全31件 (31件中 1-31件目)
1

今年も大晦日、締めの一日となりました。我が家も昨日30日、家の門にしめ縄と松を飾りました。これにより正月ムードが一気に高まったのです。29日と31日に飾る事は縁起が悪いとされ、31日に飾る事を一夜飾りといい、迎え入れる神様に失礼であるとされているのです。松は常緑のためいつも栄えるとされているのです。 ウラジロ付きの輪飾りも一緒に。輪飾りは、わらの先を輪の形に結び、下をそろえて長く垂らし、それに紙垂(しで)をつけたもの。玄関にも正月飾りを。 和風のあまり派手でないものを購入。でもまだ派手?鏡餅。我が家の八畳の部屋の神棚には注連縄を 神棚も正月の準備が出来ました。元旦には榊を奉納します。榊は その名前の由来には、神が住まう聖域と人間社会との堺を示す木=「堺木(さかいき)」や、栄える木という意味の「栄木(さかき)」が転じたとする説など諸説があり、古くから神木として神社での神事などに用いられてきたそうです。この神棚も約34年、我が家を見守ってくれているのです。ウラジロとユズリハの上に橙を。 ウラジロはシダ植物門ウラジロ科で裏が白いシダ。鏡餅の下にも敷かれる事が多い葉。ウラジロは茎が伸び、毎年2枚の葉が出ます。年が重なるごとに新しいペアの葉が現れ、古い葉も枯れることがないため、夫婦ともに白髪の生える時まで長生きの意があるとされているのです。ユズリハは新しい葉が出ると古い葉が落葉することから家督継承の意があるのです。そして橙はもちろん代々末代まで繁盛の意味。我が部屋の入り口のドアにも輪飾りを。妻が、子供達の羽子板と矢飾りを何処から?か取り出し床の間に飾ってくれました。我が家にあって良いのでしょうか?(^_^) そして今年の我が家のいや私の『独断的十大ニュース(順不同)』です。1)長男の結婚式、披露宴2)365日夫婦元気で仲良く越年 3)同僚に恵まれ、元気に全国を楽くし『仕事で』駆け回る。4)初孫 立ちそして歩みへ5)旅友とのロシア サンクトペテルブルク、モスクワ9日間旅行6)趣味の養蜂拡大と菜園の継続7)ブログ365日毎日書き込み継続8)ブログアクセス回数 40万回越え いや たった今41万回突破9)日本百名城スタンプラリー 残り6城まで10)胃癌除去手術後丸5年目の検査合格、無事卒業でしょうか? 皆さん 本年は大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。良き新年をお迎えください。 そして元旦の朝は、妻と湘南海岸・江ノ島の初日の出の見物の予定ですが天候は如何に。
2014.12.31
コメント(0)

昨夕に、我が家に一斗缶が送られてきました。一斗缶の横壁は、中身から出る光でしょうか、黄金に輝いていました。 蓋には生・ナマモノの真っ赤な張り紙が。一斗缶の蓋を開けると、巨大な殻付き生牡蠣が溢れ出る程に。 長男のパートナーのご両親が今年も岡山から送ってくださったのです。岡山・牛窓産の殻付き生牡蠣。ごつごつした殻、白、黒の波打つ模様、そして荒々しく浮きつ立つ姿が見事。 更に黒と白の混じり合い、かつ非常に艶がありきれいな模様。何とも言えない美しさ。早速、妻がいつもの匠の技で殻を剝いてくれました。 ミネラルをたっぷりと含み、「海のミルク」と呼ばれるほど栄養豊富な牡蠣。その理由は、まずは、身が乳白色であるから。 色鮮やかな黒いひだをさわると縮むのは鮮度のよい証。 海のミルクと称されるのは主に「マガキ」と呼ばれる種類の牡蠣。レモン汁とケチャップでかぶり付いたのでした。そして牡蠣フライも楽しませていただいたのです。 今年の年末には、数々の方々から殻付き生牡蠣を送って頂きました。血液型B型夫婦を代表いたしまして感謝申し上げます。毎回、ポワーンと口の中に、強い磯の香とほんのりとしたレモンの香が広がっていったのです。噛みしめれば、海のミルクとされる、牡蠣のエキスが口一杯に満ち溢れていくのが実感できたのでした。ご馳走様でした。 ありがとうございました。『牡蠣食えば 舌が鳴るなり B型夫婦』 そして翌日も。
2014.12.30
コメント(3)

またまた私のオモチャを買ってしまいました。超軽量・小型のスティック型PC。液晶テレビやディスプレイのHDMI接続で最新のWindows 8.1 Updateを使用することが可能なのです。 箱の蓋を開けると 『mouse computer』 と表示された黒い塊が。手のひらに収まるサイズまでPCを小型化し、ポケットに入れて持ち運べるサイズ。 箱の底には、電源供給に使用するUSBケーブルとACアダプター、およびコネクタ周辺の干渉を避けるHDMI延長ケーブルが同梱されていました。 マウスコンピューターのスティック型PC 「m-Stick MS-NH1」。外形寸法は驚きのW100×D38×H9.8mm。重量もわずか44g程度。1cmに満たない薄さ。左からUSB2.0端子、microUSB端子(電源供給用)、電源ボタンが並ぶ側面。中央には排気用のスリットも。USB端子は1系統のみなので、そのままでは入力デバイスを一つしか接続できない。廉価な無線LANキーボード、マウスを同時に購入。USB端子に、キーボード、マウスに付属している無線LAN子機を挿入。我が家のテレビのHDMI端子は余っていないので、HDMI切り替え器にて分岐。 そしてマウスコンピューターをON。順調に初期設定が進みました。テレビはSHARP製のAQUOS LC-42GX5。 Microsoftパスワードを入力。 そして無事に初期設定完了。 MS-NH1のCPUは動作クロック1.33GHzの「Atom Z3735F」。インテルのモバイル向けCPUの定番モデルだが、4コアを内蔵しているため思いのほか処理能力は高い。メモリはDDR3L-1333となり、2GBをオンボードで実装。ストレージは32GBのeMMC。実際に利用できるのは25GBほどとなるため、容量は少々心もとないため、自宅にあった16GBMicroSDカードを挿入。有線LANは搭載していないが、Realtek製のIEEE802.11 b/g/n対応無線LANおよびBluetooth V4.0を内蔵しているため、一度設定してしまえばネットワークも入力デバイスもワイヤレスで自由に利用できる優れもの。Windows8.1の巨大なスタート画面が我が部屋の42インチテレビ画面に。デスクトップ画面。 そして我がブログの巨大画面。 何しろWindows搭載機としては過去に類のない小型サイズ。HDMIケーブル切り替え器にぶら下げたので、リモコンでインターネットと地上・BS&CATVテレビ放送を即時に身体を移動せずその場で切り替えられるのである。つまり,いつでもテレビ画面がWindows 8のデスクトップに変わるのである。ちょっとWebでニュースをチェックしたい、あるいはYoutubeの映像を大画面テレビで楽しみたいといった際等に重宝する事まちがいなし。極端なまでの小ささによってこれまでになかったスタイルや場所でWindowsが利用できる点が最大の特徴。価格も安価なので、とりあえず買ってみて、いじくり回して遊んで見たかったのである。
2014.12.29
コメント(0)

