飲食店でバイトを始めた。オーディションを受けて、週末はホテルでずっと歌って来た。遊ぶこと、ぼけ~と時間を遊ばせることが私には出来なかった。今も、それは変わってない気がする。「遊ぶという行為=悪いこと」となっていたので、遊びの時間を作ると私は罪悪感で苦しくなった。例えば、遊びにいくと言うと、いつも母に怒られた。それならバイトでも仕事でもして金銭的自立をまず目指した。私の家はどこにも負けないほど、過保護で厳しい家だったから。今も、家に帰ると私はその規則のようなものを守ってしまう。高校卒業中に立てた私の卒業後のテーマは『自立』。私は家族にはここまで育ててくれたことや、愛してくれたことに大変感謝しています。どこにも吐く事の出来ない悶々とする思いで思春期を過ごしたけれど、愛を奥底まで感じてきたから、それが違っていても、私は親の要求に応えたかった。悲しい思いをしてほしくなかった。自分が悲しい思いをするほうが自分の内だけの悲しみで終るから。長い目でみると、それは一時的対処法でしかない。それも、よく10代なりに考えていたんだろうと思う。私の夢の一つに、『働ける内に精一杯働く。』というのがあります。だけど、健康なくしてはそれも出来ません。そんなこと、心と体を崩した人ならば言われなくても十分わかっていること。元気になりたいんだけど、まだなれない自分がどんなに悔しいか。トピックに戻り、何故、私が不快感を感じていたか。自尊心を傷つけられた、と心のどこかで感じたからだと思いました。その人が言ったことは、私も働けば、その人が言っている言葉も、周りの人たちの気持ちも分るでしょうと、そう言うことでした。その人に言われたから、不快に思ったことは間違いありません。何を言うかじゃなくて、誰が言うか。その人が言ったから、私は受け取れなかった。拒絶した。そう、拒絶、この言葉の方が近いかもしれない。拒絶反応が心の底でおこってしまった。それがもし、見ず知らずの人だったら、そうねぇ、と頷いて終ったと思う。または、心を許す身直な人や尊敬する人に言われたりすると違っただろう。社会に出ない、働いてない私には分らない。働いてないから、そう言われた。私は社会に出ていないからと言うような言い方をしたその人を、どこか許せなかったんだろう。私だって働きたい、色んな働く事に対しての夢があります。大学が決まってから倒れるほど働いてきて、それが大変楽しかった。自分の意志で働く、これって凄く楽しい、そう感じてた。だけど、今悲しくも出来ないのは、心体の問題です。私にとって、働く事は夢の一つ。働きたくても働けない、そんな状況下で、それを分っていてそんなことを言うその人を許せなかった。それは、自尊心を傷つけられたからだと言うことがわかりました。それで、ちょっとほっとした。許せない、この行動を取る自分がまた、許せない。だから、今回こうやって考えることになったこと、彼にも感謝したいと思います。許せない感情や、不快感を持ったり、嫌な気持ちを持ったまま私は前に進めない。感謝の気持ちに変えて行かないと私は、前に進めないから。そんな簡単に傷ついてしまう自尊心など、必要ない。もっと、素敵な自尊心を持とう。もっと、今の自分を受け入れよう。そして、焦らずにいこう。私は、大丈夫。私なら大丈夫。傷つかせるような言葉は、受け取らなければよいだけであって、それを受け取ってしまうからこそ、腹が立つのだろう。きっと、本当にそう思ったんだろうし、私のことを知らない人なんだから、そう言って当たり前だと思おう。私に対してメッセージを送ろうとしてくれたことに感謝しよう。怒ってごめんなさい。それと、ありがとうございました。全ては変えられる。
2008.05.28
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先週から熱と腰が痛んでいたこと、昨日、体が鉛のように重たく、何度ももどしたこともあり、遠いんだけど、頑張って病院に行って来ました。1週間内に女の子の日が来ることを言われ、体が悪いのは、卵巣が両方とも腫れていることによるものだそうだ。水分も何も体内に入ったままで体が大変浮腫んでいるのと、お腹がちゃぷちゃぷいってる。昨日はあまりに体が重たくて、地べたからソファに上がる事すら出来なかった。仕方なく、ベッドルームにも辿り着けるわけもなく、地べたに敷いてある座布団で午前中過ごした。特に良くなったわけでもなく、効果が出なかった解熱剤もなくなったので、病院に行った。今日はひんやり涼しい。もうすぐ6月と言うのに。また、短い暑い夏が来て、そしてすぐに冬が来るんだろう。山の中の夏の朝の匂いがする。まだ、無理はしちゃだめ。昨日の胃薬とあの薬が効いて、ちょっと落ち着いてるかも。だけど、運転はまだまだ危うい。歩くのも、控えた方がいい。
2008.05.28
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"Confidence" comes from Experience. I brought back the scene of old days that I felt "confidence". Any experience from small to large brought me confidence step by step. Now I am still losing my confidence after I lost my energy by unwellness."Confident" is so good for me to be myself. I want to feel it more again. Good Confident makes me positive thinking. For feeling it, I need to stand up right now and face up to the sky. I will start walking, running and making laugh again. Therefore I really want to be back on my feet then I want to keep well. For a long time, I've lost both my mind and body. At the same time, I have blown my self-esteem. It's broken by my hand. Always I cut my own throat.So I need to get well seriously. I need to have experience little by little. Experience makes me my Confidence.
2008.05.27
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のちほど。
2008.05.27
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昨日の朝から酷い腹痛。昨日は午後に家に帰り、夕方熱が出て来たので薬飲んで睡眠。朝からずっと酷い頭痛と吐き気、熱、薬は効かずフラフラ。夕方までフラフラだ。。
2008.05.27
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Today I woke up early. We had a plan to go to Jones Beach in New York, and see the air show. But in the morning, Kaz didn't wake up for a few hours and be angry for a while and we couldn't see the show. We had a wrong information about the air show that was till yesterday. Anyway, my purpose is not the show. Just I wanted to go to the clean beach for feeling nature wind.The beach is not far from here. The beach is one of the most famous beach in the US. It's in the park"Jones Beach State Park" that has long long board walk. Also it's world-class beach. I love the beach and the ocean. I really wanted to feel sea air. Sea air, sound and smell give me a big power all the time. That is why I was in Florida, I chose Florida. I really like to dip my feet in the ocean and to lay on the beach. But today... the wind was a little cold. A hour, we were there and eating lunch, looking for something in the sky, sitting the beach chair for reading a book and sleeping on the sand. It was fun. But the cold wind is still there. Many people is coming with the approach of lunch time. We left the beach around 11:30.It was so nice beach. We are going to be there again. Anyway, I am so tired today. Dinner was Nagasaki Chanpon. After eating dinner, I was going to bed before 9pm. I was exhorted. I like this feeling.
2008.05.26
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のちほどコリアン料理Avenue Q
2008.05.25
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In this morning, I went to Sterling Forest State Park again. A week ago last Friday, I as said not to work hard by Doctor. So I should not do sports, practice singing, take a walk or something like that. But I feel I can move my body and I want to do. So today I went to the mountain to take a walk for a little bit with my brand-new mountain shoes. Yesterday, I felt so much back pain. In this morning, it was ok.Kaz and I went there. And we started walking on Allis Trail in Sterling Forest State Park where comprises 17,953 acres of nearly pristine natural refuge amidst of one of the nation's most densely populated areas, a remarkable piece of woodland, a watershed for millions, and a tremendous outdoor recreation area.After we started the trail, we couldn't go back the way we came. The Allis Trail goes around the Sterling Lake. It takes about 2 hours. I didn't think I would walk around today cause of my body. It was so nice walking for me and feel many things.後ほど田舎は体で脳が都会自分がどれだけ都会の中で生きているかを感じたこと都会化都会の人間弱い皮膚ウイルスひとつひとつが弱いものは繋がりがあって、初めて強くなるのに、その繋がりが弱くなった時、壊れかけた時そこに強い異なるものが入り込んだ時、一瞬でウイルスにおかされるようなもんだ標準普通社会秩序バランス天才自然の流れ変化
2008.05.25
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私が私を破壊して行く。全てを言葉にし、潜在的認識をしようとする。世の中に出ると、白黒をみんなはっきり付けたがる。世の中に出ると、その人の言う社会の枠にいれようとする。だけど、もし、私が思う社会や世の中への恩返しが、その人が言う社会に入って出来ないものだとすれば、私はどうすればいいんだろう。私は、社会人になります。私は、社会人です。何を持ってそう言うのだろう。会社に出て、世間様にもまれたら?。感情や他にある社会があるとすれば、それらにもまれるものは有害なんだろうか。抵抗も、何もしないものたちは有害なのだろうか。抵抗をし、ウイルスとなるものたちが有害なのだろうか。言葉に全てを吹き込むことが出来ない。もし、私が言葉の達人になったなら、思うように感情を言葉に詰め込む事ができるのだろうか。言葉はツールでしかない。感情は一瞬一瞬変わりゆき、気ままなものだ。だけど、時々そのツールのおかげで私は人と思いを伝え合い共感したりすることができる。面白いことに、アメリカにはあって、日本にはない言葉、日本にはあって、アメリカにはないニュアンス、言葉はたくさんある。昔は言葉にしなくても伝わることもあったのではないかと思う。少なくとも、少し前と比べてみても今よりもあったように感じる。多民族社会のアメリカはもちろん、近代化が進むにつれ、言葉にだしてものを言わないと伝わらない時代が来ていると感じる。言葉を使って助けを求めなければ、そこで連続性はなくなり、壊れたものは、そのままなのかもしれない。他人に、通じ合ったものでない人と言葉をなくして感じ合うことが第六感によって稀にあるかもしれないけれど、そんな人は沢山はいない。殆どの人と話をするには、言葉が必要だ。だけど、言葉では伝えられない心の中、そこに本当の思いがある。言葉に、殺されないで。私は私を破壊して行く。私を破壊するもの、他でもない私である。自分を許してあげなさい。自分に優しくしてあげなさい。自分を褒めてあげて、自分を可愛がってあげなさい。フロリダで体に染み込ませたものがあることを忘れないで。私は、大丈夫。私は負けない、私は大丈夫、私は元気。
2008.05.24
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初めて村上龍という人の本を読んだ。買ったものの、表紙が怖かったので後回しにしていた。非常にリアリティがある本だった。と言うのは、いくつかの現実におこっている事件に似ているものがある。あまりにも殺人を犯しているときの表現がイメージ出来るものだから吐き気がして、途中で本を閉じてしまおうかと思った。感触や血の匂いまで想像できてしまった。だけど、最後まで読み切って良かったのは、最後に行くに連れてなるほどと思うことがポロポロ出てきて溢れ出した。ただ単に怖がらせるためのホラー、サスペンスの小説、映画でも何でも私は大嫌いだ。だけど、後半に続くに従って最後まで読む気力にさせられ、そして納得までさせられた。だけど、やっぱり想像による残像や匂いがまだ残っている。
2008.05.24
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昨日、空しくなった。泣きながら寝るのが嫌いだ。だけど、すごく疲れてしまった。あほらしい。そんな小さい事でつかれてどうしたもんか。しっかりしろよぉ。。。って思う。何があったかと言うと、母がアメリカに来ると言うので、私がチケットをとることになった。それで、折角来るのだから色んな所に連れて行ってあげたいという思いと、アメリカ国内で乗り換えるのが不安だろうからという思いとでチケットを確保するのに7日間もかかった。他にすることがあるのに、母が来る事が言い渡されてからの一週間、私はそのこと以外考えられなかった。というのは、母が来る=大変な事、と言う風に頭の中が動いている。何が大変か。自分の母ではあるけれど、その事だけで正直嬉しさも勿論あるけれど、想像との葛藤が強かった。母が来る、嬉しい、今、手術の後で体力がない。だけど頑張る。しかし、体が追いつかない。すると、日本に帰れやら、働けやら、社会に出てないやら、近所で笑い者で恥ずかしくて街に居られへんやら、色々言われる。そして疲れてしまう、という具合のことだろう。体力がなく、元気でないからやはり社会に出ろとか会社に入って働け、もしくは結婚しろとかそう言った事はもう疲れた。元気になりたい、だけど日本で十分闘って来たし、色々そのときなりの私で試したけど無理やったから日本を出た。やっと、一つだけ見つかった感じ。だけど、まだ一番重要なことは直ぐ傍まで気ているけど、解決されてないと思う。直視してないんだろうか。その母が来月の頭に来ると言ったので、チケットをやっとの思いで押さえた。本当に私と言うやつは要領が悪い。考え過ぎだ。そして、取ったと連絡すると、気分が変わったらしく、今月はやめて末に行くと言う。突然、気が変わるのはいつものことだけど、ここの所、非常にガソリン代が高いこともあって、また更に値上がりする。飛行機代とガソリン代が同じ所もあるくらいだ。それは7月以降は、さらにかなり上がる。2万くらいか。今でも5万もするガソリンだ。一日変わるとチケットは大きく変わるから、色々貧乏学生的には考えてしまうのだ。いつものことだけど、体がしんどいなか、よーし、って感じで頑張って朝から晩まで日本やこちらの旅行会社や航空会社に2都市周遊で都合のよいものを探して、昨日も、ホテルやアパートメントホテルも観に行って決めていたのに、落胆してしまった。+、家の人はいつものごとく約束を守らないし、なんか自分が情けないと言うか。私の尊敬するHiroshiくんは、嫌な事があったら沸き上がって来る前にそんなものが出て来ないようにするといってた。