12月中になり、海の幸が九州・伊万里から送られてきました。こちらは天然の牡蠣が発泡スチロールの箱に入って。伊万里の親友が自ら採取された殻付き生牡蠣。 そして先日は仙台のこれも大切な方より。 ホタテ、生牡蠣。 そして更に鮑までも。 早速、妻が匠の技を駆使して。大きな生牡蠣。 ケチャップとレモンにて。 一に新鮮。二に安全。三、四がなくて、五に・・・満足! そしてこちらは鮑のステーキ。食感も味わいも、満足感バッチリのステーキ、至福の時間だったのです。 あわびは刺身も美味しいですが、熱を通してムチムチとした独特の食感や深い旨味を味わうのも最高。一度食べたらヤミツキになる我が家のシェフの「鮑ステーキ」 。ところで牡蠣にあたる要因となるものは主に3つとのこと。以下 ネットよりの転載です。(http://matome.naver.jp/odai/2135035671799393901)1.ノロウイルス 2.有害プランクトン>貝毒 3.大腸菌、腸炎ビブリオ等の細菌主に問題になるのは1と2とのこと。面白いことに数あるノロウイルスのなかで、ある型は血液型がA型の人には感染しやすいが、B型の人にはまったく感染しない。又、ある型はO型の人には感染しないということが解ってきました。これらが同じカキを食べてもアタル人とアタラナイ人の一要因です。ノロウイルスには何種類か存在するのですが、一般的にノロウイルスの中のノーウォークウイル(NV/68)のことをさして言います。このノーウォークウイルス(NV/68) に限っては、血液型B型の人には感染しないのです。なぜなら、レセプターと言われるウイルスがくっつくための結合部位があるのですが、それがノーウォークウイルス用のレセプターがB型の人にはありません。我が夫婦は二人とも血液型がB型。よってノロウイルスには強い夫婦なのです。次は何処から牡蠣が到着するのでしょうか?(^_^)
2014.12.28
コメント(0)

秋田空港から羽田空港への帰路。 出発前に翼に積もった雪を除去していました。飛行機の翼というものは揚力を発生させるために、上面をクリーンにさせておく必要があるのです。翼の上に雪や氷が堆積すると翼の断面の形状が変わってしまい、それだけで十分な性能が得られないばかりでなく、墜落の危険もあるのです。 下に落ちた液体が泡立っていましたので、単なる水ではなく航空機用の液体なのでしょう。離陸後は暫くは雲で陸地は見えませんでしたが、雲が切れると下に福島空港が。そして蛇行する阿武隈川も。 那須岳とマウントジーンズ那須スキー場。 筑波山。 利根川とその先に手賀沼。 千葉港と左側にJFEスチール東日本製鉄所。2本の煙突はコスモ石油千葉製油所。 遠く富士山の姿が。 大規模太陽光発電。 東京湾アクアライン。 そして羽田空港に無事着陸。横では飛行機のタイヤ交換が行われていた。
2014.12.27
コメント(0)

秋田空港の国内線ビルエスカレーター前で天井まで届くほどの迫力のある巨大ななまはげのオブジェに出会いました。大晦日の晩、それぞれの集落の青年たちがナマハゲに扮して、「泣く子はいねがー、親の言うこど聞がね子はいねがー」「ここの家の嫁は早起きするがー」などと大声で叫びながら地域の家々を巡ります。秋田・男鹿の人々にとってナマハゲは、怠け心を戒め、無病息災・田畑の実り・山の幸・海の幸をもたらす、年の節目にやってくる来訪神。ナマハゲを迎える家では、昔から伝わる作法により料理や酒を準備して丁重にもてなすとのこと。そしてこの巨大なまはげは数秒おきに目が赤く光るのでした。ことらは青い角のなまはげ。冬、囲炉裏で長く暖をとっていると、手足に火型(火斑)ができます。これを方言で「ナモミ」と言い、怠け心を戒めるための「ナモミ剥ぎ」が「ナマハゲ」になったと言われているとのこと。 こちらのなまはげも右手に神のしるしとしての「御幣(ごへい)」を付けた杖を持っていました。こちらは右手の出刃包丁を振り上げて。左手には桶が。桶を何に使う? 正解は剥いだ皮を入れる容器と。こちらは赤い角のなまはげの暖簾? そして売店内には竿灯も。8月3~6日の夜、秋田市などで行われる七夕祭りの行事。たくさんの提灯をつけた竹ざおを肩・額・腰などにのせて練り歩き、その技を競い合う祭り。 能代役七夕のシャチの灯篭。 能代の伝統的な夏の行事。8月6日はシャチの灯篭が太鼓や田楽やお囃子と共に市内をねり歩くと。8月7日は灯篭の頭頂にあるシャチを川に焼き流すのだと。 各種『あきたびじん』のポスターが貼られていました。 「あきたびじん」と読めますが実は秋田県の「あきたびじょん」ポスター。『よ』が小さく書かれているのを発見。
2014.12.26
コメント(0)

秋田から鰰(ハタハタ)が送られて来ました。発泡スチロールに入り、クール宅急便にて。 秋田県男鹿産との表示ラベル。 ビニール袋に入り大量に。 「ハタハタ」は古語では雷の擬声語で、現代の「ゴロゴロ」にあたるとのこと。秋田県で雷の鳴る11月ごろに獲れるのでカミナリウオの別名でも呼ばれ、漢字では魚編に「雷」で「鱩」と書くのだと。また、冬の日本海の荒波の中で獲りにいくことが多いから「波多波多」と書くこともあると。ほか、漢字では魚編に「神」で「鰰」とも書くのであると。 こちらは雌のハタハタ。全長20cm程度。体は体高が高く、左右に扁平でうろこがない?魚。まだまだ眼が新鮮で口を突然開きそう。 早速、塩焼きで。 ハタハタの卵『ぶりこ』 。漢字にすると鰤子。なぜハタハタの子なのに「ブリの子」なのかネッで調べてみました。『一説は、関ヶ原合戦の後秋田に移封してきた佐竹氏によるものとする逸話。佐竹公が秋田の藩主になって以降、ハタハタがよく獲れるようになったとして、ハタハタを【サタケウオ】とも呼んだらしい。ところが藩主の佐竹義宣はハタハタの乱獲を心配し、資源を保護するためにハタハタの卵を採取するのを禁じた。でも冬になればそこら中の海岸に打ち上げられる「天の恵み」、地元民にとっては。子供らは口に入れて遊んだりもしていたと。よって殿様を誤魔化すために、「ハタハタの子ではなくブリの卵である」と言い逃れるようになった。面白い話ではあるが、少々無理がある「話」。異説にはこんなものも。卵同士が強い粘着力で互いにひっついて離れない。なので「離れない子」、つまり【不離子】(ぶりこ)と呼ばれる。』とのこと。ぶりこを取り出しました。12月も半ばを過ぎると、ぶりこは硬くなるのだそうです。そうしたぶりこのみを煮付けた料理というのが秋田には昔からあるようです。しょうゆ、酒、さとう、酢などで味つけすると。口の中に入れると、ものすごい弾力がわかったのです。ブチブチプリプリと音がしたのでした。煮魚でも。脂が乗って美味しいハタハタのバター焼き。そして大根、昆布と共に。 そして妻が、一夜干しに。 内臓とえらを取り出し、中を良く水洗い。好みの濃度の塩水に一昼夜ひたします。そして半日程度天日干しを。以上は妻からの作業情報です。一夜干しを焼くとご飯のお供、酒の肴に申し分なし。 秋田名物ハタハタの旬はいつ?と聞かれたら、「今でしょ!」 。新鮮なハタハタをおおいに楽しんだ連休なのでした。
2014.12.25
コメント(1)