確かに、私の言う跳ね返すというのと同じ事だろうけど、家族のこととなると、どうも上手く行かないんだ。例えば、「あなたたちは、私達の失敗作だ。それはあなたたちの責任じゃなく、私たちが悪いのだから。」という。私は、何でもいいけど、ちょっと残酷なこといってるなぁと思う。だけど、そこには全く、そういう悪気はなく、どちらかと言うと、申し訳ないと思っているのが伝わってくる。正直に言ってるだけだとしても、私だからいいけど、兄にまでそんなことを言ってるんではないかと、少々心配になる。と言うのは、兄が最近、鬱状態にあることを相談されたからだ。申し訳ないと思っている、「申し訳ない、失敗してしまった。」失礼だなぁと思って初めは、失礼だなんて言っていたけど、私はここまで育ててくれて、両親がいてくれて、愛してくれて、それだけで充分なのに、それらの愛に対して、もっとやってくれるだろうという期待がそこにあったんだろう。もっと、"普通"な人間になって欲しかったと言う。もっと、"普通"に働いて、"普通"でいて欲しかったと言う。私にとって"普通"ってとっても難しい。両極をしっている普通になっている人はいるのか?それは、疑問。普通に楽しみを感じられなくて、色々迷路を歩いてみたりする。今が大切だけど、今を決められた枠の中に納めてしまうのは、息苦しさを感じるものにとっては、あまりにも残酷ではないか。私は、母からそんな申し訳のなさを受け取りたくはない。それに、期待されるようなスピードで歩くことは、もう脱ぎ捨てて終った。というより、飽きてしまった。つまらない。昨夜は、家の人の帰ってきた顔でほっとしたことで、そこに逃げてしまったまま寝た。無理に布団に入って寝た。だけど、それは行けないと思った。そのやり方は、良質の睡眠を妨げる。毎日毎日、先延ばしにせず、その日なりの決断をして前に進むことをしよう。その時その時なりの決断をしよう。そして、前に進もう。
2008.05.24
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のちほど。
2008.05.24
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後ほど。
2008.05.23
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Manhattanからの帰りのバスの中で読んだ。あっと言う間に読み終えてしまた。のちほど。
2008.05.23
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今日は歯医者さんで矯正器具のを締めてもらう日だった。朝9時に家を出て、歯医者さんにはちょうど10時半についた。30分で終ってしまったから、ザイヤでケーキを食べてまったあと、ロスから来た友達にあった。私の兄と同じ歳。15歳の時にカナダの高校で出会った。尊敬している人の1人で、高校生のとき時々遊んだりした。出張でこちらに来た時に、時々会うくらいなもので、1年に1度くらい。奥さんと猫と3人でロス郊外に住んでいる。今日は久しぶりにお天気が良くて、いつものようにブライアントパークでご飯を食べた。のちほど。
2008.05.23
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随分長い間、奇麗な状態だった。この本を何度も手に取っては読もうと思い、もう5年が経った。なのに、引越しの度、荷物を減らして来たはずなんだけど、この本はBookOff行きになるわけでも、日本に送るでもなく一緒に移動して来た。やっと今日、本を読んだ。それも、偶然じゃないだろう。この本を手にして、あらすじをみて購入した時も、自分に必要だと思って購入しているのだから。ただ、読む事を遅らせていただけだった。だけど、今読んだからこの気持ちに浸る事が出来て、共感し、受け入れられてすごく気持ち良い感を感じているんだろう。私はこの本を読んで、安心する自分がいた。自分が感じているように感じたい、そして感じている人も居るんだと思った。話の中に出てくる修行のようなものの一つを、著書が体験する。山の中に作られた結界と言われるものの中で、一人過ごすのだ。その時の体験で自然と叫んでしまった「パパ、ママ、助けて。」という言葉。私は良く似た体験をしたことがある。自分が普段そんな事、絶対にないのに。人生で初めてだった。私の場合は、精神的にもボロボロ、肉体的にも限界を通り越してしまっていた時の事だ。坐骨神経痛になり、それ以外にも他の病気にもなっていて、起き上がれなくなってしまった。全てはオーバーフローしていたことに気付いた。そのとき、動かす事すら出来ず、全てに痛みがあった。誰に言っても仕方ないと思った。自分の痛みは自分しかわらかないから。自分で解決するしかないんだ。だけど、情けない思いが込み上げて来た。どうする事も出来ない恐怖があった。毎日、色んな意味でギリギリのところで私は生活をしていた。覚悟があったかどうかよりも、そうするしか道がなかったからだ。そして、ギリギリのところを歩いてでも、前に進ませたいと思ったから。それが、大変良い経験となって残っている。私がそんな状態になったとき、意識朦朧としながらベッドの上で浅い呼吸で、辛うじて出た言葉が、「ママ、パパ、助けて。」。。。だった。涙が止まらなくて、もう限界も限界だった。私は、人に頼るのが出来なくて、助けを求める事も上手くできない。そんな頑固というか、強情というか、周りはそう言う。だけど、出来ないんだと自分でもう決めてしまっているようだ。もっと甘え上手になりたいな。何故そうなったのかを考えてた。この本にも、それが書かれていた。日本では、甘えなさんなと子供の頃言われて育った。何でも自分で出来るようになりなさい、と。人に頼る事は良しとはされなかった。甘えてらんと、自分でやりなさいと。だから、人に助けて欲しい時も助けてと言えなくなってしまった。その助けて欲しいときは、私にとって極限に達するまで自分でもわからないのか、言葉にならない。アメリカに来て、これが初めてではなかった。ボストンに引越して来た。辛い事も楽しい事も多かった夏セメが終って、私は直ぐ高熱が出た。それも、今までにないフラフラさで、インフルエンザだった。試験が終わり散らかったアパートは大変小さいStudioで、サブリースをしていたから二人分の荷物があった。動ける場所も少ない部屋で、壊れたベッドの上で横になり動けなくなった。そのとき、泥棒が朝からずっと訪れるわ、被害は両隣の部屋にあるわ、非常ベルはなるわで事件が多かった。そんなフラフラで病院にもいく体力もなくなってしまっていたとき、私は、お母さんの作ってくれるご飯が食べたいと強くおもった。お母さんのお粥が食べたい。とか、何でもいい。お母さんが作ってくれるものが食べたい。そんなことを思って、ひーひー言っている体の叫びと共に泣いていた。人に、甘えていいんです。人に助けてと大きくサインをしなさい。すれば、そこで終るはずだったものも、繋がっていく。この本は、自分の考え方と共通するところが非常に多かった。アメリカに来て、フロリダで感じた自然は大きく私に影響を与えた。フロリダで出会ったやっちゃんや友達の優しさ、日本を離れてからの日本にいる友達、もちろん家族や先生、そしてニューヨークの友達やもう会うことのないだろうルームメイト、ボストンの親友に、彼がインディアンから感じ取ったようなことと重なるようなこと、色んなことを教えてもらった。その後に読んだから、もっと楽しめたんだと思う。5年前に買ったこの本をやっと今日読み終え、それもまた必然的な流れだったんだろう。自然である私たちは、自然にそっていきる。全てを尊重し、感謝の意を持って生きる。繋がりの中で生きる。連続性を持って生きるなど、大切なことが、書かれている。
2008.05.22
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まだあったので、こちらも読んでみた。彼女の作品にはしばしば彼女自身が登場する。彼女の写実的な表現とともに、それもまた面白い表現方法である。彼女の表現は気持ちがよい。さっぱり、テンポよく軽快である。ただ、私は性的虐待、レイプ、暴力、ストーキングなどを書いたものはどうも受け入れ難い、それに許せない。自分自身がストーキングされたことが何度あるだけに、読んでていて恐ろしかった。良くない事は口にしたくない、そして想像も良くない。言葉は真実を作るときがある。私は、彼女の作品に恐ろしささえ感じる。だが、表現はさっぱりと好きだ。
2008.05.22
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この締め付けられる感が本当に苦しい。昨夜から動悸が酷くて、もうとまらないんじゃないかと思うくらい速い鼓動。あぁ、ゆっくりと脈を打って欲しいなぁって思うけど、コントロールできる?もしかしたら出来るのかもしれない。別に不安に思うことなどは今、考えているわけでもない。ただ、あるとすれば時間と私の問題。