五所川原から、雪の中を同僚の運転のレンタカーで秋田市に向かう。久保田城前のホテルへのチェックイン後は夕食、そして散策へ。ここ秋田の街の中にもイルミネーションがあちこちに。 まずは腹ごしらえ。比内地鶏(ひないぢどり)の店 本家あべや 秋田店へ。比内鶏は、秋田県北部の米代川流域を中心に、古くから飼育されてきた家禽。天然記念物として指定されている。また一般に食用として流通している品種を比内地鶏というのであるとの説明書きが。純和風の落ち着いた和紙照明の店。 飲み放題付きのコースを注文。比内地鶏造り。 比内地鶏焼き鳥。 秋田美人豆腐。 いぶりがっこ。 長芋の千切りと和製キャビア・とんぶり。比内地鶏きりたんぽ鍋。 芹が美味しいので追加オーダー 。そして街中を散策。クリスマスに向けて、街のあちこちでイルミネーションがきらめく季節。こちらは秋田市中通の『エリアなかいち』のクリスマスツリー。青く輝く大きなツリーが目を引いたのです。エリアなかいち内のにぎわい交流館とにぎわい広場のイルミネーション。 広場では「光のファンタジー」という名のイルミネーションが輝いていた。 鹿や他の動物のイルミネーションも美しかった。ツリー周辺の敷石をよく見ると、ところどころに埋め込まれたライトが丸く光っていた。赤や緑や白など光の色がグラデーションのように刻々と降り積もった雪の下で変化していて、面白かった。 幻想的な緑。窓に映ったイルミネーション。 エリアなかいちマスコットキャラ、与次郎もサンタクローススタイル。久保田城を築いた佐竹義宣に飛脚として仕えた老狐。 美術館前のイルミネーション。ホテルのクリスマスツリー。 そして翌朝の部屋からの眺め。久保田城のお堀は真っ白に完全凍結。
2014.12.24
コメント(0)

この日は青森空港行きの早朝飛行機に搭乗のため、羽田空港近くにホテルに前夜泊。早朝の我が部屋からの眺め。ホテルのバスにて羽田空港に向かう。多摩川沿いを走る。 日の出。羽田空港第1ターミナルの壁にも陽光が。 国内最高の高さとなる116mの新管制塔にも朝の陽光が。 駐車場ビルの間から朝の太陽が。 利用飛行機は青森空港の気象条件によっては羽田空港へ戻るという条件付き飛行で出発。前日は雪と強風により全便欠航していたのだった。 離陸し暫くすると眼下に手賀沼が。自衛隊 百里基地。 那須烏山市 那珂川付近か? 郡山市上空。 そして雲が一面に。ウトウトしていると青森市上空へ。 堤川と陸奥湾岸。 下北半島・夏泊岬上空で旋回。青森空港滑走路は未だ除雪中であり、ここを旋回し許可を待つとの機長のアナウンスあり。 津軽半島・新城川。 青森市中心部。青森県観光物産館アスパムも確認できた。「青森」の頭文字である「A」をかたどった三角形の外観が特徴。 そして新雪に我が飛行機の陰が、ズームで撮影。 そして定刻の10分遅れで青森空港へ無事到着。 意外に積雪量は少ないと感じたのであった。 到着時間ボード。 空港ロビーにはクリスマスツリーも飾られていた。 そして浪岡五所川原道路をレンタカーにて五所川原へ向かう。 五所川原郊外の克雪ドームが前方に。 そして市内2カ所に年末の挨拶を終え、昼食へ。五所川原マルコーセンター「市場中食堂」で“やってまれ丼”に舌鼓。 市場内で買ったネタをそのまま丼の上にのせて食べられる海鮮のオリジナル丼。マルコーセンターの“やってまれ丼セット”は十三湖名物のしじみ汁が付くのが特徴。これで一式950円。新鮮な『やってまれ丼』に満足し、午後の仕事場に向かったのであった。
2014.12.23
コメント(0)

レインボーブリッジも虹色に輝いていた。 レインボーブリッジを潜り東京湾に出る。お台場 フジテレビ本社ビル。外観で際立つ2棟のビルの間にそびえる球体は展望台そして青色ダイオードで輝いていた。 年末年始限定で行われる「スペシャルライトアップ」。屋形船はこの付近で30分あまりの停泊。 屋形船の窓を開けると、海鳥が餌を求めて。 第三台場付近からのレインボーブリッジ。気がつくと、レインボーブリッジの向こう側には東京タワーがオレンジ色に。宴もたけなわ。 勝鬨橋のライトアップ。アーチ部分をグリーンのライトで構造美を浮かび上がらせ、水平部は橋の線を強調するためにブルーにライトアップ。スカイツリーも輝いていた。 3層にわかれた東京スカイツリー天望デッキ付近。スカイツリー頂上付近。ゲイン塔と呼ばれ、ここから地上デジタル放送6局の電波が送信されているのです。アサヒビールタワービルの外壁ににスカイツリーのライトアップされた姿が映っていた。吾妻橋まで戻り、アサヒビール(株)の『・・・』に再会。吾妻橋の下部構造部の赤の輝きも見事。 約2時間の屋形船での感謝の宴をお開きにし、下船。再び浅草寺の再散策のため雷門へ。仲見世通りの人影は既に少なく。 宝蔵門と五重塔もライトアップ中。 デザインは、あの有名な照明デザイナーの石井幹子さん。朱色を最大限に活かす光源と、省エネルギーを配慮した設計とのこと。 金色に輝く五重塔。宝蔵門・仁王尊像…右側の「吽形像」。昼間はお顔が見え難く、金網が邪魔しうまく撮れないが、ライトアップされると、その表情をバッチリおさめることが出来たのです。 阿形(あぎょう)像。 本堂も朱と黒の静かな対比が見事。 金と朱の競演。 仲見世シャッター壁画「浅草絵巻」。仲見世通り、東西約400m余にわたり、浅草草創からの歴史を語り、四季折々の伝統行事を繰り広げる「浅草絵巻」。 平成元年に完成し、「仲見世通り」のもう一つの顔として 夜のたたずまいを優雅に醸し出し、その存在は20年の永きを経て今や内外に広く知られ、訪れる人の目を楽しませてくれるのです。 そして神谷バーに立ち寄る。神谷バーの住所は浅草1丁目1番1号。観光客でにぎわう雷門と東武鉄道浅草駅の間の、まさに浅草のど真ん中にある。現在の神谷バーのビルは1921年(大正10年)の完成で、国の登録有形文化財になっているのである。 テーブルに座り電気ブランを注文。電気ブランはブランデーをベースに、ワインやジン、ベルモットなどをブレンドしたリキュール。その配合割合は今も秘中の秘だと。あたたかみのある琥珀色、ほんのりとした甘味の電気ブランを3杯楽しみやや頭を『ブラン ブラン ブラン』にして帰路へとついたのであった。
2014.12.22
コメント(0)

この日は、長年お世話になった会社の先輩が12月末日をもって御勇退されるので感謝・慰労の宴を浅草から出る屋形船で行いました。私は都内の出張先から直接浅草に向かいました。早めに着いたので浅草散策。アサヒビール(株)本社ビルと東京スカイツリー。 浅草、雷門。宝蔵門。雷門大提灯と志ん橋大提灯(本堂)との間に、「小舟町」大提灯が宝蔵門に掛っていました。五重塔。徳川3代将軍家光により本堂・仁王門などと共に建立された国宝五重塔。本堂。 宝蔵門の本堂側。 そしてこの日に乗るであろう屋形船を確認。 夕焼けも美しかったのです。 スカイツリーの勇姿。 アサヒビール(株)の屋上の有名なモニュメント。 18時に屋形船に乗船。何とか全員9人、出船に間に合いました。 黄色の『・・・』 がライトアップされ微妙な姿!!出港しこの日の宴会の開始。 飲み放題、天ぷら食べ放題の8000円コース。 寿司も付いていました。 まずは腹ごしらえ。 隅田川に架かる橋も様々な色にライトアップ。 「新大橋」のライトアップ。緑の線に黄色の橋柱が印象的で、ライトが川に反射してまるできらきらしたエメラルドの如し。ブルーがひときわ映える永代橋のライトアップ。この日は5グループの集団クルーズ。 長年、ご指導頂き、お世話になった先輩への感謝の宴。 ららぽーと豊洲のショッピングモール裏のドックのクレーンも美しくライトアップされていた。
2014.12.21
コメント(0)

秋に同僚達と我が農園にて芋煮会を行いましたが先日、高校時代の学友と今年2回目の芋煮会を行いました。毎年、この農宴を行っていましたが、今年は11月末に長男の結婚式があるため今年はパスするつもりでいましたが、学友達の強い要望のメールもあり寒い中での実施となりました。いつものように、我が農園の前にブルーシートを敷き、併せて今回は風よけのブルーシートも設置しました。 11時過ぎにはほぼ参加者も集まり調理開始。今年も二人のマドンナも参加してくださいました。マドンナの一人のご主人は南米へお一人で旅行中と。大会社の社長も調理に活躍。秋刀魚を焼く大学教授。 伊万里の親友からいただいたイノシシの肉も。妻が前日、薄く切り準備してくれていました。 今年の夏に周囲の木々が無くなってしまったの、風通しが良くなってしまったのです。 日本酒は、開いた缶ビールの中に入れ熱燗に。 今年も、近況について和気藹々あの会話。 遅れてもう一人の大学教授も到着。 醤油仕立ての芋煮も。 まるでホームレスの集まりに間違えられても不思議ではない・・・・・・????。皆で芋煮を楽しみながら思い出話や近況報告。 仕上げは焼きそば。 風が強くなり、別の場所に避難。 来年のこの場所での再会を約束しての記念撮影。 仕上げはイチゴ。 そして翌朝、片付けに行くと既にビニール袋の中身が散乱。今年もネコかカラスの仕業か? そして兵どもが夢の跡の片付け終了。 私の陰も一緒に。 この日の朝の我が農園からの白き富士山。
2014.12.20
コメント(0)

今年も養蜂場のある菜園で栽培していた宇宙芋(エアポテト)の収穫を行いました。宇宙芋(エアポテト)は、めずらしく空中にぶら下がるムカゴが、隕石のような表面と形をしていることから「宇宙いも」とか「エアーポテト」と呼ばれているのです。 「宇宙いも」は、スーパーでは売っているところをほとんど見た事がありませんので、まだまだ市場に出回っているものではありません。大小、50個ほどの宇宙芋が収穫できたのです。収穫した宇宙芋は、熟した感じで少し柔らかくなり、皮をむいてみると黄土色をしているのです。
2014.12.19
コメント(0)

近くのJA『わいわい市』に行ってきました。店内には、この時期多くの種類のシクラメンが販売されていましたので写真を撮って来ました。クリスマスの花、シクラメン。この花を見ると、小椋佳の歌う♪♪真綿色したシクラメンほど~~~♪♪と歌いたくなるのです。赤いシクラメン。濃いピンクの花の下部に白が遠慮気味に。最近は品種改良が進み、様々な色合いが登場しています。 『真綿色した シクラメンほど 清しいものはない 出逢いの時の 君のようです ためらいがちに かけた言葉に 驚いたように ふりむく君に 季節が頬をそめて 過ぎてゆきました うす紅色の シクラメンほど まぶしいものはない 恋する時の 君のようです 木もれ陽あびた 君を抱けば 淋しささえも おきざりにして 愛がいつのまにか 歩き始めました 疲れを知らない子供のように 時が二人を追い越してゆく 呼び戻すことができるなら 僕は何を惜しむだろう うす紫の シクラメンほど 淋しいものはない 後ろ姿の 君のようです 暮れ惑う街の 別れ道には シクラメンのかほり むなしくゆれて 季節が知らん顔して 過ぎてゆきました 疲れを知らない子供のように 時が二人を追い越してゆく』 呼び戻すことができるなら 僕は何を惜しむだろうしかし、実際のシクラメンはほとんど香りがしないのです。最近は芳香シクラメンが、日本の生産者や育種家らの手によって育成がされ販売されているとのことです。
2014.12.18
コメント(0)

朝の寒さが厳しくなってきた今日このごろ、我が家の隣にある趣味の菜園も朝霜で真っ白になる日々が多くなってきました。5cm程の霜柱も。ウィキペデイアによると『霜柱の発生メカニズムは次の通りとされる。 気温の低下によりまず地表の水分を含んだ土が凍る。一方、凍っていない地中の水分が毛細管現象で吸い上げられるが、地表に達すると冷えた空気により冷やされて凍ることを繰り返し、霜柱が成長する。』と。ブロッコリーの葉にも美しい芸術作品が。なぜこの様に針状の結晶が出来るのでしょうか?春菊の葉には一面に白く。既に12月も半ばを過ぎ、新年まで2週間。今年の冬は暖かいと思っていた矢先、昨日は嵐のごとき霰(あられ)が降り、小一時間ほどで降り止んだのです。文字通り、【露往霜来】(ろおうそうらい)の日々なのです。
2014.12.17
コメント(0)

我が社の関西支社に前夜泊にて出張してきました。肥後橋にあるホテルにチェックイン後、関西支社の同僚に案内され3人で御堂筋のイルミネーション見物に行ってきました。大阪フェスティバルホール玄関前もイルミネーションで飾られていました。大阪市庁舎正面イルミネーションファサード 大阪市庁舎の正面も、きらびやかなイルミネーション。ひろがる絆をコンセプトに、大阪らしい“人と人とのつながり”を光の線で表現し、末広がりの八角形の中心に「大阪・光の饗宴」のロゴを配置しているのであった。淀屋橋から御堂筋方面。 大阪市役所横の中之島イルミネーションストリート。 大阪市中央公会堂もライトアッップ。 そしてUターンして再び光のトンネルを歩く。 OSAKA光のルネサンスのポスター。 日本銀行 大阪支店。 土佐堀川の水面の光も美しかった。 御堂筋 イルミネーション。御堂筋イルミネーションは今年、難波西口交差点まで延伸し全長約3kmの距離をイルミネーションで輝かせ、世界に類をみない光の道を創出。歩道側のイチョウ並木はエリアによって異なる5色のイルミネーションで、緑地帯のイチョウ並木は「桜」をモチーフにしたイルミネーションで装飾。 淀屋橋odona前 の「LOVE LOVE OSAKA」。ハートが重なり合ったモニュメント。住友ビルディング本館裏のイルミネーション。今年の話題の青色LEDが輝いていました。
2014.12.16
コメント(0)