2008.05.22
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他の本とあまり変わらない内容。
2008.05.22
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友人が好きだというので、読んでみた。が、私はこの手の小説は好きではない。短編小説集で一作目から吐き気がした。吐き気がし過ぎたけど、逃げるわけにはいけないと思って取りあえず一作を読んだ。大変気持ちが悪く、二作目は読みたくもない、見たくもない気持ちになった。何が嫌な気持ちにさせたかと言うと、エロさというよりも内容である。嫌な気持ちだけが残ってしまった。ホラーというか、恐ろしいというか、そんな感触と主人公のレイプの経験。いくら小説だ、これが作り話だとは言え読めん。酷過ぎて、その男の人たちに許せない気持ちでムカムカした。終わり方も、冷やっとさせられて、気持ちの悪さだけが残った。申し訳ないが、BookOff行きの袋に入ってしまった。と、批判的なことを書いているが、著者のセンス、その表現の方法はさっぱりばっさり。テンポがたいへん良くて読み易く、私はこの軽快さが好きだ。ただ、彼女の小説の内容が私は好きじゃない。他の小説も。まだ、2、3冊あるんですけど。。。一応、さらっと目を通しておこう。
2008.05.22
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動悸が激しくて胸が高圧に耐えている体のように細かく震えている。あぁ。。。悔しい。ムカつく。壊れてしまえ!。そんな腹立たしい感情が湧き流れ続けている。感情とは手入れをしてやらないと、雑草が生えて来るもんだ。クソぉ!!!!そんな汚い言葉を誰かが私の中で吐いたなら、もっと私の中の雑草は加速して伸びだすだろう。昨夜は、恐ろしい震えと貧血、吐き気、そんなものがあって眠れなかった。もうすぐ6月が来ると言うのに、最近雨が続き寒い。今朝7度。夜はきっともっと寒かっただろう。母との電話の後からだ。急におかしくなった。母は大好きだ。だけど、どうして異常な反応をする。それがまた腹立たしい。大丈夫だよと呟くんだよ。私は変わった。だけど、NJに来て、日本の社会に染まった変わることがない人にあって、自分もその中に無理にでも溶け込ませようとした人がいた。私は、無理なのよ。私はアメリカにきて、許容範囲が広まったと感じている。大学にいって、本当によかった。フロリダに居て、本当によかった。思い出してみて、ヤスに会ったことも、色んなことを感じたフロリダのことも、ボストンで出会ったコーセーのことも、ミカちゃんのことも、真人もYasも、Kyleも仲良かったクラスメイトも。みんな自分にぴったりと噛み合って、私は音楽に戻ったとき、自分に戻った。全てが動き出して、私の足は動き出して、それに周りに色がつきはじめた。私の周りにはポジティブで私を支えてくれる考えや言葉があった。悔しいけど、体のことがあった。時間は待ってくれない。だから、移動した。そこには接触がなかったから。だけど、私は今までの素敵な考えと言葉を失わずにもっと加速していかなければいけない。今までのために、そしてこれからのために。大丈夫だよね。がんばろう。楽しもう。Musicは自由で、私の中にもっと染み込んでいくもの。さ、元気になったところで、歯医者さんにいってきまーす。今日は半年ぶりにミカちゃんに会えるから凄く楽しみです。
2008.05.21
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何度もこの本を読んだ。山田ズーニーの他の本を読みはじめて、1011を見たら著書は女の人だとしった。びっくりした。私はあまり女性の本を読んだことがないので、女性が書いたものをみたらすぐにわかるのに。ずっと男性だとおもっていた。この本はかなり私にはお薦めだった。もっと、私はこういうことを鍛えなきゃね。考えることを。
2008.05.20
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こんなかき乱された気持ちの日にはどうすればよいのでしょうか。納得の行かないことには、私は頷きたくはない。今日に始まったことではないけれど、とある近所の同い年の男の子に、驚くことを言われた。腹が立つというよりも、悲しくなったというか、もう触らないで欲しいと思った。内容が必要以上に私の今の現状を否定するものだったから。その気持ちの悪い心の奥の感情とか、そう感じたり、思ったりするこの不愉快な気持ちとか、私は許せない。その人を許せないんじゃなくて、私のこのUncomfortableな気持ちを蹴りたくなる。自分の中のこんな気持ちを蹴り殺してやりたくなるから、すごくしんどい。人の言葉は、意見であって、私を指示するものではない。私の行動を選ぶのは私である。だけど、こんな風に言われると本当に嫌な気持ちになる。なぜか。それは、誰がその言葉を発言したか、誰がということが問題なんだろう。もし、彼が言った言葉が先生、親であったり、恋人であったり、年上の人やよく知る友達であったなら、私はすごくすんなり受け入れたと思う。今回のことだけではないけれど、どうして空気が読めないんだろうと思ってしまいます。もう、顔もメールも見たくないと思いました。それは情報を遮断してしまっているんだけど、それって自分にとって良くないことなのかどうか。私にとって、きつい言葉であっても、それが私のことを心から思ってくれているのであれば、私には伝わってきます。それに、すんなり受け入れられる。潜在的に思う良い言葉や良い影響を与えてくれる人も、そうじゃないことも、どんな経験も良い物に取り替えられる。だから、きっと今日の必要以上に否定されたと感じてしまったこのことも、きっと良い方向に行く。そう思おうと思う。今日は一旦閉店して、遮断をしてしまったけど、やっぱりその都度、常にクローズしてしまうのは良いことではないので、今の自分への納得のさせ方で良いと思う。今までの私は全てを受け入れ過ぎてきて、守ることをしてきませんでした。おかげで、アメリカに来てからは色んなことがありました。それは楽しかった。色んなことを学べたからです。私の中の許容範囲が広がったから。日本でいればおこられることでも、こちらじゃそれが何?と言う感じ。それが私にはぴったり!って思った。全てを受け入れることで、良くなると思っていたから、今まで何でもかんでも受け入れていたんだけど、それじゃぁ自分があまりにもかわいそうだ。私には私のルールがあって、それは常に更新されてく。だけど、相手にもルールがあって、その人はどんな方針かは知らないけども、それを全部受け入れる必要はない。悪いものに関して、はね飛ばすチカラも必要。何を言ったかも重要だけど、誰が言ったかで同じ文章でも大きく変わってくる。悪い気分なんて全部跳ね返してやれ!そんな気持ちで、今日もまた、強く生きよう。
2008.05.20
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後ほど。
2008.05.19
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今日は晴れれば、海に連れて行ってくれると言った。私は自分で運転もあまりまだ出来る状態ではないので、家の人が折角の休みだからとそう言ってくれた。で、夜中、雨が降っていた。私は本当に雨女だー!って思っていたら、晴れた。が、いつものごとく仕事が大変気になって仕方ないからと言うことで、行くことはなかった。今日は、近くのSterling Forest State Parkのインフォメーションセンターに行った。どこかちょっとだけ出掛けたいと言っていたので、つきあうことにした。Harriman state parkの隣りなので、とても近い。harriman state parkの方がメジャーな感じで人も多かったけど、Sterling ForestのInformation Centerは新しい感じがした。道は毛虫がいっぱいで、あぁまだ寒い日が続いているけど春なんだなぁと思った。それにしても、昨日もしんど過ぎて眠れず、夜中、自分の大きな咳で目が覚めた。大きな咳をしたことによって、手術したところがキリッと痛んだ。あぁ、まだ治ってるわけじゃなくて、治ってる途中なんだと再確認。朝も顔色が大変悪く吐き気がする。それが、今日の体調。無理しない程度に少しだけ外に出掛けたかったので、ドライブは良かった。緑がどんどんと多くなって先週、先々週の花が開いてピンク色だったときや、鮮やかな緑の色はもう、森の中にはみられなかった。最近まで、まだ枯れ木だったのに、今はもう鮮やかな緑もみられないくらい、強い緑色に変わって来ている。生命の力をすごく感じるこの春は、私は大好きだ。花粉アレルギーだけ除けば。私はこの波に乗りたいと思う。