会社の定時後、同僚を誘って中目黒のイルミネーション、「青の洞窟」を見学してきました。会社の前から渋谷駅のバスに乗り、10分ほどで中目黒駅で下車。駅前の木々のイルミネーション。中目黒GT(ゲートタウン)の樹木を柔らかなひかりで飾るイルミネーション。 山手通りの反対側には青のカーテンのイルミネーションが。 そして目黒川の『青の洞窟』。春のお花見で有名な東京・中目黒の目黒川に、『青の洞窟2014』と呼ばれる全長500m、往復で1kmに渡り、壮麗なブルーのイルミネーションが施されているのでした。 桜の木に灯された光と、目黒川に反射した光で、まさに青に包まれて。折しも、衆議院選挙に立候補中のドクター中松氏が選挙カーの助手席に乗って登場。 我が同僚の女性も握手に感激?以下、青の世界をお楽しみください。 どの様にLEDランプを巻き付けて行ったのでしょうか? 高所作業車をフルに活用?約40万球の電飾を使用しているとのこと。 折しも、ノーベル賞の授賞式がスウェーデンの首都ストックホルムで行われ、青色LEDの開発に成功したとして、赤崎勇さん、天野浩さん、中村修二さんの3人に物理学賞が授与される姿が各放送局で放送されていますが、残念なニュースが。以下 ニュース記事からの抜粋です。『「Nakameguro 青の洞窟」は、「青の洞窟」をイメージして目黒川沿いを装飾したイルミネーションは、12月6日(土曜日)の混雑状況を受け、安全配慮のため12月7日の点灯を急きょ見合わせた。土・日曜日の点灯の再開に向け、警備体制の強化などを行政も含め協議していたが、来場者の安全確保ができないことから、混雑が予想される日程での開催に関しては点灯を見合わせることとなった。点灯を休止する日は、点灯期間内の土・日曜日および祝日で、12月13日・14日・20日・21日・23日となる。なお、これらの日を除く平日に関しては、安全に配慮の上、開催予定とのこと。平日の点灯は引き続き実施されるものの、実行委員会は「点灯後お客様の安全確保が難しいと判断した場合、急遽消灯する可能性もあります。』と告知したと。
2014.12.15
コメント(0)

『鎌倉散策 目次』👈リンク長谷寺、鎌倉オルゴール堂を後にし、海蔵寺へ向かう。途中、道路左手の寿福寺の紅葉に眼を奪われた。 寿福寺の総門。寿福寺は臨済宗建長寺派の寺。この寺は鎌倉五山の第三位。この地は、昔、奥州征伐に向かう源頼義が勝利を祈願した云われる源氏山を背にした源氏家父祖伝来の地である。また源頼朝の父・義朝の居館があった所。源実朝、北条政子の墓と伝えられる五・・・扇ヶ谷のJR横須賀線ガード近く亀ヶ谷坂の入口に、源頼朝の娘大姫の守本尊を祀る岩船地蔵堂が。守本尊とされる石造地蔵尊(岩船地蔵)は、舟形光背をもつもので、岩船地蔵の名の由来となっているのだと。鎌倉武士の衣装を纏った二人の男性を発見。 海蔵寺前の紅葉道にたどり着く。紅葉道の脇の小川には、様々な色合いの落葉したモミジ葉が。 陽光を浴び輝く竹林の背景に赤の色が映えていた。 鐘楼。 海蔵寺本堂。海蔵寺は扇ガ谷(おうぎがやつ)にある臨済宗建長寺派の寺院。山号は扇谷山(せんこくざん)。本尊は薬師如来。 寺の裏手の岩を刳り貫いた洞の中には赤い鳥居が。そして天井からは多くのシダがぶら下がっていた。 再び鐘楼前の紅葉。 紅葉もすばらしいが、四季折々の花も美しい人気の扇ヶ谷最奥の寺。 門前にある底脱の井に浮かぶモミジ葉。安達泰盛の娘がここで水を汲むと桶の底が抜けてしまっったと。ここから悟りを得たため、この名となったとのこと。井戸の底ではなく、心の底が抜けて悟りが開けたというありがたい井戸であると。 人のいなくなった海蔵寺山門をこの時にと。 様々な色のモミジ葉の芸術作品。 海蔵寺を後にし、来た道を戻り 神奈川県立近代美術館鎌倉館に辿り着く。この美術館を眺めるのは、十数年?ぶり。平家池の紅葉。この平家池には四つの島が。そいて源氏池には三つの島が。これは源氏の発展を願う「産」と平家の滅亡を願う「死」をかけたものであったといわれていると。なるほど、またまた勉強になりました。 鎌倉八幡宮はかなりの参拝者がひっきりなしに。 旗上弁天社入り口の橋より。源氏池の鴨?。 何と言う樹木であろうか、紅葉の色の波動が見事。ハナノキ??源氏池に映り込んだ紅葉の姿も感動的。 太鼓橋の両側には橋が架けられているが、当初は左側の橋のみだったとのこと。太鼓橋の左側の池を「平家池」と呼ぶが、「平家を踏みつぶす」という意味で架けられた橋であったらしい。後に右側の橋も架けられたと。現在は柵で締め切られているが昭和時代までは自由に通行可能できたと。 こちらは黄葉。 参道の中央に一段高く造られたのが段葛で、若宮大路の造営と同じ時期に造られたものと。しかしこの日は工事中で立ち入り禁止中。 改修工事は、参道を支える石積みにたるみやひび割れが目立つようになったことや、大正初期の改修で植えられた桜の老化が進んだことから行われるもの。工事は2016年3月までの予定とのこと。昭和初頭の若宮大路の絵画を発見。 赤い太鼓橋近くの鎌倉彫り店の駐車場で見かけた大看板。突き当りに、三の鳥居と今は無き大イチョウが描かれているのです。杉養蜂所内では多くの観光客が試食中、もちろん私も。 そして小町通りを歩く。 そして鎌倉駅に到着。 横須賀線、東海道線、小田急線を乗り継ぎ、鎌倉散策を終了し帰宅したのであった。 ・・・もどる・・・ ・・・END・・・
2014.12.14
コメント(2)

『鎌倉散策 目次』👈リンク長男の結婚式の翌日は、妻と鎌倉散策・紅葉見物に行ってきました。やはり我々夫婦二人は「紅葉の時期」なのでしょうか。何故か紅葉が気になる二人なのです。長谷駅までは、江ノ電にて。海岸線に出ると江ノ島の姿が現れました。 そして長谷駅で下車。 長谷寺に向けて歩き出す。長谷寺入り口の交差点を左折。 鎌倉オルゴール堂。鎌倉市で唯一のオルゴール専門店。 長谷寺(はせでら)に到着。長谷寺は、浄土宗系統の寺院。山号を海光山、院号を慈照院と称し、長谷観音と呼ばれているのです。御本尊は十一面観音。山門の前には見事な老松が。山門に赤い提灯が掛かっていて長谷寺と書かれていました。そう言えば浅草観音の浅草寺にも雷門に赤い大きな提灯が掛かっています。 境内は紅葉の真っ盛り。 長谷寺の山門をくぐった先には、左に妙智池、右に放生池とふたつの池が。こちらは放生池。鎌倉の銀杏は今がピークの紅葉。 モミジの下には多くの観光客がカメラを空に向けて。 地蔵堂の近くには、卍池という小さな池が。「卍」(まんじ)は幸運のシンボルなのだと。たくさんの小さなお地蔵様の像が置かれていました。 千体地蔵と呼ばれているとのこと。観音堂。長谷寺のご本尊は木像の十一面観音菩薩立像。像高が9.18メートルもあり木像としては日本有数なもの。観音堂に一歩足を踏み入ると、その大きさに圧倒されたのです。上境内の見晴台よりの材木座海岸。きらきらと光る鎌倉の海にヨットが。 ズームすると葉山マリーナも見えました。鎌倉の長谷寺の四天王。手前の巻物をもっているのは広目天か? 「経蔵」の中に入る。 経蔵内の輪蔵を1回転させると、一切経(いっさいきょう)というありがたいお経を読んだのと同じ功徳があるといわれているのです。輪蔵を回してみたい欲求がありましたが、禁止とのことで、ここは我慢して「摩尼車」を回して来ました。上境内から宝物館の脇をさらに上へと眺望散策路を登る。手前が由比ヶ浜海岸で向こう側が材木座海岸。観音堂の屋根とモミジ。 かきがら稲荷。721年(養老5年)、徳道によって彫られ、行基によって海に流されたという長谷寺の十一面観音像は、体に付着した「かきがら」の導きで三浦半島の長井の浦に流れ着いたと伝えられている。阿弥陀堂の阿弥陀如来像。弁天堂 千手観音。和み地蔵。和み地蔵の笑顔をみていると、ほっとする気分にさせてくれたのです。まさに癒しのお地蔵さん。慈光殿・枯山水庭園そして長谷寺を後にして、再び鎌倉オルゴール堂内部に入る。 ステンドグラス風のランプ。京浜急行バスのレトロ調バス「京急りんどう」は鎌倉駅と大仏の間を運行。 ・・・つづく・・・
2014.12.13
コメント(2)

11月29日(土)に長男の結婚式を都内のホテルで執り行いました。ホテル、控え室から見えた風景です。 そして控え室。 このブログで結婚式の様子を掲載することは出来ませんが100名弱の皆様にご臨席賜り、素晴らしい、賑やかなそして心温まる結婚式、披露宴となったのでした。披露宴中は、夫婦にてお客様への挨拶回り他で忙しい時間がすぎたのでした。結びの私のスピーチも家族からほぼ合格点をもらいましたのでやれやれ。長男夫婦には、お互いに、思いやり、いたわり合い、助け合うという「あつき」心を持ち続けて、二人の「夢」に向かって「歩み」続けて行って欲しいのです。 そして帰路は東京駅まで徒歩にて。内堀通りを左折。銀杏も紅葉していました。 紅葉した銀杏の木々の横を歩きながら、自らの人生を顧みて、若葉、青葉そして紅葉の過程を想い浮かべながら、今は「自分は紅葉の時期であろうか」と。自分の本当の色を出せるのは、誰もが緑の葉の時期ではなく、年を重ねて人生の日々を積み重ねてきた時期なのかもしれない。人生を重ねてこの秋の時期を迎えると、見かけではない本質的な人間としての美しさが表れるのではないかとも。そして周囲の人々は自分をどんな色合いであると見ているのであろうか・・・とやや感傷的になっている自分に気がついたのでした。 道路は黄色の絨毯の如し。 和田倉噴水公園とその先には結婚式を行ったホテル。 昭和36年に天皇皇后陛下ご成婚を記念して作られた公園。 東京駅。ドーム型の屋根を持つ赤煉瓦の駅舎は、大正ロマンを彷彿とさせ、訪れる人を魅了しているのです。結婚式、披露宴の疲れと、無事完了したという安堵感も重なりグリーン車を利用し、娘家族と共に各家路へと急いだのでした。
2014.12.12
コメント(0)

香嵐渓から車で1時間ほどの小原・四季咲き桜の川見四季桜の里に到着。 今が盛りの濃いピンクの桜と赤のモミジのBEST MIX。 山全体に1200本の四季桜と紅葉のコントラストが広がっていました。 桜と紅葉のコラボで不思議な空間に迷い込んだような気分。 小原の四季桜は、豊田市小原北町の藤本玄碩という医師が文政年間内の始めに名古屋方面から苗を求めて、植えたのが親木となって、広まったものと言われいつのです。 マメザクラ×エドヒガンの種間雑種と考えられ、花は一重の白又は淡紅色。夏の間に充実した花芽が秋から冬にかけて順次咲き、小さい花芽は冬を越して3月中頃から咲き始めるのだと。そのためか春は花と同時に葉が出て、花の数も秋に比べてかなり少ないのだと。 小原全体では約1万本の四季桜があり、 川見(せんみ) 町には、1200本があり、この時期には紅葉と桜を同時に堪能できるのです。 ソメイヨシノのような大輪でもなく、色も薄く、楚々と咲いているので、霧か霞のような印象。 瑠璃光山川見薬師寺 (せんみやくしじ)への階段付近の四季咲き桜と赤のモミジ。地元の人から「川見の薬師さん」と呼ばれ親しまれている真言宗高野山派古刹。本堂に安置されている寄木造りの薬師如来像は室町時代後期に作られたもので、市指定の文化財。 本堂は階段を88段、33段、42段のぼった上に。小輪の桜が青空を背景に。 「小原四季桜まつり」 のポスター。青空の中、上空の飛行機も飛行機雲を残しながら桜見物?国道419号線を渡り田代川の橋上から。川の両岸にも桜とモミジがたくさん。 川の両側にびっしり咲く四季桜と点在する紅葉、更にバックの空が澄んでて、コントラスト最高。 川面の白と赤のコントラスト。 川面の光の反射が眩しい。 再び赤と白のBEST MIX。 秋ならではの紅葉と桜を一緒に見られる稀有な風景は、一度見たら忘れられない風景。 竹藪の前の真っ赤なモミジも見事。 再び山全体の見事な光景。 そして帰路へ。東海環状自動車道の豊田アローズブリッジ。正式名は矢作川橋(やはぎがわばし)。橋長820m、最大支間長235m(×2)、最大地上高125.8m。 そして豊橋駅にて、レンタカーを返却し、新幹線で新横浜へ。車窓からの浜名湖。
2014.12.11
コメント(2)

駐車場から車で狭い急坂を上り足助城(あすけじょう)へ。足助城は三河国加茂郡足助庄(現・愛知県豊田市足助町)の真弓山(標高301メートル)にあった日本の城。現在では「城跡公園足助城」として整備・公開されている。 「真弓山城」「松山城」「足助松山の城」などと呼ばれ、かつては足助氏の築いた足助七屋敷の1つと推測されていたが、発掘調査で足助氏の時代の遺構が検出されなかったことなどから、現在では戦国時代にこの地を治めた足助鈴木家の本城であったと考えられているとのこと。切符を購入し足助城内へ。 入口に設けられた模擬冠木門。2000年の東海豪雨では大規模な被害を受けて崩れた擁壁が復旧され階段状に。足助城下のモミジも見事な色。西物見台に向けてモミジのトンネルを歩く。 西の丸には二棟以上の建物があったことがわかっており、大きな岩盤の上にある西物見台には櫓が復元されていた。 柵越しの紅葉も見事。そして毎年、色合いを楽しみにしている老木のモミジ。 物見台。眼下には足助の街並みが。 本丸には発掘調査を基に復元された高櫓と長屋が存在する。天守の前身のような建物で、なかなか立派。 再び老木のモミジ。 こちらにも新たに設けられた模擬冠木門が。 しかし鉄塔が邪魔。黒と白の高櫓。 戦国期の道と城の説明板。 足助は信州・美濃への街道、岡崎・名古屋への街道が交わる要衝であるため、城もしっかりと街道を監視できるような場所に構築されていた。 足助城の全体立体地図。 老木の赤葉が青空に映えていた。 陶板の地図の上には落葉したモミジ葉が。 足助城を下り、老木を見上げ来年までと。 黄色のモミジの中に赤くなり始めた葉が。 入り口には地元テレビ局?の兵の姿が。
2014.12.10
コメント(0)