2008.05.18
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海馬と言う言葉をこの本で初めて耳にしました。脳について、大変興味深いことが書かれた本でした。昨年に読んだ栗田昌裕さんの本で脳には門番がいて、そこではまずイメージ野と言語野に分けられる。そして、長期的記憶、短期的記憶の貯蔵庫などに分けられるなどと書いてありました。その事を思い出しながら読んでいて、大変興味深いものでした。後ほど。
2008.05.17
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手術後、順調に回復してきているのはお腹。腰のどんよりした痛みは残ったまま。咳もまだ抜けなくて喉が痛いのと、左耳がおかしい感じが残っている。今始まったことではないけど、手術でこんなのもぜーんぶ持って行って欲しかった。手術後、起き上がって歩くことが出来るとはいえ、ウロウロと外に出ることはあまり良くないし、2週間はまだ歌っても行けない、運動もダメ。もっともっと健康な状態になる!。あぁ、待ちきれない。だけど、こんなに治って来て最高だなぁ。回復している途中だからか、解熱剤を飲んでないと、熱がまだよく出る。5分くらいで疲れがでて、前に進めなくなる。気持ちはすごくすごくこんなに元気なんだけど、悔しい。先生が言うには、一つだけ見つかっただけ。一つ、今回はこれには見つかって取り除くことが出来ただけだと言う。とにかく、他のよく分らない重苦しい症状との闘いはまだまだ続くんだろうな、と言うことだけ何となくだけど感じている。分かる時が来るまで、今までのように、探しながら歩き続けていれば、いつか見つかるだろう。今日は、出掛ける約束をしていた家の人が珍しく早く起きてきた。約束の時間何て守られたこともなくて、そんな家の人が起きて来たんだから、本当に嬉しい。雨が降りそうだ。(午後から雨が降りました。)仕事があるから、朝しか無理だということで、Mitsuwaに出掛けて、ご飯を食べて、Ramapo Mountainへ行って帰宅。Ramapo Mountainは、天気と場所が良ければ椅子に座って本でも読もうと思っていた。思っていた場所は状態が悪く、危険物回収の日で駐車場もいっぱいでした。良い場所見つからず、空気も冷たくて生憎の雨。帰宅後、腰の痛みが酷く顔色も悪くなって来たので、一時間程休む。今日の夜はすき焼き。夜はじっと本を読んでいました。本から、たくさん学ぶことが今はあって、山のように読む本が溜まっています。今までにない、時間の使い方。
2008.05.17
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様々なgoodbyeを取り上げた本。
2008.05.16
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ふと思い出した。入院していた日のことだ。手術の後、まだ意識朦朧としているところ、ベッドに乗せられたまま部屋に運ばれて、担当の看護婦さんがやってきて、邪魔だった垂れた私の前髪を看護婦さんの手でおでこをさわりながらあげてくれた。その後、まじまじっと私の顔を見て、私の渇ききった口の中に氷をスコップで放りこみながら言った。「12歳くらい?可愛らしいねぇ。」なんて言いながら意識朦朧としてる私も、びっくりして笑いそうになった。痛くて笑えるどころじゃないけど、その"12歳"っていうのは、はっきり聞こえた。全身麻酔中、管を喉から通していたからか、声も、朦朧としているので力も全く出なくてて、(「NO!NO!NO!I'm not a teenager.but thanks.」)なんて答えられなかった。違うんだよー!!!まってくれー!私は27歳だよー。たぶん。。。意識が朦朧としてつづけていたので、勘違いかとは思ったけど、20歳と言ったのかもしれない。けど、20は"Twenty"、12は"Twelve"だよ。間違うはずがない。12歳って、6年生?中学1年生?あたり。いくら、ベッドで意識朦朧としたその弱った姿が若く見えるとはいえ、若過ぎる。肌年齢がそれくらい若かったということで。後々、そのことを思い出したら吹き出してしまった。なぜ、そんなことを思い出したかというと、今日の診察で看護婦さんが、体重を測定しながら年齢を聞いたから。「うそでしょ~。20歳にしか見えないよ。それに、日本人の女の人はみんな体重が軽い。アメリカ人は、みんな太くて老けてるのに。」どうも、ありがとうございます。20歳に見えるなんて。日本人というか、アジア人はみんな若くみえるようです。私は、日本に帰れば見た目、年相応だと思うし。そんなことは、17歳から20歳あたりで言われることは良くあります。だけど、さすがに12歳は。。。今回が始めてでした。
2008.05.16
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次の大きな問題とは、目に見えない問題。これは、自分との闘いだとずっと思って来た。乗り越えたと思ったら、まだ実は解決してないんだよ~んと言っているかのように、さらに大きな形となってやってくる。それの繰り返し。つまり、乗り越えたと思っていたことが乗り越えられてない。そう思うことによって、問題といっている謎がさらに自分の中で大きくなってしまうわけだ。その謎とやらは、なにが謎なのかというと、理由がよく分らない突然の動悸、目眩、息切れ、最近は、手足が突然真っ白になって、痺れだしたりする。どれも、予告がないからすごく困る。ある時はバスの中、電車の中、レストランの中、布団の中、夢の中。おかげで電車に乗ることが一時期できなくなりました。なんだかよくわかんないけど、それも、人に言うわけでもなかったので、いつも日記に書き留めておいたり、吐き出したり。慣れて来てしまったので、最近は、「あ、またかぁ。」と言った感じでもある。症状が出始めたのは、高校生の時だったと思う。酷くなったのは、大学入学する前に過労で突然倒れて1、2週間入院。その後、何度か発作?みたいな感じで救急車で運ばれて。突然体重が10キロ落ちたり、外も歩けない感じ。なんとか、大学は卒業しなきゃと卒業したけど、その次にはそんな体じゃぁ、到底どうにもこうにも。で、それが嫌で嫌で、アメリカ。そんなふらふらな自分を、誰も知らない、言葉も分らない、道も分らない、文化も社会も違う、そんなところに放り込んだら、絶対に生きて行かないといけないし、狭い箱から放りだせる!なんて思って、日本を出てった。日本は大好きな母国。決して日本が嫌いなわけではない。おかげで、体重は戻りました。たくさんのことが変わったし、私の目に写るもの全てが変わった。それは、ずっと変わるんだと信じて歩いて来たからだろうし、一つずつ困難を乗り越えていかないといけなかったから。ここを乗り越えないと、どこにもいけないよ~的な状況しか、なかったから。しんどいことなんて、全然覚えてない。都合よく忘れてくれるから、有り難かったことばかり、頭に残っている。幸せものだなぁ。謎が私と一緒に育っている間、謎が取り付いてから、失ったものはたくさんある。それが悪いとは全く思わないし、困ることはもちろんあります。それは、健康。健康で居られないと、歌が歌えない。歌が歌えないと、耐えられない。タフに動き回る人だったし、体力には自信があったものの、体力が今、一番自信がありません。筋肉って本当にすぐに消えてしまう。あっという間。あんなに一生懸命、何年も毎日毎日筋トレや走りに行ったりしていても、あっと言う間。心と体は繋がっている。その謎はこの中に入り込んで一緒に生存してしまっている。いやー!!!跳ね返さねば!。強く生きなきゃね。今日、子宮内膜症の先生が私に言った。「これからですね。これから、まだ他の大きな問題を治していかないといけませんね。今回、子宮内膜症は見つかり、手術して取り除くことはできましたが、まだ大きな問題は残っています。そのことの方が大きいんじゃないですか?」何もまだ、話していないときだったので、大変驚きました。私の手術後、症状を見ていて、人一倍敏感なんですね、と先生は言いました。その後、「今回の手術が終って、全部が解決したわけじゃないですからね。」とも、言われたんだけど。全部が解決したらいいのにー!なんて思っていた自分としては、見通されていたのか、期待しちゃいかんと思って行ってくれたのか。原因がわかる痛みは、運が良ければ手術で治る。この大きな謎は、もしかしたら考えても仕方のないことなのかもしれない。もし、そうだとしても症状はきっと続くんだろう。次から次に、解決したとおもったら、また、新しく今度は更に大きくなって出て来る壁。これは、みんな、経験していることなのかもしれませんね。だけど、なにかわからない、あの小さな箱に閉じ込められる感覚と、突然来る動悸。動悸は、本当にきつい。先生に、先生が何か分らない不安が突然襲って来たりしたらどうしているのかと聞いたら、「そんなものは、私は受け入れません。」そう言いました。自分が受け入れてしまったら、認めてしまったらそうなってしまうから。すごく納得していました。なるほどと。とても優しい先生で、忙しい所、こんな私の質問とかに付き合ってくれて、ありがとうございました。なんだか、こうやって書いていると、どうすればよいのか、ちょっと分って来た気がします。