香嵐渓・入り口には赤く香嵐渓と彫られた大きな石がモミジの下に。 香嵐渓と言うの名の由来は、昭和5年(1930年)に、当時の住職と町長が大阪の毎日新聞社社長の来町の際に命名を求め、「飯盛山からの薫風は、香積寺参道の青楓を透して巴川を渡り、香ぐわしいまでの山気を運んでくる。山気とは、すなわち嵐気也」と言う事で“香嵐渓”という名が付いたのだと。飯盛山登り口。 太子堂。太子堂は、聖徳太子の像を祀った仏堂の呼称。地元の大工さんが技術向上のため作ったという説明板が。春にはカタクリの群生地であるが、この日は錦の絨毯。 再び待月橋が眼下に。 彫刻家 はしもとみお の作品展示中。 猿回しの猿君も朝から頑張っていた。 3m以上の竹馬乗りを披露し、誇らしげ。 三州足助屋敷の茅葺き屋根から白煙が上がっていた。 香積寺(こうしゃくじ)の石碑。 紅葉のトンネルの階段を上る。絢爛豪華な秋色が広がる香嵐渓の世界に吸い込まれる。香嵐渓の最大人気の写真撮影場所。 輝く赤、黄は言葉を失うほどの絶景。山門からの紅葉は、額縁の絵画の如し。香積寺の山門には多くの観光客がBEST SHOT目指して。 香積寺本堂の巨大屋根。 本堂境内から入り口山門方面 香積寺の裏に廻り飯盛山をさらに上る。 飯盛山の中腹には、歴代住職の墓が。 十六羅漢石仏 石仏も紅葉見物。歴代の足助城主・鈴木氏5代の墓。写真手前から初代忠親、二代重政、三代重直、四代信重、五代康重の墓とのこと。装束塚。足助重範の娘・滝野が二条良基の死を伝え聞いた際に良基の残した装束を埋めたと伝わる。山林に広場が開かれ、宝篋印塔(ほうきょういんとう)が4基祀られていた。豊栄稲荷 。巨大な岩に赤い紅葉が舞い落ちて。 更に三ノ曲輪から山頂の主曲輪を見ながら飯盛山頂上を目指す。飯盛城は平安末期に当地に土着した足助氏の城跡と言われている。足助氏は後醍醐天皇の挙兵に応じて笠置山に馳せ参じ、北条幕府軍を相手に奮戦したと。頂上のベンチに腰掛け一休みしながら、見上げて一枚。飯盛山を下る。 緑も混じり、再び吸い込まれていく感が。 一面に赤の絨毯の上を下る。 モミジの葉が色なす路は、赤く染まる道のり。木もれ日も美しい。 陽が当たると、色が映える幻想的な雰囲気を満喫。木々の錦の彩りは、ここにしか見えない紅葉のコントラスト。木々の鮮やかな賑わいは、いつまでもぼーとしていても飽きない世界なのであった。風に落ち葉が舞い散る中を。 再び太子堂が下部に。 飯盛山を下りて、巴川沿いを再び戻る。水面の白き輝きも見事。 水面の緑と赤の相対色のBEST MIX。 一ノ谷には日が射し、裏山の紅葉も絵に描いた如し。 青空、竹の緑、紅葉の赤の三段の配色。 香嵐渓の今年のポスター。 色ずく秋景色・燃える様な紅葉、錦秋香嵐渓・飯盛山は、一気に衣替えし見頃の盛りを迎えていたのであった。飯盛山の大自然の中に身を置けば魅了して心が和む時間であったのです。、
2014.12.09
コメント(0)

飯田街道を渡り、足助八幡宮、足助神社に向かう。足助八幡宮は、伝承によれば創建は天武天皇の御代、白鳳3年2月21日とされる。一般には西暦663年とされるが、足助八幡宮では673年としているとのこと。拝殿前の神馬が赤いモミジを背景に輝いていた。。足助神社の境内を通り豊田市役所足助支所の前へ。豊田市役所足助支所のシンボルと言うか、良く目立つ銀杏の木が。香嵐渓の紅葉の名所の山はこの対面の山ですが、この銀杏も毎年見事な色付きで出迎えてくれるのです。 飯田街道・巴橋からの香嵐渓・待月橋方面。川辺のモミジが水面に映っていた。巴橋を過ぎた信号機には香嵐渓の表示が。 落合橋の手前を右へ。するとなぜか、道路沿いの植え込みのなかに、やたらリアルなニワトリの石像が2羽。足助でニワトリ...おいしい鶏料理のお店でもあるのかと思ったが...。これは「蓑曳鶏(みのひきとり)」というもので、江戸時代初期からこの足助で親しみのある鶏とのこと。田畑の害虫駆除を目的に作られた品種なのに、その卵もお肉もおいしいということから、この地では重宝されたとのこと。 足助・旧飯田街道の街並み。 古い民家跡の壁には見事に紅葉した蔦が壁一面に。宗恩寺入り口の見事な赤。宗恩寺の晩鐘。階段にも錦秋の赤い絨毯が。田町のはずれの赤い鳥居をくぐって少し行くと、左手に稲荷社が。通称を「お釜稲荷」といい、大きな釜が祀られているのが珍しい。昔、不思議な老人が一升釜を持ってやって来て、その釜で炊いたご飯をふるまったところ、いくら食べても釜の中のご飯が無くならなかったという話が伝わっているとのこと。 足助は、伊那谷沿いに三河と信州を結んだ中馬街道の宿場町。三河で作られた塩を伊那や信州へと運ぶ役割を担ったことから、この街道は「塩の道」とも呼ばれ、足助の町には多数の塩問屋が集まっていたという。今でも、塩問屋の建物や塩蔵が残っているのであった。こちらは酒屋の志賀商店。しかし古い街並みには自動販売機は似合わないのであった。観音山を上る。毎年飯盛山に陽光が射し込む前にこの山に登る事が恒例。何故ならこの山には既に朝の陽光が溢れているから。 日光の当たったモミジは絶景そのもの。落ち葉も。 赤の世界に囲まれる。 足助の街並みが眼下に。 赤と黄色のBEST MIX。 坂道を下る。 店頭には米俵がぶら下がっていた。 黒板壁のマリリン小路。簓子(ささらこ)下見板張りの蔵が軒を連ねる約50mの小路。下見板は火災の時、縦横の棒を外し板を取り除いて延焼を防ぐのだと。香嵐渓 もみじまつり のポスター。 足助川。
2014.12.08
コメント(0)

今年も香嵐渓に行って来ました、いや行ってしまいました。これで香嵐渓を訪ねること、7年連続の快挙?早朝に車でいつもの川見駐車場に到着。しかし駐車場係員は未到着。しかし親切にも入り口は開放されていたため駐車可能。駐車場横の紅葉は真っ盛り。店の煙突からは白煙が。時間は7:40過ぎ。 車の中で朝食のおにぎりを食べリュックを背負い、いざ紅葉見物に出陣。一ノ谷の紅葉と四季咲き桜。未だ陽光は山の裏側。 一ノ谷入り口の紅葉が真っ赤な姿で歓迎してくれた。 地面は紅の絨毯が一面に。 黄色のモミジも。 一ノ谷の茅葺き屋根の建物の裏の紅葉。 斜面も赤のスロープ。 赤い吊り橋が見えてきた。 吊り橋の対岸。 吊り橋を独り占め。 再び歩を進める。 巴川を覗き込むようなモミジの老木。紅葉も良いが黄葉も見事。 巴川の白き水面と紅葉。 黄色、オレンジ、赤、朱とBEST MIX。 三州足助屋敷の銀杏は時を急ぐかのようにほぼ葉を落としていた。 待月橋に向かう。 待月橋から飯田街道にかかる橋を見る。 待月橋の麓のモミジの色合いが見事。 待月橋 の裏の飯盛山の木々の隙間から陽光が。巴橋の先の山々は緑と黄色の紅葉。 巴川の流れも清々しく。 屋台の店は準備の真っ最中。 宮町駐車場横の紅葉。
2014.12.07
コメント(0)