2008.05.16
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午後診察でお家の人が仕事に行くのにあわせて、家を出た。先週の診察も、今週月曜日の矯正時も、それに今日も大雨。それ以外は晴れ。マンハッタン行くときは、何故か良く雨が降る。ヒールなんて、全然履ける状態ではないのでスニーカーを履いてる。となると、合うスカートがないのでパンツを履く。外は雨。気温は低い。5月なのに、厚手のジャケットを羽織っていても寒い!。まだ、家の中は暖房を付けてるくらいだ。パンツ、パンツと思ってクローゼットの中に入ると、雨色がつくパンツしかない。泣それに、スニーカー履いたら裾、引き摺るよ。ヒールに合わせて丈を切ったパンツしかないのだ。仕方ないから、そのパンツを履いて行ったんだけど、どしゃぶりの雨。マンハッタンの汚い道路を裾で掃除して帰って来てしまった。ボトボトで水で汚れたパンツさん、ごめんなさいね。ちゃんとキレイに洗濯しました。ところで、今日の状態と診察。状態は、歯が矯正器具で痛い(これは関係ない)。下腹がまた、手術後のように張りがあるのと寝転ぶと痛みがある。動悸と息苦しさが、まだ昨夜から残っている。疲れ易い感がある。体外に発疹がまだ、出続けている。今日の診察は、血圧、体重を測った後、内視鏡検査、採血。オフィスで、前回の写真のコピーを頂く。自分のお腹の中の状態の写真。内視鏡検査結果は、子宮が元の位置に戻って来ている。卵巣が奇麗な状態に回復して来ている。順調よく回復しているとのことで、とても嬉しいです。「まだ、運転も(ちょっとしてるけど。。。)、発声も、運動も、出歩くのも1、2週間はしないようにして下さいね。治っている途中ですから、動き回ったりしないようにしてください。」実際、5分も外にいれば、まだまだぐったりで、気持ちは元気だから、つい動きたい病が出て来てしまう。動きたいけど、体はぐったりで、寂しい。はやく元気にな~れ。発疹や痺れが、しばらくまだ続くようであれば、他の先生のところに紹介状を書いてくれるらしい。あぁ、先日の痺れのことを言い忘れた。喉の痛みに関しては、全身麻酔をした時に、喉から管を通していたからだそうで、痛くて当然だから少しずつ治まるらしい。診察後、先生が私に色んな質問をしてくれて、私はいくつか自分の他の抱えている謎の症状のことを話し、それは、心療内科やカウンセラー、他の治療法でもう治ると思えないことも、話した。薬で解決する問題が原因だとは考えられない気がしてる。震え、痺れ、一番強く来るのが動悸、息切れ。昨日は非常にきつい動悸があった。その度に心臓がぎゅぅっと押さえつけられるような気がする。先生は、その言葉に対して、外から受けるものか、中から来るものかと聞いた。どのことを意味しているのかと思ったが、外から来るものだということになった。だけど、自分の中で、どこに自分の原因があるのか、漠然と感覚では掴んでいて、それは私がそこを意識しながら前に進んで行けば、いつか必ず解決する日が来るということを感じているんだけど、それが何か、わからないし、実際突き進んで疲れてしまうケースが今は大きい。体が元気であれば、そんなもの、跳ね返してやる!って自分を強く持っていられる。昨年の夏は、私は強くいられた。大変、強くいられた。強くいられたというよりも、忙し過ぎて寝る暇がなかった。それに、強くいないと、毎日を送ることができなかった。それができたのも、友達の助けがあったからだ。ところが、とある時に隙をつくってしまった。やばい、って分っていたのに疲れが酷く熱が出た瞬間にひるんでしまった。やられたぁと思ったら、坐骨神経痛になりました。結局は、こうやって書いていると、強くいられたといっても、大きな無理をしていたわけだから、心で支えても、体は壊れてしまうんだよね。適当に生きるという2007年のテーマ!!!適当じゃないじゃないか、と今、自分自身反省しています。取りあえず、今日はいつになくオフィスが混雑していたので、また次回ということで、今日は帰って来ました。先生はクリスチャンらしく、「何か霊的なものがあるのかもしれないから、そんな悪い霊をとっぱらうお祈りをしてあげます。」と言っておりました。そう思って口にしてくれて、本当に有り難く思いました。
2008.05.16
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家に人が居るのと居ないのと、それは全然違う。家族と離れた家に住んでもう6年になります。その間数ヶ月、家族の住む家に滞在したこともあるけれど。アメリカに来て、一人でStudioに住んだのはその中でも、うーん、一度だけ?かも。初めの1ヶ月半、大学寮にいて、あまりにも酷いので、出来立ての学生アパートに引越しした。その時に始めてルームメイトというか、ハウスメイトと住む経験をして。それ以降はずっと、誰かと住んで来た。日本人のルームメイトと住んだのは、ここに来るまでは、2度ありました。アメリカ人や他国の人の方が気楽だったのが感想。今の家は、最近出張へよく行く人と住んでいるので一人の時が多く寂しいです。帰りが毎日遅い人なので、朝、起こすときと、帰って来たときくらいで、そんなに家で顔を合わせるわけでもないんだけど、居るのと居ないのは全然違う!。例えば、何が違うかと言うと、Uncomfortableな気持ちが、自然と吹っ飛ぶ。時々、知らない人が扉をノックしたり、もしくは夜に変な音が聞こえたり。もう、そういうのが怖くなるというか。部屋の電気を消して眠れません。ただの怖がりなだけだけど、ボストンの時の例もあるので怖い。一人は好きなんだけどね。時々怖いし、やっぱり安心する。家族と住む家も同じ。人がいると、そこが温かくなる。
2008.05.15
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まだまだ、外に出るのははやいかも。友達から連絡があって、iHop(Pancake屋さん)に夕方行って来た。外に出ると、こんなにまだ疲れるのか!と思った。5分くらい、座っているだけで体が傾いてゆく~と言う感じ。最近、また左耳の鼓膜がおかしい。日本のカイロでだいぶんと耳の骨というか、第一頸椎の歪みが治っていたようにも思えたんだけど、カイロに関して保険が改訂されてしまったので、今は行けない。また、戻ってしまったんだろうなぁ。体の疲れがどうとか、ひどいとかというのは、結構慣れてしまっている感がある。だから、これがどのくらい疲れているのかが、よく分らない。けど、まぁ5分で傾いて行くようじゃ、ね。回復中だということを、自分がもっと認めないといけない。
2008.05.15
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5年前に購入した本。今頃やっと読み終えました。物語風になっていて大変読み易かった。何度か読んでみたんだけど、分り易く、頭の整理にもなります。また、何度かこの本を開くことになりそうです。
2008.05.14
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お臍の瘡蓋。瘡蓋が気になった。触ってみた。捲れそうだけど、手術で開けた穴の傷口がちゃんと閉じてるか心配だ。瘡蓋を捲って、それからどうなるかとか想像してみる。捲ったら、瘡蓋が渇ききってなくて、破れて穴がまた開いたらどうしようとか、間違った想像をしてみたり。怖々捲ってみた。瘡蓋は、奇麗に取れた。実は、手術が終るまでお臍のところを切ると聞いていたので、どうするのか、良く知らなかった。実際はお臍と言われる影になった部分のどこかをきったんだけど、私の手術前の想像では、出生時に結ばれたお臍を解くんだろうかとか、それとも、お臍をぐさっと真ん中からくりぬいて開いて、また閉じるんだろうか、とか考えていた。なぜなら、どう手術するのか、手術をしてもらう側にすれば不思議で、先生にお臍のどこあたりを、どうするんですか?とか質問しても、お臍のあたりですよ、と言って終ったからだ。とにかく、瘡蓋は無事にとれて、順調に治っているのが分る。腰はもちろん、まだ痛い。お腹の痛みはとれて、そのかわり、新しく歯の痛みがやってきた。
2008.05.14
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矯正を始めたので、ちょっと歯が痛みまする。歯が痛むので眠れないのと、メタルで口内炎が沢山出来て来た。子宮内膜症の痛みは本当にだいぶんと軽くなりました。まだ、うろうろするには体力がないのか、自信がありません。ごろんと転ぶと腰が異様に怠い。
2008.05.13
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短編小説。この中で特に気に入って読んでいたのは、ポケットの中柿の木坂の雨傘卒業卒業はこの本の最後の小説で、最後に笑いが出てしまった。柿の木坂の雨傘は、自分のことのようでした。時折、鷺沢萠の小説を読んでいると自分の生活のように思える。どこにもありそうな、そんな生活のように描いているものでも、最後にいつもやられた気持ちになる。
2008.05.13
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昨夜、3時AMになるだろう電話を待ちながら2編に渡る短編小説に1つを読んだ。2つ目には行けなかった。1つ目でかなり残響のように鳴り響く心地良さというか、著書のメッセージに浸っていたかったからだ。それと、あと一つ、ふと著書の自殺について考えてしまったからだ。私は、恐がりである。だから、そう言ったことを考えると眠れなくなる。普段から電気を着けて寝てるタイプだ。消すときももちろんあるが、その時はよほど疲れているときか、誰かが家の中に居る時だ。1編でかなり満足していた私だが、今日は2編目を読んでみた。男は仕事にでて、女は家を守ると言った生活の形を大切にされた時代と、現代の変わりゆく姿、そして親と子、色んなメッセージが込められている。私はこの時代に生まれていつも幸せを感じている。そこに、もっと健康な体が足されたらと思うだけだ。今の時代、共働きなんて珍しくない。女性が働きに出ても良いと思う。だけど、子供は勝手には育たない。理屈で考えると育つかもしれない。だけど、人もウサギも一緒なんだと私は思っている。寂しくては生きられないんだよね。人も何も。植物も同じだと思う。『子どもは、大人よりずっと愛情に敏感だ。そしてその本質を知っている。』
2008.05.13
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その途端、バタンと扉が開いた。そこには、果てしなく続き、深く広く永遠と言う言葉が当てはまる宇宙にも似たもののようだった。そして、そこにはまだ見たことがない、何も描かれていない、深く夜空に似た青が広がっていた。ゴタツイていない、散らかっていない、浮かんでいない、ただただその青は広がっていた。私は長い間、この27年間、尖ったガラクタにも見える痛々しい道具や、丸い優しさという気持ちに似た過去のカプセルを、小さな生まれた時に、誰もが始め用意されている小さな箱の中に、27歳になるまで一生懸命整理整頓したり、思いきって捨ててみたり、拾ってみたり、この小さな部屋に、ハテナマークを頭に浮かべながらも、詰め込んで来ていたんだなと思った。そう考えると、今までの私の疑問は仕方がないとも思えた。こんな風に心の宇宙について考えだしたのは、今日が初めてのことではなかった。癒し系の本、エッセー、自己啓発やビジネス本でも、良くそういったことに触れてある本に出会ったし、実体験で催眠や頭蓋仙骨、幾つかのセラピーなど、色々と耳にしたり体で意識して感じてみたり、そういったことはあった。言われてするのと、自分が後々突然来る閃きによる気付きとには大きな差があった。氷山の一角だけを見ていたわけでもなく、潜在意識の中から聞こえてくる声、直観的閃きが良くおこる。それを自分の受け止める手のひらが小さいことを分っていたから。どうすれば良いか、その答えなるものをずっと探してはいた。何がおかしいのか、どうすればよいのか、そんなことを考えていた。一時期は自分の思想など入り込む隙間がないほど、大人たちの言う普通や、人間としての規則なるもの、もしくはいつも自分以外の相手の感情について考えて居たり、その方法の説明書が入っていたから、自分の立ち入る隙間なんてなかった。自分の近くにいる人たちに嫌われることや、ギロリと不満気にさせることが何よりも苦手だった。苦手と言うよりも、外出している"自由時間"と自分が呼んでいる時間にまで、嫌な気持ちに自分がなったまま、生きて行きたくないと言うのがあったのだろう。その自由時間は電車やバスの移動時間であって、特別何をしている時間でもない。その間が一番、誰にも会わず、一人になれる時間だったからだ。人の勝手な感情が私の頭や心にギュッと蓋をして、押さえつけてくるのには、もう耐えられなかったからだ。人形になった気分になって、考えた。周りが子供にしか見えなくて、ちっとも面白くなかった小学校時代、生意気な小学生だったが、そんなことを考えた。私は人間として生きるのだろうか、それとも、人形として生きるのだろうか。私には選択権がどうやらないようだ、と。人形になるしか、結局のところ、選択肢はないのだと感じたのは中学に入ったときだった。信じては裏切られ続けた。裏切りと言う言葉を体で知ったのも中学だった。その後、人の心を感じ取る習慣を身につけた。何を言えば、喜ぶかとかそういった相手の気持ち察するのは難しくなかった。大学に入っても、私の想い描く友情とか人情とかって、こういうものが現実なのかと、自分の環境の悪さに落胆するより、人間と言うものに嫌気がさして、そう感じてしまう自分自身も嫌だった。私の通った女子校は、とても良い学校だった。中高を出てからも、仲の良い友達と月に一度は会った。6年一貫システムの私の学校自体は、大変素敵な学校だった。そして、最後のクラスで出会った友達がとてもよかった。不安にならない友達だった。私の中高での生活が、めちゃくちゃになったのは大人によるものだった。当時は大人は偉いものだと思わされていたから、全てが間違いないと思わなくてはいけなかった。だから、私の中で間違いがおこっていた。つまり、私は、人に反抗もしないし、異見を述べることもなかった。高校生活は彼女たちに出会えて、終りよければ全て良し的に締めくくられたことにより、悪い思い出は残らなかった。ありがとう。人ってこういうものかな、それとも私の周りだけかな、それって自分が悪いのかな、とか沢山の疑問を抱き、幻滅していた私の唯一の救いの場所があった。弱い自分を普通に傍にいて、支えてくれた先生が居たから。私は幸せ者だと思う。先生が居なかったら、私はどうなっていたんだろう。唯一信じられる大人だった。人形のように生きても、見た目は人間だ。それに感情もあり、結局のところ、人の心を満たす為に人形として生きたとしても、自分の満足などは考えないとしても、最後に残され困るのは自分である。そんなことは分っていた。バカバカしくなって、だけど操り人形の糸は、一生切れない糸で結ばれている。私がどんなに速く走っても切れない。50m速は、そんなに遅くもない。短距離速は好きだ。大勢で走るマラソンや長距離は苦手だ。けして長距離が苦手だと言う訳ではない。大勢の波を受けながら走るのが出来ない。少し肌に当たると痛い雨や雪の日、風がきつい日でも、自分で決めた目標のためなら、シンドイと思わず黙々と自分のペースで走ることが出来る。つまり、私は競争と言うもの自体に興味がない。だから、挑発的に見えたあの異様な日本人同士のジャズセッションも苦手意識が高まってしまったんだ。競争心は、自分を高めて行くと言うのに、私はこれ以上に伸びないのかと今、質問をしてしまって少し悔いた。そんなことを思ったりする自分の入れ物が小さくて悩んだりしていたけど、悩むと言うより、怒りを含んだ疑問と行った種類のものだった。3月3日、27歳になった。それから、アメリカに戻った。今からそう遠くない前の日、ふと、寝床に入った私は心が叫んでいて寝付けなかった。その時の私はたくさんの思いが膨らんでいて、片付ける隙間もこれ以上入れる隙すら持っていなかった。だけど、なんだぁ、そんなことだったのかぁと言った感じで肩の力がふっと抜けた感があった。その横で、自分がすごいよぉと言う叫びと共に、青い心の宇宙を見て佇んでいた。"場所が変わったんじゃない、見る場所が変わったんだ"と言うことに気がついた。鼻から大きな新鮮で、新しい空気を大きく音を立てて吸い込んで、私は宇宙の一部になって、見た宇宙の入り口は自分であることが分ると、その日は静かに眠りについた。バタンッ、と私の気付かせるかのように、大きな音で開いた宙に浮かぶ扉は、今更潜らなくても、ただの枠組みだけにしか見えず、私の目の前は広がりゆく宇宙で、今に始まったかのような感じは全くない。幼き頃に戻った気持ちに似た感情にさせた宇宙は、ずっとずっと前からあるのだ。だけど、私はこの扉を今日、敢えて潜ろうと思う。ひとつの儀式として。