一泊の大阪宿泊出張から帰任し、今朝ブログにアクセスするとアクセス回数が40万回を超えた「400408」を表示していました。昨日の12月5日に40万回を越えた模様。開設日2008.4.10から6年半強の2430日での40万回達成となりました。日記記入率は92.5%。平均アクセス回数は165アクセス/日とのことですが最近は300回を越える日も多くなってきました。人生という限られた時間の中で努力をし、いろいろな事を継続して、今が輝いている人でありたいのです。継続は力なりという言葉を実感できる日々を、自分に自信が持てる日々を続けていきたいのです。継続は力なりとは、生きるために必要な力を生み出す源泉であるような気がしています。
2014.12.06
コメント(2)

富山に自宅のある友人が、富山名物を送ってくださいました。自宅に戻られた折に、調達し送ってくださったようです。 富山湾の宝石、白えび(シロエビ)の刺身の冷凍品。白えびとは、富山湾のあいがめと呼ばれる海底谷水深100~600mに生息する薄紅色の小さなえび。「富山県のさかな」として、ブリ、ホタルイカと並んで指定されているのです。「手むき」と「機械むき」がありますが、手間がかかるが前者でむかれることが多いとのこと。透明で美しい姿から「富山湾の宝石」と呼ばれているのです。フグ。 カジキマグロの昆布〆。 白えびの昆布〆。 奥様が書いてくださったのでしょうか。 早速、白えびと昆布〆を楽しませて頂きました。 山葵醤油で。ふわっと口の中に広がる上品な味を楽しませていただきました。 そして翌日も。 この日はカジキマグロの昆布〆も。
2014.12.05
コメント(0)

いちょう祭り会場マップ説明板。全国各地から模擬店のほか、全国各地の特産品や名産品の店が並んでいた。 丸池に映った銀杏並木。模擬店は準備中。 子供の絵画も展示されていた。 銀杏並木の歴史も丁寧に説明されていた。設計者は、関東大震災後の復興事業で隅田公園や錦糸公園、山下公園などの建設も指揮した建築家、折下吉延。銀杏並木の総本数は146本(雄木44本 雌木102本)一番背の高い木 樹高 28m一番幹の太い木 周囲 290cm 森のやきものフェアも開催中。 濡れた落ち葉も美しかった。 こちらは一面落葉の絨毯。 各地から焼き物の店が出店していた。 再び銀杏並木に戻ると結婚式のカップルが人力車に乗り銀杏並木を楽しんでいた。写真を撮って欲しいと周囲の観光客にリクエスト。 銀杏並木の見学を終え、帰路へ。明治神宮野球場のバックボード。 聖徳記念絵画館の南側、軟式球場前のユニコーンのような生物像。聖徳記念絵画館明治天皇の業績を描いた壁画等が展示されているのです。 2階建て観光バス SKY BUS TOKYO。屋根の無い屋上には白いカッパを着た観光客が2名のみ。 そして信濃町駅前の「外苑 うまや」。スーパー歌舞伎、復活狂言、京劇との合同公演など、しきたりを重んじる歌舞伎界の中で、「型破り」と言われながら、常に新しいことに挑戦し続けている三代目市川猿之助のディレクションによる店とのこと。
2014.12.04
コメント(0)

信濃町から神宮外苑の銀杏並みを訪れました。信濃町駅前の歩道橋から外苑通りの風景。 いちょう祭りが11/15から12/8まで行われているのです。 目的の銀杏並木全景。青山通りから聖徳記念絵画館に向かって続く約300mのいちょう並木は必見。黄金色に染まった146本のいちょうが作り出す幻想的なトンネルは、東京都の心の秋の風物詩といえるのです。道路側は見事に黄葉していたが、歩道側はこれから。 しかし道路側の低い植栽の植えには銀杏の葉が既に落ち始めていた。 雨に濡れたベンチにも。雨のため身体を休める人もなし。人も少なかった。 歩道も黄色絨毯に。 秩父宮ラグビー場入り口の銀杏並木も見事な黄葉。 青山2丁目交差点まで行き反対側の歩道をUターン。 全面黄色の風景。道路中央から遠く絵画館を中心に。 「てふてふの葉」 が一枚。再び秩父宮ラグビー場入り口。 レストランの提灯にも銀杏の葉が。 雨空が青空であればもっと・・・・。 太い幹の途中から根が。銀杏の巨木で、しばしば枝から垂れ下がったように下に伸びた棍棒状の突起物を見かけることがあるとのこと。これを乳根(ちちね)と呼ぶそうです。巨木=老木、なるほど・・・・・。銀杏並木の説明板。 神宮外苑ジョギングコースのスタートと地点表示。一周1325mとの表示。 再び青山2丁目方面に向けた銀杏並木。
2014.12.03
コメント(0)

我が家の近くからの、この日の夕焼け風景です。真ん中の一番高い山は大山、標高1252mの 山頂に阿夫利神社本社、中腹に阿夫利神社下社、大山寺が建っている。大山は別名を「阿夫利(あふり)山」、「雨降(あふ)り山」ともいい、大山および阿夫利神社は雨乞いの神として農民の信仰を集めて来た。その左には富士山の姿も。 空が一面にオレンジ色に。 高圧線鉄塔の間に夕陽が。 秋の日は釣瓶落とし。 秋の日の急速に日が暮れるさま。釣瓶が井戸に滑り落ちるように、秋の日は一気に日があっという間に暮れるということ。 そして日没直前。
2014.12.02
コメント(0)

この日はソラマメの定植を行いました。11月初めに、NETで購入した種を一粒ずつポットに種まきしました。そして幼葉が4葉程度に順調に生育した苗です。 植え付けは養蜂場のある農園。シルバーマルチを敷き40cm間隔に穴開けを行いました。アブラムシは、ソラマメの汁を吸って弱らせたり、モザイク病を媒介するのです。アブラムシの成虫は、キラキラ光る物が嫌いだそうで、シルバーマルチを毎年敷いています。そして手植スコップにて植え付け開始。ポットから抜くと根っこがぐるぐると巻いていました。この状態を崩さずに植えつけていきました。直播きしても良いのですが、野鳥が発芽した眼にいたずらをするのです。 一柵に2列の定植を行いました。 冬の寒さに耐え、来春大きな実を付けて欲しいのです。 併せて、自宅横の畑にスナップエンドウも定植しました。こちらもソラマメと同時に種まきしたもの。こちらは黒マルチに2列の植え付けとしました。 連作に弱い代表的な作物。同じ場所には5~6年作らないようにすると良いのですがなかなか・・・。エンドウは酸性土壌が苦手、種まきの1週間くらい前に、苦土石灰をまいて耕しておきました。秋まきは種まきが早すぎると、大きくなりすぎて冬に冷害を受けやすくなるから注意が必要なのです。 この後、風よけと防寒対策としてネットを被せ定植完了。
2014.12.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1