2008.05.13
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先日、Little Turnという本を読みました。羽はあるし、故障も見当たらない鳥、だけど、何かがおかしい。そう、その鳥は飛ぶことが、ある日突然出来なくなってしまったんです。その物語のその鳥は、最初の一ページ目からずっと、自分を映し出しているかのようでした。私は、事故に遭ったわけでもない。ですが、外に出られない。体がつらい。気分は蹴り飛ばせば、取りあえずはなんとかなるとしても、ただ、体がヒーヒー言ってる。実際に何か重い。とにかくバラバラという言葉がピッタリ。だけど、私は私。それは、何も変わらない。別にどこに行ってしまったわけでもないし、私は私でこの私。少しずつ、お腹の痛みは薄らいで来ています。腰は相変わらずな痛みはありますが、坐骨神経痛の痛みかな?言えば切りがないですが、手術した後なので喉や色んなところが痛んで当たり前なのかもしれません。今は、これらの痛みがきつくとも、口の中のメタルがあたる、それらの痛みとプレッシャーがかかっているような窮屈感の方が大きいので、気になっていないのかもしれません。熱は薬を飲んでないとまだ出ているということと、外に出ると大変疲れます。
2008.05.12
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名言集。
2008.05.12
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退院時に渡された処方された痛み止めを飲まないと熱がずっと出てる。朝起きて、昨夜電話があった歯医者さんの予約のことを考えた。手術もあったと言う理由で、日本への帰国は延びた。正直、ほっとした感がある。今、これを書いている私は腰のどんよりと重たいのと、声帯が枯れて痛んでしまっている喉のことを感じているはずなのだが、それプラスさらに、結構な痛みとUncomfortableな感覚が口の中に在る。帰国日が決まらなくて、延ばし延ばしになっていた矯正。もう今日にでも始めないとと言われてから、手術が入ったりして、あれから2週間も延びてしまった。昨夜入っていた留守番電話には矯正するなら、明日月曜日11時に来て下さい、とのことだった。他の歯医者さんに行ったら2年はかかると言われたけど、この歯医者さんは半年だけ矯正器具を装着し、大体動かした所で日本に帰国後はインビザラインかマースピースで大丈夫だと言うことで可能だということが分った。先生は、NYUで教えてると言ってた。矯正で有名らしくて、自分で探してた歯医者さんの中で一番電話の対応が良かったからコンサルテーションに3月行った。数人や他の知人が勧めてくれたのもここだった。悩んだあげく、腰を押さえて早起きして、なんとかマンハッタンに到着。グラセンの傍なので、バス停から少し歩く。だけど、その距離は大雨でバスも来る気配もなく、タクシーも並んでいた。だから、仕方なく歩いた。矯正するなら、インビザラインですることは決めていたんだけど、時間がかかるとのことで、超短期間で終らせたいなら器具を着けて下さいとのことで、前回納得した。もちろん、白いプラスティックの矯正器具を着けることだけを考えていった。けど、この2週間は大きかったから絶対メタルの方がいいですよ、と言われて、それも頑なに断り、少しお金は足すからプラスティックにして下さいと言い続けたけど、メタルと言うまでは始まることはなかった。なぜだ。。。だけど、ここで納得するしかなかったのにも理由があった。歯並びも、歯の健康状態もかなり良い方だった。だけど、アメリカに来る前に治療にいった病院で医療ミスをされた。歯はボロボロになった。健康な下の奥歯は2本、抜歯になった。日本に帰ったら、インプラントをする。その前に矯正をするのであれば、終えておきたかった。歯が歪みだしたのは、2年前から更にストレスで加速させていく。ボストンに引越してから、ハラスメントが一番の理由だろう。授業も、学外のことも私には片付けられないほどあったところに、そう言ったストレスはかなり大きかった。対処してる時間もなければ相手にしないようにしても、目の前に立ちはだかるから困った。そこで、ストレスは歯軋りを作り、その酷い大きさの音は本当に大きかった。家がギシギシと揺れてるかのような大きな音で、それに、色んな種類の歯軋りをしていることも、自分で知っている。猛スピードに加速するカチカチ、家を大きく揺らすようなギシギシ。酷い日には夢遊病の形跡があり、誰かがご飯を炊き、ご飯を食べてお茶碗とお箸がきっちりとシンクの中に片付けられていた。とにかく色んなことがあって、歯はボロボロになって私の顔までも変えてしまったようだ。私の家族、全員口を揃えて言ったことは出っ歯になったと。あと、下の歯を見せたらガタガタになってきたと言った。歯軋りを始めたのはその時が初めてではなかったが、あんなに酷くなったのは初めてだった。やっと寝付けて、歯軋りの音と金縛りの中、歯がボロボロになった夢が上映された時には泣きながらその金縛りになっている体の縄をひきちぎって目を覚ました。それから、眠るのが嫌になった。今は、そんなストレスから脱出してボストンも離れたので歯軋りさんとは当分あっていない。人に言われる前に、下の歯と少しだけ上の歯が出てることは自分で気付いていた。けど、やはり周りから見てもそうなのかと思った。トドメを刺したのはヘンリーの一言だった。どんな一言か忘れたがとにかく大げさな表現で酷いことをいった。おかげで笑うことが怖くなり、人に会うのが億劫になっていたのに、更に億劫にさせた。そこにしつこく、母方の祖母が手を口に当てて笑いなさいなんて言うから、余計に傷をついた。会うたびに言われる。そんなに私は出っ歯でしょうか?。そして、そんなに醜いのでしょうか?。友達が気にならないと言ってくれるのは、気をつかってくれるんだろうか。自分がみる鏡での感覚でしか分らないけど、歯は本当にまだこれから死ぬまで付き合っていくから、大切にしたい。そんな思いが今回の矯正を心に決めました。日本で、矯正をしながらの生活は難しいからだ。それにして、痛い。痛くて、眠れない。もうすぐ口の中がメタルの器具があったって、口内炎が沢山出来るだろう。痛過ぎて、また痛み止めを2錠飲むこむ。矯正を終えたあと、体の疲れが激しかったが、バスを待つ間少しだけ本屋さんによった。ギラギラした矯正器具を着けたばかりの私は、誰にも会うはずもないと思っていた。だが、こんな日に限ってびっくりするような再会があったりするものだ。それも、普段あうはずも無い人に。日本の音大時代の同級生、摩耶ちゃんにあった。大学3年の時に彼女は休学していたので、7年ぶりだった。矯正ってこんなに痛いものなのでしょうか?。喋るのも、何するのもいたい。奥歯の高さを少しあげてあるので、ご飯も食べられないし、何もしなくてもとにかく痛い。はやく慣れますように。楽しみにして毎日を過ごすことにしよう。
2008.05.12
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まだ、少し出血してる。金曜日に家の人が長かった出張から帰って来て、やっぱり家に人が居るのと、一人なのとは違うと思った。手術日から出張に出てから一切連絡をくれなかったから、一度くらい連絡くれてもよいのに、なんて拗ねていた私だったけど、別に無事に帰って来てくれたら、そんなことはどうでもよくなった。昨日は、まだ熱も出て、薬を飲んでぼーっとして、お腹が痛かったから、買い物に行ってくれた。そんなことはあったことがないので、すごく嬉しかった。けど、夕方、ちょっとしたことで泣かされてしまった。いつもなら、無言なんだけど、なぜか、今までみたことのない変わりようで、熱の出た私のおでこを撫でながら、ごめん。と謝って、分ってるねんでと私の涙を手で拭ってくれた。どうしたんだろう。5年にもなる付き合いではあるが、あんなのは始めてだったから動揺した。AB型だからか?と血液型のせいにでもして、自分を納得させることにした。
2008.05.11
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4日が経過した。熱が薬が切れると出てくると言う感じがする。電話もまだ出来ない程、喉が痛い。それに、力が入らない。パソコンもメールを見るくらいがせいぜい。両親からの心配メールには頑張って返そうと思っても難しかった。夜遅くなって、少し落ち着いた時に元気を装って電話した。本当は腰は崩れそうに怠いし、お腹はまだ痛んだ。夜は寝付けず、息苦しく、喉はガサガサ。ちょっとずつ、良くなって来てる。大丈夫。
2008.05.10
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